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産業革命期 イングラン ドの識字率 と 労働者階級教育 態様

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産業革命期 イングラン ドの識字率 と 労働者階級教育 態様

耕三郎

̀

識 字 率 の 歴 史 的 研 究 は過 去10年 間 歴 史 家 の 間 で 注 目を 浴 び る研 究 とな って き たb。 この結 果,自 署率 を も とに した識 字 率 の時 系 列 が 作 成 され る よ う にな り, これ に伴 い識 字 率 の 変 動 の 解 釈 が 当 然 の こ と と して姐 上 にの ぼ って きて い る。

この 場 合,識 字 力 の 最 大 の 源 泉 と して く 教 育 〉 が 論 じられ るの は 自明 の理 で あ る。 筆 者 は識 字 率 の 計 量 的 歴 史 研 究 それ 自体 に 精 通 して い るわ け で は な い し, 関 心 の焦 点 もそ こに あ る わ けで は な い。 本 論 文 は イギ リス産 業 革 命 期 の 識字 率

の趨 勢 を め ぐ る解 釈 を素 材 と しなが ら も,労 働 者 階 級 く 教 育 〉 態 様 に 焦 点が あ て られ る。 まず 第 一 に産 業 革 命 期 に識 字 率 が 低 下 した とす る論 者 の 主 張 の 基底 に あ る,公 然 あ るい は暗黙 の前提,す な わ ち く学 校 教 育 が 識 字 力 を 産 み 出 した 〉

〈 産 業 革 命 は教 育 を弱 体 ・脆 弱 化 させ た〉 との 前 提 を抽 出 す る。 第 二 に これ ら の前 提の も とで は,そ の論理 的 帰結 と して教 育 は労 働 者 階 級 に とっ てく 外 因 性 〉 の 性 格 を持 っ もの と して しか 捉 え る こ とが で きず,労 働 者 階 級 く 教 育 〉 態 様 を す くい とれ な か っ た事 実 を示 す と共 に,労 働 者 階 級 の間 で は 〈教 育=学 校 〉 と く 非 教 育=学 校 以 外 の生 活総 体 〉 とは 画然 と区別 され て い た ので は な く,融 合 状 態 で あ っ た こ とを示 す 。 最 後 に その よ うな 融 合状 態が どの よ うな歴 史的 規 定 性 の も とに現 出 して い たの か を明 らか にす る。

本論文は昭和59年度文部省 科学研究費奨励 研究(A)に よる研究成果 の一部であ る。

原稿受領 日1985年12月3日

1)酒 井昭廣 「識字率 と産業革命」『社会経済史学』第31巻第1号,1983,は 手 ぎわ よ くこの研究動 向を紹介 してい る。

〔123〕

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文 研 第71輯

正学校教育と講字率

産業 革命 あ るいは工業化 と識 字率 との連 関 とい う視 点 か ら,問 題 の 焦点 とな っ て い る地 域 は産 業 革 命 を主 導 した基 幹 産 業 の 綿 工 業 を抱 えて い た ラ ン カ シ ャー で あ り,そ の 識字 率 の趨 勢 で あ る。

M.サ ンダー ソ ンの主 張 に よれば1780年 代 か ら1820年 代 に か けて ラ ンカ シ ャ ー の 識 字 率 は低 下 し,そ れ に は三 つ の要 因 が複 合 して働 い て い た。 第 一 に は 出生 率 の 上昇 と ラ ンカ シ ャーへ の人 口流 入 に よ る人 口増 加 で あ る。 第 二 に は学 校 基 本 財 産 と学 校 の 創 設 の 減 少 。 第 三 に は産 業革 命 によ る社会 変化,と りわ け家 族 構 造 の 変 化 で あ っ た2㌔

T.W.ラ ー カ ー は,サ ン ダー ソ ンの デー タで は,学 校 基 本 財 産 お よ び 学 校 創 設 の 増 減 と識 字 率 の趨 勢 を結 び つ け た に して も,解 釈 不 能 な 矛盾 が あ る こ と

を指 摘 して い る。 す なわ ちく 学 校 教 育 が 識 字 力 を産 み 出 す 〉 と い う前 提 を認 め' れ ば,結 婚 登 録 簿 に よ る識 字 力 は15年 前 の 学 校 教 育 を反 映 す るは ず で あ り,学 校 を離 学 す る年 齢 と結 婚 年 齢 との 間 の15年 の タ イム ・ラ グを 数 値 の 解釈 に は必 要 とす る。 ま た,仮 に学 校 教 育 と識 字 力 との この よ うな 連 関 を承 認 す るに して

も,そ して 「学 校 基 本 財産 が 教 育 施 設 の適 切 な指 標 で あ る限 りに お いて も,そ

う い う こ と は ほ とん どの学 校 が フ ォー マ ル に組 織 さ れて い な い時 代 に お いて は

疑 わ し い が,識 字 力 の 動 向 を 説 明 す る の に も少 し も役 立 ち は し な い 」(上 点 強 調 筆 者,以 下 同 様)と 主 張 す る。 な ぜ な ら ば1700〜30年 に は 基 本 財 産 と 学 校 が 大 規 模 に 創 設 さ れ,1750年 代 の 高 い識 字 率 を 惹 起 し た と して も,1750,60年 は 基 本 財 産 の 数 と規 模 が 急 速 に 増 大 した に も か か わ らず,1760〜80年 代 初 め の 識 字 率 の 傾 向 は 下 向 趨 勢 で あ り,1786〜1816年 は 基 本 財 産 創 設 の 減 少 に もか か わ らず,1810年 代 後 半 〜20年 代 に は 識 字 率 は 上 向 趨 勢 を 示 して い る 事 実 が,基 本 財 産 学 校 の 創 設 数 の 増 減 と識 字 力 と を 連 関 さ せ る こ と を 否 定 して い る3)と 指

2)MSanderson,̀LiteracyandSocialMobilityintheIndustrialRevolu‑

tioninEngland',Pα8̀α ηdPrε8θ ηε,No.56,1972.

3)T.W.Laqueur,̀LiteracyandSocialMobilityinthbIndustrial

RevolutioninEngland',Pαsε αηdPresθ πε,No.64,工974,pp。98‑99.

(3)

産 業 革 命 期 イ ン グ ラ ン ドの 識 字 率 と労 働 者 階 級 教育 態様

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摘 し て い る 。

こ れ に 対 し,サ ン ダ ー ソ ン は 識 字 率 は1810〜20年 代 に一 貫 して 上 向 趨i勢を 示 して い る の で は な く,そ の 上 向 趨 勢 が 顕 著 に な るの は ラ ン カ シ ャ ー 全 体 で は18

30年 代 か らで あ り,「 国 民 協 会 と内 外 学 校 協 会 の1810年 代 か らの 活 動 と一 致 す る」 こ と を強 調 し,ラ ー カー が 指 摘 した1750〜60年 代 の基 本 財産 学 校 の 創 設 増 が 識 字 率 の 上 向 を惹 起 しな か っ た こ と は 「と るに足 らな い矛 盾 」 で あ り,1750 年 代 の 学 校 施 設 の 増 大 は識 字 率 に影 響 を 及 ぼ す に は小 規 模 で あ り,人 口増 加 に

よ って 吸 収 され て しま っ た,と 反 駁 して い る4)6ま た ラー カー の サ ンプ ル で は 識 字 率 が1810年 代 に 上 昇 し,サ ン ダー ソ ンの サ ンプ ル で もヒ つ の教 区 で識 字 率 が 上 昇 して い る点 につ いて は,確 か に国民 協 会 の教 育 活 動 に帰 す る こ との で き

な い性 質 の もの で あ るが,そ れ は 「整 合 性 の末 梢 的 欠如 」 に す ぎ な い5),と 解 釈 を放 棄 して い る。

識 字 率 の下 向趨 勢 の第 三 の 要 因 につ いて,サ ン ダー ソ ンは1790年 代 に は労 働 者 階 級 の子 ど もた ち の労 働 習 慣 に決 定 的 と もい うべ き変 化 が 生 じ た こ とを 指摘 す る。 第一 に 手 織布 工 は賃 金 の低 下 の結 果 子 ど もた ち を学 校 へ 通 わ せ る こ とが で きな か った 事 実 。 第二 に蒸 気 力 ミュ ー ル の導 入 は糸 つ む ぎ工,清 掃 工 と して 幼 い子 ど もた ち を 大 量 に 工場 へ 流 入 させ る結果 とな り,「 工 場 は賃 金 生 産 労 働 を遂 行 す る年 齢 を,手 織 布 を 開 始 す る通常 年齢 で あ る11,12歳 か ら8,9歳

