会 長:児島 仁 副会長:平山 郁夫・村田 昌志・鈴木 幹夫 理事長:野口 昇 [ 発 行 ](社)日本ユネスコ協会連盟 ISSN1340-6442 2005年1月1日発行(奇数月1日発行)通巻1095号 昭和26年11月24日 第三種郵便物認可 △
世界寺子屋運動の現場 ⑤【インド】
鮮やかな赤、緑、オレンジ…。色とりどりのサリーで着 飾った女性たち。昨年末、インド南部カルナータカ州ゴカッ クにあるマッカルゲリ村に寺子屋が完成、これはその開所式 での1枚です。これから彼女たちは、楽隊を先頭に、参列者 と一緒に村中を行進します。寺子屋の前を出発し、路地を練 り歩き、お寺に参拝し…。行列は200人にも及びました。 ここは通信手段も極めて限られたインドの農村部。村の リーダーたちは、いかに多くの村人に寺子屋の完成を知って もらうか知恵を絞り、楽隊と行進することを思いついたの です。 日本ユネスコ協会連盟 行列の先頭に立つのは、レヌカさん(お盆を持つ最前列左)。 2年前から村の女性自助グループのリーダー役として、週1回、 女性たちの共同貯金や識字学習のサポートを続けています。 「恥ずかしがりやの女性メンバーも、人前で自分の意見を言 い、集まりにも時間を守って来るようになった」とグループ の成長に満足そう。村のお寺で、夕方から暗闇の中で学んで いた子どもたちも、これからは机もいすも電灯もある教室で 勉強できます。整地をし、建築資材を持ち寄り、村人皆の協 力で完成した真新しい寺子屋。ここでも自分たちの学びが始 まっています。 (教育文化事業部 古澤真理子) ユネスコ活動のひろば 各ユネスコ協会便り ………12
イベントレポート 関東・近畿・中国ブロックユネスコ活動研究大会 …14
第432回 理事会報告 ………15
年賀名刺交換………16
お知らせ・募集………20
世界遺産の現場(22) “ありがとう”のページ(募金協力者一覧)………22
ユネスコ in Action 「国連・持続可能な開発のための教育の10年」が目指すもの 阿部 治…2
年頭寸感−日本ユネスコ協会連盟会長 児島 仁………5
世界遺産ノート 自然遺産−候補地「知床」をめぐって 奥田 直久…6
バーミヤン文化支援キャンペーン報告………8
国内外からの便り アフガンからサラーム! ………9
寺子屋のいま アフガニスタンからインドへスタディツアー …10
Vol.5ユネスコ in Action
「我ら共有の未来」に向けて
地球温暖化に象徴される深刻な環境問題の顕在化 や貧富の格差といった社会的不公正の拡大など、現 代社会は環境、社会、経済のあらゆる分野でその持 続が危ぶまれています。環境、経済、社会のバラン スを考慮し、持続可能な社会の実現を目指す「持続 可能な開発」は、人類にとって最も挑戦的課題とさ れ、その実現なくしては、人類の未来はありません。 「持続可能な開発」は、日本が国連に提唱して組織 した「環境と開発に関する世界委員会」の成果であ り、その意味でも日本のイニシアチブ(主導的役割) が期待されています。 1992年のリオデジャネイロ・サミットで、「持続 可能な開発」は国際的合意となり、推進のためのア ジェンダ21が作成され、その具体化に向けてさまざ まな取り組みが展開されてきました。しかし、この 10年、持続不可能性はますます高まっており、持続 可能な開発の視点に立ったあらゆるレベルでの意識 改革、すなわち持続可能な開発の視点に立った教育 が緊急の課題であることが一層明らかになってきま した。このような状況下で2002年に開催されたヨハ ネスブルグサミットにおいて、日本政府と日本の NGOは共同で「国連持続可能な開発のための教育の 10年」(DESD:Decade of Education for Sustainable Development)を提案し、各国の強い支持のもと、 2002年の国連総会で実施が決定されました。 国際的取り組みにおける主導機関であるユネスコ は、国際実施計画を作成しましたが、各地域、国に おいても、実施に向けた計画の策定が急がれていま す。すでにスウェーデンやオランダ、イギリスなど の西ヨーロッパ諸国では、多様な主体とともに国別 実施計画の策定に取り組んでいます。しかし残念な がら、日本政府の取り組みは遅々としており、提唱 国としての責任を果たしていません。DESDは国内 外で持続可能な社会の形成に有用であるばかりか、 日本の平和分野での国際貢献としても極めて重要な テーマであります。政府による積極的な対応を強く 求めたいものです。ESD(Education for Sustainable Development: 持続可能な開発のための教育)の動きは、1980年代 の地球環境問題の顕在化によって急速に広まってき ました。地球環境問題は、環境のみならず、貧困や 識字、開発、ジェンダー、人権、平和といったさま ざまな諸課題が複雑に影響しあって発生していま す。このため環境教育や開発教育、人権教育といっ た国際的課題に対する従来からの教育的取り組みの みでは対応できません。その結果、これらの教育課 題の取り組みを総合的に行っていくことが、持続可 能な開発(あるいは社会、未来など)のための教育 (や学習)などとして始められたのです。この動き は、前述したリオサミット以降、特に顕著になりま した。DESDの提唱以降、多様な呼び方がされてい たこれらの活動は、ESDという名称に収斂してきて います。 日本においても、持続不可能性については、すで に多くの人びとや組織が気づき、さまざまな「持続 可能な開発のための教育」(ESD)に取り組んでい ます。ESDは学校のみならず、あらゆる場で行われ なければなりません。現在、国内で行われている ESDの事例をいくつかあげてみます。 学校において、2002年から公立小・中、2003年か らは高校で導入された総合的学習の時間(総合学習)
「
国連・持続可能な開発のための
教育の
10
年(
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目指すもの
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evelopment(UNDESD)
持続可能な開発のための教育とは
