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東アジア・東南アジアのナレズシ : 魚の発酵製品 の研究(2)

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東アジア・東南アジアのナレズシ : 魚の発酵製品 の研究(2)

著者 石毛 直道

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

巻 11

号 3

ページ 603‑668

発行年 1987‑02‑28

URL http://doi.org/10.15021/00004364

(2)

石 毛   東 ア ジ ア ・東 南 ア ジ アの ナ レ ズ シ

東 ア ジ ア ・東 南 ア ジ ア の ナ レズ シ 魚 の 発 酵 製 品 の 研 究 (2)

道 *

Narezushi in Asia

—A Study of Fermented Aquatic Products (2)—

Naomichi ISHIGE

Narezushi is a food made from fermenting fish, mammal or bird flesh with salt and a cooked carbohydrate, usually rice, and processed as a preserved food, mainly by lactic acid fer- mentation. In this way the pH is reduced and the micro- organisms that cause putrification are controlled. This category of foods occurs only in Southeast and Northeast Asia.

There has been no comprehensive study of narezushi. Most of the research on this category of fermented food has been conducted by Japanese scholars, stimulated by the high level of development of sushi in Japan. Few scholars from other parts of Asia have given the subject attention, and it has been over-

looked by Westerners.

The history of sushi in China and Japan was studied by Shinoda, who conducted archival and survey research in Japan

[SHINODA 1952ab, 1953, 1954, 1957, 1961, 1966 (The Book of Sushi), 1978 (The Story of Sushi)] and Shinoda and Iida [1953ab,

1954, 1955]. Hwang [1980] describes Korean narezushis in her monograph on local foods, Lee [1984] refers its brief history.

Chou [1984] surveyed the preparation and use of narezushis among the ethnic minorities of Southwest China. Sakai and Kozaki [1982] researched the geographical distribution, processing and biochemistry of narezushis in the philippines, and Matsubara [1970] described its preparation among the Iban of Sarawak. Other reports are mostly fragmentary descriptions of isolated cases of the preparation and use of narezushi.

The development of narezushi-making is coincident with the

* 国立民族学博物館第 4研究部

603

(3)

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国立民族学博物館研究報告

development of irrigated rice cultivation and the development of ricefield fishing. Its probable center of origin is in the Mekong and associated basins of Southwest China, Laos and Northern and Northeastern Thailand. This area would also include the Shan States of Burma and the eastern extension of the Tibetan Plateau in China. This agrees with the "Mekong Route" for the distribution of Japonica type rice. Also, salt can easily be obtained in this region, which was an important center for the origin and development of its glutinous rice staple food. Pro- ceeding southwards down the Mekong, narezushi then entered the Austronesian world. In Japan the distribution overlaps with the early route of the introduction of rice cultivation in the Yayoi Period. Narezushi in China is first documented when the Han people went south of the Yangtze (i.e. they adopted this food from the non-Han minority peoples). It was then elaborated uniquely in China and further disseminated by the Overseas Chinese.

An exception to this relationship is the making of narezushi in the wheat and millet zone of northern China, northeastern Korea (in the latter area by shifting cultivators), by the aborigines of Taiwan (with millet and/or taro), and by'the dry rice cultivators of Borneo. However, in northern China, vast quantities of rice were transported to the region from the Yangtze Valley. The connection between narezushi and millet and taro seems to be a secondary application of the food preservation technique.

Prototypical narezushi is made by fermenting together fish, rice and salt for a long period. During the history of develop-

ment of this fermented foodstuff the fermentation time was reduced, and it changed from a preserved staple to a savory food.

These two tendencies are geographically widespread and cannot be concluded as evolving from a single center.

China is clearly the center from which the technique of using koji in narezushi-making was disseminated. Later vari- ations in narezushi-making in Japan from the Muromachi Period represent indigenous developments. Narezushi-making in Thailand, with the addition of garlic, and in Korea, with the use of chili powder, are also local developments.

Although the innovations in narezushi-making are local and parallel, when summarized for East Asia as a whole the same tendencies emerge. Prototypical narezushi remains among ethnic minorities who pursue a subsistence economy and therefore who have need of preserved foods.

1巻 3号

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石 毛   東 ア ジア ・東 南 ア ジ ア の ナ レズ シ

In Central Java prototypical narezushi is locally very re- stricted, and may reflect village subsistence patterns. In Japan the prototypical form remains mostly around Lake Biwa. There it is no longer a preserved staple food, but has become a ritual food and a savory dish consumed along with alcoholic beverages.

It has also become highly commercialized as a famous local food purchased by travellers for gift-giving. In Japan most other modern sushi is not fermented, and has become an instant food with a. sour flavor imparted by the use of vinegar.

It is uncertain whether narezushi has a long history in Korea.

It was probably introduced from China.

In tropical Indo-China fermentation requires only a short period and there narezushi is usually eaten soon after it has been made. It can be preserved long if a sour taste is required, and if plenty of rice and salt is added. However, nowadays pro- duction has become commercialized and housewives instead of making narezushi at home commonly purchase it, in the market.

The fermentation period has also been greatly reduced. There, too, it is closely related to the development of commercial economies.

は じめ に 1。 名 称

2・ 従来 の研 究 と調 査 の い き さつ 1. 日本

1. ス シの変 遷

2. 稲作 の伝 播 とナ レズ シ l. 朝 鮮 半 島

1・ 現 代 の ナ レズ シ の 実 態 2・ ナ レ ズ シ の 歴 史 と分 布 皿 . 中 国

1. 少 数 民 族 の ナ レ ズ シ 2. 歴 史 的 変 遷 V. ベ トナ ム Y ..カ ン ボ ジ ア V【. ラ オ ス ・

珊 。 タ イ

1. ナ レ ズ シφ 種 類 2. パ ー ・ソ ム 3. マ ム と ネ ー ム 4., パ ー ・チ ャ オ 5. パ ー ・チ ョー ム 6. ナ レ ズ シ の 民 族 分 布 皿. ビ ル マ

(. マ レ ー ツ ア 1. マ レ ー 半 島 部 2. 東 マ レー シ ァ X . イ ン ドネ シ ァ XI. フ ィ リ ッ ピ ン 組 .通 文 化 的 検 討

1. 食 品 と して の性 格 2. ナ レズ シの発 展 3. 起 源 地 と伝 播

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国立民族学博物館研究報 告  11巻 3号

  1.  名       称

  この論 文 の考 察 対 象 で あ る ナ レズ シとは ,主 と して 魚 介類 , と きに は鳥 獣 肉 を主 材 料 と して , そ れ に塩 と加 熱 した澱 粉 (お お くの 場 合 ,米 飯) を 混ぜ る こ とに よ って,

乳 酸 発 酵 で pH を低 下 させ ,腐 敗 菌 の繁 殖 を お さえ て保 存食 品 と した もの の こ と で あ る1。 この種 の食 品 は東 南 ア ジア ,東 ア ジ ア に分 布 し, 世 界 の他 の地 域 に は見 出 され な い。

  の ち にの べ る よ う に, わ が 国 で は室 町 時 代 か らス シが 独 自の 発達 を とげ るよ うに な り, 多 種 類 の ス シが 出現 した の で , 区別 の ため に ナ レズ シとい う名 称 が 用 い られ る よ う にな った 。 しか し,本 来 は ス シ ‡は ナ レズ シを しめ す こ とば で あ った 。 乳 酸発 酵 の た め酸 味 が あ る の で, 「酸 し」 が訓 読 の語 源 で あ る と もい わ れ て い る。

