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医療現場の現在

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著者 色平 哲郎

雑誌名 PRIME = プライム

号 25

ページ 113‑123

発行年 2007‑03

URL http://hdl.handle.net/10723/635

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皆さん、 こんにちは。 色平です。 私はお坊さん ではないですが、 お坊さんみたいな仕事をしてい ます。 お坊さんみたいな仕事をしているというの は、 山の村で1人しかいない診療所長をやってい て、 お見送りというか、 お葬式の仕事が多いから です。

高齢化した山の村、 高齢化率が40%、 人口の中 で65歳以上の方が40%にもなりますと、 かなりゆっ たりとした、 あと10年もすると人がいなくなって しまうのではないかというぐらい、 静かですばら しいところです。 この場に集まっている方は若い 方が多いですが、 50年後、 皆さんも高齢者になる わけです。 今から50年後の日本は、 今の高齢化率 は20%ぐらいですけれども、 65歳以上の方が40%

になると予想されています。

医学部でも講義することが多いです。 ここは医 学部ではないですが、 第1回のラモネ先生のお話 を思い出しますと、 経済学が地球を傷めていると いうお話だったと思います。 ラモネ先生は地球が 傷んでいる原因の幾つかに、 困った悪のポーカー があるとおっしゃっていました。 タックス・ヘイ ブンがあるということ。 債務の重責化、 非常に蓄 積が強い。 飲料水がみんなに行き渡っていない。

さらにトービン税という税金を課して武器や石油 の取引等に税金をかけるべきだと。 あと先進国に おいて農業補助金、 調整金ということで、 途上国 の農業を破壊するような方向に世界経済が動いて いるという話がありました。

今なぜその話をしたかというと、 地球を救うこ とができるであろう学問分野は経済学だからです。

私がおつき合いのある宇沢弘文、 神野直彦等々、

東大の経済学者が多いですが、 財政学を中心に地 球を救うために、 地球のお医者さんになろうと思っ て経済学を勉強したものだとおっしゃっています。

しかし現実には、 この地球の人々の平和を破壊す るような方向にばかり今の経済学が動いていて、

暗たんたる気持ちであると宇沢先生、 神野先生は おっしゃっています。

皆さんは医学部ではありませんが、 地球のお医 者さんを目指していただきたいと思っているので、

今のような話をしました。 私ども医者は目の前の 患者さんについて、 今ここ、 というようなことに ついては多少のお手伝いはできますが、 なぜこの 人が病気になっているのか、 貧困がこんなにひど いのかということについては、 なかなか手助けし 切れないわけです。 皆さんはノンメディカルであ るからこそ、 期待するところが大きいと申し上げ たいと思います。

私は農協の病院の職員です。 ですから農協の職 員です。 農協という、 皆さんのイメージはどうで しょうか。 農協のオーナーは農民ですから、 私の 前に来る患者さんはすべて私のボスであります。

農協の出資者は組合員、 組合員は農家です。 私の 目の前に来る農家のおじさん、 おばさんたちは、

私の法人のオーナーなわけです。 それが協同組合 というものです。 協同組合はお金をもうける必要

医療現場の現在

(佐久総合病院医師・南佐久郡南相木村国保直営診療所長)

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はありませんけれども、 出資いただいた方々のた めに尽くす。 そういう意味では私は農協の職員、

協同組合運動の専従職員です。

この間、 日本の政治家に呼ばれて意見を求めら れたときに、 すべての医療機関を協同組合運営に すればよろしいと、 私は威張ってお答えしました。

そうすれば、 お金をもうけるために医療をやる、

あるいは名誉を得るために研究をする、 というよ うなお医者さんは絶滅してしまうからです。 患者 さんが自分のボスであるという立場制を取り戻す べきであると申し上げた次第です。

皆さんはいま大学にいますけれども、 私ども医 者からしますと、 医科大学はそびえ立つ白い巨塔 でありまして、 そういうところでどういう授業が なされているのかというと、 大変に困ったことで す。 つまり私が各医科大学に行って、 学生さんた ちに危険思想を振りまくことができるのは、 大学 の中で地域医療について、 往診をしたりする経験 を持つ教授や助教授がいないからです。 そのぐら い日本の医科大学は、 現場からかけ離れて研究志 向になっています。

皆さんは医科大学の内情についてあまり知らな いと思いますが、 今から50年後、 60年後は必ずど こかでお医者さんの手にかかり、 そして寿命を迎 えるわけです。 人間の死亡率は100%ですから、

日本の医療がどういう状況にあるのかということ をふだんから気にかけていただきたいと思います。

そのとき、 患者さんの前でお医者さんたちがおど おどびくびくする、 私の村の診療所のようであれ ば、 お医者さんが伸び伸び生き生きし過ぎていて、

患者さんがおどおどびくびくさせられるようでな ければ、 皆さんのよい医療を求めるという気持ち が達することが多いのではないかと思います。

私はお坊さんではなくてお医者さんですが、 お 坊さんみたいな仕事をしている。 それは山の村で は死亡する方が多いからです。 昨日も胃がんのお じいさんが1人亡くなりました。 もし死亡が今日

