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接続詞「しからば」と「さらば」について : 文体 による用法差を中心に

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接続詞「しからば」と「さらば」について : 文体 による用法差を中心に

著者 楊 瓊

雑誌名 同志社日本語研究

号 20

ページ 67‑79

発行年 2016‑03‑31

権利 同志社大学大学院日本語学研究会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014532

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接続詞「しからば」と「さらば」について

――文体による用法差を中心に――

やん

ちょん 同志社大学大学院博士課程後期課程 キーワード

「しからば」,「さらば」,接続詞,用法,文体

要旨

本稿は、古代日本語における「さらば」と「しからば」を調査し、それらの文体による 用法差を検討するものである。中古和文では、「しからば」は用いられないが、「さらば」

は日常会話語として用いられ、その後続表現には疑問表現が続く例がやや少なく、意志表 現、命令表現、推定表現が続く例が幅広く見られる。いっぽう、漢文訓読文では、「シカラ バ」の用例は少ないが、用法は極端に疑問表現と推定表現の条件を表す用法に固定化して いる。院政鎌倉期になると、「さらば」の用法が大きく偏るようになり、意志表現と命令表 現が続く例が中心となるが、「しからば」の用例も現れてくる。この時期の「しからば」は、

漢文訓読文における「シカラバ」と同じく、後続する疑問表現と推定表現の条件を表す用 法に偏っている。このように、「さらば」が後続する意志表現と命令表現の条件を表す用法 に偏っていることは、同時に訓読系統の「しからば」が後続する疑問表現と推定表現の条 件を表す用法によって、訓読の影響を受けた作品に進出する背景ともなっていると考えら れる。すなわち、「さらば」と「しからば」は、それぞれの中心となる用法を異にするため に和漢混淆文において併存し得たのである。

1 はじめに

「しからば」と「さらば」二語について、従来の研究では、漢文訓読文では「しからば」

を用いるのに対して和文では「さらば」を用いるように、文体上の対立をもつ語形として 捉えられてきた(1)が、両者の用法上の区別の解明は不十分のように思われる。拙稿(2015)

では、上代文献、および訓点資料における「しからば」の用法を検討した。その結果、『日 本書紀』では、「しからば」が宛てられた漢字「(若)然者」「然(則)」は後続が疑問表現 や推定表現の条件を表す用法に偏っているのに対して、『古事記』における「しからば」と 訓まれる漢字「然者」「然」は後続が意志表現や命令表現の条件を表す用法に偏る特徴が指 摘できた(2)。『日本書紀』の「しからば」に見られた傾向が漢文訓読文のそれと同じであ ることから考えると、『古事記』における「しからば」の用法は、日本語において独自に生 じた接続詞の用法と推測できた。

さらに、拙稿(2015)では『古事記』の「しからば」のような意志表現や命令表現が続

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きやすい傾向が中古以降の「さらば」に受け継がられたという見通しを述べたが、本稿で は中古・中世の和文や和漢混淆文における「さらば」の後続表現を調査し、この点を明ら かにする。また、中古・中世の「さらば」の用法を、漢文訓読文に用いられる「シカラバ」

の用法と対比することによって、接続詞「さらば」の用法の特徴を考察する。そしてさら に、『今昔物語集』における「然ラバ」は全巻にわたって用いられるが、部ごとの文体差に よって用法上の相違が見られることを指摘し、その訓みや文章史的意味を検討する。

2 中古和文における「さらば」

上代では「然」「爾」等字に対して、「しか」という訓みが一般的であり、「さ」と訓む確 例は見られない(3)。平安時代になると、「さ」が新たに生じた形として用いられるとされ ている。接続詞「しからば」「さらば」については、上代では「しからば」の用例しか見ら れないが、中古和文では、「しからば」の用例が皆無であるのに対して、「さらば」の用例 が広く見られる(4)。本節では、中古和文における「さらば」の用法を調査することで、拙 稿(2015)で検討した上代の「しからば」、また、漢文訓読文における「シカラバ」との関 連性を検討する。

拙稿(2015)では、上代の「しからば」の後続表現を、〈意志表現〉〈命令表現〉〈疑問表 現〉〈推定表現〉と、四つの種類に分け、その後続表現の偏りを分析した。本稿では、上代 の「しからば」や漢文訓読文の「シカラバ」と比較するために、同じ分類方法を採り、中 古和文における「さらば」の用例を分析する。

中古和文において、「さらば」はもっぱら会話文(心話文を含む)に用いられる。ここで は、これらの用例を「さらば」の後続表現によって分類し、【表 1】に示した。なお、「さ らば」の後続文が言いさし文である場合は、前後の文脈によって後続文の意味合いを推測 した(5)。また、熟合した慣用句「さらばとて」と、別れの挨拶語「さらば」とは、考察対 象外とした。

