東 京 一 極 集 中 と 神 奈 川 県 の 社 会 構 成
石 山
男 耕
三
人口急増
二産業構造
三地域就業構造
四職業・階層構成の変化
五サービス業の変容
六一極集中と市民生活
神奈川県の社会構成は︑最近三〇年にわたって︑自ら
の成長以上に東京一極集中の波に押されて変化してきた︒
それによってひき起された社会のひずみも大きく︑今あ
らためて︑この流れの抑制が大きな課題として浮上して
いる︒
人 ロ 急 増
戦後日本では︑一九五〇年代後半から爆発的な都市の
膨脹がはじまり︑東京︑大阪︑名古屋の三大都市圏への
彪大な産業活動と人ロの集中が進行した︒それは︑地域
としてみると急激な都市化であり︑これら大都市圏にお
ける地域社会への震撚でもあった︒一九五五〜六〇年の
人口増加率でみると︑全国平均四・六%に対して︑大阪
圏一二・一%︑名古屋圏八・三%︑そして︑五〇〜五五
年にすでにピークをもっていた東京圏でもひきつづき一
五・八%を記録し︑三大都市圏はいずれも六〇年を中心
とする前後一〇年間に︑史上例のない膨脹をみたのであ
る(表1)︒
しかし︑この六〇年ごろを境に︑都府県レヴェルの増
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102
国 際 経 営 フ ォ ー ラ ムNo.1
加率には顕著な変化がみられるようになる︒三大
都市圏においても︑その中心都市の増加率の停滞
ないし下向化に対して︑周辺諸県のそれが︑とく
に東京圏において明白な上向傾向を示しはじめる︒㎝7六〇〜六五年の増加率は︑東京都︑大阪府のそれ
ぞれ一二・二︑二〇・九%に対して︑神奈川県二
八・七︑埼玉県二四・○︑千葉県一七・二%で︑
東京圏では人口集積の主役交替をみる形になった︒
この六〇年ころは︑戦後の大規模な人口流動の
一つの画期をなしたようにみえる︒これを境にし移
て︑奎のまず票ら︑やがて東北へむけての激曜
しい過疎化が表面化する︒六〇〜六五年の五年間ロ人の人口減少県は二五県にもおよび︑人口増加ないク
し維持というそれまでの全県的基調がはじめて崩助
れ︑減少率五%以上の県が四県を数えて注目を集ブ
きめた︒一九六〇年池田内閣は﹁国民所得倍増計内
画﹂をうち出したが︑それを進める資本蓄積のた県
めには︑戦後の小農維持を基本とした農政の変更剛
を避けられず︑以後展開する構造農政の第一段階
としての﹁農業基本法﹂(六一年)によって日本農
業の合理化が強力に進められることになった︒五肱oo
8五年ころから指摘されていた農業経営の頭打ちは︑
これによってさらに追いつめられ︑農業の崩壊が 域域域
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「神 奈 川 県 人 口統 計 調 査 」,総 務 庁 「国 勢 調 査 」
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図2
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贈 漏
神奈川県の行政区分
東京 都
藩
醤
津
県央
足柄
東 牙
r・ 三 浦
50キ ロ
齢
廟 南 瀬 摂 湘
ノトひ
西 湘
掛
表2東 京50キ ロ圏の距離 帯別人 口動態
都 心 か ら の 距 離(キ ロ)
地 帯 別 人 口比(%) 人 口増 加 数(千 人)
196570 75 1960〜6565〜70 70〜75
0〜10 10〜20 20‑v30 30〜40 40〜50
24,319.5 35ユ33.0 15,618.3 14.117.'7
×0.9×1.5
X6.2 31.1 19.9 20.4 12.5
X630296 1.337791
846925 7161,177 275414
X279 447 905 1,154 561
計 ioo.o!oo.a 100.O 3,1103,011 2,787
〔資 料 〕 「国 勢 調 査 」
〔出 所 〕 宮 本 憲 一 『都 市 経 済 論 』1980, 筑 摩 書 房,p.206に よ り 作 成.
