『東京国立近代美術館60年史』における漢字の字体
高畑厚志はじめに
『東京国立近代美術館60年史』(以下、『60年史』)の制作を終了して、一年以上の時間がたった。『60年史』は1952–2012年の60年間に堆 積した文書ドキュメントを、2012年現在の文字表現で記録する作業であったので、予想外の困難がいろいろと待ち受けていた。本稿は、その なかの困難のひとつ、「漢字の印刷字体」に関する制作者側からの作業報告となる。 実は『60年史』がその内容に取り入れている60年あまりの期間は、日本の「漢字の字体」が大きく揺れ動いた歳月にぴったりと重なり合って いる。その間の変化は以下の二点に集約できよう。 ・政府の国語政策の変遷 〈当用漢字表(1946年)→常用漢字表(1981年)→表外漢字字体表(2000年)→改訂常用漢字表(2010年)〉 ─この変遷は、「漢字の字体・字数」を「制限」することから、どのようにそれらを使用するかの「目安の例示」への変化でもあった。 ・漢字を書くという行為の変化 筆記具で漢字を手書きすること(アナログ系)から、キーボードで打ち込むこと(デジタル系)に変化した。 ─この変化は、辞書、書籍を参照しつつ漢字を筆写体で写すことから、入力変換の候補のなかから字体を選ぶことへの変化でもあった。 そもそもアナログな筆記行為で漢字が書かれた60年前は、個々人の筆写字体の揺れを漢字表の印刷字体に近づけるべく「制限」が課せら れた。その「制限」の先に見据えられていた未来の一つには、「漢字の全廃」という目標も想定されていたという1)。しかし、1978年の日本語 ワープロの誕生、そして1990年代後半からのパソコンの急速な普及を経て、デジタルな入力行為で漢字が決定されるようになった現代は、60 年前には考えられもしなかったほどに漢字を手書きすることが少なくなってしまった。では、これらの変化を経て到来した現在の漢字字体の 状況はどのようなものだろうか? 本稿は第1節「アナログの漢字」、第2節「デジタルの漢字」、第3節「表外漢字字体表」、第4節「『60年史』における漢字」で構成されている。 『60年史』における漢字の具体的な諸問題は第4節で述べるので、漢字字体の話題に詳しい方は第1から第3節を飛ばしていただいてかまわな い。そして、専門用語や歴史的な話題について、理解に妨げがあった場合のみ、前節に戻っていただくのがよいだろう。また本稿では漢字字 体の時代的な変遷のみを大まかに取り扱い、しかもそのテーマをより単純化するために人名漢字や教育漢字、かなづかいの問題は取りあげて いない。この点はご了解いただきたい。最初に用語の確認をしておこう。 ・字種 文字の種類。特に漢字について、他と異なったものとして認識される、それぞれの文字。 例:改定常用漢字表において追加された字種は196字 ・字体 それぞれの文字が、それによって他の文字と区別される特徴的な形。一つの字についても字画の違いによって、新字・旧字、正字・ 俗字などと区別する。 ・字形 点や線の集まりで構成された文字の形。 ・書体 字体を基礎に一貫して形成された、文字を表現する様式・特徴・傾向。漢字の楷書・行書・草書、活字の明朝体・ゴシック体など の種類をいう。1.
アナログの漢字
1.1 新字と旧字 新字と旧字という字体の区別は1949年の「当用漢字字体表」(当用漢字とは「当面のあいだ用いる漢字」という意)から始まる。それまでは 正字と異体字(俗字・略字も含む)という区別しかなかった。そして当用漢字に定められた1,850字のすべてが新字というわけではない。「当 用漢字字体表まえがき」によれば、当用漢字は次の3種類に大別される。 1)活字に従来用いられた形をそのまま用いたもの(つまり新字・旧字の区別は起こらない) 2)活字として従来二種以上の形のあった中から一を採ったもの(正字と異体字の区別がある) 必ずしも字画の簡易な字が採られたわけでもなく、しかも正字が採られたり、従来の楷書体(書き文字)や俗字が採られたりしている。 例:「秋・ ・龝」から「秋」を 「館・舘・館」から「館」を3)従来活字としては普通に用いられていなかったもの(新字と旧字の 区別が起こる) 例:塩(鹽)、学(學) 1946年に告示された「当用漢字表」は1850字の字種のみを示したも ので、「円・区・塩」(戦前は略字とされていた)などの簡略体と「晝・ 藝・櫻」(戦前の旧字)が混じっていた。そこで、用いるべき字体をはっ きりと示したのが1949年の「当用漢字字体表」である(図1。すべては 文化庁のホームページで当時の原本が閲覧できる)。ところがこの字 体表は「等線体」というゴシック体に似た書体の手書き文字であったた め、これらを参考に明朝体活字を作る立場の人々には大きな混乱を惹 き起こし、その影響は現在に至るまで続いているという2)。 さらに当用漢字の字体がどのような基準で改変されたかについて、 その詳細は公表されなかったので、各方面からの批判も多かった。国 語学者の山田忠雄(『新明解国語辞典』の編集主幹)は『当用漢字の 図1 当用漢字字体表 1949年 新字体 ─ 制定の基盤をたづねる ─』(1958年)を発表し、ひとつひと つの字体について詳細な批判を公表した。