大選挙区制度下の総選挙と地域政治社会
季武嘉也
︑はじめに
本稿は戦前期の総選挙のうち︑明治三十五年八月に実施された第七回から大正六年四月の第十三回まで合計七回の所謂
大選挙区制度下の総選挙を対象にして︑その選挙結果から当時の日本の地域の政治社会の動向を考察しようとするもので
ある︒
周知のように︑現在に至るまでの近代日本社会の変動は急激なものであった︒そして︑この変動の構造の解明こそが︑
現在の近代史研究の最大の課題の一つであるといえる︒この点︑社会変動の影響を直接に受ける選挙はそれを分析する上
で最も有効な指標の一つになろう︒また逆に我々は︑選挙制度および選挙結果が社会変動に大きな影響を与えたとも考え
ている︒つまり︑相互に影響しあっていたといえよう︒とすれば︑本格的な選挙に関する分析は必要不可欠なものであろ
う︒
にも拘らず︑従来は制度面の研究が多く︑その実態に踏み込んだものは地域を限定したミクロ的なものしか見当らな
大選挙区制度下の総選挙 と地域政治社会
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い︒それらは勿論重要なものであり︑我々もそこから多くの示唆を受けた︒が同時に例えば︑個別事例の積み重ねが必ず
しも全体の動向を明らかにはしないことも痛感した︒何故ならば︑個々の事例は歴史・地理的にも社会的にもまた人脈的
にも余りに個性的であり︑したがって個別事例を相互に比較検討することは殆ど不可能であったからである︒本稿は︑こ
のような研究状況を打開し︑全国的且つ長期的な展望を得ようとする試みの一部である︒
そのために︑大選挙区時代に関しては我々は先ず︑おそらく今まで誰も行ったことが無かったであろう市郡区単位での
投票結果を全国的に調査し︑さらにその投票結果から各市郡区の類型化を試みた︒そして︑第一にその分布状況を基に︑
全国的な動向の変化および各地域の特色を析出するとともに︑戦前期の二大政党が各地域にどのように浸透していったの
かを解明しようとした︒即ち︑同類型の地域を抽出し︑それらにどのような共通性があったか︑そしてさらにその共通性
とは何かを考え︑同時にそこに於ける政党の役割を考察した︒これによって︑此二かラフではあるが︑政治社会的観点から
の当時の全国地図をスケッチすることを試みたのである︒第二に︑大選挙区という制度そのものの特徴を明らかにしよう
とした︒第一で見たような実態は︑当然のことながら大選挙区という制度と無関係ではなく︑そこには大選挙区特有の影
響が出ていると考えられる︒それを探り出すのが第二の目的である︒
以下︑具体的にみていこう︒尚︑便宜のためこの時期の総選挙の行われた年月日︑施行した内閣︑二大政党の当選者数
を註(1)にまとめておく︒
二︑史料状況と分析方法
大選挙区制度とはどのような制度であったのであろうか︒その特徴の第一は市部と郡部に分けて選挙が行われた事︑第
二は郡部に於いては全県一区︑単記制で行われた事︑である︒つまり︑市部のみ独立区としその他は現在の参議院地方区
のようなものであった︒定員は約三八〇名であった︒
まず都市独立選挙区についてであるが︑これは人口三万人以上の五十三都市がその対象となり︑さらに人口十三万人に
一人の割合で議員が一名選出されることになっていた︒大雑把にいえば︑各県の県庁所在地クラスの地方都市は概ね一
名︑東京︑横浜︑名古屋︑大阪︑京都︑神戸等の大都市は複数の議員を選出することができた︒この都市独立選挙区から
選ばれる代議士は約七〇名であり︑全体の約一九%にあたる︒この制度については後述するが︑現在とは反対に都市にそ
れも地方都市に非常に有利であった︒また︑開票所は区制を敷いている都市(東京・大阪・京都)では区単位で︑そうでな
い都市は一都市に一箇所のみ置かれ︑その開票所では集められた投票用紙を混合して︑つまり町などの下の単位の地域別
に集計するのではなく各町の投票を混じり合わせる混合開票制によって開票が行われた︒したがって︑各候補への票数