引 き下 げ,成 熟 す る知 性 の これ らの年 代 の間 学 校 へ 出席 す る可 能性 を 奪 っ た」

こ と。 第 三 は家 族 の 絆 の 崩壊 で あ る。「工 場 制 度 の も とで は,親 と子 ど も は ち が っ た場 所 で 働 いて い た と い う事 実 は,親 の管 理 の も とで の訓 練 を排 除 し,家 族 の 絆 の崩 壊 へ と導 く。 そ の 結 果 と して 子 ど もた ち は しば しば 家 を捨 て,た い へ ん な年 少 放 浪 問 題 と な っ た。」 結 局 の と ころ 「新 しい工 業 化 に よ っ て 惹 起 さ れ た,こ れ らすべ て の変 化 の 影 響 は,下 層 階 級 の 子 ど も た ちが恒 常 的 に読 み書

き で き る ほ ど 効 果 的 フ ル タ イ ム の 週 日 制 学 校 教 育 を 受 け る こ と が で き る,と い

4)M.Sanderson,̀LiteracyandSocialMobilityintheIndustrialRevolu‑

tioninEngland:ARejoinder',Pαs̀α πdPresθ π̀,No.64,1974,pp, 109‑110.

5)1b̀d.,p.109。

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第71輯

う こ とを か つ て よ り見 込 み の な い もの に した 。」6)

しか し,ラ ー カー に よ れ ば ラ ンカ シ ャーで の 工 場 制 度 の 始 期 は1774年 で あ り, その縄 乱 的影響 は1790年 代 まで の 識 字 率 の 趨 勢 に は反 映 しな い に もか か わ らず, 1790年 代 か ら40年 も以前 か ら識 字 率 は下 向趨 勢 を描 き始 め て い た。 さ らに1790 年代 はサ ン ダー ソ ンの証 拠 で も,ラ ー カ ー の証 拠 で も識 字 率 は若 干 の 教 区 で 上 昇 して いた 。 仮 に サ ン ダー ソ ンの 主 張 に したが い社 会 的 崩 壊 現 象 が1790年 代 に 初 め て 始 ま る と して も,社 会 的 崩 壊 現 象 が識 字率 に反 映す るはず の1810年 代 は 識 字 率 の 長 期 上 向 趨 勢 の 始 期 を 示 して お り,そ の趨 勢 は説 明不 能 に な る と ラー カ ー は指 摘 し,識 字 率 の 下 降 要 因 と して 基 本 財産 創 設 の減 少,そ して工 場 制 度 導 入 に よ る掩 乱 的 影 響 を排 し,次 の よ う に結 論 づ けて い る。 す な わ ち,実 際 に 生 じた こと は前 工 業 化 経 済 は18世 紀 後 半 の 巨大 な 人 口 成 長 を処 理 で きな か った こ とで あ る。1750〜80年 に75%,1781〜1800年 に60%も の 急 激 な 人 口成 長 は既 存 の公 営 お よ び私 営 学 校 教 育 機 関 に と って あ ま り に 巨大 す ぎ た。 「しか しな が ら19世 紀 ぽ じめ ま で に均 衡 点 に到 達 し,工 業 化 に よ って 脅 か され て いた教 育機

関一 日曜 学 校,内 外 学 校 協 会 系学 校,国 民 協 会 系 学 校 そ して 多 分 も っ と も重 要 な の は 私営 学 校 ぬ が形 勢 を一 変 させ 始 め た」 と7㌔

こ こで注 目すべ き こ とは,サ ンダ ー ソ ンが 識 字 率 の 下 向 趨 勢 に対 抗 す る要 因 はなか っ た,と 主 張す る際 に,ラ ー カ ー に よ る私 営学 校 評価 と は全 く正反 対 に,

「労働 者 階 級 私 営 学校 」 を統 計 協会 報告 書の 評 価 を鵜 呑 み に して,ほ とん ど顧 慮 す る に値 しな い 「学 校」 と して評 価 した こ とで あ る。 す な わ ち,貧 民 の ため の 教 育 を 担 う 「お ば さん学 校(dameschools)」 の増 加 が 見 られ た と主 張 で き るか も しれ な いが,「 教 会 や 基 本 財 産 管 財 人 の 監 督 下 の 基 本 財 産 学 校 の 適 切 に 給 料 を 支 払 わ れ て い た教 師 の代 替 と して 充 分 で あ っ た とは い え な い。 これ らの

6)M.Sanderson,oμc紘,1972,pp.78‑80.M.Sanderson,̀SocialChanなe

andElementaryEducationinIndustrialLancashire1780‑1840',Norε んerη Eεs̀orッ,No.3,1968.家 族 の 絆 の 崩 壊 は サ ン ダ ー ソ ン が 描 く よ う に は ド ラ ス テ ィ ッ ク に 進 行 し た わ け で は な い 。 こ の 点 に つ い て はM.Anderson,1竜m̀砂

畿 彫c飢 陀 加1Wπèθ θπ̀んGθ 麗 ω7ッLα ηoαs配re,1971参 照 。

7)T.W.Laqueur,oμc紘,pp.99400.

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産 業革命期 イ ングラ ン ドの識字率 と労働者階級教脊 態様 127 ど う に も仕 様 の な い子 守 り 『お ば さん』 が19世 紀 の初 め の教 育 改 革 家 た ちか ら 受 け とって い た非 難 ・悪 口 は18世 紀末 の 労働 者 階 級 の 識 字 力の 救 済 者 と して の

それ らの 役 割 の見 方 に確信 をつ け加 え は しな い 。」8〕

サ ンダ ー ソ ンは依 然 と して 最 近 の 著 作 で も識字 率 の下 向趨 勢 の要 因 に対 す る 基 本 的 な考 え 方 は変 え て い な いが9),デ ー タか らは少 な くと も次 の こ とは結 論 づ け られ よ う。 産 業 革 命 期 に識 字 率 が下 降 した ラ ンカ ー シ ャー につ いて は,そ

の下 降時 期 は急 激 な工 業 化 ・経 済 成 長 が 掩 舌L的影 響 を 及 ぼ す は るか 以前 の1750 年 代 に既 に始 ま っ て お り,そ の 下 向 趨 勢 が一 体 どの 時 点 で 上 向趨 勢 へ と転 じた か は議 論 が あ り,確 定 す る こと は困 難 で あ るが,大 規 模 工 場制 度 の掩 乱 的影 響 の渦 の 中 で,そ して 産 業 革 命 の 途 上 で生 じた こ とだ け は明 らか で あ る。

最 後 に サ ンダ ー ソ ン とR.S.ス コ フ ィ ー ル ドが,イ ギ リス の 工 業 化 ・経 済成 長 に教 育 は重 要 な役 割 を演 じは しな か っ た,と の 結 論 を導 く際 の く教 育 〉 の役 割 に 言 及 して お く必 要 が あ ろ う。C.A.ア ン ダ ー ソ ン とM.バ ウマ ン は 1950年 代 にお け る一 人 当 た りの 国 民 総生 産 と識 字 率 の 国 際 比 較 か ら,持 続 的 な 経 済 成 長 を始 動 す るた め に は,30,40%の 識 字 率 が 必 要 と され る こ と を明 らか に しだo}。 これ に 対 して,サ ン ダー ソ ンや ス コフ ィー ル ドは文 盲 率 が18世 紀 後 半 に長 期 的 停 滞 の 状 態 で あ り,近 代 工場 内 の 生産 過 程 は労 働 者 に技 能 や 教 育 を 要 請 しな か っ た し,こ つが よ り重 要 で あ っ たの で,ラ ンカ シ ャー の経 済 が 依 拠 して い る綿 工 場 労 働 者一 織 布 工,紡 績 工 な ど一 の 間 で 識字 率 が 農 村 平 均 よ り』も低 く,文 盲 が 支 配 的 で あ っ た事 実 か ら,教 育 は工 業化 とい うイ ギ リス の経 験 に 何 の 関連 を持 た な か っ ち と結 論 づ けて い る。 す な わ ち 「識 字 率 の低 下 は

8)M.Sanderson,oμc肱,1972,pp.81‑82.M.Sanderson,'op.c̀̀.,1974,

pp.109‑110.た と え ば 「お ば さ ん 学 校 」 は 「全 く 嘆 か わ し い 状 態 」 で あ る(Repoだ

0ゾ̀んeル 毎 πchθS̀θrSあ ὰZ8̀̀Cὰ80Cε θεyoπ 地eS6ὰeo∫1男 αCὰε0π επ

ル 毎 πcん θ8̀θr脱1834,1837,p.3.)あ る い は 「全 く 無 力 」(仇 θ&1me&)cε θεヅs

Rθpor̀oπ8α ヶbrd̀η1835,1836,p.8.)と 描 写 さ れ て い る 。

9)M.Sanderson,1配 ωcὰ̀o鵡 励oπom̀c(洗 απ8θ 伽d&)cεèỳπEπgZ侃d1780一 ヱ870,1983.

