交通現象からみた長崎市の都市圏
交通現象か
らみた長崎市の都市圏
竹内清
文
一︑ま え が き
長崎市を中心として形成される生活圏についての研究は今まで見るこ
とができない︒これは長崎が地理学的研究の未開拓の地であるという理
由の他に︑長崎が半島部にあると共に︑日本の西の終点に位置する関係
から地域構造としてはあまり興味をそxらぬことに由来するものかもし
れない︒ともかくも三十余万の人口をかxえ︑所謂水産商工都市として︑
また県庁所在の都市として︑未だ衰えぬ勢力を有する長崎の都市圏に関
する研究は一度は試みられなければならない課題ではないかと思う︒そ
こで筆者は第一段階として︑交通現象から長崎市の勢力圏を考察するこ
とを行なってみた︒然し長崎市周辺の交通はその以北が主に国鉄による
ものの他に︑バス交通もあり︑以南においてはバス交通の他に︑離島の
交通船によるものもあって︑かなり複雑な要素でみたされている︒その
ために国鉄関係の資料︑三つのバス会社の資料︑市内電車︑交通船の資
料を蒐集しなければならぬが︑同種類のもの︑即ち広範囲にわたっての
同時期の新らしい資料を入手することが難かしい︒これは本研究を進め
る上に︑最大の障碍であったが︑漸くにして得たものは︑かなり古く一
九五二年のもので︑数力町村が欠如して居り︑全く不充分であったけれ
ども︑近い将来において最新の資料によって再度分析し︑比較検討する
資料に役立たせることを目的として︑こxに考察を試みた次第である︒
なお︑本研究を進めるに当り︑資料蒐集整理に鵜殿君のお世話になった
ことを併記し︑感謝の意を表する︒ 二︑長崎市周辺の交通概況
通勤者・通学者そして一般の方々の長崎市に来る場合の交通手段とし
ては国鉄・県営バス・長崎.ハス︵民営︶そして市及び民営の交通船とが
ある︒長崎市街地を中心として考えた場合︑表に見る如く︑東北部の諌
早方面からは国鉄と県営.ハスに依存して居り︑北部の西彼杵半島方面か
らは国鉄・長崎.ハスそして三重村の如き海岸部町村においては交通船に
も依存している︒一方南部の長崎半島方面は大部分が長崎.ハスにより︑
わっかに野母が数値に現われないが交通船にも頼っている︒さらに離島
の香焼島︵長崎大波止との現在の運航回数は日に二十一往復︶伊王島︵日
に十往復︶高島︵日に七往復︶高浜村端島は勿論交通船のみによって長
崎市に来る︒結局資料を集め得た対象市町村域における長崎市に来る人
達の交通手段別の輸送比は国鉄二十二︑長崎.ハス四十二︑県営.ハスニ十
二︑交通船十四の割合になっている︒また︑二十市町村の内︑一種の交
通手段にのみ依存する町村は十六あるが︑それらの内︑国鉄のみの町村
はわずかに四︑そして離島の三町村は明らかに交通船のみであるから︑
結局残り九町村はもっとも適確な資料の把握し難い県営及び長崎.ハスの
両交通機関に依存している︒まして︑二種以上の交通手段に頼る六町村
についてはさらに複雑である︒
また注意しなければならぬことは︑船舶交通においては周知の如く︑
他交通機関に比してスピードが極めて遅く︑且つ運航日数に於いても極
めて低い為に︑これに依存する離島に於いては︑この点に考慮を払はな
ければならない︒さらに︑長崎バスの走る路線は︑長崎〜茂木間を除き︑
q
Q)道路状況が劣悪で︑所要時間が意外
に多くかxることも注意しなければ
ならない︒
これら対象地域の二十市町村に於
ける月間の平均乗車入員は合計百九
万人であるが︑その内訳をみると︑
諌早市が最大で︑月間平均三五万人︑
一日平均千百人で︑全体の三一・八﹁%を占める︒これは市の人口が特に
大きいことからくるもので︑一人当
りの乗車回数は月に五回程で︑本対象地域全体の平均値に近い値であ
る︒続いて絶対値の高いのは長与.
