多数国・地域が参加するイベントに向けた大学に おける通訳教育の試み
鶴田 知佳子
はじめに
1. オリンピックなどにおけるボランティア通訳の需要 2. オリンピックにおけるボランティア通訳に関する調査結果 3. ボランティア通訳教育において必要な要件
4. 今後の課題
はじめに
2013年9月7日にIOC(国際オリンピック委員会)のブエノスアイレスにおける総会にお いて、2020年オリンピック・パラリンピックの開催地が東京に決定したことは、経済効果が 3兆円ともされる日本全体にとっての明るいニュースである。通訳業界にとっても、またその 教育にあたっている通訳教育担当者にとっても大きなニュースであった。東京において二回目 のオリンピックが開催されるときに、通訳者および通訳教育者として貢献出来ることは多くあ ると思われる。他国、たとえば中国や韓国の例をみてもオリンピックの開催が通訳業界、ある いは通訳教育におよぼした影響は実に大きいものがあった。通訳者として実績を残している人 の中にも、通訳者としての原点はオリンピックであったと語る人は多数存在する。このような またとない機会が到来する好機を捉えた通訳教育を検討するのは、意味があることと考える。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、過去に例のない数の通訳者が活躍する大 会になるとみられている。日本から全世界に向けて情報を発信するために、報道関係の通訳需 要が高まるだろう。オリンピックに参加する国の数も年々増えていることから、オリンピック の公式言語である英語とフランス語のほか、スペイン語をはじめとする主要言語だけでなく、
少数言語の通訳者も必要となる。日本に各国から選手団が到着する空港からの案内に始まり、
オリンピック・パラリンピック開催中はプレスセンター、物販ブース、会場案内など、あらゆ る場面で語学スタッフが求められるため、ボランティアの募集もかなりの数になると予想され る。さらに観客として来日する人の数も相当な数にのぼるため、オリンピック・パラリンピッ クをはじめとする大型スポーツイベントにおいては多くの通訳者が活動する機会があるとみら れる。大型スポーツイベントの一例をあげるとするなら、アジアで初めての開催となるラグビー ワールドカップが2019年に日本で開催されることがすでに決まっている。
なお、オリンピック憲章の第一章にあるようにもともとオリンピックは若い人を動員するの が目的としてあげられる。
The goal of the Olympic Movement is to contribute to building a peaceful and better world by educating youth through sport practised in accordance with Olympism and its values.
オリンピック・ムーブメントの目的は、オリンピズムとその諸価値に従いスポーツを実 践することを通じて若者を教育し、平和でよりよい世界の建設に貢献することである。
[International Olympic Committee 2004: 10]
2020年に第32回オリンピック競技大会の28競技は2020年8月25日から9月6日にかけて、
さらに第16回パラリンピック競技大会として22競技がおこなわれるが、いずれも夏休みにあ たっていて多くの学生の動員が予想される。
このような多数国・地域が参加するイベントに向けての大学における通訳教育にあたっては、
現場の要請に基づいた通訳者を育てるべきであると考える。本稿では、現場の要請がどのよう なものであるか、実際にボランティア通訳として参加したロンドンオリンピックおよびソチ オリンピックにおけるボランティア通訳者に対してのアンケート調査を実施した結果を踏まえ て、どのような試みが大学において可能であるのか、考察する。
1. オリンピックなどにおけるボランティア通訳の需要
そもそも、五輪においてはどのような通訳需要があるのか。本稿では主として本学の学生や 卒業生がたずさわると思われるボランティア通訳に焦点をあてるが、まずは通訳の業務につい て概観する。
通訳者としてのスタートを、大型の国際イベントからスタートさせたと語る体験談は数多い。
例えば、神戸女学院大学名誉教授の松縄純子氏は「1964年東京オリンピックのときは国際基 督教大学の学生だったが、東京オリンピックに向けて日本で初めて通訳教育を行った斉藤美津 子教授の指導のもとで同時通訳を習得し、総勢8人の仲間でIOCの会議通訳を同時通訳でこ なした、それが後の会議通訳者の原点」(私信:2014年8月30日)と語る。主にIOCの会議 の通訳であったが、競技のあとの選手のインタビュー通訳も一部、逐次で行った、という。
日本初の国際会議通訳者グループとしてサイマル・インターナショナルが発足したのは 1965年である。サイマル・インターナショナルの通訳者として日本における会議通訳者の草 分け的存在であり、後に2016年、2020年オリンピック招致活動にも加わった長井鞠子氏が初
めて通訳の仕事に関わったのは、競泳の選手紹介やレース結果を英語でアナウンスする学生ア ルバイトとして参加した東京オリンピックであった[ジャパンタイムズ「通訳翻訳キャリアガ イド 2015:20]
高崎経済大学の関口智子教授は、アメリカ留学から帰った直後通訳案内士免許を取得、JTB に登録していたが1998年長野オリンピック冬期競技大会に際し「オリンピックスポンサーで ある企業のVIPのアテンド通訳として、前日夕方に東京のホテル・オークラに集合し宿泊の うえ、翌日直行バスで長野と往復して競技を見学することを行ったのが初めての通訳経験」(私 信:2014年8月24日)という。
東京外国語大学大学院で英日逐次通訳、英日同時通訳の授業を担当している新崎隆子氏は、
1998年長野オリンピックで通訳をつとめたときの体験を「通訳者の目からみた長野オリンピッ クの1つのドラマ」(イカロス出版「通訳翻訳ジャーナル」1998年10月号)というエッセイで語っ ているが、競技のあとの記者会見で日本選手の記者会見(日本語から英語への通訳)で、選手 の背景などについての質問が出たときのために前日遅くに担当する競技が決まったあとの準備 を家族に新聞記事などから情報をまとめてもらう、という協力を得て行ったことや、複数の通 訳会社からの派遣であったためによく仕事を一緒に行っている同僚通訳者と組むことができな かったことを指摘している。
このように断片的にはスポーツイベントでの通訳事情が体験談などから伺えるが、オリン ピック・パラリンピックでの通訳業務の体制がどのようになっているのか。以下にオリンピッ クにおいて通訳者事情について、筆者もその会員であるAIIC(国際会議通訳者協会)の関係 者より集めた資料およびロンドンおよびソチでのオリンピックにおいてボランティア通訳者を つとめたロンドン在住の西川千春氏からの情報提供、ならびにインターネット上の資料をもと にみることとする。
通訳の採用のされ方については大きく分けて2つのタイプが存在する。一方では、プロ通訳 者として採用される場合であるが、主としてオリンピック委員会の会議、優勝選手の記者会見 など同時通訳が必要な場合および各会場における逐次通訳の必要がある場合に対応する。一方 で、ボランティア通訳者は主に選手との接触のある場所において配属されており、オリンピッ クのFA(Functionality Area) の中のLANS(Language Services) と呼ばれる語学支援を行う人た ちとしてボランティアの中から選抜される。
プロ通訳者採用方法については2つのタイプがあり後述するChief Interpreter 中心の欧米 方式、それに通訳エージェントなどの組織・団体が管轄する非欧米方式、例えばソチオリンピッ クの方式がある。
欧米で行われるオリンピックにおいてはChief Interpreterと呼ばれる通訳業務全体を統括
する責任者がある。その役割はどのようなものかについては、London 2012 Business Network Bulletin 02 July 2010として、[Chief Interpreter for London 2012: 2010]のDescriptionから求め られている役割がわかる。
The Chief Interpreter for London 2012 will ensure the successful provision of professional conference interpreting services for the Olympic and Paralympics Games. The Chief will both provide interpretation services him or herself, as well as select and manage a team of professional consecutive and simultaneous interpreters. These interpreters will provide services for press conferences and meetings organized before and during the Olympic and Paralympic Games. The Chief Interpreter will also assist with other important activities of the Language Services function including, but not limited to volunteer language assistant training, language skill evaluation, and selection of the simultaneous interpretation technical services provider.
