急性心筋梗塞(ST上昇型)の診療に関するガイドライン
Guidelines for the management of patients with ST-elevation myocardial infarction
(JCS 2008)
目 次
Ⅰ.緒 言………1348
1.ガイドライン作成の経緯と目的 ………1348
2.ガイドラインの対象と構成 ………1349
3.クラス分類とエビデンスレベル ………1349
4.本ガイドラインで使用した略語 ………1350
Ⅱ.成 因………1350
1.ACSの概念 ………1350
2.急性粥腫変化の役割 ………1350 合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本冠疾患学会,日本救急医学会,日本胸部外科学会,日本集中治療医学会,
日本心血管インターベンション学会,日本心臓血管外科学会,日本心臓病学会,
日本心臓リハビリテーション学会,日本心電学会,日本動脈硬化学会
班 長 髙 野 照 夫 日本医科大学
班 員 小 川 聡 慶應義塾大学呼吸循環器内科 笠 貫 宏 早稲田大学理工学術院
木 村 一 雄 横浜市立大学附属市民総合医療セン ター心臓血管センター
後 藤 葉 一 国立循環器病センター心臓血管内科 住 吉 徹 哉 日本心臓血圧研究振興会附属榊原記
念病院循環器内科 代 田 浩 之 順天堂大学循環器内科学 田 中 啓 治 日本医科大学付属病院集中治療室 長 尾 建 駿河台日本大学病院循環器科,心肺
蘇生・救急心血管治療
平 山 篤 志 日本大学内科学講座循環器内科部門 幕 内 晴 朗 聖マリアンナ医科大学心臓血管外科 山 口 徹 虎の門病院
山 科 章 東京医科大学病院第二内科 吉 野 秀 朗 杏林大学第二内科
協力員 浅 野 竜 太 日本心臓血圧研究振興会附属榊原記 念病院循環器内科
協力員 石 綿 清 雄 虎の門病院循環器センター内科 大 村 寛 敏 順天堂大学医学部附属順天堂医院循
環器内科
小 菅 雅 美 横浜市立大学附属市民総合医療セン ター心臓血管センター
小 林 俊 也 聖マリアンナ医科大学心臓血管外科 佐 藤 俊 明 慶應義塾大学呼吸循環器内科 髙 木 厚 東京女子医科大学心臓病センター循
環器内科
高 山 守 正 日本心臓血圧研究振興会附属榊原記 念病院循環器内科
立 花 栄 三 川口市立医療センター循環器科 寺 岡 邦 彦 東京医科大学病院健診予防医学センター 肥 後 太 基 九州大学病院循環器内科
水 野 裕 八 大阪大学循環器内科学 安 武 正 弘 日本医科大学内科学循環器部門 四 倉 正 之 杏林大学保健学部臨床工学科
外部評価委員
安 達 秀 雄 自治医科大学附属さいたま医療セン ター心臓血管外科
一 色 高 明 帝京大学内科
木 村 剛 京都大学大学院医学研究科内科系専 攻内科学講座 循環器内科学
藤 原 久 義 兵庫県立尼崎病院 堀 正 二 大阪府立成人病センター
(構成員の所属は2008年8月現在)
Ⅰ 緒言
1 ガイドライン作成の経緯と目的
急性冠症候群は冠動脈粥腫破綻,血栓形成を共通基盤 として急性心筋虚血を呈する臨床症候群であり,急性心 筋梗塞,不安定狭心症,心臓性突然死までを包括する疾 患概念である.急性冠症候群が発症すると,冠動脈内血 栓のでき方や側副血行の有無などによって様々な程度の 心筋虚血が生じる.冠動脈の完全閉塞により貫壁性心筋 虚血が生じれば
ST
上昇型急性冠症候群,しからざる場 合は非ST
上昇型と二分され,治療指針が異なる(図1).日本循環器学会は,1998年から心臓血管系疾患の診 断,治療に関するガイドライン作成に取り組み,その一
環として2000年に「急性冠症候群の診療に関するガイ ドライン」作成班が発足した.同時期に,平成11年度 厚生科学研究費補助金による医療技術評価総合研究事業
(主任研究者:上松瀬勝男)として「急性心筋梗塞の診 療エビデンス集─
EBM
より作成したガイドライン」が 作成され,ST
上昇型急性冠症候群の治療指針として発 表された.そのため,「急性冠症候群の診療に関するガ イドライン」では不安定狭心症および持続性ST
上昇を 伴わない急性心筋梗塞(非ST
上昇型)のみを扱うよう になった経緯がある.本ガイドラインは日本循環器学会 として初めてのST
上昇型急性心筋梗塞の診療に関する ガイドラインであり,上松瀬班のガイドラインを参考に しつつ最新のエビデンスを追加したものである.本ガイドラインの目的は,本疾患群の診断,治療,管 理に関して一般に容認された方法をまとめ,医師が臨床 上の決定を行うのに役立つ診療指針を作成し,根拠に基 づく医療(
EBM
:Evidence-Based Medicine
)を推進す ることにある.本ガイドラインは多くの状況下で,種々3.疫学 ………1351
4.病態生理 ………1351
5.他の原因で起こる心筋梗塞 ………1352
Ⅲ.発症から病院まで………1352
1.患者による症状の認識 ………1352
2.病院到着前心停止 ………1352
3.救急医療体制 ………1353
4.医師による救急現場での胸痛対応 ………1354
5.救急車(ドクターカーを含む)での搬送プロトコール 1355 Ⅳ.初期診断・治療・管理………1355
1.トリアージ ………1355
2.患者の初期評価 ………1356
3.標準的初期治療 ………1361
Ⅴ.再灌流治療………1363
1.血栓溶解療法 ………1364
2.経皮的冠インターベンション(PCI)………1365
3.緊急手術による再灌流ならびに合併症修復術 …1367 4.再灌流の評価 ………1367
5.再灌流治療の補助療法としての抗血栓薬 ………1368
6.再灌流補助薬 ………1369
7.造影剤腎症について ………1369
Ⅵ.入院後早期の管理………1369
1.CCUの重要性 ………1369
2.早期の一般的処置 ………1370
3.CCUの新たな役割 ………1371
4.心筋梗塞後の不整脈 ………1372
5.血行動態の障害または異常 ………1378
6.機械的合併症 ………1384
7.STEMI後の再発する胸痛への対応 ………1386
8.その他の合併症 ………1388
9.梗塞サイズの評価 ………1389
10.冠動脈バイパス術(CABG)………1392
Ⅶ.回復期および退院後の患者管理………1394
1.退院時のリスクの層別化 ………1394
2.心臓リハビリテーション ………1396
3.退院後管理 ………1401
Ⅷ.二次予防………1403
1.退院前の患者教育と包括的 心臓リハビリテーションプログラム ………1403
2.禁煙 ………1404
3.血圧管理 ………1405
4.脂質管理 ………1405
5.糖尿病管理 ………1405
6.体重管理 ………1406
7.身体活動 ………1406
8.抗血小板治療 ………1406
9.β遮断薬 ………1407
10.カルシウム拮抗薬 ………1408
11.硝酸薬(ニコランジルを含む)………1408
12.レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系阻害薬 1408 13.ワルファリン治療 ………1409
14.一次予防について ………1410
文 献………1411
(無断転載を禁ずる)
の患者に対応しうる普遍的な診療指針を作成することを 目指している.しかし,個々の患者における最終判断は,
当該患者の状況をもっともよく知る担当医師と患者の双 方により総合的に下されるべきもので,本診療ガイドラ インはそれを支援するものである.
