ドイツ新 自由主義の第 3の 道
( 2 )
て 一 ― レッセ ・フェール と I.はじめに 工.時代状況 回.時代認識 Ⅳ.基層 としてのキ リス ト教思想 V.方法論的ス タンス (以上 『彦根論叢』第333号) Ⅵ.オイケ ンの競争秩序 Ⅶ.レプケの経済 ヒユーマニズム Ⅷ.ミュラーアルマ ックの社 会的市場経済 Ⅸ,おわ りに ドイツのネオ リベ ラルたちは レッセ ・フェール資本主義 と集産主義 を超 える 第 3 の 道 を追究 した。 こう してオイケ ンl W . E u c k e n ) は「競争秩序」 を, レプケ l W , R b p k e ) は「経済 ヒューマニズム」 を, ミュラーアルマ ック仏,Muller Armack)は 「社会的市場経済」 を設計 した。 かれ らが これ らによつてめざ したのは近代 の超克ではなかつた。む しろ ヨー ロ ッパ近代 の時代精神である自由の復権 こそが,レ プケの言葉で言 えば 「自由 主義のルネサ ンス」1 ) こそが,こ の ような意味で近代の再生 こそが,志 向された のである。 もっ とも,か れ らは理想 と考 える社会経済秩序 を設計するにさい して唯一 自 由だけを秩序理念 としたのではない。のちに見 るように, 自 由のほかにオイケ ンは効率 を, レプケは連帯 を,そ して ミュラーアルマ ックは安全 を秩序理念 と集産主義 を超 え
浩 敏 田 福 1)ROpke[24]S.50,チ馬Fttp.25,Rbpke[25]S,141.2 彦 根論叢 第 3 3 5 号 して掲 げたのであ る。 以下 で は,三 人のネオ リベ ラルが描 いた理想 的社会経済秩序 について比較検 2 ) 討 し, そ れぞれの特徴 を明 らか に してみ たい。 Ⅵ オ イケ ンの競争秩序 (1)秩 序理念 オ イケ ンが その競 争秩 序 を設計 す る に さい して掲 げた秩 序理 念 はオル ドー (Ordo)であ った。 オル ドー とはあ るべ き理想 の秩序 とい った ほ どの意味 を もつ もの で あ るが,か れ に よれ ば ヨー ロ ッパ の歴 史 において時代 の転換期 には必ず オル ドーが登場 し,新 しい社会の建設の指導理念 となったと オル ドーは古代 ロー マ帝 国の末期 に活躍 したアウグステ ィヌス(A.Augushnus,354-430に出 自を もつが,
このカトリック的秩序理念はその後カトリック神学やスコラ哲学たよって彫琢
を加 えられ,西 ローマ帝国崩壊以後 におけるヨーロッパ中世社会の建設 に対 し て指導的な役割 を演 じた。 また,17世 紀か ら18世紀の市民革命の時代 にもオル ドーが登場 した。当時のオル ドーは自然秩序(ordre natureDに関す る教説の形 を とり, ヨーロッパ近代社会 における国家形成や法律制定や経済政策実践 に対す る指導理念 として強い力 を発揮 した。 オイケ ンによれば2 0 世紀半ばの ヨーロッパ にもオル ドーが要請 されていると 4 ) い う。 レッセ ・フェール資本主義 とナチズム型集産主義の崩壊によってヨーロッ パでは新 しい経済秩序の建設が急務 とな り,そ の秩序理念 としてオル ドーの力 が必要 になったのだ とい う。 20世紀の要請 に応 えうるオル ドー とは何か。オイケ ンによればオル ドー とは 「人間 と事物の本質 に合致 した」5Ъ然秩序であ り,実 定秩序(ordre pos北持)の形 成 にさい して導 きの糸 となるものである。では,「人間 と事物の本質 に合致 し た」 自然秩序 とは何か。 これは内容的には 「人間の本質」 にあたる部分 と 「事 2 ) これについては福田[ 6 ] , 福田[ 7 ] , 福田[ 8 ] , 福田[ 9 ] をも参照されたい。 3)Eucken14]S,372373,チト訳p.505. 4)Eucken[3]S.239,チ円司民p.331,Eucken[4]S。373,チ馬司民p.505. 5)Eucken[3]S.239,茅F言尺p.331,Eucken[4]S.372,茅口司民p.504.ドイツ新自由主義の第3の道 (2) 3 物 の本 質」 にあたる部分 とか ら成 る。 オイケ ンはカ ン ト( I . K a n t ) によ りなが ら,
人間の本質ぃ人格の自由(Frdhdt der PersOn)に
ある,と見た。自由は 「
人間存
テ
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庄
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密
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る。物 は人間の欲求 に比べ て相対的に不足 しているという,時 空を超えて普遍 的に妥当する事実の ことである。そこか ら稀少性 をいかに合理的に克服するか とい う課題が出て くる。つ まり,効 率(E甑広enかである。 自由 と効率,こ れがオイケ ンがイメージ したォル ドーの内容である。効率 を強調する点で過去に例のない,い わば経済学的なオル ドーであるOこ うして
「
人間と事物の本質に合致した」自然秩序は 「自由と効率に合致した」秩序,
つまり人格の自由と経済効率が常に保証されている秩序ということになる。オ
イケンはそれをまた,「
機能的かつ人間にふさわし
い秩序」hnkdonsね
htte und
menschenwdrdige OrdnunOと呼んでもいる。 こうしてオイヶンは,自 由と効率のオル ドーに,つ まり現代をリー ドすべき 秩序理念に合致する経済秩序を設計するという課題に取 り組み,競 争秩序の成 案を得た。競争秩序 こそが自由と効率を同時に実現 しうる秩序であると考えら れたのである。 (2)競 争秩序の基本構造 競 争秩序 はめ ざすべ き経 済秩序 であ るが,そ の基本 の構造 は完全競争 の市場 価 格 シス テム と安定 的マ ネーサ プ ライの組 み合 わせ か ら成 る。オイケ ンによれ要
件
漏
安
景
雪
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景
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審
稲
総
を与件として行動すること,③ 供給者も需要者も互いに競争すること,供 給者
は実績競争lLdstungswettbewerb)に
従 うこと,つ まり消費者に対する貢献(マネー
獲得)の形で競争すること。ォイヶンがイメージしていた完全競争はいわゆる完
6)EuCken14]S。176,邦訳p.237.訳は一部変 えた。 7)Eucken14]S.8,370,茅Fttpp。12,501. 8)Eucken[4]S.14,223,茅悟司民pp.20,300. 9)Eucken[4]S.42-43,247-250,茅馬言尺pp.60-61,335-337.4 彦 根論叢 第335号 全競争モデルの世界であったO 安定的マ ネーサ プ ライ とは一― これはオイケンの主張の意を汲んで筆者が命名した ものであるが― 貨幣価値の安定のために景況 に応 じて貨幣供給量 を調節 しよう とする方式である。つ ま り,法 律 によつてあ らか じめ好 ・不況に応 じたマネー サ プライの増減率 を決めてお き,そ れに即 して貨幣 を供給するとい う制度であ る。金融官僚の裁量行政か らくる恣意性 を排除 し,合 理的なルールにもとづ く マネーサ プライによつてインフレーシ ョンを予防することがめざされたのであ る。 この ようなオイケ ンの考 えは後のフリー ドマ ン(M.Friedman)のk % ル ールを
紡彿させるものであり, い わゆるマネタリズムの先駆けを含すものであったと
いえよう。
(3)競 争秩序の経済政策 競 争秩 序 はめ ざすべ き秩 序 で はあ るが , 単 なる机 上 のモ デルで はな く, 制 度化を想定した実践的な指導像であった。制度化のためには適切な経済政策が要
