農業
に
おける消費税の現状と課題
1 .価格転嫁 消費税は、 税の転嫁が行われる仕組みであり、 農産物取引において、次のことを主な理由とし て、消費税を含め価格転嫁が困難な状況となっ ている。 〈価格転嫁が困難な理由〉 ①景気低迷とデフレの中で、価格は低迷。 ②大型量販店が食品販売の大宗を占める中 で、川下サイドの価格支配力が高い。 ③ 工 業 製 品 の よ う な 供 給 量 の 調 整 は 困 難 で、天候による供給量の変動が頻繁。こ のことによる価格変動が多い。 ④ 農 産 物 流 通 の 過 半 を 占 め る 市 場 取 引 で は、農業者が直接価格交渉を行っていな い。 ⇒ 特に、仕入税額を含む、増嵩する生産 コストの転嫁が難しい状況!! こうした状況は悪化しており、農業所得率は 約五年で十 % 減少している。このように厳しさ が増すなかで、有効な措置もなく、消費税増税 を 実 施 し た 場 合、 転 嫁 で き な い 消 費 税 が 増 し、 不合理・不公正な負担の増大による農業者の経「農業に関する消費税増税対策」の要請
∼国民の食生活と農業を守るために∼
特 集
消費税増税を含む社会保障と税の一体改革 に 関 す る 法 案 が 今 国 会 に 提 出 さ れ、 民 主 党、 自民党、公明党の三党合意を踏まえた修正法 案が六月二十六日の衆議院本会議の採決で賛 成 多 数 に よ り 可 決 さ れ た。 そ の 後、 法 案 は、 参議院に送られ審議が続けられている。 農業者にとっては、現在でもコスト増を価 格転嫁できない状況の下で、消費税増税が実 施 さ れた場合、増税分を商品価格に転嫁でき ずに、 さ らに経営を圧迫 さ れることなどが想 定 さ れる。また、生活必需品である食料品が 増 税 さ れ れ ば、 消 費 者 生 活 の 圧 迫 と と も に、 外国産に比べて比較的価格の高い国産農産物 の需要が減少する懸念もある。 こうした状況を受け、 J A グループでは昨 年秋、消費税率が引き上げとなった場合の農 業・ J A 事業への影響とその対応策を分析す るため、有識者による研究会を立ち上げ、研 究や現地調査を通じて、農業に関する消費税 増税対策の具体策の考え方を整理した。 今月号では、この具体策のあり方(案)を 含めた組織協議の概要について述べる。営悪化を招くことになる。 2.消費税の申告等の状況 多くの農業者が売上一千万円以下であり、他 業種に比べ、免税事業者が多くなっている。 農業者は、他業種に比べ、税務申告割合が低 く、納税・税務申告に不慣れといえる。 特に、消費税については、所得税に比べ対応 している農業者が少なく、事務負担が増す懸念 か ら、 有 利 選 択 で き て い な い 場 合 も 見 ら れ る。 こうしたなかで、制度変更やそれに伴う事務の 追加・変更負担があった場合、多くの農業者が 適切に対応できないことが想定される。 申告支援や記帳代行に取組む J A は増えつつ あ る も の の、 未 実 施 J A も 少 な く な い。 実 施 J A でも、申告受付件数が増えても対応できる ような余裕のある体制が構築できていないのが 現状である。 3 .諸外国の付加価値税 諸外国では、我が国に比べ農業に配慮した措 置がなされている。例え ば 、農産物取引に軽減 税 率 を 適 用 し た り( 表 1参 照 )、 農 業 者 の 事 務 負担や資金繰りの問題に配慮した特例措置も講 じられている。 これらの措置や取引において税額が明らかに なっていること等もあり、諸外国 では価格転嫁が問題になっていな い。 こうした制度の下、高齢者も含 め、農業者のほとんどが記帳・証 憑保存を行い、 確定申告している。 申告を行うことで、還付を受ける など制度上のメリットを享受して いる。
具体策の考え方の基本方向
