研究チーム報告
【人文科学研究部】
研究成果の概要
言語科学研究チーム(課題番号:073001)
研究期間:平成19年4月1日〜平成22年3月31日
研究代表者:青木文夫 研究員:伊藤益代、臼杵 岳、久保善宏、泉水浩隆(平成21年3月脱退)、Stephen Howe、多田浩章、
毛利史生、安井 篤、山田英二
この研究チームは理論言語科学の様々な領域の研 究者で構成されることから、その研究展開とその成 果をここでまとめて述べることは不可能なので、各 研究員から提出された研究成果の概要を以下に提示 して報告に代える生成文法理論、最適性理論、語彙 概念構造理論、非線形音韻論、認知言語学など、さ まざまな言語科学の中核的な研究が1990年代から現 在に至るまで複雑で広汎な深化を遂げている。また、
その過程において、そういった研究自体とそれを支 える基礎的な領域である、実験音声学、認知心理学、
情報理論などの研究も非常に複雑で多岐な進展を遂 げている中で、一人の研究者だけが、中核的な理論 の方向を予測・展開することは不可能である。その 意味で、このチームの研究者は、研究会やインター ネットなどを通じ恒常的に情報を交換し、さまざま な理論の流れを把握し続けなけらばならない宿命に あると言ってよい。まさに理論の中核的な分野と主 要な隣接諸科学の研究者であるが故に、様々な研究 分野の研究者と成果や情報を交換し、その積み重ね を統合することによって、上述の理論的な分野を中 心とした言語諸科学研究の流れの把握に大きな貢献 ができることになるわけである。そのためには、そ れぞれの研究者は研究調査(出張調査、インフォー マントとの面接、未刊行論文の入手、データベース の構築、研究交流など)を行い、昨年末には研究チー ムとして言語理論と隣接領域の接点を追究する成果
(福 岡 大 学 研 究 部 論 集A:人 文 科 学 編Vol.9 No.7)を公表した。そこには、このチームのメン バーが理論的な言語科学の中心分野と重要な隣接領 域である、統語論、意味論、音韻論(最適性理論)、 音声学、言語習得、認知言語学などの研究者で構成 されることから、それぞれの分野の最先端の研究展 開とその成果を反映させていると言ってよい。また、
スペイン語、英語、日本語などの専門分野の研究者 で構成されるが、多くが他の言語(ロマンス諸語や ゲルマン諸語など)も研究対象に含めており、理論 的な枠組みでの普遍的な文法構築におけるインター フェイスの構成(習得理論、認知理論や語用論への 境界も含む)についての貢献が期待でき、その結果、
言語における普遍性と個別性の問題に多くの例証が 得られ、より深い考察を提示することができている。
故に、各研究員のそれぞれの分野の最先端の研究展 開とその成果をここでまとめて述べることは不可能 なので、各研究員から提出された研究成果の概要を 以下に提示して、報告に代える。また、業績につい てはスペースの関係で省くが、上述研究部論集の各 研究員の論文の文献目録を参照していただきたい。
青木文夫
スペイン語で、直接目的語が有生(人間)名詞の ときに出現する前置詞aの問題を引き続き検討し、
文法における素性照合のメカニズムにおいて、PF 部門でも統語的に照合されて音声解釈を持つ素性の 集合が削除されることがあるという、PF部門が語 用論レベルへのインターフェースの役割を持ってい るとする方向を模索している。
伊藤益代
これまでの研究について、さらなる実験により比 較・検証し発展させた点として、「さえ」について の研究では、日本語児が「尺度の含意」を計算する ことが出来ないことを示したが、その結果は、該当 する意味論的知識の欠如によるものであるのか、語 用論的知識の欠如によるものであるのかを区別でき なかった。今回は、日本語児の語用論的知識のうち のSIに焦点を絞り、QUDの考えや処理コストの考
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た。その結果、QUD質問方法では語用論的情報量 の強弱を認識できないが、処理コストが軽減された 質問法においては、該当の情報量に敏感であること が明らかとなった。次に、LF再構築に確実に関わ ると考えられる格標識付きstripping構造を用いて 日本語児を対象に実験を行った。その結果、「自分」
およびimplicit変項を含む文について正しくsloppy 解釈できることが明らかとなった。この経験的事実 をもとに、裸名詞句や表層照応について新たな知見 が得られた。
臼杵 岳
北部九州方言を含む日本語と英語のアスペクト表 現に関して統一的かつ原理的説明を与える試みから、
McClure(2007)の日英語アスペクトの分析は、北
部九州方言を考慮に入れると再考の余地があること を指摘すると共に、Urushibara(2004,2005)の北 部九州方言の分析に関しては、動詞の語彙的アスペ クト分類の他に動詞句の限界性を考慮に入れるべき であると議論した。これらの議論に基づき、日本語 のアスペクト表現の解釈には、異なる操作で統語的 に認可される二種類の限界性を仮定することを提案 した。また、金田一(1950)の第四種動詞に関して は、Hornstein et al.(1996)に基づく分析を提案し た。結果として、北部九州方言も含めた日本語アス ペクト表現の統一的説明の一つの可能性を示した。
久保善宏
英語の普遍性と個別性の解明の課題で、生成文法、
とりわけミニマリスト・プログラムの枠組みにおい て、英語のいくつかの統語事象(等位構造、同格、
関係詞節、話題化構文、左方転位文、分裂文)を取 り上げ、他の言語と対照し、生成文法理論、特にミ ニマリスト・プログロムの枠組みで、英語と他の言 語における等位構造と同格構造を中心に考察した。
その結果、世界の諸言語の等位構造の類型論をまと め、顕在的等位接続詞を用いる言語(英語)におい ても、等位接続詞の派生については、従来の仮説の ように等位接続詞を統語部門で併合によって派生に 導入されるのではなく、PF部門で併合によって派 生に導入されることを提案した。また、英語の同格
二つのタイプがあることを考察し、それぞれ派生の 仕方が異なることを提案した。
多田浩章
統語的・意味的計算の途中で語用論へのインター フェイスがなされるという形式意味論の分野におい て提出された仮説(Chierchiaの再帰語用論)と、
部分的な統語計算のある特定の段階(vp,CPなど)
でPFやLFへの転送をおこなうという統語論の分 野において提出された仮説(Chomskyのフェイズ 理論)の接点を模索してきたが、ある種の複合語形 成における語彙概念構造に対する語用論的推論の介 入(Jackendoff)の現象を、分散形態論の視点を加 味したフェイズ理論(Marantz)から分析すること がその突破口になりうるという見通しを得た。
毛利史生
統語論・意味論のインターフェイス研究の一環と して、時制、法表現、さらには条件節構文を研究対 象として取りあげてきた。時制に関しては、ステー ジレベルの名詞述語に、新たなステージモデルを導 入することを試案した。条件節構文(具体的には中 国語の裸条件文)には、状況変数の同値化が、統語 レベルではなく、語用論レベルでの操作で行われる ことを提案した。それにより、wh句とEタイプ代 名詞の相補分布に適切な説明を与えることが可能に なった。
Stephen Howe
My research in the past three years has focused on a comparison of English language learning and teaching in Scandinavia and Japan, and on personal pronouns in English and Japanese. My future research includes fur- ther comparison of personal pronouns in English and Japanese, as well as other Asian languages, examining possible origins of personal pronouns, reference, polite- ness and ellipsis. I also plan to continue research on Eng- lish language education in Scandinavia and Japan. I also intend to publish on emphatic ’yes’ and ’no’ in East Anglian dialect. My longer term research aims are a study on pattern in language, and on the nature of lan-
