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朝鮮音楽における器楽独奏曲『散調』と 植民地時代の演奏様相

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Academic year: 2021

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散調(산조;sanjo)は,19 世紀末に誕生した 朝鮮音楽のジャンルのひとつである.弦楽器また は管楽器のソリストが鼓手の叩くリズムパターン の枠組み内で演奏をおこない,現在では韓国の重 要無形文化財に指定され,韓国を代表する伝統音 楽として頻繁に演奏される種目である.しかし,

散調史の研究はこれまで遅れてきており,散調の 起源は,伽耶琴の名人,金昌祖によって創作され,

それは南部地域のシャーマニズムの儀式の音楽が もとになっているという説が漠然と受け入れられ てきた.

しかし,1990年代に植民地時代のレコードが大 量に発掘されたことにより,散調の各流派の分析 や散調の形成に影響を与えたとされる周辺の音楽 ジャンルの研究も進み,2004年には韓国散調学会 が発足した.口述に依存してきた伝承の系譜が音 楽学研究の蓄積によって補完され,これら研究の 成果を踏まえて李輔亨は「散調の社会史的意味考 察」(2009)で,散調が朝鮮後期に倡優集団とい う芸能集団によって形成される過程の仮説を打ち 出し,権度希は「20世紀前半期の散調と関連器楽 ジャンルの長短構成法」(2016)で植民地期の散 調及び心方曲・鳳長酔・クッコリ・サルプリのレ

コードを分析し,散調が他のジャンルの要素を吸 収して成長したことを明らかにした.

筆者は,既存の散調研究を整理し,散調という ジャンルが朝鮮後期からどのように形成され,現 在の散調に至ったかを理解するために,朝鮮後期 から植民地期までを対象に朝鮮音楽を社会的に考 察した.まず,朝鮮時代の音楽家の性格をそれぞ れの身分,すなわち両班・中人・良人・賤民に区 別して論じ,散調の原型といわれる心方曲及び鳳 長酔が賤民出身の音楽家によって演奏されていた ことを確認した.

心方曲は賤民階級の芸能集団である倡優集団に よって演奏されていた.彼らは上流階級に雇われ て広場で芸を披露したりしていたが,享受者はあ くまで広場の周りで観覧している庶民であった.

しかし,18世紀中盤以降,上流階級の芸能に対す る遊興的受容が盛んになる過程で,倡優集団に属 するパンソリ演者が上流階級の社交場である風流 房で演奏をするようになった.追うようにして同 じく倡優集団に属していた器楽奏者が風流房で演 奏をするようになり,19世紀後半には知識人の思 考に合わせて音楽的な形式美をもつようになっ た.これこそが前期散調型心方曲である.そして,

金昌祖は前期散調をもとに現在の散調を作ったと 推測できる.

植民地期に録音された鳳長酔のレコードを考察

朝鮮音楽における器楽独奏曲『散調』と 植民地時代の演奏様相

伊 藤 啓 太

* いとう けいた  総合政策研究科総合政策専 攻博士課程前期課程修了

大学院研究年報 第21号 2018年 2 月

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すると,現在散調で使用される長短を鳳求凰とい う長短名で呼ぶ現象が観察される.また,大笒名 人の朴鐘基は,鳳長酔の旋律を大笒散調として編

んだという報告があり,1930年代中期以降に鳳長 酔が散調の形成にある程度影響を与えたといえ る.

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