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台湾・大屯火山群の酸性温泉の地球化学的特徴と起源

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(1)

温泉科学(J. Hot Spring Sci.),62,282-293(2013)

原   著

台湾・大屯火山群の酸性温泉の地球化学的特徴と起源

大沢信二

1)

*,李曉芬

2)

,梁碧清

2)

,小森省吾

2)

,陳中華

2)

,鍵山恒臣

3)

(平成 25 年 1 月 9 日受付,平成 25 年 2 月 6 日受理)

Geochemical Characteristics and Origins of Acid Hot Spring Waters in Tatun Volcanic Group, Taiwan

Shinji O

hsawa1)*

, Hsiao-Fen L

ee2)

, Biqing L

iang2)

, Shogo K

omori2)

, Chang-Hwa C

hen2)

and Tsuneomi K

agiyama3)

Abstract

    Isotopic and chemical analyses were performed on water samples collected from some hot springs in Tatun Volcanic Group, Taiwan. The isotopic compositions (δD and δ18O) of the hot spring water samples show that they are practically of meteoric origin though some are influenced by evaporation of water, whereas it is recognized that volcanic gas from andesitic magma will contribute to the hot spring water of Beitou Thermal Valley. The acidic hot spring water samples can be divided into two groups judging from relationship between δ34S of SO4 and Cl/SO4 ratio. One group is characterized by high δ34S, Cl concentra- tion and Cl/SO4 ratio and the other group is distinguished by relatively low δ34S, Cl concent- ration and Cl/SO4 ratio. The former is originated from magmatic hydrothermal fluid, and the latter is of secondary source from the steam-heated thermal water of acidic-SO4 type derived from the magmatic hydrothermal fluid. The geographical distribution of Cl/SO4

ratio of acidic hot spring waters was derived from existing chemical data set and the map indicates that there will be more than one outflow areas of the magmatic hydrothermal fluid of acidic-Cl-SO4 type around Beitou hot spring, on the east side of Mt. Cising, and also to the east of Mt. Shamao. This view is in agreement with a diagnosis from conductivity distribu- tion of the surface layer in this region by VLF-MT survey.

Key words : Taiwan, Tatun Volcanic Group, Hot spring, Geochemistry, Sulfur isotope, Cl/SO4 ratio

1)京都大学大学院理学研究科附属地球熱学研究施設 〒874-0903 大分県別府市野口原.1)Beppu Geother- mal Research Laboratory, Institute for Geothermal Sciences, Graduate School of Science, Kyoto University, Noguchibaru, Beppu, Oita, 874-0903, Japan.  *Corresponding author:E-mail ohsawa@bep.

vgs.kyoto-u.ac.jp, TEL 0977-22-0713, FAX 0977-22-0965.

2)台湾中央研究院地球科学研究所 中華民国台北市南港區研究院路二段 128 號.2)Institute of Earth Sci- ences, Academia Sinica, 128, Sec. 2, Academia Road, Nangang, Taipei 11529, Taiwan.

3)京都大学大学院理学研究科附属地球熱学研究施設・火山研究センター 〒869-1404 熊本県阿蘇郡南阿

蘇村河陽 5280.3)Aso Volcanological Laboratory, Institute for Geothermal Sciences, Graduate School of Science, Kyoto University, Kawayo 5280, Minami-Aso, Aso, Kumamoto 869-1404, Japan.

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要    旨

 台湾・大屯火山群の代表的な温泉から温泉水を採取し,化学・同位体分析を行った.水の安 定同位体組成(δD・δ18O)から,温泉水は,水の蒸発の効果を受けたものがあるものの,概ね 天水起源であることが示されたが,北投地熱谷の温泉水には安山岩質マグマからの火山ガスの 寄与が認められた.酸性の温泉には,SO4 の硫黄同位体比(δ34S),塩化物イオン濃度,Cl/SO4

比がともに高いものと,逆にδ34S, 塩化物イオン濃度,Cl/SO4 比がともに低いものの少なくと も 2 種類の温泉水が存在し,前者はマグマ性熱水流体に由来し,後者はそれから 2 次的に生じ た acidic-SO4 型水質の蒸気加熱型熱水からもたらされていることが示された.既存の化学分析 値を用いた大屯火山群の全酸性温泉の Cl/SO4 比の地理的分布から,マグマ性熱水流体に由来 する acidic-Cl-SO4 型熱水の流出が北投温泉,七星山周辺から東側のエリアならびに紗帽山の東 方にあることが示唆された.この見解は,VLF-MT による表層の電気伝導度分布からの見立 てと概ね一致している.

