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「倫理」と社会共同体

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Ⅰ.「仲間の原理」としての倫理

「倫理」と社会共同体

 人間が「社会的・政治的な生きもの」であり、何らか の関係をもちながら、同じ空間を「社会共同体」として 共有して生きるかぎり、その規範としての「倫理」もあ る。‘倫理のない社会共同体’というものを考えること は困難である。“反社会的な集団”でも、そこにはそれ なりの倫理があり、それがその集団をひとつの社会共同 体として成り立たせている。その集団の“反社会性”が、

それを抱える、より大きな社会共同体の社会性を解体す るようなレベルになれば、その集団としては、別の社会 共同体を作ることで自らを維持すべきだ、ということに なる。

 「倫」という漢語は、「とも(友)・ともがら、仲間」

という音や意味をもっている。これにもとづいて、その ような「ともがら・仲間・同胞としての人と人との間が ら(関係)」が倫理であり、そのような関係が人々の集 団をひとつの「社会・共同体」として成り立たせる、と いうことができよう。その関係(倫理)は、「社会性、

共同性、公共性」ということもできる。

 

 「この仲間関係(社会共同性)を作る原理はなにか?」

「倫(なかま)の‘理’となるものはなにか?」―とい うことが、さらに問われよう。それを「友愛」といえば、

トートロジーとなる。そこで、「正義」や「自由・平等」

といったものが挙げられうる。しかしそれらも、人々が 互いに友・仲間としてあるときに成り立っているもので あり、あるいはそこに要請され、含まれているものであ る、とみなすこともできる。「正義」を、‘人々に友愛や 調和や秩序を与え、そのような仕方で社会共同体を成り 立たせるもの’として考え、また「互いの自由や平等の 尊重」をそのようなものとして考えるなら、そのような 含意があることになる。

 人々が友や仲間として社会共同体をもっているとき、

そこにはそれなりの正義も、あるいは自由や平等もある、

とはいえそうである。しかし「正義」も「自由や平等」も、

それ自体として別個に問われるべきことがらでもあり、

倫理学の問いは通常そちらから始める。しかしここでは 前者の方、つまり「人が友・仲間として社会共同体をも つ」という方から始め、そこに焦点を絞り、その限りで の「倫理」ということで何がいえそうなのか、を考える。

 ‘社会倫理’とも言われるこのような意味は、英語の

‘ethos, ethics’にもある。それは「社会的な生きもの」

としての人間の「社会性、人倫」をなすものであり、そ の「規範」である。ただし ethos の原義には、「倫」も 同様だが、 「(一個の)人間としてのあり方」、つまり‘個 人倫理’的な意味もある。そのように分けると「社会と 個人」の関係も問題になりうる。

 しかしこの論考では、以下の構成で問題を考えたい。

・「倫」の‘仲間性・友愛性・同胞性’が、社会共同性 の原「理」として働くメカニズム。

・社会共同体の「複数性」と「境界性」。‘われわれ’と

‘かれら’。

・その近代的イデオロギーとしての「ナショナリズム」。

仲間関係のあり方、その濃淡・強弱・大小

 「仲間」関係は、より小規模の家族や様々な社会集団 でも存在する。それは、濃い・強いものから、より薄い・

弱いものまで、濃淡・強度の違いがある。そこに「無関 係」や「不和」があるとしても、全体として(最広義で の)仲間であるということがあれば、つまり無関係や無 秩序、不和や争いが部分的、エピソ-ド的であるばあい には、そこにひとつの社会共同体があるといえる。最も 薄い・弱い意味でも、 ‘互いに協力する’とか‘助けあう’

といったことがあるはずだが、最低限、‘戦争をしない’

といったレベルでもいいかもしれない(個人や集団も‘戦 い・殺し合い’の主体となりうるが、戦争の主体は社会 共同体・公共体である)。

 その仲間関係は、「われわれ」という意識や言葉で端 的に示される。それは、「かれら」の出現とともに、通

柏  田  康  史

ナ シ ョ ナ リ ズ ム

― 

倫 理、共 同 体、民 族 

(2)

常はあまり意識していない「自分の仲間・同胞」や「同 じ共同体」を喚起する。

 「友・仲間」の関係性は、‘近い’ものほど濃く、強い ものとなり、‘遠く’なるほど薄く、弱いものになる。

あるいはその逆もいえる(つまりこれはトートロジーで もある)。その‘近さ・遠さ’は、人々の関係の時間的・

空間的距離に比例する傾向がある。血縁や地縁などがそ うであるように、生活の時空の近さや共有が、そうでは ないケースと比べ、仲間関係を形成する‘機縁’となる からである。しかしその‘近さ’は「不和や対立」の関 係を生む機縁ともなり、逆にその‘遠さ’が、不和や対 立をより薄く、弱いものにする傾向ともなる。全く無関 係なら、どちらも生まれない(それはペシミスティック な解決策ともなる)。またこれらの時空的な距離とは別 の、あるいはそれを越えた、観念的な理念やシンボルが、

関係(の近さ)を生み出すこともある。宗教的なそれは その典型である。しかしそうした‘観念的なもの’は時 空的な遠近の中にもある(‘われわれ’という仲間意識 は観念的なものである)。

 そうした時空的・観念的な遠近とともに、関係集団の

「規模(大小)」も、その強度を反映する。それは逆比例 する傾向として現れ、より小さな集団の方がより親密な 関係をもたらしやすい。しかしそれがまた不和の関係も もたらしやすいことは、遠近のばあいと同様である。

パーシャリティ( partiality )

 関係の遠近、大小がもたらす仲間関係の濃度や強度の 違いは、人がいくつもの関係をもちながら社会で生きて いく以上、その優先や選択に際し、 「パーシャリティ(偏 頗性・党派性)」という事態や問題をもたらす。人々は

「より近い関係を優先する」傾向があり、倫理の仲間性 ということからすれば、実際「そうすべきでもある」こ とにもなる。“見ず知らずの他人や縁遠い人よりも、家 族や友人、同郷人や同国人の方を優先するのは当然であ る”というように。その理由は、“縁の大切さ”、つまり は“関係をもったということに伴う責任や義務”という ことだったりする。「隣人愛」や「ヒューマニズム」は、

地縁や血縁などの自然傾向的な近さを、それゆえその パーシャリティを越えようとする理念といえる。それゆ え、それは「薄められた、痩せた概念」となり、‘誰で もいい誰か’が、‘誰でもあるような・誰でもない’も のになる可能性も孕んでいるが、重要な理念でもある。

