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(1)

愛荘町立歴史文化博物館 第4回企画展

愛荘町の技 展示解説書

1.はじめに

愛荘町には、中山道「愛知川宿」を中心に 江戸末期や明治時代から続く菓子舗が今もな お老舗の暖簾

の れ ん

を守っています。なかでも慶応 元年(1865)創業のしろ平老舗や、明治 20 年 代に創業した小松屋老舗、「饅頭孝」の屋号 で知られるさかえ屋菓舗などは、当時茶店を 兼ねていたことから中山道を行き交う多くの 旅人を和菓子でもてなしました。また、時に

は旅籠

は た ご

や料理屋、寺社などにも菓子を卸して

いたと言われています。

本展示会では、これらの菓子舗が大切に伝 えてきた明治時代の菓子木型や焼判、羊羹

ようかん

の 型紙といった製造道具のほか、行器

ほ か い

や菓子用 重箱などの容器類の展示を通して、愛荘町に 育まれた菓子文化の一端を紹介します。

2.和菓子とは

ケーキやチョコレートなどの洋菓子に対し、

饅頭、羊羹、最中

も な か

、煎餅など和風の菓子を「和 菓子」と呼ぶが、その言葉自体は「和服-洋 服」「和食-洋食」などのように「和」と「洋」

をもって物事を区別した明治時代に生まれた。

しかし、実際に和菓子という言葉が定着した のは、さらに時代が降る第二次世界大戦後の ことであり、それ以前は単に菓子と呼ばれて いた。

菓子とは元来、果物や木の実を指すが(水 菓子)、ほかに稗

ひえ

や粟

あわ

などの穀物を材料とし て作られた餅や団子も菓子の原型と言える。

これらの菓子が外国から新たにもたらされた 菓子(唐

とう

菓子

や点心、南蛮菓子など)の影響 を受け、17 世紀後半、京都で和菓子として大 成する。

その後、東海道や中山道などの主要街道が

貫く近江では、宿場内の茶屋や社寺の門前に おいて名物菓子が次々に生み出された。

3.さかえ屋菓舗

明治末、岩佐孝次郎が創業。「饅頭孝」の 屋号は「饅頭屋の孝さん」として、長らく親 しまれた。

三代目の岩佐正孝は、京都の老舗で修練を 重ね、昭和 46 年(1971)の暖簾分けを契機に 現屋号に改めた。「さかえ屋」の屋号は、店 の所在地名である「堺町」に因んで名付けら れたものである。

初代の頃より朝生

あさなま

(日持する押菓子とは異 なり、その日のうちに食される生菓子)が主 力商品であるが、かつては慶事や弔事の際に 押菓子も製造していたため、多くの菓子木型 が伝えられている。

4.しろ平老舗

慶応元年(1864)創業と伝えられており、

当初は酒饅頭や外郎

ういろう

が主力商品であった。

嘉永5年(1852)の「愛知川宿役絵図」(中 村長十郎家蔵)では、店舗の位置に九左衛門 の名が見える。しかし、同絵図より時代が降

菓子

会期:平成 23 年6月4日~7月 10 日

写真1 さかえ屋菓舗

(2)

ると思われる「愛知川宿往還絵図」(中村長 十郎家蔵)には、伝四郎の屋敷が描かれてお り、このことから屋号の「しろ平」は「四郎」

に因んで名付けられた可能性がある。

多くの菓子木型と共に、螺鈿

ら で ん

や蒔絵

ま き え

が施さ れた菓子用重箱などが大切に伝えられている。

5.小松屋老舗

明治の初め頃、材木商や旅館業を営んでい た多喜半四郎が転業のうえ創業した。付近の 和菓子舗は、朝生(生菓子)が主力商品であ ったが、創業時より主に押菓子を製造し、料 理屋などに納めていた。

また、昭和 33 年(1958)よりカステラなど 洋菓子の製造を始め、愛荘町内でもいち早く クリスマスケーキを販売したと言われている。

約 650 丁の菓子木型のほか、羊羹の型紙や 焼判などが、今もなお大切に伝えられている。

6.菓子木型(一枚型)

