人 間 行 動 学 科 地 理 学 コ ー ス
エ ル サ レ ム 旧 市 街 に お け る 歴 史 的 建 造 物 の 保
全 と 住 民 生 活 支 援
学 部 文 学 部
卒 業 年 度 平 成
25 年 度
学 籍 番 号
A 10LA 022
岩
い わ神
が み幸
こ う平
へ い平 成 2 5 年 度 卒 業 論 文 エ ル サ レ ム 旧 市 街 に お け る 歴 史 的 建 造 物 の 保 全 と 住 民 生 活 支 援 A 1 0 L A 0 2 2 岩 神 幸 平 目 次 Ⅰ . は じ め に 1 ) 研 究 目 的 2 ) 先 行 研 究 ・ 調 査 方 法 Ⅱ . エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 歴 史 的 ・ 政 治 的 背 景 1 ) 調 査 地 の 概 要 2 ) エ ル サ レ ム の 歴 史 的 背 景 ( a ) 古 代 ~ 第 二 次 世 界 大 戦 ( b ) イ ス ラ エ ル 建 国 ~ 和 平 交 渉 3 ) イ ス ラ エ ル - パ レ ス チ ナ 問 題 Ⅲ . エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 現 状 ・ 問 題 1 ) エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 現 状 2 ) U N E S C O に よ る 「 危 機 遺 産 リ ス ト 」 へ の 登 録 3 ) イ ス ラ エ ル に よ る 旧 市 街 の 「 ユ ダ ヤ 化 」 と パ レ ス チ ナ 人 住 居 の 破 壊 Ⅳ . パ レ ス チ ナ N G O に よ る 修 復 事 業 ・ 住 民 支 援 事 業 1 ) We l f a r e A s s o c i a t i o n ( a ) We l f a r e A s s o c i a t i o n の 概 要 ( b ) We l f a r e A s s o c i a t i o n に よ る 歴 史 的 建 造 物 の 修 復 事 業 2 ) パ レ ス チ ナ N G O に よ る エ ル サ レ ム 住 民 へ の 生 活 支 援
3 ) 調 査 結 果 の 分 析 と 考 察 Ⅴ . 結 論
キ ー ワ ー ド
Ⅰ . は じ め に 1 ) 研 究 目 的 「 街 並 み 保 存 」 や 「 文 化 遺 産 の 保 全 」 は 近 年 、 日 本 国 内 で も よ く 聞 か れ る 取 り 組 み で あ る 。 そ う し た 取 り 組 み を 行 っ て い る 自 治 体 の 中 に は 、 世 界 遺 産 登 録 を 目 指 す 動 き も あ り 、 都 市 化 や 観 光 化 な ど の 「 発 展 」 と 、 景 観 や 環 境 の 「 保 全 」 の 対 立 を 論 じ る 鈴 木(2 0 1 0 )な ど の 研 究 も よ く 見 ら れ る 。ま た 、大 野( 2 0 0 8 ) の よ う な 高 い 文 化 的 価 値 を 持 つ 地 域 と 、 そ こ に 住 む 住 民 の 生 活 と の 関 連 性 を 論 じ た 研 究 も 多 く 行 わ れ て い る 。 し か し 、 こ れ ら の 研 究 は 、 土 地 の 管 理 権 や 信 仰 と い っ た 問 題 で は な く 、 あ く ま で 利 害 関 係 の 調 整 に 焦 点 が 当 て ら れ る こ と が 多 い 。 領 土 や 民 族 を め ぐ る 紛 争 が 起 こ っ て い る 土 地 に 文 化 的 価 値 の 高 い 資 源 が 存 在 す る 場 合 、 ど の よ う に そ れ ら の 資 源 を 守 り 、 な お か つ そ の 土 地 に 住 む 人 々 の 生 活 を 維 持 し て い く の か と い う 、 紛 争 と 文 化 的 資 源 の 関 係 に 焦 点 を 当 て た 研 究 は 、 国 内 に そ う し た 属 性 を 持 つ 資 源 が 存 在 し て い な い こ と か ら 、 あ ま り 進 め ら れ て こ な か っ た 。 こ の よ う な 国 内 の 世 界 遺 産 と は 異 な り 、 本 研 究 で 対 象 と し て い る エ ル サ レ ム 旧 市 街 は 、 紀 元 前 か ら の 歴 史 が あ り 、 各 時 代 の 特 徴 を 持 っ た 歴 史 的 建 造 物 が 数 多 く 現 存 す る と 同 時 に 、 ユ ダ ヤ 教 、 キ リ ス ト 教 、 イ ス ラ ム 教 の 共 通 の 聖 地 と な っ て い る こ と か ら 、1 9 8 1 年 に 世 界 文 化 遺 産 に 登 録 さ れ た 。し か し 、イ ス ラ エ ル と パ レ ス チ ナ の 双 方 が 領 有 権 を 主 張 し 、 領 土 を め ぐ る 情 勢 の 不 安 定 さ か ら 、1 9 8 2 年 に 危 機 遺 産 リ ス ト に 記 載 さ れ 、現 在 も な お エ ル サ レ ム の 帰 属 問 題 は 解 決 し て い な い 。 本 研 究 で は 、 こ の エ ル サ レ ム 旧 市 街 に お け る 歴 史 的 建 造 物 の 修 復 事 業 を は じ め と し た N G O の 活 動 を 事 例 に 、 領 土 を め ぐ る 争 い が 起 こ っ て い る 中 で 、 人 類 に と っ て 歴 史 的 、 文 化 的 に 価 値 の 高 い 建 造 物 を ど の よ う に 保 全 し 、 な お か つ そ こ に 住 む 住 民 の 生 活 環 境 を ど の よ う に 改 善 し て い く の か に つ い て 焦 点 を 当 て 、 保 全 や 改 善 の 試 み に 政 治 的 、 国 際 的 な 対 立 関 係 が い か な る 影 響
を 及 ぼ し て い る の か に つ い て 検 討 す る 。 ま た 、 そ う い っ た 状 況 の 中 で ど の よ う な 組 織 に よ る ど の よ う な 活 動 が 行 わ れ て い る の か を 、 現 地 調 査 を 通 じ て 明 ら か に す る 。 こ の 研 究 を 通 じ て 、 高 い 価 値 を 持 つ 文 化 資 源 が 、「 誰 に と っ て 、 ど の よ う な 理 由 で 大 切 な の か 」 と い う こ と や 、 同 一 の 文 化 資 源 に 対 す る 、 宗 教 や 政 治 的 、 歴 史 的 背 景 の 違 い に 起 因 す る 認 識 、 考 え 方 の 差 異 と 、 そ の 差 異 の 存 在 に よ っ て 、 文 化 資 源 と 人 間 に 与 え る 影 響 に つ い て 検 討 す る 。 2 ) 先 行 研 究 ・ 調 査 方 法 エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 建 造 物 の 保 全 に 関 す る 研 究 と し て 、 見 原 (2 0 1 0 ) は 国 際 連 合 教 育 科 学 文 化 機 関 ( 以 下 U N E S C O ) の 旧 市 街 に お け る 危 機 遺 産 認 定 の 経 緯 と 保 全 に 向 け て の 取 り 組 み に つ い て 研 究 し て い る 。 ま た 、 飛 奈 (2 0 0 9 ) は 旧 市 街 で 行 っ た フ ィ ー ル ド ワ ー ク か ら 、 イ ス ラ エ ル に よ る パ レ ス チ ナ 人 の 住 居 破 壊 を イ ス ラ エ ル 占 領 の 「 既 成 事 実 化 」 と 評 価 し て 、 そ れ に 対 す る パ レ ス チ ナ 側 の 取 り 組 み を 「 抵 抗 」 と 捉 え て 考 察 を 行 っ て い る 。パ レ ス チ ナ 側 の N G O で あ る We l f a r e A s s o c i a t i o n は 、旧 市 街 内 の 状 況 に 関 す る 分 析 を 行 い 、 2 0 0 3 年 に 『 J e r u s a l e m H e r i t a g e a n d L i f e 』 を 発 行 し て い る 。 し か し 、 こ れ ら の 先 行 研 究 で は 、 具 体 的 な 保 全 、 修 復 の 事 例 と 、 修 復 後 の 利 用 方 法 、 建 造 物 を 実 際 に 利 用 し て い る 人 物 や 組 織 の 評 価 ま で は 検 証 さ れ て い な い 。 本 研 究 の 調 査 対 象 地 は エ ル サ レ ム 旧 市 街 で あ り 、 現 地 調 査 と し て 2 0 1 3 年 1 0 月 に エ ル サ レ ム に お い て 、We l f a r e A s s o c i a t i o n を は じ め と す る 、 現 地 で 活 動 し て い る N G O 関 係 者 や 研 究 者 に 対 し て 聞 き 取 り 調 査 を 実 施 し た ( 表 1 )。 We l f a r e A s s o c i a t i o n と は 、パ レ ス チ ナ 全 域 お よ び レ バ ノ ン で 活 動 を 行 っ て い る パ レ ス チ ナ の 非 政 府 組 織 (N G O ) で あ り 、 エ ル サ レ ム 旧 市 街 に お い て 歴 史 的 建 造 物 の 保 全 ・ 修 復 を 行 っ て い る 、 パ レ ス チ ナ 最 大 の 団 体 で あ る 。 こ の We l f a r e A s s o c i a t i o n