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guage variation and change
安井 篤
NHKアナウンサーのサ行音の訛りを指摘したが、
今回はザ行およびダ行音に注目し、民放アナウン サーを含めた調査を行った。現代ではザ行音ジズと ダ行音ヂヅとを明瞭に区別して発音することは極め て稀で、一部の地方(佐賀県や高知県など)に僅か に残っているに過ぎない。実際に調査してみると予 想通り明確に区別して原稿を読んでいるアナウン サーは一割弱であった。日本語全体に言えることで あるが、表記が優先し発音がそれに準ずる傾向が現 状である。音声学の立場からすれば、日本語本来の 音を大切に保つ必要性を感じる。
山田英二
『Subsidiary Stresses in English』(博士論文、総頁 385頁、英文)を筑波大学に提出し、開拓社より『Sub- sidiary Stresses in English』(総頁数330+xiv頁、英 文)を出版した。この研究は、過去10年間に亘る筆 者の英語の副次強勢に関する研究を纏めたものであ るのみならず、従来の韻律理論とも最適性理論とも 異なる「位置関数理論」という筆者独自の新たな理 論を提案し、英語の副次強勢配置現象を原理的に説 明するものである。
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【社会科学研究部】
現代社会における適応行動の分析
現代社会と適応行動研究チーム(課題番号:074002)
研究期間:平成19年4月1日〜平成22年3月31日
研究代表者:!下保幸 研究員:池上龍太郎、大上 渉(平成21年4月加入)、佐藤基治、角 隆司
【研究成果】
現代社会における人間の生活の質Quality of Life は、社会的存在としての人間が遭遇する様々な障害 や問題を解決すること、すなわち適応することにか かっていると言える。
本研究課題では、人間の多様な社会行動のなかか ら、特に「法心理学的行動」「自動車運転時の情報 処理行動」「ユーモア・笑いによる適応行動」につ いて、その基礎にある心理的メカニズムを調査や実 験によって明らかにした。
現代社会における法心理学の展開
" 虚偽反応時の生理心理的メカニズム
虚偽の行動に伴う生理反応について、特に犯罪捜 査での被疑者の供述の虚偽を検出するポリグラフ検 査について、その原理、測定方法、質問提示の違い が生理反応に及ぼす影響などをレビューした。
ポリグラフ検査の原理については、嘘をつくとそ の発覚をおそれる精神的動揺が生理反応の変化とし て表れるという一般的な誤った解釈がみられる。実 際のポリグラフ検査は、犯人、被害者、そして捜査 員のみが知り得る事件の詳細な情報を被検査者が 知っているか、覚えているかを生理反応の変化を もって判断するものである。
ポリグラフ検査で指標とする生理反応は、精神性 発汗に伴う皮膚電気活動、呼吸波、脈波などである。
皮膚電気活動の有効性については是非が分かれる が、一過性と持続性の両方の反応を測定できること から今後も有効な生理指標となるように思われる。
呼吸波については、呼吸が意識的にコントロール できることから、信頼性に劣るように思われる。し かし実務的には、コントロールできるがゆえに、被 検査者が虚偽反応として呼吸を抑制しようとして
「息をひそめた」呼吸波を生じるという具合に有効
な検出の指標となっている。
犯人が虚偽反応する際に血管が収縮するのに伴う 脈波の変化を測定するために、これまでは光電式容 積脈波が指標とされてきたが、交感神経系の活動を より反映する基準化脈波容積を導入することの利点 を指摘している。
またポリグラフ検査時に虚偽反応の判定をするた めに提示する刺激項目として画像を提示する場合、
犯人がその刺激項目と自分の記憶表象を照合するの が容易であるほど生理反応により顕著な変化が生じ て虚偽反応であるとの識別性が高くなる。この理由 から、同じ画像でも写真よりも線画による刺激提示 が虚偽検出には有効であることを提案している。
# 犯罪捜査の事情聴取時の描画証言の有効性 犯罪捜査では、事件の被害者の供述や目撃者の証 言が重要な手かがりとなる。被害者や目撃者の記憶 想起を促して正確な証言を聴取する効果的な方法に ついて検討されている。その一つが、事件に関わる 事物の記憶を描画させる方法である。
本研究では、事件そのものではなく、事件発生前 に偶発的に目撃した事物の記憶想起に、描画を求め ることが促進する効果があるかを実験で検討した。
実験群の被験者は、まず控室で5分間待機の後、
隣室の実験室でダミーの視覚探索課題を行った。そ の後で、控室の絵をその部屋にあった事物を含めて 描くように求めた。統制群の被験者は視覚探索課題 を行った後、パーソナリティテストに回答した。
その後、両群の被験者は控室にあった事物(アイ テム)を再生した(想起してその名称を書き出した)。 両群の正しく再生したアイテムの数(実験群の平 均:16.7、統制群の平均:13.2)には有意な差はみ られなかった。
この結果から、事情聴取時に描画を求めるのは、
部屋のような空間的広がりをもつ対象ではなく、犯
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人や事件に関わる(着衣や車両などの)単体の事物 を想起させるには有効であろうと推測された。
自動車運転時の情報処理行動
自動車運転時に前方の視野には時々刻々多数の情 報が入ってくる。ドライバーの注意の配り方が、と きに事故あるいは安全につながる要因の一つになる。
その問題の基礎研究として、視覚情報への注意の向 け方が、情報を見つける、確認するという情報処理 に及ぼす影響をみる一連の実験を行った。
" 運動錯視の定量化
円を構成する黒、灰、白灰、白の扇形が円環状に 繰り返される図を視野の周辺部で見ると動いて見え る(Fraser-Wilcoxの錯視図)。この動きの錯視を「動 いて見える」かどうかの判断にとどまらず、その動 きの錯視の程度を数量化する方法を実験を通して開 発した。この方法は自動車運転時の視野内の事物の 動きの見え、カーナビの画面上の図が動いて見える ことなどに応用が可能であると見通された。
# 背景色が課題遂行に及ぼす効果
パソコンのディスプレィ画面の背景色が赤、緑、
青の各条件で、画面上に提示される暗算課題を解く 作業効率の違いをみた。青の背景色条件で、青もア クアブルーの背景色でもっとも効率的であった。こ の結果は、カーナビの画面の背景色、車の内装の色 の選定などに応用できるように思われる。
$ 刺激の感情価が注意の瞬きに及ぼす影響 第1刺激の提示から0.5秒ほど時間(瞬きするほ どの時間)をおいて第2刺激が提示されると、第2 刺激の認知が妨げられる(注意の瞬き)。
まずは第1刺激に対する注意の向け方が注意の瞬 き現象を引き起こすという基礎的メカニズムを明ら かにした。さらには第1、第2刺激がもつ快、不快 の感情価が、注意の瞬き効果に及ぼす影響の程度を 明らかにした。たとえば第1刺激の感情価が高いと 第2刺激が認知されにくかった。
以上の結果を、実際の運転行動における注意の影 響力の分析に敷衍するには、かなりの距離がある。
この距離を縮めるのが、これからの研究課題である。
ユーモア・笑いによる適応行動
" 環境漫画のつくりかた
「環境漫画による環境保全意識の啓発」の課題研 究の際に、提示刺激として環境漫画を複数作成した。
その作成の過程を振り返り、「環境漫画のつくりか た」のポイントをとりだした。
ユーモアとは不調和な組み合わせであるという理 論に基づき、たとえば「水資源の悪化・枯渇」の問 題から「山の水源からの水の流れ」、そして『桃太 郎』の「大きな桃がどんぶらこと流れてきました」
が連想され、「川の水が枯渇して桃が途中で止まっ てしまった」桃太郎の話のパロディ的漫画が作成さ れた。他に作成した環境漫画の多くが、このような 連合的発想によるものであった。
【研究業績】
大上 渉(2009)嘘とあざむきの生理心理的メカニ ズム,日本情報ディレクトリ学会誌,7,9‐14.
