594 Mar.1990
頬 粘 膜 に 発 生 し た 粘 表 皮 癌 の1例
坂 下 英 明 ・宮 田
勝 ・林
守 源*・ 車 谷
宏*
A case of mucoepidermoid carcinoma of the buccal mucosa
Hideaki SAKASHITA•EMasaru MIYATA•EMorimoto HAYASHI* Hiroshi KURUMAYA*
Abstract: Mucoepidermoid carcinoma is one of the tumors originating from the salivary glands and classified as a malignant tumor by many authors. This tumor usually occurs in the parotid gland and the hard palate but rarely in the buccal region.
A case of this tumor in the buccal mucosa was reported. A 30-year-old female com-plained of a mass in her left buccal region. The mass was resected under local anesthesia. Histopathological examination revealed a picture of mucoepidermoid carcinoma.
The lesion was then reconstructed with extended resection and D-P flap.
Key words: mucoepidermoid carcinoma(粘 表 皮 癌),buccal mucosa(頬 粘 膜)
緒 言 粘 表 皮 癌 は 唾液 腺 の腺 上 皮 由来 の腫 瘍 で あ り,大 唾 液 腺 で は耳 下 腺 に,小 唾 液 腺 では 口蓋 に 好 発 す る と され て い る.本 腫 瘍 の 発 生 頻度 は小 唾 液 腺 腫 瘍 の6.3∼20%と され て お り1,2),頬 粘膜 に発 生 す る も のは 比 較 的 少 な い. わ れわ れ は今 回30歳,女 性 の頬 粘 膜 に発 生 した 本 腫 瘍 の 1例 を経 験 した の で報 告 す る. 症 例 患 者:30歳 女 性 。 主 訴:左 側 頬 粘膜 の腫 瘤. 初 診:1988年5月 日, 既 往 歴 ・現 病 歴:特 記 事 項 な し. 現 病 歴:約5年 前 に,左 側 頬 粘 膜 に米 粒 大 の 腫 瘤 に 気 写 真1 初 診時 口腔 内写 真 つ くも放置 して いた.昨 年 よ り,腫 瘤 の増大 傾向を認め た た め,不 安 に な り当科 を 受診 した. 現 症: 全 身 所 見:体 格 ・栄 養 状 態 は と もに良 好で あった. 口腔 外 所 見:顔 貌 は左 右 対象 で,所 属 リンパ節に異常 所 見 は認 め られ な か っ た. 口腔 内 所 見:左 側 頬粘 膜 よ り歯 肉頬移 行部 にか けて, 直 径 約2cmの 球 形 で弾 性 硬 ・可 動 性 の腫瘤 を触知 した (写 真1). 検 査 所 見:CTス キ ャ ンにて,頬 粘膜 と下顎骨の間に 境 界 の比 較 的 明瞭 な腫 瘤 を認 め た(願2).超 音波断 層 検 査 に て,直 径 約2cmの 腫 瘤 を 認 め た が,境 界は suspicious patternを 示 して い た(写 真3). 臨 床 診 断:左 側 頬 粘 膜 良性 腫瘍(唾 液腺 腫瘍の疑い). 石 川 県 立 中 央 病 院 歯 科 口腔 外科 (主 任:坂 下 英 明 医 長) *石 川県 立 中 央 病 院 病 理 科 (主 任:林 守 源 医 長)
Department
of Dentistry
and Oral Surgery,
Ishikawa Prefectural
Central Hospital
(Chief:
Hideaki Sakashita)
* Department
of Clinical Pathology
, Ishikawa
