介護職員からみた認知症スティグマの分析
── 介護事業に働く職員へのインタビューデータのテキスト分析 ──
工 藤 健 一
要旨
:
本研究は,介護事業に働く職員へのインタビュー調査のテキスト分析を通じて,認 知症スティグマを明らかにすることを目的とした。テキスト分析の結果により,地域,介 護施設,病院といった様々な場での認知症スティグマの存在が明らかになった。認知症の 人に対するイメージは様々で,驚きや戸惑い,不安といった感情から,怖いといった比較 的強く否定的イメージを抱くもの,不思議であるとか穏やかであるといったもの,中には 可愛らしいといった肯定的な偏見と言えるものもあった。一方で,教科書通りであったと いう事前知識の有無が強く関係する印象もあった。否定的にせよ肯定的にせよ,多くの人々 がスティグマを有していることが推察された。そして,そうしたスティグマを軽減するた めには,地域における適切な学習機会,認知症の人や家族との直接的な関わりの機会,介 護専門職養成における教育カリキュラムの工夫が必要であることが分かった。キーワード
:
認知症,スティグマ,テキスト分析1. は じ め に
本研究は,介護事業に働く職員へのインタビュー調査のテキスト分析を通じて,職員の目を通 した認知症に係る社会的スティグマについての認識を明らかにすることを目的としている。厚生 労働省によれば,認知症の人は
2012
年時点で462
万人(65歳以上高齢者の約7
人に1
人)であっ たが,2025年には約700
万人(約5
人に1
人)に増加することが予測されている。そこで「認 知症の人の意思が尊重され,できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けるこ とができる社会の実現を目指す」ことを基本的な考え方とする「認知症施策推進総合戦略(新オ レンジプラン)」が策定された。新オレンジプランは次の7
つの柱で構成されている。すなわち,① 認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進,② 認知症の容態に応じた適時・適切な医 療・介護等の提供,③ 若年性認知症施策の強化,④ 認知症の人の介護者への支援,⑤ 認知症 の人を含む高齢者にやさしい地域づくりの推進,⑥ 認知症の予防法,診断法,治療法,リハビ リテーションモデル,介護モデル等の研究開発及びその成果の普及の推進,⑦ 認知症の人やそ の家族の視点の重視,である1)。認知症は,政策的にも研究上も喫緊で重要な課題となっている。
本研究では特に認知症のスティグマに着目する。認知症の人の生活においても,認知症に関わ る医療や介護サービスにおいても,認知症の人を取り巻く環境──とりわけ人との関わり──が 重要であると考えるからである。認知症の早期発見,スムーズな診断への導きや適切な介護等の
支援サービスへの繋ぎ,在宅生活の継続を支える環境面の整備を考えるとき,周囲の関わりにお いてスティグマが存在することがその妨げとなる可能性が高い。したがって,認知症に対するス ティグマが存在するとすれば,それを取り除いたり,あるいは低減させたりすることが重要とな る。そのためにも,認知症や認知症の人に対する社会のスティグマがどのようなものであるのか について明らかにすることが重要となる。本研究はこのような問題意識から認知症のスティグマ を明らかにすることに取り組むものである2)。
その際,本研究では介護事業に携わる職員の目から見た認知症に対するスティグマの状況を捉 えるという方法を試みている。一般の人々に対して介護事業に働く職員は認知症に対する多くの 知識を有し,また豊富な接触経験を持っている。したがって,現時点で認知症や認知症の人に対 する理解も深く,また,一般社会の方々がどう見ているのかということについても一定の認識を 有しているし,具体的に語ることが可能だと思われる。本研究は,こうした介護事業に働く職員 の認知症に関する認識についての語りから,認知症スティグマについての現状を明らかにするこ とを試みたものである。
本論文は,本学
5