ロンドン2012年のChief Interpreter は、オリンピックならびにパラリンピックにおける
会議通訳業務を成功裏に提供するものである。自分自身が通訳業務を行うのみならず、
逐次および同時通訳を行うプロ通訳者チームを選抜して運営する。プロ通訳者チームは オリンピックおよびパラリンピック開催前および開催中に、通訳業務を提供する。Chief
Interpreter は語学業務のほかの重要な活動であるボランティア語学要員の訓練、語学スキ
ルの評価、同時通訳機器提供業者の選定などにも助力する。(筆者訳)
Chief Interpreter はIOC(国際オリンピック委員会)委嘱を受けてプロ通訳者を手配するも
のであるがそれとは別に語学支援(Language Services: 略称LANS)と呼ばれる部署において 仕事にあたるボランティア通訳者の存在がある。西川千春氏によるとロンドンにおいては、
LANSもほかのボランティアと同じ時期に募集がなされた。ソチオリンピックについては事情 が違っている。
ロンドンオリンピックのボランティア総責任者を務めたPhil Sherwood 氏が自身書いている ロンドンオリンピックについてのオンライン記事で解説しているところによると、北京同様も ともとボランティア文化がなかったソチにおいては、150の大学から実質的に26の大学をハ ブ大学としてオリンピックのためのボランティアを採用する中核とした。バンクーバーのオリ ンピックにすでに20人をボランティアとして派遣して運営を学ばせていたが、ロンドンオリ ンピックには26 の大学から4人ずつ合計104人をボランティアとして派遣して、ロンドンオ
リンピックにおける面接のプロセスも学ばせている。西川千春氏によると、ソチオリンピック ではロシアでの英語の理解度が低く、町中でほとんど英語が通じないため、すでに英語を勉強 している学生ならびに英語教師の間から選ばざるをえないという事情があった。ボランティア の選抜は、北京の場合にも北京外国語大学を中心とする5つほどの大学を中心に選ばれていた が、ソチの場合も同様であった。
このように、ギリシャでのアテネ・オリンピックの場合など英語が日常的に通じるような欧 米の環境での場合と違い、非欧米の場合にはオープンに多数の間からの選抜ではなくて一定の 特定された集団の中からのボランティアの選抜ということにならざるを得ない。北京オリン ピックの場合には、Wang & Zhangが[Wang & Zhang 2011]で明らかにしているように、北京 外国語大学が中心となってオリンピックの準備にあたっており中心となった大学にはそれ以 後、オリンピックに対応したことによる、例えば多言語による電話通訳などコミュニティ通訳 の基盤がレガシーとして残されることとなった。
以上を総合すると、ボランティアの採用方式としてはロンドン、アテネなど、英語が母語あ るいは日常的に通じる場所においてはオープンに募集するいわばオープン方式、北京オリン ピック、ソチオリンピックなど英語が母語環境ではないところでは大学生などを中心に組織委 員会が母集団を選定する、いわばクローズド方式であったことがわかる。大会により採用の手 続きも異なるが、ロンドンオリンピックは面接もボランティアが行うくらいの多数から選抜す る方式で語学レベルは自己申告を用いており、採用決定後、LANSに配属されるかどうかは個 人の履歴により判断されていた。バンクーバーオリンピックでは、語学レベルの自己申告の際 にCEFR(欧州共通言語基準)の枠組みが利用され、語学のレベルを確認するために地図をも とに道順を説明するテスト、医療現場に同行する際に1分で何が問題であるのかを質問すると いうテストも行われた[Rehorick, Johannsdottir, Parent, Patterson 2011]。
需要の規模、対応言語数については、次の表1のようにまとめられる。
表 1 オリンピックのボランティア動員
ボランティアの数 語学ボランティアの数 対応言語数
ロンドン 70,000 25,000 30 以上
北京 100,000 25,000 13
ソチ冬季五輪 25,000 600 8
バンクーバー冬季五輪 25,000 1,000 13
長野冬季五輪 32,000 5,500 8
次の東京オリンピックについては、上記のオープン型とクローズド型の間ではクローズド型 に近いものになると思われる。直近のソチオリンピックの例で言うと、ボランティアの平均年 齢は23歳(LANSの平均年齢は26歳)で、バンクーバーオリンピックの40歳、ロンドンの 36歳とくらべて際立って低い。ソチの場合は7割が25歳以下であったが大半は大学生が担当 したためである。ソチでは学生以外は教員がほとんどであった。また外国人ボランティアは特 殊な扱いで政治的なPR材料や学生ボランティアの指導者やメンターという扱いにおかれてい た。現場ではロシア語が途中にはいるリレー通訳方式で行われることが多かったためもあり、
重要な仕事はすべてプロ通訳者が担当した。ロンドンオリンピックの場合は、ボランティアの 大会ともいわれるほど、オリンピックを支える人という意味でボランティアがゲームズメー カーとよばれ、ボランティアの採用面接でさえ、ボランティアが行ったというロンドンオリン ピックとはかなりの違いがあった。
ボランティアの採用については、概ね採用時期は大会の2年前から募集、採用面接を経て登 録し、採用が決まった段階でプレテストイベントと呼ばれるオリンピック前のイベントに参加 するなど、実際の訓練を積む、研修は全体研修と語学ボランティア研修の両方があり大会によっ て違うものの何らかの対面研修およびオンライン資料の提示などが行なわれた。
通訳訓練としては、オリンピックの背景知識およびオリンピックでの通訳についての説明が なされワークショップが数回開催されている。詳細なものではなく通訳者に十分な情報を与え たとはいえないが、他にボランティア通訳者を助けたものとしてはオンライン情報へのアクセ スである。すでに通訳者としての経験がある場合には、自分自身で準備する方法を知っており、
オリンピックのための準備をすすめることが出来た。
業務環境は通訳業務の種類によってばらつきがあり、同時通訳者の場合には主として同時通 訳機器のある会議通訳場で仕事を行い、同時通訳設備がある場合には記者会見も同時通訳で行 われた。逐次通訳者は通訳業務で何も機器を必要とせず、通常はスピーカーの後ろ(団体競技 の場合)あるいは個人競技の場合の選手もしくは監督の場合には隣に座ったため、必要なのは ペンとメモ用紙のみであった。
ボランティア通訳者については各自の作業環境や任務に寄って作業条件は一定ではなかっ た。勤務時間もまちまちであった。記者会見は15分の場合もあればテクニカルミーティング の場合には数時間になることもあったが、語学支援者(ボランティア)の一日あたり最長8時 間のシフトで交代してあたった。通訳にあたった人から話を聞いた限りでは、大半は作業環境 に満足してはいたが戸外競技の場合に同時通訳の問題は雑音が入るなど、記者の質問が聞こえ ないなどの問題があったということがわかっている。
なお、2019年ラグビーワールドカップについては、まだ多くのことが決まっておらず、試
合会場が決まるのは2015年の3月で10-12会場が日本の中で選定され、キャンプ地が決ま るのは2016年で20会場程度である。通訳に関しては、推定で300人~500人は必要になると みられ、言語は英語が中心で、フランス語、スペイン語、イタリア語など日本を含め20か国 が集まる場への対応ということになる。
2. オリンピックにおけるボランティア通訳に関する調査結果
スポーツ・ボランティアという用語の定義は次のようにされている。スポーツ・ボランティ アとは、報酬を目的としないで自分の労力、技術、時間を提供して地域社会や個人・団体のス ポーツ推進のために行う活動のことを意味する。
