古語と口語のはざまにある『天草版平家物語』
の語法に関する一考察
―「コトノホカ」と「モッテノホカ」の用法をめぐって―
田 和 真紀子
A consideration of the use of words of 'Amakusa-ban Heike Monogatari' between classical language and the spoken
language: regarding the meaning and way of using and
Makiko T AWA
'Amakusa-ban Heike Monogatari' is well known as a Japanese spoken language document which dates from the late medieval period.
However,in this paper,it is made clear that the terms and in 'Amakusa-ban Heike Monogatari' have a different meaning from that which they had in the spoken language of that time.
First, of 'Amakusa-ban Heike Monogatari' and some parts of the retain the old meaning that they had in the original work.Thus, and have different meanings here from those given in other spoken language documents of the same period.Furthermore,the way of using Mottenohoka was changed by the editor.The reason why he manipulated the meaning and way of using 'Amakusa-ban Heike Monogatari' was that when he turned Heike Monogatari into colloquial language,he deliberately retained the old meaning and way of using it that was in the original work in order to avoid any collision with the new meaning and how to use it.
要 約
『天草版平家物語』(以下『天草版平家』)は,中世後期日本語の口語資
料として知られている.しかし本稿では,『天草版平家』内で使用されて いる「コトノホカ」と「モッテノホカ」の意味・用法が,当時の他の口語 資料(狂言台本の虎明本・ 『狂言六義』やキリシタン資料のロドリゲス『日 本大文典』)の意味・用法と異なることを明らかにした.まず『天草版平家』
の「コトノホカ」と一部の「モッテノホカ」の意味は,原拠本に近い覚一 本『平家物語』で使用されていた古い意味・用法のままである.さらに「モッ テノホカ」の用例の中には,編者によって覚一本とも同時代の口語資料と も違う用法に変更されているものがあった.『天草版平家物語』において 意味・用法が操作された理由は,『平家物語』を口語化する際に編者が意 図的に原本にある古い意味・用法を残したり新しい意味・用法との衝突を 避けたりしたためと推測される.
1.はじめに
『天草版平家物語』(以下,『天草版平家』)は,中世後期の重要な口語資 料
1の一つとして利用されてきた.しかし一方で,清瀬(1982),近藤(2008),
小林(2015a,2015b)などにおいて『天草版平家』の詳細な本文研究が 進むにつれ,『天草版平家』の原拠本の特定および原拠本本文からの改編 の実態や外国語母語話者の日本語学習教材として工夫された表現があるこ となどが明らかになり,「『天草版平家』=中世後期の口語」というわかり やすい図式は成り立たなくなってきた感がある.それは取りも直さず, 『天 草版平家』が原拠本の「古語」と当時の「口語」とのはざまにあり,編著 者(口訳者)である不干ハビアン一個人によって両者間の意味の調整や文 体の整備が行われた資料である(小林 2015c)という見地からその語法を 検討する必要があることを意味している.
例えば小林(2015b:17)では,原拠本に近いとされる覚一本『平家物語』
2
(以下,覚一本)で「事の外に」とある部分が『天草版平家』では程度 副詞用法の「もってのほかに」となっていることについて,ハビアンによ る「和らげ」の時点で書き換えられたと推察されている.ところが,同時 代の口語資料の一つである狂言台本(大蔵虎明本・ 『狂言六義』)では, 「モッ テノホカ」
3の程度副詞用法はほとんど見られないのに対し, 「コトノホカ」
4
の方は程度副詞として安定して用いられている.このようにハビアンに
よって和らげられた『天草版平家』の表現は,同時代の口語資料である狂
言台本の表現傾向と一致していない.これには先にも指摘した『天草版平 家』特有の事情が関わっていると考えられる.
以上のような『天草版平家』の成立背景を踏まえ,本稿では『天草版平 家』の原拠本に近い覚一本や他の同時代の口語資料における「コトノホカ」
と「モッテノホカ」の用法と比較することで,『天草版平家』の「コトノ ホカ」と「モッテノホカ」の用法の特異性を明らかにし,その理由につい て考察を行う.また『天草版平家』から用例の多くを引用しているロドリ ゲス『日本大文典』の「コトノホカ」 「モッテノホカ」の記述における『天 草版平家』からの影響についても考えてみたい.
2.中世前期以前の「コトノホカ」と「モッテノホカ」
ここでは,「コトノホカ」と「モッテノホカ」の『天草版平家』におけ る用法と覚一本における古語的な用法との違いを明確にするため,中世以 前の和文の「コトノホカ」と「モッテノホカ」の用法について,辞書の記 述と用例をもとに概観した上で,覚一本における「コトノホカ」と「モッ テノホカ」の用例と用法を確認したい.
まず「コトノホカ」は,『日本国語大辞典第二版』(小学館・以下,『日 国二版』)において品詞が「名詞(形容動詞)」となっており
5,語義は次 の一項目のみである.
思っていたことと違っているさま.多くは程度のはなはだしい場合に いう.思いの外.案外.意外.存外.(『日国二版』「ことのほか」条)
とあるように,「コトノホカ」は,情意的意味を中心として程度的意味を 併せ持つ名詞・形容動詞として記述されており,時代による意味・用法の 変化に関する記述はない.
次に『日国二版』の用例で「コトノホカ」の初出例として挙げられてい る『宇津保物語』(970 − 990 年頃成立)からの用例と,近い時代の『蜻 蛉日記』(974 年頃成立)の用例を見てみたい.