は、児童・生徒が地域の課題な どをテーマに、学際的・参加型 で取り組む活動ですが、これは まさにESDの学校版といえま す。また全国各地で推進されて いる環境・福祉・健康などを テーマとした総合的なまちづく りは、地域におけるESDです。さ らに企業で取り組みが始まった 「 企 業 の 社 会 的 責 任( C S R : Corporate Social Responsibility)」 もESDということができます。 しかし、これまでの環境、福祉、 人権、平和、国際理解などの個別 のテーマによるアプローチや、 行政、企業、NGO/NPOなどの 個別の主体によるアプローチで は、持続可能な社会の実現には 限界があります。それぞれの テーマを横断し、政府、自治体、 学校、地域、NGO/NPOと担う 主体が有機的につながれば、よ り大きな成果が期待できます。 持続可能な開発に向けたさまざ まな取り組みを教育の視点から つなぐことが、ESDなのです。 ESDが従来の教育と異なる点 は、知識として学ぶだけでなく、 「参画する力」「共に生きる力」 「つなぐ力」の3つの力を育む点 にあると考えています。そして、 児童・生徒だけが学ぶ主体では なく、社会を構成するすべての 人が、個人と地域や地球社会のつながりを学び、世 代内、世代間、生物種間で共生し、社会の構成員と して参画し、決定する力を高め、その中での役割を 果たしていける人を育てる教育がESDなのです。 ユネスコは2004年にDESDを進めていくための国 際実施計画を作成し、昨年末の国連総会でその大筋 が合意されました。この中で、既存の教育制度を持 続可能性の視点から組み替え、人びとが抱いている 持続可能な社会への思い(ビジョン)を発展させる ことがESDであるとしています。しかしESDの概念 は形成途上にあり、明確ではありません。この点に ついてDESDを民間の視点から推進していくために 結成した「国連持続可能な開発 のための教育の10年推進会議 (ESD−J)」は、環境教育や開発 教育など、広い意味での持続可 能な社会の形成にかかわるあら ゆる教育・学習活動が各々の視 点(特徴)からESDを構成し、そ の重なり部分がESDのコア(エッ センス)であるとしています。 前述した、学習者に育みたい 力、その力を育むための手法 (参加型学習、批判的学習など) と価値(人間の尊厳の尊重、自 然に対する畏敬の尊重、多様性 の尊重)などがコアなのです。 たとえば環境教育は、生態学的 持続性(循環と生物多様性の確 保)の追求という独自の課題 (特徴)を持ちつつ、一人ひと りの市民が主権者として、持続 可能な社会づくりに参加するこ とを支援したり、「生きる力」 の醸成を意図しています。 いずれにしてもESDは地域の 自然や社会・文化・宗教などの 違いによって多様であり、他か ら強制されるべきものではあり ません。わが国のユネスコ国内 委員会(事務局は文科省)によ るDESD推進のためのユネスコ へ の 提 案 文 書 ( 2 0 0 3 ) で は 、 ESDは、地域の自然や文化に応 じた多様な形態が存在している こと、日本の総合学習はESDの 事例であることなどに言及して います。 すでに述べたように、DESDは日本政府と日本の NGOによる共同提案です。また、ESDは、国内の多 くのNGOが目指しているものでもあります。このよ うなことから、DESDを民間の視点からボトムアッ プで進めていくための組織を立ち上げることが必要 であるとの認識に立って、2003年6月に結成された のがESD−Jです。ESD−Jには現在、環境、開発、 平和、人権、青少年教育などに取り組む約90団体と 個人が加盟しています。
持続可能な開発のため
の教育が目指すもの
DESDを広めていくために
UNDESDのポスター(2種類)こ
れ
ま
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ESD−Jの設立目的は、①異分野のNGOなどが互い に補完し合いながら、持続可能な社会づくりに取り 組むネットワークをつくる、②政府のカウンターパー トとして、市民およびNGOなどが政府、地方自治体、 国際機関、企業、教育関連機関とパートナーシップを 組み、国内外で実質的なESDを実現するための政策 提言と協同実施を行う、③学校教育や社会教育、まち づくりなどを通じて持続可能な社会づくりにNGOな どが参画できる仕組みを強化する、などです。 DESDは日本発の国際的運動であり、かつ、国内 外で今最も求められている活動です。そして国境や 主体を越えた地球益の視点に立ったNGOの活躍を抜 「環境と開発に関する世界委員会(当時のノルウェー首相だった委員長の名をとって通称“ブルン トラント委員会”)」が出した“Our Common Future”と題する報告書の中で“Sustainable Development”(持続可能な開発)という言葉が初めて公文書に登場したとされる。同報告書で は「将来の世代が自らのニーズを充足する能力を損なうことなく、現在の世代のニーズを満たす ような開発」とされ、同概念は、環境と開発を相互に反するものではなく、共存可能としてとら え、環境保全を考慮した節度ある開発が重要であるとしている。 「国連環境開発会議(通称:地球サミット)」ブラジルのリオデジャネイロで開催。「環境と開発 に関するリオ宣言」の実現に向け各国の環境政策や開発計画などに反映させるために採択された 21世紀に向けた具体的な行動計画が「アジェンダ21」。同行動計画では人口、貧困、居住、など の社会的・経済的要素、ならびに大気・森林・気候・水・生物多様性・廃棄物などの自然や環境 に関わる課題が示されており、40項目を含む4章から成る。計画分野ごとに行動の基礎、目的、 行動実施手段が書かれている。 「第5回国際成人教育会議」をUNESCOが開催。「成人学習に関するハンブルグ宣言」を採択し、 人類が抱えるグローバルな課題と成人教育の役割を「参加者は人権の最大限の尊重を基礎にした、 人間中心の開発ならびに参加型の社会のみが、持続可能かつ公正な開発をもたらしうることを再 確認する∼。(第1節)」としている。 「環境と社会に関する国際会議−持続可能性のための教育とパブリックアウェアネス」をUNESCO が開催。「テサロニキ宣言」では「∼持続可能性という概念は、環境だけではなく、貧困、人口、 健康、食糧の確保、民主主義、人権、平和をも含むものである。最終的には、持続可能性は道徳 的・倫理的規範であり、そこには尊重すべき文化的多様性や伝統的知識が内在している(第10節)」 と述べている。 国連ミレニアム・サミットでは21世紀の国際社会の指針として、「国連ミレニアム宣言」を採択。 平和と安全、開発と貧困、環境、人権、良い統治などを課題として掲げ、国連の役割に関し明確 な方向性を示した。同宣言と1990年代の主要な国際会議やサミットで採択された国際開発目標を 統合してまとめたものが「ミレニアム開発目標」。 「持続可能な開発に関する世界首脳会議(通称:ヨハネスブルグ・サミット)」南ア共和国で開催。 「地球サミット」開催から10年後の節目にあたるとして「アジェンダ21」の見直しや新たに生じ た課題について議論することを目的とし、貧困撲滅、持続可能でない生産消費形態の変更、天然 資源の保護と管理、持続可能な開発を実現するための実施手段、制度的枠組みといった各国の指 針となるような包括的文書である「ヨハネスブルグ実施計画」が採択された。 持続可能な開発をあらゆるレベルで具体化していくためには、人づくり、とりわけ、教育が重要 であるとの観点から日本の提案により、2002年の第57回国連総会に「教育の10年」に関する決議 案を提出し、全会一致で採択された。 UNDESDの主導機関であるUNESCOは、国連総会にDESD国際実施計画案を提出。「国レベルの 実施にかかわる原則」として、「10年間にESDの実施に必要な費用を算定し、既存のプログラム や予算を含めた財源を明確化。必要に応じ、政府および非政府組織の取り組みを支援する財政メ カニズムを構築」「ESDがどの程度まで教育に取り込まれているか、どのようなもので、どこで 行われているかについての基礎的な研究の実施」他、全8項目を明記している。 きにしては、この運動は成功しません。世界寺子屋 運動など、この分野で豊富な経験を有する日本ユネ スコ協会連盟がDESDの推進に大きな役割を果たし てくれることを期待します。1987