10)M.BowmanandC.A.Anderson,℃oncerningtheRoleofEducationin

Development'inC.Geertz(ed.),αdSbc̀ὲε θsα πdNθ ω&ὰθs,

1963,pp.247‑279.

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128人 第71輯

経 済 成 長 の わ き上 が り を妨 げ は しな か った。 と い うの は,工 業 化 の性 格 が 教 育

制 度 に対 して た いへ ん 低 い識 字 力 しか 要 求 しな か った 。」11》識 字 力 と経 済成 長 との 因 果 関 係 は逆 転 され る こ とを 示 唆 して い る。 この代 替 見地 で は文 盲 の減 少 は成 長 の 原 因 の一 つ とい う よ り も,経 済 成 長 に よ って 惹起 され た 文化 変 化 の よ うに思 わ れ る」12〕

これ らの 主張 に特 徴 的 な こと は,工 業 化 と教 育 との 関 連 と い う問 題 が,近 代 工場 内 の 職種 遂行 が識 字 力 や教 育 の 進展 に依 存 して い るか否 か との議 論 へ と, 収 敏 して しま って お り,識 字 力 が経 済 技 能 と して しか 捉 え られ て お らず,文 化 技 能 と して識 字 力 の役 割 が す っか り抜 け落 ち て い る こ とを,こ こで は 指 摘 して お けば 充 分 で あ ろ う。,

以 上 見 て き た産 業 革 命期 の識 字率 動 向 の 分析 に は よ り精 緻 な識 字 率 の 数 値 の 集 積 が 必 要 と され るで あ ろ うが,そ れ よ り も筆 者 の関 心 を惹 くの は解 釈 の中 に 見 え 隠 れ して いた 次 の 二 つ の 問 題 で あ る。

一 つ はく 学 校 教 育 が 識 字 力 を 産 み 出 した〉 と い う前 提 で あ る。 サ ンダーソ ン は基 本 財 産 学 校 が 識 字 力 を産 み 出 し,産 業革 命 の 構造 変 化 に よ って子 ど もた ち は フ ル ・タ イ ムの 学 校 出席 を阻 まれ た,と 主 張 して い るが,そ こに は18世 紀 の 労働 貧 民 の子 ど もた ち は学 校 教 育 の 結 果,識 字 力 を獲 得 した と い う暗 黙 の前 提

が あ る。 教 育 施設 。機 関が 識 字 力 の 源 泉 で あ る との前 提 は,近 代 公 教 育 学校 が 国民 を包 摂 し終 え た時 点 で はあ て は ま るか も しれ な いが,現 在 問題 と して い る 18世 紀 か ら19世 紀 中葉 に か けて の この時 点 で,そ の 前 提 が どれ ほ どの信 頼 性 を

もち え るか は 大 きな検 討 課 題 とな る 。

第 二 の検 討 課 題 は,上 記 の こと と若 干 関 連 して い る こ と で あ る が,〈 産 業 革 命 は教 育 を 進 展 させ た の で は な く弱 体 ・脆 弱 化 させ た〉 との 見 解 の 信 愚 性 にっ いて で あ る。 サ ンダ ー ソ ンが統 計協 会 の報 告 書 を鵜 呑 み に して,「 お ば さん 学 校 」 や 「庶民 昼間 学 校(commondayschools)」 に対 して 否 定 的 評 価 を下 して

11)M.Sanderson,op.c肱,1972,p.75.

12)R.S.Schofield,̀DimensionsofIlliteracy,1750‑1850'

,翫pZorα εεoηs

̀π 勘oπom̀cl研 誌̀orッ,Vol.10,No.4,1973,p.454.

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産業革命期 イングう ンドの識字率 と労働 者階級 教育態様

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い る こ とは 既 に 指摘 した13}。しか し1830,40年 代 の 議 会 の 教 育 調 査 報 告 書,統 計 協 会 報 告 書 な どは,そ の政 策 的意 図 あ るい は拠 って 立 つ 道 徳 文 化 に よ って 大 き くそ の 統 計 お よび 内 容 が規 定 され て お り,信 頼 で き る教 育 調 査 報 告 書 に は ほ ど遠 い もの で あ った。 そ れ らの報 告 書 作 成 者 の 背 後 に存 在 して い たの は,ブ ル ジ ョデ ジー の ヘ ゲ モ ニ ー の も とで の近 代 公 教 育 学 校 の 創 出で あ り,報 告 書 は ブ ル ジ ョァ ジー の 道徳 文化 か ら,そ れ とは異 質 の労 働 者 階 級 く 教 育 〉 態 様 を 捉 え よ う とす る試 み,そ れ も失 敗 の試 み で あ り,報 告 書 の 内 容 ・統 計 も歪 め られ た もの とな っ って いた。 報 告書 で は,ブ ル ジ ョァ ジー のヘ ゲ モ ニ ー下 の く 学 校 〉 教 育 こ そが 普 及 ・発 展 させ られ るべ きく教 育〉 で あ り,労 働 者 階 級 の あ るべ き 教 育 と は公 営 〈 学 校 〉 に お け る〈教 育 〉 を意 味 して い た。 他 方,労 働 者 階 級 に 蔓 延 して い るく 無 知 とア パ シー 〉 の 所 産 で あ る 「お か み さん学 校 」 や 「庶 民 昼 間 学校 」 な どの 労 働 者 階 級 私 営 学校 は場 あ た り的 な 劣悪 な学 校 あ るい は公 営 学 校 に と って 代 わ られ るべ き運 命 に あ る学 校 と して徹 底 的 に批 難 の 的 とな って い る。 極 端 な 場 合 に は託 児 施 設 で あ るか の よ うに 記述 され る こ とが 多 い。 この こ と は何 ほ どか の 真 理 を含 ん で い よ うと も,そ の 無条 件 の 普遍 化 は危 険 性 を孕 ん で お り,検 討 を必 要 とす る。 この よ うな否 定 的評 価 が 定 着 した の は,言 うまで もな く報 告 書 が 担 って い た歴 史 的 課 題 へ の 批 判 的 検 討 を 欠 落 させ,無 媒 介 に報 告 書 に示 さ れ た見 解 を受 容 した結 果 で あ る。

IL労 働 者 階 級 〈教 育 〉態 様

ス コ フ ィー ル ドは教 育 は経 済 成 長 の 原 因 で はな く,そ の 結 果 で あ る との 見解 を支持 す るため に,識 字 率 の 趨 勢 か ら学校 教 育 の 問 題へ と焦点 をず ら して い る 。

「この 時 期 の学 校 教 育 は … … 直接 の現 金 支 出 を伴 って い たの で,識 字 力 の 実 際 的 有 用 性 は教 育へ の投 資 をす るか ど うかの 強 力 な論 拠 で あ っ ただ ろ う。 若 干 の グル ー プに と って,こ の 投 資 コス トは 見込 まれ る利 益 を越 えて い る。19世 紀 末 の 一 層 識 字 力 の 普 及 した世 界 にお いて さえ も,授 業 料 の廃 止 は依 然 と して その }13)労 働 者階 級私営 学校 の 多 くは教 師 の名 前 をつ けて 呼 ば れ て い た。 そ れ にdαmε あ る