  篠 田統 が考 証 して い る よ う に, 漢 字本 来 の使 い か た と して は ス シは鮮 と記 す の が た だ し く, 鮨 は三 国 時 代 に魚 醤 の 一 種 で あ る塩 辛 系 の食 品 と混 同 され た もの で あ るが , そ の 後 , 中国 で も鮮 と鮨 の 両方 の文 字 が あ て られ , わ が 国 で もそ の 事 情 は お な じで あ る [篠 田  1952a:70−72]。 日本 で は江 戸 時代 後 半 か ら寿 司 , 寿 志 ,寿 し, な ど と も 書 か れ る よ う にな る。

  ナ レズ シ に は馴 酢 , 熟 酢 , 馴 鮨 ,熟 鮨 の漢 字 が あ て られ る。 これ らの こ とば の そ れ ぞれ が , 日本 語 と して の ニ ュ ア ンス と漢字 の意 味 を に な って い るの で, ア ジ アに お け る こ の種 の食 品 を 通 文 化 的 に考 察 す る この論 文 で は , よ り中立 的 な表 記 法 と して , ナ レズ シあ る い は ス シを 採 用 す る こ と にす る。

2.  従 来 の 研 究 と 調 査 の い き さ つ

  ナ レ ズ シ の 研 究 を も っ と も精 力 的 に お こ な っ た の は 故 篠 田 統 で あ る。 篠 田 は 日 本 各 地 の 多 様 な ス シ の 現 地 調 査 や ア ン ケ ー ト調 査 を お こ な い , ま た , 日本 お よ び 中 国 の 歴 史 的 文 献 を 駆 使 し て , 食 物 史 を 基 軸 とす る ス シ類 の 総 合 的 研 究 を お こ な っ た 。 そ の 1) の ちに あ げ る例 の よ うに, 塩 , 飯 の ほか に 発 酵 を促 進 させ た り, 味 を よ くす る ため に コ ゥ ジ,

  酒 , 香 辛料 , 野菜 な どが 混ぜ られ る こと もあ る。 ま た, 中国 の 古典 食 経 の な か に は塩 を 使 用 し   な い ナ レズ シの つ くりか たが 記 され て い る こ とが あ るが , そ れ は記 入 もれ と考 え られ る。主 材   料 の 魚 介 類 , あ る い は飯 の いず れ か に塩 を加 え て ナ レズ シ はつ く られ る。 従 来 の ナ レズ シの定   義 に は主 材 料 と飯を 漬 け こむ こと が必 須 条件 と して の べ られ て お り,塩 につ い て ふれ られ て い   な い こ とが あ る が, 塩 を 使 用 す る こ と もナ レズ シつ く りに欠 か せ な い こ とで あ る 。塩 は味 つ け   ば か りで は な く,主 材 料 の 脱 水 ,硬 化 , 血抜 き, 腐 敗 細 菌 の増 殖 抑 制 , 自 己消 化 の進 行 抑 制 の   効 果 を もつ [藤 井  1983:2331。

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石 毛   東 ア ジア ・東南 ア ジ アの ナ レズ シ

成 果 は 共 同研 究 者 の 飯 田喜 代 子 との共 著 を ふ くむ 『鮮 考 』 と 題 した 論 文 の シ リー ズ

篠 田  1952ab,1953,1954,1957,1961], [篠 田 ・飯 田  1953ab,1954,1955],単 行 本 と して は 『す しの 本』 [篠 田  1966], 『増 訂  米 の文 化 史 』 [篠 田  1977, 『す しの 話』 [篠 田  1978] で発 表 され て い る。 中 国 , 日本 の ナ レズ シの 食 物 史 的 研究 は 篠 田 に よ って ほ ぼ完 成 さ れ た とい って もよ い。

  朝 鮮 半 島 に関 して は黄 慧 性 の 調 査 に よ る 各 地 の ナ レズ シ の 記 述 が あ る の と [ 980], 李 盛 雨 が その 著 書 の なか で ナ レズ シの 考 察 を 試 み て い る [李   1984]   篠 田の 論 考 以 外 に中 国 の ナ レズ シに つ い て つ け加 え るべ き こ と は, 西 南 中国 の少 数 民 族 の資 料 が断 片 的 で は あ る が報 告 され るよ うに な った こ とで , [周  1984] は その

なか で比 較 的 ま と ま った もの で あ る。

  東 南 ア ジ アの ナ レズ シの モ ノ グ ラ フ と して は境 博成 と小 崎 道 雄 が フ ィ リッ ピ ンで 調 査 を お こ な い , 分布 , 製 法 , 調 理 法 , 微生 物 学 的 報 告 を した もの が あ る [境 ・小 崎 982]。 ま た, 松 原 正 毅 は ボル ネ オの イバ ン族 で の 調 査 例 を報 告 し, あ わせ て ナ レズ シ と毒 流 し漁 の分 布 を論 じて , ナ レズ シ は陸 稲 焼畑 農耕 に起 源 す る とい う仮 説 を提 出 して い る [松 原  1970]

  そ の ほ か に は ,東 南 ア ジ ア各 地 の 現 地 人 や 欧 米 人 によ る断片 的報 告 が い くつ か あ る だ け で あ る。 そ れ も, 製 法 や 初 歩 的 化 学 分析 の一 例 報告 の た ぐい で あ り, ま とま った 論 考 は未 見 で あ る。 この種 の発 酵 製 品 を もた な い欧米 の研 究 者 に は注 目 され ず , お も

に多 様 な ス シが発 達 した 日本 で研 究 が な され て きた食 品 な の で あ る。

  182年 以 来 , 味 の素 株 式 会 社 か ら国 立 民 族 学 博 物 館 に寄付 され た研 究 助 成 金 に も と つ い て ,筆 者 は 同僚 の K enneth Ruddle 助 教 授 との 共 同 研 究 「魚 醤 の総 合 的研 究 」 に従 事 して い る。 そ の成 果 と して これ ま で に発 表 した もの に は [石 毛 ・ラ ドル  1985],

石 毛  1986] が あ る。 主 と して 各 種 の 塩 辛 , 魚 醤 油 を対 象 と した研 究 で あ り, ア ジ ア の13力国 に お いて 現 地 調 査 を お こな った。

  魚 醤 とは 魚 介 類 に塩 を加 え , 長期 間発 酵 ・熟 成 させ る こ と に よ って , 主 と して原 料 にふ くま れ る酵 素 の作 用 で魚 介類 の筋 肉 の一 部 を ア ミノ酸 に分 解 させ る こ とを 意 図 し て 製 造 され た 保 存 食 品 の こ とで あ る。 乳 酸発 酵 に よ る ナ レズ シと は原 理 的 に こ とな る 食 品 で はあ るが , の ちに の べ るよ うに ,魚 醤 とナ レズ シの 中間 製 品 も あ り, 地 域 によ って は この 2つ の食 品 は相 互 に関係 を も ちな が ら発 達 して き た もの と考 え られ るふ し が あ る。 した が って, 魚 醤 の 現 地 調 査 にあ た って は ナ レズ シに 関 す る資 料 もで き るだ け収 集 す る こ とを こ ころが けて きた 。 そ の 結 果 を と りま とめ た の が本 論 文 で あ る。 資 料 の とぼ しい東 南 ア ジ ァの ナ レズ シにつ いて は , わ れ わ れ の現 地 調 査 で の第 一 次資 料

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国立民族学博物館研究報告  1巻 3号 に も とつ いて い る部 分 が お お い。 引用 の こ とわ りな しに あ げ られ て い る報 告 例 が それ で あ る。

1 .