名の研究チームで,韓国ハンリム大学のチームとの認知症スティグマに関す る研究交流事業(「二国間研究交流事業」)で進められてきた研究において実施された調査をもと に,その成果の一部を本論文の対象範囲に限定して新たに分析作業を実施し,筆者の責任におい てとりまとめたものである3)。2. 調査項目と結果の概要
(1) 調査概要
介護老人福祉施設
2
ヶ所,介護老人保健施設1
ヶ所の協力を得て,認知症ケアに携わる介護専 門職を対象に,認知症に関わる認識についてのインタビュー調査を実施した。各施設の併設事業 所を含む職員の中から,職種や経験年数等に多様性を持たせて複数の職員を選出してもらった。2
名の施設長へのインタビューも含め,合計23
名のインタビューを実施した。調査実施時期は2014
年11
月および12
月である。質問項目は大きく分けて
2
つの部分で構成されている。ひとつは,属性や保有資格,仕事のキャ リアに関わるフェイス情報であり,もう一方は,認知症に関わる認識について聞く部分である。認知症に関わる認識については,「対面経験」「認知症の方に対する認識」「克服のための努力」
という
3
つの柱で構成されている。13項目の質問について(図表1),個別にそれぞれ約 1
時間 のインタビューを実施した。質問者は2
名以上のチームで構成した。インタビュー内容を筆記(PC)し,事後に複数の研究チームメンバーで記録内容について間違いがないかの確認を行い,
調査記録のテキストデータを確定させた。なお,インタビュー実施時には,被対象者に調査票(末 尾収録の資料)を渡して実施する形をとった。
(2) 対象者の属性等
① 性別,年齢,学歴,専門領域,保有資格
インタビュー対象者は女性が
65%,男性が 35%
である。平均年齢は37
歳である。学歴につい ては,専門学校卒が約半数で,大学卒が3
割,高校卒が1
割強である。学校で学んだ専門領域に ついては分散している。高校の普通科や語学,工業など介護や福祉に直接関わりの無い教育経験 を有する「その他」が最も多く,3割を占めている。介護,福祉関連では,ソーシャルワークが 最も多く(26%),介護と看護が同じ割合である(ともに17%)。リハビリテーション(作業療法)
が
9%
であった。複数回答で聞いた保有資格については,介護福祉士が最も多く2
割強を占めて いる(22%)。看護師と准看護師を合わせて看護系が同程度となる(22%)。ケアマネジャーと社 会福祉士がともに16%,社会福祉士と作業療法士が同じく 6%
であった。「その他」は県の認知 症介護指導者,認知症ケア専門士,介護職員基礎研修,保育士,管理栄養士,レクリエーション インストラクターなどである。最終学歴と保有資格から考えると,必ずしも福祉系や介護系の教育を受けた経験を持つわけで はないが,現場での勤務経験をもとに介護福祉士資格を取得している者が含まれていることがわ かる。また,介護福祉士と介護支援専門員資格,看護師と介護支援専門員資格など,複数の資格 を有する者もいることがわかる。
② 職場やポジション,キャリア
先の保有資格の分散状況に対して,現在の配属職種については介護職が中心となっている
図表
1 認知症に関わる認識についての質問項目
A 対面経験
1. 認知症の利用者と初めて対面した時,どう感じましたか。
2.
認知症の方は,あなたに自分が認知症であると教えてくれますか。あるいは認知症であることを隠しますか。隠そうとする場合,どうしてだと思いますか。
3.
認知症の利用者をケアするうえで,認知症であるからとくに困ることはありますか。4.
あたなは,認知症の利用者との関係を上手くやれていると思いますか。ご家族との関係はどうでしょうか。
B 認知症の方に対する認識 5.
新聞やテレビ,インターネットなどに紹介される認知症に関する観方についてどのように考えていますか。
6.
一般の人々が認知症に対して持っている味方はどのようなものだと思われますか。7.
認知症の方々に提供されるケア・サービスを含む健康及び社会福祉サービスの現状について,どのように評価されていますか。どのような問題があると思いますか。
8.
地域社会が認知症に対して否定的な認識を持っていると思いますか。認知症に対する否定的な認識があるとしたら,具体的にどのようなことがあげられますか。
9.