 近くて小さな関係集団の濃くて強い仲間関係は、他の 仲間集団との間で互いに競合し、不和や争い、無秩序の もとにもなる(そうなるとは限らないが)。ひとつの社 会共同体の内部で働くこの危険性は、より薄くて弱いが、

より大きな関係集団の規模によって釣り合うよう、調整

することができる。そこでは、より多くの人々が関わっ て仲間となるための、より「一般的・公共的」な原理が 働くこととなる。たとえそれが「薄い」理念だとしても、

人が同時に、より広い公共空間にも関わって生きるため には、そうした関係と原理も同時に必要となる。そのよ うにして、パーシャルな諸部分をなんとか調整・統合し、

ひとつの「全体」としての仲間関係を成り立たせる空間 を形成することに成功したとき、ひとつの「社会共同体」

が成立する。

社会共同体の範囲・限界・境界

 そうした仲間関係がおよぶ「範囲」は、ひとつの社会 共同体の「限界」でもある。カントの言い方を借りれば、

ひとつの社会共同体(仲間関係)を成立させる可能性の 条件(倫理)は、その社会共同体の領域を、そしてその 範囲と限界も決める、といえる。

 そして(カントの「認識の領野」の場合はそうではな かったのだが)、社会共同体が‘諸

もろ

もろ

の’それとして「複 数」存在するなら、他の社会共同体は「その外部」であ り、互いの限界の間に「境界」が引かれることにもなる。

 *  カントの『道徳形而上学原論』における人格の共同体は‘唯 一’のものだが、経験的な考察でもある他の社会論などでは、

その‘複数’性が前提されている。『永遠平和のために』は、

その複数性をどうするかという問題への挑戦である。

(仲間)であること/ないこと

 友や仲間であるような「人と人との関係性」は、それ 自体が「よいこと(価値)」であるとされる。そこには、

そうした関係を作る原理(倫理)が、「友愛」「愛」「信」

「義(恩義や正義)」「相互の平等や自由の尊重」「利害の 共有」といったものとしてあり、それらがそれ自体とし て「よい」ものであるということにもなる(そうしたも のがなければ、‘よい関係’はできないだろう)。

 しかしこの‘それ自体として’という自立性は難しい 問題をはらんでいる。何かが「よい・正しい」とされる ことは、「そうではないもの」を生み出すことにもなる。

 例えば同じ空間にいる3人の、2人が仲間だが1人が そうでない場合、2人はよい関係にあり、かつ、そうた らしめる何らかのよさ(価値、善)を共有しているが、

他の1人は‘そうではなく、それをもっていない’こと になり、積極的に言えば‘悪い’という様相を、同時に 帯びてしまう。それはその3人がひとつの空間を共有す るからであり、そしてそのとき、このような偏り(パー シャリティ)はほとんど例外なく生じる。

 ‘かくかくである

4 4 4 4 4 4 4

ことが正しい・よい’ということは、

同時に、‘かくかくでない

4 4 4 4 4 4 4

ことが正しくない・よくない’

ということを含意する。それは、‘しかじかである

4 4 4 4 4 4 4

こと

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が正しくない・よくない’ということも含意する。その 構造は、‘正しい・正しくない’を除いた、単に「‘かく かくである’‘かくかくでない’‘しかじかである’」と いう論理にすでにある。

 論理的に考えると、‘Aである’ということが措定さ れると、同時に‘Aでない’ことがその外部に措定され る。そして、Aである集合とその外部(Aでない)を含 むひとつの論理空間(世界)もできる[①]。‘Aである’

側からすれば、その外部は‘Bである’‘Cである’等々 として現れるかもしれないし[②]、またそれらを全て‘A でない’という否定形の集合で一括したり[③]、とき にはそれで塗りつぶし、消してしまうこともできる[④]。

 それしか「世界」がないとしたなら、メンバーである a, b,c はどれかに入るしかなく、ひいては‘AかAでな いか’のどちらかになるしかない。

(すべてが‘Aである’ような世界を考えることもで きそうで、そうすれば問題もなくなるように思える。

しかしそれは、 ―“全ての牛が黒く見える夜”のよう に

―‘Aである’ことも消えて、何もなくなってし

まうようにも思える。)

「正と負」の関係

 人と人とが相互に「無関係」ということがあり、そし て「関係(している)」ということがある。後者の「関 係性」には、 ‘よい(正の)’関係もあれば、 ‘わるい(負 の)’関係もある。‘敵対関係’や‘憎み合う’というの もひとつの明確な「関係」の仕方であり、盗んだり殺傷 したりするのも、他者への負の関係の強力なあり方であ る(そのような‘よい/わるい’あり方を含む「関係」と、

それ以前の「無関係」とどちらが‘よい’のだろうか?)。

 ホッブズは、人間が自然本性的にもつ‘敵対関係’を 正の関係で包み込むことで、初めて社会共同体が生まれ る、と考えた。

 しかしながら全体としての「社会」とは、必ずしも‘正 の’関係が支配的

4 4 4

なのではなく、人々が同じ空間に生き ることで否応なく生まれる、様々な‘正負の’関係の総 体である、ともいえそうである。「共同体」という、‘健 全な調和的一体性’を連想させる言い方でも、生命と身 体がそうであるように、そこには異物や毒物も並存し、

病いや老化、ひいては死という「宿命」が内在している ように。

 しかしひとつの社会共同体は、それが存続していくた

めには、そして少なくとも存続している間は、 ‘正の(正 しい、よい)’関係が全体を支えており、自分の同一性 を損なう‘異物や他者’を攻撃・排除しようとする免疫 機能や、それを同化したり取り込んだりするような機能 が健全に働いていなければならないだろうし、それがそ の信念にもなっている。それゆえ共同体は、 ‘われわれ(仲 間)’という自己アイデンティティを絶えず保持し、そ の原理を共同体の体質として「体制化=制度化」してい かねばならない。

 そのように諸部分(パーツ)が、つまりいくつかの階 層や職能集団やメンバーが、全体として有機的な「調和・

和」(友・仲間)の状態であることが、共同体(コミュ ニティ)に求められる。そのひとつの身体には‘われわれ’

というひとつの魂が、共通の心(ゲマインシャフト)と して存在している。それはゲゼルシャフト、つまり、契 約や利害の共有で作られる‘ソサエティ、アソシエイショ ン’といった様相があるときでも、その社会の公共精神 が要請されるという意味では、同様である。