  1.  ス シ の 変

  考 古 学 的遺 物 と して は残 らな いめ で , わ が 国 に お け るナ レズ シの 歴 史 の 古 い と ころ は文 献 資 料 にた よ る ほか な い。

書 物 に記 され た最 古 の もの と して は,

養 老 令 』 の賦 役 令 に鰻 鮮 , 胎 貝 鮭 , 雑 鮨 が あ る こ とを 篠 田が 指 摘 して い る

篠 田  1961:2]  古 代 に お け る ナ レ ズ シの各 種 が記 され て い るの は 『延 喜 式 』 で あ る こ と は よ く知 られ て い る。

延 喜 式 』 に は飾 , 鮨 の文 字 が 158 出現 す る が, その う ち原 料 が 記 され て い る もの と して は, フ ナ, ア ワ ビ, イ ガ イ, ホ ヤ, アユ , アメ ノ ウオ , サ ケ , オ オ イ ワ シ, タ コブ ネ ,雑 魚 の魚 介 類 の ほか に, イ ノ シシ, シカ の 哺 乳類 の ス シと雑 鮨 ,手 綱 鮨 が あ る。

  新 資 料 と して は , 古 代 の 宮跡 か ら出 土 す る木 簡 にナ レズ シが 記 され た もの が 発 見 され て い る こ とで あ る 。奈 良 国 立 文 化 財 研 究 所 の木 簡 デ ー タ ベ ー ス で 検 索 す る と, 表 2に しめ す よ うな資 料 が あ る。

  これ らの 古 代 の ナ レズ シの な か で ,

『延 喜 式』 の 雑 鮨 ,手 綱 鮨 ,平 城 京 の 出 土 木 簡 にあ る煮 汗 酢 の 実 態 は不 明 で あ る。 鯛 春 酢 は の ちに の べ るよ うに タ

     表 1 『延 喜式 』 の ス シの 種 類

(『延 喜 式』 に は鮨 , 鮮 の両 方 の 文 字 が 僚 用 さ れ て い るが ,鮨 が 圧 倒 的 に お おい の で, この 表 は鮨 に統 一 して あ る)

出現頻度

雑鮨

鮨簸 (鰻鮨,鰻鮨甘,甘鮨鰻)

雑 魚鮨

鮨年魚 (年魚鮨)

鮨鮒 (鮒鮨)

胎貝鮨 (貼貝鮨)

鹿鮨 猪鮨 手綱鮨 鮭 鮨 冨耶交鮨 大鰯鮨 貝鯖鮨 阿米魚鮨 胎貝保夜交鮨

60 26 14 13 12 9 6(1)

5 3 2 2 1 1 1 1 1

157(1)

表 2  木 簡 デ ー タ ベー ス の ス シ

木簡番号 遺 跡 名

0399

2866 3023 2286

0127

多比酢 鯛春飾 煮 汗鮭 胎貝酢 胎貝鮮 年魚鮨 鰯鰺鯖鮭鮨 鮨年魚

鮨 力]鮎

鮮 力]米 鮨飽

平城京 平城京 平城京 平城京 平城京 平城京 平城京 平城京 平城京 平城京

出合遺跡 長岡京

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石 毛   東 ア ジア ・東 南 ア ジ アの ナ レズ シ

イで は淡 水 魚 の 肉 を つ ぶ した も の に米 飯 を混 ぜ た ナ レズ シを つ くるが , そ れ と同様 の もの で は な い か と推 定 され る。 以 上 の わ が 国古 代 の記 録 に あ らわ れ る ナ レズ シの 原 料 の 種類 だ け を数 え れ ば 1海 産 物 が お お く, 内水 面 で の漁 獲 可 能 な 魚 と して は アユ , フ ナ , ア メ ノ ウオ , サ ゲ に か ぎ られ て い る。 後 世 に な る と, ナ レズ シの 原 料魚 に は , 海 水 魚 ・淡 水 魚 と もに種 類 が お お くな るが ・ い ち ばん 重 要 な魚 種 と して は, アユ と フ ナ が選 択 され て お り, そ れ は古 代 か らひ きつ が れ た もの で あ る。

 現 代 に ま で伝 承 さ れ て い る ナ レズ シと して は, 琵 琶 湖 の フ ナズ シが 例 にあ げ られ る の が 常 道 で あ るが , か つ て は , そ の分 布 は ひ ろ く, フ ナ ズ シは 『延 喜 式』 で は, 河 内 , 摂 津 , 近 江 , 筑 後 , 筑 前 か ら貢 納 さ れ た こと が わ か っ て い る。 194年 に編 纂 され た

『日本 水 産 製 品誌 』 [農 商 務 省 水 産 局   1913] に は琵 琶 湖 周 辺 の ほ か に , 美 濃 , 信 濃 で も フ ナズ シを 製 造 して い る こ と, お よ び に岩 代 国 耶麻 郡 ,南 会 津 郡 ,羽 後 国 山本 郡 で の 製 法 の 記 載 が あ る こ とか らわ が るよ うに , か つ て は フナ ズ シは本 州 の各 地 でつ く

られ て い た よ うで あ る。 そ の製 法 に つ い て は す で に よ く知 られ て い る の で, こ こで は

篠 田  1952b,1966] を参 照 しな が ら,簡 単 に紹 介 す る に と どめ る。

  事 例 1  琵 琶 湖岸 で は 産卵 期 に あ た る 5〜 6月 に漁 獲 した子 持 ちの メ ス の フナ を原 料 にす る。 ウ ロ コを は が した の ち, エ ラを取 り, エ ラの部 分 か ら針 金 を 腹 に さ しこん で , 卵 以 外 の 内 臓 を ぬ きだ す 。 つ いで ,腹 の な か に塩 を つ め こ み ,酢 桶 に フ ナ と塩 を 交 互 につ め て , 重 しを す る。 塩 の 量 はお お い ほ どよ い とい った り, 重 量比 で50%程 度 の 例 もあ るα

  10〜30日程 度 塩 漬 け を した の ち , 7月 の土 用 に か か る 時期 に本 漬 け をす る。 水 に浸 けて , あ る程 度 塩 ぬ きを した フナ を 堅 目に炊 い た ウル チ米 の飯 と 緒 に鮮 桶 に漬 け こ む 。 この さ い, フ ナ 1貫 目に米 1升 〜 2升 な ど比 率 は さ ま ざ ま で あ る が, 飯 の 量 は お お けれ ば お お い ほ ど よい 。桶 の 底 に 飯 を敷 き,・そ の うえ に フナを 並 べ , さ らに飯 を 敷 く… … と い った ふ う に飯 と フナ を サ ン ドイ ッチ状 に桶 に 詰 め , 内蓋 を して か ら重 しを のせ る。 1日 おい て , 落 着 いた ら,桶 に 塩 水 あ るい は淡 水 を 張 る こ とが お お い。 こ の 水 が 臭 くな った らと りか え る地方 もあ る。

