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規範的経営学論の若干問題

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(1)

規範的経営学論の若干問題

その他のタイトル Methodologische Probleme der normative Betriebswirtschaftslehre

著者 大橋 昭一

雑誌名 關西大學商學論集

巻 11

号 3

ページ 223‑238

発行年 1966‑08‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/00021517

(2)

223 

るものかということが︑

規範的経営学論の若干問題

ドイツ近代経営学においてはいわゆる規範的思考が重要な部分を占め︑規範学派が大きな地位を占めている︒そ れは︑シュティッヒによれば︑経済学が本来市場経済を対象とするのにたいして︑経営学は計画経済としての経営 を対象とするために︑単に経営の機能あるいは法則という問題のみならず︑同時にその有利な形態︑体制はいかな

( 1 )  

︱つの現実的問題となりうるためである︒

カインホルストは一口に規範的思考︑規範的経営学といっても論者によりその解釈はまちまちであり︑

められる一義的な概念︑解釈が存しているのではないとして︑ゾムバルトの次の言葉を引用している︒

しばしば非常にだらしのない方法で使用されており︑その多義的なる

(n

or

ma

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Na

t1

0n

al

ok

on

om

1e

)

( 2 )  

点よりしてむしろ避けられるべき表現である︒﹂

他から区別される何物かが存在することはいうまでもない︒カインホルストによると︑Normという言葉はもとも

no

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a

Ri

ch

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aB

,

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( 3 )  

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B e u r

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we

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gg

  vo

n  H

an

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un

ge

n)

2って規範的経営学は︑このようなNormに関連

規範的経営学論の若干問題︵大橋︶

しかしながら︑もちろん規範的経営学には︑規範的経営学として

(3)

224 

は﹁規範科学か存在科学か この小論は︑ドイツ経営共同体論史研究の一環として︑規範的経営学の規定︑特質をめぐる諸問題について︑と

くに最近のドイツの方法論的諸研究をよりどころに若干の整理︑検討を試み︑規範的経営学の何たるかを明らかに

せんとするものである︒

A .

0 .  

S t i c h ,   D i e   E n t w i c k l u n g   d e r   B e t r i e b s w i r t s c h a f t s l e h r e   z u r   s e l b s t i i n d i g e n   D i s z i p l i n ,   B a s e

l  

1

95 6,

S S

 

.  

7

1, 7  2.  

W .   S o m b a r t D ,   i e   d r e

i   N

a

n a l o

k o n o

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n g g u n d L e i p z i g  

19 30 , 

S .  

21 .

(

H•Keinhorst,

D i e   n o r m a t i v e   B e t r a c h t u n g s w e i s e   i d e n   r   B e t r i e b s w i r t s c h a f t s l e h r e ,   B e r l i n  

19 56 , 

S .  

17 . 

ドイツにおいて規範的経営学といわれる場合︑まず注目されることは︑規範的経営学に二つの概念が存在するこ

とである︒その︱つはシェーンプルークの規定にみられるものである︒周知のように︑

標を区分基準として分類を試み︑経営学説をまず大きく規範的経営学と経験的実在論的経営学とに二分する︒両者

( N o r m w

i

e B c h a f t o d e r   S e i n s w i s s e n s c h a f t }

︑価値設定的科学か没価値的科学か

( w e r t ,

( 1 )  

s e t z e n d e   o d e r   w e r t f r e i e   Wi

e n s c h a f t

)

︑本質の認識か事実の確認か

( W e s g s 9 k

e

1 t n i s o d e r   T a t s a c h e n f e s t s t e l l u n g )

にもとづくものであるが︑後者がさらに︑経営学を﹁応用科学

( g g e w a n d t e W i s s e n

s c

f t )

︑すなわち経営手段組織 においても理解は論者によりさまざまである︒ する諸問題の究明を蘊営学の課題とするということを必須的前提とするわけであるが︑しかし︑とくに個別科学としての経営学において何をもって

N o r m

そしてその学問的性格はどうかという点などにおいて︑今日

シェーンプルークは認識目

(4)

225 

ののみに限られる︒

れ︑技術論的経営学は︑ の理論

( e i n L e e h r e   v o n   d e r   O r g a n i s a t i o n e   d s   B e t r i e b s r n i t t e l )

と考える﹂技術論的方向

( d i e t e c h n o l o g i s c h e   R i c h t u n g )  

( 2 )  

