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評論・社会科学 116号(P)Y☆/1.郭

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要旨:本稿の目的は,「男性稼ぎ主モデル」脱却をめぐる「目的地」と「経路」を探索する ための土台として,理論的知見を整理することである。1990 年代の重要なジェンダー福祉 国家研究である「男性稼ぎ主モデル」論(Lewis 1992),「ジェンダー公平」論(Fraser 1997 =2003),「ジェンダー・ポリシー・レジーム」論(Sainsbury 1999)を「規範論」「政策論」 「動態論」の 3 つの視点から比較分析した結果,目指すべき規範的モデルに基づき政策分析 を精緻化した「ジェンダー・ポリシー・レジーム」論が一つの到達点であることが明らか になった。しかしながら,「動態論」に関してはセインズベリの指摘する以外にも別の「経 路」がある可能性を検討し,今後の研究展開の方向性を提示した。 キーワード:男性稼ぎ主モデル,福祉国家,ジェンダー,国際比較,各人稼得者=ケア提 供者 目次 1.研究背景・目的 2.先行研究の検討 3.1990 年代フェミニスト比較福祉国家研究の到達点 3-1.規範論 3-2.政策論 3-3.動態論 4.規範的「代替モデル」への移行経路 4-1.「ジェンダー・ポリシー・レジーム」論 4-2.「各人稼得者=ケア提供者レジーム」へ向かう複数の移行経路の可能性 5.結論

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.研究背景・目的

多くの国にとって「男性稼ぎ主モデル」からの脱却は重要な政策課題である。先進諸 国では 1960 年代以降,女性の社会進出が飛躍的に高まり,加えて近年の雇用や家族形 態の不安定化,また少子高齢化などの社会経済的・人口統計的要因などを背景に,この ──────────── † 同志社大学大学院社会学研究科社会福祉学専攻博士後期課程 *2015 年 12 月 2 日受付,2015 年 12 月 18 日掲載決定

論文

「男性稼ぎ主モデル」脱却に関する理論再考

──ジェンダー比較福祉国家研究の到達点と課題から──

田中弘美

† 73

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重要性はますます高まっている。日本でも「男性稼ぎ主モデル」脱却の必要性は,主に 労働・社会保障・ケアに関する諸領域で,数十年にわたって議論がなされてきた。 ところで,「男性稼ぎ主モデル」からの脱却について考える際には,次の 3 点の検討 を避けて通ることはできないだろう。第一に,「男性稼ぎ主モデル」と異なるモデルに はいかなる選択肢があるのか,第二に,そのうちのいずれの方向性を我々はめざすべき か,そして第三に,そのめざすべきモデルにはいかにして到達することができるか,と いった点である。これらは効果的な政策分析・政策論議に向けた,いわば根幹の部分に なると考えられる。 本稿は,上の 3 点の議論の土台となる理論枠組みを検討することを目的として,フェ ミニストらによる福祉国家研究に着目する。具体的には,1990 年代の「男性稼ぎ主モ デル」に関する議論を「代替モデル」という視点から整理し直すことで,この領域にお ける到達点と課題を浮き彫りにすることを試みる。 ここでいう「代替モデル」は,「男性稼ぎ主モデル」とは別のモデルとして,理論的 ・経験的に構想され実践されうるモデルを指す。本稿では,フェミニストらが「男性稼 ぎ主モデル」に代わるいかなる「代替モデル」を構想し,またこれを実現するための制 度体系についてどのように論じているかを比較分析する。このことを通じて,「男性稼 ぎ主モデル」の脱却をめぐる「目的地」と「経路」を探索する足がかりを得られると思 われる。

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.先行研究の検討

「男性稼ぎ主モデル」をめぐる議論は,Esping-Andersen(1990)の福祉国家類型化論 に触発されるかたちで,1990 年代に飛躍的に豊饒化した。Esping-Andersen(1990)を はじめとする,いわゆる主流派の比較福祉国家研究がジェンダーに盲目的であったこと はすでによく知られているが,その背景にはフェミニストらが様々なアプローチで主流 派類型化論を批判的に検証することをとおして,その重大な欠落を明らかにしてきた功 績が大きい。しかしながら,これまでフェミニストらがそれぞれ独自の問題意識と視点 から論じてきた研究蓄積は膨大であり,その全体像はいささか煩雑な印象さえ与え る(1) そこで本稿では,1990 年代に発表された 3 つの研究に焦点をあてる(2)。それらは, ①ジェイン・ルイスによる「男性稼ぎ主モデル」論(Lewis 1992),②ナンシー・フレ イザーよる「ジェンダー公平」論(Fraser 1997=2003),③ダイアン・セインズベリに よる「ジェンダー・ポリシー・レジーム」論(Sainsbury 1999)である。3 つの研究は, その後のフェミニスト比較福祉国家研究,ジェンダー政策研究の理論的基盤をなす研究 「男性稼ぎ主モデル」脱却に関する理論再考 74

