シ リア デ デ リエ 洞 窟 ・中 期 旧石 器 の 分類 学 的 研 究

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シ リア デ デ リエ 洞 窟 ・中 期 旧石 器 の 分類 学 的 研 究

庄 司 雅 子

第1章 論 文 の 目 的

現 生 人 類 の 起 源 と そ の 後 の 進 化 と 拡 散 に 関 す る 研 究 が 近 年 、 大 き く発 展 して い る 。 な か で も 、 西 ア ジ ア 、 レ ヴ ァ ソ ト地 方 に お け る 先 史 人 類 学 的 研 究 の 結 果 が 注 目 さ れ て い る 。 す な わ ち 、 レ ヴ ァ ソ トの カ フ ゼ ー と ケ バ ラ と い う2つ の 洞 窟 遺 跡 の 調 査 に お い て 、 人 類 化 石 と 石 器 群 と が 、 明 確 な 層 位 学 的 コ ン テ キ ス トを も っ て 発 見 さ れ た こ と と 、 理 化 学 的 年 代 測 定 結 果 か ら

年 代 学 的 議 論 が 厳 密 に お こ な わ れ た こ と に よ り 、 重 要 な 意 味 を 持 つ こ と が 分 か り 、 先 史 人 類 学 者 間 が 大 き な 関 心 を 寄 せ 、 次 の よ う な 問 題 が 論 じ ら れ て い る 。 そ れ は 、 ケ バ ラ か ら は ネ ア ソ デ ル タ ー ル が 発 見 さ れ 、 カ フ ゼ ー か ら は 早 期 新 人 が 発 見 さ れ た か ら で あ る 。 こ の 異 な る 化 石 人 類 が 同 時 代 に 生 存 し て い た と い う 証 拠 に つ い て 、 編 年 上 、 あ る い は 、 系 統 上 の 問 題 で あ る の か 、 そ の 解 釈 が 一 つ の 争 点 と な っ て い る 。 こ の 点 に 関 して 、 以 下 の3つ の 仮 説 が 提 示 さ れ て い る 。 ま ず1つ は 、10万 年 前 、 レ ヴ ァ ソ ト地 方 に タ ブ ソC型 石 器 群 を 持 っ た 早 期 新 人 が あ ら わ れ 、 そ の 後 、 タ ブ ソB型 石 器 群 を 持 っ た ネ ア ン デ ル タ ー ル 人 が 移 住 して き て 、 両 者 が 共 存 す る こ と に な っ た と い う 説(Bar‑Yosef:1992)、2つ 目 は 、 地 域 的 な ネ ア ソ デ ル タ ー ル 人 と 早 期 新 人 と は 、 レ ヴ ァ ソ ト地 方 に お け る 現 生 人 類 の 変 種 で あ る と い う 説 (Wolpoff:1991)、 そ して3つ 目 は 、 レ ヴ ァ ソ ト地 方 は 、 ヨ ー ロ ッ パ 起 源 の ネ ア ソ デ ル タ ー ル 人 と ア フ リ カ 起 源 の 現 生 人 類 と が 、 ネ ア ン デ ル タ ー ル 人 が 絶 滅 す る ま で 共 存 す る こ と に な っ た 場 所 で あ る と い う 説(Griin

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andStringer:1991)で あ る 。 次 に 、 レ ヴ ァ ン ト地 方 の 中 期 旧 石 器 時 代 遺 跡 に つ い て 、 石 器 群 と 人 類 化 石 と の 関 係 を 見 る 。 ス フ ー ル 、 カ フ ゼ ー 洞 窟 で は 、 タ ブ ソC型 石 器 群 と 早 期 新 人 化 石 が 、 タ ブ ソ 、 ア ム ッ ド、 ケ バ ラ 洞 窟 で は 、 タ ブ ソB型 石 器 群 と ネ ア ソ デ ル タ ー ル 化 石 と が 共 伴 す る 。 す な わ ち 、 レ ヴ ァ ソ ト地 方 で は 、 人 類 化 石 と 石 器 群 タ イ プ と の 関 係 に つ い て 一 つ の 見 通 し を も つ こ と が 可 能 で あ る 。 そ こ で 、 デ デ リエ 洞 窟 は 、 ネ ア ン デ ル タ ー ル と 石 器 群 と を 、 明 確 な 層 位 学 的 関 係 か ら検 討 し 、 議 論 で き る 新 た な 情 報 を 与 え て くれ 、 ま た 、 当 洞 窟 は 、 死 海 地 溝 帯 北 端 に 位 置 して お り 、 レ ヴ ァ ソ ト地 方 南 部 に 位 置 す る カ フ ゼ ー 、 ケ バ ラ と は 地 理 的 に 離 れ て い る こ と か ら 、 地 理 的 な 変 異 の 問 題 に つ い て も議 論 で き る 遺 跡 で あ る 。 した が っ て 、 本 論 文 は 、 デ デ リ エ 洞 窟 に お い て ネ ア ソ デ ル タ ー ル 人 骨 と 共 伴 出 土 し た 石 器 群 に 検 討 を 加 え 、 レ ヴ ァ ソ ト地 方 に お け る 中 期 旧 石 器 時 代 の ネ ア ソ デ ル タ ー ル 人 と早 期 新 人 と を め ぐ る 争 点 に つ い て 、 一 つ の 新 た な 知 見 を 提 供 す る も の で あ る 。

