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その他のタイトル Rucktritt vom unbeendeten und beendeten Versuch : Neue Tendenzen der deutschen Judikatur

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(1)

着手中止と実行中止の要件について : 最近ドイツ の判例の動向を中心に

その他のタイトル Rucktritt vom unbeendeten und beendeten Versuch : Neue Tendenzen der deutschen Judikatur

著者 山中 敬一

雑誌名 關西大學法學論集

巻 49

号 5

ページ 580‑639

発行年 1999‑12‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/00024460

(2)

‑.はじめに

‑.はじめに 次

二.一九八二年判決以降

三.未必の故意の事案における中止に関する判例

四一九九三年﹁構成要件外の行為目標﹂達成に関する大法廷決定

五.判例の実行未遂における﹁結果防止行為﹂の要件

六.判例における障害未遂論

七.まとめ

(1 ) 

以前に︑着手中止と実行中止の要件について一九八一年までのドイツの判例を検討したことがあるが︑そこでは︑

行為者の犯行計画がある場合には︑それを基準とするのを基本原則とし︑それを客観的経験則によって修正したり︑

ー 最 近 ド イ ツ の 判 例 の 動 向 を 中 心 に

I 着手中止と実行中止の要件について

山 中

0 )

(3)

着 手 中 止 と 実 行 中 止 の 要 件 に つ い て

または︑明確な計画がない場合には︑中止時の結果発生の表象を基準にするというように修正するのが︑判例の基本

(2 ) 

と く に 一 九 五 六 年 の フ ラ ッ ハ マ ン 事 件

(F la ch ma nn fa ll )  (T at pl an th eo ri e)  

一九八二年末になって︑連邦裁判所は︑

で 有 名 と な っ た こ の い わ ゆ る 行 為 計 画 時 基 準 説

(P la nu ng sh or iz on t)

と訣別し︑中止時の行為者の行為の続行可能性を基準とするといういわゆる中止行為時基準説

(3 )

4

)  (R uc kt ri tt sh or iz on t)

に移行した︒ここでは︑判例が学説に歩み寄り︑きわめて﹁中止友好的﹂な結論である全体的 考察方法がとられることになり︑これによって中止未遂の成立可能性が拡大されたかの概観を呈する︒この判例の展 開を概観すると︑あたかもフラッハマン判決以降の判例の展開と同じように︑

一 九

九 三

スティッシュに︑その論点があられた判例において︑中止行為時基準説の原則の適用条件を新たに展開しながら︑あ

( 5)  

まりにも中止友好的な結論を避けるため︑軌道修正を加えている︒それらの軌道修正のための補助基準は︑

年の連邦裁判所の大法廷決定においてようやく︑統一・整理される︒このような一連の流れは︑﹁中止行為﹂の要件 の問題を考察するにあたって︑きわめて重要であるので︑先の判例の検討を補完するために︑ここで︑この一九八二

(6 ) 

年末の判例以降の判例の展開について検討を加えようとするのが︑本稿の意図である︒これによって︑先に得た︑中

(7 ) 

止行為の要件に関する私見を補強し︑その正当であったことを確認しようとするのである︒

( 1

)

山 中

﹁ 着

手 中

止 と

実 行

中 止

ー 中

止 行

為 の

意 義

に 関

す る

考 察

﹂ 関

大 法

学 論

集 三

四 巻

︱ ︱

‑ 1 1

1 1 五

号 一

九 六

頁 以

下 ︑

特 に

ニ ︱

頁 以

下 ︒

( 2

)  

BG HS t 1

0, 1  29

. 

こ れ に つ い て ︑ 山 中 ・ 前 掲 論 文 二 三 0

頁 参

照 ︒

( 3

)

こ れ

に つ

い て

v g l . S ei e r ,  R i ic k t ri t t   v

om e V rs uc h  b e i  b ed in gt em   Ti it un gs vo rs at

BGH z  , 

St rV er t  1

98 8,   20 1,

i n  

:  J uS

 1

98 9,  

103

  ; Be

rg ma nn ,  Ei nz el ak ts 'o de r  Ge sa mt be tr ac ht un g  be im   Ri i c kt r i tt   vo m  V er su ch , 

N S

tW

 1

00 , 

S .  

331

  ; O t

t o,   Fe hl ge

  , 

的な態度であった︒しかし︑

︵ 五 八 一

一九八二年以降の判例は極めてカズイ

(4)

sc hl ag en er e  V rs uc h  u nd   Ri i c kt r i tt ,  J ur a 

19 92 , 

S .  

423 

f f .  

( 4

)

例えば︑ベルクマンは︑すでに以前から学説において展開されてきた多数説である全体的観察をとり︑極めて中止友好的 な結論を示すものとする

(B er gm an n,

Einzelakts•

od er   Gesamtb

et ra ch tu ng e  b im   Ri i c kt r i tt   v

om e V rs uc h, S  Z tW

 100  (

19 88 ),  

s .  

33 3.

)

( 5

)

ザイアーは︑それには三つの基準があるという

( Se i e r, Ju S 

19 88 , 

S .  

20 1)

︒すなわち︑①未必の殺意をもって攻撃してく る行為者にとって︑その行為の目的が充足されたとき︑②行為者が︑その行為の終了の後︑結果の発生をありうるとみなし たとき︑③彼が︑行為をすでに投入された︑または別の用いることのできる手段をもって遂行できたとき︑﹁放棄﹂による 中 止 は 考 慮 さ れ な い ︒

( 6

)

これについて︑考察したものとして︑金沢真理﹁未終了未遂の意義ー中止未遂の本質を踏まえてー﹂東北法学五七巻四号 四九一頁以下︑同﹁中止未遂の成否ードイツ連邦通常裁判所刑事部大法廷決定

BG HS t.