(1)(仲忠が東宮と小君を)見くらべ奉らせ給ふに,うつくしげに,あ てにけだかき事の,いとことのほかにもあらぬを,子にひきつれて見 んぞ,おもだゝしく覚え給ふ.(宇津保 楼の上・上)
(2)あやしく,かゝる世をもとひたまはぬは,このさるまじき御中のた
がひにたれば,こゝをもけうとくおぼすにやあらん,かくことのほか
なるをもしり給はでとおもひて,(蜻蛉 天禄元年(970 年))
(1)の「いとことのほかにもあらぬを」は,〈非常に思いのほか(劣っ ているわけ)ではない〉=〈それほど劣っているわけではない〉という意 味である.(2)の「かくことのほかなるをもしり給はで」は,新編日本古 典文学全集(小学館)の『蜻蛉日記』 (p.199)において「ことのほかなる」
は「思いのほかひどい」と現代語訳されている.(1)(2)はいずれも〈思 いのほか(悪い)〉状態を表しており,マイナス評価
6を表す情意的な形 容動詞として用いられている.
また,(3)の院政期の和文資料『大鏡』に見られる「コトノホカ」の例 では,ポジティブな内容の形容詞「かしこく」とネガティブな内容の述語
「おとり給へる」の両方を修飾可能な程度副詞的用法
7と,「おぼえ事のほ かにおはしましたるに」として〈特別に(良い)〉というプラス評価の情 意的な形容動詞用法とが混在している.
(3)右大臣は,才よにすぐれめでたくおはしまし,御こゝろをきてもこ とのほかにかしこくおはします.左大臣は,御としもわかく,才もこ とのほかにおとり給へるにより,右大臣の御おぼえ事のほかにおはし ましたるに,(大鏡)
なお,覚一本の「コトノホカ」は全 4 例ある.内訳は連体修飾用法 1 例,
形容動詞用法 1 例,程度副詞的用法 2 例となっており,先の『大鏡』とほ ぼ同様の傾向を示している.
以上のように,中古から中世前期にかけての「コトノホカ」は,〈思い のほか(悪い)〉や〈特別に(良い)〉状態を表す情意的な意味の形容動詞 として用いられ,連用修飾用法のものの中には程度副詞的用法のものも見 られた.よって,覚一本までの「コトノホカ」は情意的な形容動詞用法と そこから派生した程度副詞的用法が混在して用いられていたと言ってよい だろう.
次に「モッテノホカ」については,語構成要素の「モッテ(以って)」
が記録体や漢文訓読文体で使用される語であったことから,中古和文資料 には見られない.『日国二版』では,品詞が「名詞(形容動詞)」となって おり,語義が次のように二項目設けられている.
①(事柄が常識や予想を越えていて)程度がはなはだしいこと.たい
へんなこと.また,そのさま.困った状態,どうにもならない状態
の場合に用いられることが多い.
②(事柄が普通でなくとがめ立てされるような場合に用いる)とんで もないこと.けしからぬこと.(『日国二版』「もってのほか」条)
①の初出例は『富家語』 (1151 − 1161 年)で,近い時代の例としては『玉 葉』(1167 年)からも「以外」の訓読として用例が上がっている.なお② は初出例が 1678 年の浄瑠璃となっており近世以降の用法である.①には
「程度がはなはだしいこと」と最初にあるが,『日国二版』にははっきりと した程度副詞用法の例は挙げられていない.
ところが覚一本の「モッテノホカ」は,連体修飾用法 3 例(「もっての 外の御大事」2 例・「もっての外の罪業」1 例),連用修飾用法 10 例(この 内,程度副詞的用法 9 例)であり,「コトノホカ」よりも全体的な用例数 が多い上,程度副詞的用法の用例数も多い.また覚一本の「モッテノホカ」
の程度副詞的用法は,ネガティブな内容の文脈や被修飾語に偏っている.
(4)美作守綸言を蒙りて頼豪が宿坊に行きむかひ,勅定の趣を仰せ含め んとするに,以外にふすぼッたる持仏堂にたてごもり,おそろしげな るこゑして,(覚一本平家・巻三)
(5)以外けしきあしげになり給ふ.(覚一本平家・巻十二)
(6)下臈なれども以外さかざかしいやつで候.(覚一本平家・巻十二)
以上から,覚一本では「コトノホカ」よりも「モッテノホカ」の程度副 詞的用法の方が多く,「コトノホカ」の程度副詞的用法は文脈の内容や被 修飾語に関係なく使用されていたのに対し,「モッテノホカ」の程度副詞 的用法の方は文脈の内容や被修飾語の意味がネガティブなものに偏ってい たと言えよう.
3.中世後期から近世初期の「コトノホカ」と「モッテノホカ」―概観―
中古から中世前期までの「コトノホカ」と「モッテノホカ」は,形容動 詞連用形型の程度副詞的用法が見られるものの,『日国二版』の記述や用 例からは両語とも基本的に情意的な形容動詞用法が中心であったことがう かがえる.
一方,田和(2014)・(2015)では,中世後期の口語資料における
8「コ トノホカ」を「高程度を表す副詞」(程度副詞)の一つとして取り上げた.
その理由は二つある.一つには,中世後期の口語資料における「コトノホ
カ」の用法が連用修飾用法に偏っており,多くが語尾「−に」のない形の 程度副詞用法で使用されていたため,もう一つは中世後期の程度副詞体系 の変容によって高程度を表す副詞のタイプが変化したことにより「コトノ ホカ」のような話し手の主観を表し情意的な意味を持っていた副詞の一部 が程度副詞として認定されうる状況になっていたためである.
特に後者の,古代語から近代語への過渡期に起きた程度副詞体系の変容 とは,中古で頻繁に使用されていた「イト」「イタク」「イミジク」といっ た話し手の極端な事態の発見による驚嘆を表す発見的な程度副詞が中世前 期以降衰退し,中世後期に「アマリ」や「チカゴロ」のような,話し手の 主観の範囲の中でどの程度の事態かを評価し程度限定する評価的な程度副 詞中心の体系へと変化したことを指す.