Prefectural Central Hospital (Chief: Morimoto
Hayashi)
写真2CT像
写 真3超 音 波 断 層 像 処置 および 経過:6月 ■ 日,局 所 麻酔 下 に て 全 摘生 検 を行 った .こ の 際,腫 瘍 と周 囲 組 織 との 剥 離 は 困 難 で あ った(写 真4) .病 理 組 織 学 的 に 高 分 化 型 粘 表 皮 癌 で あ り,か つ 断端 に腫 瘍 の残 存 を 認 め た.こ の た め,6月 ■ 日入院 し,■ 日全 身麻 酔 下 にて 拡 大 切 除 術 お よび 即 時 再 建術 を施行 した.す なわ ち,下 唇 正 中 か らオ トガ イ唇 溝 を経 て顎 下 部 にい た る切 開 線 に て,左 側 頬 粘 膜 部 を 明 視 下 においた .全 摘生 検 時 の 瘢 痕 よ り,約2cmの 安 全 域 を設定 し頬 筋 を含 め て切 除 した(写 真5) .ま た,欠 損 腔 はD-P皮 弁 にて 再建 した(写 真6) -術 後 経 過 は 良 好 で あ り,3週 間後 に 皮弁 は 切 離 した .現 在 術 後 約1年5か 月であ るが,経 過 は 良好 で あ る(写 真7) . 病理 組織 学的 所 見:腫 瘍 は被 膜 を認 めず 周 囲 組 織 に浸 写 真4生 検 時 写 真 写 真5手 術時 写 真 写 真6術 後 口腔 内 写真596 日 本 口 腔 外 科 学 会 雑 誌 Mar.1990
写真7 術 後顔貌写真
写 真8 病 理 組 織 像(H-E染 色 ・高 倍 率) 潤 して お り,腫 瘍 実質 は扁 平 上 皮 様 細 胞 と小 型 核 を 持 つ 粘 液 産 生 細 胞 か らな り,多 数 の 小 胞 巣 を 形 成 して い た 。 粘 液 産 生 細 胞 の細 胞 質 と小 嚢 胞 腔 内 容 物 は ムチ カル ミン 染 色,PAS染 色,お よび アル シ ア ン ブル ー染 色 に て 陽 性 で あ った.小 守 の分 類 のgrade1に 相 当 す る高 分 化 型 粘 表 皮 癌 で あ っ た(写 真8,9). 病 理 組 織 学 的 診 断:左 側 頬 粘 膜 粘 表 皮 癌, 考 案 粘 表 皮 癌 は 粘液 細 胞 ・扁 平 上 皮 細 胞 ・中間 細 胞 が 種 々 に混 在 して い る腫 瘍 で あ り,1945年 にStewartら3)に よ って 粘 表 皮腫 と命 名 され た .彼 らは,本 腫 瘍 は基 本 的 に は 良 性 腫 瘍 で あ る と考 え,本 腫 瘍 の亜 型 と して悪 性 腫 瘍 が 存 在 す る と し,良 性 型 と悪 性 型 に分 類 した .そ の 後, 写 真9 (PAS-ア ル シ ア ン ブ ル ー 染 色 ・高 倍 率) Footeら4)は 本腫 瘍 の すべ て の症 例 に おい て悪 性腫瘍で あ る と し,低 悪 性 型 と高 悪 性 型 に分類 した.一 方 では, Bhaskarら5)は す べ て の 症 例 を 悪 性 とす るのは悲観的 に過 ぎ る と考 え,良 性 型 の 存 在 を認 め てい る.し か し Enerothら6)は,た とえ転 移 が まれ で治癒 率が きわめて 高 くと も,悪 性 経 過例 中 に高 分 化 型が1例 で も存在す る 限 りは,本 腫 瘍 は 真 の悪 性 腫 瘍 とみ なすべ きであろ うと 述 べ て い る.現 在 では,多 くの研 究者 がEnerothら の 意 見 を支 持 して い る7).Healeyら8)も 本 腫瘍 のすべての 症 例 を 癌腫 と考 え て お り,低 悪 性 型 ・中間 型 ・高悪性型 の3型 に分 類 して い る.小 守 ら9,10)も分 化 の 程 度 によ り,分 化 の 良い もの(grade 1)か ら未分 化の もの(grade 3)の3型 に 分 類 して お り,高 分 化 型 で も真 の悪{生腫瘍 と考 え るの が 妥 当 で あ る と して い る.