はじまった︒
一九六〇〜六
五年の五年間に︑
農家戸数は六〇
五万戸から五六
六万戸へと三九
万戸減少し(さ
らに六五〜七〇
年には二六万戸
減少)︑農家兼
業従事者は五一
九万人から七七
八万人へ︑じつ
に二五九万人
(六五〜七〇年
には八八万人)
も増加すること
になる︒農家世
帯員の農外流出
は︑この六〇年
代前半︑年平均
八〇万人を越え︑
五年間の計四〇
104
図3‑a転 居 世 帯 の 割 合
転 居 世 帯 移 動 ナ シ 世 帯
aa.o% 56.D
ノ
ノ 全 世 帯 数1,943,600
' ' '
39.i 60.9%
19T4年1月 〜 1978年9月 の 間
1979年1月 一 f983年9月 の 問
図3‑b転 居世帯 の従前 居住地
自市 町 村 内 他 市 町 村 よ り 他 県 よ り
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45.9% 27.2% 26.9%
、
\1転 居 世 帯 数855,goo
・、1
、1
56.4% 16.3% 27.3°'0
1974年1月 一
1978年9月
1979年1月 一一 1983年9月
総 務 庁 統 計 局 「住 宅 統 計 調 査 」 よ り神 奈 川 県 分 を 集 計.
「 一一一次 新 神 奈 川 計 画 一 基i本構 想 ・基 本 計 画 一 」 昭sz ,P・160
料所資出 ○万人(そのおよそ半数が就職転出)は︑数の上では︑
同じ時期における三大都市圏の増加人口計五四四万人の
七四%におよぶものであった(﹁農家就業動向調査﹂)︒
一九六五年を境にして東京圏の人口増加率は顕著に低下
しはじめ︑とくに東京都では一二・二%から一挙に五・
○%となり︑同区部ではこれを境に減少に転じる︒大都
市過密問題激化の象徴でもあった︒大阪市の増加率低下
も︑東京区部のそれとほとんど歩調を合わせていた︒東
京周辺諸県の人口増加は︑これに対応するように進展し
て︑大規模な郊外化がはじまった︒
神奈川県の人口は︑一九六〇〜八五年の間に三四四・
三万人から七四三・二万人へと約二・二倍に膨脹したが︑
この間県内八ブロック各地域の人口も激しい流動に見舞
われた(以下表1︑図1参照)︒なかでも横浜市の人口は
一九六八年に二〇〇万人を突破して︑東京︑大阪につぐ
全国第三の都市となったが︑神奈川︑埼玉︑千葉三県の
人口計が東京都のそれを上まわるようになったのもこの
時期で︑東京圏の人口膨脹が中心都市東京から周辺へと
ひろがり︑横浜市がその一つの焦点になったことを示し
ている︒
県内八ブロックで︑この横浜市以上の人口増加率にみ
まわれたのが︑県央ならびに湘南両地域である︒両地域
の人口は六〇〜八五年の間にそれぞれ︑四・六倍︑二・
東京一極集 中 と神奈 川県 の社会構 成
六倍にふくらんだ︒県央地域はこの間︑五年毎に平均約
一七万人の転入人口を受け入れ︑八五年には一一四万人
の人口をかかえて︑横浜市(二九九万人)につぐ第二の
規模になったのである︒また︑ブロックではないが︑横
浜市の西南部をしめる戸塚区(六〇年以後二度の分区に
よって︑現在は戸塚︑栄︑泉︑瀬谷の四区)も県内でも
っともはげしい人口増加地域(六〇〜八五年に四・九
倍)の一つである︒いずれも横浜市中枢部とちがって︑
既成の都市施設の乏しい地域への無秩序な人口流入であ
り︑やがてこの一帯がスプロール問題に当面する乙とに
なる(後述)︒それは︑ちょうど︑六〇年代に入って顕著
に人口膨脹する東京四〇〜五〇キロ圏に当る地帯でもあ
る(表2)︒
こうした大都市圏の拡大は︑通勤距離の伸長ばかりで
なく︑彪大な人ロの図書館︑博物館︑映画︑演劇など都
市文化諸施設からの遠隔化でもあった︒以後神奈川では︑
居住者のほぼ四〇%が転居世帯(うち三〇%が県外か
ら)で占められるようになり(図3‑a︑b)︑地域社会
の変質にもつながることになった︒
二 産 業 構 造
二次にわたる石油ショックを契機とする︑わが国製造
業の素材型から加工組立型への転換︑あるいは地価高騰︑
図4県 内総生産 と産 業別構成 比の推 移(%)
第1次 産 業
第2次 産業
第3次 産 業
控 除)帰属利子
円Ok一2り
αβ [ n ㈱ 目 U ⁝㎜ ㎜
αβ [ U H 衛 皿 川 鵬
αβ[目H郡ロ㎜㎜昭
β[17﹁19‑111■ll﹂唖1]㎜⁝㎜謝
αβ [ H 日 a3 目 ㎜ ㎜ ⁝闘
