は じ め に グ ロー バル 化に よる 国 家の 揺ら ぎが 指摘 され る なか で︑ 安 全 に対 す る 人間 本 位の ア プ ロー チ とし て
﹁ 人間 の 安全 保 障
﹂ に期 待が 寄せ られ てい る
︒と はい え︑ 日本 外交 の 理念 の一 つ を構 成す るに 至っ た人 間 の安 全保 障は
︑な お明 解 な定 義付 け を欠 いて おり
︑と くに そ れが 伝統 の﹁ 国家 の安 全 保障
﹂と ど のよ うな 関係 に立 つの か が明 らか でな い︒ 例 えば 平成 一五 年 版の
﹃外 交青 書﹄ をみ る と︑ 国家 の安 全保 障 につ いて は第 三 章 第一 節
﹁国 際 社 会の 平 和
・安 定 の確 保
﹂ にお い て︑ ま た
︑ 人間 の安 全保 障は それ と は別 に同 第三 節﹁ 地 球規 模の 諸課 題 への 取組
﹂に おい て︑ そ の関 連が 明ら かに さ れな いま ま言 及 され てい る
︒
な るほ ど︑ グロ ーバ ル 化と いう リス ク社 会に 生 きる われ わ れの 感覚 と して
︑脅 威や 危険 の性 質 が変 化し
︑安 全︵security
︶ 概念 の組 み替 えが 必要 とな っ たと いう 説明 には 頷 ける もの が ある
︒テ ロや 組織 犯罪
︑核 関 連物 資や 麻薬 の密 売
︑感 染症 や 家 畜伝 染 病
︑地 球 環境 の 劣 化な ど の危 険 が 増加 す るな か で
︑ 国家 の枠 組み では 対処 しき れ ない 脅威 が生 まれ た とい う認 識 と︑
﹁一 者の 安全 が 他者
︵ 必 ず し も 国 家 で は な い
︶ の 行動 や 決 定に より 強く 影響 を受 ける
﹂ とい う認 識が 高ま っ たの は当 然 かも しれ ない
︒そ のよ うな 感 覚は
︑ポ スト 冷戦 期 にバ ルカ ン 半島 やア フリ カで 内戦 とそ の 犠牲 者の 増加 を目 撃 した こと に より
︑国 家の 安全 保障 の限 界の 自覚 にも つな がっ てい った
︒ しか し な がら
︑ ポス ト 冷 戦期 の 安全 保 障 概念 の 流動 化 は
︑ 現実 に おけ る脅 威 の多 様化 もさ るこ と なが ら︑ 欧 州︑ カナ ダ
︑
国 家 の 安 全 保 障 と 人 間 の 安 全 保 障
押
村
高
日 本 など い わ ゆる 先 進 諸 国の 市 民 の コン パ ッ ショ ン
︵ 同 情
︶ の増 大︑ つま り自 国以 外 の人 々の 安全 につ いて 責 任感 覚を 抱 くよ うに なっ たこ とと も 深い 関係 があ るよ うに 思 われ る︒ そ して
︑ 伝統 の安 全 保障 概念 は
︑﹁ 国益 とは 無関 係 な他 者の 安 全 を改 善す る﹂ とい うエ ー トス をほ とん ど想 定し な かっ たが ゆ えに
︑そ のよ うな 意識 変 化に 応え るこ とが きわ め て難 しい の であ る︒ 人間 の安 全保 障 の台 頭の 背景 は︑ まず こ の辺 りに あ るの かも し れな い︒ な ぜ︑ 内戦 下の 人々 を 救済 しよ うと いう 機 運が 急速 に高 ま った ので あろ うか
︒一 つ には
︑身 の周 りで 平 和や 安定 への 見 通し が開 ける と︑ それ ま で見 えな かっ た他 者 の苦 境ま でも が 見え てく る︒ 他者 の困 窮 を救 う手 立て とノ ウ ハウ らし きも の を手 に すれ ば
︵ あ る い は 冷 戦 期 と 異 な り
︑ 他 者 救 援 へ の イ デ オ ロ ギ ー 的 な 障 害 が な く な れ ば
︶︑ 他者 を脅 威 から 解放 す るこ と が義 務で ある と考 える よ うに なる
︒ポ スト 冷戦 期 の国 際連 合 の 平和 維 持 活動 の 活発 化
︑ 市民 社 会ネ ッ ト ワー ク の構 築 は
︑ まさ しく 他者 救済 の﹁ 持 ち駒
﹂が 増え たこ とを 実 感さ せて い る︒ 欧 州法 学セ ンタ ー長 で パリ 大学 法学 部教 授で あ るM
・べ ッ ター ティ が﹁ 国連 の加 盟 国は
︑人 々が 民族 紛争 の 犠牲 とな っ て殺 され てゆ くの を放 置 した のだ から
︑危 険の 中 にあ る人 間
や民 族に 救援 の手 を差 し 伸べ なか った とい う罪 を 犯し てい る ので ある
︵ 1
﹂︶
と 述べ てい るよ う に︑ とく に︑ ルワ ン ダ︑ ボス ニ ア
︑コ ソヴ ォで 国連 や欧 州連 合︵ E U
︶ が 迅 速か つ実 効あ る 安全 確保 策を 講じ えな かっ た こと は︑ 欧州 の人 々 に深 い傷 跡 を残 して いる
︒こ の意 味で ポ スト 冷戦 期の 国際 社 会は
︑コ ン パッ シ ョン の倦 怠︵compassionfatigue
︶ では な く︑ コン パッ ショ ンの 増大 の世 界に 生き てい るの であ る︒ 国 家の 自助 を原 則と する 安 全保 障は
︑内 戦や 構 造的 暴力 に よる 犠牲 者へ の﹁ 同情
﹂や 義 務が 問題 にな って く るに した が い︑ その 使命 を終 えた ので あ ろう か︒ いや
︑先 進 諸国 のな か にも なお
︑隣 国の ミサ イル が 国家 の安 全に 対す る 最大 の脅 威 であ り続 ける よう な国 が あり
︑南 アジ アで は領 土 紛争 が核 開 発競 争に まで 至っ てい る
︒そ れで は︑ 国家 の安 全 保障 が重 要 性を 失っ てい ない とす る なら ば︑ 国家 の安 全保 障 と人 間の 安 全保 障は ど のよ うな 関係 に 立つ ので あろ うか
︵ 2
︒︶
そ の答 えは
︑人 間の 安全 保 障の どの 側面 を強 調 する かに よ って 異な るで あろ う︒ ここ で は︑ 国家 の安 全保 障 につ いて 基 本的 な発 想を 再確 認し たの ち
︑両 者の 関係 をい く つか の場 合 に分 けて 検討 して みた い
︒す なわ ち︑ 一つ は︑ 人 間の 安全 保 障が
﹁国 家の 安全 保障 の 空白
﹂を 補完 する とい う 考え 方で あ り︑ 二つ は︑ 人間 の安 全 保障 は﹁ 国家 の安 全保 障 の濫 用﹂ を
15 国家の安全保障と人間の安全保障
矯正 する とい う考 え方 で あり
︑そ して 三つ は︑ 人 間の 安全 保 障は より 包括 的な 概念 で あっ て︑ 国家 の安 全保 障 もそ のな か に組 み入 れ られ ると いう 考え 方で ある
︒
︵ 1
︶
﹁ 介 入 か 援 助 か
﹂︑ E
・ ウ ィ ー ゼ ル
/ 川 田 順 造 編
﹃ 介 入
? 人 間 の 権 利 と 国 家 の 論 理
﹄︑ 藤 原 書 店
︑ 一 九 九 七 年
︑ 一 三 七 ペ ー ジ
︒
︵ 2
︶ 国 家 の 安 全 保 障 と の か か わ り で 人 間 の 安 全 保 障 を 論 じ た も の と し て
︑ 以 下 の 文 献 が あ る
︒S.Naido,''ATheoreticalCon-
ceptualizationofHumanSecurity,''inM.GouchaandJ.Cilliers
︵eds.