2 ガイドラインの対象と構成
本ガイドラインでは,心電図
ST
の持続的上昇を認め るST
上昇型急性冠症候群の成人患者,あるいはその疑 いのあるものを対象とする.ST
上昇急性冠症候群の90%以上は心筋マーカーの上昇を伴い,急性心筋梗塞(
ST
上昇型)と診断される.ガイドラインのタイトルは「急 性心筋梗塞(ST
上昇型)の診療に関するガイドライン」であるが,
ST
上昇型急性冠症候群のうち,治療や自然 経過により急性心筋梗塞に至らない場合も含む.また,急性冠症候群のうち左脚ブロックを呈するもの,純後壁 梗塞,冠攣縮が主因と判定される急性心筋梗塞も本ガイ ドラインで扱う.持続性の
ST
上昇を認めない非ST
上昇 型急性冠症候群は対象外である.従って,不安定狭心症・ 急性心筋梗塞(非ST
上昇型)に関しては「急性冠症候 群の診療に関するガイドライン(2007年改訂版)」を参 照されたい.本ガイドラインは,発症から入院まで,救急外来また は
CCU
での初期治療,入院回復期あるいは退院後の患 者管理と,時間軸を基に構成した.項目の中で,ガイドラインが別途策定されているものに関しても,最低限の 内容は可能な限り網羅し,1つのガイドラインとして完 結したものを目指した.
3 クラス分類とエビデンスレベル
クラスⅠ :手技・治療が有効,有用であるというエビ デンスがあるか,あるいは見解が広く一致 している
クラスⅡ :手技,治療の有効性,有用性に関するエビ デンスあるいは見解が一致していない.
Ⅱ
a
:エビデンス,見解から有効,有用である可 能性がたかいⅡ
a
´:エビデンスは不十分であるが,手技治療が 有効,有用であることに本邦の専門家の意 見が一致しているⅡ
b
:エビデンス,見解から有効性,有用性がそ れほど確立されていないクラスⅢ :手技,治療が有効でなく,ときに有害であ るというエビデンスがあるか,あるいは見 解が広く一致している
レベル
A
:400例以上の症例を対象とした複数の多施 設無作為介入試験で実証された,あるいは メタ解析で実証されたものレベル
B
:400例以下の症例を対象とした多施設無作 図 1 急性冠症候群の初期診断と最終診断(本ガイドラインで扱う範囲を青で示す,*治療・自然経過で心筋梗塞に至らない場合)
発症
胸痛+心電図 ST低下,冠性Tなど 持続性ST上昇,CLBBB 急性冠症候群(ACS)
初期診断 非ST上昇型ACS ST上昇型ACS リスク層別・抗虚血治療 可及的早期再灌流療法 治療方針決定
(12時間以内)
*
冠インターベンション・冠動脈バイパス術・各種薬物治療
最終診断
(24時間〜)
不安定 狭心症
非Q波梗塞 Q波梗塞 非ST上昇型
急性心筋梗塞 ST上昇型 急性心筋梗塞 心筋マーカー
(CPK,トロポニンなど)
為介入臨床試験,良くデザインされた比較 検討試験,大規模コホート試験などで実証 されたもの
レベル
C
:無作為介入試験はないが,専門医の意見が 一致したもの本邦では未承認の手技,治療法,治療薬で,海外では有 効性,有用性について十分なエビデンスがあるか,専門 家の見解が広く一致しているものについても,適宜記載 した.また本邦の保険医療で認められていない適応や用 法,用量についても必要に応じ言及した.本邦で認可さ れている薬剤はカタカナで,認可されていない薬剤は英 語で表記した.
4 本ガイドラインで使用した 略語
ACS
(acute coronary syndrome
) 急性冠症候群STEMI
(ST-elevation myocardial infarction
)ST
上昇型心筋梗塞PCI
(percutaneous coronary intervention
)経皮的冠インターベンション
CABG
(coronary artery bypass grafting
)冠動脈バイパス術
CCU
(coronary care unit
)冠疾患集中治療室
Ⅱ 成 因
1 ACS の概念
急性心筋梗塞の発症に血栓が関与することは,病理解 剖所見から示されていたが,原因か結果かについては不 明であった.結果とされる根拠は,①急性心筋梗塞の責 任病変に血栓の認められる頻度が,病理解剖の報告で差 異があり決して高くないこと,②動脈血流の下で,管腔 を閉塞するような血栓が形成される機序が明らかでなか ったことによる.しかし,1979年ストレプトキナーゼ を用いた冠動脈再疎通により,冠動脈閉塞の原因が血栓 であることが明らかにされた1).さらに1980年には
DeWood
ら2)により急性心筋梗塞発症早期に完全閉塞していた血管が時間経過とともに再開通することが明らか にされ,病理解剖での血栓の頻度の差が線溶による血栓 の経時的な消失に伴うものによることが示された.さら に冠動脈造影だけでなく,血管内視鏡で責任病変を直接 観察することにより,92%に赤色および混合血栓が存 在することが明らかにされた3).これらの臨床的データ が蓄積されてくると血栓のある急性心筋梗塞の病変の多 くは4),薄い線維性被膜で覆われた多量の脂質を含み,
その内部に活性化されたマクロファージや
T
リンパ球が 多数存在するプラークであることが明らかにされた5). こ の よ う な プ ラ ー ク は不 安 定プ ラ ー ク(vulnerable
plaque
)とよばれ,破綻と同時にマクロファージが多量に産生する組織因子が管腔内に放出され,血流下でも急 激に血栓性閉塞をきたす機序が示された.これらの事実 から
Davies
ら6)やFuster
ら7)により 冠動脈粥腫の破裂・ 崩壊とそれに伴う血栓形成から冠閉塞や高度の冠狭窄を きたす症候群 としてACS
の病態概念が提唱されるに いたった.最近では,プラークの破綻だけでなく血管内 膜のびらんによっても血栓性閉塞を生じる事も明らかに されている.2 急性粥腫変化の役割
動脈硬化の進行に伴い粥腫が形成され成長しても,図 2の3に示すように血管内腔は一定に保たれる(
positive remodeling
).しかし,さらに粥腫が成長して血管拡張 の代償機序が破綻すると,プラークは血管内腔に出現し 冠動脈造影では軽度の狭窄病変として認められるように なる.このような多量の脂質コアを含むプラークには活 性化されたマクロファージやT