キーワード:台湾,大屯火山群,温泉,地球化学,硫黄同位体,Cl/SO4

1.

 は

 九州とほぼ同じ面積である台湾には国土全域に普く温泉が分布するが,九州と異なり火山性の温 泉はごく限られた地域にしか存在しない.本島北端部に位置する大屯火山群がその代表格であり,

金山断層と呼ばれる東北―南西性の断層に沿った幅 3 km, 延長 18 km の狭長な地帯内に北投,陽明 山,竹子湖,馬槽,金山など 30 余ヶ所の温泉が密集し,台湾では単位面積当たりの温泉数が最大 の地域でもある(岸本,1989).その中にあって特に著名な温泉は,北投,陽明山,金山の 3 温泉 地であり,北投温泉は北投石や放射能の関係で台湾外の研究者にとっても認知度が高く,科学的に よく研究されていることは言わずと知れたことである.ところが,日本国内でそれらの温泉の自然 科学的資料を入手しようとすると意外に容易ではなく,実際に現地で調査研究を行った邦人研究者 からの情報(例えば,佐藤,2006)によってもたらされていることに気づかされる.しかし,近年 のインターネットの普及によって,簡単には手に入れることができなかった文献が研究室からでも 閲覧できるようになった(Ezoe et al., 2002 ; Lin et al., 2003 ; Chen et al., 2005 ; Tomita et al., 2006 ; Chen and Sung, 2009 ; Liu et al., 2011).

 そのような研究環境の向上に加えて,さらに幸運なことに,台湾(中央研究院)と日本(京都大 学)が連携して行ったワークショップ(Taiwan-Japan Joint Workshop on Tatun-Kyushu Volcanic Activity, March 19-20, 2012, Jiengshan Nature Center, Yangmingshan National Park, Taipei, Taiwan)の機会に,短時間ではあったが,台湾の研究者と共同して大屯火山群の温泉の調査を行 うことができ,我々(日本人)の現地温泉についての理解が飛躍的に向上した.そこで,本研究で は,現地調査研究の結果を提示するとともに,そこで得た新たな知見に基づいて行った既存化学分 析データの解析結果を報告する.

2.

 研究地域の概要と研究方法

2.1 大屯火山群の地球科学

 台湾北部に位置する大屯火山群(Fig. 1)は,台北市郊外の陽明山国家公園内にあり,現在は風景 区・温泉として観光開発が進められている.この火山群は,北側の金山断層と南側の嵌脚断層(い ずれも南東傾斜,上盤上がりの逆断層)に挟まれた領域の内部および周辺に生成された 20 以上の 火山からなる.火山周辺では活発な噴気孔活動が見られ,最も規模の大きなものの一つとして七星

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大沢信二,李曉芬,梁碧清,小森省吾,陳中華,鍵山恒臣 温泉科学

火山麓の小油坑が挙げられる.この火山群での活発な火山活動は 30 万年前頃まで続いたが,その 後の活動度は低調な状態が続いている(Wang and Chen, 1990).一方で,この地域には優勢な地熱 活動があって噴気ガスにはマグマに由来する成分も含まれていることが報告されており(Lee et al., 2008 ; Ohba et al., 2010),1 万 8 千年前(Chen and Lin, 2002)および 6 千年前(Belousov et al., 2010)の噴出物が見つかるなど,依然この地域のマグマ活動は衰えていないと考えられている.ま た,そのような情報を受けて,地震観測や電磁気観測の地球物理学的な観測研究が近年になって本 格化しており(Konstantinou et al., 2007),大屯火山に対するモニタリングと研究の強化のために 現地(菁山自然センター内)に大屯火山観測ステーション(Taiwan Volcano Observatory at Tatun, http : //tec.earth.sinica.edu.tw/volcano/)が設立されている.

 次に,Weng(1985),北見(1990),須藤(2008)を参考にして,当地域の地熱開発に関する情 報を略記する.先述のように,大屯火山群には活発な地熱兆候地があるため,1965 年に地熱資源 探査が開始され,合計 81 本の試錐が掘削された(最も深いものは 1,510 m であるとされている).