になれば、 ここへ来るのに差し支えがあったかも しれません。 そういう仕事はしていますが、 お給 料がいいわけではありません。 というのは農協の 病院というのは、 日本で最も給料の安い病院だか らです。 非営利だからそうなるわけです。

こういう私のような医者のところに、 たくさん の医学生、 看護学生さんたちが来ます。 先週も10 人来ていましたが、 私のところで頭を洗ってもらっ て、 悪の道に誘い込まれてしまうのかもしれませ ん。 そういう意味で、 私はもてまくっています。

7割から8割が女子学生で、 こんなにもてまくっ てどうしたんだろうと思います。 村のおじいさん、

おばあさん、 特におじいさんは、 うちの息子も50 を超えたし、 先生のところに来ている若い女の子 を1人うちの嫁に欲しいものだ、 とおっしゃいま すが、 もちろんこれがかなわない夢であることは 明らかです。

昔は隣の家に、 あるいは隣の部落に嫁に行けと 言われて、 50年でも60年でもお嫁さんはそこで耐 えたものですが、 今の若い女性がそういうことを するわけがないので、 ちょっと認知症がかかった おばあさんは、 自分がそうだったように、 今の若 い娘さんはどうしてうちの息子のところに来てく れないのかと悩んでおいでになります。 そのよう な状況下では、 比較的外国のお嫁さんたちが山の 村に嫁いでくることになります。 私の山の村には たくさんのフィリピン、 タイ、 中国のお嫁さんが おいでになるということで、 非常に国際化が豊か な状況になっています。

そして農家の収入ですが、 決して貧しくはない。

隣の村でも、 私の村でも大きい農家は粗収入が1 億円を超える。 決して医者が高給取りではないよ うな、 皆さんの口に入るレタスやキャベツ等々の 高原野菜をつくって大きな収入を得ているのが、

私の村あたりの標高の高い信州の村の特徴です。

ですからお金がないわけではないですが、 なかな か嫁いできていただくことはできないでいます。

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私はもてまくっていますが、 別に私がもててい るわけではないです。 村に魅力があるがゆえです。

「おしん」 の時代のご苦労をしたおじいさん、 お ばあさんが山の村においでなるからです。 私はそ ういう人たちのところに何度もおいでになる医学 生さんたちと、 お話しすることが楽しみになって います。

私は皆さんぐらいの年のころに親不孝で、 大学 を中退してキャバレーでボーイをやっていたこと もあります。 20数年前ですので、 そのころのキャ バレーはまだフィリピーナが日本に来る前で、 沖 縄の女の子たちがいました。 私はボーイをやりな がらピアノを弾いていましたが、 沖縄の女の子た ちと一緒にご飯を食べる生活をしていました。 イ ンテリやくざにならないかと言われましたが、 そ れはやめてフィリピンに行ったり、 海外を放浪し ていたわけです。 その後、 このままいくとやくざ になってしまうということで、 フィリピン人女性 の輸入をするよりはと思って、 大学に行き直して 医者になりました。

つい2週間前にもレイテ島に行っていました。

レイテ島は激戦で有名なところで、 フィリピンの 離島ですが、 とても貧しいところです。 20年ほど 前に行ったことのあるそこの医科大学で、 英語で 日本の医療について説明をしました。 私はそこの 医学生、 看護学生を育てるための奨学資金を提供 する側になっています。 皆さんも道を踏み外して、

「ぶつかりの体験」 がいいという私の言葉を真に 受けてキャバレーでボーイをやることになっても、

決してフィリピン人女性を輸入する側に立つので はなくて、 どこかで立ち直って、 私のようにとは 言わないが、 フィリピンの若者たちが看護師やお 医者さんになるための勉強をし続けられるために、

奨学資金を提供するような人間になっていただき たいと思います。

人のお金ということもありますが、 私どもの活 動が新聞の記事になりますと、 ぜひうちのお金を

有意義に使っていただきたいと申し出てくださる 日本人の方がかなりおいでになる。 その方々の信 頼を得て、 私は2週間前、 フィリピン大学の分校 がレイテにありますので、 そこに行ってフィリピ ン大学の総長にお願いをして、 表彰されてまいり ました。 フィリピン大学の分校がレイテ島にある ということは、 日本でいうと東大医学部の分校が 佐渡島にあって、 島で働く医学生、 看護学生さん たちを東大が自分で前向きに育てているという話 です。 私のホーページをごらんいただきますと、

フィリピンで取り組んでいるような奨学資金の運 用等々についての記事が出てきます。

私はフィリピンやタイの女性たちが日本にやっ てくるようになる前に海外に出る体験を持ちまし た。 その後、 日本の私の村にも嫁いでくるわけで すが、 その前に日本のいろんなところでアジアの 女性たちが働いているのを見て、 私はもてまくっ てしまったんです。 どうしてかといいますと、 若 いころ極道だった私を随分お世話してくださった タイの方々に、 私は足を向けて寝られないもので すから、 日本に来ているタイの方につい声をかけ てしまう。 私は既に医者になっておりましたので、