[スポーツライフ・データ2000:36, 山口 2004: 7の引用より引用]
スポーツ・ボランティアにはイベントボランティアおよび地域スポーツに根づいた活動をす るボランティアの二種類があるが、本稿ではイベントボランティアをとりあげる。
過去のオリンピックについて文献、サイト情報などからみると、スポーツ・ボランティアの 行った業務については主に2つの業務があげられる。一つはオリンピックファミリーと呼ばれ ている各国のオリンピック委員会、IOC(国際オリンピック委員会)などへの支援、もう一つ は選手とオリンピックにおけるアクターとの触れ合いの場で、例えばmixed zone とよばれる 選手がジャーナリストと接触するゾーンでの通訳を担当、医療施設、ドーピング検査、空港や 選手村など競技場以外の場所での支援である。文献などからはこのようにわかっているが、実 際にどのような業務をボランティア通訳者が行っていたのか、直近のオリンピックであった 2012年ロンドンオリンピックと2014年ソチオリンピックでのボランティア通訳業務にたずさ わった中から5名の通訳者の協力を得て、質問票調査および自由記述の回答を求めた。回答者 のプロフィールおよび自由記述の内容は付属資料1、調査の質問票は付属資料2、に示すとお りである。
質問調査では次のことを問うた。
スポーツ・ボランティアとして従事した活動
通訳活動の割合
使用された通訳形態
その結果、複数人の報告した活動としては次のような活動があがった。
道/建物案内
競技案内
報道機関への情報送付
ドーピングテスト
また、以下のような活動は回答があると予想していたのであるがなかった。
文化的質問への応答
医療面での支援
言語以外の活動、例えば警備など
とはいえ、予備調査であるので回答がなかったのは活動がなかったからなのか、たまたま従 事した人がいなかったからであるのかは不明である。今回は、ボランティアの中でもシフト表 をつくるなどボランティアの管理を担当するなどとボランティアの中でも責任のあるリーダー 的な役割を担当した人や年齢層も高めの人たちについての調査であったために出てこなかった という可能性がある。さらに、医療面での支援は救急医療というところでの回答としては上が らなかったが、ソチオリンピックで病院および薬局でのシフトに入る時への対応として、用語 集を作るなどして対応に配慮していたという回答も自由記述のところであったことから、担当 分野に含まれていることはわかる。
ボランティア通訳として、通訳行為の占める割合の回答としては3人の回答者は通訳が8割 と回答し、残る二人は0%、60%と回答しているが、0%と回答した者も自由記述において は通訳を担当したと書いているため、誤記入であった可能性もある。いずれにせよ、通訳の形 態としては、逐次通訳が100%という結果となった。同時通訳、ウィスパリング通訳という回 答はなかった。この結果は、すでにほかの文献調査などからわかっているように、ボランティ ア通訳者の対応する通訳形式としては、主としてリエゾン通訳とよばれるインフォーマルな短 い逐次通訳形式が、インフォーマルな場面で用いられた。
自由記述から得られた情報としては、言語能力はもちろんであるが、分析能力、精神的な強 さ、チームとして協力する姿勢、オリンピックの一部であるように努力をすることが求められ た、など、逐次通訳に必要な言語能力はもちろんであるが、オリンピックへの情熱があるか、
予想外の状況への対応能力があるか、ストレスの強い状態のもとで切り抜ける能力があるのか、
与えられた時間内に指定の場所に行くことができるか、少ない時間で選手の気持ちをくみとり、
どのようなことばで思いを伝えるのかを考えられるか、何が必要とされているのかを見極めて 動くことが出来るのか、などの能力が必要とされていることがわかった。
3.ボランティア通訳教育において必要な要件
日本で行われた長野オリンピックの場合には、通訳エージェント関係者二人に聞き取りをし たところ、通訳エージェント5社が中心となって通訳者を組織するのにあたったということで ある。語学ボランティアおよそ5500人はオリンピック委員会や各種スポーツ団体が集めて通 訳エージェントが直接は関与しなかったが、有償の通訳者およそ350人(うち日英通訳者が 190人)については毎日のオリンピック委員会、薬事委員会、ルール委員会など同時通訳対応 の各種委員会、また競技会場付きやメディア関係などのメダリスト記者会見などの逐次通訳を おこなった。他にもPR会社や旅行会社などの大きな会社が関与しており、それらの関係の通 訳の需要も多く発生していた。次の東京オリンピックではこれに倍する規模になるであろうと の感想が持たれている。
すでに本稿で論じてきた調査結果から示唆されることとしては、以下の2点が挙げられる。
まずは外国語の発信能力である。現実的なタスク、たとえばバンクーバーオリンピックのとき のテストのように、オリンピック選手村からカナダホッケープレイスにどのように行けばよい のか、地図に示された通りの経路を自分の担当言語で2分以内に説明する、というような能力 である。外国語での情報発信といっても必ずしも自分の意見を言うというのではなく、事実と して伝えなくてはならないことを明確に伝えるという能力である。現実に需要のある環境のも とで、確実に選手の誘導を行えるのか、という言語能力を実地に運用できる能力が必要である。
もう一点は、広い意味でのリサーチ能力である。プレスとの対応が求められる場合には、特 に限られた時間のなかで苦情や怒りの矢面にたたされる場面もあり得ることから、求められて いる情報を把握する力、知る必要のあることを調べる力、が必須である。競技ルール、用語、
対訳など業務に必要な力を身につけられるということは言うまでもない。場面に応じて必要な 知識を探してくるというのは、通訳者にはプロ通訳者であってもその都度担当する仕事に応じ て行わねばならないことである。一部の通訳教育大学院、たとえばオーストラリアのクイーン ズランド大学では、担当するトピックについてリサーチをしてスピーチを作成するという訓練 を行っている。パリ第三大学の通訳翻訳高等教育学院においては、通訳演習において互いの通 訳練習に供するためのスピーチを作成するためのリサーチ能力が問われている。
通訳の練習に実際に、オリンピックのボランティアの際に出題された問題を取り入れること も可能である。バンクーバーオリンピックの場合、オリンピックの用語の訳語を担当言語にお いて問う問題が出たが、その対応のためには独自に担当言語における対訳を調べる能力が必要 となる。また同じくバンクーバーオリンピックの出題で、外国語しか話せない選手が怪我をし て医療担当者とのあいだのやりとりで言語支援が必要な際、なるべく多く症状についての質問 を一分以内に行うという出題に対応するためにも柔軟な回答ができるリサーチ能力が問われ
る。
さらに、自由記述のところから明らかになったように、ストレスが管理できることや自己反 省ができること、自分で自主的に訓練を行えることも求められているが、それについてはオン ラインの公開されている資料が利用可能である。
ヨーローパでORCIT(Online Resources for Conference Interpreter Training)として公開さ れている。イギリス政府が資金を提供してリーズ大学が中心となって作成している訓練教材で ある。以下に示すのは英語の例であるが、ほかにギリシャ語、チェコ語、リトアニア語とスペ イン語で利用可能である。
情報とストレス管理について Tutorial: Calm under pressure http://www.orcit.eu/resources/kc-en/player.html
自己反省とトレーニングについて Tutorial: Making Feedback Work http://orcit.eu/resources/mfw-en/player.html
リスニングについて
