社会環境影響評価の実施に関する企業情報開示の枠組み
川 原 尚 子 ・ 入 江 賀 子
要旨 社会環境影響評価に関する情報開示は,企業の財務報告の透明性を増す可能性がある。
本研究は,日本の「有価証券報告書」の「事業等のリスク」の記載項目で,社会環境影響評 価の実施がどの程度開示されているかを調査した。分析によって,非常に少数の報告書が環 境影響評価に関する簡潔な記述を提供していることが明らかとなった。よって,この分野の 情報開示は未だ発展段階にあり,社会環境影響評価の結果の記述に関する透明性についてさ らなる検討の余地がある。特に,事業リスクが社会環境影響評価の結果とどのように関係し ているかを理解することが重要であり,社会環境影響評価の記述の透明性ある枠組みを開発 することが重要である。
Abstract Disclosure of information related to social and environmental impact as- sessments can increase transparency in corporate financial reporting. This research analyzes the extent to which the implementation of social and environmental impact assessments have been disclosed recently in the“Business and Other Risks”section of annual securities reports known as“Yukashoken Hokokusho”in Japan. This analysis reveals that very few reports have provided brief information as regards environmental impact assessments. Therefore, disclosure in this area is still in the developmental phase and there is room for further deliberation about transparency related to the description of the results of social and environmental impact assessments.
It is particularly important to understand how business risk relates to the results of social and environmental impact assessments and to develop a transparent framework for the description of social and environmental impact assessments.
キーワード 社会影響評価(social impact assessment),環境影響評価(environmental impact assessment),持続可能性(sustainability),年次報告(annual report), リスク情報(risk information)
原稿受理日 2014年5月14日
Ⅰ 問 題 の 所 在
「持続可能な開発(Sustainable development)」の概念は,1987年にブルントラントレ ポートで公表されて以来, 国際政策上の重要な目標として認識されたため, 資本市場の 適正な資源配分の問題にも大きな影響を与えてきている。 持続可能な開発とは,「将来 の世代の欲求を満たしつつ,現在の世代の欲求も満足させるような開発」と定義される
( WCED,1987)。この文脈において,資本市場の健全な維持発展のためには,適正な経済 資本の配分が重要であり,そのためには企業内容の透明性を高めて情報の非対称性を解消 することが必要である。
企業等の事業活動等が及ぼす社会および環境への影響(以下,「社会環境影響」という)
は,一般的な資本経済のシステムにおいて,企業等の経済活動に「内部化」されていない,
すなわち,「外部性」となる場合がある。 外部性とは,物およびサービスの生産あるいは 消費による影響により,その提供された物およびサービスに係る価格に反映されていない 他者にコストあるいは便益を負わせる内容を指す。外部性には,道路建設による観光分野 への影響のような正の外部性,あるいは,公害および化学プラント建設による漁業資源や 漁業者の生活への影響のような負の外部性がある(OECD, 1993, p.44)。このような社会 環境影響は,短期的に企業内部コストに反映されず,企業の財務パフォーマンスあるいは 資本コストへの影響はほとんどないとの実証研究による見解もある。しかし,環境事故や 地域社会との軋轢などの事態が発生した場合,その結果に関する財務影響が甚大となる場 合がある。例えば,イギリス BP 社のメキシコ湾における原油流出事故,またアメリカ合 衆国 Enron 社のインドでの発電事業開発を巡る環境および人権問題への対応( Human Rights Watch, 1999; Allison, 2001)を見ても,環境および社会問題に起因して事業継続 リスクが顕在化する場合が見られる。よって,社会環境影響は,通常,潜在的でその発生 確率が低くとも,顕在化した際の結果の甚大性に鑑みると,財務影響が大きく,投資家の 判断に影響を与える重要なリスクに該当する。企業が社会環境影響を評価,管理,および 開示していくことで,資本市場の透明性が高まり,資本市場における資本の適正配分に資 することになる。
自発的な持続可能性報告に含まれる社会環境影響の情報開示のインセンティブについて は,ステークホルダー理論(Roberts, 1992),あるいは,持続可能性と同義の文脈での企 業の社会的責任(Corporate Social Responsibility: CSR)に対する正当性理論(Deegan,
2002; Campbell, 2007)で説明される。一方,非開示の理由として,情報要求がないこと,
法的要求がないこと,私的便益を上回る私的コストの問題,および組織が開示を検討した 経験がまったくない可能性という4点が指摘されている(Gray et al., 1993)。
我が国の企業内容開示制度では,社会および環境に関する情報についての開示を明示的 に要請する法規制は見られないが,社会および環境に関する情報が,投資家の判断に重要 な影響を与えると企業が判断する場合,有価証券報告書の非財務情報の記載項目のうちで も,事業等のリスクの記載項目で開示することが可能である。
