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理科学習の意義の認識が動機づけ向上に及ぼす影響-科学的能力に着目して-
西内 舞
序章 研究の目的と方法
・研究の背景
学習者が自然事象に関わるだけでは,理科の学習は進展しない。学習者が自然事象に働 きかけることによって,はじめて学習は進展する。そして,学習を進展させる主たる内的 要因の一つが動機づけである。動機づけは学習者の自然認識を深めること(森・大塚, 2003),
学習を促進させること(鹿毛,2013)等,自然事象への働きかけや,働きかけたことによ って生起した学習を支える上で,理科教育において重視されてきた目標の一つである。そ して,近年では理科教育においてこの動機づけを向上させる研究として,理科学習の意義 や有用性を実感させることに着目したものが多く行われている。具体的には,理科の学習 内容である科学の知識を日常生活と関連付けた学習活動を取り入れることによって,学習 者は理科学習の意義を認識し,その結果として動機づけが向上するといったものである(例 えば,松島・藤田,2010; Bryan, Glynn & Kittleson , 2011)。この科学の知識を日常生活と関連 付けた取組には一定の効果がみられる(例えば, 小川・髙橋・池野・竹本・平田・松本,
2019)。しかし,学習内容や学習時期によって日常生活との関連が図りにくくなる(小倉, 2008a)といった課題も指摘されている。このため,学習者に認識させる理科学習の意義と して,どのような観点がよいかについて更なる検討が必要である。(問題の所在1)
一方,理科学習の意義の認識よる動機づけの向上に関する視点から先行研究を概観する ならば,その多くが興味といった内発的動機づけに着目した研究が多い。しかし,理科学 習の意義を認識することによって向上する動機づけは「科学技術が世界の役に立っている から,興味がわく」といった内発的動機づけだけでなく, 「理科を勉強することが自分にと って役に立つから勉強する」といった外発的動機づけである道具的な動機づけも容易に想 定される。このため,内発的動機づけ以外にも着目し,新しい視点での理科学習の意義の 認識と動機づけの向上について検討することは,学習者の動機づけの向上に資する研究に 新たな地平を開拓するものとなると考える。(問題の所在2)
上述してきたことから,理科教育における動機づけに関する研究についての問題点は,
以下の2点に整理できる。
問題1:学習者に認識させる理科学習の意義として,どのような観点がよいかについての
2 検討。
問題2:新しい立場からの理科学習の意義認識と動機づけの向上についての検討。
なお,前述の2点に取り組むことで,動機づけ向上に資する新たな視点が導出されるこ とも期待される。また,これらの問題を解決することにより,理科教育において長年の課 題であった動機づけの低下を抑制する一助となる可能性を秘めている。さらに,本研究に より導出される視点に基づく学習指導法の考案を行うことも本研究において取り組むべき 重要な課題となる。
・研究の目的及び方法
本研究の目的は,理科学習の意義認識に着目し理科学習の動機づけ向上のための学習指 導法を考案することである。この目的を達成するために下位目標を設定した。
下位目標1:理科学習の意義認識が学習者の動機づけに及ぼす影響を検討する。
下位目標2:下位目標1における理科学習の意義認識に関する調査結果に基づき,学習者 の動機づけ向上を目指した学習指導法の考案をする。
下位目標3:考案した学習指導法の効果について検証する。
なお,本研究の対象者は,理科学習の動機づけ低下が問題視されている中学生及び高校 生を対象とする(例えば,小倉,2008b)。
第1章及び第2章 理科学習の意義が動機づけに及ぼす影響(下位目標1)
下位目標1を達成するために,質問紙法による調査を行った。具体的な手順は以下のよ うに行った。
①理科学習の意義認識及び理科学習への動機づけに関する質問紙を作成した。質問紙作
成にあっては,まず,理科学習の意義認識については,OECD/PISA2006 における科学的リ
テラシーの評価の枠組みを基盤に, 「科学的能力」, 「科学に対する態度」, 「科学的知識」の
3点から理科学習の意義認識を測定する質問紙を作成している後藤(2004)を参考に質問
項目を設定した。また,理科学習への動機づけについては,自己決定理論の質問紙を作成
している岡田・中谷(2006),櫻井(2009)を参考に質問項目を設定した。なお,自己決定
理論とは,内発的-外発的動機づけといった二項対立的ではなく,外発的動機づけを自己
決定(自律性)の程度によって四つの段階に区分することで,内発的動機づけと外発的動
機づけの間に連続性を仮定している 1) 。具体的には,それぞれ自律性の高いものから順に,
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学習に対して興味・関心,楽しさ,生得的満足感などを感じている段階である内発的動機 づけと同義の「内発的調整(internal regulation)」,外発的動機づけのうち最も自律性が高い 段階であり,自己内で葛藤を生じず価値や欲求と矛盾なく統合されている段階である「統 合による調整(integrated regulation)」 2) ,学習内容に個人的な価値や重要性を見出し,価値 があるから学習をするといった積極的に取り組む段階である「同一化による調整(identified regulation)」,自尊心を維持し,周りの人によく思われたいからといった自我関与的に学習 をする段階である「取り入れによる調整(introjected regulation)」,外的な報酬や外部からの 強制によって学習をする段階である「外的調整(external regulation)」となる。