1992
1997
2000
2002
立教大学教授、NPO法人ESD−J代表理事。1955 年新潟県生まれ。筑波大学環境科学研究科で環 境教育を専攻し、以降、日本の環境教育/ESD のパイオニアとして活動。国立環境研究所客員 阿部 治(あべ・おさむ) PROFILE 研究員、(財)地球環境戦略研究機関環境教育プロジェクトリー ダー、中央環境審議会専門委員などを歴任。現在、国際自然保護 連合教育コミュニケーション部会日本代表、(社)日本環境教育 フォーラム常務理事、(財)日本自然保護協会理事など。ユネスコ in Action
2004
皆さん、あけましておめでとうございます。 いやはや旧年はなんとも騒々しい年でし た。猛暑、台風、水害、果ては大地震。天変 地異なんて言葉もオーバーじゃない感じだっ た。世界を見るとこれはもう騒乱続き。民族 や宗教の対立の火は消えないどころか、どの 事件も本当にややこしくなるばかりですね。 そんな時期に我々のユネスコ活動はどんな 役割をすればいいのか、いつも同じことにな るけれど、二つあるだろうと考えているんです。 ひとつは言うまでもなく、それこそ大所高 所から広い視野に立って平和を論じ、考えて、 それに近づくための具体的な活動を個人や集 団で実践すること。これは民間ユネスコ運動 のベースになってきたものですし、これから も変わることのない基幹活動です。しかしそ の議論やアクションにどう「時代の風」を吹 き込むか、どうやってユネスコ活動なるもの をアピールし、そのプレゼンス(存在感)を 今の社会や世代に浸透させるか。昔と違って さまざまな市民運動やボランティアが根付い ています。その中で我々の独自性を売り込む のも大事な活動です。これからの知恵の見せ どころだと思いますね。 もうひとつの役割は「やさしい心根づくり」 ではないかな。例えば水害や地震で苦しんで いる人がいる。その人たちを助けるという行 動がすぐに平和に結びつくわけではないけ ど、先ず人間として仲間をいたわり、手をさ しのべるというやさしい心情・感性を抜きに しては、またそうした心の持ち方を培うこと なしには、自分の日常もふくめて本当の平和 を追求していくことにはならないのではない か。戦争だって「こん なことなければいいの にね」という想いや 言 葉 が 平 和 へ の 行 動の始まりの筈。 人 間 愛 な ど と 大 げさなものでな くても「何か し て あ げ た い」という 日 本 ユ ネ ス コ 協 会 連 盟 会 長
児
島
仁
素朴な気持ちが集まってこそ平和が「構築」 されていくのだと思う。私たちの日常活動も 各自のコミュニティの中で、いい社会をつく ろう、そういう仲間と付き合っていきたいな という行動の積み重ねがモザイクのように組 み合わさって、最終的には平和への運動がで きていく、またそうでなければならない。そ の原点は「やさしい心根」だというのが僕の 考えです。人間愛にもとづく行動をぜひ是非 つづけてもらいたいですね。 私事だけど、僕は不幸せな青少年の生活を 扶けるボランティア団体を応援してるんで す。もう30年くらいになるかな。食料とか衣 類とか、ときにはバザーに出す本とか、ほん とに貧者の一灯ですが。ユネスコの仕事をさ せてもらうまでは、それが平和に役立つなん てことは考えたこともなかったけど、今では 僕の「一灯」もやがてどこかで平和な人生や社 会につながっていくんだと思えるようになっ た。これは発見でしたね。皆さんもいろんな賛 助活動をされているでしょうが、それが平和 とどう結びついているかなどあまり考えない し、なにか次元の高そうな平和と、細々した 「地べた活動」の間には断絶があるように思う 方が普通です(僕もそのひとりでしたが)。し かし実はそうじゃない、遠いように見える道 も足元から始まるのだと認識すると、それま で小さいことに見えていたものが希望に満ち たアクションに変わる。その瞬間に元気が出 る、するとまた力が入る。ユネスコ活動にも通 じるものがあるのではないかな。 今年も元気な皆さんとお会いするのが楽し みです。 1930年北海道深川市に生まれる。53年北海道大学法経学 部法律学科卒業。日本電信電話公社入社。1985年、NTT 誕生と同時に常務取締役就任。同社代表取締役副社長を 経て90年同社代表取締役社長に就任。96年同社取締役相 談役、相談役を歴任し03年7月より特別顧問を務め現在に至 る。1999年9月に(社)日本ユネスコ協会連盟副会長就任。 2000年6月より第9代会長。 【こじま・まさし】児島 仁
世 界 遺 産 ノ ート
に登録されました。登録に際しては、その管 理の充実が求められており、政府としては当 面、新たな登録を検討するのではなく、この 2カ所の管理の充実に力を注いできました。 しかし、2カ所の登録後10年を過ぎ、国内 でも新たな世界自然遺産登録への期待が高 まってきました。また、世界の中でも、推薦 の総量規制を行うなど、世界遺産の登録のあ り方を見直そうという動きが活発化してきま した。このような経緯から、2003年、環境省 と林野庁では学識経験者による検討会を設置 して、新たな世界自然遺産の候補地の検討を 行いました。 その検討では、1万7000件に及ぶ自然環境 の基礎データをもとに、できる限り客観的な スクリーニングを行いつつ、詳細に検討する 地域を19カ所に絞り込みました。そして最終 的には、知床、小笠原諸島、琉球諸島の3カ 所が、世界遺産の登録基準に合致する可能性 の高い地域として選定されました。ただし、 いずれの地域も、外来種対策や保護担保措置 の充実など、推薦までにクリアすべき条件が 併せて提示されています。このうち、知床に ついては、その条件とされた「海と陸を含む 統合的な管理計画の策定」が行われたため、 2004年1月、ユネスコ世界遺産センターに世 界遺産としての推薦書を提出しました。 世界遺産条約に基づく世界遺産の総数は、 2004年に788を数えるに至りました。そのう ち、文化遺産の数が611に及ぶのに対し、自 然遺産はたったの154。我が国の世界遺産に おいても、文化遺産10に対して、自然遺産2 と、大きな差があります。 個々の国や地域毎に独特の文化を主張でき る文化遺産に比べ、自然は科学的な国際評価 が、比較的行いやすいという特色を持ってい ます。審査を行う国際自然保護連合(IUCN) の厳格な審査方針が大きく影響しているとい う意見もありますが、いずれにせよ、自然遺 産として世界遺産リストに掲載される(世界 遺産として登録される)ことには、かなり厳 しいハードルがあると言わざるを得ません。 我が国には2つの世界自然遺産、すなわち 白神山地(青森県、秋田県)と屋久島(鹿児 島県)があります。この2カ所は、いずれも 日本が世界遺産条約に加盟した直後の1993年 知床半島斜里側海岸 空から見た知床(羅臼湖付近)候補地
「
知床
」
をめぐって
奥田 直久
環境省自然環境局自然環境計画課自然遺産