さ らに,本 腫瘍は 高 分 化 型 で 肉 眼 的 に周 囲組 織 との境 界が 明瞭 であっても 被 包 は み られ ず,組 織 学 的 に周 囲組 織 との境界 はあきら か で ない と して い る.Accettaら11)は 本腫 瘍 の辺縁の発 育 様 式 を,1)辺 縁 は部 分 的 に被 包 され てい るか局所の 浸 潤 な く限 局 性 で あ る もの,2)ご く周 囲の組織 に限局 した 浸 潤 を 伴 い,辺 縁 を押 し広げ る よ うに増殖 している もの,3)周 囲組 織 へ の 強 い 浸潤 性 の増殖 を示す ものの 3型 に分類 し,44例 中転 移 の 認 め られた21例 はすべて3 番 目の タ イ プの もの で あ った と して い る.さ らに転移症 例 中 には,高 分 化 型 の2例 も含 まれ てい た.本 症例は小 守 らのgrade 1で あ り,Accettaら の3型 であった. 本 腫 瘍 の 発 現頻 度 はそ れ ほ ど少 な い ものでは な く大唾 液 腺 の3∼11%4,11),耳 下 腺腫 瘍 の3.7%13),小 唾液腺 腫 瘍 の6.3∼20%1,2)を 占め る とされ てい る.梶 山 ら14)は 過 去30年 間(1955∼1984)に 本邦 で 粘表皮腫 あ るいは粘 表 皮 癌 と して 報告 された もの125例 を集計 して報告 して お り,大 唾 液 腺30例(24%),小 唾 液 腺95例(76%) で あ った と して い る.小 唾 液 腺95例 中では,口 蓋41例 (4a2%),日 後 部5例(53%),頬8例(8.4%),口 底 部5例(5.3%),舌8例(8.4%),歯 肉3例(3.2%), 顎 骨17例(17.9%),上 顎 洞6例(6.3%),そ の他2例(2.1%)と し て い る.ま たEversole15)は,815例 の 本 腫 瘍 を 集 計 した と こ ろ,大 唾 液 腺 腫 瘍 が550例 で 小 唾 液 腺 腫 瘍 は265例 で あ り,小 唾 液 腺 腫 瘍 中 で は 口 蓋41.1%, 頬 粘 膜14%,舌8.7%,口 底5.7%,口 唇4.2%,日 後 部 お よび 扁 桃 部6.4%,歯 槽 粘 膜 お よ び 歯 肉8.7%な ど で あ っ た と して い る.Spiroら16)は367例 の 本 腫 瘍 中 耳 下 腺254例(69%),口 蓋24例(7%),顎 下 腺23例(6 %),上 顎 洞12例(3%),舌11例(3%),頬 粘 膜 お よ び 口唇 粘 膜11例(3%),歯 肉10例(3%)な ど と し て い る. Gunhanら17)は 原 発 性 唾 液 腺 腫 瘍703例 中 本 腫 瘍 は77 例(11%)で,頬 粘 膜 発 生 例 は4例(0.6%)で あ っ た と して い る.Potdarら18)は 小 唾 液 腺 腫 瘍110例 中 本 腫 瘍 は7例(6.4%)で あ り,う ち1例 が 頬 部(0.9%)に 発 生 した と して い る.Spiroら19)は492例 の 小 唾 液 腺 腫 瘍 中345例(70.1%)が 口 腔 内 発 生 例 で あ り,う ち55例 (11.2%)が 本 腫 瘍 で あ っ た と し,8例(1.6%)が 頬 部 お よび 口唇 発 生 例 で あ っ た.Epkerら20)は90例 の 口 腔 内 小 唾 液 腺 腫 瘍 中 本 腫 瘍 は14例(15.6%)で,頬 粘 膜 発 生 例 は4例(4.4%)で あ っ た と し て い る.Frableら21) は73例 の 小 唾 液 腺 腫 瘍 中 本 腫 瘍 は7例(9.6%)で,頬 部 発 生 例 は1例(1.4%)で あ っ た と し て い る.Smith ら22)は口腔 粘 膜 腺 系 腫 瘍32例 中 本 腫 瘍 は12例(37.5%) で,う ち3例(9.4%)が 頬 部 に 発 生 し た と し て い る. Bergman23)は299例 の 唾 液 腺 腫 瘍 中 小 唾 液 腺 は46例 (15.4%)で あ っ た と し て い る が,頬 粘 膜 に 発 生 し た 本 腫 瘍 は 認 め て い な い.ま たLunaら24)も,68例 の 口腔 内 小 唾 液 腺 腫 瘍 中 本 腫 瘍 は9例(13.2%)で あ っ た が,頬 粘膜 発 生 例 は 認 め て い な い.一 方 で,Eversoleら25)は 小唾 液 腺 の 本 腫 瘍17例 中 で4例(23.5%)の 頬 粘 膜 発 生 例 を認 め て い る.