その結果,地熱地帯は金山,嵌脚の 2 つの断層に挟まれて分布し,地熱地帯の中央部にはグラーベ ンのような構造があり,基盤の深さは 2,000 m であることが知られた.そして,火山岩の下の砂岩 層内に地熱流体があり,その発電ポテンシャルは 500 MW にも上ることが判明した.坑井調査で 得られた最高温度は 293℃であったが,地熱流体の pH が 2 と強酸性であったため,当時はそのよ Fig. 1  Map showing study area, locations of the observed hot springs with some typical volcanoes 

and faults, and geothermal manifestations.

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うな流体を利用する方法が見つからず,大屯地区での地熱開発は断念されたという経緯がある.ま た,この地域が国家公園に指定され,環境保護が問題にされたことも,地熱開発がそれ以上進まな かったことに関係していると言われている.

2.2 大屯火山群温泉の化学的特徴

 大屯火山群は地熱活動が活発な火山地域であるため,冒頭でも述べたように,温泉が多数存在し,

北投から金山にかけて北東-南西に多くの温泉が並んでいる(Fig. 1).ここでは,詳細な調査結果 が記載されている陳(2005)の研究レポートのデータに基づき,大屯火山群温泉の化学的特徴を述 べる.

 Figure 2 は,温泉水の pH のヒストグラムである.pH 2 辺りと pH 6 辺りに 2 つのピークを持つ バイモーダルな分布をしており,日本の温泉にも見られる分布特性(浅森ら,2002)と一見同じよ うに思えるが,酸性の温泉が半数以上(60%)を占めることがそれと大きく異なる.この点は非常 に重要であると考えられ,酸性温泉が付随的に生成したものではないことを示唆していると思われ る.

 Figure 3A は,化学平衡状態や水質の成熟度を推測するダイアグラムである.酸性温泉水(pH 4.0 未満とした)が未成熟な領域にプロットされることはしごく当然として,中性温泉水(pH 5.0 以 上とした)は完全平衡のみならず部分平衡状態にすらなく,未成熟で希薄な水であることは注目に 値する.これは当地域の地下に高温の Na-Cl 型熱水の存在がないことを指し示していて,かつての 坑井調査でもそのタイプの高温深部熱水が見いだされなかったこと(Weng, 1985;須藤,2008)に 対応するものと思われる.それが事実であるとすれば,酸性温泉が初生的なものであり,中性温泉 水はそれの岩石による中和反応によって出来たという可能性も出てくるが,そのためには,なぜ中 間的な pH の温泉水がないのか?といった細かな点にひとつひとつ答えていく必要があろう.しか しながら,酸性温泉が研究の鍵となる重要な温泉であることにたぶん間違いはないと考える.

 Figure 3B は主要陰イオン組成を表したものであり,言うまでもなく,pH 4.0 未満の酸性温泉水 には HCO3 が存在しないので,Cl-SO4 辺に沿ってプロットされている.それ以上に,ここで目に

Fig. 2  Histogram of pH of the hot spring water samples in Tatun  Volcanic Group, prepared by using data in Chen (2005).

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大沢信二,李曉芬,梁碧清,小森省吾,陳中華,鍵山恒臣 温泉科学

つくのは,塩化物イオンを相当に含む Cl/SO4 比の高い acidic-Cl-SO4 型水質のものが無視できない 数存在することであり,これは北投石を産出する温泉の特徴として認識されている性質に当る(大 沢ら,1988;佐藤,2006).そして,このことは,前出の酸性温泉が多いことに引けを取らない大 屯火山群の温泉の特質であると考える.

2.3 試料の採取と化学・同位体分析

 2012 年 3 月 20 日に,Fig. 1 に示す 5 つの源泉,北投地熱谷(BT),湖山(HS),馬槽(MT),七 股(CG),八煙(BY)の現地調査を行った.その際,流出温泉水の温度と pH を現地で測定し,

化学・同位体分析用の温泉水を採取した.また,参照水試料として,八煙(BY)上流の小川の清 水(BYSU)を採取した.

 試料水の化学分析では,主要成分(Na, K, Mg, Ca, Cl, SO4, HCO3, SiO2)の他,酸性温泉水に ついてはΣFe と Al の定量値を得た.Na, K, Mg, Ca, ΣFe, Al, SiO2 は ICP 発光分光分析法で,Cl と SO4 はイオンクロマトグラフィーで行った(いずれも,ニュージーランド GNS Science Limited の Wairakei Analytical Laboratory において The American Public Health Administration(APHA)

Volume on standard methods of water analysis 22nd Edition(2012)に準拠して実施).HCO3 は 4.3 アルカリ度法で分析した.

