産業立地論争の現在 : 産業政策としての環境政策
小野隆弘
International Competitiveness : Environment Policy as Industrial Policy
Takahiro ONO
J.産業立地論争と国際競争力 Il.環境保全と産業立地
日.国際的競争力の意味変容と環境保全
IV.緑の産業戦時: 「産業立地」 vs 「生活の質の立地」
I.産業立地論争と国際競争力
最近、特に1990年代になって、欧米先進諸国において期を一にしたように産業立地 としての自国の競争力についての政府の報告書が発表され、それをふまえて論争がお きている1)。このような国際的競争力への関心の高まりの背景としては、東西冷戦の 終駕以後の世界的な市場経済化と情報通信技術の発達のなかでの新興国の台頭による 大競争の時代の到来と、世界経済が低成長の先進国と高成長の新興途上国とに二極化
していることがある[森谷・出水]。したがって、欧米諸国の側からみれば、欧米の競 争力低下への危快をいだきながらも、自らの築き上げてきた経済制度の質への自信の 回復が図られていると考えられる。
産業立地論争で検討の対象に取り上げられている要素がどのようなものであるのか、
ドイツの議論を追いながら考察することにしたい。まず、 <表①日独の産業立地条 件の比較>によって、ドイツにおいて注目されている項目が概略読み取れよう。ドイ
ツは生産性の点では、図(彰にも明らかなように、国際的に高レベルにあるけれども、
よく知られている世界で最短の労働時間、長期の休暇だけでなく、デモなど労使紛争 による欠損労働時間の長さ、また<表②社会保障費の対GNP比による国際比較>と く表③国民負担率の国際比較>にもみられる福祉国家の発展がもたらした賃金外人件 費‑賃金付帯コストや法人の税負担率の高さ、さらには環境関連支出に至るまで、ほ とんどすべてが経営にとってコストとして反映されざるを得ない。もちろんここには
働くものの権利と生活の質の高さが裏側から表現されているともいえるが、自国の経 済の競争力についての懸念が高まり、産業立地としてのドイツへの問いかけが厳しく なることも容易に理解できよう。
表①日独の産業立地条件の比較
単 位 日 本 ド イ ツ
賃 金 D M / 時 間 22 .82 22 .50
賃 金 外 人 件 費 D M / 時 間 7 .18 19 .46
労 働 コ ス ト D M / 時 間 30 .00 41 .96
生 産 性 ドイ ツ= 100 89 100
労 働 単 位 コ ス ト ドイ ツ = 100 80 100
過 当 労 働 時 間 時 間 42 .00 37 .50
休 暇 日 数 労 働 日数 25 4 0
欠 損 労 働 時 間 時 間 / 午 33 146
実 質 労 働 時 間 時 間 / 年 20 07 15 19
法 人 の 税 負 担 率 % 59 .30 61 .56
電 話 料 金 ドイ ツ = 100 8 2 100
産 業 電 力 両 ペ ニ ヒ/ k W h 22 .57 15.06
環 境 関 連 支 出 G N P 比 % 1 .02 1.74
出典:ドイツ経済研究所調査 [出所]藤:9頁
監】 1980年 蝪 1990年
ドイツイタリア日本スペインイギリスアメリカフランス
図(彰先進諸国におけるドイツとの対比での生産性水準
Quelle:Institut der deutschen Wirtschaft (Hrsg.) ,iw‑Trends 4/1981, o.V.,24/1991 [出所] Perlitz;S.33
表②社会保障費の対GNP比による国障比較
1960 1968 19 74 1980 1984 1988 199 0年
ア メ リ カ 5 .0 6 .4 9 .5 10 .9 ll.0 10 .6 ‑
イ ギ リ ス 12 .0 13.7 14 .6 16 .6 16 .5 16 .1 15 .3
日 本 3 .8 4 .5 6 .2 10 .1 ll.0 ll.4 ll .5
オ ラ ン ダ ‑ 16 .2 20 .7 25 .9 27 .5 25 .9 26 .3
ス ウ ェ ー デ ン 8 .0 10 .6 14 .3 17 .6 17 .6 19 .5 19 .7
O C D 7 .0 8 .6 、10 .7 12 .9 13 .7 13 .4 15 .4
Quell:Historical statistics 1960‑1990, Tab.6.3,S.67
表③国民負担率の国際比較
1 9 6 0 1 9 6 8 19 7 4 19 8 0 19 8 4 1 9 88 1 9 9 0 年
ア メ リ カ 2 7 .0 3 0 .7 3 2 .2 3 3 .7 3 5 .8 3 6 .1 ‑
イ ギ リ ス 3 2 .4 3 9 .1 4 4 .6 .5 4 8 .1 4 6 .9 4 6 .0
日 本 17 .5 19 .2 24 .5 3 2 .6 3 9 Q 3 2 .2 3 2 .3
オ ラ ン ダ 3 3 .7 4 3 .9 4 7 .9 5 7 .5 6 1 .0 5 8 .3 5 5 .6
ス ウ ェ ー デ ン 3 1 .0 4 2 .8 4 8 .1 6 1 .6 6 3 .5 5 9 .5 6 1 .4
O E C D 2 8 .1 3 1 .8 34 .7 5.7 4 1 .3 4 0 .4 4 3 .8
Quell:Historical statistics 1960‑1990, Tab.6.5,S.