  張 り水 で 空 気 を 遮 断 して 酸 化 を 防 ぎ ,塩 で腐 敗 を お さ え て , も っぱ ら発 酵 を 乳 酸 の 生 成 に しむ け る こ と に よ って , 小 形 の フナ な ら10月 ,200−3009 の も ので も正 月 に は 味 が な れ , 骨 ま で や わ らか く食 べ られ る。 しか し, lkg 前 後 の大 形 の もの に な る と,

2年 間 漬 け こむ こ とが 必要 で あ る。

  中 世 に は フ ナ と アユ の ナ レズ シを 中 核 と しな が ら, さ ま ざ ま な ナ レズ シが つ くられ て きた が , 室 町 時 代 にな って ス シつ くりの転 換期 を む か え る。 す なわ ち,生 な れ の ス

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      国立民族学博物館研究報告  巻 3号 シが 出 現 した こと で あ る。

  フナ ズ シに湯 を そ そ い で吸 物 に した り,茶 漬 け と して食 べ る こと もあ るが , 調 理 材 料 と して も利 用 さ れ る東 南 ア ジ ア と は こ とな り, 日本 の ナ レズ シは生 食 が 原 則 で あ る。

そ の さい , 長期 の発 酵 に よ っ て ベタ ベタ に くず れ , 酸味 の 強 くな った飯 は こ そ ぎ と っ て ,魚 だ け を食 べ る の が普 通 で あ る。 飯 を食 べ るか , ど うか が, 日本 に お いて は ナ レ ズ シと他 の種 類 の ス シの 区別 点 の ひ とつ に な って い る と い って も よ い。

  室 町 時代 に あ らわ れ た 生 なれ と は, 飯 に 酸味 が で る か , で な いか の あ た りで 食 用 と す る もの で ,飯 と魚 を漬 け こん で か ら,早 い場 合 な ら 3〜 4日後 か ら食 べ る し, お そ く と も 1〜 2ヵ月 で消 費 す る。 この 場合 ,魚 肉 は ま だ生 々 し く, 飯 も米 粒 の 姿 を 保 っ て お り,飯 も一 緒 に食 べ る。 ナ レズ シが副 食 物 用 の食 品 で あ るの にた い して ,生 な れ の 出現 に よ って, ス シ は主 食 と副食 が一 緒 に な った ス ナ ック と して の 性 格 を そ な え る よ うに な る。 また , ナ レズ シが 特定 の漁 期 に集 中 して得 られ る魚 の 大 量 保 存 法 と して つ く られ , 年 間 を 通 じて 利 用 可 能 な保 存 食 品 で あ った の に た い して , 生 な れ にな る と 特 定 の食 事 機 会 にそ な え て少 量 つ く るよ うに な り, 常 備 の保 存 食 品 で は な く, 嗜好 品 化 す る傾 向 を もつ よ う にな る。

  生 なれ で 飯 も食 用 にす るよ うに な れ ば, 魚 よ りも飯 を 主 体 に した ス シで あ る飯 ( い) ズ シ もあ らわ れ , 野菜 や乾 物 も材 料 と して加 わ って くる。鹿 児 島 の 酒 ズ シは そ の 例 で あ る し,そ れ が の ちに酢 飯 を もち い る よ う にな る と五 目ズ シに な る。 ま た ,飯 の うえ に魚 や 野 菜 を 張 りつ け て ,型 に いれ て 重 しを か け た コケ ラズ シ,押 ズ シの系 列 に 発 展 して ゆ く。

  17世紀 末 にな る と, 乳 酸発 酵 に よ る酸 味 の 生 成 を 待 た ず に , 飯 や魚 に酢 を加 え て酢 酸 の 酸 味 で 手 軽 に味 つ け を す る早 ズ シが 出現 す る。 こ うな る と, ス シの 多用 化 が い っ

そ う進 行 し, 魚 を 使 用 しな い巻 ズ シ,稲 荷 ズ シ, 飯 の か わ り にオ カ ラに 酢 味 を つ け て つ くる卯 の花 ズ シな どが 現 れ , 19世紀 前 半 に握 りズ シが江 戸 で 流 行 す るに い た る。握 りズ シの 出 現 によ って , か つ て保 存 食 品 と して 出 発 した ナ レズ シは ,発 展 の す え に イ ンス タ ン ト食 品 にた ど りつ い て しま った の で あ る。 そ れ で も, す べ て の ス シは酢 を加 え る こ と によ って で も, 「酸 し」 で あ る こ と に, か ろ う じて ナ レズ シ時代 か らの伝 統 を 残 して い るの で あ る。

2.  稲 作 の 伝 播 と ナ レ ズ シ

 篠 田統 は ナ レズ シ は稲 作 と と も に華 中 か ら 日本 に伝 え られ た もの と考 え て い る [ 田  1977:272−278】。 わ が 国 へ の稲 作 伝 来 の 当初 か らナ レズ シが あ った か ,ど うか を

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石 毛   東 ア ジア ・東 南 ア ジ ア の ナ レズ シ

実 証 す べ き資 料 は な い し, そ れ を発 見 す る こ と は困 難 で あ ろ う。 した が って ,弥 生 農 耕 文 化 に と もな って ナ レズ シが 日本 に伝来 した と読 み と る こ とが で き る篠 田 の 意見 は 仮 説 で あ り,文 献 的資 料 の 出現 以 前 の どの 時 代 まで ナ レズ シの 存在 を さか の ぼ らせ る こ とが で き るか は実 証 不 可 能 で あ る と いわ ざ るを 得 な い。 だ が , ナ レズ シの 分布 か ら 日本 の 稲 作 伝 播経 路 を さ ぐろ う とす る篠 田説 は, は な はだ 魅 力 的 で あ り, の ちの章 で の べ るよ うに筆 者 も基 本 的 に は お な じ意 見 で あ る。

  図 1は 篠 田 が調 査 の結 果 に もとつ いて 作 成 した 「我 国 に於 け る酢 の 分布 」 と題 す る 分 布 図 で あ る 。 この 図 で 『延 喜 式』 に記 載 され た ナ レズ シを 貢納 す る諸 国 の分 布 を み る と, そ れ は 稲 の伝 播 経 路 に そ い , ま た , ア ユが 産 出す る ほ どの 大 川 の あ る と こ ろ に そ って 分 布 して い る と篠 田 は い う。 た しか に, 巨視 的 にみ れ ば,初 期稲 作 の伝 播経 路 を 中心 と した分 布 で あ る とい って さ しつ かえ なか ろ う。 これ に, 篠 田 が 現地 調査 に も

とつ い て ,現 代 に お い て生 な れ ズ シを? くる と こ ろも 「馴 れ 鮮 系」 と して記 入 した分 布 を 見 る と, お お ま か に い え ば九 州 南 部 を の ぞ く西 日本 が ナ レズ シの 伝 統 を にな って きた地 帯 とい うこ と に な る。 た だ し,篠 田 の 図 に はあ らわ れ な いが , さ きに の べ た よ うに フナ ズ シが福 島県 で も存 在 した な ど と い った 例 で もわ か るよ うに , ナ レズ シの飛 地状 の 分布 が あ り, か つ て の ナ レズ シの分 布 は も っ と広域 で あ った ろ う と考 え られ る