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α9 [ 僧 ㎜ 脚 m [ 鵬 口 ⁝㎜
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揺 [ 晒 H 欄
1816141210 RU6
「県 民 所 得 統 計 」
経 企 庁 経 済 研 究 所 「地 域 経 済 の 成 長 と構 造 変 化 」 昭63,P・368
料所資出
106
C%) lso 140 120 goo 80 so 40 20 0
‑20
‑30
‑40
図5製 造業の県内総生産業種別寄与率
素材 型製造業 繊 維,パ ルフQ紙 化 学,石 油 製品
塞漏 礫 融製品
機 械製造 業
一般 機械,電 気機械 輸 送
機械,精 密機械
食講 響 蕎業
機械製造業 オ型製造業
昭 和 年 度
464748495051525354555657585960
〔資 料 〕 「県 民 所 得 統 計 」
〔出 所 〕 図4に 同 じ,P.370
図6
2109876543210司‑﹂‑iIゐ
製造業の主要業種別県内総生産構成比の推移 電気機械
/隼 輸送機械
}喪 、 ぐく ご メ=ξ 泥般鰹
‑一一・一 一 一 隔 一 ← 精 密 機 械
← 石 油 石 炭
昭 和45464748495051525354555657585960年 度
〔資 料 〕 「県 民 所 得 統 計 」
〔出 所 〕 図5に 同 じ.
東京一極 集中 と神奈川県 の社会構成
過密︑交通障害などを背景とする臨海部から内陸部への
工場立地の移動などの中で︑神奈川県の産業構造︑地域
構成にも大きな変化が進みつつある︒以下︑その底流に
留意しつつ︑最近の変貌を明らかにしよう︒
まず︑その基本的な変化は︑第二次産業とくに製造業
の相対的な地位の低下であろう︒一九七〇年の時点では︑
県内総生産の六〇・五%をしめていた第二次産業の比重
は︑主として第二次産業の比重の増大に伴って︑七七年
ごろには五〇%を割り︑八五年には四七・五%になった
が(図4)︑その主な原因は製造業の構成比の低下(七〇
年の五一・八%から八四年には四〇%を割る)によるも
のである︒
しかし︑戦前から日本の代表的な重化学工業基地とし
ての京浜工業地帯の]角を支えてきた神奈川の工業の地
位は︑けっしてそれ程低下したわけでなく︑製造品出荷
額等(製造業従業者一人当り)でも︑企業規模(]○○
人以上規模事業所の割合)についても︑なお全国一︑二
位を占め︑又︑県産業の発展をリードしていることにも
変りはない︒素材型製造業の後退はいなめないが︑それ
に代って急成長をとげている電気機械製造業を中心とす
る機械製造業が︑県経済を支えるにいたった(図5︑
6)︒又とくに注目すべきことは︑たとえば電気機械で
は︑重電機︑通信機械︑電子計算機などきわめて多様な
図7地 域 別事業所立地状況
驚
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・・
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●●︒
●●⁝脇
●・・
1985年 工 業 統 計 調 査 結 果 速 報(神 奈 川 県) 図3に 同 じ,P.201
料所資出
i'
製造業種が︑それらの下請関連企業をふくめて厚い集積
を形成していることであろう︒機械製造業分野における
事業所数も︑一九六九年を一〇〇とする八一年の指数は︑
電気機械︑なかでも通信機械器具等製造業︑電子機器用
等部分品製造業︑あるいは精密機械器具製造業では︑そ
れぞれ︑一七九・八︑一一〇・四︑二五五・四︑一七三・
七ときわめて旺盛な成長をみせている(﹁事業所統計調
査﹂)︒そして︑これら事業所の多くを占めている中小企 業の集積は︑なによりも地元に根をもち︑しかも雇用の
確保に重要な役割を果していることであろう︒
製造業事業所の増加は︑県内地域別にみると︑とくに
県央地域︑そして湘南地域で目立っており(図7)︑それ
に伴ってこれらの地域では︑建設業︑不動産業︑サービ
ス業の伸長もめざましく(表3)︑有力な地域基盤を形成
しつつあるとみられよう︒さきにみた飛躍的な人口増加
の一つの背景が︑ここにあったのである︒地域別工業集
鼎︒︒隠罧望辮淋深酵S鯨討樹‑蓄朔と 麺冴︒︒M︒口殴博ー(訳)
