目的
水島(1978)によって開発された、家族関 係単純図式投影法は、家族に対する認知をア セスメントするのに有効であり、各家族成員 に実施することにより、成員間の認知のズレ、
とくに心理的距離に対するズレを視覚的にわ
かりやすく把握できる、家族査定法の一つで ある(草田,1995;草田,1996;山田・草田,
1997)。
例えば、ある小学3年生の男子は、図1に 示した家族図式を作成した。図からも明らか なように、両親は離れて配置され、本人(私)
も、両親から等距離に離れて位置している。
これに対し、男子の母親は、父親だけ孤立し、
自分と子どもたちが密接した家族図式を作成 The purpose of this study was to investigate the correlation between the difference of perceived mental distance by marital couples and their family communication. The subjects were 93 marital couples with high school students. They were administered the following test: the figures of family relationships which was one of the forms of Schematic Projective Techniques (SPT),and the self- reported family communication scale. The correlational analysis revealed the difference between marital couples perceptions of mental distance had the significant negative correlations with the scores of positive family communication in marital (parents ) and high school students data. In wives (mothers ) data,by correlational analysis the difference between marital couples perceptions of mental distance had the significant positive correlations with the scores of negative family communication. And most marital couples (81%) perceived each other that the marital mental distance was near. These results suggested that marital relationships affect the cognition of family communication.
Key words : Schematic Projective Techniques; Figures of Family Relationships; marital couples;
mental distance; family commnication
家族関係単純図式投影法の基礎的研究Ⅵ
−夫婦間の心理的距離に対する認知のズレと家族 コミュニケーションとの関連−
草田寿子*1・山田裕紀子*2
Hisako Kusada , Yukiko Yamada
A Study of Figures of Family Relationships VI:
Correlation between the Difference of Perceived Mental Distance by Marital Couples and their Family
Communication
【資料】
*1)くさだ ひさこ 文教大学人間科学部
*2)やまだ ゆきこ
している。母親の説明によれば、「父親は毎 晩帰りが遅く、実質母子家庭のようなもので、
子ども2人は自分についていると思う」とな っている。
このように、家族図式を子どもとその母親 の両者に実施することにより、両者の間には、
家族に対する認知に明らかなズレがあること が把握できる。母親が認知しているほど、実 際には息子は心理的に母親の近くにはいない。
むしろ両親のどちらとも心理的には遠く、姉 と心理的に一番近いことがわかる。
亀口(1997)と中野・亀口(1992)は、臨 床的な問題のある家族は、家族関係に対する 家族成員間の認知にズレがあり、この認知の ズレが家族の健康性の指標になると指摘して いる。山田・草田(1997)の研究においても、
家族成員間の家族に対する認知のズレが少な い方が、その家族の健康性が高いことが予測 されると報告している。
ところで、家族が健康であるための最も重 要な指標として、夫婦関係(のあり方)があ げられる。夫婦は家族にとって基本的な中心 的存在であり、夫婦のあり方が家族の健康を 規定するといってもおおげさではない。ここ で、健康な夫婦関係について少し触れておき たい。Beaversは、システム論の立場から、
夫婦が健康であるための条件として、①夫婦 間の力(パワー)の差がわずかであること② 境界を明確にする能力があること③過去では なく現在を見つめること④個人の自立性を尊