興味のある方はぜひ参照 していただきたい。 1.2 正字と異体字 そもそも、どの漢字が「正字」で、どの漢字が「異体字」なのか? この 問題を最初に提示すべきだったかもしれない。しかしそれこそは昔か ら延々と議論され続けてきた難問なのだ。1949年告示の「当用漢字字 体表まえがき」では「当用漢字は字体の標準を示したものである」、また 「印刷字体と筆写字体とをできるだけ一致させることをたてまえとした」 とあるように、印刷字体と筆写字体との一致が図られた結果の字体が 「正字」(イコール旧字ではない)とされ、除外された筆写体(慣用体)が 「異体字」であるというパースペクティブを見てとることもできよう。 まず手始めに、印刷字体と筆写字体とには歴史的な発展の仕方に 違いがあったことを確認しておこう。図2は『解説 字体字典』(江守賢 治著)所収の「漢字の字体に関する二つの流れ」を示したものである (図2)。右側・Aの系統が筆写字体(楷書)、左側・Bの系統が印刷 字体である。そのB系統にある『康熙字典』とは、18世紀の初めに清の 康熙帝の勅命によって編纂され、明治以来、わが国の漢和字典の活字 体の拠り所として長く利用され続けている字典3)である(図3)。そして、 『解説 字体字典』で江守氏は、以下のような指摘をしている。 ○康熙字典が示している字は明朝体である。明朝体は楷書とは別であ り、もちろん書くための書体ではない。 ○康熙字典では、正字とか俗字とかいっているが、多く楷書には全く 不向きの字体を正字とし、逆に、従来永く書かれてきた楷書本来の字 体を俗字としている(『解説 字体字典』、p.96)。 漢字を手書きすることのなくなった現代人は、辞典の字体やフォント の字体を標準字体だと思い込みがちであろう。けれども実は、それら の拠り所である『康熙字典』の字体そのものが、楷書という伝統的な手 書き文字の集大成ではなく、18世紀に新たにデザインされた明朝体の 図2『解説 字体字典』 (江守賢治著) 「漢字の字体に関する 二つの流れ」 図3 『康熙字典』
印刷書体だったという事実を忘れてはならない。『康熙字典』の字体と楷書の字体の歴史的不同一性こそが、正字と異体字という混乱がいつ までも解決されない要因のひとつなのである。 『康熙字典』と楷書の字体の差違について、詳しくは『解説 字体字典』にあたっていただくとして、ここでは興味深い例をひとつだけ採り上げ ておこう。それは「しんにゅう」の点が一点か二点かという問題だ。伝統的な楷書(書き文字)では、それは「⻌・一点しんにゅう」であった。し かし、『康熙字典』ではすべて「辶・二点しんにゅう」として活字体が示された。当用漢字に選定にあたって、普段多く用いられる漢字の「しん にゅう」は楷書(書き文字)の「⻌・一点しんにゅう」と決められ、当用漢字に入らなかった使用頻度の少ない漢字の「しんにゅう」は『康熙字典』 の活字体「辶・二点しんにゅう」へと振り分けられたのである。当用漢字の制定によって現れた「旧字」「新字」の区別は、時間的な新旧だけで はなく、字種によっては「印刷字体」と「筆写字体」の差違によっても起因している。 1.3 同音の漢字による書き換え 1946年の「当用漢字表」の告示から10年後、1956年には「同音の漢字による書き換え」が推奨されるようになった。これは「当用漢字表」に 含まれない漢字(表外字)を「当用漢字表」にある同音の別字に書き換え、結果として、日常に使用する漢字の数を制限しようとするものであっ た。主に熟語が書き換えられた。 例:抒情→叙情 銓衡→選考 解→注解 厖大→膨大 この書き換えが孕む問題を、「筆写字体」と「印刷字体」の観点から、中国文学者の高島俊男氏は以下のように述べている。 「手書き字と印刷字とは別のものなのである。筆写体は、書きやすくて、前後関係でその字であることがわかればよい。ところが戦後略字は (中国の簡体字もおなじだが)筆写字と印刷字とをおなじものにしようとした。それも印刷字のほうを変えて筆写字にあわせようとした。かくし て、たとえばおなじ「專」が、專は専になり、傳、轉は伝、転になり、團は団になって、縁が切れてしまった。実はこれらは「まるい」「まるい運動」と いう共通語を持った家族(ワード・ファミリー)なのである」4)。字体を簡易化するために、ワード・ファミリーの類推関係を断ち切ってしまっ たわけで、字体によっては原義を推し量ることができなくなったのである。現代から振り返れば、支払った代償はあまりに大き過ぎたと言えよ う。この「書き換え」のもたらした混乱の大きさは、新字の考案よりも罪深いと、個人的にだが、思わざるを得ない。 1.4 拡張新字体の登場 同音の漢字による書き換えのほかに、同じ1956年、「当用漢字表」に含まれない表外字について、新聞各社は新たに簡略な文字を考案し使 用するようになった。これを「拡張新字体」と呼ぶ。作られ方は戦前からの略体字を用いたもの、当用漢字の新字の作られ方を拡張解釈した ものなどさまざまにあった。