第H章 デ デ リ エ 洞 窟 の 概 要

デ デ リエ洞 窟 は 、 シ リア北 西部(北 緯36024',東 経36052',海 抜450m) に位 置す る。 この 洞 窟 は 、 大 地 溝 帯 延 長 上 で あ る死 海 地 溝 帯 の 北 端 に あ た

り、 人類 の進 化 を 探 る うえ で 重 要 な地 域 で あ る。 そ の 死 海 地 溝 帯 北 端 に あ た る ア フ リソの 谷 の東 に あ る ワ デ ィ ・デ デ リエ の 中 に2つ の 入 り口を 開 け た 洞 窟 が あ る。 「デ デ リエ」 とは 、 ク ル ド語 で 「2つ の 入 り 口」 とい う意 味 を もつ 。 洞 窟 の規 模 は 、 旧 石器 時 代 の もの で は最 大 級 で あ る。 遺跡 調 査 は 、 日本 一 シ リア合 同調 査 の も と1987年 か らお こ なわ れ て い る。 洞 窟 内 の 堆 積 は 、 これ ま で の 発 掘 調 査 で1層 か ら15層 ま で を 確 認 して い る。 出 土 遺 物 は 、 大 量 の 石 器 、 ネ ア ンデ ル ター ル 人骨 、 大 量の 動 物 骨 、種 子 化 石 が 発 見 され 、 これ だ け の 種 類 と量 が 豊 富 な例 は 、数 少 な い こ とで あ る。 遺 構 と して は 、約100基 近 い炉 跡 が検 出 され て い る。

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第 皿 章 デ デ リ エ 洞 窟 に お け る 石 器 群 の 検 討

この 章 で は、 デ デ リエ洞 窟 出 土 石 器 群 の 実 見 に よ る観 察 、 実 測 を通 じ、

そ の 検 討 をお こな っ て い る。 本論 文 で 観 察 対 象 と した 石 器 は 、1993,94年 度 調 査 の もの で 、 総 数20,631点 で あ る 。 観 察 対 象 と した 層 位 は 、Pit,4 層 か ら14層 まで で あ る。 これ らの 石 器 の 中 に は1993年 度 調 査 で 発 見 され た ネ ア ンデ ル ター ル 人骨 と同層 位 の もの が 含 まれ て い る。 第1節 で は 、 出 土 石 器 点 数 につ い て各 層 ご とに説 明 し、 石 器 型 式 の 分 類 定 義 に つ い て1点 ず つ 述 べ て い る。 第2節 で は 、 石 器 群 の 観 察6項 目を設 定 し、そ の設 定 理 由 に つ いて 述 べ 、観 察 か ら得 られ た デ ー タを 器 種 別 、 層 別 に統 計 的数 値 に 表