求 される。次 に経済政策 に関す るオイケ ンの考 えを見てお こう。 1.政 策主体 としての国家 競争秩序の制度化の主体 は国家である。ただ し,そ れはオイケ ンが 目の当た りに していた現実の国家ではな く,彼 が理想 と考 えた国家であつた。オイケ ン は20世紀前半の ヨーロッパ における国家 を経済への干渉 を常態化 した経済国家 (WirtschattsstaaOと捉 え│そ の本質は権威の失墜 した弱い国家 にあると見た。つ ま り,経 済への干渉が拡大すればするほど,国 家はかえって利害 覗俸回の手玉 に取 られるようにな り,主 体性 を喪失するに至 った と見たのである。 オイケ ンによれば競争秩序 を建設す る国家 は強い国家でなければならない。 つ ま り,権 威ある法治国家である。 しか し,法 治国家 という限 りではレッセ・ フェール時代 の 自由国家Qtter】er staaOと同 じである。 どこが違 うのか。オイケ ンに よれ ば新 しい法 治 国家 は積極 的 に経 済基本法 政策 佃irtschaisverassung― spd止故)を行 う。 自由国家は経済法の実施面の監視 を怠 ったために私的経済勢力 1 0 ) E u c k e n [ 5 ] S . 1 0 , 1 3 . 11)Eucken[4]S.188-189,325-327,チ円言民pp.254,442,456,Eucken[5]S。13-14.ドイツ新自由主義の第3 の道 ( 2 ) 5 に よる 自由の濫用 を招 いた。その弊 を改 め るには経済基本法 を定 め るばか りで な く,そ の実施面 を監視 す る必 要が あ る。その さいルール に よる経 済行政 を徹 底 して裁量行 政 の余 地 をな くし, 私 的経 済勢力 の レン ト ・シーキ ングを封 じこ 1 2 ) める。官民 ともにルールに従 うことによって自由の濫用 と自由の侵害が防止 さ れ る。今 日の規制緩和論 におけるルール遵守行動の原則 は,こ のようにオイケ ンによって先取 りされていたのである。 オイケ ンには法治国家の具体像 に関す る くわ しい説明はない。わずかに専制 主義 と対比する形で連邦主義 に肩入れ していると思われる片言的叙述があるだ 1 3 ) けである。 2 . 経 済政策の原則 オイケ ンが競争秩序の建設 に関 して定めた経済政策の憲法 ともい うべ き根本 1 4 ) 原 則 は次 の二つであ った。
①経済政策は経済勢力集回の解体または制限をめざさねばならない。
②経済政策は経済経過の統制ではなく,経 済秩序の形成に向けられねばなら
ない。 これ らは過去 に生 じた種 々の弊害 ――経済勢力の自由の濫用,独 占支配,国家の権 威失墜など― を除去 し,自 由 と効率 を保証す るための原則であるが,オ イケ ン が と くに重視 したの は第 2の 原則 で あ る。経 済 の流 れ にあ た る経 済経 過 ( 生産,消 費,貯蓄,投資など)への干渉 を原則 として禁止 し,国 家の任務 を経済の 制度的枠組 にあたる経済秩序 を対象 に した秩序政策(とりわけルールの制定)に限定 す る とい うのであるが,こ の秩序政策の原則 はオイケ ンの創始 したフライブル ク学派のいわば公理的原則 となっている。 オイケ ンは以上の根本原則 をベースに してさらに構成的原則 と規制的原則 を 定めた。前者 は競争秩序 の建設 にかかわ り,後 者 は競争秩序の機能維持 にかか わる原則である。 構成的原則 は,具 体的には競争秩序の中核 を成す完全競争の市場価格 システ 12)Eucken[4]S.307,茅馬司民p.416. 13)Eucken[4]S.332-333,茅悟司民p.451. 14)Eucken[4]S.334-387,茅円司Rpp.452-456.6 彦 根論叢 第 3 3 5 号 1 5 ) ム を樹 立す るための原則 であ る。 これ には次 の六つの ものが挙 げ られてい る。
①安定的マネーサプライ
②オープン・マーケット:市場への参入 。退出の自由の保証,妨 害競争(Be―
h i n d e r u n g s w e t t b e w e r b , ダンピング ・価格破壊 ・取引拒絶などによる潜在的競争者の締 め出し)を禁止 す るルールの制定③恒常性 :基本的経済ルールを長期にわたって改変しないこと。
④私的所有
⑤契約の自由
⑥責任 :アクターに対 して結果責任を義務づけるルールの制定
規制的原則としては次の四つのものが考えられているよ
①独占対策 :一般禁止原則に基づ く独占禁止法の制定および監視機関の設置
②所得分配 :機能的所得分配の原則,た だし絶対的貧困者は国家の所得再分
配保 進所得税)によつて救 済す る。③経済計算外の諸問題,と くに環境問題と労働問題の国家による解決
④最低賃金の制定
(4)社 会政策 すでに 「V . 方法論的スタンス」の節で述べておいたように, オ イケンはネ オリベラルの中でもっともアングロ ・アメリカンのエコノミックスの方法論に 1 7 ) 近いス タンスを採 った。ナウロー ト(E.E.Nawroth)の言葉でいえば 「経済主義」 ( O k o n o m t t m u O である。 この ような立場 は社会問題の扱いにも貫かれている。オ イケ ンは上述の経済政策 によって競争秩序がその本来の能力 を十分 に発揮 し, 高度 の生産力 を実現す るな らば,貧 困や失業 などの社会問題 は自ずか ら解決 さ れる と考 えた。つ ま り,社 会問題 は経済政策によって解決が可能であると見た のである。 この ようにオイケ ンは,社 会政策 (So夕】pd止故)一― 内容的には社会保障政策― 1 8 ) は独立の領域ではな く経済政策 に含 まれると考 えた。ナウロー トのい うように 15)Eucken[4]S,254-291,茅ほ司民pp.345-393. 16)Eucken[4]S.291-304,茅馬司民pp.394-411. 17)Nawroth[18]S.201.ドイツ新 自由主義の第 3 の 道 ( 2 ) 7 「社会政策を経済政策に吸収 させた」あでぁる。 といってもオイケンは社会政策の必要をまったく認めなかったというのでは ない。上述の規制的原則の②および③ にあるように,絶 対的貧困がある場合に は累進所得税 を軸 とする所得再分配政策によってそれを解決 し,ま た人口増加 や技術革新などの与件の変化によって賃金低下や失業が発生する場合には最低 賃金を制定 したり労働者対策を講 じた りする必要がある, と考えた。もっとも このような社会政策はオイケンにとっては‖nttensacHたh‖であ り,い わば緊急対 策的な性質のものであった。 このことに関連づけて述べてお くと,オ イケンの政策論体系の中には経済の 外 にある社会秩序 を対象にした政策論はない。つまりGesdLchattspdttkに分類 される政策論はない。なるほど彼は上述の規制的原則③ にあるように環境問題 を視野に入れていたが, しか しそれを政策論の対象にしたわけではなかった。 G e s e n s c h a t t s p d 北故の不在 とい う点 に も彼 の経 済主義 の立場 が如実 に示 されてい る。 VIl レプケの経済 ヒューマニズム (1)秩 序理念 「Ⅳ. 基層 としてのキ リス ト教思想」の節で述べ ておいたように, レプケは キ リス ト教の教 えに従 って人間をベル ソナ(人格)として捉 え,そ の本質は自由 にあると見た。彼 の立場が 「新 自由主義的人格主義」lnedttertter Person】蔦m u S といわれるゆえんである。 レプケは自由のほかに違帯 も重視 した。 自由 と連帯 との関係 は両立 と対立 と い う二つの側面 を含む厄介な問題であるが,筆 者の知る限 り, レプケ説にはこ の問題 をベルソナに引 きつけて考察 した形跡はない。個人は社会な しには生存 で きない とい う事実 を根拠 に して連帯が重視 されたのであろう。 レプケ は個 人の 自由 を個 人原理 Cnd市idu】p 占n 友か と呼 び1連 帯 を社会原理 18)Eucken[4]S.313,チ円訳p.423, 1 9 ) N a w r o t h [ 1 8 ] S . 1 2 1 . 2 0 ) N a w r o t h [ 1 8 ] S . 2 1 4 .
