日本庭園の記号論的解釈
―選択機能言語学の視点から―
水 澤 祐美子
The application of Systemic Functional Linguistics to Japanese culture has not been fully explored yet. The cultural semiotic inter- pretation of the Japanese gardens can provide a new perspective to the analysis of the Japanese garden style. This paper explores the structures of Japanese gardens using a multimodal approach within a Systemic Functional Linguistic framework. Japanese gardens are known to be designed asymmetrically, and this reflects the changes of the seasons. This paper selects two gardens to investigate the nature and the sequence of spaces from a multimodal perspective, and captures the Japanese gardens as a phenomenon of ‘multi-semi- otic meaning making’ (Constantinou, 2005, p. 604). The gardens se- lected are Katsura Imperial Villa and Shugakuin Imperial Villa lo- cated in Kyoto and constructed in the mid-seventeenth century.
These gardens attract a high level of public interest as representa- tive of Japanese gardens (Imperial Household Agency, 2005). When the concept of ‘instantiation’ from Systemic Functional Linguistic point of view (Halliday, 1999) is applied to the Japanese gardens as a situational type, features in the Japanese gardens realise the context of situation which, in turn, instantiates some aspects of Japanese culture. A multimodal approach to the Japanese gardens may facili- tate an understanding of Japanese culture instantiated in the Japa- nese gardens.
キーワード: 選択体系機能言語学 (SFL),日本庭園,文化と言語,
マルチモダリティ,空間と構造,記号論
1.はじめに
日本庭園は,その独特な作風により世界中より評価を得ている。西洋の 代表的な庭園に見られる左右対照的な庭園とは異なり(宮元, 1998),廻遊 式の庭園として有名である。また,自然をふんだんに取り入れた自然風景 式庭園である。
これまでに,記号論の分野から解釈が行われてきた(Casalis, 1983; Ma- ran, 2004)。選択体系機能言語学 (Systemic Functional Linguistics 以下 SFL)の見地からも,竜安寺の石庭に関しての研究 (McGovern, 2004) が あるものの,SFL理論の概念を包括的に使用し,庭園を論じたものは少な い。本稿では,日本庭園を,一種のテクスト・タイプとして見なし,SFL 理論の三つの概念を使用し解釈する。
2.方法論
本稿では,SFL理論の視点より日本庭園の分析をおこなう。SFLとは言 語を,社会や,あるコンテクストにおいて意味を構築するための要素と見 なし,実際に社会で使用されている言語の分析をおこなうことに重点をお く(Halliday, 1978, 1985, 1994; Halliday & Matthiessen, 2004)。まず,
SFL理論の概念において,本稿で扱う庭園の分析に必要とされるメタ機能
(metafunction) と層化 (stratification),及びインスタンス化 (instantia- tion) の概念の説明をおこなう。
2.1.メタ機能 (metafunction)
メタ機能とはSFL理論の重要な概念のひとつである。SFL理論では言語 の機能を三つにわけ把握する。一つ目は,観念構成的機能 (ideational metafunction),二つ目は対人的機能 (interpersonal metafunction),三つ 目がテクスト構成的機能 (textual metafunction)である。Hallidayによれ ば,言語は二種類の意味により構成されるとしている (Halliday, 1994)。