・ 〃

馴 れ詐 系 (生 な れ を ふ くむ ) キ ム チ系 (イ ズ シ)

近 代 型 鮮 系 (酢 飯 を使 用 した ス シ)

延 喜 式 (主 計 )に て 鮮 を貢 納 す る国 々

図 1  日本 の 伝 統 的 な ス シの 分布 ([篠 田  1977] か ら引用 。       カ ッ コ内 は筆 者 の補 足 )

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国立民族 学博物 館研 究報 告  ユ1巻 3号 が , お おす じと して は 図 1で よ か ろ う。

  この よ う な結 果 を ふ ま え て ,篠 田 は沖 縄 ,南 九 州 を経 て稲 が 導 入 され た とい う, い わ ゆ る ・「黒 潮 の道 」 を 否定 す る。 も しそ うな ら, そ の地 帯 にナ レズ シが 存 在 して もよ

い はず で あ るが , 現 実 に は南 西諸 島 ,南 九 州 は ナ レズ シを欠 いて い るの で あ る。

  い っぽ う, 朝 鮮 半 島 経 由 で稲 作 が 日本 に伝 え られ た とす るな らば, わ が 国 に 「キム チ系 」 の ス シが も っ と広 く分布 して もよ い はず だ, と篠 田 は い う。 篠 田 の い う 「キム チ系 」 の ス シ とは加 賀 の カ ブ ラズ シ,飛 騨 の ニ シ ンズ シ, 秋 田の ハ タ ハ タ ズ シ,北 海 道 の サケ ズ シな ど,北 陸 か ら北 海道 に か け て秀 布 す る魚 と野 菜 , コ ウ ジで 漬 け こむ イ ズ シの こ とで あ り, そ れ は次 章 で の べ る朝 鮮 半 島 の シ ッへ の 影 響 に よ って成 立 した も の と考 え て い るの で あ る。 の ちに の べ る よ うな理 由 で, 筆 者 は シ ッへ が わ が 国 へ の稲 作 の 導 入 時 期 ほ ど古 くま で さか の ぼ る もので あ るか , ど うか , は疑 問 に考 え て い る。

た だ し, イズ シが シ ッへ に 関係 を もつ可 能 性 は お お い に あ り得 るだ ろ う こ とに お い て は 篠 田説 に くみ す る。

  篠 田 はス シの 分布 か らす る考 察 の結 論 と して , 華 中か ら北 九州 ,瀬 戸 内海 を経 て稲 作 が近 畿 地方 に伝 来 した とい う説 を提 出 し, 長 江 下 流 域 か ら北 九州 に稲 作 が伝 播 した と い う安 藤 広太 郎 の 説 を支 持 して い る [安 藤  1951。 そ れ は, か つ て筆 者 が石 庖 丁 の 考 古 学 的 研究 か ら, わ が 国へ の稲 作 の 経 路 を 考 察 した さ いの結 論 に も共 通 す る こ と で あ る [石 毛   1968ab]。

  ほ か に 日本 の ナ レズ シの起 源 を 論 じ た も の と して は, 近 藤 弘 の 説 が あ る [近 藤 982:30−70]。 近 藤 は 水 田 稲 作 を もた ら した弥 生 文 化 の に な い手 が ナ レズ シ を 伝 え た の で は な く, 3世 紀 初 頭 頃 に, 長 江 下 流 域 か ら航 海民 の越 族 と騎 馬 民 族 の演 族 が一 緒 にな って 日本 に移 動 して , ナ レズ シを もた ら した とい う。 ま た ,篠 田 の 中国 に お け るナ レズ シの文 献 的 初 出 の論 考 を 参 照 して , 弥生 文化 の伝 播 の時 期 に は 中国 文 献 に ま だ ナ レズ シが記 載 さ れ て い な い こ とか ら, この 頃 の 長 江 下 流域 に は ナ レズ シが存 在 し な か った とい う。 しか し, 紀 元 前 3世 紀 頃 の 江 南 は 中原 か らの漢 族 の文 化 が よ うや く 浸透 しは じめ た時 期 で あ った事 情 や , 後 世 に残 され た 文 献 の す くな い こ と を考 慮 に い れ る と, 当 時 の文 献 に記 載 され て い な いか らと い って ナ レズ シが な か った と は断 定 で きな い。 い ず れ に しろ ,越 族 と演 族 の混 成 か らな る征 服 王朝 が古 墳 時 代 初 期 に あ っ た とい う近 藤 説 が, 考 古 学 ,古 代 史 学 界 で 評 価 され る よ うに な るま で は, ナ レズ シが 3 世 紀 に な って 日本 に もた らされ た とは考 え づ らい こ とで あ る。

  筆 者 の 日本 へ の ナ レズ シの伝 播 経 路 に関 す る考 え は, 終 章 に記 す 予定 で あ る。

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石 毛   東 ア ジ ア ・東 南 ア ジア の ナ レズ シ

∬. 朝

1.  現 代 の ナ レ ズ シ の 実 態

  ナ レ ズ シ を シ ッ へ  詞 司 と よ ぶ 。.李 朝 時 代 か ら食 醸 と食 醸 の 両 方 の 漢 宇 が あ て られ て い た 。

  黄 慧 性 は シ ッ へ を 説 明 して , 「r 度 塩 漬 け に し て 水 分 を 押 し だ し た 魚 の 切 り身 を ア ワ 飯 か 米 飯 と 麦 芽 粉 , トウ ガ ラ シ粉 で 漬 け 込 ん で , 発 酵 熟 成 さ せ た も の で あ る 。 東 海 岸 沿 い の 成 鏡 道 , 江 原 道 , 慶 尚 道 で よ くつ く る が , 南 に 下 る に 従 っ て , 食 醸 作 りの 風 習 が 薄 れ る 。 こ れ は , 今 で は か な り全 国 的 に 広 ま っ て は い る が , ま だ そ の 味 を 知 らな い 人 も お お い 」 と の べ て い る [黄   1984:8−257]。

  食 酪 の 醗 と い う 文 字 が 朝 鮮 半 島 で は 塩 辛 を あ ら わ す も の と して 使 用 さ れ て き た こ と か ら も わ か る よ う に , シ ッ へ は 塩 辛 で あ る ジ ョ ッ カ ル の 一 種 と さ れ て い る 。 食 と い う 文 字 が 飯 と い う 意 味 を も つ こ と か らす る と , シ ッ へ は 飯 を い れ た 塩 辛 と い う こ と に な る 。 韓 国 の 郷 土 食 の 調 査 報 告 書 で も, シ ッ へ は ジ ョ ッ カ ル の 項 の な か に 記 載 さ れ て い る [黄   1980]。

