『
見 性 成 仏 論
﹄ と
﹃ 顕 密 問 答 鈔
﹄ の
﹁ 禅 門 の 人 ﹂ の 関 係 に つ い て 古
瀬 珠 水
仙石 山仏 教学 論集
第6 号︵ 平成 年︶ 23 Sengokuyama Journal
of Buddhist Studies Vol. VI, 2011
『
見 性 成 仏 論
﹄ と
﹃ 顕 密 問 答 鈔
﹄ の
﹁ 禅 門 の 人 ﹂ の 関 係 に つ い て
古 瀬 珠 水
はじ めに 金沢 文庫 所蔵
﹃見 性成 仏論
﹄は
︑同 じく 金沢 文庫 所蔵
﹃成 等正 覚論
﹄と 共に
﹁達 磨宗
﹂に よる もの と思 われ て きた
︒最 近の 研究 者の 中に は﹃ 見性 成仏 論﹄ を﹁ 本覚 思想(1)
﹂ま たは
︑﹃ 宗鏡 録﹄ の作 者の 延寿 の﹁ 一心 思想(2)
﹂と 結び つけ る人 もい る︒ しか し︑ いず れも
﹃見 性成 仏論
﹄の 全体 を詳 細に 読み 込み 考察 した 結果 では なく
︑﹃ 見性 成仏 論﹄ に書 かれ てい る一 部の 引用 され た文 言な どか ら結 論を 導い てい ると 思わ れる
︒ 筆者 の研 究に 依れ ば︑
﹃見 性成 仏論
﹄の 内容 は﹁ 教外 別伝
﹂で ある こと
︑﹃ 宗鏡 録﹄ の取 り扱 い方 が限 定的 であ るこ と︑ 筆者 が坐 禅を して いる こと など であ る︒ また
︑﹃ 見性 成仏 論﹄ の作 者が 述べ るこ とば が頼 瑜撰
﹃顕 密問 答鈔
﹄に 書か れて いる こと も判 った
︒本 稿で は︑ 頼瑜
︵一 二二 六袞 一三
〇四 撰︶
﹃顕 密問 答鈔
﹄巻 下に 書か れて い る﹁ 禅門 の人
﹂の こと ばを 中心 に﹃ 見性 成仏 論﹄ の作 者と の関 係に つい て考 察す る︒︵ なお
︑﹃ 見性 成仏 論﹄ は︑ 理 解し やす いよ うに 筆者 によ る漢 字と 平仮 名交 じり の訓 読文 を使 用し た︒ 原文 には 正字
︑略 字︑ 俗字 が混 在し てい るが でき る限 り原 文に 従っ た︒
﹃顕 密問 答鈔
﹄は
﹃続 真言 宗全 書﹄ 第二 三に 基づ いた
︒引 用部 分と わか る箇 所は
︽
︾で 括っ た︒
︶ 仙石
山仏 教学 論集 第六 号 平成 二三 年九 月
一
一︑
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ のこ とば
『見 性成 仏論
﹄の 奥書 には
﹁永 仁五 年︵ 一二 九七 八︶ 月四 日﹂ の書 写年 時が 記さ れて いる が︑
﹃見 性成 仏論
﹄が いつ 誰に より 作成 され
︑ど んな 人々 に読 まれ たか とい うこ とな ど︑
﹃見 性成 仏論
﹄に まつ わる 具体 的な 情報 を筆 者は 得ら れな かっ た︒ しか し︑ 千葉 正氏 が﹁ 中世 真言 密教 の禅 宗観 袞道 元禅 にお ける 密教 研究 の必 要性 袞(3)
﹂の 中 で﹃ 顕密 問答 鈔﹄ 巻下 の冒 頭に
﹃見 性成 仏論
﹄か らの 引用 があ るこ とを 指摘 した
︒つ まり
﹃顕 密問 答鈔
﹄に は︑
「故 宗鏡 中ノ
具ニ
列ニ
㆓テ
眞言 法花 華嚴 三論 法相 所立 教ノ
門ヲ
㆒皆 名ク
㆓染 淨對 治ノ
之教
㆒ト
︒﹂
︵故 に宗 鏡の 中に 具に 眞 言法 花華 嚴三 論法 相所 立の 教門 を列 て︑ 皆染 淨對 治の 教と 名く(4)
︒︶ と記 され てい る︒ これ とほ ぼ同 文が
﹃見 性成 仏論
﹄に ある
︒
「宗 鏡に は︑ 三論 法相 華嚴 等の 宗を ば染
□對 治の 教え と云 へり(5)
︒﹂
『見 性成 仏論
﹄が 一文 でも 他の 史料 に引 用さ れて いな いか 探し てい た筆 者に とっ て︑ 千葉 氏の 指摘 は誠 に有 難 いも ので あっ た︒
﹃顕 密問 答鈔
﹄は 鎌倉 時代 の真 言僧
︑頼 瑜に よる 問答 集で ある が︑ 巻下 には 特に 禅宗 につ いて の質 問と
︑そ れに 対す る回 答が 盛り 込ま れて いる
︒巻 下は 九つ の問 答か らな るが
︑特 に︑ 第一 と第 二の 問答 は︑
﹃見 性成 仏論
﹄と の関 わり が極 めて 大き いこ とが わか った
︒ まず
︑問 答第 一は 問者 の言 葉で 始ま り︑
﹁禅 門の 人﹂ の語 った 内容 を述 べる