 そのような調和(和)の状態が、自然的な意味でも「健 康・健全」であり、倫理的な意味でも「正しい、善い状 態」である、ということになる。

シンボルの共有

 パーシャルなパーツである諸集団が、「階層や階級」

として社会内部に「層」を作るとき、その区別は差別に もなりえ、分裂、不和、対立の元ともなり、ひいてはそ の層が地震(内乱や革命)を引き起こすことにもなりう る。しかしそのような「層」化は、そうした仕方で秩序 を「構造化」し、全体に持続的な安定を与える建築学的 効果をもつことにもなる(特にピラミッド型は、パルテ ノン型や、水平な立方体よりも、安定した形態に見える

(*))。人々は、そうした階級性を押しつけられるよりは、

仲間として‘分かちあい’ながら、つまり「分(自分の 持ち分や身分)」をわきまえたり、職業や役割を分かち ながら(封建制と近代的分業は、見かけほどの違いはな いともいえる)、複雑な諸関係からなる全体を、よりよ く維持することができる。それは上から見れば誰かが、

つまり「統治者」やその機構が、そのように全体を「配 慮」し、人々を配置し、分け前を配分する、ということ になる。それがひとつの社会共同体としてうまくいくた めには、人々が統治権力者や宗教的権威者を、少なくと も恐怖や畏怖の対象として共感し、できうれば‘われわ れ’を代表し象徴する信愛の対象=「シンボル」として 共感する、といったことが望ましい(統治権力者と宗教 的権威者は、兼業される場合もあれば、分業される場合 もあった)。そうしたシンボルへの共感は、その社会が、

社会にとって重要とされる「共有の言語」をもたなくて

も、あるいはもたないほど、有効である(前近代社会で

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そうであったように)。それゆえ、そのシンボルの非言 語的・情感的な効力は、共同体に有害とみなされた‘人々 の言語の共有’を遮断したり、消したりしたい場合にも、

使われることになる(近代における‘国の父母’、国歌 や国旗などがそうであるように)。

  * A.ゲルナーは、農業社会の帝国のような前近代的社会構 造を、分離した多くのブロック社会の上に屋根が乗っている 構造図として示した。それをここでは‘パルテノン型’と呼 んだ。また‘水平な立方体’とは、平等な民主主義社会の比 喩とした。

 ともかく、そうした「仲間・人倫・われわれ」の実体 性・身体性と、その共感・魂をどう作り、保持し、制度 化するかが、社会共同体の主要課題となる。むろんどの ような政治形態の社会も、そのような仲間集団(われわ れ)としての一体性や共感を首尾よく作りあげてきたわ けではなく、不和や軋轢を抱えない社会などありえない。

また不当な権力や暴力で“秩序”を維持している国家も あれば、実質的に“破綻”している国もある。しかしだ からこそ社会共同体の存否と成否は、そのような「人々 の仲間性(人倫)」にかかっていることになる。

「われわれ」と「かれら」

 ― 社会共同体の複数性、境界、内と外

 しかし、そのような社会共同体の「複数性」、それゆ えそれらの間に出現する「限界・境界」は、また別の問 題と課題を提起する。ある社会共同体が別のそれの存在 を知り、また何らかの関係をもつことになると、そこに は、その認知の仕方とともに、関係の仕方も、ある性格 を帯びながら出てくることになる。これは社会共同体の 内部での倫理とはレベルの異なることがらである。

 それは先ず、その社会の「内と外」、「われわれとかれ ら」といった認知の仕方で現れ、同時に何らかの価値づ け(たいてい自己に有利な)も伴うことになる。その認 知と価値づけが、またその関係がどのようなものになる かは、自身の社会のあり方、相手のあり方、その違いの 程度、出会いの仕方、また、関係の場となる、より広い 空間の状況など、その時々の諸条件によって異なること となる。それゆえ、それが侮蔑的か尊敬的か、敵対的か 共存的か協力的か、暴力的か平和的かといったことは、

あらかじめ想定できない(人間が‘本性的に’社会的な のか反社会的なのかも、例えば同じ社会契約論者の間で さえかなり違っている)。

 仲間関係のおよぶ範囲がその社会の限界であり、そし てその保持と強化がその社会の基本力学として働くとす れば、その「外部=かれら」はたいてい、否定的な負の 相貌で(侮蔑、敵対、恐怖の対象として)認知され、し たがってそれに沿った対応関係ももたらすのが、‘自然’

であるように思える。その場合、内部の倫理(仲間)性 の強化と、外部への反倫理(敵)性の強化が行われる。

あるいは、内部の倫理性を外部に拡張し、それを自身の 内部に取り込んでしまう、ということも行われる。

 しかし必ずしもそうではなく、「互いに協力する」こ と、― しかも他と対抗するためにそうするのではなく、

敵や得をする者が他にいなくとも ― が、相互にとって 最も合理的で、また自然なあり方である、とも考えられ る。その延長として、そうした合理性や自然を信じ、各々 の予想しがたい、浅はかな計らいに限界を認め、それを 越えた全体的なものの「調整する力」(見えざる手)に 委ねる、という選択もありうる。

 これらの可能性や選択は、それぞれ異なった人間観や 自然観ともなる。しかしいずれにせよこれらは排他的な 可能性ではなく、(比重の置き方は違っても)そのどれ もが同時にありえ、そして「現実」でもあるように思わ れる。そこで何か純化された同一の、普遍的なパターン や方策を求めたいのだが、それはなかなか難しく、危険 性や失敗も伴うことにもなる。

 出発点となる問題は、「われわれとかれら」というも のが出現するということであり、それだけで既に形式的 に告知されている「違い」である。その「違い・異なり」

は、‘異人、異教徒、異民族、異国民’等々でも言い表 されるが、具体的で異質な「属性」で色づけされている

(「Ⅳ.民族」で詳論する)。ひとつの社会共同体が成り 立つとき、その内部の部分的なパーシャリティ(近縁的 な偏頗性)が全体へと調整される。そして調整され均さ れたパーシャリティの総和は、仲間である‘われわれ全 体のパーシャリティ’として温存される。それがその「外 部」に発揮されることになれば、その「倫理」は、その 外部ではきわめて「反倫理的」なあり方をすることにな るだろう。それは状況や相手により、隔離や排斥や殲滅、

従属化や併合、同化などでありうるが、それらは、その 社会がその内部でも

4 4 4 4 4 4

用いてきた手段でもある。それゆえ それは“反倫理的”なものではなく、全体として「倫理 的」であるかのような様相を帯びる(その「外部」が「内 部」になり、融合したときに、それに成功する)。

他者なき‘われわれ’/閉ざされ、消えてゆく‘われわれ’