と︑﹁純粋科学

( e i n e r e i n e   W i s s e n s c h a f t )

とする﹂理論的方向

( d i e t h e o r e t i s c h e   R i

c h t g g )

とに細分される︒みられ

シェーンプルークの場合には︑価値判断的か没価値判断的かを第一のメルクマールとして区分が行なわ

それが所与の目的にたいする手段の究明たる︑価値関係づけ的立場をとるものであること にもとづいて︑経験的実在論的経営学の一部分に位置づけられ︑規範的経営学はいわば純粋に規範的方向をとるも これに対して︑第二次大戦後の若手研究者たちによる方法論的研究においては︑

分類が試みられている︒戦後における規範的経営学研究の代表的文献の︱つである﹃経営学における規範的考察方 法﹄において著者カインホルストは︑規範

( N o r m )

には︑究極的な根本的規範たる定言的規範

( k a t e g o r i s c h e N o r ,  

( 3 )  

m e n )

と仮言的規範

( h y p o t h e t i s c h e N o r m e n

)

とがあるというアイスラーの規定にしたがって︑規範的科学は︑﹁規範

そのものを設定しそこから無条件的な当為を定立するもの﹂と︑﹁所与である規範から出発しこの規範実現に役立

( 4 )  

つ手段を考察考量するもの﹂の双方を含むものとする︒前者を規範的価値的科学

( n o r m a t i v , w e r t e n d e W i s s e n s c h a f t

)

後者を実践的規範的科学

( p r a k t i s c h , n o r m a t i v e W i s s e n s c h a f t )

とカインホルストは名づけるが︑両者をともに規範的

科学

( n o r m a t i v e W i s s e n s c h a f t )  

シェーン︒フルークとは異なった

に包括されるものとし︑経営学についても規範的経営学は規範的価値的経営学と︑

応用科学としての実践的規範的経営学の両者を含むものとするのである︒このようにカインホルストにあっては︑

規範的経営学はシェーン︒フルークの場合より広く解釈されるのであって︑シェーンプルークのいう規範的経営学は︑

カインホルストの場合には規範的経営学のうちの規範的価値的経営学のみをさすことになる︒すなわち︑

カインホ

ルストの規範的価値的経営学を﹁狭義の規範的経営学﹂︑規範的経営学を﹁広義の規範的経営学﹂とよぶならば︑

規範的経営学論の若千問題︵大橋︶

(5)

226 

規範的経営学論の若干問題︵大橋︶

カインホルストにおいても︑もちろん︑ ェーンプルークにおいては﹁狭義の規範的経営学﹂のみが規範的経営学をなすものと考えられるのである︒

シェーンプルークのいう純粋科学としての理論的方向との関連が考えら れていないのではない︒カインホルストは実践的規範的科学が純粋科学に関連するものとして︑純粋科学にあって は認識が自己目的であってその認識の利用可能性

( V e r w e r t b a r k e i t )

が問われないのにたいして︑実践的規範的科学 にあっては︑目的は確かに所与であるがその目的実現のための手段の研究に役立つところに理論の意義が認められ

(5 ) 

るとする︒従って実践的規範的科学は︑通常の意味における価値判断を行なわないという意味においては没価値判 断的であるが︑手段についてとにかく判断を下すという意味においては価値判断的である︒この二つの価値判断を

( 6 )  

カインホルストは︑ヴェディゲンにしたがって︑信仰的価値判断

( b e k e n n e n d e W e r t u r t e i l e )

と認識的価値判断

( e r ,

( 7 )  

k e n n e n d e   W e r t u r t e i l e )

と名づけ︑純粋理論においては事実判断

( S e

u r t e i l e )

のみがなされるものとする︒

シェーン︒フルーク的な理解にしてもカインホルスト的理解にしても︑

ひとりシェーンプルークもしく

( 8 )  

はカインホルストにのみ限られるのではない︒シェーンプルーク的に規範的科学を狭く把握するものにはニッケル︑

( 9 )

1 0

)

1 1

)

1 2

)

1 3)

1 4

)  

ゾムバルトがあり︑経営学の領域においてもリーガー︑カルヴェラム︑リゾウスキイ︑フェッテル︑カッターレな

(15)

1 6)  

どがある︒これにたいしてカインホルスト的に技術論をも規範的経営学とするものにはモクスター︑ヴェーエがあ

(17) 