︒そ の部 分を 抜き 出し てみ よう
︒
︵﹁ 禅門 の人
﹂の こと ばに は訓 読文 に傍 線を 引い た︒ 経論
︑語 録の 引用 文は
︽
︾で 括っ た︶
「問
︒謹 承テ
㆓慈 誨ヲ
㆒深 悟ク
㆓ル
性德
㆒ヲ
︒庫 内ノ
珍寳 採ハ
用不
㆑悋
︒夢 中ノ
野客 實ハ
是ニ
帝レ
質ナ
︒リ
然ル
近ニ
來有
㆓テ
禪門
ノ
人㆒
高ク
㆓シ
達磨
㆒ヲ
降㆓
顯密
㆒ヲ
矣︒ 或カ
云ク
︒諸 教ハ
皆是 起シ
㆓テ
對治 道ノ
㆒ヲ
斷シ
㆓如 幻ノ
障ヲ
㆒證
スト
㆓本 有ノ
理ヲ
㆒︒ 故宗 鏡
『見 性成 仏論
﹄と
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ の関 係に つい て︵ 古瀬
︶
二
中ノ
具ニ
列ニ
㆓テ
眞言 法花 華嚴 三論 法相 所立 教ノ
門ヲ
㆒皆 名ク
㆓染 淨對 治ノ
之教
㆒ト
︒所 以五 相五 輪ノ
之妙 觀ハ
三妄 霧ノ
深
︒ク
三智 三觀 之ノ
玄軌 五ハ
住ノ
雲厚
︒シ
爰ニ
知ヌ
諸教 皆ハ
明シ
㆓テ
心相 之ノ
智斷
㆒ヲ
未㆑
示㆓
心性 之ノ
本佛
㆒ヲ
︒既 悟ニ レハ
㆓心 體ヲ
㆒不
㆑受
㆓迷 悟ヲ
㆒不
シテ
㆑用
㆓斷 證ヲ
㆒而 得㆓
出離
スル コト
㆒ヲ
︒教 外ニ
別ニ
傳フ
㆓相 外ノ
體ヲ
㆒︒ 故祖 師ノ
云︒ 不㆑
立㆓
文字
㆒ヲ
不㆑
假㆓
方便
㆒ヲ
︒直 指ニ
㆓人 心ヲ
㆒見 性成 佛ス
︒所
㆑謂 禪門 也云 云︒ 又黄 蘖云
︒断 際禪 師也
︒但 了ス レハ
㆓此 心ヲ
㆒既 是 無心 無法
ナリ
文 又悟 性論 云ニ
︒夫 眞レ
見者 無ハ
㆓所
トシ
不テ 云コ
㆒ト
㆑見 亦無
㆑所
ル仭 モノ
㆑見
︒見 滿ツ レト
㆓モ
十方
㆒ニ
未タ
㆓會
テ
有㆒
㆑見
︒何 以ヲ
故ノ
︒ニ
無キ
㆓カ
所見
㆒故
︒ニ
見ル
㆓カ
無見
㆒ヲ
故ニ
︒見 非ハ ルカ
㆑見 故ニ
︒ニ
凡夫 所ノ
見ヲ
皆ハ
名㆓
妄想
㆒ト
︒若
シ
寂滅
ニシ
無テ キヲ
㆑見 始テ
名ク
㆓眞 見ト
㆒︒ 心境 相對
スル トキ
見ハ
生ス
㆓其 中ノ
㆒ニ
文 首楞 嚴ニ
云ク
︒知 見立
㆑ル
知ヲ
︒既 無明 本ノ ナリ
︒知 見ニ
無キ
㆑ハ
見斯 則涅 槃ナ
文リ
故知
︒ヌ
眞知 之ノ
體見 性ノ
之義 是ハ
教レ
外別 傳ニ シテ
永ク
㆓異 諸教
㆒ニ
也云 云 又云
︒ 然モ
諸ノ
佛法 總ニ シテ
有㆓
二ノ
意㆒
︒一
ニハ
者教 道︒ 二ニ
者ハ
證道
ナリ
︒台 教ニ
云ク
︒藏 通別 三ノ
果ハ
頭ニ
無㆑
人︒ 終ニ
成ル
㆓カ
圓人
㆒ト
故ニ
︒眞 言宗 云ノ
︒ク
顯教 圓ノ
人登
㆓ル
初住
㆒ニ
時皆 入ル
㆓眞 言ニ
㆒︒ 禪宗 亦ニ
云ク
︒顯 密ノ
二藏 如ハ
㆓鼠 婁栗
㆒ノ
︒ 秘藏 亦從
㆓因 中ノ
㆒入
ルカ
㆓心 宗ニ
㆒故
︒ニ
應㆑
知︒ 諸教 極ノ
位不
㆑過
㆓初 住ニ
㆒︒ 二住 以上 有ハ
教無 人ナ
︒リ
故心 要ニ
云ク
︒ 如シ
㆘將
モテ
㆓黄 葉ヲ
㆒爲
㆓金 錢ト
㆒權 止ル
㆗カ
小兒 哭ノ
㆖ヲ
文 既ニ
云㆓
黄葉
㆒ト
︒知 無ヌ ナリ
㆓果 人㆒
︒佛 世ニ
皆ハ
入㆓
眞性
㆒ニ
︒但 八シ
萬ノ
衆ノ
中ニ
迦葉 一人 傳ト
㆓心 印ヲ
㆒者
︒亦 是教 道化 儀ノ
之邊
ナリ
︒不
㆑遮
㆓實 人處 處ニ
得入
スル コト
㆒ヲ
︒但 爲メ
㆓ノ
末世 著相 人ノ
㆒ノ
故ニ
不㆑
帯㆓
方便
㆒ヲ
︒別
シテ
傳フ
㆓衣 法ヲ
㆒云 云 私ニ
勘ヘ
云テ
︒ク
大梵 王所 問經 云ニ
︒吾
レニ
有㆓
正法 眼藏 涅槃 妙心
㆒︒ 不㆑
立㆓
文字
㆒ヲ
教外 別傳
ナリ
︒付
㆓屬 於ス
汝ニ
㆒︒ 未來 流ニ
布シ
莫テ
㆑レ
令ル コト
㆓斷 絶㆒
文 若爾 末ハ
代ノ
學士 狐疑 猶ヲ
殘レ
︒リ
重テ
射㆓
智光
㆒ヲ
再ヒ
照㆓
餘暗
㆒ヲ
耳(6)
︒﹂ (問 ふ︒ 謹ん で慈 誨を 承け て深 く性 德を 悟る
︒庫 内の 珍寳 は採 用悋 なら ず︒ 夢中 の野 客は 實に 是れ 帝質 なり
︒ 然る に︑ 近來 禪門 の人 有て
︑達 磨を 高く し顯 密を 降せ り︒ 或が 云く
︒﹁ 諸教 は皆 是對 治の 道を 起し て︑ 如幻 の障 を斷 じ︑ 本有 の理 を證 すと
︒故
︵に
︶︑ 宗鏡 の中 に具 に︑
︽眞 言法 花華 嚴三 論法 相所 立の 教門 を列 て︑ 皆