茶席の干菓子など厚みのない菓子を作るた めに使用する。一枚に同じ意匠を複数彫る場 合、菓子が同じ大きさ・重さになるよう寸分 違わずに彫る高度な技術が要求される。

小梅などの木型は、主に報恩講など神仏に 供えられる盛菓子(御前菓子・供養菓子)の 製造に使用する。

7.菓子木型(二枚型)

中に餡

あん

が入る厚みのある菓子を作るために 使用する。菓子の表面になり、文様が彫出さ れている板(面)と厚みを出すための板(下 司)からなる。また、下司が2枚に分かれる ものを割下司と呼ぶ。

古典意匠の代表として、松竹梅や菊、鶴亀 宝船などの吉祥文様が多く見られるが、戦時 中は国威発揚のために国旗や鉄兜の意匠が取 り入れられた。おそらく、大演習や出征兵士 の式典に落雁が頻繁に配られたことが背景に あろう。

写真3 小松屋老舗 写真2 しろ平老舗

文久2年(1862)刊行『古今新製名菓秘録』より 図 菓子木型で落雁を作っている様子

下司(げす) 面(つら)

写真4 菓子木型(二枚型)

(3)

8.おわりに

現在、博物館では町内の和菓子舗に関する調査を実施しています。今回の企画展ではその過程 で知り得た情報や資料を展示しました。現在も継続して調査を実施していますが、明らかになっ たことについては随時展示・公開する予定です。皆様のなかで和菓子舗や和菓子作りに関する情 報をお持ちの方がおられましたら、是非ご教示ください。

9.列品資料一覧

展 示 資 料 名 員数 法 量(㎝) 備 考

焼判 7 長さ 39.2 他 卍は地蔵盆で配られる饅頭、火炎宝珠の焼印 はお火焚き饅頭の焼印。

行器ほ か い 2 幅 35.5×高さ 57.8×奥行 41.0 他

側面には黒漆で「愛知川町/御饅頭所/○岩佐 舗」と記され、五三桐を描く。重箱側面には 桜の文様と「浪」の文字が見え、蓋には備前 蝶を描く。

焼型 2 長さ 55.0×最大幅 13.0 他 鮎饅頭の焼型。

せい

ろう

3 幅 45.3×高さ 11.6×奥行 45.3 他

蒸気で蒸すための用具。底に2本の木材を平 行に渡し、その上に簀を敷く。適度な通気性 を保つため、柾目が使用されている。

菓子用重箱 2 幅 17.8×高さ 24.0×奥行 16.2 他 蒔絵や螺鈿が施されており、明治初期の作品 と伝えられる。

行器ほ か い 2 幅 38.1×高さ 56.3×奥行 33.3 他

側面には黒漆で「愛知川町/愛知川北入口/御 饅頭司/岩佐四良兵衛商店」と記され、沢瀉おもだかを 描く。

菓子木型 6 長さ 40.5×幅 6.0 他 供物菓子(お華そく)の落雁を作るための菓子 木型。

焼型 3 長さ 58.0×幅 14.8 他 右は人形焼、合わせ型のものは最中の皮(最 中種)の焼型。

菓子木型(合わせ型) 1 幅 7.8×高さ 14.8×奥行 7.8 山芋形の菓子を作るための木型。

波刃包丁 1 長さ 25.8×幅 3.8 羊羹やゼリーなどを波形に切断するのに用い る。千筋せんすじ、すだれ包丁とも呼ぶ。

楓型 5 全長 5.2 他 焼饅頭の金型。

押型 5 長さ 27.3×幅 5.5 他

ほう

ずい

やマシュマロの型作りに使用する。重に 厚く小麦粉を敷き詰め、押型を押し付けて窪 ませ型を作る。

杓文字し ゃ も じ 3 長さ 66.5×幅 18.0 他 「多賀」の焼印がある。

枡 2 幅 14.4×高さ 7.5×奥行 14.4 他 小豆の計量に使用した五号枡と一号枡。

さかえ屋菓舗

しろ平老舗

(4)