の 活 動 目 的 は 、 パ レ ス チ ナ の 社 会 、 経 済 の 発 展 と 文 化 、 ア イ デ ン テ ィ テ ィ の 継 承 を 通 じ て 、 パ レ ス チ ナ に 住 む 人 々 の 生 活 環 境 の 向 上 さ せ て い く こ と で あ り 、 ア ラ ブ 諸 国 な ど か ら の ド ナ ー か ら 資 金 を 得 て 活 動 し て い る 。 ま た 、 調 査 対 象 地 で あ る 旧 市 街 に お い て フ ィ ー ル ド ワ ー ク を 実 施 し 、 実 際 の 修 復 事 例 及 び 旧 市 街 の 現 状 の 踏 査 を 行 っ た 。 こ れ ら の 調 査 結 果 を 元 に 、 エ ル サ レ ム 旧 市 街 に お け る 建 造 物 の 修 復 と 生 活 支 援 に 関 す る 考 察 を 行 う も の と す る 。 本 論 文 の 構 成 と し て 、 ま ず Ⅱ 章 で 研 究 の 背 景 と な る エ ル サ レ ム の 概 況 と 歴 史 、 イ ス ラ エ ル - パ レ ス チ ナ 問 題 の 経 緯 に つ い て ま と め る 。 Ⅲ 章 で は 文 献 と 現 地 の 踏 査 を 元 に 、 エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 現 状 と 危 機 遺 産 リ ス ト 登 録 の 経 緯 、 イ ス ラ エ ル に よ る ユ ダ ヤ 化1に つ い て 述 べ る 。そ し て Ⅳ 章 で は 実 際 に 旧 市 街 内 で 建 造 物 の 修 復 活 動 、 住 民 生 活 支 援 活 動 を 行 っ て い る N G O へ の 聞 き 取 り 調 査 で 明 ら か に な っ た 事 実 に つ い て 整 理 と 分 析 を 行 い 、 Ⅴ 章 で 調 査 結 果 に 関 す る 考 察 と 結 論 を ま と め て い る 。 表 1 . 本 研 究 に お け る イ ン フ ォ ー マ ン ト リ ス ト Ⅱ . エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 歴 史 的 ・ 政 治 的 背 景 本 章 で は 、 研 究 の 背 景 と な る エ ル サ レ ム の 概 要 と 歴 史 、 そ し 聞 き 取 り 対 象 者 ・ 組 織 聞 き 取 り 対 象 者 の 属 性 聞 き 取 り を 行 っ た 場 所 聞 き 取 り 年 月 日 聞 き 取 り 時 間 1 M i c h e l T u r n e r 氏 U N E S C O の 下 部 組 織 の C h a i r m a n関西国際空港 2013年8月28日 約60分 2 Haim Yacobi氏 ベングリオン大学講師 西エルサレム 2013年10月6日 約40分 3 Community・Action・Center パレスチナのNGO(修復事例) エルサレム旧市街 2013年10月6日 約20分 4 Industrial Isramic Orphanage School 職業訓練学校(修復事例) エルサレム旧市街 2013年10月8日 約40分 5 Welfare Associationエルサレム事務所 パレスチナのNGO エルサレム旧市街 2013年10月8日 約30分 6 Spafford Children’s Center パレスチナのNGO(修復事例) エルサレム旧市街 2013年10月8日 約1時間 7 Rawan Natsheh氏 元Welfare Associationl勤務 東エルサレム 2013年10月11日 約30分
8 African Community パレスチナのNGO(修復事例) エルサレム旧市街 2013年10月12日 約1時間
9 The National Conservatory of Music 音楽学校(修復事例) 東エルサレム 2013年10月12日 約30分 10 Saraya Community Center パレスチナのNGO(修復事例) エルサレム旧市街 2013年10月12日 約20分
て イ ス ラ エ ル ‐ パ レ ス チ ナ 問 題 の 経 緯 に つ い て 整 理 す る 。 1 ) 調 査 地 の 概 要 本 研 究 の 対 象 地 域 は エ ル サ レ ム 旧 市 街 と す る 。 エ ル サ レ ム は イ ス ラ エ ル の 中 央 部 、 パ レ ス チ ナ 自 治 区 、 ヨ ル ダ ン 川 西 岸 地 区 の 西 端 に 位 置 し 、 標 高 8 0 0 m の 小 高 い 丘 の 上 に 存 在 す る 街 で あ る( 図 1 )。エ ル サ レ ム は ユ ダ ヤ 人 の 住 む 西 エ ル サ レ ム( 新 市 街 ) と 、 パ レ ス チ ナ 人 が 多 く 住 み 、 旧 市 街 を 含 む 東 エ ル サ レ ム と に 分 か れ て い る 。 西 エ ル サ レ ム は イ ス ラ エ ル の 管 理 下 に あ り 、 現 代 的 な 街 並 み で あ る の に 対 し 、 東 エ ル サ レ ム は 西 エ ル サ レ ム と 比 較 し て 十 分 な 整 備 が な さ れ て い な い 。 東 エ ル サ レ ム と 西 エ ル サ レ ム の 境 界 付 近 に 位 置 す る 旧 市 街 は 0 . 9 ㎡ と 面 積 は 非 常 に 小 さ い が 、 旧 約 聖 書 時 代 か ら の 古 い 歴 史 と そ れ ぞ れ の 時 代 の 建 造 物 を 持 ち 、 そ れ に 加 え て 嘆 き の 壁 、 聖 墳 墓 教 会 、 岩 の ド ー ム な ど 、ユ ダ ヤ 教 、キ リ ス ト 教 、イ ス ラ ム 教 の 聖 地 が 集 積 し て お り 、 世 界 中 か ら 多 く の 巡 礼 者 、 観 光 客 が 訪 れ る 街 と な っ て い る 。 こ の よ う に 宗 教 施 設 、 歴 史 的 建 造 物 が 多 く 現 存 し て い る こ と か ら 、 旧 市 街 全 体 が 「 エ ル サ レ ム の 旧 市 街 と そ の 城 壁 群 」 と し て 、 U N E S C O の 世 界 文 化 遺 産 に も 登 録 さ れ て い る 。ま た 、旧 市 街 は ム ス リ ム 地 区 、 キ リ ス ト 教 地 区 、 ユ ダ ヤ 人 地 区 、 ア ル メ ニ ア 人 地 区 に 分 か れ て お り 、 異 な る 宗 教 、 民 族 が 小 さ な 街 の 中 で 共 に 生 活 し て い る ( 図 2 )。 こ う し た 要 因 か ら 、 エ ル サ レ ム 旧 市 街 は 世 界 で も 他 に 類 を 見 な い 独 自 の 特 性 を 持 っ た 場 所 と な っ て い る 。 し か し 、 エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 最 大 の 問 題 は 、 国 際 社 会 か ら 公 認 さ れ た 主 権 が 存 在 し な い と い う 点 で あ り 、 イ ス ラ エ ル に よ る 旧 市 街 及 び 東 エ ル サ レ ム の 一 方 的 な 併 合 か ら 4 0 年 以 上 が 経 過 し た 現 在 も 問 題 は 解 決 し て い な い 。 ま た 、 エ ル サ レ ム 旧 市 街 は 世 界 文 化 遺 産 に 登 録 さ れ て い る と 同 時 に 、 危 機 遺 産 リ ス ト に も 登 録 さ れ て い る 。 世 界 文 化 遺 産 、 危 機 遺 産 登 録 の 背 景 に 関 し て は Ⅲ 章 の 2 ) に お い て 詳 し く み て い く が 、 一 つ 重 要 な こ と は 、 U N E S C O が 本 来 行 な う べ き 遺 産 の 保 全 に 関 す る 取 り 組 み を 、エ
ル サ レ ム 旧 市 街 に お い て は ほ と ん ど 行 え て い な い と い う 事 実 う で あ る 。 こ れ は U N E S C O の 下 部 機 関 、 U r b a n D e s i g n a n d C o n s e r v a t i o n の 委 員 長 で あ る M i c h e l Tu r n e r 氏 へ の イ ン タ ビ ュ ー か ら 判 明 し た こ と で あ る 。 そ う い っ た 要 因 が 、 歴 史 的 建 造 物 を は じ め と し た 文 化 遺 産 の 保 全 と 、 そ こ に 住 む 人 々 の 生 活 環 境 に 多 大 な 影 響 を 与 え て い る 。 図 1 . イ ス ラ エ ル ・ パ レ ス チ ナ 自 治 区 出 典 : G o o g l e M a p を 元 に 筆 者 作 成
図 2 . エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 概 要 出 典 : G o o g l e M a p を 元 に 筆 者 作 成 2 ) エ ル サ レ ム の 歴 史 的 背 景 こ の 節 は 主 と し て 及 川 博 一 (2 0 1 0 )『 物 語 エ ル サ レ ム の 歴 史 』 か ら の 出 典 に よ る 。 ( a ) 古 代 ~ 第 二 次 世 界 大 戦 ( 紀 元 前 4 0 0 0 年 ~ 1 9 4 5 年 ) エ ル サ レ ム に 人 が 住 み 始 め た の は 紀 元 前 4 0 0 0 年 頃 で 、 当 時 は 大 国 へ の 従 属 を 繰 り 返 し て き た 。 そ ん な 中 、 ユ ダ ヤ 人 の 祖 先 と さ れ る ア ブ ラ ハ ム が 神 と の 契 約 を 交 わ し 、 こ の 地 を 譲 り 受 け た 。 こ の 神 話 上 の 逸 話2が 、現 在 の イ ス ラ エ ル - パ レ ス チ ナ 問 題 に も 大 き な 影 響 を 与 え て い る 。 一 度 エ ジ プ ト に 逃 れ た ユ ダ ヤ 人 は モ ー セ に 導 か れ て エ ジ プ ト を 脱 出 し 、 パ レ ス チ ナ へ と 帰 還 す る 。 紀 元 前 1 0 0 0 年 頃 に ダ ビ デ が カ ナ ン を 統 一 し 、 エ ル サ レ ム を 都 と す る イ ス ラ エ ル 王 国
を 建 国 し 、 そ の 息 子 で あ る ソ ロ モ ン が エ ル サ レ ム の 拡 張 、 神 殿 の 建 設 を 行 っ た 。 そ の 後 イ ス ラ エ ル 王 国 は 2 つ の 国 に 分 裂 し た が 侵 略 に よ っ て 滅 ぼ さ れ 、 多 く の 人 々 が パ レ ス チ ナ か ら 連 れ 去 ら れ た ( バ ビ ロ ン 捕 囚 )。 ユ ダ ヤ 人 の 離 散 の 歴 史 は 、 こ の 当 時 か ら 始 ま り 、 こ の 民 族 と し て の 背 景 が シ オ ニ ズ ム の 勃 興 、1 9 4 8 年 の イ ス ラ エ ル 建 国 に つ な が っ て い っ た と 考 え ら れ る 。 ロ ー マ 帝 国 時 代 に は 、 ヘ ロ デ 大 王 に よ る 神 殿 の 建 設 と イ エ ス ・ キ リ ス ト の 処 刑 と い う 、 エ ル サ レ ム の 歴 史 上 で も 重 要 な 出 来 事 が 起 こ っ た 。 ヘ ロ デ の 建 て た 神 殿 の 跡 と さ れ て い る の が 、 ユ ダ ヤ 人 の 聖 地 で あ る 嘆 き の 壁 で あ り 、 キ リ ス ト が 処 刑 さ れ た ゴ ル ゴ ダ の 丘 に 立 つ の が 多 く の キ リ ス ト 教 徒 が 巡 礼 に 訪 れ る 聖 墳 墓 教 会 と な っ て い る 。 嘆 き の 壁 付 近 で は 現 在 で も 神 殿 の 発 掘 作 業 が 進 め ら れ て い る が 、 見 原 (2 0 1 0 ) に よ る と 、 世 界 遺 産 委 員 会 に 対 す る 正 式 な 決 議 の な い 発 掘 作 業 で あ っ た こ と か ら 、 国 際 社 会 や ア ラ ブ 諸 国 の 反 発 を 招 い て い る 。 ロ ー マ 帝 国 の 支 配 は 1 世 紀 ご ろ ま で 続 い て い た が 、 ユ ダ ヤ 人 に よ る ロ ー マ 帝 国 へ の 反 乱 が 発 生 し 、 そ の 結 果 エ ル サ レ ム の 陥 落 、ユ ダ ヤ 人 の 世 界 中 へ の 離 散( デ ィ ア ス ポ ラ )、が 起 こ っ た 。 こ の 後 、 ユ ダ ヤ 人 が パ レ ス チ ナ で 再 び 国 を 造 る の は 、 約 20 0 0 年 後 の 1 9 4 8 年 と な る 。 エ ル サ レ ム が ロ ー マ 帝 国 の 支 配 下 に 移 っ た 後 、 ロ ー マ 帝 国 が キ リ ス ト 教 を 公 認 し 、 巡 礼 者 の 増 加 や 教 会 や 巡 礼 宿 の 発 展 が み ら れ た 。 し か し 、 キ リ ス ト 教 に よ る エ ル サ レ ム の 支 配 は 長 く は 続 か ず 、 6 3 8 年 に イ ス ラ ム に 征 服 さ れ 、 ウ マ イ ヤ 朝 の 時 代 に ア ル ア ク サ ・ モ ス ク3を 始 め と し た イ ス ラ ム 教 の 施 設 が 建 て ら れ 、イ ス ラ ム 教 の 聖 地 と し て の 意 味 合 い も 持 つ よ う に な っ た 。 1 0 9 9 年 か ら は ヨ ー ロ ッ パ か ら 十 字 軍 が 聖 地 奪 還 を 名 目 と し て エ ル サ レ ム に 侵 攻 し 、 エ ル サ レ ム 王 国 が 建 設 さ れ た こ と で 、 キ リ ス ト 教 建 造 物 も ま た 多 く 建 て ら れ る こ と と な っ た 。 11 8 7 年 以 降 は イ ス ラ ム 教 徒 が 再 び エ ル サ レ ム の 支 配 権 を 奪 い 、 ア イ