【表 1】中古和文における「さらば」の用法

竹取 大和 伊勢 平中 蜻蛉 宇津保 落窪 枕草子 源氏 意志表現 3 0 1 2 2 31 6 2 23 命令表現 0 0 0 4 6 25 3 7 27 疑問表現 0 1 0 1 0 11 2 1 3 推定表現 0 0 0 2 1 15 2 2 21 計 3 1 1 9 9 82 13 12 74

和泉 紫 讃岐 更級 夜 浜松 狭衣 栄花 大鏡 計(比率%) 意志表現 2 1 2 0 8 4 5 4 1 97 (34.0) 命令表現 0 0 1 0 5 3 10 4 1 96 (33.7) 疑問表現 0 0 0 0 1 0 6 0 0 26 (9.1) 推定表現 0 0 0 1 5 1 12 2 2 66 (23.2) 計 2 1 3 1 19 8 33 10 4 285 (100.0)

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【表 1】から、中古和文では、「さらば」が 285 例と多く見られる。「さらば」には、意 志表現が続く例が 97 例、命令表現が続く例が 96 例、疑問表現が続く例が 26 例、推定表現 が続く例が 66 例見られ、疑問表現の例がやや少ないが、「さらば」は幅広い用法で用いら れている。そのうち、意志表現が続く例と命令表現が続く例は合計 193 例で、全体の 67.7%

を占めるのに対し、疑問表現が続く例と推定表現が続く例は合計 92 例で、全体の 32.3%

にとどまる。後続表現に意志表現と命令表現が多く見られる点で、中古和文の「さらば」

は上代の「しからば」の特徴と共通しており、和文において定着した接続詞と言える。

次に、中古和文における「さらば」の例を列挙しつつ用法を確認する。

○さらば…意志表現

意志表現に属する例は、「さらば」に含意される前提条件を受けて、その条件のもとに、

自分の行為について意志を表明するものである。

(1)心得がたく、おぼえて、(時方)「さらば、のどかに参らむ。……」(源氏・蜻蛉)

(2)はかなく、くちおしと思して、げにたゞ人にはあらざりけりと、(帝)「さらば御とも にはいて行かじ。……」と仰せらる……(竹取・御門の求婚)

「さらば」に意志表現が続く例には、上記の例(1)のように、文末に「む」がきて、自 分の意志(のどかに参らむ)を表す例が中心的である。例(2)のように、後続文を「じ」

で結び、否定的意志(御ともにはいて行かじ)を述べる例も見られる。

○さらば…命令表現

命令表現に属するのは、「さらば」によって前述の事柄を受けて、その条件のもとに、命 令を下すものである。ここでは、相手の行動に対して、適当・勧誘的に言う場合も軽い命 令として、この類に入れる。

(3)(薫)「そこはかと、思ひわくことは、なきものから、いにしへのことゝ聞き侍るも、

物あはれになむ。さらば、かならず、この残り、聞かせ給へ。……」(源氏・橋姫)

(4)(大殿)「それは僻事なり。いかでか。さらば、故大將をこそは、贈大臣の宣旨を下さ せ給はめ」と奏せさせ給へば、(帝)「さらばさべきやうに行ひ給べし」と宣はすれば、

……(栄花・巻第十)

(5)「げににくくもぞなる。さらばな見えそ」とて、おのづから見つべきをりも、……(枕 草子・第四十七段)

命令表現が続く例には、例(3)のように、動詞・助動詞、および補助動詞の命令形(聞 かせ給へ)で終わるものが中心的である。その他、例(4)のように、後続文が推量助動詞

「む」(「・・・こそ・・・め」)や「べし」で終わり、他人の行動について、勧誘的な命令表現(故 大將をこそは、贈大臣の宣旨を下させ給はめ)(さべきやうに行ひ給べし)が見られる。ま た、例(5)のように、「…な…そ」の形で、禁止表現(な見えそ)の例もある。

○さらば…疑問表現

疑問表現に属するものは、「さらば」で受ける前提条件のもとに、話し手の疑問を提示す る例である。ここでは、疑問表現を広義的に捉え、反語的、詰問的な用法も含めている。

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(6)……と、のたまへば、(女房)「さらばいかゞは、侍るべからむ」と、聞ゆ。(薫)「北 面などやうの隱れぞかし、かゝる古人などのさぶらはむに、ことわりなる休み所は。

それも、又、たゞ、御心なれば、愁へ聞ゆべきにも侍らず」とて、……(源氏・宿木)

(7)……夜晝、思ひほれて、同じ事をのみ、(入道)「さらば、若君をば見たてまつらでは、

侍るべきか」といふよりほかのことなし。(源氏・松風)

例(6)は相手の意見を尋ねる質問(いかゞは、侍るべからむ)である。例(7)は、若 君に逢いたがる気持ちを反語的に表す例(見たてまつらでは、侍るべきか)である。

○さらば…推定表現

ここで「推定」というのは、前提条件を根拠とした強い推測や断定の意に使う。推定表 現に属するものは、「さらば」で受ける前提条件を根拠として、後続表現で話し手の強い推 測を述べる例が典型的である。「さらば」の後続文では、その根拠によって、話し手が「こ うであろう」と強く推測する場合である。その他に、確信的に「こうであった」と断定的 に言う場合も含める。