り︑さらに基本的にはこれと類似の規定を試みるものにレッフェルホルツがある︒

シェーン︒フルーク的理解とカインホルスト的理解の違いは︑いうまでもなくより直接的には︑いわゆる技術論的

経営学の性格︑従って認識的価値判断にたいする解釈︑把握の相違からくるのであるが︑認識的価値判断を含めて のいわゆる没価値判断と本来の価値判断との違いを強調して本来の価値判断の科学における不可能性を主張するマ

ックス・ウェーバー的立場からすれば︑

カインホルスト的理解は正鵠を射ていないといわざるをえないであろう︒

(6)

227 

別に断わらない限り︑﹁狭義の規範的経営学﹂のみをさす︒ 同様なことは価値判断的科学

1 1

﹁狭義の規範的経営学﹂の樹立を主張するシェーンプルーク的立場からもいえるで

あろうが︑ところでここで考慮されるべきことは︑カインホルスト的理解にたつ論者たちが︑概して︑経営学をカ

インホルストのいう実践的規範的科学︑すなわち応用科学もしくは技術論としてとらえようとすることである︒そ

の場合カインホルストたちはその応用科学を︑規範的科学との対比において特徴づけるよりは︑純粋科学との対比

において特徴づけようと試みる︒シェーンプルークにおいても︑規範論と技術論との関係が規範的経営学に関する

( 1 8 )  

重大な問題として提示されるけれども︑要するにシェーンプルークにおいては︑規範的経営学の独自性を主張する

ために︑規範的経営学と技術論的経営学との方法論的差異に重点がおかれ︑技術論的経営学と理論的経営学との差

異に重点がおかれなかったすれば︑カインホルストなどにおいては技術論的経営学と理論的経営学との差異にまさ

に力点がおかれるのであって︑カインホルストらとシェーンプルークとの︑またマックス・ウェーバーとの問題意

識の違いがここに明瞭にあらわれている︒そしてここにわれわれは︑グーテンベルクを総帥として理論的経営学が

第二次大戦以前に比して大きなウェイトを占める戦後西独の経営学界の一特殊的事情を看取することができる︒

いわゆる本来の規範的経営学︑すなわち﹁狭義の規範的経営学﹂の他の経営学にたいする特徴を

明らかにする立場よりすれば︑シェーンプルーク的な理解︑把握が少なくともより望ましいといえるのではなかろ

うか︒ともあれ︑シェーンプルーク的理解においてもカインホルスト的理解においても︑﹁狭義の規範的経営学﹂の

把握は基本的にはなんら相違しない︒従ってここでは︑この問題についてこれ以上立ち入ることはしないで︑規範

的経営学という場合に広狭二義あることを指摘するにとどめ︑次にこの﹁狭義の規範的経営学﹂すなわちいわば本

来の規範的経営学の特質についての検討に移ることにしたい︒なお︑以後において規範的経営学という場合は︑特

規範的経営学論の若干問題︵大橋︶

(7)

感饂瑚細え村眉Q樅片臣謡(米輿)

1< 

紺己

.‑CJ . 

F.  Schonpflug,  Betriebswirtschaftslehre,  2.  Auflage,  herausgegeben  von  H.  Seischab,  Stuttgart  1954,  S.  73. 

Schonpflug,  a.  a.  0.,  S.  238. 

* ← → → 

← し<● 

,~

~

R.  Eisler,  Worterbuch  der  philosophischen  Begriffe,  II.  Bd.,  Berlin  1929. 

Keinhorst,  a.  a.  0.,  S.  17. 

Keinhorst,  a.  a.  0.,  SS.  29 — 30.

W. Weddigen,  Theorie  des  Ertrages,  Jena  1927, 

Keinhorst, a.  a.  0.,  SS.  30 — 31.

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(Technologie)

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(Kunstlehre)

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投交」

K. E.  Nickel,  Normative  Wirtschaftswissen‑

schaft,  Berlin  1920,  S.  13. 

Sombart,  a.  a.  0.,  S.  21. 

-E,誼峯蜘11兵て—',‘゜#祖,...)ク入4<ミ_,__廷暇禅孟心今心特歯址ふ炉「眼語孟」(richtend){<d 

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W. Rieger,  Fritz  Schonpflug:  Das  Methodenproblem  in  der  Einzelwirtschaftslehre,  Betriebswirtschaftliche  Forschung  und  Praxis,  7.  Jg.,  S.  281. 