深堀・茂木で︑月間十万入前後で︑
町民一人当りの乗車率は諌早より高
く十回前後である︒また町民一入当
りの畑違の乗車回数の比較的高いの
は前記の他には煽石・喜々津・大草・
深海・香焼・時津の各町村があげら
れ六回以上を示す︒
三︑長崎市に流入する一般
人口
毎日長崎市を核心として︑周辺の
市町村から市内にやってくる人の数
は平均二万人を数える︒この内には
定期券を所有して︑通勤︑通学する
七千三百人の人達や︑
鮒
︵
継 望口信
通手
交
の
達人る来
へ
市崎長
三 三 均深海村大草村前王島村高浜村高島村滑革村邑上村湯江町三重村野母町脇岬村喜々津村流石洋式見村誌焼村長与薬時津町茂木町
深堀村
諫早市
22@42 22 14
m m
O 0 0 0
㎜ 0 0 0 0 59 0 0
㎜ 0 73 0 0 25
0 0 0
0 0O
0
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0
㎜ 93
m
㎜ O 97 0
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O O㎜ 0
㎜ 0 O 0 0
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41 0 0 0 0 026
m
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脚 3 0
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0 0
0 7
75 0
長 県 交国 晦野通 鉄字畝船
買物や各種の用事のため交通機関を利用して市内
交通現象からみた長崎市の都市圏 にくる人達が含まれ︑それらの総計である︒しかし研究対象市町村以外の地域からくる甘辞は含まれていない︒ 先づ絶対数から対象市町村における長崎市へ来る移動人口をみると︑諌早市が一一万日頃最高を示し︑次いで深堀・茂木が八万人︑以下は時津・長与・香焼・式楽が五万〜三万人とつゴく︒最高の諌早市は総人口からみて当然の結果であらうが︑市民一人当りの月間の長崎市へくる回数をみると一・七回と低い値である︒これに反し︑深堀・茂木.時津.二塁などは何れも五回以上で︑やはり長崎市に近接するものの優位性を示している︒その他︑中位にあるものが︑長与.香焼.夢見︒喜々津.脇町・叉焼などである︒ ﹂ 一方各市町村に於いて︑長崎市に来る乗車人員が乗車総人員︵長崎だけでなく︑各地へ行くために乗車した人員︶の中に占める割合を調べ︑各市町村の長崎市に依存する度合を検討してみる︒高位の五〇%以上のものをあげると︑深堀転茂木・香焼・時津・式見・三石・差回・矢上・山焼・高島・高浜・伊王島・野母の各町村である︒これらの町村は云いかえると︑何等かの交通機関を利用したものの内︑半分以上は長崎にくるために乗車した人達の住む地域で︑これらの町村から乗車する人達の二人に一人は長崎に吸引されているといえる︒即ち︑他の市町村へ吸引される力よりも長崎市のそれが最大を示す︑いわば長崎の勢力がもっとも強い圏域内にある町村といえる︒諌早市をはじめ︑その他の町村は長崎市への吸引力がかなり弱まり︑絶対的なものではないが︑しかし︑三〇%前後の値を示し︑三人に一人の三三で長崎にくる訳で︑長崎市以外に行く人の方が多いけれども︑他に大きな都市が存在せず︑また諌早βしても三三%の長崎市への吸引力を示しているので若干弱い所もあるが︑やはり研究対象市町村はすべて長崎市の勢力圏内にあると考えられ
る︒
長崎市に隣接する町村が当然であるが︑何れも八○%以上のとくに高率を示すい︒その他に高位ものとして高島をはじめ離島地域があり︑まD
q
交通現象からみた長崎市の都市圏
た長崎半島の各町村域もこれに含まれる︒これら離島と長崎半島の高率
地域は交通機関が交通船・バスに限られて居り︑それらがすべて長崎を
起点とすると共に︑西の端の都市長崎以外に住民を吸引する核心集落が
存在せず︑一時間前後船或いはバスにゆられても長崎に来る以外にない
