知的障害児における描写能力の発達
鈴木 恵理*・松村 多美恵**
(2009 年 11 月 30 日 受理)
Development in Drawings of Children with Intellectual Disabilities
Eri SUZUKI* and Tamie MATSUMURA**
(Received November 30, 2009)
はじめに
幼児の描画活動に関する先行研究においては,幾何図形模写課題,人物画発達検査,円塗り課 題及び線描課題といった課題において発達的な検討が行われている。まず,幾何図形模写課題につ いて,西谷(1995)や原科・松村(2004)は以下のことを示唆している。すなわち,2歳児ではどのよ うな図形でもなぐり描き,3 歳児では幾何学図形を構成している線が閉じている図形か,開いた図 形かという区別のみが表される。そのため,この時期は本人が円と四角を区別しているつもりでも,
他者がその描いた図形を判断する場合,区別して描かれていないように思われる。5歳児になると 幾何学図形の角を表現することができるようになり,円と四角の区別がはっきりとなされる。また,
斜線を含むものが描けるようになり,三角形を模写することができるようになる。ひし形の模写に 関しては,三角形に比べ1年遅れて発達していく。
人物画について,原科・松村(2004)は対象児が描いた人物画を5タイプすなわちタイプ1:な ぐりがき,タイプ2:頭部のみ,タイプ3:頭足人,タイプ4:胴あり,タイプ5:その他に分類 した。そして,2歳児ではまだ頭足人が出現していないが3歳児になると出現し,5歳児になると 頭足人は再び見られなくなる。胴は4歳児以降に出現し,その後成長と共に胴の出てくる割合が増 加することを指摘している。また,幾何図形模写検査において高得点を獲得する対象児は,より高 度な人物画を描出できていると示唆している。田辺ら(1986)も「円」や「正方形」などの幾何学図 形を模写する能力は人物描画の基底になると考え,図形模写能力と人物描画能力の相関関係から人 物描画能力の発達においては,形態弁別や空間関係の把握などの視知覚機能が影響することを実証 している。
次に円塗り課題について,尾崎ら(1994)は,2歳(24ヶ月)から2歳10ヶ月(34ヶ月)の平均月
*茨城県立つくば養護学校(〒300-3255 つくば市玉取 2100)
**茨城大学教育学部障害児教育講座(〒310-8512 水戸市文京 2-1-1)
齢30.9ヶ月の健常幼児51名を対象に円塗り課題と線描課題を行った。円塗り課題を遂行するには,
円を認識しその円の中を塗りつぶしていく意図的行動が必要とされる。しかし,円塗り課題の作品 には,実験者の指示を理解しないで紙全体をなぐり描きする段階から,実験者の指示どおりに円の 中を塗りつぶせる段階まで幅広く,また手本とは著しく様子が異なっている特徴的な作品も多く見 られた。それぞれの塗りつぶし状態の特徴に基づいて,円塗り1:なぐり描き,円塗り2:円の中 に点などの印をつける,円塗り3:円の上を一定方向に大きくはみ出して描く,円塗り 4:円の上 に何重かの円錯を描く,円塗り5:円の中に丸やジグザグ線などを小さく描く,円塗り6:円の中 を塗りつぶす,の6つに分類された。さらに,尾崎ら(1994)は円塗り課題と横線引き課題の関係を 調べた結果,意図的な一次元描写(横線引き)が可能になる段階は,円が塗れるようになる段階よ りもかなり先行して現れることが示唆された。
こうした描画能力は,知的障害児においても精神年齢(以下MA)が高くなるにつれて上達する のであろうか。原科・松村(2004)は知的障害児群における幾何図形模写検査の各課題ごとの通過 率を示した。それによると,「円」についてはMA3歳で7割弱,正方形ではMA4歳で7割弱,「正 三角形」ではMA5歳では6割,「ひし形」ではMA6歳では4割強という結果になった。田辺(1985)
も知的障害児はMA3歳になるとほとんどの対象児が「円」を模写できるようになり,MA4 歳6 か月で「正方形」の通過率が50%を超え,MA7歳で「ひし形」の通過率が50%を超えるとしてお り,健常児と同様,MAが上昇するにつれて幾何図形模写能力が上達し,さらに同一MAの健常児 より各図形の通過率がやや高いことがわかる。また,人物画について,原科・松村(2004)は,知 的障害児を対象として各MAにおける人物画タイプを5つに分類した。その結果,健常児は3歳で 胴が出現するのに対し,知的障害児においてはMA2歳で出現した。また,幾何図形模写検査との 関係でみると健常児と同様に高得点を獲得できる対象児のほうがより完成度の高い人物像を描出で きていることが示唆された。