(8)(内大臣)「につかはしからぬ役なゝり。かく、たまさかにあへる親の孝せむの心あら ば、この、物のたまふ声を、すこしのどめて聞かせ給へ。さらば、いのちも延びなん かし」と、をこめい給へる大臣にて、ほゝゑみてのたまふ。(源氏・常夏)

(9)……車より、「いとよう知れる人の、憂き事どものありける、言ひし聞きしかば。心 憂し。言はじ」と言ひければ、「さらば、これは志賀の人なるべし」と思ふに、……(平 中・二十四)

(10)女、「あれはさこそあれ。それが憂きこと」とて、になくあさましきことをつくり出 だしつゝ、言ひ散らしければ、「あな、いとほし。知らで過ぎぬべかりけり。さらば、

いと心憂きものにこそありけれ。……」(平中・二十五)

例(8)は、前述の事柄(すこしのどめて聞かせ給へ)を受けて、未定の事柄(いのちも 延びなん)に対する推測・推定を述べる例である。これは推定表現の典型的な例と考えら れる。それに対して、例(9)(10)のように、相手との対話で与えられた情報のもとに、

既定の物事に対して、論理的に推し量ったものを推定的(これは志賀の人なるべし)に述 べる例や、判断的に述べる例(いと心憂きものにこそありけれ)もある。

このような強い推定が導かれることには、どのような背景があるだろうか。山口(1980)

は、仮定表現のうち、すでに実現している、または、やがて実現するだろう、と肯定的に 判断される現実的な事柄を条件とする仮定を「現実仮定」とし、そのうち、「さらば」を一 般に現実仮定の意味あいにおいて用いられる傾向の強い形式としている。つまり、「さらば」

は順接の仮定条件を表す接続詞であり、一般に条件を成立可能な事態として捉えるもので あるにもかかわらず、具体的な例においては、「さらば」がすでに現実として存在する、あ るいは現実性が非常に高い事態を受けて、因果関係の強い判断に結びつけるものも少なく ないということである。「さらば」が、このように現実性の高い事態を受けることが原因で、

例(9)のように、強い因果関係に基づく推定が続く例や、例(10)のように、発生した事

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態を断定的に述べる表現が続く例が見られるものと思われる。

このように、「さらば」が現実性の高い事態を条件として受けて、後続文ではその現実 を志向するという傾向は、意志表現と命令表現は決意したことを現実にうつす点、疑問表 現には、話し手がすでに確信しているものを反語的、詰問的に言うものが多い点(6)、さら に、推定表現では因果関係による強い推測や断定が続く点からも肯定される。このような ことをふまえれば、「さらば」に確信度の強い推定表現が導かれる場合があることは自然な ものと考えてよかろう。なお、推定表現の例は和文において女性の会話文にも広く用いら れることと、用例数も少なくないことから、漢文訓読の影響によるものと考える必要はな いと考える。

以下では、漢文訓読文における「シカラバ」の使用状況を考慮に入れて、中古和文にお ける「さらば」の性格を考えてみる。

築島裕編『訓点語彙集成』(汲古書院)によると、「シカラバ」の例が訓点資料に 10 例見 られる。また、「シカルヲ(48 例)」、「シカレドモ(62 例)」のような逆接の接続詞が訓点 資料に数多く見られるのに対して、「シカラバ(10 例)」「シカレバ(10 例)」のような順接 の接続詞がやや少ないことがわかる。築島(1963)が「しか」の一類は、訓読特有語の中 で比較的多く和文の中に混在する類と述べるように、中古和文では、ほかの「しか」系の 接続詞「しかれども」(古今集序 1 例、竹取 1 例、土佐 1 例、大鏡 1 例)、「しかるを」(栄 花 1 例)、「しかれば」(大鏡 3 例)は散見する。それに対して、「しからば」は中古和文で、

まったく用いられない。これは、「しからば」が漢文訓読文において必ずしも勢力が強いわ けでもない一方で、和文に馴染んでいるわけでもないことを示している。

「シカラバ」は漢字列「若然(爾)者」「然(爾)則」の形で用いられる場合に、「然(爾)」

字に宛てて訓むことが殆どであることを拙稿(2015)で確認した。「シカラバ」の用例は会 話文に限らず、仏典の論説部分にも用いられる。それらの例には、「シカラバ」に意志表現 が続く 1 例を除くと、いずれも疑問表現(4 例)と推定表現(3 例)が続く例である。用例 は少ないものの、「シカラバ」の用法は漢文訓読文において、極めて固定的・限定的である と考えられる。

ところで、観智院本類聚名義抄には、「然者 サラハ」(佛下末 五〇)とあるように、

「然者」を熟字として「サラバ」と訓じて、「シカラバ」の訓みが見られない。築島(1988)