http://www.orcit.eu/resources/lai-en/story.html
さらにリスニングについて
http://www.orcit.eu/resources/lae-en/story.html
ノートテイキングについて
http://www.orcit.eu/resources/nti-en/
メモなし逐次通訳について
http://www.orcit.eu/resources/eci-en/index.html
メモなし逐次通訳について 演習
http://www.orcit.eu/resources/ece-en/index.html
他に、Interpreting Asia - Interpreting Europe としてBùi Văn Hoàが中心となって作成してい る一連の動画教材がある。英語のほかベトナム語が用いられている。
Unit 1: Role of the Interpreter 通訳者の役割
https://www.youtube.com/channel/UC3LZ6PjUmZdEylNfm8bTrbg
Unit 2: Public Speaking パブリックスピーキング
https://www.youtube.com/watch?v=D1DD0QkbQOA&list=PLBDD46F7C6D1E2BD2
Unit 3: Concentration & Memory 集中力と記憶 https://www.youtube.com/watch?v=pF6HX69jCYE
Unit 4: Note Taking ノートテイキング
https://www.youtube.com/watch?v=2WdiGYIciwc
Unit 5: Coping Tactics 対応する技術
https://www.youtube.com/watch?v=FaZBazHfdMM
Unit 6: Cultural Awareness 文化的な感受性 https://www.youtube.com/watch?v=R0yJj_cWKEY
Unit 7: Professionalism プロフェッショナリズム https://www.youtube.com/watch?v=nlLMBFkUAgw
オンライン教材で集中力が持続するのは20分といわれているが、上記の素材は概ねこの範 囲におさまっている。最後のProfessionalism については、通訳訓練において著名なパリ第三 大学通訳翻訳高等学院のDaniel Gile 教授も登場しているなど、欧州の代表的な通訳翻訳教育 大学院と協力して作成されている。
4.今後の課題
オリンピックを見通しての教育の変化はすでに英語教育の分野で始まっている。文部科学省 では、2020年の東京オリンピックを見据えた新たな英語教育を展開するため、2013年12月に、
小中高等学校を通じた英語教育改革を計画的に進めるための「英語教育改革実施計画」を公表 した。2014年度からこの英語教育改革実施計画に基づき、逐次、改革を推進するとしている。
2013年6月に文部科学省が発表した「大学改革実行プラン」では、英語による授業を倍に増
やすことを検討・実施するとある。2012年度からは、留学促進の取り組みや、グローバル人 材をサポートする「グローバル人材育成推進事業」も実施されている。
オリンピックに向けての大学を中心とする連携としては、新聞報道などにすでにあるように、
2014年6月23日に2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会における大学連携協 定として2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会と本学を含む552校 の大学・短大が協定を締結した。
本学のように通訳・翻訳教育を行う大学・大学院はこの協定の締結のもとで、上記のような 改革の動きを取り入れつつ、東京オリンピックに向けて英語のみならず多言語における対応が できる存在として重要な役割を担っていくことができるものと考える。
実際に、今後の通訳教育においてはソチオリンピックの際にもオンライン資料として活用さ れていたような資料を活用していくことも教育効果を高める上で有効であろう。
2014年2月19日付け産経ニュースで「water」が通じない!?東京五輪にも教訓という記 事が報じられていた。それによると、「会場のあちこちで「英語の通じない五輪」の声が聞か れる。売店で水を買おうとしてwater が通じなかった」と、日本人女性という声とあわせて、
アメリカ人で、夏季・冬季五輪開催地を16大会連続で訪れている人も「こんなに英語が通じ ない五輪は初めて」と話していたという例が指摘されている。
西川千春氏が2020年のオリンピックの場所に東京が決まったあとのBBCワールドのイン タビューに答えたときにBBCのキャスターが投げかけた質問によれば、東京は世界の大都市 のなかでも最も外国にきたという感覚に陥る街であるという。英語など外国語での街中での表 記が少ないのと英語で案内を受けるのが難しいのがその大きな理由である。日本語を話せない 訪問者が訪れるのには、通訳ボランティアを含む多くの手助けが必要となるであろう。今後は 通訳教育を含めた語学教育においてオンライン教材のみならず、通訳ソフトも使いこなすよう な対応も視野に入れることが必要である。通訳教育を充実させることは多数国・地域が集まる イベントの成功の上で欠かせないと考える。
参考文献
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付属資料1:5名(年代、性別、プロフィール、担当したオリンピック、国籍、言語)
1.オリンピックで自分にとって最も価値が高かった通訳経験
2.通訳者の役割を効果的に果たすためには、どのような要件が必要であったか。
(たとえば言語能力、異文化理解の意識、倫理意識、予想外の状況への対応能力など)
3.ボランティアへの選考プロセスでどのような資質がいちばん求められていると感じた か。オリンピックで業務をしたいと思う場合にはどのようなアドバイスを与えるか。
4.オリンピックで通訳者をつとめたあとで、さらに効果的な仕事をするためには何が助 けになったと思うか。
5.オリンピックでの通訳者にとって特に必要と思われる訓練はなにか
I. N. C氏(50代、男性、在英通算23年、経営コンサルタント歴9年、ロンドンオリンピッ
クではボランティアリーダーを務める、ソチでもボランティア、日本人、日本語と英語)
1.日本の女子卓球チームのシンガポール対戦における歴史的な瞬間に立ち会えたこと。ロン ドンオリンピックにおける最初のメダルとなった。その後直ちに行われたOBS(Olympic
Broadcast Service オリンピック映像機関) でのインタビューが特に印象に残っている。
オリンピックの映像はどのテレビ局かを問わず、すべてOBSの映像が世界中に配信され る。ONS(Olympic News Service オリンピックプレス報道機関)は、選手の試合後のFlash
quote をとり公式リリースする(プレスリリース)。現場にいなかった報道機関が自由に
使用していい内容である。ONSのほうは、ボランティア通訳は二人ペアで行う、またボ ランティア通訳であることを名乗ることが決まっている。それだけでもプレスのほうのボ ランティア通訳に対する対応はソフトになるし、通訳者の実力がわかっておさまるところ におさまる。
オリンピックのボランティアに対して指示をするのは組織委員会(OCOG)のスタッフの みであり、コントラクター(たとえばプロの通訳)からの指示、命令はないようにできて いる。ボランティアの士気を維持するために重要である。プロの下でボランティアがはた らくことがないようになっている。実際に、顔をあわせれば話すことはあるが、ロンドン でもソチでも、あまりプロの通訳者との接点はなかった。
