283
リンゴの摘果時間と果実重に及ぼす薬剤摘花・摘果の影響
守谷(田中)友紀 * ・岩波 宏・花田俊男・本多親子・和田雅人
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 果樹研究所リンゴ研究拠点
020-0123
岩手県盛岡市下厨川Effects of Chemical Flower and Fruit Thinning on Fruit Thinning Time and Fruit Weight in Apple Yuki Moriya-Tanaka*, Hiroshi Iwanami, Toshio Hanada, Chikako Honda and Masato Wada
Apple Research Station, NARO Institute of Fruit Tree Science, Shimo-Kuriyagawa, Morioka, Iwate 020-0123
Abstract
We investigated the effects of the application of chemical flower and fruit thinners on the fruit thinning time and fruit weight in four major apple cultivars. The effects of chemical flower and fruit thinning varied among cultivars due to the differences in the fruit drop rate of apical buds and the fruit set rate of axillary buds. In ‘Tsugaru’ and ‘Jonagold’, the single application of the flower thinner did not result in a labor-saving effect because the fruit set rate of axillary buds was high. Considering fruit enlarge- ment, the combined application of the flower thinner and fruit thinner was the most effective in these two cultivars. In ‘Shinano Sweet’, the application of the flower thinner had no labor-saving effect on fruit thinning, but promoted fruit enlargement. In
‘Fuji’, the combined application of the flower and fruit thinners after hand pollination was the most effective for both labor- saving and fruit enlargement. The single application of the flower thinner had a more labor-saving effect than the fruit thinner.
Key Words: chemical flower thinner, chemical fruit thinner, fruit enlargement, labor-saving
キーワード:果実肥大,省力,摘花剤,摘果剤緒 言
リンゴ栽培における摘花・摘果作業は果実品質向上およ び翌年の花芽確保のために重要であるが,労働時間に占め る比重が高いうえに作業期間が限定されるため,効率的な 摘花・摘果方法が求められる.その手段となる摘花剤や摘 果剤の摘花・摘果効果については多数の報告がある(荒川 ら,
2002;
福田,1991;
工藤ら,2010;
熊谷・千坂,1967;
鈴木・小野田,
1988
).また,摘果所要時間の短縮につい ても以下のような報告がある.摘花剤の摘果時間短縮効果 としては,‘ふじ’への石灰硫黄合剤の散布により無散布 と比べて摘果時間が25
~30
%短縮されたこと(増田ら,2004;
森田ら,1997
)や‘ふじ’へのギ酸カルシウムの散布により無散布と比べて摘果時間が約
20
%短縮されたこ と(増田ら,2004
),また,摘果剤の効果としては,‘紅玉’への
NAC
剤の散布で摘果時間が40
%短縮されたこと(熊 谷,1968
),さらに,摘花剤と摘果剤の併用により摘花剤 単用よりも約30
%短縮される可能性があること(岩手県中央農業改良普及センター県域普及グループ,
2014;
岩手 県農業研究センター,2000
)が報告されている.それにも かかわらず,摘花剤と摘果剤の利用は一部にとどまってお り,リンゴ栽培面積の5
割以上を占める青森県における2011
年以前の散布実績は摘花剤で1
%未満,摘果剤で10
~15
% で あ っ た( 青 森 県 り ん ご 生 産 指 導 要 項 編 集 部 会,2012
).薬剤摘花・摘果が少ない理由として,効果の不安 定や開花期の繁忙,摘花剤(石灰硫黄合剤)の訪花昆虫や 散布機械への影響に対する懸念などが挙げられるが,摘果 作業を省力化するためには摘花剤や摘果剤の利用が拡大す ることが望ましい.摘果作業は落花後から
1
か月以上続くが,これまでの省 力効果の報告は,ある時点での摘果時間の測定結果に基づ いている.また,摘花剤と摘果剤は落果時期が異なるが,早くに幼果が落果することによる摘果期間全体での省力効 果は検討されていない.摘花剤の効果により早い段階で幼 果が落果すれば,摘果期間の早期における摘果作業が省力 され,摘果作業時間が短縮されると予想される.また,早 期の落果は果実肥大も促進すると期待される.本研究では,
主要
4
品種に対して薬剤摘花・摘果を行い,摘果時間およ び果実重への影響を調査した.特に,摘果期間早期の落果 量を増加させる摘花剤がもたらす摘果期間全体での省力効 果および果実肥大促進効果を検証し,各品種における効率 的な薬剤摘花・摘果の方法を検討した.2015
年9
月9
日 受付.2015
年12
月9
日 受理.本研究の一部は農研機構男女共同参画行動計画の助成を受けた ものである.本論文の一部は園芸学会平成
27
年度春季大会で 発表した.* Corresponding author. E-mail: moriyay@affrc.go.jp
材料および方法 供試材料と処理区
国立研究開発法人農研機構果樹研究所リンゴ研究拠点の 圃場に裁植されている‘つがる’,‘シナノスイート’,‘ジョ ナゴールド’,‘ふじ’を供試した(第
1
表).‘つがる’,‘シ ナノスイート’,‘ジョナゴールド’は列単位で異なる品種 が混植された圃場に裁植されており,いずれも列間は5 m
,樹間は‘つがる’と‘ジョナゴールド’は2.5 m
,‘シ ナノスイート’は3 m
である.一方,‘ふじ’の圃場は列 間5 m
,樹間2 m
,1
列13
樹,6
列からなる単植園に近い 条件であり,圃場の対角線上の2
か所に受粉樹(‘Snowdrift
’および‘
Makamik
’,いずれもJM1
台)が1
本ずつ植えられるとともに,近くにマメコバチの巣筒を設置しているが,
例年,人工受粉なしで十分な結実が得られている.