39

221

を手がかりとしてー﹂東北

法学一四号(‑九九六年︶一頁以下︑同﹁不作為態様の中止ー失敗未遂の検討を経てー﹂山形大学法政論叢一五号︵一九九 九年︶一頁以下︒なお︑同﹁中止未遂の体系的位置づけに関する覚書ー刑事政策説批判を出発点にしてー﹂東北法学一六号

︵一九九八年︶八三頁以下も参照︒これらの一連の論稿については︑論評したものがある︵山中﹁刑事法学の動き﹂法律時 報 七 一 巻 ︱ 一 号 ︱

1 0

頁 以

下 ︶

( 7

)

山中・前掲法学論集三四巻三

11

11

五 号

0 六

頁 以

下 参

照 ︒

次の判決は︑実行未遂と着手未遂の区別は︑実行行為の終了後の行為者の表象により決定される︵中止行為時説︶

という基準をはじめて明確にした︒この判例の以前には︑それぞれの刑事部によって必ずしも統一的な見解はなかっ たが︑この判例以降︑中止行為時説を採用するのが︑判例の基本的姿勢となった︒まず︑当該の判例を検討しよう︒

関 法

第四九巻第五号

一九八二年判決以降

ニ 四

︵ 五

八 二

(5)

① 

着手中止と実行中止の要件について

る も

の で

は な

い ︒

︹ 判

旨 ︺

遂は終了していたとする︒

一九八二年︳二月三日︵第二刑事部︶判決

( B

G H

S t

31 ,  1 70 ) 

被告人は︑窃盗を実行しようとして同棲する女性の住居に押し入ったが︑その女性に見つかったので殺害を決意した︒

直接の殺意をもって︑まず︑ナイフで彼女を突き刺したが︑被害者が抵抗したので︑意識を失うまで首を絞めた︒何らかの他の

理由で中止したが︑その際︑被害者が死亡しているか︑または︑その傷によって死亡するかもしれないというほど重傷を負って

いるとは思わなかった︒被害者は︑一命をとりとめた︒

二 五

ラント裁判所は︑未終了︵着手︶未遂の中止を否定した︒被告人は︑行為の開始時に︑明確に輪郭づけられた犯行計画をもっ

ていたわけではないのであるから︑被告人が最終的な︑その女性の殺害に向けられた行為の後にいかなる表象をもっていたかが︑

決定的に基準とされるぺきであるというのである︒そして︑この時点では︑結果発生の可能性を予測していたのであるから︑未

ラント裁判所の見解に結論的に賛成である︒未遂は︑原則として︑行為者が﹁最後の実行行為の後に︑上述の判例の意

味における構成要件該当の結果の発生を可能とみなしたとき﹂︑終了している︒その場合には︑行為者が︑当初から犯行計画を

もっていたかどうか︑犯罪計画という概念のもとでいったい何を理解すべきかは問題ではない︒行為者が︑その表象によれば︑

﹁犯行のその後の遂行を放棄した﹂かどうかは︑行為の開始の際に︑どのようにして結果を惹起するかについて︑精確な考えを

もっていたか︑あまり精確でない考えをもっていたか︑それとも︑何らの考えをももっていなかったかにしたがって判断されう

刑法二四条一項の文言は︑そのような区別をしていない︒本法廷は︑その際︑旧刑法四六条が︑現行のように﹁行為のその後

の実行﹂という言葉ではなく︑﹁目的としていた行為の実行﹂という文言を用いていたが︑そのように法文を変更したことがた

んに言語上の書換えにすぎず︑内容的変更を考えたものではないことを見誤ってはいない︒しかし︑このような事情も︑当初の

犯行計画を不完全にしか遂行しなかったということに決定的な意義を与えることを正当化しない︒ある行為が既遂に達すると︑ ︹ 事

実 ︺

︵ 五 八 ︱

︱ ‑ ︶

(6)

② 

︹ 事

実 ︺

第四九巻第五号

︵ 五

八 四

行為者が一定の実行行為を行為の開始時に計画したかどうか︑彼がすべての計画した行為を実行したかどうか︑それを他の行為

で代替したか︑あるいは︑当初の予想より少なめのことを行ったかどうかは︑構成要件該当結果の評価および帰属にとっては重

要な意味をもたない。決定的なのは、行為者が1その表象にしたがっても~結果の惹起のために十分なことを行ったかどう

かである︒だとすると︑結果が︵偶然にも︶発生しなかったときに︑なぜ︑従来の行為の評価と帰属にとってそれとは別のの基

準が基準であるべきかは︑明白でない︒むしろ︑その表象によれば結果の惹起のために必要で︑またはひょっとして十分である ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ことを実現する前に︑行為者がそれ以上の可能な行為を放棄するときにのみ︑ある犯罪行為の未遂をまだ終了していないとみな

し︑そして︑それにつき行為者に責任を負わさないということが必要である︒そうしたといえるかどうかは︑行為者は︑もちろ

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

ん行為の開始時ではなく︑実行行為の後に判断しうるのであり︑したがって︑この時点でのその表象が問題となるのである︒

本判例は︑中止行為時基準説の採用を宣言したリーディング・ケースとなった︒この判例以降︑連邦裁判所は︑犯 行計画の有無︑明確な犯行計画の有無︑確定的故意か未必の故意かを問わず︑﹁中止行為が問題になる時の行為者の

表象﹂を基準として︑﹁結果の発生を可能だと思った﹂かどうかによって︑中止の可能性を判断する︒

しかし︑この判例の示した基準のみでは︑結果の発生がありえないと思ったので︑さらに行為を続行しようと考え たが︑適切な手段がなかったのでやめざるをえなかった場合にも︑﹁放棄した﹂ものとしてしまうことになる︒この

決定では︑﹁結果の危険﹂のみならず︑﹁行為の続行可能性﹂も基準とすべきことに考慮が及んでいないのである︒

連邦裁判所︳九八六年二月七日︵刑事第三部︶決定

( B G H

N S t Z

 

1

98 6,

2 6 4

 

)  

被告人は︑妻をはじめはガソリンをふりかけてマッチで点火して殺害しようとしたが︑取っ組み合いになり︑妻が逃げ 関法

1 1 

B e n z i n g u B f a l l  

二 六

(7)

着手中止と実行中止の要件について 被告人は︑酒場の経営者であったが︑ある早朝︑元の妻 E を家まで送っていこうとしたところ︑断られ︑むしろ︑ E が

客 D に送ってもらおうとしたことに︑腹を立て︑自動車で二人のあとをつけて︑追い抜き︑ D を ひ き 殺 そ う と し て 引 き 返 し た が ︑

D が

身 を

か わ

し た

の で

E を

跳 ね

た ︒

D が ︑

E の側に駆け寄り︑うずくまったとき︑被告人は︑ D をひき殺そうとする彼の計画

︹ 事

実 ︺

116

  " 