さ ら にMelroseら26)は,口 腔 内 小 唾 液 腺 由 来 の 本 腫 瘍54例 中 で7例(13%)の 頬 粘 膜 発 生 例 を認 め て い る. 本 邦 で は,石 川 ら27)は 小 唾 液 腺 腫 瘍205例 中 頬 に 発 生 した 本 腫 瘍 は1例(0.5%)に す ぎ な い と し,さ ら に 藤 林 ら26)は160例 の 小 唾 液 腺 腫 瘍 中 で 本 腫 瘍 は12例(7.5 %)で あ り,う ち 頬 粘 膜 発 生 例 は3例(1.9%)で あ っ た と し て い る .小 守29)は 小 唾 液 腺 原 発 性 上 皮 性 腫 瘍313 例 中 で 本 腫 瘍 は40例(12.8%)で あ り,頬 部 に 発 生 した もの は6例(1.9%)で あ っ た と し,本 腫 瘍 の 病 理 組 織 学 的 検 討 を 行 っ た60例 中 で は6例 す な わ ち,粘 表 皮 癌 中 の10%で あ った と し て い る9,10).Yokooら30)は 小 唾 液 腺 腫 瘍197例 中 本 腫 瘍 は29例(17.4%)で 頬 部 は2例(1 劣)で あ っ た と し て い る.小 川 ら31)は 唾 液 腺 腫 瘍108例 中 で 本 腫 瘍 の8例(7%)を 認 め て い る が,頬 粘 膜 発 生 例 は 認 め て い な い .ま た 白 川 ら32)の 唾 液 腺 腫 瘍317例 の 検 討 中 で,本 腫 瘍 は22例(6.9%)で あ っ た が,頬 部 発 生 例 は 認 め て い な い .さ ら に 坂 下 ら33)は,唾 液 腺 腫 瘍 112例 中 で 本 腫 瘍 は12例(10.7%)で あ っ た が 頬 粘 膜 発 生 例 は 認 め て い な い.こ の よ うに して検 討 す る と,全 唾 液 腺 腫 瘍 中 で頬 粘 膜 に 発 生 した 粘表 皮 癌 の症 例 は 比 較 的 まれ で あ る と考 え られ る. 本 腫 瘍 に対 す る治 療 は 他 の悪 性 腫 瘍 の治 療 と同 様 に, 腫 瘍 を含 め て広 範 囲 に 切除 され,頸 部 リ ンパ 節 転 移 に対 して は郭 清 術 が 実 行 され て い る.ま た,放 射 線 療 法 や 化 学 療 法が 追 加 あ るい は 併 用 され て い る14).本 症 例 に おい て は,高 分 化 型 であ り病 理 組織 学 的 に完 全 切 除 で きた た め,放 射 線 療 法 お よび 化 学 療 法 は 行 わ なか った. 本腫 瘍 の予 後 は,一 般 に 他 の 癌腫 よ り も良好 で あ る と され て い る14).本 腫 瘍 を 低 悪性 型 と高悪 性 型 に分 けて 再 発,転 移 の状 態 につ い て 観 察 す る と,Stewartら3)の 報 告 で は前 者 の42%,後 者 の47%に そ れ らを認 め た と し, Woolnerら12)は 前 者 の21%,後 者 の100%に 認 め た と して い る.こ れ らの結 果 は 本 腫 瘍 が た とえ 良性 に近 い 組 織 像 を 呈 して も,決 して 良性 腫 瘍 で は有 り得 な い こ と を 示 して い る34,35).この た め 本 症 例 は 術 後約1年5か 月 を 経 過 して い るが,今 後 さ らに長 期 に わ た っ て の観 察 が 必 要 で あ る と考 え られ る. 結 語 わ れ わ れ は 今 回,30歳,女 性 の 左 側 頬 粘膜 に発 生 した 粘 表 皮 癌 の1例 を 経験 した 。 本 腫 瘍 が 頬 粘膜 に発 生す る こ とは,比 較 的 ま れ な こ とと考 え,文 献 的 考 察 を加 え て 報 告 した. 本 論 文 の 要 旨 は 第14回 日本 口腔 外科 学 会 中 部 地 方 会 (1989年6月11日,愛 知)に て 口演 した. 本 症 例 の標 本 作 成 に際 して,ご 協 力 いた だ き ま した 当 院 中 央 検 査 部病 理 検 査 室 の 諸 兄 に 感謝 い た します.
引 用
文 献
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