②質問紙の妥当性の検討
前項のそれぞれの質問紙について,内容的妥当性の検討を行い,妥当性が得られたもの を使用した。なお,それぞれの質問紙の項目例については表1に示す。
表1:理科学習の意義認識及び動機づけに関する質問紙の項目について(一例)
意 義
科学的能力 身のまわりの現象について,学んだことを使って説明する力…計 5問 科学的知識 自然の中で起こっている,様々な出来事についての知識 …計
12
問 科学的態度 科学技術の進歩は,いろいろな人の生活に役立つこと…計
11
問 動機 づ け
内発的調整 実験することがおもしろいから …計
11
問 同一化による調整 わからなかったことがわかるようになると自信がつくから …計 9問 取り入れによる調整 まわりの人よりできないのが嫌だから …計11
問外的調整 やらされているから …計
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問③対象及び分析
理科学習の意義認識が理科学習への動機づけに与える影響について,協力の得られた岡 山県内の中学生 273 名,千葉県内の高校生 143 名を対象に質問紙調査を行い,因子分析及 び構造方程式モデリングによる分析を行った。
④結果
分析の結果を図1,2にそれぞれ示す。なお,因子分析により,理科学習の意義認識は
「科学的能力」「身近な自然・日常生活」「科学の知識」等といった因子が抽出された。ま た理科学習への動機づけについては, 「同一化による調整」と「取り入れによる調整」がそ れぞれ2つの因子に分かれている。
そして,これら両者の調査の結果より,学習者が,理科学習の意義を「科学的能力」と
認識する方が「日常生活との関連」から認識するよりも, 「同一化による調整」といった自
律性の高い動機づけを高めることに加え, 「取り入れによる調整」や「外的調整」といった
自律性の低い動機づけを低下させることが明らかになった。
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今まで述べてきたことを基に,本研究では,理科学習の意義の中でも「科学的能力」に 着目し,動機づけについては,自己決定理論に基づき, 「同一化による調整」といった自律 性の高い外発的動機づけにも着目し,新しい学習指導法を考案した。
図1:因子間の関連性に関するモデル(中学生) 図2:因子間の関連性に関するモデル(高校生)
第3章 科学的能力の視点から理科学習の意義認識を促す学習指導法の考案(下位目標2)
前章の結果を受け,本章では,学習者が理科学習の意義を「科学的能力」から認識する ことによって理科学習への動機づけが向上する学習指導法を考案した。このため,新しい 指導方法は,①「直接教授型」と②「継続活用型」の二つから構成した。①は,理科の学 習を通してどのような能力が身につくかを理解することを意図した 1 時間程度の学習指導,
②はこれらの能力が実際に身についていることを実感することを意図した普段の理科学習 に継続的に挿入するための学習指導であった。まず,①直接教授型の授業において,知識 として「科学的能力」が身に付くことを学習者に直接教授する。次に,②継続活用型の授 業において,一般的な探究学習に加え,授業の導入場面にその日の授業で身に付く能力に ついて明示したり,その能力についての振り返りを行わせたりする学習活動を継続的に行 う。このように科学的能力について授業を行うことにより,学習者が理科学習の意義を科 学的能力から認識できるようにした。
第4章 高校生を対象とした学習指導法の効果の検証(下位目標3)
考案した学習指導法は,学習者が理科学習の意義を「科学的能力」のから認識すること で,理科学習への動機づけの向上を目指すことを目的としている。このため,効果を検証 するための視点は以下の2点とした。
内発的調整
取り入れ・他者 同一化・成長 同一化・将来
取り入れ・不安 外的調整 身近な自然
日常生活 科学的能力
科学の知識
-.36
*-.25
†.26
*.39
*.37
*.24
*.29
*.26
†意義認識 動機づけ
内発的調整
取り入れ・他者 同一化・成長 同一化・将来
取り入れ・不安 外的調整 身の回りや
生活との関連 科学的能力
.26
.47 .38
.30 .29
-.35
意義認識 動機づけ
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① 学習者の「理科学習の意義認識」のうち「科学的能力」が向上しているか否か
② ①において向上していたならば,学習者の理科学習への動機づけは向上しているか否か 協力の得られた愛媛県内の高校生(55 名)に対して,2016 年 11 月〜12 月に直接教授型 を1時間実施後,継続活用型を実施した。そして,①の効果を検証するため,理科学習の 意義のうち「科学的能力」因子の得点に対して, 「実践前の平均値(μ pre ) :3.05 (SD=0.82)