うちにぜひ来てくださいと言われて行くと、 タイ の女の子がおなかが痛い、 風邪を引いたと言うわ けです。 私がおなかをさわってあげて、 大丈夫だ よと言うと、 飲めや騒げの大サービスで、 どうし て日本のお医者さんたちはそういう方々のお世話 をしないのかと、 私は非常に疑問に思ったわけで す。

もちろん、 日本の男性たちの悪いところが目の 前にどんどん出ているような場面でして、 人身売 買の渦中にあったわけですが、 私はその活動でタ イ政府に表彰されました。 タイ政府にお金をいた だいて、 うちの若い女性たちがお世話になってお りますと。 私は別に表彰していただきたかったわ けではないですが、 キャバレーの業界の裏がどう なっているのか知っていましたので、 女性がどの

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ように売られてくるのか、 エイズ発症するとどの ようになるのか、 医者だからわかっていましたの で、 かなりいろんな体験をいたしました。

その辺も新聞の記事になっていますので、 色平 というキーワードと、 タイ、 エイズと入れると新 聞記事が出てくると思います。 当時、 私が診断せ ざるを得なかった、 出会った方々の多くは亡くな りました。 当時はいまのがんと同じように、 エイ ズ発症すると救うことができなかった。 結核は治っ てもどうにもならないということが続いていた。

それがゆえに、 タイの女性たちを向こうのお父さ ん、 お母さんに会っていただきたいということで タイにお連れする仕事をして、 そこをタイ政府に 評価していただいたのです。

表彰していただいてよかったのは、 私がタイの 女の子たちを飛行機に乗せてタイまで連れて帰り たいと言うと、 誤解される向きがあるわけです。

昔、 私もよく知っているんですが、 タイの女の子 を連れてきて、 またタイの女の子を送り返すとい うブローカーと間違えられてもいけませんので、

これは女王陛下に表彰された色平という男である、

とタイの領事部が知っていますと、 私がサイン一 本すれば、 それでパッと帰れるということで信用 がついたと、 10年前かなり喜んだことがございま した。

もちろん、 日本の男の悪いところはいつものこ とで、 向こうからタイの女性たちを輸入する後、

今度は花嫁さんとして私は村でタイの方々と出会 うようになったわけです。 いま申し上げたように、

この20年ほどの間に日本の国際化が急激に進んだ。

自分が極道をやっていたころ、 そしてその後アジ アを放浪していてお世話になった。 その同じ方々 とまた日本で出会って、 キャバレーで大歓迎を受 けて、 どうして日本のお医者さんはそうしてやら ないのかと思ったこともあったし、 病気にぶつかっ たこともあった。

私は最近太ってしまいました。 こんなに太って

しまってカッコ悪いですけれども、 これはお残し ができないからです。 食べ残しができないという ことです。 昔、 壁があって天井があるだけの生活 が私にとっては安泰だったものですから、 先々週、

平山恵先生がホームレスの支援に当たったお話を されたと思いますが、 私自身、 大学を中退してホー ムレスだったものですから、 ホームレスの気持ち はとてもよくわかるんです。 布団の中に入って、

屋根があって壁があるだけで御の字だと今も私は 思っているんですが、 皆さんも一度はホームレス になってみたほうがいいです。 そうすると、 いか に家の中で寝ることが快適であるかということが よくわかると思います。

同じように、 病院でお医者さんをやる方は、 重 病になっていただいた経験があるといいと思いま す。 日本で快適な生活を続ける方々にとっては、

途上国に行って、 水にあたって下痢をして、 向こ うの方々に大変お世話になるという体験をぜひ積 んでいただきたいと思います。 このような国際理 解教育を進めることは、 日本がいかに豊かで平和 であるのかということに対する感謝の気持ちを私 たちの心に呼び覚ますものであります。

太ってしまったのはなぜかというと、 私は午後、

往診に出ますと5軒回ります。 5軒回ったところ で、 出されたものは全部食べるということがわか りますか。 医者は人気商売でありますので、 出さ れたものは全部食べる。 全部食べるとおなかの中 がガブガブになって、 夕ご飯が食べられない状態 になるわけです。 それでも食べて帰ってくるので、

私はどんどん太ってしまう。 本当は断らなければ いけないんですけれども、 山の村で出されたもの は人々の心尽くしですから、 全部食べる。

皆さんもフィリピンに行っても、 タイに行って も、 山の中を歩いて回りますと太ってしまうと思 います。 それは、 この間来た日本人が全部食べて くれたと、 ラオスの村では100年感謝の気持ちを もって言い伝えていただけるから、 ぜひ皆さんは

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「愛国者」 としてすべて食べて、 その後下痢でも してください。 決して残してはいけません。 太ら ないために女性の方はダイエットをされるそうで すが、 ぜひ日本の印象がよくなるようにお願いい たします。

私は山の村で暮らして10年以上になりますけれ ども、 10年ぐらいになりますと、 村の中でもいい ところと悪いところがわかってきます。 おじいさ ん、 おばあさんは自分たちがご苦労された記憶を よく残しています。 食べ物がなかった 「おしん」

の時代の山の村の記憶を。 それで孫たちに残して はいけないとしつけるわけです。 しかし孫たちが それを守りますと、 私と同じように太ってしまう わけです。 太ってしまうと困りますので、 本当は 半分以上残すようにと言われなければならない。