知床は、流氷の影響を受けた海洋生態系と 豊かな陸上生態系が連続した、特徴ある複合 生態系を形成しており、その仕組みを示す顕 著な見本として高く評価できます。また、四 季の変化に富む原生的な景観は素晴らしく、 特異な動植物の種構成や分布が見られるほ か、オオワシ、シマフクロウなどの国際的希 少種の生息地としても重要な価値を有してい ます。 そんな知床を評価するため、2004年7月、 世界自然遺産候補地の審査機関である国際自 然保護連合(IUCN)の調査員が、現地の調 査に入りました。IUCNの調査員は、推薦地 域の重要性や、陸域部分の管理レベルについ て高く評価しました。その一方で、推薦地の 海域部分の保護レベルを高めることや、推薦 地内の河川工作物について、サケ類の遡上へ の影響調査を実施したり、魚道を設置するな どの必要性を指摘しました。 これに対し日本政府は、推薦地を含む沿岸 域において調査を実施し新たな取り組みを検 討すること、将来的には多利用型統合的海域 管理計画を策定すること、河川工作物には逐 次魚道を設置することなどを回答しています。 空から見た知床五湖 1985年、大学を卒業し、環境庁(現環境 省)に入庁。翌年、中部山岳国立公園(上 高地)に国立公園管理官(レンジャー)と して赴任。その後、本庁に戻り、自然環 奥田 直久(おくだ・なおひさ) PROFILE 境教育の推進、国際野生生物保護協力等を担当。1997年 より世界自然遺産も担当。1999年から3年間は外務省に 出向し、在ケニア日本大使館で国連環境計画(UNEP) を担当。2002年、環境省に戻り、現職(自然環境計画課 課長補佐)。 IUCNは、現地調査結果や日本政府の回答を もとに知床の評価を定め、それをユネスコ世 界遺産委員会事務局に報告します。その報告 を受け、2005年7月に開催される第29回世界 遺産委員会(南アフリカ)において、推薦の 可否が審議の上で決定される予定です。 世界遺産は、決して登録されることが目的 ではありません。人類全体の遺産として高く 評価されることで、その地域にかかわる全て の人びとが意識を新たにし、その価値を将来 にわたり保全していくこと。それが本当の世 界遺産の目的だと思います。 知床では、1つの地域の評価から推薦、そ して登録を目指す道のりの中で、地域の関係 者により連絡会議を設置し、さまざまな議論 を経て管理計画の案がまとめられました。ま た、IUCNの指摘にどう応えるかについての 議論も、関係行政機関のみならず、地域の多 くの関係者によって行われています。そうし た過程こそが、今後の知床の保全と管理に とって、大きな意義があったものと考えてい ます。 登録された地域のみならず、候補となって いる地域においても、現地の方一人ひとりが 対象地域の優れた価値 を保全し、管理に参 加するよう盛り上 げていく。そんな ことがユネスコ運 動の中でもできれ ば、素晴らしいこ とだと思います。 現地調査(羅臼岳∼硫黄山の縦走) シレトコスミレの花
バーミヤン文化支援キャンペーン報告
豊かさのための技術をご提案。
富士電機グループは、真心のこもった製品・技術の開発に一生懸命。 水質保全技術や、クリーンエネルギー技術、省エネ技術、情報システム技術など 最新のITをを駆使してさまざまなシステムを提供しています。 ひとの心も豊かでありつづけるために、私たちは、社会の声にお応えしていきます。 富 士電 機ホールディングス株式 会社 〒141-0032 東京都品川区大崎1-11-2(ゲートシティ大崎イーストタワー)TEL.03-5435 -7111 http://www.fujielectric.co.jp 富 士電 機情報サービス株式 会社 〒151-0053 東京都渋谷区代々木4-30-3(新宿コヤマビル)TEL.03-5388-8241 http://www.fuji-web.com/fis/年内の工事が終了
当初、センターの建設工事は、2004年11月 中旬には、寒さと降雪のため中断される予定 だった。しかし、今年のアフガニスタンは例 年にない暖冬とのことで、12月5日まで作業 を続けることができた。アフガニスタンの伝 統的工法では、壁の位置の土を掘り、石を積 んで土台を作った後、レンガなどで壁を積み 上げ、その上を漆喰で覆っていく。年内の工 事では壁の土台が完成し、大部分の棟の壁を 積み上げる作業までが終了した。アフガニスタンの関係者が来日
12月中旬、東京で開かれる「国際シンポジ ウム:世界遺産バーミヤンの遺跡を守る」 (主催:(独)東京文化財研究所)のため、アフ ガニスタン情報文化省のヨセフザイ副大臣を はじめとするアフガニスタン政府の関係者 や、バーミヤンの知事ら7名が来日した。日 本に滞在している間、日本ユネスコ協会連盟 ともミーティングを持ち、バーミヤン教育文 化センターの運営などについて話し合った。募金額は2100万円を突破
11月末の時点で、本キャンペーンにお寄せ いただいた募金は2100万円を突破した。多く のユネスコ協会や会員の皆さまから募金をお 寄せいただいたことへ、この場を借りて心か らお礼を申し上げたい。募金活動は2005年3 月末まで継続して行いますので、引き続きご 協力をお願いいたします。 (教育文化事業部 岩本由美子)壁の土台が完成!
建設業者の代表、カリミ氏(右)世 界 遺 産 ノ ート
家族、親族の断固たる防御姿勢により、男性 が女性に容易には会わせてもらえない、そんな アフガン社会での恋愛事情や結婚までの道のり はどんなだろう。現地滞在中にふと興味を抱き、 一緒に働くスタッフに聞いてみたことがありま す。「許婚(いいなずけ)」、日本ではなんだかも う懐かしい響きですが、イスラムの国アフガニ スタンには、この伝統的な習慣が今も残ってい ます。子どもがまだ小さいうちに、両親が将来 の結婚相手を決めることは、特に村では珍しく ないようです。 日ユ協連カブール事務所のスタッフ、ハシミ さん(44歳)も許婚と結婚した一人。ハシミさん と奥さんは実はいとこ同士です。しかも、まった く同じ日に生まれたという運命的な二人は、幼 少の頃から一緒に学校に通い、仲良く遊んだ幼 なじみ。両家の親は彼らがまだ幼い頃に二人を 許婚にし、村中の人たちがその事実を知ってい ました。知らなかった(理解していなかった?) のは小さな二人だけ。お互いが将来結ばれるこ とを意識しないまま、すくすくと育っていきま した。本人たちが10歳になったある日、二人は 許婚の事実を告げられ、やがてすぐに婚約を祝 うパーティーが執り行われました。それをきっ かけに、二人は初めてお互いを意識し始めたと いいます。しかしパシュトゥン人の田舎のしき たりで、結婚式までの8年間、二人は会わせても らえない状況に。でも、その離れている間にこそ、 お互いへの気 持 ち が ど ん ど ん 深まっていったのだ、 とハシミさんは教えてく れました。 ハシミさん夫妻には4人の息子と5人の娘がい ます。そのうち3人はアメリカやカナダに移住し ていて、結婚もしています。44歳という若さで、 既に孫が数人いるというハシミさん。家族、特 に奥さんをこよなく愛していて、「僕にとって奥 さんは最も大切な存在。彼女と過ごす時間が一 番の楽しみなんだ」と、まるで新婚さんのよう な笑顔で話します。 