ユ ー ブ 朝 、マ ム ル ー ク 朝 を 経 て 、1 5 1 6 年 に オ ス マ ン ・ ト ル コ が エ ル サ レ ム の 城 壁 を 再 建 し た 。 オ ス マ ン ・ ト ル コ の 衰 退 が 始 ま る と 同 時 に 、エ ル サ レ ム の 存 在 も 忘 れ ら れ て い た が 、1 8 9 4 年 に フ ラ ン ス で 起 こ っ た ド レ フ ェ ス 事 件4を き っ か け と し て 、自 分 た ち の 国 家 を 持 つ こ と を 目 的 と す る シ オ ニ ズ ム が 起 こ り 、 ヨ ー ロ ッ パ か ら エ ル サ レ ム へ の ユ ダ ヤ 人 移 民 が 増 加 し た 。 シ オ ニ ズ ム と と も に 、 エ ル サ レ ム の 状 況 を 大 き く 変 え た の が 、 欧 州 列 強 に よ る 植 民 地 主 義 の 高 ま り で あ る 。 1 9 1 4 年 に 発 生 し た 第 一 次 世 界 大 戦 は エ ル サ レ ム と パ レ ス チ ナ に も 大 き な 影 響 を 与 え た 。 中 東 へ の 進 出 を 狙 っ た イ ギ リ ス に よ っ て 、 バ ル フ ォ ア 宣 言 、 マ ク マ ホ ン 書 簡 、 サ イ ク ス ・ ピ コ 協 定 の 3 つ の 外 交 取 引 が 行 わ れ た こ と で 、 現 在 ま で 続 く 中 東 の 混 迷 が 生 ま れ る こ と と な っ た 。 第 一 次 大 戦 中 、 イ ギ リ ス は バ ル フ ォ ア 宣 言 で は ユ ダ ヤ 人 国 家 の 建 設 を 支 持 す る こ と で 、 ユ ダ ヤ 人 か ら の 支 援 を 取 り 付 け る こ と に 成 功 し た 。 そ の 一 方 で ア ラ ブ 側 に は マ ク マ ホ ン 書 簡 を 送 り 、 オ ス マ ン ・ ト ル コ に 対 し て 反 乱 を 起 こ せ ば 戦 争 後 に ア ラ ブ 国 家 の 建 設 を 約 束 し た 。 さ ら に そ れ と は 矛 盾 す る 形 で フ ラ ン ス と サ イ ク ス ・ ピ コ 協 定 を 結 び 、 オ ス マ ン ・ ト ル コ の 領 土 の 分 割 を 計 画 し て い た 。 第 一 次 世 界 大 戦 は イ ギ リ ス を は じ め と す る 三 国 協 商 側 が 勝 利 し 、 エ ル サ レ ム を 含 む パ レ ス チ ナ の 地 は 1 9 2 2 年 の 国 際 連 盟 の 委 任 統 治 決 議 に よ っ て 、 イ ギ リ ス が 委 任 統 治 を 行 う こ と と な り 、 こ の 時 代 に エ ル サ レ ム の 近 代 化 が 進 め ら れ た 。 し か し 、 イ ギ リ ス は 第 一 次 世 界 大 戦 に よ っ て 国 力 が 疲 弊 し 、 ユ ダ ヤ 人 と ア ラ ブ 人 が 争 い を 続 け て い る パ レ ス チ ナ の 委 任 統 治 の 継 続 は 困 難 と な り 、 パ レ ス チ ナ に ア ラ ブ と ユ ダ ヤ の 独 立 国 家 を 建 設 す る と い う 分 割 案 を 提 示 し た が 、 パ レ ス チ ナ の ア ラ ブ 人 な ど の 反 発 に よ っ て 実 現 に は 至 ら な か っ た 。 第 二 次 世 界 大 戦 で は 、 ユ ダ ヤ が 連 合 国 側 、 ア ラ ブ 諸 国 が 枢 軸 国 側 に つ き 、 戦 後 の イ ス ラ エ ル 建 国 に つ な が る こ と と な っ た 。
( b ) イ ス ラ エ ル 建 国 ~ 和 平 交 渉 ( 1 9 4 8 年 ~ 現 在 ) 第 二 次 大 戦 後 、1 9 4 7 年 に 国 際 連 合 に よ る パ レ ス チ ナ 分 割 決 議 ( ユ ダ ヤ と ア ラ ブ の 双 方 の 国 家 の 樹 立 、 エ ル サ レ ム の 国 際 管 理 ) が 可 決 さ れ 、 ア ラ ブ と ユ ダ ヤ の 衝 突 が 激 化 し た 。 そ う し た 混 乱 の 中 で 、1 9 4 8 年 5 月 1 4 日 に ユ ダ ヤ 人 が イ ス ラ エ ル 建 国 を 宣 言 し 、 そ れ を き っ か け と し て 、 第 一 次 中 東 戦 争 が イ ス ラ エ ル と ア ラ ブ 諸 国 と の 間 で 勃 発 し た 。 戦 争 の 影 響 は 旧 市 街 内 に も 及 び 、 ユ ダ ヤ 人 地 区 に 住 む 人 々 は ヨ ル ダ ン に よ る 攻 撃 に よ っ て 降 伏 を 余 儀 な く さ れ た が 、 ア ラ ブ 連 合 軍 の 足 並 み の 乱 れ や 疲 弊 に よ り 、1 9 4 9 年 7 月 ま で に ア ラ ブ 側 と イ ス ラ エ ル と の 停 戦 協 定 が 結 ば れ た 。 こ の 戦 争 の 結 果 、 イ ス ラ エ ル 側 は パ レ ス チ ナ の 5 5 % を 占 領 し 、 ア ラ ブ 側 は 4 5 % と な っ た 。 さ ら に ア ラ ブ 側 の 領 土 は 東 エ ル サ レ ム を 含 む ヨ ル ダ ン 川 西 岸 地 区 と ガ ザ 地 区 に 分 断 さ れ 、エ ル サ レ ム は イ ス ラ エ ル が 8 0 % 、ヨ ル ダ ン が 2 0 % の 割 合 で 停 戦 し た が 、旧 市 街 は ヨ ル ダ ン 側 の 領 土 と な っ た 。 イ ス ラ エ ル の パ レ ス チ ナ 占 領 に よ っ て 約 7 5 万 人 の ア ラ ブ 人 難 民 が 発 生 し 、 ア ラ ブ 人 が い な く な っ た 土 地 は イ ス ラ エ ル が 接 収 し た 。 1 9 5 6 年 に 発 生 し た 第 二 次 中 東 戦 争 を 経 て 、 1 9 6 7 年 、 エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 状 況 は 第 三 次 中 東 戦 争 に よ っ て 一 変 し た 。 エ ジ プ ト 、 ヨ ル ダ ン 、 シ リ ア の 3 か 国 と イ ス ラ エ ル と の 戦 い は 、 6 日 間 で 決 着 が つ き 、 イ ス ラ エ ル が シ ナ イ 半 島 、 ゴ ラ ン 高 原 、 ヨ ル ダ ン 川 西 岸 地 区 を 奪 い 返 す と い う 、 圧 倒 的 な 勝 利 に 終 わ っ た 。 そ の 中 で も 最 大 の 成 果 が 、 ユ ダ ヤ 民 族 の 象 徴 で あ る エ ル サ レ ム 旧 市 街 を 含 む 東 エ ル サ レ ム の 「 奪 還 」 で あ る 。 イ ス ラ エ ル 即 座 に 東 エ ル サ レ ム の 併 合 の 決 議 を 行 い 、 エ ル サ レ ム の 面 積 は 戦 争 前 の 約 3 倍 の 1 0 8 . 3 ㎢ と な っ た 。 こ れ を 機 に イ ス ラ エ ル は エ ル サ レ ム に 首 都 と し て の 機 能 を 置 く こ と で 領 有 権 を 主 張 し て い る 。 こ れ に 対 し て 国 際 連 合 を は じ め と す る 国 際 社 会 は エ ル サ レ ム を 首 都 と 認 め て い る 国 は ほ と ん ど 存 在 せ ず 、2 0 1 0 年 時 点 で エ ル サ レ ム に 大 使 館 を 置 く 国 は 一 つ も な い 。
こ の 戦 争 に よ っ て 東 エ ル サ レ ム と ガ ザ 地 区 は イ ス ラ エ ル が 実 質 的 に 支 配 し 、 多 く の 入 植 地 が 作 ら れ る こ と と な っ た 。 し か し 、1 9 7 3 年 に シ リ ア・ エ ジ プ ト と イ ス ラ エ ル の 間 で 起 こ っ た 第 四 次 中 東 戦 争 で イ ス ラ エ ル は 劣 勢 に 立 た さ れ 、 停 戦 後 の 1 9 7 7 年 に 建 国 以 来 与 党 で あ っ た 左 派 労 働 党 が 政 権 を 失 い 、右 派 リ ク ー ド 党 が 与 党 と な っ た 。 そ の 後 エ ジ プ ト の サ ダ ト 大 統 領 と の 間 で 和 平 交 渉 が 行 わ れ 、 シ ナ イ 半 島 の 占 領 地 は エ ジ プ ト に 返 還 さ れ た 。 イ ス ラ エ ル は 次 に レ バ ノ ン と の 和 平 交 渉 に 臨 ん だ が 、 レ バ ノ ン 国 内 に 影 響 力 を 持 つ P L O5を 排 除 す る た め に 軍 事 介 入 を 行 っ た こ と で 、 イ ス ラ エ ル 内 で 反 戦 運 動 が 高 ま り 、 ベ ギ ン は 首 相 を 辞 職 し た 。 1 9 8 7 年 に 、パ レ ス チ ナ の 民 衆 が イ ス ラ エ ル 軍 に 投 石 を 行 う と い う 第 一 次 イ ン テ ィ フ ァ ー ダ が パ レ ス チ ナ 全 土 で 発 生 し た 。 こ の イ ン テ ィ フ ァ ー ダ で は 完 全 武 装 の イ ス ラ エ ル 軍 に 迫 害 さ れ る パ レ ス チ ナ 人 が 非 武 装 で 立 ち 向 か う と い う イ メ ー ジ が 形 成 さ れ 、 国 際 社 会 の 共 感 を 得 る こ と に 成 功 し た 。 こ の イ ン テ ィ フ ァ ー ダ は 旧 市 街 に も 影 響 を 及 ぼ し 、 こ の 時 に 教 育 支 援 な ど を 始 め た N G O も 存 在 す る 。 そ の 後 、1 9 9 1 年 に マ ド リ ー ド に お い て ア メ リ カ の 主 導 で 中 東 包 括 和 平 会 議 が 開 か れ 、 国 連 、 ア メ リ カ 、 ソ 連 、 シ リ ア 、 ヨ ル ダ ン ( パ レ ス チ ナ を 含 む )、 レ バ ノ ン 、 イ ス ラ エ ル が 交 渉 に 参 加 し た 。 し か し 、 こ の 会 議 で は パ レ ス チ ナ の 代 表 団 が 決 定 権 を 持 っ て い な か っ た こ と や 、 ア ラ ブ 側 と イ ス ラ エ ル と の 間 の 交 渉 に 対 す る 解 釈 の 違 い ( 各 国 と の 個 別 交 渉 か 、 ア ラ ブ 諸 国 全 体 と の 交 渉 か ) か ら こ の マ ド リ ー ド 会 議 は 成 功 し な か っ た 。 そ こ で 1 9 9 3 年 、 ノ ル ウ ェ ー 政 府 の 仲 介 で オ ス ロ 合 意6が 行 わ れ 、 こ れ に よ り エ ル サ レ ム は ヨ ル ダ ン か ら P L O へ の 管 轄 へ と 事 実 上 移 行 し た 。 し か し 、P L O は 政 治 能 力 の 乏 し さ と 汚 職 や 腐 敗 な ど が 原 因 で 、 パ レ ス チ ナ 住 民 の 支 持 を 得 る こ と が で き ず 、ガ ザ で は ハ マ ス7と の 対 立 が 激 化 す る こ と と な っ た 。 イ ス ラ エ ル 側 に お い て も オ ス