︶,Peace,HumanSecurityandConflictPreventionin
Africa,InstituteforSecurityStudies,2001.
栗 栖 薫 子
﹁ 人 間 の 安 全 保 障
│
主 権 国 家 シ ス テ ム の 変 容 と ガ バ ナ ン ス﹂︑ 赤 根 谷 達 雄
・ 落 合 浩 太 郎 編
﹃ 新 し い 安 全 保 障 論 の 視 座
﹄︑ 亜 紀 書 房
︑ 二
〇
〇 一 年
︒ 青 井 千 由 紀
﹁ 人 間 の 安 全 保 障
│
現 実 主 義 の 立 場 か ら﹂﹃ 国 際 安 全 保 障
﹄ 三
〇 巻 三 号
︵ 二
〇
〇 二 年 一 二 月
︶︒ 一 国 家 の 安 全 保 障 と い う パ ラ ダ イ ム そ もそ もな ぜ︑ 安全 を 国家 単位 で守 るこ とが 効 率的 だと 考 えら れた ので あろ うか
︒ 区画 され た空 間に 居住 し
︑ア イデ ン テ ィテ ィー
︵ 帰 属 意 識
︶ や 価値 観を 共 有す る人 々つ ま り国 民 が︑ 安全 感覚 をも 共有 す るが ゆえ に結 束す るこ と は容 易に 想 像が つく
︒も っと もこ の 場合
︑安 全感 覚を 共有 す るだ けで は 十分 では ない
︒効 能が 定 かで はな い安 全に 進ん で 税金 を払 お
うと いう 国民 は少 ない
︒ 安全 とい う﹁ 公共 財﹂ に は︑ フリ ー ライ ダー へ の誘 惑が つき も のだ から であ る︒ そ こで
︑ フ リー ラ イ ダ ーを 排 除 し
︑国 内 の
﹁安 全
︵ 囚 人
︶ のジ レ ンマ
﹂を 取 り除 き︑ 強奪
・殺 人 など への 対 策を 強化 し
︑ 社会 内 の紛 争を 調 停あ るい は予 防し
︑ 敵国 の侵 入 を撃 退す る
︑ その よう な役 割の コー ディ ネ ータ ーと して 政府 が 要請 され る ので ある
︒当 然の こと なが ら
︑治 安と 安全 とい う 結果 責任 を 引き 受け ると いう 条件 で︑ 中 央政 府は 強制 力︑ 制 裁力 の正 当 な独 占を 許さ れる こと にな る︒ 一七 世 紀 に西 欧 は︑ ス ペ イン
︑ フラ ン ス を先 駆 けと し て
︑ 絶対 王 制下 で軍 隊 組織 の整 備︑ 官僚 機 構の 一元 化 に着 手し た
︒ そし てウ エス トフ ァリ アの 講 和に おい て︑ 絶対 王 制同 士の 最 終戦 争と 共滅 とい う﹁ 脅威
﹂ を防 ぐた め︑ 国家 が 相互 に区 画 の画 定と 主権 の承 認を 行な っ た︒ さら に︑ 一八 世 紀の フラ ン ス革 命が 国民 とい う人 為的 な 共通 アイ デン ティ テ ィー を創 出 し︑ 公教 育の 徹底
︑宗 教の 国 民化
︑徴 兵制 と国 民 軍の 設置 な ど の基 盤強 化 を終 えて 外 から の︵ 君 主 国 に よ る
︶ 干 渉 に強 い 共和 的な 国家 を作 った とき
︑ この よう な国 家安 全 モデ ルが 完 成し たの であ る︒ そし て
︑ ナポ レ オン の 率 いる 国 民軍 に 翻 弄さ れ たド イ ツ
︑ イタ リア
︑東 欧な どが
︑フ ラ ンス への 対抗 とい う 安全 上の 必
要か らこ のモ デル を国 家 主導 型に 変形 しつ つ採 用 し︑ 西欧 は 国民 国家 が並 び立 つ勢 力 均衡 の時 代に 突入 する
︒ さら にこ の よう な国 家モ デル は︑ 西 欧に よる 植民 地争 奪に 付 随し た地 表 全体 の区 画作 業を 通じ て
︑ま たナ ショ ナリ ズム と いう 理念 が 非 西洋 エ リ ート を も魅 了 し たこ と によ り
︑ ラテ ン アメ リ カ
︑ アジ ア︑ ア フリ カを も覆 い尽 くし てゆ くの であ る︒ こ のよ うに みて くる と
︑国 家の 安全 保障 は以 下 の諸 点を 前 提と する も ので あっ た︒
① アイ デン ティ ティ ー を共 有す る集 団が あり
︑ 彼ら は﹁ 安 全と は何 か﹂ につ いて の認 識 をも 共有 して いる
︒
② 彼ら には
︑共 に暮 ら す領 土と いう 守る べき
︑ そし て監 視 可能 な︵ 統 治 を 行 き 渡 ら せ る こ と の で き る
︶ 区画 され た 空 間が ある
︒
③ 中央 政府 が存 在し
︑ その 管轄 区域 につ いて 住 民の 治安 や 安全 を保 護 する 意思 や能 力を もっ てい る︒ 国家 の安 全保 障 が︑
﹁国 防と 治安
﹂ を機 能的 に 分け ると い う 発想 法に 対応 して いた 点 をも
︑逸 する べき でな い だろ う︒ い ずれ の国 も︑ 軍隊 と警 察 とい う別 々の 組織 を抱 え るこ とが 合 理的 だ と考 えて い た︒ なぜ な らば
︑同 じ安 全の 達 成と はい え
︑ 中央 権威 の不 在が 前提 と なる 国境 の外 側で は︑ 主 に﹁ パワ ー によ る 防衛
﹂が 国民 の安 全︵nationalsecurity
︶ をも たら す か
らで あり
︑一 方秩 序が 常態 の 国境 の内 側で は︑ も っぱ ら﹁ 法 を守 ら せる
﹂こ とが 個人 の安 心︵safety
︶ をも たら すか ら であ る︒ 国 際社 会が この よう な前 提 を満 たす ユニ ット す なわ ち国 民 国家 によ り構 成さ れれ ば︑ 各 国家 には 測り 知れ な いメ リッ ト が生 まれ るで あろ う︒ そし て
︑各 国家 の安 全の 殻 が強 固に な れ ばな る ほ ど︑ こ れら の メ リッ ト が活 か さ れる は ずで あ る
︒ すな わち
︑
① 自 助 の精 神 が 貫徹 し
︑一 国 は 他国 の 援 助に 待 つ必 要 も
︑ 他国 の事 柄 を気 遣う 必要 もな くな る︒
② 干渉 に起 因す る紛 争が 起 きに くく
︑一 国の 治 安の 悪化 や 内乱 が他 国 に波 及す る恐 れが なく なる
︒
