生殖技術によって生まれた子どもの親子関係と 出自を知る権利の課題
徳 永 幸 子
Issues Concerning the Rights of Children born by Reproductive Technologies Sachiko TOKUNAGA
The purpose of this paper is to clarify issues concerning the rights of children born by reproductive technologies by which we discuss two problems : one is the relation of parent and child with the children and the other is the right of offspring to know their origin. It is confusing to decide who is their father and mother by interpreting the text of the civil law, because civil law has not provided us with that hypothesis about such children. So we must consider how to fit their position in society without discrimination whatever their origin. As well we examine how to reform the civil law including children born by reproductive technologies
These days, the importance of the right of offspring to know their origin has been gradually approved in several countries in Europe. It is important to make their personality by knowing their origin, but there is antagonism between children and parents about such issues of access and knowledge. So the right of offspring to know their origin being has not been improving.
If parents insist on the right which makes a family by having a child using reproductive technologies, we must give priority to the right of offspring to know their origin, not to the rights of parents. This is because parents who use reproductive technologies to have a child are responsible to guarantee the rights of children as parents. We take priority over all the rights of children when we establish or reform the laws concerning children born by reproductive technologies.
Key Word : Children born by reproductive technologies, Relation of parent and child, Right of offspring to know their origin
はじめに
親子関係は、家族の基礎であり、社会関係であると同時に法律関係でもある。したがって、親子 関係のありようは、国家や社会のありようによって規制される。たとえば、明治民法の親子法は、
たんに封建的な家族関係を法制化したものではなく、家族国家論によってこれを再構成したもので あった。親子法の歴史的発展をみると、第1段階はそのような「家のための親子法」であり、強大 な権力を有する家長が家族構成員を支配し、親子関係は独立したものとして表面にはあらわれない 段階である。第2段階は、「親のための親子法」であり、親子関係が独立した関係として表面にあ らわれたとしても、親は家父長的性格を引き継いでいるため、子どもの利益より親の利益が優先さ れる段階である。第3段階は「子のための親子法」であり、子どもの利益、福祉を図ることを目的 とするものである(有地 2005:121)。戦後の民法改正によって、親子法は「家のため」、「親のため」
から「子のため」の親子法になり、子どもの利益を中心とした親子法の体系とみることができる。
しかしながら、子どもの利益とは何かということになると、個々の問題に関する具体的内容につい て必ずしも共通の理解があって論じられているわけではない。そのため、現行の親子法を子どもの 権利保障の視点から具体的内容について点検する作業が必要である。
一般に、親子関係は血縁という生物学的事実だけで形成されるのではなく、社会的に親子として
承認されたものであることを必要とする。親子とは何かについては自明なことのように思われるが、
「生みの親か、育ての親か」あるいは「血縁か、養育か」という形で難しい問題が提起され、生み の親と育ての親が一致しない場合、誰が親かをめぐって葛藤が生まれることも稀ではない。そのよ うな問題が起こるのは、親すなわち生みの親であり育ての親であるという暗黙の了解があるからで あるが、この図式は必ずしも普遍的なものではない。親が自分の子どもを育てるという観念のない 時代もあり、養子制度は血縁関係のない親子を法律上の親子として認めたものであり、里親制度に は法律上の親子関係はないのである。
近年、生殖技術の進展によって性と生殖が分離し、これまでの親子関係の概念が大きく揺らぐこ とになった。精子、卵子、胚の提供や代理懐胎に第三者が関わることによって複雑な親子関係が生 じる。したがって、生殖技術によって生まれた子どもに関して誰を法律上の父親とするのか、母親 とするのかが問題になるのである。パートナーのいない女性が精子バンクを利用して人工授精し、
妊娠・出産した場合や男性の冷凍保存した精子をその死後に用いて人工授精によって妊娠・出産し た場合に、誰を父親とするのか、という問題も起こる。さらに、夫の精子を第三者の女性に人工授 精して出産してもらう場合、母親は妻なのだろうか、出産した女性なのだろうか。あるいは、夫の 精子と妻の卵子を用いた体外受精で第三者の女性が出産した場合や、第三者の配偶子、胚を用いて 第三者の女性に出産してもらう場合はどうなるのだろうか。これまでの「母」の要素が、卵子を提 供する女性、出産する女性、養育する女性という3つのものを含むことになる。そこで、生殖技術 によって生まれた子どもの親子関係を確定するとき、親子関係とは、血縁つまり生物学的要素を共 有する関係なのか、親として子どもを養育する意思に基づく関係なのか、実際に子どもの養育にあ たるという社会的関係なのかが問題となるのである。