2.予想外の状況に対応出来る能力が、まずは第一である。言語能力はまずは前提条件。
オリンピックへの情熱が他の全てに勝ってもっとも重要である。
3.ノートテイキング・スキル。
4.通訳者の職業倫理:全員がプロとしての経験があるわけではないので。
5.オリンピックでの訓練は、オンライン素材を使っての個人が独自に行う研修と、実際に対 面での研修と二段構えである。オリンピックのオンライントレーニングでダウンロードす る素材は「読んでおいて下さい」とボランティアプログラムのトレーニングでは言われる 素材がある。プロは日常的に訓練を受けて経験があるという理解のため、訓練の対象には なっていない。ソチでは一般(ロシア人)通訳ボランティアの訓練はせいぜい数日であっ た。ロシアは国土が広大であることもあり、全土に数カ所のハブを設けても対面で研修を 行う機会は少なかった。
ロンドンでは合計3日間のトレーニングがあった。一日目はオリエンテーションでこれは 士気高揚のためのイベントである。役割別トレーニングは丸一日朝から夜遅くまで、2日 間行われた。午前中はオリンピックやボランティア全般にわたるトレーニング。午後は通 訳のためのトレーニングでロールプレイなど、実際的な訓練を行った。いくつか、曜日の 選択肢があってほとんどが平日から選ぶようになっていた。この時点では通訳チームのみ が集まるように事前に区分されており、実際に後で直属のマネジャーになる人物がトレー ナーになっていた(フリーランスのスポーツ専門翻訳家)。ボランティアのトレーニング マニュアルの大半はロンドン組織委員会(LOCOG)が作成している。
このほかに実際的な訓練としてテストイベントへの参加があり、トレーニングを受けるよ りも前に行った(2011年11月)卓球のプロツアーグランドファイナルロンドン大会(ITTF 公式イベント)がテストイベントであったが、実際にオリンピックで起こることをプレス および映像インタビューなど、行う必要があったので、非常にためになった。
ソチは外国人ボランティアの訓練はほぼ、すべてオンラインであった。実際の対面トレー ニングはソチに到着後、一日が会場案内や全般のトレーニング。別の日に外国人向けロシ ア文化講座が2時間、チームでの異文化間トレーニングが2時間(このセッションでは講 師を担当)であった。用語集の翻訳もソチでは行いこれが個人的に一番の貢献と思う。
これに加えて、重要なのがオリンピック用語の徹底である。トレーニングマニュアルとグ ロッサリー(用語集)が渡されて、トレーニングでカバーされた。あとは、必要な環境で 例えばよく出てくる略語、OBS ONS UDAC NOC VAPP などを覚えた。
ロンドンではボランティアの採用面接では、まさに人間関係(それがその場限りのもので あっても)を適切に結べるか、それが仕事の成否に関わっているという考え方から人間力 を見て決める。そのあと、どのような職種に割り当てるのかの判断にあたっては、応募者 の過去の経験をみて判断する。面接をおこなっているのもほとんどはボランティアである。
おそらく、ボランティアの審査の中でいくつかの基準をクリアーした人に自動的にメール
が送られたと考えられる。その他、スポンサー企業(マクドナルドなど)また、組織委員 会からも面接官が出ていたとおもわれる。マクドナルドは、ボランティアプログラムのス ポンサーであったため、マクドナルドのトレーニング施設を借りて訓練を行った。マクド ナルドの社員がボランティアとして関与していたり、ボランティアにカスタマーサービス
のCertificate を発行するなどもマクドナルドが行っていた。
ロンドンでは、最終的にメディアインタビューは英語で行うということを考えると、通訳 ボランティアの採用に関してはこのうえない恵まれた環境であった。英語ネイティブが採 用された通訳の9割以上を占めていた。問題は日本で、どこまで英語をキーにして行うと いう方針が確保できるかであるが、ソチでそうであったように、必ず日本語を一度通すと いうことになると相当に負担になる。メディアセンターは基本的に英語と日本語の二ヶ国 語で対応出来るので、東京でも心配はない。ほかは韓国語と中国語があれば対応できる。
他の言語は基本的にヘルプ要員という位置づけである。問題は競技会場でのメディアイン タビューである。日本語と英語は対応できるが、それ以外の外国語は日本語をキーにして リレー通訳になるということであれば、プロ通訳者が当たらねばならないが、可能な限り プロとボランティアの職域がクロスしないように指揮系統を分ける必要がある。プロ通訳 者がボランティアに指示を出すようになると必ず問題が発生する。出来れば、ロンドンで のように、プロ通訳者はメダル記者会見の逐次通訳と、同時通訳に特化するのが最善であ ると思われる。あるいは、ソチオリンピックでそうであったように、メディア通訳の大半 をプロ通訳者に任せるか、判断が必要となる。
職業倫理の問題については、判断が難しい場合がある。たとえば、ロンドンオリンピック の場合には一般の放送局、新聞社、通信社はボランティア通訳者の対応するクライアント ではなかった。あくまで、公式の発表を一本化する場面のみの通訳対応を行う、一般の放 送局、新聞社、通信社がボランティア通訳者を使いたいという要求はできないということ になっていた。その点は、通達によって明確にされていた。しかし、場合によっては臨機 応変な対応が必要な場合もあった。現場のリーダーであったので、自分自身は自分の判断 で行動しており、余裕があって対応できる場合には対応したこともある。他のメンバーは、
自分で判断がつかない場合にはリーダーである自分に聞いてきた。
マネジャーは、広い複数競技が行えるエクセル会場において正副、それぞれ一人ずつの二 人のみであったが、正副はシフトを分けていたため、特定時点においては、実質的に一人 のみ。
ボランティアはのべ150人くらいいて、1シフトに最低50名配置され、7種目をカバー した。マネジャーはオフィスにいるので、到底すべての指示は不可能である。結局、ボラ
ンティアリーダーである自分が各競技のマネジャーからのクレームの続出をカバーするた めに、中堅のボランティアの人たちを集めて(弁護士、コンサルタント、教師など)現場 でリーダーシップ体制を整えられるようにした。ロンドンにおけるボランティアリーダー としての自分の一番の貢献であると思っており、マネジャーからも感謝された。
II. N. Y氏(40代、女性、元投資銀行勤務、人事の専門家、ロンドンオリンピック、日本人、
日本語と英語)
1.オリンピックの期間中、国全体がオリンピック以外のことは考えていないかのようであっ た。国全体で驚くような高揚した気分をもたらした。みながテレビをみる、あるいはオリ ンピックを生で観戦することで興奮しており、家族や友人と話題にしていた。自分も個人 として、オリンピックに関われた事自体が喜びであった。興奮するできごとで、多くの日 本人選手のために通訳できたことが非常に栄誉であった。ほとんどが試合が終わったあと のメディア対応あるいは記念式典もしくはドーピング検査に行く選手の付き添いをした。
勝利を目指して選手たちが一生懸命努力する姿は、自分の出身国にかかわらずきわめてす がすがしいものであった。こういうことすべてから、きわめて刺激とプラスのエネルギー を受け取った。どのような場合でもユニフォーム着用であったため、自宅から、通訳現場 の場所までも着用していた。これは非常によいPRになった。街角でさまざまな人から声 をかけられて話が始まることが多く、私達も多くが勇気づけられた。実際に、パラリンピッ クがさらにオリンピックよりも感激的であった。それぞれの選手のストーリーに非常に心 動かされた。雰囲気はとてもあたたかく感激するもので、通訳チームとして私達はとても 選手と一体感があり親しい感覚があった。パラリンピックで仕事をする機会を得なかった ら、障害者とこれほど親しく感じることはなかったであろう。
