はじめに
ア レ ル ギ ー 性 気 管 支 肺 ア ス ペ ル ギ ル ス 症(allergic bronchopulmonary aspergillosis,ABPA)は,1952 年 に Hinson ら1)によってはじめて報告された疾患である.
アスペルギルスが,気管支喘息や
"
胞線維症などの呼吸 器に基礎疾患をもつ患者の気管支に持続的に腐生して発 症する.今回,我々は引越しを契機に発症したと思われるアレ ルギー性気管支肺アスペルギルス症の 1 例を経験したの で,報告する.
症 例
症例:22 歳,女性.
主訴:気管支喘息の治療を求めて.
既往歴:2 歳からアトピー性皮膚炎.4 歳から気管支 喘息.
家族歴:特記すべきことなし.
職業歴:大学卒業後無職.
生活歴:喫煙歴なし.飲酒歴なし.
現病歴:1984 年(4 歳時)から気管支喘息の加療を近
医(東京都)にて受けていた.最近の治療内容は,吸入 ステロイド薬フルチカゾン・プロピオネート(フルタイ ド!)400
µ
g!
日,経口抗ヒスタミン薬オキサトミド(セ ルテクト!)60 mg!
日,徐放性テオフィリン薬(テオロ ング!)400 mg!日,塩酸プロカテロール(メプチンミ ニ!)50µ
g!
日,塩酸アンブロキソール(ムコソルバン!) 30 mg!
日,吸入塩酸プロカテロール(メプチンエアー!) 発作時頓用,であった.2003 年 3 月に富山県へ引越すことになり,3 月は埃を 吸い込んだりしながら荷物の整理に追われていたら,毎 日,軽い気管支喘息の発作が生じるようになった.3 月 末に引越しが終了し,4 月中旬頃には気管支喘息の発作 は消失していた.
4 月下旬に,吸入薬・内服薬が無くなるため,気管支 喘息の治療を求め,当科を平成 15 年 4 月 23 日に初診.
胸部レントゲン写真上異常影を指摘され,当科入院と なった.
入院時身体所見:身長 148 cm,体重 54 Kg,血圧 114
!
64 mmHg,脈拍 60!
分・整,呼吸数 14 回!
分,体温 36.5℃,結膜には貧血・黄疸はなし,表在リンパ節は触知せず,
心音は整で雑音を聴取せず.呼吸音はラ音を聴取せず.
腹部は異常なし,浮腫なし,バチ状指なし,チアノーゼ なし.
入院時の検査所見を Table に示す.白血球 9,600
!
mm3 のうち好酸球 36.0% と著増を認め,LDH は,396 IU!
L と高値を示したが,CRP は,0.0 mg!
dl であった.また,要旨:症例は,22 歳の女性で 18 年間の気管支喘息の治療歴があり,吸入ステロイド等にて治療を受けてい た.2003 年 3 月に引越し,当科に転院したが,その初診の際胸部レントゲン写真上右上肺野の外側に浸潤 影が認められた.気管支鏡にて右 B2入口部に白色粘液栓が認められ,吸引痰の培養にて
Aspergillus fumi- gatus
が検出されたが,経気管支生検検体の組織像では好酸球性肺炎の所見のみでAspergillus fumigatus
は認めなかった.アレルギー性気管支肺アスペルギルス症と診断し,プレドニゾロン 40 mg!
日を開始した 結果,胸部レントゲン写真上の浸潤影は,速やかに改善し 2 週間でほぼ消失した.本症例は,引越しを契 機にアスペルギルスに感染し,アレルギー性気管支肺アスペルギルス症を発症したと考えられ,大量の埃を 吸い込む作業をする際,防塵マスクをつけるなどの予防策を指導することが重要と思われた.キーワード:アレルギー性気管支肺アスペルギルス症,引越し Allergic bronchopulmonary aspergillosis,Move house
●症 例
引越しを契機に発症したと思われるアレルギー性 気管支肺アスペルギルス症の 1 例
谷口 浩和
1)阿保 斉
2)宮沢 秀樹
3)能登 啓文
3)泉 三郎
1)〒930―8550 富山県富山市西長江 2―2―78
1)富山県立中央病院内科
2)同 放射線科
3)同 呼吸器外科
(受付日平成 16 年 7 月 27 日)
日呼吸会誌 43(2),2005.
108 日呼吸会誌 43(2),2005.