日本では生殖技術に対する法的規制がなく、日本産科婦人科学会を中心とした医師の自主規制の 下で行われている。しかし、生殖技術によって生まれた子どもの親子関係をめぐる問題が顕在化し、
精子・卵子の売買や代理懐胎の斡旋など商業主義的行為が見られるようになってきたため、生殖技 術によって生まれた子どもの法的地位の安定のための法整備や生殖技術への規制等が急務になって きたのである。1998年、旧厚生省厚生科学審議会が先端医療技術評価部会生殖補助医療技術に関す る専門委員会(以下、専門委員会とする)を設置したのを始めとして、生殖技術に関してはさまざ まな議論が行われてきた。その主なものには、①生殖技術を受ける対象者の範囲(事実婚、同性婚、
単身者、加齢による不妊患者等)をどうするのか、②第三者からの配偶子と胚の提供を認めるのか、
③家族間の配偶子提供を認めるのか、④死後生殖を認めるのか、⑤代理懐胎を認めるのか、⑥子ど もの出自を知る権利を認めるのか、などがあろう。これらのなかで、子どもの出自を知る権利につ いては、子どもの福祉を重視する観点から最大限尊重されるべきだという考えが示されるように なった。しかしながら、この権利を認めるのか、認めないのか、認めるならば、ドナー情報の範囲 をどこまでにするのかなど、日本だけではなく諸外国においても合意形成が難しい問題である。
このように、生殖技術によって生まれた子どもは、親子関係や出自を知る権利に関してきわめて 不安定な状況に置かれている。そこで、ここでは、生殖技術によって生まれた子どもの親子関係や 出自を知る権利の課題について検討することにしたい。はじめに、親子関係がどのように規定され ているのかについて現行の親子法の内容を確認し、それを前提とした場合、生殖技術によって生ま れた子どもの親子関係がどのように考えられるのかを検討する。そして、先進諸国では親子関係が どのように確定されているのかを明らかにし、親子法の課題について考察する。つぎに、出自を知 る権利に関する先進諸国及び日本の対応の状況を概観し、子どもの権利保障の視点から出自を知る 権利の課題を明らかにしていきたい。
1 親子法における親子関係
生殖技術によって生まれた子どもの親子関係の課題を検討するにあたって、法律上の親子がどの ように規定されているのかについて、親子法の内容を確認することから始めたい。
一般に民法の「第4編 親族」と「第5編 相続」を家族法と呼び、家族法は、家族(夫婦・親子・
親族)の身分関係および財産関係について定めている。具体的には、夫婦の身分関係(婚姻・離婚)
と財産関係(夫婦財産制・財産分与)、親子の身分関係(実子・養子)と財産関係(後見・扶養)、
親族の身分関係(親族の範囲)および財産関係(扶養・相続)である。家族法のうちでも、とくに 親子に関するものは、親子法と呼ばれている。
日本で民法の編纂が本格的に議論されるようになったのは明治期であり、1890(明治23)年に成 立した旧民法はフランス民法典いわゆるナポレオン法典を模範とするもので、基本的には平等な夫 婦を中心とする個人主義的な小家族主義を基調としたものであった。そのため、家父長的家族制度 に親しんでいた日本の実情にそぐわないという反対論が台頭し、その結果、新民法の編纂というこ とになり、これはドイツ民法を模範として行われた。こうして生まれたのが、1898(明治31)年の 明治民法の親族・相続編であった。したがって、これは家父長的家族制度の維持を志向していた点 において特徴的であり、「親のための親子法」であるといわれる(太田 1980:4)。明治民法は、明治 政府の家族政策を反映して、旧来の封建的親子関係、とくに武士家族の親子を規範として、それを 家族国家観の立場から再構成し、家・戸主権・家督相続を三位一体とするものであった(中川 1985:150)。そこでは、親子関係には、実子と養子が含まれ、実子には嫡出子、庶子、私生子の区 別を設けた。嫡出子は婚姻した夫婦から生まれた子をいい、庶子は婚外子のうち父が認知した子を いい、私生子はすべての婚外子をいった。
戦後、日本国憲法の制定により、個人の尊厳と両性の本質的平等の原理によって親子法の根本的 改革がなされた。1947年5月の憲法施行に伴い、それに抵触する民法規定は、憲法違反となるおそ れがあるため、「日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律」によって、「家」に関す る規定は適用されなくなった。1948年1月1日からは改正民法が施行された。これにより親と子は、
家族法上の身分関係として把握されることになり、親権は子の監護教育のための親の義務と、子の 財産上及び身分上の代理権を中心とする権利義務関係にすぎないものとなり、親子法は「子のため の親子法」が志向された(中川 1985:152)。したがって、親子法は親の子に対する責任や義務を規 定するものと位置づけられており、子どもの利益を主体に考えているといえるのである。
今日、親子関係には、民法の定める種別として、血縁関係にある実子と、法律上の関係にある養 子に大別される。実子には、嫡出子と非嫡出子のふたつがあり、嫡出子は出生と同時に嫡出の身分 を取得する生来嫡出子と、親の婚姻などの要件が満たされたときに嫡出子となる準正嫡出子とがあ る。嫡出子と非嫡出子については、民法ではその定義を定めておらず、学説や判例に委ねられてい る。学説では、嫡出子を「婚姻によって生まれた子、ないし婚姻関係にある男女に生まれた子」、
非嫡出子を「婚姻外に生まれた子、ないし婚姻関係にない男女間に生まれた子」と解している(久 貴 1980:7)。生来嫡出子には、推定を受ける嫡出子、推定を受けない嫡出子、推定の及ばない嫡出 子があり、準正嫡出子には、婚姻準正子と認知準正子がある。婚姻準正は、父がその子を認知し、
その後で母と婚姻した場合で、その子は父母の婚姻によって嫡出子という身分を取得する。また、
認知準正は父が母と婚姻してからその子を認知した場合で、その子は認知の時から嫡出子という身 分を取得する。非嫡出子は、父の認知により親子関係が成立したか否かによって、認知された非嫡 出子、認知されない非嫡出子に区別される。そして、養子には普通養子と特別養子があり、普通養 子は成年養子と未成年養子に分けられる。これらを整理したものが、下記のものである。
推定を受ける嫡出子 生来嫡出子 推定を受けない嫡出子 (民法772条以下) 推定の及ばない嫡出子 実子 準正嫡出子 婚姻準正子
(民法789条) 認知準正子
子 非嫡出子 認知された非嫡出子 (民法779条以下) 認知されない非嫡出子 普通養子 成年養子
養子 (民法792条以下) 未成年養子 特別養子(民法817条2以下)
落合福司(2003)「親子関係と法」『やさしい家族法』成文堂p117-8を一部修正
親子関係には、生物学的関係、法律上の関係、生物学的関係でも法律上の関係でもないが実際に 養育にあたるという社会的関係がある。母子関係は、一般に分娩という具体的な事実行為が介在し、
客観的に母子関係を確定することが可能であるため、生物学的関係と法律上の関係を区別すること は意味がなく、両者は重複するものとして取り扱うことができる(松本 1979:75)。民法第779条で は「嫡出でない子は、その父又は母がこれを認知することができる」とし、非嫡出子の場合、母が 認知することができるとしているが、判例、学説は、母と嫡出でない子との法律上の親子関係は分 娩の事実によって当然に発生すると解している(有地 2005:140)。母子関係は分娩の事実によって 発生しているのであるから、母子間における嫡出・非嫡出の区別はその存在理由がなく、非嫡出母 子間において子が認知されるか否かということも意味のないことになる。
