富山県氷見市・乱橋池のトンボ相の現状と問題点
著者 二橋 亮, 二橋 弘之, 荒木 克昌
雑誌名 富山市科学文化センター研究報告
号 25
ページ 141‑145
発行年 2002‑03‑25
URL http://repo.tsm.toyama.toyama.jp/?action=repos itory̲uri&item̲id=772
短 報
富山県氷見市・乱橋池のトンボ相の現状と問題点
二 橋 亮 東京大学大学院・日本蛸蛤学会
〒277‑088s千葉県柏市西原6‑1‑35‑30;
〒939‑0234
二 橋 弘 之
富山県射水郡大門町二口2936
荒 木 克 昌 日本蛸蛤学会
〒930‑0324富山県中新川郡上市町新町垂
RecentConditionsofOdonataFaunaat MidarehaShi−ikePond
(Himi‑Shi,ToyamaPrefecture,Japan)
andProbIemsofItsConServation
RyoFutahashi
6‑l‑35‑301,nisihara,kashiwa‑clty, Chiba‑Prefもcture,277‑0885,Japan
HiroyukiFutahashi 2936,filtakuchi,daimon‑machi, Toyama‑Prefecture,939‑0234,Japan
YoshimasaAraki 52,shinmachi,Kamiichi‑machi,
Toyama‑Prefbcmre,930‑0324,Japan
は じ め に
乱橋池(みだれはしいけ,図l)は,氷見市宮田に 位置する潅概用溜池で,その面積はおよそO9haであ るが,現在は植生遷移が進んで大半がヨシ原と化して おり,7分の1程度に減った水面も大部分はコウホネや ヒシに覆われている。池の上流部には小規模な谷戸か 広がり,周囲は竹を主体とした雑木林に囲まれている。
筆者らは1988年7月に乱橋池のトンボ類を初めて調 査したが,1990年に当時県内では生息状況が不明であっ たマルタンヤンマとネアカヨシヤンマを採集して以来,
意識的に調査を行うようになった(二橋,1991)。こ の地区は,現在,ビオトープ県内第一号地区に指定さ れ,乾燥化が進んでいた池の上流部に広がる谷戸部分
に,トンボ池が造成されている。また,1995年には地
元のトンボ愛好家らを中心に「宮田のトンボを考える 会」が設立されるなど,保護活動も盛んになっている。
乱橋池のトンボ類については,二橋.根来(1992),
二橋.二橋.北山(1994)でその概要が述べられてい るが,その後の調査でいくつかの新たな種類が追加さ れ る と と も に 当 地 の ト ン ボ 相 が か な り 明 ら か に な っ たので,その現状と問題点について論述する.なお,
ここでは便宜上,谷戸および周囲の林を含めた範囲 (総面積およそ9ha)を乱橋池として扱うことにする.
確 認 種 数
根来・二橋(1992)は,乱橋池のトンボ類として,
51種を報告した。二橋・二橋・北山(1994)は,エゾ イトトンボを新たに記録し,この地域のトンボ類につ いて概説した。その後,鈴木・二橋(1995)がハネビ ロトンボを,二橋・荒木(1998)がオオギンヤンマを,
二橋。二橋・荒木(2001)がオツネントンボを記録し ており,現在までに55種のトンボ類が報告されたこと になる。筆者らは今まで報告されていない種類として,
オオカワトンボ,モートンイトトンボ,アオモンイト トンボ.ホソミオツネントンボ,ルリボシヤンマ,コ シボソヤンマ,ヤマサナエ,コオニヤンマ,ハラビロ トンボの9種を新たに採集した。その結果,乱橋池で これまでに確認されたトンボ類は64種となる。この数 字は氷見市における確認種数(73種=筆者らの調査に基 づく)の87%強富山県における確認種数〔85種=二橋・
二橋・荒木(2001)に未発表のムツアカネを加える〕の 75%強に値する。