N J W  

1

98 6, 3  2 25 ) 

③ 

連邦裁判所︳九八六年四月一

0 日︵刑事第四部︶判決(BGHSt

34

,  53 

N S

t Z

 

1

98 7,

  277 

11 JN  1 98 6,

63   9

1 1   J R

 1

98 7,  

れることになる︒ て庭に出たところで︑次に︑両手で首を絞めて殺害しようとした︒妻は︑一時的に意識を失った︒被告人は︑行為を中断した︒ラ ント裁判所は︑故殺未遂で有罪とした︒ ︹判旨︺被告人の企図は︑火を付けることに失敗した後︑いまだ最終的に挫折したわけではない︒むしろ︑被告人は︑その妻の首 ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ を絞めることによって︑構成要件的に重要な時間的間隔をおかずに︑すぐに彼の目標をさらに追求して次の犯行手段を用いた︒被 告人は︑この利用可能な手段をもって︑その行為をいまだ既遂に致すことができると考えていた︒その殺害の企図がいまだ最終的 に失敗していないにもかかわらず︑被告人は︑行為の完成を中止したのである︒

二 七

(8 ) 

行為者が︑当初の犯行手段から次の犯行手段に﹁時間的間隔をおかずに﹂移行し︑この第二の手段によっていまだ 既遂に達することが可能であるとみなしていたにもかかわらず︑これを中止したのは︑任意の中止であるとする︒

﹁構成要件的に重要な時間的間隔﹂が存在しない場合︑両者の行為が︑﹁統一された事象﹂の一部であるとみなされ たのである︒この判決と同一線上にあるのが︑次の判例である︒それは︑﹁統一的な生活事象﹂

︵ 五

八 五

へと概念的に整理さ

(8)

︹ 判

旨 ︺

第四九巻第五号 が﹁挫折した﹂のを知った︒そこで︑少なくとも身体的に痛めつけてやろうと考えて︑ D の背後から襲いかかり︑両手で首を絞 め た

D がこれを逃れると︑その後︑拳で殴ろうとしたが︑乱暴はやめるようにとの D の説得で中止した︒

首を絞めようとしたのは︑殺意によるものではないから︑事象の第二局面は︑危険な傷害罪︵二ニ三条

a )

に あ た る

殺人罪については中止したともいえるが︑ラント裁判所は︑その中止はすでに先行する礫殺にも及ぶのかどうかという問題を論

じなければならなかったであろう︒その点では︑原判決の理由は︑不十分である︒ ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ 連邦裁判所は︑その最近の判例において︑刑法二四条の適用範囲外で障害未遂という独立の事例群があるということから出発

している︒いずれにせよ︑それらの判例によれば︑行為者が︑事象を即座に続行させて結果をなお惹起しうることが事実上不可

(9 ) 

能であることを知っているときなどにおいて︑未遂は失敗して︑障害未遂となったというのである︒

刑事裁判所は︑被害者に向けられた被告人の二つの行為が︑つまり礫殺と︑継続する故殺におけるそれに続く身体の攻撃が︑

統一的な生活事象とみなされるかどうかという問題には言及していない︒被告人が︑礫殺の試みが挫折した後に︑証人を殺害し

ようとする決意を放棄せず︑時間的に間髪を入れず棚殺という手段を用いたであろうとき︑それは︑肯定されるであろう︒その

ような事実形成は︑事実認定によると︑ありえないわけではない︒というのは︑被告人は︑礫殺しようというその当初の意図が

挫折したことを認識したとき︑即座に︑被害者に襲いかかったからである︒被告人は︑そのとき︑少なくとも︑彼を身体的に感

じるほどに痛めてつけてやるという意図をもって行為した︒このように認定したことによって︑被告人がその当初の殺人という

目標を継続しようとして行為したことが疑いなく排除されるわけではない︒これによれば︑後に被告人は︑ひょっとして任意に

中止したかもしれないのである︒そのような不処罰に至る中止は︑全生活事実に及ぶであろう︒

しかし︑被告人が︑事実︑猟殺の開始時に殺意をもってではなく︑傷害の故意のみをもって行為していたとしても︑被告人が

礫殺による未遂の挫折後︑即座に別の手段で殺人を試みるという継続の可能性を認識し︑これを実現可能であると考えたが︑そ

の実現を任意に放棄し︑その代わりに被害者を身体的に傷害するにとどめようと決意したとき︑殺人未遂からの不処罰に至る中 関法 ニ八︵五八六︶

(9)

着 手

中 止

と 実

行 中

止 の

要 件

に つ

い て

かどうかを論じたものである︒

次 の

判 例

は ︑

当 初

あ る

二 九

本判決では︑﹁当初の意図の挫折﹂があったが︑﹁手段の変更可能性﹂がある場合に︑当初の手段による実行の中止

( 1 0 )  

といえるのはどのような場合かが論じられた︒変更後の手段が︑殺意をもって行われたのか︑傷害の故意にすぎな

かったのかについては明確にはなっていないが︑たとえ傷害の故意にすぎなかったとしても︑殺意の実現が可能であ

ることを認識しつつ﹁傷害﹂に変更したのであるから︑中止は成立しうるというのである︒そこでは︑手段ないし意

( 11 )  

図の変更が時間的に﹁即座に﹂行われたかどうかを基準として︑当初の行為と後の行為とが﹁統一的な生活事象﹂に

属するものとする︒しかし︑カーデルによれば︑行為者が被害者の身体を傷害することによっても︑未終了未遂の中

( 1 2 )  

止を行いうるという判旨には賛成できないとする︒学説においては︑中止といえるためには︑犯罪の全体を放棄する

( 13 )  

必要があるのか︑それとも︑具体的な行為の放棄で十分なのかという点に争いがある︒従来の判例は︑圧倒的に全体

( 14 )  