重すること⑤問題解決を話し合って決める技 術を持つこと⑥肯定的、積極的な感情を共有 することの6つを挙げている(岡堂,1987)。 また佐藤(1992)は夫婦関係を構造的にみた とき、勢力関係、境界感覚、親密性の3つの 次元が最も重要であると述べている。要する に、健康な夫婦関係とは、互いを信頼・尊敬 し、支え合いながらも個人として自立してい る関係といえるだろう。
夫婦がお互いを理解し信頼しあう健全な関 係を築いていくためには、当然のことながら、
夫婦間のコミュニケーションが重要な役割を 担っている。Margolin&Wampold(1981)は、
円満夫婦と不和夫婦の相互作用パターンを比 較した結果、関係がうまくいっていない夫婦 には、積極的に問題解決を目指す話し合いが 少なく、相手を言語的および非言語的に肯定 するコミュニケーションが少ないと報告して いる(榎本,1992)。その他多くの家族研究 者も健康な家族の特徴として、肯定的で支持 的なコミュニケーションを挙げている。
家族心理学の分野では、コミュニケーショ ンは、夫婦や家族が適切に機能し、健康であ るための重要な次元とされている。したがっ て、夫婦や家族のコミュニケーションを調査 することにより、その家族がどの程度、適切 に機能しているかを把握することができる。
本研究では、家族の中核である夫婦(両親)
に注目し、夫婦の家族関係に対する認知のズ レと家族の健康性の指標である家族コミュニ ケーションとの関連を検討したい。本研究で は、家族関係単純図式投影法の査定法として の有効性をさらに確認するために、家族関係 に対する認知のズレは、本法を用いて測定す ることにしたい。したがって本研究で取り扱 う家族関係に対する認知のズレとは、家族成 員間の心理的距離のズレを意味する。今回は、
夫婦間の心理的距離に対する認知のズレとそ の家族成員(夫、妻、子ども)の家族コミュ ニケーション認知との関連を中心に分析した い。先行研究(山田・草田,1997)の研究結 果から、次のことが予測される。
子供の図式 母親の図式
図1.小学生とその母親の家族図式例 父
私 姉
母 父
私 姉
母
仮説①夫婦間の心理的距離に対する認知のズ レが小さいほど、その家族のコミュニ ケーションは、肯定的であろう。
仮説②夫婦間の心理的距離に対する認知のズ レが大きいほど、その家族のコミュニ ケーションは、否定的であろう。
方法 調査対象者
高校生(1〜3年生)とその両親を含む、
120家族に調査を依頼した。まず授業内に高 校生に質問紙(子供用、父親用、母親用の3 部)を配布し、自宅で質問紙に回答するよう に説明した。なお、質問紙に回答する際、家 族(高校生と両親)が互いに相談して回答す ることがないように注意した。回収方法は、
調査者に直接手渡すか、郵送のどちらかであ った。回答が得られたのは93家族で、回収率 は、77.5%であった。その内訳については、
男子生徒51名、女子生徒41名、性別不明1名 と父親93名、母親93名であった。子どもの平 均年齢は16.5歳(15歳〜18歳)、父親の平均 年齢は46.7歳(37歳〜57歳)、母親の平均年 齢は43.9歳(37歳〜56歳)であった。家族構 成人数は平均5.1人(3人〜7人)であった。
なお以上の調査対象者は山田・草田(1997)
の調査対象者と同一である。
質問紙構成
質問紙は、対象者の基本的属性、及び家族 構成について問うフェイスシート、(1)家 族コミュニケーション尺度、(2)家族関係 単純図式投影法で構成されていた。
(1)家族コミュニケーション尺度
草田・山田(1998)が開発した、家族コミ ュニケーション尺度(18項目)を使用した。
本尺度は、「肯定的コミュニケーション(8 項目)」と「否定的コミュニケーション(10 項目)」の2つの下位尺度で構成されている。
各下位尺度はそれぞれ、得点が高いほど肯定 的または否定的であることを示している。回 答形式は、「とてもよく当てはまる」から「ま
ったく当てはまらない」までの5段階評定で ある。
(2)家族関係単純図式投影法
家族成員を表す円形コマ(1円玉大)と直 径12cmの円が記入されたB5判の台紙を使用 した。質問紙には、円を家族とみなし、現実 の家族関係(心理的関係)をコマを使って表 し、図式作成後、コマの位置、家族成員名、
図式に対する説明(自由記述)を記述すると いう内容の教示を明記しておいた。なお、夫 婦の両者が完全に家族図式を作成したのは、
93組中65組であった。よって、この65組を分 析の対象とする。
結果と考察
夫婦間の心理的距離に対する認知のズレを 把握するために、まず夫(父親)と妻(母親)
の家族図式におけるそれぞれの夫婦間の距離 を測定した。心理的距離は、各成員のコマと コマの中心を結ぶ直線距離で算出されたもの である。この夫、妻それぞれの図式において 測定された夫婦間の心理的距離の差を絶対値 で算出したものを認知のズレとした。このよ うに算出された夫婦間の認知のズレと家族の コミュニケーションがどのように関連してい るかを検討するために、夫婦間の心理的距離 の差と、夫(父親)、妻(母親)、子どもの肯 定的コミュニケーション尺度、否定的コミュ ニケーション尺度との間で相関分析を行った
(表1)。その結果、夫、妻、子どもとも夫婦 間の心理的距離の差と肯定的コミュニケーシ ョン尺度との間で有意な負の相関がみられ、