W. Kalveram,  Grundfragen  der  Betriebswirtschaft  und  der  Betriebswirtschaftslehre,  Betriebswirtschaftliche  Forschung  und  Praxis  1.  Jg.,  SS.  10‑‑45.  翌 A. Lisowsky,  Die  Betriebswirtschaftslehre  als  normative  Wissenschaft,  Zeitschrift  filr  Betriebswirtschaft,  20.  Jg.,  SS.  611, 

619. 

J. Fettel,  Die  normative  Betriebswirtschaftslehre,  Betriebswirtschaftliche  Forschung  und  Praxis,  1.  Jg.,  SS.  376‑382. 

S. Katterle,  Normative  und  explikative  Betriebswirtschaftslehre,  Gottingen  1964,  SS.  24,  98 — 99, 151. 

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G. Wehe,  Methodologische  Grundprobleme  der  Betriebswirtschaftslehre,  Meisenheim  am  Glan  1959,  SS.  101‑106. 

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J. Loffelholz,  •wissenschaft. und  Praxis.  Ein  Beitrag  zum  Problem  des  Erkenntnisobjektes  der  Betriebswirt‑

(8)

229 

( 一

深く究明していない︒

s ch a f ts l e hr e A,   kt ue ll e  B et r i eb s w ir t s ch a f t,   B er l i n 

19 52 , 

S .  

32 . 

S c h i i np f l ug ,  a .   a .

0 .  

S,  

S.  78

79 .

本来の規範的経営学の理論的特質を特徴づける根本的特徴はいかなるものであろうか︒シェーン︒フルークによる と︑規範的思考にとっての根本問題は︑究極的な根本規範の普遍妥当性︑客観性と︑根本規範から特殊規範をいか に導いてくるかの問題であるが︑﹁規範は絶対者として一切の思惟︑したがって認識的学問的思惟に先行する︑客観

( 1 )  

的に与えられた規範的価値の体系﹂である︒そして規範的科学に固有の課題は︑﹁存在する諸関連の解釈をこえてそ

( 2 )  

れを普遍妥当的な価値体系の中へ組み入れる﹂ところにあるから︑従って要するに︑規範的科学の﹁中心的標識は

( 3 )  

価値づけ

(W er tu ng )

の公準である﹂︒このようにシェーンプルークは規範の問題をより直接的には価値の問題とし

( 4 )  

てとらえ︑価値的認識︑価値判断に規範的思考の特質を求めるが︑価値的認識そのものの特性についてはそれ以上 規範的思考が価値的認識の上にたつことを指摘するにとどまらず︑

ke nn tnis)

論を援用して規範的科学の認識論的基礎を一応明らかにし︑規範的経営学批判を展開するものにカイン ホルストがある︒カインホルストは科学の概念から出発する︒かれは科学たるための要件として真実追求性︑認識 の統一性︑普逼妥当性︑対象との関連性の四要件をあげ︑さらに科学的研究の客観性に関連して︑ヴントにしたが

( 5 )  

って︑科学的研究に次の三段階があるとする︒

外的現象︵事実の検討の段階︶

規範的経営学論の若干問題︵大橋︶

シェーラーヘッセンらの価値認識

(W er te r,

(9)

230 

カインホルストによると︑規範的科学が本来認識目標とするのは第三の段階であって︑規範的科学においては当

( 6 )  

為としての規範にもとづいて現実が解釈されることになる︒その場合には一切の規範は価値との関連におかれるた

この価値の客観性が問題となることになる︒個々の人間の主鍛的意志とは無関係に︑客観的に条件づけられ

( 7 )  

た︑普遍妥当的な客観的価値が存在するかどうかの問題は︑いわゆる価値哲学

( W e r t p h i l o s o p h i e )

として古代哲学

以来論議されているところであるが︑シェーラーは︑客銀的な価値世界が存在することを前提として︑かかる価値

は確かに経験と思惟によって把握されることはできないが︑認識の起源は経験と思惟に尽きるのではなくて︑それ

( 8 )  

とならんで価値認識が存在するのであり︑この価値認識によって客観的価値は人間に把握されると主張する︒この

( 9 )  

ヘッセンによると︑次の三つのメルクマールによって特徴づけられる︒ような価値認識は︑H直接性

( u n m i t t e l b a r

)

︒すなわち価値認識は︑存在を思惟と論理により間接的に認識する論証的認識

( d 臣

日 r , s i v e s   E r k e n n e n )