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き錯ぐ・3弓鵬誤﹁浮・
東京一極集中 と神奈川県 の社会構成
積度は︑総体として︑従来の横浜︑川崎地域から︑西の
方向へ県央︑湘南地域へと拡がりつつあり︑横浜.川崎
地域︑県央地域の県全体にしめる事業所数の割合は︑一
九八五年それぞれ五五%︑二〇%︑従業者数のそれは︑
四九%︑二一%で︑機械製造業を中心として︑県央地域
の集積の大きさを示している︒
製造業と関連して神奈川県では︑先端技術産業地帯の
形成が注目されるところである︒﹃第二次新神奈川計画
‑地域計画﹄(一九八七年)によると︑首都圏における県
の位置を展望しながら四全総とも関連して︑中枢管理機
能︑国際情報通信機能の集積を目標にした﹁みなとみら
い21﹂(横浜)をはじめ︑横浜・川崎︑厚木を拠点にし
て︑引マイコンシティL(川崎)︑﹁港北ニュータウン﹂﹁白
山ハイテクパーク﹂(横浜)︑﹁かながわサイエンスパー
ク﹂(川崎)︑﹁厚本ニューシティ﹂(厚木)など︑テクノ
ポリス型開発が目じろ押しであり︑技術開発機能の集積
が進んでいる︒のちにも見るように︑神奈川県の研究機
関の集積は︑東京にせまる高さで︑一九八四年の時点で︑
横浜市一四八件︑川崎市=六件︑計二六四件の立地を
みているのである︒
これに対して︑県内総生産構成の中でその割合を高め
てきた第三次産業は︑近年の日本経済の動向を反映して︑
とくにサービス業︑なかでも事業所関連サービス業の成 長が目立っている︒しかし︑卸売・小売業はふるわず︑
その対総生産比率は︑一九四五年の八・二%から︑五〇
年代前半にはやや上昇したものの︑ふたたび低下して︑
八五年の一〇・○%へと長期的には停滞状態を呈してい
る︒首都圏の一角としての諸関連がその主要要因と考え
られるがなお詳細な分析が必要であろう︒
三 地 域 就 業 構 造
神奈川県内の就業者は︑一九五五年一〇八・九万人か
ら︑一九八五年の二九七∴二万人へと一八八・四万人増
加し︑ほぼ二・七倍に膨脹した︒さきにみたはげしい人
口増加を反映した形であり︑又︑なによりも右の県産業
の成長に支えられての増加であることはいうまでもない
であろう︒
しかし︑厳密にはこの数字は︑県内常住の就業者数か
ら県外への就業者数を差し引き︑さらに県外から流入す
る県内就業者数を加えたものであって︑流出超過が常態
となっている神奈川県では︑県内就業老は人口動態より
低い水準で増加しているのである︒以下︑県外就業をふ
くむ就業のしくみについて観察しよう(表4)︒
県外流出就業者は︑一九五五年の=・七万人から六
五年三三・九万人︑七五年五九・○万人︑そして八五年
には七六・二万人へと︑この三〇年間に六四・五万人増
llo
表4流 出入就業者数の推移 神奈川県
(人,%)
1955 1965 X975 X985
常 住 地 に よ る就 業 者 1,144,926(100.0>2,114,808(loo.o)2,897,375(100.4)3,543,595(100.0) 従 業 地 に よ る就 業 者 1,089,109 x.,890,932 2,449.28 2,972,fi97
流 入
(他 地 区 常 住 通 勤 ・通 学) … 775.4$1 x,227,834 1,662,804
他 地 区 常 住 ・就 業 者 313,769 636,367 1,029,856 1,384,243
県 内 252,873 521,723 888,189 1,x.92,659
他 他 県(A) 60,896 114,644 141,667 191,584
地 区 常
茨 城 県
栃 木 県
303 17U
737 324
1,246 356
1,350 359
住 就業
埼 玉 県
千 葉 県
1,263 1,556
3,198 3,382
6,310 5,9()5
8,453 9,902
者 東 京 都 51,149 ユ00,371 118,fiOO 15,286
帯
山 梨 県 465 654 1,042 1,460住
地 静 岡 県
関西(京 阪神)
3,046 171
5,560 一
6,774 883
7,572 522
そ の 他 Z,?73 418 551 6,350
流 出
(常 住 地 外 通 勤 ・通 学) 常 住 地 外 ・ 就 業 者
一