本稿の構成は,第2章で社会環境影響評価の意義を検討していく。その際,社会環境影 響評価の枠組みを提供する国際的文書である国際影響評価学会(International Association for Impact Assessment: IAIA)の「社会影響評価の国際原則(International Principles for Social Impact Assessment: SIA)」,国際金融公社(International Finance Corporation:
IFC )が開発事業者等のクライアントに,社会環境リスクの管理を求めるために適用を求 めている「環境および社会に関するパフォーマンス基準(Performance Standards on Environ- mental and Social Sustainability)」,および我が国の環境影響評価制度を検討する。第 3章で我が国の近年の有価証券報告書における社会環境影響評価の開示の実態を調査研究 する。第4章で結論を述べる。
Ⅱ 社会環境影響評価の意義
1 国際影響評価学会の「社会影響評価の国際原則」
社会環境影響評価の意義について,環境影響を含む広い文脈での社会影響評価に関する 代表的な国際的な枠組みである,国際影響評価学会の「社会影響評価の国際原則」(Vanclay, 2003)をもとに, 以下, 検討していく。国際影響評価学会は,1981年に設立された,100 か国以上の幅広い様々な背景をもつ実務家,研究者,経営者,および政策担当者による,
国際的で学際的な活動組織である。国際的専門家のネットワークにおける企業分野の参加 を促進するため,環境マネジメントシステムに関する特別作業部会の設定,出版活動,年 次大会の開催などを行っている。
まず,「社会影響評価の国際原則」において, 社会影響評価とは, 経済開発の社会的結 果を分析し,監視し,および管理することと定義される。社会影響は,環境影響評価でし ばしば検討される限定された問題よりももっと幅広いものである。すなわち,人口統計の 変化,就職問題,財政上の安定,および家庭生活への影響のような問題にも及ぶ。社会影
響評価の実務界では,人々に直接あるいは間接に影響するすべての問題が社会影響評価に 関係があると考える。
次に,「社会影響評価の国際原則」が紹介する, 所定の8
つの事柄のうちの1つ以上の 変化をとらえて,便宜的に「社会影響」を概念化する方法がある。ここで言う社会影響を 概念化する8つの事柄とは,具体的に,まず,人々の生活様式,それは生活,働き,遊び,
そして日々のお互いの交流の方法である。次に,人々の文化,言うなれば信条の共有,慣 習,価値,また言語および方言である。3
つ目に,人々の地域社会,その団結,安定性,
特質,サービスおよび設備である。4
つ目に,人々の政治的システム,すなわち,人々の 生活に影響を与える意思決定への参加の程度,現行の民主主義の程度,およびこの目的の ために提供される資源である。5
つ目に,人々の環境,すなわち,人々が利用する大気お よび水の品質,人々が食べる食品の入手可能性および品質,危険の原因やリスクの程度,
人々がさらされているほこりや騒音の程度,衛生面の十分さ,物理的な安全性,および資 源へのアクセスおよび管理である。6
つ目に,人々の健康および厚生である。すなわち,
健康とは完全な物理的,精神的,社会的,および精神的によい生活状態にあることを指し,
よって単に病気あるいは疾患のない状態を指すのではないことである。7
つ目に,人々の 個人的および財産的権利,とりわけ人々が経済的に影響を受けているかどうか,あるいは,
市民の自由の侵害を含む,個人的な不利な立場の経験である。最後に,人々の不安や向上 心,すなわち安全についての認識,地域社会の将来についての不安,および人々の将来と その子供たちの将来についての向上心である。
「社会影響評価の国際原則」が目指す8つの内容がある。その内容とは, まず,国家レ ベルでの規制および政策の発展を支援することである。2
つ目に,国境を越えたプロジェ クト,開発協力,海外投資,国際金融などの国際的な文脈において,社会影響評価の実践 のための基準を提供することである。3
つ目に,正当性および評判を高めることを通じて,
社会影響評価を幅広い聴衆に対し一層訴えていくことである。4
つ目に,社会影響評価の 実践に関する最低限の基準を確立することである。5
つ目に,切望するモデルとしての社 会影響評価における最善事例の明瞭な表現を提供することである。6
つ目に,決定的な用 語の確立によって専門用語についての混乱を取り除くことである。7
つ目に,影響評価の 社会的要素の適切な範囲を確立することである。最後に,環境影響評価,および戦略的環 境影響評価という,すべての影響評価における社会影響評価の統合を促進することである。
「社会影響評価の国際原則」の開発手順は,社会影響評価の実務業界における価値の核 心を最初に確立し,それをもとに原則を導き,その上で指針を開発するというものである。
この国際原則を開発する過程で,考慮すべき様々な国際的文脈,例えば,法規制,文化的 宗教的状況,および開発の社会的経済的な優先順位など多様な文脈があり,軽視できるも のはほとんどないとされた。また,この国際原則を開発する過程で,社会影響評価につい ての伝統的理解について圧力があったという。国際的原則および指針のこれまでの問題点 として,原則よりも指針が強調され,また,原則および指針が非参加型のプロセスを経て しばしば開発されてきた点も指摘された。
「社会影響評価の国際原則」では, 社会影響評価という用語を理解するレベルが多様で あることが認められている。すなわち,社会影響評価とは学術研究および実務の分野で,
あるいは一連の知識,技術,および価値をなす理論的枠組みである。様々な個人が社会影 響評価の専門家として自らを位置づけ,自らの専門分野の一つとして社会影響評価を列挙 している。方法論,あるいは道具としての社会影響評価とは,社会影響評価の実務家が計 画についての監視および管理の戦略を発展させるために従う過程である。社会影響評価は,
影響評価過程で社会影響を予測するだけの作業として理解すべきものではない。
「社会影響評価の国際原則」では,社会影響評価を理解する8つの特徴を明示している。
その8つの特徴とはまず,影響評価の目的は,より環境的に,社会文化的に,および経済 的に持続可能であり,衡平な環境をもたらすことにある。影響評価は,地域開発および権 利付与を促進し,能力を開発し,および社会のネットワークおよび信頼性といった社会資 本を発展するものである。2
つ目に,社会影響評価の関心事の焦点は,開発に対する予防 的立場であり,よりよい開発結果であり,負のあるいは非意図的な結果を単に識別するこ と,あるいは改善することではない。開発の目標を特定するために地域社会やステークホ ルダーを評価すること,および正の結果が最大化することを確実にすることは,負の影響 からの損害を最小化することよりも重要である。3
つ目に,社会影響評価の方法論は,幅 広い計画されたプロジェクトに適用可能で,幅広い活動者のために採用でき,制度的な枠 組みの中だけのものではない。4