一方、現代のアフガニスタンでは、都会を中 心に恋愛結婚するケースも増えてきています。 出会いの場はさまざまで、学校のキャンパスや 親族・友人の結婚式、レストラン、バス停、そ してときには道端で!ということも。お互いを 好きだと意識し始めると、二人は人目(特に両 親の目)をはばかってデートを重ねるそうです。 一緒に散歩をしたり、レストランでお茶を飲み ながら話したり、あくまでも友だちの延長のよ うなお付き合いで愛を育んでいきます。最近は 女の子の方から、ボーイフレンドにプロポーズ の言葉を投げるパターンが流行っているとのこ とです。「もし私と結婚したいなら、うちに来て 両親を説得してよ!」、この言葉にかき立てられ、 男性側は自分の家族に結婚したい相手がいる旨 を伝えます。するとその家族は、女性側の家族 やバックグラウンド、性格などを調べ始めます。 もちろん女性側の家族も、男性側の家族以上に 厳しい目で相手の学歴や収入、持ち家や車の有 無、家族について調べます。双方とも合格ライ ンであれば婚約が成立し、二人は正式に認めら れるという流れです。 お見合い結婚から恋愛結婚の時代へ。そんな アフガニスタンの地で、何組ものカップルが今 日もデートを楽しんでいることでしょう。
お見合いでも恋心をしっかり育む
日本ユネスコ協会連盟カブール事務所 池本まり子 ▲ 伝統的なイスラムの結婚式。 ふたりの頭の上にコーランが かざされている。 今もラブラブ ハシミさんご夫妻国 内 外 か ら の 便 り
アフガニスタン結婚事情
AFGGH ただ今、縫製の修行中 ▲インドの人たちとの 合同ワークショップ ▲ た。しかしミーティングを重ねるうちに、共通の悩 みを抱えていることに気づき、一緒に何かしようと 考えるようになった。女性たちは、それまで一度も 村を出たことがなかった。そこで手始めに、皆でバ スを借りて他の村を訪問することに。外の世界を知 ることで、個人だけでなく、少しずつ地域の課題に ついて考えるようになっていったのだ。 アフガニスタンでは、23年間に及ぶ内戦で多くの 社会問題がもたらされた。SHGのようなプログラム を成功に導くのは、容易ではないだろう。貧困、難 民、軍閥闘争の影響で地域の単位が崩壊し、人びと は自分の家族を守ることに必死だ。しかし「時間が かかっても、復興のためには地域住民の声を聞き、 彼らの力を引き出せるよう活動していきたい」。参 加者たちはそう語った。 3日間にわたる視察の後、参加者によるワーク ショップが開かれた。寺子屋運営の鍵は、寺子屋が 『地域皆の場所』と思えるよう、企画・運営の段階 から多くの住民を巻き込んでいくこと。インドの寺 子屋では、地域有力者のほか学習者、若者、女性な どが積極的に運営にかかわり、さまざまな局面で知 恵を絞っている。例えばチガドリ村の寺子屋では、 母親と幼稚園の先生たちが協力し、町医者に月一度 寺子屋への無料巡回をしてもらえるようこぎつけ た。こうした例をもとに、来春、カブール市内に開設 される寺子屋の運営について、話し合いが持たれた。 さらに寺子屋の成功には、モスクのムラー(イスラ ム教指導者)、外国から帰ってきた元難民(帰還難民)、 長老会メンバーの参加が不可欠と、アフガニスタン社 会を象徴する意見も。地域住民の尊敬を集めるモスク のムラーや長老会メンバーは、住民参加を求める際に 大きな効果を発揮する。また元難民については、地域 を長く離れた人びとが、寺子屋を通して早く自国の生 活に馴染めるように、との配慮だ。弱者の意見を寺子 屋運営に反映し、有力者を寺子屋の味方に引き込むよ う、地元・行政の双方から努力していきたい。参加者 たちは、ワークショップの最後にこう決意を表した。 来春には、カブール市内に実験的に3軒の寺子屋 が新設される。行政、地域、異なる役割を担うリー ダーたちが、地域住民と手を組んで、自分たちの寺 子屋を展開していく。(教育文化事業部 山下陽子)
行政・リーダー・地域住民が手を取り合って
寺 子 屋 の い ま
2004年10月15日から19日までの5日間、アフガニ スタン教育省からカリク副大臣を含む識字局員ら6 名が、インドのカルナータカ州ゴカック郡の寺子屋 を訪問した。インドの寺子屋ではどうやって地域住 民の参加意欲を高めているのだろう。それを学ぶの が、このスタディツアーの目的だ。今春には、アフ ガニスタンの首都カブールに寺子屋が開設される。 新しい寺子屋でどのように地域参加を促していける か、参加者たちの真剣な話し合いが続いた。 * 世界寺子屋運動における大切なテーマは、人びと が興味を持って寺子屋活動に参加し、生活向上に役 立つプログラムを自ら立案・実行することだ。最終 的には、地域の人びと自身が寺子屋の運営に携わり、 寺子屋を村の財産として維持・継続していくことを 目指している。 インドの寺子屋では、識字や衛生の大切さを訴え る路上劇を行い、寺子屋建設に住民らが物資や労力 を提供するなど、人びとの参加を促すさまざまな工 夫がなされている。中でも、ツアー参加者たちがい ちばん興味をひかれたのが、セルフ・ヘルプ・グ ループ(SHG)と呼ばれる女性の自助グループだっ た。SHGは貧しい女性たちが共同で貯金・融資を行 うほか、悩みを話し合い、助け合うことを目指した プログラム。参加者が訪問したチガドリ村では、 SHGのメンバー自らが地方政府に手紙を書き、真っ 暗だった夜の村に街灯をもたらした。貧しい暮らし の中、家族の枠組みを超えて女性たちが協力する姿 に、参加者は大いに感銘を受けたようだ。 とはいえチガドリ村の寺子屋も、初めからこう だったわけではない。当初、人びとは日々の暮らし に精いっぱいで、貯金と融資を行うのがやっとだっ子どもたちの科学に対する好奇心と、創造へ の探求心を育むためにスタートしたQRIO(キュ リオ)サイエンスプログラム(2004年11月号既報)。 先日、その海外初のプログラムがインドで実施 された。現地に赴いたのは、日本ユネスコ協会 連盟のサイエンスメッセンジャーに任命された SONYの2足歩行ロボット「QRIO」と講師役 のソニー社員たち。ニューデリーのユネスコ協同学校を含む高校2 校に続いて、インド南部カルナータカ州ゴカックにあるチカナンディ 村の寺子屋で2日間のプログラムが行われた。 ゴカックの寺子屋で学ぶのは、学校に通えない11 ∼16歳の男女40名。その多くは、日雇いの畑仕事や 幼い弟妹の世話などで日中は働かねばならない子ど もたちだ。公教育の学校でさえ充分な理科教育が行 われていない現地だけに、子どもたちが科学に接す る貴重な機会となった。 プログラムの1日目はデジタルカメラ(デジカメ)を 使った活動。デジカメの操作方法を学んだ後、「村の 宝物を探そう」をテーマに、村を歩きまわり、各自 思い思いの風景を撮影した。もちろん、デジカメを 触るのは皆、初めて。恐る恐る、ぎこちない様子で カメラを握り、ファインダーに写る景色を確認しな がらパチリ。子どもたちはあっという間に使い方を マスターし、川で洗濯をするおばさん、友だちの顔な ど、思い思いの写真を次々に撮っていた。村人は、 見慣れない機械を持って村を歩きまわる子どもたち の一行にびっくり。後ろには長い行列が続いた。 2日目は、QRIOの動力源「電池を知ろう」がテー マ。