さらに中世後期における高程度を表す評価的な程度副詞の意味は,「ア マリ」に代表される〈主観範囲からの超越〉を表すことによって程度の甚 だしさを表すタイプと,「チカゴロ」に代表される〈主観範囲内における 最高〉を表すことによって程度の甚だしさを表すタイプの二つに分かれる.
ちなみに「コトノホカ」の程度副詞用法は,語彙的意味の〈意外〉や〈思 いのほか〉が〈主観範囲の超越〉につながるため前者のタイプに分類され る.
以下,中世後期から近世初期の「コトノホカ」と「モッテノホカ」の用 法を,狂言台本を中心とした口語資料で確認した後,それらの用法と『天 草版平家』の「コトノホカ」と「モッテノホカ」の用法との相違を明らか にする.
3.1 同時代の口語資料および『日葡辞書』の「コトノホカ」と「モッ テノホカ」
『天草版平家』と同時代の話しことばを反映していると考えられる口語 資料として近世初期成立の狂言台本である大蔵流・大蔵虎明本(1642 年 書写.以下,虎明本)と和泉流・天理本『狂言六義』(17 世紀中頃成立.
以下,『狂言六義』)を取り上げる理由は,『天草版平家』と同時代の日本
語母語話者の口語文体における「コトノホカ」と「モッテノホカ」の用法
を確認するためである.また『天草版平家』と同じく口語キリシタン資料
である『エソポのハブラス』の「コトノホカ」と「モッテノホカ」の用法
と,イエズス会の宣教師によって編纂された『日葡辞書』(本編 1603 年,
補遺 1604 年,長崎学林刊)の「コトノホカ」と「モッテノホカ」の意味 記述が,狂言台本の用法と近いことを確認することで,『天草版平家』を 除く同時代の口語資料の「コトノホカ」と「モッテノホカ」の一般的な使 用傾向を明らかにしたい.
まず,狂言台本の「コトノホカ」は副詞化
9している.いずれもト書き を除いて,虎明本で 66 例すべて,『狂言六義』で 44 例中 41 例(44 例中 残りの 3 例も程度的意味を持つ連体修飾用法)が程度副詞用法の副詞であ る.
(7) 三郎冠者 / さいぜんより事の外かるうなつた(虎明本・三本の柱)
(8) 山伏 / けさくうふくにて出たによつて,事の外くたびれた, (虎明本・
柿山伏)
(9) シテ 「ことの外,歌詠みじや(狂言六義・三人夫)
(10)「ことの外,気遣いした(狂言六義・武悪)
なお両狂言台本の「コトノホカ」の話者の属性には性別・年齢・身分等 の偏りがなく,広く程度副詞として用いられている.また,口語キリシタ ン資料の『エソポのハブラス』でも次の例のように「腹を立てて」のよう な心的活動動詞を修飾するタイプの程度副詞用法で使用されている.
(11)蟹心中にことのほか腹を立てて,(エソポ・蟹と蛇の事 p.495)
一方,「モッテノホカ」は虎明本で 8 例中 7 例,『狂言六義』で全 3 例が
〈想定外の大変な状態〉を表す情意的な形容動詞の述語用法で使用されて いる.特に『狂言六義』では 3 例すべて「もってのほかな」の形である.
(12) 太郎冠者 / たのふだ人申されまするは,きやうの殿の御煩もつての 外に御座候程に,御いであれとの事にて候(虎明本・継子)
(13)「(略)地獄へ落つる衆生がなふて,地獄の飢饉,以ての外なによ つて,(狂言六義・朝比奈)
狂言台本の「モッテノホカ」の例は,(13)の例のように虎明本の 8 例 中 6 例,『狂言六義』3 例中 2 例が閻魔王のセリフである.狂言台本内の 閻魔王のセリフは古風で堅く荒々しいことば遣いで表されることから,
「モッテノホカ」はこの時代の口語としては少々古臭くて堅い響きのある 語
10であった可能性がある.
次の(14)の例は,虎明本に 1 例見られた「モッテノホカ」の程度副詞
用法である.
(14) 父 / もつての外いれひなるよし申候へ(虎明本・継子)
(14)の例も堅く畏まった場面での用法であり,被修飾語の「いれひ(異 例)なる」はこの場面においてプラス評価の意味では用いられておらず, 「も つての外」を含む文の文脈がネガティブな内容である点は,中世前期の
「モッテノホカ」の程度副詞的用法と共通している.次の(15) (16)の『エ ソポのハブラス』の「モッテノホカ」も,述語用法と程度副詞的用法で使 用されており,さらに文脈や被修飾語の意味がネガティブな内容であるこ とから,狂言台本の使用傾向と一致している.
(15)狼やがてこの計略を悟って,「何としたか,所労もっての外ぢゃ」
と言うて,(エソポ・狐と狼の事 p.501)
(16)獅子もっての外にあひ煩うて,散々の体であったれば,(エソポ・
獅子と狐の事 p.502)
以上から,中世後期から近世初期の日本語母語話者による口語資料の狂 言台本(虎明本と『狂言六義』)でも,口語キリシタン資料の『エソポの ハブラス』でも, 「コトノホカ」は程度副詞として安定的に用いられ, 「モッ テノホカ」は〈想定外の大変な状態〉を表す情意的な形容動詞の述語用法 を主とし,特殊な場面で少数の程度副詞的用法も見られるという共通した 使用傾向がみられた.
さらに先の口語資料における使用傾向を裏付けるため,近世初頭に成立 したキリシタン版の辞書である『日葡辞書』の「コトノホカ」と「モッテ ノホカ」の意味記述を確認したい.
『日葡辞書』では「コトノホカ」と「モッテノホカ」の項目は,それぞ れ次の(17)のように記されている
11.