い はcommoπ とい う蔑 称 を与 え た の は1830年 代 の調 査 者 た ちで あ った 。

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130人 第71輯

こと に よ って 失 わ れ る稼 得 力 のr損 失』 を 負担 させ た ま まで あ っ た。 教 育 に対

コ の

す る普 遍 的 投 資 は 法 の 強制 の も とで は じめ て な され た。」14)換言 す れ ば,家 族 の 稼得 力 と学校 教育 へ の投資 との緊張 関係 の も とで は,授 業 料 は労 働 者 階 級 に と っ て教 育 へ の 障 壁 と な って い た と い う ことで あ る。 さ らに,学 校 教 育 が く経 済〉

的価 値 を持 つ な らば,親 は積 極 的 に投 資 した で あ ろ うに,〈 経 済 〉 的 価 値 を持 っ教 育 は よ り実 践 的 技 能 と関 連 して い るの で,そ して そ れ らは 家 庭 や労 働 者仲 間 内で 獲 得 で き たの で,識 字 力 の み を提 供 す る学 校 は 労 働 者 階 級 の親 に よ って 支持 ・後 援 され な か っ た。 したが って 義 務 教 育 法 によ るま で 教 育 へ の 普逓 的投 資 は な さ れ な か っ た15),と の 主 張 で あ る 。

教 育 とは労 働 者 階 級 の た め に教 会 に よ って で あれ,国 家 に よ って で あ れ 「外 部 か ら」 与 え られ る もの で あ り,そ の学 校 教 育 が 識 字 率 の 上 昇 を惹 起 した,と

の 考 えが こ こで は 示 唆 され て い る。 この こ とを サ ンダ ー ソ ンは よ り明 確 に主 張 す る。産 業革 命 の掩 乱 的影 響1ま明 らか に識 字 力 を押 し下 げ た 力 で あ り,「1820

年 代 あ る いは1830年 代 の大 衆 識 字 力 の近 代 的 上 昇 を始 動 させ たの は,工 業 化 の

社 会 的 害 悪 の 矯 正 を め ざ した 教 会 や そ れ に 続 く議 会 の 建 設 的 仕 事 で あ っ た 。」16) と り わ け 「ユ870年 法 以 前 の イ ギ リ ス の 識 字 力 の 増 加 の 背 後 に 存 在 し た の は, 1833年 後 と く に1839年 以 降 の 国 民 協 会 の 目 を 見 張 る ば か り の 膨 張 ・拡 大 で あ っ た 」1て}と。

産 業 革 命 期 の 教 育 の 「空 隙 」 を 埋 め 合 わ せ た の は,そ れ らの 公 的 教 育 活 動 で あ る との 主 張 は,〈 学 校 教 育 が 識 字 力 を 産 み 出 し た 〉 そ し て 産 業 革 命 期 の 社 会 構 造 の 転 換 は 〈 教 育 を 弱 体 ・脆 弱 化 さ せ た 〉 と い う前 提 の も と で は,も は や 識 字 力 を 産 み 出 す 源 泉 を 教 会 や 国 家 に よ る 「外 部 か ら」 の 教 育 活 動 に 見 い 出 す し

か 道 は な か っ た 。 そ れ が 前 提 か ら く る 論 理 的 帰 結 で あ ろ う 。

労 働 者 階 級 に と って 教 育 は く 外 因 性 〉 の もの な の だ ろ う か 。 確 か に学 校 教 育 は 現 金 を 支 払 わ な け れ ば 手 に 入 れ ら れ な い 商 品 で あ っ た 。 家 族 内 で 子 ど も が 潜 14)R.S.Schofield,op.c紘,pp.450‑451.

15)乃̀(孟

16)M.Sanderson,op.c肱,1974,p.112.

17)M.Sanderson,op.c紘,1972,p.88.

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産 業 革 命 期 イ ン グ ラ ン ドの識 字 率 と労 働 者 階 級 教 育 態 様 ン31

0

在 的 稼 得 者 で あ る場 合 に は,学 校 教 育 を受 け させ る こ と は家 族 に と って 授 業 料 の支 払 い と子 ど もた ちの 稼 得 を失 う とい う二 重 の 重 荷 を背 負 う こ と を意 味 した 。

この よ うに家 族 経 済 に教 育 が 従 属 して い る労 働 者 階 級 の 間 で は,子 ど もた ち の 在 学 期 間 そ して受 け と る学 習 量 を き び し く制 限 す る結 果 と な っ た。19世 紀 中葉 まで の 子 ど もた ち の学 校 教 育 経 験 は,せ いぜ い途 切 れ途 切 れ の 短 期 間 の もの で しか なか っ た18)。多 くの 子 ど も た ち は学 校 で 読 み 方 を 習 っ たで あ ろ うが,書 方 を習 得 す る ほ ど長 期 間 に わ た って 学 校 に出 席 して いた わ け で は な か っ た。多 くの 学 校 は教 授 の 実 際 的 知 識 を 欠 いて お り,書 き方 を 全 く教 え て い な か った学 校 も多 い。 た とえ ば リー ズで は1839年 に は週 日制 学 校 の 半 分 以 下 しか 書 き方 を 教 え て い な か っだ91。 その 結 果 多 くの 子 ど もた ち は貧 しい識 字 力 で 学 校 を離 れ て い っ た はず で あ る。 もち ろん 義 務 教 育 が 存 在 して いな か っ たの で,全 く学校 へ 通 わ な か っ た子 ど もた ち もい た。

しか し,労 働 者 階 級 が この よ うな 状 態 の 中 で 教 育 に 対 す る イニ シ アテ ィ ヴを 発 揮 して い な か っ た と い う わ けで は な い。 注 目す べ き は労 働 者 階 級 私 営学 校 の

繁 盛 とそれ に対 す る労 働 者 階 級 の 支 持 で あ る。1833年 の 国 庫 補 助 金 制 度 を て こ とす る近 代 公 教 育 学 校 創 出 の 試 み に もか か わ らず,二 大 協 会 系 の 学 校 は思 うほ ど労 働 者 階 級 の支 持 を得 られ て いな か っ た。1330年 代 す べ て の 初 等 学 校教 育 の 半 分 以 上 は,一 般 に公 営 学 校 よ り も高 額 の 授 業 料 を徴 収 して い た労 働 者 階 級 私 営 学 校 に よ って提 供 さ れて い た。1850年 代 に な っ て も,生 徒 数 の2/3は 公 営 学

18)ス コ フ ィ ー ル ド は1年 半 と 推 定 して い る の に 対 し て(RS.Scofield,op。c̀̀.,

p.452.),E.G.ウ ェ ス トは ニ ュ ー カ ッ ス ル 委 員 会 報 告 書 で は5.7年,1851年 の 教 育 セ ン サ ス の 統 括 者H.マ ン の 証 言 は4年 以 上 で あ る,と 主 張 し て い る 。(E.

G.West,̀LiteracyandtheIndustrialRevolution',」 覧oπom̀c瓶s̀orッ Rθòθ ω,Vol.31,No.3,1978,p.376.)ウ ェ ス トの 主 張 は 公 的 報 告 書 へ の 絶 対 的 信 頼 に も と つ い て お り信 愚 性 は あ ま り な い 。J.S.ハ ー ト に よ れ ば,1860 年 代 で は 子 ど も の 稼 得 力 と 家 族 内 で の 彼 の 生 活 費 が 等 し く な る の は8歳 か ら10歳 に か け て で あ る 。(J.S.Hurt,EZθmθ π̀αrッ&んooZ加8α πd疏eWor観 ηg

CZαsses1860‑1918,1979,p.34.)家 族 規 模,家 族 の 経 済 状 態,男 子 と 女 子,長 子 と 末 子 な ど の 諸 条 件 に よ っ て 在 学 期 間 に 差 異 が 生 じ た こ と は 確 か で あ る 。 19)S.A.Harrop,̀Adulteducationandliteracy:Theimportanceofposレ

schooleducationforliteracylevelsintheeigheenthandnineteenthcentu」

ries',Hεsめ ηoゾ 醒 防cαεεoπ,VoL13,No。3,1984,p,193.