8 彦 根論叢 第 3 3 5 号 2 2 ) ( S o 夙】pttnzゎ) と呼 んだ。そ して個人原理 と社会原理 を両立 させ,調 和 させ る形 で経済 ヒューマニズムを設計 しようとした。図式的にいうと,経 済は個人原理 で,社 会は社会原理で編成 しようとしたのである。 (2)経 済ヒューマニズムの基本構造 レプケはヨーロッパ文化 を再生 させ る道 として経済 ヒユーマニズムを設計 し た。それは,一 言でい うと,集 中化 ・大衆化 ・プロレタリア化 とい う近代の社 会病理現象が克服 され,人 格 としての人間が主人公 となる健康 な社会経済秩序 である。その基本構造 は経済 と社会の二つの領域か ら成る。順 に見ていこう。 1.経 済体制 レプケによれば経済 を律す る原理 は個人原理であるとつ まり,個 人の自由の プ リンシプルである。 この原理 に適 った, したがって個人の自由を最大限に保 証 しうる経済体制 は競争秩序のほかにない。 自由価格 と実績競争 lLdstungskon kurrenz,消費者への貢献をめぐる競争)によって需給が調整 されるシステムである。 2 4 ) したが って そ こで は また,市 場 民 主主義 (MarktdemOkratた)が支配す る。消費者 が主権 を もち,売 り手 に対 してマ ネー を投票す る とい う意味 での民主主義 であ る。 レプケの構想 した経 済体制 は内容 か ら して明 らか にオイケ ンの競争秩序 に等 しい。言 い換 える と, レプケは経 済体 制 に関す る限 リオイケ ンの競争秩序 の考 え を受 け入 れたのであ る。 2.社 会体制 レプケはオイケ ンと違 って経 済以外 の生活諸領域 を も考察 の対象 に し,こ れ らを経 済 を回 りか ら支 え る人 間学 的 ・社 会 学 的枠 組 み (anthropdoJsch sOttdO」 2 5 ) s c h e r R a h m e n ) と位置づけた。 ここではそれを社会 と呼んでお こう。 レプケが社 会 を重視 したのは競争市場経済体制 は単独では成 り立たず, 社 会の支えが不可 ROpke[24]S.83,茅円訳p.64. Rbpke[24]S.83,チほ司民p.64. Rbpke[24]S.83,チ馬司民p.64. Ropke[23]S.167-168,R6pke[25]S.116. Rbpke[24]S.83,茅口司民p.64.
ドイツ新 自由主義の第 3 の 道 ( 2 ) 9
欠であるとの理由による。「
市場経済は, 需 要と供給, 自 由価格および競争に
2 6 ) 基づ くことので きない,よ り高次の全体秩序 に組み込 まれなければならない」。 競争市場経済体制が存立 し,機 能す るためにはそれにふ さわ しい社会がなけれ ばな らない とい う。それは社会原理 によつて,つ ま り連帯 によって編成 される 社会であるが,彼 はその具体例 として共同体,私 有制度,国 家お よび国家 に対 す る対抗制度 を挙 げた。順 に見 てお こう。①共同体
レプケが重視 した共 同体 (Gemdnscha■) は伝 統 的 な家族 であ った。 中で も彼 は 基 幹家族G t a m m f a m l 絶) の再生 に期待 をか けた。基幹家族 とは家業 や家産が相続 され てい く農民 ・職人 ・手工業者 ・自営業者 な どの伝統 的 な中間官 の家族 であ る。 それ は社会 を安定 させ る世代 意識 や連続性 の観念 を醸成す る場 であ り, ま 2 7 ) た 自家経済 を営み,子 弟 を教育する自立 。自存の生活単位であった。 この ような基幹家族 は競争市場経済体制 にふ さわ しい 自立意識 を育てるとと もに社会 を安定 させ るとい う役割 を演 じる ものであった。 また,レ プケは凡人 にe m d n e r M a n O 中心 の フラ ッ トな人間関係 を軸 とす る大衆社会 を克服す るため 2 8 ) には健全 なエ リー ト層の育成が急務 と考 え,そ れを基幹家族 に託そ うとした。 基幹家族 は健全 なエ リー ト層 を育成する場 と考 えられたのである。 ②私有制度 レプケは私有を擁護 した。プロレタリア化を克服するには私有 しかないとい う理由からであった。物心両面でプロレタリア化 された状況から脱却 し,個 人 の尊厳 ・自由および個人間の運帯を回復するためには全員をブルジョワ(有産者) 2 9 ) にするほかないというのが レプケの処方箋であった。 レプケによれば私有はまた, 各 人の自己決定 と責任の範囲を画定 したり, 国 3 0 ) 家の暴力か ら各人の生活 を守 る盾の役割 を演 じる。それゆえ私有 は競争市場経 26)ROpke[26]S.23. 27)Rbpke[24]S.246-247,茅馬司Rp.260. 28)Ropke[24]S,210-211,チF司民pp.218-219. 29)ROpke[25]S,154. 30)R6pke[26]S.150.10 彦 根論叢 第 335号 済体 制 に もっ と も適 した財 産制度 で あ る と考 え られた。
③国家
レプケが想定 した経 済 ヒユーマ ニズ ム にお け る国家 は 「健康 な国家」はe s u n ― 3 1 ) der StaaOであった。自由と秩序のバランスをうまくとり,社 会の安定を維持 し うる国家である。具体的には正当性,協 同性および分権性の原則によって編成 3 2 ) された連邦国家である。 レプケによれば国家が健康 であるためには 「強い国家」( s t a r k e r S t a a t ) でなけ 3 3 ) ればならない。利害集団の圧力から解放 された公平無私の法治国家である。こ のような国家観は先に見たオイケンと同様である。 ④ 国家 に対する対抗制度 健康 な強い国家 といえ ども権力 を濫用す る危険がある。それを阻止す るには 国家 に対抗す る力 を制度化 してお く必要がある。 レプケが重視 したのは宗教, 地方分権お よび中間層であつた。 (i)宗 教 経済 ヒューマニズムの対抗制度 の中心 に置かれたのは宗教であった。「宗教 こそが究極の拠 り所であ り,国 家の専制 に対する対抗力 としてそれがなければ 3 4 ) 他 のすべ ての ものが無力 になるような力である」か らである。キ リス ト教の信 仰,国 家 を超 えて国家の上 に普遍的な神 とその愛や正義があるとい うキリス ト 教 の確信が,国 家 に対する抵抗が生 まれるもっとも深い源泉であるという。 レプケが この ように考 えるに至 った背景 には脱キリス ト教化 とい う時代風潮 に対する危機意識があつた。彼 によれば市民革命以降キリス ト教離れが起 こり, 3 5 )「人間の 自己神化」GebstvergOttung des Menschen)の風潮の中で合理主義 と実証 主義が支配 し,俗 悪 な唯物論が横行するようになった。その最たるものが 「凡 3 6 ) 人崇拝」( K d t u s d e s g e m d n e n M a n n e s ) を掲 げるナチズム と共産主義であ り, 両 者 31)Rbpke[24]S.173-181,チトFttpp.173-182. 32)Rbpke[24]S,173-181,チ円Fttpp.173-182. 33)ROpke[25]S。142. 34)R6pke[24]S.224,茅再司Rpp。234. 35)R6pke[25]S.60. 86)R6pke[25]S.65.