2.言語能力が基本であるが、もう一つの重要な要素が異文化・倫理意識であり、人間のコミュ ニケーション能力が高い必要がある。日本選手のための日本語通訳としてだけはたらくの ではなくて、Language Service Group のチームとして仕事をして、他の国からの通訳者、
違った年齢の人たちや違った背景の人たちの助けになる必要がある。さらにメディアチー ム、医療チーム、ロジスティックチームとも緊密に連携をとっていかねばならない。チー ムの一員として働いたことがきわめて楽しかった。その後チームリーダーとしての仕事も したのは、JICA(国際協力事業団)で働いた経験があったからだと思うし、投資銀行の人 事部門マネジャーの経験はきわめて役立った。
3.選抜の過程において、何度も繰り返し聞かれたのは、強いプレッシャーのもとで業務を遂
行出来る能力があるかという点であった。今までの人生でいちばんストレスが強かった状 態はどういうものであったか、それにどのように対応したかを問われた。面接の段階で は、実際にどのような業務、あるいはどの場所で業務を担当するのかはいわれていなかっ た。ただ、ようやくどこに配属になるのかがわかったのは、たいへんに要求が厳しくてき びしいプレッシャーのもとでの業務といわれたときだった。ちょっと不安もあったが、精 神的にその用意ができていたことは良かったと思っている。ほとんどの人同様、自分自身 も不安を感じていたがあまりに業務が多忙でオリンピックの期間中はそれを感じる余裕が なかった。振り返ってみると、実際に業務を遂行できたことに自分自身驚いている。2020 年の東京オリンピックでのチームに私が言いたいのは、「おそれるな、全力でぶつかるよ うに」である。
4.オリンピックが始まってすぐに、適切なイベントに適切な時間に行くのは極めて難しいこ とがわかった。ロンドンO2(エクセル会場)に配属されていたが、ここは端から端まで 2キロもある一番大きな会場である。同時に10種目もの競技が行われていた。チームに はそれぞれの国からシフトあたり通訳者二人のみ(あるいはそれ以下の人数)であったた め、選手からの重要なインタビューを撮りそこねないように、走り回らねばならなかった。
サイトマネジャー(これは報酬を得られる仕事でボランティアではない)の任務はすべ て、プロトコールのスタッフからの要求や要望にこたえるところであったが、勤勉で業務 上の時間のプレッシャーに対応できる人物であった。しかし、オリンピックが始まってす ぐはインタビューが必要な時間、場所を見誤ったりした。たとえば、通訳者が適切な場所 に適切な時間に配置されていなかった。それで、最初の数日間にはチームが選手とのイン タビューに行けないという事態が発生した。この問題を解決するために、通訳チームのな かで自主的に「エリアスーパーバイザー」を決めて、電話でチームに試合結果を伝え、イ ベントやメディアの要求を知らせるようにした。これで非常にスムーズにすすんだ。最初 は、競技種目の観戦が許可されていなかったが、結果を理解していないと通訳業務を、気 持ちを込めてしっかりと遂行できなかった。マネジャーにかけあって重要な試合を「家族・
選手席」から観戦出来るようにさせてもらったことで、テレビやラジオのメディアインタ ビューには非常に役だった。こういう手続は自分たち自身の手でオリンピックが始まって から試行錯誤でうみだしたことである。前もってどのような手続きになるかがわかってい れば、より事前に訓練ができたと思われる。
5.訓練は極めて短期で数日だけであり、不十分であった。もっと訓練があったほうが助かる。
プレゲームの経験もより多く必要である。自分自身は体操のテストイベントの通訳者を 行った。これは自分がどのような仕事をするかを理解するうえで、きわめて有効であった。
ロンドンのオリンピック・パラリンピックで通訳ボランティアとしていちばん大きなエク セル会場に配属された日本人は全部で10名ほどで、朝と夜シフトの2シフトで、一言語 につき1シフト2人が大体の割当であった。通訳者二人と言っても各会場から声がかかる のは結果が出る直前で端から端まで数キロもある会場のミックスゾーン(メディア対応の 場所)まで全速力で走っても、試合終了までに間に合わないことも度々あった。たまたま、
自分が柔道の伊調、小原両選手の勝利インタビューに入った同じ時間に、フェンシングの 太田選手が銀メダルを取得してインタビューの通訳リクエストが入ったものの、もう一人 の通訳者は石川佳純(卓球)のドーピング検査にすでに入ったまま、メディカルルームか ら出て来られず(ドーピングの検査付き添いは尿検査が済むまでなので選手によっては数 時間かかることもあり、その間通訳者もその場を離れることはできない)、せっかくのイ ンタビューチャンスをのがしたという悔しい経験もあった。会場を走り回り、緊張する間 もないほど忙しい期間だったが、あのときのあの場にてボランティア通訳を担当したこと はかけがえのない宝ものである。
このときのオリンピック通訳仲間とは、今でも数ヶ月に一度会うほど、緊密な人間関係を 構築している。2020東京オリンピックにおいても通訳ボランティアに応募したいと思っ ている。国も職業も違う仲間であるが、一緒にあの場を共有したという思いが強くこの仲 間をつなげているとおもう。現場で起こる様々な問題や課題は実際に現場で経験した者に しか、わからないことも多くあると思われる。
オリンピックでの通訳は今までのどの仕事とも違った。自分はプロの通訳ではないので経 験は少ないが、高揚しきった会場のなかで、ただたんに選手のことばを右から左に機械的 に訳すのではなく、少ない時間で選手の気持ちをくみとり、どのようなことばを使って選 手の思いを通訳すればよいか、悩みながら過ごした期間でもあった。
緊迫した状況の中で通訳の仕事だけというわけには行かず、他の国のボランティア、また はメディアやロジスティックチームなどと組んで仕事をしていくなかでの小さな誤解がこ ぜりあいに発展することもあったし、メディアチームの人手が足らないときには、あらか じめ考えた質問を通訳者のほうで選手に投げかけてインタビューをして、その内容を訳出 して後でメディアに渡すということもあった。それぞれの状況での各々の臨機応変なコ ミュニケーションスキルが大いに試された機会だと思う。
III. B. K氏 (40代、男性、公証人、イギリス人、担当したオリンピック、英語とフランス語)
1.オリンピックでの業務というのはボランティアにとって一生の経験であると思う。より大
きな何かに所属しているという帰属意識を感じさせる。同時に有用な目的に仕えていると いう感覚を得る。ボランティアのなかでは単にこのように見る人もいるが、通訳者として のキャリアを考えている者にとってはまさにかけがえのない経験であるし、履歴書に書い たときに見栄えがする経験である。また、仕事をしている間友情を結ぶ場合もある。多く の仲間がオリンピックが終わっても連絡をとりあっている。オリンピックがどのようにし て組織されているのか、普通では見られない内部からの視点を得ることができるし、配属 によっては試合を観戦することが出来る。
2.言語能力、異文化理解能力、倫理意識、予想外の状況への対応能力、これらすべてが必要 である。言語能力がまず基本的な要件であり、外国語をはなせないのに話せるなどという ことは、じきに見破られてしまうのであるから無意味である。適応能力は同じく重要であ る。業務は毎日、毎日違うからである。文化的意識、倫理意識があるというのも大事であ る。地球上のありとあらゆるところから来ている人たちで、ものの見方が違うことを理解 せねばならない。どのような業務を要求されたとしても、助けになりたいという意欲もき わめて重要である。
3.上記で述べたように、開かれた考え方ができるのと快活さが大事である。組織能力も同じ く重要である。オリンピックで以前にこの経験をしたことがある人は極小数であるし、か ならず何らかの混乱の要素があるからだ。