一方、父子関係は母子関係とは異なり、客観的事実によって血縁を明らかにすることはきわめて 困難であり、科学的・経験的法則に従って父性を推定し、それを法的に是認するという構成がとら れるが、これが母性推定は考えられないが父性推定が要求される所以である(松本 1979:77)。婚姻 関係にある男女の間で生まれた子どもについては、父を推定することが妥当であり、それが子ども の保護や利益につながる。そこで、民法第772条第1項では、「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子 と推定する」とし、第2項で、「婚姻成立の日から二百日後又は婚姻の解消若しくは取消の日から 三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する」ことにしている。これらの推定規 定に該当する子どもは、「嫡出推定を受ける嫡出子」と呼ばれ、これは嫡出推定であるとともに父 性推定としての意味も持っている。
しかしながら、これは推定であるため、この推定をくつがえして、法律上の父子関係を消滅させ ることができる。これを嫡出否認といい、民法第774条では、「第772条の場合において、夫は、子 が嫡出であることを否認することができる」として、否認の訴を定め、否認権は訴によってのみ行 使することができる(民法775条)ことを規定している。嫡出否認の訴においては夫の生殖能力、
血液型等から生物学的な父子関係があるか否かが審査され、夫の子であり得ないことが証明される 場合に否認の訴が認められる。このような父子関係に関する民法の考え方は生物学的な父を法律上 の父とする考え方によるものといえよう。しかし、生物学的な父が存在する場合にも法律上の父子 関係が認められない場合がある。否認の訴の提起については、承認による否認権の喪失(民法第 776条)つまり、夫が子の出生後にその嫡出であることを承認したときは否認できないことや、夫 が子の出生を知ったときから1年を過ぎると否認できないという否認権の喪失(民法第777条)な どの制限があるからである。これは子の父を安定的に確保させるためである。嫡出否認権を夫だけ にしか認めなかったのは、その子は夫の子ではないと主張することは妻が姦通をしたことを証明し なければならないという弊害が起こるからだといわれている(二宮 1996:44)。嫡出否認の訴は、子 が嫡出と推定されていることを前提とするものなので、嫡出推定が認められないとき、つまり、夫 の子であり得ないことが客観的に明白である事情のもとに生まれた子については嫡出推定が働かな いと解すべきであるから、夫がこれらの子との間の父子関係を争うときは、嫡出否認の訴ではなく 親子関係不存在確認の訴によらなければならならない(福永 1979:22)。この親子関係不存在確認の 訴を認める明文の規定はないが、学説・判例ともこのような確認訴訟を認めている。これは父だけ ではなく、確認の利益をもつ者であれば、誰でもいつでも提訴することができるので、推定を受け ない嫡出子の地位はそれだけ不安定である(有地 2005:130)。子の利益を保障するという観点から 考えると親子関係不存在確認の訴は無制限に認めることはできないといえよう。
嫡出推定によれば、夫婦の子が生まれた場合であっても、その子が内縁関係にある間に懐胎した と推定されるときは、嫡出推定を受けない。懐胎期間が200日ないし300日とされていることから、
たとえば婚姻成立後190日で生まれた子どもは民法第772条の嫡出推定を受けられなくなる。このよ
うな子どもは、「嫡出推定を受けない嫡出子」と呼ばれる。ここに、民法第772条の定める嫡出推定
と嫡出子たる身分の取得とは区別されるのである。また、婚姻成立後200日以内に生まれる子ども
の中には、夫の子どもではない子もありうるので、その場合には妻からこれを非嫡出子として届け
出ることができ、逆に夫の嫡出子として届け出をすることもでき、母が自分の意志で選択できるの
である。
「嫡出推定の及ばない嫡出子」とは、夫の子どもを懐胎しえないことが客観的に明らかな状態の 下で懐胎した場合などに嫡出推定されない子どものことである。たとえば、夫が長期海外出張中、
服役中、行方不明の場合、さらには夫婦が事実上の離婚で別居し、夫婦関係の実態がない場合など に妻が懐胎、出産した子がこれに属する(有地 2005:130)。推定が及ばないとする際の判断基準と して、実質的には「婚姻」が存在しないとみられる場合に限るというのが外観説であり、これに対 し血液型の不一致など生物学的な父子関係の不存在が明らかな場合は、推定が及ばないとする考え は血縁説と呼ばれている(大村 2010:89)。このうち前者がやや多数説とみられているが、その後第 三説が登場した。これはふたつの説の調和を図ろうとするもので、まず外観的なものから証明しそ れが不可能である場合にはじめて血縁説の証明を許すもので、親、子、第三者のそれぞれの利益の 衡量に当たっては子の利益が最も優先されるべきであるとしている(久貴 1980:22-3)。
父子関係を否定する方法として、嫡出否認の訴、親子関係不存在確認の訴がある一方で、非嫡出 子とその父との親子関係を成立するためには認知の訴がある。父母が婚姻関係にない場合は、父が 認知をしない限り、子どもを養育していても法律上の父子関係は成立しない。認知には、非嫡出子 の父が自らこれを認知することができる任意認知と、それが行われない場合に、非嫡出子、その直 系卑属または法定代理人が非嫡出子の父に対し認知の訴を起こすことができる強制認知がある。父 が認知を拒む場合は、子の側から認知の訴えを起こさなければならず、裁判では子の方で父子関係 があることを証明しなければならない。父が死亡した後でも死亡の日から3年間は認知の裁判を起 こすことができ、これは死後認知と呼ばれる。また、任意認知が事実に反してなされた場合、その 事実を主張し法律上の父子関係の成立を否定する認知無効がある。成年の子を認知する場合には本 人の承諾が必要とされ、胎児を認知する場合には母の承諾が必要とされている。そのように認知に は、父の意思だけではなく、成年の子の意思、胎児の母の意思が関与しており、血縁上の父子関係 があっても、法律上の父子関係が成立しないこともありうることを認めていることから、意思主義 の側面があるといえる(二宮 1996:46)。認知は、もともと子の利益を基本とするものではなかった。
民法では男系で家の存続を図るという立場から、嫡出子、庶子、私生子という区別が行われ、嫡出 子が法定家督相続人になるが、女子ばかりの場合は、父が婚外子の男子を認知して庶子とし、この 庶子が嫡出女子に優先して家督相続人となったのである。しかし、庶子は遺産相続については嫡出 子の半分とされた。このように認知は、子どものためというよりは家のために存在し、父子関係は 子どもの利益の保障ではなく、家の相続人を確保することに重点が置かれていたのである(二宮 1996:48)。
民法は、推定を受けない嫡出子、推定の及ばない嫡出子にみられるように、生物学的な親子関係 が存在する者を父あるいは母とするのを基本としている。とくに母子関係については認知を要しな いという考え方は生物学的親子関係を重視するものである。しかしながら、嫡出否認の訴、親子関 係不存在確認の訴、非嫡出子の任意認知においては父とされる者の意思が尊重されており、また、