ドイツ新自由主義の第3の道 (2) 11 は大衆化 ・プロ レタリア化 の流 れ を巧 み に本U用 しつつ全体 主義 を築 き,専 制 を ほ しい ままに した。精神生活 か らの宗教 の退場 は惨 禍 を招 く。それだけにキ リ ス ト教 の再興が急務 と考 え られ たのであ る。 (il)地 方分権 国家 の権 力支 配 に対抗 す るには政治 ・行政 システム を分権化す る必 要がある。 具体 的 には市 町村 ,州 ,中 央政府 か ら編成 され る連邦制度 が考 え られた。 レプ ケ はそれ とともに大都市へ の人 口集 中は全体 主義 の温床 になる とい う理 由か ら 地方へ の人 口分散 を主張 した。 (ili)中間層 レプケは中間層(Mtttdstand)を経 済 ヒューマ ニズ ムの世界 を支 える社 会層 と位 置づ けた。 自営 農民 ,手 工業者 ,職 人,自 営業 な どであ る。 中間層 は国家 か ら の独立 を担保 しうる財 産 を保有 し,勤 勉 や節約 の徳 目を有 し,簡 素 な生活の中 に精神 的 ・道徳 的 な伝 統 を守 り続 ける社 会層 であ る。 中間層 は健全 なデモ クラ シーの担 い手 であ り,指 導 的知識 人 を育 て る母体 であ ると この ような中間層 の 育成 は国家 に対抗 す る力 を強化 す る とともに精神 生活面 での大衆化 ・プロ レタ リア化 を克服 す る道 であ る と考 え られた。 (3)経 済ヒューマニズムの政策体系 経 済 ヒューマニズム を建設 した り,そ れ を維持 した りす るため には健康 な強 い国家 に よる政策実践 が必 要 となる。 レプケはそれ を経済政策 と社会政策 に分 けて論 じてい る。順 に見 てみ よう。 1.経 済政策 経 済 政策 の 目的 は競 争市場経 済体 制 の建設 と維持 であ る。
①競争市場経済体制の建設
競争 市場経済体制 の建設 を目的 とす る政策 は競争政策であ る。 レプケ によれ ばその中心 を成 すの は完全競争市場 の制度化 をめ ざす独 占禁止政策であ るが, それは一般 禁止原則 に基づ く独 占禁止法 に従 って実施 され る。 この よ うな競 争 政 策 の考 え は オ イ ケ ンや ベ ー ム (F.B6hm)やリュス トウlA. 37)ROpke[24]S.224,チ馬訳p.283.1 2 彦 根論叢 第335号 R u s t o w ) と同様 である。かれ らは効率の面か らのみな らず,い やそれ以上 に, 勢力対策の面か ら完全競争 を支持 した。ベームによれば完全競争 は 「勢力 を無 力化 す る手段 」) ( E n t m a c h t u n g s h s t r u m e n O なのであ った。完全競争 の世界 で は 「勢力の均等」ヤe q u 況比y Of poweのが実現 され,個 人の 自由が最大限に保証 され る と考 えられたのである。
②競争市場経済体制の維持
競 争 市 場 経 済体 制 の維 持 にか か わ る政 策 は枠 政 策 (Rahmenpohtk)と市 場 政 策 (Marktpd止よ)である。枠政策 は真 の公正 な競争秩序(完全競争)を維持す るためのルー ルの制定 とルール遵守のモニ タリングである。 レプケは後者 をリュス トウに倣 っ 4 0 ) て市場警察(Marktpdセe O と呼 んだ。ルール重視 の立場 はフライブルク学派のオ イケ ンやベーム と同様である。 市場政策 は市場 プロセスヘの干渉である。 レプケによれば国家 は市場 プロセ スヘ干渉す るさいに整合 的干渉(konttrme lntettendon)の原則 に従 わねばな らな い。 この原則 は市場経済の機能上の要件である自己決定,個 人の創意,自 由価 格夕競争 などを損 なわない ように干渉す るというものである。 レプケの整合的干渉はオイケ ンの経済秩序政策 とケインズ8。M . K e y n e s ) の総 需要管理政策の丁度 中間に位置す る原則である。オイケ ンは先 に見たように国 家干渉の対象 を経済秩序(レプケのいう枠)に限定 し,自 由擁護の観点か ら市場 プ ロセスヘの干渉 を否定 した。 これに対 しケインズは総需要管理 とい う形で市場 プロセスヘの積極的干渉 を主張 した。 レプケの場合にはオイケ ンと違 って市場 プロセスに対する国家干渉 を認めるが,他 方ケインズ と違 って自由擁護のため に国家干渉に対 して市場整合性 とい う制限条件 をつけようとした。 整合的干渉の コンセプ トは1930年代 にレプケ とミーゼス(L,vo Mttes)によって 4 1 ) ドイツの学界 に持 ち込 まれたが, そ の後それはネオリベ ラルたちによってシス テム整合性 ( S y S t e m k O n f o r m i t a t ) や秩序整合性 ( O r d n u n g s k o n f o r m i t a t ) などの コンセプ 3 8 ) B b h m [ 1 ] S 。2 0 . 39)Peuckert[19]p.93. 40)R6pke[23]S.88,365,ROpke[24]S.75-76,チ円高民pp.55-56. 4 1 ) R i e s e [ 2 1 ] S . 4 1 .ドイツ新自由主義の第3 の道 ( 2 ) 1 3 卜にリファインされ,学 界で広 く使 われるようになった。 レプケは以上のほか に構造政策(Strukturpdttk)を考 えてい る。 これは競争市 場経済体制 を維持す るのに必要な社会的枠組み を対象 に した政策である。具体 的 には所得 ・財産の分配政策や経営規模政策などであるが,中 で もレプケが重 視 したのは中小経営の育成政策であった。彼 はすべ ての産業 は中小経営 を柱 に すべ きである と主張 した。大経営 中心の大量生産 は中産層 を大量 に破壊 し, プ ロ レタリアを大量 に生産 し,都 市への人口集中を誘発 して大衆化 を加速 し,全 体主義の温床 を築いた。産業構造 を中小経営 中心 に切 り替 えなければ集 中化 ・ プロ レタリア化 ・大衆化 を克服することはで きない とい う。 レプケがイメージ していたのは 「品質,誠 実,耐 久性,気 品,節 度,シ ンプル美」 とい う価値的 属性 を有す る伝統的な中小経営であった。 2 . 社 会政策 以上 に見たように市場経済は競争の世界であるが, レプケによればそれを社 4 4 ) 会 に持 ち込むわけにはいかない。社会学的お よび道徳的に見 ると競争 は危険で あ り,社 会 を解体 に導 くおそれがあるか らである。市場での競争 は社会の安定 を要求する。つ ま り社会の安定 こそが市場競争の制度的前提であるが,そ の安 定 は連帯原理 によって実現 しなければな らない。 4 5 ) レプケがめ ざしたのはブルジ ョワ社会であった。不安定なプロレタリア大衆 社 会 の彼岸 にあ る物心両面 で安定 した有産者 の社会,つ ま りH c 持北a s h u m a n a ‖ ( 人間の国) であつた。その建設 をめ ざす政策が社会政策(Gesdttchaispd北よ)にほか な らない。具体的には脱 プロ レタリア化(Entproにt a A t t e r u n g ) および脱大衆化(Ent m a s s u n かを目的 とした財産形成政策 と人口分散政策が提唱 されている。 ①財産形成政策 財産形成政策は 「プロレタリアに財産 を」の政策である。つ ま り実物資産 を もたない労働者や賃金生活者 に対 して庭地や畑地の付いた自己所有住宅 を与え 42)R6pke[24]S.79,茅円司民p.60. 43)Rbpke[22]S。171. 44)Rbpke[23]S.292. 45)ROpke[26]S.155.