日本は全体として、 たくさんの食糧を世界から 輸入していますが、 これを全部食べますと、 皆さ ん私と同じように全員が太ってしまいます。 です から半分以上食べ残してくださいと。 そういうふ うに私はお医者さんとして生活指導いたしますと、

何とたくさんのお残しが出ます。 東京だけで1日 500万食のお残しが出て、 日本全体では2000万食 のお残しが毎日出るというすごい状態になってい ます。 世界的には日本は食糧を輸入し過ぎて、 し かもそれを食べずに捨てる場に困っている。 燃や す場に事欠いて、 埋めるところもなくて困ってい る変わった国です。

途上国はどこもお金がないわけではありません。

金持ちはものすごい金持ちです。 そういうところ が持っているバナナ園等々で、 バナナを日本が輸 入してくれればうれしいと、 向こうのビジネスマ ンはおっしゃいます。 日本も安いバナナをたくさ ん輸入できてよかったと言いますが、 私のように ならないためにはバナナを残さないといけません。

捨てないといけない。 食糧がない国から食糧を輸 入して、 捨て場に困って、 燃やすのにも灰の処理 にも困っているということは困ったことです。 日

本全体が糖尿病か高脂血症になっているような状 況です。 ですから平和学を突き詰めて考えますと、

私ども日本人としていくらいい商品を安くといっ ても、 こんなにのべつ幕なしに輸入し過ぎて、 捨 て場に困っているようでは困ります。

人間は死んでからのほうが値段が高いようです。

私が20年ほど前、 皆さんと同じころ、 フィリピン のマニラでひどい生活をしていたころ、 既にフィ リピン人の腎臓は売られ始めていまして、 それを 買うのは比較的お金持ちの方々でした。 腎臓の売 買は最近日本の中でも報道されるようになりまし たけれども、 私が皆さんぐらいのころには既にフィ リピンのマニラではあった話です。 小さな子供が 一つの腎臓を売っても自分は死ぬことはありませ んので、 お母さんに対して親孝行ができたと喜ん でいるのがフィリピンのありようで、 そういう意 味で人は死んでからのほうが値段が高い。

あるお子さんは拉致されて、 心臓には弁が四つ ありますし、 目 (角膜) は二つありますし、 もち ろん腎臓は二つあるわけで、 臓器にばらして売っ てしまうと非常にお金が高くなる。 そういうふう に人間の体が臓器売買できるようになりますと、

お医者さんが悪い技術に加担するようになり、 人 をだましてでもお金をもうけたいという動きが出 てくるようです。 こういう意味でも、 私は日本じゅ うの医療機関が協同組合の病院であれば、 このよ うなことでお金をもうける不心得者が、 少なくと も日本の中では出ないのではないかと感じている 次第です。

私の地域医療の師匠は保健師さんです。 私は日 本語がうまくないので、 保健師さんに日本語を習っ ていたわけです。 医者ですから医者語はうまいで すけれども、 村人の言葉、 村語がうまくしゃべれ るわけではない。 村語と医者語をだれが翻訳でき るのだろう。 皆さんが将来お医者さんにかかった ことを考えますと、 いま私がしゃべっているスピー ドでお医者さんに医学用語を並べ立てられますと、

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ほとんど意味がわかりません。

また、 がんであるかもしれないと聞いた瞬間に ガーンとなってしまって、 だれも何も覚えていま せん。 したがって説明されたことのほとんどは、

皆さんの頭の中から素通りしているわけです。 こ れをインフォームド・コンセントであると言われ ても、 どこにコンセントがあるのかわからない。

コンセントを探して回るということになってしま うわけですが、 頭の中のコンセントはすでにどこ かに抜けてしまっていますので、 何も覚えていま せん。 何が危ないのか。 どういう手術をしなけれ ばいけなのか。 何も覚えていないことになります。

ですから翻訳作業が必要です。

どのように翻訳作業をしたらいいのでしょうか。

私の親しくしている川田龍平君は信州にお住まい なので時々お目にかかるんですが、 龍平君は時々 おっしゃいます。 色平先生がタイの方々のお世話 をしていたころ、 僕たち薬害エイズの感染者たち は厚生省を取り巻いて闘っていた。 安部英教授に 対して抗議をしていたと。 横浜エイズ会議 (今か ら13年前) のころです。 そのころ僕は自分が死ぬ はずだと考えざるを得なかったと。 だから死ぬつ もりで頑張っていたということです。 ところが僕 は生き延びてしまったと。

いまHIVの多剤併用療法で、 幾つかの薬を組 み合わせることによって、 見た目ほとんど何の問 題もなくずっと生き延びることができるようにな りました。 お金はかかりますが、 しかも毎日飲み 続けないといけないというストレスはありますが、

お金さえあれば、 豊かな国に暮らしてさえいれば、

ほとんど何の問題もなく発症を阻止できるように なりました。 これがこの10数年の変化です。 かな り医学、 医療は進歩したと思います。 このような 進歩によって、 いろんな人たちが救われたはずで す。