リンパ球が存在する.脂図 2 プラークの進展と破綻
質コアは比較的柔らかく,遊離コレステロール結晶より もむしろコレステロールエステルを多量に含む.こうし た,プラークの形態学的な特徴に加えて,マクロファー ジや
T
リンパ球が蛋白分解酵素(エラスターゼ,コラゲ ナーゼ,メタロプロテイナーゼなど)を放出し,これに よって細胞外基質が分解され線維性被膜が菲薄化す る8).わが国の厚生省の班研究をはじめとして9),多く の臨床研究から心筋梗塞を来たす病変が軽度狭窄病変で あることが示され4),このような不安定プラークを冠動 脈造影で同定することは不可能であった.しかし,血管 内エコーや血管内視鏡などの血管内イメージング法の進 歩により,病理学でしか明らかにできなかった病変を可 視化することができるようになった.結果,不安定プラ ークは血管内エコーで,外膜より低輝度のソフトプラー クを有し線維性被膜が薄いものとして10),あるいは血管 内視鏡で濃黄色を呈するプラークとして11)捉えることが 可能となってきた.このような不安定プラークにプラー クを破裂させる促進力即ち トリガー が作用し,破綻 を来たすとともに急速に血栓形成が進行する(図2).しかし,必ずしも心筋梗塞にいたらず,無症候性の場合 もある.心筋梗塞既往の患者では,責任血管以外に多く の破綻したプラークがあることが報告されている12).無 症候性の破綻したプラークだけでなく,不安定プラーク と考えられる黄色プラークも数多く認めることから,心 筋梗塞は責任病変だけでなく総ての冠動脈に不安定プラ ークが多数存在していることが判明し13),
Vulnerable Patient
という概念が生まれた14).さらに最近,破綻し ている無症候性プラークの数とCRP
が相関することか ら,炎症とACS
の関連が注目されている15).急性心筋梗塞の責任血管を病理的に検討するとその約 40%にプラークの破綻を認めず,比較的厚い線維性被 膜の上に形成された血栓を認めることがあり,
Erosive Thrombosis
とされている16).この血栓形成機序につい ては明らかにされていないが,①メタロプロテイナーゼ により内皮や線維性皮膜を含めた剥離が起こり皮膜内に ある平滑筋の組織因子が作用して血栓が形成される,② マクロファージの集積により形成された小さなプラーク が破綻して血栓が形成される,③冠攣縮による血管内皮 障害に引き続く血栓形成,などいくつかの機序が考えら れている17).女性や糖尿病患者に多いことが報告されて いるが16),原因や機序については明らかでない.3 疫学
わが国における虚血性心疾患の死亡率は,人口10万
に当たり男性で63.4,女性で50.0であり(平成16年),
欧米諸国の約1/2から1/3ときわめて低い.全国から無 作為抽出された30歳以上の成人を対象として質問表か ら心筋梗塞と推定された有病率は,30歳以上の男子で は千人当たり23.9人,女性では10.8人であった18).急 性心筋梗塞の発生については,
CCU
を有する施設を対 象にした調査では,人口10万人に対して東京都は30.4人,13政令指定都市では27.4人,地方都市では17.7人と相 違はあるが,これは救急システムに関連する要素が多い と考えられる19).
MONICA
調査から推定される我が国 の心筋梗塞罹患率は10万当たり男性で平均38(20〜 50)人/
年,女性で平均12人(10〜30)人/
年であり,また中村らの滋賀県における調査では粗罹患率49人で あった20).
わが国における冠動脈疾患の罹患率の推移は,久山町 研究21),広島,長崎での追跡調査によれば低下している か,ないしは1980年以降は大きな変化を示していな い22).しかし,糖尿病,高血圧,高コレステロール血症 など動脈硬化を促進する疾患の罹患率が急速に増加して いることを考えれば,今後増加する可能性が考えられる.
4 病態生理
急性心筋梗塞の病態生理の本質は心臓,特に左室の機 能不全である.冠動脈閉塞により酸素・エネルギー源を 遮断された心筋は速やかに収縮能を消失する.障害心筋 の範 囲・程 度に応じ て壁 運 動は
hypokinesis
か らakinesis
,dyskinesis
の異常を呈する23).側副血行路の状 況などによっては梗塞責任血管の灌流域以外にも壁運動 異常を生じることがある.また,障害心筋の範囲が大き ければ全体としてのポンプ機能に影響を与え,心拍出量,血圧,
dP/dt
などが低下する.高度の血圧低下は冠動脈圧すなわち心筋灌流圧をも低下させ,心筋の虚血をより 助長する結果となる.一方,左室充満圧は上昇し,特に 収縮末期圧の上昇の程度は予後の有用な予測因子である ことが報告されている24).壊死心筋は浮腫・細胞浸潤を 経て線維組織に置換されるが,正常な構築を保てなくな る結果,梗塞部位は菲薄化する.一方で梗塞によって生 じた血行動態の変化は非梗塞領域にも影響し,1回拍出 量を維持するための代償機転として
Frank-Starling
の法 則に従い非梗塞領域の拡大が生じる.このように,特に 梗塞後に生じた左室のサイズ・形態・壁厚の一連の変化 を左室リモデリングと総称し25),梗塞後の心不全あるい は生命予後の規定因子として重要である.また,梗塞周 辺領域においては壊死部分と正常部分とが混在し,電気的興奮伝播が不均一化すること,さらに伝導遅延が起こ るために局所でのリエントリーを生じやすく,致死性不 整脈の基質となる.リモデリングの程度は梗塞の大きさ・ 梗塞責任血管の開存・神経体液性因子などによって規定 され,アンジオテンシン変換酵素阻害薬はリモデリング を抑制することが報告されている26).
左室機能不全・充満圧上昇に伴う血行動態の変化は二 次性に全身へ波及し,肺においてはうっ血・間質への水 分貯留・低酸素血症が生じる.また,代謝内分泌系にお いてはレニン−アンジオテンシン−アルドステロン系の 亢進,ナトリウム利尿ペプチドの分泌が生じる一方,膵 血流の低下によるインスリン分泌不全・交感神経活性化 に伴う高血糖や遊離脂肪酸の上昇などを認める27).
