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地域⽣活学:公共交通と⽣活

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地域⽣活学:公共交通と⽣活

武⼭良三(富⼭⼤学芸術⽂化学部)

1.はじめに:地域⽣活学への観点

まず、筆者の研究背景を簡単に記し、どのような観点で本プロジェクトに参加した かを明確にする。筆者は、デザイン実務の出⾝で富⼭⼤学には再編統合前の⾼岡短期

⼤学時代、1997 4 ⽉に着任した。間もなく関わったプロジェクトは、⾼岡の伝統 的な町並みが残る⾦屋町におけるインターネット活⽤をテーマとしたプロジェクトで あった。伝統ある鋳物産業発祥地である⾦屋町は、主要な⼯場が郊外に移転して界隈 は住宅地となっている。しかし、千本格⼦の内側には⽴派な蔵や中庭があり、神棚や 仏壇、先祖の写真が掲げられるといった昔ながらの⾵情が残っている。このような地 域ならではの⽣活が残るまちで、インターネットを⽤いたメールやホームページとい う新しいコミュニケーション⼿段が住⺠にどのような可能性をもたらすかを探る取り 組みを企画・実施した。

町内では毎年619⽇、20⽇に「御印祭」という祭りが開催される。開町時の領 主・前⽥利⻑公は住⺠に鋳物づくりを許可する「御印」を与えたが、400年を経た今

⽇もこれに感謝して⾏われる祭礼である。プロジェクトでは学⽣とともに祭りを⽀援 するメーリングリストの運営やホームページづくりを⾏ったが、調査するにつれ祭り がいかに住⺠のコミュニケーションに影響を与えているかに気づいた。踊りの練習を 通して⾏われる⼦供達に対する指導やそこで語られる町の歴史は、学校ではなかなか 教えることのできない社会的教育であった。あるいは⾞いすに頼る⾼齢者が祭りの時 ばかりは外に出て近隣住⺠と談笑する光景は、祭りを通したコミュニケーションが福 祉にまで貢献していることを⽰していた。それまで⼤都市でのイベント的な祭りしか 知らなかった筆者にとって、それは「地⽅都市の持つ価値」を確認させる機会になっ た。

このような観点から、地⽅に残る⽂化やまちづくりのしくみを再考し、これからの

⽇本にとって必要になる「知恵」を引き出すことを「地域⽣活学」と捉えて本プロジ ェクトに参加した。具体的には、地⽅衰退の要因のひとつと考えられる公共交通をテ ーマとして、地⽅における⽣活について考えてみた。

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2.地域⽣活に深刻な影響を与える公共交通の衰退

昭和 45 年、⾼岡駅には北陸初の地下街が開業し、末広町通りから御旅屋通りへか けては百貨店や劇場が建ち並んだ。当時の⾼岡は周辺の城端や氷⾒からはおしゃれを して外出する町であったという。しかし、昭和 50 年代には⼀気に衰退が進み平成を 迎えて空き店舗が⽬⽴つ状況になった。

空き店舗は中⼼市街地の衰退を⽰すバロメーターになっているが、それは同時に周 辺住宅地の衰退を⽰すものでもある。つまり空き店舗が増えるということは、⽇々の

⾷料品などを購⼊できる店舗も減少しているからである。毎⽇の不便が郊外へ転出の 引き⾦となり、地域⼈⼝が減ると店舗が減少し、さらに⽣活が不便になるという悪循 環が引き起こされた。

駅周辺には前述の⾦屋町や重要伝統的建造物群保存地区に指定されている⼭町筋な ど素晴らしい町屋が残っているが、住⺠が去ると伝統的な町家は壊され、あるものは 駐⾞場に、またあるものは現代的なプレハブ住宅に建て替えられる。いずれの場合も、

⾼さや素材が揃った家並みは分断され、⻑年守ってきた地域らしい魅⼒溢れる景観が 失われている。

この悪循環の主要因と考えられることがモータリゼーションである。万葉線をはじ めとする公共交通の利⽤者数のグラフをみると、昭和 40 年代後半をピークに下降線 に転じているが、その時期と右肩下がりの傾向は中⼼市街地への来街者数や店舗数と 同じような線を描いているからだ。

3.万葉線再⽣における市⺠運動

⾼岡市と射⽔市を結ぶ路⾯電⾞「万葉線」は、平成になってから 10 年で利⽤者数

25%も減少、かねてより運営事業者は撤退の意思を表明していたが、1995年に国

からの⽋損補助が途絶えたことからいよいよ深刻な局⾯を迎えた。種々の議論の末存 続の⽅針が打ち出され、関係者の努⼒により2002 4⽉に路⾯電⾞としては全国初 となる第三セクター⽅式での再スタートがきられた。