以下に未発表の採集記録を挙げる。モートンイトト ンボ,ホソミオツネントンボ,コシボソヤンマ,ヤマ サナエの4種は,以前にも採集されたという情報はあっ たが,筆者らは未確認であった。ホソミオツネントン
ボは発見以来,かなりの個体数が確認され,産卵・羽
化および幼虫も確認していることから既に定着してい るものと思われるが,他の種はいずれもl〜数個体確 認されているにすぎない。採 集 記 録
(採集者は略記する。二橋亮:RF,二橋弘之:HF,
荒木克昌:YA)
lオオカワトンボ雌?αjs〃αw Yamamoto,1956 13,8−V‑2000,YA,
2モートンイトトンボMb"o"αg"o〃se/e"/o〃(Ris,
1916)
l早,25‑V1‑1998,RF、
3.アオモンイトトンボハc/"7 "αse"egα/e s(Rambur,
1842)
二 橋 亮 ・ 二 橋 弘 之 ・ 荒 木 克 昌
13,28−V‑1999,RF・
ホソミオツネントンボノ"伽/ espereg"""s(Ris,
1916)
231早,l8‑V‑l999,HEl早,26‑V1‑1999,YA;
13(未熟),17‑VⅡ‑1999,HEl早(未熟),18‑VⅡ‑1999, HF;1Jl早(未熟),22‑VⅡ‑1999,RF;131早,20‐
IV‑2000,HEl3,l7‑IV‑2001,HF;幼虫llexs,29
−VI‑200LYA;131早(未熟),2−VII‑2001,YAぅ 13(未熟),4−VII‑2001,HF
ルリボシヤンマAesル"αノ"" a(Linnaeus,1758)
lc?,24‑X‑2000,HF、
コシボソヤンマBqye"α〃'αc/αcルノα"ノ(Selys,l883i l3,4−IX‑1999,RF・
ヤマサナエAs唾o'"p〃噸加e/αe"Ops(Selys,1854)
lc7,29‑V‑2000,HF・
コオニヤンマSje加〃〃sα/6 eSelys,1886 13,25−VⅡ1‑1998,RF,
ハラビロトンボ〃"o/he spacノ"gas"a(Selys,
1878,図2)
1c7.30‑V‑2001,HF.
また,2001年10月31日には,コノシメトンボとマユ タテアカネの種間雑種と推定される個体が13採集さ れたが,これについては別項にて報告する予定である。
トンボ相の現状
乱橋池周辺における筆者らのトンボ類の確認状況を
表1に表す。過去14年間の内,確認年がl〜6年の種 は22種,9〜14年の種は42種である。1990年以降は秋 期に調査の少なかった1992年と1994年を除くと40種以
上が確認されており,最も記録の多かった1999年.20 00年度には51種のトンボが確認された。これらの内,オオギンヤンマ,オナガアカネ,タイ
リクアキアカネ,ウスバキトンボ,ハネビロトンボの 5種は遠方からの飛来種である(ウスバキトンボは飛 来個体数も多く,夏期を中心に一時的に羽化・発生す るが,冬期に幼虫が死滅するため定着する可能性はな
いものと思われる)。また,ハグロトンボ,オオカワトンボ,ヒウラカワトンボ,ミルンヤンマ,コシボソ ヤンマ,ヤマサナエ,コオニヤンマ,コヤマトンボの 8種もこれらの種が定着できるような流水域が存在し ないため,近隣河川から一時的に飛来した可能性が高
い。モートンイトトンボ,セスジイトトンボ,アオモ ンイトトンボ,オツネントンボ,ルリボシヤンマ,ムカシヤンマ,ハラビロトンボ,ネキトンボ,キトンボ
の9種は現在まで記録が少なく,現時点では定着に至っていないと考えられるが,将来的には住み着く可能性 もある。以上に挙げた22種を除く42種は,年によって 個体数の増減があるものの,安定して見られることか らほぼ定着していると考えられる。周辺から飛来する
トンボ類も含めると,乱橋池はおよそ50種のトンボ類
の生活圏となっているといえよう。一つの池とその周辺で60種以上のトンボ類が確認さ れた例としては静岡県磐田市の桶ヶ谷沼(66種=杉
山ほか,2001)が有名であるが,池自体の面積を比較
したとき,乱橋池(0.9ha)が桶ケ谷沼(74ha)の12%程度しかない点を考慮すれば,この地のトンボ相が