『見 性成 仏論
﹄と
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ の関 係に つい て︵ 古瀬
︶
三
染淨 對治 の教 と名 づく
︒︾ 所以 に︑ 五相 五輪 の妙 觀は 三妄 の霧 深く
︑三 智三 觀の 玄軌 は五 住の 雲厚 し︒ 爰に 知ぬ
︒諸 教は 皆心 相の 智斷 を明 して
︑未 だ心 性の 本佛 を示 さず
︒既 に心 體を 悟れ ば︑ 迷悟 を受 けず
︒斷 證を 用い ずし て︑ 而も 出離 する こと を得
︒教 外に 別に 相外 の體 を傳 ふ︒ 故︵ に︶
︑祖 師の 云く
︽文 字を 立ず
︑方 便を 假り ず︑ 直に 人心 を指
︵て
︶見 性成 佛す
︒謂 う所 の禪 門な り︒
︾云 云﹂
﹁又
︑黄 蘗の 云う
︒︻ 斷際 禪師 な り︒
︼︽ 但︑ 此の 心を 了す れば
︑即 ち是 無心 無法 なり(7)
︒︾ 又︑
﹃悟 性論
﹄に 云く
︑︽ 夫れ
︑眞 見は
︑所 とし て見 ずと 云ふ こと 無し
︒亦 見ら るる もの 無し
︒見 十方 に滿 つれ ども
︑未 だ曾 て見 有ら ず︒ 何を 以て の故 に︒ 所見 無き が故 に︒ 無見 を見 るが 故に
︒見 は見 に非 らざ るが 故に
︒凡 夫の 所見 をば
︑皆 妄想 と名
︵づ く︶
︒若 し寂 滅に して 見無 きを
︑始 て眞 見と 名づ く︒ 心境 相對 する とき は︑ 見其 の中 に生 ず(8)
︒︾
﹃首 楞嚴
﹄に 云く
︑︽ 知見
︑ 知を 立つ る︒ 即︵ ち︶ 無明 の本 なり
︒知 見に 見無 きは
︑斯
︵れ
︶即
︵ち
︶涅 槃な り(9)
︾故 に知 ぬ︒ 眞知 の體
︑ 見性 の義 は︑ 是︑ 教外 別傳 にし て︑ 永く 諸教 に異 なる なり
︒云 云︒
﹂又 云︵ く︶
﹁然 も︑ 諸々 の佛 法に 總じ て 二の 意有 り︒ 一に は教 道︑ 二に は證 道な り︒ 台教 に云 く︑
︽藏 通別 の三 は果 頭に 人無 し︒ 終に 圓人 と成 るが 故に
︒︾ 眞言 宗の 云く
︑︽ 顯教 の圓 人︑ 初住 に登 る時
︑皆 眞言 に入 る︒
︾禪 宗に 亦云 く︑
︽顯 密の 二藏 は鼠 婁栗()10 の如 し︒ 祕藏 亦因 の中
︵に
︶從 って
︑心 宗に 入る が故 に︒
︾應 に知 るべ し︒ 諸教 の極 位︑ 初住 に過 ぎず
︒二 住以 上は
︑有 教無 人な り︒ 故︵ に︶
︑﹃ 心要
﹄に 云く
︽黄 葉を 將て 金銭 と爲
︵し
︶︑ 権に 小兒 の哭 を止 める が 如し()
︒︾ 既に
︑黄 葉と 云ふ
︒知 ぬ︒ 果人 無き なり
︒佛 世に は皆 眞性 に入 る︒ 但し
︑八 萬の 衆の 中に 迦葉 一人 心 11
印を 傳う とは 亦︑ 是︵ れ︶
︑教 道化 儀の 邊な り︒ 實人 處處 に得 入す るこ とを 遮き らず
︒但
︑末 世著 相の 人 の爲 の故 に︑ 方便 を帯 びず
︒別 して 衣法 を傳 ふ︒ 云云
﹂︒ 私に 勘へ て云 ふ︒
﹃大 梵王 所問 經﹄ に云 く︽ 吾れ に 正法 眼藏 涅槃 妙心 有︵ り︶
︒文 字を 立て ず︑ 教外 別傳 なり
︒汝 に付 屬す
︒未 來に 流布 して
︑斷 絶し むる こと なか れ︒
︾若 し爾 らば
︑末 代の 学士 狐疑 猶を 殘れ り︒ 重ね て智 光を 射︑ 再び 餘暗 を照 する のみ
︒︶
『見 性成 仏論
﹄と
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ の関 係に つい て︵ 古瀬
︶
四
二︑
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ と﹃ 見性 成仏 論﹄ の作 者 まず
︑問 者は
︑﹁ 近來 有テ
㆓禪 門ノ
人㆒
高ク
㆓シ
達磨
㆒ヲ
降㆓
顯密
㆒ヲ
矣︒
﹂︵ 近來 禪門 の人 有り て︑ 達磨 を高 くし 顯密 を降 せり
︒︶ と︑
﹁達 磨﹂
︵= 達磨 大師
=達 磨大 師の 法= 禅宗
︶を
﹁顕 密﹂︵ つま り天 台宗 や真 言宗 より 上︶ に置 いて いる こと を冒 頭に 述べ る︒ これ は︑
﹃悲 想伝 授抄
﹄︵ 作者 不明
︑一 二七 四年 の︶ 大日 房能 忍の 云っ たこ とば を髣 髴と させ る︒
「達 广宗 理ハ
教ナ
︒リ