は、観智院本類聚名義抄では、漢文訓読には一般的に用いられず、和文和歌に専用された 語彙が加えられていることを述べ(7)、この現象について改編本系の類聚名義抄が特定典籍 の和訓の集成であるものから、一般語彙まで取り入れる方向に進んで、一般辞書化の様相 を呈するに至ったことを示すと指摘している。これをふまえるならば、「さらば」も漢文訓 読文には用いられないが、日常語彙として既に存在するものとして改編本系の観智院本類 聚名義抄に採用された一例と考えられ、それに相当する字面「然者」が掲出されたものと 考えられる。

さらに、山口(1966a)は、観智院本類聚名義抄に、正格漢文ではなく変体漢文に現れる

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「無墓 ハカナシ」(僧上 六〇)が見えることから、変体漢文からの語(表記)の採集は、

類聚名義抄の成立に関して看過すべからざる問題であると指摘している。「然者」の表記は、

『小右記』『中右記』『民経記』のような古記録に多く見られることから(8)、変体漢文にお いて広く行われており、定着度が極めて高い接続詞と考えられる。同時に、この「然者」

は、山口氏が指摘された改編本系の観智院本類聚名義抄の成立に変体漢文の影響があった ことを裏付ける一例と考えられる。

以上のことにより、「シカラバ」は漢文訓読文において、用例は少ないが、用法は極端に 固定的・限定的である。これに対して、「さらば」は中古和文に用例が広く見られ、用法も 広がりを持ち、一般的に用いられた日常会話語と位置付けることができる。

3 院政鎌倉期作品における「さらば」と「しからば」

3.1『今昔物語集』における「然ラバ」

『今昔』の「然ラバ」について、大系本の解説では、サラバ・シカラバのいずれに従うべ きか遽かに決定することをさしひかえたと記してある。『今昔』の「然ラバ」は「シカラバ」

と「サラバ」と二通りの読みが考えられるが、2 節までに述べたように、両者は文体上、

さらに用法上の区別があるため、その訓みについて改めて検討する必要がある。そこで、

その用法を具体的に確認する上で、その訓みを推定し、この語に関する文体的解釈を提示 する(9)

○さらば…意志表現

(1)和上ノ云ク、「我ガ力ラ更ニ不及ズ。汝ヂ速ニ我ガ大師、佛ノ御許ニ詣テ問ヒ奉レ。

然ラバ我レ、汝ヲ具シテ佛ノ御許ニ将参ルベシ」ト。(巻三・23)

(2)此ノ佛師ノ喜サニ、「然バ此ヲ与ヘテム」ト思テ、自引出シテ与ツ。(卷十六・5)

○さらば…命令表現

(3)僧ノ云ク、「然ラバ、神、近ク坐シ給ヘ」ト。(巻七・19)

(4)天皇、「實ニ然ラバ、誓言ヲ可立シ」ト被仰ケルニ、……(巻二四・26)

○さらば…疑問表現

(5)問テ宣ハク「然ラバ何ヲ以テカ功徳ニ非ズト可知キ」ト。(巻六・3)

(6)五位ノ云ク、「然ラバ我レ其ノ佛ノ名ヲ呼ビ奉ラムニ荅ヘ給ヒテムヤ」ト。(巻十九・

14)

○さらば…推定表現

(7)國王ノ宣ク、「然ラバ此ノ人定メテ物知タラム」トテ、……(巻四・12)

(8)僧、……其ノ時ニ思ハク、「然ラバ、彼ノ煮テ食ツル猪ハ、観音ノ我ヲ助ケムガ為ニ、

猪ニ成リ給ヒケルニコソ有ケレ」ト思フニ、……(卷十六・4)

『今昔』において、「然ラバ」には上記の四つの用法が見られる。これらの用法の巻ごと の用例数を【表 2】に示した。

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【表 2】『今昔物語集』における「然ラバ」の用法

意志表現 命令表現 疑問表現 推定表現 小計

巻一 0 2 1 1 4

巻二 0 1 0 1 2

巻三 1 1 1 2 5

巻四 1 2 1 2 6

巻五 4 3 2 2 11

巻六 1 3 2 1 7

巻七 0 2 2 1 5

巻九 2 4 2 3 11

巻一〇 2 6 3 3 14

小計(比率%) 11(16.9) 24(36.9) 14(21.5) 16(24.6) 65(100.0)

巻一一 3 2 0 1 6

巻一二 0 4 0 1 5

巻一三 2 0 0 0 2

巻一四 1 0 0 0 1

巻一五 1 1 1 1 4

巻一六 3 3 1 1 8

巻一七 3 1 0 0 4

巻一九 4 4 2 0 10

巻二〇 2 1 0 4 7

小計(比率%) 19(40.4) 16(34.0) 4(8.5) 8(17.0) 47(100.0)