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であり,後世に多大な影響を与え続けている。 これらの研究はいずれも,この領域におけるもっとも重要な文献であるにもかかわら ず,それぞれの理論的構造をも含んだ体系的な整理はこれまでほとんど行われていな い。多くの論文では,これらは単なる概念的なタームとして,またそれぞれが並列的に 使用される傾向にあり,厳密な検討が十分になされていない。 しかしそのようななかでも,それぞれの議論の展開を丁寧に追った論考はいくつかあ る。ただし上の 3 つの研究を網羅し,さらに理論的構造にまで踏み込んで比較検討した ものは管見の限りない。たとえば,居神(2003)では Lewis(1992),Fraser(1997= 2003),および Sainsbury(1996)が整理されているが,その後大きく修正された Sains-bury(1999)の内容はふれられていない。また,深澤(2003)はフェミニスト比較福祉 国家研究の進展を丁寧に追うなかで,Lewis(1992)と特に Sainsbury(1996, 1999)に ついて詳しく 述 べ て い る。だ が,Sainsbury(1999)と 併 記 さ れ る こ と の 多 い Fraser (1997=2003)の検討は行っていない。他方で田村(2006)は,日本のジェンダー平等 政 策 展 開 に 関 す る 実 証 研 究 の 理 論 枠 組 み と し て Fraser(1997=2003)と Sainsbury (1999)を混合して用いている。田村は言及していないが,後述するとおり,実はこの 両者の理論には相当な質的差異が存在する。 したがって,本稿はこのような先行研究の隙間を埋めるべく,3 つの研究を鳥瞰しつ つも,より踏み込んだ比較検討を行うことを通じて,「代替モデル」に関する政策論議 ・実践を進めていくための理論的布石を打つ(3)

3

.1990 年代フェミニスト比較福祉国家研究の到達点

上述した 3 名のフェミニストらによる一連の議論の到達点を端的に示せば,次の 3 点 に集約することができる。第一に,目指すべき「代替モデル」の方向性を明示したこ と。第二に,政策分析のための分析枠組みを精緻化したこと。第三に,類型論からレジ ーム変革論への発展可能性を示したこと,である。この 3 点はいわば,比較福祉国家研 究の「規範論」「政策論」「動態論」(埋橋 2003)に相当し,いずれも冒頭に述べた 「男性稼ぎ主モデル」からの脱却を検討する論点としてきわめて重要である。 結論を先取りすると,この 3 点においてもっとも包括的な議論を展開し,ゆえに「男 性稼ぎ主モデル」から「代替モデル」への移行を検討するにあたって準拠すべきジェン ダー政策分析の枠組みを提示しているのはダイアン・セインズベリの研究であ る (Sainsbury 1999)。以下では,3 つの研究を規範論・政策論・動態論それぞれの視点か ら比較検討することをとおして,この点を明らかにしていく。 「男性稼ぎ主モデル」脱却に関する理論再考 75