は︑区制を敷いている都市では区単位で︑そうでない都市では全体でのみ判明する︒
次に郡部であるが︑やはり人口十三万人に一名の割合で各府県に議員定数が割り当てられていた︒その数は多い県で十
二名︑少ない県で四名であった︒尤も︑対馬・佐渡・隠岐・奄美大島の四島︑及び北海道では地域性に鑑み︑それぞれ独
立選挙区とされた︒また︑沖縄に総選挙が施行されたのは第十一回総選挙からであった︒ここから選出される議員は約三
一〇名ほどで︑八一%に昇る︒さて︑その投票は町村に一箇所つつ投票所が置かれ︑そしてそれらは各郡に一箇所の開票
所に集められ︑やはり混合開票制によって集計された︒したがって︑ここでも各候補への票数は郡までが限界で︑町村レ
(2)ベルで知ることは不可能である︒ちなみに︑当時日本全国には約五五〇の郡が存在していた︒
(3)尤も︑戦前の選挙に関する政府の公式な記録である﹃衆議院議員総選挙一覧﹄には︑この時期は残念ながら各候補につ
いてその総獲得票数しか記載されていない︒このような史料的不備が今まで研究を妨げてきたといえよう︒しかし︑前述
のように大都市に於ける区単位での票数︑及び郡別の票数は当時一般に公開されていた︒そしてその数字は︑県庁文書に
残されていたり︑或いは地方新聞に掲載されている場合がある︒勿論ここでも史料的制約によってそのすべてを知ること
147大 選挙 区制度下の総選挙 と地域政治社会
表1大 選挙区群別得票数調査 ○判明 △一 部 判 明 選挙 回数 78910111213 出 典 ・所 蔵
北海道 0000000 7‑一一11,13北 海 タ イ ム ス,12小 樽 新 聞 ・国 会
青 森 0000000 東 奥 日報 ・国会
岩 手 0000000 7,10〜 岩 手 日 報 ・明 文,8,9県 庁 文 書
秋 田 000000 秋 田魁 ・国 会
宮 城 000000 7‑一一11河 北 新 報 ・明 文,13県 庁 文 書
山 形 000000 7,9米 沢 新 聞,11〜13山 形 新 聞 ・明 文,
8両 羽 日 日 ・山形県 立 図書 館
福 島 0000000 7,10‑‑」13福 島 民 報,8,9福 島 民 友 ・
福 島県立 図書館
茨 城 000 8常 総,10い ば ら ぎ,12…茨 城 日報 ・歴 史 館
栃 木 00000 両 毛新 聞 ・国会
群 馬 00000 7,8,10,12県 庁 文 書,13東 京 日 日 地
方 版 ・国会
千 葉 000000 7,8,9東 海 ・明 文,12東 京 朝 日 ・東
大 新 聞研,10千 葉新 聞 ・県立 中央 図書館, 13東 京朝 日地方 版 ・国会
埼 玉 0000000 12,13国 民 新 聞 地 方 版 ・明 文,9,10,
11新 編 埼 玉 県 史7,8雑 誌 「評 論 」 ・明 文
東京府 0000000 7,10国 民 新 聞,8,9,11報 知 新 聞,
12や ま と ・明 文,13東 京 朝 日 ・東 大 新 聞 研
東京市 0000000 報 知 ・国 会
神奈川 000000 7,9横 浜 貿 易 新 聞,11‑一 一13横 浜 貿 易 新
報 ・開港 資料 館
山 梨 0000000 山 梨 日 日 ・明 文
新 潟 0000000 新 潟新 聞 ・国会
長 野 0000000 信 濃毎 日 ・明文
静 岡 000000 7〜12静 岡 民 友 ・明 文,13東 京 日 日 地 方
版 ・国 会
愛 知 0000000 新 愛 知 ・国会
岐 阜 000000 岐 阜 日 日 ・明 文
鮒会会文京国国
明 日 ・・
会・朝会会版版国
ス阪国国方会方 ・ ム大 ・・地国地報 イー3出出日 ・日日 雌玖肋肋醐聞舗醐舗範
史
歌,都都,備図,図9党
文文会和書京京会会会2文会芸立文文会立会,会会政明文
明国12文88国国国代明国13県明明国県国8国国県 ・明
・会 ・,庁,,⁝近 ・・,・・・⁝, ・・分聞・報国聞日書県会聞聞日日新史聞報聞聞報日報聞日7聞日大書新報