大日 御房 云︑ 達广 宗ハ
超顕 密二 宗一 是心 宗ナ
云リ
々︒ 葉上 房僧 正榮 西云 々︒ 眞言 三密 中ノ
意密
ナ
︒リ
両義 可會
㆒合 云々()
︒﹂
︵達 磨宗 は理 教な り︒ 大日 御房 云く
︑達 磨宗 は顕 密二 宗を 超ゆ
︑是 れ心 宗な り云 々︒ 葉
12
上房 僧正 榮西 云々
︒眞 言三 密の 中の 意密 なり
︒両 義會 合す べし
︒云 云︶
『顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ も﹃ 悲想 伝授 抄﹄ の大 日房 能忍 もど ちら も顕 密と 禅宗 を分 け︑ 禅宗 が顕 密よ り も勝 れて いる こと を語 って いる
︒こ こで 注意 しな けれ ばな らな いの は﹁ 達磨
﹂ま たは
﹁達 磨宗
﹂の 表現 であ る︒
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁達 磨﹂ は﹁ 達磨 大師
﹂を 意味 し︑ 広く は禅 宗を 指し てい る︒ また
︑﹃ 悲想 伝授 抄﹄ の﹁ 達磨 宗﹂ は﹁ 達磨 の宗
﹂︑ つま り﹁ 達磨 大師 の法
﹂つ まり 禅宗 の意 味で あり
︑い ずれ も達 磨宗 とい う一 宗派 を指 すの では ない
︒﹃ 顕密 問答 鈔﹄ の﹁ 禅門 の人
﹂及 び﹃ 悲想 伝授 抄﹄ の大 日房 能忍 はど ちら も禅 宗が 他の 宗派 の考 え方 とは 異な るこ とを 示し てい る点 で一 致し てい る︒ 続い て︑ 問者 は︑
﹁禅 門の 人﹂ のこ とば を語 る︒
「或 云カ
︒ク
諸教 皆ハ
是起
シテ
㆓對 治ノ
道ヲ
㆒斷
㆓シ
如幻 障ノ
㆒ヲ
證ス
㆓ト
本有 理ノ
㆒ヲ
︒故 宗鏡 中ノ
具ニ
列ニ
㆓テ
眞言 法花 華嚴 三論 法相 所立 教ノ
門ヲ
㆒皆 名ク
㆓染 淨對 治ノ
之教
㆒ト(
︒)
﹂︵ 或が 云く
︒諸 教は 皆是 れ對 治の 道を 起し て︑ 如幻 の障 を斷 じ︑
13
『見 性成 仏論
﹄と
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ の関 係に つい て︵ 古瀬
︶
五
本有 の理 を證 すと
︒故 に︑ 宗鏡 の中 に具 に︑ 眞言 法花 華嚴 三論 法相 所立 の教 門を 列て
︑皆 染淨 對治 の教 と名 く︒
︶ この 中の
﹁宗 鏡ノ
中ニ
具ニ
列テ
㆓眞 言法 花華 嚴三 論法 相所 立ノ
教門
㆒ヲ
皆名
㆓ク
染淨 對治 之ノ
教ト
㆒︒
﹂︵ 宗鏡 の中 に具 に︑ 眞 言法 花華 嚴三 論法 相所 立の 教門 を列 て︑ 皆染 淨對 治の 教と 名づ く︒
︶は 上述 した よう に千 葉氏 が﹃ 見性 成仏 論﹄ につ いて 指摘 した 箇所 であ る︒ しか し︑ 実際 の金 沢文 庫所 蔵﹃ 見性 成仏 論﹄ には
︑次 のよ うに 記さ れて いる
︒
「故 宗ニ
鏡ニ
三ハ
論法 相華 嚴等 宗ノ ヲハ
染□ 對治チノ
教ト
イヘ リ()
﹂︵
□は 判読 不明
︶︵ 故に
︑﹃ 宗鏡
﹄に は︽ 三論 法相 華嚴
14
等の 宗を ば染
□對 治の 教︵ え︶ と云 へり
︒︾
︶ さて
︑こ の一 文に つい て三 つの 重要 なこ とを 記さ ねば なら ない
︒ まず 一つ は︑
﹃見 性成 仏論
﹄の 原文 から 判読 不能 であ った
﹁染
﹂の 後の 一文 字が
﹁淨
﹂で ある こと が︑
﹃顕 密問 答鈔
﹄に より 判明 した こと であ る︒ 二つ 目は
﹁﹃ 宗鏡
﹄に は﹂ とあ るが
︑﹃ 宗鏡 録﹄ 百巻 の中 に該 当す る部 分が 見当 たら ない
︒恐 らく
﹃宗 鏡録
﹄第 三と 第三 八の 次の 部分 を﹃ 見性 成仏 論﹄ の作 者が 一文 にま とめ たも のと 考え られ る︒︵ 傍線 筆者
︶
①﹃ 宗鏡 録﹄ 第三
﹁夫 教明 一切 萬法
︒至 理虚 玄︒ 非有 無之 詮虚 自他 之性
︒若 無一 法自 體︒ 云何 立宗
︒答
︒若 不立 宗︒ 學何 歸趣
︒若 論自 他有 無︒ 皆是 衆生 識心 分別
︒是 對治 門︒ 從相 待有
︒法 身自 體︒ 中實 理心
︒豈 同幻 有︒ 不隨 幻無
︒﹂︵ 若し 自他
︑有 無を 論ぜ ば︑ 皆な 是れ 衆生 の識 心分 別な り︒ 是れ 對治 門な り︒
︶︵
﹃大 正蔵
﹄四 八︑ 四二 八上
︶