しかし、 私の目の前にある佐久総合病院は、 な ぜかわかりませんが昔からタイの方々が運び込ま

れることが多い。 感染症が多い。 そして現在どう なっているかというと、 これから先はあまり詳し くは言えませんが。 ここにNHKスペシャルが来 ていると困る。 実際、 私は10数年前、 二夜連続で エイズの特集があったときにNHKスペシャルに 出演したことがあるんですが、 そのころは亡くな る病気でした。 今は中高年の日本人男性にうつっ て、 しかもエイズ発症する。 CD4の値に換算し て2けた以下になって、 とんでもない症状を呈し て、 普通考えられない病気として我々の前に来て、

何かあるのかと調べてみると、 10年以上前にHIV に感染していたから、 現在エイズ発症していると わかってしまうことが続出している。 非常に困っ たことです。

この方々は日本人ですから、 ちゃんと救い上げ ることができます。 けれども、 周りの方々にどう 広がっているのか等々、 いろいろ考えることがあ ります。 この教室が合衆国ですと、 私はここで日 本語で話すことにはならなくて英語でしゃべるん ですけれども、 アメリカ人の学生さんの中には、

HIV感染者が1人、 2人、 3人、 4人、 5人い てもおかしくありません。 その際、 私ども告知す る場合にどのように注意するかと申しますと、

「とりあえず、 だれにもしゃべるな」 と申し上げ ます。

日本人はHIVの感染者である、 エイズ発症し ていると告げますと、 不安のあまり周りじゅうに 電話をしてしまって、 あっという間に全員が知る ことになってしまうというのがいつものパターン です。 日本もそうならないでほしいと思いますけ れども、 皆さんももし身の回りでHIV感染者が 出た場合、 とりあえず、 だれにもしゃべるなと言っ て落ちつかせて、 そしてゆっくりとご相談を聞い てください。 周りに感染を広げないとか、 いろん なことは言わないでいいです。 とりあえず、 だれ にもしゃべるなとおっしゃってください。

いま申し上げたように、 HIVのことはいろい

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ろ秘密もありますので、 これ以上申し上げること はできませんけれども、 現場の人間ですので、 日々 の医療行為が少しでも人類の平和に通じればいい と思っています。 では、 なぜ長野県のこの地域に、

HIVがこんなにたくさん来ることになってしまっ たのでしょうか。 亡くなった松井やよりという朝 日新聞の記者が私の家まで来て、 インタビューを とったのは5年ほど前のことです。 なぜなのかと 聞かれまして、 私は困った記憶があります。

そのとき分析して言うのに、 90年代の初め、 ミ チャイが内務大臣 (警察の大臣) になったとき、

バンコクのHIV感染しつつあるプロステチュー ツについて、 全員抗体検査をした上で、 そのまま 働き続けてはいけないということで田舎に返した ということがありました。 ミスターコンドームと 呼ばれた方です。 皆さんは子供のころに聞いたこ とがあるかもしれません。 コンドームを配ること によって、 HIV感染がタイでそれ以上広がるの を阻止することに成功したんです。

そのとき、 タイのバンコクで働いて外貨を稼い でいたHIV感染した方々は田舎に戻されたんで す。 バンコクで働いてはいけないと言われたが、

海外に出ることはできましたので、 日本にも多く やってきました。 その多くが茨城県のあるところ を経由して、 なぜかわかりませんが長野県の小諸 を中心とする東のほうに来たようです。 私はそれ は知りませんでしたけれども、 タイの女の子の健 康相談を受けているうちに、 HIV感染を80何人 見つけてしまって、 日本で最もHIV感染をたく さん診たお医者さんになってしまったわけです。

それが今から14〜15年前の話ですが、 海外で起 こったある政策が日本に影響して、 そして、 中高 年の男性にうつって、 それがまた家族の中で広がっ ている可能性も秘めている。 これが性感染症の一 般的な姿です。

村にいると、 「長男は利口に育ててはいけねえ よ」 と言われます。 皆さん、 この意味がわかりま

すか。 長男が利口に育ちますと、 都会へ出てしま う。 お父さん、 お母さんにとってみるとなかなか つらいことです。 同時に、 長男が利口に育ちます と、 村社会の寄り合いで何かしゃべると浮いてし まう。 浮いてしまうとかわいそうなことになりま す。 だから親心です。 長男を利口に育ててはいけ ないということは、 長男は利口なふりをすると損 だということにもなる。 つまり、 ばかなふりをし ていろと20年、 30年やってしまうと、 長男はばか なふりをしているうちに、 ばかが案外様になって くるかもしれませんね。 したがって田舎の方々は 本当は頭がすごくよくても、 私がいまここでしゃ べっているような本当のことはしゃべっていただ けません。

山の村に入りますと、 ご老人方に限らず、 山の 人たちの前では正論は通りません。 さっき申し上 げたように、 女性の人権なんてことを言ってもし ようがありません。 日本国憲法は適用されていま せんから、 教育基本法もありません。 皆さんは山 の村に入ったときには、 十分に注意をしてくださ い。 それはフィリピンの山の村でも、 ラオスの山 の村でも同じことです。 彼らの人生観、 プライド やこだわりがどこにあるのかということを十分に 取材した上で、 それを壊すことなく、 大事にする 形でお話しするようにしていただきたいと思いま す。

