2017 年 4 月 28 日受理 連絡責任者:大江真道([email protected])
水稲育苗資材としての馬糞堆肥の有用性
伊藤みさご
1)・徳本勇人
1)・大江真道
2) 1)大阪府立大学大学院工学研究科(〒 599-8531 堺市中区学園町 1 番 1 号) 2)大阪府立大学大学院生命環境科学研究科(〒 599-8531 堺市中区学園町 1 番 1 号) 要旨:本報では,水稲育苗用の培土代替資材としての馬糞堆肥の有用性を評価した.市販育苗培土,馬糞堆肥, また pH を苗の生育に適したものに調整した調製馬糞堆肥を育苗床として育苗を行った.調製馬糞堆肥における苗 の生育は市販育苗培土に比べてやや劣ったものの移植苗としての条件は備えていた.苗マットの強度は市販育苗 培土=馬糞堆肥>調製馬糞堆肥の順であったがその強度は移植作業に十分対応できるものであった.一方,馬糞 堆肥を用いた場合には,著しい育苗箱の軽量化がはかられることから,その優位性を活かした育苗資材としての 活用ができる. キーワード:馬糞,育苗,苗マット強度,水稲,堆肥緒言
稲作従事者の平均年齢は 67 歳にまで上昇し(農林水産 省 2016),機械で補えない作業における負担の軽減が求 められている.とくに育苗作業においては,育苗箱の運搬, 田植え機へのセッティングは主に人の手で行われており, 作業者の大きな負担となり,負担の軽減からは育苗資材の 軽量化が望まれる.一般的に水稲における育苗資材として は成形された粒状培土が用いられているが,土を主体とし てその重量は重く,また軽量化がはかられた培土も市販さ れているが割高である.本研究で育苗培土代替資材候補と して着目した馬糞堆肥のもととなる馬糞は,馬 1 頭あたり 年間 8.4 t と大量に排出される.完熟した馬糞は従来から 肥料や土壌改良に用いられており,それらを目的とした商 品が多数認められる.本研究では馬糞や馬糞堆肥の持つ特 性として,軽量であること,ほぐれやすく取り扱いが容易 であること,悪臭が少ない点に着目し,新たな積極的利用 方法のひとつとしてこれを水稲栽培における従来の育苗培 土に替わる資材として活用できないかを,資材特性,育苗 苗の生育,育苗適応性,資材コストからその有用性を検討 した.材料および方法
育苗試験を水稲品種 あきたこまち を供試して大阪府 立大学附属教育研究フィールドで行った.育苗資材区は, 市販育苗培土区(ヤンマー水稲培土暖地用,ヤンマー株式 会社,N : P : K = 1.1 : 1.5 : 1.3 g/ 箱 ,以後 Soil とする),馬 糞堆肥区(以後 HC とする), 調整馬糞堆肥(以後 HC+P とする)の計 3 区を設けた.なお,HC+P 区は苗生育に適 した酸性側の pH(星川 1977)に調整するために,先の 馬糞堆肥にピートモス(高級園芸用ピートモス A 級,(有) 高橋ピートモス工業)を体積比 7:3 で混合したものである. C/ N 比は HC,HC+P でそれぞれ 27,35 であった.使用 した馬糞堆肥は大阪府立大学馬術部で飼われている 6 から 15 才のサラブレッドの 13 頭から排出された馬糞を屋外の 馬糞堆積場に積み上げて 5 か月以上発酵させたもので敷資 材としてのおがくずを含むものである.色は黒褐色,形状 は敷資材を除き現物の形状をほとんど認めず,臭気は糞尿 臭を伴わない堆肥臭,水分含有率は約 70%であった.なお, 馬には 1 日当たりチモシー 6 kg,エンバク 1.75 kg,フス マ 1.3 kg の飼料が与えられている.2016 年 7 月 20 日に各 育苗資材を育苗箱に充填して灌水後にハト胸状態に催芽処 理した種子を播種し,種子が隠れる程度に山砂を被せて鎮 圧し,ハウス内で育苗を開始した.なお,播種量は箱当た り乾籾 150 g とした.種子予措は,1000 倍希釈したベンレー ト水和剤(ベノミル水和剤,住友化学)に 24 時間浸漬し て殺菌処理を行い,その後,冷蔵庫内で 6 日間浸種したも のを 32 ℃のインキュベータで 15 時間催芽処理した.育苗 箱は機械移植用の内寸 580 mm × 280 mm × 28 mm のもの を使用し,各育苗資材は底面から高さ 25 mm まで充填し た.資材の特性を評価するために,資材充填直後の育苗箱 の重量を測定した後,灌水し,灌水 10 分後に育苗箱の重 量と育苗床の含水率を測定した.また各育苗床の pH を pH テ ス タ ー( 簡 易 pH テ ス タ ー 土 壌 測 定 セ ッ ト pH 計 PH-1,株式会社竹村電機製作所)を用いて測定した.なお, 1 区につき育苗箱は 2 箱を用い,それぞれから 6 個体,合 計 12 個体を各調査の調査個体として選んだ.各試験区の 苗箱は 2 ∼ 3 日ごとに場所を動かすことで局所管理につと めた.なお,葉色の診断は,午後 2 時頃に苗箱内の苗の葉 色を葉色カラースケール(富士平工業株式会社)に照らし 合わせて読み取ることで行った.播種後 21 日目の苗マッ トを取り出し,破断強度をデジタル秤(AIKOH S9500,ア イコーエンジニアリング株式会社)のピーク値で求め,か 47 作物研究 62:47 − 50(2017)Copyright 近畿作物・育種研究会 (The Society of Crop Science and Breeding in Kinki, Japan)
きとり強度とした.