③ 地表 を管 轄権 とい う形 で 二〇
〇程 度に 区画 す るこ とが で き︑ 区画 内 の責 任者 や外 交代 表を 確定 する こと がで きる
︒ さ らに 国家 の安 全保 障は
︑ 国家 間秩 序の 維持 に も有 効で あ る︒ すな わち
︑
① 同盟
︑集 団安 全保 障︑ 軍 備管 理︑ 軍縮 など に つい て︑ 責 任あ る主 体 によ る確 実な 履行 を期 待で きる
︒
② 地球 大の 秩序 をも たら す には
︑自 国の 利益 と 国家 間秩 序 とし ての パ ワー バラ ンス への 配慮 を怠 らな けれ ばよ い︒
③ 主権 平等
︑内 政不 干渉 原 則と その 裏づ けと し ての 勢力 均
17 国家の安全保障と人間の安全保障
衡に より
︑世 界的 あ るい は地 域的 な﹁ 帝国
﹂ の形 成を 阻 止す るこ と がで きる
︒ 実 際に
︑勢 力均 衡時 代 から 二度 の世 界大 戦を 経 て︑ 国連 体 制の 確立 に至 るま での 国 際平 和に 向け た努 力と そ のた めの 国 際条 約の 束は
︑冷 戦期 に 核兵 器の 出現 によ って パ ワー の性 質 と規 模の 変化 を経 験し た もの の︑ 合理 的か つ普 遍 的な 仕組 み とし て 右の よう な もの に依 拠 して いた の であ った
︒ま た戦 後
︑ 非西 洋に まで
﹁自 決﹂ を 促す べき だと 考え られ た のも
︑よ り 多く の国 々を パワ ーの 主 体と して シス テム に 参加 させ るこ と で︑
﹁ 安全 につ い ては 自己 が決 定責 任 を負 う﹂ と いう 体制 を 定 着さ せる た めで あっ た︒ さら に︑ M・ ウ ェー バー
︑ H・ モー ゲ ンソ ー︑ R・ アロ ン
︑ H・ ブル など 古典 的現 実 主義 者た ちに よる 国際 関 係論 の教 科 書も
︑ 政策 担当 者 や外 交官 が
﹁理 性的 な 人間 同士 の付 き合 い
﹂ にも 似た この 合理 的な 仕 組み につ いて 習熟 し︑ ま たこ の原 理 に﹁ 深慮 遠謀
﹂か ら従 う こと を推 奨す るた めの も ので あっ た と言 える
︒ 要 す るに 国家 の安 全保 障は
︑閉 鎖 的空 間︵ 領 土
︶ に いる 住 人︵ 国 民
︶ が
︑自 助 努力 によ って 空間 を防 衛し
︑ 同時 に陣 地 を囲 う国 家同 士が 衝突 し ない よう 最大 限の 注意 を 払う こと を 意味 す るの であ る
︒こ こで の 安全 とは 区画 を守 る こと であ り
︑
住民 の安 全は 領土 が安 全か ど うか によ り決 定的 な 影響 を受 け る︒ これ を︑ 安全 につ いて の﹁ 属 地主 義﹂ と名 付け るこ と がで きよ う
︵ 1
︒︶
い わゆ る集 団 安全 保 障︵collectivesecurity
︶ やE U に 代表 さ れ る地 域 統合 も
︑ 安全 の 属地 性 に 広が り をも た せ
︑ 共存 可能 性を 高め るた めの 工夫 とし て捉 える こと がで きる
︒
︵ 1
︶ 例 え ば
﹁ 島 国 の A 国 は
︑ 外 敵 の 侵 入 を 防 ぎ や す く
︑ ま た 治 安 も 良 く 安 全 だ
﹂ と い う 言 説 に お い て
︑ 安 全 と い う の は A 国 と い う 領 域 の 属 性 で あ る
︒ た ま た ま A 国 に 非 A 国 人
︑ 外 国 人 旅 行 者 が い た と し て
︑ 彼 ら も ま た A 国 の 安 全 の 恩 恵 に 浴 す る こ と が で き る
︒ し か し
︑ A 国 人 が 国 外 に 出 れ ば 安 全 で な く な る と す れ ば
︑ こ れ は
︑ 国 家 の 安 全 が 属 地 性 の 概 念 で あ り
︑ 属 人 性 の 概 念 で は な い こ と を 物 語 っ て い る の で あ る
︒ 二 補 完 概 念 と し て の 人 間 の 安 全 保 障 し かし なが ら︑ 自助 と属 地 性を 中心 とす る国 際 安全 保障 の 体系 には
︑今 日の よう なグ ロ ーバ ル化 が問 題と な る以 前か ら いく つか の死 角が 認め られ た
︒例 えば
︑区 画内 の 強制 力︑ 制 裁力 を各 国家 が独 占し て 管理 する とい う前 提と は 裏腹 に︑ 現 在六 億三 八〇
〇万 個あ る とさ れる 地球 上の 小火 器 のう ち︑ そ の五 分の 三を 政府 以外 の 人間 が手 にし てい ると 言 われ る
︵ 1
︒︶
こ の数 字を 耳に した だけ でも
︑ いか に前 提と 実際 が 隔た って い るか がわ かる であ ろう
︒
よ り根 本的 な問 題は
︑ 国家 シス テム が拡 大し て この 安全 パ ラダ イム が西 洋外 にま で 適用 され たと きに
︑実 は この よう な 前提 を 満た しう る 国家 が多 数 では なか っ たと いう 点︑ そし て
︑ まさ しく その こと によ っ て︑ 管轄 の区 画と 責任 者 の設 定に よ る地 球大 の安 全確 保と い う発 想は
︑非 西洋 の一 部 地域 にお い て︑ 区画 の失 敗も しく は 不十 分に 起因 する
﹁安 全 の空 白﹂ を 生ん だと い う点 であ る︒ 念 願の 独立 を達 成し た もの の︑ 国境 の線 引き が 人工 的で 必 然性 の 薄い 地域
︵ ル ワ ン ダ
︑ ブ ル ン ジ
︑ ソ マ リ ア
︑︶ また 宗教
︑ エス ニッ ク・ アイ デン テ ィテ ィー が遠 心力 とな っ て働 く地 域
︵ ボ ス ニ ア
・ ヘ ル ツ ェ ゴ ビ ナ
︑ ナ イ ジ ェ リ ア
︑ ス ー ダ ン
︑ ス リ ラ ン カ
︶ で は
︑ コ ミュ ニ テ ィ ー間 に 信 頼ら し き も のが 育 た ず
︑ 誰が 誰の 安 全確 保に 責任 を負 うの かも 明確 に なら なか った
︒ ここ に お いて は
︑前 節 で 述べ た 共通 ア イ デン テ ィテ ィ ー