4.いちばん業務に役だったのは何か、いうのは難しい。ここでボランティアをした人たちは かなり立派な仕事をしたと自負している。組織力、言語能力、コミュニケーション能力は 必ず必要な要件である。ときには、業務を頼んで来る人達が我々がボランティアであると 認識せずに頼んでいることがあって、一度もやったことがないことをせざるを得ないこと がある。受け手の側にさらなる寛容さが求められるが、これが大きな問題であったという ことではない。
5.通訳訓練はそれほど与えられなかったが、何が必要であるかという感触をつかむことはで きた。ロールプレイの練習はおこなわれてこれは役立った。今でも覚えている重要なポイ ントは、一人称か二人称ではなすということで、三人称で話してはならない。ノートパッ ドは、もっとどこでも入手可能であるように提供されているべきだ。メモをしっかりとれ ば、あとで話し手が何を言ったのか、忘れてしまったということも避けられる。また、通 訳者はよくわからなかったときに聞き返すことを恐れてはならない(ただし、毎文ごとで ないならばという但し書き付きであるが)。
IV. J. J氏 (20代、女性、翻訳者、ロンドンオリンピック、中国人、北京語と日本語、英語)
1.プロの通訳者ではないのだが、3つメダルを授与される式典での通訳をまかされた。シン ガポール女子卓球チームの銅メダル、中国女子卓球チームの金メダル、さらに中国男子卓 球チームの金メダルである。(チームリーダーとして同行した西川氏のコメントによれば、
プロ通訳者が卓球についての知識がいまいちでうまく切り抜けられないことを見抜いたメ ディアから、J. Jさんを起用してほしいというリクエストが出たくらい、立派な通訳をお こなった)。
2.理解力がもっとも重要である。選手のバックグラウンド、特にどのようなテクニックを使 うのか、選手としての履歴、ライバル選手の履歴、いままでの対戦成績などを把握してい るのが重要である。よく理解しているというのは、ジャーナリストや一般人が知りたいと 思っていることが何であるのかをつかうたえにも有用である。
3.どのようなことを面接で聞かれたのか、正直覚えていない。しかし、このような大型の国 際イベントにあたって情熱をもってあたれるか、というのが重要な要素である。また緊急 時にどう対応できるのかという能力も大事である。通訳は通訳者に対してすばやい反応を 求める業務であるが同時に正確性も求めるものだ。メディアあるいは選手がなにか、予想 外のことを言ったとしても通訳者は冷静さを失わず、一定の水準以上の仕事をせねばなら ない。
4.ロンドン2012年の訓練で得たことはすべて満足している。しかし、自分にとってもっ とも効果的であったのがONS(活字メディアチーム)が生の試合をみているときに与えて くれた訓練である。その当時、卓球についてもよく知らず選手の知識もなかった。メディ アのカンファレンスがはじまるあえにONSのメンバーは一緒に座って私に必要な選手に ついての情報を提供してくれたので、選手やそのライバル選手についてよく知ることが出 来た。それは後に私がインタビューの通訳をより重要な試合について行うときにきわめて 有用であった。注目される対戦であればあるほど、ジャーナリストがより詳しい内容(テ クニック、個人的な情報)を聞くことが多いからだ。
5.ロンドン2012年の訓練については、緊急事態に対しての対応訓練が印象に残っている。
通訳者のみならず、すべてのスタッフ、ボアンティアはなにか急に予期せざる事態にさら されることが起こりえる。そのため、そのような事態において何を最低限念頭においてお くべきか、覚えていくのが重要だ。そうすれば、少なくとも優先課題をどのように決定す ればよいのか、理解ができる。
V. Y. K氏 (30代、女性、ソチオリンピックを担当、英語教師、ロシア人、ロシア語と英語)
1.すべてが自分にとってはとても重要であった。メインプレスセンターの仕事を行ったが、
医療からテクニカル分野まで、さまざまな分野の通訳にあたった。しかし、自分にとって のもっとも貴重な体験は、朝のシフトにおいて、薬局もしくは病院で仕事をした時だ。も ちろん、事前に患者からどのような医療上の相談があるかを前もって予想して医療用語は しっかりと勉強してあったし、医師や薬剤師が適切な処方を出来るような準備はしておい た。大変な責任を感じたが、同時に人の助けになれることは大きな喜びであった。さらに、
一部翻訳も行った。たとえば、保険支払いの指示やホテルの業務規則の翻訳も行った。す べて行ったことは自分にとって極めて有用であった。
2.いちばん重要な要件は言語能力である。特にスポーツ・医療・技術用語の知識である。単 語を知らなかったらほかの言語に訳すことは不可能である。さらに二番目に大事な要件は、
不安を克服する能力であり、刻々と変化する状況への対応能力である。さらに、重要なの は前向きな気持をもって、助けを求めてくる人の力になれるように最善を尽くす気持ちで ある。
3.逐次通訳者をやりたいともうしでたため、最初に私が審査の際に問題とされたのは言語能 力であった。さらにそれにくわえて分析能力、精神的な強さ、チームとして協力する能力 が問われた。さらにオンラインのインタビューもあった。スーパーバイザがオンラインで 私達に対面で話をするということもあったが、実際に姿をみて自分がどのような人間であ るのかをみてもらえるのは大事であると思う。
最初に私がアドバイスしたいのは、オリンピックの一部となるように一生懸命に努力をす るということだ。最高の力を持っていられるように、特定分野で多くのことを知っていな くてはならない。二番目には、十分な時間をかけて新しいことを学ぶようにということだ。
そうすればオリンピックの際に非常に役立つ(たとえば単語だけではなくてオリンピック の歴史、場所、違った人たちのもつ違ったコミュニケーション規則、障害を抱える人との コミュニケーションの配慮、など)。三番目には、どんな状況においても冷静さを失わず、
対応できる能力があることだ。心配しすぎないこと、あるいは少なくとも不安を抱えてい ると外に出さないことが重要である。さらに、前向きで情熱をもって当たるというのが大 事だ。通訳者は試合の顔であり、常ににこにこして歓迎するようすでなくてはならない。
四番目には、助けを、あるいはアドバイスを求めるのをおそれてはならない。助言を求め て悪いことなどない。経験のある人から学ぶことができるし、次のときには聞いたことは 他の人の助けになるかもしれない。
4.もっと一方では自信をもつこと。また、第二言語(ドイツ語)をさらに勉強すること。英 語からロシア語、あるいはロシア語から英語の通訳についてもまだ問題は残っている。な にか問題に遭遇した時にはほかのさらに経験のある人に助けを、あるいは訂正を求めたが それはそれでよかった。ただ、自分としてはもっとドイツ語を勉強して、ドイツ語と英語 との組み合わせでも仕事を出来るようにしたいと思っている。
5.訓練は極めて重要である。オンラインコースとオンライン素材は、オリンピックで業務を 行う人にとっては必須である。さらに特別な訓練を受けて、オリンピック事態について、
また通訳のプロセスについて学んだことは大きな収穫であった(通訳のやりかた、どのよ うな間違いを避けるべきか、記者会見ないしミックスゾーンでの通訳、違う種類の通訳、
など)。さらに、オンラインの語学コースはきわめて有用であった。自分はボランティア 通訳者として仕事をしたが、プロ通訳者でさえもオンライン素材や用語集を勉強していた ので、繰り返しになるが訓練はきわめて重要であると言える。
付属資料2:過去の多数国参加イベントにおける、スポーツ・ボランティアの活動予備調査回答
Game related tasks 回答数(単位:人)
guiding directions 2
assisting announcements for the games 4
keeping records of game results 0