ロ 合 意 を 実 現 し た ラ ビ ン 首 相 が 暗 殺 さ れ 、 政 権 は 野 党 の 右 派 リ ク ー ド が 握 っ た こ と で 、 イ ス ラ エ ル ・ パ レ ス チ ナ 双 方 で 和 平 交 渉 が 暗 礁 に 乗 り 上 げ た 。 リ ク ー ド の ネ タ ニ ヤ フ 首 相 は 対 パ レ ス チ ナ 強 硬 路 線 に 進 み 、 東 エ ル サ レ ム へ の 入 植 地 の 建 設 を 推 し 進 め た 。 そ し て 2 0 0 0 年 に リ ク ー ド 党 の シ ャ ロ ン が ム ス リ ム の 聖 地 で あ る 神 殿 の 丘 へ の 視 察 を 強 行 し 、 そ れ が き っ か け と な っ て 第 二 次 イ ン テ ィ フ ァ ー ダ が 発 生 し た 。 2 0 0 2 年 に ア メ リ カ の ブ ッ シ ュ 大 統 領 は 2 0 0 5 年 の パ レ ス チ ナ 国 家 独 立 を ゴ ー ル と す る 「 和 平 の た め の ロ ー ド マ ッ プ 」 を 発 表 し 、 パ レ ス チ ナ の 代 表 に は ア ラ フ ァ ト に 代 わ っ て ア ッ バ ス が 選 ば れ た が 、 こ れ に 反 対 す る ハ マ ス の テ ロ 活 動 が 激 化 し 、 ロ ー ド マ ッ プ は 結 果 的 に 頓 挫 し て し ま っ た 。 テ ロ 活 動 の 激 化 へ の 対 応 策 と し て イ ス ラ エ ル は 分 離 壁8の 設 置 を 行 っ た 。こ の 分 離 壁 は 第 一 次 中 東 戦 争 の 停 戦 ラ イ ン よ り も 西 岸 地 区 に 食 い 込 ん で 建 設 さ れ た た め 、 国 連 を は じ め と す る 国 際 社 会 か ら の 批 判 が 起 こ っ て い る が 、 イ ス ラ エ ル に 強 硬 姿 勢 を 崩 す 気 配 は 見 ら れ な い 。 パ レ ス チ ナ 側 も ガ ザ と 西 岸 地 区 と が 分 断 さ れ た こ と で 、 ガ ザ は ハ マ ス 、西 岸 は フ ァ タ ハ9と い う 事 実 上 2 つ の 国 家 と な っ て し ま っ て お り 、 イ ス ラ エ ル や 国 際 社 会 と 交 渉 を 行 っ て い る の は フ ァ タ ハ の み と な っ て い る 。2 0 0 9 年 に 発 足 し た オ バ マ 政 権 も イ ス ラ エ ル ・ パ レ ス チ ナ の 外 交 政 策 を 有 効 に 進 め る こ と が で き ず 、 現 在 も 和 平 実 現 へ の 道 の り は 遠 い 。 3 ) イ ス ラ エ ル ‐ パ レ ス チ ナ 問 題 エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 歴 史 的 建 造 物 の 保 全 の 最 大 の 障 壁 は 、 イ ス ラ エ ル ‐ パ レ ス チ ナ の 和 平 交 渉 の 難 航 で あ る 。 第 3 次 中 東 戦 争 に よ っ て イ ス ラ エ ル は ヨ ル ダ ン 川 西 岸 、 ガ ザ 地 区 、 ゴ ラ ン 高 原 、 シ ナ イ 半 島 を 占 領 し た 。 こ う し た イ ス ラ エ ル に よ る パ レ ス チ ナ の 一 方 的 な 占 領 に よ っ て 、 難 民 の 発 生 、 パ レ ス チ ナ 自 治 区 の 政 治 的 、 経 済 的 な 安 定 の 欠 如 、 過 激 派 に よ る テ ロ 行 為 と い っ た 問 題 が パ レ ス チ ナ で 発 生 し て い る 。1 9 9 3 年 の オ ス ロ 合 意 で は 、
イ ス ラ エ ル の ヨ ル ダ ン 川 西 岸 、 ガ ザ 地 区 か ら の 段 階 的 撤 退 と い う 、 和 平 交 渉 に 向 け た 動 き が 前 進 し た が 、 そ の 後 の ラ ビ ン 首 相 暗 殺 や ア メ リ カ 同 時 多 発 テ ロ 事 件 、 第 二 次 イ ン テ ィ フ ァ ー ダ の 発 生 に よ っ て 和 平 交 渉 は 再 び 暗 礁 に 乗 り 上 げ る 事 と な っ た 。 さ ら に イ ス ラ エ ル は 入 植 地 の 建 設 や 、 テ ロ 行 為 の 防 止 を 名 目 と し た 分 離 壁 の 設 置 に よ り 、パ レ ス チ ナ の 政 治 、経 済 の 分 断 を 進 め 、 エ ル サ レ ム を 実 質 的 に 支 配 し て い る 面 積 や 、 ユ ダ ヤ 人 が 常 に 人 口 的 に 上 回 る と い っ た 優 位 性 の 確 保 を 続 け て い る 。 こ の イ ス ラ エ ル ‐ パ レ ス チ ナ 問 題 の 一 つ で あ る エ ル サ レ ム の 管 理 問 題 が 、 本 研 究 で 取 り 上 げ る エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 建 造 物 の 保 全 に 大 き な 影 響 を 与 え て い る 。 次 の 第 Ⅲ 章 で は 、 こ れ ら の 歴 史 的 背 景 を 踏 ま え て 、 現 在 の エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 現 在 の 状 況 に つ い て の 分 析 を 行 う 。 Ⅲ . エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 現 状 と 問 題 点 1 ) エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 現 状 本 章 で は 、W e l f a r e A s s o c i a t i o n が 2 0 0 3 年 に 刊 行 し た 報 告 書 『J e r u s a l e m h e r i t a g e a n d L i f e 』 と 、 筆 者 が 1 0 月 に 実 施 し た フ ィ ー ル ド ワ ー ク に 基 づ き 、 エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 人 口 構 成 、 建 造 物 の 状 況 や 、 社 会 的 、 経 済 的 な 現 状 、 イ ス ラ エ ル に よ る 旧 市 街 の ユ ダ ヤ 化 と い っ た 問 題 点 、U N E S C O の 世 界 遺 産 、危 機 遺 産 登 録 の 経 緯 に つ い て 考 察 す る 。 ( a ) 都 市 分 析 エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 面 積 は 約 0 . 9 ㎢ で あ り 、 こ れ は 西 エ ル サ レ ム 、東 エ ル サ レ ム を 合 わ せ た 面 積 の 0 . 7 % で あ る 。旧 市 街 内 は 大 ま か に ム ス リ ム 地 区 (5 1 % ) 、 キ リ ス ト 教 地 区 ( 2 1 % ) 、 ユ ダ ヤ 人 地 区 (1 4 % ) 、 ア ル メ ニ ア 人 地 区 ( 1 4 % ) の 4 つ の 地 区 に 分 か れ て い る1 0( 図 3 ) 。
図 3 . 旧 市 街 各 地 区 の 面 積 比 率 出 典 : W e l f a r e A s s o c i a t i o n ( 2 0 0 3 ) , p . 4 7 f i g u r e 7 を 元 に 、 筆 者 作 成 1 9 6 9 年 の 第 3 次 中 東 戦 争 以 前 の ユ ダ ヤ 人 地 区 の 面 積 は 旧 市 街 全 体 の 5 % で あ っ た が 、 第 3 次 中 東 戦 争 に よ っ て イ ス ラ エ ル が エ ル サ レ ム を 実 効 支 配 し た 結 果 、1 4 % に 上 昇 し て い る( 図 4 )。 非 常 に 長 い 歴 史 を 持 つ 旧 市 街 で は 、 建 造 物 は ロ ー マ ・ ビ ザ ン チ ン 時 代 、 ウ マ ヤ ド 朝 時 代 、 十 字 軍 時 代 、 マ ム ル ー ク 朝 時 代 、 オ ス マ ン ・ ト ル コ 時 代 、 近 現 代 に 建 て ら れ た も の が 立 ち 並 ん で お り 、 そ れ ぞ れ の 時 代 に よ っ て 建 築 技 法 や デ ザ イ ン が 異 な っ て い る 。 建 造 物 の 数 で は オ ス マ ン ・ ト ル コ 時 代 の も の が 最 も 多 く な っ て い る1 1( 表 2 ) 。 ま た 、 エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 都 市 と し て の 特 徴 と し て 、 高 層 建 築 が 少 な い 、 多 く の 建 築 物 に 宗 教 的 な 特 徴 が み ら れ る 、 ム ス リ ム 地 区 を 中 心 に イ ン フ ラ 整 備 が 不 十 分 で あ る と い っ た 点 が 挙 げ ら れ る が 、 そ の 中 で 特 に 大 き な 問 題 は 建 造 物 の 状 態 が 物 理 的 、 構 造 的 に 悪 化 し て い る と い う 点 で あ る 。 1 9 9 9 年 の W e l f a r e A s s o c i a t i o n に よ る 調 査 に よ る と 、構 造 的 な 問 題 を 抱 え て お り 、 早 急 な 修 復 が 必 要 な 建 物 が 4 1 4 件 、物 理 的 な 保 存 状 態 が 悪 く 直
ち に 修 繕 す る べ き 物 件 が 5 1 3 件 存 在 し て い る1 2。
図 4 . 旧 市 街 に お け る ユ ダ ヤ 人 地 区 の 拡 大