よりも実践後の平均値(μ post ) :3.60(SD=0.67)の方が高い」という研究仮説を立て,仮説 が正しい確率をベイズ統計学に基づき算出した。その結果, 仮説が正しい確率 p (μ pre -μ post >
0)は 100%であった。このことから,本研究において考案した学習指導法は,理科学習の意
義のうち「科学的能力」を認識させる指導法であったと判断した。次に,②の効果の検証 を①と同様に行なった。その結果を表2に示す。
表2:高校生の各動機づけに関する実践前後の各因子の基本統計量と母平均及び母平均差についての推定
N=35
内発 内発・実験 同⼀化・将来 同⼀化・成⻑ 取り⼊れ 外発μ pre (SD) 2.85 (1.04) 3.46 (1.15) 2.94 (1.13) 3.23 (1.03) 3.27 (1.09) 2.30 (1.07)
μ post (SD) 3.06 (0.97) 3.50 (0.97) 3.20 (1.12) 3.37 (0.96) 3.26 (1.17) 2.34 (1.14)
p (μ pre -μ post > 0) 0.94 0.60 0.94 0.82 0.46 0.59
(1:全く当てはまらない〜5:とても当てはまる 5件法による回答)
表2から,本研究において考案した学習指導法は,自律性の高い動機づけ因子のうち 「内 発的調整」因子,「同一化・将来」因子,「同一化・成長」因子の3因子を向上させる指導 法として有効であるといえる。
第5章 中学生を対象とした学習指導法の効果の検証(下位目標3)
協力の得られた広島県内の中学生(132 名)に対して,2018 年 9 月〜2019 年 11 月に直
接教授型を1時間実施後,継続活用型を実施した。そして,高校生の時と同様に,①の効
果を検証するため,理科学習の意義のうち 「科学的能力」因子の得点に対して, 「実践前の
平均値(μ pre ) :3.15(SD = 1.16)よりも実践後の平均値(μ post ) :4.02(SD = 0.72)の方が高
い」という研究仮説を立て,仮説が正しい確率をベイズ統計学に基づき算出した。その結
果,仮説が正しい確率 p (μ pre -μ post > 0)は 100%であった。このことから,本研究において考
案した学習指導法は,中学生を対象とした場合においても,学習者が「科学的能力」を認
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識できる指導法であると判断した。次に,②の効果の検証を①と同様に行なった。その結 果を表3に示す。
表3:中学生の各動機づけに関する実践前後の各因子の基本統計量と母平均及び母平均差についての推定
N=100
内発 同一化・将来 同一化・成長 取り入れ・他者 取り入れ・不安 外発μ pre (SD) 3.18 (0.88) 2.97 (1.10) 3.69 (1.14) 2.22 (0.87) 3.77 (0.68) 2.86 (0.78)
μ post (SD) 3.16 (0.90) 3.07 (1.10) 3.63 (1.02) 2.37 (0.90) 3.73 (0.77) 3.09 (0.89)
p (μ pre -μ post > 0) 0.43 0.85 0.33 0.90 0.26 0.98
(1:全く当てはまらない〜5:とても当てはまる 5件法による回答)
表3の結果から,学習者の動機づけのうち自律性の高い「同一化・将来」の動機づけが 向上するという結果が得られた。しかし,自律性の低い「取り入れ・他者」や「外的調整」
の動機づけが向上するという結果も得られた。以上のことから次のことが考察できる。
本研究で考案した学習指導法は,理科学習の意義を「科学的能力」から認識させる指導 法として有効であった。このため,学習者は学んだことが将来に活かせると感じ,その有 用性から学習者の動機づけのうち, 「同一化・ 将来」の動機づけ向上に有効であったと考え られる。一方で,自律性の低い動機づけが向上した点について,本来,受験期にあたる中 学生は他律的な外的調整の動機づけが高く,自律性の高い動機づけである内発的調整や同 一化による調整の動機づけは低くなる時期である(速水, 2019)。このため,特に,他者を 意識した項目である「取り入れ・他者」が向上してしまったことによると考えられる。
終章 研究の総括
前章までに述べてきた本研究の特徴は,以下の2点に整理できる。
(1)理科の学習内容である科学の知識を日常生活と関連付けよりも,科学的能力の観点 から捉える方が動機づけ向上に貢献するという新たな知見をあきらかにしたこと。
(2)本研究で考案した科学的能力の観点から理科学習の意義認識を促す学習指導を行う ことにより,理科学習の意義認識として学習内容に個人的な価値や重要性を見出す ような自律性の高い動機づけが向上すること。
註(1)自己決定理論は本来六つのミニ理論から構成されている。本文では紙面の都合上,最もよく知られている有機的統合理論 を中心に自己決定理論の説明を記している。
註(2)「統合による調整」は「同一化による調整」と統計的に分別できず (Vallerand, Pelletier, Blais, Brière, Senécal, & Vallières, 1992),
また,後の研究でも扱われることが少ないため,本研究においても「統合による調整」は除外して動機づけを捉える。