大上 渉・松本亜紀・大沼夏子(2010)事情聴取時 に描画により記憶想起させることの効果と問題点 福岡大学人文論叢,41(4),1387‐1402.
佐藤基治(2008)運動錯視の定量化 福岡大学人文 論叢,40(1),1‐16.
佐藤基治(2008)背景色が課題遂行に及ぼす影響 福岡大学人文論叢,40(2),229‐245.
佐藤基治・原口 恵(2008)注意の瞬きに関する基 礎的研究 福岡大学人文論叢,40(3),673‐692.
佐藤基治・原口 恵(2009)刺激の感情価が注意の 瞬きに及ぼす影響の検討 福岡大学人文論叢,40
(4),945‐959.
佐藤基治・原口 恵(2009)感情価の異なる単漢字 刺激を用いた注意の瞬き 福岡大学人文論叢,41
(1),35‐48.
!下保幸(2007)環境漫画のつくりかた 日本心理
学会第71回大会ワークショップ「笑いとユーモア の心理学」
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【社会科学研究部】
金融政策・財政政策に関する研究
金融・財政政策研究チーム(課題番号:074004)
研究期間:平成19年4月1日〜平成22年3月31日
研究代表者:栗田高光 研究員:赤羽根靖雅、有岡律子、佐藤 伸、玉田桂子
本チームでは、金融・財政政策の観点から多面的 な研究を行った。研究成果及び研究業績は以下のと おりである。
【研究成果】
赤羽根 靖雅
現チームに在籍期間中の平成21年度は、法制度が 企業の資金調達に及ぼす影響についてチェーン・ス トアを例に研究した。
チェーン・ストアの組織形態は、本部と代理店の 資本関係、業務依存関係によってフランチャイズ・
チェーン方式、直営店方式、ボランタリー・チェー ン方式の3つ分類される。どの組織形態を選ぶかは、
資本体力や本部による販売店のコントロールの必要 性の有無などの諸要因によって決まると考えられる。
赤羽根の研究は、この論点に加え、独占禁止法が本 部の販売店へのコントロールの範囲を法的に制限し ているという事実を取り込んだ。そして、独占禁止 法の強さとチェーン・ストアの組織形態の選択の因 果関係について、資金調達力との関わりで理論的に 分析した。この研究の成果は、現在論文としてまと めており、2010年6月の日本応用経済学会で発表し た。
論文タイトル:Organization of Chain Stores and Antitrust Law
有岡 律子
90年代以降、銀行などの金融機関の破綻、再編が 進み、ファンドが台頭するなど、わが国の金融市場 は変化している。また、最近のアメリカに端を発す る世界的な規模での金融市場の混乱をきっかけに、
金融商品の時価会計をはじめ、各種の金融規制、政 策のあり方が問われている。これらを受けて、銀行 経営がどのように変化しているのか、時価会計の導 入が金融機関にどのような影響を与えたかを分析す
ることで、金融関連規制の効果を検討した。
また、国際会計基準の導入が順次進められている が、従来の日本の会計基準と異なる処理を行う項目 が多岐にわたる。これらの導入が企業にどのような 影響を及ぼすのか検討し、その是非を問うことも重 要なテーマである。そこで、まずポイント引当金の 扱いに注目し、企業のポイント戦略への影響を分析 した。
栗田 高光
金融・財政政策の効果等を分析する上で、経済時 系列分析は重要な役割を果たしている。こうした時 系列分析の手法について、モンテカルロ法による実 験等を用いて研究を行った。特に金融分野での時系 列データは、時間とともに分散が変化するなど特徴 的な動きをするものが多い。こうした金融データの 分析のために必要な計量経済モデルや検定統計量を 考察し、小標本での特性などを分析した。
佐藤 伸
政策決定の際に現れる社会的意思決定の問題を 扱った。政策決定は普通、複数人の意見や判断を何 らかの方法で集計して行われる。このとき、望まし い集計方法とはどのようなものかを探った。特に、
各個人が虚偽の意見を表明するインセンティブを持 たないような集計方法の設計可能性を明らかにする ことを目的に研究を行い、いくつかの研究成果を得 た。
玉田 桂子
財政政策の一環として最低賃金、生活保護、低賃 金労働者を中心に研究を行った。これらのテーマは 相互に関連しあっている。2009年に閣議決定された
「新成長戦略(基本方針)」で円滑な最低賃金の引 上げについて触れられているが、最低賃金の引上げ が労働者、特に低賃金労働者に与える影響について はほとんど分析が行われていない。最低賃金の引上
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げによって雇用が失われれば失業者が増加し、生活 保護を受けざるを得ない可能性もある。生活保護受 給者の増加は財政支出の増加につながるため、財政 政策を考える上で重要である。日本では上記のテー マについての研究の蓄積が少ないため、研究期間内 で最低賃金の決まり方、最低賃金額と生活保護額の 地域差、低賃金労働者の実態についての基礎的研究 を行った。
【研究業績】
(学術論文)
有岡律子(2010)「IFRS案が企業のポイント戦略に 及ぼす影響」、『福岡大学経済学論叢』54/3・4、
165‐185頁
有岡律子(2009)「時価会計の 是 非 に つ い て の 考 察:時価会計が金融機関、金融市場へ与える影響」、
『福岡大学経済学論叢』53/3・4、101‐124頁 有岡律子(2008)「1990年代後半以降の銀行経営の
変化」、『福岡大学経済学論叢』52/3・4、325‐ 359頁
玉田桂子(2009)「最低賃金の決まり方」、『日本労 働研究雑誌』No.593
玉田桂子(2007)「母子世帯と生活保護についての 考察」、『経済学研究』九州大学経済学会 74/3、
31‐42頁
安部由起子、玉田桂子(2007)「最低賃金・生活保 護額の地域差に関する考察」『日本労働研究雑 誌』No.563、31‐47頁
Abe, Y. and Tamada, K. (2010) “Regional patterns of em- ployment changes of less-educated men in Japan: 1990 -2007, ”Japan and the World Economy 22, 69-79.
Kawaguchi, D., Ohtake, F. and Tamada, K. (2009) “The productivity of public capital: Evidence from Japan’s 1994 electoral reform corresponding,” Journal of The Japanese and International Economies 23, 332-343.
Kurita, T. (2010) “Co-breaking, cointegration, and weak exogeneity: Modelling aggregate consumption in Ja- pan”, Economic Modelling 27, 574-584.
Kurita, T. and Nielsen, B. (2009) “Cointegrated vector autoregressive models with adjusted short-run dynam- ics”, Quantitative and Qualitative Analysis in Social Sciences 3, 43-77.
Sato, S. “Circular domains”, forthcoming in Review of Economic Design.