(17)Cotonofoca. Grandemente.(日葡辞書 60)
訳 ; コトノホカ(殊の外)非常に.(邦訳日葡辞書 153 頁・右)
Cotonofocano. Grande couʃa.
訳 ; コトノホカノ(殊の外の)非常な(もの).(邦訳日葡辞書 153 頁・
右)
Motteno foca. . Couʃa grande, ou extra ordinaria.( 日 葡 辞 書 167v.)
訳 ; モッテノホカ(以っての外)副詞.大きな(こと),または並
外れた(こと).
(日葡辞書 425 頁・右)『日葡辞書』の Cotonofoca の項目は,現代ポルトガル語を参照すると Grandemente の Grande が〈大きい〉 〈甚だしい〉ことを表し,mente が〈知 能〉〈心〉〈考え〉等の心的なことがらを表す(池上岑夫他共編 2005『現 代 ポ ル ト ガ ル 語 辞 典 改 訂 版 』 白 水 社 ). よ っ て Cotonofoca の 語 義 の Grandemente は直訳すると「甚だしい気持ち」となり,『邦訳日葡辞書』
では「非常に」と訳されている.また,連体修飾用法の Cotonofocano が 別に立項されていることから,Cotonofoca の項目に「Adu.(副詞)」の 注記はなくても Cotonofoca は程度副詞用法の語として認識されていたと 考えられる.一方,「モッテノホカ」は「Adu.(副詞)」の注記があるが,
語義は Couʃa grande が「大きな(こと)」,extra ordinaria が「並外れた(こ と)」と名詞形となっており,前者は程度的な意味,後者は情意的な意味 となっている.このように『日葡辞書』では「コトノホカ」 「モッテノホカ」
共に程度的な意味の記述があるが,「コトノホカ」の方は程度的な意味の みでさらに程度副詞用法と連体修飾用法の区別がうかがわれるのに対し,
「モッテノホカ」の方は「extra ordinaria(並外れた)」という情意的な意 味も記述されている.
以上から,『日葡辞書』における「コトノホカ」と「モッテノホカ」の 記述は概ね狂言台本(虎明本・『狂言六義』)と『エソポのハブラス』の使 用傾向とも一致しており,これらは中世後期頃の口語資料における一般的 な意味・用法を反映していると言えるだろう.
3.2 『天草版平家物語』の「コトノホカ」と「モッテノホカ」
先に,『天草版平家』とほぼ同時代の口語資料である狂言台本と口語キ リシタン資料の『エソポのハブラス』,『日葡辞書』から,中世後期〜近世 初期の「コトノホカ」と「モッテノホカ」の一般的な用法を確認したが,
ここで改めて,「古い時代のことばで書かれたテキストをもとに外国語母 語話者の学習教材として日本人(不干ハビアン)が口語訳および編集・著 述したキリシタン資料」という複雑な状況下で成立している『天草版平家』
の「コトノホカ」と「モッテノホカ」の用例を見ていきたい.
まず,『天草版平家』の「コトノホカ」の用例は次の 1 例のみである.
(18)重盛烏帽子直衣に大文の指貫のそばをとってざやめき入られたは,
ことのほかに見えた.(天草版平家・巻一第六 p.44)
覚一本でもこの部分に対応する箇所は「ことのほかに」が用いられてお り,(18)も中世前期以前からの〈特別に(良い)〉の意味で用いられてい ることから,『天草版平家』の「ことのほかに」は覚一本の意味・用法を 踏襲している.
次に『天草版平家』の「モッテノホカ」の用例であるが,これには 3 タ イプある.
①覚一本でも当該箇所に「モッテノホカ」が使用されていた例(3 例),
②覚一本では別の語だったところを『天草版平家』で「モッテノホカ」に 変えてある例(2 例),③覚一本にはない『天草版平家』独自の本文で「モッ テノホカ」が使用されている例(1 例)である.
まず,①「覚一本でも当該箇所に「モッテノホカ」が使用されていた例」
の 3 例を見てみたい.
(19)清盛みづから板敷高らかに踏みならいて,(中略),素絹の衣短ら かなに白い大口踏みくこうで聖柄の刀おしくつろげて,さすままに もってのほか怒った気色で成親卿をしばしにらうで,(天草版平家・
巻一第三 p.27)
(20)これらを召し具して院の御所を守護し参らするぞならば,さすが もってのほかの御大事でござらうず(天草版平家・巻一第六 p.47)
(21)兼平が申したは : これこそもってのほかの御大事でござれ(天草 版平家・巻三第十三 p.220)
(19)〜(21)の 3 例は,言い換えれば『天草版平家』が覚一本の表現 をそのまま踏襲している例と言える.(19)は「もってのほか怒った気色で」
とあり,程度副詞として解釈可能な用例である.ただし(19)の例は文脈 的にも被修飾語の「怒った気色で」の意味においてもネガティブな内容と なっており,(20)(21)の 2 例は「もってのほかの御大事」という連体修 飾用法かつ慣用句的な表現である.これらは語形だけでなく意味・用法も 覚一本と同様である
12.
次に②「覚一本では別の語だったところを『天草版平家』で「モッテノ ホカ」に変えてある例」に該当するのは,(22)(23)の例である.
(22)また郎等がお庭へ伺候つかまつったことも「武士の郎等の習ひな
れば,忠盛が咎ではないぞ」と仰せられて,もってのほか叡感なされ
たれば,罪科などの沙汰ゆめにもござなかった.(天草版平家・巻一 第一 p.9)
(23)清盛日ごろにも似いで,もってのほかにやはらいで, (天草版平家・
巻一第十 p.72)
上記(22)の『天草版平家』の引用部分「もってのほか叡感なされたれ ば」に該当する覚一本の表現は「かへって叡感にあづかッしうへは」となっ ており,原拠本に近いとされる覚一本の表現に変更が加えられている. (22)
の「もってのほか」の部分は鳥羽上皇を主語とする程度副詞用法であるの に対し,覚一本の該当箇所は「かへって」となっており,忠盛を主語とす る逆接の意味を持つ接続詞用法である.先の 2.で見たように覚一本の
「モッテノホカ」は「もってのほかに」による程度副詞的用法が最も多い.