この存続に関して⼤きな役割を果たしたのが市⺠による存続活動であった。主体と なったのは、1998 年に組織された「路⾯電⾞と都市の未来を考える会・⾼岡(通称

RACDA⾼岡)」であった。公共交通や環境問題などまったくの素⼈で、メンバーは参

考書の読み合わせから地道な活動を始めたが、徐々にこの問題の重要性を学習するこ ととなり、存廃問題が⼭場を迎えた 2000 年には市内各地で独⾃に構想した再⽣計画

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案を提案する「ラクダキャラバン」を⾏うまでになった。

⾏政はいち早く存続の⽅針を打ち出したが、多額の税⾦を投⼊しなければならずこ れに対する⼤義名分と住⺠との合意形成が不可⽋であった。⼤義としては、環境や福 祉への対応に加え、北陸新幹線開業時の県内公共交通再編へのモデルケースとして位 置づけられた。合意形成は存続に理解を得るだけでなく、存続後の利⽤を促進する⽬

的もあったが、再⽣後はイベント電⾞なども積極的に活⽤され、利⽤者が増加に転じ るなどの成果を上げた。

⾏政と市⺠、さらに地域の事業者も共同した万葉線の再⽣は、折しも全国の地⽅鉄 道が苦しい経営状況にあったことから注⽬され、後のえちぜん鉄道や貴志川線の存続、

富⼭ライトレールの設⽴へ道を開いたと評価されている。

4.デザイン⼒で魅⼒を⾼めた和歌⼭電鐵

2004 8 ⽉に南海電鉄は和歌⼭と貴志を結ぶ貴志川線からの撤退を表明した。⽣

活の⾜を確保することを⽬的に地域住⺠の存続運動が始まったが、⼿探りの運動に指 針を与えたのが市⺠活動先進地の取り組み事例であった。そのひとつとして万葉線の 再⽣に注⽬が集まり、200411⽉、和歌⼭においてラクダキャラバンが開催された。

公共交通の価値や⽣活への影響などの基本的な話から軌道と運⾏を分けて考える上下 分離⽅式による運営⼿法や市⺠活動の盛り上げ⽅など具体的なノウハウが伝えられた。

幸い岡⼭電気軌道が引き取り事業者として名乗りを上げ、2006 4 ⽉和歌⼭電鐵と して運⾏を開始した。

再⽣にあたっては、岡⼭の路⾯電⾞「MOMO」をはじめJR九州の⾞両などのデザ インを⼿がけた⽔⼾岡鋭治を起⽤しイメージの刷新を図った。⽔⼾岡は沿線の産物と して苺があることに注⽬し、これをテーマとした「いちご電⾞」を⾛らせた。外観は 真っ⽩の⾞体に真っ⾚な苺マークをつけた印象的なデザインが成されたが、内部も⽊

製のベンチや苺模様の座布団、⽊製・すだれ状のシェードが⽤いられるなど、乗⾞後 歓声を上げる乗客がいるほどのデザインになっている。2007 1 ⽉には、貴志駅舎 内の売店で飼っていた猫を駅⻑に任命、ネットで活躍ぶりなどを紹介したところ⼈気 が上がり、何冊もの写真集が発売されるまでになった。

調査時には、中国⼈観光客の姿があったが、廃線の瀬⼾際まで追い込まれた地⽅路 線が、住⺠の⼒とデザインの⼒で蘇り、外国⼈観光客まで引きつける魅⼒をつくった ことは、⼤いに参考になる事例と考えられる。

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31 6.公共交通の新しい形を⽰すポートラム

公共交通におけるトータルデザインは JR 九州から福岡市地下鉄七隈線と富⼭港線 を再⽣した富⼭ライトレール「ポートラム」に引き継がれた。七隈線は、建設計画の 当初からデザインチームが参画し、たとえば駅舎の軌道決定にまで関わったことから すべてのホームを直線とし、⾞椅⼦でも容易に乗降できるようにした。⾊や形といっ た表⾯的なデザインではなく根本的なデザインが成された好例となった。

ポートラムは7⾊の⾞両デザインが話題を集めているが、⾞による移動が染みつい ている富⼭市⺠に、まずは乗ってみたいと思わせる魅⼒付けの⼀環としてデザインさ れた。また、廃線の瀬⼾際までいった路線を財政⾯から⽀援するデザインが導⼊され た。例えば、電停のベンチには⾦属製のプレートが取り付けられているが、これは市

⺠の応援メッセージが刻印されたドネーションプレートとなっている。1 5万円と いう設定ながら早々に⽤意されたプレートが完売した。また、電停の壁⾯には「個性 化壁」と呼ばれるビジュアルが設けられたが、これは地⽅のローカル鉄道の広告に買 い⼿がつかない、あっても稚拙なデザインになってしまうことを解消するとともに、