認知症の方を介護している家族に対して,地域社会が否定的な認識を持っていると思いますか。そうであるとしたら,具体的にどのようなことがあげられますか。
10.
認知症の方々が,認知症であるということを理由に差別を受けていると気付いたことはありますか。具体的にどのようなことがありましたか。
C 克服のための努力
11.
周囲の方々の認知症の方々に対する否定的な認識を改めていくために,あなたが個人として努力していることはありますか。
12.
認知症であることを社会に隠したり,遠慮したりして生きないで良いようにするために,地域社会にはどのような努力が必要だと思いますか。
13.
認知症の方々に対する社会の偏見を取り除くために,どのような具体的な対策が取られるべきだとお思いですか。
(43%)。次に介護支援専門職が多く(17%),相談援助職,看護職,リハビリテーション職が
1
割弱で同割合である。13%となっている「その他」は管理職が中心である。勤務先事業所の種 別については,介護老人保健施設(43%)と介護老人福祉施設(30%)で全体の7
割以上を占める。その他は在宅系事業所に分散している。職場でのポジションについては,一般職員が
4
割以上で ある。3割を占める「その他」の中心は係長やリーダーといったマネジメント層である。主任の17%
とあわせて考えると,所掌範囲の大小はあれ,チームや組織のマネジメントに携わる者が 比較的多い。キャリアについては,施設介護が
3
割強ある他は比較的分散していると言っていい。現在の配 属先の傾向とあわせて考えると,いわゆる施設以外の業務にも携わった経験を持つ者が比較的多 いことがわかる。経験年数については,比較的経験の浅い3
年未満は13%
である。3年以上10
年未満,10年以上がともに4
割強であり,経験の長い中堅やベテランが多いと言える。3. 分 析 方 法
テキストデータ化された
23
名分の聞き取り記録について,13の質問項目ごとにSPSS Text Analytics for Surveys(IBM)を用いてテキスト分析を実施した。カテゴリー抽出にあたっては,
図表
2 性別,年齢,学歴,専門領域,保有資格
1
性別 女性(65%),男性(35%)2
年齢24〜64
歳,平均37.0
歳,標準偏差10.1
3
学歴 高校卒(13%),専門学校卒(48%),大学卒(30%),その他(9%)4
専門領域 介護(17%),ソーシャルワーク(26%),看護(17%),作業療法(9%),その他(30%)5
保有資格 介護福祉士(22%),社会福祉士(6%),看護師(18%),准看護師(4%),作業療法 士(6%),ケアマネジャー(16%),社会福祉主事(16%),その他(12%)図表
3 職場やポジション,キャリア
1
現在の職種 介護職(43%),相談援助職(9%),介護支援専門職(17%),看護職(9%),リハビリテーション職(9%),その他(13%)
2
現在の職場 指定介護老人福祉施設(30%),指定介護老人保健施設(43%),デイサービス センター(4%),在宅介護事業所(4%),訪問看護事業所(4%),在宅介護支 援事業所(9%),その他(4%)3
職場での役割 施設長・所長(9%),主任(17%),一般の職員(43%),その他(30%)4
これまで経験した 仕事訪問介護(8%),施設介護(33%),通所介護(8%),訪問看護(2%),施設看 護(6%),病院・医院看護(6%),施設リハビリテーション(6%),病院リハ ビリテーション(2%),地域リハビリテーション(2%),地域での相談支援(4%),
施設内での相談支援(13%),グループホーム介護(2%),その他(6%)
5
経験年数1〜27
年,3年未満(13%),3年以上10
年未満(43%),10年以上(43%)平 均9.7
年,標準偏差6.0
はじめに
SPSS Text Analytics for Surveys
に内蔵されている感性分析ツールを使用して実施した。その上で,それぞれに分類されたケースの
1
件ごと分類の妥当性を探索的に検討し,内容的に異 なるカテゴリーに適していると判断したケースについては手作業で修正を行った。これは例えば,感性分析ツールでは,「Aである」という主旨の文章と「Aではない」という主旨の文章が同じ カテゴリーに分類されることがあるためである。その上で,同じく