14 彦 根論叢 第 335号 ようとする政策である。それによって一方で家族の絆が回復 し,他 方で菜園や 畑地での食糧 自給 と土 との触れ合いを通 じて家族の物心両面での安定が図られ 4 6 ) ると考 えられた。 プロレタリア化の克服 は 「プロレタリアのブルジ ョワ化で」 とい うのが レプ ケの提案 なのであるが,こ の点 に関 して彼 は社会主義者 を痛烈 に批判 した。社 会主義者 はプロレタリア化の克服手段 として国有化 を選択 したが,そ れは克服 どころか逆 にプロレタリア化 を極限まで推 し進めて しまった告 国有化は全員 を 無産者 に し,そ の精神生活 を貧困化する愚かな試みであると。
②人口分散政策
これは大都市 に集中 した人口を農村地帯に分散 し,大 衆化およびプロレタリ ア化 を克服 しようとする政策である。具体的には農村地帯 に人口5,6万 人の日 園都市 を造 り,そ こにおいて土地付 きの 自己所有住宅 と中小経営群 を中核 とし た町づ くりを行い,大 都市の人口を吸収するとい うものであった。 レプケが手 本 としてイメージ していたのはスイスの小都市であった。③社会保障
レプケは所得再分配による社会保障政策に対 して否定的なスタンスをとった。 「大衆福祉 国家」ヤMassenwoHねhrtsstaaOに道 を開 くとい うのがその理 由であっ た。つ ま り,国 家の扶養 ・給付 ・保障政策は国民の税負担や国家の財政負担 を 重 くし,社 会官僚lSo夕況burOkradoを強大 に し,そ して何 よ りもプロレタリア化 4 9 ) ・大衆化 を助長するというのである。 もっともレプケは社会保障を完全に否定 したのではな く,個 人の 自助や 自己責任 と両立するものであれば構 わない と考 えている。オイケ ンと同様 の考 えである。 46)Rbpke[24]S.279-284,茅円司民pp.302-309. 47)R6pke[24]S,253,266-267,チ円司民pp.269,286-288. 48)Rbpke[27]S.60. 49)R6pke[24]S。256,263-265,377,pp.274,283-285,434.ドイツ新 自由主義の第 3 の 道 (2) 15 W l l ミュラーアルマックの社会的市場経済 (1)秩 序理念 ミュラーアルマ ックが社会的市場経済の設計 にさい して掲げた秩序理念は自 由 と安全であった。彼が, レプケと同様 に,キ リス ト教のペルソナの考えをベー スにして個人の自由お よび尊厳 を重視 したことはすでに述べたとお りである。 彼 はまた,社 会的安全はあ』e ttcherhdOを重視 した。その根拠 はい ま一つ明瞭 でないが,筆 者の解釈ではベルソナを支える社会的条件 にかかわると思われる。 つ まり,社 会生活の安全 な しには人格の自由や尊厳 は保てない という考えが背 後 にあるように思われる。 こうしてミュラーアルマックは 「人々が自由に,か つ社会的に安全に生活で きる」)ような 「人間的秩序」)という意味を込めて社会的市場経済を設計 したの である。 (2)社 会的融和 社 会 的 市 場 経 済 を検 討 す る さい に見 逃 せ な い の は社 会 的融 和 ( s o 夕劇e l r e れk ) と
いうコンセプ トである。ミュラーアルマックは1 9 5 0 年
に' S o 広
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O n 随沈
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物づ究s c ん研 ιぢc んθS A 竹 ん初 , B d . 6 4 , S 。1 8 1 - 2 0 3 ) とい う 論 文 を 書 き ,そ の 中 で 現 代 ヨ ー ロ ッ パを代表する四つの社会思想 一一 カトリシズム,プロテスタンティズム,社会主義お よび自由主義― は敵対的態度や対抗的態度を捨てて互いに歩み寄るようになり, 5 2 )ヨーロ ツパ は今や思想上の 「和解の時代」にdtttter der Versbhnunかを迎 えた と いう趣 旨の ことを述べた。四つの社会思想 とも,た とえば時代診断や社会的課 題や経済政策 などに関する論議 において,互 いに似通った考えをするようにな り,思 想対立 よりも思想融和 の方が前面 に出る時代 になったとい うのである。 ミュラーアルマ ックはこのような思想融和の時代状況を社会的融和 と呼んだ。 ミュラーアルマ ックはその社会的融和 をベースにして社会的市場経済を設計 した。つ ま り,カ トリシズム,プ ロテスタンティズム,社 会主義および自由主 501 MullerArmack[15]S.238. 51)Muller Armack[15]S,227. 52)Muller Armack[14]S.181.
1 6 彦 根論叢 第 335号 義 に共通 す る考 え を取 り込 み なが ら設計 したのであ る。それだけに社会 的市場 経 済 は, 自 由主義がベース になっていた とはいえ,そ れ を超 えたスケールの大 きい秩序像 になったのであ るが, しか し他方 で四つの思想 を うま く整理 しえな 5 3 ) かったためにいわば 「玉虫色のコンセプ ト」にもなって しまったのである。 ミュラーアルマックは社会的市場経済を ドイッ復興の指導像ばか りでなく, 5 4 ) ヨーロ ッパ統合の指導像 に したい とい う願望 をもっていた。社会的融和のコン セプ トには実はヨーロッパ統合の願いが込め られていたのである。彼の眼には, ヨーロ ッパ ・スケールで生 じた社会的融和 は二度の大戦で荒廃 したヨーロッパ を統合 しうる格好のイ ンテグレーター と写 ったのである。「社会的市場経済で ヨーロ ッパ を一つに」 とい う遠大 な想念 はやがて彼 を官界 に転身させた。エア ハ ル ト(L.Erhard)の誘いに応 じて ドイツ連邦経済省の局長か ら次官 とな り,1958 年か ら1963年までの 5年 間ほどヨーロ ッパ統合の実務 に挺 身す ることになった のである。 (3)社 会的市場経済の秩序像 社 会 的 市 場 経 済 の秩 序 像 は オ イ ケ ンの競 争 秩 序 や レプ ケ の経 済 ヒュ ー マ ニ ズ ム ほ ど明 瞭 で は な い 。 ミュ ラー アル マ ックが オ イケ ンや レプケ の よ うに経 済 と 社会 を区別 して設計するとい う方法 を採 ることな しに,い わば経済 を社会の中 に組み込 んだままで設計 しようとしたか らである。また彼 は社会的市場経済の 基本構造 について論 じようとは しなかった。それゆえ経済の基本構造 も社会の 基本構造 も明示 されないままに終わっている。 したがってこれ らにかかわる検 討 は断念せ ざるをえない。 そ こで以下では,彼 の叙述 を丹念 に読み解 くとい う方法 を採 りなが ら,論 点 を社会的市場経済の秩序像 だけに限定 し,そ の輪郭 を浮かび上が らせ るとい う 作業 を試みてみたい。 1 . 社 会的に囲い込 まれた競争市場経済 ミュラーアルマ ックは自由 と社会的安全 をベースにして社会的市場経済 を設 53)Reuter[20]S.68. 54)Muller一Armack[15]S.284285,295.