②﹃ 宗鏡 録﹄ 第三
﹁宗 密禪 師釋 云︒ 大乘 經教
︒統 唯三 宗︒ 一法 相宗
︒二 破相 宗︒ 三法 性宗
︒﹂︵ 宗密 禪師 釋し て云 く︑ 大乘 經教 は唯 だ三 宗を 統べ る︒ 一に 法相 宗︒ 二に 破相 宗︒ 三に 法性 宗︒
︶︵
﹃大 正蔵
﹄四 八︑ 四四
〇上
︶
③﹃ 宗鏡 録﹄ 第三 八﹁ 此猶 約對 治教 中︒ 為被 物轉 者︒ 方便 言轉
︒若 直見 心性 之人
︒既 無所 轉之 物︒ 亦無 能轉 之智
︒ 總上 十玄 門︒ 皆於 此唯 心迴 轉門
︒成 就︒
﹂︵ 此れ 猶お 對治 の教 の中 に約 す︒ 物に 轉ぜ らる る者 の為 に︑ 方便 して 轉と 言
『見 性成 仏論
﹄と
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ の関 係に つい て︵ 古瀬
︶
六
う︒
︶︵
﹃大 正蔵
﹄四 八︑ 六四 四上
︶ 宗密 の理 解で は︑ 大乗 経教 には 三宗 あり
︑一 に法 相宗
︑二 に破 相宗 つま り三 論宗
︑三 に法 性宗 つま り華 厳宗 で ある
︒﹃ 見性 成仏 論﹄ の作 者が
︑宗 密の 云う 三宗 を大 乗の 代表 とし て列 挙し たも ので あろ う︒ また
︑教 が︑ 衆生 が心 の中 に抱 いた 間違 った 見方
︵分 類す る︶ を押 さえ 込む こと を目 的と して いる から 対治 門で あり
︑心 はそ のま ま悟 りで ある
︑と する 禅宗 とは 異な るこ とを 説く 意図 があ るの であ ろう
︒ 三つ 目に
﹃顕 密問 答鈔
﹄で は︑
﹃見 性成 仏論
﹄に はな い﹁ 眞言
﹂と
﹁法 花﹂ の二 宗を 加え
︑更 にそ の順 序を
﹁眞 言﹂
︑﹁ 法花
﹂︑
﹁華 嚴﹂
︑﹁ 三論
﹂︑
﹁法 相﹂ に変 えて いる
︒﹃ 見性 成仏 論﹄ では
﹁三 論﹂
︑﹁ 法相
﹂︑
﹁華 嚴﹂ の順 序 に書 いて ある が︑ それ らに 優劣 をつ けて いる とは 考え られ ない
︒な ぜな らば
︑﹃ 見性 成仏 論﹄ の主 な内 容が
﹁教 外別 伝﹂ であ り︑ 教と 禅の 違い につ いて 述べ てい るの であ って
︑﹁ 三論
﹂︑
﹁法 相﹂
︑﹁ 華嚴
﹂の 優劣 を追 究し てい ると は考 えら れな い︒ 但し
︑﹃ 見性 成仏 論﹄ には 次の よう に禅 宗以 外の 宗派 を小 乗︑ 権大 乗︑ 実大 乗と 区別 して いる
「 ︒ ここ に︑ 本朝 に傳 へ果 たせ るは
︑八 宗並 びに 禅宗 なり
︒成 實と 倶舎 と律 とは 小乗 宗な り︒ 法相 と三 論と はこ れ權 大乗 の宗
︒華 嚴と 天台
︵と 眞︶ 言と は︑ これ 實大 乗の 宗︒ 禅宗
︑こ れ大 小兩 乗の 他お いて
︑権 實二 宗の うち にあ らず
︒故 に︑ 教外 の別 傳︑ 不立 文字 の宗
︵と 名︶ づく
︒亜 瞬︑ 相︹ と︺ 傳の 法と 言へ り()
︒﹂
15
『顕 密問 答鈔
﹄で
﹁眞 言﹂ を最 初に 列し てい るこ とは
︑千 葉氏 が﹁ 眞言 密教 側の 優位 性を 説い てい る()
︒﹂ と分 析
16
して いる 通り であ ろう
︒ま た︑
﹃見 性成 仏論
﹄で は教 と禅 の違 いを 主張 して いる にも かか わら ず︑
﹃顕 密問 答鈔
﹄ では
︑そ の教 の優 劣に つい て論 じて いる こと は︑ 最初 から 禅の 考え 方を 否定 して いる と理 解で きる
︒ とこ ろで
︑上 記以 外に
﹃顕 密問 答鈔
﹄に は﹃ 見性 成仏 論﹄ を熟 読し てい た可 能性 を強 く示 す箇 所を あげ てみ た
『見 性成 仏論
﹄と
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ の関 係に つい て︵ 古瀬
︶
七
い︒
﹃顕 密問 答鈔
﹄で は第 二の 問い に対 し︑ 答者 が答 える 中に
︑
「大 師釋 云ニ
︒ク
以㆓
西天 佛ノ
心ヲ
㆒印
㆓ス
東土 之ノ
心佛
㆒ヲ
︒曹 鶏玄 旨ノ
宗ハ
屬㆓
在ス
應機 者ノ ノニ
㆒︻ 未タ
㆑見
㆓正 文ヲ
㆒ (
︼)
﹂
17
︵大 師釋 に云 く︑
︽西 天の 佛心 を以 て東 土の 心佛 を印 す︒ 曹鶏 玄旨 の宗 は應 機の 者に 屬在 す︾
︻未 だ正 文を 見ず
︼︶ と記 述し てい るが