ただし意味の面において,(5)の「けしきあしげに」や(6)の「さかざ かしい」など,覚一本では話し手の情意的でネガティブな内容の語の修飾 に使用が限定されており,『天草版平家』の用例(22)の「叡感なさる」
のようなポジティブな内容の語を「モッテノホカ」が修飾している例はな い.また,(23)の「もってのほかに」の部分は,覚一本の当該箇所では ネガティブ・ポジティブどちらの内容にも使える「事の外に」の程度副詞 的用法となっている.
このように『天草版平家』で「モッテノホカ」に改変された(22)と(23)
の例は,両者とも心的活動動詞を修飾する程度副詞用法で,かつ被修飾語 は「叡感なさる」「やはらいで」というポジティブな内容を表す語を修飾 している点が,ネガティブな文脈や被修飾語と共に使用される覚一本の
「モッテノホカ」の用法と異なる.
この改変は,小林(2015b)の p.26〈表 A〉で示された『天草版平家』
の「削除・改変事情」のうち, 「ハビアンの文章理解にもとづく改変」が(22)
の「かへって」から「もってのほか」への改変, 「ハビアンの言語感覚(当 代性)にもとづく改変」が(23)の「事の外」から「もってのほかに」へ の改変に該当するものと考えられる.特に(23)の「事の外」から「もっ てのほかに」への改変には「コトノホカ」の意味変化が背景にあると推測 される.
覚一本の「コトノホカ」は,情意的意味中心の形容動詞用法と程度副詞
的用法が混在しており,『大鏡』の使用状況に近いことは先に指摘した.
しかし,中世後期頃の口語文体における「コトノホカ」の意味・用法は,
狂言台本(虎明本・『狂言六義』)や『日葡辞書』に見られたように,程度 副詞化が進んでおり,語彙的な情意的意味は希薄化している.つまり, (19)
の例のように「コトノホカ」が形容動詞用法であれば旧来の〈思いのほか〉
〈意外〉といった情意的意味を保つことができるが,中世後期の口語文体 において「コトノホカ」が被修飾語の直前に位置する程度副詞構文で用い られた場合は程度副詞として認識され,〈思いのほか〉〈意外〉といった情 意的意味では読み取られない.このように中世後期の口語文体における「コ トノホカ」と覚一本の「事の外」とでは意味・用法にずれ
0 0が生じるため,
編著者は意味・用法のずれ
0 0
の解消のために覚一本の「コトノホカ」の〈思 いのほか〉〈意外〉という情意的意味に近く,かつ覚一本で程度副詞的用 法も見られた「モッテノホカ」を,「コトノホカ」の代わりに使用した可 能性が考えられる.
以上の仮説に基づくと,『天草版平家』の(23)の例では,「もってのほ かに」によって清盛が〈想定外に(甚だしく)〉柔和な態度であったこと を表し,原拠本の覚一本では「事の外に」によって清盛が〈意外に(甚だ しく)〉柔和な態度であったことを表しており,『天草版平家』の「もって のほかに」と覚一本の旧来の用法の「事の外に」との意味の類似を確認す ることができる.また,「モッテノホカ」の〈想定外〉・〈予想を越えて〉
という意味は,話し手の主観である予想の枠の外という意味であるから,
〈予想に反して〉の意味に近いとも言える.(22)の例についても,覚一本 で逆接の接続詞用法の「かへって」だった部分を〈予想に反して〉の意味 で「もってのほか」に置き換えた,という説明を与えられるだろう.
最後に,これまでの考察に基づいて,③の「覚一本にはない『天草版平 家』独自の本文で「モッテノホカ」が使用されている例」について見てお きたい.
(24)喜一.后に立たせられた清盛の娘中宮御懐妊あって,もってのほ かなやませられたによって,帝王はじめ,諸人みな気づかひをいたい た.(天草版平家・巻一第十 p.71)
(24)の用法は被修飾語が「なやませられた」であることから,ネガティ
ブな内容の語を被修飾語とし〈想定外に(甚だしく)〉を表す「モッテノ
ホカ」の程度副詞用法となっている.この(24)の部分は喜一検校の語り
の部分であり,本来は当代の話しことばで使用されている「コトノホカ」
の使用が想定されるところだが,(24)の「モッテノホカ」は覚一本に見 られたネガティブな内容の語を修飾する程度副詞的用法であった.
以上のように,「コトノホカ」と「モッテノホカ」の使用状況から,『天 草版平家』の本文は,原拠本の本文をそのまま踏襲した箇所,原拠本の語 と口語で使用される語との意味・用法のすり合わせを行った箇所,そして ハビアンによって挿入された語りの本文に覚一本の用法の語を取り入れた 箇所が存在することがわかった.
3.3 ロドリゲス『日本大文典』の「コトノホカ」と「モッテノホカ」
ジョアン・ロドリゲスの『日本大文典』
13に最も多くの日本語文例(語 例)を提供した作品は『天草版平家』であった(小林 2015a:64).そこで,
3.2 の『天草版平家』の語法を念頭におきつつ,『日本大文典』における は「コトノホカ」と「モッテノホカ」がどのように取り上げられているか 見てみたい.
『日本大文典』で最初に「コトノホカ」が現れるのは,「原級名詞・比較 級名詞・最上級名詞」とされる,いわゆる比較級に関する項目である.