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3-1.規範論 理論が包含する規範性という点で,ルイスの「男性稼ぎ主モデル」はフレイザーやセ インズベリが論じたモデル/レジームに比べ,やや弱い。ルイスは「強度の男性稼ぎ主 モデル」と位置づけたイギリスを,「修正された男性稼ぎ主モデル」としたフランス, 「低度の男性稼ぎ主モデル」としたスウェーデンと比べて後者 2 つの優位性を示唆する ものの,これらのいずれのモデルを規範的と考えるかについては明言していない(Le-wis 1992)。 これに対して,フレイザーは「男性稼ぎ主モデル」脱却に際して我々が目指すべき規 範としての「代替モデル」像を示すこと自体を目的としていた。そこで,彼女は 2 つの 「代替モデル」の可能性を提示し,自ら設定した「ジェンダー公平」の概念に照らして それらを査定した。しかし,その結果,両者のいずれもがこれらの基準を充分に満たさ ないとして,第 3 のモデルである「総ケア提供者モデル」を提唱した。これは,男性も 含めたあらゆる人がケア提供者となることを支援し,それを前提とした労働・社会生活 の再構成を希求する体制であり,フレイザーはこれこそが今後我々が目指すべき規範的 なモデルであると主張する(4)(Fraser 1997=2003)。 一方セインズベリは,析出した 3 つのレジームのうち「各人稼得者=ケア提供者レジ ーム」を規範として論じている(Sainsbury 1999 : 105)。これは,男女が稼得者とケア 提供者の責任・役割を共有することを支援する体制であり,フレイザーの「総ケア提供 者モデル」に類似している。 この展開を経て,目指すべき「代替モデル」は「男女ともに稼得者でもあり,ケア提 供者でもあること」を支援する体制であることが明示された。また,その実現の鍵は, 女性の稼得者役割を高めるだけではなく,男性のケア提供者としての役割を促進するこ とにあるという方向性が同時に示されたといえよう。 3-2.政策論 政策分析の装置としては,ルイスからセインズベリの研究の展開過程で分析枠組みに 相当な進展がみられる。他方で,フレイザーの研究はこれらとは質的に異なっている。 以下では,各論者が採用した方法論の比較をとおしてこの点を明らかにする。ここで着 目するのは,社会政策論を含む社会科学の方法論として重要な位置を占める「理念型」 の手法が各論者によっていかに利用されているかという点である。 ルイスは,各国が「男性稼ぎ主モデル」からどの程度離れているかを基準として現実 の福祉国家の分析を試みており,この点では理念型の手法をとっているようにみえる。 しかしながら,実際の内容は,ヨーロッパ福祉国家の現状を歴史的な発展過程をふまえ て説明記述することにとどまっていた。さらに,「男性稼ぎ主モデル」の強さ・弱さの 「男性稼ぎ主モデル」脱却に関する理論再考 76

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みに基づいて分析対象の 3 ヶ国が類型される点についても,実証的な政策分析の枠組み としては,やや脆弱であると言わざるをえない(5) しかし,これらの弱点はセインズベリによって大幅に改善された。彼女はまず,福祉 国家とジェンダーの関係についてこれまで議論されてきた諸点を,より包括的な変差の 次元(dimensions of variation)としてまとめ,「男性稼ぎ主モデル」と「個人モデル」 という 2 つのジェンダー・モデルを理念型として提示した(Sainsbury 1994, 1996)。と ころが,実証的な比較福祉国家研究にこれらのモデルを適用した場合,理念型が対照的 な 2 つのモデルしかないという点は弱みであったことから,Sainsbury(1999)では理念 型をもう 1 つ加えて,表 1 のとおり 3 つの「ジェンダー・ポリシー・レジーム」に組み 直した。この一連の展開を経て,分析対象とすべき政策領域がより具体的に示されたこ とに加え,各国を特徴づける変差の次元が多面的に析出され,理念型としての厳密性が 高められたといえる。 これに対して,フレイザーは 3 つのジェンダー・モデルを設定し,それらを「ジェン ダー公平」概念を構成する 7 つの規範的原理に照らして査定した。この点においては理 念型の手法に近い。しかしながら,既述のように,この作業の目的は現実の福祉国家を 分析することではなかった。彼女の試みはむしろ,ポスト工業化時代に相応しいジェン ダー体制・福祉国家のあり方を提唱するという「より広い意味で理論的であり政治的 な」(Fraser 1997=2000 : 67)ものであった。つまり,その根底からして規範論であり, 比較社会政策論的な企図はみられない。このことは,「ジェンダー公平」概念を構成す る 7 つの規範的原理の内容からも明らかである。たとえば,女性の人格性や働きを承認 する「尊重の平等」原則や,雇用・政治・市民社会など社会生活のあらゆる分野への女 性の参加を促進する「反周縁化」原則といった項目からは,彼女の「ジェンダー公平」 概念は社会政策の射程を超えて,社会的価値をも含んだはるかに根源的な次元のもので あることがわかる。 3-3.動態論 動態論についてみると,やはりセインズベリが優位である。ルイスの研究では,ジェ ンダー視点からのオルタナティブな類型の提示を主な目的としていたため,モデル間の 移行・変革についてはそれほど深く論じていない。また,フレイザーの研究でも,規範 的とされる「総ケア提供者モデル」への移行に関する具体的な経路や手段の検討はほと んどなされていない。他方で,セインズベリは,福祉国家を類型化することを自己目的 化せずに,政策・制度の変化を時間軸で捉え,それがレジーム間の移行に与える影響 を,具体的・実証的な形で分析することを試みている。たとえば,1980∼90 年代の北 欧諸国において,女性の労働市場参加促進やチャイルドケア提供の拡大,育児休業の充 「男性稼ぎ主モデル」脱却に関する理論再考 77