︑ 領土 性︑ 責任 政府 とい う 国家 の安 全保 障の 要件 が 整う こと は なく
︑安 全に 必要 な意 思 や努 力を 共同 体で 集約 す るこ とが で きな いの であ る︒ この よ うな 国家 は内 部抗 争で 容 易に 破綻 す るで あろ うし
︑国 境警 備 が効 果を 及ぼ さな いた め
︑他 国か ら 武装 勢力 が 容易 に同 胞集 団に 加勢 する こと が でき る︒ リ ヴァ イア サン
︵ 主 権 者
︶ と して の 政府 が内 乱を 終 結さ せ
︑ 国民 の安 全を 高め ると い うホ ッブ ズ的 仮説 とは 裏 腹に
︑国 家
の存 在が 共存 を不 可能 にす る とい う逆 説が 生じ て いる
︒な ぜ なら ば︑ かり に国 家政 府が 設 立さ れて も︑ 主権 と は多 数派 集 団の 意思
︑治 安も 支配 集 団の 安定 でし かな く︑ 各 集団 が主 権 その もの を奪 い合 うた めの 抗争 を演 じ続 ける から であ る︒ コミ ュニ ティ ー 間抗 争が 人間 の道 義 感覚 を麻 痺 させ
︑殺 戮
︑ 暗殺
︑襲 撃︑ 強奪
︑強 姦︑ 住 居侵 入な どが 繰り 返 され る︒ 問 題は
︑紛 争や 私人 間暴 力の み にと どま らな いで あ ろう
︒回 収 が不 可能 なた め開 発投 資 や企 業融 資が 行な われ に くく
︑軍 隊 や 国家 官 僚 を除 く とま と も な雇 用 が提 供 さ れな い なか で は
︑ 国民 のほ とん どが 経済 的 な弱 者で ある
︒と くに
︑ 社会 的に 排 除さ れた エス ニッ ク集 団
︑あ るい は女 性︑ 子供 の 状況 はな お さら 深刻 であ ろう
︒こ の よう な境 遇が さら なる 殺 戮や 強奪 に 正当 化理 由 を供 給す るこ と で︑ 暴力 の連 鎖は 完結 する
︵ 2
︒︶
集 団間 抗争 を﹁ 内戦
﹂と 呼 ぶな らわ しに なっ て いる よう だ が︑ これ は国 家の 安全 の枠 組 みが 一旦 は成 立し て いた かの よ うな
︑ 誤ま った 印 象を 与え かね ない
︒ 最も 対応 が 厄介 なの は
︑ これ らの 紛争 が入 国管 理や 警 察も ない こと で兵 器 や武 装兵 が 無制 限に 流れ 込む 越境 紛争 だ とい う点 であ る︒ ソ マリ アで は 抗争 を演 ずる イサ ック 族
︑ハ ウイ エ族
︑ダ ロド 族 が︑ いず れ もエ チオ ピア
︑ケ ニア
︑ ジブ チな どに 拠点 をも ち
︑ス ーダ ン では
︑ア ルジ ェリ ア︑ エ ジプ ト︑ チュ ニジ アか ら イス ラム 過
19 国家の安全保障と人間の安全保障
激派 の武 装集 団が 集結 し てい る︒ さら に︑ ボス ニ ア紛 争は ク ロア チア
︑セ ルビ アな ど 隣国 が援 軍を 送っ たば か りか
︑ム ス リム 勢力 には トル コ︑ サ ウジ アラ ビア など から 義 勇兵 が加 わ って いた
︒ そ のよ うな 観点 から み るな らば
︑国 家と エス ニ ック 集団 の 枠が 大幅 に乖 離し てい る 地域
︑言 うな れば 国 家の 安全 保障 の 空白 地帯 にと って は︑ 国 家の 安全 保障 は﹁ も とか ら﹂ 十全 に は適 用 され るこ と がな かっ た
︒冷 戦と い う特 異な 状況 下で は
︑ これ らの 問題 がさ ほど 表 面化 せず
︑先 進諸 国 の市 民の コン パ ッシ ョン がこ こへ 向か う こと は少 なか った が
︑基 本的 にこ の 地域 の人 々 の脅 威の 性質 は冷 戦中 も冷 戦後 も変 わっ てい ない
︵ 3
︒︶
さ らに ここ には
︑原 理 的な 問題 が含 まれ てい る
︒国 家の 安 全 保 障 の 論 理 的 な 帰 結 に
︑ 当 事 国 す べ て が 同 意 し な け れ ば
﹁現 在の 国境 線は 引き 直さ ない
﹂と い う原 則が ある
︒つ まり
︑ 国民 以外 の集 団に よる 陣 地や 境界 の再 分割 の 申し 立て は︑ 国 家の 安全 への 脅威 とは 言 えな くと も︑ 少な く とも 厄介 な要 求 とみ なさ れ るの であ る︒ 現 在の 区画 に当 事者 が 認め る正 当性 があ り
︑国 境へ の異 議 申し 立て がな けれ ばこ の 安全 概念 は有 効に 機 能す るが
︑バ ル カン 半島
︑中 東︑ アフ リ カの よう に国 境の 線 引き に必 然性 が 薄い 国家 が多 数で ある 地 域に おい ては
︑国 家 の安 全保 障は そ
の 本質 に お いて 現 状維 持 的 で保 守 的で あ る こと を 免れ な い
︒ これ は︑ 平 和友 好条 約と 呼ば れる もの の多 くが
︑﹁ 領土 の尊 重
︑ 国境 の不 可 侵﹂ を謳 って いる こと から もわ か る︒ こ のよ うに 考え ると
︑ 人︑ モノ
︑カ ネ︑ 情報 の 移動 の大 幅 な増 加も
︑陣 地の 境界 を 流動 化す ると いう 意味 で は︑ 国家 の 安全 保障 の立 場か らは 歓 迎さ れな いの かも しれ な い︒ なぜ な らば
︑自 助の
﹁自
﹂と 区 画が 曖昧 にな れば 責任 範 囲も また 曖 昧に なり
︑パ ワー
・バ ラ ンス に変 化が 生ま れ︑ 安 全保 障シ ス テム が動 揺す るか らで あ る︒ 国際 関係 論の 現 実主 義的 な論 者 たち がグ ロー バル 化の 進 展や 相互 依存 の増 大 にさ ほど 熱狂 し ない のも
︑ この こと と無 関係 では ない
︒ 区 画の 不十 分さ によ る 非安 全性 は︑ 国家 の 安全 保障 とい う 属地 主義 の積 み残 した 問 題と も言 うべ きも の であ ろう
︒こ こ に︑ 領土 内の 人間 がク ロ ーズ アッ プさ れ︑ 人 間の 安全 保障 が 提唱 さ れる 最大 の 理由 があ る
︒こ の意 味 で人 間の 安全 保障 は
︑
﹁国 家の 庇護