とは反対である︒

日 [

感覚性

( g e f t i h l s m . a

B i g )

感覚との協力

( K o o p e r a t i o n )

かくて価値認識の上にたつ価値づけ的思考

( D a s w e r t e n d e   D e n k g )

は ︑

﹁価値づけ的思考の特徴は一定の目標の追求性にあり︑目標追求の結果に重大な関心をもつ︒原動力であり決定的

なものは︑論理的根拠ではなくて︑追求される理想的な目標である︒その中心をなすものは冷静な悟性ではなくて︑

内的関連︵原因の究明の段階︶

本質的意味︵意味解釈の段階︶

直観性︵甘t

ただしヘッセンによると価値認識は全く感覚的なものではなくて︑正確には思惟と

規範的経営学論の若干問題︵大橋︶

ヘッセンによると次のような特徴をもつ︒

(10)

231 

(10) 熱情的な感情である⁝⁝︒﹂

カインホルストの場合︑このような特徴をもつ価値づけ的思考の上にたつ規範的価値的経営学

( 1 1

狭義の規範的

経営学︶は︑実践的規範的経営学とともに︑規範的経営学︵広義︶に属すことになるが︑規範的経営学︵広義︶の この両部分はいかに区別されるのか︒カインホルストによると両者は二つの点において区別される︒規範の性格と 規範にたいする態度

(S te ll un g)

においてである︒すなわちまず第一に︑規範的価値的経営学では規範をなすものは

理想

(e in Id ea l)

であるのにたいして︑実践的規範的経営学では規範となるものは実践的目的

(e in pr ak ti sc he r  Z we ck ) 

である︒第二の区分の基準はすでに言及したところであるが︑後者では規範が所与であるのにたいして︑前者では

(11) 規範の設定そのものが問題になる︒

カインホルストの指摘する規範的価値的経営学の認識論的特徴は大体以上であり︑かれはこのような規範的価値 的経営学にさきの科学論の見地から検討を加え︑規範的価値的経営学は科学の領域を逸脱するものであると主張す る︒シェーンプルークとカインホルストに共通することは︑規範的経営学の根本問題たる規範を何よりもまず価値

の問題としてとらえることであるが︑

分し︑合理主義哲学と経験論哲学との対向においてその方法論的特質を究明するカッターレは︑規範を︑価値の問

題というよりは倫理

(E th ik )

の問題として︑かくして道徳的判断

(m or al is ch es Ur te il )

の問題としてとらえる︒

カッターレによると︑規範的経営学の最も根本的な問題は︑経営経済的規範の根源となりうる根本規範が哲学に よって経営学に与えられうるかの問題と︑経営学は経済的判断のための規範を経営学自体において設定しうるかの 問題である︒第一の問題は要するに価値判断問題をさすのであり︑第二の問題はカッターレによると今日のところ

(12) 

未だほとんど研究されていない︒従って規範的経営学の特質の問題としては︑第一の問題についてのカッターレの

規範的経営学論の若干問題︵大橋︶

これにたいして︑経営学を規範的経営学と説明的

(e xp li ka ti v)

経営学とに二

(11)

232 

いわゆる現象学的還元であるが︑かくて現象学的哲学においては︑経験や知覚の背後にある事物の本質

(W

es

gd

er

D i n g

e )

の認識が主張される︒このような合理主義的見解では︑道徳的規範

1 1

倫理も︑行為以前に与えられている

理性法則の体系としてとらえられるのであり︑かくして現象学的

M e t a

e t h i

k においては︑経験論哲学におけるとは

( 1 5 )  

反対に︑道徳的判断は認識的性格

( D e r

k o g n

i t i v

e   C h

a r a k

t e r )

をもつものと主張されることになる︒以上のいわば哲

学的基礎の上にたってさらにカッターレは︑規範的経営学説の代表としてニックリッシュを取り上げ︑結局︑規範

( 1 6 )  

的経営学はその論者の信仰と理解されるべき公理の上にのみ可能なものである︑と結論するのである︒

ところで以上は︑いうまでもなく︑規範的経営学の論理的特質︑存在可能性をいわば純方法論的に論じたもので

あって︑現実の規範的経営学説を直接問題にしているのではない︒従ってそれは︑厳密には︑現実の規範的経営学 の本質を厳密な方法によって究明し︑

規範的経営学論の若干問題︵大橋︶

所説が問題になる︒この点についてカックーレはE

i k

M e t a

e t h i

k

との区別から出発して︑まず一般的に哲学

の領域において議論を展開ずる︒ここで

E t h i

とは道徳的な主張k

( s i t

t l i c

h e F o

r d e r

u n g )