的中止説をとる︒本判決の事案では︑傷害が続行されている︒これは︑殺人から傷害へ移行したことを意味するので

あって︑行為が継続することを要求する﹁自然的生活事象﹂の要請に反するからである︒

問題は︑自然的行為単一による障害未遂と未終了未遂の区別の理論を採る学説は︑この観点で︑往々にして︑実際

に現実化した行為だけではなく︑実際に生じた行為とはたんに思考上結びつけられるにすぎない仮定的な行為をも考

( 15 )  

慮することである︒つまり︑行為者が︑礫殺の未遂のあと︑猟殺を考えたが︑それをしなかったという場合がそうで

一回の行為で殺害しようという明確な犯行計画があった場合にも︑中止行為時基準説に立つの

止 は

あ り

え な

い わ

け で

は な

い の

で あ

る ︒

︵ 五

八 七

(10)

中止は認められないのかどうかを論じた︒ だとした点にある︒ ④ 

第四九巻第五号 連邦裁判所一九八七年一︳月︳二日︵刑事第四部︶判決

( B

G H

S t

35 ,  9 0)  

︵ 五 八 八

被 告

人 は

B をその住居へ誘ってそこでナイフで﹁ひと突きにして殺害しよう﹂と決意した︒住居内で︑被告人は︑ B

を背後から﹁長く鋭利な短刀で﹂警告なしに︑カ一杯︑首筋を突き刺した︒しかし︑命に別状ある倦害には至らなかった︒被害 者は︑驚いて振り返り︑被告人が︑首筋を殴ったと思い込んで︑﹁どうしたんだ﹂と尋ねた︒その直後︑ナイフがまだ刺さって いるのに気づいて︑それを引き抜き︑床に捨てた︒被害者は︑出血したまま立ち去ろうとしたが︑被告人は︑殺意を放棄し︑医 者ないし救急車が来るのをここで待つように言った︒ラント裁判所は︑中止については言及していない︒

︹ 判 旨 ︺ ひと突きにする計画であった場合にも︑中止行為時基準説は妥当するのか︒一九八二年以降の従来の判例によると︑行 為者が︑その当初の犯行計画とは無関係に︑最後の実行行為の後に︑結果発生に至る事実的な事情を認識しているとき︑または︑

その行為が事実上不適合であるのに誤認することによって結果の発生を可能であるとみなしたとき︑未遂を終了したとみなされ るが︑この判例は維持されるべきである︒行為者が︑意図する結果をひと突きで︑あるいは多数の突き刺しによって︑

たは数発で惹起しようとしていたかで︑法的判断には相違はない︒

ここでは︑実行未遂ではないとされ︑障害未遂かどうかについても︑ラント裁判所は︑最終的に構成要件の実現が失敗したの かどうか明らかにしていない︒さらに︑任意性についての疑いは︑被告人に有利に解決されるぺきである︒

本判決の意義は︑明確に﹁ひと突き﹂で殺害しようという明確な犯行計画をもっていた場合でも︑その計画による のではなく︑中止行為時に結果発生が可能であると思ったかどうかを基準にするという一九八二年の判例によるべき

次の判例は︑行為の終了の時点でいったん結果発生がありうると思った後に︑それがないことを知った場合には︑ [

事 実

] 関法

一 発

で ま

(11)

⑤ 

着手中止と実行中止の要件について

連邦裁判所一九八九年七月一九日︵刑事第二部︶判決

( B

G H

S t

36,224  " 

N J W  

19 89 ,  5 25 ) 

わ り だ ﹂ と 述 べ た が ︑ そ の 際 ︑ A を殺害するぺく必要なことはすべて行ったと考えていた︒しかし︑ A が︑これに答えて﹁俺は

まだ生きている︒警察を呼ぶぞ﹂と述べたとき︑その場から立ち去った︒被害者は︑重傷を負ったが生命の危険はなかった︒ラ

︹ 判

旨 ︺

被 告

人 は

A を殺害するため︑ナイフで A の左上腹部を何回か突き刺した︒それをやめるとき︑﹁これでお前はもう終

ラント裁判所は︑被害者が生きていることを知った時点で︑必要なことすぺてを行ったという認識で現場を立ち去った

時と同じ状況にいたと考えている︒このような見解は︑決定的に疑問である︒たしかに︑被害者の負侮には変化はない︒しかし︑

被告人にその状態がどのように映ったかには変化がある︒この時点では︑その当初の現象像とは逆に︑ひょっとして死亡するか

本件において︑被告人が︑まず︑目指された結果の発生をありうるとみなしたが︑その後︑すぐに自分が錯誤に陥っていたこ

とを認識した場合には︑﹁知覚された現実を修正する表象が中止行為時基準説にとっては決定的な意味をもつ﹂︒﹁被害者にもた

らされたナイフによる突き刺しの効果についてのたんなる一瞬の間の錯誤は︑終了未遂の認定を正当化しない﹂︒

行為の中断直後には︑結果が発生したと信じていたが︑﹁その後すぐに﹂錯誤に気づき︑状況を正しく認識した場 合には︑そのような﹁修正された表象﹂が基準とされるべきであるとするのが︑本判決の意義である︒﹁先行する行 為と密接な時間的・場所的関連性において︑同じ行為手段をもって﹂続行していた場合︑全行為事象は﹁法的意味に

( 16 )  

おける︱つの行為﹂といえるからである︒

次の二つの判例は︑性的強要の罪を︑行為の続行が不可能と考えたことが理由でなく︑可能であるとみなしたにも

かかわらず中止して︑強姦罪を行った場合に︑性的強要の罪が中止犯となるかどうかを論じたものである︒ もしれないという印象はなくなっているからである︒ ント裁判所は︑終了未遂であるとし︑中止を認めなかった︒ ︹

事 実

︵ 五

八 九

(12)

⑥ 

件に対しても後退するとき︑その行為は︑

第四九巻第五号 連邦裁判所︳九八五年二月一三日︵刑事第三部︶判決

( B

G H

S t

33 

̀ 

14 2)  

︵ 五

0 )

被 告

人 は

P 女を強姦しようとして︑部屋の中を追いかけ回したあげく︑蓋をしたトイレの上に座らせ︑オーラルセッ

クスをするよう要求した︒拒否されると︑頭をつかんで強要しようとしたが︑諦めて解放した︒諦めたのは︑はじめに計画して いた強姦という手段でよりよく目的を達成しうると考えたからである︒その後︑ナイフで脅して強姦した︒ラント裁判所は︑強