﹂の もと にな い人 間︑ と くに
﹁領 域と いう 安全
﹂ をも たな い難 民の 安全 状 況の 改善 を目 指す 理 念で あり
︑そ の 原理 は属 人 主義 であ る︒ 政 府が 弱体 で︑ どの 集 団に 対し ても サー ヴ ィス を供 給で き な いよ う な国 家 に 暮ら す 人々 に 安 全を も た らそ う とす れ ば
︑ 国際 社会 があ たら なけ れ ばな らな い︒ 安全 供 給の 主体 とし て
国連 を中 心に 各国 家
︑非 政府 組織
︵ N G O
︑︶ 市民 社会
︑地 域 機構
︑民 間企 業な どが 想 定さ れて いる が︑ 人間 の 安全 保障 で は︑
﹁ 自助
﹂に か わっ て安 全の 供給 者 と受 給者 の 分離
︑す な わ ち﹁ 扶助
﹂ が原 理と なる ので ある
︒
﹁人 間の 安全 保障 委員 会
﹂が 描く 具 体的 な行 動 目標 は︑ 紛 争 下に いて
︑あ るい は難 民 とし て恐 怖に 苛ま れて い る人 々を 保 護す るこ と︑ その ため に 安全 地帯 を築 くこ と︑ 存 続や 生命 維 持に 必要 な物 資・ 医療 を 供給 し続 ける こと
︑人 権 や人 道法 を 守ら せる こと であ る︒ 次 のス テッ プと して
︑安 全 の空 白を 空 白で なく する ため に︑ 引 かれ た国 境線 の枠 組み で 自助 が可 能 とな るよ うな 正当 かつ 信 頼で きる 政府 の樹 立を 促 し︑ 安全 状 況を 自ら 改善 でき るよ う に市 民の 権限 や能 力 を向 上さ せる こ とが 目標 と して 掲げ られ てい る︒ 国 家の 安全 保障 との 関 係に つい て言 えば
︑ 報告 書﹃ 人間 の 安全 保障 の現 在﹄︵ 二
〇
〇 三 年
︶ に おい て は︑ 紛 争地 域 の人 間 の安 全確 保の 最終 ステ ッ プと して
︑統 治の 回復
︑ 具体 的に は 法の 支配 の確 立︑ 政治 改 革へ の着 手︑ 市民 社会 の 強化
︑情 報 への アク セス 促進 など 西 洋の
﹁強 い国 家﹂ を支 え る要 素が 強 調さ れて いる
︒こ の点 か らみ ると
︑人 間の 安全 保 障は 国家 の 安全 保障 と も親 和的 であ ると 言え るだ ろう
︒ い ずれ にし ても
︑緒 方 貞子 氏が 指摘 して いる よ うに
︵ 4
︑︶
人 間
の安 全保 障は 国家 の安 全保 障 に異 議を 申し 立て る もの では な く︑ むし ろ後 者の 空白 の補 完 を目 的と する もの で ある
︒つ ま り人 間の 安全 保障 は︑ 当 該政 府が 安全 確保 の最 終 義務 を負 う こと を前 提に
︑再 建を 通 じて その よう な責 任を 果 たす 国家 政 府の 樹立 を促 すこ とを 目 標に 掲げ る︒ まが りな り にも 正当 政 府が 機能 すれ ば︑ 市民 は 自ら の安 全に つい て政 府 に配 慮を 要 請す るこ とが 可能 とな り
︑そ のよ うな 政府 はま た
︑国 家間 秩 序と いう 意 味で の国 際安 全保 障の 一翼 を担 い うる から であ る︒ さ らに 言え ば︑ 人間 の 安全 保障 の目 的を 達す る ため に国 家 の安 全保 障の 手法 が不 可 欠で ある 場合 も多 い︒ コ ンゴ 民主 共 和 国︵ 旧 ザ イ ー ル
︶ の内 戦 が示 した よう に
︑紛 争国 へ は隣 接 する 諸国 家︵ ウ ガ ン ダ
︑ ル ワ ン ダ
︑ ジ ン バ ブ エ
︑ ア ン ゴ ラ
︶ よ り武 装介 入勢 力が 流れ 込み
︑ 内戦 は一 種の 国際 紛 争の 様相 を 呈す るが
︑再 建の ため には 国 境管 理︑ 入国 管理 を 強化 し︑ 仲 介国 が中 心と なっ て周 辺各 国 とも 監視 のた めの 協 議を 重ね て ゆく 必要 があ ろう
︒そ し てこ のよ うな 多国 間協 議 は︑ 伝統 的 な国 家の 安全 保障 の手 法 を通 じて なさ れう るも の だか らで あ る︒
︵ 1
︶GraduateInstituteofInternationalStudies,SmallArms
Survey,2002
﹇http://heiwww.unige.ch/sas/Yearbook2002/
﹈ を 参 照 せ よ
︒
21 国家の安全保障と人間の安全保障
︵ 2
︶ 破 綻 国 家
︑ 腐 敗 国 家 と 安 全 の 空 白 と の 関 係 に つ い て は
︑
RobertI.Rotberg,''TheFailureandCollapseofNation-States:
Breakdown,Prevention,andRepair,''Rotberg
︵ed.
︶When,
StatesFail:CausesandConsequences,PrincetonandOxford:
PrincetonUniversityPress,2004,pp.1
│45 が 詳 し い
︒
︵ 3
︶ こ れ を
︑ 一 国 家 の 弱 体 化 や 破 綻 の 問 題 と し て で は な く
︑ ア フ リ カ 大 陸 に お け る 西 欧 型 国 家 シ ス テ ム の 適 用 不 可 能 性 の 問 題 と し て 捉 え る 見 方 と し て は
︑D.RothchildandJ.W.Harbeson,
''TheAfricanStateandStateSysteminFlux,''Rothchildand
Harbeson
︵eds.
︶,AfricainWorldPolitics,Boulder:Westview,
1999,pp.3
│20 を 参 照 せ よ
︒
︵ 4
︶
﹁ 人 間 の 安 全 保 障 は
︑ 国 家 の 安 全 保 障 を 補 強 す る も の で あ っ て
︑ そ の 代 わ り を 務 め る も の で は な い
﹂inCommissionon
HumanSecurity,HumanSecurityNow,NewYork,2003,p.5.