 試料水の水の酸素同位体比(δ18O)を Aquaprep device を用いた 25℃における二酸化炭素平衡法 により,水の水素同位体比(δD)は Eurovector Chrome HD elemental analyser を用いた 1100℃

における還元法により,ニュージーランド GNS Science Limited の Stable Isotope Laboratory に 設置の Isoprime 社製の安定同位体質量分析計によって行った.また,BaSO4 とした試料水の SO4 をすずカプセル中で V2O5 によって加熱・還元し,生成した SO2 を同じく Stable Isotope Laboratory 保有の GVI IsoPrime 社製の質量分析計に導入して硫黄同位体比(δ34S)を測定した.測定精度は,

δD とδ18O のそれぞれについて±2.0‰,±0.2‰,δ34S は±0.5‰である.

Fig. 3  Relative Na, K and Mg contents (A), and relative Cl, SO4 and HCO3 contents (B) of hot  spring water samples in Tatun Volcanic Group, with the use of chemical data in Chen (2005).  

Thick crosses are data points of the observed hot springs in this study.

(6)

3.

 結果と議論

 現地調査において採取した温泉水の化学・同位体分析の結果を Table 1 に 示 し, 陳(2005) の デ ー タ〔 試 料 数:47〕 を 使 っ て 作 成 し た Fig. 3A, Fig. 3B にそれらのデータを重ね書きした.試料数は少ないが〔温 泉水:5,地表水:1〕,大屯火山群の温泉全体をうかがえる代表的な試料 採取であったことが示されていると考える.

3.1 水の同位体組成

 温泉水の水の同位体組成(δD vs. δ18O)を地表水のそれとともに Fig. 4 に示す.同図には Liu et al.(2011)に掲載されている当地域の天水線を表 したが,今回採取した八煙(BY)付近の地表水はほぼこの線の上に乗っ ており,湖山(HS),七股(CG),八煙(BY)の各温泉水も概ねこの天 水線に沿って分布し,降水を起源としていることがわかる.

 これとは対照的に,北投地熱谷(BT)の温泉水は天水線から大きく外れ,

安山岩質マグマからの火山ガス(Volcanic gas from andesitic magma)

へ向けてシフトし,マグマ性熱水流体の混入を受けていることを示唆して いる.天水起源地下水の領域から右上へ大きく外れる馬槽(MT)は,湧 出量の少ないホットプールから採取した温泉水であり,蒸気加熱型の酸性 温泉水で普通に見られる水の蒸発の効果で説明できる.

3.2 硫酸イオンの硫黄同位体比とCl/SO4比の関係

 酸性温泉の SO4 について得た硫黄同位体比(δ34S)の測定値は,+2.1‰

から+25.7‰までの間の広い範囲にわたった値を示したが(Table 1),

Fig. 5 に表されるように,Cl/SO4 比の大きい温泉水が高いδ34S 値を持つ傾 向にある.また,同様な関係はδ34S 値と Cl 濃度の間にも成立している.

データ数が少ないので,両者に線型的な関係があるのか無いのかまでは言 及できないが,少なくともδ34S 値の+10‰前後を境にして酸性温泉水の分 類はできそうである.

 Rye(2005)などを参考にすれば,δ34S 値の高い SO4 はマグマ性の熱水流 体を特徴づけ,熱水に溶けた SO2(H2SO3)の自己酸化還元反応によって生 じ(3H2SO3→2H2SO4+S+H2O あるいは 4H2SO3 →3H2SO4+H2S),その一 方で,δ34S 値の低い SO4 は蒸気加熱型の熱水に表れ,H2S の酸化によって 生じるとされている(Fig. 5 内に併記).この考えを今回のデータ関係に 適用すれば,δ34S 値が高い温泉水はマグマ性熱水流体からもたらされ,

δ34S 値が低い温泉水は蒸気加熱型熱水に由来すると言うことができる.後 者は H2S を含むものの SO2 や HCl を欠くため,Cl/SO4 比は小さくなり,