  ま ず , 筆 者 が 食 べ た こ と の あ る戌 鏡 南 道 , 江 原 道 で つ く る カ ジ ャ ミ ・ シ ッ へ   7}叫

。1 潮 司 を 紹 介 しよ う。

  事 例 2  カ ジ ャ ミ と は カ レ イ の こ と な の で , カ レ イ を 原 料 と し た シ ッ へ の こ と で あ る 。 こ の シ ッへ は 冬 期 に つ く ら れ る。 カ レ イ を 骨 つ き の ま ま ぶ つ 切 り に して , 軽 く塩 を ふ っ て お く。 ウ ル チ ア ワ の 飯 を さ ま し た も の と ト ウガ ラ シ粉 , 塩 小 々 混 ぜ た もの と カ レ イ を カ メ に 漬 け こ む 。 こ の さ い , 塩 を して か ら一 昼 夜 置 き , つ い で 布 で 水 を ぬ ぐ っ て か ら使 用 す る場 合 も あ る 。 ま た , 漬 け こ み の さ い , 少 量 の 麦 芽 粉 や ダ イ コ ンの せ ん 切 り を 混 ぜ る こ と も あ る。 容 量 で 魚 の 30% ほ ど の ア ワ飯 を 使 用 す る と い う。 漬 け て し ば ら く し て 浸 出 し た 液 体 を 捨 て て , 土 中 に カ メ を 埋 め , 外 気 温 が 氷 点 下 20度 に な る よ う な と き で も , カ メ の な か が 凍 結 し な い よ う配 慮 して , 約 2週 間 置 い て , 発 酵 ・熟 成 させ て か ら , 食 用 に す る 。 外 観 は ト ウガ ラ シ粉 で 紅 色 を して い る 。 乳 酸 が 生 成 さ れ て お り , 酸 味 が あ る が , 日 本 の フ ナ ズ シ ほ ど 熟 成 した 馴 れ た 味 は せ ず , 魚 体 は ま だ 生 な ま し く , 魚 の 生 臭 さ が 残 っ て い る 。 こ れ を 副 食 物 , 酒 の さ か な と して 生 食 す る 。   シ ッへ を 具 体 的 に 記 述 し た 資 料 の 紹 介 は す く な い の で , 以 下 , [黄   1980] に 書 か

れ て い る各 地 の シ ッ へ の つ く りか た を 訳 出 して み よ う (た だ し, 事 例 2 と 重 復 す る カ レ イ の シ ッ へ の つ く り方 は 省 略 す る )。

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        国立民族学博物 館研究報 告  11巻 3号   事 例 3  成 鏡 道 の ス ケ ト ウダ ラ の シ ッへ 。

  〈 材 料 〉  ス ケ トウ ダ ラ  5尾 , ア ワ  2カ ップ , シ ョ ウ ガ   1塊 , 塩   1カ ッ プ , トウ ガ ラ シ粉   小 サ ジ 5 , ニ ン ニ ク  適 量

  く つ く り 方 >

  1.  ス ケ ト ウダ ラ を き れ い に 洗 い , 水 気 を 切 っ た の ち , 小 さ く切 り, 1晩 置 く。 翌 日 , も う 1度 水 洗 い を し た の ち , 水 を 切 り , 布 に つ つ ん で し っ か り押 さ え て お く。

  2.  ア ワ飯 を 炊 き , そ れ に トウ ガ ラ シ粉 , そ の 他 の 薬 味 と塩 で 味 を と と の え , ス ケ トウ ダ ラ の 身 と あ わ せ て カ メ に 入 れ て 漬 け こ む 。

  3・  空 気 が 入 ら な い よ う , し っ か り と 蓋 を して , 暖 か い 部 屋 に 置 き , 1週 間 く ら い た っ て , 蓋 を と る と 汁 が あ が っ て い る 。 汁 が お お け れ ば , す く い 取 っ て 捨 て る [黄 1980:137]。

  事 例 4  戌 鏡 道 の ハ タ ハ タ の シ ッへ 。

  1.  ハ タ ハ タ を き れ い に 手 い れ し て , 軽 く塩 を して , 重 石 で し っ か り 押 さ え て お く。

  2.  ア ワ 飯 を 炊 き , な ま あ た た か さ を 感 じ る 程 度 に さ ま して か ら , ニ ン ニ ク , シ ョ ゥ ガ , ト ウ ガ ラ シ粉 , 塩 を 混 ぜ て , カ メ の な か に ハ タ ハ タ と 交 互 に 層 を な す よ う漬 け こ む 。 暖 か い 場 所 に 置 き , 熟 成 さ せ て 食 べ る 。 漬 か っ た と き生 じ る 汁 は 捨 て る の が よ し、 [黄   1980:138]。

  事 例 5  江 原 道 の ス ケ ト ウダ ラ と 米 飯 の シ ッへ 。

  干 し た ス ケ ト ウダ ラ と , 冷 飯 や 固 め の モ チ ゴ メ の 飯 と あ わ せ て , 薬 念 調 味 料 ・薬 味 ) で 味 つ け を した の ち , 蒸 して か ら , カ メ に い れ て 発 酵 さ せ る 。 飯 の オ カ ズ で あ る

黄   1980:115]。

  事 例 6  江 原 道 の ハ タ ハ タ の シ ッへ 。

  ハ タ ハ タ を 乾 か し, モ チ ァ ワ あ る い は モ チ ゴ メ の 飯 を 炊 き , 水 分 を 蒸 発 さ せ た も の に , ト ウガ ラ シ粉 と 各 種 ρ 薬 念 で 味 つ け を し た も の と混 ぜ る [黄   1980:ll5]。

  事 例 7  江 原 道 の ス ケ トウ ダ ラ の 卵 の シ ッへ 。

  ス ケ トウ ダ ラ の 卵 を き れ い に 洗 い , 塩 少 々 を ふ る 。 モ チ ァ ワ を 蒸 した 飯 を 日 あ た り の よ い と こ ろ で 干 す 。 こ の さ い , 注 意 す べ き こ と は , 他 の シ ッへ の つ く り方 と ち が い , 水 気 を ふ くま ぬ よ う カ ラ カ ラ に 干 しあ げ る こ と で あ る 。 ニ ンニ ク , ネ ギ , シ ョ ウ ガ の み じん 切 り と , トウ ガ ラ シ粉 を モ チ ア ワ の 飯 と 混 ぜ た の ち , ス ケ トウ ダ ラ の 卵 に あ わ せ る [黄   1980:ll6]。

  事 例 8  江 原 道 の イ ワ シ の シ ッへ 。

  イ ワ シ の 頭 を 取 っ て 天 日 に 干 す 。 米 飯 も お な じ く干 して お く。 飯 と イ ワ シ の 乾 き ぐ

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石 毛   東 ア ジア ・東 南 ア ジア の ナ レズ シ

あ い を 調 節 して , 各 種 の 薬 念 と あ わ せ て , 涼 し い 場 所 で 保 存 す る [黄   1980:116]。

  事 例 9  慶 尚 道 の 干 し魚 の シ ッ へ 。

  米 飯 を ほ ど よ い 固 さ に 炊 き , か き わ け な が ら完 全 に さ ま し , お お き くぶ つ 切 り に し た ス ケ ト ウ ダ ラ と塩 , ニ ン ニ ク , シ ョ ウ ガ , ネ ギ , トウ ガ ラ シ粉 を 混 ぜ て 漬 け こ む 。