‘ふじ’は
2012
から2014
年に,その他の品種は2013
年 と2014
年に調査した.摘花剤および摘果剤の散布の有無 と人工受粉の有無を組み合わせた8
処理区を設け,地上高1
~2 m
程度から発出した側枝から,各処理区3
本(2012
,2013
年の‘ふじ’は5
本)の側枝を選んで供試した(第1
表).人工受粉には貯蔵花粉を用い,花粉発芽率を調べた 後に青森県りんご生産指導要項(青森県りんご生産指導要 項編集部会,2012
)に従って石松子と混合し,摘花剤散布 の2
日前に梵天で頂芽の中心花のみに受粉した.摘花剤に は石灰硫黄合剤((株)櫻桃園)(100
倍)を用い,頂芽花 満開日と腋芽花満開日の2
回散布とした.摘果剤にはNAC
剤(商品名:ミクロデナポン水和剤85
,(株)三明ケミカル)(
1200
倍,展着剤添加)を用い,‘ふじ’と‘シナノスイー ト’には満開後2
週間で,‘つがる’と‘ジョナゴールド’には満開後
2.5
週間で散布した.摘花剤および摘果剤は動 力噴霧機により散布した.調査側枝の果実については,開 花40
日後の果数調査終了後に果実の間隔を20 cm
程度空 けて人手により摘果した.頂芽果落果率,結実花そう率,摘果可能面積に及ぼす処理 の影響
開花期および開花
15
,20
,25
,30
,35
,40
日後に花そ うの種類(頂芽・腋芽),花そう数,頂芽の花そう内花(果)数を計測した.頂芽については,開花期および調査日の花 そう内花(果)数に基づいて,調査日までの累積頂芽果落
果率(以下,頂芽果落果率)を算出した.また,頂芽と腋 芽の開花期および開花
40
日後の花そう数から,結実花そ う率を求めた.摘果時期(開花
15
~40
日後)に一人で摘果できる面積 を摘果可能面積とした.算出に当たり,10 a
当たり収量3 t
,平均果実重300 g
(‘ジョナゴールド’のみ350 g
),各 品種の着果基準(‘ふじ’と‘シナノスイート’は4
頂芽 に1
果,‘つがる’と‘ジョナゴールド’は3.5
頂芽に1
果),頂芽花そう:腋芽花そう
= 1 : 1
(頂芽花そう率および腋芽 花そう率が50
%)(Iwanami
ら,2015
),1
日8
時間労働と いう条件を設定した.この条件における10 a
当たり花そ う数は‘ふじ’と‘シナノスイート’で80,000
花そう,‘つがる’で
70,000
花そう,‘ジョナゴールド’で60,000
花そうである.また,調査日における花そう数および花そう内 花数と,花そう内花数別の
1
花そう当たりの摘果所要時間(
Iwanami
ら,2015
)から摘果所要時間を計算した.1
花そ う当たりの摘果所要時間は,頂芽においては調査時期に関 係なく一定で,1
花そう4
花,5
花,6
花では5.12
秒,1
花そう2
花および3
花では2.54
秒,1
花そう1
花では0.91
秒である.腋芽の摘果所要時間については,腋芽花(果)はすべて摘み取られることから花そう内花数は考慮せず 摘果時期のみから推定されており,開花
15
日後が4.03
秒,20
日後が3.24
秒,25
日後が2.93
秒,30
日,35
日,40
日 後が2.77
秒である.また,腋芽の摘果所要時間の算出に おいては薬剤処理単位で結実花そう率を計算して用いた.実際に果数調査を行った開花
15
,20
,25
,30
,35
,40
日 後以外の日の100
花そう当たり摘果所要時間は,前後の調 査日の平均値になると仮定して求めた.上述の条件と摘果 所要時間から1
人1
日当たりの摘果面積を求め,開花15
日から40
日までの累積合計を摘果可能面積とした.頂芽果落果率と摘果可能面積は側枝単位で算出して平均 値で表し,統計処理(
Tukey-Kramer
の多重分析,t
検定)を行った.結実花そう率は薬剤処理単位で算出して統計処 理(
χ
2検定)を行った.果実品質に及ぼす処理の影響
各品種を適期に収穫し,果実重,種子数,酸度(リンゴ
酸換算
g