つ目に,社会影響評価は,方針,プログラム,計画,お よびプロジェクトの適応可能な管理過程に貢献するものであり,よって,計画されたプロ ジェクトの企画,および実施を知らせるために必要である。5
つ目に,社会影響評価は現 地の知識をもとにまとめ,利害のあるおよび影響を受ける当事者の関心を分析するため参 加型の過程を利用する。社会影響評価,代替案の分析,および計画されたプロジェクトを 監視する際に,ステークホルダーを巻き込む。6
つ目に,社会影響評価の最善実務は,社 会的,環境的,生物物理的影響が,固有に込み入って相関して変化している。この分野に おける変化が他の分野の変化につながる。よって,社会影響評価では,各分野の中で反復
する,あるいは続いた結果と同様に,ある分野の変化が他の分野に影響を及ぼすきっかけ となる場合に生ずる影響の道筋を発展させて理解しなければならない。すなわち,より高 い影響の中でも2番目の影響を,また累積している影響を検討するものである。7
つ目に,
学習し成長するために社会影響評価を練習するためには,過去の活動の結果として起きた 影響を分析しなければならない。社会影響評価は,理論的基礎および実践との間を反復す るものであり,評価されるべきである。最後に,社会影響評価は,計画されたプロジェク トに典型的に適用される一方,その技術は,災害,人口統計の変化,および疫病のような,
他の事象のタイプから生まれる社会影響を検討するためにも利用できる。
「社会影響評価の国際原則」は衡平性を重視している。 すなわち, 社会の多様な団体の 中で,多様に分類される影響の認識,とりわけ,地域社会において脆弱な団体が経験する 影響の苦しみを認識することを,常に,第一義的な関心事としている。また,この国際原 則では,人間を「リオ宣言」の第一原則にある持続可能な開発のための関心の中心的存在 と位置付けている。国際影響評価学会は,産業界との連携を模索し,実務に適用可能な社 会影響評価の指針を開発しようとしている。
ここまで,「社会影響評価の国際原則」の主な特徴を見てきたが, この原則は国際的文 脈での実務的で幅広い枠組みを提供しており,その社会影響評価の主たる目的が環境,社 会および経済面での持続可能性の達成にあると言える。
最後に,社会影響評価の企業経営への意味合いを検討しておきたい。まず,国際影響評 価学会会長である Au(Au, 2002)の健全な企業経営,および持続可能な発展のための企 業責任との関連における社会影響評価の意味合いに関する主張をみると,社会影響評価が,
体系的かつ適切な方法で,最も入手可能な情報を用いて最も可能な意思決定をすることで あるとすれば,このような社会影響評価は,健全で持続可能な事業経営に欠かせないもの と指摘している。過去20年間を見ると,環境,社会経済,健康,その他の国際的問題への 関心の拡大が見られ,経営者はこれらの問題の困難に,従来の経営者よりももっと大きく 直面しているという。そして,経営上の意思決定によって,企業の長期的評判や継続可能 性を損ないかねない,環境的あるいは社会的な影響を及ぼす可能性あるいは意図せざる結 果を導く可能性があるという。そこで,社会影響評価は,環境,社会および健康リスクを 予測し,管理し,また対応する,あるいは,環境的責任を担う企業市民として企業を位置 づける,さらに,企業イメージを向上させ地域社会との信頼を築くといった意味合いで,
既に企業経営の一部分をなすものであるという。具体的な企業活動の例として,主要プロ ジェクトあるいは投資の環境影響評価,環境マネジメントシステム,環境配慮設計,持続
可能性あるいは環境報告または持続可能性評価,環境および社会リスクまたは信頼性評価,
そして環境会計および環境監査という諸活動があるという。健全な事業上の意思決定を行 うために,社会経済的および環境的に関連するすべての要素を体系的に評価することは,
経営者の注意義務として求められるという。
次に,企業実務の視点で,社会的要素に注意を向けることで確実に事業リターンが示さ れるという主張(Jones, 2002)がある。この主張において,企業にとって社会影響を最小 化し,便益を向上させるために,社会影響評価の結果をどのように利用するかが重要であ るという。例えば,Shell 社では,人権,性差,社会から取り残された人々,経済開発,
再定住,土地収用,および健康影響という社会問題が,多様なステークホルダーに非常に 重要であることを,1990年代より事業の視点で認識してきたという。社会影響評価を改善 する必要性に伴い,ステークホルダーの意見を聞いたり,ステークホルダーに関与したり する能力を向上する必要性があるという。プロジェクトの早期の段階で問題および解決策 を特定することで,予定通りのプロジェクト遂行を確実にし,またより広いステークホル ダーの支援に結びつくという。また,予想外のプロジェクトの遅延発生確率を最小化し,
ビジネスパートナーとして地域社会の協力を得ることのメリットも指摘している。Shell 社では,プロジェクトに統合させた社会影響評価の活動が,中国での持続可能エネルギー,
アメリカ合衆国での若年者研修,ブルネイでの農業開発などにおいて,幅広い便益をもた らしており,それは近隣者,NGO,政府,その他と協力しつつ,プロジェクトが真の便益 をもたらすことを確実にするために徹底的に努力した結果であるという。
最後に,環境影響評価の実施と企業の評判の関連について,企業にとって環境影響評価 が煩雑であるよりも,むしろ将来の計画プロセスのリスクを排除する点で計画手続きを支 援し,企業評判を向上させるという便益がある可能性が指摘されている(Gray and Bebbington, 2001, p.91)。この主張では,環境影響評価のプロセスで外部者が理解できる様式で情報を
公表することにより,外部者の参画を効果的に促すことが期待されている。この文脈でい う環境影響評価の情報として,提案されたプロジェクトの記述,必要に応じて場所や計画 の合理的代替案の記述,影響を受けやすい環境の記述,提案されたプロジェクトの起こり 得る環境影響の評価,提案と影響を受ける地域の既存の環境および土地利用計画や基準と の関係の記述,そして,合理的な代替案よりも好ましい場所やプロジェクト企画を選択す る理由の説明などが挙げられる(Elkington. 1982, p.26)。
以上,社会環境影響評価の企業経営における意味合いに関する議論を見てきたが,社会 環境影響評価の関連分野は広範で個別多様であるが,企業経営と一体であり,企業の評判
管理の向上,あるいは事業計画段階でのリスク排除など,将来の経営上の便益に影響する との主張が伺えた。
2 国際金融公社の「環境および社会の持続可能性に関するパフォーマンス基準」