以上のように,幾何図形模写課題,人物画発達検査,円塗り課題及び線描課題において,健常児 は発達とともに描画能力が上達し(田辺,1985;尾崎ら,1994;西谷,1995;尾崎ら,1997;原科・
松村,2004),知的障害児も幾何図形模写課題と人物画発達検査に関して MA が上昇するとともに 上達すること(田辺,1985;原科・松村,2004),さらに,同一MAでは知的障害児のほうが両課題 において健常児より成績が良いこと(原科・松村,2004)が示唆される。しかし,円塗り課題と線描 課題に関しては健常児と知的障害児の比較検討は行われていない。そこで本研究では,①知的障害 児を対象に円塗り課題と線描課題を実施し,それらの課題における成績がMAとともに上昇するの か,②同一MAの健常児と比べて知的障害児のほうが成績が良いのか,③円塗り課題と線描課題の 成績との間に関係があるのか,④それらふたつの課題成績と新版K式発達検査(幾何図形模写課題) の成績の間に関係があるのかについて検討する。
方法
1.対象児
知的障害特別支援学校に在籍する小学部・中学部の児童生徒のうち,MA1歳代及び測定不能者~
6歳代に該当する者76名とした。内訳はMA1歳代及び測定不能者9名,MA2歳代13名,MA3歳代22 名,MA4歳代8名,MA5歳代11名,MA6歳代13名である。対象児の内訳を表1に示す。
表1 対象児の内訳
MA測不・1 MA2歳 MA3歳 MA4歳 MA5歳 MA6歳
人数 9 13 22 8 11 13
MA
平均 2:04 3:02 4:03 5:02 6:03
範囲 測定不能
~ 1:08
2:01
~ 2:10
3:00
~ 3:09
4:00
~ 4:09
5:00
~ 5:08
6:00
~ 6:10
2.課題 (1) 描画課題
1) 円塗り課題:A4紙の中央に描かれた直径3cmの円の中をきれいに塗りつぶす 2) 線描課題
① 線引き課題-横線:水平に10㎝離れて描かれたパンダの顔を線で結ぶ
② 線引き課題-縦線:垂直に10㎝離れて描かれたパンダの顔を線で結ぶ
③ 線間引き課題―横線:10㎝の2本の横線の間に横線を引く
④ 線間引き課題-縦線:10㎝の2本の縦線の間に縦線を引く
⑤ 線間引き課題-四角線:1辺10㎝の正方形の線間に線を引く
⑥ 線間引き課題-円線:直径10cmの円の線間に線を引く
⑦ 線間引き課題-凹凸線:凹凸線(幅14.5cm,高さ3cm)の間に線を引く
⑧ 線間引き課題-波線:波線(幅14.5cm,高さ3cm)の間に線を引く
⑨ 線間引き課題-鋸歯線:鋸歯線(幅16cm,高さ3.5cm)の間に線を引く
円塗り課題においてはケント紙(A4版),線描課題は上質紙(A4版),青の水性カラーペン(以 下ペンと呼ぶ),A4版の枠入り画板を準備する。まず,実験者が手本を対象児に見せながら「円 の中をこのようにきれいに塗ってください。」と実際に円を塗っているところを演示し,円を塗ら せた。続いて,線描課題においても実験者は手本を対象児に見せながら①と②の課題においては
「パンダとパンダを線で結んでください」と実際に線を引いているところを演示し,線を引かせ た。③~⑨の課題では,2本の線の間隔は7㎜である。その線間に線を引くことを児童生徒が理 解し,また興味を持つように,線の左には車が,右には家が描かれている。「車でお家に帰ります。
その時,道路(二本線)からはみださないようにペンで線を引いてください。」と実際に線を引い ているところを演示し,線を引かせた。すべての課題において制限時間は設けず,対象児が終了 の意思表示を行うまで自由に描かせた。それぞれの課題の図形は,A4版の上質紙に線幅0.3㎜で
書かれている。また,対象児全員が,すべての課題を順番通りに行う。
(2) 新版K式発達検査-図形模写課題
手本(K式発達検査の用具),赤鉛筆,上質紙(A4版),A4版の枠入り画版を準備する。
まず,「これと同じものを描いてください」と教示し,図形を模写させた。描くのをためらって いる場合や指示がうまく通らない場合には言葉かけをするが,描き始めてからの援助は避ける。円
→十字→正方形→三角形→ひし形の順で模写をさせる。白紙のA4版の紙を渡し,模写してもらう 図形を提示する。赤の鉛筆で描画することを対象児に求める。遂行に際しては,制限時間は設けな い。また,対象児全員がすべての課題を順番通りに行う。