「拡張新字体」は新聞に用いられただけでなく、一般的な活字も鋳造され出版社の印刷物にも現れることがあった。 例:1 点・画の方向の変わったもの →註 →噂 2 画の長さの変わったもの →倶 →恢 →溝 3 類似の形で小異の統一されたもの →葛 →棚 →薩 4 一点一画が増減し、画が併合したり分離したりしたもの →蝕 →頻 5 部分的に省略されたもの 繫→繋 鷗→鴎 6 部分的に別の形になったもの 螢→蛍 蟬→蝉 禱→祷 →榊 「蛍」は「当用漢字表」には入っていなかったので「拡張新字体」が 案されたのだが、この新字は1981年の「常用漢字表」に追加されてし まった。「蛍光灯」という言葉があったためである5)。 このようにして、印刷字体と筆写字体との並行関係は、「拡張新字体」の出現によってますます混乱の度合いを深めていく。そして、「当用漢 字字体表」を審議した第13回国語審議会の安藤主査委員長の報告(1948〈昭和23〉年)6)を読むと、「一も二もなく、康煕字典か何かに準拠 を求めるというのも一案でありましょう」7)という注目すべき発言がすでになされている。字体の問題がまさに活字字形(特に「いわゆる康煕字 典体」)をめぐって議論される日が現実にやってくることを、この時はだれも知らない。それはほとんど50年後の20世紀末、JIS規格の漢字が社 会生活で関心を集めるようになってからのことである。 ともあれ、政府の施策である「当用漢字表」の新字、同音の漢字による書き換え、及び民間新聞社からの「拡張新字体」などの発案は、画数 の多い難しい漢字を書きやすく読みやすくし、あわせて日常で使う漢字数を効率的に制限しようとする官民一体の試みであった。しかし、「拡 張新字体」は学校教育では教わることのない漢字であり、新聞・テレビ・雑誌は別として、一般書籍では用いられることのない漢字であった。 しかも学校教育で教わらない多くの表外漢字にこそ、同じ字種なのに簡易な「拡張新字体」と難しい旧字体があるので、これらを新字と旧字の 違いだと誤った認識がなされる例はいまに至っても数知れない。
1.5 常用漢字表 1978年に初の日本語ワードプロセッサー(以下、ワープロとする)が発売されると、手書きされる漢字から入力=出力される漢字への劇的な 変化が起こってくる。このような筆記行為の地殻変動が起きつつあるなか、1981年に告示されたのが「常用漢字表」であった。この「常用漢 字表」における漢字字体の基本方針は次の2点である。 1)「字体は、(中略)主として印刷文字の面から現代の通用字体について検討した」(下線は筆者による) 2)「字体を変更することは各方面に影響を与え、混乱を招くおそれがあるので、当用漢字字体表に基づいて現在広く行われている字体は変 更しないこととした」(ともに当用漢字表前文より抜粋) この方針は、2000年に示された「表外漢字字体表前文」において次のように振り返られている。 1)「常用漢字表では、〈主として印刷文字の面から〉検討され、当用漢字字体表の〈印刷字体と筆写字体とをできるだけ一致させる〉という方 針を更に進める立場は採らなかった」 2)「表外漢字の字体については(中略)国語審議会としての判断を保留した」 つまり、「常用漢字表」では「当用漢字表」の「印刷字体と筆写字体とをできるだけ一致させる」という大前提はすでに揺らぎ始めており、主た る関心は「印刷文字」に移っている。そして「当用漢字表」の字体は引き続き堅持するものの、ワープロにおいて需要が急増しつつあった表外 漢字については判断が保留された。このことについては、3.表外漢字字体表でさらに詳しく述べるとしよう。 1.6 旧字体から新字体へのゆらぎ ここで年代的には少し後戻りになるが、具体的に「国立近代美術館」という館名の漢 字表記を例に挙げて1952年当時の状況をみてみよう。1952年の開館時に開かれた第1 回目の展覧会の名称は「日本近代美術展」であった。『60年史』では当時のカタログとポ スターの図版が掲載されており、展覧会名は「日本 代美術展」となっている。そして美 術館名の字体がカタログでは「国立 代美術館」に、ポスターでは「国立 代美術舘」に なっている。「近」の字体は翌53年に一点しんにゅうと二点しんにゅうの新旧の字体が混 在して用いられ、54年からは一点しんにゅうに統一されている。1949年に「当用漢字字 体表」が告示されてからすでに3年が経過していたが、しんにゅうの点の数がまだ揺れ動 いているのだ。また、「館」の字体は「館」(旧字)と「舘」(異体字=楷書体)が使われてお り、52-53年は「舘」が多く、53年の第9回展「近代の肖像画」から「館」(新字)に定まった ようだ。当時、カタログの印刷活字を選ぶときは漢和字典の字体「館」に対する愛着が 根強かったのかもしれない。またポスターで大きく目立つ文字「舘」は活字ではなく、デ ザイナーの手書きによるレタリング文字であるが、当時は一般に多く用いられていた楷書 の字体「舘」が大衆向け告知用に採られたものと考えられる。 今度はパソコンで扱われるデジタルな漢字に話題を移そう。
2.