M e t a

e t h i

k

とは道徳的主張の研究もしくは理論をいう︒カックーレによるとこの両者の区別は︑経済理論における経済的行動についての表現たる「stationar-evolutor戻サ」と、その理論についての表現たる「StatikD百amik」との区別に相

応するものであるが︑ここで問題となっているのは︑いうまでもなく︑マックス・ウェーバーにより主張されたと

( U )  

ころの︑科学における価値判断と個々の人間による価値判断との峻別であり︑前者の不可能性の主張である︒

ところでカックーレによると︑今日の一切の思想の基礎にあるものは︑合理主義哲学の流れを代表する現象学的

な考え方と経験論哲学の立場にたつ考え方とである︒従ってこの二つの哲学思潮における

M e t a

e t h i

k の認識論的特

質が問題になる︒フッサールにより創始された現象学は周知のようにもともと︑一切の理論の根本にある意識自体

一切の理論の基礎づけを行なわんとするものである︒この本質究明の方法が

10

 

(12)

233 

全体との関連において取り上げる︒

価値判断は︑適用された方法について行なわれるだけではなく︑生み出された給付についても行なわれる︒経

営の規範の源泉となったその尺度によって給付の価値判断がなされるために︑規範が経営外から由来している場

合には︑そのような経済外的観点による給付の評価が経済にたいしていかなる作用を与えるかという問題が生ず

る ︒

処置の方法が当為を実現せしめるかについての判断がなされるが︑それは価値判断であり︑かくて価値判断の可能性の問題が生ずる︒

規範的経営学は普逼主義的︵日

1 i v e r s a l i s t i s c h )

である︒すなわち経営を経営自体として問うのではなくて︑国民

規範的経営学論の若干問題︵大橋︶

過段階にすぎない︒

個の現実の学説から導き出される︑ドイツ規範的経営学のいわば実体的な特徴は︑ヴェーエによると次の六点に総 説そのものの特質ではないが︑そのような方法論的究明によるのではなくて︑規範的経営学に属すと考えられる個

( 1 7 )  

研究対象をなすものは当為であり︑その規範は単に個々の行為の規範のみならず︑経済全体の規範をも含む︒

そしてこの規範の源泉は経営学の外部に︑たとえば哲学に求められる場合もあるが︑内部に求められる場合もあ

る︵たとえばシェアー︑カルヴェラム︶︒いずれにしろ規範的経営学の第一の問題は︑その規範がどこから由来

し︑そしてその真理性がいかに確保されるかである︒

規範的経営学は規範を設定するのみにとどまらず︑現実をこの当為に近づけんとする︒このため︑現実を分析

して合法則性を把握し︑処置の方法を展開せんとする︒しかし現実の解明は終局的目標ではなくて︑あくまで通

(13)

234 

規 範 的 経 営 学 論 の 若 干 問 題

︵ 大 橋 ︶ 規範的経営学は︑規範実現の方向へ経済主体を導くよう教育的に介入する課題をもつ︒

ヴェーエは以上の総括から浮かび上ってきた問題についてそれぞれ検討を加え︑

い て は ︑

たとえば第一の規範の源泉につ

(1 8)  

経営学内部に規範の源泉を求めることは結局できないから︑経営学外部に求めざるをえないとし︑つづい

( 1 9 )

2 0

)  

て価値判断の可能性についてはこれを否定し︑結局︑規範的経営学は科学として成立しえないと主張するのである︒

S c h o n p f l u g , a .   a .  

0 . ,  

S .   7 6 .  

s g o n p f l u g ,   a .   a .  

O ; ,  

S .  

7 7 .  

S c h o n p f l u g ,   a .   a .  

0 . ,  

S .  

7 7 .  

v g l . S c h o n p f l u g ,   a .   a .  

0 . ,  

S .   4 0 5 .  

K e

o r s t , a .   a .  

0 . ,  

S S .   1 1 ‑ 1 4 .  

k

o r s t , a .   a .  

0 . ,  

S .   1 9 .  

R .

E i s l e r ,   H a n d w o r t e r b u c h   d e r   P h i l o s o p h i c I .   ,   A u f l a g e , B e   r l i n   1 9 1 3 ,   S .   7 5 3 . た だ し S c h o n p f l u g , a .   a .  