表 2 . 時 代 に よ る 旧 市 街 の 建 造 物 数 の 違 い 出 典 : W e l f a r e A s s o c i a t i o n ( 2 0 0 3 ) , p . 5 2 t a b l e 3 を 元 に 、 筆 者 作 成 一 般 的 に は 宗 教 の 街 と し て の イ メ ー ジ が 強 い が 、 利 用 別 の 地 図 で 確 認 す る と 、 住 居 や 商 業 施 設 の 割 合 が 大 半 を 占 め て い る こ と が 分 か る ( 図 5 ) 。 そ の た め 、 上 下 水 道 や 電 気 な ど の ラ イ フ ラ イ ン の 整 備 が 不 可 欠 で あ る が 、 旧 市 街 の 設 備 は 不 十 分 で あ り 、 交 通 の 面 で も 狭 い 路 地 や 階 段 が 多 く 、 非 常 に 道 が 入 り 組 ん で い る こ と か ら 自 動 車 な ど は 旧 市 街 の 中 で は あ ま り 利 用 は で き ず 、 防 災 や 防 犯 の 面 で も 難 点 と な っ て い る 。
年代
建造物数
ローマ時代(BC150年頃~4世紀頃)
15
ビザンチン時代(4世紀頃~610年頃)
70
ウマイヤ朝(660年頃~900年頃)
11
ファーティマ朝(900年頃~1090年頃)
13
十字軍(1100年頃~1150年頃)
171
アイユーブ朝(1169年~1260年
58
マムルーク朝(1250年~1510年頃)
198
前期オスマン時代(1510年頃~1700年頃)
1088
後期オスマン時代(1700年頃~1914年)
1970
委任統治時代(1914年~1948年)
338
1948年~1967年
397
1967年~現在
733
図 5 . エ ル サ レ ム 旧 市 街 に お け る 土 地 利 用 出 典 : W e l f a r e A s s o c i a t i o n ( 2 0 0 3 ) , p . 5 4 を 元 に 筆 者 作 成 ( b ) 人 口 構 成 旧 市 街 の 人 口 構 成 は 政 治 的 な 状 況 に 大 き く 左 右 さ れ て き た 。 特 に 1 9 4 8 年 の イ ス ラ エ ル 建 国 と 第 一 次 中 東 戦 争 、1 9 6 7 年 の 東 エ ル サ レ ム 併 合 が 、 旧 市 街 の 人 口 構 成 に 大 き な 影 響 を 与 え た 。 東 エ ル サ レ ム の 併 合 以 降 、 旧 市 街 の 人 口 は 増 加 し 続 け 、1 9 6 7 年 に 2 3 , 6 7 5 人 と 推 定 さ れ て い た 人 口 は 2 0 0 0 年 に は 3 3 , 5 4 2 人 と な っ て い る 。 各 地 区 の 人 口 比 率 は 、2 0 0 0 年 の 調 査 で は ム ス リ ム 地 区 が 最 大 の 7 0 . 5 % 、 次 い で キ リ ス ト 教 地 区 が 1 5 . 5 % 、 ア ル メ ニ ア 人 地 区 と ユ ダ ヤ 人 地 区 が 共 に 7 % と な っ て い る ( 図 6 ) 。
図 6 . 旧 市 街 各 地 区 の 人 口 比 率 出 典 : W e l f a r e A s s o c i a t i o n ( 2 0 0 3 ) , p . 6 7 f i g u r e 8 を 元 に 作 成 人 口 密 度 も 非 常 に 高 く な っ て お り 、 旧 市 街 全 体 で は 3 7 , 0 0 0 人/ ㎢ 、ム ス リ ム 地 区 で は 5 1 , 4 0 0 人 / ㎢ と さ ら に 高 い 割 合 と な っ て い る 。 人 口 密 度 が 高 い 要 因 と し て 、 パ レ ス チ ナ 人 の 人 口 増 加 と ユ ダ ヤ 人 の 入 植 が 挙 げ ら れ る 。1 9 7 2 年 に は 旧 市 街 の ユ ダ ヤ 人 は 全 体 の 1 . 1 % だ っ た が 、2 0 0 0 年 に は 1 1 . 5 % ま で 上 昇 し て い る 1 3 ( 表 3 ) 。 表 3 . 旧 市 街 内 の ユ ダ ヤ 人 、 ア ラ ブ 人 の 人 口 数 の 変 化 出 典 : W e l f a r e A s s o c i a t i o n ( 2 0 0 3 ) , p . 6 6 t a b l e 6 を 元 に 作 成
年
ユダヤ人人口(千人) アラブ人人口(千人) 合計(千人)
ユダヤ人比率(%)
1972
0.263
23.2
23.5
1.1%
1983
1.9
22.5
24.4
7.8%
1986
2.2
24.4
26.6
8.3%
1991
2.3
25.9
28.2
8.2%
1992
2.3
26.4
28.7
8.0%
1996
2.4
29.2
31.6
7.6%
1998
2.9
29.5
32.4
9.0%
2000
3.8
29.7
33.5
11.3%
た だ し 、 こ う し た 人 口 調 査 は エ ル サ レ ム の 居 住 権 を 示 す I D カ ー ド な ど の 情 報 を 参 考 に し て い る た め 、I D カ ー ド を 持 た ず に 生 活 し て い る パ レ ス チ ナ 人 に つ い て は 把 握 し き れ て い な い 。 ( c ) 住 居 ・ 建 造 物 の 状 況 旧 市 街 の 建 造 物 は 様 々 な 団 体 や 個 人 が 所 有 権 を 保 持 し て お り 、 そ の 特 定 や 所 有 権 の 変 遷 の プ ロ セ ス を 解 明 す る こ と は 困 難 と な っ て い る 。 旧 市 街 の パ レ ス チ ナ 人 住 居 の 2 5 % は 2 0 ㎡ 以 下 の 面 積 で あ り 、 こ う し た 住 居 に は 主 に 低 所 得 の 人 々 が 暮 ら し て い る 。 特 に ム ス リ ム 地 区 で は 一 つ の 住 居 に 平 均 し て 6 . 7 人 が 住 ん で お り 、 1 人 当 た り の 面 積 は 7 . 2 ㎡ で あ る 。 W e l f a r e A s s o c i a t i o n の 調 査 に よ る と 、 旧 市 街 の 建 造 物 の う ち 、2 0 . 5 % に 当 た る 建 造 物 が 直 ち に 修 復 や 改 修 を 必 要 な 状 況 に あ る 。 こ の よ う な 厳 し い 居 住 環 境 と な っ て い る 要 因 と し て 、 人 口 増 加 、 イ ス ラ エ ル 当 局 に よ る 新 し い 建 造 物 の 建 築 や 改 修 に 対 す る 妨 害 、 住 民 の 所 得 水 準 の 低 さ 、 公 的 支 援 の 不 足 な ど が 挙 げ ら れ る 。 さ ら に 、 生 活 に 余 裕 の あ る 高 所 得 層 は こ う し た 過 酷 な 状 況 を 逃 れ る た め に 旧 市 街 か ら 出 て い く た め 、 低 所 得 層 の 割 合 が 増 加 す る と い う 負 の サ イ ク ル に 陥 っ て い る 。 人 口 増 加 、 人 口 密 度 の 上 昇 は 建 築 物 の 状 況 に も 悪 影 響 を 及 ぼ し 、 生 活 環 境 の 向 上 を 目 的 と し て 公 的 な 許 可 を 得 な い 改 築 が 行 わ れ 、 元 々 の 建 造 物 に ダ メ ー ジ を 与 え て い る 場 合 も あ る 。 イ ン フ ラ 設 備 、 建 造 物 の 老 朽 化 も 進 ん で お り 、 適 切 な 修 復 計 画 の 欠 如 、 旧 市 街 の 建 造 物 に 対 す る 投 資 の 不 足 な ど か ら 、 居 住 環 境 の 悪 化 と 同 時 に 建 造 物 の 持 つ 歴 史 的 価 値 も 失 わ れ る 危 険 性 が あ る 。 ま た 、 手 工 業 や 軽 工 業 に よ る 大 気 や 水 質 、 土 壌 へ の 汚 染 を は じ め と し た 環 境 被 害 、 騒 音 問 題 も 拡 大 し て お り 、 そ れ ら も 建 造 物 の 状 態 、 生 活 環 境 の 悪 化 の 要 因 の 一 つ と な っ て い る1 4。 ( d ) 社 会 ・ 経 済 的 状 況
エ ル サ レ ム 旧 市 街 は 都 市 と し て 誕 生 し て 以 降 、 社 会 状 況 や 経 済 状 況 の 目 ま ぐ る し い 変 化 に 常 に 晒 さ れ て き た 。 現 在 、 旧 市 街 を 取 り 巻 く 社 会 状 況 の 特 徴 と し て 、 入 植 者 の 旧 市 街 住 民 に 対 す る 嫌 が ら せ や 、 パ レ ス チ ナ 自 治 政 府 の 影 響 力 の 低 下 が 挙 げ ら れ る 。 ま た 経 済 的 状 況 と し て は 高 い 税 率 、 経 済 活 動 の 衰 退 、 失 業 率 の 高 さ な ど が 挙 げ ら れ る 。 自 治 政 府 の よ う な 公 的 機 関 の 機 能 不 全 は 、 教 育 や 福 祉 な ど の 制 度 の 整 備 不 足 、 学 校 や 図 書 館 、 病 院 な ど の 公 共 施 設 不 足 の 原 因 と な り 、 住 民 の 生 活 に 大 き な 悪 影 響 を 与 え て い る 。 経 済 的 な 側 面 に お い て も 旧 市 街 は 問 題 を 抱 え て い る 。 旧 市 街 の 失 業 率 は 1 9 ~ 3 0 % の 間 を 推 移 し て お り 、 旧 市 街 に 住 む 人 の 4 3 . 3 % は 旧 市 街 外 の 東 エ ル サ レ ム で 働 い て い る の で 、 旧 市 街 内 で 働 い て い る 人 の 割 合 は 2 2 % に 留 ま っ て い る 。 ま た 、 女 性 の 雇 用 機 会 の 少 な さ も 特 徴 と し て 挙 げ ら れ る 。 家 族 内 で 1 人 の み の 労 働 力 に 頼 ら ざ る を 得 な い 家 族 は 4 2 % に の ぼ り 、8 2 5 世 帯 が 自 治 政 府 や N G O か ら の 補 助 金 が な け れ ば 生 活 で き な い 状 況 に あ る1 5。 経 済 の 発 展 が 阻 害 さ れ て い る 要 因 と し て 、 面 積 が 狭 く 、 非 常 に 入 り 組 ん で い る 旧 市 街 に お い て は 大 き な 産 業 を 展 開 す る こ と が 困 難 で あ り 、 伝 統 的 な 手 工 業 や 軽 工 業 が 主 流 で あ る と い う 点 が あ る 。 ま た 、 旧 市 街 内 の 産 業 の 多 く を 占 め て い る 工 芸 品 や 土 産 物 を 扱 う 商 店 も 、1 9 6 8 年 か ら 1 9 9 7 年 の 間 で 1 1 % 減 少 し て い る 。 産 業 の 衰 退 の 要 因 と し て 、 イ ス ラ エ ル 政 府 に よ る セ キ ュ リ テ ィ の 強 化 、税 金 と 物 価 の 高 さ 、大 規 模 な 投 資 を 行 う 企 業 の 不 在 、 旧 市 街 外 の シ ョ ッ ピ ン グ セ ン タ ー の 開 業 、 イ ン フ ラ 設 備 の 貧 弱 さ が 挙 げ ら れ る1 6。 2 ) U N E S C O に よ る 「 危 機 遺 産 リ ス ト 」 へ の 登 録 本 節 で は 、見 原(2 0 1 0 )と U N E S C O の 下 部 組 織 で あ る U r b a n D e s i g n a n d C o n s e r v a t i o n の 委 員 長 と し て 危 機 遺 産 の 保 全 に