デジタルの漢字
2.1 JIS基本漢字の制定 漢字字体に関する大まかな変化の流れを「年表」(巻末表1)にまとめたので、参照して ほしい。「表記・アナログ系」とした左欄には漢字の字数制限や字体変更についての出 来事を拾い上げてある。対する右欄「符号・デジタル系」にはコンピュータで扱われる JIS漢字(符号化漢字)の変遷を年代順に配置した。項目名が数字記号なので一見する となじみにくいが、日本国内で使用される文字コードの規範としての基本漢字(JIS X 0208系)と拡張漢字(JIS X 0213系)の流れがふたつ。それに加えて、世界的に文字コー 図4 第1回展カタログの表紙タイトル部分 図5 第1回展ポスタードの規範化を目指したUCS(Universal Coded Character Set)に対応するCJK統合漢字(JIS X 0221系)という流れの三つがあると理解してほ しい。CJKとはC(中国・台湾、)J(日本)、K(韓国)の東アジア漢字圏を意味する。ここで突然のようにJIS漢字を登場させるのは、その規格 も重要であるが、90年代後半から現在まで続き、今後もますます変容するであろう日本の漢字環境を語るには、JIS漢字やCJK統合漢字がもっ ともわかりやすい目安となると考えるからである8)。
さて、1978年に日本で初めてワープロが発売された。2000年頃までにはパソコンに取って代わられたので、若い世代にはすでに「ワープロ」 は聞き覚えのない名称になっていると思う。それはさておき、この1978年に「JIS X 0208:1978」が制定されている(JIS基本漢字と呼ばれ、2010 年には第5次改正がなされ、現在まで用いられている)。第1水準に当用漢字すべてを含む2,965字、第2水準に3,384字の合計6,349字が登 録された。ワープロで日常的な文章を作成しようとするとまだまだ漢字が足りないというのが実際のところであったが、それでも漢字を手書き するのではなく、入力=出力するという行為が一般化したことは大きな変化であった。 この「JIS X 0208:1978」は1983年に「JIS X 0208:1983」として改正されたのだが、このとき多くの「拡張新字体」を導入して混乱を惹き起こし た。当時、ワープロの出力プリンタはドットプリンタ(細かい点=ドットで文字をプリントする)が主流であり、画数の多い漢字を読みやすくする ためには簡略化された「拡張新字体」が必要だったことが、導入の理由のひとつだという9)。「拡張新字体」というのは新聞などで「読む」には あまり抵抗なく読み過ごせるが、「書く(入力=出力)」となると、途端に抵抗感が出てくるようだ。漢字字体に対する人間の思い入れの不思議 さを感じずにはいられない。 2.2 Unicodeの提唱と漢字圏の存在 1995年にはウィンドウズ95が発売され、パソコンが広く普及することになった。それ以前からアップル社のMacintoshによるDTP(Desktop publishing)の一般化は進んでおり、美術館の展覧会カタログ制作も90年代後半からはテキストデータをDTPソフトで版下としてレイアウトし、 それを印刷会社に入稿するという、現在にまで繋がるワークフローが整えられた。1997年には「JIS X 0208:1997」の第4次改正が行われ、デ ジタル環境の漢字は整備され続けていたが、まだまだ足りない漢字は多く、外字登録などの作字(漢字を作る)作業は必要であった。 また90年代後半はパソコンの普及と共にインターネットや電子メールも急速に世界的な広まりをみせた時代であった。そしてインターネット という全世界的な情報ネットワークで、漢字を含むすべての言語の文字を共有しようというUnicodeの発想は画期的であった。パソコンが普 及し始めた1995年は、「JIS X 0221:1995」が制定され、CJK統合漢字2万字あまりが文字コードとして整備された年でもあった。 2.3 1998年の「文字コード問題を考えるシンポジウム」 ここで、JIS漢字やCJK統合漢字が一般世間の関心を集めた珍しい事例があったことを紹介しておく。「JIS X 0208:1983」で多くの「拡張新 字体」が導入されたり、入力不可能な漢字が山積したままの状況に対し、一部の文学者から不満・不安が提出され、1998年1月22日、日本文 藝家協会主催で「漢字を救え! 文字コード問題を考えるシンポジウム」が東京で開催された。