Table Laboratory data on admission
BUN 14 mg/dl
Urinalysis
Cre 0.5 mg/dl
protein (−)
suger (−)
Serology
casts (−)
CRP 0.0 mg/dl
Hematology
Total IgE 1,500 U/ml WBC 9,600 /mm3
Seg 43.0 %
Pulmonary Function Test
Eos 36.0 %
VC 2.93 L
Baso 0.0 %
%VC 96.1 %
Lymph 18.0 %
FVC 2.87 L
Mono 3.0 %
%FVC 94.1 %
Mye 0.0 %
FEV1 2.10 L
RBC 503 × 104 /mm3
%FEV1 81.1 %
Hb 13.5 g/dl
FEV1% 73.1 %
Ht 41.4 %
Plt 35.6 × 104 /mm3
CAP RAST
ESR 13 mm/h
Aspergillus 29.7 UA/ml Biochemistry
Dermatophagoides pteronyssinus
TP 7.3 g/dl
> 100 UA/ml
Alb 3.95 g/dl
Dermatophagoides farinae
LDH 396 IU/l
> 100 UA/ml
AST 34 IU/l
House dust > 100 UA/ml
ALT 22 IU/l
ALP 287 IU/l
アスペルギルスの特異的 IgE は,29.7 UA
!
ml(クラス 4)で,ハウスダスト,ヤケヒョウヒダニ,コナヒョウヒダ ニも陽性であった.
入院時の胸部レントゲン写真(Fig. 1)では,右上肺 野の外側に浸潤影が認められた.胸部 CT 写真(Fig. 2)
では,右肺 S1,2に胸膜側優位に濃厚な斑状影,均等影,
癒合影を認めた.
入院後経過:入院当初,血液検査所見にて炎症所見を 認めず,胸部レントゲン・CT 所見より考えて,好酸球 性肺炎もしくは,アレルギー性気管支肺アスペルギルス 症,もしくは肺結核の可能性を考えた.診断のため,2003 年 5 月 14 日に気管支鏡を施行した結果,右 B2入口部に 白色粘液栓が認められ(Fig. 3),右 B2b より得られた浸 潤影部の経気管支生検の組織所見(Fig. 4)では,胞隔 の肥厚と好酸球の中等度の浸潤の所見が認められたが,
Aspergillus fumigatus
は認めなかった.気管支鏡吸引痰 Fig. 1 Chest radiograph on admission showed the rightupper lung field infiltrate.
Fig. 2 Chest CT scan on admission showed the right upper lobe infiltrate.
109 引越しを契機に発症した ABPA
の培養では,Aspergillus fumigatusが検出された.以上 の結果より,アレルギー性気管支肺アスペルギルス症と 診断した.
治療として,5 月 19 日より,プレドニゾロン 40 mg
!
日を開始した結果,胸部レントゲン写真上の浸潤影は,速やかに縮小し 2 週間でほぼ消失した.プレドニゾロン は徐々に減量していき,退院とした.以後,外来にてプ レドニゾロンの減量を続けて中止,フルチカゾン・プロ ピオネート(フルタイド()800
µ
g!
日のみの投与にて再 増悪無く,症状安定している.考 察
アレルギー性気管支肺アスペルギルス症は,アスペル ギルスが I 型,III 型のアレルギー反応の抗原として働 き発症すると考えられている2).原因となる菌は,殆ど が
Aspergillus fumigatus
であるが,A. niger,A. oryzae
に よる報告もある.また,アスペルギルス属以外の真菌に よる同様の疾患も報告されており,アレルギー性気管支 肺真菌症3)(allergic bronchopulmonary mycosis,aller- gic bronchopulmonary fungal disease4))という名称が使 われている.アレルギー性気管支肺アスペルギルス症の診断に際し ては,Rosenberg の診断基準5)が用いられることが多い.
!
気管支喘息,"
末梢血好酸球増多,#
アスペルギルス 抗原に対する即時型皮膚反応陽性(特異的 IgE の証明),$
アスペルギルス抗原に対する沈降抗体反応陽性(特異 的 IgG の証明),%
血清中 IgE 高値,&
肺浸潤影の既往,'中枢性気管支拡張症,の条件のうち,!から&までを
満たせば疑い濃厚例,!
から'
を満たせば確実とされて いる.本症例は,$
は検査しなかったが,!"#%&
を 満たし,気管支内粘液栓の存在,気管支鏡吸引痰からAs-
pergillus fumigatus
が培養されたこと,浸潤影の経気管支生検検体の組織像では
Aspergillus fumigatus
は認めな かったことなどから,アレルギー性気管支肺アスペルギ ルス症と診断してよいと思われた.アレルギー性気管支肺アスペルギルス症もしくは肺真 菌症の病理像については,蛇沢ら6)は,著しい好酸球を 伴う硬い気管支内粘液栓子と,それによる限局性の気管 支拡張が認められ,その末梢領域には,気管支中心性肉 芽腫症,黄色肉芽腫様病変,好酸球性肺炎,器質化肺炎 が認められる,と報告している.この報告では,アレル ギー性気管支肺アスペルギルス症もしくは肺真菌症の診 断において気管支内粘液栓子の存在が有用であるとされ ており,末梢領域の変化は二次性の変化であると考えら れている.本症例のように気管支鏡による観察を行い気 管支内粘液栓子を証明することは,本疾患の診断上非常 に有用であると考えられる.