三 対 抗 概 念 と し て の 人 間 の 安 全 保 障 国 家の 外枠 がそ れな り に安 定し
︑外 部か らの 差 し迫 った 脅 威が 不在 であ るに もか か わら ず︑ 政府 の横 暴や 腐 敗に より 人 間の 安全 が脅 かさ れる と いう 場合 があ る︒ また
︑ 政府 によ る 国家 の安 全の 達成 が逆 に 人間 の安 全を 低下 させ る とい う事 態 が 起き る
︒ 一般 に は全 体 主 義や 権 威主 義 と 呼ば れ る体 制 に
︑ この 種の 人 間の 非安 全性 が見 出さ れる
︒ わ れわ れは これ を﹁ 国 家の 安全 保障 の濫 用﹂ と 名付 ける こ とが でき よう
︒こ の場 合
︑政 府が 安全 保障 の ため に保 有す る
過剰 な兵 器︑ 兵員 は︑ 名 目は 外敵 の侵 入防 止で あ って も︑ 実 際は 国内 の不 満勢 力の 抵 抗を 封じ るた めに 機能 す る︒ この よ うな 国家 が安 全を 強化 す ると
︑福 利︑ 厚生
︑住 宅
︑医 療を 犠 牲に して 軍事 予算 が膨 ら み︑ 社会 的弱 者に 割く 資 源や 予算 が 不足 する
︒国 民生 活上 の 安全 につ いて の不 作為 や ネグ レク ト が出 現す る ので ある
︒ さ らに
︑軍 事施 設の 拡 充が 住民 の立 ち退 きや 私 有地 の接 収 を伴 うな らば
︑安 全保 障 とい う国 益の ため に人 間 の権 利が 犠 牲に 供 され るで あ ろう
︒ま た
︑政 府は 実 際の 脅威 がな くと も
︑ 脅威 の﹁ 可能 性﹂ があ る とい うだ けで 住民 を諜 報 容疑 で取 り 締ま り︑ 住民 を潜 在敵 国 との 国境 付近 から 強制 移 住さ せる こ とも でき る
︒ こ のよ うな 抑圧 的体 制 にお いて は︑ 政策 のプ ラ イオ リテ ィ ーが 国家 の治 安と 安全 保 障に おか れる 限り
︑ 政府 や軍 に対 し て法 とい う対 抗手 段を も たな いサ イレ ント
・ マジ ョリ ティ ー の安 全は 顧み られ るこ と がな い︒ たと え︑ 国 外か ら人 道的 な 援助 が行 なわ れて も︑ 援 助が
﹁安 全弱 者﹂ に 行き 渡る こと は 稀で あり
︑援 助物 資の 多 くは 待遇 に不 満を 抱 く軍 人へ の配 給 とし て消 えて ゆく
︒安 全 弱者 が︑ 人道 的な 援 助を 引き 出す た めの 人質 と して 使わ れる こと さえ ある ので ある
︒ 先 進諸 国の 一部 が︑ 抑 圧的 体制 の存 続に 部 分的 に責 任を 負
って いる ケー スも あろ う
︒す なわ ち︑ 国家 間秩 序 や主 権国 家 シス テム の維 持と いう 観 点か ら言 うと
︑相 手国 政 府が 国民 の 信任 を得 てい ない こと が 明ら かで も︑ 外交 的に 約 束事 を守 り 国際 法に 従っ てい るな ら ば︑ 都合 の良 い交 渉相 手 とみ なさ れ がち であ る︒ 腐敗 した エ リー トと の安 定し た 経済 的な 付き 合 いの ほう が︑ とも すれ ば 反西 洋主 義に 傾斜 し がち な現 地住 民 の過 激な 声 より 心地 良い から であ る︒ ま た︑ かつ ての フセ イ ン体 制下 イラ クの よ うに
︑抑 圧的 体 制は 国際 社会 の非 難へ の 対抗 から 他国 に非 協 力的
︑威 圧的 態 度を とる こと が多 いが
︑ 大量 破壊 兵器 製造 な どの 国際 間秩 序 への 脅威 が確 認さ れた と して も︑ 国連 によ る
﹁一 国家 に対 す る﹂ 非難 決議 や経 済制 裁 は︑ 結局 のと ころ 当 該国 の安 全弱 者 の境 遇を 悪化 させ る ばか りで あり
︑安 全状 況 の改 善に つな が らな いこ と が多 い︒ こ のよ うな 条件 が 重な った とき
︑人 間の 安 全保 障を もた ら そう とす れば
︑非 軍 事的 ない し軍 事的 に介 入 し︑ 国民 の安 全 に責 任 を負 うよ う に政 府を 牽 制ま たは 強 制す る以 外 には ない
︒ この 場合
︑国 家の な かの 人間 が問 題と なる 以 上︑ 内政 への 干 渉を 避け て通 るこ と はで きな いで あろ う︒ 人 道的 な援 助に は 限界 があ り︑ 国際 赤 十字 の言 うよ うな 政治 的 中立 性も
︑む し ろ権 力者 の存 続に 荷 担す るこ とに なっ たり
︑ 政府 が改 善努 力
23 国家の安全保障と人間の安全保障
なし に済 ま す口 実と なる 恐れ があ るか らで あ る︒ こ の意 味に おけ る人 間 の安 全保 障は
︑民 主化 概 念に も匹 敵 する ほど 規範 的で ある
︒ つま りそ こで は︑ 人間 の 安全 保障 あ るい は﹁ 良 き統 治
﹂︵good
governance
︶ と いう 上 位規 範 によ って 国家 の行 動を 批判 的 に評 価す るこ とと
︑国 家 によ る安 全 保障 の濫 用に 対し て矯 正 を施 すこ とが 含意 され て いる ので あ る︒ 人間 の安 全保 障は
︑ 補完 的な 概念 とし ても っ てい た主 権 との 親和 性を 失っ て︑ 当 該国 の安 全保 障主 権 その もの を覆 す とい う内 包 を伴 って くる
︒ 実 際に
︑一 九九 九年 の 第五 四回 国連 総会 に おけ る演 説で ア ナン 国連 事務 総長 は﹁ 次 世紀 の人 間の 安全 保 障と 介入 に関 す る見 通し
﹂に つい ての 検 討を 促し
︑カ ナダ 政 府が それ を受 け て
﹁ 介入 と 国 家 主 権﹂ と い う 名 の国 際 委 員 会
︵ I C I S S
︶ を設 置 した
︒﹃ ニー ズ・ オ ブ・ スト レ イン ジャ ー ズ﹄ の著 者 で もあ るM
・イ グナ ティ エ フら も加 わっ た委 員会 が 破綻 国家 や 無 責任 政 府 への 介 入の 可 否 を検 討 した 報 告 書﹃ 保 護の 責 任
﹄ にお いて
︑人 間の 安全 を 守る 義務 が国 家主 権へ の クレ イム の 条件 にな っ てい るこ とは 注目 に値 する
︵ 1
︒︶
そこ には
︑﹁ 国家 主権 に は責 任が 伴 い︑ 国民 を 保護 する 第 一 義 的責 任は 国家 自 体に ある
﹂︵ 基 本 原 則 A
︶ と 記さ れて いる
︒ さ らに
﹁ 住 民が 内 戦︑ 反 乱
︑圧 制 ある い は 国家 崩 壊の 結 果
︑
深刻 な被 害を 被り
︑か つ︑ 当 該国 家が これ を停 止 ある いは 回 避す る意 思も 能力 もも たな い 場合
︑国 際的 な保 護 の責 任は 内 政不 干渉 の 原則 に 優越 する
﹂︵ 基 本 原 則 B
︶ とも 明記 さ れて い る︒ も ちろ ん国 家の 安全 保障 主 権の 停止 を目 的と す る介 入が 実 施さ れた 場合 には
︑強 制措 置
︑軍 事的 介入
︑国 際 的訴 追の み でな く︑ 介入 後の 復興
︑再 建 にも 国際 社会 が重 い 責任 を負 う こと にな ろう
︒実 際に は
︑現 政府 の悪 弊と 介入 に 伴う 混乱 の どち らが 安全 に とっ て﹁ まし な 悪﹂
︵lesserevil
︶ かを 判 断す るこ とは 難し い︒ ここ に介 入 に伴 うさ まざ まな リ スク
︑コ ス ト︑ 手段
︑ま た介 入主 体の 正 当性 の問 題に つい て 懸念 が生 ず るの は当 然で あろ う︒ また
︑ 人間 の安 全保 障の こ のよ うな 内 包に
︑西 欧民 主主 義国 の リベ ラル なバ イア スを 読 み取 るこ と もで きる
︒ し かし 目下 のと ころ
︑ 人権 や人 道法 とは 違っ て
︑人 間の 安 全保 障が 介入 や強 制措 置 に直 接リ ンク する もの と 解釈 され て はい ない し︑ 人間 の安 全 保障 を正 当化 事由 とす る 介入 も行 な われ ては いな い︒ なぜ な らば
︑政 府へ の圧 力や 介 入の 問題 に 捕ら われ れば
︑主 権と い う国 家の 安全 保障 の根 幹 部分 との 対 決を 迫ら れ︑ 行動 目標
︑ 組織 標語 とし ての 柔軟 性 を失 うか ら であ る︒
︵ 1
︶ 報 告 書 の 詳 細 につ い て は
︑﹇http://iciss-ciise.gc.ca/report2-en.