ここでいう「原級名詞」とは「何ら比較する事なくあるがままに示すも の」で,「大・小」や「良い・悪い」など,日本語では一般に形容詞とし て認識されている語がこれに該当する.また程度副詞の内,程度の甚だし さを表すものは「◯最上級および物を強調するのに使ふ助辞」に相当し, 「コ トノホカ」がこの中に含まれている.
(25) ○最上級は原級に助辞 Ichi(一),Daiichi(第一)等を添へて作る.
例 へ ば,Ichi xiroi( 一 白 い ),Ichi quireina( 一 綺 麗 な ).Tenca daiichi no gacuxo nari.(天下第一の学匠なり.)
○最上級および物を強調するのに使ふ助辞
○ Ichi(一).Daiichi(第一).Ichidan(一段).Totto(とっと).
Coyete(越えて).Ruinai(類ない).Taguy nai(類ひない).Cotono foca(殊の外).Icanimo(如何にも).Cacubet(格別).Narabinai(並 びない).Vyenai(上ない).Sugurete(勝れて).Bexxite(別して).
Toriuaque(取分).Maxita coto nai(ました事ない).Chôjô (頂上).
Saijô (最上).Iô (上),又は,Iôjô (上々).Tenca Ichi (天下一).
Tenca daiichi(天下第一).Tenca buso(天下無双).
(略)
○これらの助辞の中には,原級と一緒になって最上級をつくるもの と,Chojo(頂上),Saijo(最上)の如く,実はそれ自身に最上たる ことを意味する最上級名詞であるものとがある.
(ロドリゲス日本大文典・第一巻 p.263)
「○最上級および物を強調するのに使ふ助辞」には,〈主観範囲の上限〉
を表す「一」や「上」が語構成要素に入っている「第一」 「一段」 「天下一」,
「頂上」「最上」「上」などと共に,「越えて」「別して」や「コトノホカ」
をはじめ「類ない」「並びない」「格別」などの〈主観範囲の超越〉の意味 によって程度の甚だしさを表す副詞で構成されている.これは当時の高程 度を表す副詞の意味的傾向が,話し手の驚嘆に基づく〈発見〉系の語では なく,話し手の主観に基づく〈評価〉系の語に偏っていたことを示してい る.よって,当時の「コトノホカ」は,現代の我々が思うよりも情意的意 味が薄く,程度的意味で認識されていたことが『日本大文典』の記述から 窺われる.
また「コトノホカ」は『日本大文典』の副詞の種類のうち「分量」の項 目に,少量を表す「ちっと」と対となる〈甚だ〉〈余分〉を表す語の一つ として掲出されている.
(26)分量
〇 Chitto(ちっと).一寸.}Sotto(そっと).Machitto(まちっと).
もう一寸.
Vôquini(大きに).}Fanafadaxǔ(甚だしう).Vobitataxǔ(夥しう).
Cotonofoca(殊の外).Xitatacani(強かに).Quabun(過分).甚だ,
余分.
(ロドリゲス日本大文典・第一巻・副詞・分量 p.297)
(26)の例に挙がっている中世の「大きに」は,「怒る」「泣く」「笑う」
などの感情を表出する動作(心的活動動詞)を修飾する副詞で,動作量と 感情表現の程度を表す副詞として使用された語である.この「大きに」と ともに掲出されている「コトノホカ」もまた,形容詞性の語だけではなく
「大きに」のように動詞性の語の程度限定も担う語として認識されていた
ことがここから分かる.以上のように,『日本大文典』の典型的な副詞用
法にまつわる項目において, 「コトノホカ」は取り上げられていたが, 「モッ テノホカ」は取り上げられていなかった.
『大日本文典』で「モッテノホカ」が取り上げられているのは,語構成 要素にまつわる項目である.語構成の面から,後置詞「−ホカ」と複合し た表現として,次の(25)のように「モッテノホカ」が「コトノホカ」と 共に例示され,「甚だといふ意」という意味説明がされていることから,
両語とも程度的意味は認識されていたようである.
(27)○次に挙げるやうに,他の語と複合した言ひ方も少しくある.例 へば,
Cotono foca(殊の外),Motteno foca(以ての外)は甚だといふ意.
(ロドリゲス日本大文典・第一巻・後置詞の構成・FOCA(外)解説 p.517
〜 p.518)
このほかにも『日本大文典』内で「モッテノホカ」が取り上げられてい るのは,後置詞「−モッテ」の例示の中に混入した(28)の例である.
(28)○ Motte(以て)
○附則二
○(略)ある副詞とか副詞の力を持った語句とかの後に置かれる.
この場合には格を支配せず,又かかる語句の意味する所を強めるだけ であって,それ以上の意味はない.例へば,
Mina motte(皆以て).Mina(皆)と同意.
Madzu motte(先づ以て).Madzu(先づ)と同意.
Fanafada motte(甚だ以て)非常にの意.
(略)
Motteno foca(以ての外).非常にの意.
(ロドリゲス日本大文典・第一巻・後置詞の構成・対格に用ゐられ るもの p.297)
本来この「○ Motte(以て)」の部分は後置詞を説明する部分なので,
「Motteno foca(以ての外).」には土井氏によって「別の例である.」とい う注記が添えられている.この項目の例として本来「モッテノホカ」はふ さわしくないが,意味の部分に注目すると,「Motteno foca(以ての外).」
は「Fanafada motte(甚だ以て)」と同様に「非常にの意」となっている
ことから,程度的意味が認識されていることは分かる.ここまでをまとめ
ると,『日本大文典』では「コトノホカ」が程度副詞の体系内に位置づけ られているのに対し,「モッテノホカ」は単語単位で程度的意味を持つ語 として扱われていた.