[出所]Berger ; S.279
表④国際競争力指標による順位
順 位 国 名 環 境 指 標 に も と づ く 全 体 評 価
1 . 日 本 1 3 3 2
2 . ド イ ツ 1 2 8 4
3 . オ ラ ン ダ 1 1 3 4
4 . ア メ リ カ 1 0 5 0
5 . イ ギ リ ス 1 0 1 6
6 . フ フ ン ス 1 0 0 3
7 . カ ナ ダ 9 9 4
8 . 韓 国 9 4 6
9 . ス ペ イ ン 8 1 3
10 . イ タ リ ア 7 7 4
Quell.‑Becrens, B./Canibl, H.P., 1993:Standort vergleich‑Einaugiger K∂nig. in:Wirslaftswoche, 47‑53.S.41.
[出所]Perlitz ; S.17
経済の国際競争力を判断するのに何をもって捉えるべきかは、ミクロの企業のそれ なのか、それとも産業レベルか、それとも一国の競争力かによって、適切な方法を検 討せざるを得ないが、なかでも国の競争力の概念は富とは何かという経済認識の基本 にも関わっているために、とりわけ多様に規定することができよう。したがって、
<表④国際競争力の指標による各国の産業立地としての順位づけ>は理論的な根拠を
ふまえたものというよりは、ドイツでのひとっの見方をイメージするものとして挙げ ておく。この指標化の試みは[Behrens/Canibol]の考察からの転載であるが、産業 立地としての各国の競争力を規定するものとして、四つの領域、労働、技術、資本な らびに国家から16の指標を取り出し、順位づけしたものである。ここで注目しておき たいのは、コスト面であれほど不利なドイツが意外に高位置につけている結果の方だ けでなく、むしろ財の輸出入という貿易収支によって競争力を判断するのではなく、
産業立地としての競争力に焦点をおいている点である。
本稿で検討するのは、この産業立地論争の全体ではない。環境保全という要素が重 要な立地条件のひとつとして追加されてきたことに注目して、そのことが経済社会、
国際競争力の理解に対してどのような影響をもたらしているのかを考察し、とくに、
環境規制の強化が競争力を減退するのではなく、むしろ競争力を活性化するという
「緑の産業戦略」の主張に焦点を当てるのが本稿の課題である。ドイツに目を向ける のは、ドイツの環境政策が、廃棄物管理システムのパラダイム転換を図っている循環 型経済構想をはじめとして、さまざまな問題領域において世界の注目を浴びているか
らである2)0
Il、環境保全と産業立地
1975年から1991年までの間に、ドイツが環境保全に費やした費用は約4200億マルク にのぼり、ドイツ全体の投資額のうち約5%になると算定されている[Weiz94b:S.80]。
コンラートによれば[Con:S.233‑240]、まず<図②ドイツにおける環境保全投資の推 移>から明らかなように、 1990年に製造業における環境保全への投資は約80億マルク であり、既存の環境保全施設の維持と運営のために130億マルク支出されているので、
合わせて<図③製造業における環境保全支出の推移>にみるように210億マルクにの ぼっている。特に1984から支出が非常に増大しており、そのうち大気汚染関係費用は 70年代初頭に比して5倍ほどに伸びている。
また、 <表④先進諸国における環境保全支出の比較>によれば、環境保全支出の総 額でみて、アメリカが抜きんでて、ドイツと日本がつぎに多いが、国民総生産物に対 する割合でいえば、オーストリアについでドイツが1.74%で高く、アメリカの1.36%、
日本の1.02%を凌駕しており、スウェーデンやノルウェーなど北欧の福祉大国は以外 に低い。さらに、ドイツの特徴として注目されるべきは、環境保全支出の割合が最近 になるにつれて増え続けていることであり、日本やアメリカの比率低下の趨勢と比べ て対照的である。また、民間と政府の支出割合の点でいえば、ドイツははぼ3分の2を 民間に委ね、アメリカ、オーストリアなどに類似し、日本は88%が政府支出であり、
デンマーク88%、オランダの78%、フランス62%に近い数字を示している。端的にみ
て、ドイツの企業にとって環境保全が他国に比べて大きな財政的な負担になっている ことが想像されよう。