0 . ,  

S .   7 9 .

り 引 用 ︒

M .   S c h e l e r D ,   e r   F o r m a l i s m g

甘 d9

i k u n d   d i e   m a t e r i a l e   W e r t e t h i k ,   2 .   A u f l a g e , H a   l l e   a .   d .   S .   1 9 2 1 S S ,   .   2 6 2 1   2 6 8 .

た だ し K e i n h o r s t a ,   a ,  

0 . ,  

S S .   1 9

2 0

. よ り 引 用

J.

 

Hgg, 

W e r t l e h r e ,   L e h r b u c h   d e r   P h i l o s o p h i e

I I .  

,  

B d . ,   M u n c h g 1 9 4 8 ,   s .   8 5

f f .

 

た だ し K e i n h o r s t , a .   a .  

O . ,  

S .   2 0 .   よ り 引 用

Hgg,

a .   a .  

0 . ,  

S .   9 2 ・ただし

K e i n h o r s t , a .   a .  

0 . ,  

S .   2 1 . よ り 引 用

K e i n h o r s t , a .   a .  

0 . ,  

S .   3 3 .

なお︑カインホルストの規範的経営学批判をさらに展開させているヴェーエは︑今︱つの区 分基準をつけ加えている︒すなわち﹁第三に︑応用的経営学では︑所与の目的実現のための処置の方法はその合理性

( R a ,

g

i ta t )

に関して判断されるのに︑価値設定的経営学では︑設定された当為実現のための処置の方法はまず倫理的道徳的 評価をうけ︑後にはじめて合理性について判断される﹂︒

W o h e , a .   a .  

O . ,  

S .   1 1 5 .  

K a t t e r l e ,   a .   a .  

0 . ,  

S .   2 .  

K a t t e r l e ,   a .   a .  

O . ,  

S .   5 .  

(14)

235 

口 [

以上において︑ドイツ経営学において規範的経営学といわれる場合︑それがどのようなものとしてとらえられて

いるか大体明らかにされたと思うが︑最後に︑ザンディッヒにしたがって方法論的に整理するならば︑規範的経営

( 1 )  

学は次のごとく規定されうるであろう︒ザンディッヒが方法論的問題としてあげるのは研究方法

( U

n t e r

s u c h

u n g s

,  

me

th

od

e)

︑叙述方法

( D a r

s t e l

l u n g

s m e t

h o d e

) ︑認識対象の規定︑科学の体系における経営学の地位の四点であるが︑

ここでとくに関連するものは研究方法と認識対象である︒まず研究方法として次の七つの方法があげられる︒

記述的方法

( B e s

c h r e

i b e n

d e

Me

th

od

e)

 

発生的方法

( G e n

e t i s

c h e

Me

th

od

e)

 

帰納的方法

( I n d

u k t i

v e

Me

th

od

e)

 

演繹的方法

( D e d

u k t i

v e

Me

th

od

e)

 

分析的方法

( A n a

l y t i

s c h e

Me

th

od

e)

 

閲MgWeber•Die,,Objektivitiit^•sozialwissenschaftlicher

un

d  s o z

i a l p

o l i t

i s c h

e r  

E r k e

n n t n

i s .  

K a t t

e r l e

, a .   a .  

0 . ,  

SS .  61 15 . 

K a t t

e r l e

a ,  

.

  a .  

0 . ,  

SS .  14 6, 1  51 . 

Wo

he

,  a .  

a .  

0 . ,  

SS .  13 2 13 3.  

Wo

he

,  a .

  a .  

0 . ,  

S.  1 43 .

Wo

he

,  a .

  a .  

0 . ,  

S.  1 48 . 

Wo

he

,  a .  

a .  

0 . ,  

SS .  13 9, 1  50 . 