国際金融公社は,自らの持続可能性への取り組みにおいて,資金供与先である企業等に 社会環境影響評価を明瞭に求めている。途上国の民間セクター支援を行う世界銀行(World Bank )グループの機関である国際金融公社は,環境および社会に関する健全な実践を促 進し,透明性と説明責任を促進し,および開発による発展的な影響に貢献する「持続可能 性の枠組み」を公表している(IFC, 2012 a)。国際金融公社は,この枠組みにおいて,持 続可能な開発に戦略的に関与していくこと,およびこの枠組みが国際金融公社のリスクマ ネジメント手法の構成部分をなすことを明示している。また,この枠組みをもって,クラ イアントが持続可能な方法で事業を行うことを支援し,クライアントの環境および社会の 実践を促進し,透明性と説明責任を促進し,並びに,開発が及ぼす前向きの影響に寄与す ることを意図している。ここでいうクライアントとは,プロジェクトの構造および金融の 形態にもよるが,資金調達をするプロジェクトの実施または操業において責任を負う者,
あるいは資金供与先を指す。国際金融公社では,この枠組みを2006年に設定したが,2012 年の改訂版において,サプライチェーンマネジメント,資源効率性,および気候変動,並 びに,事業の権利および人権など,持続可能な事業にとって,ますます重要性のある課題 を取り扱うように改訂した内容を組み入れている。
次に,国際金融公社の「持続可能性の枠組み」は環境および社会の持続可能性に関する
「方針」,「パフォーマンス基準」,および「情報公開政策」の3つで構成されている。まず,
「方針」は国際金融公社の環境および社会の持続可能性に関連したコミットメント,役割,
および責任を記述したものである。
2つ目の「パフォーマンス基準」は,国際金融公社のクライアントに直接向けて公表さ れたものであるが,環境および社会のリスクについてクライアントの管理責任を定義する 内容を含む,非常に重要な持続可能性の基準といえる。国際金融公社ではこの基準が事業 者の環境および社会のリスクマネジメントのためのベンチマークとして世界的に認識され てきていると主張する。またこの基準は,リスクおよび影響をどのようにして識別するか に関する指針を提供しつつ,リスクおよび影響を回避し,緩和し,および管理を,持続可 能な方法で事業活動を行う方法として行うことを支援するために計画されたものとされる。
この文脈でいうところの持続可能な方法での事業活動には,ステークホルダー・エンゲー
ジメント,およびプロジェクト・レベルの活動に関連したクライアントの義務の開示が含 まれる。プロジェクトとは,リスクおよび影響を創出する可能性のある特定の物理的な要 素,側面,および設備を含んだ,識別すべき一連の事業活動を指す。
3つ目の「情報公開政策」は,国際金融公社の事業に関する透明性とよい統治について のコミットメントを反映し,また国際金融公社の投資,およびアドバイザリー・サービス に関する自らの制度開示の概略を示したものである。
国際金融公社の「パフォーマンス基準」の適用について,国際金融公社では,金融機関 を仲介して資金供与するプロジェクト,および企業向けの融資を含む直接投資の際に,開 発の機会が促進されるように,クライアントが環境および社会リスクおよび影響を管理す るために「パフォーマンス基準」を適用することを求めている。なお,この「パフォーマ ンス基準」は,国際金融公社の他の金融機関でも適用される可能性がある。
国際金融公社の「持続可能性の枠組み」の利用について見ると,国際金融公社では全体 的な開発目的を達成するために,自らの事業活動を管理するために設定された他の戦略,
方針,およびイニシアチブと合わせて「持続可能性の枠組み」を利用していくこととして いる。ここでいう国際金融公社の他のイニシアチブの例として,金融機関がプロジェクト・
ファイナンスにおいて環境および社会面のリスクを評価および管理するための基準である
「エクエーター(赤道)原則」がある。国際金融公社によれば,最近では,77の金融機関 がこの原則を適用しており,これは全世界におけるプロジェクト・ファイナンス取引の 95%に相当するものという。
国際金融公社の「パフォーマンス基準」の内容は,8
つの基準から構成される。第1基 準は,「環境および社会のリスクおよび影響についての評価および管理」に関するもので あるが,「パフォーマンス基準」の全体を通して重要となる3つの内容を規定している。
まず,プロジェクトの環境および社会的影響,リスク,および機会を識別するために統合 的な評価を行うこと,2
つ目に,プロジェクトに関連した情報開示,および地域社会に直 接的に影響を及ぼす問題に関する地域社会との協議を通じて, 地域社会と効果的にエン ゲージメントを行うこと,3
つ目に,プロジェクトの寿命を通じて,クライアントが環境 および社会のパフォーマンスを管理することである。
「パフォーマンス基準」の第2基準から第8基準は,労働者, 影響を被る地域社会,お よび地球環境に関するリスクおよび影響を回避し,緩和し,影響が残る場合の補償あるい は相殺をするための,目的および要求事項を規定している。関連する環境および社会のリ スクおよび潜在的影響は評価の一部分とみなされるものの,第2基準から第8基準では,
詳細な注意を要求する環境および社会リスクを記述した内容となっている。具体的に,第 2基準は「労働および労働環境」,第3基準は「資源効率性および汚染防止」,第4基準は
「地域社会の健康, 安全, および治安」,第5基準は「土地買収および強制再定住」,第6 基準は「生物多様性保護,および生物自然資源の持続可能な管理」,第7基準は「先住民」, および第8基準は「文化遺産」について規定している。
クライアントが環境および社会のリスクおよび影響を識別した場合,「パフォーマンス 基準」の第1基準に整合した環境および社会経営システム(Environmental and Social Management System: ESMS)を通じて,環境および社会のリスクおよび影響を管理す ることが求められる。「パフォーマンス基準」の第1基準では,プロジェクトの性質や規 模に相応しい良好な ESMS が,健全で,持続可能な環境および社会のパフォーマンスを 促進し,また財務的,社会的,および環境的結果の改善を導く可能性を明示している。
「パフォーマンス基準」の第1基準は,ESMS が「計画,実行,評価,改善」という事 業経営プロセスの確立した要素による,環境および社会のリスクおよび影響を管理する方 法論的手法を伴うものと位置付けている。ここでいう環境および社会のリスクとは,ある 危険の発生の可能性,およびその発生によってもたらされた影響の重大さの組み合わせと している。また,環境および社会の影響とは,1
つ目に,物理的,自然的,または文化的 な環境,および2つ目に,周辺地域社会および労働者に支援された事業活動が及ぼす,周 辺地域社会および労働者に対する影響という2つにおける,潜在的あるいは実際の何らか の変化をいうものとしている。
「パフォーマンス基準」の第1基準は事業において人権尊重を求めている。すなわち,
他社への人権侵害を防止し,事業がもたらすあるいは事業に起因する人権への不利な影響 に取り組むよう求めている。すべての基準に相当な注意を払うことで,クライアントがプ ロジェクトにおける多くの関連する人権問題に取り組むことができるという。