そういう心構えのない学生さんが私の村に来ら れると、 私は困ってしまいます。 色平が明治学院 大学でこういうことをしゃべっていたと、 村人に 言わないでほしいわけです。 ここでしゃべってい ることは医者語、 都会の言葉遣いでありまして、

村人に伝わっては困る (笑)。 村人に通訳するの は保健師さんです。 同じ日本語だからどこでも通 用するとお考えかもしれませんが、 日本は村社会 ですので、 村社会では長男は利口に育ててはいけ ないと言われていると思ってください。 したがっ て自分が利口ぶって正論を言うと、 浮き上がって

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大変なことになる。 それが日本のありようですの で、 私は自分の知っている人がいないことを前提 にここで本当のことを述べていますが、 これがそ のまま伝わったら大変なことになります。

ここで、 メディア・リテラシーの話しをしましょ う。 ある時、 NHKが私のところに来て番組を1 つ作りました。

今の医療に対して日本人は怒ってはいないかも しれないけれども、 みんな不満たらたらです。 1 億人みんなに聞いてみると、 みんな医療に関して 恨みの気持ちを持っているかもしれないぐらい大 変です。 それは僕もよくわかっています。 そうし ますと、 そうじゃないお医者さんがいてくれれば という一抹の希望があると思いませんか。 3時間 待ちで3分じゃなくて、 30分人の話を聞いている 医者がどこかにいないかと、 NHKは探します。

で、 山の中で暇人やっている医者がいると。 これ はおもしろいということで、 私をネタにした映像 をつくるわけです。 20何時間撮って、 25分にまと めたのですが、 それが大変偏った編集でした。

ちょうど医学生たちが合宿に来ていて、 最初は ダメな学生なのに最後はとてもいい学生になった という番組にした。 2泊3日の合宿で学生の意識 が変わったことにしたいわけです。 皆さんは、 私 の話を1時間半聞いて意識が変わりますか。 変わ るわけがないですね。 人間の意識が、 そんなに簡 単に変わるはずがないのです。

自分のぶつかりの体験、 つらかった体験、 人に 話せないような恥ずかしい体験なくして人間は変 わりません。 ぶつかりの体験なくして変わらない のに、 1時間半私の話を聞いて変わるわけがない です。 もちろん、 2泊3日私の村に来て変わるわ けがないんです。 でも変わったことにしたいわけ です。 また変わったような反応はあり得る。 とな れば、 最初学生をおとしめてから、 後で持ち上げ るという手法を使うのが一番わかりやすい。 これ は映画の手法ですので、 メディアリテラシーのな

い一般の方々はすぐごまかされます。

あれは私をネタにしてつくった一種のでっち上 げです。 私がアホな医者で日々診療していること は明らかですけれども、 別にそんなにいい医者じゃ ない。 ただ、 暇だから30分話を聞いていたという のを美談チックにしてしまっている。 おかしいと 思いませんか。 おかしいと思わなかった人は、 現 代社会においてちょっと困った人です。 もっと疑 い深くならないといけません。

メディアリテラシー (メディアを読み解くこと)、

そしてメディカルリテラシー (医療を読み解くこ と)。 医療というのは平均的にどういうものなの か。 そして一般の日本人がどういう恨みの気持ち と不満があるか。 それは期待があるがゆえの不満 ですけれども、 期待が高いからこそ不満があると いうことを前提に、 こういう山の中の医療があり 得るとか、 あったとか、 それで学生が影響を受け ている、 それで学生が変わったと、 そういうストー リー性を持ち込んでいます。 実際、 私どもたくさ んの医学生が来てくれますから、 多少そういう影 響がないわけではないと思います。 でも、 あんな にはない。 それは見抜けることです。

その辺を見抜かないと、 皆さんは簡単に新聞や テレビの影響を受けて、 簡単にメディアに洗脳さ れてしまうわけです。 メディアに洗脳されてしまっ ては、 皆さんの人生はどうなるでしょう。 広告に 左右され、 テレビ国家といいますが、 主体性が従 属化されて、 みんなが同じテレビを見て、 同じ広 告の影響を受けていくような、 皆さんの意識が市 場化され、 マーケットの対象になるような状況に 現在の日本はなっているということを、 皆さんは 平和学の中で当然勉強されるはずです。

こういうリアルな感覚をお持ちになるためには、

「ぶつかりの体験」 が大事です。 ご自分で海外に 行って下痢でもしてきてください。 自分のぶつか りの体験、 自分の何か根っこのものがなければ、

世界が広い、 世間が広い、 はっきり言えば大学は

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狭いと。 しゃべっている内容はどうとでもごまか しがきくということ。 私が書いた本もたくさんあ りますが、 私をネタにして書いた本もある。 僕は 自分の本を出す前に伝記が出てしまったという変 わった人間ですが、 その伝記を読んでごまかされ る人もいる。 あれは私をネタにして書いたので、

私が書いたのではないと言いわけすると同時に、

本に書いたこと、 しゃべることはごまかし可能で す。 こういう性格だから僕はうそはついていない。

だけど、 生き方だけはごまかせないけれども、 そ れ以外のことはごまかせてしまう。 そういうとこ ろで、 皆さんがどういう人たちの後をついていく ことにするのか、 よく考えておかないといけない です。