特に妻と子どもにおいては、高い値の相関係 数が得られた。これは、夫婦間の心理的距離 に対する認知のズレが小さいほど、夫(父親)、 妻(母親)、子どもの3者が家族コミュニケ ーションを肯定的にとらえていることを示し ている。また、心理的距離の差と否定的コミ ュニケーションとの間では、妻においてのみ 有意な正の相関がみられた。これは夫婦間の 認知のズレが大きいほど、妻は家族のコミュ ニケーションを否定的にとらえているのに対
『人間科学研究』文教大学人間科学部 第20号 1998年 草田 寿子・山田 裕紀子
し、夫は妻と同じように認知していないこと を示している。妻は、夫に比べて夫婦間のズ レに敏感で、この自分たち夫婦のギャップが 家族のコミュニケーションに影響を与えてい る可能性があることに気づいているのかもし れない。
ところで、夫婦間の心理的距離に対する認 知のズレが小さいといっても、心理的距離が 近接しているところで認知のズレが小さい場 合と、心理的距離が離れているところで認知 のズレが小さい場合が考えられる。そこで、
夫と妻それぞれの図式における夫婦の心理的 距離を加算し、2で割ったものを「夫婦の距 離」とし、その頻度を求めた。図2は、10mm
単位ごとに頻度を算出した分布図である。図 を見てもわかる通り、20〜29mmの距離をと ったものが65組中53組(81%)と最も多かっ た。20〜29mmという距離は夫のコマと妻の コマとが隣合い、外接している状態である。
このことから、先述の認知のズレが小さい夫 婦は、夫婦間の心理的距離が近接したものが 大半を占めていたと推測できる。従って、夫 婦の心理的距離が近接し、夫婦間の認知のズ レが小さい方が、家族のコミュニケーション が良好で肯定的であることが示唆された。お そらくこのような互いに心理的に近いと認知 している夫婦は、先行研究の結果から、情緒 的結びつきが強く、親密で、夫婦連合が成立 家族成員のコミュニケーション 夫婦間の心理的距離の差
夫(父親)
肯定的コミュニケーション -.22*
否定的コミュニケーション .17 妻(母親)
肯定的コミュニケーション -.39**
否定的コミュニケーション .37**
子ども
肯定的コミュニケーション -.34**
否定的コミュニケーション .21
*p<.05 **p<.01
,,,,
70.00〜79.00 60.00〜69.00 50.00〜59.00 40.00〜49.00 30.00〜39.00 20.00〜29.00 10.00〜19.00 1.00〜9.00
(mm)
夫 婦 の 距 離
0 10 20 30 40 50 60
図2.夫婦の距離の分布
(人)し、関係はうまくいっていると思われる(草 田,1995;草田,1996;草田・山田,1998;
山田・草田,1997;茂木,1996)。
以上、夫婦間の心理的距離に対する認知の ズレが小さいほど、その家族のコミュニケー ションは肯定的であるという仮説①は支持さ れた。また、夫婦の心理的距離に対する認知 のズレが大きいほど、その家族のコミュニケ ーションは否定的であるという仮説②は、妻
(母親)の場合のみ支持された。しかし、今 回調査の対象となった夫婦の大半が、互いを 心理的に近いと認知しており、心理的に離れ ていると認知している夫婦の数はわずかであ った。したがって本研究の結果を一般化する のは早計のように思われる。今後は、調査対 象者の数をさらに増やし、夫婦間の心理的距 離以外の多次元から夫婦間の認知のズレを把 握し、特に今回明らかにできなかった、夫婦 間の心理的距離が離れている家族のコミュニ ケーションの特徴について検討を重ねる必要 がある。
引用文献
榎本博明 1992 夫婦間暴力と家族心理 岡 堂 哲 雄 編 家 族 心 理 学 入 門 培 風 館 133−146.
亀口憲治 1997 家族の問題 人文書院 草田寿子 1995 家族関係単純図式投影法の
基礎的研究−家族関係査定法としての可能 性− カウンセリング研究,28,21−27.
草田寿子 1996 家族関係単純図式投影法の 基礎的研究Ⅲ−家族図式に表現された中学 生の家族関係パターン− カウンセリング 研究,29,208−216.
草田寿子・山田裕紀子 1998 家族関係単純 図式投影法の基礎的研究Ⅳ−家族図式に表 現された高校生の家族関係パターンと家族 コミュニケーションとの関連− カウンセ リング研究,31,10−18.
Margolin,G & Wampold,B.E. 1981
Sequential analysis of conflict and accord inistressed and nondistressed marital partners.
Journal of Consulting and Clinical Psychology, 49, 554-567.
水島恵一 1978 実証的かつ実感的な体験研 究の方法とテーマ 文教大学紀要,12,
1−11.
茂木千明 1996 家族関係単純図式投影法に よる健康な家族関係−予備的研究− 仙台 白百合女子大学紀要創刊号,135−143.
中野まり・亀口憲治 1992 思春期の子ども とその両親の家族イメージ−臨床群と非臨 床群の比較を通して− 福岡教育大学紀 要,41,283−290.
岡堂哲雄 1987 ファミリー・カウンセリン グ 有斐閣
佐藤悦子 1992 夫婦関係の心理 岡堂哲雄 編 家族心理学入門 培風館 35−44.
山田裕紀子・草田寿子 1997 家族関係単純 図式投影法の基礎的研究Ⅴ−高校生とその 両親の現実の家族図式の比較− 人間科学 研究第19号,78−85.
付記
本研究の一部は、文教大学1998年度人間科 学部共同研究費により行われた。
『人間科学研究』文教大学人間科学部 第20号 1998年 草田 寿子・山田 裕紀子