Tamada, K. (2007) “Women’s education, sibling compo- sition and wage differentials” In Oxley, L. and Kulasiri, D. (eds) MODSIM 2007 International Congress on Modelling and Simulation. Modelling and Simulation Society of Australia and New Zealand, 386-392.
(ワーキングペーパー)
Iwata, S. and Tamada, K. (2008) “The backward-bending commute times of married women with household re- sponsibility”, CIRJE-F-582, Tokyo University.
Kurita, T. (2010) “Long-run exclusion and the determina- tion of cointegrating rank: Monte Carlo evidence”, CAES Working Paper Series WP-2010-002, Fukuoka University.
Kurita, T. (2009) “Impacts of multivariate GARCH inno- vations on hypothesis testing for cointegrating vectors”, CAES Working Paper Series WP-2009-006, Fukuoka University.
Sato, S. (2010) “Adjacent manipulation by weak orders”, CAES Working Paper Series WP-2010-003, Fukuoka University.
Sato, S. (2009) “Adjacent manipulation”, CAES Working Paper Series WP-2009-015, Fukuoka University.
Sato, S. (2009) “On strategy-proof social choice under categorization”, CAES Working Paper Series, WP- 2009-013, Fukuoka University.
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【理工学研究部】
解析接続と確率近似法および情報教育に関する研究
応用数理解析学研究チーム(課題番号:075005)
研究期間:平成19年4月1日〜平成22年3月31日
研究代表者:福嶋幸生 研究員:吉田 守、渡辺正文、杉万郁夫
【研究成果】
この研究チームは収束や解析接続をキーワードと して、アルフォース・ペアスの理論という基礎定理 の解析接続への応用を研究する吉田、確率的アルゴ リズムの収束性に関する研究する渡辺、停止規則の 一様な無限大への発散のもとで、新たな確率化され た極限定理の構成を試みる杉万と多重調和関数を基 に多重調和写像の領域論の展開を研究する福嶋の共 同作業によって行われた。以下、各自の研究成果を それぞれ報告する。
吉田 : 多項式空間の幾何学的側面に関係する極 化定数の評価の問題について調べてきた。この問題 の一端につながるものとしてベルンシュタインの不 等式とその応用について研究し、その結果を2004年 福岡大学理学集報に投稿した:
Yoshida, M.: Bernstein’s Inequality and Its Application, Fukuoka University Science Reports, Vol.34 (No.1), 17- 22, 2004
このとき不等式の証明に用いた方法は難しいので 初等的な方法はないかと考え続けてきたが、通常の 多項式に対するベルンシュタインの不等式について はラグランジュの補間多項式を利用した初等的な方 法での証明が得られているので、このことを利用す るかたちで、研究仲間の協力を得て三角多項式に対 するベルンシュタインの不等式を初等的な方法で証 明することが出来、さらにこれを精密化するかたち の不等式であるセゲーの不等式の初等的証明も得た。
この結果はAsian-European Journal of Mathematicsに 投稿し掲載された。尚、この結果に関連して2009年 9月9日韓国で釜山大学のKwang Ho SHON教授の 研究集会において
Motivation to Elementary Proof of Some Estimates for Polynomials
というタイトルでの講演を行った。
渡辺 : 確率近似アルゴリズムの概収束性に関し ての研究をした。概収束性は確率的と非確率的な二 つの部分に分けて議論することが可能である。非確 率的な部分の研究は多くの研究者は常微分方程式の 手法を用いている。そこではアルゴリズムの有界性 が必要となる。本研究では、常微分方程式の手法を 用いず、古典的な確率近似法の手法を用い、さらに 有界性を仮定せずアルゴリズムの概収束の十分条件 に関する研究を行った。古典的な確率近似法で用い られる基本的捕題を拡張及び改良したものを与える ことにより、常微分方程式を用いる手法を使わずに、
より一般的な条件の下でアルゴリズムの概収束性が 成立することを示した。特に、本研究で与えた概収 束に関する基本的捕題を用いると従来の確率近似法 において仮定されている確率変数列に対する仮定を 弱めることが出来る。さらに、確率的議論であるア ルゴリズムの平均収束に関してもこの捕題を用いる ことにより、より弱い条件の下で収束性を示すこと が出来る。これらの結果は確率近似アルゴリズムを 特別な場合として含むより一般的な確率的アルゴリ ズムの収束性を示すことに利用できる。
杉万 : 確率的に推移する現象の極限状態やその 分布の観測における十分な時間の経過を保証する停 止規則の構成方法は、著名な独立同分布の確率変数 列に関する中心極限定理に代表される幾つかの例を 除くと、殆ど解決されていない問題である。数学的 には、一般の極限定理を確率化された添字の列をも つ極限定理(Random Limit Theorem)に拡張する問 題として、基礎となる極限定理や導入される確率添 字の列に対するさまざまな十分条件が研究されてい る。しかし、これまで研究されてきた成果の中には
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具体的な停止規則の構成方法に結び付いたものがな く、実用性のある理論が待たれている現状である。
本研究は、これまでに知られている2つの十分条 件を基にして、実用性のある停止規則の構成方法を 得るための理論の拡張と得られた結果の適用方法の 工夫を目指したものである。得られた成果は、次の 2つである。
! まず、停止規則が基礎となる確率過程のもつ情 報から構成されている場合は、そのEssential partも その情報によって決まる。そのため、このEssential partにおける一様ε‐独立性は、確率添字をもつ極限 定理を導く十分条件として有効なものになる。一方、
停止規則が基礎となる確率過程のもつ情報と漸近的 に独立な場合には、このEssential partにおける一様 ε‐独立性は明らかに成り立ち、やはり有効な十分条 件といえる。これらを、漸近的に可測な分割に適用 することにより、これまでより一般的な十分条件を 導いた。
" 基礎となる確率過程とは漸近的に独立であるも
う一つの確率過程を考え、その確率過程から構成さ れる停止規則の列について、これまでの結果を適用 するという従来とは異なる方法で停止規則の列を構 成した。この方法は、Optional Shift Problemのよう な複数の場面をもつ実験を表す確率モデルから得ら れたものである。
福嶋 : ここ数年来、正則写像や多重調和関数の 正則包への接続問題について研究している。本研究 では、これらの結果が多重調和写像の場合に応用で きるかを調べている。多重調和写像を多重調和関数 の組として考えることで、一つの結果を得た。n次 元複素数空間上のRiemann領域Dから、m次元複 素Lie群Lへの多重調和写像を考えたとき、その多 重調和写像に関する正則包が正則領域であることを 利用して、DからLへの多重調和写像が領域Dの 正則包まで解析接続できることを示した。この結果 の拡張として、領域をn次元複素空間やn次元Stein 複素多様体などのノンコンパクト空間、n次元の複 素射影多様体やGrassmann多様体などのコンパクト 空間やそれらの空間の積空間を考えた場合に、それ らの空間上のRiemann領域とした場合に、その領 域の正則包にまで、多重調和写像が解析接続される
かが今後の課題である。
【研究業績】
[1] M. Yoshida et al: Some Estimates for Polynomials, Asian-European Journal of Mathematics, Vol.2 No.3, pp.