3 日 く ら い で 熟 成 す る 。 農 漁 村 の 名 節 に は か な らず つ く る [黄   1980:123]。

  事 例 10  慶 尚 道 の チ ン ジ ュ ・ シ ッ へ 。

  1.  タ チ ウ オ あ る い は イ シ モ チ を 天 日 で 干 す 。

  2.  ほ ど よ い 固 さ に 炊 い た 米 飯 に ニ ンニ ク , 麦 芽 を 混 ぜ る 。

  3.  2 の 飯 に ぶ つ 切 り に した 魚 を あ わ せ , 塩 で 味 を つ け る 。 こ れ を カ メ に い れ , 竹 の 葉 で 円 盤 状 の 蓋 を つ く り , し っか り は め こ む 。 こ の カ メ を 上 下 さ か さ ま に し, 流 れ る 汁 を う け る 容 器 の う え に 置 き , 暖 い 場 所 で 保 存 す る と は や く漬 か る 。 カ メ を さ か さ に して お く と , 水 分 が た ま ら な い た め , 魚 肉 が 水 っ ぼ くな く, シ コ シ コ して お い し い

[黄   1980:123]。

  事 例 11 慶 尚 道 の ミ リヤ ン ・ シ ッへ 。

  固 く炊 い た 米 飯 に 麦 芽 粉 , ト ウ ガ ラ シ 粉 , ニ ンニ ク の み じん 切 り , 砂 糖 , 干 しス ケ ト ウ ダ ラ , 干 し イ カ を あ わ せ , ワ ラ で 蓋 を し, カ メ を さ か さ に 倒 して 置 く。 1昼 夜 し た ら も と に も ど し , 2 日 し た ら 辛 味 が で て 美 味 に な る [黄   1980:123]。

  以 上 の 事 例 で わ か る よ う に , 漬 け こ み に さ い して , ト ウ ガ ラ シ粉 , ニ ン ニ ク , シ ョ ヴ ガ , ネ ギ な ど の 薬 味 , 香 辛 料 が 加 え ら れ る こ と が 朝 鮮 半 島 の ナ レ ズ シ の 特 徴 の ひ と つ で あ る 。 そ れ は お な じ く魚 の 発 酵 製 品 で あ る ジ ョ ッ カ ル (塩 辛 ) の い くつ か に も共 通 す る こ と で あ る [石 毛   1986:26]。 ま た , ダ イ コ ンな ど の 野 菜 を 一 緒 に 漬 け る こ

と も よ く あ る こ と が , 篠 田 が キ ム チ 型 と よ ん だ ゆ え ん で あ る 。 飯 に は ウ ル チ ア ワ , モ チ ア ワ , ウ ル チ マ イ , モ チ ゴ メ が 用 い られ る が , 稲 作 の 比 重 の 低 い 地 域 で の ア ワ 飯 の 利 用 が 注 目 さ れ る 。 麦 芽 は , そ れ を 加 え る 場 合 と 加 え な い 事 例 の 両 方 が あ る 。 発 酵 , 熟 成 期 聞 に つ い て 事 例 で は , は っ き り の べ られ て い な い こ と が お お い が , 日 本 の ナ レ ズ シ に 比 較 す る と短 期 間 で あ り , 漬 け こ ん で か ら数 日 で 食 用 可 能 と さ れ る も の が お お い よ う で あ る。 す な わ ち , 長 期 間 の 貯 蔵 食 品 と して の 性 格 は う す い 。 次 節 で 紹 介 す る よ う に , か つ て は ウ シ の 胃 や イ ノ シ シの 皮 の シ ッへ も あ っ た が , 現 在 で は シ ッへ の 原 料 は 海 産 の も の に か ぎ ら れ , 淡 水 魚 の シ ッ へ が な い こ と に も 注 目 さ れ る 。

2.  ナ レ ズ シ の 歴 史 と 分 布

韓 国 に お け る食 物 史 の 開拓 者 で あ る李 盛 雨 の 『韓 国 食 品 文 化 史』 か ら引用 を しな が

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                                         国立民族学博物館研究報告  1巻 3号 ら,朝 鮮 半 島 の ナ レズ シの歴 史 を記 す [李   1984:136−140]  L

  この さ い ,李 朝 期 の古 料 理 書 に記 載 され た ナ レズ シの材 料 を ,李 が表 に作 成 した も の を (表 3) 参 照 しな が ら李 の 論 考 を 紹 介 しよ う。 ・

  李 朝 初 期 以 前 の文 献 に ナ レズ シは記 され て な いが , そ れ は単 に記 録 に とど ま らなか った だ け の こ とで あ り, そ の以 前 か ら朝 鮮 半 島 にナ レズ シが存 在 して い た もの と李 は 考 え て い る。

  1600年 代 末 に成 立 した 『酒 方 文』 と180年 頃 の 『要 録 』 に は ,鮮 魚 ,穀 物 ,塩 を 原 料 とす る典 型 的 な ナ レズ シが 記 され て い る。 100年 代 の 『歴 酒 方 文』 に は鮮 魚 の か わ りに , ウ シの 胃 とイ ノ シシの 皮 を 主材 料 と し, 香 辛料 と して コ シ ョ ウを加 え た 食 醜 が 記 さ れ ,1700年 代 の 『飲 食 譜』 の 三 日食 醸 法 に は 熟成 促 進 の た め に, 鮮 魚 , 塩 ,穀 物 , 小 麦 粉 に加 え て コ ゥ ジを 用 い る こ とが 記 載 され て い る。

  1740年 頃 の 『護 聞 事 説』 で は 穀 物 と麦芽 だ け で 甘酒 を つ く り, これ を 食 臨 で あ る と して い る。 の ち に のべ る よ う に, 朝 鮮 半 島 の伝 統 的稲 作 地 帯 に は ナ レズ シが な く, シ ッへ とい え ぱ甘 酒 の こ とで あ る。 166年 の 『増 補 山林 経 済 』 で は延 安 食 醗 を 記 して い

表 3 ・李朝 期 古料 理 書 の 食 醗 と食 醸 (李   1986] か ら引用 )

名 称 鮮 魚 穀 物 小麦粉 動 物 香辛料 コ ウ ジ 麦芽 ユ ズ

酉方文

1600代 末)

要 録

1680頃 ) 歴酒方 文

(1700代 ) 埜 酒 方 文

1700)

歎 食 譜

1700代 )

魏 事説

(1740頃 ) 誉補 山林 経 済

(1766)

沐園十 六 志 827頃)

延世大 閨壷 要 乾 (1896)

駐議 全 書

(1800代 末 ) 食醗 経久食醸法 牛腓食醗法 山猪皮食醇

三 日食臨法

(= ) (! 、JI

魚 ) 1

食 臨 (甘 酒 ) 延安食醗方○ (マ グ リ)大 ハ

(ア ワ )

あ るい は

○ (ウ シ の 胃 )

(イ ノ シ シの 皮 )

(コ シ ョ ウ)

(コ シ ョ ウ)

(サ ン シ ョ ウ )

さま ざ ま な ス シの 記 事 が あ るが , す べて 中国 の 古典 料 理 書 か らの 引用 で あ る。

食醸法 食醗(甘酒)

甘 酒

○○

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石 毛   東 ア ジア ・東 南 ア ジア の ナ レズ シ