結果と考察
育苗床の特性とコスト 育苗床の特性を第 1 表に示した.育苗に適した苗床の pH はある程度酸性であることが必要で 5 が最も優れ,6 を超えると苗の形態が劣るとされる.育苗床の pH は HC で 6.5 と高く,馬糞堆肥の単一資材では,苗の生育には適 さないと考えられる.次に pH を酸性に矯正することを目 的にピートモスを添加した HC+P の pH は 5.6 となり,ピー トモスを 3 割添加することで Soil と同程度の pH に矯正で きた.各資材を充填した育苗箱の育苗床資材の重量は Soil で 4.175 kg,HC で 1.345 kg,HC+P で 1.345 kg となり,灌 水後では Soil で 5.125 kg,HC で 2.170 kg,HC+P で 2.410 kg と,馬糞堆肥資材とすることで,充填時で 68%,灌水 後で最大 51% に達する育苗箱の軽量化が可能であった. ま た, 育 苗 資 材 の 保 水 率 は Soil で 19%,HC で 38%, HC+P で 44% となり,馬糞堆肥を用いた区の保水力は高く, 市販育苗培土の約 2 倍であった. 第 1 表 育苗床の特性 pH ⫱ⱑ⟽ 1 ⟽࠶ࡓࡾࡢ㈨ᮦࡢ㔜㔞 ( kg/⟽) ಖỈ⋡( % ) ሸ ℺Ỉᚋ Soil 5.5 4.175 5.125 19 (100) (100) HC 6.5 1.345 2.170 38 (32) (49) HC+P 5.6 1.345 2.410 44 (32) (53) ( )内は Soil を 100 とした数値.保水率(%)は充填時と灌水後 における育苗箱の重量差から求めた. 次に各育苗床の 1 箱あたりの資材の価格を第 2 表に示し た.未利用の馬糞堆肥のコストを 0 としての試算ではある が,1 箱当たりの資材コストは Soil で 260 円,HC で 0 円, HC+P で 42 円と 84% 以上のコストの削減ができた.なお, 市販されている馬糞堆肥資材は 20 L で 250 円程度から 1000 円程度の価格差があり,比較的高価な市販品を育苗 用の培土に利用することはコスト面から現実的とは言えな いが,新しい利用法として広く普及することで,また,馬 糞の処理に問題を抱えて積極的な消費を希望する乗馬クラ ブやトレーニングセンターなどと連携することでコストを 低くできるものと考える. 第 2 表 資材コスト(円) ᮦᩱ ᕷ㈍⫱ⱑᇵᅵ 㤿⣅ሁ⫧ ࣆ࣮ࢺࣔࢫ ྜィ Soil 260 - - 260 HC - 0 - 0 HC+P - 0 42 42 苗の生育 播種後の苗の葉齢を第 3 表に示した.葉齢の進行は Soil 区で最も早く,HC+P,H の順で,播種後日数とともに差 は大きくなり,13 日目以降の葉齢は Soil 区に比較して 1 程度遅れていた.なお,播種後 13 日目の葉齢から,Soil では中苗,H,H+P では稚苗に達したと判断でき,同一齢 の苗を得る場合には,市販の育苗培土よりも 3 ∼ 5 日程度 遅れると考える.なお,得られた播種後 21 日の苗を本田 に移植したところ,その後の生育や成熟期の穂数に培土の 違いによる差は認められなかった(データ省略). 第 3 表 苗の葉齢 7 ᪥┠ 9 ᪥┠ 13 ᪥┠ 16 ᪥┠ Soil 3.0 a 3.5 a 4.3 a 4.7 a (100) (100) (100) (100) HC 2.5 b 2.8 b 3.2 b 3.8 b (84) (78) (74) (81) HC+P 2.7 c 3.0 c 3.4 c 3.9 c (91) (86) (79) (83) ( )内は Soil を 100 とした数値.同一英小文字を付した数値は Tukey の多重検定により,それぞれの試験区間に 5% 水準で有意 な差がないことを示す(n =12). 播種後の苗の草高を第 4 表に示した.播種後 7 日目の草 高は Soil で最も高く,HC+P,H の順で , この傾向は 7 日 目以降も継続した.なお,H,H+P の草高は Soil に比べて 低いが,苗の違い(中苗に対する稚苗)を考慮すれば稚苗 として必要な草高の条件は確保されていた. 第 4 表 苗の草高(cm) 7 ᪥┠ 9 ᪥┠ 13 ᪥┠ 16 ᪥┠ Soil 10.4 a 12.0 a 12.9 a 14.8 a (100) (100) (100) (100) HC 7.3 b 9.6 b 10.8 b 11.2 b (71) (80) (84) (75) HC+P 8.5 c 11.1 c 12.1 c 12.7 c (82) (92) (94) (85) ( )内は Soil を 100 とした数値.同一英小文字を付した数値は Tukey の多重検定により,それぞれの試験区間に 5% 水準で有意 な差がないことを示す(n =12). 育苗期間の苗の葉色の変化を第 5 表に示した.播種後 7 日目,9 日目の葉色は,どの育苗資材区においても 3.0 ∼ 4.0 の値を示し,その差は小さかった.