いかに豊富であるかが分かる。多種類のトンボ類が見 られることは,乱橋池にそれだけ多様な環境が備わっ ている証拠でもあるが,同時に乱橋池の周辺に多数の 池沼が散在することや,背後に二上山麓がひかえてい ることも無関係とはいえまい。乱橋池が他の産地と比較して優れている点の一つに,多くの種類のトンボが
コンスタントに見られることが挙げられるが,これは ある種の個体数が減ったとしても,周辺地域から絶えず供給があったことを意味するものと思われる。乱橋
池のトンボを保護するには.池とその周辺のみでなく,広範な範囲にわたって自然環境を保護する必要がある。
乱橋池上流部の谷戸部分に広がっていた水田は,19
90年度前半に大部分が休耕田や廃棄水田と化し,一時 的にトンボ類の絶好の生息環境となったが,やがて草
地化が進み,多くのトンボ類の生息に適さなくなった。そのため,1998年からトンボ類の誘致を目的とした池
が複数作られている。
池を造成し始めてから3年経った現在,オオイトト ンボ,マルタンヤンマ,ギンヤンマなど浅い水深の池
を好む種類は,個体数が増加傾向にあるものが多く。
クロスジギンヤンマ,ショウジョウトンボに至っては
個体数が爆発的に増えている。しかし,このような個
体数の急増は一過性のものである可能性も考えられ,今後の推移が注目される。一方,湿地を主な生息地と
するネアカヨシヤンマ,ハッチョウトンボ,ヒメアカ ネなどは個体数が減少している。特にネアカヨシヤンマは,県内ではこの地が殆ど唯一の生息地であること から,その生息状況が注目されているが,湿地環境の 維持の難しさが保護の課題といえよう。また,当地に
おける幼虫の生息域が充分解明されておらず,その点 も本種の保護を難しくしている原因の一つとなっている。
問 題 点
乱橋池のトンボ相の魅力はその多様性にあったが
表1乱橋池のトンボ類の年度別確認表
2001.12.31現在
● : 筆 者 ら 確 認 ○ : 文 献 * : 他 者 の 未 発 表 記 録
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FD
55 R F V u
︑一RJl 勾丞戸︑
63
調 査 年 度 調 査 回 数 ハグロトンボ オオカワトンボ ヒウラカワトン
│モートンイトト
クロイトトンボ セスジイトトンボ オオイトトンボ
│エゾイトトンオ
アジアイトトンボ アオモンイトトンボ キ イ ト ト ン ボ モノサシトシ アオイトトンフ オオアオイトトンボ ホソミオツネントンボ オツネントンボ ル リ ボ シ ヤ ン マ マ ダ ラ ヤ ン マ オ オ ル リ ボ シ ヤ ン マ マ ル タ ン ヤ ン マ オオ・ギンヤンマ クロヌ ギ ン ヤ ン マ ヤブーヤンマ ネアカヨシヤンマ ア オ ヤ ン マ ミ ル ン ヤ ン マ コ シ ボ ソ ヤ ン マ サラサヤンーマ ム カ シ ヤ ン マ オ ニ ャ ン マ ヤ マ サ ナ エ コ オ ニ ヤ ン ウ チ ワ ヤ ン マ コサ・ナエ トラフトンボ タカネトンア エゾトンボ オオヤマトンボ コヤマト:
│ハッチョウI
ヨツボシ ハラビロト§
シオカラトニ シオヤトン;
オオシオカラトンボ ショウジョウトン:
コフキトンァ コノシメトン オナガアカ キトン】
ナツアカ』
タイリクアキアカ マユタテァカニ ア キ ア カ ノシメトンホ マイコァカ』
ヒメアカコ リ ス ア カ ネ キ ト チョウ ウ ス バ キ ト ハネビロトニ コシアキトンボ コノシメトンポ×マユタテアカネ
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二 橋 亮 ・ 二 橋 弘 之 ・ 荒 木 克 昌
新たに造成された池には画一的な作られかたも見受け られる。現時点では,池が造成されてから年数も浅い ため,問題点が表面化していないが,将来的にはトン ボ相が単調化する恐れも多分にある。もう少し水深の 深い池の造成や,湿地性の部分の保護が必要であろう。