日 ・新毎文11国新新朝朝又県新新新新新毎新新日,新日9文島新
山国勢伊庁,・
都都阪阪戸取根陽国長川島媛陽岡崎賀州,庁児球 富北伊紀県10録京京大大神鳥島山中防香徳愛土福長佐九7県鹿琉
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○一
○○○○○○○○○○○○○○○○○○OOOOO一
○○○○○○○○○○○○○○○○OO△△○○一
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○}
山川井重山良賀府市府市庫取根山島口川島媛知岡崎賀本分崎島縄歌都都阪阪児
富石福三和奈滋京京大大兵鳥島岡広山香徳愛高福長佐熊大宮鹿沖
国会 は国会図書館所蔵,明 文 は東京大学明治文庫所蔵
大選挙 区制度下の総選挙 と地域政治社 会
X49
図1各 市郡 区1‑3位 票 率 の割 合
ユ日欧 9欧 8欧 7欧 6欧 5欧 4四 3欧 2欧 1欧 欧
率票3位13
12ロユi数率@回票灘箆
78
■1位 票率
郡(郡部)︑市(地方都市)︑区(大都市)なのでこれらを基礎的な単位とみなし︑
た候補の得票︑二位になった候補の得票︑三位になった候補の得票を抽出した︒
れ一・二・三位になった候補の票を全国規模で集計し︑その割合を示したものである︒
にいえば一位票は約五〇%︑二位票は約二五%︑三位票は一〇%であった︒
った︒そして︑この時期はこの比率で概ね安定していることが分かる︒
の分三位票が微増していることもわかる︒次に︑さらに本稿が対象とした各地域政治社会の特性を表現するために︑
二位票を軸に以下のような分類を試みた︒つまり︑各市郡区の一位票をその市郡区の有効投票総数で割ったものを一位候
補票率︑同じく二位票を有効投票総数で割ったものを二位候補票率とし︑それを基準にA・B・Cそれぞれに分類した︒
A型市郡区 は不可能であったが︑現段階で筆者等が調査して判明したも
のは表1の通りである︒このうち︑新聞に拠ったものは甚だ
誤字脱字が多いのであるが︑それらは推測で修正した︒さ
て︑表1を見れば分かる通り︑判明したものは全体の約八
五%であった︒福井県のように全く判明しなかった県もあ
る︒今後さらに改善したいと考えているが︑取りあえず以下
ではこの八五%を以って全体を表すものとして取り扱うこと
にしたい︒
次に︑以上のような史料的限界の中での分析方法について
述べてみたい︒まず前述のように︑票数の分かる最小単位が
さらにその単位の中だけで︑一位となっ
図1は︑各総選挙毎に各市郡区でそれそ
これで見れば分かる通り︑大まか
これが︑この大選挙区時代の平均的な姿であ
但し︑第 一回以降では一位票が若干下がり︑そ
一・
150
図Y
⊥21一3 X
1⊥
2
X軸1位 候補 票 ÷全投 票数 Y軸2位 候補票 ÷全 投票数
0 一位候補票率が五〇%以上︑且つ一位候補票率から二位候補票
率を引いた値が三三・三%以上
B型市郡区
一位候補票率から二位候補票率を引いた値が三三・三%未満︑
且つ一位候補票率と二位候補票率を合わせた値が六六・六%以
上
C型市郡区
一位候補票率と二位候補票率を合わせた値が六六・六%未満︑
且つ一位候補票率が五〇%未満
些か煩雑なので︑図2を見ていただきたい︒これは︑横軸に一位候補
票率を︑縦軸に二位候補票率を配したもので︑当然のことながら一位候
補票率は二位候補票率よりも常に高く︑また両者合算しても一〇〇%を
越えることは絶対に無いので︑すべての市郡区は必ず実線の三角形の中
に収まることになる︒そして︑その中を図のように単純に三等分して区
分したのが︑A・B・Cの各分類である︒さて︑そのA・B・Cの各分
類であるが︑まずA型に分類される市郡区は一位候補票率が過半数以上
であり︑且つ二位候補票率を相当に引き離しているので︑一候補独占型
市郡区といえよう︒B型は一位候補票率︑二位候補票率が高く且つ接近
しているので︑二候補対立型といえる︒そしてC型は︑一位候補票率︑