電気を「感じ」、電気でモーターを「動かす」 体験をした。まず、型紙にそって切ったアルミ箔を、 プラスチックのカップに巻きつける。それから、風 船をペーパータオルでこすって静電気を発生させ、 アルミ箔を巻いたカップに蓄電していく。ハサミを 握る機会もめったにない子どもたちは、型紙にそっ てアルミ箔を切るだけで四苦八苦。実は、厳密に材 料を切る、計るなどは科学の大切な一歩なのだ。静 電気がカップに充分貯まった頃、カップを触ってみ ると「バチッ」。生まれて初めての[感電]に、そ れこそ大ショック。これに続く実験は、巻いたコイ ルに電池をつないでモーターを動かすというもの。 さっきビリッときた電池の力でモーターが回り始め ると、子どもたちは大喜びだった。 1日目に子どもたちがデジカメで撮影した写真は、 音楽をつけて編集。2日目の夜、お寺の境内で村人 を招いて上映会が行われた。その頃には、村にロ ボットが来ているという噂で持ちきり。開始時刻の 7時を過ぎると、畑仕事を終えた村人が続々と集 まってきた。その数約700人。QRIOのカンナダ語に よるあいさつとダンスに続いて、上映会が始まった。 スクリーンに、子どもたちが撮影した「牛車に乗っ たおじいさん」が映写されると、会場はドッと笑い の渦に。今回のプログラムに先立って、仙台で行わ れたプログラムで子どもたちが撮影した写真も上映 され、日印文化交流の場ともなった。 「昼間働かなくてはならないので、学校に行けな いのが恥ずかしかった。でも寺子屋に通うことで、 今回のプログラムに参加できて自信がついた」「撮 影しながら村の宝物を探すうちに、普段意識しな かった村の景色の細かいところに気がついた」など の感想が子どもたちからあがっていた。インド・ゴ カック・プロジェクトを一緒にすすめているベルガ ウム農村総合開発協会(BIRDS)のバルラヤ氏は 「この科学教室は、寺子屋で学ぶ子どもたちに特別 に開かれたもの。普段過酷な環境に暮らす子どもた ちも、自分のことを気にかけてくれる人が世界にい ることを知り、自信を取り戻すきっかけになったの ではないか」とプログラムを評価していた。 (教育文化事業部 古澤真理子) お寺での上映会。目を輝かせる子どもたち
ユネスコ活動のひろば
磐田ユネスコ協会では、これま で、会員が小・中学校の依頼に基 づいて授業の中でユネスコ活動の 説明を行ってきた。 2004年度の新たな活動として、 小学校高学年∼中学1年生を対象 に、親子でユネスコについて学ぶ 講座を開講している。 「青少年へユネスコ活動を普及 していきたい」という久保田泰正 会長の意向を受け、草の根活動振 興助成金を活用して実施の運びと なった。講座は、国際理解や国際 協力にかかわる内容だけでなく、 郷土の文化財や自然を見直す学習 を含め、小・中学生に受け入れや すく、なおかつ楽しめるものを取 り入れた。 期間は2004年9月∼2005年2月ま での半年間で、週5日制への対応 策として、土曜日午前中に開催す ることを基本とした。現在18名の 児童・生徒が楽しみながら、文字 通りユネスコを学び、理解を深め ている。 静岡県・磐田ユネスコ協会 電話:0538−35−4325 2004年、日本列島は多くの自然 災害に見舞われた。そんな中、兵 庫県の相生ユネスコ協会では、台 風16号の被災者に対して「何か自 分たちにできることはないか」と 相談し、9月4・5日の両日、炊き 出しを行った。メニューは、おに ぎりや煮しめ、カレーやちらし寿 司など毎食工夫をこらし、2日間 で延べ165名の会員が汗を流した。 また10月には、丸山川決壊で深刻 な被害の出た豊岡市三江地区への 炊き出し要請を受け、同月30日に カレー、ご飯、豚汁計600食分の 材料、容器を調達。20名のユ協会 員がバスで現地に向かった。被災 地では放置された車、泥をかぶっ た家電製品の山、泥まみれになっ た家屋…と生々しい痕跡をいたる ところで目にすることとなり、一 行は言葉を失った。被災者に食事 を渡すときに、「がんばってくだ 【第1回】 開校式、ユネスコを知ろう、 世界寺子屋運動を学ぼう 【第2回】 地域の文化遺産を知ろう (史跡めぐりと自然観察) 【第3回】 国際協力活動の実践 【第4回】 歌による国際交流、 クリスマス会 【第5回】 身近な環境について学ぼう 【第6回】 世界遺産を学ぼう、閉校式 ▲▲被災地で
炊き出しボランティア
さい」の一言を伝えるのが精いっ ぱいだったが、被災者の方から感 謝の言葉が返ってきたことが何よ りの喜びとなった。 藤田利與会長は「10年前の阪神 淡路大震災のときも、ユ協として 炊き出しした経験があります。女 性ばかりのユ協ですが、常にユネ スコの心を忘れずに協力し合って 活動しています」と語っている。 兵庫県・相生ユネスコ協会 電話:0791−23−2666 平泉ユネスコ協会では、郷土の 文化財の理解を深め、歴史を学び、 郷土に生まれ育った喜びと誇りを 育むことを目的に、平泉文化財愛 護少年団を2002年5月に再結成し た。この少年団は南舘廣太郎会長 が1973年、教員時代に創設したも のだが、その後活動が停滞し消滅 しかけていた。再結成にあたって はユ協少年部の組織として位置づ け、現在、小学校中学年以上の男女 30名が会員として活動。毎月第1 土曜日を活動日と定め、史跡めぐ りや発掘体験を含む学習活動、清 掃、観光客へのミニ案内などの奉 仕活動を積極的に実施している。 ▲▲「ユネスコを学ぼう」
新講座始まる
磐田ユネスコ新聞 49号表紙文化財愛護少年団の
交流
2003年には初めて水沢市文化財 愛護少年団との交流も行われた。 水沢市から32名の少年団員が平泉 町を訪れ、文化財愛護少年団の団 員による交流会を実施。お互いの 活動について発表し、藤原秀衡が 宇治の平等院を真似て1180年ごろ 建立したとされる無量光院跡での 発掘体験などをとおして交流を深 めた。その他にも、郷土の祭りに 参加したり、ふるさとづくりの応 援で植栽を行うなど、子どもたち の心に、文化や自然への理解が芽 生えつつある。 岩手県・平泉ユネスコ協会 電話:0191−46−5576 鎌倉ユネスコ協会では、平山郁 夫同協会会長の全面的な協力によ る『世界遺産支援絵はがき』の制 作・販売を行っている。シリーズ 1「日本の中の世界遺産」に続き、 シリーズ2「シルクロード平和へ の旅」が完成し平山会長の作品6 枚を絵はがきセットとして500円 で販売を始めた。これまで全国か ら43ユ協と、寺や美術館などを含 む25の関連団体の協力を得、2004 年11月には100万円が日ユ協連事 務局に寄せられた。シリーズ2の 作成にかかった実費を除く全額 が、バーミヤン文化支援キャン ペーンへの募金協力となる。 「きっかけは鎌倉ユ協が作った かもしれませんが、全国の多くの ユ協や関連団体のご協力でこの募 金が可能となりました。文字通り 全国的な“運動”として広がった ことが何よりも嬉しい」と鎌倉ユ 協の会員は口を揃える。絵はがき セットの詳細は、下記まで。 神奈川県・鎌倉ユネスコ協会 担当:山田雅子さん 電話・FAX:0467−22−5146 2004年創立50周年を迎えた目黒 ユネスコ協会は、記念事業の一環 として標記の詩集を編集・出版し た。対象は6歳以上15歳未満の青 少年で、テーマは「平和を願うこ ころ・夢・希望・愛」。国籍を問 わなかったため、応募総数は22ヵ 国から1020点にのぼり、うち、 482点は海外からで、とくにイン ド(187点)やギリシャ(64点) からは多数の応募があった。 応募規定でユニークかつ最も同 協会が苦労したのは「あなたの国 の言葉であなた自身が書いてくだ さい」とした点。母国語以外に英 語もしくは仏語の訳の添付が必須 条件だったが、母国語のみのもの や、子どもが手書きした文字の判 読が困難なもの、文法的な誤りが あるものなど、大小の壁にぶつ かった。しかしその苦労も、多く のすばらしい詩との出会いが吹き 飛ばしてくれた。同詩集は学校お よび関係者に贈呈された。愛育社 より1260円(税込み)で市販され ている。 東京都・目黒ユネスコ協会 電話:03−3291−8600(愛育社)