乱橋池周辺におけるビオトープ関連事業においては トンボの専門家からのアドバイスを聞く機会が,殆ど なかったように思われ,この分野では先駆者的な高知 県中村市のトンボ自然公園(杉村,1993)などとの意 見交換がなされることが望ましい。
また,最近全国で作られたトンボ公園の問題点とし
て,アメリカザリガニの爆発的増加に伴う水生生物相
の単調化があげられる(新井,1993)。先にあげた桶 ヶ谷沼さえも近年アメリカザリガニの大発生に伴い,ベッコウトンボをはじめ多くのトンボ類が壊滅的な被 害を受けている(福井,2001)。乱橋池では筆者らが 調査を始めた当初からアメリカザリガニは確認されて いたが,その後爆発的な増加はみとめられない。しか
し,何かのきっかけで,いつ外来生物が異常繁殖する
とも限らない。
また,近年各地でオオクチバス,ブルーギルなどの 肉食性外来魚がトンボ相に深刻な影響を与えているこ とが取り上げられている(苅部2001)。乱橋池では 現在のところこれらの外来魚は確認されていないが,
周辺地域の溜池ではかなり普遍的に見られることから,
今後持ち込みがなされないように注意が必要である。
特に学校などの教育現場で,安易な放流が生態系を破 壊しかねないことを児童に教える時期に来ているので はないだろうか。また,他県では植物の移植に伴い,
その地域に生息していなかったトンボ類が発生した例 もあり(苅部;1998,2000),植物の移植は極力避け
図1:乱橋池(2000年6月21日撮影〉
るか,周辺地域に自生しているもの,種子か殖芽の採
取・散布に限定することが望ましい。筆者らの調査した14年間の間で,個体数の変動の激 しい種類が複数見られたが,それらの中には単に湿地 の草地化といった目に見える環境変化で説明できない ものも多い。乱橋池内の非常に限られた範囲に焦点を 当てても,そこに生息するトンボ相の変遷には多くの 要因がからんでいると考えられる。この地が全国有数 のトンボの楽園であることを将来に伝えていくために は,そこに生息するトンボ類の生態を解明するととも
に,それに見合った多様な環境を維持する体制を整え
ることを関係者に望みたい。
文 献
新井裕,1993.市民の手で作る寄居トンボ公園.ビ オトープー復元と創造一:60‑67.
福井111貞治,200l磐田市桶ヶ谷沼におけるベッコウト ンボの個体数変動.Tombo,43:41‑44
二橋弘之,199L私たちのトンボ採集記.とやまと自 然,14(2):2‑5.
二橋弘之・根来尚,199z氷見市宮田乱橋池とその 周辺部のトンボ類.富山市科学文化センター研究 報告,(15):81‑85.
二橋亮・荒木克昌1998オオギンヤンマ富山県か ら初記録.Tombo,41:5−8
二橋亮・二橋弘之・荒木克昌,200L北陸地方にお けるトンボ類の最近の知見.Tombo,43:31‑36 二橋亮・二橋征史・北山拓,1994富山県のトン
ボ.富山市科学文化センター研究報告,(17):49
82.
苅部治紀,1998.神奈川県のコバネアオイトトンボに
i榊:鋤:職職
̲雑
鱗黙iIII榊蝿 蕊.::塗蕊,.,
典弔‑E号‑‑3認‑ニーニーーーー
識 騨
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図2:乱橋池64種目のトンボとなったハラビロトンボざ
(2001年5月30日撮影)
ついて.神奈川虫報,(122):1‑5.
苅部治紀2000.ビオトーブについて考える。『水辺 フォーラム 00「ビオトープ」と水辺の再生−そ の功罪を考える』資料集(兵庫・水辺ネットワー ク編):45‑46.
苅部治紀,200Lブラックバス問題について.Ptero
杉村光俊,1993.高知県中村市トンボ王国.ビオトー プー復元と創造一:68‑76.
杉山恵一・近田文弘・清水哲也・池田二三高,200L 自然観察の基礎知識iv+211pp信山社サイテッ ク.東京.
鈴木邦雄・二橋亮,1995.ハネビロトンボ富山県より 初記録.Tombo,38:6L
bosca,7A:27‑29