匿】製造業 □ 公共投資
71 72 73 74 75 76 77 78 79 81 82 83 85 86 87
図②ドイツにおける環境保全への投資 一民間企業と政府I
Quelle:Statistisches Bundesamt;Disko Leasing GmbH, Dusseldorf [出所] Conrad;S.‑233
78 82
図(塾西ドイツ製造業における環境保全支出 Quelle:Statistisches Bundesamt, BDI
[出所J Conrad;S.234
表⑤先進諸国における環境保全支出
国 名
19 8 0 1 9 8 6 1 9 9 1 3 1 9 8 0 19 8 6 1 9 9 13 1 9 8 0 19 8 6 1 9 9 1 3
10 0 万 ド ル 対 G N P 比 民 間 部 門 に お け る
環 境 保 全 支 出
ド イ ツ l l .* 13 .2 0 94 16 .3 6 9 1 .4 5 1 .5 3 4 1 .7 4 3 6 4 4 9 6 3
フ ラ ン ス 5 .8 8 7 5 6 .4 6 4 7 .1 7 1 0 .8 7 5 0 .8 8 0 .9 1 3 7 5 3 7 3 8
イ ギ リ ス 8 .2 9 7 7 .3 1 2 6 .2 7 0 1 .54 1 .2 0 0 .9 3 4 94 5 0 5 2
オ ラ ン ダ 1 .8 7 5 4 2 .2 9 3 2 .8 18 1 .10 4 1 .2 8 1 .4 6 3 0 2 6 2 2
デ ン マ ー ク 6 7 7 7 0 5 7 0 3 1 .0 2 0 .9 0 0 .7 8 9 1 0 1 2
オ ー ス ト リ ア 9 1 1 s 1 .2 5 5 1 .7 8 3 1 .22 6 1 .5 0 1 .9 4 3 3 5 0 6 5
ノ ル ウ ェ ー 63 3 7 5 5 6 4 8 4 1 .2 5 7 0 .8 1 0 .5 7 3 3 3 3 4 3 2
ス ウ エ I デ ン 1 .2 3 5 7 1 .2 6 7 1 .3 0 1 0 .9 9 7 0 .9 2 0 .8 7 2 0 8 2 9 4 3 4
フ ィ ン ラ ン ド 6 7 5 7 1 1 7 4 2 1 .3 0 1 .1 6 1 .0 5 5 4 5 5 5 7
日 本 19 .5 7 2 1 7 .6 2 9 1 6 .1 7 0 1 .8 4 1 .3 4 1 .0 2 1 4 1 3 12
カ ナ ダ 5 .3 8 7 4 .9 8 2 4 .7 0 6 2 .0 4 1 .5 9 1 .3 0 4 0 3 5 3 1
ア メ リ カ 4 3 .5 7 0 4 7 .1 0 5 5 0 .3 0 2 1 .6 2 1 .4 7 1 .3 6 6 0 5 9 5 9
1公共支出ならびに民間支出
2 ‑1980年の物価と為替レートによる数値 3最高値
41985 51981 61979 71978 81974
Quelle:IW‑trends, 2/92, Tab. 1+2 [出所] Conrad;S.235
産業経営にとって立地選択という活動は、一度立地すれば簡単には移転できなくな る施設など固定資本を無駄にすることになるからである。とりわけ長期的で、しかも ある程度不可逆的な決定だという特徴をもっている[Wicke:S.100],基本的には企業 に最大の利潤を約束するような立地先が求められるといえようが、企業経営を中・長 期的に規定する、さまざまな要素が考慮されることになる。あらゆる生産要素、土地・
建物、原材料、労働力、資本の調達の利便性とその質からはじまって、流通や販路の 確保、交通の利便性などインフラストラクチャーの質、租税や補助金制度の特徴、集 積の利益の存在などを総合的に判断することが要請される。ヴィッケほかによれば [Wicke:S.103‑5]、立地の決定の特徴は、 ①多元的な目標体系を考慮すること、 ②さ まざまな地域の比較を要するような、多くの代替案を勘案すること、 ③立地の最終的 判断には不確実性がともなうこと、と理解されている。
そこで次に、このような立地選択の重要な要素のなかに環境が考慮されることが、