これはユニコードにおけるCJK統合漢字策定 の情報が不正確に理解され、漢字という文化資産をJISという工業規格が管理している、あるいは米国のコンピュータ会社が東アジア圏の漢 字を管理しようとしているといった誤解に基づく不信感の高まりを象徴する出来事であった10)。 この日本文藝家協会の主張は矢継ぎ早に『電脳文化と漢字のゆくえ』(1月28日、平凡社刊)という書籍でも公にされ、ジャーナリズムで話題 となった。戦後の新字・新かな導入の際も文学者からは厳しく真 な批判が寄せられたが、この1998年の漢字問題の紛糾は、急激に普及し たパソコンによる入力=出力漢字の整備が急務であることを露呈させたものであった。漢字字体をめぐる議論の対象は、こうして「筆写体」から 「印刷字体=JIS漢字」へと論点の比重を大きく移していく。 2.4 JIS X 0213:2000 第3水準、第4水準の拡大 2000年に定められたJIS X 0213:2000はJIS X 0208:1997の第1・2水準の漢字6,879文字を拡張し、第3水準漢字1,259字・第4水準 漢字2,436字の漢字を新たに定めた。ここで注意しておきたいのは、JIS X 0213がJIS X 0208の完全なる上位互換性を有する規格ではないと いうことだ。過去に包摂基準を適用された一部の漢字については異なるコードが与えられたためである。そのため、現在に至るまでJIS X 0213とJIS X 0208は併存して使われ続けている。しかも、2000年以前に構築されてきた各種データベースはJIS X 0208に準拠しており、JIS X 0213への移行は円滑に進んでいないようだ。
なおMac OS Xは2001年からJIS X 0213に移行したが、Windows VistaのJIS X 0213への移行は2006年からであった。2007年の時点で は、Windows XPまではJIS X 0208:1990に準拠していたが、JIS X 0208:1990のサポートはWindows 7までで、Windows 8からは完全に JIS X 0213:2004へ移行する。
なお、JIS X 0213:2000は「表外漢字字体表」答申の10カ月以上前に定められたため、後述の「表外漢字字体表」には対応していなかった。 ただし、「常用漢字表」で( )内に参考として示された旧字は第3水準に収録されている(例: や )。
3.
表外漢字字体表
3.1 表外漢字字体表で印刷標準字体が示される 1990年代のパソコンの急速な普及によるによる符号化漢字の混乱 と不足という事態に対して、政府は早急な対策を迫られていた。そのた めに1996年から審議が始まった「表外漢字の字体の問題」は、1998年 に「表外漢字字体表試案」として国語審議会から報告され、2000年12 月に「表外漢字字体表」として答申された(ただし、なぜか告示には至ら なかった)。またひと足早く同2000年1月には、「JIS X 0213」が制定さ れ、第3水準・第4水準に3685字が追加されていた。 また、注意してほしいことは、「表外漢字字体表」は「常用漢字表」の 漢字を増やすのではなく、あくまで表外漢字の字体の基準を定めたも のだということである。「表外漢字字体表」はその字体を「印刷標準字 体」と呼称するように、筆写字体の手本として利用されるべきではなく、 あくまで印刷字体の規範として用いられるべきものだとされている。 「表外漢字字体表」では具体的に1022字の「印刷標準字体」(その内 の22字には簡易慣用字体も示された)が発表された(図6)11)。また、 「印刷標準字体」には「康熙字典体」を基本とするされたが(1.3でふれ た発言が半世紀後に現実となった)、実際には『康熙字典』がそのまま 唯一のソースとされたのではなく、「康熙字典体」を含む『明朝体活字 字形一覧(上・下)』(上下2分冊セットで725頁)という資料が文化庁 でまとめられ、字体検討の実際の参考に供された。この一覧リストは 1820年から1946年の120年余にわたって使用された活字字体23種(+ 参考字体2種)についてそれぞれ11,735字種を集めた活字見本リスト である(図7)。 3.2 日本新聞協会の要望(3部首許容) 1.3で触れた表外字の「拡張新字体」については、実は各新聞社に 図6 表外漢字字体表の 一部 図7 「明朝体活字字形一覧」の一部 よって拡張の基準は大きく3タイプに分かれていたという。 1 常用漢字の簡略化の方法をそのまま表外字に適用する。 2 表外字には原則としていわゆる康熙字典体を適用する。 