次に『日本大文典』の中で日本語文例中に使用された「コトノホカ」と
「モッテノホカ」を見てみよう.『日本大文典』の文例中,「コトノホカ」
は小林(2015a)で「口語会話物語」と呼ばれるものの一つである「客人」
からの引用文例中で用いられていた.
(29)Miaco yori macari cudaru toqui,roxide cotono foca xinrǒ ximaraxita.(都より罷り下る時,路次で殊の外辛労しまらした.)「客 人」(Quiacujin) (ロドリゲス日本大文典・第一巻・接続法 p.70)
上記(29)の日本語文例における「殊の外」は先の狂言台本や『エソポ のハブラス』と同様に「コトノホカ」が程度の甚だしさを表す程度副詞と して用いられていることから,「コトノホカ」の程度副詞用法は当時の口 語会話においてやはり一般的なものであったのだろう.
一方,「モッテノホカ」の使用されている文例は『天草版平家』からの 引用((22)と同文)である.
(22)′Tadamoriga togadeua naizoto vôxerarete motteno foca yeican nasaretareba,zaiquanadono sata yumenimo gozanacatta.( 忠 盛 が 科ではないぞと仰せられて以ての外叡感なされたれば,罪科などの沙 汰夢にもござなかった.)「平家」(Feiq.)巻一
(ロドリゲス日本大文典・第二巻・接続詞の構成 p.487)
(22)の特徴については,すでに 3.2 で詳しく述べているため簡略に述 べると,『天草版平家』の「モッテノホカ」の程度副詞的用法は覚一本的 であるが,文脈や被修飾語の意味がポジティブな内容にも使用されている 点が異なっていた.しかも『大日本文典』で引用されている『天草版平家』
の用例は,覚一本の「モッテノホカ」の用法とは異なるポジティブな内容 の文脈や被修飾語で使用されている(22)の例であることは注目に値する だろう.
つまり『日本大文典』は,被修飾語がネガティブな内容の語彙に限定さ
れている古語である覚一本の用法はもちろん,当代の口語資料の狂言台本
や『エソポのハブラス』とも傾向を異にした『天草版平家』の「モッテノ
ホカ」の(22)の例を,日本語文例として引用していた.
以上のように,『日本大文典』の「コトノホカ」と「モッテノホカ」の 用法に関する記述は『日葡辞書』や狂言台本等の用法に近かったことから,
あまり『天草版平家』の意味・用法に左右されず,当時の日本語の話しこ とばに近い意味・用法を記述できたものと思われるが,『大日本文典』執 筆時に文例として取り上げた『天草版平家』の「モッテノホカ」の用法が 覚一本とも当代の口語とも異なっていることには気付かなかった可能性が 考えられる.
4.おわりに
本稿では,主に中世後期から近世初期の口語資料における「コトノホカ」
と「モッテノホカ」の意味・用法を記述し,各資料における「コトノホカ」
と「モッテノホカ」の意味・用法の違いを検討してきた.その結果,『天 草版平家』の意味・用法の特異性が浮き彫りになった.これは従来から先 行研究で指摘されてきた原拠本(今回の範囲では覚一本)のことば・意味・
用法の影響と,編著者によって古語と口語の意味・用法の調整が行われた ことによるものであった.今回調査した「コトノホカ」や「モッテノホカ」
は自立語でかつ語彙的意味・構文的意味が変化しやすい副詞であるため,
古語のままでは意味・用法が古く,かといって当代の語に置き換えられる 語がない,もしくは置き換えると古語の語形・意味とぶつかる,などの理 由から編著者によって調整された『天草版平家』特有の語法となったのだ ろう.
なお,本稿は数ある『天草版平家』の語法の一端を明らかにしただけで
あり,以上のように語によっては当代の口語の語法が反映されていない部
分があったとしても,付属語の用法など当代の口語の語法を強く反映して
いる言語事象もあるため,『天草版平家』の中世後期における口語資料と
しての価値が損なわれるわけではない.ただし,本稿で取り上げた副詞の
ような自立語で意味変化の起きやすい語など,調査する言語事象によって
は,『天草版平家』を中世後期の口語資料として利用することについて検
討を要する場合があることを指摘しておきたい.
注
1 『日本語学研究事典』 (明治書院)の『天草版平家物語』の解説(井上章執筆)には,
「標準京都語の口語文であり,出版年が明らかで当代の日本語を帰納するに十分な 量をもつなどの長所がある.」という特性から,日本語史研究では『天草版平家』
を中世後期の口語資料として使用してきた.なお本稿における「口語」とは,「当 時において会話で使用されたと考えられることば」を指し,狭くは書きことばにお ける「口語文体」を指す場合がある.また「口語資料」についても,話されたこと ばを厳密に文字化した資料というほど強い意味ではなく,口語文体によって書かれ た資料を指している.また,「話しことば」は「実際の会話で使用されたことば」
を指す用語として使用している.
2 『天草版平家』の正確な原拠本は不明であるが,清瀬(1982),近藤(2008)によ ると巻一〜巻三までは覚一本,巻四以降は百二十句本の本文が原拠本に近いと言わ れている.なお本稿で取り上げる用例は『天草版平家物語』の巻三までの用例だっ たため,新日本古典文学大系『平家物語』上(岩波書店)を用いた.
3 「モッテノホカ」は「もってのほかに」や「もっての外」「以ての外」「以外」とい った仮名・漢字を用いた様々な表記による副詞用法および活用語尾を伴った形容動 詞用法・名詞用法の総称である.
4 注 1 と同様に, 「コトノホカ」は「ことのほかに」や「ことの外」 「事の外」 「殊の外」
といった仮名・漢字を用いた様々な表記による副詞用法および活用語尾を伴った形 容動詞用法・名詞用法の総称である.