「パフォーマンス基準」の第1基準は, 環境および社会のリスクおよび影響のあるすべ てのプロジェクトに適用されるものである。プロジェクトの状況にもよるが,他の第2基 準から第8基準も,同様に,そのようなプロジェクトに適用可能である。また,気候変動,
ジェンダー,人権,水など,横断的トピックについては複数のパフォーマンス基準に亘っ て適用することを求めている。
「パフォーマンス基準」では,この基準の要求事項に適合することに加え,国際法のも とでの受入国の義務を実施する法律を含む,適用可能な自国の法律に準拠しなければなら ないことをクライアントに要求している。
国際金融公社では,世界銀行グループによる「環境,健康,および安全指針」を一般的 で産業分野特有のよい実践事例を備えた技術面の参考文献とし,このパフォーマンス基準 によってプロジェクトが評価される間に参照する技術的情報と位置付けている。そして,
受入国の法律が,この「環境,健康,および安全指針」で示されたレベルや方法と異なる 場合には,より厳格な方を採用するよう求めている。さらに国際金融公社では,「パフォー マンス基準」に含まれる要求事項に関する指針として,各基準に対応した指針文書,およ び金融機関についての解釈文書を用意している。
以上,国際金融公社の「環境および社会の持続可能性に関するパフォーマンス基準」の 主な内容を見てきた。国際金融公社ではこの基準をもってクライアントのプロジェクトが 及ぼす環境および社会の影響を識別し,評価することをクライアントに実際に求めている ことが伺えた。その点で,社会環境影響評価は,概念的枠組みおよび原則だけでなく,実 際の国際資本市場における資源配分の望ましい在り方の尺度となっているといえる。
3 我が国の環境影響評価制度
我が国には,法定された事業の所定の段階での評価を求める環境影響評価制度がある。
環境影響評価(環境アセスメント)制度は,アメリカ合衆国で1969年に導入されたのがお そらく最初であり,我が国では1997年に制度化された。環境基本法の第20条では,環境影 響評価を推進するための必要な措置を国が講ずることを求めており,これを受けて環境影 響評価法(平成9年法律第81号,最終改正平成23年)が規定され,対象事業および手続き 等が定められた。この制度において,環境影響評価とは,事業の計画段階,および実施段 階で,開発事業の内容を決めるに当たり,環境への影響について事業者自らが事前に調査,
予測,および環境保全対策の検討を含む評価を行い,その結果を公表し,住民および自治 体から意見を聴取し,許認可等へ反映させようとする制度をいう(環境省,2012年)。そ の際,事業による稼得利益,および事業採算の面だけでなく,環境保全の面についても考 慮することが求められている。対象事業は,道路,河川,鉄道,飛行場など,13種類が明 記されている。さらに,許認可事業,補助金事業,独立行政法人の事業,国の事業などの 法的関与要件がある。環境影響評価法では,計画段階環境配慮書手続,および環境保全措 置等の結果の報告・公表手続も設けられている。また,2011年の改正では風力発電事業に も適用範囲を拡大している。なお,国の制度とは別に,県および政令指定都市では条例に よる環境影響評価の制度がある。
以上のように,我が国の環境影響評価制度は特定の大規模事業にその対象を限定してい
ることから,事業規模等に関する要件を撤廃し,アメリカ合衆国の制度にみるような環境 に著しい影響を与える行為を対象とした制度へと質的転換を図る余地があるといえる。
平成23年4月の環境影響評価法の改正内容の特徴的な点として,環境保全措置等の公表 等の手続の具体化が求められていることが挙げられる。すなわち,企業等の事業者は,環 境保全措置の実効性を高めることと,関連する情報開示が要求されている。環境影響評価 書の公告を行った事業者に,環境保全措置等の実施状況についての公表等を義務化するこ とになったのは,事業着手後の環境保全措置等の実施状況を明らかにすることを通して,
環境影響評価後の環境配慮の充実に資するためである。すなわち,持続可能性により配慮 した事業者の情報開示が求められており,情報開示によって環境保全の実効性を高めるこ とがねらいとされているといえる。
しかし,環境影響評価法の改正の検討の過程で提出された,環境省中央環境審議会の答 申(環境省,2010年)において,結局,改正法に反映されなかった重要な3つの課題があ る。まず,生物多様性基本法で事業に関する計画の立案段階等での生物多様性に係る環境 影響評価を,国が推進することを求めていることを受けて,生物多様性に影響を及ぼすお それのある事業について,一層の環境配慮を図ることが求められている。すなわち,企業 等の事業者は,生物多様性の保全の観点で,事業の計画段階で,環境影響評価を行うこと が望まれている。
2つ目に,環境影響評価を行った事業者以外の事業者,地方公共団体および地域住民が,
戦略的環境影響評価,および事後調査を含む,事業の実施段階における環境影響評価の実 施に当たって利用できることを念頭に,生物多様性情報システム等の自然環境情報,およ び環境影響評価に関する環境情報のデータベース化など情報へのアクセス権を充実するこ とが求められている。環境情報をより入手可能にすることで,環境影響評価の必要性を事 業者以外の者が判断できる仕組みを求めている。すなわち,環境影響評価に関する情報入 手の機会を高め,関係者の生物多様性に関する認識を高めることの重要性が指摘されてい るが,この点も今後の課題とされる。
最後に,環境影響評価制度において不服申立や争訟の手続を構築することについて検討 すべきとの指摘がある。 このような指摘の背景として, 我が国では未締結ではあるが,
オーフス条約(環境に関する,情報へのアクセス,政策決定への市民参加,および,司法 へのアクセスに関する条約(Convention on Access to Information, Public Participation in Decision-Making and Access to Justice in Environmental Matters))の国際的影 響がある。この条約は,国連欧州経済委員会で1998年に採択され,2001年に発行した。こ
の条約では,環境に関する情報へのアクセス権,決定への参加権,および司法へのアクセ ス権を市民に保障し,条約締約国は自国の「公的機関」がこれら3つの権利を市民に保障 することを確保する義務を負うものである。環境という公益保護のための司法手続へのア クセス権の保障が,この条約を背景に国際的に進んでいる。そこで環境影響評価手続にお ける争訟手続の取扱について,今後,我が国でも検討を進めることが期待されている。た だし,法体系,許認可事業,あるいは都市計画法など他の制度との整合性の点など,検討 課題が多く指摘されている(環境省,2010年)。
以上の環境影響評価の制度の在り方に関する3つの検討課題の内容は,企業の環境影響 評価に関するリスク開示に影響を及ぼす可能性のある重要な法規制が,将来,強化される 可能性を示唆する内容と受け取れる。