3 JIS漢字と同様に、第1水準に常用漢字型、第2水準に康熙字典体を適用する12)。 実際にはそれぞれの漢字によってこれらの原則が入り交じったりしたわけで、ある特定の漢字ファミリーをすべて同様の字体にまとめること のできないのが、漢字問題の難しいところである。「表外漢字字体表」を審議する過程でも「⻌・しんにゅう、礻・しめすへん、飠・しょくへん」 の漢字については、日本新聞協会の委員から意見が出され、結局「略字体を用いることを妨げない」という「⻌=辶、礻= 、飠=⻞」の妥協案 が採用となった。これを「3部首許容」と呼ぶが、2010年の改訂常用漢字で新たな混乱を招く要因ともなった。 3.3 JIS X 0213:2004 「拡張新字体」から康熙字典体への回帰 「表外漢字字体表」への対応が課題となった日本規格協会は、調査の結果、JIS X 0208(JIS基本漢字)への「表外漢字字体表」の適用は 技術的に困難として断念し、JIS X 0213(JIS拡張漢字)のみを改正することになった。2004年に行われたこの改正で、第1水準の140字、第 2水準の28字の字形が変更され(さらに第3水準には新たに10字が追加され)、「表外漢字字体表」の1,022字と簡易慣用体22字がすべてJIS X 0213:2004に適用された。1983年にJIS X 0208に取り込まれた「拡張新字体」は、JIS X 0213:2004において「いわゆる康熙字典」に戻るこ とになったのである。 この事実は、ほとんど60年前の1949年に告示された「当用漢字字体表」が多くの新字を作りだし、その影響によって数多くの「拡張新字体」 が生みだされ、さらに1983年にはJIS漢字がそれを取り入れたという玉突き現象を、2000年の「表外漢字字体表」の答申を機にできる限りリ セットしようとしたとみることができよう。また、50年間近く「拡張新字体」を使用してきた新聞社にも新たな変化が起きた。2007年、朝日新聞社は約900字の表外漢字の字体を「表外漢字字体表」の康熙字典体に準拠することに方針を転換したのである。 「当用漢字表」における印刷字体と筆写字体の一致(漢字制限、字体の簡易化)の課題は、ここにいたって印刷字体の標準性に完全に重点 を移すことになった。これこそは、「文字を書く→筆写字体→拡張新字体」という時代から「文字を入力する→印刷字体→康熙字典体」という 時代へと、字体選択のスタイルがシフトした重要な転回点にほかならないだろう。以上がJIS漢字と「表外漢字字体表」を中心にまとめた21世 紀初頭の大まかな変遷である。 3.4 改訂常用漢字と許容字体 2010年、「常用漢字表」へ新たに196字の漢字が追加され、5字の漢字が削除された。結果、改訂前の1,945字から、差し引き191字増の 2,136字となった。この時、「表外漢字字体表」からは64字が追加された(例:鬱、 、 、 、剝、麺、籠など)。削除された5字(勺、錘、銑、 脹、匁)は人名用漢字に追加された。同年、JIS X 0213とJIS X 0208もこの改訂に呼応して改正された。 改訂「常用漢字表」に付された「基本的な考え方」においては、追加された字種における字体は「最も頻度高く使用されている字体」(=「表 外漢字字体表」の「印刷標準字体」及び「人名用漢字字体」)を採用するとされている。そして改訂「常用漢字」はあくまでも目安であり、「表外 漢字字体表」の漢字( 旧字体)が「常用漢字表」( 新字体)内に入っても、字体は変更される必要がないとされた。これは「一般の文字生活 の現実を混乱させない」ためにという理由によるものだが、規範を示すという観点から見れば、完全にダブル・スタンダードになってしまってい る。その結果、以前の「常用漢字表」の「通用字体」と異なるものが訂正「常用漢字表」に混在することとなった。その例は多岐にわたるが、特 に偏の「⻌と辶、飠と⻞」は混在が多い。具体的には「 (遜)・ (遡)・ (謎)・ (餌)・ (餅)」の5字が問題となり、以前の「常用漢 字」では( )内の字体を用いるべきであるところを「許容字体」として認めつつ、新たに「辶、⻞」の旧字体を取り入れた。さらにしんにゅうの「⻌ /辶」の印刷字形の違いは、手書き文字においては「一点しんにゅう」で書くこととされた。「表外漢字字体表」でリセットできたかに思えた字体 の混乱は、こうして意外にも混迷の度を深めることになった。 それでは、以下の節で『60年史』に現れた具体例を取りあげ、漢字字体の「いま」を概観してみたい。
4.