・100 mL
-1),糖度,みつ入り指数(‘ふじ’のみ)を測定した.果実重および種子数については調査側枝から 収穫した全果実を(第
1
表),酸度,糖度,みつ入り指数 第1
表 供試樹数および調査側枝当たりの花そう数と収穫果数品種 台木 樹齢z 供試樹数(供試側枝本数) 側枝当たり花そう数y 側枝当たり収穫果数x
2012
年2013
年2014
年2012
年2013
年2014
年2012
年2013
年2014
年つがる
JM1 13
―6
(24
)8
(24
) ―119.3 146.0
―19.5 22.5
シナノスイート
JM7 12
―8
(24
)9
(24
) ―249.7 116.3
―40.4 38.5
ジョナゴールドJM1 13
―9
(24
)10
(24
) ―256.3 73.3
―27.1 18.0
ふじ
JM1 9 40
(40
)38
(40
)24
(24
)57.0 110.7 93.4 12.6 26.1 24.5
z
2013
年における樹齢y開花期における全花そう数(頂芽花そうと腋芽花そうの合計)の平均値
x果実重および種子数の全果調査に供した果数の平均値
については平均的な果実を側枝当たり
10
果選んで調査し た.‘ふじ’については3
年間の,その他の品種については2
年間の測定値により統計処理(Tukey-Kramer
の多重分析)を行った.
結 果 頂芽果落果率に及ぼす処理の影響
4
品種における薬剤摘花・摘果による頂芽果落果率の推 移を第1
図に示した.いずれの品種においても摘花剤の効 果は開花15
日~20
日後に現れ,各品種の摘花剤単用区お よび摘花剤・摘果剤併用区(以下,併用区)の頂芽果落果 率が上昇した.一方,摘果剤については,‘ジョナゴールド’では効果が明確ではなかったが,それ以外の
3
品種では開 花25
日後以降に効果が現れた.そこで,開花20
日後の頂 芽果落果率で摘花剤による早期の摘果効果を比較するとと もに,調査最終日の開花40
日後の頂芽果落果率で薬剤処 理の影響を統計的に比較した(第2
表).‘つがる’,‘ジョナゴールド’,‘ふじ’では,摘花剤単 用区および併用区の開花
20
日後の頂芽果落果率は摘果剤 単用区および無散布区より有意に増加したが,‘シナノスイート’では有意差がみられなかった(第
2
表).また,‘ふ じ’以外の3
品種においては,開花20
日後の頂芽果落果 率に人工受粉は影響しなかったが,‘ふじ’では,摘花剤 単用区においてのみ人工受粉の影響がみられた.人工受粉 がある場合の落果率は54
%,人工受粉がない場合は63
% となり,人工受粉を行うことにより落果率が低下した.開花
40
日後の頂芽果落果率に対する薬剤摘花・摘果の 影響は品種により異なった(第2
表).‘つがる’では,併 用区および摘果剤単用区の頂芽果落果率が無散布区より有 意に増加した.‘シナノスイート’と‘ジョナゴールド’においては,薬剤摘花・摘果による頂芽果落果率の有意な 増加は認められなかった.‘ふじ’では,薬剤摘花・摘果 により頂芽果落果率が無散布よりも有意に増加するととも に,摘花剤単用区および併用区の頂芽果落果率は摘果剤単 用区よりも高くなる傾向がみられた.また,摘花剤を使用 した場合(単用・併用)の頂芽果落果率は人工受粉の影響 を受けた.人工受粉がある場合とない場合の頂芽果落果率 は,摘花剤単用区でそれぞれ
72
%と83
%,併用区で81
% と87
%となり,いずれも人工受粉により落果率が有意に 低下した.第
1
図 頂芽果落果率の推移に及ぼす薬剤摘花・摘果の影響‘ふじ’は
2012
年から2014
年の平均,その他の品種は2013
年と2014
年の平均人工受粉のない場合における推移
腋芽結実花そう率に及ぼす処理の影響
開花
40
日後の腋芽の結実花そう率に対する処理の影響 は品種により異なった(第2
表).‘つがる’と‘ジョナゴー ルド’においては,摘花剤単用区の結実花そう率が無散布 区と同等に高く,併用区および摘果剤単用区が低かった.‘シナノスイート’では摘花剤単用区の結実花そう率が