という実情によるものと解せられる︒その点国鉄沿線の市町村は長崎か
らの距離の拡大と共に率は漸減をみせている︒
四︑長崎市への通勤・通学状況
前節に於いて通勤・通学も含めて︑周辺市町村から長崎市に来る人達
について考察を加えたが︑本節においては︑その内通勤・通学する人達
の地域構造について論じたい︒いわば長崎市の通勤・通学圏についての
考察である︒
対象市町村から長崎に通勤︒通学する数は月間約二二万人︑一日平均
七千三百四九人である︒これは一九五二年の長崎市人口二六・六万人の
二・七%に相当する人口が昼間長崎市へ来て︑夜には市外へ戻る定期的
移動人口であり︑これは長崎市に来る全乗客数︵対象市町村からの︶の
三〇%をしめ︑対象市町村の全乗車輸送量の二二%をしめる︒これは一
駅或いは一停留所において乗車した人員五人の内︑一人弱は長崎市へ通
う勤め人︑或いは学生であるといえる︒ 所で通勤・通学圏の考察を進めるに当り︑村田氏が東北地方における
通勤人口の考察によって︑第二︑三次産業人口との相関の高かった結果
から︑ここではまつ各市町村における長崎市への通勤者の数が第二︑三
次産業人口とどの様な関係にあるかを考察してみた︒相関図を描くと第
一図の如くで︑諌早・高島・高浜・伊王島の各市町村は︑他の町村とそ
の傾向を著しく異にし︑長崎市への通勤者の数が︑二︑三次産業就業人
口数の割に非常に少ないことを示している︒これは諌早については長崎
県の副次的中心都市でもあり︑地元諌早においてかなりの人口を吸収し
うるので︑長崎への通勤人口の低さを理解できる︒高島︒高浜︵内の端
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図コ第 島︶・伊王島については︑夫々炭鉱を中心とする町であり︑地元に多くの人口を吸収しうる力を備えていると同時に交通不便な⁝離島であることによってもたらされた対象市町村に於ける異常現象とみなすことができよう︒ 一方各市町村から長崎市にやってくる全乗客の内︑通勤・通学者は何%位をしめているか?検討してみると次の如くであ
る︒
八○%以上が通勤通学者で占められている町村は長与・式見・湯江・大
草そして離島中でも︑長
崎にもっとも近く︑長崎
との運航回数も非常に多い香焼である︒五〇%以上の町村は時津・矢
上・深海︑二〇%以上の市町村は諌早・深堀・喜々津・伊王島︑そして
二〇%以下の町村は荒木・為石・脇岬・三重・蚊焼・高島・高浜・野母
である︒ここに於いても炭鉱の町村伊王島・高浜・高島は通勤者人口比
が低く︑また副次的中心都市諌早が低位に現はれると共に︑水産業及び
批把などの果樹を中心とする農業の盛んな茂木町︑長崎市からの遠隔地
脇岬︒三重︒野母などが通勤者人口の少なさを示している︒
q
の五︑交通圏の地域区分
長崎市周辺の二〇市町村から長崎市に来る人達の数︑そして通勤・通
学者の数などから考察を加えた結果から次の様な規準で地域区分を試み
た︒即ち︑
①長崎市に来る人達の数が全乗車客思の半分以上を占める市町村をA︑
半分以下の市町村をBと区分した結果は次の通りである︒
A群−深堀・茂木・香焼・時津・式見・三石・脇岬︒三重.矢上︒乱
焼∵高島・高浜・伊王島・野母︒
B群i諌早・長与・喜々津・湯江.大草・深海︒
②長崎市に通勤・通学する者の数が長崎市に来る全乗客数の内に占める
割合が五〇%以上と五〇%以下に区分し︑前者をa群︑後者をb群とし
た︒その結果︑
a群−長与・香焼・式見・湯江・大草・時津・矢上・深海︒
b群−諌早・深堀・喜々津・伊王島・茂木・離石・脇岬・三重・蚊焼・
高島・高浜・野母となった︒ 以上によって︑①と②の区分を合わせると︑次の四つの類型ができ
る︒
飴群:香焼・時津・式見ρ矢上莇群:深堀・茂木︒為石︒脇岬.三重︒蚊焼.高島︒山口同浜・伊王島・野母
鉱群:長与・大草.深海・湯江
跳群:諌早.喜々津
これを図示すれば第二図の如くである莇群というのは長崎市に来る人
数が全乗車客数の半数以上を占めるが︑通勤人口は長崎市に来る人数の