その機能が,上述した観念構成的機能と対人的機能である。観念構成的機 能とは,自分と自分を取り巻く世界での経験を構築するものであり,さら に,経験構成的機能 (experiential metafunction) と論理構成的機能 (logi- cal metafunction) に分けられる。経験構成的機能とは,経験を構築し,
論理構成的機能は,論理関係を構築する機能である。
対人的機能とは,自分を取り巻く人々と個人的,社会的な関係を制定す
る機能である。例えば,日本語では,「行く」という観念構成的機能から みた行為は,対人的機能では,相手との個人的,社会的な関係により,「い らっしゃる」とも「伺う」とも形を変えることになる。このように,対人 的機能とは,相手とのやりとりにより制定される言語の機能である。
更に三つ目のテクスト構成的機能とは,上述した二つの言語の機能であ る観念構成的機能と対人的機能を,コンテクストに沿い,意味あるテクス トに形成するための機能である。以上三つの概念を図1に示す。
(Mizusawa, 2008)
図1: 3つのメタ機能
これらの三つのメタ機能は,それぞれに異なる三種の構造に置き換える ことが可能となる (Martin, 1997)。それぞれの機能と,その構造を図2に 示す。
(Martin, 1997, p. 17)
図2:各メタ機能とそれぞれの構成タイプ
図2が示すように,それぞれのメタ機能は,その特徴により構造の形が 異なる。まず,観念構成的機能は,個々のかたまり(particulate)による 構造である。個々のかたまりは,経験構成的機能と論理構成的機能の二種 類により,その表出方法を分類することが出来る。経験構成的機能では,
軌道的な(orbital)構造として個々のかたまりが現れるのに対し,論理構 成的機能では,連続的な(serial)構造として個々のかたまりが反復的に 現れる。
一方,対人的機能は,韻律的な(prosodic)構造となる。ここでいう韻 律的とは,一連の流れとして調和がとられているということである。対人 的機能とは,他者との個人的,社会的関係を制定する機能であったが,例 えば,やりとりの中で,敬語が一旦使用されると,一連の流れとして調和 を取る必要がある。具体的な例では,「私が参ります」という文では「私」
と「参ります」には調和が取れている。観念構成的意味においては,前文 と同じ内容を伝達しているものの,対人的意味において異なった表現とな る「俺が行く」という文においても「俺」と「行く」には調和が取れてい る。しかし,「俺が参ります」という文においては,「俺」と「参ります」
には調和が取れていない。それは主部と述部において敬語の程度が異なる
からと考えられる。このように,上述の二つの文では,相手との関係を制 定するために使用されることばの形が異なる。一連の会話が成り立つため には,相手との調和の取れたやりとりが必要となる。このような言語の機 能をSFL理論では,韻律的な構造として捉える。
最後に,この二つの機能を紡ぐ機能であるテクスト構成的機能は,周期 的な (periodic) 構造となる。次項では,SFL理論のうち層化 (stratifica- tion) の概念を説明する。
2.2.層化 (stratification)
SFL理論で,必要とされるもう一つの概念は層化 (stratification)であ る。SFL理論では,言語を層として捉える。一番下の層は,「音・文字層
(phonology/graphology)」となる。その層が,一つ上の層である「語彙 文法層 (lexicogrammar)」を具現 (realise) する。一方 「語彙文法層」は,
さらに上の層「意味層 (semantic)」を具現し,「意味層」はその上の層「コ ンテクスト (context)」を具現する。図3に以上の概念を示す。
(Hasan, 1996)
図3:層化 (stratification)
上下に接する層は,図3が示すように,互いに,「具現するもの・される もの」という関係にある。
2.3.インスタンス化 (instantiation)
三つ目の概念は,インスタンス化 (instantiation)である。SFL理論に おいて,言語活動は,話し手・書き手が,数ある選択肢の中から選択を行 いながら言語活動をおこなうと見なす。それらの選択肢の総体を潜在性
(potential) と呼び,そして,その潜在性の具体的な事例をインスタンス
(instance)と呼ぶ (佐野, 2010)。このシステムとインスタンスの関係を インスタンス化と捉える。図4にシステムとインスタンス,インスタンス 化の関係を例示する。
(Halliday, 2007, p. 275)
図4:インスタンス (instance)とインスタンス化 (instantiation)
層化についての項で述べたように,言語とコンテクストは具現する・さ れるという関係であり,インスタンス化を実際の言語テクストに当てはめ ると,言語活動をおこなう上での可能性と実際に話し手・書き手が使用し たテクストが,それぞれ,システムとインスタンスの関係となる。