︑こ れは まさ しく
﹃見 性成 仏論
﹄か らの 引用 であ る︒ それ は︑
「弘 法大 師は
︑西 天の 佛心 を以 て東 土の 佛心 を印 す︒ 曹谿 玄旨 の宗 をば 應機 の者 に属 在す
︑と 云へ り()
︒﹂
18
であ る︒ 但し
︑﹃ 見性 成仏 論﹄ の﹁ 東土 の佛 心﹂ が﹃ 顕密 問答 鈔﹄ では
﹁東 土の 心佛
﹂に 変わ って いる
︒頼 瑜が 恣意 的に 変え た可 能性 も考 えら れる
︒さ て︑ ここ で言 う弘 法大 師︵ ぐほ うだ いし
︶は 日本 の真 言宗 祖師 の空 海を 示し てい るの では なく
︑十 世紀 頃の 朝鮮 僧の こと を指 して いる
︒﹃ 禅学 大辞 典﹄ によ れば 次の よう に書 かれ てい る︒
「弘 法は 諡号 で︑ 諱も 生没 年も 不詳
︒十 二歳 で剃 髪し
︑景 順王 の三 年︵ 九一 九︶ に北 山摩 訶岬 壇で 具足 戒を 受 く︒ 後︑ 入唐 参禅 して 帰国 し︑ 成宗 より 大禅 師号
︑穆 宗よ り玉 円光 遍照 国師 号を 受け
︑奉 恩寺 に住 す︒ また
︑ 開天 山淨 土寺
︵忠 清北 道忠 州郡 の︶ 住持 とな る︒ 寂後
︑弘 法と 諡さ れる()
︒﹂
19
弘法 につ いて は︑
﹃朝 鮮金 石總 覧﹄︵ 上︶ に︑
﹁大 宋高 麗國 中原 府開 天山 淨土 寺圓 光遍 照弘 法大 禪師()
﹂と あり
︑
20
僧と して 著名 な人 物で あっ たこ とが 理解 でき る︒ さら に︑ 弘法 につ いて は日 本の 愚中
︵? 袞一 七三 七︶ の﹃ 大通 禅師 語録
﹄巻 四に
︑
「元 哉説
︒嘗 て聞 く︒ 弘法
︑元 師に 勧め て云 く︑ 當に 西天
︵の 佛︶ 心を 以て 東土
︵の 佛︶ 心に 印す べし と︒ 此れ に由 りて 曰く
︑竺 土︵ の︶ 大仙
︵の 心︶
︑東 西の 密に 相付 する() は是 れに あざ らる こと 莫し
︒元 哉こ れを 勉べ
︒右
︑
21
符契 侍者 の爲 に述 べ︑ 爾云 う()
︒﹂
︵筆 者訓 読︶
22
とあ り︑ 朝鮮 僧︑ 弘法 大師
︵ぐ ほう だい し︶ のこ とば は︑
﹃見 性成 仏論
﹄成 立の 鎌倉 期か ら愚 中の 著し た江 戸時
『見 性成 仏論
﹄と
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ の関 係に つい て︵ 古瀬
︶
八
代ま で伝 え知 られ てい た事 実が 理解 でき る︒ 果た して
︑﹃ 見性 成仏 論﹄ の作 者が 何に よっ て朝 鮮僧
︑弘 法大 師の こと ばを 引用 した のか
︑残 念な がら 筆者 には 未だ 判明 でき てい ない
︒し かし
︑﹃ 見性 成仏 論﹄ の作 者が 朝鮮 から の書 物に も目 を通 して いた こと は︑ 国外 の仏 教に も関 心が あり
︑そ れら を入 手で きる 環境 にい たこ とを 物語 って いる と ︒ もあ れ︑ 頼瑜 は︑ 朝鮮 僧︑ 弘法 大師 の存 在を 知ら ずに
︑﹃ 見性 成仏 論﹄ にあ る﹁ 弘法 大師
﹂を 日本 の弘 法大 師空 海の こと と誤 認し て︑
﹁大 師釋 云ニ
﹂︵ク
大師 の釋 に云 く︶ と記 述し たの であ ろう
︒ま た︑ 彼は
︑空 海の 著作 を 調べ て︑ 該当 する 文が 見当 たら ない ので
︑﹁
︻未
㆑タ
㆓見 正文
㆒ヲ
︼﹂
︵未 だ正 文を 見ず
︶と 記し たの であ ろう
︒ とこ ろで
︑前 述の 問者 の﹃ 見性 成仏 論﹄ の引 用部 分に して も︑ 頼瑜 の引 用箇 所は 実に 正確 であ り︑ 口伝 えに 知 った とい うよ りも
︑﹃ 見性 成仏 論﹄ を側 に置 いて 記述 して いた こと が推 測で きる
︒当 時︑ 真言 僧の 頼瑜 にと って も無 視す るこ との でき ない テキ スト であ った こと が想 像に 難く ない
︒ 三︑
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ と﹃ 見性 成仏 論﹄ の思 想的 共通 点 次に
︑﹃ 見性 成仏 論﹄ と﹃ 顕密 問答 鈔﹄ の思 想的 に共 通す る部 分を 取り 上げ てみ よう
︒ まず
︑﹃ 顕密 問答 鈔﹄ の﹁ 禅門 の人
﹂の こと ばで ある
︒
「爰 知ニ