制わいせつ行為の未終了未遂の任意の中止を認め︑強姦︑過失傷害︑監禁罪で有罪とした︒

︹ 判

旨 ︺

検察官の見解とは異なり︑任意性は肯定される︒しかし︑行為の実行を放棄してはいない︒被告人は︑オーラルセック スを強要するのを放棄した︒しかし︑その際︑Pを性的行為の甘受に強要するというその目標を放棄したわけではない︒後に強 要された性交は︑たしかに一七七条により可罰的である︒しかし︑その一七八条の規定が︑同時に一七七条のより特殊な構成要

一七八条の構成要件を充足する︒本件のような事案において︑性的強要の未遂から処

罰から解放されるべく中止する可能性は︑当初もくろまれた性的行為と後に計画された性的行為とが︑五三条の意味におけるニ つの独立の犯罪である場合︑排除されえない︒しかし︑事実認定によれば︑ここでは︑二つの行為が問題ではない︒オーラル セックスの中断の前から抱かれている強姦に対する決意が両行為を︱つの行為にまとめあげるからである︒性的強要の未遂と強 姦とは︑性的行為への強要が婚外の性交の実行を準備するものである場合︑特別関係の形式における法条競合である︒性的強要 の未遂のゆえの行為単一的有罪は︑ここではありえない︒オーラルセックスの未遂は︑後の強姦の未遂に吸収される︒

この判例は︑本件においては︑被害者を強姦しようとする決意を放棄しておらず︑行為者は︑オーラルセックスの 強要の未遂をから中止したのではないとして︑原審に反対する︒しかし︑結論的には︑性的強要の未遂は︑後の強姦 と特別関係にあり︑法条競合であるから︑強姦に吸収されて成立しないとするのである︒ここでは︑たしかに︑中止 犯を肯定するのは奇妙である︒しかし︑本件において﹁中止行為﹂が否定されるかどうかは疑わしい︒判例のように︑

︹ 事

実 ︺

関法

(13)

⑦ 

着手中止と実行中止の要件について

言 い

渡 し

を 変

更 し

た ︒

︹ 判

旨 ︺

心理的任意性概念を前提とすれば︑﹁任意性﹂を否定することはできないが︑規範的任意性概念を前提にすれば︑こ れを否定しうるように思われる︒性的強要という手段を強姦に変更するという決意は︑不合理な決断ではないからで 連邦裁判所一九九七年三月︳七日︵刑事第二部︶判決

( B G H

N S t Z  

1

997,  385) 

被告人は︑A女に対してまずオーラルセックスを要求し︑抵抗されると︑その要求をやめ︑下半身に触れて︑暴行によ

り性交を行った︒ラント裁判所は︑それを典型的な強姦の実現のための予備的行為とはみずに︑性的強要の未遂とみなした︒

事実審裁判官は︑被告人が︑この要求を放棄したことを考慮していない︒その際︑二四条一項の意味において任意に中

止したのではないかどうかは明らかではない︒中止問題を判断するためには︑被告人がその性的満足を︑次に︑強要された性交

によって獲得しようとしたことは︑重要ではない︒本法廷は︑性的強要の未遂による有罪認定はなくなるというように︑有罪の

本判決では︑性的強要の未遂の否定される理由は明らかではない︒ただ︑﹁放棄﹂はあったが︑任意性の検討をす

る必要があるとしているように読める︒そうだとすると︑先の刑事第一︳一部の理由とは異なる︒

(8)まだ、最終的には、失敗していないのである

(Feltes•Dg(vorlau忌g)

fe hl ge sc hl ag en e  V er su ch ,  G A

 19

92 , 

S .  

40 0.

)

( 9 ) こ の 判 決 を 含 め て ︑ 障 害 未 遂 に つ い て は ︑ 後 に 言 及 す る ︵ 七 参 照 ︶ ︒

( 1 0 )

レンギアーは︑判旨の全体的考察説に賛成する

( Re n g ie r ,J N  19 86 , 

s .  

96 3)

( 1 1 )

これを﹁自然的行為単この概念で説明する学説がある

( Ki e n ap f e l, JR  1 98 4,

S .  

  7 2 .;  R ox in ,  J uS

 1

98 1,

S .  

 

f f . )

︒ こ

れ に

対する批判として、vgl•

Herzberg•

De r  R i i ck t r it t   du rc h  A uf ga be n  d er   we it er en   Ta t a us f i ih r u ng , e s   F t sc h r if t   f i i r   B la u S . ,  

  1

09

; 

Schliichter•

No nn ko nk re ti si er un

g  am 

B ei s p ie l e  d s  R i ic k t ri t t sh o r iz o n ts , F e   s ts c h ri f t  f i i r   B au ma nn ,  S

.   76 f •

. ; : §  

~、vgl.

R an f t , 

︹ 事

実 ︺

あ る

︵ 五

九 一

(14)

二.未必の故意の事案における中止に関する判例

第四九巻第五号

︵ 五

九 二

z 日

A b g r e n z u n g v o n   u n b e e n d e t e m   u n d   f e h l g e s c h l a g e n e m   V e r s u c h   b e i   e r n e u t e r   A u s f i i h r u n g s h a n d l u n g ,  

‑ B G H   Urt•

v .  

1 0 .  

86 , 4 

S t R  

89

6 8" 

NJW 

1986•

2325•

i n :   J u r a  

1 98 7,

S .  

  52 9.  

( 1 2 )

  K a d e l ,   A n m .  

B G H S t   3 4 ,  

53•

i n   : 

J R

 

1

98 7,

S .

 

 

1 19 . 

( 1 3 )

  S c h o n k e / S c h r o d e r / E s e r ,   S t G B

§ 2 4 , d   R n r .  

39 

f f .  

( 1 4 )

  B G H S

t  

3

3,

 142; 

B G H S

t  

3

9,

  247; 

G A

 

19

68

,  279; 

NJW 

19 80 ,  6 02 . 

( 1 5 )

  R a n f t ,   J u r a  

19 87 , 

S .  

52 9.  