る が , こ れ に よ る と大 ハ マ グ リ, 穀 物 , サ ン シ ョ ウ ,・麦 芽 を 材 料 と し て い る 。 李 が 指 摘 し て い る よ う に , ナ レ ズ シつ く り に 麦 芽 を 使 用 す る の は 朝 鮮 半 島 だ け の こ とで あ る 。   1827年 頃 の 『林 園 十 六 志 』 に 記 載 さ れ て い る ナ レ ズ シ は , す べ て 中 国 文 献 か らの 引 用 で あ り , 朝 鮮 半 島 に お け る 実 態 を 記 した も の で は な い 。

  1896年 の 『延 世 大 閨 壷 要 覧 』 と 1800年 代 末 の 『是 議 全 書 』 の 食 醸 は 甘 酒 の こ と で あ る。

一以 上 の 引 用 で わ か る よ う に

, シ ッ へ と い う 名 称 で ナ レズ シ を しめ す 場 合 と甘 酒 を さ す 場 合 が あ る し, 漢 字 を あ て た さ い 食 醸 と食 醸 の 両 方 が あ る 。 こ の , 表 記 上 お よ び , 意 味 上 の 混 同 は 今 日 ま で つ づ い て い る 。 李 は 古 辞 典 類 を 探 索 して , 1527年 の 『訓 蒙 字 会 』 に 醗 は 酢 , 酩 は 塩 辛 , 肉 醤 , 酢 は 塩 辛 で 俗 称 魚 成 と 表 記 して あ る こ と か ら , 当 時 ナ レ ズ シ は 酢 と 記 さ れ て い た が , 食 醜 と い う 名 称 は な か っ た と の べ て い る。 1682年 の

『訳 語 類 解 』 で は 醸 は 甘 酒 と して お り , 1807年 の 『才 物 語 』 で は 酢 は 食 醜 と な っ て い る 。 さ き に あ げ た , 『酒 方 文 』, 『要 録 』 に 食 酪 が で る こ と か ら , 1600年 代 に 食 臨 と い う漢 字 が 文 献 に 出 現 す る よ う に な っ た と い う 。

  酩 と い う 文 字 は , 古 代 中 国 に お い て は 魚 に塩 , コ ウ ジ , 酒 , の ち の 時 代 に な る と 香 辛 料 を 加 え て 発 酵 さ せ た コ ウ ジ 入 り の 塩 辛 を あ ら わ し, 朝 鮮 半 島 , 日本 で は ひ ろ く塩 辛 を あ らわ す 漢 字 と して 使 用 さ れ て き た [石 毛   1986:12−13,26−27,35−36]。 い っ

表 4  郷 土料 理 中 め食 醗 と 食醸 ( 1984] か ら引用 )

食醸 慶尚道 乾魚食臨 慶尚道 安東食醜 慶尚道 晋州食臨 江原道 明太食醗 威鏡道カレイ食醸 威 鏡道ハ タハ タ食 黄進道 延安食臨

○ (モ チ ゴメ )

(コ メ )

○ (モ チ ゴ メ)

(コ メ )

(コ メ )

(ア ワ )

○ (ウ ル チ マ イ )

○ (ウル チ マわ 麦芽

(タ チ ウ オ ・ス ケ ト ウ ダ ラ ・イ シ モ チ )

○ (ス ケ トウダ ラ)

(カ レ イ )

ハ タ ハ タ )

○ (大 きい貝 一大 ア サ リの 実 )

ダ イ コ ン

朔 ネギ

トウ ガ ラ

ニ ン ニ ク

ザ ク

砂糖

マ ツ の実

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国立民族 学博物 館研究報告   1巻 3号 ぽ う, 醸 の 漢 字 本来 の 意 味 は 酸 味 の あ る液 体 を しめす 。

  李 は ナ レズ シは 醗 (塩 辛) に食 (飯) を加 え た もの な の で, た だ し くは食 醜 と表 記 す べ きで あ る とい う。 朝 鮮 半 島 の ナ レズ シの お お ぐは, 魚 , 塩 , 穀 物 , 麦芽 ,香 辛料 を 原 料 と して い る。 事 例 2の カ レイ の シ ッへ の よ うに ,野 菜 を 加 え て 漬 け た も の を

(この 場 合 は ダ イ コ ン) キム チ食 臨 と分 類 し,わ が国 の イ ズ シも この 類 で あ る とす る。

慶 尚 北 道 の 安 東 食 醗 は 魚 を 使 用 せ ず ,穀 物 ,麦 芽 , シ ョウ ガ にダ イ コ ンを 漬 け こん で つ くる もの で あ り, これ を 李 は食 酩 型 キ ム チ (酢 菜 ) とす る。 鮮 菜 と い う名 称 は 『 園 十 六 志』 に 中国 の 野 菜 の ナ レズ シを この 名称 で記 して あ る こ と に よ る。

  シ ッへ と よ ばれ る現 代 の 朝 鮮 半 島 の郷 土 料 理 に お け る甘 酒 と ナ レズ シを材 料 の ちが いか ら分 類 し, あわ せ て ナ レズ シの バ リエ ー シ ョ ンを しめ す図 表 を李 が作 成 した もの を図 2と表 4に 引用 して お く。

  さ て, 魚 , 塩 , 穀 物 , 麦 芽 で つ くられ るナ レズ シか ら, 魚 と塩 を の ぞ き,大 量 の水 を 加 え た もの が 甘 酒 で あ り, これ に ユ ズ やザ ク ロを いれ る と酸 味 がで て食 醸 と記 す に ふ さわ しい もの とな る。 この よ うな 関係 を しめ した の が図 2で あ る。

  これ で , 李 の 論 考 を は な れ , ナ レズ シの分 布 を考 え てみ よ う。 ナ レズ シが よ くつ く られ る地 域 が , 東 海 岸 ぞ い の 威 鏡道 ,江 原 道 ,慶 尚道 で あ る こ と に注 目 され る。 寒 冷 な 気 候 の 威 鏡 道 は伝 統 的 に は稲 作 が 発達 しな か った し,大 白 山脈 が海 に迫 る江 原 道 , 慶 尚 道 の東 海 岸 は水 田適 地 が す くな く,焼 畑 で雑 穀 を栽 培 す る地 帯 が お お い。 淡 水 魚 の ナ レズ シが な い こ と に注 目す る と, 朝 鮮半 島 の東 海岸 側 で は ,原 料 の入 手 の問 題 で 大 白 山脈 以 東 が ナ レズ シを よ くつ くって きた地 帯 で あ ろ う。 この非 稲 作 地 帯 で , コ メ の ほか に ア ワを 利 用 す る ナ レズ シが 発達 した の で あ る。 そ れ に た い して ,古 代 か ら水       田稲 作 が お こな わ れ て きた 半 島 南

図 2  食醗 , キ ムチ 食 酩 ,食 醗 型 キ ム チ, 食 醸 の 関係       (李  1984]か ら引 用)

部 と黄 海 に臨 む平 野 部 は, 朝 鮮 戦 争 の結 果 ,各 地 方 出身 者 の混 住 が な され るよ うに な るま で は, ナ レ ズ シが 知 られ て い な い地 帯 で あ っ た 。 この 稲 作地 帯 で は シ ッへ とい え ば甘 酒 を さす の が ふ つ うで あ り,

魚 で つ くった シ ッへ を つ くる こ と が な か った 。

  ア ジ ァの ほ とん どの 地域 で ナ レ ズ シは稲 作 農 耕 地 帯 に分布 す る が ,

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