distributing judging sheets 0
collecting judging sheets 0
setting up match venues 0
cleaning up match venues 0
setting up practice venues 0
cleaning up practice venues 0
Administrative tasks for the Olympic Games venue
registration 0
volunteer management 3
answering complaints 0
catering lunch 0
announcing game results 0
sending information to Press Center 2
broadcast announcement inside the hall 0
cleaning of facilities 0
collecting garbage 0
guarding the hall 0
guarding the waiting room of athletes 0
showing directions at parking lots 0
information for spectators 0
selling tickets for the day 0
ticketing 0
emergency medical treatment 0
Ceremonies related tasks
setting up venues for opening/closing 0 dismantling venues for opening/closing 0 showing directions to athletes medal awarding 1
showing directions to Directors 1
assisting awarding of medals 0
Transportation/Logistics
information at airports, railway stations 1 ride on the shuttle bus as escort guide 0
sending luggage 0
information at the hotel 1
Accreditation Center related tasks
screening accreditation qualifications 0
issuing ID card 0
guiding directions for athletes 1
guiding directions for Directors 1
Press Center and Headquarter related matters
preparing information for the Press 3
place of contact for SOS messages 0
doping test 3
A study on training for volunteer interpreters in view of large scale multinational sport events
TSURUTA Chikako
This paper aims at ascertaining what roles volunteer interpreters will be expected to take during a large scale event like the Olympic Games, a research on past Olympics was conducted based on publicly available information. There are two types of organizing volunteer interpreters:
one is an open model where English is used as a mother tongue calling for volunteers from society as a whole while the other type is a closed model calling for volunteers from select groups.
The London Olympics is a representative example of the open model and the Beijing Olympics is a representative example of the closed model. In the open model, recruiting of interpreters was done from the general public and those who worked as volunteer interpreters worked at LANS (language services) functions in the Olympics were assigned to that role after they were selected as volunteers. In the closed model, the Olympic organizers designated representative universities to contribute as a hub to provide volunteers. The participating universities were able to construct volunteer networks.
Further to research what specific tasks volunteer interpreters performed during the Olympics, a questionnaire survey was conducted on five volunteer interpreters who worked for the London or Sochi Olympics. It was found that the tasks most widely performed by them were guiding directions, assisting announcements for the games, preparing information for the Press and assisting at doping tests. The volunteers replied that the interpreting mode they worked in was consecutive interpreting.
The preliminary conclusion that can be drawn is those tasks to be performed will be by consecutive interpreting to provide services in areas that will necessitate contact with players.
It will be fruitful to make efforts to provide training to hone skills in such areas. It is also useful to make use of available training resources online as an advent of information technology. The Tokyo Olympics can profit from such training as a lasting infrastructure.