425-434, 2009
[2] 福嶋幸生、吉田 守:「理工系のための複素 関数論」(学術図書出版社)第1版 2009年
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【理工学研究部】
非線形動的システムの確率共鳴
確率共鳴研究チーム(課題番号:075007)
研究期間:平成19年4月1日〜平成22年3月31日 研究代表者:宮川賢治 研究員:御園雅俊、坂本文隆
【研究成果】
[1] 興奮性要素のネットワークの確率共鳴:
種々のノイズ共鳴現象の誘起と解析(宮 川、坂本)
マクロゲルにBZ反応の触媒ルテニウム錯体(Ru
(bpy)32+
)を組み込み、酸化・還元反応に応じて 自励的振動する能動機能要素を得た。更に、これを 基本にしてフォトリソグラフィーの微細加工技術を 用いて、要素数n×n個のマクロゲルのアレイを構 築した。要素間コミュニケーションにおける揺らぎ の役割に焦点を当て、アレイの規模に応じて如何な る確率共鳴や引き込み相転移が現れるかに注目した。
約400!径のマクロゲル100個を正方格子状に配列し、
外部ノイズによって誘起される振動のコヒーレンス 度Rcと位相同期の度合いγを指標にして、ネット ワーク化がコヒーレンス共鳴に与える効果を調べた。
Rcを最大にするノイズDmaxの存在により、コヒー レンス共鳴が誘起されていることが分かる。それは 要素数の増加に伴って、Dmaxは小さく、共鳴度は大 きくなることが分かった。これは、ノイズ、要素間 結合、化学反応の非線形性の間の協同作用によって 増幅されたものであり、ネットワーク化によってコ ヒーレンス共鳴が促進されたと解釈できる。この現 象は、Array Enhanced Coherence Resonance(AECR)
と呼ばれる。更に、このようなネットワーク化の効 果について、オレゴネーターを基礎にして数値シ ミュレーションを行い、実験結果を再現することが できた。
同様な系について、遅延フィードバックを用いて、
上述のようなノイズによって誘起されるコヒーレン トダイナミクスの制御を試みた。適切なノイズ強度 Dmaxの下で、発火の周期性の度合いR と要素間同 期の度合いγの遅延時間τ依存性を調べた。R とγ は、いずれもτに対して周期的に変化することが分 かった。第一ピークの位置は反応の不応期時間trと
一致し、ピーク間隔は反応の固有周期Tpに一致し ていることが分かった。それ故、n 番目のピーク位 置の遅延時間τnは、τn=tr+(n‐1)Tpで与えられ る。
また、Dmaxの下でフィードバック利得kを大きくし ていくと、閾値より大きいkでAECR現象や位相 同期現象が促進されることが分かった。特に、遅延 時間がtrに等しいとき、その効果は更に顕著になっ た。これらの結果から、フィードバック利得の増大 は、要素間結合を強める効果があること分かった。
これら現象では、明らかに、フィードバックの遅延 時間に応じて、ノイズで誘起された振動の固有周期 が変化している。これは、外力による振動子の引き 込み、即ち古典的な外部同期を思わせる現象である。
集団のダイナミクスのコヒーレンスは、ノイズ、
フィードバック、要素の持つ非線形性の間の相互作 用によって決まることが明らかになった。更に、揺 らぎとフィードバックの効果を考慮したオレゴネー ターモデルを用いて数値シミュレーションを行い、
実験をうまく再現することができた。
[2] 双安定系の確率共鳴:開発と特性評価(御 園)
遅延のある帰還ループを持つ系における確率共鳴
(SR)やコヒーレンス共鳴(CR)が注目を集めて いる。非線形要素と帰還の協力効果によって様々な 現象が引き起こされる。帰還を持つ系の中に非線形 要素があると、この系の振る舞いは系そのものの性 質だけでなく入力の特性にも依存するようになる。
1.電子回路を基本にした双安定系
帰還のあるシュミットトリガー・インバータにつ いて、CRおよびSRの研究を行った。この系にお いて、まずCRが起こることを示した。帰還ループ の遅延時間τを変化させて、時系列とパワースペク トルを測定し、その性質について検討した。また、
コヒーレンス度βの遅延時間τや雑音振幅σへの
―3 4―
依存性について考察した。雑音によるSTIの2状態 間の遷移レートと、帰還の特性周波数がほぼ一致す るとき、そのβが最大となることを示した。
次に、この系でSRの実験を行った。この場合に ついても、τやσを変化させて時系列とパワースペ クトルの性質について検討した。帰還がある場合の
S/N−σ曲線は複雑な挙動を示すが、雑音に誘起さ
れたコヒーレンスと外部入力との相互作用によって 説明できることを示した。さらに、これらの間に、
高調波発生、和周波発生、差周波発生などの周波数 混合が起こり、これらが雑音によって増強されるこ とを示し、その選択則についても明らかにした。
STIは小さくて安価、そして極めて安定な素子で あるため、多数の素子を接続して容易に安定な実験 を行うことができる。このため、素子の集団化によ るコヒーレンス共鳴や確率共鳴への影響に関して、
基本的な性質の解明への貢献が期待できる。
2.光双安定系
光双安定系としては、LiNbO3結晶を透過した光 強度をこの結晶に電気的に帰還するタイプのものを 製作して使用した。透過特性の温度依存性を低減さ せるために、結晶軸を90度ずらした2つの結晶を順 次透過させた上で、高精度な温度制御を行った。光 双安定系についても、STIの場合と同様の結果が得 られた。入力信号がなく、雑音のみを入力した場合、
CRが起こることを示した。
さらに、入力信号を加え、SRが起こることも示 した。τやσへの依存性についても、STIの場合と 同様の傾向を示した。光双安定系についても、S/N
−σ曲線は複雑な挙動を示すが、STIの場合と同様 に、雑音に誘起されたコヒーレンスと外部入力との 相互作用によって説明できることを示した。また、
周波数混合も同様に起こることを示した。
【研究業績】
M. Misono and K. Miyakawa: Noise-induced phase lock- ing and frequency mixing in a Schmitt-trigger inverter with delayed feedback
J. Phys. Soc. Jpn. 79 pp.034801-1-034801-6 (2010)
御園雅俊、宮川賢治:遅延帰還のあるシュミットト リガー・インバータにおけるコヒーレンス共鳴と確 率共鳴
福岡大学理学集報、40!,pp.21‐29(2010)
T. Okano and K. Miyakawa: Feedback-controlled dy- namics in a two-dimensional array of active elements Phys. Rev. E 80, pp.026215-1-.026215-6 (2009)
M. Misono, T. Todo, and K. Miyakawa: Coherence reso- nance in a Schmitt-trigger inverter with delayed feedback J. Phys. Soc. Jpn. 78, pp.014802-1-014802-4 (2009)
御園雅俊、東藤 毅、河本敏郎:ドップラーフリー 2光子吸収分光システムの開発とナフタレンの高分 解能分光
福岡大学理学集報、39!,pp.1‐6(2009)
K. Miyakawa and H. Adachi: Laser-controlled microscale fluid flows near the air-liquid interface of suspension droplets
Phys. Rev. E 78, pp.041407-1-041407-5 (2008)
F. Sakamoto and K. Miyakawa: Formation of Somitogenesis-like Pattern in a Reaction-Diffusion Sys- tem
J. Phys. Soc. Jpn. 77, pp.083801-1-083801-4 (2008)
H. Adachi and K. Miyakawa: Chain Structures of Mi- croparticles Induced by Focusing a Laser Beam near the Liquid-air Interface of a Droplet