本節では,日本庭園をSFL理論の枠組みから説明するために必要な概念 を説明した。第3節では,本稿で扱う庭園を説明する。
3.日本庭園
世界の庭園は大別し,「整形式庭園」と「自然風景式庭園」に分類する ことができる。整形式庭園は,主に16世紀のヨーロッパのルネッサンス時 代に考案された庭園形式で,自然の樹木,石や岩,地面や池,川等を人為 的,幾何学的に加工して造られた庭園である。一方,自然風景式庭園は,
自然の姿をありのままに模倣するか,或いはその特徴を損なわずに庭自体 に凝縮し作られた庭園のことである (宮元, 1998)。西洋の庭園は前者に分 類され,日本でよく見られる庭園の殆どは後者に分類される。これは,日 本の四季折々に変化し,山水に恵まれた地形や気候を持つことから,自然 風景式庭園が発達したものと思われる(宮元, 1998)。
ヨーロッパに見られる自然を加工した整形式庭園に対し,日本で発達し た自然と共存する自然風景式庭園は,日本人と自然との関係によるものと 考えられる。本来,日本には明治時代になり西洋文化に触れるまで「自然」
という用語が無かった (野中, 1993)。このことにより,ヨーロッパとは異 なり,日本では,「人間」と対立する一つの対象として「自然」を捉えて いなかったと考えられる。日本人にとり,自然とは,働きかけ,その形を 壊し,形を変えて役立つものとして利用する対象ではなく,自分達とは区 別せず,自らと溶け合う対象であった (大野, 1961)。このような考えが庭 園の形式にも表出されているため,日本では自然風景式庭園の発達がみら れたと考えられる。
3.1.日本庭園
「自然風景式庭園」として分類される日本庭園だが,更に細かく三種類 に分類される。「浄土式庭園」,「寝殿造系庭園」及び「書院造系庭園」で ある (宮元, 1998)。これらの種類は,成立した年代と目的により異なる。
まず浄土式庭園は奈良時代以降の寺院に宗教的意味合いとなる「あの世」
の極楽浄土を再現するために造られた蓮池を中心とした庭園の形式であ る。次に,寝殿造系庭園は,平安時代の貴族の住居形式である寝殿の前面 に行事や宴遊を催すために造られた庭園となる。最後の書院造系庭園は,
室町時代以降の武士の住居の形式である書院造の前庭として発達したもの で,その後寺院や近世の貴族の住居の庭として幅広く用いられている庭園 の形式である。
本稿で扱う庭園は,書院造系庭園の中でも,ほぼ同じ時代に建造され,
日本を代表する傑作といわれている桂離宮と修学院離宮(宮内庁, 2004)
をSFL理論の視点より考察する。まずは,それぞれの建築物の説明をおこ なう。
3.2.桂離宮
桂離宮は,京都の桂川のほとりに位置する皇族の別荘であった。江戸時 代の初め,17世紀の初めから中頃までに,後陽成天皇の弟,八条宮初代智 仁親王が創建し,その後,長男智忠親王によって完成された (宮内庁, 2004)。図5に,桂離宮の略図を示す。
① 御幸道
② 外腰掛
③ 蘇鉄山
④ 洲浜
⑤ 天の橋立
⑥ 石橋
⑦ 松琴亭
⑧ 賞花亭
⑨ 園林堂
⑩ 笑意軒
⑪ 月波楼
⑫ 古書院
⑬ 月見台
⑭ 中書院
⑮ 新御殿
⑯ 住吉の松
⑰ 桂垣
⑱ 稲穂垣根
(宮内庁 , 2004)
図5:桂離宮略図
図5が示すように,約7万平方メートルの敷地内に,離宮である建物が建 つ。その前面に,大きく池が配置されている。池を一周することにより庭 全体が鑑賞できる廻遊式の庭園となっている。昭和の初めに,建築家ブ ルーノ・タウトが絶賛したことからも有名になり,日本建築のシンボルの
一つとされている (宮元, 1998)。
3.3.修学院離宮
修学院離宮は17世紀中頃,桂離宮を創建した八条宮初代智仁親王の甥に あたる,後水尾上皇によって造営されたもので,上・中・下の三つの離宮 からなる。借景の手法を採り入れた日本を代表する庭園である (宮内庁,
2004)。上離宮は池が配置され,下離宮及び中離宮は小規模にまとめられ ながらも,上離宮は大きな池を配置した廻遊式庭園となっている。図6に 修学院離宮の略図を示す。
下離宮
① 御輿寄
② 寿月観 中離宮
③ 楽只軒
④ 客殿
⑤ 松並木 上離宮
⑥ 大刈込
⑦ 隣雲亭
⑧ 万松塢
⑨ 千歳橋
⑩ 楓橋
⑪ 窮邃亭
⑫ 土橋
⑬ 御舟着
⑭ 西浜
(宮内庁 , 2004)
図6:修学院離宮略図
図6が示すように,上離宮,下離宮,中離宮は連絡路で結ばれ,借景を 効果的に配置している。著名な建築家ブルーノ・タウトは,修学院離宮を,
その雄大さで称えた (ブルーノ・タウト,1962)。
4.考察
これまでに提示した二つの庭園の特徴にたいして,第2節にて説明した SFL理論の概念を当てはめ解釈をおこなう。Kress (2010)によれば,平 面的であれ,立体的であれ,あらゆるサインは記号論的に意味があるとい う。本項では,両庭園に見られる特徴を記号と見なし,特に三つの箇所に 焦点を当て考察していく。
4.1.廻遊式庭園
自然風景式庭園において,廻遊式は大きな特徴の一つとして挙げること ができる。この特徴は,桂離宮と修学院離宮の両庭園に見られた。図5と 図6に示された桂離宮及び修学院離宮の略図には,破線が示されている。
この破線に従い進むと,庭園を一周できる仕組みになっている。