巻二二 0 1 0 0 1

巻二三 3 4 0 1 8

巻二四 1 6 0 1 8

巻二五 4 0 0 0 4

巻二六 0 4 0 0 4

巻二七 7 3 2 1 13

巻二八 5 7 1 1 14

巻二九 6 12 0 2 20

巻三〇 0 2 0 0 2

巻三一 1 2 0 0 3

小計(比率%) 27(35.1) 41(53.2) 3(3.9) 6(7.8) 77(100) 計(比率%) 57(30.2) 81(42.9) 21(11.1) 30(15.9) 189(100.0)

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【表 2】に示したように、『今昔』において、「然ラバ」の用例は、天竺震旦部に 65 例、

本朝仏法部に 47 例、本朝世俗部に 77 例あり、全巻にわたって平均的に分布していること がわかる。これは、「然ラバ」が山口(1966b)の指摘した本集全体に一貫して存在する「文 体基調」にかかわることを示唆している。つまり、「然ラバ」は出典の文章様式を撰者固有 の文章様式に改めるさいに生じたものと認められる。「然ラバ」が文体基調にかかわるとす ると、「然ラバ」に両様の訓みがあることはまずありえないことであり、それを「シカラバ」

と「サラバ」のどちらかに統一したほうがよいと考えられる。

『今昔』の「然ラバ」は全巻に亘って会話文のみに分布している。これは今昔撰者が「然 ラバ」を日常会話語として用いることを示していると考えられる。また、『今昔』における

「然ラバ」には、意志表現と命令表現が続く用例が全用例の 73.1%を占めているが、これ は和文に定着した「さらば」の使用傾向と一致している。一方、前述したように、「シカラ バ」は、漢文訓読文において勢力が弱く、用法が極端に疑問・推定に限定されていること から、「然ラバ」を「シカラバ」と訓む可能性は低いと考えられる。これらのことに鑑みれ ば、『今昔』の「然ラバ」はおそらく「サラバ」であろうと推測される。

ただし、「然ラバ」は『今昔』の文体基調を反映する要素の一つであるにもかかわらず、

その後続表現の内訳を見ると、個々の用法の分布する傾向が異なることが注目される。天 竺震旦部、本朝仏法部、本朝世俗部において、意志表現と命令表現が続く例が全体に占め る比率はそれぞれ 53.8%、74.4%、88.3%であり、部を追って増加している。それに対して、

疑問表現と推定表現が続く例が全体に占める比率はそれぞれ 46.1%、25.5%、11.7%であり、

部を追って減少している。つまり、「然ラバ」の後続表現は部を追うことに、意志表現と命 令表現が多くなることがわかる。一方、「然ラバ」は、漢文訓読調がより強い天竺震旦部に おいては、疑問表現と推定表現が続きやすいことが窺える。その原因を明らかにするため に、天竺震旦部における「然ラバ」の出典とのかかわりを確認しておきたい。ここでは、

これまで確実な出典として認められている『冥報記』『三宝感応要略録』『孝子伝』(10)と比 較してみた結果、「然ラバ」はこれらの文献を出典とする説話に 16 例見られる。そのうち、

出典に「然ラバ」と対応する表現がある用例は見られない。つまり、訓読調がより強い巻 において、「然ラバ」はいずれも今昔撰者が付加した例である。具体的には、次のように、

出典には「然ラバ」と対応する漢字は見られないが、対応する後続表現がある場合が挙げ られる。

a 『……汝ヂ、速ニ裟婆ニ還テ、毎日ニ四十八巻ヲ誦セヨ。然ラバ、一千日ノ後、當ニ 上品ノ地ニ可生シ』ト……(巻六・44)

a’ 汝早還娑婆。毎日誦四十八卷。一千日後方生上品地。(三宝感応要略録巻中)

b 比丘、此レヲ受テ、天ニ問テ云ク、「天上ニ般若有リヤ无ヤ」ト。天答テ云ク、「天上 ニ般若有リ」。比丘ノ云ク、「然ラバ、般若、天ニ有ルニハ、何ノ故ニ来テ供養スルゾ ト。」(巻七・7)

b’ 問天曰。天上有般若否。答云有。比丘問云。若有經卷何故來下。(三宝感応要略録巻

(10)

75 中)

このように、今昔撰者が「然ラバ」の部分のみを付け加えたと見られる用例が 8 例見ら れる。そのうち、用例に示したように、出典にすでにある疑問表現と推定表現の前に「然 ラバ」が付加された例が 7 例あることが注目される。すなわち、原文に疑問表現と推定表 現がある部分では、「然ラバ」を付け加えることによって、漢文訓読文に典型的に見られた 表現を作っている。これは天竺震旦部に疑問表現と推定表現が続く用例がより多く生み出 された原因と推測される。また、次のように、出典には「然ラバ」から文末までに該当す る表現が存せず、下線部全体が今昔撰者によって付加された用例が 8 例見られる。

c 廻璞ガ云ク、「我レ、行歩ニ不堪ズ」。使ノ云ク、「然ラバ、馬ニ乗テ可参シ」ト。廻璞、

家ノ内ニ有ル馬ヲ曳出デヽ乗テ、二ノ人ニ従テ行ク。(巻九・32)

c’ 璞曰。我不能歩行。即取璞馬乘之。隨二人行。(冥報記巻中)

d 「……願クハ、師、我レニ恐ルゝ事无カレ」ト。僧ノ云ク、「然ラバ、神、近ク坐シ給 ヘ」ト。神、僧ト近ク坐シ給テ、語ヒ給フ事、人ノ如シ。(巻七・19)

d’ 願師無慮。僧因延坐。談説如人。(冥報記巻中)

