金沢 大学 十 全医 学 会 雑誌 第8 9巻 第1号 6 5‑8 9 (1 9 8 0)
溺 死 に関 する実 験 法 医学 的研 究
金沢 大学 医学 部法医 学教 室 (主任: 永 野 耐造 教 授) (指導: 何川涼前 教 授)
橋 本 良 明
( 昭和5 4年1 2 月2 7日受 付)
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本論文の要 旨の 一 部は翫3次日本法 医学 会 総合, な らび に第1 4 回 日本アルコ ー ル医 学 会 総 合に て口演発 表し た.
日本にお け る自 殺者の統 計を み る と, 溺 死は C O 中 毒, 諸種の窒 息に次ぎ第3 位を占め, ま た不 慮の事故 死 と して子 供, 声名町者, 身休の不 自 由な人な どの死 亡 も多く, はっ きり し た他 殺の溺 死も毎 年1 0 0 例 位あ る よ うであ る. し た がっ て検 尿や法 医鑑 定の対 象と な る こと が多く, 法 医学の取 扱う死 亡 原 因のう ち主 要な も の の 一 つであ ること ば 云 う まで も ない . 死 体の発 見場 所と しては, 海, 湖, 川お よ び そ れ らの水 底の は か.
プー ル. たんぼの用 水, 浴 槽, 水た ま り な ど多 種 多 様
であ り. 他 殺後の投 水 死 体も あ る わ けであ る.
溺死 と は気 道に液 体を吸 引して死 亡 するもの と定 義 さ れて いる が, た と え ば水 中 死 体を と り あ げて も, 水 中で死 亡し たのか死 後 投 水か, あ るい は真の溺死 か水 浴死か. 水 中で の内 因 性 急 死か な どの鑑 別が問題 と な り. ことに死後 変 化の著しい死体, 時には白 骨 死 体と な れ ば判 断が困 難と なってく る. 水 底の死体では水 深
によっ ては水 圧に よ り, 死後に お け る水の肺 内 侵 入も 知ら れて いる.
今日溺死の診断にお け る最も重 要な検 査と して, 肺 その他の臓 器か らの珪 藻 検 出が壊 機 法によって行な わ れて いる. これ は侵 入し た水を知る目 的で, その含有 す る珪 藻を検 査す るの であ る が, こ の方 面に関す る 研 究は人 体例につ い て , ま た動物 実 験に関して数 多くの 報告が な さ れて お り, 日本では友 永お よ び その門 下‖ 」 21の研 究が特に有 名であ る.
壊 機 法によ る珪 藻 検 査は, 組 織一 定量申の珪 藻 数お よ び その種 類を顕 微 鏡 下で検 査す る もの であ り, お お ま か な臓器 内部 位につ い ては知り えても, そ れ 以上に 組織学 的な分 布や局 在を知ること ばでき ない. 本 研 究 E xpe rim e ntal Studie s on Dr o w ning fr o m
Depa rtm e nt of Legal M edicin e (Dir e cto r
で は馬 鈴 薯澱粉 粒 子が自 然 界の珪 藻と大き さ が煩似す る点を利用してt その浮 遊 液を用い ∴実際の鑑 定で問 題にな る諸 種の事項を明ら か に す る た め動 物 実験を行 なって みた. ま た肉眼的に溺 水の侵 入状 態を み る目 的
で , 墨 汁 液 を 使 用し た実 験 も行なっ た.
溺 死では肺 内に侵 入し た溺 水が血管 内に入り 心臓の 左心室に達す ること か ら, 心 臓の左 右心室 血に成 分の 差を生じ, これ が溺死の診 断に も利 用でき る と云わ れ て いる. わ れ わ れの教 室では従 来か ら死体アル コ ー ル
に関す る 一 連の研 究を行なって いる が. 飲 酒 者の溺 死 も少な く ない の で , 左 右 心 室血ア ルコ ー ル濃 度の差 異
の状 況を, 人 体 例への応 用という立 場か ら動 物 実験に よ り検 討し た.