この廻遊式庭園は,Martin (2000)が提唱したように,対人的機能の特 徴として挙げられていた韻律的な構造と類似する。上述された伝統的な日 本庭園は自然と調和し,流れるような廻遊式の造作を持つという点におい て,日本語の持つ対人的機能の韻律的な特徴に呼応している。
4.2.庭園と建築物の繋がり
桂離宮と修学院離宮では,庭園と,庭園に建つ建築物との隔たりは曖昧 である。例えば,西洋で見られる整形式庭園では,建築物と庭は,はっき りとした壁で隔てられているのに対し,これら二つの離宮における建築物 では,障子,若しくは御簾により庭と区切られている。日差しと雨を遮る 為に,長い軒を出し,また,部屋の先に縁側を配置することで,実際に雨 が部屋に入ることは無い。一旦,障子,若しくは御簾を開け放つと,図7 に示すよう,外との隔たりは柱を除き遮るものがない。
「視点の位置」
(京都御所と離宮 宮廷文化の美を撮る, 2008)
図7:桂離宮と庭の繋がり
一方,視点を庭園側に変えると,図8にあるように,長い軒と広縁が外 と内の緩衝材となっていることがわかる。同様な広縁は修学院離宮にも存 在する。
「視点の位置」
(京都御所と離宮 宮廷文化の美を撮る, 2013)
図8:庭と桂離宮の繋がり
このように,庭園と建築物との関係は,西洋のそれと異なり,庭園と建 築物との明確な隔たりを無くし,庭園との一体感を増すことに役立つ。そ の結果,庭園と建築物の曖昧さが出ることになる。
4.3.庭園と借景
庭園の造作の一つとして借景がある。借景とは,庭園外に存在する山並 みや森林等を庭園の風景として取り込む手法である。その雄大さを誇る修 学院離宮も山並みを借景として取り入れることで,奥行きを出し,さらな る広がりを庭園に与えている。図9に借景を取り入れた修学院離宮を例示 する。
(修学院離宮, 2003)
図9:修学院離宮と借景
図9が示すように,修学院離宮の庭園は,背後に望む比叡山を借景とし て,庭園に広がりを与え,庭園外の自然との繋がりを持たせている。この 借景により,庭園が周囲の自然に溶け込み,自然と庭園との境界を曖昧に している。以上,庭園に見られる三つの手法を元に,言語的解釈をおこな う。
4.4.言語と庭園の類似点
日本語は比較的,対人機能に焦点を置き,西洋の言語は観念構成機能に 焦点を置く(Ikegami, 1991)。日本語は,聞き手若しくは読み手の解釈に 委ねられる部分が,英語に比べて多い。すなわち,論点におけるギャップ がある分,聞き手や読み手に負担が多い言語といえる。一方,英語は話し
手・書き手の負担が多く,話し手・書き手は論点におけるギャップを少な くし,聞き手や読み手に解釈の幅を持たせる部分が少ない (Ikegami, 1991)。
Ikegamiの解釈に基づき,日本語を,先に説明したインスタンスとイン スタンス化のモデルに当てはめる。日本語に見られる曖昧性を日本語のイ ンスタンスと見なす。この対応を空間という記号に当てはめると,桂離宮 や修学院離宮に見られた,庭と建築物との曖昧性を日本の空間のインスタ ンスと見なすことができる。この解釈を図10に示す。
図 10:インスタンス化(Instantiation)と日本文化における空間 日本文化 (すなわち context of culture) は,一つのインスタンスであ る日本庭園 (すなわち context of situation) としてインスタンス化される。
同様に,日本文化を具現する日本の空間 (すなわち space as system) は,
一つのインスタンスである桂離宮や修学院離宮 (すなわち spaec as garden) としてインスタンス化される。日本文化は日本の空間により具現 され,同様に,日本庭園は桂離宮や修学院離宮により具現される。
記号と見なされた日本庭園においては,対人機能に焦点を置く日本語と 同様な傾向を示す特徴が見られた。具体例を取り上げると,調和的で,流 れるようであるということにおいて韻律的である廻遊式庭園,広縁を介在 することによる建築物と庭との境界の曖昧さ,及び借景を取り入れた庭園 による内と外の曖昧さである。この曖昧さは,文を全て明確に言わず,解 釈を聞き手,若しくは読み手に委ねるような日本語の資質と呼応するもの
である。
5.まとめ
本稿では,SFL理論の枠組みより日本庭園の解釈を試みた。メタ機能,
層化,インスタンス化の概念を用い,日本庭園を日本語の体系と対照しな がら考察した。日本庭園を記号の体系と見なしてみると,その表象された シンボルが日本庭園の特徴として随所に現れていた。これらの特徴は日本 語の持つ対人的機能の韻律的・調和的な特徴に呼応していると考えられ る。この類似性は層化の概念においても同様に当てはまると考える。日本 文化を具現する日本語と,日本文化を具現する伝統的な日本庭園が対応し ている。つまり,記号として捉えた日本庭園と日本語がともに日本文化を 具現するということがいえる。日本文化というコンテクストの中で,空間 が持つ記号としての潜在性が,日本を代表する庭園である桂離宮と修学院 離宮にインスタンス化されている。これらの庭園をSFL理論の視点から考 察することにより,日本庭園に関する新たな解釈を提起した。
謝辞
本稿の執筆にあたり,貴重なコメントを下さいました査読の先生に謝意を 表します。
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