56
%と最も高く,併用区が41
%で続いた.‘ふじ’では薬 剤摘花・摘果により無散布区よりも腋芽の結実花そう率が 減少し,併用区が42
%で最も低く,摘花剤単用区と摘果 剤単用区はそれぞれ49
%と51
%で有意差がなかった.摘果可能面積に及ぼす処理の影響
摘果期間全体における摘果に対する省力効果を評価する ために,摘果所要時間から摘果可能面積を算出した.ここ では,開花
15
日後から開花40
日後までに摘果できる面積 を摘果可能面積としたが,開花20
日後の頂芽果落果率が 高いほど摘果可能面積が大きくなるとは限らなかった(第2
表).‘つがる’において,摘花剤単用区の開花20
日後 の頂芽果落果率が無散布区より有意に高かったにもかかわ らず,摘果可能面積には有意差がなかった.一方,摘果剤 を使用すると摘果可能面積が無散布より増加した.薬剤摘 花・摘果処理による摘果可能面積の増加分を摘果省力効果 とすると,摘果剤による省力効果は30
%以上になった.‘シ ナノスイート’の摘果可能面積および摘果省力効果には処 理による有意差がなかった.‘ジョナゴールド’の摘果可能面積は,人工受粉を行わない場合に薬剤摘花・摘果によ り摘果可能面積が拡大する傾向があり,併用区では無散布 区よりも
28
%の省力効果があった.‘ふじ’では,開花20
日後および開花40
日後における頂芽果落果率の高い摘花 剤利用区(単用・併用)の摘果可能面積が大きくなった.人工受粉を行うと摘花剤利用区の頂芽果落果率が低くなる ため摘果可能面積は減少したが,摘果剤単用区および無散 布区よりは大きかった.摘果省力効果は,併用区では人工 受粉ありの場合に
39
%,人工受粉なしの場合に42
%,摘花 剤単用区では人工受粉の有無により28
%と37
%であった.果実品質に及ぼす処理の影響
種子数および果実重に対する処理の影響は品種により異 なった(第
3
表).‘つがる’においては,人工受粉のない 場合には摘花剤利用区(単用・併用)において種子数が有 意に減少したが,9
個以上の種子が入り,果実重との関係 も明確ではなかった.薬剤処理については,摘果剤単用区 よりも併用区で果実重が増加した.‘シナノスイート’に おいては,人工受粉による種子数の増加は認められず,種 子が多いことによる果実肥大効果もなかった.摘花剤利用 区(単用・併用)では種子数が減少したものの,果実重は 有意に増加した.‘ジョナゴールド’においては,摘花剤 利用区(単用・併用)で人工受粉のない場合に種子数が減 少したものの,人工受粉による果実肥大効果はなかった.果実重は併用区で無散布区より有意に増加したが,摘果剤 第
2
表 頂芽果落果率,腋芽結実花そう率および摘果可能面積に及ぼす薬剤摘花・摘果と人工受粉の影響品種 薬剤処理
頂芽果落果率(%)z 腋芽 結実 花そう
率
(%)x
摘果可能面積
(
a
/人)z摘果省力効果
(%)w 開花
20
日後 開花40
日後人工受粉 受粉の 影響y
人工受粉 受粉の 影響y
人工受粉 受粉の 影響y
人工受粉
あり なし あり なし あり なし あり なし
つがる 摘花剤単用
47 a 46 a ns 80 b 85 a * 40 a 54 b 59 bc ns 5 19
併用48 a 38 a ns 88 a 87 a ns 16 c 81 a 76 a ns 37 37
摘果剤単用11 b 11 b ns 88 a 87 a ns 21 b 74 a 72 ab ns 31 34
無散布11 b 13 b ns 80 b 75 b ns 47 a 51 b 47 c ns
シナノスイート 摘花剤単用
15 ns 23 ns ns 46 ns 59 ns ns 56 a 34 ns 38 ns ns 0 12
併用17 23 ns 64 63 ns 41 b 43 42 ns 21 21