嫡出否認の訴には期間制限があることなどは、生物学的には父子関係はないが社会的意味において 父子関係を認めようとするものである。民法では、法律上の親子関係はいくつかの要素によって定 められており、その要素の働き方には母子関係と父子関係、婚姻内の親子と婚姻外の親子とで異同 があるということなのである(大村 2003:13)。
国家法としての民法の親子法は、ひとつの国家意思の法的表現といえるが、現実の親子関係は大
きく変容しつつある。子どもの利益が主張されるとき、親の利益と子どもの利益との関係や国がそ
れにどう関与するのかという問題などが生みだされ、親子の権利義務を規定している親子法は、子
どもの権利保障の体系として転換を促されることになるといえよう。子どもは継続し安定している
親子関係を奪われることがあってはならないし、子どもも親も望まない親子関係を強制されること
があってはならない。法律上親子であるということが安定的に確保されて、子どもは安心して成長
することができる。親が親であろうとする意思は、子どもの生存にとって必要でありその意思は社
会的関係によって維持されるのである。
2 生殖技術によって生まれた子どもの親子関係
民法の考え方を前提とした場合、生殖技術によって生まれた子どもの法律上の親子関係はどのよ うに確定されるであろうか。そのことを検討する前に、生殖技術によって生まれた子どもがいまど のくらいいるのかを確認しておきたい。日本産科婦人科学会は、1986年から体外受精・胚移植等の 生殖医学の臨床実施に関して登録報告制を設けており、2008年度末の登録施設数は609か所である。
1989年には生殖医学の登録に関する委員会が設置され、報告内容の集計と分析を行っている。非配 偶者間人工授精(以下、AIDとする)に関して、1999年度から2008年度までの調査結果をまとめた ものが表1である。1998年から2008年までにAIDによって生まれた子どもの数は1,471人となる。
日本におけるAIDは、1948年に慶應義塾大学で行われたのが最初で、1992年に男性不妊の治療に顕 微授精が導入されたことから、その実施数は減少したといわれているが、およそ数万人の子どもが 生まれているといわれている。また、体外受精に関しては、日本産科婦人科学会平成21年度倫理委 員会登録・調査小委員会報告によると2008年の出生児数は2万1,704人であり、累積出生児数は21 万5,755人となっており、その年度別状況は、表2の通りである。これらの表に明らかなようにい まや、人工授精によって生まれた子どもよりも体外受精によって生まれた子どもの方がはるかに多 いことになる。
表1 非配偶者間人工授精(AID)の実施状況
日本産科婦人科学会の1999年度から2008年度までの倫理委員会登録・調査委員会報告より作成
表2 体外受精による出生児数の状況
日本産科婦人科学会の1999年度から2008年度までの倫理委員会登録・調査委員会報告より作成
人工授精、体外受精、代理懐胎における精子、卵子、懐胎のさまざまな組み合わせにおいて、誰 を法律上の父親とするのか、母親とするのかという問題が問われることになったが、これは、現行 の親子法の解釈論などで対応することになる。そこで、この問題を人工授精、体外受精、代理懐胎 の順に考えてみることにしよう。
人工授精には、夫の精子による配偶者間人工授精(以下、AIHとする)とAIDがあるが、AIDに よって生まれた子ども(以下、ID児とする)の場合は複雑な問題が生じる。ID児は母との間には 血縁関係が存在し、法律上の母子関係は分娩の事実により当然に発生すると解されているので、母 子関係の存否は問題にならない。しかし、母の夫との間には生物学的に父子関係が存在しないこと は明らかである。したがって、父(夫)がID児の嫡出性を否認する、母あるいは第三者(たとえ ば精子提供者)が父とID児との間の親子関係不存在を主張するようなことも考えられる。法律上 の父子関係を確定する場合、生物学的な父子関係と社会的な意味における父子関係とどちらが望ま しいのかということになる。また、未婚の女性が人工授精によって子どもを得ようとする場合には、
社会的な意味における父は存在せず、精子提供者である生物学的意味における父の存在だけである。
この場合には生物学的父を法律上の父としてよいかどうかが問題となる。民法の学説は、ID児の 法律上の父子関係を確定する解釈論を展開してきた。そこでは、ID児を嫡出推定される嫡出子と 解する立場が多数説である。多数説には、夫がAIDに同意した場合にはID児を嫡出推定を受ける 嫡出子と解する単純嫡出子説、夫のAIDへの同意を嫡出性承認の意思表示と解する嫡出性承認説、
夫のAIDへの同意を嫡出否認権放棄の意思表示と解する否認権放棄説、夫がAIDへの同意を後に なって覆すことは権利乱用に当たると解する権利乱用説、夫のAIDへの同意を嫡出性承認以上の強 い意思表示と解して否認を許さないとする否認不許説というように分類される(本山1999:138)。
学説の中には夫が不妊であることを理由に、嫡出推定の及ばない嫡出子とするものもあるが、多数 説は夫婦がともに子を得ようとして施術を望んだのである以上、当事者や子の保護のため嫡出推定 を受ける嫡出子と解すべきであるとするのである(久貴 1980:75)。嫡出推定を受ける嫡出子とされ る場合、夫の否認権の問題が生じる。ID児について嫡出性を否定しうるのは夫だけであり、同意 のあるAIDによるID児についても夫は否認権を行使し得るかが問題となる。学説の中には施術に 対する承諾とその出生子を嫡出子とする意思とは必ずしも同一ではなく、身分秩序はなるべく真実 と一致させるべきであることを理由に、否認権の行使を肯定するものもあるが、多数説は施術に際 して同意した夫が、のちに否認権を行使することは信義上許されないとしてこれを否定するのであ る(久貴 1980:75)。「子のための親子法」のもとにおいて生殖技術によって生まれた子どもを保護 するという要請からも否認権の行使は否定されなければならないといえる。また、夫がAIDに同意 していないにもかかわらず妻がID児を出産した場合は、嫡出推定の及ばない嫡出子と解する、夫 婦の同棲の欠如を加重要件として嫡出推定の及ばない嫡出子と解する、外観上夫の子でないことが 明白な場合または夫婦関係の破綻を加重要件として嫡出推定の及ばない嫡出子と解するなどの説が ある(本山1999:138)。
民法は自然生殖を前提に血縁に重点をおいて親子関係を確定するという立場をとっている。した
がって、そのような観点からみるならば、人工授精によって生まれた子どもは精子提供者を父とし
て認めるべきであるとも考えられよう。しかしながら、民法の学説ではこれを否定している。それ
は、第1に、そのような認知を認めることは、子どもの保護にならずまたその母や夫にとっても不
利益となること、第2に、精子提供者が多数の授精子から認知を求められることは不合理であるこ
と、第3に、もし施術にさいして複数者の精液を混合して用いられたとしたならば、科学的にみて
も父を決定することはできない、という理由からである(太田 1980:78-9)。しかし、民法第772条
の嫡出推定規定について、血縁を重視するという立場に立つならば、ID児については嫡出推定が
働かないとされる。推定の与えられない嫡出子の地位の否定は嫡出否認によらず、親子関係不存在
確認の訴の余地もありうるので、ID児の地位は不安定である。しかも、生物学的父である精子提
供者は匿名のため認知によって父子関係を明らかにすることもできない。そこで、夫の同意がある
ことによって嫡出否認権を放棄したと解すると、夫の同意がない場合に限り嫡出否認の可能性が認
められることになろう。これに関しては、1998年9月16日に、夫婦の離婚に際しID児の親権をめぐっ
