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中央区朝堂院朝庭の調査 一郭67次

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Academic year: 2021

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(1)

中央区朝堂院朝庭の調査

一郭67次

        1 調査の概要

 中央区朝堂院は、第一次大極殿院の南に附属して設け られた施設である。周辺においては朝堂院東側の朝堂の 調査U移)7 ・ 102 ・ 111 ・ 136 ・ 140次調査)、朝堂院南門の調 査(麻19 ・ 176 次調査)、第一次大極殿院地区の調査(㈲7

・296 ・ 337 次調査)等があるが、朝堂院朝庭部分について の本格的な調査は実施されていない。

 また、この地区には下ツ道をはじめとする平城宮造営 以前の遺構の存在も予測された。

 以上の課題を考慮し、中央区朝堂院朝庭部分の利用の 実態と、下層遺構の有無の確認を目的に調査を開始した。

 期間lj2004年1月5日より開始し、3月31則こ終了し た。調査区は当初東匹S4m、南北24mの長方形に設定し、

後に拡張をおこなった。水路部分は調査できなかったた め、ここを境に東区および西区と便宜的に調査区を呼称 する。発掘面積│ま1900 「である。

        2 調査の成果

 調査区のほぼ全体で水田床上下に小石敷が存在するこ とを確認した。地表から浅いため、耕作等による影響を 大きく受けており、上面においては中世の瓦器、宋銭が

瞳59 調査区位置図

出土した。このため、性格は特定できないが、小石敷以 下は奈良時代以前の遺構・遺物のみに限られる点から、

この小石敷は朝堂院朝庭の舗装と考える。

 小石敷を除去したところ、奈良時代および奈良時代以 前の遺構を確認した。

 奈良時代の遺構としては、掘立柱建物4棟、東西溝・

南北溝があげられる。

 掘立柱建物はいずれも東西棟と考えられる。

 調査区北側には、東区・西区にまたがって現状で東西 5間、南北4間以上の大型の建物が1棟存在する。調査

区北側に更に延びる可能性もある。この建物は東西の中 心が中央区朝堂院の中軸線と一致していることを特徴と してあげることができる。

 東区南寄りには東妻の柱列をあわせるような形で2棟 が並ぶ。北側の建物は東西3間、南北2間の小型の建物 である。南側の建物は北側の柱列のみの確認に留まるが、

5間の東西棟建物であろう。

 西区南西隅には柱穴が2基確認できる。東区で確認さ れた建物と中央区朝堂院の中軸線を軸に線対称の位置に あることから、同じ性格の建物であると考える。

 従って、4棟の建物は中央区朝堂院の中軸線を基準に 規則的に配置されたものと考えられる。この建物配置は、

東区朝堂院朝庭で確認されている大嘗宮と共通点が多く、

大嘗宮の北半部東よりの区画に比定できる可能性が高い と考えられるが、更に検討をおこないたい。

 下ツ道は、平城宮内においては南側の朱雀門及びその 周辺の調査(麻6・17次)、中央区朝堂院南門の調査(第 n9次)において存在が確認されていたが、本調査区にお

いても両側溝を確認する二とができた。  (金田明大)

図160 調査区南側掘立柱建物群(北東から)

Ⅲ‑1 平城宮の調査 143

(2)

144

Y ‑ 1 8 , 8 6 0

下y道西側溝

奈文研紀要2004

注61 調査区西半部の状況(北から)

Y ‑18,840     南北溝

Y‑ 1 8 , 8 2 0

r I     |      ;    |      |        ( Y‑18,550) 図t62 第367次調査遺構平面図 1:ax)

Y − 1 8 , 8 C X ⊃

X‑145,150

べX ‑145,500)

X‑145.160

X − 1 4 5 、 1 7 0

参照

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