 複数の社会共同体が、他と関係をもつことなく純粋培 養のように自らを形成し、そのあとで初めて「他者」を 知る、あるいは知らないままでいるといった想定は、文 化人類学が捜し求めるような稀なケースであり、また思 考実験的な想定のようにも思える。

 実際はむしろ、人間の諸社会は初めからそのような出

会いと関係、交流や混交、対立、そして文明の伝播、衝

突、対話といった、長く複雑な経過とともに、複数の社

会共同体に分かれながら作られていった、ということな

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のかもしれない(それはすぐに忘却されるのだが)。

 また、聖書、進化論、人類学、宇宙論、遺伝学などは、

「一つのルート(根源)からの分離・分枝」という物語(仮 説)を連綿と提供し続けている。しかしその「一つの始 まり・ルート」は、理念的で仮説的なプロトタイプであり、

現に存在するものの‘前段階’ないし「第一原因」であ り、その「分裂と分離」から、現にある多様な種や諸集 団が、独自の属性を身につけながら歴史とともに存在し はじめる、とされる。

 ところで、そうした(どこかに始まりももつ)「歴史」

的な見方や探求は、出来事の因果的時間の連続性の観念 とともに、主として近代以降に普及し、根づいたものに 思える。そうでなくても人々は、他の文明や社会共同体 があったことはおろか、自分たちのそれさえ容易に忘れ てしまう(歴史を書き言葉で記述し、記憶し、そして保 存していくということも、ごく新しく生まれた慣習であ る)。現に私たちは自分の民族的なルーツも知らない。

日本のように地理的、歴史的なまとまりに恵まれた地域 でさえ、つい昨日までは、山を越えて隣の村に行くのは 一日がかりであり、多くの‘諸国’もほとんど別世界だっ たろう。西欧が異なる世界(新大陸)を「発見」したの は、人類の長い歴史のごく後の方であった。その当の西 欧も、文字文化や歴史感覚が頻繁な交流とともに高度に 発展した地域であるのに、親戚の文明が足元から掘り起 こされるまで、それを「神話」と見なしていたし、祖先 の大都市も火山灰の下に埋もれたまま全く忘れられてい た。かつて栄えた世界の大文明の多くもいまだに謎の闇 に眠っている。

 そうしたことを見ると、人間のこの「忘却」ぶりの方 が印象的で、それはほとんど信じがたいほどである。そ れはちょうど、その社会の‘われわれ’という魂が消え てしまうとともに、その社会の身体も地上から消えてし まうこと、他の社会もそのような‘かれら’のことには 関心を持たないということを示しており、社会共同体 のそうした「観念性(想像性)」と、その「限界と境界」

の強さを物語るかのようである。

 また、「言語」や「シンボル」の共有が社会の形成に 重要であるように、異なる社会の人々と関係をもつため には、少なくともかれらのそれを理解することが必要に なる。しかしそれらが互いに理解され、翻訳されるよう になったのも、ごく最近のことである。しかもほとんど の人は、いまだにそれはできない。

 そうしたことからも、社会共同体とその倫理(仲間で あること)の存在は、それがひとつの境界の内部で‘わ れわれ’によって想像(創造)されながら持続されてい る、そのときの「現在」の間のことだけである、ともい える。それは常に解体し、消滅しうる危ういものである

(あたかも‘共同主観的独我論’のごとく)。そこでは‘か れら’の社会はせいぜい、自分たちの影のようなもので

あり、普段は見ることもないか、時には自分たちを引き 立たせるものでしかないかもしれない。

Ⅱ.ナショナリズム

グローバル化する世界と国家

 世界は多くの国家と国境で分割されている。他方で ボーダレス化とグローバル化が急速に進み、その意味で の‘ひとつの世界’が出現してきた。これは相反する、

矛盾した現象であり、それゆえ国家も矛盾した対応を強 いられている。

 しかしこれは同じ現象の表と裏ともいえる。グローバ リゼーションは、国境を越えた、政治、経済、文化の、

ひいては諸社会の「相互依存」関係の深化である。その 複雑な関係の深化、時空の圧縮、速度の加速と規模の拡 大はあまりに急激であり、近代化のあらゆる現象におな じみの幾何級数曲線の上昇はとどまることがない。私た ちとって世界も国家も、秩序や予測や制御より、無秩序 や予測不能や無制御の予感にみちた場として、それゆえ 相互依存関係の肯定的化能性の場としてよりも、混乱し た相互干渉や競争のフィールド、という様相を呈してい る。ボーダレス化とグローバル化が‘ひとつの世界’を 出現させるだろうという希望的観測も、戦争という暴力 や国家エゴイズムなどの健在性の前で、急速に後退して いる。“自由でボーダレスなマネー”も、政治と戦争の 暴力性を越えるはずであったようなものではなく、以前 と同様それらと結託し、それにとって代わるような暴力 性で世界を巻き込むものであったことが明らかになって きた。

 そうした巨大な変化と力にさらされて、国家も地方も 従来のような「自助努力」では、内政問題も解決できな くなっている。中でも、 ‘先進国’と‘途上国’を問わず、 「社 会共同体」の解体が急速に進行していることは重要な問 題である。ともかく私たちは「国家」だけでなく、 「地方」

や「世界(地球)」も含めた様々なレベルでの社会的関 係を、この共通の状況にふさわしいかたちで新たに作り 直していかねばならなくなってきた。

 *  拙論『グローバリゼーション・研究序説』

「近代化」とそのプログラム

 ‘グローバリゼーション’を「世界の近代化」の現象 として考えたい。それはある時代、ある地域から形をと り始めた現象が数世紀をかけて広がり、幾何級数的に拡 大・加速化し、「地球規模」にまで至ったということの、

現在的な認識である。それは選択的・非選択的を問わず、

前近代的なもの、あるいは伝統的なものを、その社会共

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同性とともに解体し、改変していく。‘ポストモダン’

的な見方では、それは‘近代’という伝統さえ解体して いく。これは正しい。しかし現在(現代)は、‘近代後’

ではなく、また‘近代後期’であるかさえ定かでなく、

まだ近代の続きである。

 近代化のプログラムとして、「産業革命、宗教改革、

科学技術革命、高度の官僚システム、民主主義、資本主 義、ナショナリズム」などを挙げることができる。

 近代化とこれらのプログラムは16、17世紀ごろの西欧 に発したものである(全てがオリジナルというわけでは ないが)。その意味でそれらは“地域的・特殊的”な出 自をもっている。それはまた、“近代的”と同義である ような「進歩史観」と、 “(進んだ)西洋と(遅れた)東洋”