その ほか溺 死 時にお け る体 内お よ び循環 系内 侵 入 溺 水量に関す る実 験, 人 体 剖 検 例につ い て の考察を行な
っ た.
材 料お よ び方 法
‡. 材 料 1.溺 水液
1) 市 販の墨 汁1 0 mエと淡 水500 mlの混 合 液, 馬 鈴 薯 澱 粉2 0g を淡 水5 0 0 mエに混 合し た液を. 肉眼的お よ び 組 織学 的所見 を得る た めに使 用し た.
2) 溺死 体にお け る 心臓の左 右心室 血alc ohol 濃 度
の検 討お よ び雨 水の吸引 量と循 環 系への侵 入 童の測 定
には, 淡 水の はか, 氷を十 分に入れ た氷水, お よ び標 準 海 水を使用 し た, 棲 準 海 水 は文 献‑ 3 Iに 従い,
N aC 1 7 7.8 % , M gC 12 1 0.9 % , M gS O. 4 .7 % ,
CaS O4 3.6 % , K2S O. 2.5 % , CaC O3 0.3 % お よ び M edic o‑1egal Sta ndpoint. Y o sh iak i H a shim oto
,
: Pr of. T . N aga n o, F o r m e r D ir e cto r : Pr of.
R ・ N a nika w a), Scho ol of M edicin e , K a n a z a w a U niv e r sit y.
MgBr2 0 .2 %の割 合に35g の塩 類を 1 kg中に含む よ うに調 製し た.
2. 実験 動 物お よ び対 象
1) 墨汁あ るいは搬 粉 液 中で の溺 死には, 自 由に摂 食さ せ た約3 0g の雄D D Y マ ウ スを使 用し た.
2 ) 溺 死 体にお け る 心臓の左右心室 血alc ohol( 以 下 A Ic.) 濃 度の検 討には.約 300g の雄モ ル モ ッ トと約 3 kg の ウ サギ を使 用し た.
3) 溺 水の吸 引 量お よ び循 環 系への侵 入 量の測 定は,
約 3 kg のウサギ9 例を使 用し た.
4) 人 体 溺 死 例には, 当 教 室にお け る過 去 5 年 間の
法医 剖 検 例の申か ら,珪 藻あ るいは 心臓 血A Ic.の検 出 さ れ た例を対 象と し た.
Ⅱ. 方 法
1. マ ウス の溺 死: 自 然に遊 泳し た後, 疲 労して溺死 し た例( 以 下, 遊 泳 溺死) と強 制 的に水 面 下に没して
死 亡さ せ た例 ( 以 下. 水 没 溺 死) に区 別し た.
2.A Ic.摂 取 後の遊 泳 溺 死: 2 0 % A Ic. をマ ウ ス の腹 腔 内に0.2, 0.3 あ るいは 0.4 mエ投 与して放 置し,約5 分 後の状 態によ り次の3 種に分 類し た.
体 動が殆ど不 可 能で, 背 位にしても 起き上が れ ない
例を高 度 酷 町, 身 体の平 衡を失っ て いる が. 背 位にす る と起き上が る例を中 等度 酷 打,殆ど A Ic. の影 響を受
けず動き廻る例を軽度 酷町と し た.
3. 死 体に水 圧を加え る方 法:窒 息死さ せ たマウスを 使用し た. マ ウ スは鼻 孔か らの水の侵 入が明ら かでな く. 開口の程 度もー定でない の で, 口の両端を大 きく 切 開して十 分 開口 さ せ た状 態で水圧を加え た. 加 圧 装 置の模 式 図を図 1 に示す. 1 0 0 mエの注 射 器 ( 内 径 3.5
c m) と 5 0 mエの注 射 器 ( 内径2.5c m) の間を 60 c mの7 号ネラ トン カ テ ー テ ル で固く接 続し た. マ ウ ス死 体は 墨 汁 液 又は澱 粉 液と共に1 00 mエの注 射 器に入れ.50 m乙 の注 射 器 内には空気を あ ら か じ め 20 山人れ た. こ の装 置で は, 1 00 mエの注 射 器に1 kg の加 圧が あ る と. 5 0mエ の注 射 器 内の空気 容 積が0 .2c m短 縮 すること が確か め ら れ たの で. 反 対に1 00 mエ注 射 器の内 簡, 外 簡を固 定 し, 50 如法 射 器 内の空 気 容 積を変 化さ せ た. 加 圧1k g は 1 0 0 mエ注射 器 内で水 深 約1 皿 に相 当 する. こ の よ う にして, 水 深約10 m 相 当まで の加 圧を行なった. 注 射 器の内 簡, 外 簡 間は真 空グ リ ー ス で封じ, 水の流 出を 最 少にし た. 加圧 時 間は15分と30 分の 2 通 り と し,
澱粉 液は適 時 振過して沈 澱を防 止し た.