SPSS Text Analytics for Sur- veys
によって言語学的手法に基づくカテゴリーの抽出を行った。主に関係主体や場所といった 名詞を抽出し,質問に対する価値判断がどういった主体や場と関係しているのかを検討するため である。その上で,異なる言葉で同一内容を示しているものを同一のカテゴリーに移動する作業 を探索的に手作業で実施した。同時に,質問項目に照らして意味を持たないと判断できるカテゴ リーの削除作業を行い,調整した。最後に,カテゴリー間の関係を検討するため,SPSS TextAnalytics for Surveys における web
パネルによる視覚化を採用した(図表4〜9)。筆者が特に重
要だと解釈したポイントについては,図表中に破線円で示してある。
4. 分 析 結 果
以下では,13の質問項目から
6
つの質問項目について,分析結果を述べる。具体的には,① 専門職自身が認知症の人に初めて出会ったときにどう思ったか(Q1),② メディアに登場する 認知症に関する観方について(Q5),③ 一般市民が認知症に対して持っている観方について(Q6),④ 地域社会が認知症に対して否定的な認識を持っているか(Q8),⑤ 認知症を理由に差別を受 けていると気づいたこと(Q10),⑥ 認知症の方々に対する社会の偏見を取り除くために必要な 対策(Q13)の
6
点である。これらに絞ったのは,認知症ケアに関わる経験を有する専門職の目 から見た一般の方々あるいは世間一般の認知症に対するスティグマの状況を捉えるためである。すなわち,認知症のことをよく知っている方々の目を通して,認知症に関わるスティグマの状況 を明らかにしようとするものである。
(1) 専門職自身が認知症の人に初めて会ったときにどう思ったか
まず,専門職自身の初対面時の印象についてである。全体的な回答状況については,約
7
割が「切ない」や「戸惑う」等の否定的な感情を持っていた。テキスト分析を進めた結果が図表
4
で ある。否定的な感情が中心であるとは言え,様々な印象を持ったということがわかる。初対面の 場面については,主に3
つに代表される。1つは「家」「祖父・祖母」「小学生・中学生の頃」といっ た子どもの頃に家族の中に認知症の人がいた場合である。2つ目は「学校」「実習」といった教 育過程においてである。3つ目は「職場」「入職」「仕事」といったように,介護の仕事に就いて からということである。テキスト分析から読み取れる主な印象は,次の
7
点ある。すなわち,①「わからない」という感情を中心として「驚き」や「気の毒」といった感情,②「戸惑い」や「不安」に代表される感 情,③「怖い」イメージを持った,④「教科書」や「実習」「同じことを繰り返す」といった発 言に見ることができる教科書で習った通りで怖くはないといった感情,⑤ 驚きや怖さといった ほど否定的感情は強くはないが「不思議」といった感覚,⑥ 逆に「穏やか」であるという印象 を持ったというものや,⑦ さらに「可愛らしい」といったものまで,相当な違いや幅を見て取 ることができる。
さらに,「わからない」という感情はその他の感情と共起の関係が認められることから,認知 症に対する否定的な認識を改めていくためには,恐怖やかわいそうといった認知症に対する悲観 的な捉え方にアプローチすることの重要性を示唆していると考えられる。また同時に,「わから ない」ということが様々な否定的感情に繋がっているということから考えれば,家族であれボラ ンティアであれ学生時代の実習であれ,認知症の人に関わる直接的な体験が,知ることや理解に 繋がり,認知症の人に対する印象を変えていく可能性を持っているということができる。
(2) メディアに登場する認知症に関する観方について
メディアにおける認知症や認知症の人の描かれ方については,一人の中でも否定的評価と肯定 的評価が混在した回答となっているが,全体の傾向としては,9割が否定的な評価を,3割弱が 肯定的評価をしていた。テキスト分析の結果を視覚化したものが図表
5