5 他の原因で起こる心筋梗塞
STEMI
を発症したにもかかわらず,冠動脈造影および
autopsy
で冠動脈硬化を認めない症例が全体の約6% に存在したという報告がなされている2).特に,35歳以 下の梗塞発症例の24%がこのような症例に該当したと されており,動脈硬化の程度が比較的軽い若年者におい てはそれ以外の原因を念頭に置く必要がある.動脈硬化 以外の発症機序としては,動脈炎(高安病・川崎病・梅 毒・脊椎炎など),外因性(外傷・医原性・放射線治療 など),代謝性疾患または内膜肥厚性疾患に伴う冠動脈 壁肥厚(Hurler
病・ホモシステイン尿症・Fabry
病・ア ミロイドーシスなど)・その他の原因に伴う冠動脈狭小 化(急性大動脈解離・冠動脈攣縮など),冠動脈塞栓症(感 染性心内膜炎・僧帽弁逸脱・粘液腫・壁在血栓など),先天性の冠動脈奇形(起始異常・動静脈吻合・冠動脈瘤 など),心筋における酸素需給のアンバランス(大動脈 弁狭窄・
CO
中毒・甲状腺中毒症・低血圧遷延など),凝固異常(真性多血症・
DIC
など)など多彩な原因が挙 げられる28).このうち,本邦においては冠攣縮性狭心症 の頻度が高く17),29),30),高血圧患者が多いことから冠動 脈攣縮および急性大動脈解離に合併した心筋梗塞の頻度 が高いと推測される.Ⅲ 発症から病院まで
STEMI
の院内死亡率は,CCU
の管理と冠再灌流療法 の普及により7%前後となった31).しかし,これは真の 死亡率ではない.病院到着前,すなわちSTEMI
発症早期に心停止に陥る患者は含まれていない.この病院前心 停止に陥る患者は総
STEMI
患者の14%以上にも達す る32)−34).したがって,STEMI
の発症超早期の患者教育 と病院前救護対策が重要な課題となる.1 患者による症状の認識
クラスⅠ
1.虚血による胸部症状が出現した患者は,直ちに119 番通報し救急車を要請する(レベル
B
).2.医師は,硝酸薬(舌下投与または舌下噴霧)を処方 する際,硝酸薬の効果判定と無効時の対応を教育す る(レベル
B
).
STEMI
の主訴(CCU
収容時)は,84%が胸痛,6% が呼吸困難,2%が意識障害である35).高リスクの胸痛 とは,安静でも20分以上持続する胸痛または,今回の 胸痛出現前2日以内にも胸痛発作が出現し,その頻度や 程度が増加する梗塞前狭心症を有する胸痛である34),36).ACC/AHA2004
ガイドラインでは,硝酸薬の舌下は1 回で,5分後にその効果が不充分(胸痛が改善しない,または増悪)な場合,救急車を要請すべきとした.以前 は救急車要請までに5分間隔で3回までの使用が容認さ れたが,収容施設での治療までの時間短縮が死亡率や合 併症率を有意に低下させることが示され37)−40)修正され た(クラスⅠ,レベル
A
).2 病院到着前心停止
クラスⅠ
1.あらゆる地域において,
chain of survival
(迅速な 119番通報,迅速な心肺蘇生法,迅速な電気的除細 動,迅速な二次救命処置)の4つの命の鎖を構築(レ ベルC
).2.心疾患を有する患者とその家族に,
chain of survival
の最初の3つの鎖を習得してもらう市民向け講習会 を,各々の地域で開催(レベルB
).
STEMI
総患者の14%以上が,発症超早期に致死性不 整脈〔大多数が心室細動(ventricular fibrillation
;VF
)〕を併発し死亡している.この
VF
出現率は心臓性院外心 停止例の60%を占める33).しかし,消防隊員,救急隊 員が患者に接触し,自動体外式除細動器(automated
external defibrillator
;AED
)を装着するまでに虚脱を目 撃してから14分前後を要する.より迅速なAED
による電気的除細動は生存率を有意に改善させることより(除 細動が1分遅れると生存率は7〜10%ずつ減少する),
市民による迅速な
AED
の運用が必要である34).近年,我が国でも公共の場に
AED
が設置され始めた.AED
が 届くまでに,市民による迅速な119番通報と迅速な心肺 蘇生法(cardiopulmonary resuscitation
;CPR
)を実施す る.2005年AHACPR
ガイドラインでは,この市民によ るCPR
では絶え間ない胸骨圧迫の重要性が確認された.最近我が国の大規模観察研究では,胸骨圧迫のみの
CPR
が従来の口対口人工呼吸+胸骨圧迫CPR
より優れ ているかまたは同程度であることが報告されている41),42).
AED
が届くまでまたは救急隊が来るまでの市民に よる救助活動を図3に,救急車を呼ぶ手順を図4に示す.3 救急医療体制
クラスⅠ
1.胸痛を有する患者や心停止が疑われる患者に対応す る医療従事者は,胸痛のトリアージと
CPR
(AED
と標準的救命処置を含む)の知識と技能を備える(レ ベルA
).2.119番通報に対応する救急隊員は,医学的訓練を受 け,各々の地域の活動マニュアルに従い,迅速かつ 的確な助言を行う(レベル
C
).3.循環器専門施設は各々の地域の消防署・庁と連絡を 密にし,迅速に患者を受け入れる体制を構築する(レ ベル
A
).
STEMI
では,正しい治療を受けるまでの時間を短縮すれば,死亡率と合併症発生率を有意に低下させること が出来る37)−40),43).したがって,救急医療従事者(救急 隊員〔本邦では,救急救命士,救急隊員(旧Ⅰ及び旧Ⅱ 課程),消防ポンプ隊員〕)や救急情報センターの救急隊 員は,正しい病院選択の知識を習得するとともに,循環 器専門施設の循環器専門医と交流を密にし,迅速な患者 受け入れ体制を検証し構築していくことが必要である.
総務省消防庁や東京消防庁が毎年報告している救急活動 の現況または実態では,119番通報から病院収容までの 平均活動時間は約30分(119番から救急車現場到着まで の時間が6分,救急隊の現場活動時間が15分,救急隊 の現場から病院到着までの時間が9分)である44),45). なお,我が国の救急救命士は,心肺停止傷病者に対し てのみ,器具を用いた気道確保(一部の救急救命士には 気管挿管も可能)と
AED
を用いた電気的除細動,およ び末梢静脈路確保と細胞外液製剤の投与(一部の救急救 命士にアドレナリン1mg/回の静脈投与)が許可されて いる.しかし,12誘導心電図記録は標準化(4点誘導の 心電図モニターが標準化)されていない44),45).したが図 3 市民の命を救う救急対応
胸骨圧迫(100回/分)
強く・早く・絶え間なく 助けを呼ぶ 119番とAED要請 気道の確保 いいえ
いいえ
いいえ AEDの音声に従う
はい 意識の有無?
突然倒れた
充分な呼吸?
AED・救急隊?
図 4 救急車を呼ぶ手順
救急車が着くまで周囲の 人と協力して応急手当,
救急隊の案内 119番
通報
消防所 通報者
わかりました.
救急車向かいます 火事ですか?
救急ですか? 救急です
どうしましたか? 見たまま,事故の状況,
傷病者の状態を説明 そこは何区,何町,
何丁目,何番,何号
ですか? 通報している住所
って,心肺停止以外の傷病者に救急隊員(救急救命士を 含め)が提供できる救急医療行為は,バイタルサイン・
身体所見の観察・酸素投与・体位管理・心電図モニター とパルスオキシメータの観察などに限られる44),45).