(16)この判例について、vgl•

H e r z b e r g ,   A u f g a b e n u   d r c h   b l o B e s   A u f h o r e n

● 

D e

r   BGH 

i m   D i l e m m a   e i n e r h   T e o r i e   ,  B G H ,   N S t Z

 

1

98 9,

  525 

19 90

,  30 

19 90 ,  77•

i n :   J u

S  

1

99 0,

S .  

 

273 

f f .  

行為者が︑構成要件的結果の実現とは別に︑構成要件外の﹁行為の目標﹂をもち︑構成要件結果の実現については︑

発生してもかまわないという﹁未必の故意﹂をもっていたという事案が︑最近のドイツの判例が中止犯において最も

頻繁に論じた問題である︒行為者は︑相手方に対して﹁ヤキを入れる﹂︵こらしめる︶︑相手方からの﹁追跡を免れ

る﹂︑あるいは︑相手方の﹁抵抗力を弱める﹂といった行為目標をもって︑ナイフで相手の腹部をひと突きにしたが︑

その際︑未必の殺意は否定しえないといった事案において︑第二の攻撃をしなかった場合︑﹁中止犯﹂が成立するの

かが︑ここで問題となる︒この問題については︑判例は︑当初︑分かれていた︒一方では︑この場合︑﹁目標が達成

( 17 )

1 8 )

 

された﹂として中止の可能性を否定するものと︑他方では︑これを肯定するものとがあった︒ 関法

(15)

⑧ 

着手中止と実行中止の要件について 直接的故意を認定しなければならない︒

連邦裁判所一九八四年二月一四日︵刑事第一部︶判決

( B G H N J W  

19 84 ,  1 69 3)  

行為者が︑その怒りを鎮めるために︑ある女性 Q の腹部を折りたたみ式ナイフで突き刺した︒その後︑さらに刺すこと

もできたが︑その行為をやめた︒ラント裁判所は︑中止を否定した︒未必の故意によって開始した突き刺し行為は︑成果を収め︑

客観的にも主観的にも終了したからである︒被告人は︑その表象によれば︑実際にも︑可能だと認識された致死結果を惹起する

のに必要なすべてのことを行ったのである︒被告人による上告は︑理由がある︒

︹ 判

旨 ︺

ラント裁判所の判断には︑被告人がたんに未必の殺害の故意をもって行為したということ︑すなわち︑ Q

女 の

死 を

ま っ

たく目標としていなかったということが明白に認定されるならば︑問題はない︒なぜなら︑ Q

へ の

攻 撃

に 対

す る

怒 り

を 宥

和 し

Q に重傷を負わせようとした被告人は︑このような目標を︑ひと突きしたことですでに達成したからである︒

しかし︑もし被告人が Q を殺害するという目標を追求したのなら︑着手未遂の中止でありえた︒それにもかかわらず︑ラント

裁判所の認定からは︑被告人が︑その行為の中断のときに Q の腹部への突き刺しによって︑死を惹起するに十分なことを行った

という表象をもっていたということは窺われない︒むしろ︑判決からは︑被告人がその突き刺しの後︑ Q には致命傷を与えてい

ないということから出発したと思われる事情が明らかになっている︒故殺未遂がまだ終了していなかったのならば︑任意の中止

が 考

察 に

の ぼ

る ︒

直接的故意か未必の故意かが認定できない場合に︑いずれか一方によれば︑着手未遂となりうるのであれば︑被告人に有利に

本判例は︑いみじくも︑構成要件的結果に対して未必の故意がある場合に︑構成要件外の目標が達成されたことに よって︑故意結果の実現が無意味なのものとなったのであるから︑終了未遂であるとするのならば︑構成要件的結果 の実現に対する確定的故意を認めて︑それが達成されるまでは結果の実現が可能であるということにはならないので︑

︹ 事

実 ︺

︵ 五

九 三

(16)

⑨  第四九巻第五号

行為者に有利に認定するとすれば確定的故意を認定した方がよいことになるものとする︒

本判決とまった<類似する事案として︑連邦裁判所︳九八五年八月︳三日の︵刑事第︳部︶の判決の事案

( B G H

St V 1 98 6, 5  1 )

がある︒車工宝令は︑被告人が︑喧嘩の末︑被害者の腹部を未必の殺意で突き刺した後︑近くの知人の家

に行って警察・救急車に連絡するように告げた結果︑被害者は一命を取り留めたというものである︒これに対して︑

連邦裁判所は︑中止の可能性を検討しなかった原判決を不十分とし︑被告人が﹁ヤキを入れようとした﹂のであって︑

行為目標を達成したのか︑それとも︑結果がすでに可能であると考えることなく︑やめたのであって︑未終了未遂な

連邦裁判所︳九八八年一月二︳日︵刑事第四部︶判決

( B G H

St V 1 98 8,   20 1)  

被 告 人 は ︑ 前 に 殴 ら れ た R

の 背

中 を

未 必

の 殺

意 を

も っ

て 二

度 ナ

イ フ

で 突

き 刺

し た

R が 振 り 向 い た と き ︑ も う 一 度 左 右

の 大

腿 部

を 突

き 刺

し た

R は

︑ 後

ろ 向

き に

︑ キ

オ ス

ク の

方 に

逃 げ

て い

っ た

と き

︑ 被

告 人

は ︑

他 の

方 向

に 去

っ た

R は

一 命

を 取

ラ ン ト 裁 判 所 は ︑ 故 殺 未 遂 で 有 罪 と し ︑ 中 止 を 否 定 し た ︒ し か し ︑ 有 罪 判 決 は 変 更 さ れ ︑ 危 険 な 傷 害 の み で 有 罪 と さ れ

る ぺ

き で

あ る

被 告

人 が

︑ 彼

R か ら 立 ち 去 っ た 時 点 で ︑ そ の 被 害 者 に 加 え ら れ た 傷 害 の 結 果 と し て の 死 亡 の 発 生 の 可 能 性 を 予 測 し た こ と は ︑

ラ ン ト 裁 判 所 に よ っ て 認 定 さ れ て い な い し ︑ 判 決 理 由 の 関 係 か ら も 読 み 取 れ な い ︒

本判決は︑中止を肯定する︒根拠を挙げることなく︑その﹁固まった最近の判例﹂の権威を持ち出すのみであると

判 旨

留 め

た ︒

︹ 事

実 ︺

のかという二つの可能性を十分に審理すべきだとした︒ 関法 六

︵ 五

九 四

(17)