である。メディアと言っ た場合に,回答者が主に想定したのは,テレビのニュースやドラマ,新聞,映画といったもので あった。特にテレビでの描かれ方についての発言が多く,テレビというメディアの影響の大きさ を窺わせる。図表
4 専門職自身が認知症の人に初めて会ったときにどう思ったか(Q1)
認知症の人がどのように取り上げられているかについて,代表的と考えられているのは「徘徊 老人」という表現に代表されるイメージである。また,そうした認知症の人と「家族」との関係 についても取り上げられているということがわかる。家族については,徘徊老人というイメージ で捉えられる認知症の人を抱える大変さや世間(近所や地域)との関係における大変さについて の認識が強い。
描かれ方の評価については次の点を指摘できる。すなわち,「教科書的」であるが本当は「十 人十色」であって「違う」といった感覚や,特にドラマなどは「美化」されていたり,「表面的」
にしか描いていないといったものである。これらは,メディアに登場する認知症に関する観方が,
認知症の人が有する様々な側面や個別性,多様性といったものを描いていないといった否定的な 評価である。一方で,「情報」として「知識習得」のために「関心はある」といった肯定的な評 価も認められる。
全体としては特定のメディアのイメージが強いというわけではなく,様々なメディアに触れて いるということが読み取れる。逆に言えば,否定的評価に繋がるにせよ肯定的評価に繋がるにせ よ,どの経路(メディア)を通じても認知症についての情報を提供することがある程度の力を持 つということができる。テキスト分析の結果に見る「違う」という評価は,他の様々なカテゴリー との共起の関係が認められる。専門職は常に,認知症に対する自分の理解とメディアでの描かれ 方を照らし合わせ,評価している(評価することができる)ことがわかる。
(3) 一般市民が認知症に対して持っている観方について
次に,専門職は一般市民が認知症に対してどのような観方をしているとみているかということ
図表
5 メディアに登場する認知症に関する観方について(Q5)
についてである。全体としては,ほぼ全員が(一般市民は)否定的な認識を持っているだろうと いうものであった。テキスト分析を視覚化したものが図表
6
である。一般市民が否定的なイメージとして持っている(と専門職が考える――以下,同)具体的なも のは,「歩き回る(徘徊)」「問題行動」「ボケ老人」などである。また,もう一つのまとまりとし ては,家での生活において「身の回りのこと」が分からなくなってしまうということである。そ れによって「世間(近所や地域)」との関係に困難をきたしたり,差別感情に繋がるというもの である。一方,「自分」というキーワードも強く見られ,一般の方々は自分がそうなった場合の「不 安」や「心配」あるいは「恐怖感」を強く感じているということがわかる。
一方で「知識はある」「知識」との発言もあり,認知症や認知症の人についての情報が一般市 民にとっても身近なものになってきているということが窺える。現段階では,情報や知識があっ ても,それが理解やどのように対応していけばいいかといった心の準備や安心感には結びついて おらず,不安感や心配に偏ってしまっているということが課題である。
(4) 地域社会が認知症に対して否定的な認識を持っているか
地域社会が認知症に対して否定的な認識を持っているかについては,約
6
割が否定的な認識を 持っていると回答した。テキスト分析の結果を視覚化したものが図表7
である。まず,どのような場面でそのような否定的な認識が生じているのかについてである。具体的に 語られているのは,「施設」「近所」「地域社会」「地域行事」「店(スーパー,コンビニ)」といっ た場である。図中の「否定的」という認識のカテゴリーは他のカテゴリーとの強い結びつきを示 しており,どのような場面も否定的な認識に繋がっている可能性を見ることができる。また,認 知症に対するイメージとして読み取れるのは「徘徊」「汚い」であり,地域社会の認知症に対す
図表
6 専門職から見た「一般市民が認知症に対して持っている観方」について(Q6)
るスティグマは強い。