という「オリエンタリズム」ももたらした。近年、そう した「近代化の特殊性=西欧的出自」が強調され、それ への対抗思想が、非西欧的な特殊性の主張としても現れ ている。しかし近代化とそのプログラムはそのような地 域にも普及し、世界がそれを選択的・非選択的に取り入 れるのに比例した「普遍性・世界性(universality)」をもっ てしまった。それへの批判や対抗も、「和魂洋才」以上 のものではないように思える。しかしそうした「特殊性

・ 独自性」の自覚や主張は、ナショナリズムの復活や新 生の動力にもなっている。

 近代化とそのプログラムは、一律の世界標準として世 界に普及したわけではない。その選択や取り入れ方は、

それぞれの地域の文化的・歴史的条件によって変わり、

様々な変種を生み出した。 ‘後から’スタートした地域は、

そしてその地域ほど、‘正しいリストと手順’と思われ ているマニュアルやステップを無視し、どれかのプログ ラムを後回しにしたり、あるいはそれを飛び越えたりし て、自分たちの社会に相応しいと思う取捨選択や変形を 行ってきた(たいてい‘富国強兵、殖産興業、国威発揚’

といったかたちをとり、そのための産業化、科学技術、

官僚システムなどのプログラムが優先される)。それゆ えどのプログラムも、その地域の名前を冠した名で呼ば れるべきであり ― ‘ソ連型社会主義’、‘日本的民主主 義’など(‘○○型科学技術’とは言わないが)― 、そ れを冠しない共通の名が、普遍性や同一性への幻想や勘 違いをもたらすこともあった。

 その変容や比較は興味ぶかいテーマではある。しかし それらはやはり変種形であり、ヴァージョンの違いで あって、基本的には西欧発のプログラムを模範としてき た。

「ナショナリズム」というプログラム

 「それらのプログラムが互いにどう関連しているの か?」ということも、興味をそそる問題である。それを、

「それらのなかでどれが基本的なのか?」という問いで、

とりあえず考えることもできる。経済学的な観点からは

「資本主義」ということになり、別の観点では「科学技 術(革命)」やその根底にある「合理主義」であるかも しれない。あるいは、自由主義、民主主義、社会主義、

ナショナリズムなどは近代的な宗教改革(イデオロギー 化)と見ることもできる。

 どのアスペクトから見るかによって近代化の相貌も異 なってくる。しかしどれか‘基本的なもの’に還元した り、どれか‘普遍的なもの’に全てを包摂することはで きず、そのようにすれば必ず何か重要なものがはみ出て しまい、それゆえ、そのどの方法も相対的に対等なひと つの遠近法であるように思える。しかしそれは、何かを よりよく見るためには不可避的に伴うことでもある。そ れを念頭に入れ、一つの遠近法的起点を‘方法論的な仮 説’とすることもできる。

 ここでは「社会共同体のあり方」という観点から、近 代社会形成のプログラムであった「ナショナリズム」を 起点としたい。それはナショナリズムを通常のイメージ よりも長い射程で、つまり〈近代という時代を、始めか ら現在まで通底する現象およびイデオロギー〉と考える ことになる。それは、近代化の他のプログラムやイデオ ロギーを吸収し、編集し、それに動力を与える中心的な メカニズムであり、近代社会を形成する‘起動因、形相 因、質量因、目的因’であった。そうしてそれは国家に よる世界分割に至り、またその途上にもある。ナショナ リズムとは何より、世界を国家と国境、そして民族で分 割しているというこの「現実」であり、そしてこの現実 を支え続けている

4 4 4 4 4 4 4

イデオロギーである。

「イデオロギー」としてのナショナリズム

 「イデオロギー」とは、ある時代を主導する社会的・

政治的な価値観である。それは一般的な信念や信憑 ― プラトンの「ドクサ」、ベーコンの「イドラ」― となり、

それが‘当然で自然なこと’であり、さらには‘よい、

正しいこと’である、とされるような集合的無意識であ る。それは、当事者にはそのつもりがなくても、そこに 生きる個々人の思想や特定の集団の信念を全体として性 格づけ、支配してしまうようなものでもある。そしてイ デオロギーは、“これがよい、正しい、当然のことであ る”という強調さえ失い、無意識となり、人々がそれに 則るよう自ずから発言したり行動したりすることによっ て、その目的をより効果的に発揮するようになる(ソク ラテスやイエスは先ず、そうした無意識を「意識化する」

ことから始めたのであった)。

 ナショナリズムは、少なくとも近代以降、最も長く続 き、生き残った信念であり、そして上のような意味での

「イデオロギー」の名に最もふさわしいものといえる。

資本主義、自由主義、民主主義、社会主義なども、それ

(7)

を体制化した社会のなかで、そうしたイデオロギー(無 意識的な信念体系)として働いた。しかしそれらはまた、

その名とともに意識的にも提唱され、相互に「対抗思想」

(佐藤優)として提起され、理論化や批判的検討の対象 となったものである。しかしそれらのイデオロギーも、

ナショナリズムに対してはほとんどナイーブ(素朴)か つ無意識であった。(社会主義のように)それを批判的 に問題化した場合もあったが、結局はその手の中で動き、

それに飲み込まれてしまった。古典的な宗教と、その近 代的な諸宗派の主張も、自由主義も社会主義も、またファ シズムも、ナショナリズムの‘亜イデオロギー’であっ たように思える。「ナショナリズムは、・・・自由主義や ファシズムの同類として扱うよりも、‘親族’や‘宗教’

の同類として扱った方が話は簡単なのだ」 (B.アンダー ソン)。

 ナショナリズムは、近代化のプログラムがすべてそう であったように、ジグザグに、地域的に大きな〈時差〉

をともないながら普及してきた。この地域的な時差は、

現在のボーダレス化・グローバルによる相互干渉の状況 では、決して単純な「遅れ・追走」ではありえないが、

それゆえにこそ、近代化という同じ方向に向かうこの世 界にあっては、最も留意すべきことがらである。どの社 会も、そこに同時に残存してきた「前近代的なもの・伝 統的なもの」をも取り込みながら、それゆえまた、むし ろ前近代的・伝統的なものの表現でもありうるような仕 方で(A.スミス)、それぞれのナショナリズムを成長 させてきた。

 よく指摘されるように、“ナショナリズムは、それを 生み出した、あるいは体系化することに貢献した、偉大 な開祖や思想家を特定しがたい(他の宗教やイデオロ ギーのようには)”ということも、それが集合的で匿名 的な無意識の現象であること、―「自然発生的な大衆意 識に基盤を置いたもの」(A.スミス)であることを示し ているといえる。

 人々が自らを、‘キリスト教徒やイスラム教徒’‘自由 主義や社会主義’と称するようには、「ナショナリズム、

ナショナリスト」の名で呼ばなかった、あるいは呼びた がらないということも、その特徴を際立たせるといえる

(‘われわれは○○人だ’‘○○国家のために!’とは声 高に主張されたけれど)。その匿名性や沈黙ぶりは、“近 代化!”の饒舌さともあまりに対照的なので、それは、

近代化の主体でありながら、それよりももっと根源的で、

はるかに射程の長い現象であるかもしれない、とさえ思 えてくる(この可能性は、「Ⅳ.民族」の節で考える)。

日本のナショナリズムとその免罪(?)