富永・立野訳﹃社会科学方

(15)

236 

経営目標にたいして完全に中立的か︑行動原則を認識の基礎として認めるのか︒ 因没価値的な認識対象か︑価値関係的な認識対象か︒

認識対象は経験的に規定されるのか︑規範的に規定されるのか︒

対象を合理的に把握されうるものに限定するのか︑非合理的なものをも認めるのか︒ 曰物財的なものに限定するのか︑人間的な要因をも入れるのか︒ 口認識対象は孤立的経営か︑市場と結びつけられた経営か︒ 日認識対象は経営か︑企業か︒ ンディッヒは次の七点をあげる︒

規範的経営学論の若干問題︵大橋︶

ザンディッヒはこのように方法として七つの方法を並列させているが︑

は次元を異にするものであって︑他の方法がすべて︑本来的には︑経験的現実から出発して現実の説明にあたる︑

経験的実在論的科学において用いられる説明的方法であるのに対して︑規範的方法は︑当為としての規範を設立し︑

それにもとづいて現実を判断し︑目標を確立して目標実現の方法を示そうとするものであることを指摘する︒かく

て規範的方法は︑ザンディッヒによると︑

それをすでに与えられたもの

( v o r g e g e b e n )

とするものであり︑また演繹的方法のごとく演繹的に与えられて

いる合法則性の帰納的証明を試みるものでもない︒というのは判断の尺度が︑規範的方法では経験によって与えら

れるのではなくて経験以前に先天的に与えられているとされるからである︒次に︑認識対象に関する問題としてザ

( N o r m a t i v e M e t h o d e )  

( S y n t e t i s c h e M e t h d o e )  

しかし同時に︑規範的方法が他の方法と

たとえば本来の帰納的方法が合法則性の発見を認識目標とするのにたい

一 四

(16)

237 

うまでもなくなんら解明されることができないであろう︒

一 五

これらの問題は観点を異にするとはいえ相互に関連し︑しかも必ずしも次元を同じくしないが︑規範的経営学論

としてとくに問題になるものは国以下であり︑要するに規範的経営学を特徽づけるメルクマールは︑認識対象に関

その認識の対象が実証的に把握しえない理念的なものにまでおよび︑かつ価値関係的であって︑要する 以上のような規範的経営学の特徴づけの問題は︑もちろん究極的には︑認識の起源を経験のみに限るのか︑人間

理性にそれを求めるのかという根本問題にまでさかのぼるが︑規範的経営学は︑要するに︑経験的には実証不可能 な規範にもとづいて現実を判断せんとするものであり︑﹁存在するものから存在すべきものが導き出されるのではな

( 2 )  

い﹂から︑このような点からすれば規範的経営学は科学的なものでは決してないのであり︑また︑そのような点を もって規範的経営学の科学的存在可能性を否定し去るのは全くたやすいことであろう︒しかしながらそれにもかか わらず︑まさにグーテンベルクのいう通り︑現実には﹁社会科学において価値判断問題の議論が決して止まること のないことを考えるならば︑科学を︵何を知りうるか︑何をなすべきか︑何を期待しうるか︶の三問題のうち第一

( 3 )  

の問題にのみかかわるものと理解するのが︑現実的に正しいかどうかは疑問であ﹂って︑以上のごとく方法論的に 問題のある規範的経営学が︑現実には︑幾多の論者により主張され︑

いわゆる規範学派は大きな地位を占めている

のである︒そしてこの点は︑規範的経営学もしくは規範学派経営学説の方法論的特徴づけのみをもってしては︑

もちろん︑現実の経営学説が取り上げられる場合においても︑方法論的特徴づけは確かに必須であり欠くべから

ざるものではあるが︑現実に存在するのはあくまでシェアーの主張であり︑

規範的経営学論の若干問題︵大橋︶ に超越的に規定されることである︒

ニックリッシュの学説であって︑それ

らは︑よし根本的な方法論的原理︑精神的基礎を同じくするものであっても︑その時々の歴史的基盤の上にたち︑

(17)

238 

社会経済的要請において生成したものであることが︑決して看過されてはならないであろう︒

C . S a n d i g ,   M e t h o d e n p r o b l e m e ,   B e t r i e b s w i r t s c h a f t l i c h e , H   a n d w o r t e r b u c h   d e r   B e t r i e b s w i r t s c h a f t ,  

3.  

A u f l a g e ,  

3.  B d . ,  

S t u t t g a r t  

1 95 6,

S .  

  39 61  f f .  

E•Gutgberg,NFrage

d g N o r m a t i v g i n   d e n   S o z i a l w

i

e 目 c h a f t e S o n , z i a l w i s s g s g a f t   u n d   G e s e l l s c h a f t s g g 5 l t u n g ,   B 9

l 甘

19 63

s .   , 12 2.  

G u t g b e r g ,   a .   a .  

0 . ,  

S .  

12 1.  

規範的経営学論の若干問題︵大橋︶

一六

参照

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