て争われた訴訟で、東京高裁が「夫の同意を得て人工授精が行われた場合には、人工授精子は嫡出 推定の及ぶ嫡出子であると解するのが相当である」とし、母親も夫との間に「親子関係がない旨の 主張をすることは許されない」と判示したものがある(石井 2005:202)。それまでは、ID児の父子 関係をめぐる紛争が表面化することはなかったが、このような裁判によって子どもの法的地位の不 安定さが明らかにされたのである。
しかし、AIHの場合も問題がないことはない。たとえば、父の死後、冷凍保存精子によって子が 出生した場合、父子関係はどうなるのかという問題である。冷凍保存精子によって人工授精を行っ た場合は、嫡出推定が及ばない可能性があるが、人工授精に夫の精子が用いられたことを証明すれ ば夫婦間の嫡出子と解することができよう。しかし、この問題については、2006年9月、最高裁が 死後認知を認めないと判示したものがある。その理由は、「死後懐胎子については、その父は懐胎 前に死亡しているため、親権に関しては、父が死後懐胎子の親権者になり得る余地はなく、扶養等 に関しては、死後懐胎子が父から監護・養育・扶養を受けることはあり得ず、相続に関しては、死 後懐胎子は父の相続人になり得ないものである。−中略−法律上の親子関係の形成に関する問題は、
本来的には、死亡した者の保存精子を用いる人工生殖に関する生命倫理、生まれてくる子の福祉、
親子関係や親族関係を形成されることになる関係者の意識、更にはこれらに関する社会一般の考え 方等多角的な観点からの検討を行った上、親子関係を認めるか否か、認めるとした場合の要件や効 果を定める立法によって解決されるべき問題であるといわなければならず、そのような立法がない 以上、死後懐胎子と死亡した父との間の法律上の親子関係の形成は認められないというべきである」
としている
1。
体外受精の場合は、精子、卵子のさまざまな組み合わせに分けて考える必要がある。つまり、① 夫の精子と妻の卵子、②第三者の精子と妻の卵子、③夫の精子と第三者の卵子、④第三者の精子と 第三者の卵子という分け方である。①の場合は、人工授精におけるAIHと同様に夫婦の嫡出子とす ることができる。②の場合は、母については問題はないが、父が夫なのか精子提供者なのかが問わ れるが、AIDの場合と同じように考えることができる。③の場合は、夫が父であることに問題はな いが、母が誰であるかが問題となる。生物学的には卵子提供者であるが、妊娠・出産するのは妻で ある。この場合、民法の規定に基づき、分娩者を母とするのがよいのであろうか。2003年7月の「精 子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療により出生した子の親子関係に関する民法の特例に関す る要綱中間試案」(以下、2003年報告とする)では、母子関係については、「女性が自己以外の女性 の卵子(その卵子に由来する胚を含む)を用いた生殖補助医療により子を懐胎し、出産したときは、
その出産した女性を子の母とするものとする」と、卵子が自分のものではない場合であっても、分 娩した女性が母となるという考えを示している。このような考えが採用されたのは、第1に、母子 関係の発生を出産という外形的な事実にかかわらせることによって、母子関係の法律関係を客観的 な基準により明確にすることができること、第2に、母子関係の決定において生殖技術により生ま れた子と自然懐胎により生まれた子をできるだけ平等に取り扱うことが可能になること、第3に、
女性が子を懐胎し出産する過程において、生まれてくる子に対する母性を育むことが指摘されてお り、子の福祉の観点から見て出産した女性を母とすることに合理性があると考えられたのであり、
これは、代理懐胎を禁止するという前提に立っている(石井 2007:17)。また、この報告書では、父 子関係については、「妻が夫の同意を得て、夫以外の男性の精子(その精子に由来する胚を含む)
を用いた生殖補助医療により子を懐胎したときは、その夫を子の父とするものとする」としている。
④の場合は、父についても母についても問題となるが、父についてはAIDと同じように考えられ、
母については③の場合と同じように考えられる。
代理懐胎の場合は、その議論は錯綜としており、血縁主義か分娩主義かという対立軸とは別に、
一定の事実に基づいて当然に母子関係が決まるという事実主義か、当事者の合意等、個別事案にお
ける具体的な状況を踏まえて決まると考えるのかという対立軸も存在している(窪田 2009:27)。代
理懐胎によって生まれた子どもの母は誰かということについては必ずしも見解は一致せず、およそ
次のようなものがある。すなわち、①分娩した者を母とする(イギリス法の立場)、②遺伝的な関
係をもつ者を母とする、③依頼した夫婦の妻を母とする(子どもを育てようとする意思を重視する
もので、アメリカのカリフォルニア州最高裁判決の多数意見の立場)、④誰が母かは子どもの最善 の利益によって生まれた後で判断する(アメリカのカリフォルニア州最高裁判決の反対意見の立 場)、⑤事前に裁判所において審査し、問題がなければ依頼夫婦の妻を母とする(アメリカの1988 年人工生殖子の法的地位に関する統一州法の立場)などである(樋口 1995:132)。すでに述べたよ うに、2003年報告では、分娩した女性を子の母としている。また、2008年4月の日本学術会議生殖 補助医療の在り方検討員会提言「代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題−社会的合意に向けて」
では、①代理懐胎により生まれた子の親子関係については代理懐胎者を母とする、②代理懐胎を依 頼した夫婦と生まれた子については、養子縁組または特別養子縁組によって親子関係を定立する、
という考えが示されている。民法では嫡出推定、嫡出否認において、一定の事実の継続によって血 縁関係がなくても父子関係は否定されないという仕組みを採用しており、懐胎と分娩という事実を 重視することは、一定期間を通して母子関係が形成され、それを法的な親子関係として承認すると いう枠組みであると考えられる(窪田 2009:28)。ただ、代理懐胎については、2000年の「精子・卵 子・胚の提供等による生殖補助医療のあり方についての報告書」(以下、2000年報告とする)では 禁止している。それは、人を専ら生殖の手段として扱い、代理母の身体に多大な危険性を負わせ、
しかも後に子の引き渡しをめぐる紛争が生じるなど、生まれてくる子の福祉の観点からも好ましく ないなどの理由からである。代理懐胎の問題では、女性の自己決定権が主張されることがあるが、
法律で代理懐胎を制約することは、それを依頼する女性は、妊娠・出産のリスクを負わないので、
女性の自己決定権への違憲な制約であるとはいえないのである(青柳 2007:28)。また、代理懐胎契 約は、その有償あっせん等の行為が罰則を伴う法律によって規制される方向にあり、民法上公序良 俗に違反して無効となると解されている(棚村 2003:34-5)。しかし、禁止されても代理懐胎がなく なることはなく、生まれてくる子どもをめぐる問題に対応する必要がある。代理懐胎の依頼者が実 母となることはできないが、養母になる可能性は封じられていないので、養子縁組を行うことがで きるが、これを無制限に認めると代理懐胎禁止が骨抜きになることも考えなければならないであろ う。
代理懐胎に関しては、誰を子どもの母親とするのかが争われる裁判が東京と大阪で起こっている。