このような情勢を受け、具体策 の考え方の基本方向は次の五項目 にまとめられ、全体のイメージは 図 1 のとおりとなる。 ①政府は農業・食料の実態に応 じた財政・税制上の措置を講 ずることが必要である。 ②価格転嫁できない消費税を減 免または補償する制度を構築 することが必要である。 ③ 消 費 者 の 目 線 に も 立 ち、 『 軽 減税率』を導入することが必 表 1 諸外国の軽減税率の状況 諸外国では、食料品に対して軽減税率を適用することは、一般的!要である。 ④ 仕 入 税 額 分 を 補 償 す る 簡 易・ 簡素な制度を創設することが 必要である。 ⑤新たな仕組みの導入に伴う移 行対策を講じるとともに、そ の移行対策のなかで農業者の 経営管理能力の向上を図るこ とが必要である。
具体策のあり方(案)
1 .軽減税率の導入 【論点 1 ゼロ税率の導入が必要】 軽減税率の税率が低いほど、消 費者の生活や農業者の価格転嫁問 題 へ の 効 果 が 大 き く な る。 特 に、 ゼロ税率の場合は、次の効果もあ り、最も望ましい措置であること から、その導入を求める必要があ る。 ①販売時に消費税の上乗せを求 める必要がなくなる。 ②仕入に係る税額は全て還付を 受けることができる。 ⇒ 「①・②」により価格転嫁 問題は完全に解消される。 ③ 還 付 申 告 を 含 め、 税 額 計 算 が 容 易 で あ り、 消費者、 事業者にとって最も効率的である。 ⇒ 複数の税率を導入した場合、事業者の事 務負担が問題となる。極力負担を抑えた仕 組みの導入が強く求められる。 食料品へのゼロ税率は、農業者の価格転嫁問 題を解消するため、小売段階だけでなく、農業 者から消費者までの各流通段階に適用すること が必要となる。 なお、農産物取引の「非課税化」や「免税点 の引上げ」が要望として挙がってくる場合があ るが、仕入税額控除(還付)を受けることがで きなくなる取引が拡大し、価格転嫁問題を深刻 化するため、 実施すべきではないと考えている。 【 論 点 2 肥 料・ 飼 料 な ど 恒 常 的 に 購 入 す る 農 業生産資材等へのゼロ税率の導入が必要】 諸外国では、農業者のキャッシュフローや事 務負担等に配慮して、肥料や農機など農業生産 資材の一部に軽減税率を適用している。 なお、各国とも、農業者以外も広く活用する 汎用性の高い資材等(トラック、 燃油など)は、 標準税率となっている。これらに係る仕入税額 は、還付申告を行うことにより、取り戻すこと ができる。 図 1 具体策の考え方の基本方向(全体イメージ)我が国でも、トラクターや素畜、ハウス等の 高額な資材の購入にあたっては、キャッシュフ ローの問題が懸念される。これらの高額な農業 用資材等は、ゼロ税率を適用する必要がある。 また、肥料・農薬等の恒常的に購入するもの については、 ゼロ税率を適用することで、 キャッ シュフロー対策となるだけでなく、還付申告の 手間を省くことができ、肥料・農薬等について も、ゼロ税率を適用する必要がある。 【 論 点 3 簡 易 な 仕 入 税 額 の 還 付 の 仕 組 み が 必 要】 農業者の多くは、免税事業者となっている小 規模事業者であり、耐えうる事務負担が限られ ている。このため、複雑かつ手間のかかる申告 に対応することは困難である。 一方、軽減税率を導入した場合は、還付申告 をしなければ、損をすることになる。 諸外国では、農業者または小規模事業者の事 務負担に配慮し、簡単に還付申告できる制度を 設けている。具体的には、我が国の簡易課税制 度 の よ う に、 み な し で 税 額 を 計 算 す る 方 法 を 採っている。 諸外国に比べても、規模が小さい農業者の実 態 を 踏 ま え、 現 行 の 簡 易 課 税 制 度 の 仕 組 み を ベ ー ス と し た、 「 簡 易 な 還 付 申 告 の 仕 組 み 」 を 設けることが必要である。 【 論 点 4 イ ン ボ イ ス を 導 入 す る 場 合 は、 現 行 の請求書の様式等を基本にすることが必要】 軽減税率を導入した場合、適用税額等の記載 を 義 務 付 け た 販 売 者 側 が 発 行 す る 伝 票 で あ る 「 イ ン ボ イ ス 」 の 導 入 が 必 要 と い わ れ て お り、 諸外国では一般的に導入されている。 我 が 国 で は、 「 請 求 書 等 保 存 方 式( 帳 簿 か ら 税 額 を 計 算 )」 を 採 用 し て い る。 