一方で,「自分」を中心として「理解」や「かかわり」「手助け」といったまとまりも見ること ができる。これは,地域住民の中には認知症に対して理解し手伝えることがあれば手伝いたいと 思っているという人々もいるということを示している。肯定的な認識を持つ層である。こうした 感情が具体的な行動に繋がるために,どのような情報や仕組みが必要であるのかという点が重要 となる。
(5) 認知症を理由に差別を受けていると気づいたこと
全体としては,8割以上が認知症を理由に差別を受けていると気づいたことがあると回答して いる。それではどのような場面で差別を受けていると気づいたのであろうか。テキスト分析の結 果を示したものが図表
8
である。施設における利用者と職員との関係,利用者同士の関係において差別が生じているということ が確認できる。利用者と職員の関係における差別というのは,例えば「言っても分からないので 説明しない」「残存能力があるのに,必要以上に手を出してしまい,出来ることまでできないこ とにされてしまう」といったことである。また,利用者同士の関係においては「あの人とは同じ テーブルにしないで」「言っても分からない」といった発言に見られる差別である。
また,病院や医者の差別もあるということも認められる。具体的には,「言っても分からない 人だろうと思って(治療に関する)説明をしない,選ばせない」といったことである。また,「乱 暴な態度で人間扱いしない」「主治医でさえ関わりたくないという態度だった」といった発言も あった。
地域においてもある。家族が子どもを認知症の祖母に会わせないことがあったり,地域の方が
図表
7 地域社会が認知症に対して否定的な認識を持っているか(Q8)
一人暮らしの認知症の人の火の不始末を心配してではあるが,離れて住む家族に対して「地域で 一人暮らしをしていることが迷惑だ」と受け止められかねないような連絡を入れたりといったこ とである。
このように,地域,施設,病院といった様々な場で認知症の人に対する差別が生じている。「対 応」や「呼び方」「言い方」「態度」といった図中のカテゴリーに見られるように,様々なレベル で差別的な関わりが起こっているということがわかる。
(6) 認知症の方々に対する社会の偏見を取り除くために必要な対策
社会の偏見を取り除くために必要な対策については,テキスト分析の結果(図表
9),主に 4
つの観点からの取り組みについての必要性が指摘されている。1
つは,地域における勉強会の重要性についての指摘である。「地域」は図中の他のカテゴリー との繋がりが最も強いノードとなっている。具体的には,町内会といった身近な地域での勉強会 が,認知症を知ることや理解することに繋がると考えられる。認知症サポーター養成講座等で知 識を得ることの有効性の指摘もある。2つ目は家族との関わりである。認知症の人を抱える家族 と関わる機会が,認知症を知って理解を深め,ひいては偏見を取り除くことに繋がるという指摘 である。3つ目は,デイサービスといった地域の介護事業所の存在である。こうした事業所への 見学やボランティア等を通じて実際に認知症の人と関わりを持つことの重要性の指摘である。4 つ目は介護人材を養成する教育カリキュラムについてである。先述の通り,介護職員と利用者と の関係においても差別が認められる,すなわち介護専門職にも認知症の人に対する偏見が存在す ることから,教育カリキュラムにもそうした偏見を取り除くためのプログラムを組み込んでいく 必要性があるという指摘である。図表
8 認知症を理由に差別を受けていると気づいたこと(Q10)
5. ま と め
以上,介護事業に働く職員の目を通して語られた認知症に関する認識についてのテキスト分析 を通じて認知症スティグマの現状を検討した。明らかになったことは次の通りである。
まず,地域社会の様々な場面において認知症や認知症の人に対するスティグマが現に存在して いるということである。近隣との関係,施設と地域との関係,施設の内部,医療機関といったよ うに,認知症の人の生活に関わる広範に広がっている。さらに地域住民との関係だけでなく,施 設の中においては職員と利用者との関係でも,利用者同士の関係でも見られたし,医療関係者の スティグマも存在している。また,リアルな人間関係だけでなく,メディアにおいてもそれは確 認された。