ドイツ新自由主義の第3の道 (2) 17 計 した。かれは まず個人の 自由 ( 解放と自己決定と自己責任がセットになった自由) に 合致す る経済体制 として市場経済 を選択 した。個人の 自由を保証 しうる経済体 制 は市場経済のほかにない とい うのがその理由であった。彼がイメージ してい た市場経済はいわゆる完全競争市場の世界であった。それは,彼 自身が示唆 し 5 5 ) ているように,オ イケ ンの競争秩序 に通 じる世界であつた。経済体制 に関する 限 リミュラーアルマ ックはオイケ ンの競争秩序 を受け入れたようである。ただ し,彼 はその競争秩序の仕組みやその機能条件(たとえばオイケンによって解明され たような競争条件や市場形態や貨幣システムなど)について何 も述べていないのである。 ミュラーアルマ ック説の一大特色 は社会的安全 を設計理念 に加えた ところに ある。彼 は社会的市場経済 を構想するようになった経緯 について次の ように述 べ ている。「幸い私 は先の大戦中にワルター ・オイケ ンのグループか ら競争原 理 の再生 をめ ざす考 えを受容 した。 しか し,そ の時か ら経済政策の形成手段 と して競争秩序 を強調するだけではあま りにも狭い と感 じ,そ れを超 えて市場整 合 的ではあるが,社 会政策 に属する,総 合社会政策施策 システムを意識的に追 5 6 ) 究 して きた」。 この文章か ら分かるように ミュラーアルマ ックは競争秩序 を一 旦受 け入れた上でそれを超 えるとい う意図をもっていた。なぜ超 えようとした 5 7 ) のか。彼 自身の言葉でいえば 「今 日の産業大衆社会の社会的必要」 に応 えるた めであった。競争秩序 だけでは今 日の要求社会lAnspruchsgesdischa丘) における社 会 問題 や福祉 問題 は解決で きない とい うのである。かれが社会政策(Gesdisch a f t s p d t t k ) の必要 を説いたゆえんである。 ミュラーアルマ ックは,こ の ように,競 争秩序つ ま り競争市場経済は,安 全 の価値 に合致 しえない と見た。競争市場経済は,野 放 しにすると,生 活の安全 を脅かす貧困や失業 などの社会問題 を発生 させ る。それゆえ社会問題の発生 を 予防 した り,解 決 した りするためには社会的に,つ ま り国家 によって,競 争市 場経済 をコン トロール しなければならない。社会的市場経済の 「社会的」 には この ような社会的 コン トロールの意味が込め られていたのである。 55)Muller Armack[15]S.10。 56)Mdller Armack[15]S.10. 57)Muller Armack[16]S,290.
1 8 彦 根論叢 第 3 3 5 号 「社会的」 には もう一つ別の意味が込め られていた。競争市場経済を社会的 に囲い込 むとい う意味である。 ミュラーアルマ ックによれば19世紀に社会から 解放 された競争市場経済は社会問題や精神面のプロレタリア化 を招 き,社 会生 活の安全 を脅か した。競争市場経済は レッセ ・フェールの時代 に信 じられてい た ような万能の 「全 自動機械」棒 はな く,「半 自動機械」ネ あることが分かっ た。社会的安全 を実現することので きない,そ の意味で半分の自動機械なので ある。 したが ってその暴走 を封 じこめるためには市場経済をもう一度社会の中 に囲い込 む必要がある。社会的囲い込みはもちろん社会政策の任務 となる。 以上か らして ミュラーアルマ ックは社会的市場経済の 「社会的」 に二つの意 味 を込めていたことが分かる。競争市場経済の社会的囲い込み と社会問題解決 のための社会的(国家的)コン トロールである。ヴァンベルク(V.Vanberglのい うよ うに,「社会的」 は一方で 「市場経済の よ り広 い社会制度的秩序への包摂」 に かかわ り,他 方で 「市場 プロセスの結果」│こかかゎってぃるのである。 以上の整理 を踏 まえて社会的市場経済の秩序像 を一言で述べると 「社会的に 囲い込 まれた競争市場経済」 とい うことになろう。 2 . 開 かれた秩序 社会的市場経済には もう一つ別の属性がある。開放的でダイナ ミックな秩序 とい う属性である。 ミュラーアルマ ックによれば社会的市場経済は特定の価値
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ようなものではなく, 将 来にわたって不断に政策実践を必要とするものという
58)Muller Armack[15]S.115. 59)Muller Armack[15]S.235. 60)Vanberg[31]p。 22. 61)MullerArmack[17]p。 260. 62)Muller Armack[15]S,261.ドイツ新自由主義の第3の道 (2) 19 こ とになる。 オ イケ ンの競争秩序 とレプケの経 済 ヒューマニズムは, どち らか といえば, ス タテ ィックで閉 じた秩序であったのに対 し,社 会的市場経済はこのようにオー プ ンな柔構造 とい う特 質 を有 してい る。 しか し,見 方 を変 える と,社 会的市場
経済はその開放性のゆえに 「
未完の作品」│こ
終わってしまう危険性を争らんで
い る。 (4)社 会的市場経済の政策体系 社会的市場経済は制度化 を想定 している。その限 りでそれは政策構想でもあっ た。 ミュラーアルマ ックはこの点に関 して多 くの紙幅を費や しているが,そ の 叙述の仕方はオイケ ンや レプケほ ど体系的ではな く,上 に見た秩序像の場合 と 同様 に,散 文的 ・断片的です らある。 したがって彼の政策体系の全貌 を把握す るためには検討者の方で彼の著作のあちこちに散在 している叙述 を収集 し,そ れ らを論理的に再構成 してみることが必要 となる。以下,筆 者な りの整理基準 を置いてその作業 を試みてみ よう。 1.政 策主体 ミュラーアルマ ックが想定 した政策主体はいうまで もな く国家であるが,そ の具体像 ははなはだ漠然 としている。先 に見たようにオイケンとレプケは権威 ある強い法治国家 を想定 した。筆者の知 る限 り, ミュラーアルマ ックにはこれ に類する国家像の説明がない。オイケ ン ・レプケ流の強い法治国家なのか,現 実の大衆民主主義の国家 なのか,そ れ とも第 3の 国家なのか,判 然 としないの である。 2.経 済政策 オイケ ンの政策体系 は経済政策の体系であ り,社 会政策はその中に包摂 され ていた。 レプケの政策体系では経済政策 と社会政策が同列に置かれていた。こ れ らに対 して ミュラーアルマ ックの政策体系 は社会政策(GesdLchaftspd北故)の体 系であ り,経 済政策はその中に包摂 され,い わばその一部門としての扱いを受 ける形 をとっている。 63)Cassel,Rauhut[2]S.17.2 0 彦 根 論 叢 第 3 3 5 号 6 4 ) ミュラーアルマ ックは経済 に対する国家干渉方式 を 「第 3の 経済政策方式」 と呼んだ。 レッセ ・フェール とナチズムの経済統制 との中間にある干渉方式で ある。具体的には レプケの市場整合性の原則 に従 った干渉がイメージされてい る。 彼 によれば市場整合的干渉は市場価格 メカニズムのイ ンフラス トラクチ ャー にあたる経済秩序の形成 を目的 とした干渉である。具体的には市場参入 ・退出, 市場競争,市 場取引などに関するルールの制定が考 えられている。独 占禁止法 がその代表例である。 3 . 社 会政策 社会政策は自由かつ安全 な社会生活 を実現することを目的 としている。自由 の保証 と安全の保証が二大 目的 とい うことになる。
①自由の保証
この 目的 の実現 につ いて は勢力 中立 的秩序 (machtneuttte Ordnunかの形成 が論 6 5 ) じられてい る。個 人 の 自由 を保証す るため には社会諸勢力 のパ ワー を互 い に中 立化 しうるルール を制定 しなければな らない。 ミュ ラーアルマ ックが重視 した の は個 々人 に平等 なチ ャンス を与 えるス ター トの条件 やゲームのルールであ っ た。②安全の保証