東京の場合は、2006年、日本人夫婦がアメリカのホストマザーに依頼して夫婦の遺伝子を受け継ぐ 子どもを出産してもらい、出生届を品川区に提出したところ、受理されなかったため、品川区に対 しその受理を求める裁判を起こしたものである。2007年3月の最高裁では、「現行の民法の解釈と しては、出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ず、その子を懐胎、出産し ていない女性との間には、その女性が卵子を提供した場合であっても、母子関係の成立を認めるこ とはできない」「民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の 裁判は、我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものであり、民法118条3号にい う公の秩序に反するといわなければならない」と判示している
2。最高裁は、先に述べた死後懐胎 も代理懐胎もともに、広義の民法解釈として親子関係不成立と判断し、代理懐胎において分娩者を 母とすることについては外国の判決も排除する公序であると判断したのである。これらの判例は生 物学的親子関係を法律上の親子関係にしたいと望む当事者からの提訴であったが、第三者の配偶子 を用いた場合は提供者がその事実を秘匿したいと考えるので、親子関係をどう考えるかは難しいと いえよう。
これまで検討する中で、生殖技術によって生まれた子どもの親子関係を確定するにあたり、法的
解釈だけでは対応できないことが明らかにされた。生殖技術によって生まれた子どもの親子関係が
争われること自体が子どもの福祉に反するといえよう。日本では血縁を重視し、それはときには偏
見を招くほどに根強い。しかし、嫡出推定や認知の制度において必ずしも血縁主義が貫徹されてい
るわけではない。親子関係創設の意思は、親子間の権利義務を引き受けるという意思であり、その
責任を第一義的に担うのが親である。そのことに血縁主義と意思主義との違いはないのである(落
合 2003:184)。法律上の親子関係は、子どもの養育責任を負う親を明らかにすることであり、親子
関係は血縁のつながりに限定されるものではないといえるのである。
3 先進諸国における親子関係と親子法の課題
生殖技術によって生まれた子どもの親子関係を諸外国ではどのように考えているのであろうか。
1980年代から先進諸国では生殖技術への規制や親子関係に関する法整備が進められてきた。たとえ ば、スウェーデンは、1984年の「人工授精法」で出自を知る権利を認めるのに伴い親子法の改正を 行っており、イギリスは1990年に「ヒトの受精及び胚研究に関する法律」で親子関係を明確にし、
フランスは1994年の「生命倫理法」で親子関係を規定し、ドイツは1989年の「養子斡旋及び代理母 斡旋禁止に関する法律」等で生殖技術の適用範囲を明示したうえで、1997年及び2002年に親子関係 を明確化するための民法改正を行っている。また、アメリカは1973年の「統一親子法」でID児の 父子関係を定め、1988年には「技術援助によって懐胎した子の地位に関する統一法」を制定したが、
各州で生殖技術によって生まれた子どもに対する法的対応がばらばらのため、2000年に新しい「統 一親子関係法」を制定し、これまでの親子関係に関する統一法を一本化する形とした(中村 2007:58-9)。これらの先進諸国における生殖技術をめぐる親子関係及び日本の2003年報告をまとめ たものが表3である。この表にある国々は、生殖技術によって生まれた子どもの母は、原則として 分娩した女性とし、父は生殖技術に同意した夫とし、配偶子提供者は出生した子どもの父母とはな らないとしている。ただ、イギリスは商業目的以外の代理母契約を認めているので、代理懐胎の場 合は裁判所が親決定によって配偶子などを提供した夫婦の子とする途を開いている。アメリカでは 11の州で代理母契約を認めているが、依頼者と代理母、さらにその配偶者も含めた全員の合意が条 件とされ、裁判所が出産前の合意の有効性承認と誕生後の親子関係に介入するのである(殿村 2007:29)。
スウェーデンでAIDが実施されるようになったのは1920年代になってからだといわれているが、
1970年代後半からはAIDによる出生児数が毎年230名前後となったため、スウェーデン政府は、
1977年に設置された「子どもの権利調査委員会」に人工授精に関する法的規制と人工授精子の法的 保護のあり方についての調査を委嘱した。この調査委員会から提出された「人工授精子」と題する 調査報告書を参考に、政府は「人工授精法」、親子法の改正規定及び秘密保護法の改正規定に関す る政府原案を作成し、1984年に国会での若干の修正を経てそれらの法律は成立したのである(菱木 1985:115)。スウェーデンの親子法では、母が婚姻中に生まれた子は母の夫の子としての推定を受 けることになっており(出生主義)、婚外子の父性の確定は認知か判決による。認知の場合、子の 父からの認知と本人もしくは法定代理人の同意と同時に社会福祉委員会の承認が必要とされており、
その承認は、認知者が本当に子の父であることが認められる場合に限られていることから、ID児
の場合は認知が認められないという問題があった。また、父子関係があると認められた場合であっ
ても、生物学的父子関係がないことがわかったときには、いつでも夫は父子関係不存在確認の訴を
提起できるようになっていた。そこで、そのような不合理をなくすために親子法が改正されたので
ある。改正では、「婚姻中の夫もしくは内縁の夫の同意を得て母親に人工授精施術が行われ、且つ
諸般の状況からみて、その子が人工授精施術によって懐胎されたものであることが信ぜしめられる
場合、(中略)同意を与えた者は子の父とみなされる。(中略)夫は人工授精子に対して父子関係不
存在確認の宣告を求める訴を提起できない。または夫がなしたる認知はこれを取り消すことができ
ない」という内容が新たに追加されたのである(菱木 1985:123)。精子提供者とID児との父子関係
については、ID児は精子提供者に対して認知請求の訴を提起することができないが、精子提供者
の側からID児を認知することができるかどうかについては、夫の同意がない場合はその認知を特
に否定すべき理由はないとしている(菱木 1985:122)。この改正では、親になるという意思を血縁
よりも重視する意思主義を採用し、養子の場合と同様に血縁主義に例外を設けているのである(両
角 2005:295)。また、1988年に成立した「体外受精法」は2001年の改正で、提供配偶子による非配
偶者間体外受精が認められることになり、この改正に伴い、親子法も改正され、「子どもを出産し
た女性を母親とみなす」という条文が追加されたのである。
表3 先進諸国及び日本における生殖技術をめぐる親子関係
殿村琴子「生殖補助医療と親子関係についてー先進諸国の法整備状況との比較から」を参考に作成
イギリスは1978年に世界で最初の体外受精児が誕生した国であり、1982年には「ヒトの受精及び 胚研究に関する調査委員会」(ワォーノック委員会)が設置された。ワォーノック委員会による 1984年の報告書の勧告は政府提出法案の中に盛り込まれ、1990年に「ヒトの受精及び胚研究に関す る法律」として成立した。この法律では、母を「胚又は精子及び卵子の移植を受けた結果、子を懐 胎した女性は、その子の母とされ、それ以外のいかなる女性もその母とされないものとする」と規 定した(三木 2005:235)。AIDによって生まれた子の父性は、その実施が一般化した後も法律に規 定されず、裁判で争われることもなかったが、夫の子ではないので母の非嫡出子といわざるを得ず、