認知症の人に対するイメージについては,様々であった。驚きや戸惑い,不安といった感情か ら,怖いといった比較的強く否定的イメージを抱くものから,不思議であるとか穏やかであると いったもの,中には可愛らしいといった「肯定的な」偏見と言えるものもあった。一方で,教科 書通りであったという事前知識の有無が強く関係する印象もあった。否定的にせよ肯定的にせよ,
違う人というような感覚として捉えているという意味では,多くの人々がスティグマを有してい ることが推察される。
そうしたスティグマに繋がる理由についてであるが,認知症に対するイメージが「問題行動」「徘 徊」「身の回りのことが分からなくなる」といったある意味表面的なものでしかなかったり知識 が不足していたりする状況にあることが考えられる。一方で,知識はあっても自分がそうなった 場合の不安や心配を挙げる声もあり,特にメディアでの捉え方が表面的であったり個別的状況を 描けていなかったりするという指摘と併せて考えると,適切で充分な知識習得の機会がこうした
図表
9 認知症の方々に対する社会の偏見を取り除くために必要な対策(Q13)
スティグマを軽減する可能性があることが示唆された。
地域社会において,こうしたスティグマが存在する一方,理解に対する意欲や手助けしたいと いう気持ちを持っていることも明らかになった。地域において適切な学習機会や行動を促す仕組 みや情報が欠けているとすれば,それを整備することが重要になる。現行広く行われている認知 症サポーター養成講座という知識供与の機会にとどまらず,認知症の人やその家族と直接関わる 機会の重要性が増していると考えられる。そうした機会の一つである認知症カフェの取り組みが 各地で進んでいる4)が,参加者の認知症スティグマの軽減に,より効果のある取り組みの分析も 重要になると考える。
注
1) 厚生労働省「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)〜認知症高齢者等にやさしい地 域づくりに向けて〜」2015年
1
月27
日。2) 本研究は本学
5
名の研究チームで進めている。小笠原浩一,萩野寛雄,阿部哲也,石附敬,工藤健一『認知症早期発見・初期集中対応促進に資するアウトカム指標と定量的評価スケー ルの開発に関する調査研究』平成
27
年度厚生労働省老人保健事業推進費等補助金事業実施報 告書,2016年3
月。本論文とは異なる対象・規模の調査データをもとにするが,初発の問題 意識は共通する。3) 小笠原浩一・萩野寛雄・阿部哲也・石附敬・工藤健一「二国間研究交流事業(韓国) コミュ ニケーション,協働型社会,政策イノベーションを通じた認知症スティグマの低減(2014年
7
月1
日〜2016 年6
月30
日)」による。本論文の対象調査結果の分析は,平成26
年度途中か らプロジェクトに参加した工藤健一が担当した。4) 厚生労働省「認知症カフェ実施状況」http://www.mhlw.go.jp/file/06-
Seisakujouhou
-12300000
-Roukenkyoku/0000116743.pdf,2016
年10
月29
日アクセス。他に,野村総合研究所「平成26
年度老人保健推進費等補助金(老人保健健康増進等事業分)認知症の人の介護に対する効果 的な支援の実施に関する調査研究事業報告書」2015年1
月。文 献 ・資 料
小笠原浩一,萩野寛雄,阿部哲也,石附敬,工藤健一『認知症早期発見・初期集中対応促進に資す るアウトカム指標と定量的評価スケールの開発に関する調査研究』平成
27
年度厚生労働省老 人保健事業推進費等補助金事業実施報告書,2016年3
月厚生労働省「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)〜認知症高齢者等にやさしい地域づく りに向けて〜」2015年
1
月27
日野村総合研究所「平成
26
年度老人保健推進費等補助金(老人保健健康増進等事業分)認知症の人の 介護に対する効果的な支援の実施に関する調査研究事業報告書」2015年1
月内田治,川嶋敦子,磯崎幸子『SPSSによるテキストマイニング入門』オーム社,2012年
資 料