『
60
年史』における漢字
4.1 『60年史』における漢字表記の原則 原則として、展覧会名の漢字字体についてはカタログ掲載の字体を用い、その際、旧字体については常用漢字の新字体に換え、表外漢字は 「印刷標準字体」を用いることとし、俗字は用いないこととした。展覧会解説についても同様であるが、展覧会評は発表時の旧字体を尊重して 残した場合がある。しかし、展覧会名に作家の氏名が冠せられている場合は、字体の扱いに苦慮した場合が多い。以下に人名を中心に具体 例を挙げるが、音符(発音)を同じくする漢字も適宜取りあげ、字体の諸相を(氷山の一角にすぎないが)概観できるようにした。少々読みづら いかもしれないがご了承願いたい。なお印刷字体をめぐる叙述になるので「表外漢字字体表」ではなく「印刷標準字体」の語を使った。 4.2 「年史 1952-2012」における字体 ■1956年:no.31「安井曾太郎遺作展」 カタログ・ポスターともに旧字の「曾」。新聞記事では新聞社によって「曾」と「曽」とが使い分けられている。また1967年:no.144b「安井 曽太郎の遺作」では、カタログでは「曾」、ポスターでは「曽」となっている。おそらく作家本人は「曾」の字体を用いていたのであろう。もっとも 「曽」の字体は古くからあり、平がなの「そ」は「曽」の草書体から、片かなの「ソ」は「曽」の上部から生まれたとされている。 「曽」は旧「常用漢字表」にはなかったが、2010年の訂正「常用漢字表」に採用された(なお層・僧・増・憎・贈など「曽」を音符にもつ漢字 はすでに常用漢字であった)。「曽」が常用漢字になるについては以下のような経緯がある。2002年、「曽良」という子どもへの命名が届け出ら れたが、「曽」が常用漢字でも人名漢字でもなかったので受理されなかった。親が裁判所に不服を申し立て、2003年の最高裁判所判決で 「曽」の字は人名に用いてよいと認められた。こうして2004年、法務省は「曽」を人名用漢字に追加した。一方ですでに2000年には「曾」が印 刷標準字体であったものの(「曽」は簡易慣用体とされていた)、2010年の常用漢字の改訂の時点では「曽」がすでに人名用漢字になっていた ため、例外的に「曽」が改訂「常用漢字表」に採用されたのである13)。 このような経緯があるので、今後は安井について「曽太郎」の字体表記が主流を占めることも、あるいは予想される。『60年史』では「安井曽 [曾]太郎」の形を索引で、解説文中では「安井曽太郎」を採用した。ちなみに、JIS X 0213:2004で「噌」は反対に康煕字典体準拠で「 」に変 更された。■1972年:no.181「平 田中展」 カタログ・ポスターともに旧字体の「 」。ただし、新聞記事では「櫛」も見られる。「櫛」は常用漢字には含まれないが、「 」が印刷標準字 体である。別字形として「 」が正字とされる。JIS X 0213:2004で「櫛→ 」に変更された康煕字典体準拠例のひとつ。 ■1989年:no.299「髙山辰雄展」 カタログ・ポスターともに「髙」(はしごだか)を用いている。ただし、新聞記事では「高」。作家本人が「髙」の表記を望んでいたため、「高」 には書き換えなかった。 ■1990:no.306「手 治虫展」 カタログ・ポスターともに旧字体の「 」。新字体「塚」は常用漢字に含まれる。作家本人が旧字体を望んでいたため「 」とした。 ■1996年:no.357「萬鐵五郎展」 「万」・「萬」は活字として昔から2種以上あったものだが、「万」が常用漢字になり、「萬」が旧字体とされた。「万鉄五郎」とすべて新字で表 記された時期もあったが、かえって読みにくく感じられたためか、現在は「萬鉄五郎」という表記が多く、附録の総索引ではこちらを用いた。 ■1998:no.374「大辻清司写真実験室」 ポスターや新聞記事では一点しんにゅう「辻」を用いる。「辻」は常用漢字には含まれない「国字」である。二点しんにゅう「 」が印刷標準 字体に入ったため、JIS X 0213:2004で「 」に変更された康煕字典体準拠例のひとつ。3部首許容の字体であり、一点しんにゅうの使用を妨 げるものではない。『60年史』では「辻」は平易な字体にもかかわらず二点しんにゅうを用いるのは不自然である考え、一点しんにゅうに統一し た。現状では「常用漢字表」に含まれる漢字は一点しんにゅう、「表外漢字字体表」に含まれる漢字は二点しんにゅうで例示されているが、そ の違いはあまり神経質に考えなくてもよいであろう。 4.3 『60年史』附録: CD-ROM「本館・工芸館企画展出品作家総索引(和)」における字体 ■葛[ ]飾北斎 「 」は訂正「常用漢字表」から含まれる。また、「喝・渇・褐」は旧「常用漢字表」から含まれていた。