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132人 第71輯

9

校 によ って 占め られて い たが,学 校 数 は労 働 者 階級 私 営 学 校 の方 が 多 か っ た20}。

労 働 者 階 級 地 域 社 会 の一 部 で あ り,教 師 も地 域 社 会 の一 員 で あ っ た これ らの 学 校 は,労 働 者 階級 の親 が 支 払 う授 業 料 に全 面 的 に依 存 して お り,ま さ にく 労 働 者 階 級 文化 〉 の所 産 で あ っ た。 組 織 化 ・構 造 化 され た公 営 学 校 は道 徳 ・宗 教 教 育,時 間割 ・出欠 席,頭 髪 ・衣 服 ・身 だ しなみ な どの き び しい規 律 へ の 絶 対 的 服 従 を そ の 本質 的要 件 と して お り,労 働 者 階 級 に と って 「爽 雑 物 」 を含 ん で い た が ゆ え に 不信 ・敵悔 心 を持 って 拒 否 され た。 逆 に労 働 者 階 級 私 営 学 校 は それ らの 「爽雑 物」 を 排 し,識 字 教 育 を主 体 に運 営 され て お り,労 働 者 階 級 の 教 育

要 求 に 適 って い たが ゆ え に(ス コ フ ィー ル ドの ひ そ み に な らえ ば識 字 力 の み を 提 供 したが ゆ え に),支 持 さ れ た の で あ る。

したが っ て,学 校 教 育 の 領 域 に か ぎ って も,教 育 は 慈 恵 的 諸 団 体,教 会,国 家 な どの,公 的 諸 機 関 に よ って労 働 者 階 級 地域 社会 に 下 され,受 容 され た 商品 で はな か っ た。 労 働 者 階 級 私 営学 校 教 師,公 営 学校 の教 師 と管理 者 は 自 らの学 校 に生 徒 を勧 誘 す るの にや っ き とな り,た いへ ん な 努 力 を したが,親 は最 終 的 に子 ど もを学 校 へ 通 わす か否 か,ど の 学 校 へ 通 わ す か,そ して いつ 離学 させ る かの 自 由 を保 持 して い たの で あ り,教 育 に対 す る イニ シア テ ィヴ を発 揮 して い たの で あ る2P。

識字 力 の伝 承 者 と して の労 働 者 階 級 私 営 学 校 の役 割 は もち ろん 看 過 で き な い もの で あ るが,そ の学 校 だ けが 識 字 力 の伝 承 を請 け負 って い た わ けで は な い。

た とえ ば炭 抗 夫 と して失 業 した デ ビ ッ ド 。ラヴ は 自叙 伝 の 中 で 次 の よ う に語 っ て い る。 「一 週 間 の 間 雇 い主 を 探 し歩 いた が,見 っ か らな か っ た。 一 つ の 大 き な 村 の 幾人 か の人 に勧 め られ て,彼 らの子 ど もた ち を教 え る ため に学 校 を経 営 す る こ とに な っ た。 彼 らは私 の た め に暖 炉 の あ る納 屋 の よ う な空 屋 を見 つ けて くれ,長 いす とテ ー ブル を備 え っ けて くれ た。 最 初 の週 に は12人 以 上 の生 徒 が 20)労 働 者 階 級 私 営 学 校 に つ い て の 最 近 の 研 究 と し てP.Gardner,Z地 五〇8孟

栩 εmθ磁 α7ッ&}んooおoゾWcεor̀α πEπgZα πd,1984.が あ るが,公 的 調 査 は 労 働 者 階 級 私 営 学 校 数 を 過 少 評 価 して い る,と 主 張 して い る。

2工)労 働 者 階 級 私 営 学 校 は 全 面 的 に授 業 料 に依 存 して い た 。 地 方,二 大 協 会 系 の 公 営学 校 も多 くは無 償 で あ った わ けで は な く,授 業 料 に頼 る割 合 は高 か った 。

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産業革命期 イングラン ドの識字 率 と労働者階級教育態様 133

確 保 で き,毎 週 毎 週 増 えて い き,40人 以 上 の 生 徒 に もな っ た。 読 み方 は週1ペ ニ ー,書 き方 は3ペ ンス半 しか 授 業 料 が 得 られ な か っ たの で,私 の 賃金 は た い へ ん 少 額 で あ り,低 額 で あ っ た。 私 が そ こ に い た の は短 く,約5ケ 月 で あ っ た。」22)労働 者 階 級 私 営 学 校 は労 働 者 階 級 の中 の この よ うな 数 多 くの 潜在 的教 師 の存 在 に支 え られ て い たの で あ り,ま た労 働 者 階 級 私 営 学 校 を 支 え る こ とが で きた の は,労 働 者 階 級 地 域 社 会 の 中で 識 字 力 の 伝 承 が な され て い た こ とを 示 唆 して い る 。

学 校 が 存在 しな い場 合,あ る いは適 切 な学 校 が な い場 合 に は,親 は 自分 自身 で子 ど もた ちを教 えて お り,識 字 力 の伝承 者 と して の親 の 力 は た いへ ん 大 きか っ た。1840年 代 の児 童 雇 用 委 員 会 報 告 書 の 証 言 か ら,労 働 者 階 級 の 親 た ちが子 ど もた ち に基 礎 的識 字 力 を獲 得 させ る の に い か に尽 力 したか を垣 間 見 る こ とが で き る。 炭 抗 で働 く ジ ョ ン ・キ ンス ラー は 「(たい へ ん よ く)読 む こ とが で き,

自 分 の 名 前 を 書 く こ と が で き る。 彼 の 父 親 が 彼 を 教 え た 。 採 炭 場 に 下 り て 働 く 以前2年 間 ほ ど学 校 へ 行 っ た 。」23}ウィ リア ム ・ア ー ノ ル ドは 「12歳 で あ る が … … こ の 炭 抗 に 来 た 時9歳 で あ っ た … … 私 は 少 し 読 み 書 きが で き る… … 両 親 に よ っ

て,そLて 学 校 で 習 っ た 。」24)エレ ア ノ ー ル ・ ス ク ロ ー ザ ー は14歳 の 陶 器 製 造 労 働 者 で あ っ た が,「 現 在 学 校 へ 全 く通 って い な い … … 働 き 始 あ る 以 前 に か な り

長 い間通 った 。 しか し読 み方 は ほ とん ど家 庭 で学 ん だ 。」25)

世 代 間 の 識 字 力 伝 承 は親 と子 ど も との 間 に 限 定 され て い た わ け で は な く,兄 弟 姉 妹 間 で も な され て いた 。「私 は紡 績 工 で す … … 私 は以 前 は学 校 へ 通 い ま し

た。 私 は 読 め ま す。 私 は少 しだ け書 け ま す。 私が で き る こと は兄 が 私 に教 えて

22)DavidLove,τ ゐeL̀角 ゑdひ επ鶴rθ απdEκper̀θ πceo∫ 工池 麗(9Loひe,

1823‑4,p。14哩quotedinDavidVincent,Breα(鶏KπoωZθdgθ&

Fre¢domごAStゆ ・∫Ǹπèee藤 鶴ry慨 ・rた̀πgα αssAω

097rα ρゐツ,1981,P,103・

23)P.P.1842[381]xvi,CEα,p.605.quotedinP.Gardner,oμ c̀̀.,P.99.

24)1bεdL,p.677.

25)P.P.1843[432]xv,C瓦 α,p.119.ガ ド ナ ー に よ れ ば1860年 代 の

報 告 書 に も こ の よ う な 記 述 が み ら れ る 。

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134

文 研 第71輯

くれ た も の で す 。」26)「私 は19歳 で す … … 私 は 読 む こ と は ま あ ま あ で き ま す 。 そ

して 少 し書 けま す … … 私 は 家庭 で妹 た ち に教 え る こ とで 記 憶 を新 た に して い ま す 。」2η

もち ろん す べ て の 子 ど もた ち が 「子 ど も時 代 」 だ けで 識 字 力 を獲 得 し,そ れ 以 後 識 字 教 育 が な され な か った わ け で は な い。 生 噛 りの識 字 力 は結 婚 登 録 簿 に 自署 す る まで の 期 間 に,彼 らを 取 り巻 く多 くの人 々一 兄 弟,友 人 な ど一 らの 教 授 で 補 わ れ,ま た 自助,自 己教 育 に よ って,あ るい は 多 くの成 人 教 育 グ ル ープ や 機 関 に よ って 識 字 力 は 日常 的 に読 む 能 力,そ して書 く能 力 に ま で高 め