半数以下であるタイプを示すものであり︑また︑その逆のタイプが艶群
である︒これらの内もつとも長崎市とのつながりの強いグループが飴の
町村であるが︑すべて長崎市域をとりまく隣接の地である︒逆にもっと
も市との結合の弱いものが恥群であり︑長崎市からはかなり遠ざかる︒
交通現象からみた長崎市の都市圏
︐諌
母18野︐8津︐々
浜喜高177 ︐︐草
島大高166 ︐︐与
島長王51伊︐5重︐三
上14矢︐4木︐茂
津13時︐3堀︐深
見12式︐2焼︐蚊︶島11江焼︐湯香石201為︐︵10海分︐深三三19域脇︐地9早
咽.0第
q
の交通現象からみた長崎市の都市圏
そして中間に位するのが莇と脱の両群で長崎半島の全域と離島︑そして
北部及び東部に拡がる︒この内︑長崎半島と離島は長崎市以外に重要な核心となるものが全くなく︑経済的にも第一次産業或いは鉱業という第
一次産業に準じて考えることのできるもので満たされていることによっ
て︑これらの地域にA群が広く拡がっているものと思われる︒一方北部
の西彼杵半島が資料不足のため︑A群の限界を求めることができず︑また東部の諌早方面について同様資料不足のため︑限界が不鮮明となって
いる︒しかし︑北部︒東部は南部の半島部と異なり︑漸移する過程を読
みとることができる︒
かくて長崎市の勢力圏は第一次圏として舶群の町村域があげられ︑第
二次圏として︑莇・肱の両群をあげることができると思う︒そして︑跳
群は第二次圏内の副次急立と考えることができよう︒然し︑たゴ前節の
第二・三次産業人口と通勤・通学者数との相関図からみて︑深堀・喜々
津の両町村は夫々莇群・跳群に属しているが︑上位にあるのが妥当の様
に思はれる︒従って第一次圏は深堀を含めた前記四町村が︑第二次圏は
それ以外の町村から副次的圏と思われる諌早市域を除外した町村域がこ
れにあたると考えられる︒
第一次圏は各市町村から長崎市中心部までの距離と所要時間の点から
検討するなら︑香焼が七㎞・三十五分︑時津が十一㎞・三十八分置式見
が十二㎞・五十三分置矢上が十二㎞・三十分︑深堀十四㎞・四十分で︑
距離の点では交通機関の種類によってかなりの差がでるが︑時間からみ
て四十五分前後が第一次圏の限界とみなしうる︒一方第二次圏では東と
南の末端の湯江と脇岬を比べると︑距離では前者が四十五㎞︑後者が二
十四㎞とかなりの差があるが︑所要時間では鉄道と悪路におけるバス交
適との差が現はれて︑両者共約八十分であり︑ほゴ一時間半の線が第二
次圏の限界と考えてよいのではないかと思う︒そして第二次圏の中に︑
諌早市域が副次的圏を形成していると理解することができるであらう︒ 六︑む す び
以上長崎市を核心とする勢力圏が周辺部にどの様に展開しているか
を︑古い資料ではあったが︑交通関係から検討した︒その結果長崎市周
縁の隣接町村と︑離島の中で︑もつもと長崎に近く︑船舶交通ではある
が︑その航行回数の多い香焼島とが全く︑長崎市の勢力圏内に入ってい
る︒そして︑その他の長崎半島の町村や離島町村︑そして西彼杵半島の
南部や東部の佐賀県境まで︑弱いけれども長崎市の第二次勢力圏に属し︑資料不足のため不明瞭であるが︑東方は影響力の漸減の様子が察せ
られる︒また第一次圏の限界及び通勤圏の漸移型態に於いて︑明らかな
ように︑交通機関の種類そして路線状況の良・不良によって︑その圏域
に大きな差里ハを与えていることも注意すべきであらう︒これは反面にお
いて︑交通機関の改善によって︑長崎市周辺の町村の性格を大いに変貌
させうることを示唆していると解されよう︒それにしても︑不充分な資 の
料による考察であったが︑一応の長崎市周辺部の様子を知ることができ q
た︒近い内にさらに新しい詳細な資料によって検討することを約束し
て︑小論を終る︒
︵参考文献︶
② ω
⑧
㈲
伊藤郷平:地方都市の研究一新しい豊橋︒
村田孝介:東北地方に於ける通勤人口の考察i主要都市の鉄道交通圏︵剛︶
東北地理八−一
渡辺四郎:小都市を中心とする時間距離とサービス圏との関係 東北地理一
一一三︑四
渡辺四郎:通勤交通よりみた福島市の都市圏構造 東北地理六一二