摘果剤単用7 9 ns 55 55 ns 21 d 43 45 ns 22 25
無散布10 8 ns 43 40 ns 35 c 34 33 ns
ジョナゴールド 摘花剤単用
53 a 58 a ns 77 ns 78 ns ns 48 a 55 ns 57 ab ns 15 18
併用47 a 46 a ns 81 85 ns 38 b 63 65 a ns 26 28
摘果剤単用14 b 16 b ns 75 75 ns 40 b 51 51 ab ns 8 8
無散布19 b 15 b ns 68 71 ns 52 a 47 47 b ns
ふじ 摘花剤単用
54 a 63 a * 72 ab 83 a ** 49 b 48 b 56 a ** 28 37
併用57 a 58 a ns 81 a 87 a ** 42 c 56 a 61 a * 39 42
摘果剤単用29 b 32 b ns 70 b 72 b ns 51 b 40 c 41 b ns 15 15
無散布29 b 30 b ns 53 c 54 c ns 68 a 34 d 35 c ns
z頂芽果落果率は逆正弦変換後に,また,摘果可能面積は算出値により,
Tukey-Kramer
の多重分析(側枝単位,‘ふじ’は3
年間(
n = 13
),その他の品種は2
年間(n = 6
))を行い,品種内において異なる小文字は5
%水準で有意差ありを示し,ns
は有意差なしを示す
y人工受粉の影響における
**
,*
,ns
は各処理区におけるt
検定により,それぞれ1
%水準で有意差あり,5
%水準で有意差あり,有意差なしを示す
x開花
40
日後の結実花そう率であり,品種内において異なる小文字はχ
2検定により5
%水準で有意差ありを示す(薬剤摘花・摘果の摘果可能面積w
-
無散布の摘果可能面積)/(薬剤摘花・摘果の摘果可能面積)*100
により求めた単用区も無散布区より増加する傾向がみられた.一方,‘ふ じ’では,人工受粉により種子数が有意に増加し,果実重 も増加していた.果実重は併用区で最も大きくなり,摘花 剤単用区と摘果剤単用区では有意差がなかった.いずれの 品種においても,摘花剤の使用により種子数が少なくなる 傾向があり,人工受粉のない場合に顕著であったが,種子 数と果実重に相関はみられなかった(データ省略).
糖度,酸度,みつ入り指数については,人工受粉および 薬剤摘花・摘果による実用上問題となるような影響はみら れなかった(データ省略).
考 察
本研究の目的は,摘果期間早期の落果量を増加させる摘 花剤がもたらす摘果期間全体での省力効果および果実肥大 促進効果を検証することであった.試験の結果,‘シナノ スイート’以外の
3
品種では,摘花剤単用区および併用区 の開花20
日後における頂芽果落果率は摘果剤単用区およ び無散布区よりも増加することが確認されたものの(第2
表),摘花剤により開花20
日後の頂芽果落果率が高くても 摘果可能面積は必ずしも増加しないことが明らかになっ た.‘ふじ’における摘果省力効果は,人工受粉ありの場合,無散布と比べて摘花剤単用では
28
%となり,石灰硫黄合 剤散布により摘果作業時間が25
~30
%短縮されるという 森田ら(1997
)の報告と一致する結果となった.また,摘 花剤と摘果剤の併用では無散布と比べて約40
%削減とな り,岩手県農業研究センター(2000
)による報告とほぼ同じ であった.森田ら(1997
)は,粗摘果を満開28
,29
日後,仕上げ摘果を満開
48
日後に(私信),岩手県農業研究センター(
2000
)は満開約50
日後に(私信),いずれも実際に 摘果を行って作業時間を測定している.一方,本研究では,果数調査の結果に基づき摘果期間全体(開花
15
~40
日後)での摘果可能面積を算出したが,結果として,摘花剤の省 力効果がこれまでの報告より高くなることを確認できな かった.この原因として,摘果にかかる時間は,幼果の落 果量と比例して短くなるわけではないことが挙げられる.