られて い った 。

成 人 して か らで も基 礎 的 識 字 力 を獲 得 す る機 会 は提 供 され て お り,子 ど も時 代 に あ るい は成 人 して か ら基 礎 的 識 字 力 を獲 得 した人 々 に と って,識 字 力 を 補 充 ・拡 大 し,日 常 的 読 み書 き能 力 に まで 高 め る ため に利 用 で き る グル ー プ や 機 関 は19世 紀 に は数 多 く存 在 した。 そ の 中 で も イ ン フ ォ ー マ ル な相 互 改 善 協 会 (mutualimprovementsocieties)は と りわ け重 要 で あ り,「 原 基 的労 働 者 階 級 自助 集 団」281とも評 価 され て い る もの で あ り,多 くの地 域 で は 日曜 学 校 と密 接 な連 携 を保 って い た。 メ カ ニ ック ス ・イ ンス テ ィ テ ユ ー トも しば しば 相 互 改 善協 会 を持 って お り,逆 に若 干 の場所 で は,そ れ らは メ カ ニ ック ス ・イ ンス テ ィ テ ユー トの 先 駆 けで もあ った。 チ ェ ス ター の イ ンス テ ィテ ユ ー トは相 互 教 授 ク ラ スを その 歴 史 で 早 くも1835年 か ら開 設 して お り,1843年 に は次 の よ うに述 べ られ て い る。「彼 らの プ ラ ンは ほ とん ど例 外 な く後 に それ に つ い て の 簡 単 な 読 書 を した り,会 話 を した りす る,あ る いは与 え られ た 問題 に つ い て議 論 を した り,そ して3,4の 暗 唱 で 終 わ る。」29}それ は 「外部 か ら」 押 しつ け られ た もの

26)P.P.1833[450]IRepor孟 ノトomσ07ηm̀8s̀oπ θrs(Fαcめrεes1んg膨 かッ (】omm̀ε εeε),p.22.

27)P.P.1842[381]xvi,CEc,p.72.こ の よ う な 識 字 力 の 伝 承 形 態 は 労 働 者 階 級 の 間 で は 一 般 化 さ れ て い た 。 労 働 者 階 級 自 叙 伝 は そ の こ と を 明 ら か に し て い る 。D.Vincent,oμc肱 参 照 。

28)S.A.Harrop,op.c̀̀.,p.197.

29)(洗es̀θrハ 姥cん 伽 εcs'瓦8̀伽 孟eル 伽 麗eBooん(24November1835)and

ハ伽 砿αZ1πs伽c̀̀oη α αε81協 π吻Booん(4thApri11843)quotedin

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産 業 革 命 期 イ ン グ ラ ン ドの識 字 率 と労 働 者 階級 教育 態 様 1あ

で は な く,労 働 者 階 級 自身 に よ って 創 り出 され た もの で あ る。 自学 の 労働 者 は そ こに集 う人 々 の望 み を明 確 に述 べ て い る。「私 は… … 私 自身 の よ う に子 ど も 時 代 を脱皮 して 大人 に な る こ とを楽 しみ に待 っ 同 じ精 神 を持 つ 人 々 と出 会 った 。 われ われ は力 を合 わせ て 団 結 し,現 在 の メ カニ ッ ク ス ・イ ン ステ ィテ ユ ー トの 核 を形 成 した。 相 互 改 善 協 会 の 名 前 で そ の 時 は存 在 した 。」30)

ま た子 ど もか ら成 人 まで の 教 育 機 関 と して 日曜学 校 が 識字 力 の伝 承 に大 き な 役 割 を果 た して い た。1850年 ま で に200万 人 の 労 働 者 階 級 の 子 ど も た ち が 登 録 され,そ して ほ とん どが 生 徒 と同一 の 階 級 出 身 の教 師25万 人 が そ こで教 えて い た31)。ク ラス で基 礎 的 識 字 力 を習 得 した 後,そ の メ ンバ ー は多 くの他 の グ ル ー プや 活 動 に参 加 す る こ とが で き た。 多 くの 日曜 学校 は継 続 教 授 ・学 習 の た め に 若 い男 性 ク ラスそ して女性 ク ラス,相 互 改 善 協 会 や 各 種 の ク ラスが そ の メ ンバ ー の要 求 に応 じ開 設 され て い た。 文 庫 ・図 書 室が 普通 に は 最 初 に提 供 され た施 設 の一 つ で あ っ た32)。1870年 以 降 子 ど もの ため の 世俗 教 育 は停 止 した が,要 請が あ っ た と ころで は大 人 の ため に は継 続 した。 また 日曜学 校 は疾病 ク ラブ,埋 葬 ク ラブ,余 暇 活 動,社 会 的 活 動 を提 供 し,生 涯 教 育 の 観 を 呈 して いた。 そ れ は 一 種 の労働 者階 級地 域 社 会 セ ン ター で あ り,人 々 は生 涯 そ こに属 した。 「ス トッ クポ ー トで は … … そ の 町で 生 ま れ育 っ た 男女 が,子 ど もや 孫 と一 緒 に生 涯 そ の 学 校 へ 通 った。70歳 に な る一 人 の老 人 は65年 間 学 校 へ 通 って い た。」33》

イ ン フ ォー マ ル とい う こ とを特 徴 とす る,労 働 者 階 級 に よ って 運 営 され た こ

S.A.Harrop,op.c̀̀.,p.197,

30)BenjaminBrierley,Boη3e1晩mor̀θsα πdRecoZZecὲoπs(ゾ αL漉,1886, p.35.quotedinS.A.Harrop,op.c̀̀.,p.198.

31)T.W.Laqueur,Re面8̀oη απ(1RθsPec施 わ̀Z̀̀ツ」翫 πdαツ&漉ooお απdWo「 鳥

̀πgα αss(池 伽reヱ7即 一1850,1976.p.147.日 曜 学 校 を 労 働 者 階 級 文 化 の 所 産 と し て 捉 え る ラ ー カ ー に 対 す る 批 判 と して は,M.Dick,̀TheMythof

theWorkingClassSundaySchoo1',Hεs̀oryo∫E伽cα ὲoπ,VoL9,NQ, 1,1980.が あ る 。 ラ ー カ ー は 労 働 者 階 級 の 子 ど も が 日 曜 学 校 で 平 均4年 間 に わ た り 週3〜5時 間 教 育 を 受 け た こ と が,19世 紀 イ ン グ ラ ン ドの 大 衆 識 学 力 を 産 み 出 し た,と 結 論 づ け て い る 。(T。W。Laqueur,op.c肱,p.123.)

32)D.Vincent,oμc舐,pp.111‑112.

33)S.A.Harrop,op.c肱,p.198.

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136

第71輯

れ らの成 人教 育 グ ル ー プで は 「競 争 」 で は な く 「協 同」 的 な 学 習 が気 心 の 合 っ た友 人 同 士 の間 で な さ れ た。 彼 らは 「上 か ら」 押 しつ け られ た もの で は な く自 らが望 む こ とを学 ぶ こ とが で き た。 確 か に適 切 な教 師 を 見 い出 す 問題 は大 きな 障 壁 で あ ったが,相 互 に教 え合 う こ とに よ って,あ る い は 日曜 学 校 の よ うに, そ こ にか つ て在 籍 した生 徒 が 今 度 は教 師 と して教 え る と い う形 で,自 らの 階 級 の 中 か ら教 師 を輩 出 させ る こ とに よ って難 問 を解 決 して い っ た鋤 。

したが って 労 働 者 階 級 に よ って 運 営 され た ほ とん ど の成 人 教 育 グル ー プや 機 関 は 「上 か ら」 「教 育 屋 」 が 押 しつ け るメ カ ニ ック ス ・イ ン ス テ ィ テ ユ ー トな ど と は性 格 を全 く異 に して いた。 教 師 自身 が 生 徒 と同様 き び しい社 会 環 境 の 中 で識 字 力 そ して それ 以 上 の 知 識 を獲 得 す るた め に 幾 多 の 困難 を 自 らの手 で 打 開 し,そ れ を乗 り越 え て きた人 々で あ り,次 世代 へ 自助 と 自己教 育 の く心 性 文 化 〉 を伝 え た い,と の 希 望 を持 った 人 々 で あ った。 そ れ らの 成 人教 育 グ ル ー プ や機 関 の雰 囲 気 は押 しつ けが ま しい慈 善 や 恩 恵 で はな く,見 か け が貧 しい あ るい は 理解が 遅 い とい う ことで烙 印を押 され る こ ともな か った 。 労働 者 階 級 自身 に よ っ て運 営 され た とい う事 実,そ して そ の こ とに よ って 持 つ 特 徴 は,成 人 に よ る学 習 を 奨励 し,基 礎 的識 字 力 の 習得 ば か りで な く,そ れ を用 いて い く楽 しみ を 見