どのような意味をもつかが問われなければならない。企業からみれば、どのような産 業活動であるかによって望ましい立地要素としての環境の質は異なるので、 ①の企業 目標に応じた自然環境や社会的・制度的環境の最適な組み合わせが求められる。また、
②の代替地の可能性は国際的な場合から、地域間、地域内あるいは経営内に至るまで さまざまであろう。環境は自由財として無際限に利用可能である限り、企業は自由に
選択できようが、実際には環境は、市場価格がその環境財の希少性を反映しているか どうかは別にして、希少になり、企業にとって環境を利用あるいは保全するためのコ ストが個々の主体の計算においてコストとして参入されなければならなくなっている。
特に、環境に負荷を与える産業活動が拡大するだけ、またそれに対応して環境規制が 課せられるに応じて環境保全が経済的な活動になる。しかも、環境保全コストは、環 境規制などの制度的環境はその地域内においてはすべての企業に無差別に通用される
としても、すべての立地において同じではないので、立地要素としての環境は立地の 決定に対して大きな影響を及ぼす。たとえば、集積利益の大きな地域への立地は、労 働力の確保や流通費や販路の面で有益であるとしても、環境負荷も大きくなり、環境 保全コストがそのメリットを相殺してしまうかもしれない[Wicke:S.101‑3]。
ともあれ、環境保全‑の要求が市場経済においてどのような経済効果をもっのか、
が重要なテーマになるが、コンラートは環境保全の三つの効果を次のように整理して いる[Con:S.231‑2]。
まず第‑に、環境保全は企業にとっては負担増加であり、環境汚染後に処理するエ ンドオブパイプ技術によって対応する場合であれ、環境負荷の発生そのものを回避・
抑制しようとするクリーン技術によるものであれ、産業経営にとってコストを意味す る。環境負荷が大きい産業、例えば化学産業などにとっては、コスト負担の増大が経 営の拡大の際に立地の移転を考慮させることになる。
第二に、 「一方にとって費用になることは、他方からいえば販路になる」 [Con:
S.232]。この観点からは環境保全産業は成長産業であり、厳しい環境政策の先駆者と してのドイツは優良な産業立地の場所になる。測定技術や騒音防止に関する産業にお ける中小企業はこのような環境政策の強化を歓迎している。
第三に、環境の質は、それ自体が環境を無料のインフラストラクチャーとして評価 する部門にとっては重要な立地要素である。たとえば、銀行、保険業、観光業などが 代表的に挙げられている。旧東ドイツでの企業活動が進展しないのもこのインフラと
しての環境の質が問題になっているからである。
これら環境保全の3っの効果が産業立地の異なった評価につらなる。国内の立地の 場合には、市場メカニズムの競争機能が資本と労働の自由な移動を介して働き、それ を誘導する方向に環境政策的目標が目指し得るが、国際的な立地においては、世界全 体を見据えた政策意図が追求されにくいので、特別な検討を要する。つぎに、そのこ
とを考察しておきたい。
日、国際競争力の意味変容と環境保全
経済活動のボーダーレスな国際化の流れが加速するなかで、環境問題の方も地球規 模でのグローバルな拡大を示してきた。地球という人類の生存基盤そのものを脅かす 気候温暖化現象やオゾン層の破壊などによって、すべての人々が共通に影響を受ける 環境変化が底流で進行するなかで、酸性雨に典型的にみられるような、環境被害が国 境を越える広域環境汚染や、企業の海外現地進出にともなう環境破壊など、国際化の 新たな次元に対応した地球環境問題が続出している3)。したがって、課題の広域化に 即した国際的な調整が緊急に要請され、地球サミットをはじめさまざまな世界会議や 協定がおこなわれてきた。経済がボーダーレスに展開する傾向をもつのに比して、政 治は原則的にはなお国民国家を基盤にしており、南北間の対極的な現実が変わらない 以上、地球政治‑の道にはなお必要性と政策の不在との隔たりが続くといわざるを得 ない。
このような国際的な環境問題の複雑な構図をふまえて、国際的調整が達成されるた めには特有の政策的戦略と工夫が探られる必要がある。環境政策の国際的調整の進行 具合としては、端的にみて、第‑に、国際的なルールなり規則が協定され、全世界に 適用される方向か、第二に、各国なり各地域がまず先行的に環境保全の取り組みを試