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実化などは女性の経済的・社会的地位を確立させ,各国をより「各人稼得者=ケア提供 者レジーム」の方向に近づけてきた(後述するように,その程度は国によって異なる) ことを示している(Sainsbury 1999 : 104-5)。この点に,Sainsbury(1999)が有する,類 型論からレジーム変革論への発展可能性を見出すことができる。 ここまで述べてきたとおり,ルイスによって提示されたオルタナティブな類型論は, フレイザーが導き出した規範的な方向性(規範論)と,セインズベリによって改善され た政策分析のための分析枠組み(政策論)を両翼に得て,類型論からレジーム変革論 (動態論)へと発展するための土壌を築くに至った。つまり,目指すべき規範的な「代 替モデル」のあり方が明示され,そこに到達するための経路を探る道が拓かれたことに なる。この展開こそ,1990 年代のフェミニスト比較福祉国家研究に見出せる一つの重 要な到達点である。 そして,この規範論・政策論・動態論の交差は,セインズベリの「ジェンダー・ポリ シー・レジーム」論でもっとも顕著にみられる。彼女によると,レジームは「価値・規 範・規則といったものを具現化する,それゆえ(人々の)行動を形成する規範的あるい は規定的な枠組みを提供する」(( )内は引用者)(Sainsbury 1999 : 77)。また,ジェ ンダーとレジームの間に「ポリシー」が入ることで,分析の対象として人々の行動実態 よりも,それを形成しうる政策の方に重点を置くことが強調される。つまり,政策のあ 表 1 三者の研究枠組み Lewis, J.(1992) 「男性稼ぎ主モデル」論 Fraser, N.(1997=2000) 「ジェンダー公平」論 Sainsbury, D.(1999) 「ジェンダー・ポリシー・レジーム」論 モデル/ レジーム ・強度の男性稼ぎ主モデル ・修正された男性稼ぎ主モデル ・低度の男性稼ぎ主モデル ・総稼ぎ主モデル ・ケア提供者対等モデル ・総ケア提供者モデル ・男性稼ぎ主レジーム ・分離型ジェンダー役割レジーム ・各人稼得者=ケア提供者レジーム 目的 性別役割分業に基づくジェンダー関 係を分析の中心に据えた新たな福祉 国家類型を提示。 ポスト工業化時代の新たな福祉国家 に相応しいジェンダー体制のあり方 を提示。 ジェンダーの視点から福祉国家の類 型間・類型内におけるバリエーショ ンを提示。 分析 対象国 イギリス フランス スウェーデン なし ノルウェー フィンランド デンマーク スウェーデン 規範論 △ ○ ○ 政策論 × × ○ 動態論 × × ○ 変差の 次元 「男性稼ぎ主モデル」の強さ・弱さ ・課税・社会保障システム ・チャイルドケア制度 ・労働市場 「ジェンダー公平」を構成する 7 つ の規範的原理 ・反貧困 ・反搾取 ・平等収入 ・平等余暇 ・尊重の平等 ・反周縁化 ・反男性中心主義 「ジェンダー・ポリシー・レジーム」 の特性 ・家族(ジェンダー)イデオロギー ・受給資格のジェンダー格差 ・受給資格が何に基づいているか ・給付の受給主体 ・課税制度 ・雇用政策の対象 ・ケアの領域 ・ケア労働 出所)筆者作成 「男性稼ぎ主モデル」脱却に関する理論再考 78

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り方によって既存のジェンダー関係を再生産する方向にも,新たなジェンダー関係を希 求し実現させる方向にも機能しうるとの認識に基づいた,まさに動態論をも射程に入れ た政策分析のための枠組みが構築されたといえる。 ただし,先述の理論的到達点が即ち「代替モデル」をめぐる議論と実践のゴールでは ないと思われる。というのも,冒頭で示した問題関心のうち,規範的な「代替モデル」 にいかにして到達しうるかという課題については,いまだ充分に解明されたとは言い難 く,さらなる発展が求められるからである。したがって,以下では,セインズベリが規 範とする「各人稼得者=ケア提供者レジーム」への移行経路に焦点をあて,「ジェンダ ー・ポリシー・レジーム」論の内容を考察しながら残された課題について検討したい。