4. 水 浴死モ デ ル: 強心剤de sla n o si de 注 射 液を マ ウ スL D6 0 値の8.1 叩/ kgを上 廻る 10 咽/ kg を庵 静 脈に注 射す る と. 短 時 間で心 停 止を来し たの で, 以上
の処 置後 直ちに溺 水 中に投 入し た.
5. 墨 汁 液 実 験で の観 察 方 法: マウ スを解剖して肺を 摘 出し, 消 化 器 系は舌か ら大 腸まで 叫 指 摘 出し た. 肺
へ の墨 汁 侵 入は肺 表 面の異 変 部を肉眼的に観 察し, 左 右 肺そ れ ぞ れの表 面 積に対す る黒 変 部の割 合と濃 淡を 調べ た. 澱 粉 液 実験の観 察方 法: マ ウ スを慎 重に洗浄 し身 体 表 面に附 著す る澱 粉を十 分に除 去し た.肺,肝,
腎を摘 出して十 分 洗 浄し澱粉の混 入を防いだ. これ ら 臓 器をホ ルマ リン固 定して, 型のご と くパ ラ フィ ン包 埋 後 厚さ 1肋の連続 切 片を作 製し, ル ゴ ー ル液による 澱 粉 粒 染 色お よ びェオ ジン単 染色を行な っ て鏡 検し
た.
連 続 切 片は肺では肺 尖 部よ り水 平 断で行ない, 肝 と 腎は切 割 面が最も広く な る面で切 片の作 製を行なっ た. 左 右 肺か ら無 作 為に5枚を選び, 全肺 野に分 布す る澱 粉 粒 子の数を調べ, 5枚 申2枚につい て搬粉 粒 子
の短 径を測定し た. 肺は胸膜 下400〝まで の肺 野を末 梢 部と し, そ れ よ り肺 門よ りの肺 野を肺 門部と して区 別し,そ れ ぞ れの澱 粉 粒 子の5 0個につ い て短 径 を 測定
し た.
肝お よ び腎は 1 0 0枚の連 続 切 片のす べてを 鏡検して
澱 粉 粒 子 数と短 径を測 定し た.
6 . ア ルコ ー ル投 与と試 料の採 取: モ ル モッ トは 20
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図1 マウス死体に対す る加圧装 置
溺 死に関する実験 法 医 学 的研 究
% A Ic.5 mエ/ kg又 は 1 0 雨 / kgを腹 腔 内に投 与し, 約 45 分後に心臓 穿 刺を行なっ て生 前の対 照 血を採 取し た綾 濾ちに溺水 中に強 制 的に水 没さ せ溺 死さ せ た(以 下, 水没 溺 死). 最 後の呼吸運 動 停 止後 約1 分 間 水 中に 放置して, 水 中よ り取り出し・ 身 体 表 面の水を十 分に 除去して開胸 し た・ 氷で心臓を冷却して停 止さ せ たの ち, 心のう を切 開して注 射 器で左 右心室 血を別々に採 解し た(以下, 急 速心停 止)・ ま た同 様に水 没溺 死 さ せ て, 呼 吸運 動 停 止 後も し ば ら く水 中に放 置し, 約 3 時 間後に開 胸して左 右 心 室 血を別々 に採 取し た( 以 下・ 自然心 停 止).