asp
﹈ で 公 開 さ れ て い る
︒ 四 統 合 概 念 と し て の 人 間 の 安 全 保 障 人 間 の安 全保 障の 第三 の内 包と して
︑国 連開 発計 画︵ U N D P
︶ がこ の用 語を 使用 した 本来 の目 的 であ る個 々人 の福 利 の向 上が ある
︒そ れで は
︑一 二億 の最 貧者 にも 人 間の 尊厳 に 適っ た最 低限 の生 活を 確 保せ しめ ると いう 意味 で の人 間の 安 全保 障は
︑ 国家 の安 全保 障と どう かか わる の であ ろう か︒ リベ ラリ スト や コン スト ラク ティ ヴ ィス ト︵ 構 成 主 義
︶ の 問題 認識 にお いて
︑あ ら ゆる 戦争
︑よ り正 確に 言 えば 戦争 遂 行者 の動 機に は︑ 欠乏 に よる 絶望 や自 暴自 棄︑ 抑 圧に 対す る 復讐
︑教 育に よる 煽動
︑ 人種 優越 の思 想︑ 人権 軽 視の 文化 な どが 介在 して いる
︒こ れ らの 暴力 を生 む構 造を 根 本的 に取 り 除か なけ れば
︑停 戦監 視
︑紛 争予 防な どを 行 なっ ても あま り 意 味 が な い
︒ こ の よ う な 問 題 認 識 が
︑ J
・ ガ ル ト ゥ ン グ の
﹁構 造 的暴 力﹂ や
﹁暴 力を 助長 する 文 化﹂ に着 想 を得 てい る こ とは 言う ま でも ない
︵ 1
︒︶
国家 の安 全保 障 が﹁ ひと た び戦 争が 起こ れば
︑ 経済
︑社 会
︑ 文化
︑ 生活 のす べ てが 破壊 さ れる
︒戦 争を 防ぐ こ とが 先決 だ
﹂ と 考 え る と す れ ば
︑ 人 間 の 安 全 保 障 は
︑ 貧 困 に 喘 ぐ 人 々 は
﹁さ さい な獲 物 のた めに 争 うで あろ う
︒こ のこ と が紛 争や 戦争 を 起こ り や すく す る﹂ と 考 える
︵ 2
︒︶
実際 に
︑ アフ ガ ニス タ ン
︑ スー ダン
︑エ チオ ピア
︑ソ マ リア など
︑多 くの 国 々が 困窮 と 紛争 を同 時に 経験 し︑ 両者 は それ ぞれ 原因 とも な り結 果と も なっ てい るの であ る︒ しか も それ らの 国々 では
︑ 欠乏 に起 因 する 紛争 に︑ 妥協 を許 さ ない 宗教
︑民 族と いう 口 実が 動員 さ れる 欠 ︒ 乏の 不安 と戦 争の 危 険は 表裏 であ ると いう 観 点に 立つ な らば
︑国 家の 安全 保障 は それ 自体 を目 標と すべ き 変数 では な くな るで あろ う︒ つま り 国家 の安 全は
︑欠 乏か ら の自 由︑ 恐 怖 から の 自 由が 達 成さ れ 人 間の 安 全が も た らさ れ るな ら ば
︑ また
﹁環 境劣 化に よる 生 活圏 の奪 い合 い﹂ とい う 危険 が遠 の くな ら ば︑
﹁自 ずと
﹂達 成 され るよ う な従 属変 数 に変 わる の で ある こ ︒ の 第三 の意 味 での 人間 の 安全 保障 は︑
﹁人 間 らし く生 き る ため の 選択 の範 囲 の拡 大﹂ を 目的 とし て︑ 経済 的 資源 の確 保
︑ 経済 的フ ロー の維 持︑ 獲 得し た資 産の 保護
︑経 済 的危 機の 回 避︑ 平等 な所 得配 分を 伴 う成 長︑ 弱者 への 社会 的 保護 を中 心 に︑ 人権 尊重 の教 育︑ 共 同体 間の 信頼 醸成 など の 諸政 策を 導 く 概念 で あ る︒ イ ンフ ラ ス トラ ク チュ ア の 整備 の みで な く
︑ 雇用 の創 出︑ 所有 権の 保 証が 課題 であ ると いう 意 味で
︑人 間
25 国家の安全保障と人間の安全保障
の安 全保 障は UN DP の 目指 す﹁ 人間 の開 発﹂ や 人権 の概 念 とも 接近 す るで あろ う︒ た だし
︑人 間の 安全 を 人間 の開 発に 還元 でき な いの は︑ 開 発が 第一 義的 に成 果が 公 平に 配分 され る持 続的 成 長を 模索 す るの に対 し︑ 安全 保障 は 急激 な市 場化 や突 然の 景 気下 降に 伴 うリ スク や犠 牲を 減ら し
︑安 全の 下で 選択 の 範囲 を拡 大す る こと を重 点目 標に 据え る から であ る︒ これ は
︑一 九九 七年 の アジ ア通 貨危 機が 開発 が 軌道 に乗 り始 めた か にみ えた 地域 を 見舞 い︑ とく に経 済弱 者 が生 活の 安定 を奪 わ れて いっ たと い う教 訓に も基 づい てい る
︒ま た︑ 人間 の安 全 保障 が人 権の 概 念と 異な ると ころ は︑ 権 利は 他者 へ相 応の 義 務を 生む が︑ 人 間の 安 全保 障は 個 別の 主体 に 義務 を限 定 せず
︑﹁ 扶助 でき る 者 があ たる べ き﹂ とい う原 則が ある ため であ る︒ 国 連を 中心 とし た国 際 社会 は︑ 開発 国の 人 々の 安全 や福 利 の向 上に 実績 を上 げて き た︒ しか しこ れま で は︑ さま ざま な 主体 が開 発︑ 環境
︑衛 生
︑人 権な ど複 数の 目 標に よっ て組 織 さ れ︑ し かも そ れ らの 目 標は 国 家 の安 全 保障 と は 区別 さ れ
︑ 冷 戦 期 に そ れ よ り 低 い プ ラ イ オ リ テ ィ ー し か 与 え ら れ な か っ た
︒ 人 間 の 安 全 保 障 は
︑ 国 家 の 安 全 ま で 含 め た 主 要 課 題 を結 びつ ける 総合 的 な戦 略目 標と して の役 目 を期 待さ れて い る︒
そ のた めに も︑ 人間 の 安全 保障 の意 味内 容 を設 定す る際 に は︑ 西洋 文明 のバ イア ス の掛 かり やす い人 権 のよ うな 本質 的 思考 を避 け︑ また 類似 の どの 概念 とも 衝突 を 生ま ない よう に 配慮 がな さ れる べき であ ろう