AIP Conference Proceedings CP 982 pp.721-724 (2008)
御園雅俊:光周波数コムを用いた超高分解能分光 分光研究、57,pp.201‐202(2008)
T. Okano, A. Kitagawa, and K. Miyakawa: Array- enhanced coherence resonance and phase synchroniza- tion in a two-dimensional array of excitable chemical os- cillators
Phys. Rev. E 76, pp.046201-1-046201-6 (2007)
H. Adachi, S. Akahoshi, and K. Miyakawa: Orbital mo- tion of spherical microparticles trapped in diffraction pat- terns of circularly polarized light
Phys. Rev. A 75, pp.0634091-063409-5 (2007)
―3 5―
【理工学研究部】
室内空気汚染の実態調査および対策に関する研究
室内空気汚染研究チーム(課題番号:075010)
研究期間:平成19年4月1日〜平成22年3月31日
研究代表者:須貝 高 研究員:石田 卓、田中#一、桜井 誠、関口博史
【研究概要】
室内空気汚染の実態調査として、化学物質(ホル ムアルデヒド、ベンゼン、トルエン、キシレン等)
を対象に、居住空間【注1)】と非居住空間【注2)】
に分類して、汚染物質と空間を限定して検討を行っ た。また、室内空気汚染の対策として、計画換気
ON・OFFの影響、家具の有無による影響、空気清
浄機の効果、床暖房ON・OFFの影響、窓ガラスの 違いの影響、建材をはじめ、居住者が持ち込む日用 品の検討を行った。
【研究成果】
1.居住空間と非居住空間の化学物質
過去7年間における化学物質過敏症と診断された 患者の住宅の居住空間(サンプル数:363)と非居 住空間(サンプル数:358)のホルムアルデヒド・
トルエン等の濃度の累積相対度数を検討した。その 結果、厚生労働省が定めている室内濃度の指針値【
注3)】を超えたのは、居住空間ではホルムアルデ ヒドで約3%であり、非居住空間ではホルムアルデ ヒドで約36%、トルエンで約4%であった。つまり、
ホルムアルデヒドは居住空間よりも非居住空間で高 くなる傾向にあることが分かった。その理由は建 材・接着剤以外にも換気不足が挙げられた2)、3)。 2.家具無しと計画換気 ON・OFF
数値計算により、家具無しで計画換気ON(換気 回数0.5回/hour)・OFF(換気回数0.1回/hour)の 違いを検討した結果、ホルムアルデヒドの室内濃度 の指針値以下にするためには、F☆☆☆(床面積の 2倍の使用)の計画換気ONでは天井高さが0.8! あればよく通常の室内で確保できる天井高さである。
しかし、F☆☆☆の計画換気OFFでは天井高さが
4.0!以上必要となるため、計画換気ONは非常に
重要である2)。
3.家具の有無と計画換気 ON・OFF
新築住宅(IS邸)における計画換気ON・OFF及 び入居前(家具無し)・入居後(家具有り)の組み 合わせの検討を行った。入居前における計画換気の 効果はみられたが、入居後における計画換気の効果 はみられなかった。これは、入居後は計画換気ON により家具からのホルムアルデヒドの漏気が促進さ れたことが考えられた2)。
4.空気清浄機の効果
化学物質過敏症と診断さ れ た 患 者 の 住 宅(TN 邸)におけるホルムアルデヒドの濃度と放散量を測 定した。その結果、クローゼットの天井・壁・床に 使用の合板からの放散量が大きく、症状を訴えてい る洋室に漏気していることが分かった。そのため、
クローゼットの内部に空気清浄機や炭を置くことに よりホルムアルデヒドの付着と低減に努めること指 導した結果、数ヶ月後に患者の症状が改善したとい う報告の電話を受けた2)。
5.床暖房 ON・OFF
人工気候室内の設置した模型室にて、床暖房の
ON・OFFによるホルムアルデヒドの放散量の違い
を検討した。その結果、床材にF☆☆☆☆(面積制 限なしの材料)を使用しても、床暖房のONによる 床面温度の上昇に伴いホルムアルデヒドが揮発し、
F☆☆☆(面積制限ありの材料)相当になることが 分かった1)。
6.窓ガラスの違い
新築住宅における窓ガラス(遮熱Low-E複層ガ ラス、普通複層ガラス)に違いがホルムアルデヒド の放散量に及ぼす影響を測定した。その結果、2階 ホールの床面(F☆☆☆☆)を測定したが、遮熱Low -E複層ガラス側の床面(表面温度27")でF☆☆
☆☆を満たしているが、床面温度が上昇した普通複 層ガラス側の床面(表面温度31")はF☆☆☆と悪
―3 6―
くなった4)、5)。
7.建材・日用品の影響
小型チャンバーによる建材【注4)】・日用品【注 5)】(サンプル数:36)のホルムアルデヒドの放散 量を検討した。その結果、吸着カーペットでF☆☆
☆であり、コルクボード・タイルカーペットで無等 級であったが、使用面積が小さいことから、計画換 気0.5回/hourで は ホ ル ム ア ル デ ヒ ド の 濃 度0.08 ppm以下になることが分かった。しかし、計画換 気の換気回数が減少すると濃度は高くなるので、
0.08ppm以下になる必要換気回数を算出すると、
吸着カーペットで約0.1回/hour以上、コルクボー ド・タイルカーペットで約0.4回/hour以上が必要 であることが分かった5)。
【注】
1)人が住んでいる空間(居間、プレハブ、洋室、
和室、台所、ロフト、便所、食堂、洗面室、玄 関、廊下、ウォーキングクローゼット等)を定 義した。
2)人の住まない空間(押し入れ、クローゼット、
物入れ、納戸、床下収納、小屋裏収納、車庫、
倉庫、家具類(本棚、食器棚、調味料棚、靴箱、
システムキッチン、タンス等)等)を定義した。
3)厚生労働省が定めている室内濃度の指針値は、
13種類あるが、本論文で対象とした物質は4物 質であり、ホルムアルデヒドで0.08ppm、ベン ゼンはなく、トルエンで0.07ppm、キシレンで 0.20ppmである。
4)平板、集成材、パーティクルボード、MDF、
ベニア、OSB、木煉瓦等を指す。
5)吸着カーペット、遮光性ドレープカーテン、タ イルカーペット、コルクボード、カラーボック ス等を指す。
【研究業績】
1)釜!裕也:部材から発生する化学物質による室 内空気の汚染の研究−実態調査・文献調査−、
福岡大学工学部建築学科卒業計画概要集、平成 20年3月、総4頁
2)石田 卓、須貝 高:ホルムアルデヒド・BTX の揮発による室内空気汚染 その7 化学物質
過敏症の患者として診断された方の住宅につい て、日本建築学会九州支部研究報告、第48号、
平成21年3月、pp.265‐268
3)加来祐太:部材から発生する化学物質による室 内空気汚染に関する研究、福岡大学工学部建築 学科卒業計画概要集、平成21年3月、総4頁 4)石田 卓、須貝 高、田中隆一、関口博史:ホ
ルムアルデヒド・BTXの揮発による室内空気 汚染 その9、福岡大学工学集報、第83号、平 成21年9月、pp.97‐108
5)綾部修司:建材や日用品からのホルムアルデヒ ドの放散量に関する研究、福岡大学工学部建築 学科卒業計画概要集、平成22年3月、総4頁
―3 7―
【生命科学研究部】
循環動態における副腎髄質 TRP タンパク質の役割の解明
副腎髄質TRP蛋白質の研究チーム(課題番号:076002)
研究期間:平成19年4月1日〜平成22年3月31日
研究代表者:倉原(海)琳 研究員:本田 啓、波多江純眞、早田哲郎、小川皓一
【はじめに】
副腎髄質は、寒冷、精神的感動、血圧低下などの 種々のストレスに応答して、大量のカテコールアミ ンを分泌する。その結果、心機能亢進、血圧上昇、
血糖値上昇、熱産生促進等、交感神経系の興奮状態 と似た作用が惹起される。一方、主に副腎髄質の腫 瘍化によって生じる褐色細胞腫は、カテコールアミ ンの大量分泌によって高血圧、動悸、頭痛などの症 状を呈し、全高血圧症患者の原因の約0.1〜0.5%を 占めている。このように、副腎髄質から放出される カテコールアミンは、全身の循環動態に対して無視 できない影響を与えている。カテコールアミンの放 出の引き金として、副腎髄質細胞内のCa2+濃度上 昇が不可欠である。一般に、細胞内にCa2+を流入 させる経路には、電位依存性Ca2+チャネルの活性 化と受容体刺激によって 活 性 化 さ れ る 持 続 的 な Ca2+流入経路(受容体作