【注】本調査は,日本学術振興会二国間交流事業(日韓共同研究)の委託事業「コミュニケーショ ン,協働型社会,政策イノベーションを通じた認知症スティグマの低減」(平成
26年
-平成28
年)の一環として,平成
26
年度に実施された。調査票ならびに調査方法は,東北福祉大学倫理審査 規程に基づいている。認知症ケアの専門職の方々への調査票
性別
:
1. 女性 2. 男性お生まれの年
:
昭和・平成 年学歴
:
1. 高卒 2. 専門学校卒 3. 大卒 4. 大学院卒 5. その他 最終学歴で学んだ専門領域:
1. 介護 2. ソーシャルワーク 3. 看護4. 理学療法 5. 作業療法 6. OT/PT以外のリハ 7. その他(具体的に
:
)現在の保有資格
:
1. 介護福祉士 2. 社会福祉士 3. ホームヘルパー 4. 看護師 5. 准看護師 6. 理学療法士7. 作業療法士 8. 言語聴覚士 9. 臨床心理士 10. ケアマネジャー 11. 社会福祉主事 12. 保健師 13. その他(具体的に
:
) 14. とくに資格は持っていない現在の職業
:
1. 介護職 2. 相談支援職 3. 介護支援専門職 4. 看護職 5. リハビリテーション職6. その他(具体的に
:
) 現在の職場:
1. 指定介護老人福祉施設 2. 指定介護老人保健施設 3. グループホーム 4. デイサービスセンター 5. 在宅介護事業所 6. 訪問看護事業所7. 在宅介護支援事業所 8. 地域包括支援センター
9. その他(具体的に
:
) 職場での役割:
1. 施設長・所長 2. ユニット主任・フロアー主任 3. 介護士長 4. 看護師長 5. グループリーダー 6. 相談支援室長 7. 一般の職員8. その他(具体的に
:
)これまで経験した仕事
:
1. 訪問介護 2. 施設介護 3. 通所介護4. 訪問看護 5. 施設看護 6. 病院・医院看護 7. 地域保健 8. 施設リハビリテーション
9. 病院リハビリテーション 10. 地域リハビリテーション 11. 地域での相談支援 12. 施設内での相談支援
13. 病院での相談支援 14. グループホーム介護
14. その他(具体的に
:
) 認知症関連の仕事での経験年数:
合計で ____ 年 ____ カ月経験した事業所の種類 ______________________
A. 対面経験
1. 認知症の利用者と初めて対面した時,どう感じましたか。
2.
認知症の方は,あなたに自分が認知症であると教えてくれますか。あるいは認知症であることを隠しますか。隠そうとする場合,どうしてだと思いますか。
3. 認知症の利用者をケアするうえで,認知症であるからとくに困ることはありますか。
4.
あたなは,認知症の利用者との関係を上手くやれていると思いますか。ご家族との関係はどうでしょうか。
B. 認知症の方に対する認識
5.
新聞やテレビ,インターネットなどに紹介される認知症に関する観方についてどのように考えていますか。
6. 一般の人々が認知症に対して持っている観方はどのようなものだと思われますか。
7.
認知症の方々に提供されるケア・サービスを含む健康及び社会福祉サービスの現状につい て,どのように評価されていますか。どのような問題があると思いますか。8.
地域社会が認知症に対して否定的な認識を持っていると思いますか。認知症に対する否定的な認識があるとしたら,具体的にどのようなことがあげられますか。
9.
認知症の方を介護している家族に対して,地域社会が否定的な認識を持っていると思いますか。そうであるとしたら,具体的にどのようなことがあげられますか。
10.
認知症の方々が,認知症であるということを理由に差別を受けていると気付いたことはありますか。具体的にどのようなことがありましたか。
C. 克服のための努力
11.
周囲の方々の認知症の方々に対する否定的な認識を改めていくために,あなたが個人として努力していることはありますか。
12.
認知症であることを社会に隠したり,遠慮したりして生きないで良いようにするために,地域社会にはどのような努力が必要だと思いますか。
13.
認知症の方々に対する社会の偏見を取り除くために,どのような具体的な対策が取られるべきだとお思いですか。
以上