周辺地域の歴史や産業を紹介するパネルとして計画された。仕組みとしては、富⼭県 デザイン協会が仲介して各電停を担当するデザイナーを紹介し、デザイナーは取材し たモチーフをアートとして制作、趣旨に賛同した企業がこれに協賛するという形がと られている。企業名は隅に⼩さく⼊るだけだが富⼭駅北では1⾯で、⼀般駅では上下 2⾯で100万という価格設定ながらこちらもすぐに協賛社が決まった。

ポートラムではこの他にも駅名に企業名をつけられる命名権なども含めて資⾦を集 めたが、運賃のみでの採算性が困難な公共交通にとって広告や寄付などをはじめとす る資⾦確保の仕組みをつくったことは、ポートラムの成功要因のひとつとなった。

7.北陸新幹線開業に向けて

富⼭では2016年の開業を⽬指して北陸新幹線の建設が進んでいる。東京から 2 7分という時間距離は、東京⽅⾯からの来訪者増が期待される⼀⽅、⽇帰りで東京 での買い物等をする県⺠が増え、このことにより益々地域経済が疲弊するのではない かと危惧されている。その⼼配を加速させている要因が、JR ⻄⽇本が新幹線開業時 に並⾏在来線および⽀線を⼿放すという事業⽅針である。

⾔うまでもなく公共交通は路線バスなどの地域に根ざした交通から都市間を⾼速で 結ぶ新幹線までが連携してはじめて利便性が確保される。富⼭県のトリップ調査

(1999年)では⾞を主な移動⼿段にするという⼈が72.2%との結果があり、多くの県

⺠にとって公共交通の課題はそれほど深刻ではない。しかし、積雪時や旅⾏時、ある

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いは怪我をしたときなど⾞を使えない場合もある。いざという時の⾜が担保されるこ とは、移動の選択肢を確保する上で重要である。

公共交通の崩壊は住⺠にとって不便なだけでなく遠路富⼭を訪れる観光客にとって も深刻な問題だ。新幹線駅に到着しても⾞がなければそこからどこへも⾏けないから だ。これからの富⼭にとって観光は重要な産業に位置づけられる。観光客のために特 別なバスを運⾏する事例もあるが、観光者数には波があり経営的には路線バスよりも さらに厳しい。観光を特別扱いするのではなく県⺠の暮らしと⼀体となったまちづく りの中で路線を整備していくことが求められる。

万葉線再⽣時の試算では、⾼岡市⺠が年間1回利⽤するだけで万葉線の⾚字額は解 消された。例えば、企業が環境への貢献としてノーマイカーデーへ参加するだけでも 公共交通の活性化には貢献できる。

8.おわりに

公共交通をはじめ富⼭には中⼼市街地の衰退や地場産業の低迷などさまざまな課題 がある。これら諸問題に対し⾏政をはじめとする関係者はいくつもの取り組みを⾏っ てきた。しかし、それぞれが独⾃の動きに留まり相対的な効果を得るには⾄っていな い。公共交通の活性化は市⺠⽣活課、都市整備は都市計画課、地場産業は商⼯労働部 と担当が分かれているため施策の連携が図られていないことが要因のひとつとして挙 げられる。

⾏政では、各種委員会を設置し施策について審議を⾏っている。ここには学識経験 者として⼤学教員が出席する機会も多い。⾏政が短期で担当者が変わり、部署も縦割 りであることに対し⼤学は継続性がある。従って、各種委員会に出席する⼤学教員の 交流が活性化し、⽬的とするテーマにさまざまな専⾨性からの取り組みが成されれば、

それらは⾏政の施策を後押しできる可能性がある。

今回は富⼭⼤学の⼈⽂学部、⼈間発達科学部、経済学部、芸術⽂化学部の教員が共 同して地域問題を考える枠組みがつくられた。この取り組みが機能するようになれば 単に学際的な研究の推進だけでなく、地域の諸問題を総合的に考え⼀貫性のある施策 に結びつけていくことができるだろう。

2009 12 ⽉、富⼭市内線を環状化した「セントラム」が開業した。また、2010 3⽉には、パリで⼤成功している貸し⾃転⾞システムが⽇本ではじめてサービスを 開始する。今や富⼭は公共交通や都市ぐるみの環境活動で全国的な注⽬を集める都市 になっている。この素材活かし、富⼭からこれからの⽇本に求められる⽣活像を提案 できるよう、今後も本プロジェクトを継続的かつ実質的に取り組んでいきたい。

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写真左:

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参照

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