この目的を実現する政策は,筆 者の解釈では,内 容的に二つに区別される。
競争市場経済の社会的囲い込み と社会的バ ランスの実現である。 ( 1 ) 競 争市場経済の社会的囲い込み 競争市場経済は,野 放 しにすると,社 会問題 を発生 させた り,自 由を制限 し た り,精 神のプロレタリア化 をもた らした りする。そ うした暴走 を抑 えるため 6 6 ) には競争市場経済 を 「全体の生活様式」の中に囲い込む必要があるとい う。 ( 1 1 ) 社会的バ ランスの実現 市場 プロセスの結果 として生 じる社会的ア ンバ ランス( 所得格差,貧 困,失業な 64)MullerArmack[15]S.109. 65)MullerArmack[15]S.227. 66)Muller Armack[15]S.227.ドイツ新自由主義の第3の道 (2) 21 ど)は社会政策 に よって是正 され なければな らない。 4.社 会政策 の カ タログ 次 に社 会政策の具体 的内容 を見 てお こう。以下の カタログは ミュラーアルマ ッ クの叙述 を筆者 な りに整理 した ものであ る。A,B,Cは上 に述べ た 目的 を,a,b,c はその実現手段 を示 してい る。 A.自 由の保 証 a.平 等 なス ター ト条件 の制定 :具 体例 と しては財 産形成政策が挙 げ られて 6 7 ) いる。無産者の財産形成 に対する支援 によって有産者 とのスター ト点で の差 を狭め ようとする政策である。 6 8 ) b.中 間層(とくに中小企業)の自立支援 B.競 争市場経済の社会的囲い込み a.広 義の環境政策 :こ れは生活 を取 り巻 く環境全体の改善 にかかわる政策 である。具体的には社会環境の整備,都 市政策,保 健衛生政策,防 災, 6 9 ) 人的資本の育成, エ ネルギー政策などが考 えられている。 b . 脱 プロ レタリア化 : これは精神生活の安定 を内容 とするが, そ の具体例 7 0 ) としては共同決定,利 潤参加お よび田園都市政策が挙げ られている。共 同決定 と利潤参加 は企業従業員の疎外感や従属感 を緩和する政策である。 田園都市政策は都市住民 を産業分散化 によって農村地域 に移住 させ,精 神生活の安定 を図ろうとす る ものであるが,こ れにはレプケの考 えが濃 厚 に反映 されている。 C.社 会的バ ランスの実現 7 1 ) a . 国 家財 政 に よる所得移転政策 7 2 ) b . 完 全雇用政策 c . 生 活の安定化 Muller Armack[15]S.306.
Muller Armack[13]S.152,Muller― Armack[15]S.27い 277. Muller Armack[15]S.275,279-281,283.
Muller Armack[13]S.153,Muller Armack[15]S.198,228,240,306-307. Mdller Armack[15]S。 257.
2 2 彦 根論叢 第 335号 イ ンフ レー シ ョン対 策 と しての所得 政策 , 通 貨安定政策, 生 活安定化 の ための最低賃金 の制度化 , 公 共住 宅政策 , 社 会福祉 政策が考 え られてい 7 3 ) る 。 5。 社会政策の問題点 以上の社会政策のカタログか ら社会政策は内容的に社会秩序政策lAとBの部か と社会保障政策(Cの部分)から成 り立 っていることが分かる。社会秩序政策は先 に検討 した レプケの社会政策に相当する。 この ように整理するとミュラーアル マ ックは レプケの社会政策の考 えを受け入れ,さ らにオイケンとレプケがネガ テ ィブな反応 を示 した社会保障政策 を積極的に評価 していることが分かる。 社会問題 に対す るオイケ ンとレプケのス タンスは自助 を原則 とし,個 人で解 決で きない問題 についてのみ社会保障政策で対応す る とい うものであった。 し か も社会保障政策は個人の 自助お よび自己実現 を支援すべ きであるとい う補完 7 4 ) 性原則( S u b d d a 占t a t s p A n z わ) に従 うものであった。 ミュラーアルマ ックの場合は どうか。カッセル( D . C a s s e l ) やレーネル( H . 0 . L e n e l ) やハーメル( H . H a m e l ) は, 彼 の 7 5 ) 社会保障政策 は補完性原則 をベースに していると述べている。果た してそ うか。 上のカタログの社会保障の政策手段(Cのa)b,c)は, 補 完性原則 に従 っているとは とて も思 えない。む しろ,そ れ らは個人の自助や 自己実現 をサポー トするどこ ろか逆 にそれ らにブレーキをかける国家扶養(staadたh e F u r s o r g o のカテゴリーに 分類 されるものである。 レプケの言葉でいえば 「大衆福祉 国家」の道 を用意す る ものである。 ミュラーアルマ ックは ドイツ政府の政策担当者であったためで あろうか,1950年代 か ら1970年代 にかけて登場 した社会保障の諸課題 を追認 し, それ らを定見 な しに次 々 と社会保障の リス トに加 えていったように思えてなら ない。 もうひとつ気がか りなのは社会政策 と競争市場経済 との兼ね合いである。競 争市場経済 に対 して直接 ,間 接影響 を及ぼす社会政策は,そ の中で もとくに社 会保障政策 は, 市 場整合性の原則 に従 うべ きであろう。 ミュラーアルマ ックも
73)Muller Armack[13]S.152,Muller Armack[15]S.240,278,306307. 7 4 ) 詳 し くは福 田 [ 7 ] p 。1 0 を参照 され たい。
ドイ ツ新 自由主義 の第 3 の 道 ( 2 ) 2 3 7 6 ) その ように考 えていたふ しがあるが,そ してまた彼 の社会政策は市場整合性の 原則 に従 っていると解釈する研究者 もいるが, しか し筆者が 目を通 した限 りで は彼の叙述の中に市場整合性 を基準 に して社会政策のカタログを作成 しようと 7 8 ) した形跡はまった くないのである。「社会的干渉についての線引 きがない」 と 力、 「ミュラーアルマ ックは社会的安全が どのようにして市場経済システムに 7 9 ) 適合するかについて何 も述べ なかった」 とい う批判が出て くるの も当然 といわ ねばならない。 ミュラーアルマ ックの立論意図か らすれば社会政策の課題 は自由 と安全 をバ ランスさせ る ところにあったはずである。 ところが結果か ら見 ると両者のバ ラ ンスは大 きく崩れ,安 全 にTs した政策体系 になって しまっている。いわば自由 が安全 によって重囲 されているような印象 を受ける。社会政策のカタログは個 人の 自由を侵害する危険 を内蔵 しているのである。 I X おわ りに 8 0 ) リーゼ( H . R i e s e ) によれば新 自由主義 は三つの時代思潮 を攻撃 した。第1がマル クス主義の歴史決定論,第 2が 世界大恐慌お よびフアシズム独裁で頂点 に達 し た干渉主義,第 3が 市場経済 に全幅の信頼 を置 く古典的 自由主義である。本稿 では歴史決定論 は取 り上げなかったが,ネ オリベ ラルたちはこれを激 しく攻撃 した。た とえばオイケ ンは決定論的運動法則 を神話 として切 り捨て,経 済秩序 は人間の意志 によって選択可能であ り,ま た形成 しうること,つ ま りは設計可 8 1 ) 能であることを主張 した。本稿で論 じたのは第 2 お よび第 3 の 攻撃 にかかわる テーマであった。ネオリベ ラルたちが とくに力 を入れて批判 したのは,本 稿で 見たように,古 典的自由主義の レッセ ・フェール原則であった。 レッセ ・フェー ル原則 を否定 し,そ れに替 えて積極的な国家の経済政策お よび社会政策 を主張 76)Muller Armack[15]S.10。 77)Spieker[30]S。 188. 78)Schlecht[29]S.93. 79)Lenel[12]S。 90。 8 0 1 R i e s e [ 2 1 ] S . 2 7 . 81)Eucken[4]S。 200,204-206,チFttRpp。269,275-277.