子の父は匿名のドナーであるとされていた。しかし、1987年の Family Law Reform Act 1987 によって、ID児は、夫の不同意が立証されない限り夫婦の子とされ、「ヒトの受精及び胚研究に関 する法律」では、人工授精のほか胚又は精子及び卵子の移植も加えて、この原則を再規定したので ある(三木 2005:235-6)。このことは、夫が不同意であることが立証されれば、夫は子の父とされず、
精子提供者も父とされないため、法律上の父がいないことを容認したことになる。ところが、この
法律では、たとえ精子提供者ではなくても、夫以外の男性に父性が付与されるという規定が追加さ
れている。すなわち、子の母と婚姻関係になく、同棲もしていない男性が母と共に「不妊治療サー
ビスを受けた」という事実に基づき、「あらゆる目的のために」子の父とされるという規定である。
これは子がその男性に対して扶養や相続の権利を有することになるので、子にとって有益であると いう考えからである(三木 2005:235-6)。
フランスでは、生殖技術に関する立法の是非をめぐる激しい議論が10年間続いてきたが、1994年 に「生命倫理三法」を成立させた。この法律では、人体を、人ではないが単なる物でもない、特別 な保護に値する存在とし、そのために民法典の「人」と「物」に関する規定の間に「人体」を新設 したのである。民法典新第16条には「法律は、人の優越性を確保し、人の尊厳に対するあらゆる侵 害を禁止し、そして、その生命の開始時から既に人間存在の尊重を保障する」とある。母子関係に ついては、法的な規定はないものの、実際に出産した「生みの母」が母であるという点では一貫し ており、出産した女性以外の子として出生届をすると刑事制裁がある(北村 1996:124)。配偶子提 供者と子どもとの間の親子関係は確定されず、認知も認められない。すなわち、「第三者たる提供 者を伴う医療的介助生殖の場合、提供者と生殖から生まれた子との間には、いかなる親子関係も設 定されることができない」(民法典第311条の19第1項)という規定があるからである。これはフラ ンス親子関係法における大きな方向付けとしての自然的真実の尊重には反するが、提供者を伴う介 助生殖においては、提供者との関係を断ち切って、親になる約束に基づく親子関係を樹立するとい うことである(北村 1996:121)。子の地位に関しては法律上の夫婦の場合には嫡出推定が働き、夫 の同意があった場合にはあらゆる親子関係の争いの訴えは禁止される。しかし、事実婚の場合は、
父母それぞれからの認知が必要になり、任意認知がない場合、「医療的生殖介助に同意した後、そ れから生まれた子を認知しない者は、母子に対する関係で責任を負う」(民法典第311条の20第4項)
ことになるのである(北村 1996:125)。
人工授精の実施歴の長いアメリカでは、1964年からジョージア州をはじめいくつかの州で、ID 児に関する立法化が進んだ。これらの立法においては、夫が人工授精に書面による承諾をしている 場合は、ID児を夫の嫡出子とするが、立法措置を講じない州では非嫡出子として扱われることが あるため、1973年に「統一親子法」において嫡出子と非嫡出子の法的地位の平等化を図ることになっ た(人見 1979:548)。この法律は、第1条で親子は自然の親子と養親子の2種類とし、第2条で親 子関係は、親の婚姻状態に関係なく、すべての子、すべての親に平等に認められるべきものとし、
人工授精によって生まれた子については第5条で規定している。すなわち、「資格ある医師の監督 のもとに、妻の夫の承諾を得て、夫以外の男によって提供された精液によって人工授精を実施され た妻の場合は、法の下においては、夫は子が懐胎された自然の父と同じく扱われる。夫の承諾は書 面でなすことを要し、夫ならびに妻が署名することを要する。医師は、夫婦両名の署名および人工 授精の実施日を証明し、保健省と共に夫の承諾書を保管する。本書類は公開しないものとし、封印 して保管される。しかし、書類の保管につき医師に過失があったときも、親子関係には影響を及ぼ さない。人工授精に関するすべての記録や書類は、裁判所における保存記録であるか、監督した医 師により保管されたものであるか、その他の所に保管されたものであるかに拘わらず、十分な理由 が示された場合に、裁判所の命令によってのみ検証することができる。監督する医師のもとに、提 供者の妻以外の既婚女性に対する人工授精のために精液を提供した者は、法の下においては、それ に よ っ て 懐 胎 さ れ た 子 の 自 然 の 父 で は な い も の と し て 扱 わ れ る 」 と い う も の で あ る( 人 見 1979:548-50)。これまでみてきたように、先進諸国では、生殖技術によって生まれた子どもの親子 関係は法律で決定されるべきであると考えられており、新たな立法化を進めている国が多い。その 多くは、精子提供にあたっては、生殖技術に同意した夫を法律上の父親とし、卵子提供や代理懐胎 を認めるにあたっては、分娩した者を法律上の母親としているといえる。
一方、日本では、親子法の解釈によって親子関係を確定しているため、子どもの法的地位は不安
的である。親子関係に関する法的整備を行うためには、生殖技術を視野に入れた親子法の課題が検
討されなければならない。二宮周平(2007:117-23)は、現行の親子法では子どもが不利益を被るこ
とがあるため、親子法の根本的な改革を図るべきであると主張する。そして、親子法改正の視点と
して、父母の平等、子の平等、子の利益の確保の3点をあげている。父母の平等とは、子の養育は
父母の共同責任ととらえられているので、法律上の親子関係について、父子も母子と同様、血縁関
係の存在によって発生するとし嫡出否認権を母にも認め、父の認知について母の同意を必要とする、
というものである。また、子の平等とは、父子関係の推定について嫡出子と非嫡出子を平等に扱う ということである。そして、子の利益の確保とは、①親子関係の発生・否定に際して、子に判断能 力があれば子の意思を尊重する、②親子としての共同生活が継続した場合には、父子の間に血縁関 係がないことが分かっても、親子関係の否定を認めないというものである。①は、父母間に共同生 活がなく、かつ父が父子関係を確認しようとしない場合は、子には推定される父がいないことにな る。そこで、子は父に対して父子関係確認の訴えを起こすことができるようにするのである。他方、
父の推定が事実に反する場合には、一定期間内であれば子にも親子関係を否定する権利を保障し、
家庭裁判所の審判で事実を確認して決めるというものである。②は、養育の事実を尊重するために、
親子関係を否定できる場合を限定することを意味する。これまで、判例は、血縁関係がない以上、
実親子関係は存在していないとして、親子関係不存在確認の訴を簡単に認めてきた。しかし、2006 年7月7日の最高裁判決では、親子関係不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすもの といえるときには、当該不存在確認請求は、権利の濫用に当たり、許されないとしたのである(二 宮 2007:122)。
また、窪田充美は、現行の親子法で実親子関係の存否について明確な規律を欠いていることは、