⑩ 

着手中止と実行中止の要件について

も 存

在 し

な い

︹ 判

旨 ︺

批判されてい︐和︒たしかに︑本判決においては︑被告人が既存の攻撃によって死の結果の発生が可能であると思った という認定はない︒しかし︑それだけで中止行為が認定されるであろうか︒例えば︑逃走する被害者を追跡し︑行為 を続行する可能性がなかった場合でも︑中止行為になるという結論を是認するのでなければ︑判例は︑この点を検討

すべきであった︒

連邦裁判所一九八九年二月二八日︵刑事第一部︶判決

( B G H

NS tZ  1 98 9,  3 17 ) 

︳ 七

被告人は︑自らの怒りを宥め︑他の居酒屋の客に﹁一発お見舞いする﹂ために︑未必の殺意をもって︑鋭い包丁で背中

から力まかせに突き刺したが︑その後︑包丁を引き抜き︑呆然と立ち尽くしていた︒被害者は一命をとりとめた︒

ラント裁判所は中止を否定した︒原判決破棄︒

ラント裁判所は︑着手中止と実行中止に関する最近の連邦裁判所の判例に従ってはいない︒もちろん︑従来︑未必の殺

意をもって行為した行為者が︑はじめから︑一撃ないしひと突きで︑その敵対者に対してヤキを入れ︑怒りを宥めたり︑または

闘争不能とし︑追跡を阻止するといったその目標を実現しようとしていて︑一撃ないしひと突きによってそれを実現した事案に

ついては︑詳しく論じられたわけではない︒行為者が︑一撃ないしひと突きによって︑目標とされた結果を達成した場合には︑

行為者には︑さらに行為を継続する契機も︑また︑換言すれば︑その表象中にもはや存在しない︵殺人の︶意図を中止する理由

それにもかかわらず︑そのような行為者にあっても︑﹁被害者の保護﹂という利益のために︑行為者がその行為の終了時に

もっていた表象を基準とすることが正当化される︒このような行為者も︑その達成が確実に一撃ないしひと突きの後にはじめて

判断されるべき目標を実現しているのである︒その一撃が期待に反して失敗し︑または﹁ヤキを入れたり﹂﹁怒りを宥めたり﹂ ︹

事 実

︵ 五

九 五

(18)

︹ ⑪ 

事 実

第四九巻第五号

する手段としては役立たないほどの効果しかもたず︑あるいは行為者がいずれにせよそう思っていたということがありうる︒そ

の場合︑そのような行為者は︑攻撃の継続によってその目標を追求し︑それによって被害者を新たに危険にさらすかどうかの決

断を迫られる︒しかし︑目標達成の問題を︑行為者が計画された行為の後にはじめて行った判断にかからせるならば︑処罰から

解放する中止の問題をそのような事後の判断にかからせることも正当化される︒それは︑被害者の保護に役立ち︑不当な行為者

の優遇につながらない︒さもなければ︑未必の故意で行為した者が︑直接的故意によって行為した者より不当に不利に扱われる

こ と

に な

る ︒

本判梃では︑犯行計画としては︑﹁一撃ないしひと突き﹂で﹁一発お見舞いする﹂意図をもっていた場合でも︑﹁行 為の終了時点﹂での表象を基準にすべきだとし︑さらに︑未必の殺意があり︑構成要件外の目標を達成した場合でも︑

行為者に中止の可能性を認めることによって﹁被害者の保護﹂を図るという観点から︑中止の可能性を認めようとし ている︒直接的故意によって行為する者よりも不利に扱われてはならないがゆえに︑未必の殺意があった場合も︑中 止の可能性を認めようというのであるが︑これは︑従来の判例とは大きく異なるものといってよい︒

連邦裁判所︳九八九年九月五日︵刑事第一部︶判決

( B G H

N S t Z

 

1

99 0, 0  3 ) 

1 1

ポーカー事件

( P o k e r f a l l )

被告人は︑後の被害者 H と酒場でポーカーをしていたが︑一︱ 0 マルク負けた︒金を取り返そうとして︑跡をつけ︑

取っ組み合いになったが︑その後︑ H の落とした六発入りの刺激臭のする物質の入ったガス・リポルバーを拾って︑それで︑未

必の殺意をもって五 0 センチの距離から H の顔面を撃った︒金を取り返し︑被害者を闘争不能にするのが目的であった︒被告人

は︑これが威嚇用のリポルバーであること︑および︑弾が入っているかどうかを知らなかった︒ H が倒れ︑その時︑それがガ

ス・リポルバーであることを知った︒行為者は︑金を奪って立ち去った︒ H は︑取っ組み合いの結果︑頭︑眼︑膝などに軽傷を 関法

八 ︵

五 九

六 ︶

(19)

着手中止と実行中止の要件について 達成﹂の区別をすべきかも不明である︒

︳ 九

連邦裁判所は︑着手未遂を認定し︑その認定からは︑行為者が︑任意に被害者の生命を危険にさらす行為を続行するこ

とをやめたことも明らかである︒行為の続行が︑彼の視点からはまったく無意味であったとき︑例えば︑被害者の防衛力をさら

に弱めるということが︑被害者が気を失ったために問題にならないといった場合︑行為を続行することは何の意味もないであろ ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ う︒理想的な形で目標が達成されたというそのような事案において︑中止がなお問題となるかどうかは疑わしいように思われる︒