24 彦 根論叢 第 335号 す る こ とに よって 自分 た ちの 自由主義 の新 しさを, つ ま り新 自由主義 の立場 を
アピールしようとしたのである。
ついでに述べてお くと, ドイツのネオリベラルの中で最初に新 自由主義 という言葉を使っ たのはリュス トウであった。すでに述べたように彼は自らの立場 をアピールするために積極 的にこの言葉を使 った。 ミュラーアルマ ックもこの言葉を使 った。ただし,そ れはフライブ ルク学派に限定されていたと レプケは次のように述べている。「私はしばしば‖Neolberalismus‖ という言葉を使ってきた。 しか し,か なり不快な気持ちをも 名芥。 というのは問題なのは古 い思想 を時流に即 した形で持ち出すことではないからである」 。「ラデイカルな自由主義の ルネサ ンス」)を主張 したつ もりの レプケにしてみれば自分の立場が旧自由主義の焼 き直 し と受けとられたことは心外であったのであろう。それでも彼は新 自由主義を使った。こ 名断 対 しオイケンは,‖neoliberal‖は批判者によって貼 られたレッテルで,偏 向的で適切でない としてそれを使おうとしなかった。 ネ オ リベ ラル た ちが 第 2 お よび第 3 の 攻 撃 を踏 ま え て提 唱 した の は, レ ッセ ・フェー ル資 本 主 義 と集 産主 義 を超 え る道 ,つ ま り第 3の 道 で あ った。彼 らの 中 で この 言 葉 を最 初 に使 っ た の は , 筆 者 の 知 る限 りで は, レ プ ケ で あ っ た 。彼 8 6 ) 自身が述べ ているように, 1 9 3 7 年 に出版 されたりぢθ L θん竹 υοt t αθγ t t γけs c ん研‖に おいてであった。その後 リュス トウや ミュラーアルマ ックもこの言葉 を使 った 8 7 ) が,オ イケ ンにはその形跡 が ない。 本稿 で見 た よ うに第 3の 道 の秩序像 は論 者 ご とに異 な り,一 口で は第 3の 道 を語 れ ない ほ どの振 幅 を もってい る。競争秩序 ,経 済 ヒューマニズ ムお よび社 会 的市場経 済 に共通 す る点 とい えば,自 由の理念 と完全競 争 の市場経 済体 制 く らいの ものであ る。 む しろ相違点 の方が 目立つ とい うのが検討 を終 えた今 の筆 者 の感想 であ る。理 念 の レベ ルで はオ イケ ンは効 率 を, レプケ は連帯 を, ミュ ラー アルマ ックは安全 を重視 した。秩序 レベ ルで はオイケ ンは経 済 に限定 した 経 済秩 序 を, レプケ と ミュ ラー アルマ ックはそのほか に社会秩序 を加 えた社会82)Mdller Armack[15]S.244,252-254,Mdller Armack[17]p。 258. 83)R6pke[25]S.151.
84)R6pke[25]S.141.
85)Eucken[4]S。 374-375,チト訳p.508. 86)ROpke[23]S。 154,MdllerArmack[15]S.314. 87)Rdstow[28]S.315.
ドイツ新自由主義の第3の道 (2) 25 経済秩序 を設計 しようとした。政策の レベルではオイケ ンは もっぱ ら経済秩序 政策 を論 じ, レプケはそれに経済経過への整合的干渉 を加 え,さ らに社会政策 (Gesdischaftspdttk)を論 じた。 ミュラーアルマ ックの政策論 はほぼ レプケ説 を踏 襲 しているが,社 会政策の柱 に社会保障政策 を加 えた点が レプケ と,そ してま たオイケ ンとは異なる。 他 の思想 との距離 とい う点で も三者 は異 なる。オイケ ンの競争秩序 は完全競 争市場 を理想 とす る点で旧 自由主義 に近 く, ミュラーアルマ ックの社会的市場 経済は社会保障 を重視す る点で社会民主主主義 に近い。 レプケの経済 ヒューマ ニズムはそれ らの中間に位置する。 ネオ リベ ラルたちが第 3の 道 を設計 した背景 には,「レッセ ・フェールのパ ラ ドックス」 によって荒廃 したヨーロッパ を再興 したいという共通の思いがあっ た。それが とくに顕著であったのは レプケであ り, レッセ ・フェールの時代か ら暴走 を重ねて きた市場経済 を押 し止 どめ,人 間の国を建設するためには伝統 的 な宗教的 ・農民的 ・職人的社会の復興 によって市場経済 を囲い込むほかない と考 えた。つ まり,社 会か ら解放 された経済 をもう一度健康 な伝統社会 によっ て囲い込む,そ ういう意図をもって経済 ヒューマニズムが設計 されたのである。 ミュラーアルマ ックの場合 にも社会 による市場経済の囲い込みを意図 して社会 的市場経済が設計 されたが,そ の社会像が漠然 とした ものであったことは既述 の とお りである。オイケ ンにも囲い込みの考 えがあるが,か れの場合 には法律 や ルールによる市場経済の囲い込みが主張 されるに止 まっている。 もっとも正 確 を期 してお くと,オ イケ ンは諸秩序相互依存Cnterdependenz der OrdnungeDの 考 えをもって社会 による囲い込み を構想 しようとしていたふ しがある。た とえ ば競争秩序 と両立 しうる政治体制は民主主義のほかにない というものであるが, 残念 なが らそれは単なる指摘 に止 ま り,踏 み込 んだ考察はなされないままに終 わっている。市場経済の囲い込みの具体的方法 としてはレプケ とミュラーアル マ ックの場合 には社会政策が,オ イケ ンの場合 には経済秩序政策が採 られた。 第 3の 道 は第二次大戦後 の ドイツにおける政策実践の指導像 としての役割 を演 じて きた。歴代政府 は西 ドイツ時代か ら今 日まで一貫 して社会的市場経済
2 6 彦 根論叢 第 335号 を政策実践 の旗 印 に掲 げて きたが,そ のバ ックボー ンには ミュラー アルマ ック の社会 的市場経 済 の考 えはい うまで もな く,オ イケ ンの競争秩序 お よび レプケ の経済 ヒューマニズ ムの考 えが取 り入 れ られた。過去半世紀 にわたる政策実践 に よつて ドイ ツは レ ッセ ・フェール資本 主義 で もな く, 集 産主義 で もない社会 的市場経済 の国 になった。第 3 の 道 は, ネ オ リベ ラルたちの思 い どお りで はな か った に して も, ともか く制度化 されたのであ る。 その社 会 的市場経済 も今 や 曲が り角 に立 た され, ドイツの学界 では体制改革 が叫 ばれ る ようになった。第 3の 道 の歴史 的役割 は終 わったのか。それ ともそ の再生 は可能 か。稿 を改 めて考 えてみ たい。 (完) 参照文献
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