アレルギー性気管支肺アスペルギルス症の治療は,急 性期には全身的ステロイド投与が行われる.本症例も,
良好な効果が得られた.但し,ステロイド薬では一時的 な改善が得られても,その後アスペルギルスが増殖し再 燃してしまう可能性があり,ステロイド投与がアスペル ギルス感染を助長し て し ま う 可 能 性 も 報 告 さ れ て お り7)8),慎重な経過観察が必要であると思われた.また,
アレルギー性気管支肺アスペルギルス症に対して抗真菌 薬であるイトラコナゾールの有効性も報告されており,
再燃時などには投与の検討も必要かと思われた9). 本症例が興味深いのは,引越しを契機にアレルギー性 気管支肺アスペルギルス症を発症したことである.アス ペルギルス属は,広く生活環境に存在しており,引越の 際に室内の埃を吸い込み,埃内のアスペルギルスに感染 した可能性が強く考えられる.感染には,気管支喘息治 療中であり吸入ステロイド投与中であったことも一因に Fig. 3 Bronchofiberscopy finding showed a mucoid im-
paction at right B2.
Fig. 4 Histopathologic findings from transbronchial bi- opsy revealed eosinophilic pneumonitis.
110 日呼吸会誌 43(2),2005.
なった可能性も完全に否定できないと思われる.気管支 喘息患者においては,引越しや大掃除のときなど,大量 の埃を吸い込む作業をする際,防塵マスクをつけるなど の予防策を指導することが重要と思われた.
謝辞:本症例に対し,富山県立中央病院内科,守護晴彦先 生,今西信悟先生,臨床病理科,内山明央先生,三輪淳夫先 生に多大な御協力をいただきました.誌上にて深謝いたしま す.
文 献
1)Hinson KFW, Moon AJ, Plummer NS : Bronchopul- monary aspergillosis. a review and a report of eight new cases. Thorax 1952 ; 7 : 317―334.
2)長 谷 川 眞 紀:成 人 気 管 支 喘 息 と 真 菌 症.ア レ ル ギー・免疫 2003 ; 10 : 14―20.
3)木野稔也,山田安民,本 田 和 徳,他:Mucor 類 似 の真菌によるアレルギー性気管支肺真菌症の 1 例と その診断および治療.日胸疾会誌 1983 ; 21 : 896―
903.
4)Glancy JJ, Elder JL, McAleer R : Allergic broncho-
pulmonary fungal disease without clinical asthma.
Thorax 1981 ; 36 : 345―349.
5)Rosenberg M, Patterson R, Mintzer R, et al : Clinical and immunologic criteria for the diagnosis of aller- gic bronchopulmonary aspergillosis. Ann Int Med 1977 ; 86 : 405―414.
6)蛇沢 晶,田村厚久,倉島篤行,他:手術例から見
たアレルギー性気管支肺アスペルギルス症・真菌症 の病理形態学的研究.日呼吸会誌 1998 ; 36 : 330―
337.
7)Rafferty P, Biggs BA, Crompton GK, et al : What happens to patients with pulmonary aspergilloma?
Analysis of 23 cases. Thorax 1983 ; 38 : 579―583.
8)Riley DJ, Mackenzie JW, Uhlman WE, et al : Allergic bronchopulmonary aspergillosis : evidence of lim- ited tissue invasion. Am Rev Respir Dis 1975 ; 111 : 232―236.
9)Stevens DA, Schwartz HJ, Lee JY : A randomized trial of itraconazole in allergic bronchopulmonary aspergillosis. N Engl J Med 2000 ; 342 : 756―762.
Abstract
A case of allergic bronchopulmonary aspergillosis triggered by moving house
Hirokazu Taniguchi
1), Hitoshi Abo
2), Hideki Miyazawa
3), Hirofumi Noto
3)and Saburo Izumi
1)Department of Internal Medicine1), Radiology2), Thoracic Surgery3), Toyama Prefectural Central Hospital
A 22-year-old woman has been treated with inhaled corticosteroid for bronchial asthma. Her family moved house to Toyama prefecture in March 2003, and she was enrolled in our hospital. Her chest radiograph on first medical examination showed the right upper lobe infiltration. Bronchoscopy revealed a mucoid impaction at right B2, and
Aspergillus fumigatus
was cultured from suctioning of pulmonary secretions. Histopathologic findings from transbronchial biopsy revealed eosinophilic pneumonitis but notAspergillus fumigatus. She was diagnosed allergic
bronchopulmonary aspergillosis, and she was started on prednisolone 40 mg!
day. The finding of her chest radio- graph improved in two weeks. This case suggested that allergic bronchopulmonary aspergillosis was triggered by moving house with exposure ofAspergillus fumigatus. We should give guidance to asthmatics to wear a dust respi-
rator at work in dust-laden environment.111 引越しを契機に発症した ABPA