369,586{32.3) 252,873(22.1) 116,713(10.2)
60(0.0) 34(0.0) 442(0.0) 431(0.0}
112,684(9.8) 104(0.0) 1,674(0.2)
474(0.0) 814(0.1}
1,55,588 860,243{40.7)
521,723(24.7) 338,524(].fi.0)
292(0.0) 132CO.0}
1,496(0.1) 1,198(0.1) 331,fi15(15.7}
Zss(oo) 3,305(0.2)
216(0.0}
1,756,552 1,477,973(51.0)
888,189(30.7}
589,784(20.4) 875(0.0) 485(O.Q}
2,917(0.1) 3,755(0.1}
574,257(19.5}
455(0.0) 4,26(0.2) 1,447(0.1) 1,298(0.0)
2,324,912 1,955,141(55.2)
1,192,659(33.7) 762,482(21.5}
1218(0.0) sus(o.o) x,570(0.1}
5,800{0.2) 739,525(24.9)
94sCo.o>
5,028(0ユ) 1,007(0.0) 3,750(0.1)
常 住地 外就 業 者
の
流 出 先
県 内
他 県(B)
茨 城 県
栃 木 県
埼 玉 県
千 葉 県
東 京 都
山 梨 県
静 岡 県
関西(京 阪神)
そ の 他
流 出 超 過 就 業 者 CB‑A)
55,817(4.9) 223,876(10.6) 44,117(15.5} 5'10,898(16.1)
〔資 料 〕 「国 勢 調 査,従 業 地 ・通 学 地 」
鼎釦酬淋聾難舞疎薄S謙蕊喜彊≧麺1(十}訳)
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加して︑じつに六・五倍になったが︑そのほとんど九十
数%は東京都への流出であり︑常住する就業者に占める
県外流出者の割合もこの間一〇・二%から二一.五%へ
と倍増した︒はげしい人口増加が他方では︑東京都(と
くに区部)就業者のベッドタウンとしての膨脹によって
も押しあげられていることを示しているのである︒ 次に︑これら就業者の就業先産業について見よう(表
5)︒
まず︑従業地による就業者(神奈川県内での就業者)
についてみると︑一九七〇年から八五年の最近一五年間
に︑総数で二三一・五万人から二九七・三万人へと約二
割増︑このうち第二次産業就業者は微増であるが︑製造
112
表
〔資 料 〕 「国 勢 調 査 」
〔注〕 昼夜間人 ・比准 羅 娼 ×1・・
業就業者は八〇年
から八五年にかけ
てやや盛り返して
はいるものの︑総
体としてはわずか
ながら減少してい
るのが特徴的であ
る︒さきにみた製
造業の事業所数で
の増加と比べるな
ら︑生産の拡大に
もかかわらず就業
者はむしろ︑反発
されていることを
示している︒これ
に対して卸小売業
では五一%︑二
一・八万人︑サー
ビス業では八二%︑
二九・六万人の増
加であり︑総じて
第三次産業就業者
の著しい増加ぶり が目立っている︒他方︑県外就業者の就業先産業につい
てみると︑同じ時期に︑サービス業では一一・二万人︑
第三次産業計では二四・○万人という顕著な増加ぶりで
あるのに対して︑製造業ではわずかに三・七万人増にす
ぎず︑第二次︑第三次産業就業者の構成比は︑七〇年の
四対六から︑八五年の三対七へと大幅な変化をみせてい
ることなどが注目される︒
以上から︑県外就業者については︑第二次産業就業者
に比べて第三次産業︑なかんずくサービス業就業者が圧
倒的に多く︑しかもその増加の幅も大きいことを知るの
である︒県産業構造の変化とあわせて考えるならば︑製
造業の職場が県内で一応確保されているのに対して︑サ
ービス業就業者は東京都内での就業を増加させながら︑
神奈川県内(さらには周辺諸県)に住居を求めて転出を
つづけているということになるであろう︒
なお︑東京都区部で就業する他県居住者についてみる
と︑五五年の三三・○万人から七五年には一六二・八万
人(区内就業者の二六%)へとちょうど五倍に増大して
いる︒そしてこの都外からの就業者の九六%が埼玉︑千
葉︑神奈川三県からの通勤者であって︑首都東京がその
隣県からいかに大きな労働力を吸収しているか︑あるい