︒実 際︑
﹁人 間 の安 全保 障委 員会
﹂ の方 針や 提言 には
︑そ の よう な慎 重さ が機 能 して いる のを み てと る こと がで き る︒ 広く 基 金を 募り
︑ 手段 を結 集し
︑常 時
︑ 現場 の危 機に 即応 でき る 態勢 を作 るに は︑ 原 理よ りも 緩や か な行 動目 標 のほ うが 有効 だか らで ある
︒
︵ 1
︶J.Galtung,''Violence,Peace,andPeaceResearch,''Jour-
nalofPeaceResearch,Vol.6,No.3
︵1969
︶;do.,''CulturalVio-
lence,''JournalofPeaceResearch,Vol.27,No.3
︵1990
︶︵ 邦 訳
= 高 柳 先 男 ほ か 訳
﹃ 構 造 的 暴 力 と 平 和
﹄︑ 中 央 大 学 現 代 政 治 学 双 書
︑ 一 九 九 一 年
︶ な ど 参 照
︒ コ ン ス ト ラ ク テ ィ ヴ ィ ス ト に 近 い 立 場 か ら 人 間 の 安 全 保 障 を 論 じ た も の と し て
︑S.Lonerrgan,
K.Gustavson,andB.Carter,''TheIndexofHumanInsecuri-
ty,''AVISOBulletinIssue,No.6
︵2000
︶﹇http://www.gechs.
org/aviso/AvisoEnglish/six.shtml
﹈ が あ る
︒
︵ 2
︶AmartyaSen,''GlobalInequalityandPersistentConflicts,''
paperpresentedattheNobelAwardsConference,Oslo,2002,
inCommissiononHumanSecurity,op.cit.,p.132.
お わ り に 人 間の 安全 保障 は︑ その 由 来か らし て実 践的 な 行動 目標 で
あり
︑学 問的
︑定 義的 な 厳密 さを 指向 する もの で はな い︒ そ れは また
︑グ ロー バル ガ バナ ンス と同 じよ うに
︑ 是非 より も
how
が問 題と なる よ うな 領域 であ る︒ その 結 果︑ 国家 の安 全 保障 と人 間の 安全 保障 の 関係 につ いて は︑ 立場 の 異な る論 者 によ って 補完
︑対 抗︑ 統 合な ど複 数の 可能 性が 呈 示さ れて き た︒ 結 論と して 言え ば︑ 国 際テ ロに 対す るア プ ロー チな ど両 者 の違 いが きわ だつ 領域 も ある が︑ 人間 の安 全 保障 を推 進す る 側が 主権 など との 概念 的 衝突 を好 まな いこ と もあ って
︑人 間 の安 全 保障 と国 家 の安 全保 障 は︑
﹁人 間本 位主 義
﹂対
﹁国 家 中 心主 義﹂ と言 える ほど 対 立し ては いな いよ う に思 われ る︒ 国 家の 安全 保障 のパ ラダ イ ムの 根本 的修 正が 課 題で ある とし て も︑ 人間 の安 全保 障の み によ って その 作業 を 果た すこ とは 恐 らく 困難 であ り︑ 主権 国 家シ ステ ム︑ 内政 不 干渉 原則
︑自 決 など 国家 の安 全保 障 を取 り巻 く概 念セ ット の 組み 替え を導 く 理論 的枠 組 みを
︑別 に準 備す る必 要が ある だろ う︒ い ずれ にし ても
︑ポ ス ト冷 戦期 の脅 威の 多 様化
︑他 者の 安 全へ のコ ンパ ッシ ョ ンの 増大 とい う二 つの レ ベル の変 化を 所 与と した 場合 に︑ グ ロー バル 化と 脱領 域性 と いう 今日 の問 題 状況 に応 じた 新た な 安全 概念 を生 み出 すに は
︑国 家の 安全 保 障の みで はも ちろ ん
︑そ れに 人間 の安 全保 障 が付 け加 わっ た
とし て も︑ なお 不 十分 かも し れな い︒ む しろ 中間 概念 とし て
︑ 自助 が 集約 しや す い﹁ コミ ュ ニテ ィー の 安全 保障
﹂︑ 文化 の 個 別性 や複 雑性 を考 慮に 入 れた
﹁ロ ーカ ルな 安 全保 障﹂ など を 次に 模索 す べき であ ろう
︒ 国 家の 安全 保障 は︑ 安 全努 力を 集中 投下 し やす い属 地主 義 の安 全保 障と して
︑人 類 にと って
﹁唯 一の
﹂ とは 言え なく と も﹁ 最も 効率 的な
﹂安 全 体系 に接 近し た︒ し かし
︑集 団安 全 保障 とし て世 界大 の広 が りを 得た もの の︑ そ の区 画を 国家 の み に定 め たこ と に よっ て 死角 と 空 白を 生 み 出し て しま っ た
︒ 逆に
︑人 間の 安全 保障 は
︑属 人主 義の 安全 保 障と して 国家 の 安全 を補 完す るも ので はあ るが
︑﹁ 人間 の﹂︵human
︶ と いう 名前 を冠 する こと で︑ 例え ば エス ニッ ク集 団︑ 民 族な ど﹁ 集 合的 存在 とし ての 人間
﹂と の関 連が 曖昧 にな って しま った
︒ 安 全が 自助 ない し集 団内 相 互扶 助を 基本 とす べ きも ので あ ると すれ ば
︑︵ 開 放 的 な
︶ 空間 の なか に 暮ら し﹁ われ わ れ﹂ と いう アイ デン ティ ティ ーを 共 有す る集 団が
︑安 全 確保 およ び 安全 ネッ トワ ーク 構築 の担 い 手に なる べき だと 考 える のが 自 然で はあ るま いか
︒
︵ お し む ら
・ た か し 青 山 学 院 大 学 教 授
︶
27 国家の安全保障と人間の安全保障