しかし,13 日目以降 になると馬糞堆肥を用いた区の葉色は Soil 区に比較して, HC で 1,HC+P で 2 と低い値を示した.苗の成長に対す る種子貯蔵物質の寄与率は発芽初期の 1 週間では 70%,2 週間では 10%程度となる(Yoshida ら 1973).また,苗 は発芽直後から養分を培地から吸収し,離乳期頃(葉齢 2.4) の体内の窒素の 20%強は根を通して培地から吸収された ものであり,3 葉期になるとそれは 50%を超すようになる (星川 1977).馬糞堆肥を用いた区では無施肥であったこ とから,肥料を十分に含む市販の培養土と比べて,特に胚 乳養分がほぼ消費される 3 葉期頃の 9 日目以降から , 葉色 の差がより顕著になったものと考えられた.カラースケー ルは窒素栄養状態の指標となり,窒素栄養の多少は水稲の 生育や収量に関係する要因である(武田 1990).馬糞堆 作物研究 62 号(2017) 48肥使用区における苗の葉齢,草高に認められた Soil との 差は,培地における窒素を含む各要素の多少や肥効率が影 響したと考える.なお,馬糞堆肥を用いた区内において HC+P の生育が HC に優ったが,HC+P で葉色値が高いこ とから考えて添加したピートモスから供給された窒素栄養 分が貢献したこと,また,ピートモスの添加によって培地 の pH が苗の生育に適した pH に矯正されたことが貢献し たものと推察された. 第 5 表 苗の葉色 7 ᪥┠㻌 9 ᪥┠㻌 13 ᪥┠㻌 16 ᪥┠㻌 Soil 4.0 3.5 3.0 3.0 HC 3.0 3.0 1.0 1.0 HC+P 3.5 3.5 2.0 2.0 葉色は葉色カラースケール(富士平工業株式会社)による値. 苗マットの発達と強度 苗の成長に伴い育苗箱内では根が絡まり合いルートマッ トが形成される.ルートマットの強度が劣れば苗マットを 慎重に扱う必要があり作業性の低下を招いたり移植精度の 低下を招く.播種後 21 日目に苗マットの発達程度を調査 した(第 1 図).Soil(第 1 図 a)は細かい根が複雑に絡み 合っているのに対して,HC(第 1 図 b)と HC+P(第 1 図 c)の根は太く,下方向に伸びていた.また,苗マットの 底面(第 1 図 d)における発達は,Soil と比較して HC と HC+P で優っていた.次に苗マットのかきとり強度を,デ ジタル秤を用いて計測した(第 6 表).Soil と HC では有 意差はなかったが,HC+P ではやや劣った.苗マットの強 度は 3 kgf(約 29.4 N)以上が望ましいとされる(高橋 2006).HC+P の苗マットでも望ましいとされる強度から 大きく劣ることは無く,育苗箱からの取り出し時や移動時 に,よれ,ちぎれは認められず,円滑な移植作業に十分な 強度を持つことが確認できた. ᅗ ࣮ࣝࢺ࣐ࢵࢺࡢᵝᏊ DEF ࡣ࣮ࣝࢺ࣐ࢵࢺࡢഃ㠃ࠊG ࡣ㠃 ⾲ ✀ᚋ ᪥┠ࡢⱑࡢᙧ㉁ D6RLO E+& F+&3 Soil㻌 HC㻌 HC+P㻌 G 第 1 図 苗マットの発達 第 6 表 苗マットのかきとり強度 ࡁࡾᙉᗘ (N) Soil 32.6 a HC 30.9 ab HC+P 27.7 b 同一英小文字を付した数値は Tukey の多重検定により,それぞれの試験 区間に 5% 水準で有意な差がないこと を示す(n =12). 以上,馬糞堆肥を水稲の育苗資材として用いることで, 苗箱の著しい軽量化とコスト削減を達成できると考える. 育苗箱の軽量化については,一部で在来の育苗箱よりも高 さを 2 / 3 に抑えた新規格の育苗箱を採用することによっ て使用する培土量を 2 / 3 に減量することで軽量化とコス ト削減をはかる方法(高橋 2003)が行われているが,在 来の育苗箱と未利用の資源を組み合わせて使用する本方法 はコストをさらに削減できる方法と考える.馬糞堆肥のみ では pH が苗の良好な生育や苗立枯病に対する必要な好適 値(星川 1977,柚木 1973)からはずれることからピー トモスを添加することが望ましいと考える.なお,育苗後 期の葉色の低下から,資材からの窒素供給の不足が要因と 考えられる生育や葉齢の遅れが認められ,同一齢の苗を得 る場合には市販の育苗培土に比して 3 ∼ 5 日程度の日数を 要したが,苗として必要な草高やマット強度は,実用上問 題ないものであった.馬糞堆肥は窒素無機化率の変動が少 ないとの報告(高橋・坂本 2008)があり,本報のような 育苗用途として使い勝手の良い資材とも言える.つまり, 原料となる馬糞堆肥の養分に応じた肥料分を補うことで苗 の安定した生育を確保できるものと考える.なお,本試験 は無施肥で行った.本試験では,使用する馬糞堆肥の事前 の成分分析は欠いたが,一般に認められる馬糞堆肥の全窒 素含有量(乾物当たり%)が 0.8 ∼ 1.3% (本試験で供試し た馬糞堆肥の全窒素含有量は事後の分析で 1.6%であった) であり,育苗箱に充填する馬糞堆肥の量(乾物換算)や畜 糞堆肥の肥効率から想定して無施肥であっても育苗期間の 苗の生育を確保できると考えたが,育苗後期に窒素不足の 傾向が認められた.今後は不足分の肥料を補ったときの肥 効の変化と苗の生育の評価,また市販の培養土との混合に よる苗の生育の評価,馬糞堆肥を育苗培土代替資材として 用いた苗の本田における生育状況を検証することで,引き 続き育苗資材としての馬糞堆肥の有用性を評価したいと考 える.