し、 説 明 して い る。

第IV章 レ ヴ ァ ン ト地 方 中 期 旧 石 器 時 代 に お け る デ デ リ エ 洞 窟 石 器 群 の 特 徴 と そ の 位 置 づ け

第1節 で は 、第m章 で の 石 器 型 式 分 類 や 石 器 観 察 デ ー タを も とに 、 デ デ リエ洞 窟 石 器 群 の時 期 別 変遷 過 程 に つ い て 述 べ 、そ の結 果 か ら、 デ デ リエ 洞 窟 にお け る2つ の モ デ ル を提 示 して い る。1つ は 、石 器 製 作 過 程 復 元 モ デ ル にお い て 、 一 つ の 原 石 か ら非 二 次 加 工 石 器 の 素材 と 、二 次 加 工 石 器 の 素材 とが 剥 離 され る2つ の 主 流 を も ち、 無 駄 にす る こ と な く、 あ らゆ る器 種 が 剥離 さ れ る石 器 製 作 が お こな わ れ た 可 能 性 を指 摘 して い る 。2つ は 、 石 器 群 の検 討 を も とに 、 動 物 骨 同 定 観 察 を 参 考 に した デ デ リエ洞 窟 利 用 期 間 モ デ ル に お い て 、 ネ ア ソデ ル ター ル 人 が この 洞 窟 で 生活 す る に は 、 気 候 や 動 植 物 、 石 材 とい っ た恵 まれ た 好 条 件 を必 要 と し、 こ うい った 好 条 件 は 、 石 器製 作 に投 影 す る もの で あ る こ とを 述 べ て い る。 第2節 で は 、 デ デ リエ 洞 窟 石 器 群 の特 徴 を 明 らか に す るた め に 、3タ イ プ の石 器 群 が 見 られ る レ ヴ ァ ソ ト地 方 中期 旧 石 器 時 代 の 他 遺 跡 出 土石 器 群 と の比 較 を お こな って い る。 比 較 対 象遺 跡 は 次 の 通 りで あ る。 タブ ソD型 石 器 群 で あ る タ ブ ソ、 ロ シ ュ=エ イ ン=モ ル 、 ナハ ル=ア ケ ヴ、 ア ブ=シ フ、 タ ブ ソC型 石 器 群 で

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あ る タブ ソ、 ス フー ル 、 カ フ ゼー 、 シ ュ ッ クバ 、 タ ブ ソB型 石 器 群 で あ る ケ ウエ 、 タブ ン、 ケ バ ラ、 ドウ ア ラ、 テ ィ ラ ト=カ ル メル 、 シ ュバ ビ ク、

エ ル=ワ ドで あ る。 以 上 の遺 跡 に お け る10項 目にわ た る比 較 観 察 の 結 果 、 デ デ リエ洞 窟 石 器 群 は 、 タブ ソB型 石 器 群 の 特 徴 を もつ もの で あ る。 第3 節 で は 、 レヴ ァ ソ ト地 方 中期 旧 石器 時 代 に お け る デ デ リエ洞 窟 石 器 群 の 位 置 づ け を提 示 して い る。 デ デ リエ洞 窟 石 器 群 は タ ブ ンB型 石 器群 で あ る が 、 そ れ と同 時 に 、 タ ブ ンD型 石 器 群 の特 徴 で あ る彫 器 を 中 心 と した 後 期 旧 石 器 的 石器 や タ ブ ンC型 石 器 群 の 特 徴 で あ る彫 器 よ り も削 器 の 方 が 多 く、 裁 断=小 剥 離 石 器 が 見 られ る等 の 特 徴 を 合 わ せ 持 っ て い る 。 した が って 、 デ デ リエ洞 窟 石 器 群 は 、 タ ブ ンD・C型 石 器 群 の 要素 を持 ち 合 わ せ た タ ブ ソ B型 石 器 群 で あ る 、 と位 置 づ け られ る。

第V章 結 論

本論 文 の 第1章 に お い て 述 べ た 目的 で あ る、 レヴ ァン ト地 方 中期 旧石 器 時 代 に お け る早 期 新 人 と ネ ア ンデ ル ター ル 人 とを め ぐ る争 点 に つ い て 、 次 の4点 を も とに 一 つ の 新 た な 所 見 を 提 示 す る。 第1点 は 、 レヴ ァン ト地 方 中期 旧石 器 時 代 の石 器 群 に つ い て で あ る。 第IV章 第3節 に お い て 、 デ デ リ エ洞 窟 石 器 群 は タブ ンB型 石 器 群 で あ るが 、 タブ ンD・C型 石 器 群 の 要 素 を 持 ち合 わ せ て い る と述 べ た こ とか ら、 この 地 方 の 中期 旧石 器 時 代 に お け る石 器 製 作 技 術 に 大 き な変 化 が 見 られ な か った と推 測 す る。 第2点 は 、 気 候 変 化 で あ る。 第IV章 第1節 の デ デ リエ 洞窟 石 器 群 の 時 期 別 変 遷 過 程 に お い て 、 デ デ リエ洞 窟 石 器 群 は 、 温 帯 生 息 種 動 物 が 増 え 始 め る6層 を さか い に 、器 種 や 数量 が 豊 富 に な る こ とか ら、気 候 変 化 が 石 器 製 作 に 影 響 を 与え る と考 え られ た。 そ こで 、 レヴ ァソ ト地 方 中期 旧 石 器 時 代 遺 跡 の 石 器 群 と 共 伴 人 骨 、年 代 を 当 時 の 気候 変 動 線 に 対 照 す る こ とを試 み た 。 第3点 は 、 共 存 条 件 に つ い て 提 示 して い る 民 族 例(F‑Barth:1956)の 一一つ 「異 な る 民 族 集 団 は 、そ れ ぞ れ 別 の生 態 的地 位 を 開 発 し、 共 生 的 な経 済 関係 を 打 ち