4 医師による救急現場での 胸痛対応
クラスⅠ
1.第一線の医療施設,往診時または外出先で虚血性胸 痛が疑われる患者に対し,迅速な119番通報を要請 し,バイタルサインと身体所見をチェックし可能で あれば12誘導心電図を記録(レベル
B
).2.
STEMI
と診断したならば,救急車内でMONA
(塩 酸モルヒネ,酸素,硝酸薬,アスピリン)を考慮し,同時に末梢静脈路を確保(レベル
B
).3.
STEMI
と診断したならば,救急隊員に病院選定の 助言(緊急再灌流療法が即座に実施可能な病院).同時に選定先の循環器医師に直接,現在の臨床像を 報告(電話または
FAX
)(レベルC
).クラスⅡ
a
1.経静脈的血栓溶解療法を考慮(レベル
B
).医師は可能であれば12誘導心電図を記録評価し,Ⅳ 章の初期診断・治療・管理のプライマリケアを開始する.
引き続き,経静脈的血栓溶解療法の適応の有無を表1の チェックリストを用いて評価する.欧米の大規模多施設 無作為試験およびメタアナリシスは,
STEMI
患者に対 する可及的早期の血栓溶解療法が,死亡率を有意に減少 させることを明らかにした46)−48).病院到着前に血栓溶 解療法を開始すれば,病院到着後に開始した場合に比し,死 亡 率は有 意に低 下(オ ッ ズ比0.83,95%
.C.I 0.70 -0.98
)し,その時間差は60分であった49).このことより,ACC/AHA2004
ガイドラインでは,病院到着までの時間 が60分以上要する例は,病院到着前の血栓溶解療法は 妥当であるとした.しかし,救急搬送時間が4分(中央値)と短いスイス のある都市では,病院到着後の血栓溶解療法の症状出現 から開始までに要する時間は,病院到着前投与に比し,
100分遅延していたと報告している50).我が国の渡辺ら の報告では,
TIMI 3 flow
達成までの時間が78分以上遅 延すると有意に梗塞サイズが大になったと報告した51). 中尾らの報告でも発症2時間以内の血栓溶解薬先行投与 によるfacilitated PCI
はTIMI 3 flow
達成率が高く梗塞サ イズを縮小したとしている52).また,木村らの報告でも,救命救急センターと地域病院との比較では,血栓溶解薬 先行投与群が
primary PCI
群より早い冠動脈再灌流を得 ていた.そして地域病院では,入院後90分のTIMI
3flow
達成率は血栓溶解薬投与例が68%で,primary PCI
例の43%より有意に高値で,再灌流までの時間短縮が表 1 経静脈的血栓溶解療法のチェックリスト
Step 1. 虚血性胸痛(不快感)の持続時間は,15分以上かつ12時間以内?
○ はい ○ いいえ 適応なし
12誘導心電図所見の隣接する2誘導以上でST上昇,または新規に出現した脚ブロック?
○ はい ○ いいえ 適応なし
Step 2. 以下の10項目すべて「はい」であれば血栓溶解療法を実施
①収縮期血圧 180mmHg 以下
②収縮期血圧の左右差 15mmHg 以内
③拡張期血圧 110mmHg 以下
④頭蓋内疾患の既往症 なし
⑤3ヶ月以内の明らかな非開放性頭部または顔面外傷 なし
⑥6週間以内の明らかな外傷,手術,消化管出血 なし
⑦出血・凝固系異常 なし
⑧心停止時のCPRは10分以内
⑨妊娠していない
⑩進行性または末期の悪性腫瘍,重篤な肝または腎疾患 なし
○ はい○ はい
○ はい○ はい
○ はい○ はい
○ はい○ はい
○ はい○ はい
○ いいえ
○ いいえ
○ いいえ
○ いいえ
○ いいえ
○ いいえ
○ いいえ
○ いいえ
○ いいえ
○ いいえ
Step 3. 以下の1項目以上を満たす高リスク例は緊急PCIが直ちに開始できる施設へ救急車で搬送
①心拍数 ≧ 100回/分 かつ 収縮期血圧 < 100mmHg
②湿性ラ音を聴取(Killip 分類Ⅱ以上)
③ショック徴候・症状あり
④血栓溶解療法が禁忌(Step 2 の①〜⑩の1項目以上「いいえ」)
○ はい○ はい
○ はい○ はい
○ いいえ
○ いいえ
○ いいえ
○ いいえ
顕著であったと報告している53).守内らは
facilitated PCI
時の血栓溶解療法の先行投与量を検討し,先行投与 の血栓溶解薬は通常量が望ましいとしている54).我が国 の救急活動時間は30分要することを考慮すると,第一 線の医療施設での血栓溶解療法の開始は妥当と考える(クラスⅡ
a
).5 救急車(ドクターカーを含む)
での搬送プロトコール
クラスⅠ
1.心原性ショックを併発した75歳未満の
STEMI
患者 は,直近の緊急PCI
または緊急CABG
が可能な病 院に搬送する(レベルA
).2.血栓溶解療法が禁忌である
STEMI
患者は,直近の 緊急PCI
が可能な病院に搬送する(レベルB
).3.
STEMI
が疑われる,もしくは確認された患者の病 院選定は,救急隊の活動規準に明記する(レベルC
).クラスⅡ
a
1.高リスク患者(表1,
Step3
参照)は,直近の緊急PCI
が可能な病院に搬送する(レベルB
).地域の消防,循環器認定医療施設と第一線の医療機関 は定期的に人的交流と情報交換を行い,
STEMI
に対す るトリアージ,病院選定規準,病院前救護,病院収容後 救急医療体制(緊急PCI
,緊急CABG
を含む)を検証し,絶えず構築していくことが必要である.そして,
STEMI
患者に対し,発症から充分な再灌流(TIMI
3)達成ま での時間を120分以内に保つ努力をしていくことが妥当 である.我が国は欧米に比べ,各々の地域に緊急PCI
を実施できる病院が多い.したがって,各々の地域で,よ りよい救急医療体制を構築して行く必要がある.
Ⅳ 初期診断・治療・管理
1 トリアージ
STEMI 診断の指針
55)クラスⅠ
1.患者到着後10分以内に再灌流療法の適応を判断し 治療を行うための診断手順の作成・活用(レベル
B
)
STEMI
発症早期の再灌流療法は予後を改善する確立された治療法であり,早期診断,早期治療が重要である.
あらかじめ定められた手順により,患者の病態を評価し,
直ちに初期治療を開始する.患者到着後10分以内56),57) に,バイタルサインのチェック,連続心電図モニターを 行い,簡潔かつ的確な病歴聴取とともに12誘導心電図 を記録し,血液生化学検査を行う.