動性陽イオンチャネル;
ROCC)がある。後者の 分子実体は長い間不明で あったが、最近、ショウ ジョウバエの光情報伝達 異 常 か ら 見 つ か っ た transient receptor potential
(TRP)蛋白質の哺乳動 物ホモログの中に有望な 候補が見つかってきた。
TRPチ ャ ネ ル は 種 々 の 化学物質刺激のみならず、
温度刺激、機械刺激、浸 透圧刺激等のセンサーと して機能することから、
カテコールアミン放出機 能を関連付ける重要な分
子センサーである可能性が高い。本研究では、副腎 髄質におけるTRPチャネルの発現を明らかにする ことを目的として実験を行った。
【研究成果】
ラット副腎髄質およびラット副腎髄質由来褐色細 胞腫PC12細胞におけるTRPM(自発活性;機械刺 激;低温;化学物質により活性化される)、TRPV
(熱;酸;浸透圧低下;カプサイシンなどの化学物 質により活性化される)、TRPC(受容体刺激;スト ア枯渇刺激により活性化される)の三つのファミ リーのmRNA発現を調べた。RT-PCRの結果を図に 示す。ラット副腎髄質ではTRPM2,M3,M4,
M6,M7;TRPV2,V3,V4;TRPC1,C3,
C4,C5,C6の13のmRNAの発現が確認 さ れ、
ラ ッ ト 副 腎 髄 質 由 来 褐 色 細 胞 腫PC12細 胞 で は
―3 8―
TRPM1,M2,M3,M4,M6,M7,M8;
TRPV1,V2,V3,V4,V5,V6;TRPC1,
C2,C6,C7の17のmRNAの発現が確認された。
我々の以前の研究結果(Hai Lin et al. J Physiol 564.1,161‐172,2005)で明らかになったように、
腎血流量低下時においてアンギオテンシン!が副腎 皮質からウアバイン様物質の分泌を促進し、Na+,K+‐
ATPaseの抑制により細胞内貯蔵部位からのCa2+放
出が促進され、カテコールアミンの放出が増強され る。副腎髄質による循環動態調節機構を細胞レベル で見ると、種々の神経伝達物質、ホルモン、神経体 液性因子が標的細胞の受容体を活性化しCa2+情報 伝達の活性化を行う経路が重要と考えられる。よっ て、ROCCとして機能している可能性が高いTRPC ファミリーのタンパクの発現を免疫ブロット法によ り確認した。
【結 語】
副腎髄質細胞は発生学的には神経外胚葉(神経 提)由来であるが、カテコールアミン分泌能を有す る内分泌細胞に分化している。過去の報告から、
ROCCの 活 性 化 に よ る 持 続 的 なCa2+流 入 と カ テ コールアミン放出の間に、何らかの機能的連関があ る可能性を強く示唆しており、従って、TRPタン パクスーパーファミリーの発現には、重要な生理学 的意義があると考えられる。副腎髄質細胞内におけ るCa2+ホメオスタシスをより深く理解し、カテコー ルアミン分泌システムの解明に重要な手がかりとな る。これまでに全く報告されていない循環動態にお ける副腎髄質TRPタンパクの役割の解明にも情報 を提供できることが期待される。
【研究業績】
" Inoue R, Jensen LJ, Jian Z, Shi J, Lin H, Lurie AI,
Henriksen FH, Salomonsson M, Morita H, Kawara- bayashi Y, Mori M, Mori Y, Ito Y. / Synergistic activa- tion of vascular TRPC6 channel by receptor and me- chanical stimulation via phospholipase C / diacylglyc- erol and phospholipase A2 / omega-hydroxylase / 20- HETE pathways. (Circ Res. 2009 Jun 19; 104 (12):
1399-409)
" Hatae J, Takami N, Lin H, Honda A, Inoue R. / 17
beta-Estradiol-induced enhancement of estrogen recep- tor biosynthesis via MAPK pathway in mouse skeletal muscle myoblasts. (J Physiol Sci. 2009 May; 59 (3):
181-90)
" Mitasikova M, Lin H, Soukup T, Imanaga I, Tribu-
lova N. / Diabetes and thyroid hormones affect connexin-43 and PKC-epsilon expression in rat heart atria. / (Physiol Res., 2009; 58 (2): 211-7)
" 井上隆司、海 琳、波多江純真/血圧調節と
TRPチャネル/(自律神経、2009、46:198‐204)
" Takahashi S, Lin H, Geshi N, Mori Y, Kawarabay-
ashi Y, Takami N, Mori MX, Honda A, Inoue R. / Ni- tric oxide/cGMP/protein kinase G pathway negatively regulates vascular transient receptor potential channel TRPC6. / (J Physiol., 2008; 586 (Pt 17): 4209-23)
" Lin H, Mitasikova M, Dlugosova K, Okruhlicova L,
Imanaga I, Ogawa K, Weismann P, Tribulova N. / Thy- roid hormones suppress ε-PKC signalling, down- regulate connexin-43 and increase lethal arrhythmia susceptibility in non-diabetic and diabetic rat hearts. / (JOURNAL OF PHYSIOLOGY AND PHARMA- COLOGY, 2008; 59/2, 271-85)
" 井 上 隆 司、本 田 啓、海 琳/心 血 管TRP
チャネルをめぐる病態生理の新展開−心血管リモ デ リ ン グ とTRPチ ャ ネ ル(蛋 白 質 核 酸 酵 素 2008;53/7,844‐53)
" Inoue R, Hai L, Honda A /Pathophysiological impli-
cations of transient receptor potential channels in vas- cular function / (Curr Opin Nephrol Hypertens. 2008;
17/2, 193-8)
" Imanaga I, Matsumura K, Mayama T, Ogawa K, Lin
H. / Remodeling of cardiac gap junction connexin 43 and arrhythmogenesis (Jpn. J. Electrocardiology, 2007;
27 (3): 204-215)
" Mayama T, Matsumura K, Lin H, Ogawa K,
Imanaga I. / Remodelling of cardiac gap junction con- nexin 43 and arrhythmogenesis (Exp Clin Cardiol, 2007; 12 (2): 67-76)
―3 9―
【生命科学研究部】
NK 細胞腫瘍への maytansinoid 結合抗 CD5 6抗体の 臨床応用の可能性
NK細胞腫瘍新規治療の研究チーム(課題番号:076003)
研究期間:平成19年4月1日〜平成22年3月31日