私は海外に友人が多いのでいろんな人たちとつ き合いがあります。 タイの仏教徒とのつき合いも ありました。 日本に来ているタイの方々が死にそ うになったときに、 もう手おくれでタイ領事部を 説得できなくて、 「あなたを乗せると機内で死ぬ 可能性があると言われてしまった」 と深刻な話を したときに、 その方は 「お父さん、 お母さんに会 えないのは残念ですが、 もし可能であれば日本で タイのお坊さんにお目にかかりたい」 とおっしゃっ たわけです。 私はタイの山の中に行って、 黄色い 衣を着た私の友人のお坊さんをぜひよろしくと言っ て日本にお連れしたのが、 今から10年前です。

TBSが1時間の特別番組を組んで、 それもテ レビがしゃしゃり出てきた。 僕がそういうことを やっていると、 どこかから聞きつけてやって来る。

ぜひ撮らせてくださいと。 今回はそういうネタじゃ ないはずだと申し上げました。 でも隠れているタ イの人たちが出てきて、 タイのお坊さんたちに拝 んでもらって、 自分たちの魂のスピリチュアルな ケアを受けている姿をぜひ撮りたいと。 何でそん なに撮りたいのかと聞くと、 「日本の仏教があま りにも空洞化している。 生きている人の世話をし ないで久しいということを明らかにするからです」

とディレクターが言ったから、 オーケー、 あなた は合格ということで撮らせました。

私もその映像を見て思いました。 日本の方々は 自分の死亡率が100%であるということを全く知 らずに、 お金と技術さえかければ何とでもなると 考えて若い時期を過ごしている。 これに比べます と、 タイの方々はみずからが死んでいく存在であ ることをちゃんと勉強しています。 タイなどの小 学校へ行きますとカレンダーがありますが、 きれ いな女の子の絵の隣には骸骨の絵があります。 諸 行無常、 人は死ぬということをちゃんと教えてい るのが、 タイの小学校の死生観に関する教育です。

イスラーム教徒が別の死生観を持っていること は皆さんご存じのとおりです。 皆さんはイスラー ムの友達がいますか。 僕はいます。 中国人や韓国 人やイスラームの友達がいない人は、 ちょっと困っ たことです。 こういうところで私の講義を受ける 暇があったら、 イスラームの友達とおつき合いを してください。 韓国人や中国人で日本に留学した り、 働いたりしている人たちの気持ちを日本語で 聞き取ることができますから、 ぜひいろいろ聞い ておいてください。 そっちのほうがよほどために なるし、 忘れない 「ぶつかりの体験」 になると思 います。

イ ス ラ ー ム 、 ア ラ ビ ア 語 で は 何 と 言 う か 。

「ラー・イラーハ・イッラ・ッラー」 という信仰 告白の言葉があります。 普通は神は偉大なり、

「アラー・アクバル」 みたいな言葉であると訳さ れますが、 アラビア語の意味は違います。 板垣雄 三先生からの受け売りですが、 「ラー・イラーハ」

は神はいないと言っている。 英語でいえばノーゴッ ド。 イスラームなのに何でノーゴッドと言ってい るのか。 それはこの世の中は神がつくったのです。

私たちも神につくられた被造物です。 したがって 被造物である我々が神の存在がわかるわけがない。

だから、 神がいるかどうかわからないという意味 において神はいないんです。

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しかし私たちはここにいる。 そして神のことを 信仰している。 というイスラームの信仰の体系で いうと、 神のことを考えている我々がいる以上、

しかしどこかに神はいるに違いない。 だからバッ ト ザ・ゴッドになる。 ノーゴッド、 バット ザ・

ゴッド。 神はいない。 イスラームは無神論ですね。

我々ごときに知ることができるわけがない。 しか し我々が信仰している以上、 どこかにいるのかも しれないという痕跡を感じ取ることができるかも しれない。 だからこそ、 預言が存在するという言 い方になる。

イスラームは深い信仰ですので、 現在のイスラー ム、 この500年間ぐらいは停滞をして今に至りま すが、 女性の財産継承権、 相続権を世界で最初に 認めたのはイスラームですので、 女性についても 現在のような差別的な状況であったわけではあり ません。 ラテン語に訳される前のいろんな西洋の 文献がギリシャ語から直接ではなく、 アラビア語 経由であることを皆さんご存じのように、 イスラー ムは今は部族的な砂漠の宗教だと思っていますが、

非常に都市的な宗教である。 そういうイスラーム の誇り、 我々がイスラームについてどう思ってい るのか、 ムスリムについてどう思っているのかと いうことは、 英語からの影響を非常に強く受けて いるということについて、 ぜひ日本においでになっ ている信仰者から話を伺っていただきたいと思い ます。

私は皆さんぐらいのころ、 フィリピン大学の寮 でふらふらしていたころ、 腎臓の移植の話を聞き かじって、 これ以上やるとフィリピンやくざに消 されるからやめておこうと考えていたころですが、