1
花そう当たりの摘果にかかる時間(Iwanami
ら,2015
)は,頂芽においては花そう内花数が
3
花または2
花になると4
花以上と比べて半減し,さらに1
花そう1
花になると,3
花および2
花と比べて約3
分の1
に,4
花以上と比べる と5
分の1
以下になる.この場合,6
花が4
花になっても(頂 芽果落果率が33
%でも)1
花そう当たりの摘果時間は変わ らない.また,摘花剤により腋芽果の落果が増加していて も,結実花そう率が下がらなければ腋芽の摘果にかかる時 間は減少しない.‘つがる’において,開花20
日後の頂芽 落果量の差が大きいにもかかわらず,摘花剤単用区の摘果 可能面積は摘果剤単用区より小さくなったが(第2
表),これは,摘花剤によって
3
果以下になることよりも摘果剤 によって1
果になる方が摘果時間の短縮効果が大きく,さ らに,摘花剤単用区の腋芽の結実花そう率が摘果剤単用区 より高く,腋芽花の摘果に時間がかかるためと推察された.果実肥大に関しては,摘花剤の使用により,無散布と比 べると果実肥大が促進される傾向は確認された(第
3
表).しかしながら,‘シナノスイート’以外の
3
品種では,開 花20
日後における頂芽果落果率の高い摘花剤利用区(単 用・併用)の果実重が,頂芽果落果率の低い摘果剤単用区 より必ずしも増加していなかった.Koike
ら(2003
)は,‘ふ 第3
表 種子数と果実重に及ぼす薬剤摘花・摘果と人工受粉の影響品種 薬剤処理
種子数(個)z 果実重(
g
)z 人工受粉 受粉の影響y 人工受粉受粉の影響y
あり なし あり なし
つがる 摘花剤単用
11.6 ab 9.4 b ** 288 a 254 bc **
併用
11.0 b 9.8 b ** 274 b 278 a ns
摘果剤単用
11.9 ab 11.8 a ns 258 c 259 b ns
無散布
12.1 a 11.6 a ns 255 c 245 c *
シナノスイート 摘花剤単用
6.3 c 6.4 b ns 281 a 273 a ns
併用
6.5 c 6.5 b ns 261 b 256 b ns
摘果剤単用
8.1 a 8.0 a ns 234 c 235 c ns
無散布
7.4 b 7.7 a ns 229 c 222 d *
ジョナゴールド 摘花剤単用
5.9 a 5.1 b ** 323 b 345 a **
併用
5.1 b 4.5 b * 346 a 343 a ns
摘果剤単用
6.1 a 5.7 a ns 328 ab 333 a ns
無散布
6.1 a 6.0 a ns 309 b 292 b **
ふじ 摘花剤単用
7.7 c 5.1 c ** 331 b 304 ab **
併用
8.6 ab 6.0 b ** 361 a 317 a **
摘果剤単用
8.8 a 7.3 a ** 324 b 301 bc **
無散布
8.0 bc 7.5 a * 303 c 289 c **
z品種内において異なる小文字は
Tukey-Kramer
の多重分析により5
%水準で有意差ありを示すy人工受粉の影響における
**
,*
,ns
は各処理区におけるt
検定により,それぞれ,1
%水準で有意差あり,5
%水準で有意差あ り,有意差なしを示すじ’において異なる時期に粗摘果をした後に葉果比を揃え て仕上げ摘果をしているが,粗摘果時期が満開
17
日後と37
日後では果実重に有意差はみられていない.満開17
日 後と37
日後は本試験における開花20
日後と40
日後に相 当する.本試験では葉果比を揃えていないので単純に比較 できないが,摘果時期が早くても果実肥大が促進されると は限らないという点は本試験の結果と一致した.‘シナノ スイート’においては,摘花剤を利用した場合(単用・併 用)の果実重が,利用しない場合よりも有意に大きかった ことから,摘花剤で早期に落果させることにより果実肥大 効果を得られることがわかった(第3
表).摘花剤を使用する際には人工受粉により結実を確保する ことが推奨されている.本研究において,人工受粉をせず に摘花剤を利用した場合,頂芽の結実花そう率は‘ふじ’
の併用区で最も低い
47
%であったが(データ省略),‘ふじ’を含むいずれの品種においても十分な着果量があり,奇形 果や傷害果を除いてもさらに摘果が必要であった.従って,
試験結果についてのみ考えると,結実確保の観点からは人 工受粉は必ずしも必要がないといえる.本研究で供試した
‘ふじ’は単植に近い圃場に裁植されていたが,受粉樹が 植えられており,‘ふじ’以外の
3
品種は混植されている 圃場にあった.また,試験を行った3