 私たち日本人の多くにとって、‘ナショナリズム’は たいてい太平洋戦争の記憶と結びつき、負のイメージも

強い。それは“国家の過剰な強調と異常な暴走”であっ た、と。その負のイメージには、国家が選択したその(最 後の)戦争が「敗戦」という結果になり、それが「過ち・

失敗」であった、という意識もある(それ以前の戦争は‘成 功’であった)。しかしそこへと至る

4 4 4 4 4 4

プロセスについて の意識化は、そのシンボルであった天皇制とともに、戦 後になってむしろ封印されてしまったように見える(戦 前の方が批判的意識化も強かったように思える)。儀式 化された追悼式典、そこで繰り返される‘過ちは二度と くり返しません’という文言、持続され、慣習となる(こ とを望まれた)国旗や国歌や天皇制のシンボル化は、ナ ショナリズムという制度の思考停止形態としても機能し ているように見える。

 ところでそれはどのような「過ち」だったのだろうか?

どこから、そして何がどのように誤っていたのだろう か?― それは、戦術的誤りであり(勝てたかもしれな い)、時の政府の誤りであり(危険な賭けをした)、道徳 的な誤りであり(罪を犯した)、そしてそれらを防げず、

また加担もした等々、― それらすべての曖昧な総体で ある。その曖昧さは、その「過ち」がいつどこから始まっ たのかが明確でない、あるいは明確にもしたくない、と いうことでもあるかもしれない。その戦争は、 「文明開花、

四民平等、殖産興行、富国強兵、国威発揚」等々のスロー ガンとともに、日本が近代国家への道を歩み始めた、そ の連続線上にあると思えるからである。

 しかしそれらのスローガンは、“日本に特殊なもの”

だったわけではなく、どの近代国家もほぼ例外なくとる ことになったプログラムであった。近代化後発国ほどそ れを声高に唱え、急いで推進する必要があった。そこに は「豊かさと力」をもたらす近代化 ― これこそが、世 界が近代化を遅かれ早かれ選択することになる動因だと 思うのだが ― を推進することが、内発的な欲望(発展、

成長、支配への)と、外発的な不安や恐怖(征服され植 民地となるという)と相まって、世界史的な動向として 働いていた。そうした近代国家創設の時期は不思議なほ ど世界同時多発的である(1870年代など)。

 そのようにナショナリズムは世界史的なイデオロギー と実践であり、そこには同じようなメカニズムが働いた。

主に近代化後発諸国が“始めた”とされる戦争は、二度 の世界大戦でも、また冷戦でも、ことごとく敗北に至っ たという事実もある(ソ連の冷戦敗退は、社会主義の失 敗というより、近代化の後発性にあったのだろう)。後 発国の、全体主義や戦争という過激な動向も、先発国が 時間をかけて周到に進めてきた、より穏健に見えるが、

狡猾で暴力的でもあったやり方(植民地支配や奴隷貿易)

と、本質的には変わらないともいえる。そこに後から参 入した者は、国際秩序や占有権保全のルールの侵犯者と して処罰されることになる。

 *  そう考えれば、ジョセフ・S・ナイ・ジュニアの分析も、‘連

(8)

合国’の論理と倫理を大枠で踏襲しており、そのリアリズム を徹底できていないように思える。

 このような見方ができるとすれば、これは、私たちの 戦争と政治の‘戦術的な過ち’を証明はするが、その‘道 徳的な過ち’の一部は‘免罪’することになるように思 える。ただしその場合でもこれは要するに、 “みんなやっ ていたのだ”ということであり、その罪を認めた「言い 訳」以上のものではない。戦死者の国家的登録や、戦争 犠牲者の追悼の対象に(私たちに責任がある)アジアの 人々などが含まれず、国民もそれをほとんど意識しない ことは、それがいまなお「ナショナリスティック」であ ることを示してもいる。

 ナショナリズムを、“19c.後半に世界に高まり、二度 目の大戦で一段落したイデオロギー”とすることは、歴 史学的なひとつの共通認識となっている。しかしそれは、

‘終わったこと’であり、「過去の歴史認識とその清算」

の問題であり、もう持ち出したくない戦後補償の問題で あり、そして再び呼び出される‘亡霊’である、とはい えない。これは、現在の私たち(人類)の「社会共同体」

と同義である「国家」として明確に存続し、それゆえ、

それが形成されるときからあったものであるとともに、

人々を区分し、その集団的アイデンティとなる「国民」

や「民族」というシンボルとして、いまなお健在である。

Ⅲ.ネイション

ナショナリズムとネイションの言語的な曖昧さ  ‘nationalism’は、日本語では「国家主義、国民主義、

民族主義」と訳されうる。それぞれの訳し方によって、

その主体もそのイメージも異なる。通常は「国家主義」

であり、それに伴う「国民主義」という意味合いももつ。

つまり「国民国家」という形態をとる“国家とその国民”

の自己主張や、形成の要求、運動ということになる。し かしナショナリズムは「民族主義」という意味ももって おり、それは現代の「民族」の語義やイメージからすれば、

上の「国民・国家主義」とはかなり意味合いが異なるも のとなる。この違いが、ナショナリズムを考え、語ると き(特に外国の文献やその翻訳を読むとき)、問題をいっ そうややこしいものにし、混乱や誤解のもとにもなった りする。

 ナショナリズムの「主体」は何、あるいは誰なのだろ うか?― それは単純に、その名のもとになっている「ネ イション(nation)」である。nation は文脈に応じて「国家、