諸ヌ
教ハ
皆明
シテ
㆓心 相ノ
之智 斷ヲ
㆒未
㆑示
㆓心 性ノ
之本 佛ヲ
㆒︒ 既ニ
悟レ
㆓ハ
心體
㆒ヲ
不㆑
受㆓
迷悟
㆒ヲ
不シ
㆑テ
用㆓
斷證
㆒ヲ
而得
㆓出 離ス ルコ トヲ
㆒︒ 教外 別ニ
傳ニ
㆓フ
相外 體ノ
㆒ヲ
︒故 祖師 云ノ
︒不
㆑立
㆓文 字ヲ
㆒不
㆑假
㆓方 便ヲ
㆒︒ 直ニ
指㆓
人心
㆒ヲ
見性 成佛
︒ス
㆑所 謂禪 門也 云云()
﹂︵ 爰に 知ん ぬ︒ 諸教 は皆 心相 の智 斷を 明か して
︑未
︵だ
︶心 性の 本佛 を示
︵さ
23
ず︶
︒既 に心 體を 悟れ ば︑ 迷悟 を受 けず
︒斷 證を 用ず して
︑而 も出 離す るこ とを 得︒ 教外 に別 に相 外の 體を
『見 性成 仏論
﹄と
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ の関 係に つい て︵ 古瀬
︶
九
傳ふ
︒故
︵に
︶︑ 祖師 の云 く︽ 文字 を立 ず︑ 方便 を假 らず
︒直 に人 心を 指︵ して
︶見 性成 佛す
︒謂 う所 の禪 門な り︒
︾云 云︶ この 中で
︑
「諸 教ハ
皆明
シテ
㆓心 相ノ
之智 斷ヲ
㆒未
㆑示
㆓心 性ノ
之本 佛ヲ
㆒既
㆓ニ
悟レ
㆓ハ
心體
㆒ヲ
不㆑
受㆓
迷悟
㆒ヲ
不シ
㆑テ
用㆓
斷證
㆒ヲ
而得
㆓出 離ス
ルコ トヲ
㆒︒
﹂︵ 諸教 は皆 心相 の智 斷を 明し て未 だ心 性の 本佛 を示
︵さ ず︶
︒既 に心 體を 悟れ ば︑ 迷悟 を受 ず︒ 斷證 を用 ずし て︑ 而も 出離 する こと を得
︒︶ は︑
﹃見 性成 仏論
﹄の 次の 部分 など に比 定で きよ う︒
「所 断の 煩惱 は四 住五 住に 分か れ︑ 能断 の觀 智は
︑二 觀三 觀に 異な れど
︑断 惑證 理の 教へ 滅罪 生善 のは かり ごと は︑ 大乘
︹の
︺小 乘︵ の︶ 掟︑ 権宗 實宗 の習 いな り()
﹂24
「真 に︑ 権宗 實宗 異な れば
︑能 詮所 詮似 ざれ ども 出離 生死 のお きて には
︑断 迷開 悟︵ を︶ 教へ 入證
︵す
︒︶
︹槃 涅︺︵ 涅槃 の︶ 道に は遠 塵離 垢述 べた まへ り()
︒﹂
25
また
︑前 記の
「未
㆑示
㆓心 性ノ
之本 佛ヲ
㆒ (
﹂︵)
未だ 心性 の本 佛を 示︵ さず
︶︒
︶
26
は︑ 教で は自 分自 身の 佛を 持た ない
︑と の意 味で
﹃見 性成 仏論
﹄の 以下 の部 分に 説明 を求 める こと がで きよ う︒
「何 ぞ必 ず身 長丈 六に して
︑紫 磨金 輝く なる を︑ 遍知 縛伽 と言 ひ︑ 項偑 圓光 にし て廣 長舌 相な るを のみ 如来 世尊 とい はむ
︒凡 そ諸 有相 皆是 虛妄 と述 べた り︒ 自性 の真 佛を 持ち て佛 とせ よ()
︒﹂
27
更に
︑﹃ 顕密 問答 鈔﹄ の
「既 悟ニ レハ
㆓心 體ヲ
㆒不
㆑受
㆓迷 悟ヲ
㆒不
シテ
㆑用
㆓斷 證ヲ
㆒而 得㆓
出離
スル コト
㆒ヲ
︒教 外ニ
別ニ
傳フ
㆓相 外ノ
體ヲ
㆒ (
︒)
﹂︵ 既に 心體 を
28
『見 性成 仏論
﹄と
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ の関 係に つい て︵ 古瀬
︶
一〇
悟れ ば︑ 迷悟 を受 けず
︒斷 證を 用い ずし て︑ 而も 出離 する こと を得
︒教 外に 別に 相外 の體 を傳 ふ︒
︶ は︑
﹃見 性成 仏論
﹄の 以下 の文 に詳 しく 解釈 を求 める こと がで きる
︒
「然 りと いへ ど︑ 道︑ 元を 尋ぬ れば
︑諸 佛金 口の 甘露 衆生 乃心 の良 薬な り︒ 然れ ば︑ 出離 生死 の弄 引︑ 入證 菩提 の方 便な り︒ ここ に︑ 本朝 に傳 へ果 たせ るは
︑八 宗並 びに 禅宗 なり
︒成 實と 倶舎 と律 とは 小乗 宗な り︒ 法相 と三 論と はこ れ權 大乗 の宗
︒華 嚴と 天台
︵と 眞︶ 言と は︑ これ 實大 乗の 宗︒ 禅宗
︑こ れ大 小兩 乗の 他お いて
︑権 實二 宗の うち にあ らず
︒故 に︑ 教外 の別 傳︑ 不立 文字 の宗
︵と 名︶ づく
︒亜 瞬︑ 相︹ と︺ 傳の 法と 言へ り()
︒﹂
29
ここ では
︑﹃ 顕密 問答 鈔﹄ の﹁ 禅門 の人
﹂と
﹃見 性成 仏論