い出 して い くの に 第一 の重 要 性 を持 って い た 。

産 業革 命 に よ る社会 構 造 の 転 換,村 落 共 同 体 の 崩壊 そ して都 市 化 の波 の 中 で, か つ て民 衆 が保 持 して い た生 活 文 化 も変 容 を迫 られ て いた こ と は確 か で あ る。

しか し工 業化 ・都 市化 は一 撃 の も とに ア トム化 した労 働 者 群 を輩 出 させ たわ け で は な い。 労 働者 は伝 統 的 社会 が 持 って い た モ ー ドや 心 性 を剥 ぎ取 られ たわ け で はな い。 新 しい工 業 化 ・都 市 化 社 会 の 中で も生 き延 び,再 生 が は か られ たの で あ る。 この く 労 働 者 階 級 文化 〉 に はそ れ固 有 の教 育 慣 行 が 形 成 さ れ,定 着 し て い っ た。 読 み 書 きの 学 習一 識字 力 の 伝承 一 は今 日の よ うに子 ど もた ち を 学 校 とい う隔 離 され た空 間 。時 間 の 中 で 「子 ど も時代 」 に 限 って な され る活 動 で は な く,前 の世 代 か ら次 の 世 代 へ,年 長 者 か ら年 少 者へ と,子 ど もか ら大 人

34)日 曜 学 校 は年 長 の生 徒 が 幼 い 弟 妹 に彼 らが 習 得 した 技 能 を 伝 達 した い との希 望 の表 現 の ため の媒 介 物 で あ った 。(T.W.Laqueur,oμc肱,p.93.)

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産 業革命期 イングラン ドの識字率 と労働 者階級 教育態様

13ブ

へ の 成 長 プ ロセ スの一 部 と して 生 活 の 中 に 融 け込 んで い た。〈 教 育=学 校 〉 と く 非 教 育=学 校 以 外 の 生 活総 体 〉 との 区別 は顕 在 化 して い な か っ た。 識 字 力 の 伝 承 は親,兄 弟,縁 者 そ して 当 時 の 中 産 階 級 文 化 の 基準 か らす れ ば,教 師 と呼 ぶ こ と さえ は ばか られ る,免 許 状 も な く,教 職 訓練 も全 く受 け て い な い労 働 者 階 級 私 営 学 校 教 師 の 仕 事 で あ り,そ の 必要 性 が生 じ,機 会 が 得 られれ ば,大 人 にな って か ら も自学 そ して イ ン フ ォー マ ル な集 団 内 で の相 互学 習 の 中 で獲 得 さ れ,強 化 され る もの で あ っ た。.

社会 の基 層 に存 在 して い た労 働 者 階 級 の 教 育 慣 行 を跡 づ け る こ と は難 しい し, .まして や 計 量 化 す る こ と は もち ろん 不 可 能 で あ るが,こ の よ うな 〈労 働 者 階 級 文 化 〉 に固 有 なく 教 育 〉 態 様 が 存 在 し,制 度 で は な く一 種 の く教 育網 状組 織 〉 を張 りめ ぐ らして い たの で あ り,そ れ こそ が 識字 力 を産 み 出 した源 泉 で あ っ た。

〈教 育 網 状 組 織 〉 を張 りめ ぐ らす こ とが で き たの は家 庭,生 産 点,地 域社 会 な ど の場 所 が く 自律 性 〉 の余 地 を残 して い たか らで あ り,労 働 者 自身 が そ れ を保 持 しよ う と したか らで あ る。19世 紀 前 半 の 公 的 報 告 書 が しば しば く教 育〉 に対 す る労働 者 階 級 の ア パ シー と して捉 えて い る近 代 公 教 育 学 校 〜 労 働 者 階 級 の

た め の学 校 一一 へ の不 信 ・敵 粛心 は その よ う な学 校 が く 労 働 者 階 級 文 化 〉 とは 異 質 な もの で あ ったが ゆ え に生 じた もの で あ る。

そ れ で は な ぜ労 働 者 は識 字 力 を獲 得 す る こ とに それ ほ ど まで 熱 意 を示 した の か 。

少 な くと も19世 紀 申 葉 ま で は1ほ とん どの職 種 それ 自体 で は識 字 力 を必 要 と は しなか っ たで あ ろ う。 職 業技 術 。技能 は書 物 に よ る学 習 を媒 介 とす る こ とな く,生 産現場 にお いて 獲得 され て い た。サ ンダ ー ソ ンは,1830年 代 ラ ンカ シャー で は青 年 の 半 分 以 上 は 父 親 の職 業 を継 ぎ,識 字 力 を 身 に つ けた青 年 の4分 の3

は親 と同一 の 職 業 か,父 親 よ り も識 字 力 が 低 い職 種へ 沈 澱 した,と の事 実 を指 摘 し,こ れ は 「産 業 革 命 は よ り識 字 力 を要 求 し,よ り識 字 力 を 必 要 とす る職 種 を創 り出 し,増 大 す る教 育 あ る労 働 力 を 引 き上 げ,そ れ らの 職 種 に 投 げ 込 ん だ と見 なす 産 業 革 命 の 解 釈 と矛 盾 す る」35,と主 張 す る。 しか し不 熟 練 労 働 者 の 子

35)M.Sanderson,oμc肱,1972,p.101.

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138

第71輯

ど も た ち が 熟 練 労 働 者 に な り難 か っ た 理 由 は 識 字 力 の 問 題 で は な い 。 熟 練 工 の 徒 弟 と な る に は 基 礎 的 識 字 力 以 上 は 要 求 さ れ な か っ た し,ま た,そ の 能 力 を 具 え て い た か ら と い っ て,熟 練 工 の 徒 弟 と な る機 会 が す べ て の 少 年 た ち の 前 に 開 か れ て い た わ け で は な い 。 工 場 制 へ と 移 行 した 綿 工 場 に お い て さ え,父 親 が 直 接 子 ど も を 雇 用 で き ぢ い 職 種 で さ え,子 ど も が8,9歳 に な る と,工 場 で の 就 労 を 父 規 が 直 接 雇 用 主 へ 申 し入 れ る の が 一 般 的 と さ れ て い た 。 若 干 の 職 種 で は こ の こ と を 一 層 拡 大 さ せ て,職 種 へ の 入 職 を一 定 の 近 親 に の み 制 限 す る規 則 を 雇 用 主 に 対 して 認 め さ せ る こ と 迫 っ た 。 た と え ば 綿 紡 績 一 大 総 同 盟(OneG‑

randGeneralUnionofOperativeCottonSpinners)は 「紡 績 工 の 息 子 。兄 弟 ・孤 児 の 甥,そ し て 工 場 主 の 貧 し い 身 内 以 外 の だ れ た も紡 績 技 術 を教 え て は な ら な い 」 こ と を1830年 と1838年 の 集 会 で 確 認 して い た し,他 に も 熟 練 工 で あ る 力 織 機 工 は 息 子 に,整 経 工 は 息 子 お よ び 兄 弟 に と い う具 合1ζ職 業 技 能 伝 授 を 限 定 し よ う と し て い た36)。

識 字 力 と 職 種,識 字 力 と社 会 移 動 を 結 び つ け て 考 え る と い う こ と は,他 の 要 因 が 強 く働 い て い た が ゆ え に,識 字 力 の 産 業 革 命 期 に お け る 役 割 を 見 誤 る こ と に な る。 職 種 そ れ 自体 は 識 字 力 を 必 須 と し な か っ た こ と は,産 業 革 命 期 に 識 字 力 が 必 要 と さ れ な か っ た こ と を 意 味 し な い 。 識 字 力 獲 得 の た め の 労 働 者 階 級 の く 教 育 網 状 組 織 〉 の 存 在 自体 が 何 よ り も労 働 者 階 級 が 識 字 力 を 渇 望 して い た こ

と を 示 して い る 。

識 字 力 を 獲 得 した 後,識 字 力 を も っ て 人 々 が 何 を す る か は 大 き く は 文 化 そ し て 識 字 力 が そ の 文 化 に 参 加 す る た め に ど の 程 度 必 要 で あ る か に か か っ て い る の で あ る。 「人 々 は これ あ る い は あ れ と い う 特 別 な 理 由 で 読 み 書 き が で き る よ う に な っ た の で はな く,書 き言 葉 の み が 可 能 と す る コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンの 力 に よ っ て,生 活 す べ て の 領 域 で 接 触 さ れ て い る。 し た が っ て 読 み 書 き を 習 う一 つ の 動 機 が あ っ た 。」37)社会 が 保 持 し て い た 文 化 に 全 面 的 に 参 加 す る た め に は 識 字 力 は

36)M.Anderson,oμc肱,p.119:

37)T.W.Laqueur,̀TheCultura10riginsofPopularLiteracyin

England1500‑1850'0》ordReひ̀eωoノ 銅 麗cαὲoπ,Vo1.2,No.3.1976 , p.255.