Ⅲ 調 査 研 究
1 調査方法
我が国の企業内容開示制度における企業年次報告での社会環境影響評価の実施に関する 情報開示の状況について調査を行った。調査目的は,証券市場を対象とした代表的な制度 開示書類といえる有価証券報告書において,社会環境影響評価の実施に関する情報が事業 等のリスクとしてどのように開示されているかを検討し,情報開示の課題を明らかにする ことにある。
調査方法は,金融庁のホームページで提供されている有価証券報告書等の開示書類に関 する電子開示システム(EDINET-Electronic Disclosure for Investors’ NETwork)を 利用した。このシステムが保有するデータベースに対して,文字列をもとにした全文検索 機能を利用して調査対象となる書類を特定した。特定した書類で開示された情報について,
内容分析および記述分析を行った。
内容分析の手法とは,ある選定規準に基づいて, 記述部分のテキストあるいは文章を 様々なグループまたは分類へと符号化する方法として(Weber, 1990), また, コミュニ ケーションの明らかな内容の客観的,体系的,および定性的な記述のための調査技術とし て(O’Dwyer, 2005)定義される。この手法では記述された符号のタイプを含む,コミュ ニケーションツールの様々なタイプを分析することができるため, 社会会計開示の研究
(Gray et al., 1995)で用いられる手法であり,また,企業年次報告書に含まれる記述要素 を調査するために用いられる手法である(Ebimobowei, 2011)。
調査対象の開示書類は,2004年1月1日から2013年12月31日の10年間において,企業内 容等の開示に関する内閣府令(昭和48年1月30日大蔵省令第5号,最終改正平成25年10月 28日内閣府令第70号)による有価証券報告書の第三号様式の書類,すなわち内国会社の書 類とした。調査対象の記載項目の範囲は,「企業情報」の「事業の状況」のうちの「事業 等のリスク」の項目で開示された情報とした。全文検索の文字列を「影響評価」とした。
開示された情報を分析する際には「影響」の文字列で検索することが望ましかったが,そ のようにすると膨大な数の検索結果となるため,「影響評価」で検索した。
有価証券報告書等の「事業等のリスク」の項目に記載すべき内容は,前述の内閣府令の 第二号様式記載上の注意a,第四号の三様式記載上の注意a,および第五号様式記載 上の注意(112)aで規定されている。 すなわち,「届出書に記載した事業の状況,経理 の状況等に関する事項のうち,財政状態,経営成績及びキャッシュ・フロー(連結財務諸 表規則第2条第13号及び財務諸表等規則第8条第18項に規定するキャッシュ・フローをい う。)の状況の異常な変動,特定の取引先・製品・技術等への依存, 特有の法的規制・取 引慣行・経営方針,重要な訴訟事件等の発生,役員・大株主・関係会社等に関する重要事 項等,投資者の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項を一括して具体的に,分かり やすく,かつ,簡潔に記載する」ことが要請されている。これを踏まえて,「企業内容等 の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)では,「事業等のリス ク」に関する取扱いガイドラインが示され,記載例が示されている(金融庁総務企画局,
2013)。具体的には,「会社グループがとっている特異な経営方針に係るもの,財政状 態,経営成績及びキャッシュ・フローの状況の異常な変動に係るもの,特定の取引先等 で取引の継続性が不安定であるものへの高い依存度に係るもの,特定の製品,技術等で 将来性が不明確であるものへの高い依存度に係るもの,特有の取引慣行に基づく取引に 関する損害に係るもの,新製品及び新技術に係る長い企業化及び商品化期間に係るもの,
特有の法的規制等に係るもの,重要な訴訟事件等の発生に係るもの,役員,従業員,
大株主,関係会社等に関する重要事項に係るもの,会社と役員又は議決権の過半数を実 質的に所有している株主との間の重要な取引関係等に係るもの」が掲げられている。
さらに,開示府令第二号様式記載上の注意b,第四号の三様式記載上の注意,およ び第五号様式記載上の注意(112)bでは,「提出会社が将来にわたって事業活動を継続 するとの前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況その他提出会社の経営に重要 な影響を及ぼす事象」については,その経営への影響も含めて具体的な内容を記載するよ うに規定されている。
本稿の調査で検索対象とした「影響評価」についていえば,前述の内閣府令およびその ガイドラインでは,環境および社会,いわゆる持続可能性の分野に関連した用語,またそ れに関連する「影響評価」という用語を用いた記述は見られない。ただし,前述のガイド ラインでは,「記載例とは別種の事項についても, 投資家に誤解を生ぜしめない範囲で会 社の判断により記載することを妨げるものではない」との記述があり,環境および社会へ の「影響評価」に関する情報も記載が可能と読み取れる。
記述分析は,前述のとおり抽出した「事業等のリスク」の内容分析を利用し,それぞれ の内容を筆者の判断で,環境リスク,社会リスク,法規制リスク,評判リスク,
その他のリスクの5つに分類した。
なお,この調査では検索用語を限定しており比較的僅少のサンプル数をもとに記述内容 を見ていくため,結果の解釈における一般化には限界がある。
2 調査結果
調査の結果,「影響評価」の用語は,平成21年から平成25年の間で28件, 7
社の開示が 見られた。今回の調査において,10年間に提出された有価証券報告書を母集団としたもの の,検索文字列を「影響評価」に限定したこともあり,サンプル数が非常に少ない結果と なったが,事業等のリスクの記載箇所で,「影響評価」の用語を用いた説明が, 平成21年 に提出された書類で最初に行われたことが明らかとなった。この背景として,前述のとお り,我が国で環境影響評価法が改正され,平成23年4月に改正法が公布されたことが挙げ られる。内国会社の有価証券報告書提出数は,関東財務局の統計によれば,4,387社(21 年),4,265(22年),4,143社(23年),および4,061社(24年)であった(平成25年の情報は 入手できなかった)。よって,開示割合は極めて少ないといえる。
開示のあった7社の業種(提出会社名)を見ると,卸売業2社(丸紅株式会社,双日株 式会社),化学(ケミプロ化成株式会社),医薬品(大塚ホールディングス株式会社),サー ビス(株式会社アコーディアゴルフ),運輸(東海旅客鉄道株式会社),電気・ガス(日本 風力開発株式会社)がそれぞれ1社ずつで,業種にばらつきがあった。市場分類は,東証 1部が5社,東証2部が1社,マザーズが1社であり,東証1部が比較的多かった。開示 の継続性について見ると,初めて影響評価に言及した年から継続的に開示していた企業が 5社,2