ウ サギ は 2 0 % A Ic. を 1 0mエ/ k g カ テ ー テ ル で胃 内
に投 与し, 1 時間後に耳 静脈よ り採 血して生 前の対 照 血と し た. 直ちに水没 溺 死さ せ呼 吸 運 動 停 止 後, 身体 表面の水 分を十 分に除 去して開胸し, 水 冷によ り心 拍 を停止さ せ, 投 水 後約5 分に左右 心 室 血を別々 に注 射 器で採取し た.
7. 血 中A Ic.濃 度の 測 定: Ga s chr o m atograp hy (G C) 何 川・ 古 徳の気 化 平 衡 法1 4 1によ り測 定し た. 血 液試料は内部 標 準と し て0.15 % の te rt ‑ buta n ol を
一 定量正確に加え,5 5 ℃ で 1 5 分 間恒 温 槽で加 温し, 注 射器で気 相1 血 を装 置に注 入し た. 装 置は島 津G C ‑ 4 C M .F I D 検 出器, カラム は0.3c m x l.O m の ス テン
レ ス ス チー ル製, 充てん剤は P E G lOOO ( 25 %),60 〜 80 m e sh , 試 料 室2 1 0 ℃,C Olu m n bath 9 0 ℃,キャリ
アガスN2 4 0 mL/ min, r a nge 16.s e n sitivit y lO2と し た.
試料の含 水率は試 料を90 ℃の乾 燥 機 内に4 〜 5 時 間放 置し, その前 後の重量変 化によ り測 定し た.
8. 全血 奨 量の測 定: e V a n S b lu e( 半 井 化 学)4 .5mg を生理食塩 水4 0 雨に溶 解さ せ た液を 注入 色 素 溶 液と
志c‡c孟c‡c ‡c ‡c c
図 2 Ev a n s b lu e 測 定用検 量 線
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して, T柑 2 . 法の原理によ り行なっ たl引.
検 量線の作 製は注 入色 素 溶 液を生理 食 塩 水で100 倍 稀釈し, こ の稀 釈 液の等 倍 稀 釈 系 列につ い て . 生理食 塩 水を対 照と して,日立100 ‑ 60 形ダ ブル ビー ム分 光 光度 計を使 用し波 長 620rl m で吸 光 度の測 定を行なっ た ( 図2).
溺死後の血 頒は溶 血が著 明で測 定に影 響し たので.
数例の ウ サギ混 合 血 球を使 用して種々 の ヘモグロ ビン
濃度の溶 血 液を作 製し,620nm における吸 光 度との関 係を調べ( 図 3 ),試 料 申のヘ モグロ ビ ン童を塩 酸ヘ マ
チン法で求めて, その溶 血に相 当す る吸 光度を差し引
いた値をe v a n s b lu e のみの吸 光 度と し た. ま た溶 血
液とe v a n s b lue 液の各々 の吸 光 度の和は両 者の等 量
混 合 液の吸光 度と は ぼ 一致す ること を確か め た. な お 耳静 脈よ り採 血し た試 料 血 貸 中の e van s b lu e 濃 度は 高いた め, 生理食 塩 水で5 倍に稀 釈して測定し後で補 正し た. 全 血 究 畳は,20 ×注 入 色 素溶 液 畳×検 量 線よ り求め た稀 釈 倍 数. と して求め た.
9. 吸 引 溺 水量の測 定: 約 3 kg のウサギに n e mbutal ( 大日本 製 薬) 0 .5 mエ/ kgを腹 腔 内に投 与し, 適 時 追 加 し な が ら麻 酔 下に頚 部 気 管を露 出し, カニ ュ ー レを装 置し た. 麻 酔よ り覚 醒 後. 対 照 血を 2 〜3 m且採 血し,
直ちに前 記の注 入色 素溶 液を 2 m上正確に耳 静 脈に注 射 し た. 10 分 後に反 対 側の耳 静 脈よ り約 3 ml採 血し た 後. 直ちに自 発 呼吸 運 動で溺 水を吸 引さ せて死 亡さ せ た. 呼 吸運動 停 止後, 直ちに開 胸して左 右心室 血を別
々 に採取し た.
図3 ヘ モグロ ビン量と波長 6 20 n m での吸光 度