Cl 濃度も低く,水質は acidic-SO4 型となるが,前者は SO2 や HCl を含む 火山ガスが関与するため,Cl/SO4 比は大きくなり,Cl 濃度も高く,水質 は acidic-Cl-SO4 になると言うように化学的な特徴もシンプルに説明がで きて好都合である.なお,Liu et al.(2011)は,+0.8‰から+7.8‰の間の 値を取る SO4をもってマグマ起源硫黄の供給が支持されるとしているが,

Table 1  Geochemical data of observed hot springs

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大沢信二,李曉芬,梁碧清,小森省吾,陳中華,鍵山恒臣 温泉科学

Fig. 4  Plot of δD vs. δ18O of the collected hot spring and stream water samples in this study  area.  Meteoric water line of Tatun Volcanic Group is cited from Liu et al. (2011).  A range  shown as “Groundwater in study area” is estimated from data points BYSU, HS and CG.

Fig. 5  Relation between δ34S of SO4 and Cl/SO4 ratio with data of Cl concentration of the  acidic hot spring waters sampled in this study.  Explanations in the margin for δ34S value  ranges of SO4 in a typical volcanic hydrothermal environment are referred to Rye (2005).

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これは誤解であると考える.

3.3 Cl/SO4比の地理的分布

 前項(3.2)の議論のまとめの図解を Fig. 6 に著した.温泉水の Cl/SO4 比の大小が付近の地下に 潜む起源熱水の種類を示す指標のひとつであることが結論づけられたので,ここではその地理的分 布を検討してみることにする.Fig. 7A は,大屯火山観測センター(大屯火山観測站)のパンフレッ トから転載した地形図上に,pH 4.0 未満の温泉水の Cl/SO4 比の値を円の大きさで表してプロット したものである.Cl/SO4 比が 1 に近い酸性温泉がまとまって分布するエリアが複数存在すること が見て取れる.また,それらよりさらに大きな Cl/SO4 比を持つ酸性温泉が図の右上,金山付近に 存在するが,Liu et al.(2011)によれば水素・酸素安定同位体比から見て海水の混入が認められる ことから,acidic-SO4 型熱水と海水が混合することによってその様な高い Cl/SO4 比が生じていると 考えられる.

 Figure 7B は,Fig. 7A の Cl/SO4 比の分布図を等値線表示したものである(作図には日本ポラデ ジタル(株)の DeltaGraph を使用).化学成分に関するコンター図(等値線図)は,地下水溶存成 分濃度や土壌水銀濃度などに対して用いられ,データ取得地点の地下における水やガス(土壌空隙)

が水平方向に連続している,あるいは,それらの諸性質が連続的に変化していくことが作成の前提 条件となる.本地域では地下の温泉水が側方流動している確固たる証拠がないので,このコンター 図(Fig. 7B)は結果的に適切な表現方法ではないかもしれないが,少なくともどの辺りに Cl/SO4 比の高い酸性温泉が存在するかを視覚的にとらえやすくするという目的には使えるであろう.Fig.

7B 中の黒丸が温泉の位置を表すが,(1)北投温泉と(2)七星山周辺から東側,それらに加えて(3)

紗帽山の東方に Cl/SO4 比の高いエリアが見え(高いエリアが赤く,低いエリアが青くなるように

Fig. 6  A conceptual model of formation mechanism of acidic hot spring  waters in Tatun Volcanic Group from an examination of the relation  between δ34S of SO4 and Cl/SO4 ratio.

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大沢信二,李曉芬,梁碧清,小森省吾,陳中華,鍵山恒臣 温泉科学

Fig. 7  Geographical  distribution  (A)  and  a  contour  map  (B)  of  Cl/SO4  ratio  of  acidic  hot  spring  waters in Tatun Volcanic Group through the use of data reported by Chen (2005).  The original  map of (A) is cited from the leaflet of Taiwan Volcano Observatory at Tatun.  Hot springs showing  relatively large Cl/SO4 ratios distributed near the coast in the northeast of Tatun Volcanic Group,  shown at the upper right of (A), may be influenced by seawater. For detail, see text.

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作図条件を設定した),この辺りに acidic-Cl-SO4 型水質のマグマ性熱水流体が流出してきていると 見ることができよう.