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.規範的「代替モデル」への移行経路

4-1.「ジェンダー・ポリシー・レジーム」論 表 2 のとおり,セインズベリの析出した 3 つの理念型のうち,「男性稼ぎ主レジーム」 (以下,「男性稼ぎ主」)と「分離型ジェンダー役割レジーム」(以下,「分離型」)は,と もに「夫=稼得役割/妻=ケア役割」の厳密なジェンダー役割分業イデオロギーに基づ いている。しかし,両レジームは女性に付与される受給資格の基盤・性質によって区別 される。「男性稼ぎ主」では,受給資格は扶養の原則に基づくため,女性は家庭内の被 扶養者という(妻としての)地位に依存する。これに対して「分離型」では,扶養とケ アの原則が同等に扱われるため,女性は(主に母としての)ケア役割に基づき受給資格 を得る。それゆえ,受給資格に関する婚姻の重要性は「男性稼ぎ主」に比べ「分離型」 ではいくぶん緩和される。 これらに対し,「各人稼得者=ケア提供者レジーム」(以下,「各人稼得者=ケア提供 者」)は男女がともに稼得役割とケア役割の両方を担うことを奨励する。また,受給資 格は扶養の原則でもケアの原則でもなく,市民権・居住権に基づき個人に付与される。 これは,婚姻の有無や,家庭における男女の役割にかかわらず社会権を享受できること を意味し,ひとり親家庭にかかる負荷ももっとも低いとされる(Sainsbury 1999 : 77-9)。 以上の枠組みに照らして,セインズベリは 1980∼90 年代の北欧諸国(ノルウェー・ フィンランド・デンマーク・スウェーデンの 4 ヶ国)を分析した。その結果,一定程度 は過去の「分離型」から「各人稼得者=ケア提供者」に移行しつつあるが,各国は次の ような特徴を残しているという。①「分離型」にもっとも近いノルウェー,②「分離 型」と「各人稼得者=ケア提供者」の折衷であるフィンランド,③「分離型」からもっ とも遠いデンマーク,④「各人稼得者=ケア提供者」にもっとも近いスウェーデン,で ある。 「男性稼ぎ主モデル」脱却に関する理論再考 79

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具体的には,ノルウェーとフィンランドは,受給資格が家庭内の責任(女性の場合は ケアの原理)に基づく点において「分離型」に近い。しかし,フィンランドがノルウェ ーと異なる点として,母親の労働市場参加を促進し,また父親に対する比較的寛容な育 児休業制度があることをあげ,よって「各人稼得者=ケア提供者」の一面も持ち合わせ るとしている。デンマークは,受給資格はケアの原理よりも労働市場参加に基づくこと から,女性の稼得役割を積極的に支援する点で「分離型」ではないが,一方で男性のケ ア役割を支援する制度も乏しいことから「各人稼得者=ケア提供者」とはいえないとさ れる。これらに対して,スウェーデンは,個人単位の課税システム,女性も対象とした 労働市場政策,育児休業制度による父親のケア役割の支援,公的なチャイルドケア・サ ービスの提供といった側面から,もっとも「各人稼得者=ケア提供者」に近いと位置づ けられている。 ただし,セインズベリは,3 つのレジームはあくまで理念型であるため,これを具現 化する全ての要素が現実世界で同時に揃うことは滅多にないと述べる(Sainsbury 1999 : 260)。では,「各人稼得者=ケア提供者」を実現するための基盤には,どのような条件 が想定されているのだろうか。彼女によると,以下の 4 点があげられる。 ①税と社会保障の単位が「家族」ではなく「個人」にあること。 ②受給資格におけるジェンダー分離がないこと(市民権・居住権に基づく)。 ③国がケアに対するサービスや現金の給付を通して責任をもつこと。 ④有償労働へのジェンダー平等なアクセスを確保すること。 しかしながら,果たしてこの 4 点のみが「各人稼得者=ケア提供者」に到達する経路 における,唯一の確立された条件群といえるのだろうか?各人が稼得者となり,同時に 表 2 3 つの「ジェンダー・ポリシー・レジーム」 男性稼ぎ主レジーム 分離型ジェンダー 役割レジーム 各人稼得者= ケア提供者レジーム 家族(ジェンダー) イデオロギー 厳密な性別役割分業 夫=稼得者 妻=ケア提供者 厳密な性別役割分業 夫=稼得者 妻=ケア提供者 役割の共同分担 父親=稼得者・ケア提供者 母親=稼得者・ケア提供者 受給資格のジェンダー格差 配偶者間で不均等 性別役割に基づき分離 均等 受給資格が何に基づいているか 扶養の原則 家庭内の責任 市民権・居住権 給付の受給主体 世帯主 (被扶養者に対する付加給付) 家族の扶養者としての男性/ ケア提供者としての女性 個人 課税制度 夫婦合算課税 (被扶養者に対する控除) 夫婦合算課税 (両配偶者の被扶養者に対す る控除) 夫婦分離課税 均等減税 雇用・賃金政策の対象 男性を優先 男性を優先 男女を対象 ケアの領域 主として私的領域 主として私的領域 国家の強い関与 ケア労働 無償 家庭でのケア提供者による有償労働 家庭内・外でのケア提供者による有償労働