研究代表者:石塚賢治 研究員:田村和夫、自見至郎(平成21年3月まで)
研究成果
近年、悪性腫瘍に対する新規薬剤の導入が盛んに 行われ、治療成績の改善が見られている。そのなか でも進歩の目覚ましい分子標的療法の代表的な一手 法が抗体療法であるが、悪性リンパ腫の中でもっと も頻度の高いB細胞性悪性リンパ腫の腫瘍細胞に 表出するCD20を標的とするリツキシマブの悪性リ ンパ腫治療に与えたインパクトは非常に大きい。
Natural killer(NK)細胞腫瘍は、本邦を含むアジ ア諸国に見られる非常に予後の悪い疾患である。NK 細胞は細胞表面にCD56を発現しているが、研究代 表者らは米国でCD56発現腫瘍(小細胞肺がん、メ ルケル細胞腫瘍、多発性骨髄腫)に対し臨床試験が 実施されているIMGN901(ImmunoGen社、米国)
に着目した。IMGN901はCD56に対し親和性の高い 抗体huN901に抗腫瘍活性をもつN2-deacetyl-N2(3- -mercapto-1-oxopropyl)-maytansine(DM1)を 結 合させた構造である。DM1はhuN901に結合して いると活性がないが、huN901が標的であるCD56に 到達・結合し、細胞内に取り込まれ、DM1が放出 されることによって活性体となり、チュブリン重合 を阻害し細胞死を引き起こすと考えられている。
【目 的】
NK細胞腫瘍に表出するCD56抗原を標的とする IMGN901による免疫化学治療が臨床応用されうる かどうかを検討する。
【材料と方法】
CD56陽性NK細胞腫瘍由来細胞株として、NK- 92MI細胞(American Type Culture Collection; ATCC)、
CD56陰性コントロール細胞としてRaji,MOLT3,
HL60,K562細 胞(ATCC)を 使 用 し た。IMGN901
はImmunoGen社から供与を受けた。細胞の増殖は
colorimetric assayで調べた。アポトーシスの誘導は APO2.7(Immunotech社)を使用し、細胞周期の解 析はpropidium iodide(PI)染色により、フローサ イトメーターでそれぞれ解析した。
患者由来新鮮腫瘍細胞に対するIMGN901の作用 は、CD34を共発現している患者の末梢血NK腫瘍 細胞を比重遠心法で分離し、種々の濃度のIMGN901 を添加し培養した後に、CD56とCD34を二重染色 することによってCD34細胞比率の変化を調べた。
【結 果】
1.huN901のCD56発現細胞への結合の特異性の検 討
まずhuN901のCD56陽性細胞に対する結合特異 性を調べた。huN901はCD56を発現しているNK-92 MI細胞には 結 合 し た が、CD56陰 性 で あ るRaji,
MOLT3,HL60,K562細胞には結合しなかった。
これにより、huN901のCD56抗原への結合特異性が 確認された。
2.NK-92MI細胞へのIMGN901の作用
IMGN901のNK-92MI細胞への作用を、huN901に よる前処理(CD56抗原のブロック)の有無で調べ た。Fig.1Aに示すようにIMGN901の濃度が1〜2
!/ml以下の濃度においてhuN901の前処理によっ てCD56特異的にIMGN901はNK-92MI細胞の増殖 を抑制した(Fig.1A)。
次にこの細胞増殖抑制効果の機序について調べた。
IMGN901で処理されたNK-92MI細胞の細胞周期を PI染色によって調べたところG1期静止が見られ た。アポトーシスの誘導をAPO2.7染色によって調 べたが、APO2.7陽性細胞の有意な増加は見られな
―4 0―
0 20 40 60 80 100 (A) 120
(B)
cellular growth (%)
30 35 40 45 50 55 60
0 0.25 0.5 1 2
huN901-DM1 ( g/ml) huN901-DM1
( g/ml)
tumour cells (%)
0 0.25 0.5 1 2
huN901(–) huN901(+)
4 かった。このことはPI染色で細胞周期を調べた際
にsub G1細胞の増加が見られないこと、またトリ
パンブルーによる生細胞数のカウントを行っても、
IMGN901で処理すると細胞数は著明に減少するが、
死細胞は増加しない事実とも一致した。これらのこ とから、1〜2!/ml以下の濃度のIMGN901はNK -92MI細胞の増殖をCD56の発現特異的に抑制する。
その機序はアポトーシスや細胞死の誘導ではなく強 力な細胞周期の停止によると考えられた。
3.NK細胞腫瘍患者由来新鮮腫瘍細胞に対する IMGN901の作用
NK細胞腫瘍患者の腫瘍細胞に対する選択的な傷 害は、CD56によるポジティブセレクションによっ て腫瘍細胞を純化して評価するか、CD56陽性細胞 比率の変化によって評価することが可能であるが、
抗体薬である本剤の評価にあたっては前者ではCD 56の抗原性の変化がIMGN901の結合に影響を及ぼ す可能性があり、後者はIMGN901の結合によって CD56が占拠され、さらに細胞内に取り込まれるた め、ともに適切な方法ではない。われわれは末梢血 腫瘍細胞がCD56とCD34を共発現 し
ているNK細胞白血病患者に遭遇し、
末梢血にはCD34陽性細胞は腫瘍細胞 以外には存在しないことから、この患 者由来の腫瘍細胞でCD34陽性細胞の 比率を見ることによって、IMGN901 の患者由来腫瘍細胞への作用を確かめ た。このCD34陽性細胞比率を調べる 方法をとることによって、IMGN901 がCD56/CD34を 発 現 し て い な い 正 常細胞に対しても非特異的に傷害を与 えるかどうかも同時に検討可能であっ た。Fig.1Bに 示 す 通 り、IMGN901は 0.25!/mlという低濃度からCD34陽 性細胞比率を低下させたことから、
IMGN901はCD56/CD34を 発 現 し た 腫瘍細胞を選択的に傷害していると考 えられた。
【考 察】
IMGN901はCD56陽性NK細胞腫瘍
細胞株の増殖をCD56の発現特異的に抑制した。そ の機序は細胞周期停止によるものと考えられた。こ の作用はIMGN901に結合している細胞障害性物質 DM1のチュブリン重合阻害する活性による。培養 時間を延長することによって細胞周期の停止した細 胞が細胞死に至ることが考えられたが、最大144時 間の培養ではそのような作用は見られなかった。ま た、NK細胞白血病患者末梢血新鮮腫瘍細胞を特異 的に傷害することも確認された。
これらのことから、IMGN901はCD56を発現して いるNK細胞腫瘍に対し有効な治療戦略となりうる と考えられた。
研究成果
Targeting CD56 by the maytansinoid immunoconjugate IMGN901 (huN901-DM1): a potential therapeutic mo- dality implication against natural killer / T cell malig- nancy.
Ishitsuka K, Jimi S, Goldmacher VS, Ab O, Tamura K.
Br J Haematol. 2008; 141 (1): 129-31.
Figure 1. (A) NK-92MI cells were pre-incubated with either of huN901 or culture media for 5 hours, and then treated with IMGN901 for 144 hours. Cellu- lar growth was determined by colorimetric assay. (B) Fresh PBMNCs derived from a patient with NK cell lymphoma were treated with IMGN 901 for 144 hours. Tumor cells express both CD56 and CD34, thereby the percentage of CD34 positive cells after treatment was determined by flow cytometric analysis to see the toxic effect of IMGN901 against tumor cells.