展 示 資 料 名 員数 法 量(㎝) 備 考

さら

ばかり

と分銅ふんどう 4 竿 50.1×皿幅 13.5 他

皿に砂糖を盛り、紐を吊り上げて支点とし、

反対端に吊り下げた分銅を移動させながら竿 が水平になった位置の目盛を読む。

ほい

1 幅 49.0×高さ 114.4×奥行 39.3 酒饅頭を作る器。酒種を混ぜた生地に餡を包 み、焙炉で発酵を促す。

細工道具 14 長さ 20.8 他

生菓子(煉切など)を細工するための道具類。

右から4番目は「金子式花切針」、左端は菊 花などを形作るための「松田式菊切鋏」。

銅鍋と杓文字 2 口径 43.5×器高 15.8 他 製餡には加熱しても焦げ付きにくい銅鍋が使 用される。

小田巻型お だ ま き が た

1 長さ 46.3×幅 7.6

小田巻筒とも呼ぶ。筒先の金板には孔が数箇 穿たれている。筒内に餡を詰め、棒で押し出 すことにより、糸状に搾り出し、細工に用い る。明治 35 年(1902)新調。

菓子仕入鑑札 1 縦 7.0×横 5.2×厚さ 0.7 裏面に「滋賀県神﨑愛知郡役所」の焼印があ る。

球断器 1 幅 47.5×高さ 11.0×奥行 24.7 棒状の餅を裁断し、団子状に成形する道具。

干菓子の抜型と板型 4 縦 10.7×横 7.2×厚さ 2.0 他 生地(月平など)を抜き、指で板型に押し付 けて模様をつける。

明治時代の菓子木型 8 縦 11.2×横 21.0×厚さ 2.9 他 明治 31 年(1898)~明治 37 年(1904)に 購入された菓子木型。

大正時代の菓子木型 2 縦 6.2×横 16.0×厚さ 2.5 他

「芋と 干 瓢かんぴょう」は大正3年(1914)、「鶴」

(3枚型)は大正8年(1919)に購入された 菓子木型。

戦時中の菓子木型 2 縦 9.8×横 16.3×厚さ 2.3 他 「鉄兜」は昭和 13 年(1938)、「武運長久」

は昭和 14 年(1939)に購入された菓子木型。

焼判 7 長さ 37.3×幅 9.3 他

「御用橋」「菊花」は煎餅用の焼判。源氏香 図は、その幾何学的な模様の面白さが好まれ てか、焼判の意匠に用いられた。

羊羹の型紙 18 縦 8.4×横 15.1 他 「富士山」「菊桐紋」は真鍮製。その他は和 紙に柿渋を染み込ませた紙製。

菓子見本帳 2 縦 17.5×横 24.8 他 羊羹の型紙とセットの見本帳。

行器ほ か い 2 幅 37.8×高さ 61.3×奥行 40.1 他 側面には黒漆で「湖東愛知川駅/御菓子処/小

松屋常磐製」と記され、三階松を描く。

小松屋老舗

(5)

10.主な列品資料

▲焼判 さかえ屋菓舗 蔵 ▲焼型 さかえ屋菓舗 蔵

▲菓子用重箱 しろ平老舗 蔵 ▲菓子木型 しろ平老舗 蔵

▲菓子木型(合わせ型) しろ平老舗 蔵

▲焙炉 しろ平老舗 蔵

▲枡 しろ平老舗 蔵

(6)

愛荘町立歴史文化博物館 第4回企画展

愛荘町の技 和菓子 展示解説書 編集・発行:愛荘町立歴史文化博物館 発 行 日:平成 23 年(2011)6月4日 電 話:0749(37)4500

2011 愛荘町立歴史文化博物館

▲小田巻型 小松屋老舗 蔵 ▲菓子仕入鑑札 小松屋老舗 蔵

▲球断器 小松屋老舗 蔵 ▲干菓子の抜型と板型 小松屋老舗 蔵

▲戦時中の菓子木型 小松屋老舗 蔵 ▲羊羹の型紙 小松屋老舗 蔵

▲菓子見本帳 小松屋老舗 蔵

参照

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