携 わ っ た M i c h e l Tu r n e r 氏 へ の 聞 き 取 り 調 査 ( 2 0 1 3 年 8 月 2 8 日 実 施 ) か ら 、 世 界 遺 産 及 び 危 機 遺 産 と し て の エ ル サ レ ム 旧 市 街 に つ い て 見 て い く 。 エ ル サ レ ム 旧 市 街 は 歴 史 的 、 文 化 的 に 高 い 価 値 を 持 つ 建 造 物 が 多 く 存 在 し 、「 エ ル サ レ ム 旧 市 街 と そ の 城 壁 群 」と し て 1 9 8 1 年 に U N E S C O の 世 界 文 化 遺 産 と し て 登 録 さ れ 、 な お か つ 土 地 の 帰 属 を め ぐ る 紛 争 、観 光 に よ る 被 害 か ら 、1 9 8 2 年 に 危 機 遺 産 リ ス ト に 登 録 さ れ て い る 。 こ の 「 エ ル サ レ ム 旧 市 街 と そ の 城 壁 群 」 が 他 の 世 界 遺 産 と 明 確 に 異 な っ て い る 点 は 、 ど の 国 家 が 管 理 権 を 持 ち 、 主 体 的 に 保 全 を 行 う の か と い う 国 際 的 な 合 意 が 形 成 さ れ て い な い 点 で あ る 。 1 9 6 7 年 の 東 エ ル サ レ ム 併 合 に よ っ て エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 保 護 の 意 識 が 高 ま り 、 国 際 社 会 は イ ス ラ エ ル に 対 し て 無 断 で の 発 掘 作 業 、 歴 史 的 建 造 物 の 変 更 に 対 す る 懸 念 を 表 明 し た が 、 事 態 の 改 善 は み ら れ な か っ た 。そ の よ う な 状 況 の 中 、U N E S C O の 世 界 遺 産 条 約1 7は 1 9 7 2 年 に 採 択 さ れ 、 1 9 7 5 年 に 発 効 さ れ た 。 エ ル サ レ ム 旧 市 街 は 当 初 ヨ ル ダ ン に よ っ て 世 界 文 化 遺 産 に 推 薦 さ れ た が 、 会 議 で は 旧 市 街 の 明 確 な 主 権 や 管 理 権 に 関 す る 合 意 形 成 は さ れ な い ま ま 、 委 員 国 に よ る 投 票 の 結 果 「 エ ル サ レ ム 旧 市 街 と そ の 城 壁 群 」と し て 、1 9 8 1 年 に 世 界 文 化 遺 産 に 登 録 さ れ た 。 さ ら に 翌 年 の 1 9 8 2 年 に は 、 急 速 な 都 市 化 、 宗 教 施 設 の 破 壊 に よ る 被 害 、 管 理 保 全 体 制 の 欠 如 が 認 め ら れ る こ と か ら 、 危 機 遺 産 一 覧 表 へ の 登 録 が 行 わ れ た が 、 こ の 危 機 遺 産 へ の 登 録 に 関 す る 投 票 で も 、 合 意 の 形 成 が さ れ な い ま ま 投 票 に よ っ て 決 定 さ れ た 。 こ の 経 緯 か ら 、 文 化 遺 産 、 特 に 管 理 権 の 明 確 で な い も の を め ぐ る 意 志 決 定 に は 国 際 的 な 政 治 情 勢 に 影 響 さ れ る こ と は 避 け ら れ な い こ と が 考 え ら れ る 。 危 機 遺 産 一 覧 表 へ の 登 録 後 、U N E S C O は 専 門 家 の 現 地 派 遣 を は じ め と し た 保 全 活 動 を 行 っ て き た が 、 旧 市 街 に お け る 建 造 物 な ど の 資 産 の 保 有 権 を 様 々 な 組 織 や 団 体 が 個 別 に 所 有 し て い
る と い う 複 雑 さ か ら 、 よ り 包 括 的 な 保 全 活 動 の 計 画 の 策 定 が 行 わ れ た 。し か し 、2 0 0 7 年 の イ ス ラ エ ル 当 局 に よ っ て ム グ ラ ビ 門 の 無 断 発 掘 調 査 が 行 わ れ 、U N E S C O が モ ニ タ リ ン グ 強 化 の 対 策 に 追 わ れ る な ど 、 エ ル サ レ ム 旧 市 街 の 保 全 を 巡 る 緊 張 は 続 い て い る 。 見 原 (2 0 1 0 ) に よ る と 、 エ ル サ レ ム 旧 市 街 の よ う に 領 有 権 を め ぐ っ て 対 立 が 続 い て い る 文 化 遺 産 の 保 全 活 動 に お い て 、 議 論 の 政 治 化 は 避 け ら れ ず 、 危 機 遺 産 か ら の 脱 却 に は 政 治 的 ・ 外 交 的 問 題 の 解 決 が 不 可 欠 で あ る 一 方 、U N E S C O が エ ル サ レ ム 旧 市 街 で 果 た し て き た 役 割 や 世 界 遺 産 及 び 危 機 遺 産 へ の 登 録 の 意 義 は 決 し て 少 な く な い と さ れ て い る 。 し か し 、 M i c h e l Tu r n e r 氏 へ の 聞 き 取 り 調 査 で は 、 イ ン タ ビ ュ ー で の 受 け 答 え や 態 度 か ら 、 エ ル サ レ ム 旧 市 街 を 取 り 巻 く 環 境 は 政 治 的 な 側 面 が 強 く 、 他 の 危 機 遺 産 と 比 較 し て U N E S C O と し て は 有 効 な 取 り 組 み を 行 え て い な い と い う 印 象 を 受 け た 。 そ の 理 由 と し て 、U N E S C O を 統 括 す る 国 際 連 合 は 一 つ 一 つ の 国 家 の 集 合 体 に 過 ぎ ず 、 意 思 決 定 に は そ れ ぞ れ の 国 家 、 特 に 資 金 力 や 政 治 的 な 影 響 力 が 大 き い 国 家 の 政 治 的 な 思 惑 が 反 映 さ れ る 傾 向 が 強 い と い う 構 造 上 の 問 題 が あ る 。 こ の 問 題 の 実 例 と し て 、2 0 11 年 に U N E S C O が パ レ ス チ ナ の 正 式 加 盟 を 決 定 し た 際 に 、 米 国 が パ レ ス チ ナ の 一 方 的 な 国 家 樹 立 に 反 対 し 、 U N E S C O へ の 資 金 拠 出 の 凍 結 を 行 う と い う 出 来 事 が あ っ た 1 8。 遺 産 の 保 全 に 関 し て は 、「 誰 が 」「 ど う い っ た 目 的 で 」 遺 産 を 守 っ て い く の か と い う 問 題 が 常 に 存 在 し て お り 、 ま た 、 通 常 遺 産 を 守 っ て い く 活 動 は そ の 遺 産 を 管 轄 し て い る 国 家 に よ っ て 行 わ れ る こ と が 大 前 提 で あ る 。 そ う い っ た 点 で 3 つ の 宗 教 の 聖 地 で あ り 、 イ ス ラ エ ル と パ レ ス チ ナ の 双 方 が 領 有 権 を 主 張 し 、 国 際 的 に 公 認 さ れ た 管 理 権 が 存 在 し な い エ ル サ レ ム 旧 市 街 に お け る 文 化 遺 産 の 保 護 は 困 難 で あ り 、 組 織 の 性 質 上 国 際 情 勢 の 制 約 を 受 け ざ る を 得 な い U N E S C O な ど の 国 際 機 関 が 主 導 し て の 保 全 活 動 も 進 展 を 見 せ て い な い 。
3 ) イ ス ラ エ ル に よ る 旧 市 街 の 「 ユ ダ ヤ 化 」 と パ レ ス チ ナ 人 住 居 の 破 壊 本 節 で は 、 飛 奈 (2 0 0 8 , 2 0 0 9 ) を 参 考 に 、 旧 市 街 に お け る パ レ ス チ ナ 人 の 住 居 建 設 に 伴 う 問 題 に つ い て ま と め る 。 1 9 6 7 年 以 降 イ ス ラ エ ル が 実 効 支 配 し て い る エ ル サ レ ム 旧 市 街 で あ る が 、 現 在 に お い て も ユ ダ ヤ 人 の 旧 市 街 へ の 入 植 、 建 造 物 の「 ユ ダ ヤ 化 」が 進 行 し て い る 。飛 奈(2 0 0 8 )に よ れ ば 、1 9 6 7 年 以 降 、 エ ル サ レ ム の 分 割 を 不 可 能 に し 、 所 有 権 を 恒 久 化 す る た め に 、人 工 的 、地 理 的 に エ ル サ レ ム の 領 有 権 の「 既 成 事 実 化 」 が イ ス ラ エ ル に よ っ て 行 わ れ て い る 。 そ れ を 達 成 す る 手 段 が 、 入 植 地 お よ び 分 離 壁 の 建 設 と 、 入 植 者 の 移 住 で あ る 。 1 9 6 7 年 の 第 三 次 中 東 戦 争 の 結 果 、 東 エ ル サ レ ム が 併 合 さ れ 、 イ ス ラ エ ル に よ る 実 効 支 配 が 開 始 さ れ た 。 そ れ に 伴 い 、 旧 市 街 で 生 活 し て い た パ レ ス チ ナ 人 は 住 居 を 追 わ れ 、 空 い た 土 地 に ユ ダ ヤ 人 入 植 者 の 建 物 が 新 し く 建 て ら れ た 。 現 在 も 旧 市 街 に 住 む パ レ ス チ ナ 人 の 居 住 権 や 生 存 権 に 関 し て は 厳 し い 状 況 が 続 い て い る 。 イ ス ラ エ ル 政 府 は 1 9 5 2 年 に イ ス ラ エ ル 入 国 法 に 基 づ い て パ レ ス チ ナ 人 に 対 し て 居 住 権 ( エ ル サ レ ム I D )の 発 行 を 行 い 、非 ユ ダ ヤ 人 の 人 口 の コ ン ト ロ ー ル を 行 っ て い る 。 居 住 権 は エ ル サ レ ム に 居 住 し て い る と 証 明 す る こ と で 発 行 さ れ 、 エ ル サ レ ム で の 生 活 の 認 可 、 社 会 保 険 や 福 祉 サ ー ビ ス の 受 給 、 選 挙 権 を 有 し 、 税 金 の 納 付 義 務 も 負 っ て い る 。 居 住 権 を 持 た な い 場 合 は エ ル サ レ ム の 住 居 か ら 追 放 や 強 制 退 去 が 行 わ れ る 可 能 性 が あ り 、 一 度 居 住 権 を 取 得 し て も 何 ら か の き っ か け で 剥 奪 さ れ る 恐 れ も あ る 。 さ ら に 、 居 住 環 境 そ の も の を 破 壊 さ れ て し ま う 場 合 も あ る 。 1 9 6 7 年 の エ ル サ レ ム 併 合 直 後 、イ ス ラ エ ル は 神 殿 の 丘( 岩 の ド ー ム の あ る 場 所 ) の 西 側 に あ っ た マ グ リ ブ 地 区 の 住 居 を 破 壊 し 、 「 嘆 き の 壁 前 広 場 」へ と 作 り 変 え た 。そ の 後 も イ ス ラ エ ル は「 ユ ダ ヤ 人 地 区 の 復 元 」 を 大 義 名 分 に 掲 げ 、 住 居 の 接 収 や 破 壊 を 行 な っ た 。 入 植 を 行 う 団 体 は イ ス ラ エ ル 政 府 か ら の 資 金 や 人 材 の