国民、民族」などに訳しわけられる(フランス語ではナ シオン、ドイツ語ではナチィオン、ロシア語ではナチィー ヤ等となる)。それらの意味の混在と融合は、その語と

現象が由来する西欧語にほぼ共通であり、それは「ひと つの対象にひとつの名をあてるべし」という理念からす れば、学問的分析にとってはいらだたしい無用な混乱の もとであり、それらに別の語をあてる日本語の方がより 明確ともいえる。しかし「国家、国民、民族」がひとつ の語であるということは、むしろそれらが曖昧に融合す るように、ひいては‘ひとつ’になるように現象し、意 思されてきたことを、そのまま反映しているともいえる。

 そうした曖昧さを避けるために、「国民・国家」(主義)

と「民族」(主義)を区別する考えもある。それを明示 するために、後者の「民族」には「エスニシティ、エスニッ ク」という語があてられ、 「エスニック・ナショナリズム」

という表現も使われる。そのことによって多民族国家や 民族紛争などの問題も、「国民国家」とはレベルも時代 も異なる問題 ― ポスト国民国家主義的なエスニック・

ナショナリズム ― として扱うことができる。そうなる と前者の「国民/国家・主義」は、“ネイション・ナショ ナリズム”や“ステイト・ナショナリズム”といったも のになり、日本語の3つの訳にも対応しそうだが、その ような語用は見かけない。それにその場合、それらに共 通した「ナショナリズム」は何なのか、どう訳すかといっ た、同じ問題が出てくる。ならいっそ日本語に応じて、 ‘エ スニシズム、ネイショニズム、ステイティズム’とすれ ば簡単だが、‘ナショナリズム’そのものがその語とと もに消えてしまうか、それら全体を指すものとして、元 に戻ってしまう。

 「国民・国家」(主義)と「民族」(主義)を区別する ことは、レベルや時代を区別すべき場合には意味があ る。しかしそれらはむしろ方法論的な区別であって、実 態はそれほど截然と区別できるわけではない。「民族主 義」は「国民国家主義」としての歴史でもあったのであ り、今日的なエスニック・ナショナリズムも、 「国民国家」

をめぐっているということ、つまり「民族(エスニック・

グループ)」がその独自性を意識し、既存の国民国家と その境界に反感をもったり、それを受け入れたり、ある いは自前のそれを持ちたいと思ったりするという意味で は、それが生まれたときと同じイデオロギーを共有して おり、その続きであるといえる。

 近代と国民国家の終わりを強調する“ポストモダン”

“ポスト国民国家”といった言説に対し、世界を分割す

る無数の国家の存在という「現実」から出発したい。ほ

とんどの国民国家は誕生してまだ1世紀も立っておら

ず、多くの国家はまだその体をなしておらず、自前の国

家もない民族はもっと多い。国家の解体や再編は現在進

行形で、その境界線も変更途上である。そうした状況と

時差があることを見れば、“ポスト”と語ることは、そ

こに含まれる特殊主義批判と相対化への意思にもかかわ

らず、自らの特殊的な‘先進性’や‘優位性’を隠蔽す

ることにもなりかねない(それはたいてい、近代化先進

(9)

地域での現象を念頭においている。とはいえ、従来の国 家が再編や変容を迫られているという意味では、「ポス ト古典的国家」という状況があることは確かではある。)

「ネイション(民族、国民、国家)」をめぐる辞書  「ネイション」と「ナショナリズム」の語義の曖昧さ、

またそれに関連する人間諸集団の名の曖昧さは、それを めぐる事態の複雑さや対象の変遷を反映しているのだろ う。そこで、これら家族的類似性をもつ語の語源的な確 認や比較をしてみる。その範疇化と命名のあり方は、人 間とその集団、‘われわれ’と‘かれら’を区分するあ り方の反映でもある。

 ・

nation

(民族、国民、国家)

 ラテン語の nation (生まれ)に由来。

  古 代 ロ ー マ で は、populus Romanus に 対 す る nationes(異民族・蛮族)といった意味を、中世では、

‘地域的出自、血の繋がり、言語や慣習や身分を共有 する特定集団’‘氏族共同体’を意味し(gens)、また、

ある‘教会会議の聖職者集団’も意味するようになる。

 近代になり、これが近代国家の構成員としての nation 「民族、臣民、国民」という意味をもっていく。

それとともに、そうした人々が作る社会共同体=「国 家」をも意味するようになる。

 ・

race

(人種)

 これはギリシャ語の genos、 ラテン語の gens の近 代版といえる。

 このカテゴリーは、「血族、氏族、同族」などが暗 示するような、(疑似的なそれも含む)‘共通の遺伝的 特徴をもつ人間の種’として、近代の人類学や民族学 博物学とともに登場する(コーカソイド、ネグロイ ド、モンゴロイドなどに大別され、今日に至る)。そ れは混血の事実とその進展により、あまり引証されな くなってきたが、現代では遺伝子学が新しいトレーサ ビリティを提供している。

 この‘人種’という概念は、「身体的・形質的特徴」

の違いという明確な外観を裏付けるものとして、優性 学やアーリア人神話のような例を典型に、長い間、区 別と差別を疑似科学的な装いで表現し、正当化する役 割も果たしてきた。混血が進み、その後の価値観がそ れを禁じているとはいえ、人間の間にいまなお存在す るこの身体的・形質的な特徴の「違い」は、生物の違 いと同様に、科学の裏付けを待つまでもなく、誰の目 にも明らかなものである。その感覚的な明証性と(美 醜や好悪を伴う)印象は、私たちに執拗に残り続ける。

その「異なり」の感覚と印象は、“かれらは同じ人間 ではない⇒人間ではない”“人間は同じではなく、様々

な先天的・自然的な「種・族」がある”という観念を 提供し続け、それが「民族」という概念のひとつの中 核ともなっている。それは、近代の「進化論」のあか らさまな引証が控えられるようになった後でも、区別 と差別の温床となっていることは変わらない。

 tribe(部族)は‘人種や民族の下位集団’と位置 づけられてきた。文化人類学や民俗学などはこの単位 を「民族」とすることが多く、この語がもつ“原始的”

なイメージを避けるために ‘ethnic’という語をあ てた。

 とはいえ日本語訳からしても、‘race(人種)→

ethnic(民族)→ tribe(部族)’と、より下位の種・

族に分類されるイメージがある。

 さらにややこしいことに、辞書では‘race’は「民 族」でもある。それは、血縁的なものだけではなく、 「伝 統や文化を共有する集団としての民族」という概念が 強調されるようになった後でもそうであり、「少数民 族」「多民族国家」「民族自決」などの重要な用語を、

race ( racial ) という語で表現する用例は、現在の辞 書にも記載されている。

 ・

ethnicity, ethnic, ethnos

(民族)