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立 て る こ とが で き る場 合 に 、 一地 域 内 で の安 定 した 共 存 関 係 に入 る こ とが で き る」 と い う もの を 参 考 に した。 第4点 は 、 第1章 で 述 べ た 先 史 人類 学 者 等 が 提 示 して い る3つ の仮 説 を検 証 した 結 果 、 本 論 文 で の 石 器 群 の検 討 を も とに 支 持 で き る仮 説 は 、1つ 目 と3つ 目の もの で あ る。 以 上 の4点 か らま とめ る と、 結 論 は 、 レ ヴ ァ ソ ト地 方 に い た タ ブ ンC型 石 器 群 を持 つ早 期 新 人(ア フ リカ起 源)と ヨー ロ ッパ に い た タ ブ ソB型 石 器 群 を持 つ ネ ア ソ デル ター ル 人(ア フ リカ起 源)と は 、 各 々 、 独 自の 生 態 的 地 位 を別 々 の 地 域 で 開 発 して いた が 、約7〜6万 年 前 の 寒 冷 気 候 の た め に 、 ヨー ロ ッパ に い た ネ ア ンデ ル ター ル人 が 中東 へ 南 下 し、 レヴ ァ ン ト地 方 、特 に 、 中 部 地 域 に 共 存 す る こ と に な っ た。 彼 らが 共 存 す る こ とが で き た と思 わ れ る理 由は 、 快 適 な 自然 環 境 と、 タブ ソC型 石 器 群 と タ ブ ソB型 石 器 群 との 要 素 が 相 互 に 見 られ る石 器 群 を持 って い た こ とや 、 長 い間 、大 き な変 化 が 見 ら れ な か った 石 器 製 作 技 術 とが共 生 的 な 経 済 関 係 を 打 ち 立 て た と考 え られ る こ とで あ る。 と ころ が 、共 存 生活 を 続 け る う ちに 、 同 じ 自然 環 境 で 、 同 じ 様 な 要 素 が 見 られ る石 器 群 や 石 器製 作 技 術 を 持 って いた た め に 、 彼 らは 同 じ生 態 的 地 位 を つ く りあ げ て しま い 、 共 存 が 難 し くな り、再 び 、 各 々独 自 の 生 態 的地 位 を 開 発 しよ う と して い た と推 測 す る。 約3.5〜3万 年 前 に 、 ネ ア ンデ ル ター ル 人 が絶 滅 す る とい う説 を 参 考 にす る と 、早 期 新 人 が 独 自 の 生 態 的 地 位 を 開 発す る 好 条 件 を も って い た た め 、生 存 す る こ とが で きた と考 え られ る。 そ の好 条 件 の 一 つ に 石 器 製 作 技 術 の 大 き な変 化 が 考 え られ る。

上 述 の推 測 や デ デ リエ洞 窟 石 器 群 の 観 察 を通 じ、気 候 変 化 が 人 類 へ 与 え る影 響 の強 さや 、 そ れ が 石 器 に も影 響 す る こと が分 か った 。 人 類 は 、 自 ら の 生 き る環 境 を つ く りあ げ るた め に 、 自然 環 境 に適 応 す る た め の 条 件 を 改 良 し続 け て き た。 先 史 時 代 に お け るそ の 条 件 の一 つ と して 、 石 器 は 欠 くこ と ので き な い もの と考 え る。 そ う考 え る と 、石 器 研 究 は 、 自然 環 境 の 影 響 と深 く結 び つ く人類 に お け る変 化 や 、 社 会 構 造 の一 側 面 を 明 らか に す る可

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能 性 を もつ と指 摘 で き る が 、 今 後 は 、 石 器 だ け か らで な く、他 分野 の 情 報 と関 連 づ け た 新 た な研 究 方 法 を 生 み 出 す 努 力 が 必 要 で あ る。

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