広がる世界遺産支援
絵はがきの輪
世界の子どもたちの詩集
「道・明日へ」を紡ぐ
▲▲ ▲▲ ▲▲▲ (米国 11歳女子) 世界遺産支援絵はがき シリーズ(2)イ ベ ン ト レ ポ ー ト
近 畿
ブ ロ ッ
ク
ユネスコ活動研究 大会有形・無形文化遺産で注目を集める近畿
● 開催日:2004年11月20・21日 ● 会場:奈良県奈良市関 東
ブ ロ ッ
ク
ユネスコ活動研究 大会豊富なアプローチで科学が身近に
● 開催日:2004年10月30・31日 ● 会場:東京都墨田区 今年の近畿ブロック研究会は「継承と創造−い ま、ユネスコが目指すもの−」をテーマに、240 名以上の参加者を迎えて開かれた。今年度は 「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産リストに 登録、また昨年度は「人類の口承及び無形遺産 の傑作の宣言」リストに「人形浄瑠璃文楽」が 選定されるなど、近畿地方が有形・無形双方の 遺産で注目を浴びている。それを反映して、今 回のブロック研究会では、文化庁長官の河合隼 雄氏を迎え、「無形文化遺産」をテーマに基調講 演をしていただいた。このとっつきにくいテー マをめぐっての分かりやすく軽妙な語り口に、 会場からは笑いが絶えなかった。“無形”という 言葉が非常に広範囲だということ、日本の無形 文化は海外から非常に高い評価を受けているこ と(人形浄瑠璃、茶道・華道など“道”がつくも の、文化財等の修復技術など)、といった広い話 題に興味はつきなかった。 分科会は、世界寺子屋運動、世界遺産、総合的 な学習の3つに分かれ、2時間30分と通常より多く の時間をとって、活発な議論が行われた。世界寺 子屋運動の分科会では、寺子屋運動への理解を深 めていただくために、地域での活動をどう展開し ていけばよいか検討した。特に募金活動について は、携帯電話やEメールが普及したせいかハガキ があまり使われなくなっている現状をふまえ、募 金回収のアイデアをめぐって熱心な議論があった。 バザーやチャリティミニコンサートなど地道な 活動を展開するとともに、自分たちが日ユ協連の 寺子屋リポートなどを読み込み、市民に語りかけ ること、また時間とお金に余裕のある方はぜひ スタディツアーに参加しようといった意見も出た。 細かな部分まで気配りのきいた奈良ユネスコ 協会の運営は非常によくまとまり、盛況のうち に幕を閉じた。来年の近畿ブロ研は和歌山県で 開催される予定だ。 (組織部 尼子美博) 関東ブロック研究会は、主催地東京にふさわ しく江戸東京博物館で開催された。「ユネスコ 活動:日本から世界へ−地域社会からの発信」 をテーマに、東京都ユネスコ連絡協議会を中心 に準備を進め、40ユネスコ協会319名の会員が 参加した。 1日目「科学を育む」と題した東京大学大学 院総合文化研究科教授・黒田玲子氏の基調講演 では、ご自身の「巻貝の左巻き、右巻きを決め る決定遺伝子の研究」を引用。我々市民が科学 とどう付き合っていけばよいか、分かりやすく 説明された。続いてパネルディスカッションで は、竹内邦良氏(山梨大学大学院医学工学総合 研究部教授)、浜中順一氏(石川島播磨重工業 ㈱代表取締役副社長)、佐倉統氏(東京大学大 学院情報学環助教授)ら科学の専門家を迎え、 またユネスコの活動家として船橋ユネスコ協会 の遠藤茂勝会長、岡山ユネスコ協会の池田満之 理事が参加し、それぞれの立場で意見交換が行 われた。2ユネスコ協会による豊富な写真を 使った報告では、科学をより身近に感じること ができた。続いて、長門芳子日本ユネスコ国内 委員による国内委員会報告があった。 2日目は、「世界寺子屋運動や地域遺産保護活 動の取り組みについて」「学校との連携や科学へ の取り組みについて」「協会の財政確保や組織拡 充等について」のテーマで、それぞれ地域に根 ざした活動を中心とした活発な分科会となっ た。続くユネスコ青年交流信託基金によるイン ドスタディツアー報告では、若者の寸劇で識字 の重要さを訴えた。また、2日間を通して、中 越地震募金を呼びかけ、83,000円余の義援金が 集まった。恒例のエクスカーションは、江戸東 京博物館常設展のガイド付き見学となった。来 年の関東ブロック研究会は、茨城県ユネスコ連 絡協議会が主管、10月27・28日にひたちなか市 クリスタルパレスで開催する。 (総務部 山口真子)中 国
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ユネスコ活動研究 大会新しい試み、共同交流プログラム
● 開催日:2004年11月6・7日 ● 会場:岡山県津山市 第432回理事会が11月27日(土) に東京の朝日東海ビルで開催さ れ、主に来年度の事業計画につい て、9月の前回評議員会での議論 を受けた協議が行われた。また、 野口理事長からは最近の各方面に わたる事業の進展状況についての 説明が行われた。 なお、2005年から始まる「国連持 続可能な開発のための教育の10年」 は、国際的にユネスコが主導的な役 割を果たすことになる(2∼4ページ 参照)。理事会では、日本の民間ユネ スコ運動の関与の仕方について、主 に次のような提案がなされた。 ¡各分野の専門家による委員会を 設置し「持続可能な開発」の意味、 そのための「教育」のあり方を明 らかにしてはどうか。 ¡「持続可能な開発」では意味が 理解しにくいので、原語を分かり やすく意訳した用語を使うべきで はないか。 ¡環境教育のみでなく、寺子屋運動 などを通じた国際理解なども組み 合わせ、学校現場で活用できるユネ スコらしい教材を開発してほしい。 ¡「世界遺産」や「人間と生物圏」と いった他のユネスコ事業にも関連 するが、自然環境と人間とのかか わり方について議論を重ねたい。 「ユネスコの日」の制定について は、来年度の総会での決議を目指 して意見を集約することとなっ た。ふさわしい日付について、ユネ スコ憲章発効の日、民間ユネスコ 運動発足の日など、いくつかあげ られたが、それをユネスコ運動の 中国ブロ研は5県16協会から93名が参加し、和 気あいあいとした雰囲気の中で開かれた。開会 式で、主管の津山ユネスコ協会の額田会長が、従 来と違うプログラムを企画したとあいさつ。その 新しい試みのひとつが、ブロ研に合わせての津 山・萩ユ協交流展「アートフラワー展」だ。