過 去、 我 が 国 でもインボイスの導入が検討されたが、中小事 業者を中心に、事務負担の増加や免税事業者の 排除等の懸念から反対・慎重な立場をとる人が 多く、採用されていない。 フランスでは、インボイスの電子化を進める とともに、 JA等による代理発行を認めている。 J A 等 で は 伝 票 の 発 行 は 電 子 化 し て い る こ と、農業者は年間の取引数が多くないこともあ り、いわゆるインボイスの導入の負担は少ない と考えている。 インボイスの導入に当たっては、極力事業者 の事務負担を軽減するため、現行の伝票が定着 していること等を踏まえ、現行の請求書の様式 や受け渡しを大きく変えることにないようにす る必要がある。加えて、中小規模の事業者に配 慮した移行対策の措置も必要である。 2.仕入税額補償制度(仮称)の創設 【 論 点 1 簡 易・ 簡 素 な 仕 組 み と す る こ と が 必 要】 「仕入税額補償制度(仮称) 」は、転嫁が困難 である農業者の仕入税額分を国から補償を受け る制度となる。 農業の場合、この制度の活用者は、免税事業 者が大宗を占めると想定される。 免税事業者は、 消 費 税 に 関 し て ほ と ん ど 事 務 を 行 っ て お ら ず、 また、耐えられる事務負担はわずかである。 こ う し た こ と を 踏 ま え、 「 仕 入 税 額 補 償 制 度 (仮称) 」については、相当簡易・簡素な仕組み とすることが必要であり、具体的には次の対応 が必要である。 ①簡素な方法で補償額を算定(仕入額または 売上額に一定割合を乗じて算定) 。 ②申請書の記入は、一定期間の取引合計額の 一括記載など簡易な記帳もよいとする。 ③申請書には、証憑の添付は求めない(保存 のみを義務化) 。 ④申告回数は、年 1回を基本とする。 【 論 点 2 軽 減 税 率 の 導 入 に 応 じ た 対 象 者 の 設 定が必要】 「仕入税額補償制度(仮称) 」については、仕 入税額分の転嫁が困難な免税事業者や、課税事
業者を対象とする必要がある。 ゼロ税率を導入した場合は、仕入税額還付を 申告できない免税事業者を対象とする必要があ る。 ゼロ税率以外の軽減税率を導入した場合は、 仕入税額の転嫁の問題は残ることから、簡易課 税事業者を除く、課税事業者も対象とする必要 がある。 3 .移行対策等 【 論 点 J A 等 に お け る 農 業 者 の 納 税 事 務・ 税 務申告に係る強力な支援体制の整備と、その税 務申告等の高度化に向けた取組 み に対する中長 期の支援措置が必要】 軽減税率の導入をはじめ、消費税増税に伴う 制度変更にあたっては、 農業者の実態を踏まえ、 制 度 を 簡 易・ 簡 素 な 仕 組 み と す る こ と に 加 え、 新 た に 課 す 負 担 を 軽 減 す る た め の「 移 行 対 策 」 が不可欠である。 特に、農業者の場合は、税務申告等に不慣れ であることから、そうした農業者の税務申告等 を支える強力な支援体制の整備が必要となる。 これは、 単なる移行対策としてだけではなく、 次のことについても寄与する。 ①我が国の喫緊の課題である「持続的発展が 可能な農業づくり」に必要な「農業者の経 営管理能力の向上」 ⇒ 現在、 IT 化や世代交代など環境変化が 進行しており、経営管理能力の向上を進め やすい状況 ②多くの農業者が対象となる「すべての白色 申告者における記帳・帳簿保存義務化(平 成 二 十 六 年 一 月 か ら 施 行 )」 へ の 円 滑 な 対 応 中小企業に対しては、国や地方自治体から納 税事務等の支援がなされ、税務対応・経営管理 の向上が図られている。したがって、農業に対 しても、こうした体制整備とその税務申告等の 高度化の取組みに対する中長期の支援を措置し ていく必要がある。 J A 等 で は 、 こ う し た 措 置 を 活 用 し な が ら 、 農 業 者 の 経 営 管 理 能 力 の 向 上 に 向 け て 、 各 農 業 者 の 事 業 ・ 経 営 や 税 務 対 応 の 状 況 把 握 と そ れ に 基 づ く き め 細 か い 指 導 、 取 引 と 一 体 と な っ た 税 務 申 告 支 援 等 に 取 組 む こ と が 強 く 求 め ら れ て い る 。