日本の学校におけるスポーツ教育の構築に関する研究 一学校体育改革の視点から一
学 校 教 育 専 攻 学校改善コース 鉄 谷 雅 史
1 .研究の目的
本研究では,学校体育が抱える諸問題を整理
・分析し,これからの学校体育の一つの方向性 として,文化としてのスポーツを教える意味の 重要性と課題を明らかにする。こうした作業は,
これまで知育あるいは徳育に対して従属的な位 置に置かれてきた体育(教科体育およびその周 辺に位置する活動を含む。)について,その本 来 的 意 味 を 聞 い 直 し
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し、まJr
ここJにいる 子どもが学校においてなぜ体育を学ぶのかとい う全体的な問いに答えていく前提をなすもので ある。2.研究の方法
学校体育を改革するための方策を探るために は,学校体育そのものに迫る必要がある。そこ で
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学校体育とは何かJということを調べる ために,その重要なファクターである f体育科 教 育Jr
体 育 教 師Jr
運 動 部 活 動j の相互関連 を,文献を中心に検討するo また,学習指導要 領の改訂による学校体育の課題,文部科学省か ら出される新たな提言や政策,最近の学校体育 の動向にも注目する。これらを踏まえたうえで,中学校・高等学校
・大学においてそれぞれの立場から学校体育を 実践あるいは研究している教員を対象として聞 き取り調査を実施する。何らかの形で学校体育 に関わっている教員の実態や意識を調査し,そ
指 導 教 官 石 村 雅 雄
の結果をまとめ,考察することによって,これ からの学校体育が進むべき方向を検討するため の基礎とするo
3.体育科教育の現状
N l教諭の言葉からは,主観的・個人的な運 動の楽しさを体験することを重視してきた「楽 しい体育Jに対する厳しい指摘が読みとれるo
そこでは小・中・高における体育授業を生涯 ス ポ ー ツ の 形 成 に 向 け て の 過 程 と し て 位 置 づ け,運動の魅力と価値を追求する自主的・自発 的な学習の実現を企図している。このように自 主的・自発的な学習を主張する背景には,かつ て学習者の願いや声を無視し,教師が一方的に 主導する画一的な体育授業に対する強い反省が ある。
しかし,実践の場において主観的・個人的な 楽しさの体験を過度に強調したことで,技術指 導の系統性や教師の指導性が否定され,
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指導Jよりも「支援j という概念が先行し
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教材J という概念の使用が後退する傾向がみられるよ うになった。その結果,遊び時間との区別がつ かない「授業の空洞化Jや「体育とは『めあて 学習』である」という体育授業の新たな画一化 が起こっているのであるD4.体育教師の現状
体育教師とはアスリートにとって第二の人生
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なのであるo 人聞はピークの年齢を過ぎると肉 体は衰え,思うようにプレーができなくなって いくが,その一方で「技術・経験・知識」は蓄 積されていくo すると今度はそれを伝えたいが ために,アスリートは体育教師になっていくの ではないだろうか。それは教師と生徒の関係、と いうよりも,むしろ親と子の関係、に似ているo
体育教師が選手時代に身につけたものは,いわ ば選手としての「遺伝子 J であり,それを受け 継いだ生徒は体育教師にとって「自分の子ども」
なのである。
5.運動部活動の現状
J助教員は部活動を「趣味」としてとらえ,
f遊びだからこそ熱心に取り組めるj と述べて いるo いい加減な発言のように思えるが,彼は スポーツ本来の要素が「遊び」であることをき ちんと認識しているのである。
また,子どもの「成長j と「失敗J を見守る ことが喜びになり,感動を呼ぶとまで、いってい るo
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好きなことをしているのだからお金なん ていらないJという気持ちがよく表れている。6.教育課程の改善
筆者はスポーツに必要な要素として「トキj
「モノ J
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カネJr
ヒトJの四つを提唱する。これまで日本で行ってきた体育は,運動の当 事者のみを扱う傾向が強かったが,現代のスポ ーツはもはや競技者だけでは成立しない。彼ら を支える監督やコーチ,勝敗を判定する審判団,
試合を陰で支える運営スタップ,競技者のパフ ォーマンスに一喜一憂する観客,そして遠くで はファン,ジャーナリスト,ビジネスマンが彼
らの勝敗の行方を見守っているのである。
大人は「スポーツは決して自分の体だけでで
きるものではないj ということを子どもに教え るべきである。人間一人ひとりには,スポーツ のみならず多くのことで莫大な「トキJ
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モノJ「カネJ
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ヒトjが関わっているo 究極的には そのことを忘れずに生きる人間でありたいと筆 者は患っている。7.保健体育科の改編
保健体育科を担当できる免許は「保健体育J と「保健J の二つであることを考えれば,筆者 は体育教師に「保健j というお荷物を余分に背 負わせてしまったのではないか,と考えている。
そこで,筆者は「保健体育jを改編し,新た に「体育Jの免許を提案するD
これまでの教科専門科目は「体育j 自身に教 育的要素を含んで、いるため,教職専門科目であ る「教科の指導法Jと重複する部分が少なから ずあったと思われるo
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体育Jを「スポーツjに置き換えたことで,人間の身体とその周辺を より広範囲で学ぶことができるo
「体育j免許ではすべての科目を必修として いるため
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保 健 体育J免 許 の よ う に
「 体 育 原 理 , 体 育 心 理 学 , 体 育 経 営 管 理 学 , 体 育 社 会 学Jか ら 取 り こ ぼ す こ と も な いo ま た , 社 会 科 学 系 統 の 科 目 を 充 実 さ せ た の で , 学 校 の み な ら ず 地 域 社 会 の
スポーツを発展させ,これからのスポーツ教育 を構築することのできる,新しいタイプの保健 体育科教師が誕生することを期待したい。
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