﹄の 作者 の仏 教に 対す る考 え方 がど ちら も﹁ 教外 別 伝﹂ であ るこ とが 明確 に書 かれ てい る︒ 更に
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ は﹃ 首楞 厳経
﹄の 引用 文を 挙げ た後
︑ 次の よう に述 べる
︒
「故 知ヌ
眞知 之ノ
體見 性ノ
之義 是ハ
教レ
外別 傳ニ シテ
永ク
異㆓
諸教
㆒ニ
也云 云()
﹂︵ 故に 知ぬ
︒眞 知の 體︑ 見性 の義 は︑ 是︑
30
教外 別傳 にし て︑ 永く 諸教 に異 なれ り︒ 云云
︶ とこ ろで
︑日 蓮︵ 一二 二二 袞一 二八 二︶ は遺 文の 中で 大日 房能 忍の 禅が
﹁教 外別 伝﹂ であ ると 以下 に明 言し てい る︒︵ 傍線 筆者
︶
『教 機時 国鈔
﹄日 蓮︑ 弘長 二年
︵一 二六 二︶
「建 仁ヨ
已リ
來于
㆑今 五十 餘年 之間 大日 佛陀 弘メ
㆓禪 宗ヲ
㆒︑ 法然
・隆 寛興
㆓シ
淨土 宗ヲ
㆒︑ 破シ
㆓テ
實大 乘ヲ
㆒付
㆓キ
權宗
㆒ニ
︑捨
テ仭
㆓一 切經
㆒ヲ
立ツ
㆓教 外ヲ
㆒譬 如ハ
㆓シ
捨テ
㆑仭
珠ヲ
取リ
㆑石 離ヲ レテ
㆑地 登ヲ ルカ
㆒㆑
空ニ(
︒)
﹂︵ 建仁 より 已來
︑今 こに お
31
いて 五十 餘年 の間
︑大 日︑ 佛陀() 禪宗 を弘 め︑ 法然
・隆 寛淨 土宗 を興 し︑ 實大 乘を 破し て權 宗に 付き
︑一 切經
32
『見 性成 仏論
﹄と
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ の関 係に つい て︵ 古瀬
︶
一一
を捨 てて 教外 を立 つ︒ 譬へ ば︑ 珠を 捨て て石 を取 り︑ 地を 離れ て空 に登 るが 如し
︒︶
『開 目鈔
﹄日 蓮︑ 文永 九年
︵一 二七 二︶
「建 仁年 中に 法然
・大 日の 二人 出來 して 念佛 宗・ 禪宗 を興 行す
︒︵ 中略 大︶ 日云 教ク
外別 傳等 云云
︒此 兩義 國 土に 充滿 せり
︒天 台眞 言の 學者 等︑ 念佛
・禪 の檀 那に へつ らい
︑を そる 仭事
︑犬 の主 にを をふ り︑ ねづ みの 貓を をそ るる がご とし
︒國 王將 軍に みや つか ひ︑ 破佛 法ノ
因縁
・破 國ノ
因縁 を能 説ク
能キ
かク
たる なり()
︒﹂
33
『佐 渡御 書﹄ 日蓮
︑文 永九 年︵ 一二 七二
︶
「法 然が 一類
︑大 日が 一類
︑念 佛宗 禪宗 と號 して
︑法 華經 に捨 閉閣 抛の 四字 を副 へて 制止 を加 て權 經の 彌陀 稱名 計を 取とり
立たて
︑教 外別 傳と 號し て法 華經 を月 をさ す指
︑只 文字 をか ぞふ るな んど 笑ふ 者は
︑六 師が 末流 の佛 教の 中に 出來 せる なる べし()
︒﹂
34
つま り︑ 日蓮 遺文 に書 かれ た大 日房 能忍 の禅 は﹁ 教外 別伝
﹂で あっ たこ とが 明ら かで ある
︒﹃ 顕密 問答 鈔﹄ の
﹁禅 門の 人﹂ は達 磨が 他宗 より
﹁高 い﹂ とい う︒ これ は﹃ 悲想 伝授 抄﹄ の大 日房 能忍 が︑ 達磨 宗が 他宗 を﹁ 超え る﹂ とい うこ とと 同じ であ り︑ 明ら かに
﹁教 外別 伝﹂ を意 味し てい る︒ 従っ て﹃ 顕密 問答 鈔﹄ の﹁ 禅門 の人
﹂が 大日 房能 忍で ある 可能 性が 極め て高 い︒ また
︑﹃ 見性 成仏 論﹄ は主 題が
︵表 題と は異 なる
﹁︶ 教外 別伝
﹂で あり
︑そ の作 者は 大日 房能 忍の 可能 性が 十分 に考 えら れる
︒ 次に
︑﹃ 顕密 問答 鈔﹄ の中 に︑
﹃見 性成 仏論
﹄で は見 られ ない こと ば等 につ いて 考察 して みよ う︒ まず 一つ 目は
︑﹃ 顕密 問答 鈔﹄ で示 され る菩 提達 磨の 四つ の標 語に つい てで ある
︒
「教 外ニ
別ニ
傳フ
㆓相 外ノ
體ヲ
㆒︒ 故祖 師ノ
云︒
㆑不
㆓立 文字
㆒ヲ
㆑不
㆓假 方便
㆒ヲ
︒直 指ニ
㆓人 心ヲ
㆒見 性成 佛ス
︒所
㆑謂 禪門 也云 云()
﹂︵ 外に 別に 相外 の體 を傳 ふ︒ 故︵ に︶
︑祖 師の 云く
︽文 字を 立ず
︑方 便を 假り ず︒ 直に 人心 を指
35
『見 性成 仏論
﹄と
﹃顕 密問 答鈔
﹄の
﹁禅 門の 人﹂ の関 係に つい て︵ 古瀬
︶
一二