3.評価方法
描画課題における評価基準については尾崎ら(1997)の分類に従った。さらに,より細かく分析し ていくため,円塗り課題においては6段階目をさらに6段階に分類,線引き課題においては6段階 目をさらに2段階に分類した。その段階判定基準を示したものが表2および表3である。新版K式 発達検査の図形模写課題も含め2名が独立して段階判定及び採点を行った。2名の評価結果が不一 致の場合は協議をし,厳しいほうの評価結果を採用した。なお,線描課題においては各課題の最高 得点を5~6点とし,総得点を算出した。
表2 描画課題における段階判定基準
円塗り課題
1段階 紙全体をなぐり描き 2段階 円の中に点で印づけを描く 3段階 円の上を一定方向に描きなぐる 4段階 円の上を何重かの円で描きなぐる 5段階 円の中に丸やジグザグ線を描く 6段階 円の中を塗ろうとする
線引き課題
1段階 紙全体をなぐり描き
2段階 課題が描かれている所だけをなぐり描き 3段階 パンダの顔の上に印づけあるいは短い線を描く 4段階 パンダの顔と顔の間に線らしいものを描く
5段階 パンダの顔と顔の間に数本の線を引いたり,かなり離れた所に線を引く 6段階 パンダの顔と顔を結んで線を引く
線間引き課題
1段階 紙全体をなぐり描き
2段階 課題が描かれている所だけをなぐり描き 3段階 自動車や家の上に印づけあるいは短い線を描く 4段階 二本線の間に線らしいものを描く
5段階 自動車と家の間に線を引くが,二本線の間に引くことは無視
6段階 自動車と家の間に線を引き,その線は凡そ二本線の間にひかれている
表3 描画課題における6段階目判定基準
円塗り課題の6段階目における判定基準 6段階・① 一定方向の線で塗り残しが多い 6段階・② 一定方向の線ではみだしている
6段階・③ はみ出し多いが,丸にしようとする意図がある 6段階・④ 塗り残しがある
6段階・⑤ 少しのはみ出しがある 6段階・⑥ 完全に塗れている
線引き課題
6段階・① パンダの顔と顔を結んで線を引くがパンダと線の間が空いている 6段階・② 完全に線を引けている
結果
図 1 は円塗り課題,線引き課題(横線)及び線間引き課題(円線)の 6 段階達成者率を表したもので ある。図 1における健常児の達成者率は,尾崎(1997)のデータを以下のように算出して示した。
例えば円塗り課題において,36~39ヶ月は70%以下(60%と考える)であり42~45ヶ月は80%で あったので,60+80=140,140÷2=70とみて,3歳代の達成者率を 70%とした。以下同様に算 出した。
1.知的障害児におけるMA間の比較
図1より知的障害児の円塗り課題はMA5歳代を除きMAと共に上昇していることがわかる。
図2は,各MAにおける線描課題の平均総得点を示したものである。MAとともに平均総得点が 上昇している。線描課題における成績を発達的にみると線引き課題のほうが線間引き課題より,ま た同じ線引き課題でも横より縦のほうが早く達成された。さらに,線間引き課題においても横より 縦のほうが早く達成され,曲線(波,円)より直線(四角,凹凸,鋸歯)のほうが早く達成された。MA 間で比較するとMAが高くなるにつれて円・波・凹凸・鋸歯などの難しい課題の達成者率が高くな
図1 円塗り課題,線引き課題(横線)及び線間引き課題(円線)の 6 段階達成者率
った。特にMA4歳代から MA5歳代にかけての上昇が著しい。図1は,線引き課題(横線)と線 間引き課題(円)の達成者率を示しているが,図1からもMAとともに達成者率が高くなること,
さらに線引き課題よりも線間引き課題のほうが達成者率が低いことが示唆される。
以上より,知的障害児も円塗り課題と線描課題においてMAとともに上達していくと考えられる。
なお,CA別に各課題の成績を検討したが,関係は認められなかった。
2.健常児との比較
図1より,円塗り課題においてはMA5歳代を除いて同一MAの健常児よりも知的障害児の達成 者率が高かった。線引き課題(横線)における達成者率においても同一MAでは知的障害児の達成 者率の方が健常児より高かった。すなわち,健常児において全員が6段階目に達するのは4歳代で あるのに対し,知的障害児では3歳代であった。しかし,線間引き課題(円線)においては健常児 のほうが同一MAの知的障害児より達成者率が高かった。線間引き課題の他の課題(横線,縦線,四 角線,凹凸線,波線,鋸歯線)においても同様の傾向であった。