8 例のうち、意志表現と命令表現が続く用例は 7 例を占める。すなわち、内容がより漢 文出典から離れるときは、「然ラバ」に意志表現と命令表現を続ける用法が用いられやすい と考えられる。

このように、『今昔』の天竺震旦部における「然ラバ」は「サラバ」と訓み、「シカラバ」

が持つ疑問表現と推定表現が後続しやすい特徴も併せ持っている。つまり、「然ラバ」は意 志表現と命令表現が続く用法が一般的であるが、漢文訓読調がより強い巻においては、「然 ラバ」に疑問表現や推定表現が続きやすいことが確認できる。つまり、このような特徴は 次節でのべる鎌倉期作品における「さらば」にも認められる。

3.2 鎌倉期作品における「さらば」と「しからば」

鎌倉期になると、和文、軍記物語、説話集などの作品において、「さらば」は中古と同様 に広く見られる一方、「しからば」の用例も現れてくる(11)。それらの用法を後続表現によ って分類した結果を【表 3】に示した。

鎌倉期作品における「さらば」の用法は次のようである。

○さらば…意志表現

(1)修行者、悦て、「道も知り候はぬに、さらば道までも参らん」(宇治・第十七話)

(2)「イザサラバ、仲兼ガ馬ニ乗カヘム」トテ、馬ノ下タ尾白カリケルニ乗替タリ。(延 慶本平家・第四ノ 59 オ)

○さらば…命令表現

(3)鎌田ことはりとや思けん、「さらばわ殿其やうを申給へ。」と……(保元・中 為義最 後の事)

(4)「実ニイミジク思給ヘリ。サラバ侍者ニナリテ、當寺ニヰ給ヘカシ」ト、……(沙石 集・巻六ノ 9)

(11)

76

○さらば…疑問表現

(5)「サラバ、ナド初ヨリアリノ侭ニ申サヾリケル」ト、……(沙石集・巻九ノ 7)

(6)「サラバ云何セン」トハ仰有ケレドモ、……(延慶本平家・第四ノ 30 ウ)

○さらば…推定表現

(7)「……入たまへ。さらばあつさにたへずしてはい出なん」といふ。(古今・六九九話)

(8)サラハ諸宗ノイキトホリニハ、オヨフヘカラサル事也。(西方・下末六十六)

【表 3】鎌倉期の作品における「さらば」「しからば」の用法

和文 軍記物語 説話集 仏書

計(比率%)

堤 中 納

言 宇

治 保 元

平 治

延 慶 本

古 本

金 澤 本

沙 石 集

著 聞 集

歎 異 抄

西 方 指

南 光

言 句

「 さ ら ば

意志 1 16 2 5 20 2 0 5 10 0 0 0 61 (29.9) 命令 7 22 10 9 33 3 0 14 12 0 0 0 110

(54.7) 疑問 0 1 1 0 5 0 0 4 3 1 0 0 15 (7.5) 推定 1 2 0 0 4 1 0 4 2 0 1 0 15 (7.5) 計 9 41 13 14 62 6 0 27 27 1 1 0 201 (100.0)

「 し か ら ば

意志 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 (6.7) 命令 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 (6.7) 疑問 0 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 2 (13.3) 推定 0 1 1 0 0 0 0 1 1 3 3 1 11 (73.3) 計 0 1 3 0 1 0 1 1 1 3 3 1 15 (100.0) 【表 3】に示したように、鎌倉期作品における「さらば」には、意志表現、命令表現、

疑問表現、推定表現が続く用例が見られるが、各用法の分布の様相は異なっている。すな わち、意志表現と命令表現が続く例は全作品において各々61 例・110 例が見られ、全体の 85.1%を占めており、用法上の偏りが顕著に見られる。ただし、和文、軍記物語、説話集の うち、『堤中納言』『保元』『平治』のような和文調がより強い作品では、「さらば」に意志 表現と命令表現が続く用例が中心的であり、疑問表現と推定表現が続く用例が僅少である のに対して、訓読調がより強い『延慶本』『沙石集』『著聞集』では、「さらば」に疑問表現 と推定表現が続く用例が比較的に多く見られる。さらに、仏書では、「さらば」の語形を取 っていても、意志表現と命令表現が続く用例は見られず、疑問表現と推定表現の条件を表 す用法のみに用いられる点で用法は「しからば」に近い。このように、「さらば」は訓読調 がより強い文体において、疑問表現と推定表現が続きやすいことを反映している。これは