年間の開花期間中は 概ね好天に恵まれた.このような植栽状況や気象条件によ り,訪花昆虫の活動のみでも十分な着果が得られる結果に なったと考えられる.しかしながら,受粉樹となり得る品 種が少ない園地や訪花昆虫の少ない園地,また,開花期間 中の悪天候により訪花昆虫の活動が期待できない場合にお いては,結実確保のために人工受粉が必要である.一方,種子数は,
4
品種ともに摘花剤利用区(単用・併用)で少 ない傾向があり,人工受粉をしない場合には有意に減少し た(第3
表).一般的に,種子数の少ない果実は生育が劣り,養分競合に負けて生理落果しやすいと考えられるが,摘花 剤の効果により早期に花そう内果数が減ることで花そう内 の養分競合が緩和されたために,種子数の少ない果実でも 落果しにくくなり,結果として摘花剤利用区の種子数が少 なかったと推測された.‘つがる’,‘ジョナゴールド’,‘ふ じ’の摘花剤利用区(単用・併用)においては,人工受粉 をしない場合に種子数が減少したが,人工受粉のある場合 に果実重が明確に増加したのは‘ふじ’のみであった.従っ て,‘ふじ’において摘花剤を使用する場合には,果実肥 大の観点から人工受粉をするべきであると考えられた.
本研究の結果に基づき,各品種における効果的な薬剤摘 花・摘果方法を以下のように検討した.
‘つがる’においては,摘果時間の短縮には摘花剤と摘 果剤の併用または摘果剤単用が効果的であった(第
2
表).‘つがる’に対する摘果剤散布に関して,青森県や長野県 では摘果剤がかからないように注意すると指導されている が(青森県りんご生産指導要項編集部会,
2012;
長野県・全国農業協同組合連合会長野県本部,
2011
),岩手県では特記されていない(岩手県中央農業改良普及センター県域 普及グループ,
2014
).本研究における摘果剤使用時の頂 芽の結実花そう率は,併用区で54
%前後,摘果剤単用区 で45
%前後となったが(データ省略),十分な着果量があっ た.果実肥大効果(第3
表)も考慮すると,摘花剤と摘果 剤の併用散布が摘果の省力および果実の肥大に最も効果的 である.一方,摘花剤単用では腋芽果が残りやすく,これ により摘果可能面積が増加しなかったと推測されることか ら,‘つがる’における摘花剤単用散布は摘果作業の省力 には有効ではないといえる.‘ジョナゴールド’においては摘花剤と摘果剤の併用が 省力的であった.岩手県農業研究センター(
2000
)の報告 より小さかったものの,併用区の省力効果は無散布区に比 べて26
~28
%であった(第2
表).‘ジョナゴールド’に 関しては,青森県では摘果剤がかからないように注意する とされているが(青森県りんご生産指導要項編集部会,2012
),長野県や岩手県では特段注意するべき指導はされ ていない(岩手県中央農業改良普及センター県域普及グループ,
2014;
長野県・全国農業協同組合連合会長野県本部,
2011
).本研究における頂芽の結実花そう率は,人工 受粉のない場合の併用区において最も低い54
%となった が(データ省略),十分な着果量が確保された.一方,摘 花剤単用では,摘果剤を使用した場合(単用・併用)より も腋芽の結実花そう率が高く,摘果に時間がかかった.‘つ がる’と同様に‘ジョナゴールド’においても,摘花剤単 用散布は摘果作業の省力には有効ではないと考えられる.‘つがる’と‘ジョナゴールド’については,過剰落果 の懸念がある一方で,落果が多くても収量として問題がな いことが多く省力効果が高いという理由により,岩手県で は大規模園地を中心に両品種に対して摘果剤散布を行う園 地もある(私信).また,開花が遅れて小玉傾向が懸念さ れた
2013
年には,青森県のりんごニュース(公益財団法 人青森県りんご協会,2013
)にも‘ジョナゴールド’に対 する摘果剤散布時期は満開後2
~3
週間頃である,と記載 された.満開後2.5
週間で摘果剤を散布した本試験でも十 分な着果量があったことから,記事で紹介されたように遅 めに摘果剤を散布することにより,摘果時間を削減しつつ 結実を確保することが期待できる.‘シナノスイート’は幼果が落果しにくい品種特性があ り,薬剤摘花・摘果をしても摘果作業の省力効果に処理間 で有意差が認められなかったが(第
2
表),摘花剤散布に より果実は肥大した(第3
表).これらの結果から,‘シナ ノスイート’においては,薬剤摘花・摘果による摘果作業 の省力効果は期待できないものの果実肥大が促進されるの で,摘花剤単用散布が効果的である.‘ふじ’は,人工受粉により種子数が増加し果実も肥大 するので,人工受粉を前提とするのがよいと考えられる.