STEMI
の場合,再 灌流療法として血栓溶解療法を選択した場合には患者到 着後30分以内に血栓溶解薬の投与,冠インターベンシ ョンを選択した場合には到着後90分以内に初回バルー ンを拡張することが目標である57)−60).(図5)図 5 STEMI の診断アルゴリズム
Door-to-needle time: 病院到着から血栓溶解療法開始までの時間,
Door-to-balloon time: 病院到着から初回バルーン拡張までの時間
1)急性下壁梗塞の場合,右側胸部誘導(V4R)も記録する.
2)診断確定のために採血結果を待つことで再灌流療法が 遅れてはならない
3)重症度評価や他の疾患との鑑別に有用であるが必須ではなく 再灌流療法が遅れることのないよう短時間で行う
■心電図モニタリング
■酸素投与
■静脈ライン確保
■アスピリンの咀嚼服用
■塩酸モルヒネ投与
■硝酸薬(ニトログリセリン)投与
Door-to-needle time : 30分以内 Door-to-balloon time : 90分以内 第3段階
第2段階
第1段階 身体所見
再灌流療法の適応の決定,実行 採血2)
心エコー,胸部X線写真3)
10分以内 12誘導心電図1)
問診
2 患者の初期評価
(表2)1 病歴
クラスⅠ
1.患者到着後10分以内の簡潔かつ的確な病歴聴取(レ ベル
C
)病歴は
STEMI
の診断や治療に極めて重要であり,治療が遅れることのないよう迅速かつ詳細な聴取が必要で ある.病歴による評価は,胸部症状,関連する徴候と症 状,冠危険因子,急性肺血栓塞栓症や急性大動脈解離の 可能性,出血性リスク,脳血管障害および狭心症,心筋 梗塞,冠血行再建の既往の有無に重点を置く.症状とし ては前胸部の不快感を自覚することが多いが,顎,頚部,
肩,心窩部,背部,腕へ放散することや時に胸部症状を 認めずにこれらの部位にのみ症状が限局することもあり 注意が必要である.一般的に,顎,頚部,肩,背部,腕 への放散は女性で多く認められる61)−64).症状は少なく
とも20分以上で数時間に及び,性状は痛みというより も局在がはっきりしないある程度の範囲をもって示され る重苦しい,締め付けられる,圧迫される,絞られる,
焼け付くような感じなどと表現されることが多い.しか し,時にズキズキ,ヒリヒリした感じ,刺されたような 感じなどの症状を訴えることもあり,このような非典型 的な症状はとくに高齢者,糖尿病および女性の患者でし ばしばみられる63)−65).さらに高齢者では心筋虚血によ る症状として息切れを訴えることがあり66),全身倦怠感,
食欲不振や意識レベルの低下などが唯一の症状のことも ある.塩酸モルヒネを必要とする強い痛みは約半数の例 で認められるが,症状の強さと重症度とは必ずしも一致 しない.また随伴症状として,男性では冷汗が,女性で は嘔気,嘔吐,呼吸困難感が多いとされている63)−64). 胸痛の鑑別疾患は,頻度としては消化管疾患が多く,
逆流性食道炎の痛みは胸焼けのような灼熱感で,食後の 仰臥位で増強し制酸薬で軽減する.食道痙攣は,痛みが 胸骨裏面に生じ頚部や背部に放散する.労作とは無関係 で持続時間も一定せず,飲食によって誘発され,しばし ば飲水により寛解を認める.硝酸薬・カルシウム拮抗薬
表 2 初期評価項目のチェックリスト 問診 簡潔かつ的確な病歴聴取
… 胸部症状,関連する徴候と症状,冠危険因子,急性大動脈解離・急性肺血栓塞栓症の可能性,出血性リスク,
脳血管障害・狭心症・心筋梗塞・冠血行再建の既往 身体所見 バイタルサイン,(大動脈解離を疑う場合は四肢の血圧も)
聴診… 心音,心雑音,呼吸音(湿性ラ音の有無とその聴取範囲),心膜摩擦音 血管雑音(頸動脈,腹部大動脈,大腿動脈)
眼瞼所見…貧血 頚部所見…頚静脈怒張
腹部所見…圧痛,腹部大動脈瘤,肝腫大 下腿所見…浮腫
神経学的所見
心電図 12誘導心電図…T波の先鋭・増高(Hyperacute T),T波の陰転化,
R波の減高,ST上昇 / 低下,異常Q波 右側胸部誘導 (V4R誘導)…右室梗塞の合併
採血 血液生化学検査
…心筋傷害マーカー:心筋トロポニン,CK,CK-MB,ミオグロビン,心臓型脂肪酸結合蛋白(H-FABP)
血算,生化学,電解質,凝固
心エコー 局所壁運動異常(左室壁運動,下壁梗塞の場合は右室壁運動も)
左室機能機械的合併症… 左室自由壁破裂(心膜液貯留,右室拡張期の虚脱),心室中隔穿孔(シャント血流),乳頭筋断裂(僧 帽弁逆流)
左室壁在血栓
他の疾患との鑑別… 急性大動脈解離(上行大動脈や腹部大動脈のintimal flap,大動脈弁逆流,心膜液貯留),急 性肺血栓塞栓症(右房および右室の拡大,左室の圧排像),急性心膜炎(局所壁運動異常の ない心膜液貯留)など
胸部X線写真 心陰影…拡大
肺野…肺うっ血,肺水腫,胸水 肋骨,胸膜,縦隔陰影 注)下線をひいた項目は特に優先度の高いもの
が有効とされるが,診断の根拠となる特異的検査に乏し い.消化性潰瘍や胆石胆嚢炎の痛みは食事摂取と関連が ある上腹部痛で圧痛を伴う.また,急性心膜炎の痛みは,
深呼吸,咳嗽,体動,臥位で増強し,胸膝位で軽減する のが特徴である.
致死的疾患の鑑別として,急性肺血栓塞栓症と急性大 動脈解離がある.急性肺血栓塞栓症ではしばしば急性心 筋梗塞と類似した前胸部症状や背部症状を認めるが,呼 吸困難や頻呼吸を伴い,重症例ではショックを呈するこ とや一過性に意識消失を認めることもある67).術後の安 静臥床後の初めての歩行,深部静脈血栓症や凝固異常,
悪性腫瘍などの臨床背景をもつ患者で起こしやすい.急 性大動脈解離は,心筋梗塞と比べ痛みの程度が強く,激 烈なことが多い.通常,前駆症状を伴わず突然引き裂か れるような背部へ放散する鋭い痛みが出現し,呼吸困難 や意識消失を伴うこともあり,解離の進行とともに腰部,
稀に下肢にまで痛みが移動する.
2 身体所見
クラスⅠ
1.患者到着後10分以内の身体所見および簡潔な神経 学的所見の診察(レベル
C
)身体所見の注意深い診察は診断のみならず合併症の有 無や胸痛を起こす他の疾患との鑑別に役立つ.また,特 に血栓溶解薬投与前には脳卒中の既往や認知症の有無を 簡潔な神経学的所見の診察から判断する.