社は記述を止めていた(図表1参照)。 次に,7
社の記述内容を見ると,すべて環境に関するリスクに分類され,社会に関する 記述は見られなかった。中でも5社の記述内容の文脈は,環境マネジメントおよび環境負
荷低減を含む環境リスクに関係する記述として,および2社の記述内容の文脈は,環境法 規制リスクに関係する記述として分類できた(図表2参照)。運輸, および電気・ガスの 業種では,前述の我が国の環境影響評価法の対象事業に該当する事業を含む可能性が高い と予想される。よって,この業種の企業において,環境影響評価の実施に関する記述を法 規制リスクに該当する項目で提供していることと整合的であると言える。
さらに,具体的な記述内容の特徴をあげてみたい。まず,卸売業2社では,以下の通り,
環境に係るリスクなどの項目で,新規投融資案件や開発プロジェクト案件に関する環境影 響評価を実施している点,環境負荷の発生するリスクとその影響を記述しているという共 通点が見られた。
環境に係るリスク
当社グループは,地球環境への配慮を経営上の重要な課題の一つと認識しており,
環境方針を制定し,環境関連諸法規などの遵守,新規投融資案件や開発プロジェク ト案件の環境影響評価など,積極的に環境問題に取り組んでおります。しかしこの ような取組みを行った上でも,事業活動によって環境汚染を引き起こす可能性があ り,その場合にプロジェクトの停止,汚染除去・浄化費用の支出,訴訟費用の負担 などが発生する可能性があります。
図表2 リスク別業種別分類
企業数 電気・ガス
運 輸 サービス
医薬品 化 学
卸売業
5 1
1 1
2 環 境
社 会
2 1
1 法規制
評 判 その他
7 1
1 1
1 1
計 2 出典:筆者作成
図表1 開示年別業種別記載件数と企業数
記載総数
(7社)
電気・ガス
(1社)
運 輸
(1社)
サービス
(1社)
医薬品
(1社)
化 学
(1社)
卸売業
(2社)
0 H20年以前
3 1
1 1
H21年
6 1
1 1
1 2
H22年
7 1
1 1
1 1
2 H23年
7 1
1 1
1 1
2 H24年
5 1
1 1
2 H25年
28 4
2 5
4 4
9 計
出典:筆者作成
(出典:双日株式会社,「有価証券報告書(2014年3月期)」。下線部は筆者加筆。)
環境リスクについて
当社及び連結子会社は,グローバルかつ幅広い産業分野に関連する営業活動を 行っており,これにより環境汚染等が生じた場合には,事業の停止,汚染除去費用,
あるいは住民訴訟対応費用等が発生し,社会的評価の低下につながる可能性があり ます。これら環境リスクに対応するため,環境マネジメントシステムを導入(平成 11年度)し,新規投融資案件や開発プロジェクト案件について環境影響評価を実施 する等,環境負荷の把握と環境リスクの低減に努めております。しかしながら,何 らかの環境負荷が発生した場合には,当社及び連結子会社の業績及び財政状態に悪 影響を及ぼす可能性があります。
(出典:丸紅株式会社,「有価証券報告書(2014年3月期)」。下線部は筆者加筆。)
この2社の記述を見ると,環境影響評価によるリスク管理を実施していても,環境汚染 の発生による財務等への影響,また企業の評判への影響の可能性が明示されている。
次に,電力・ガス業の日本風力開発株式会社の開示を見ていきたい。この会社の平成22 年から25年までに提出された有価証券報告書の事業等のリスクでは,環境影響評価に関す る記述が見られた。環境影響評価法が平成23年に改正され,風力発電事業が対象事業に追 加されたことを背景に,法的規制のリスクとして記載したことが伺える。
法的規制について
風力発電所の建設・運営に当たっては,電気事業法,建築基準法,航空法の規制 を受けます。関連法規に基づき必要とされる許認可の取得又は届出は主に以下の通 りであります。(中略)
( )電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法(RPS 法)
新エネルギー等電気の利用目標(第3条)関連法規や地域の条例が改正された場 合には,調査費用(環境影響評価などの)や開発までにかかる時間が長期化する点 などを含め,風力発電所の開発に影響が及び,当社グループの業績に影響を及ぼす 可能性があります。
(出典:日本風力開発株式会社,「有価証券報告書(2014年3月期)」。下線部は筆者 加筆。)
風力発電所の設置事業が環境影響評価の法対象事業に追加されたが,風力発電所の騒音・
低周波音による健康影響および鳥類への影響等の環境影響が国内において問題とされてい ること,また,事業者の自主的な環境影響評価では環境保全への配慮が不十分となること の理由による(環境省,2012年)。 環境影響への人々の認識の変化を背景に環境法規制が 強化され,それに伴い,企業の法規制リスクのプロフィールが変容した,すなわち法規制 の下での事業の計画および実施等に関連した財務影響の可能性が高まり,開示に至る状況 が伺える。
最後に,運輸業の東海旅客鉄道株式会社の開示の特徴を見ていきたい。以下の通り,「超 伝導リニアによる中央新幹線」との見出しで,環境影響評価による事業へのリスクの内容 を明瞭に読み取ることが困難ではあるものの,環境影響評価法に基づく環境影響評価の手 続き等の実施に関する記述が見られる。
超電導リニアによる中央新幹線
当社は,自らの使命であり経営の生命線である首都圏~中京圏~近畿圏を結ぶ高 速鉄道の運営を持続するとともに,企業としての存立基盤を将来にわたり確保して いくため,超電導リニアによる中央新幹線計画を進めています。(中略)当社は,
第一局面として進める東京都・名古屋市間において,環境アセスメントの手続きを 進め,平成23年6月及び8月に計画段階環境配慮書を公表し,概略のルートと駅位 置を示すとともに,計画段階における環境配慮事項をまとめました。その後,同9 月には環境影響評価方法書を公告しました。(以下,略)
(出典:東海旅客鉄道株式会社,「有価証券報告書(2014年3月期)」。下線部は筆者 加筆。)
3 考 察
前述の卸売業2社の同業他社の開示を比較し,非開示の場合の開示可能性を検討してみ たい。対象は三菱商事株式会社,住友商事株式会社,および三井物産株式会社の同時期の 有価証券報告書の事業等のリスクの項目である。いずれも「影響評価」の用語を用いた記 述は見られなかった。そこで,各社の影響評価に関連した活動の有無について,各社が公 表する情報をもとに調べた。まず,三菱商事株式会社のウェブサイトを見ると,「環境・
CSR 活動」の「環境マネジメント」の「環境影響・社会性の審査」の箇所で,影響評価に 関連した社内審査の流れについての記述が見られた。すなわち,社長室会における投融資
案件の審議に際し,投融資先の環境面・社会性面の影響などについて投融資案件の申立書 に記載し,経済的側面だけでなく,ESG(環境,社会,ガバナンス)の側面から社内審査 を行っており,その審査に当たり,国際金融公社のガイドラインなどを参照していること を説明していた。ただし,国際金融公社のガイドラインのどのような点を参考としている か,また,影響評価の結果の情報は読み取れなかった。