援 助 を 受 け て 、 土 地 の 売 買 や 物 理 的 暴 力 な ど の 手 段 を 用 い て 住 居 の 接 収 を 行 っ て き た 。 近 年 は イ ス ラ エ ル 側 の 建 築 基 準 に 基 づ い た 「 違 法 建 設 」 が 問 題 と な っ て お り 、 違 反 し た 住 居 は イ ス ラ エ ル 当 局 か ら 住 居 破 壊 命 令 が 下 さ れ る 。 特 に パ レ ス チ ナ 人 の 違 反 の 場 合 は「 イ ス ラ エ ル の 占 領 に 対 す る 抵 抗 活 動 」と み な さ れ 、 住 居 破 壊 命 令 、 住 居 破 壊 が 実 行 さ れ る 割 合 が 極 め て 高 い 。 ま た パ レ ス チ ナ 人 が 新 た に 住 居 を 建 築 し よ う と す る 際 に も 、 土 地 の 所 有 権 の 証 明 、 建 設 可 能 な 土 地 が 非 常 に 制 限 さ れ て い る こ と 、 経 済 的 負 担 の 大 き さ な ど の 要 因 か ら 建 設 は 非 常 に 困 難 な 状 況 と な っ て い る 。 こ の よ う に 、 パ レ ス チ ナ 人 は 旧 市 街 を 始 め と す る エ ル サ レ ム に お い て 、 イ ス ラ エ ル の 建 築 制 度 と 住 宅 政 策 に よ っ て 合 法 的 な 住 宅 の 建 設 が 困 難 と な っ て お り 、 違 法 建 設 を 強 い ら れ た 結 果 、 住 居 の 破 壊 、 接 収 が 行 わ れ 、 イ ス ラ エ ル の 土 地 と 人 口 の コ ン ト ロ ー ル が 行 わ れ る と い う 構 造 と な っ て い る 。 観 光 政 策 の 面 に お い て も 、 旧 市 街 の ユ ダ ヤ 人 地 区 へ の ツ ア ー 、 整 備 ( 公 衆 ト イ レ 、 観 光 案 内 図 の 設 置 ) が 重 点 的 に 行 わ れ て お り 、 旧 市 街 を 訪 れ た 外 国 人 観 光 客 に 対 し て 、 ユ ダ ヤ の 街 で あ る と い う イ メ ー ジ を 抱 か せ よ う と い う 意 図 が 垣 間 見 え る 。 他 に も ユ ダ ヤ 人 地 区 の 住 居 は 真 新 し い も の が 目 立 ち 、 イ ス ラ エ ル 国 旗 が 掲 げ ら れ て い る 住 居 も あ る( 写 真 1 )。そ れ に 対 し て パ レ ス チ ナ 人 が 多 く 住 む ム ス リ ム 地 区 の 建 物 は 1 9 6 7 年 以 前 か ら 一 度 も 修 復 が 行 わ れ て い な い 建 造 物 が 多 く 存 在 し て お り 、 生 活 を 続 け て い く こ と が 困 難 な 建 造 物 も あ る 。
写 真 1 . イ ス ラ エ ル 国 旗 が 掲 げ ら れ た ユ ダ ヤ 人 地 区 の 住 居 出 典 : 2 0 1 3 年 1 0 月 1 3 日 , 筆 者 撮 影 Ⅳ . パ レ ス チ ナ N G O に よ る 建 造 物 の 修 復 ・ 住 民 支 援 事 業 本 章 で は 、 筆 者 が エ ル サ レ ム で 行 っ た フ ィ ー ル ド ワ ー ク を 基 に 、 旧 市 街 で 実 際 に 活 動 し て い る パ レ ス チ ナ N G O の 実 態 の 分 析 を 行 い 、 旧 市 街 の 建 造 物 や 住 民 の 生 活 に ど の よ う な 影 響 を 与 え て い る の か を 考 え る 。 1 ) W e l f a r e A s s o c i a t i o n ( a ) W e l f a r e A s s o c i a t i o n の 概 要 We l f a r e A s s o c i a t i o n は パ レ ス チ ナ の 人 々 の 生 活 環 境 の 向 上 と い う 目 的 の 達 成 の た め に 、 ①C u l t u r e a n d i d e n t i t y ( 文 化 ・ ア イ デ ン テ ィ テ ィ 保 護 ) ②D ev e l o p m e n t o f h u m a n r e s o u r c e s ( 人 材 育 成 )、 ③I n s t i t u t i o n a l e m p o w e r m e n t ( 組 織 の 支 援 )、 ④E m e r g e n c y s u p p o r t( 緊 急 支 援 )の 4 つ の 事 業 を 行 っ て い る 。 We l f a r e A s s o c i a t i o n の 主 な 資 金 源 と し て 、 ア ラ ブ 諸 国 の 基 金 、
We l f a r e A s s o c i a t i o n の メ ン バ ー か ら の 出 資 、外 国 政 府 、海 外 の N G O な ど が 挙 げ ら れ る 。そ の 中 で も 最 大 の 資 金 源 は ア ラ ブ 諸 国 の 基 金 で 、2 0 1 2 年 の 活 動 資 金 の う ち 5 7 % を 占 め て い る1 9。 We l f a r e A s s o c i a t i o n に 勤 務 経 験 の あ る R a w a n N a t s h e h 氏 へ の 聞 き 取 り 調 査 (2 0 1 3 年 1 0 月 11 日 実 施 ) に よ る と 、 We l f a r e A s s o c i a t i o n の 設 立 当 初 の 活 動 は ク ウ ェ ー ト な ど の 湾 岸 諸 国 に 住 む 富 裕 層 の ア ラ ブ 人 の 資 金 を パ レ ス チ ナ に 流 す こ と で 、 子 ど も の 教 育 や 女 性 の 権 利 向 上 な ど に 役 立 て る こ と で あ っ た と の こ と だ 。ま た 、1 9 9 3 年 の オ ス ロ 合 意 に よ っ て パ レ ス チ ナ に 自 治 政 府 の 存 在 が 承 認 さ れ た こ と で 、E U 諸 国 や 米 国 の 団 体 か ら も 支 援 を 受 け る よ う に な っ た 。 本 研 究 で は 特 に ①C u l t u r e a n d i d e n t i t y の プ ロ グ ラ ム の 一 つ で あ る 、「 エ ル サ レ ム 旧 市 街 活 性 化 プ ロ グ ラ ム 」 の 活 動 に 焦 点 を 当 て 、We l f a r e A s s o c i a t i o n が エ ル サ レ ム 旧 市 街 内 に お い て ど の よ う な 活 動 を 行 い 、 パ レ ス チ ナ 社 会 に 影 響 を 与 え て い る の か に つ い て 検 討 す る 。 ( b ) W e l f a r e A s s o c i a t i o n に よ る 歴 史 的 建 造 物 の 修 復 事 業 We l f a r e A s s o c i a t i o n は エ ル サ レ ム に お い て 、建 造 物 の 修 復 を 行 う 「 エ ル サ レ ム 旧 市 街 活 性 化 プ ロ グ ラ ム 」(T h e O l d C i t y o f R e v i t a l i z a t i o n P r o g r a m m e 、 以 下 O C J R P ) を 行 っ て い る 。 同 様 の プ ロ グ ラ ム は 西 岸 地 区 の ナ ブ ル ス で も 行 わ れ て い る が 、 本 研 究 で は 世 界 遺 産 と し て の 属 性 も 持 つ エ ル サ レ ム 旧 市 街 で の プ ロ グ ラ ム に 注 目 す る 。 こ の O C J R P は 、 重 要 な 価 値 を 持 つ 建 造 物 を 自 然 現 象 や 人 為 的 な 損 害 か ら 保 護 し 、 住 居 や 公 共 施 設 と し て 再 生 さ せ て い く こ と で 、 パ レ ス チ ナ 人 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ の 維 持 と 、 修 復 さ れ た 施 設 を 活 用 す る こ と で パ レ ス チ ナ 社 会 及 び 経 済 の 発 展 に 貢 献 し て い く 事 を 目 的 と し て い る 。 We l f a r e A s s o c i a t i o n 事 務 所 へ の 聞 き 取 り 調 査 ( 2 0 1 3 年 1 0 月 8 日 実 施 )に よ る と 、O C J R P は 1 9 9 5 年 か ら 開 始 さ れ 、2 0 1 3 年 ま で に 5 0 0 件 以 上 の 公 共 施 設 、住 宅 の 修 復 事 業 が 行 わ れ て い
る ( 図 8 )。 図 8 . 1 9 9 5 年 か ら 2 0 0 9 年 に か け て 、「 エ ル サ レ ム 旧 市 街 活 性 化 プ ロ グ ラ ム 」 が 実 行 さ れ た 建 造 物 を 示 す 地 図 出 典 : W e l f a r e A s s o c i a t i o n ウ ェ ブ サ イ ト を 参 考 に 筆 者 作 成 旧 市 街 の 修 復 事 業 を 請 け 負 っ て い る の は Wel f a r e A s s o c i a t i o n の エ ル サ レ ム 事 務 所 で 、事 務 所 に は 1 5 人 ほ ど の ス タ ッ フ が 駐 在 し て い る 。 基 本 的 に 修 復 事 業 は 住 民 や 利 用 者 か ら の 依 頼 に よ っ て 開 始 さ れ る 。 修 復 依 頼 を 受 け た 後 、 We lf a r e A s s o c i a t i o n は エ ン ジ ニ ア を 派 遣 し て 建 造 物 の 調 査 を 行 う 。 そ