(17)

産 業革命期 イ ング ラン ドの識字率 と労働者階級教育態様

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必 須 な 技 能 で あ っ た 。

た と え ば18世 紀 後 半 か ら19世 紀 前 半 に か け て 本,新 聞,定 期 刊 行 物 は そ れ 以 前 に 較 べ 劇 的 と も い え る ほ ど の 増 加 を み た38)。 こ れ ら は 知 識 の 追 求 へ の 渇 望 を 刺 激 し た こ と は ま ち が い な い 。 工 業 化 ・都 市 化 に よ っ て 惹 起 さ れ た 出 版 ・販 売 革 命 の 結 果,印 刷 され た 言 葉 の 存 在 は労 働 者 階 級 に 激 し い イ ン パ ク トを 与 え た 。 俗 謡 や 昔 話 は 書 き 言 葉 に さ れ,販 売 さ れ て い た 。 口 承 伝 統 は 書 き 言 葉 を 通 じて 伝 達 さ れ て い た 。 呼 売 り 本 や 俗 謡 の 市 場 が 広 ま っ て い た こ と が そ の 浸 透 度 を 証 明 す る も の で あ り,1800年 まで に は 大 衆 読 者 層 が 形 成 さ れ た,と 指 摘 され て い る39㌔

本 を 所 有 す る 伝 統 は 以 前 か ら あ り,各 家 庭 に は宗 教 関 連 書 が あ っ た,19世 に も こ の 伝 統 は 保 持 さ れ,聖 書 や バ ン ヤ ンのr天 路 歴 程 』 炉 人 々 の 心 性 に 及 ぼ し た 影 響 は 大 き か っ た に ち が い な い。 宗 教 的 レ ト リ ッ ク が 隅 々 に ま で 浸 透 して い る社 会 で は,そ の 文 化 に 参 加 す る た め に は 少 な く と も読 め る こ と が 必 要 で あ っ た 。 も ち ろ ん 宗 教 に 対 す る接 近 は 教 会 や チ ャペ ル に 通 う こ と と は 異 質 な も の で あ っ た 。 聖 書 や 祈 と う書 の 美 し い 言 葉 を 覚 え る こ と で は な く,天 然 痘 や コ レ ラ そ して 死 に 日常 茶 飯 事 と して 直 面 せ ざ る を 得 な か っ た 人 々 に と っ て,死 後 を 約 束 す る 宗 教 は 心 理 的 支 え を 提 供 し た40}。 教 育 を 受 け る こ と は,社 会 移 動 を 望 む か ら で は な い。 「貧 乏 人 が 貧 乏 人 で あ る と い う だ け で 出 会 わ ね ば な らな い 数 多 く の 困 難 を と も か く 」 減 ら し た い と い う考 え,と ず っ と 密 接 に 結 び つ い て い た 。」41γ

ま た,18世 紀 末 か ら19世 紀 前 半 に か け て,識 字 力 は 政 治 の 世 界 と関 連 づ け ら れ る よ う に な っ た 。 ロ ン ド ン通 信 協 会 か ら チ ャ ー テ ィ ス トま で の 労 働 者 階 級 急 進 主 義 は 識 字 力 を 前 提 と し て 成 立 し て い た 。 教 育 は あ ら ゆ る 労 働 者 組 織 に お い

38)印 刷 ・製 本 技術 の 革新 に よ っ て 新刊 本 は18世 紀 末 に は平 均1年 で372冊,1828年 は842冊,1853年 に は2,500冊 に もな っ た 。 月 刊 誌 は1831年 に177冊,1853年 に は 362冊 に 達 した(D.Vincent,op.c肱,p.116.)

39)V.E.Neuburg,Pop肪ZαrE伽cὰ̀oπ̀π 茂gん̀θεπ〃L(泡 π̀ωrッE㎎Zα πd, 1971,p.13g.

40)T.W.Laqueur,.RεZZ8̀onα 記Respθ ααb̀̀̀εッ,p.164.

41)リ チ ャー ド ・ボ ガ ー ト,香 内三 郎 訳r読 み 書 き能 力 の効 用』 晶 文 社,1974年,69頁

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ノ40

文 研 第71輯

て 政 治 的 戦 略 の一 環 と して 設 定 され て い た。 それ らの 組 織 は 基礎 的識 字 教 育 か ら高 度 な 経 済 。政 治 問 題 を 論 じ る討 論 グル ー プ ま で 幅広 い教 育 の仕 事 を抱 え込 んで いた。彼 らの ス ロー ガ ンは 「知 は力 な り」 で あ り,「 真 の 有 用 知識 」 で あ っ た。 有 用 知 識 普 及 協 会(SDUK)や メ カニ ッ ク ス ・イ ンス テ ィテ ユ ー トを牛 耳 る 「教 育 屋 」 が 提 供 す る,さ さ いで 子 ど もだ ま しの 「知 識」 で は な く,実 践 的 目的,す な わ ち労 働 者 が 日々 の 隼 活 の 中 で 経 験 す る こ と と き り結 ぶ もの こそ

真 の 有 用 知 識 」 で あ り,知 識 の 追 求 は労 働 者 が 解 放 され るた め の 本 質 的 な道 具 を提 供す る もの であ り,知 識 を追 求 す るた め に は読 め な くて は な らな か っ た。

急進主 義 の教育 形 態 を象徴 して い るの は,急 進 主 義 的 出版 物 一 ブ ロ ー ド・シー ト,新 聞 な ど一 で あ り42),そ れ らは書 き言 葉 で表 現 され た もので あ っ た こと は,こ の こ とを証 明 して い る。

,1皿 労 働 者 階 級 く 教 育 〉 態 様 の 歴 史 的 規 定 性

労働 者 階 級 〈教 育〉 態様 が け っ して 〈教 育=学 校 〉 と〈非 教 育=学 校 以 外 の 生活 総体 〉 とに画 然 と 区別 され ず に,融 合 状 態 に あ り,子 ど も た ち は親,兄 弟, 縁 者 そ して 友 人 に よ って,あ る いは 労働 者 階 級 私 営学 校,成 人 教 育 グ ル ー プ ・ 機 関 に よ って,生 活 領 域 の一 部 と して 識字 教 育 が な され,ま た そ の よ うなく 教 育 〉 態 様 が く 労 働 者 階 級 文 化 〉 の 所 産 で あ り,そ れ に 固 有 な教 育要 素 で あ った

とす れ ば,そ れ を どの よ うに評 価 す るか が 問 題 と な る。

これ らのく 労 働 者 階 級 文 化 〉 が 保 持 して い たく 教 育 〉 態 様 は,生 活 の 生産 ・

再 生産 が一 定程 度の く 自律性 〉 を持 ち 得 て い たが ゆ え に存 在 した もので あ っ た。

す な わ ち資 本 の浸 透 が 家 庭 ・仕 事 場 ・地 域 社 会 の 隅 々 に まで 到 達 しで いな か っ たが ゆ え に,そ の よ うなく 教 育 〉 態 様 を,そ して く 自律 性 〉 を保 持 し得 たの で あ る 。

前 産 業 化 の歴 史 的 社 会 に お いて は人 々 は家 族 を中 心 と した狭 い地 域 社 会 の 内

42)J.H.Wiener,%eWb70ゾ̀んeひ πsεαmped」 θ ル蛋ooem飢̀̀oRepθ αε

.̀んeBr漉sん ωspα ρerTα κ1&30‑36,1969.P.Hollis,2ゐePα ωpεr

P卜ess;As勧dッ̀πWbr勉 π8dαssRα4̀cαZ̀sm̀几 漉 ε1830s,1970.参 照 。

参照

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