人工受粉をすると結実を確保できるが,着果量も増えるた めに摘果の手間も増大する.その場合に摘花剤と摘果剤を
併用すれば,摘果時間を短縮しつつ果実肥大を期待でき,
摘果の省力および果実肥大の両面において有効である.摘 果剤単用と摘花剤単用の比較では,果実重は同等であった が,摘果可能面積は摘花剤単用の方が大きかったことから,
併用散布をしないのであれば摘花剤単用が有効である.人 工受粉を行う際には花粉の準備や調整にも手間がかかり,
綿棒や梵天など結実率の高い方法を用いるほど受粉作業に 労力を要する.着果管理の省力という目的を考えると,開 花期間中の気象条件が良好であれば,訪花昆虫による受粉 が盛んな園地においては人工受粉をしないという選択もあ り得るが,その場合においても摘果の省力および果実肥大 の面から摘花剤と摘果剤の併用が有効である.いずれにせ よ,‘ふじ’の摘果作業を省力するためには摘花剤散布が 必須となるべきであるので,人工受粉の有無により摘花剤 散布の時期を変える森田ら(
1997
)の報告が結実確保の観 点から参考になる.本研究における薬剤摘花・摘果利用区の摘果面積は,摘 花剤・摘果剤の効果を待たずに人手による摘果を行ってい る設定で算出されている.摘果剤の効果が現れる前に人手 による摘果を始めることは薬剤の無駄のようにも考えられ るが,本研究においては,各品種において省力に効果的な 薬剤摘花・摘果の方法は無散布よりも摘果可能面積が多く なった.しかしながら,開花
25
日後までは摘果剤処理区 と無散布区で頂芽果落果率に差がなく,摘果可能面積は同 等であると推測されるので,生産規模が小さく開花25
日 後までに人手による摘果が終了するのであれば摘果剤散布 は省力にならない.開花25
日後までに摘果が終わらない 場合には,薬剤摘果をすることで摘果作業期間が短縮され る.省力効果が品種によって異なることから,‘ふじ’の ように摘花剤散布が有効な品種から人手の摘果に入り,‘つ がる’や‘ジョナゴールド’のように摘果剤が効果的な品 種の摘果は摘果剤の効果が現れた後で入ると,園地全体と して効率よく摘果作業を行うことができると考えられる.‘シナノスイート’については,粗摘果が早いと心かび病 の発生が多くなるので(長野県・全国農業協同組合連合会 長野県本部,
2011
),摘花剤を散布しつつも早い段階では 摘果するべきではない.薬剤摘花・摘果を行う対象(品種 および範囲)や人工受粉を行うか否かは,品種の落果特性,園地の規模や品種構成,気象条件,栽培(経営)方針に応 じて決定されることになるが,本研究の結果が参考になれ ば幸いである.
摘 要
リンゴの主要
4
品種において,摘果期間早期の落果量を 増加させる摘花剤がもたらす摘果期間全体での省力効果お よび果実肥大促進効果を検証し,各品種における効率的な 薬剤摘花・摘果の方法を検討した.頂芽果落果率や腋芽の 結実花そう率の違いから,薬剤摘花・摘果の効果は品種に より異なった.‘つがる’および‘ジョナゴールド’では,摘花剤単用は腋芽の結実花そう率が高いために腋芽果の摘 果に時間を要し,省力につながらなかった.果実肥大を考 慮すると,両品種においては摘花剤と摘果剤の併用が最も 効果的であった.‘シナノスイート’では,薬剤摘花・摘 果による摘果作業の省力効果はなかったが,果実肥大が促 進されることから摘花剤散布が有効であった.‘ふじ’では,
人工受粉によって果実重と種子数が増加するため,人工受 粉をしたうえで摘花剤と摘果剤を併用することにより,摘 果作業を大幅に省力しつつ果実肥大を期待できる.摘花剤 単用は摘果剤単用より省力効果があった.
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