の 後 We l f a r e A s s o c i a t i o n が 外 部 の 技 術 者 に 修 復 を 委 託 す る こ と で 、 修 復 を 行 う 流 れ と な っ て い る 。 宗 教 関 連 の 建 造 物 や 公 共 施 設 な ど 、 パ レ ス チ ナ 社 会 に 大 き な 影 響 を 与 え る 建 造 物 に 関 し て は We l f a r e A s s o c i a t i o n 自 ら が 建 造 物 の 選 定 、 修 復 の 決 定 を 行 い 、 技 術 力 の 高 い 海 外 の 業 者 に 修 復 の 依 頼 を 行 う こ と が 多 い 。 ま た 、 修 復 事 業 は パ レ ス チ ナ 人 が 多 く 住 む ム ス リ ム 地 区 だ け で は な く 、 キ リ ス ト 教 地 区 や ア ル メ ニ ア 人 地 区 に お い て も 行 わ れ て お り 、 イ ス ラ エ ル に よ っ て 積 極 的 に 整 備 が 行 わ れ て お る ユ ダ ヤ 人 地 区 以 外 の 地 区 を カ バ ー す る も の と な っ て い る 。 筆 者 は 、2 0 1 3 年 1 0 月 3 日 ~ 1 7 日 に か け て 、エ ル サ レ ム 旧 市 街 に お い て 現 地 調 査 を 行 い 、We l f a r e A s s o c i a t i o n に よ る 修 復 事 例 及 び 、 パ レ ス チ ナ の N G O に 対 し て 6 件 の 聞 き 取 り 調 査 を 行 っ た 。 聞 き 取 り 調 査 で は 、 現 在 建 造 物 を 利 用 し て い る 人 物 に 修 復 の 方 法 や 様 子 、 現 在 の 建 造 物 の 利 用 方 法 や 今 後 の 支 援 で 望 む こ と な ど に つ い て イ ン タ ビ ュ ー を 行 っ た 。 以 下 で は 、 聞 き 取 り 調 査 を 行 っ た 中 か ら 事 例 を い く つ か 紹 介 し 、We l f a r e A s s o c i a t i o n が ど の よ う な 方 法 、戦 略 で 修 復 を 行 っ て い る の か を 見 て い く 。 修 復 事 例 1 ( 2 0 1 3 年 1 0 月 8 日 聞 き 取 り 実 施 ) I n d u s t r i a l I s l a m i c O r p h a n a g e S c h o o l ( 写 真 2 ) 修 復 年 …2 0 0 0 年 ・ 2 0 1 2 年 建 築 年 … 約 5 0 0 年 前 ( マ ム ル ー ク 時 代 ) 修 復 事 例 1 は 職 業 訓 練 に 関 す る 活 動 を 行 っ て い る 建 造 物 の 修 復 に つ い て で あ る 。 こ の 建 造 物 は 、 約 9 0 年 前 か ら 孤 児 院 と し て の 機 能 を 有 し て い た 。 現 在 は 職 業 訓 練 学 校 と し て 、 印 刷 や 製 本 技 術 、 土 木 関 係 の 教 育 を パ レ ス チ ナ の 子 ど も た ち に 行 っ て い る 。 2 0 0 0 年 と 2 0 1 2 年 に We l f a r e A s s o c i a t i o n に よ る 修 復 が 行 わ れ て お り 、外 面 は 非 常 に 整 備 さ れ て い る 。 ま た 、 内 部 の 設 備 に つ い て は E U 諸 国 な ど か ら の 支 援 を 受 け て い る が 、 ま だ ま だ 十 分 と は い え な
い た め 、今 後 の 更 な る 支 援 を 望 ん で い る 。学 校 関 係 者 に よ る と 、 こ の 職 業 支 援 学 校 を 卒 業 し た 多 く の 子 ど も た ち が 西 岸 地 区 や ガ ザ な ど で 技 術 者 と し て 活 躍 し て い る 。 ま た 、 旧 市 街 に あ る ア ル ア ク サ ・ モ ス ク の 修 復 事 業 も 、 こ の 学 校 の 卒 業 生 が 主 体 と な っ て 行 わ れ た 。 生 徒 数 自 体 は 年 々 減 少 し て い る が 、 現 在 も 多 く の 子 供 た ち が 通 っ て お り 、 学 校 の 中 は 活 気 に 溢 れ て い る 。 写 真 2 . I n d u s t r i a l I s l a m i c O r p h a n a g e S c h o o l の 内 装 出 典 : 2 0 1 3 年 1 0 月 8 日 , 筆 者 撮 影 修 復 事 例 2 ( 2 0 1 3 年 1 0 月 8 日 聞 き 取 り 実 施 ) S p a f f o r d C h i l d r e n ’s C e n t e r ( 写 真 3 ) 修 復 年 …2 0 0 6 年 ~ 2 0 0 9 年 建 築 年 …1 8 8 1 年 ( オ ス マ ン ・ ト ル コ 時 代 )
修 復 事 例 2 で は 、パ レ ス チ ナ 人 の 医 療 面 で 支 援 し て い る N G O が 利 用 し て い る 建 造 物 の 修 復 に つ い て 見 て い く 。 S p a f f o r d C h i l d r e n ’s C e n t e r の 建 造 物 自 体 は オ ス マ ン ・ ト ル コ 時 代 の も の で あ る 。8 0 年 前 に ア メ リ カ か ら の 移 民 に よ っ て 子 供 た ち の 健 康 状 態 の 改 善 を 目 的 と し た 慈 善 団 体 が 設 立 さ れ 、 こ の 建 造 物 が 利 用 さ れ る こ と と な っ た 。 3 0 年 ほ ど 前 か ら 旧 市 街 の パ レ ス チ ナ 人 を 中 心 に 診 療 を 行 う 病 院 と な っ て い る 。 第 一 次 イ ン テ ィ フ ァ ー ダ を き っ か け と し て 、 心 に 傷 を 負 っ た 子 ど も た ち の 心 の ケ ア や 教 育 も 行 う よ う に な り 、 現 在 で は 教 育 、 医 療 の 2 つ を 柱 と し て 活 動 を 行 っ て い る 。 修 復 の 際 は 、 建 造 物 の 規 模 が 大 き か っ た た め 、 電 気 や ネ ッ ト ワ ー ク な ど の イ ン フ ラ 面 か ら 始 め ら れ 、 そ の 後 建 造 物 全 体 、 コ ン ピ ュ ー タ ル ー ム な ど の 各 部 屋 、 医 療 部 門 な ど 現 代 的 な 設 備 の 設 置 の 順 に 、5 段 階 の セ ク シ ョ ン に 分 け て 行 わ れ た 。 修 復 事 業 の 間 も 診 療 な ど の 活 動 は 続 け ら れ て い た 。 こ ち ら の 施 設 は 公 共 性 が 高 く 、 建 造 物 の 状 態 も 悪 く 危 険 な 状 況 に あ っ た た め 、We l f a r e A s s o c i a t i o n の 修 復 候 補 リ ス ト に 載 せ ら れ て か ら 非 常 に 短 い 期 間 で 優 先 的 に 修 復 事 業 が 開 始 さ れ た 。 修 復 に お い て は 、 一 つ の 広 い 部 屋 を 分 割 し 、 い く つ か の 部 屋 に 分 け た り 、 中 庭 の 部 分 に 新 し く 空 間 を 作 っ て オ フ ィ ス と し た り す る な ど 、 活 動 の 用 途 に 合 わ せ た 内 部 の 修 復 や 空 間 の 有 効 活 用 な ど の 「 適 応 型 再 利 用 」 が 行 わ れ て い る の が 確 認 で き た 。 We l f a r e A s s o c i a t i o n に よ る 修 復 後 の 追 加 の 支 援 は 特 に な い が 、 事 務 所 が 近 く に あ る こ と か ら 、 現 在 も 良 好 な 関 係 を 築 い て い る 。
写 真 3 . S p a f f o r d C h i l d r e n ’ s C e n t e r の 玄 関 部 分 。 玄 関 部 分 を 新 た に 設 置 す る こ と で 「 適 応 型 再 利 用 」 が 行 わ れ て い る 。 出 典 : 2 0 1 3 年 1 0 月 8 日 , 筆 者 撮 影 修 復 事 例 3 ( 2 0 1 3 年 1 0 月 1 2 日 聞 き 取 り 実 施 ) A f r i c a n C o m m u n i t y ( 写 真 4 ) 修 復 年 …2 0 0 7 年 ( 修 復 開 始 年 は 1 0 年 以 上 前 ) 建 築 年 …8 0 0 年 前 ( マ ム ル ー ク 時 代 ) 修 復 事 例 3 で は 、コ ミ ュ ニ テ ィ 全 体 の 修 復 に つ い て 紹 介 す る 。 A f r i c a n C o m m u n i t y の 建 造 物 は 8 0 0 年 前 の マ ム ル ー ク 時 代 か ら 存 在 し て お り 、 か つ て は 巡 礼 者 の た め の ホ ス ピ ス と し て 利 用 さ れ て い た 。 そ の 後 、 こ の 地 区 に 英 国 統 治 時 代 に チ ャ ド や ス ー ダ ン な ど か ら 旧 市 街 に 移 住 し て き た ア フ リ カ 系 パ レ ス チ ナ 人 の た め の コ ミ ュ ニ テ ィ が 形 成 さ れ 、 現 在 は 職 業 訓 練 学 校 や 住 居 な ど が 集 ま っ て い る 。 歴 史 的 、 建 築 的 重 要 性 の 維 持 と 、 生 活 環 境 の 向 上 の 必 要 性 か
ら 、 修 復 が 行 わ れ る こ と に な っ た が 、 修 復 開 始 か ら 終 了 ま で に 1 0 年 以 上 の 歳 月 が か か っ た 。 修 復 に 年 数 を 要 し た の は 、 ① 近 隣 地 区 の 建 造 物 の 損 壊 が 激 し く 、We l f a r e A s s o c i a t i o n が そ ち ら の 修 復 を 優 先 し た 事 、② 迅 速 な 修 復 作 業 の 実 行 は イ ス ラ エ ル 当 局 に 対 す る 政 治 的 な 抵 抗 で あ る と み な さ れ る 恐 れ が あ っ た 事 が 理 由 で あ る と 、 A f r i c a n C o m m u n i t y 関 係 者 は 述 べ て い る 。 ま た A f r i c a n C o m m u n i t y に お け る 修 復 は 、We l f a r e A s s o c i a t i o n に と っ て 初 め て の コ ミ ュ ニ テ ィ 全 体 の 修 復 プ ロ ジ ェ ク ト で あ り 、 イ ン フ ラ 状 況 の 包 括 的 な 改 善 や モ ス ク の 修 復 な ど 、 多 岐 に 渡 っ て い た た め 、3 つ の 段 階 に 分 け て 修 復 が 行 わ れ た 。We l f a r e A s s o c i a t i o n に よ る 支 援 は 建 物 の 修 復 と い っ た ハ ー ド 面 で の 支 援 に 限 定 さ れ て い る が 、 そ の 後 も 子 ど も た ち へ の 教 育 な ど で 、We l f a r e A s s o c i a t i o n と 共 同 で プ ロ ジ ェ ク ト を 行 っ て い る 。ま た 、N G O と し て 公 共 施 設 の 修 復 を 率 先 し て 行 う こ と で 、 住 民 に 修 復 事 業 を 行 う N G O の 存 在 を 知 ら せ る 広 告 塔 と し て の 役 割 も 担 っ て い る 。 写 真 4 . A f r i c a n C o m m u n i t y の 内 装 出 典 : 2 0 1 3 年 1 0 月 1 2 日 , 筆 者 撮 影