生殖補助医療等の新たな問題を考える場合に、その議論の基礎を不安定なものにし、婚姻の有無か ら子の身分(親子関係)を考えるという構造との関係で一定のきしみを生じさせているといい、母 子関係と父子関係の存否に関する規律や生殖補助医療に関する問題に対応できる規定を整備するこ とを提案している(窪田 2009:22)。母子関係については、現在の問題状況を踏まえた上で、「子を 出産した者を母とする」とし、父子関係については、「子の出産時にその母の夫であった者を、そ の子の父とする。これにより父が定まらないときは、子の懐胎の時にその母の夫であった者を、そ の子の父とする。婚姻の解消若しくは取り消しの日から(300日)以内に生まれた子は、婚姻中に 懐胎したものと推定する」とし、父子関係否認(子や母の否認権も認め、AIDへの夫の同意がある 場合は否認を排除する)や認知の規定を設けるというものである(窪田 2009:26-32)。
生殖技術によって生まれた子どもの親子関係の確定は、血縁を基礎とする実親子関係とは整合性 を欠く面を含む。たとえば、ID児を母の夫の嫡出子として認めることは血縁を基礎とする親子関 係の確定とは相いれない。また、代理懐胎では分娩者とは別に遺伝上の母が存在する。したがって、
生殖技術の法規制を実親子法に取り入れる場合にはこれらを踏まえた「実親子関係」の基礎的な検 討が必要になるのである(前田 2010:21)。民法の基本的な考え方は、遺伝的な親子関係によって親 を定めるが、それには例外があり、当事者の意思および社会的な要素が配慮される場合がある。す でに述べたように、嫡出否認の訴において夫の意思のみが認められ、かつ提起しうる期間に制限が あり、成年の非嫡出子の認知に子の同意を要することなどである。ところが、判例や学説の傾向は 母の認知の否定や嫡出推定の及ばない子にみられるように、例外を狭め、遺伝上の親子関係を重視 する方向へ修正するものであった(樋口 1995:134)。このような傾向を前提として、生殖技術によっ て生まれた子どもの親子関係をどのように考えるかが検討されなければならないであろう。
生殖技術によって生まれた子どもの法的地位をどのように安定させるかという問題は、子どもの
父は誰か、母は誰かを確定することが中心になる。そのことは、生殖技術の進展をどう規制するの
かという問題と切り離して考えることは出来ない。生殖技術への歯止めの手段として、子の法的地
位を考えることもでき、逆に、子の法的地位が安定的に保障されるか否かが、生殖技術自体に影響
を与えるともいえよう。イギリスでは、代理懐胎において分娩した女性が母であると法律で規定し
ている。その結果、母となるのを望んでいない代理母に母とされるリスクが生じるとともに、その
こ と は 第 三 者 の 女 性 が 介 在 す る 生 殖 技 術 を 抑 制 し よ う と す る 意 図 が 明 白 な の で あ る( 樋 口
1995:132)。英米における親の確定の意義は、誰がその子を扶養する権利(又は義務)を負うかに
つき、親であることが第一義的な重要性をもつところに求められるが、日本では扶養の問題にとど
まらず、相続や近親婚、老親扶養や姓の問題などを含む包括的な親子関係の有無が問題とされるの
で、生殖技術によって生まれた子どもの親子関係の問題は英米とはまったく違った意味をもつこと
になる(樋口 1995:134)。しかしながら、最も重要な法的効果は、その子どもを育てることを誰に
委ねるのが「子の福祉」を保障するのかという点であろう。親子関係とは、血縁関係なのか、親と
して子どもを養育する意思に基づく関係なのか、実際に子どもの養育にあたるという社会的関係な のかという問いに関しては、子どもの最善の利益がどのように守られるのかが検討されなければな らない。親子法のあるべき方向としては、子どもの権利保障の体系として全面的に改正されること が望まれるのである。
3 生殖技術によって生まれた子どもの出自を知る権利
生殖技術によって生まれた子どもの親子関係に関わる問題として、出自を知る権利の問題がある。
出自を知る権利が問題となるのは、AID、非配偶者間体外受精(精子・卵子・胚提供)、代理懐胎 である。各国の出自を知る権利をめぐる状況については、2004年の日本医師会総合政策研究機構の 調査報告書に明らかにされている。その一部を整理し、日本の2003年報告の内容を加えたものが表 4である。この表によると、スウェーデン、スイス、オーストリア、イギリス、フランス、オース トラリア・ヴィクトリア州の先進諸国のうち、出自を知る権利を認めていないのはフランスのみで ある。出自を知る権利を認めている国々においても、自己が提供配偶子・胚によって生まれたかど うかを知る権利とドナーを特定できる情報を知る権利のふたつの段階のうち、どちらを認めている のかが異なる。前者については、スウェーデン、イギリス、オーストラリア・ヴィクトリア州には その規定があり、スイス、オーストリアにはない。後者については、スウェーデン、スイス、オー ストリア、オーストラリア・ヴィクトリア州が、氏名、生年月日、住所などドナーを特定できる情 報にアクセスできる。イギリスでは、規則で定められた範囲内でアクセスできるとしており、2005 年4月1日以降に提供配偶子・胚により生まれた子どもについては、ドナーを特定できる情報にも アクセスできる(光本 2004)。請求年齢については、オーストリアは14歳で、それ以外の国は18歳 以上、スウェーデンは十分な年齢に達した時点としている。また、ドナー情報の管理機関について は、イギリスがヒト受精及び胚研究許可庁、オーストラリア・ヴィクトリア州が不妊治療機構など のように生殖技術を統括する中央機関、スイスが所管官署、その他の国は各医療機関である。記録 の保管期間はスイスが80年間、スウェーデンが70年間、イギリスが50年以上、フランス、オースト リアが30年間となっている。2000年以降では、オランダ(2002)、ノルウェー(2003)、フィンラン ド(2006)などが配偶子提供者を特定する情報の開示を法的に認めるようになった(林 2010:8-10)。
世界で最も早く生殖技術への対応を行ったスウェーデンでは、「人工授精法」制定論議のなかで 大きな問題になったのが、人工授精によって生まれた子どもに、そのことを教えるべきか否か、も し教えるとすればどの程度のことまで教えたらよいのかということであった。精子提供者の身元ま で教えることに関しては意見が分かれたが、1983年の調査委員会の報告書では、人工授精によって 生まれた子どもに対して自己の生物学的父を知ることを権利として認める考えが示されている。そ れは人間には自己のルーツを知る権利があるということの他に、精子提供者の氏名秘匿権を認めた ならば、父子関係不存在確認を求める訴で子ども側が敗訴した場合、父親を得ることができなくな るからである(菱川 1985:118)。精子提供者の身元を教えることに反対する立場は、生物学的父を 知る権利を与えた場合、精子提供者が減ることになり、その結果、国外で人工授精を受けてくるか、
ブラック・マーケットで受けざるを得なくなり、結果的に人工授精法を制定した意味がなくなると いう(菱川 1985:118)。このような議論の末、 「人工授精法」では子どもが相当の年齢に達した場合、
生物学的父を知る権利を与えることになった。そして、その権利の行使を保障するため、人工授精
を行った病院に対して精子提供者の個人資料の保存と開示を義務づけ、資料保存期間を70年として
いるのである。
表4 出自を知る権利に関する各国の制度(○は認めている、×は認めていない)
「『出自を知る権利』」についての諸外国の制度と現状−提供精子・卵子・胚によって生まれた個のドナー情報 へのアクセス−」日本医師会総合政策研究機構報告書第66号のうち一部削除し、日本を加筆して作成