会場 には津山ユネスコ協会会員の大野美穂甫さん(嵯 峨御流正教授)によるいけばなと、萩ユネスコ協 会会員の岡野芳子さん(アートフラワー講師、創 作人形講師)による手作り人形が展示され、多く の市民が会場を訪れた。またブロ研の参加者全 員も研究会終了後に交流展を鑑賞し、好評であっ た。ふたつのユ協の会員による交流プログラム という新しいスタイルの試みは、ブロック内の ユ協が互いの理解を深める上でも注目される。 もうひとつの試みは、ブロック内各ユ協の活動 報告をそれぞれが発行している会報等の配布で 代用し、分科会でのディスカッションの時間を多 く設けたことだ。腰をすえた議論から、目から うろこの解決策や活動実例を学べるはずだ。 基調講演は、目瀬守男氏(美作大学学長)が 「環境と農業」のテーマで経済と環境の相互関係、 自然資源と環境保全、環境と農業問題の課題を、 岡山県鏡野町の振興事業や、徳島県上勝町の事 例をもとにわかりやすく話された。分科会では ①国際理解・交流活動、②環境問題、③地域の 文化遺産と世界遺産、④青少年活動の実践報告 について会員の活発な意見交換が行われた。津 山ユ協の新会員である美作高等学校の英語ユネ スコ部員が多く参加し、分科会で意見発表や活 動報告を行ったが、高校生の参入はブロ研にさ わやかな空気をもたらし新鮮であった。 中国ブロックでは、島根県の出雲と岩見で新 しくユネスコ協会を設立する準備が進んでいる。 皆で応援していきたい。 (教育文化事業部 ファイン荒井千香子)理事会報告
第432
回 関係者が世界中で祝えるような日 にしたいという意見で一致した。 また、ユネスコ運動の活性化の ために、今後子ども対象の野外活 動を推進していくことや、青少年 のみならず中高年層を対象とした 施策を考えていくことなどが提唱 された。児島会長は、各ユ協が具 体的な活動を実践し、それへの賛 同者を増やしていくことが運動全 体の活性化につながると述べた。 その他、「バーミヤン文化支援キャ ンペーン」の進捗状況や第2四半 期の事業実績等が報告された。 (教育文化事業部 奥川浩士)謹 賀 新 年
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北海道ユネスコ連絡協議会
会 長 廣重 力 副会長 橋 本 淳 孝 副会長 東 隆子 副会長 丸田謙二郎 副会長 大杉 忠 副会長 宮 澤 一 成 事務局長 野元哲浩 事務局 〒060-0002 札幌市中央区北2条西3丁目 朝日生命ビル2F TEL・FAX 011-251-6670横 手 ユ ネ ス コ 協 会
会 長小 田 嶋 伝 一
会 員 一 同
盛 岡 ユ ネ ス コ 協 会
会 長 東島 末起 副会長 高 橋 千 賀 子 ・ 太 田 原 弘 会 員 一 同函 館 ユ ネ ス コ 協 会
会 長関 口 昭 平
〒040-0044 函館市青柳町12番17号 (函館市公民館内) TEL 0138-22-3320・FAX 0138-22-8198札 幌 ユ ネ ス コ 協 会
会 長 横山 清 副会長 外岡 学 松 田 悦 子 三上 喬 事務局長 鈴木 徹(社)青森県ユネスコ協会
会 長 脇 川 利 勝 副会長 藤 川 直 廸 副会長 葛 西 瑛 子 理事長 和 田 耕十郎 事務局 〒030-0823 青森市橋本三丁目4-15-2F TEL・FAX 017-722-4472岩手県ユネスコ協会連盟
会 長 安 藤 厚 副 会 長 及 川 和 彦 副 会 長 東 島 末 起 副 会 長 秋 元 厚 子 副 会 長 三田地 宣 子 事務局長 紺 野 清 夫 事務局 〒020-0023 盛岡市内丸10-1 岩手県教育委員会 生涯学習文化課内 TEL 019-629-6176秋 田 ユ ネ ス コ 協 会
会 長大 井 光 弘
会 員 一 同
遠 野 ユ ネ ス コ 協 会
会 長遠 山 豊
会 員 一 同
事務局 〒028-0524 遠野市新町1番10号遠野市民センター内 TEL 0198-62-4413・FAX 0198-62-27892005年は何の年?
1998年、国連総会は2005年を「国際小口金融年」と宣言し、この国際年が小口金融(マイクロ・ クレジット)プログラムを世界的に促進するきっかけになるよう呼びかけました。総会は、貧困撲滅 に携わっているすべての人びとに対し、増加し続ける貧困層が自営など所得を得られる活動ができる よう、融資や関連サービスを提供すべく、追加的措置を講じるよう求めました。また、各国政府、NGO、 民間セクターおよびメディアには、小口金融が貧困撲滅において果たす役割や社会開発への貢献、そ して貧困層の生活に与えるプラスの影響を強調する役割が期待されています。国際小口金融年
International Year of Microcredit福 島 ユ ネ ス コ 協 会
会 長河 田 亨
会 員 一 同
事務局 〒960-8018 福島市松本町1-7 中央公民館内東北ブロックユネスコ連絡協議会
宮城県ユネスコ連絡協議会
社団法人 仙台ユネスコ協会
会 長 藤 原 五 郎 副 会 長 鈴 木 恵奈夫 副 会 長 高 橋 孝 男 事務局長 小野寺 彰 事務局 TEL・FAX 022-224-2581 http://www.unesco.jp/senndai/福島県ユネスコ連絡協議会
会 長佐 藤 信
会 員 一 同
事務局 〒960-0241 福島市笹谷字道場29-9足 利 ユ ネ ス コ 協 会
会 長間 宵 勉
会 員 一 同
事務局 〒326-8601 足利市本城3丁目2145 足利教育センター TEL・FAX 0284-21-8766佐 野 ユ ネ ス コ 協 会
会 長 荻野高次 副会長 山 田 和 夫 副会長 加藤 稔 副会長 野 城 邦 子 事務局長 亀田宮吉 会 員 一 同 事務局 TEL・FAX 0283-23-33452005年は何の年?
国連総会は2003年11月、教育、健康、発展および平和を 促進する手段として、2005年を「国際スポーツと体育の国 際年」とすることを決定しました。UNESCOやその他の関 連機関が関連プログラムの中でスポーツや体育教育を促進 していくことを改めて確認すると共に、各国政府がこの関連で、 その意欲を強調するイベントを組織し、スポーツや体育教育 の役割の発展、スポーツ選手への支援を行っていくことなど が促されています。 国際スポーツと体育の国際年International Year for Sport and Physical Education
国連総会は2004年6月、UNESCOが2005年を「国際 物理年」と宣言したことを歓迎しこれを決議しました。物理 学は自然に対する理解を高める上で重要な基礎であり、その 応用が今日における技術進歩で多くの基礎となっていること、 また開発に不可欠な科学的基盤を整備する重要な道具であ るとしての決議です。2005年は、近代物理学の礎となった アルバート・アインシュタインによる特殊相対性理論などの 重要な科学的発見から100周年にあたる年でもあります。 世界物理年
International Year of Physics
まだだだ まだ ま まだ あ ありますす ありま あ