次に, 住友商事株式会社のウェブサイトの「環境・CSR 」の「環境マネジメント」の
「目標・実績」に関する記述を見たところ, 事業実施に伴う環境負荷・環境影響の把握と いう2012年度目標に対して,環境アセスメント・土壌汚染調査の適時適切な実施の旨を,
簡潔に公表していた。ただし,同社の「社会と環境に関するレポート2013」ではこの実績 に関する詳細な情報が読み取れなかった。
最後に,三井物産株式会社の CSR レポートを見ると,既存の環境管理活動において,
独自の環境影響評価によって国内外の企業グループ会社から管理対象を選定し,環境リス クを定量的・定性的に評価し,「環境への影響が大きい事業」を決定して管理対象とし,
この企業で言うところの環境実査,および法令調査等,重点的な管理をすることで環境リ スクの低減を図る活動を実施したことを,具体的事例を紹介して説明していた。
さて,有価証券報告書の事業等のリスクの項目における「社会影響」に関連した内容と 読み取れる記述を取り上げたい。他の卸売業においては「社会影響」に関する記述がほと んど見られなかったが,環境関連の法令・規制のリスクの文脈で,三井物産株式会社にお いては開発事業の地域社会への影響について,下記の記述をしていた。
環境関連の法令・規制は当社及び連結子会社の事業,経営成績及び財政状態に悪影 響を及ぼす可能性があります。
当社及び連結子会社が内外各地で展開する事業は,広範な環境関連法令の規制を
受けます。とりわけ金属資源セグメントやエネルギーセグメントの経営成績は,現
在或いは将来における探鉱・開発事業に対する環境規制の影響を被る可能性があり
ます。例えば当社及び連結子会社は,豪州,ブラジル,ロシア,中東等において一
連の環境規制の制約を受けていますが,これらの地域における法令は,事業区域の
浄化,操業停止あるいは事業終了,重大な環境破壊に対する罰金及び補償金,高額
な汚染防止設備の設置,操業方法の変更などを課すことがあります。環境法令の変
更や新設,環境団体の反対は,これらのプロジェクトの進捗に重大な影響を及ぼす
可能性があります。また,ひとたび環境事故が生じると,当社及び連結子会社は資
源・エネルギー権益の所有者として,当該事故への寄与度や過失の有無に拘らず,
また,ノンオペレーターとして操業に全く関与していない場合であっても,清掃費 用,環境破壊への賠償,事故被害者への健康・財産被害や休業補償・逸失利益補填 等のための損害賠償費用,環境当局からの罰金や補償金等の負担を強いられること で,当社及び連結子会社の経営成績及び財政状態に悪影響を及ぼす可能性がありま す。
(出典 : 三井物産株式会社,「有価証券報告書(2014年3月期)」。下線部は筆者加筆。)
この開示を見ると,開発事業における地域の環境法令,それに関連した事象,それに伴 う具体的な企業財務の面での負担の発生可能性についての非常に丁寧な説明の姿勢が伺え る。とりわけ,「環境団体の反対」というような,地域経済開発に際して発生しがちな環 境問題に関連した政治的軋轢の問題にまで言及しており,広く社会面の影響を考慮したと もいえる。
以上の3社は,環境リスクあるいは幅広い社会リスクの低減のための活動の一環として,
それぞれ何らかの社会環境影響を検討していたものの,その内容は有価証券報告書の事業 等のリスクの項目には記載されておらず,結果として,卸売業大手5社の事業等のリスク の記載項目における開示の程度には,ばらつきがあることが示され,比較可能性が担保さ れているとは言い難い状態だった。
Ⅳ 結 論
企業の及ぼす社会環境への影響が投資家の判断に影響を及ぼす事業リスクとなりうると の観点から,社会環境影響評価の実施に関する情報開示は,企業の財務報告の透明性を増 す可能性があり,資本市場の適正な資源配分および投資家保護に寄与する可能性がある。
本稿は,このような視点で,第2章で社会環境影響評価の開示の意義を国際影響評価学 会の「社会影響評価の国際原則」,国際金融公社の「環境および社会に関するパフォーマ ンス基準」,および我が国の環境影響評価制度を比較検討した。 また, このような国際的 な背景のもと,第3章で,我が国の過去10年間の有価証券報告書の事業等のリスクの記載 箇所おける社会環境影響評価の実施に言及した開示について調査し,その開示事例を検討 した。
これまで筆者は環境リスクの有価証券報告書の事業等のリスクの記載箇所における情報
開示に焦点を当てた研究を行ってきたが,今回,新たに社会性リスク開示に焦点を当てた。
その理由は,国際社会影響評価学会の国際原則に見る通り,環境影響も社会影響も究極的 には人への直接および間接の影響であること,そのような影響の評価,監視,および管理 は企業リスクマネジメントそのものであり,いずれも企業リスクマネジメントの情報とし て財務報告の透明性に寄与する可能性があるため,開示の有用性があると考えたことによ る。そして社会環境影響評価の実施の有無および内容に言及したリスク開示を取り扱った。
このような研究は,筆者の知る限り,ほとんど見られない。
今回の調査の結果,調査対象期間の2004年1月1日から2013年12月31日の10年間に提出 された内国企業の有価証券報告書のうち,2009年(平成21年)以降提出された,わずか28 件,7社の書類で,環境に関する「影響評価」の記述が読み取れた。しかし,社会に関す る記述はほとんど読み取れなかった。また,卸売業大手5社をさらに詳細に分析したとこ ろ,事業等のリスクの項目における開示の程度にはばらつきがあることが示され,比較可 能性が担保されている状況とは言い難かった。以上より,現状,十分な開示が行われてい ないこと,環境面に偏った情報開示が行われていること,情報内容に比較可能性が担保さ れていないこと,記述内容があまり明瞭でなく企業の恣意性が残されていること,よって 本当の意味での正確な企業リスクプロフィールの報告がされていない可能性があることな どが明らかとなった。
結果として,この分野の情報開示は未だ発展段階にあり,社会環境影響評価の結果の記 述に関する透明性についてさらなる検討の余地があると言える。企業の社会環境への影響 は,将来世代の負担になるような問題も含まれ,外部性であり企業リスクであるとすれば,
これらの影響評価の実施を巡る情報は,資本市場における隠れ債務の情報と捉えることが できる。資本市場の透明性,適正な資源配分の観点から,事業リスクが社会環境影響評価 の結果とどのように関係しているかを理解することが重要であり,社会環境影響評価の記 述の透明性ある枠組みを開発することが重要である。
今後の課題として,社会環境影響評価の実施の情報を積極的に開示する企業特性あるい は決定要因の検討,および社会環境影響評価に関する開示に対する金融機関および市場関 係者の期待または評価の検討がある。
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