 VLF-MT による表層の電気伝導度分布調査によれば,大屯火山群の中でも特に七星山の深部か ら火山性の流体が上昇し,構造に支配されつつ南西側の硫黄谷・北投温泉,および北東側の大油坑 に広がっているように見えているとされている(鍵山ら,2010).Figure 7B に表れている七星山か ら南西と北東の両方向へ伸びる高 Cl/SO4 のスジは,マグマ性熱水流体に由来する acidic-Cl-SO4 型 温泉水の側方流動に対応するものかもしれない.

4.

 お

 短期間ではあったが,台湾・大屯火山群を訪れ,代表的な温泉を調査し,採取した温泉水の化 学・同位体分析を行った.得られたデータを用いた地球化学的解析から以下のことを明らかにし た.(1)水の安定同位体組成(δD・δ18O)から,温泉水は,水の蒸発の効果を受けたものがあるも のの,概ね天水起源であることが示されたが,北投地熱谷の温泉水には安山岩質マグマからの火山 ガスの寄与が認められた.(2)酸性の温泉には,SO4 の硫黄同位体比(δ34S),塩化物イオン濃度,

Cl/SO4 比がともに高いものと,逆にδ34S, 塩化物イオン濃度,Cl/SO4 比がともに低いものの少なく とも 2 種類の温泉水が存在し,前者はマグマ性熱水流体に由来し,後者はそれから 2 次的に生じた acidic-SO4 型水質の蒸気加熱型熱水からもたらされていることが示された.さらに,化学分析の文 献値(陳,2005)を用いた酸性温泉の Cl/SO4 比の地理的分布から,マグマ性熱水流体に由来する acidic-Cl-SO4 型熱水の流出が北投温泉,七星山周辺から東側のエリアならびに紗帽山の東方にある ことが示唆された.そして,この知見は VLF-MT による表層の電気伝導度分布調査から得られる 解釈(鍵山ら,2010)と整合的であることが分かった.

 最後に現時点で考え得る今後の研究課題を記しておくことにしたい.一つ目は,当地域の温泉全 てについて SO4 の硫黄同位体比(δ34S)のデータを入手し,Cl/SO4 比と同様な地理的分布を検討して みることである.Cl/SO4 比とδ34S 値の間に線形関係が存在するのかという疑問の解決とともに,よ り直接的な熱水種の指標であるδ34S の分布はどのように地図上に表れ,Cl/SO4 比のものと一致する のか,あるいは異なるのかを知りたい.二つ目は,熱水の温度に関する情報を同位体比から得るこ とである.強い酸性の温泉水に適用可能で信頼性のある地化学温度計は,硫酸イオン(SO4)と水

(H2O)の間の酸素同位体交換平衡を原理としたものしかなく(Cortecci, 1974),それを使って熱水の 地下における温度を算出し,地理的な分布を求め,Cl/SO4 比やδ34S 値のものとどのように対比され るかを見てみたい.以上の研究が進めば,微小地震の震源分布や地下の比抵抗分布(Konstantinou et al., 2007;宇津木ら,2011)との対比が十分可能となり,大屯火山群の地下における流体の分布 や挙動を詳しく把握し,かつ,それらの様子をより詳細に描写することができるようになるであろ う.

謝  辞

 安定同位体分析は Stable Isotope Laboratory, GNS Science Limited(ニュージーランド)で,ま た温泉水の化学分析の一部は Wairakei Analytical Laboratory, GNS Science Limited(ニュージー ランド)で行われた.アルカリ度測定(HCO3 の分析)では三島壮智氏に,現地調査では詹喬瑜

(Qiao Yu Zhan)氏に協力いただいた.匿名の査読者には原稿を改善する上で有益な助言をいただ いた.本研究の費用の一部には,独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金・海外学術調査

(B),研究課題番号:21403003(研究代表者:鍵山恒臣)を用いた.ここで関係各位に感謝申し上

(11)

大沢信二,李曉芬,梁碧清,小森省吾,陳中華,鍵山恒臣 温泉科学

げる.

引用文献

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Fig. 4  Plot of δD vs. δ 18 O of the collected hot spring and stream water samples in this study  area.  Meteoric water line of Tatun Volcanic Group is cited from Liu et al. (2011).  A range  shown as “Groundwater in study area” is estimated from data poin
Fig. 7  Geographical  distribution  (A)  and  a  contour  map  (B)  of  Cl/SO 4   ratio  of  acidic  hot  spring  waters in Tatun Volcanic Group through the use of data reported by Chen (2005).  The original  map of (A) is cited from the leaflet of Taiwan 

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