出所)Sainsbury, D. ed.(1999)Gender and Welfare State Regimes, p.78.

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ケア提供者ともなることを可能とする条件には,他の選択肢も考えうるのではないか? とりわけ,条件③・④はワーク・ライフ・バランス政策と深く関係するが,この領域で は 1990 年代以降にも著しい展開がみられるため,Sainsbury(1999)を礎石として,さ らなる検討が必要であると思われる。以下では,この点を残された課題の一つとして考 察する。 4-2.「各人稼得者=ケア提供者レジーム」へ向かう複数の移行経路の可能性 セインズベリは「各人稼得者=ケア提供者」を実現するための基盤として,上の 4 点 を想定していた。しかし,先述のとおり,これらは 1980∼90 年代の北欧諸国の状況を 照射したものである。そのなかでスウェーデンを「各人稼得者=ケア提供者」にもっと も近い国と位置づけていることから,上の 4 つの条件はスウェーデンを念頭に置いてい ると考えられる。これは,スウェーデンが選択してきた方向が「各人稼得者=ケア提供 者」に到達するための唯一の経路であるかのような,ある種ミスリーディングな理解を 促しかねない。 したがって,ここで強調されなければならないのは,彼女が提示した 4 つの条件は暫 定的なものと評価すべきであり,Sainsbury(1999)では充分に検討されていないそのほ かの可能性も探る価値があるという点である。そこで,複数の移行経路の可能性を検討 するために,スウェーデン以外の国で現実に構想された多様な「代替モデル」を参考に してみたい。ここでは,それぞれ独自的で革新的な「代替モデル」構想をもっていると 思われるオランダとフィンランドに注目する。 例えば,条件③「ケアに対する国の責任」に関して 2 つの論点が考えられる。第一 に,その責任を国が主に担うのではなく,複数のステークホルダーのパートナーシップ によって共同分担する方向性である。第二に,サービス給付・現金給付の二者択一では なく両方を保障し,いずれかを選択する権利を親に与える方向性である(6) まず,ケアに対する責任に関してオランダの例を取りあげる。オランダでは主に 2000 年代以降,チャイルドケアの責任を政府・雇用主・親の三者間で分担することが 提唱されてきた。育児期には賃金労働・育児休業・チャイルドケア施設の利用を全てパ ートタイムで組み合わせることで,男女ともに仕事と育児の両立を可能とする仕組みで ある。さらに,その費用について三者が共同で負担する点にも特徴がある(7) 次に,ケアに対するサービス・現金の給付に関してはフィンランドの例が参考にな る。フィンランドでは 3 歳以下の子どもについて,チャイルドケア施設を利用する権利 と親自身が家庭でケアする権利の両方を保障している。チャイルドケア施設を利用しな い場合,育児休業終了後に「在宅育児手当」を受給しながら「在宅育児休業」を取得で きる。 「男性稼ぎ主モデル」脱却に関する理論再考 81