しかし︑ここでは︑そのような問題について決定するのではない︒

被告人が認識したように︑被告人による射撃は︑被害者が意識朦朧となるという結果をもたらしたにすぎなかった︒被害者は︑

完全に行為無能力になったわけではない︒したがって︑行為者は︑同じ意思方向で行為を続行しえたであろう︒被告人によって

用いられたガス・リポルバーは︑﹁致死に適した武器﹂ではなく︑この武器は︑客観的に一発で人を殺害するに適したものでは

ないといったラント裁判所の見解は︑この形では正当ではない︒ガス・リボルバーによっても致命傷を与えることはできる︒さ

らに︑それによってその目標の達成を促進したはずの︑事情によっては致死的な他の行為手段が︑被告人の手中に収められてい

た︒すなわち︑リボルバーで頭を殴ることも︑首を絞めることも考えられたのである︒

ここでは︑連邦裁判所は︑被害者を気絶させたような﹁理想的な目標達成﹂の場合と一時的に意識朦朧状態にした という﹁たんなる目標達成﹂の場合とを分け︑前者には︑中止は認められないが︑後者では認められるとする︒この 判例も︑また︑従来の判例とは逸脱しているのであるが︑﹁たんなる目標達成﹂の場合に︑中止を認めることによっ て未必の殺意のある場合を不利としないようにするという意図が窺われる︒しかし︑目標達成の強弱のよって中止と

( 21 )  

なるかどうかを区別しようとするのは説得的でない︒どのような基準によって﹁理想的な目標達成]と﹁通常の目標

︹ 判

旨 ︺

負ったにすぎなかった︒ラント裁判所は︑謀殺未遂を認めた︒

︵ 五

九 七

(20)

⑫  本判決で用いられた︑行為の続行につき﹁新たな︑別に動機づけられた行為の決意﹂を要したかどうかという基準

連邦裁判所︳九九 0 年︱一月二六日︵刑事第五部︶決定

( B G H N J W  

19 91

̀ 

 

11 89 ) 

被 告 人 は ︑ 銀 行 強 盗 の 後 ︑ 盗 ん だ 金 を も っ て 逃 走 し た が ︑ 警 察 官 A

お よ

B の

目 に

と ま

っ た

︒ 自

動 車

に 乗

っ て

発 車

し よ

う と

し た

と き

︑ 警

察 官

A が

や っ

て 来

て ︑

免 許

証 を

提 示

す る

よ う

求 め

︑ 座

席 に

置 い

て あ

っ た

ジ ー

ン ズ

の 上

着 を

渡 す

よ う

求 め

た と

き ︑

被 告 人 は ︑ 上 着 を 渡 し な が ら 片 手 で そ の ポ ケ ッ ト か ら 銃 を 抜 い て A

を 脅

し た

A が

逃 げ

た の

で ︑

被 告

人 は

︑ さ

ら に

覆 面

パ ト

カ ー

に 近 づ き ︑ 車 内 の 座 席 に 座 っ て い た 警 察 官 B

に 向

け て

未 必

の 殺

意 を

も っ

て 銃

を 発

射 し

た ︒

B が

身 を

か わ

し た

た め

弾 は

逸 れ

B は ︑

︹ 事

実 ︺

は︑次の刑事第五部の判決にも影響を与えている︒ い か ら で あ る ︒ が︑スーパーマーケットの襲撃の後︑逃走の際に車で追跡してきた店長に対して五発銃撃したが︑死の危険ある傷害 を与えたことを認識し︑店長が車を後退させて追跡をやめたときに銃撃を中止した事案につき︑謀殺の中止未遂を否 定した︒被告人は︑店長の追跡を逃れるという目標を達成したのであるから︑中止は不可能となったとする︒それ以 上の銃撃をするには︑﹁新たな︑別に動機づけられた行為の決意﹂が必要だったからである︒新たな決意にもとづい て法益の新たな危殆化を行わなかった行為者には構成要件実現につき﹁報奨を与えるべき﹂放棄があったとはいえな この判例の後︑連邦裁判所刑事第二部は︑ 関法

第四九巻第五号

また︑行為者自身が︑認識していなかったような︑他の行為手段である︑﹁リボルバーで頭を殴る﹂といった手段

を手中にしていたことが︑行為の続行可能性の判断に用いられている点も︑疑問である︒

︵ 五

九 八

︳九八九年九月二 0 日の判決

( B G H

NS tZ  1 99 0,   77 )

において︑被告人

四 〇

(21)

着手中止と実行中止の要件について た 未 遂 行 為 の 中 止 が 見 ら れ る わ け で は な い で あ ろ う ︒ 車を急発進させて逃げた︒ラント裁判所は︑強盗的恐喝と謀殺未遂で被告人を有罪とした︒

判 旨

ロクシンがいうように︑例えば︑ 殺人未遂は︑終了していない︒障害未遂でもない︒なぜなら︑被告人は︑車の背後からでもなお撃つことができ︑また

もちろん︑警察のコントロールを終わらせるという目標が達成されたと思われるとき︑さらに発砲する理由はない︒理想的な

目標達成とたんなる目標達成との間の区別は︑有意味に行いえない︒むしろ︑中止の可能性は︑﹁行為者がその構成要件該当行

為によって得ようとしたその後の目標を達成し︑その構成要件該当の行為が︑行為者がそれを続行する場合には︑新たな︑別に

動機づけられた行為の決意に依拠し︑それによって︑先行の行為とは︑自然的行為単一の意味においても︑結合されない行為と

して現れる場合には︑中止の可能性はなくなる﹂︒そのような新たな行為を実行することを放棄する点に︑それ以前に実行され

ここでは︑先の判例で用いられた﹁理想的な目標達成﹂と﹁たんなる目標達成﹂の区別を否定し︑﹁将来に向かっ

ての行為の可能性﹂ではなく︑﹁過去に向かって行為が継続するか﹂が基準とされているのである︒﹁新たな︑別に動

機づけられた行為の決意﹂に依拠し︑先行の行為と﹁自然的行為単こではない行為の場合︑すでに中止未遂という

ことはできないとするのである︒本判決では︑主観的な決意のみならず︑客観的な自然的行為単一の観点も︑行為の

継続性の判断の基礎とされることが明らかにされている︒

ここでは︑傷害未遂の論点について論じられている︒この﹁目標達成﹂の事例は︑

暗殺者が︑実行の着手の後に人違いに気づいた場合のように︑行為の続行が﹁無意味﹂になったことによる傷害未遂

( 22 )  

の事例と構造的に似ている︒ザイアーによれば︑もちろん︑この二つの場合が平行であるとすることを妨げるのは︑

﹁障害未遂﹂という概念が未必の故意には適合しないことであるという︒保険金詐欺の目的で家に放火したが︑その

殺 害

す る

こ と

も で

き た

か ら

で あ

る ︒

︵ 五

九 九

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