謝辞
大阪府立大学大学院生命環境科学研究科植物栽培生理学 グループの松村篤博士ならびに同グループ博士前期課程の 松山俊介氏には供試した馬糞堆肥の分析をお引き受けいた だきました.また,大阪府立大学大学院人間社会システム 科学研究科の中山祐一郎博士には統計手法についてのご教 49 水稲育苗資材としての馬糞堆肥の有用性Utility evaluation of the horse manure compost as culture soil for the raising
seedling material of paddy rice.
Misago Ito1), Hayato Tokumoto1) and Masamichi Ohe2)
1) Graduate School of Engineering, Osaka Prefecture University (1-1 Gakuen-cho, Naka-ku, Sakai 599-8531, Japan)
2) Graduate School of Life and Environmental Sciences, Osaka Prefecture University (1-1 Gakuen-cho, Naka-ku, Sakai 599-8531, Japan)
Summary:The utility of horse manure compost as substitute culture soil for the raising seedling of paddy rice raising were
evaluated at the point of the growth of the transplanting seedling and the characteristic as the culture soil. The commercial culture soil, the horse manure compost and the controlled horse manure compost which was adjusted to appropriate pH were used as seedling culture soil. The seedling growth of the controlled horse manure compost was slightly inferior to that of the commercial culture soil, but the seedling grew enough so as to be able to transplant. The strength of the seedling mat was in the order of the commercial culture soil = the horse manure compost>the controlled horse manure compost, but the seedling strength of the controlled horse manure compost was enough for transplanting work. Therefore, we considered that the horse manure compost is useful for the raising seedling material of rice, because the weight of seedling box of horse manure plots, which was fi lled with the horse manure compost or the controlled horse manure compost, were remarkably lighter than that of the commercial culture soil.
Key Words:compost, horse manure, rice, raising seedling, seedling mat strength
Journal of Crop Research 62: 47-50 (2017) Correspondence: Masamichi Ohe ([email protected]) 示をいただきました.ここに記して深く感謝の意を表しま す.
引用文献
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