『今昔』の天竺震旦部に見られた「然ラバ」の使用状況と同じ傾向である。

次に、鎌倉期作品における「しからば」の用例を確認する。ここで取り上げたのは、い ずれも「しからば」全体を仮名書きにした例、あるいは「しか」の部分を「爾」と表記す る例である。

(12)

77

○しからば…意志表現

(1)敵此ノ節女ヲトラヘテ、「汝ガ夫ヲ我ニ殺サセヨ。シカラバ君ニ伴ヒテ、春花明月ノ 詠ヲモナシ、山鳥白雪ノ興ヲモマサム。……」ト云。(延慶本平家・第二末ノ 21 オ)

○しからば…命令表現

(2)「……明日卯辰の時に此御所へまいるべし。しからばかのともがらを相具して、ゆき むかつて合戦あるべし。……」(保元・上 新院御所各門々固めの事付けたり軍評定の 事)

○しからば…疑問表現

(3)「……忠功他にことなり。しからば縱卿相の位に昇といふとも、誰か傾申べき。……」

(保元・中 関白殿本官に帰復し給ふ事)

(4)妻猶恨みテ云はく、「爾らば君、何故ニカ年来久しク我ト汝ト一懷ニ有りシ昔ノムツ ビニ依りテ、今何故ニカ近く来らざラム。」(金澤本・三一 4)

○しからば…推定表現

(5)(僧)「……『我は東大寺の聖宝なり』と、高く名のりてわたり給へ。しからばこの御 寺の大衆より下部にいたるまで、大僧供ひかむ」といふ。(宇治・第一四四話)

(6)シカラハ彌陀ノ本願ノ本意ニモタカヒテ、信心ハカケヌルニテアルヘキナリ。(西方・

下末三十五)

【表 3】から、「しからば」が鎌倉期の作品において 15 例見られる。その多くは、軍記 物語の会話文や、僧侶の会話文に見られる。そのうち、推定表現が続く例が 11 例と、最も 多く見られる。疑問表現が続く例が 2 例、意志表現と命令表現それぞれ 1 例が続いている。

疑問表現と推定表現が続く用例は総数の 86.6%を占めており、このような使用傾向は漢文 訓読文における「シカラバ」のそれと一致している。

4 おわりに

以上の考察によって、「さらば」の後続表現は時代を追って、用法の偏りが強まることを 確認した。中古和文では、「さらば」に、疑問表現が続く例がやや少なく、意志表現、命令 表現、推定表現が続く例が幅広く見られた。院政鎌倉期になると、和文調の強い作品では、

「さらば」の用法が大きく偏るようになり、意志表現と命令表現が続く例が中心となった。

このように、「さらば」が後続する意志表現と命令表現の条件を表す用法に偏っていること は、同時に訓読系統の「しからば」が後続する疑問表現と推定表現の条件を表す用法によ って、訓読の影響を受けた作品に進出する背景ともなっていると考えられる。

この時代に、「しからば」は少ないながら、仏教説話集や仏書のような仏教系の論理的な 文章を中心に用いられている。特に、『歎異抄』『西方指南抄』のような仏書では、「しから ば」の使用頻度が「さらば」を上回っている。これは、「しからば」という語が漢文に親し みがある僧侶の文筆の中で用いられやすいことを示していると考えられる。鎌倉期の作品 において、「しからば」は、漢文訓読文における「シカラバ」と同じく、後続する疑問表現

(13)

78

と推定表現の条件を表す用法に偏っている。すなわち、「さらば」と「しからば」は、それ ぞれの中心となる用法を異にするために和漢混淆文において併存し得たのである。

【注】

(1)築島裕(1963)『平安時代の漢文訓讀語につきての研究』東京大学出版会、p462-463

(2)拙稿(2015)の調査結果によると、『万葉集』における唯一の仮名書きの例「志可良婆(しから ば)」(十四・3472)は疑問表現(反語)をとっているが、『古事記』における「しからば」と訓 まれる例は合計 13 例であり、そのうち、意志表現が 4 例、命令表現が 7 例、疑問表現が 2 例見 られる。一方、『日本書紀』における「しからば」と訓まれる例は合計 11 例であり、そのうち、

意志表現が 1 例、命令表現が 2 例、疑問表現が 5 例、推定表現が 3 例見られる。訓点資料におけ る「しからば」と訓まれる例は合計 8 例であり、そのうち、意志表現が 1 例、疑問表現が 4 例、

推定表現が 3 例見られる。

(3)原田(1962)によると、『万葉集』では「しか」をもっぱら用いた。しかし、巻十の 2329 番歌 に「然而」の訓が疑問であり、注釈書により「さて」と訓むこともあるが、『万葉集』には「然」