症状の程度は個人差があり,症状が強い場合は苦悶様 表情を呈し,痛みで動けずに耐えていることが多い.肺 水腫を合併例は,呼吸困難や起坐呼吸,咳嗽や泡沫状血 痰を認める.ショック例では,顔面蒼白で皮膚は冷たく 湿潤で青いまだら状の斑点を認め,口唇や爪床にはチア ノーゼを認める.また,心拍出量低下に起因する脳循環 障害により錯乱状態など意識レベルの低下がみられる.
1.バイタルサイン
合併症のないものは正常血圧のことが多い.一方,不 安感が強い場合や興奮状態では交感神経亢進により一過 性に血圧上昇をきたすことがある.一般的に,下壁梗塞
では
Bezold-Jarisch
反射による徐脈などの副交感神経過 緊張を示唆する所見が,前壁梗塞では頻脈などの交感神 経過緊張を反映する所見が見られ,90mmHg以下の低 血圧はショック状態で認められる.2.聴診所見
(1)心音,心雑音: 救急外来でⅢ音の有無を確認する.
Ⅲ音は左室充満圧上昇を伴った重症左室機能不全を反映 する所見であり,
Killip
分類68)の評価に用いられる.(表 3)経過中に出現する収縮期雑音は,左室拡大や乳頭筋 不全および腱索や乳頭筋断裂による僧帽弁逆流あるいは 心室中隔穿孔の合併を考える.腱索や乳頭筋断裂による 僧帽弁逆流は,心尖部に最強点を有し時に振戦(thrill
) を伴う顕著な全収縮期雑音として聴取し,血行動態の悪 化を伴う.心室中隔穿孔による心雑音も同様の性状を有 するが,心尖部よりむしろ第4肋間胸骨左縁で最強点を 有することが多い.心膜摩擦音は,発症直後は稀で,梗 塞範囲の大きい貫壁性心筋梗塞で発症2〜3日後に主に 吸気時に聴取されるが,一過性のことが多い.(2)呼吸音:左室コンプライアンスの低下した状態で体 液が肺胞や気道に漏出することにより湿性ラ音が生じ る.肺野の聴診では,この湿性ラ音の有無とその聴取範 囲が重要で,前述のⅢ音とともに
Killip
分類68)としてポ ンプ失調の重症度を評価する.3.鑑別診断
胸痛をきたす他の疾患との鑑別には,四肢血圧の差,
大動脈弁逆流性雑音(急性大動脈解離),心膜摩擦音(急 性心膜炎),左右肺野での呼吸音の比較(気胸),圧痛の 確認(腹壁・腹腔内臓器由来の症状)が重要である.急 性 大 動 脈 解 離で は解 離が冠 動 脈 入 口 部に ま で及び
STEMI
を合併することがある(Stanford A
型でこの合併 率は5%前後,特に右冠動脈入口部を巻き込むことが多 い).身体所見の特徴から疾患を推測することは重要で あるが,必ずしも診断を確定できないことに留意する.4.その他
右室梗塞を合併した急性下壁梗塞例では,頚静脈怒張,
肝腫大,下腿浮腫などの右心不全徴候を認める場合があ る.また,頸動脈や腹部大動脈や大腿動脈などの血管雑 音,貧血,腹部大動脈瘤などの有無から心臓カテーテル
表 3 Killip 分類:身体所見に基づいた重症度分類 クラスⅠ ポンプ失調なし 肺野にラ音なく,Ⅲ音を聴取しない
クラスⅡ 軽度〜中等度の心不全 全肺野の50%未満の範囲でラ音を聴取あるいはⅢ音を聴取する クラスⅢ 重症心不全,肺水腫 全肺野の50%以上の範囲でラ音を聴取する
クラスⅣ 心原性ショック 血圧90mmHg未満,尿量減少,チアノーゼ,冷たく湿った皮膚,意識障害を伴う
検査のアプローチを含む再灌流療法の妨げとなる所見が あるか否かを確認する.
3 心電図
クラスⅠ
1.胸部症状を訴える患者や他の症状でも
ACS
が疑わ れる患者に対する到着後10分以内の12誘導心電図 の記録(レベルC
)2.初回心電図で診断できない場合でも症状が持続し
ACS
が強く疑われる患者に対する5−10分ごとの 12誘導心電図の記録(レベルC
)3.急性下壁梗塞患者に対する12誘導と
V
4R
誘導の心 電図記録(レベルB
)本ガイドラインでは典型的な持続性
ST
上昇(2つ以 上の隣接した誘導での0.1mV以上のST
上昇)を呈する もの以外に,胸部症状を有する左脚ブロック,純後壁梗 塞もSTEMI
として扱う.
STEMI
の早期診断において,心電図は最も簡便で診断的価値の高い検査である69).しかし,心筋虚血の程度 が軽度な例や心筋虚血の範囲の狭い例の他,心筋梗塞の 既往があり発症前から異常心電図を呈する例などでは心 電図診断が困難なことも多く注意を要する70),71). 心筋逸脱酵素が未だ上昇していない心筋梗塞超急性期 においても,心電図では
T
波の先鋭・増高(hyperacute T
) を認め る こ と が多く,こ れ が診 断の鍵と な る.Hyperacute T
が出現する時期には,明らかなR
波の減高,ST
上昇および異常Q
波など典型的なSTEMI
の所見を認 めないことも多いが,これは心筋傷害が可逆性である可 能性を意味し,この時期の再灌流による心筋救済効果は 大きい72).初回心電図で心電図所見が乏しい場合でも,症状が持続し
ACS
が強く疑われる場合には5−10分ご とに繰り返し心電図を記録し診断する.急性下壁梗塞では右側胸部誘導(
V
4R
)も記録し右室 梗塞の合併の有無を診断する.V
4R
の1mm以上のST
上 昇は右室梗塞の診断に有用であり,この所見を認めた場 合にはニトログリセリンなど血管拡張薬の投与は顕著な 血圧低下を招くことがあり原則として投与を避ける.し かし,通常,右室梗塞に伴うST
上昇は早期に消失しや すく,右室虚血合併例の約半数で10時間以内に右側胸 部誘導のST
上昇が消失したと報告されている73). 心電図はSTEMI
の診断のみならず,梗塞責任血管や 閉塞部位,心筋傷害の程度や範囲など多くの情報が得ら れる.特にST
上昇の存在は再灌流療法施行を決定する 重要な所見であり,純後壁梗塞を除きST
上昇を認めない例での血栓溶解療法はむしろ有害とされている74),75). 純後壁梗塞では後壁の
ST
上昇の対側性変化としてV
1- V
4誘導でST
低下のみを認めることがあり,この場合背 側部誘導(V
7-V
9誘導)の記録が診断に有用である.心 筋梗塞症例の中でST
上昇を示す例は50%程度に過ぎ ず,約40%はST
低下,陰性T
波,脚ブロックなどの非 特異的な心電図異常を,残る10%は正常心電図を呈す るとされている76)−79).一方,ST
上昇は必ずしも心筋虚 血を反映しているとは限らず注意が必要である80).左室 肥大例ではしばしばV
1-V
3誘導でST
上昇,QS
パターン を認め前壁梗塞に類似することがある.他にST
上昇を 高率に認める疾患として急性心膜炎があげられるが,心 膜炎によるST
上昇は冠動脈の支配領域とは一致せず対 側性変化は認められない.aVR
誘導を除く誘導で広範 囲に上に凹型のST
上昇とPR
部の下降,aVR
誘導でST
低下とPR
部の上昇を認める.また,心室ペーシング例,WPW
症候群や脚ブロック合併例では2次性ST-T
変化の ため心電図診断は困難なことが多いが,左脚ブロック例 で も上 向きQRS
を示す誘 導で1mm以 上のST
上 昇,V
1-V
3誘導で1mm以上のST
低下,下向きQRS
を示す誘 導で5mm以上のST
上昇を認めた場合はSTEMI
の可能 性が高いとされる81).右脚ブロック例では,QRS
波形 がV
1誘導からV
3またはV
4誘導でqR
パターンでこの誘 導でのST
上昇は左前下行枝近位部病変を,また,QRS
波形がV
1誘導でrR
あるいはR
パターンの場合は左主幹 部病変を疑う所見である82).また,Yamaji
ら83)は,aVR
誘導のST
上昇度がV
1誘導のST
上昇度よりも高度な場 合に左主幹部病変が疑われることを報告している.4 臨床検査
クラスⅠ
1.患者到着後10分以内の血液生化学検査(レベル
C
)診断確定のために生化学的マーカーの結果を待つこと で再灌流療法が遅れてはならない.