フィリピン大学の寮には、 たくさんのアジア、 ア フリカの外国人たちが安く英語が勉強できるとい うことでいたわけです。 その中にイスラームの連 中がいまして、 当時イラン・イラク戦争をやって いましたが、 イラク人やイラン人が一緒にビール を飲んで騒いでおりました。 このようなときにイ

スラームの信仰について聞かされたことは、 私の 忘れられない体験になっています。

イスラームの方々の中に私はとっても嫌なやつ がいたんです。 守銭奴というお金が大好き。 私は 時々こういうところで講演するときに、 「金持ち より心持ち」 という演題でやらせていただくこと がある。 金持ちになれない。 本当はなりたいんだ けれども、 私は性格が悪くて信用がないので、 銀 行が私にお金を貸してくれないので金持ちになれ ません。 金持ちになりたいがなれないので、 心持 ちになりたいということで、 「金持ちより心持ち」

という題で講演をやりますと、 市民講演会などで は誤解してたくさんの人が来てしまう。

私は本当は金持ちになりたいんだけれども、 金 持ちになれなくて残念だ。 心持ちになろうと思っ たが、 心豊かな人たちが村に多いので、 自分が心 貧しい人間であることがわかってしまって残念だ、

という話をすると聴衆の半分ぐらい帰ってしまい ますが、 そういう 「金持ちより心持ち」 という感 覚は、 私はイスラームの方々から学ばせていただ いたんです。

ふだんとっても金大好き人間の僕の大嫌いなイ スラームのやつが、 私に言ったんです。 そいつは 私のことを友達だと思っている。 私はそいつが

「金持ちより心持ち」 じゃないやつだと思ってい るから嫌いなんだけれども、 そいつに言われてし まった。 「日本人は寂しいね、 しょせん金しか考 えない」 と。 おまえに言われたくないよと思いま したが、 「僕らはちゃんと信仰があるから、 年に 1回はラマダーン (イスラーム暦第9月・断食月) をやるんだ」 と。 「断食をやると貧しい人たちの 気持ちがわかるんだよ」 と。 金持ちより心持ちと。

ところが、 皆さんイスラーム諸国に足を運んで ください。 ちょうどいま断食が終わったぐらいで すが、 断食の時期にイスラーム諸国に行きますと、

小学校に入るか入らないかぐらいの女の子たちは、

みんな浮き浮きわくわくしています。 にこにこは

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きはきしています。 なぜかというと、 いつも大人 たちがけんかをして、 貧富の格差がひどくてイス ラーム社会はいま大問題ですが、 断食の季節だけ は大人がとても優しいのです。 それを見て女の子 たちがお祭りだと思っている。

なぜか。 それは断ち物をするからです。 貧富の 格差なく、 日が落ちるまではつばきも飲み込んで はいけないという苦行を共にしていた同胞、 同じ 信仰を持っているイスラームは、 ふだんは路上生 活者に見向きもしないのに、 日没になりますと、

そのあたりの路地のところにお金持ちが水やいろ んな物を持ち寄って、 みんなでお祭りをする。 そ ういうのを見て、 毎日のようにぼんぼりが出てい るのを見て、 小さな女の子たちはとてもうれしい。

これがイスラームの断食月、 お祭り月です。

仏教についてもヒンドゥーについても、 断ち物 というのがありますので、 皆さんは日本の中にい て、 効率重視の 「金持ちより心持ち」 ではないほ うの感覚ばかりになれ親しんでいますが、 時には アジア人の一員としてイスラーム諸国に足を運び、

タイの仏教国に足を運び、 そして時にはそこで下 痢をして、 病気をして人の世話になってくると、

人のありがたみもわかって日本の特徴もわかる。

そういう感覚があります。

最初に申し上げましたように、 私はお坊さんで はなくお医者さんですが、 お医者さんもお坊さん も嫌われています。 顔なんか見たくないですね。

皆さん、 お坊さんに会いたいですか。 お医者さん

に会いたいですか。 会いたくないでしょう。 ない はずです。 ところが、 お医者さんもお坊さんも誤 解しています。 自分は感謝されていると思ってい る。 こういう職業の代表は教師です。 皆さんは、

情けないことに教師の権力に一方的にさらされて いて、 いつもおどおどびくびくさせられている。

時には、 教師をおどおどびくびくさせてやりたい とは思いませんか。 お坊さんやお医者さんは相手 をおどおどびくびくさせるプロですけれども、 い つもおどおどびくびくさせられているのはつらい。

そして不満がたまる。 いろいろ期待が寄せられて いるにもかかわらず不満がたまると、 私のような テレビもできてしまうということです。

太ってしまった私が、 たまには断食をしてみな いといけないというのも全然説得力のない話です けれども、 しかし現代の日本について考えるため には、 二つの目で物を見て立体感を得られるわけ です。 皆さんは日本の中だけでいて、 日本社会の いいところも悪いところもわかるわけではありま せん。 外の目を持っているアウトサイダーの方々 が、 もし日本語がわかっていればもっと便利です が、 日本についてどうごらんになっているのかと いうことを取材して、 自分が日本について見ると きの複眼的な物の見方、 立体的な物の見方につい てお考えいただきたいと思います。 私は話すのが 下手なので、 これで一たん終わりにして質疑にし たいと思います。 どうもありがとうございました。

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