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ただし,このような仕組みがジェンダー公平に機能するためにはクリアされなければ ならないハードルも存在し,それは条件④「有償労働へのアクセス」に関わる問題であ る。例えば,オランダのような取り組みに対しては,パートタイム労働がフルタイム正 規労働と同等に扱われ,パートタイム労働でも生計を立てられる賃金体系であることが 前提となる。また,フィンランドのような取り組みに対しては「在宅育児手当」の給付 水準,休業中の社会保険受給資格および復職時のキャリア形成の保障が重要となる(8) さらに,どちらにおいても良質で手頃なチャイルドケア施設を利用できることは必須で ある。 確かに,このような取り組みについて,その政策論理や制度設計がジェンダー平等に 基づいていたとしても,現実には「夫=稼得役割/妻=ケア役割」という伝統的なジェ ンダー関係が支配的な状況を変革しえないという見解が存在することも事実である (Daly 2011 ; Morgan 2008)。また,現状では,オランダでもフィンランドでも,パート タイム労働や在宅育児休業の利用者の大部分を女性が占める傾向があるかもしれな い(9) しかし,他方で文化やニーズ,ライフスタイルがますます多様化する今日の社会にお いて,全ての人に画一的な支援を提供するよりも多様性を考慮した支援のあり方が考え られるべきであるという議論もある(Anttonen et al. 2012)。さらに,パートタイム労働 や断続的就労を奨励しそれに付随するリスクを極小化するという方向性は,労働とケア をめぐるより柔軟な選択を可能にするだけでなく,ケアの社会的評価を高めることにも 寄与しうる。「各人稼得者=ケア提供者」実現の鍵が,男性のケア提供者としての役割 を促進することにあった点を思い出せば,この点に既存のジェンダー関係を変革しうる 可能性を垣間みることができないだろうか。これまで典型的な男性のライフパターンと されてきた「正規フルタイム継続雇用」を脱中心化する可能性を秘めたオランダやフィ ンランドなどの「代替モデル」も,「各人稼得者=ケア提供者」へ向かう移行経路を検 討するにあたり,きわめて重要な示唆を提供しているといえる。

5

.結 論

本稿では,Lewis(1992),Fraser(1997=2003),Sainsbury(1999)という 1990 年 代 のフェミニスト比較福祉国家研究に重要な功績を残した 3 者の研究を,規範論・政策論 ・動態論の 3 つの側面から比較検討することを通して,「男性稼ぎ主モデル」から「代 替モデル」への移行に関する議論の展開を整理し,評価した。そして,この 3 つの側面 においてもっとも包括的かつ具体的に検討し,ジェンダー政策分析において準拠すべき 枠組みを構築したセインズベリの「ジェンダー・ポリシー・レジーム」論が,一つの理 「男性稼ぎ主モデル」脱却に関する理論再考 82

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論的到達点ととらえられることを明らかにした。 しかしながら,セインズベリが規範とみなす「各人稼得者=ケア提供者」への移行 (動態論)に関して,彼女が想定した 4 つの条件は暫定的なものであることを指摘し, 政策の組み合わせによって複数の移行経路が存在しうることを示唆した。この点に理論 的発展の余地が残されていることを見出し,今後の研究では近年のヨーロッパなどにみ られる多様な「代替モデル」構想の展開もふまえ,さらなる検証が必要であることを示 した。 上述したとおり,「各人稼得者=ケア提供者」への移行経路という動態論に関しては, より多様な国を対象として,特に 1990 年代後半以降のワーク・ライフ・バランス政策 の展開もふまえた上で,さらに検証が進められなければならない。具体的には,①各国 のワーク・ライフ・バランスの仕組み(雇用政策・保育政策・社会保障制度の組み合わ せ)とその費用負担が政労使のどのようなバランスで構想されてきたか,②なぜそのよ うな経路が選択され,反対に他の経路は選択されなかったのか,③構想過程において重 大な影響を及ぼしたアクターは誰か,④その仕組みが現実のジェンダー関係の再生産あ るいは変革にいかなる影響を与えているか,などを一つ一つ検討することが重要となる が,本稿の射程を大きく超える。したがって,こういった点は今後の課題とする。 グローバル化,ポスト工業化が進む今日,家族の形や働き方はますます多様化してき ている。そのような状況のなか,普遍的・絶対的な「代替モデル」を見出すことはおそ らく不可能であろう。だからこそ,「男女ともに稼得者でもあり,ケア提供者でもある こと」を支援する体制を目指すという規範論に基づきながらも,その実現の「経路」に おいては先述の 4 点以外の選択肢の可能性を比較検討し,既存のジェンダー関係を少し でも変えていくことを可能とする,効果的で実現可能な政策について議論・実践を進め ていくことが強く求められているのである。このような国際比較の視点に基づく,実証 的な事例研究を積み重ねていくことにより,Sainsbury(1999)が提示した「ジェンダー ・ポリシー・レジーム」論の内容がさらに精緻化され,「代替モデル」の構想と実践を めぐる理論的発展に貢献するものと思われる。 注 ⑴ フェミニストらの議論の概要については,堀江(2001)を参照。 ⑵ Esping-Andersen(1999, 2009=2011)は,フェミニストらの批判を受けて新たに「脱家族主義化(defa-milialization)」概念を提示した。この概念は,ケア提供における家族責任の緩和,つまりケア提供者と しての従来の女性役割の変革に焦点をあてる点で,フェミニストらの議論と方向性を共有する部分は ある。だが,一方で彼の分析はあくまで家族を基礎単位とした際の国家および市場との関係であり, 家族内外におけるジェンダー関係を問題関心とするフェミニストらの見地とはややずれるため,本稿 の研究対象には含めないこととする。 ⑶ その他の先行研究として大塚(2012)がある。この研究では,三者の理論が全て取り上げられている 「男性稼ぎ主モデル」脱却に関する理論再考 83