5 なお万葉集から中古,中世の『徒然草』に至る和文作品の語彙を網羅して一覧表 とした宮島達夫(1971)『古典対照語い表』・宮島達夫他編(2014)『日本古典対照 分類語彙表』(共に笠間書院)には,「ことのほか」が立項されておらず,「こと」
の連語として「こと」の項目内で処理されたものと思われる.このように中古和文 を中心とした古代語の用法では,「コトノホカ」が形容動詞として熟した語ではな く,「こと」から派生した名詞的な語として認識される傾向がみられる.
6 本稿における「プラス評価」「マイナス評価」とは,形容詞類において状態や感情 を表す意味の好悪の印象というよりも,その状態や感情について「よい」評価を含 意しているものを「プラス評価」,「悪い」評価を含意しているものを「マイナス評 価」と表現している.
7 「程度副詞的用法」という語は,(3)の例のように,「かしこく」と「おとり」と
いう状態・評価を表す語を修飾してそれらの語の程度限定をしている点では程度的
意味で用いられているが,「ことのほかに」という「−に」語尾を伴っており,同 時に「御おぼえ事のほかにおはしましたるに」とあるように近い所に形容動詞の述 語用法でも使用されていることから,構文的にも意味的にも程度副詞化が進んでい ない形容動詞と判断したことにより,形容動詞連用形の程度副詞に近い用法という 意味で使用している.なお程度副詞化に限らず副詞化が進んでいる場合は,副詞構 文に副詞が焼き付けられているため,「 − に」語尾のような形容動詞連用形語尾が なくても連用修飾および副詞としての用法を認めることができる.
8 『どちりなきりしたん』(1591 年刊),『ぎやどぺかどる』(1595 年刊),『コンテム ツス・ムンヂ』(1596 年刊),『スピリツアル修行』(1607 年刊)(川口 2002 におい て文語体の資料とされているキリシタン資料の宗教書)には「コトノホカ」「モッ テノホカ」の両語とも用例がない.
9 ここで言う「副詞化」とは,連用修飾を主たる機能としていることが第一に挙げ られる.さらに形態的には,形容詞・形容動詞からの派生型の副詞の場合,一つの 作品の中で連用形以外の活用形がほとんど使用されておらず連用形に固定化されて いること(程度的意味を持つものの中には連用形と「いかいこと」のように連体形 で使用されるものもある),さらに形容動詞からの派生型副詞として固定化した場 合には,連用形活用語尾の「 − に」が脱落し,活用のない副詞の形態に特化して いることなどが特徴として挙げられる.ちなみに虎明本と『狂言六義』において「コ トノホカ」の程度副詞用法はすべて「 − に」語尾がない形である.
10 狂言において『平家物語』はパロディ化されており,その内容や語りは古臭いもの という扱いになっていることと,語り本系の覚一本で「コトノホカ」より「モッテ ノホカ」が多く見られたことを合わせて考えると,『平家物語』に見られる「モッ テノホカ」は,狂言台本において堅くて古風な(悪く言えば古臭い)印象を与える 語としていわば役割語的に用いられたものと思われる.
11 本文は『日葡辞書』(勉誠出版),訳は土井忠生・森田武・長南実編訳 1995『邦訳 日葡辞書』(岩波書店)による.
12 『日本語学研究事典』 (明治書院)の『天草版平家物語』の解説(井上章執筆)に「表 現は底本『平家物語』の影響を免れない.」とあるように,この部分は特に『平家 物語』(覚一本本文)の影響を受けているところと考えられる.
13 『日本大文典』の訳・注はすべて土井忠生訳注(1965) 『ロドリゲス日本大文典』 (三
省堂)を引用・参照した.
調査資料および索引類
本文・注で触れられなかった調査資料および索引類の出典を以下に示す.なお,用例 として挙げる際,読みやすさを配慮して私に一部表記を改めたところがある.
『宇津保物語』…室城秀之他(1999 ‐ )『うつほ物語の総合研究 1・2 本文篇下・索引 篇自立語篇 1・2』勉誠出版
『蜻蛉日記』『大鏡』…新編日本古典文学全集(小学館),検索にジャパンナレッジ(新 編日本古典文学全集)を利用した.
『天草版平家』…亀井高孝・阪田雪子(1966)『ハビヤン抄キリシタン版平家物語』吉 川弘文館,近藤政美他(1982)『天草版平家物語総索引』勉誠社,江口正弘(2009)『天 草版平家物語全注釈』新典社
虎明本…池田廣司・北原保雄(1972 ‐ 1983)『大蔵虎明本狂言集の研究』表現社,北 原保雄他(1982‐1989) 『大蔵虎明本狂言集総索引 1‐8』武蔵野書院,大塚光信(2006)
『大蔵虎明能狂言集 翻刻 註解』清文堂出版,国立国語研究所(2015)『日本語歴史コー パス 室町時代編Ⅰ 狂言』(短単位データ 0.9)https://maro.ninjal.ac.jp
『狂言六義』…北原保雄・小林賢次(1991)『狂言六義全注』勉誠社,東京都立大学中 世語研究会(2005)『狂言六義総索引』勉誠出版
『エソポのハブラス』…大塚光信・来田隆(1999)『エソポのハブラス本文と総索引 本 文篇・索引篇』清文堂出版
『どちりなきりしたん』…小島幸枝(1971)『どちりなきりしたん総索引』風間書房
『ぎやどぺかどる』…豊島正之(1987)『ぎゃどぺかどる キリシタン版 本文篇・漢字索 引篇』清文堂出版
『コンテムツス・ムンヂ』…近藤政美(1980)『ローマ字本コンテムツス・ムンヂ総索引』
勉誠社
『スピリツアル修行』…小島幸枝(1987-1989)『キリシタン版『スピリツアル修行』の 研究 本篇・資料編上下』笠間書院
引用参考文献