STEMI
で,貧血や腎機能障害の存在,高度な白血球数増多や高血糖を認める例の予後は不良であることが報 告されている84)−88).
急性心筋梗塞の臨床診断において心筋壊死を示す生化 学マーカーの一過性上昇を認めることは必須であり,こ れに加え虚血の存在を示唆する遷延する胸痛や心電図所 見のいずれかの存在が必要となる.しかし発症早期には 心筋傷害の生化学的マーカーは未だ上昇していないこと も多く,早期再灌流の重要性から症状と心電図所見を中 心に診断,治療を進めていく.
虚血により心筋壊死に至る過程では,まず心筋細胞膜 が障害され,細胞質可溶性分画マーカー(クレアチンキ ナーゼ:
CK
,クレアチンキナーゼMB
:CK-MB
,ミオ グロビン,心臓型脂肪酸結合蛋白:H-FABP
)が循環血 中に遊出する.さらに虚血が高度で長時間に及ぶと筋原 線維が分解され,心筋筋原線維の構造蛋白である心筋ト ロポニンT
,I
,ミオシン軽鎖が流出する.心筋トロポ ニンT
は一部(約6%)が細胞質に可溶性分画として存在し,
STEMI
では虚血早期の細胞質からの遊出(発症12〜18時間後の第1ピーク)と筋原繊維壊死(発症90
〜120時間後の第2ピーク)の2峰性の遊出動態を示し,
1峰性の遊出動態を示す心筋トロポニン
I
とは異なる89).CK
は最も一般的な心筋壊死のマーカーであり90),91), 現在でも広く心筋梗塞の診断,予後の予測に用いられて いる92).STEMI
では発症後3〜8時間で上昇し,10〜 24時間で最大となり,3〜6日後に正常化する.血中CK
の最高値は心筋壊死量を反映するが,早期再灌流療 法施行例ではピーク到達時間が早くなり最高値も高くな る.CK
は健常人でも検出され心筋特異性が低いのに対 し,心筋トロポニンは心筋特異性が高く,健常人で上昇 することはない(基準値<0.01ng/ml).心筋トロポニン の上昇は健常人の99%値を越える場合と定義され,CK
が上昇しない程度の微小心筋傷害も確実に検出される.しかしながら,このマーカーは発症早期には上昇してい ないことが多く93),超急性期の診断には有用性が低い.
しかし,確定診断に有用であり,
ESC/ACC
ガイドライ ン2000では急性心筋梗塞の最終診断は心筋トロポニン の上昇と定義した94).また,主に非ST
上昇型ACS
での 診断やリスク層別において臨床的有用性が高い95)−99). しかし,心筋トロポニンは心不全,心筋炎,急性肺血栓 塞栓症など虚血以外の原因による心筋傷害でも上昇する ことに注意が必要である.H-FABP
は,心筋細胞質に比 較的豊富に存在する低分子可溶性蛋白であり,低分子であるために軽度の心筋傷害のレベルで循環血中に逸脱し やすく,ミオグロビンと同様に鋭敏な遊出動態を示す.
H-FABP
全血迅速診断法は心筋トロポニンT
全血迅速診 断法では診断できない発症2時間以内の超急性期の急性 心筋梗塞の診断が可能となるが,心筋特異性が低く,大 動脈解離,骨格筋障害,腎機能障害例などでも陽性とな ること報告されている100).(表4)101)5 画像診断
胸部
X
線写真 クラスⅠ1.重症度の評価(レベル
C
)2.急性大動脈解離や他の肺・胸膜疾患,縦隔疾患との 鑑別診断(レベル
C
)胸部
X
線写真は鑑別診断と重症度評価の上で重要な 検査である.心陰影の拡大,肺うっ血,肺水腫,胸水の 有無を客観的に評価できる.胸部X
線写真のみで胸痛の 鑑別が可能となる疾患は限られているが,肋骨疾患,気 道疾患,肺・胸膜疾患,縦隔疾患,心臓および心膜疾患,肺・体血管疾患の形態的診断には有用である.緊急に診 断治療が必要となる急性大動脈解離と急性肺血栓塞栓症 では,胸部
X
線写真で上縦隔陰影の拡大,二重陰影,大 動脈壁内膜石灰化の偏位を認める場合には前者を,肺動 脈の途切れ,遮断,区域性乏血が認められた場合には後 者を疑い検査を進めるが,このような所見は必ずしも見 られないことに注意する.また,留意点として,仰臥位 の正面胸部X
線像は立位正面胸部X
線像と異なること があげられる.心エコー法 クラスⅠ
1.標準的診断法で確定できないが急性心筋梗塞が疑わ
表 4 発症からの経過時間別に見た各心筋傷害マーカーの診断精度
<2h 2〜4h 4〜6h 6〜12h 12〜24h 24〜72h >72h
ミオグロビン* ○ ○ ○ ○ ○ △ ×
心臓型脂肪酸結合蛋白(H-FABP)* ○ ○ ○ ○ ○ △ ×
心筋トロポニン* × △ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
CK-MB × △ ◎ ◎ ◎ △ ×
CK × △ ○ ○ ○ △ ×
ミオシン軽鎖 × △ ○ ○ ○ ○ ○
◎ 感度,特異度ともに高く診断に有用である
○ 感度は高いが,特異度に限界がある
△ 感度,特異度ともに限界がある
× 診断に有用でない
* 全血迅速診断が可能である