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が,各論の比較・考察というよりはむしろ,それぞれの解説にとどまっている。 ⑷ 他の二者にはみられないフレイザー独自の重要な論点として,男女の関係に限らずセクシュアリティ の多様性も含めた社会的関係を念頭に置いていることがある。その意味で,「総ケア提供者モデル」の 企図は,極端にいえば「男女が平等になること」ではなく「特定の社会的役割に与えられたジェンダ ー・コードを解体すること」にある点を改めて強調しておく必要があるだろう。 ⑸ ルイスはその後,近年の政策論理にみられる動向として「男性稼ぎ主モデル」から「成人労働者モデ ル(adult worker model)」への変化を論じた(Lewis 2001)。ルイス自身の企図は,女性を含む全ての 人を労働者とみなしそれを前提とした政策改編が進められる一方で,女性はパートタイム労働を中心 とする副次的な稼得者にとどまっており,また大部分を女性が担う無償のケア労働が等閑視されてい る(主にイギリスの)現状を批判的に指摘することであった。したがって,「成人労働者モデル」には 政策分析の装置としての緻密さはなく(Daly 2011),「男性稼ぎ主モデル」同様これを理念型にして各 国を分析することはできない。 ⑹ ケアに対するサービス給付と現金給付は,どちらも無償労働の有償労働への変換を可能にする。ただ し,女性の雇用を促進するサービス給付に対して,家庭内でのケアに対する現金給付は伝統的な性別 役割分業を強化しうる(Sainsbury 1999 : 80)。そのため,セインズベリは現金給付を「各人稼得者=ケ ア提供者」の一部分に含めながらも,これに対して否定的な見解を示しており,いくぶん両義的な位 置付けとなっている。 ⑺ オランダの育児休業は,受給資格を個人単位としている。また,休業中の手当については,国からの 所得補償はないが就業者は「ライフコース・セイビング・スキーム」を利用して総年間所得の 12% を 非課税で貯蓄し,休業中の手当にあてることができる。このシステムは,一般的な休暇や就学などあ らゆる目的に利用できるが,育児休業のように「社会的に有益」とみなされる目的に対しては,これ に政府から最低賃金の 50% 相当の手当が上乗せされる仕組みとなっている。なお,2009 年以降はこ のスキームに参入していない親にも政府からの手当が支給されることとなった(Plantenga and Remery 2009)。

⑻ セインズベリ自身は,フィンランドの「在宅育児手当」について賃金労働に関連する手当よりも給付 額が低く,受給者が女性に偏ることから否定的に捉えている(Sainsbury 1999 : 105-6)。

⑼ こういった政策と実態の関係性については,別途,詳細な実証研究をもって評価する必要がある。

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房,1-7.

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This paper critically assesses the developments of theories about the shift away from the male breadwinner model, with a view to pursuing the normative alternative model and routes to-wards it. For this purpose, the paper compares the three most important literature that were pub-lished in the 1990s, from the perspective of ‘normative model’, ‘policy analysis’ and ‘policy dy-namism’, namely : ‘the male breadwinner model’ (Lewis 1992), ‘gender equity model’ (Fraser 1997=2003), and ‘gender policy regime’ (Sainsbury 1999). As a result, it was found that Sains-bury’s ‘gender policy regime’ successfully moved the policy analysis forward, based on a norma-tive vision of the gender relationship. While this is identified as one of the most important achievements, remaining future tasks lie in the detailed research of ‘policy dynamism’. Future re-search is expected to examine more diverse routes towards the normative model.

Key words : The male breadwinner model, Gendered comparative welfare state studies,

Alterna-tive model, Individual earner-carer model, Transition routes.

Theories of the Male Breadwinner Model :

Reflecting on the Gendered Comparative Welfare State Literature Hiromi Tanaka

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参照

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