を「さ」と訓む確実な例は見られないことから、「しかに」と訓むとしている。なお、中古にな ると、「しか」が「さ」になった経緯は未詳である。

(4)和文の調査には以下の資料を利用した。

竹取物語(『竹取物語総索引』)、土佐日記(『土佐日記総索引』)、大和物語(『大和物語語彙索引』)、

伊勢物語(『伊勢物語総索引』)、平中物語(『平中物語本文と索引』)、蜻蛉日記(日本古典文学大 系)、宇津保物語(同上)、落窪物語(『落窪物語総索引』)、枕草子(『枕草子総索引』)、源氏物語

(『CD-ROM 角川古典大観源氏物語』)、和泉式部日記(日本古典文学大系)、紫式部日記(同上)、

讃岐典侍日記(『讃岐典侍日記:本文と索引』)、更級日記(日本古典文学大系)、浜松中納言物語

(同上)、夜の寝覚(『夜の寝覚総索引』)、狭衣物語(『狭衣物語語彙索引』)、栄花物語(『栄花物 語:本文と索引』)、大鏡(『大鏡の研究』)

(5)例えば、「盤渉調を、いと、をかしく吹きて、(中将)『いづら、さらば』と、の給ふ。」(源氏・

手習)という例では、中将が妹尼に琴の弾奏を促す場面であり、「さらば」の後続文は省略され ているが、「さあ、どうですか、では、琴をお弾きなされ」という命令が続くと判断できる。

(6)例(7)のような事実に基づき、反語的、詰問的に確認する例は、和文の疑問表現 26 例のうち、

12 例が見られる。また、拙稿(2015)の調査によれば、漢文訓読文においても、「シカラバ」に 疑問表現が続く用例が 4 例あり、そのうち、2 例が反語である。

(7)築島(1988)は、観智院本類聚名義抄には「サソフ」「ミソカニ」「カシカマシ」のような漢文 訓読には一般的に用いられず、和文和歌に見られる和訓が挙げられていると述べている。

(8)東京大学史料編纂所『古記録フルテキストデータベース』で「然者」を検索すると、接続詞と して用いられる「然者」が数多くみられる。例えば、『小右記』には 43 例、『中右記』には 102 例、『民経記』には 179 例見られる。

(9)本稿の調査に使用したテキストは山田孝雄校注『日本古典文学大系 22―26 今昔物語集』であ

(14)

79

る。『今昔物語集』では、「シカラバ・サラバ」の表記には、「然ラバ」「然バ」「然」とある。用 例の統計には馬淵和夫編『今昔物語集文節索引』を用い、「然バ」「然」において「シカラバ・サ ラバ・シカレバ・サレバ」のいずれかに決めがたいものは、同書の扱いに拠った。

(10)出典との関係については、芳賀矢一(1970)『攷證今昔物語集』冨山房、日本古典文学大系『今 昔物語集』の頭注、橋本(1969)の方法を参照した。

(11)調査には以下の資料を利用した。

堤中納言物語(日本古典文学大系)、宇治拾遺物語(『宇治拾遺物語総索引』)、保元物語(日本古 典文学大系)、平治物語(同上)、延慶本平家物語(『延慶本平家物語 本文篇と索引篇』)、古本 説話集(『古本説話集総索引』)、金澤本仏教説話集(『佛教説話集の研究:金澤文庫本』)、沙石集

(日本古典文学大系)、古今著聞集(『古今著聞集総索引』)、歎異抄(『歎異抄 : 本文と索引』)、

西方指南抄(『親鸞聖人真蹟集成』巻五・六)、光言句義釋聴集記(『高山寺資料叢書』第七冊 本 文及び総索引)

【参考文献】

清瀬良一(1955)「天草本平家物語の接続表現—『さらば』などの場合について—」

『広島大学文学部紀要』8

小林賢次(1996)『日本語条件表現史の研究』ひつじ書房、pp.259-280

坂詰力詰(2015)「接続詞『さらば』の意味・用法に関する考察―『平家物語』を中心とした中世の 軍記物語をとおして」『日本語史の研究と資料』明治書院、pp.101-115

築島 裕(1963)『平安時代の漢文訓讀語につきての研究』東京大学出版会、pp.462-463 築島 裕(1988)「漢文訓読と古辞書の古訓点」『中央大学国文』31

橋本仲美(1969)「今昔物語集の文体に関する一考察―『事無限シ』をめぐって―」『国語学』79 原田芳起(1962)「上代語彙における『しか』と『さ』との交渉」『平安時代文学語彙の研究』

風間書房、pp.383-426

山口堯二(1981)『古代接続法の研究』明治書院、pp.89-116 山口佳紀(1966a)「今昔物語集表記法管見」『国語と国文学』43-12

山口佳紀(1966b)「今昔物語集の文体基調について―『由(ヨシ)』の用法を通して―」『国語学』67 楊 瓊(2015)「上代の接続詞『しからば』の発生について」『同志社国文学』82

参照

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