このことから,すべての描画課題において同一MAで健常児より知的障害児のほうが成績が良い わけではなく,難易度の高い課題(線間引き課題)においては同一MAの知的障害児が健常児より も悪くなることが示唆された。しかし,前述のように知的障害児においても特にMAが5歳代を過 ぎると成績が著しく改善されているので,今回実施しなかったが,MA7歳以上になると健常児と の差がなくなる可能性も考えられる。
0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50
1 2 3 4 5 6
精神年齢
線描課題の総得点
図2 各MAにおける線描課題の平均総得点
図3 円塗り課題の各段階における線間引き課題(鋸歯線)の段階 0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
1段階 2段階 3段階 4段階 5段階 6・1段階 6・2段階 6・3段階 6・4段階 6・5段階 6・6段階 円塗り段階
達 成 者 率
線間6段階 線間5段階 線間4段階 線間3段階 線間2段階 線間1段階 測定不可能
3.円塗り課題と線描課題との関係
全般的に円塗り課題の段階が上昇するにつれて線描課題の総得点も上昇したが,図3は特に円塗 り課題の段階と線間引き課題(鋸歯線)の段階との関係をみたものである。図3の円塗り課題の第 2段階と第5段階が空白となっているのは,該当者が存在しなかったためである。円塗3段階,4 段階,5段階においても線描課題の6段階を示す対象児がいる。この傾向は,他の課題においても 同様であった。このことから,知的障害児も健常児と同じように円塗り課題よりも先に1次元描写 が可能になることが示唆された。
4.円塗り課題及び線描課題と図形模写との関係
図4は円塗り課題の段階と新版K式発達検査における各図形模写の達成者数を示したものであり,
図5は線間引き課題(鋸歯線)と新版K式発達検査における各図形模写の達成者数を示したものであ る。円塗り課題及び線間引き課題(鋸歯線)の段階が高いほど新版K式発達検査の各図形模写の達 成者率が高くなっている。他の線描課題においても図5と同様の傾向が認められた。このことから,
円塗りや線描といった描写能力は図形模写との関係があると考えられる。
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 5
3 01
0 2 2
0 0 0 0 0 0 0 0 3 4
12 0
5 7
01 1 2 1 10 0
5 8
23 0
87 5
43 1717
1415
5
0 2 4 6 8 10 12 14 16 18
○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇ 1段階 2段階 3段階 4段階 5段階 6段階① 6段階② 6段階③ 6段階④ 6段階⑤ 6段階⑥ 達
成 者 人 数
円塗り課題
図4 円塗り課題の段階と各図形模写の達成者数
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
4 5 1 1 0 16 18
3 6 4
37 38
23 26
9
0 5 10 15 20 25 30 35 40
○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇ ○ × □ △ ◇
1段階 2段階 3段階 4段階 5段階 6段階
達 成 者 人 数
線間引き課題-鋸歯線
図5 線間引き課題(鋸歯線)の段階と各図形模写の達成者数
引用文献
原科佳織・松村多美恵.2004.「人物描画能力と図形模写能力の発達とその関連性-健常児と知的障害児 の比較-」『茨城大学教育学部紀要(教育科学)』53,285-299.
西谷明子.1995.「図形模写の発達的研究」茨城大学教育学部養護学校教員養成課程卒業研究論文.
尾崎康子・佐藤美年子・河村由紀.1994.「2歳児の描画行動に関する研究 ─円塗り課題の検討による
─ 」『家庭教育研究所紀要』16,125-134.
尾崎康子・佐藤美年子・河村由紀・志賀康子.1997.「幼児における描画行動の発達-発達検査の比較か らの検討-」『家庭教育研究所紀要』19,14-23.
田辺正友.1985.「精神遅滞児の図形模写能力(1) ─発達的傾向─ 」『奈良教育大学教育研究所紀要』2 1,61-69.
田辺正友・田村浩子.1986.「精神遅滞児の図形模写能力(2) —図形模写と人物画との関連─ 」『奈良教 育大学教育研究所紀要』22,23-32.