 古代ギリシャの ethnikos, ethnos は、その同属語で ある genosとともに‘(他の)民族集団’を意味して いた。初期教父たちは‘非キリスト教徒やユダヤ教徒’

を ta ethne と呼んだ。

 この語が、race(人種)よりも小さな単位として、

また「国民」と区別されるような「民族」の意味で使 用されるようになったのは、比較的新しい。その契機 のひとつが、1950 ~ 60年代のアメリカで出現した、

市民としてのマジョリティ(国民)に対する‘マイノ リティ’という性格づけでの民族的出自の問題化であ る、とされる。また「民族問題」や「民俗学(ethnology)」

の発展とともに、現在意味するような、国民とは別の 意味合いをもつ「民族」を表すようになっていく(よ り詳細は、次章で検討)。

 ・

people

(民、人民、国民)

 これは「人々、民、人民」として、 ‘人種、民族、国民’

に種別化されない、最も一般的で中立的なイメージの、

あるまとまりをもった‘人間社会集団’を指す。それ ゆえ、‘人種や民族’といったイメージを消したいと きの「人民・国民」としても使われる。例えば‘中華 人民共和国’ならいいが、‘中華民族共和国’ではま ずい。中国やソ連(ソ連は‘ナロード’)などがこの 語を用いたとき、そこには、“社会主義によって民族 や国民を越える”という意図が含まれていたのだった が。

 民族自決と国民国家の独立、特に植民地独立を念頭

(10)

において提唱された(1960年の)国連憲章は、「自決」

の主体として‘Countries and People ’を使用した。

これは特に、‘これから国家と国民となるべき、ある クニとそこに住む人々’である。またロールズの ‘Law of peoples ’も「諸国民の法」と訳される。

 社会主義や国際社会もこの語や理念を好んだが、

「人々」という普遍的な語が、その下位レベルである はずの「国民」を意味してしまうということは、人々 が(どれかの

4 4 4 4

)国民である他ない

4 4 4 4 4 4 4 4

という現実を象徴し てもいる。

 ・

nation、state、country

(国家、国)

 nation は(なぜか)「国家」も意味することになる。

ただし‘国家’も、 ‘国民’との関連が強い nation 、 ‘政 体や政府’との関連が強い state、 ‘国土’との関連が 強い country などの語がある。とはいえ最も多く使 われる nation が、 「国民、民族」という人間と、 「国家」

という政治社会体という異なるものを意味してしまう ということは、言語的な遅れ以上に、 「ナショナリズ ム」という現象の意志と実態を反映している。

 日本語は「民族」「国民」「国家」という語を区別し ている。しかし「国家、国」は逆に曖昧である。国土 と国民からなる「国家(nation) 」、‘出身地や郷里’

を表す「お国(country)」、また‘国を訴える’といっ たときの「政府(state、government) 」を意味する 言葉が、それぞれ使い分けられるよりも、「国家、国」

という同じ語で表されている。

 ・(日本語の)「民族」

 日本は欧米の nation よりも早く、これを区別して きたように見える。この語は中国の古典に由来するが、

明治以降の近代国家建設、特に日清・日露戦争と帝国 主義、中国への進出の意思に伴い、 ‘大和魂、日本民族、

日本国民’の強調とともに、すなわちその「ナショナ リズム」とともに登場し、普及したという。この場合、

事実上「民族と国民」は融合し、同義とされていたの であり、その点では欧米語の nation と変わらない。 「日 本民族」は、万世一系の日本国体(天皇制)を大和魂 で支える往古からの「種族・民族」であり、それが新 たな「国家の臣民」として、連続的に重なりあうもの として思念されていたといえる。それは日本に限らず、

多くのナショナリズム、特に「シビック・ナショナリ ズム」と区別される「エスニック・ナショナリズム」

に共通したものであったのだが。

 「民族」を‘民族問題、民族文化、民族料理’など、 ‘文 化的エスニシティ’という意味でイメージし、使用す るようになるのは近年のことで、欧米の概念化の輸入 といえよう。

 日本において 「民族」 と 「国民」 が、イミ(指示対

象)は同じだが、名(とその意味)は異なるニュアン スで現れたこと、しかし「エスニシティ」をも 「民族]

と訳してしまったことは、「ナショナリズム」という 欧米語の曖昧さを受け継いでいる。

 以上のことから言えることは、人間集団を様々に区分 する名称の登場、その概念の外延や内包は、その歴史 的・社会的・地域的な文脈が強く働き、それとともに変 化してきたのであり、学問的分類もそれとは無縁ではな かったということである。それゆえそれらは「ネイショ ン」を中心に、「多義的、可変的、重層的、流動的、恣 意的」な概念であることを意識しておく必要がある(塩 川伸明)。

 「ナショナリズム」とはこの種の類義語がもつ意味の ズレや重なりのアマルガムであり、その歴史、特殊性と 普遍性をことごとく‘畳み込みながら’(大澤真幸)展 開してきたメカニズムであり、イデオロギーである。ナ ショナリズムの主体である nation が、範囲もレベルも 性質も異なる3つの意味をもち、日本語で文脈に応じて 訳し分けられることも、混乱の元である。しかしそれは ナショナリズムが、民族と国民と国家が渾然一体となり、

ひとつの巨大な生きもの ― ホッブズの‘人間の集合体 からなる一個の怪物(リヴァイアサン)’― が、ひとつ の身体と魂をもったものとして生まれ、成長していくあ りさまを表している。

「民族」とナショナリズム

 アーネスト・ゲルナーは極めて簡潔な「ナショナリズ ム」の定義を与えている。

 「ナショナリズムとは、第一義的には、政治的単位 と民族的(national)な単位とが一致しなければなら ないと主張するひとつの政治的原理である」

 「ナショナリズムとは、エスニックな境界線が政治 的な境界線を分断してはならないと要求する、政治的 正統性の理論である」(Gellner:p.1)

 この定義は、典型的なナショナリズム、すなわち19c.

後半から次第に高まっていく‘国粋主義、帝国主義’的 なそれよりも、射程が長い。ゲルナーはもっぱら近代 国民国家の創造期に焦点を当てているが、この定義は、

その後の民族自決による独立国家建設や、この著が書

かれた頃(1980年代)から激化する民族紛争(ethnic

conflict)や民族問題にも適用できる。これは彼が、「狩

猟社会/農業社会/(近代的)産業社会」という大きな

歴史区分によって分析をしたことにもよるが、その「近

代」の力学が現在も継続していることを暗示しているよ

うに思える。

参照

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