み、それが世界に波及していく方向か、に便宜上区分しておくことができよう。この 区分が意味をもつと考えるのは、国際的ルールの世界的な形成の道が困難でもある場 合に、各国ごとの環境規制の先行も国際的競争力の意味がつぎに述べるように変化し
てきたなかでは有益だと思われるからである。
国際的競争力とは何かという問いかけをした場合、まず財の輸出入という貿易収支 としての競争力の理解が挙げられよう。その背景として、戦後の自由貿易への国際的 な意義づけと制度が存在する。戦後の自由貿易体制を支えた基本的な考えは、ボーダー での制限である関税や輸入数量制限などの貿易制限はできるだけ撤廃するが、それ以 外の各国内の産業政策や諸規制については各国の裁量に任せるというものであった。
この制度の基礎には、 「国際的経済取引の中心は、各国間の財の輸出・輸入という単 純な貿易である」という考え方があったという[伊藤ほか:295貢、305貢]。現在、企業 の国際化が財の輸出入というレベルを越え、直接投資という現地進出の形態が主体に なり、しかも「連結の経済」 (宮沢健一)を求める企業相互の多様なネットワークの 形成は、競争力の意味を革命的に変容している。ライシュは、このパラダイム転換の 意味をっぎのように述べている。 「地球経済が広がりつつある今日、アメリカ企業お よび産業が、外国の企業、産業と競争することはほとんどない。アメリカとは、単に 仕事が行われる場所、付加価値が生み出される場所を意味するに過ぎないのだから」
[Reich:S.191,237貢]。企業の国籍を問題にするような「国家の競争力」の時代の終駕
であり、 「仕事が行われる場所」としての立地条件が選択され、各国に立地する企業 の質を通して立地の質が問われてくる。欧米における立地論争の同時的発生の背景に あるのは、このような国際競争力の意味変容である。市場を介しての相互交流が進展 すればするだけ、同一の企業が多国間の制度やシステムに同時に関わるために、市場 を支えている制度的・社会的枠組みの各国間の違いが目立っようになる。 「制度間競 争・調整」の時代、あるいは「システム摩擦」の時代という最近の比較制度論への関 心とも相い通ずるものがあろう4)。各国間の経済関係は、経済の競争力の問題そのも ののなかに労働条件や社会保障やインフラや環境規制などが深く関わってこざるを得 なくなっているのである。
そこで、産業立地論争として主題化された国際競争力の現状のなかで、立地要素と しての環境がどのような意味をもっのかを考察してみる必要がある。この点で、植田 が「環境と貿易」というテーマで手際よく整理した構図[植田:186‑192貢]を借りて、
戦後の国際経済システムの変容のなかで環境政策の国際的調整の二方向のあり方につ いて検討を進めていくことにしたい。
グローバルな環境保全は、世界市場での自由貿易の論理では達成されない。まず第 一に、環境政策の手法としても、 GATTが認めない関税や輸入制限などの貿易制限 措置を導入することが増加してきた。一方では、種の保存に関するワシントン条約や 有害廃棄物の越境取引を規制するバーゼル条約などの多国間での国際ルールの締結と
いう方向であり、他方では、一国による環境保護のための貿易措置も増えてきている。
第二に、発展途上国の自然資源の市場価格が環境上の価値を評価されないで、不当 に低く抑えられるように、自由貿易という理念自体が環境財を取り扱えない。環境上 の価値を反映した国際的な市場価格設定のルールが形成され得るだろうか。
第三に、環境政策の規制に関する各国の規制強度に差異があるために、特に南北間 での利害と課題の違いから対極的な対応がでてきている。途上国からみれば、先進国 の環境規制の先駆的取り組みそれ自体が貿易制限措置にあたるのではないかという懸 念が表明される。他方で、先進国側からは、逆に環境規制が緩いのは、地球的に必要 な環境対策費用の負担を怠っているのではないかという批判が出されるとともに、環 境規制の厳しい国から緩い国に企業が産業立地を求めて、移転し、その結果環境汚染 の玉突き現象が起こっている。
したがって、地球的調整が必要な課題が発生しているにもかかわらず、国際調整の ルールを一斉に規定するような政治の国際化は困難であるというジレンマが存在する なかで、各国からの、いや各企業、各地域からの先駆的な取り組みがグローバルに連 なり得るような道も活かされるべきだろう。