はむしろ︑東京都就業の労働力が︑その外周地域に住居
を求めていかに大きな郊外化を進めているかを知るので
図8「 居 住 ベ ー ス就 業 人 ロ ー従 業 ベ ー ス就 業 人 ロ」 の動 向
(神奈 川 県 企 画 部)
〔出 所 〕 図3に 同 じ,P・138
ある︒約一六〇万にのぼるこの区部への流入就業者数は︑
三県でほぼ三分しているが︑こうして︑大都市中枢部へ
の長距離通勤はいよいよ常習化し︑これが周辺諸県の重
要な地域問題を提起することになるのである︒
いま︑全国一一の主要都市のうち︑昼夜間人口比(夜
間人口に対する昼間人口の%)が一〇〇を割っているの
は横浜︑川崎の二市だけであり︑しかも︑六〇年代いら
い終始この状態をつづけて︑なお︑その差が開きつつあ
るのが両市のいちじるしい特徴である(表6)︒他の諸
都市が︑それぞれ一定の都市圏をかかえてその中心都市
としての位置をもつのに対して︑横浜︑川崎の両市が︑
巨大都市東京の圏域における衛星的位置にあることを端
的に表現するものであろう︒
なお東京都についてみると︑その都心での業務地区の
拡大・変容による地縁社会の崩壊が注目されて久しいが︑
これへの対応策として︑昼間人口をふくめた地域自治再
編の構想が論議されている︒しかしこれに対して︑逆に
昼間人口の空洞化をみる横浜︑川崎両市の場合︑ある面
では過疎化する農山村の例に似て︑その地域自治は恐ら
く一層深刻な問題を構成するであろう︒両市を単なる
"ねぐら"とする人口が多少ともに非住民的︑非市民的
性格をもつにいたるのはさけがたく︑地域課題への対応
はそれだけ弱化せざるをえないであろう︒大規模な職住
114
国 際 経 営 フ ォ ー ラ ムNo.1
分離はかくて︑その両端で地域自治を侵蝕しているので
ある︒
県企画部によると︑この昼夜間人口差は今後も一層ひ
ろがり︑流出就業者数は二〇〇〇年には七〇万人を越え
るものと推計されているが(図8)︑地域性を失った人口(横浜︑東京の双方において)による地縁社会︑地域自
治とはいかなるものでありうるのか︑かつて経験したこ
とのないむずかしい課題が︑いま展開しつつあるといえ
よう︒
四 職 業 ・ 階 層 構 成 の 変 化
はげしい人口の流動に伴って︑神奈川県の職業構成︑
階層構成も大きな変化をみせている︒この変化は︑わが
国産業構造の変容ばかりでなく︑神奈川県が首都圏の一
環を構成して︑その中にしめてきた位置によっても特徴
づけられてきた︒職業構成は階層構成と強い相関性をも
ってその地域社会の社会経済的属性を示すとみられるものであるが︑次に︑これらの変化がいかなる特徴をもっ
ていたかを概観してみよう︒
戦後経済水準の上昇︑資本主義的分業の高度化︑科学
技術の飛躍的発展等によって︑わが国の職業構造は新し
い要素を加えながらいちじるしく変化してきたが︑その
流れを的確にとらえる職業分類指標は必ずしも明確では ない︒そのための論議も必須であるが︑ここでは差し当
り︑一応一般化している農林漁業関係職業︑生産・運輸
関係職業︑販売.サービス関係職業︑事務・技術・管理
関係職業の四区分(その内容は表7‑aの注を参照)によ
って︑関東︑近畿︑東海などの諸地域との地域比較をとおして県の変化をみることにする(表7‑a)︒
この二〇年間をとおして表掲の全地域にわたる変化の
基本的な特徴は︑農林漁業関係就業者の激減と︑他方そ
れ以外の︑とりわけ生産・運輸関係︑事務・技術・管理
関係両分野の就業者の︑五五〜六五年に集中したはげし
い増加であり︑しかもそれが表の増減欄に示されている
ように︑しばしばδ年毎に五〇ないしδ○%という高率の増加を示していることである︒生産・運輸関係就
業者の主体は︑運輸・通信従事者︑技能工・生産工程作
業者および単純作業者からなり︑社会の生産の現場にあ
ってこれを直接担っている層である︒これに対して事
務.技術.管理関係就業者は︑専門的・技術的職業︑管
理的職業︑事務従事者(全国ではそれぞれ約二五︑一五︑
六〇%の構成︑八五年)からなるが︑これらは︑産業社
会の高度化︑技術の進歩︑官僚化の進展などに伴って・
非物的(非現業)部門の担当者として登場するという歴
史的特徴をもち︑流通部門の担当者とあわせて"新しい
中間層"とよばれる層である︒この部門の就業者の急増
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