lV、緑の環境戦時: 「産業立地」 vs 「生活の質の立地」
あらゆる産業部門からなる600のドイツ企業への1988年におこなわれたアンケート によれば、 70%以上の回答が環境保全は生産立地を確保するために無条件に必要であ るとしている。 3分の2の質問者は環境保全を企業存続のための条件とさえ回答してい るように[Con:S.243‑4]、一級の環境の質を保障することが産業立地としてのドイツ の将来と質に対する先見的施策である、ということはますますドイツにおいて多くの 賛同者を得てきたと思われる。環境の質に欠点があることは立地としてマイナスであ ることは、旧東ドイツ諸州で企業を起こそうとしている誰もが知っているのであり、
前環境大臣テプファーも、経済の成果を挙げるためには健全な環境が必要である、と 明言している。
すべてのコスト要素が国際的にみて突出しているドイツにおいて、環境保全のため に更なる負担を被るのを容認するのはどのような考えに支えられているのだろうか。
環境保全はどのような経済効果をもたらし、その影響は競争力の上にどのようにあら われるのか。表③でみたように、ドイツにおける環境保全支出はその6割強を民間部 門が担っている故に、なおさら環境の質を高めることが産業立地としてのドイツにプ
ラスに作用するという考えはどこからでてくるのかが問われるべきだろう。
従来は無料で利用していた環境を保全する取り組みは、まず何よりも環境コストが 内部化される分だけ追加的コストとして受け取られ、それが製品価格に転嫁される程 度に応じて国際競争力が低下すると理解されるのが普通である。このような考えでは、
環境の規制強化は経済の競争力を弱めるという<環境と経済のトレードオフ>の関係 が強調される。この追加負担に耐えかねた企業は立地の変更を図り、他の規制外の地 域‑転出し、当該地域の産業の空洞化が生じ、結局は経済の破綻をまねくと危供され てきた。
ところが、最近、環境の規制強化こそ経済の競争力を高めるという<環境と経済の 両立>を唱える主張が欧米において力を得てきた。 「緑の資本主義」とか「緑の産業 政策」とかいわれる産業政策としての環境政策のあらたな環境産業戦略の考えであ
る5)[Weiz94a:S.180‑3,195貢;Stevens:pp.26‑8;郡島:82貢]。この理解によれば、環境 の規制強化は環境コストとして経済にとって負担だと認識されるよりも、むしろ積極 的な経済投資として位置づけられる。それも単に環境保全産業に対する直接的な需要 拡大という販路の面だけでなく、立地要素としての環境の質の改善がもたらすさまざ まな経済効果が指摘される。
まず、技術革新への影響という点では、短期的にはコストでも中・長期的には環境 技術の開発をうながし、競争上の優位性を獲得し得ることは、日本における大気汚染・
排ガス規制の厳しさが自動車産業の技術を世界をリードするレベルに引き上げたこと、
ならびにドイツでの厳しい水質汚薗規制が排水・汚水処理技術の向上をもたらした成 功例によっても実証されているとされる[Stevens:pp.26‑7;郡島:82頁]。スティーブン スによれば、世界の環境汚染抑制技術の市場は、 <表⑥環境産業の市場予測>にみら れるように、 1990年現在で2000億ドルと算定され、その3分の2以上はエンドオブパイ プ技術の市場で、残りは環境保全サービスとされる。クリーン技術については測定不 可能で、数値は示されない。また、この市場は年率5‑6%の割合で増加し、 2000年に は3000億ドル市場規模にまでなると予測している。また、コンラートによれば、 90年 代における環境技術の世界貿易量のうち、ドイツが21%を占め第一位で、次にアメリ カの16%、日本の13%になり、ドイツの全輸出額の5.5%は大気浄化技術と測定技術か
らなるという[Con:S.247‑8]。
表⑥環境産業における市場予想
19 9 0 2 0 0 0 増 加 率
億 ドル 億 ドル %
器 具 施 設 支 出 1 5 2 0 2 2 0 0 5 .0
水 質 排 水 6 0 0 8 3 0 4 .0
廃 棄 物 処 理 4 0 0 6 3 0 6 .4
大 気 浄 化 3 0 0 4 2 0 4 .4
そ の 他 2 2 0 3 2 0 5 .1
サ ー ビ ス 一 般 4 8 0 8 0 0 7 4
紘 . 額 2 0 0 0 3 0 0 5 .5
Source:OECD
[出所] Stevens;p.27
表(診ドイツにおける環境保全による震用創出
ドイ ツ 1990 2 000
旧 西 ドイ ツ 546000 78 6000
直 接 的 雇 用 創 出 206000 29 0000
環 境 保 全 財 の生 産 に よ る雇 用 創 出 341000 4 58000
旧 東 ドイ ツ の環 境 保 全 型 再 開 発 に よ る雇 用 創 出 3 8000
旧東 ドイ ツ 134000 * 33 6000
直 接 的 雇 用 創 出 285000 ‥ 66000
環 境 保 全 財 の生 産 に よ る雇 用 創 出 45500 ‥ 2 70000
環 境 A B M 60000
環 境 保 全 関 連 雇 用 の 総 数 68 0000 1122000
・1991年の数値, ‥一部把握されていない
Quell] :Umweltbundesamt:Umweltschutz‑ein Wirtschaftsfaktor [出所] Weizsacker946:S.91
つぎに、先にIでみたように、立地の選択は企業活動にとって長期的で、しかも不 可逆的な決定であり、そのために立地された地域や国の経済にとって何よりも意味が あるのは職場の創出と確保である。 <表⑦ドイツにおける環境保全による雇用創出>
が示すように、ドイツ環境省の算定によれば、環境保全によって1990年現在で約70万 人の職場が創出され、 2000年には110万人強の雇用へと拡大すると予想されている [Weiz94b:S.89‑91],この職場の確保を基盤にして、所得形成による有効需要拡大効 果をはじめ、労働条件や環境をふくめ生活全般にわたる質を構成するさまざまな側面 が影響を受ける6)。
確かに原理的にみれば八代が的確に指摘しているように[八代:184‑185貢]、環境技 術の開発促進による競争力優位を獲得する効果も、相対的に格差がある国だけに有効 であるに過ぎず、世界の環境産業全体にとっては、環境規制が有利に働くとは限らな い。また長期的に持続的な経済発展のためには、結局、現在の生産や消費活動をある 程度まで犠牲にしてはじめて可能であるので、環境規制強化が国際競争力の改善にな るという過度の楽観論は禁物であるが、本稿では、産業立地の視点を国際競争力の意 味の変化と関連づけて捉えてきた。
ヴァイツゼッカーは、 「産業立地(Industriestandort)」と「生活の質の立地(Le‑
bensstandort)」とを対比する[Weiz94b:S.79]ことを通して、この変化を楽観的に、
しかも的確に捉えている。 「産業立地ドイツの質にとって決定的なことは、ドイツ企 業の強さというよりは、 <新しい世界経済>に貢献しようというドイツの市民や地域 の能力である」 [Weiz94b:S.76]、と。産業立地としての競争力の追求は、国を代表し て企業が財を輸出する能力にはない。むしろ、立地政策とは、高度に移動可能な生産 要素に投資することではなくて、むしろ移動が困難な、あるいは移動しない要素、す なわち労働者の熟練内容や、研究と開発、インフラストラクチャーに投資することで ある[Weiz94b:S.76‑7]。
註;
1)西欧諸国の動向については[森谷・出水]を、ドイツの議論については、 [BMWi], [Dichtl] , [Weizsacker94b]、 [藤]などを参照されたい。
2)ドイツ廃棄物政策における循環型経済構想については、とりあえず拙稿[小野]を 参照されたい。
3)地球環境問題の類型とその経済的性格については、とりあえず植田[171‑7]を参照 されたい。
4)とりあえず、中谷巌、吉田和男、八代尚弘、青木昌彦などの著作を参照されたい。
5)福祉の領域における[岡本はか]の主張も参照されたい。
6)有効需要の創出による成長促進効果に関していえば、八代が的確に指摘している ように、短期的な有効需要不足の時期についてのみ成立するものであろう[八代184‑
5貢]。
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(1996年7月31日受理)