もともとJIS X 0208:1978では「 」だっ たが(ちなみに鷗も同様の変遷をたどる)、83年の改正で「葛」(鴎)になった。しかし2000年の印刷標準字体では「 」(鷗)が採用され、この 字体がJIS X 0213:2004に取り込まれた。同2004年、「 」は人名用漢字になり、2010年に常用漢字になる。『60年史』ではJIS X 0208の「葛」 とJIS X 0213:2004の「 」を併記することにした。なお余談ながら、東京都の 飾区は「 」、奈良県の 城市は「葛」を用いている14)。また 「 」が印刷標準字体になった時、簡易慣用字体に「葛」は示されていない。 JIS X 0213はJIS X 0208を含む上位規格であるが、この「 /葛」 の字体に関してはJIS X 0213とJIS X 0208とは互換性を失っている。 ■神阪松涛[濤] 涛は常用漢字ではないが、「濤」が印刷標準字体である。JIS X 0208の第2水準に登録。ちなみに「寿」は常用漢字で、「壽」は旧字とされる。 なお、「禱・檮」も印刷標準字体であり、「禱」については「祷」が3部首許容の字形。一方、木偏の「檮」に対する「梼」は異体字とされる。 ■徽[ ]宗 「徽」は常用漢字ではないが、「 」が印刷標準字体である。そのためJIS X 0213:2004で「徽」の旁の「糸」の上に「一」が追加された。 ■清水九兵衞(洋、裕詞、七代六兵衞) 「衛」は常用漢字である。「衞」は常用漢字「衛」の異体字で、人名用漢字として用いることが許容されている。 ■小出 [楢]重 「楢」は常用漢字ではないが、「 」が印刷標準字体であるため、JIS X 0213:2004で「 」に変更された。「 」「 」も印刷標準字体。「猶」 は常用漢字であり、「 」は旧字とされる。
■瀧[滝]口修造 「滝」は常用漢字である。明治期以前からすでに用いられていた簡体字であるが、「瀧」が旧字体とされた。ちなみに「籠」は印刷標準字体 になった後、2010年の訂正「常用漢字表」に掲載。「篭」は俗字とされた。 ■高畠華宵 「宵」は常用漢字であり、「 」はその旧字である。ほかに「肖」「硝」も常用漢字。ただし、同じ音符の「 」「逍」「 」「 」は印刷標準字体に なった。 ■土田麦 「 」は常用漢字ではない。漢和字典では「 」を正字として「僊」をその俗字・異体字として掲げる(旁の下部の違いに注意)。JIS漢字で はこのふたつの字体を同じものとみなして「包摂」しており、このような微少な字形差は区別されていない。しかしJIS規格に対応してフォント制 作会社が定めた独自規格(例えばアドビシステムズ社のAdobe-Japan1シリーズ)では、このような字形差のある異体字を作り分けており、 OpenTypeフォントを使用すれば使い分けることができる。 ちなみに「遷」は常用漢字で一点しんにゅう。その旧字は小学館の『新選漢和字典第八版』では「 」①、三省堂の『漢辞海』では「 」②、 大修館の『新漢語林』では「 」③としており、すべて異なる。『明朝体活字字形一覧』を参照すると、「康熙字典体」では①を、ほか24種の活字 では①が14種、②が9種、③が1種となっている。字体差が定まらない漢字のほんの一例である。 ■冨田溪[渓]仙 渓は常用漢字であり、「溪」はその旧字である。ちなみに「蹊」は印刷標準字体になった。「 」は筆写体の俗字。 ■長沢芦[ ]雪 「蘆」は常用漢字ではないが、印刷標準字体になった。「芦」が新字体というわけではなく、「芦」は「蘆」の俗字とされる。印刷標準字体で 「 」が簡易慣用体と例示されたため、JIS X 0213:2004で旁の「一」が「ノ」に変更された。JIS X 0213:2004の字体変更はほとんどが印刷標 準字体への変更だったが、「芦」の一字だけは簡易慣用字体の「 」に換えられた。ちなみに最近は「蘆雪」より「 雪」の表記が優勢のように 見受けられる。特に「長沢蘆雪」と表記すると「沢」と「蘆」の釣り合いが「新字+旧字」にみえて不自然に感じる場合が多いようだ。 ■稗[ ]田一穂 稗は常用漢字ではない。「卑」は常用漢字で「 」が旧字。「碑」も常用漢字。ただし「 」「 」「脾」「痺」は印刷標準字体になり、旁が「 」 と同じく旧字体を用いている。JIS X 0213:2004で「 」に変更された。 ■山口蓬[ ]春 蓬は常用漢字ではないが、「 」「 」が印刷標準字体になったため、JIS X 0213:2004で「 」「 」と二点しんにゅうに変更された。
4.4
人名以外の字体
■1962年:no.94「近代の屛風絵」 カタログでは「屏」、ポスターでは「屛」となっている。「屏」は常用漢字ではない。「屛」が印刷標準字体になり、「屏」はその簡易慣用体とさ れる。旧字と新字という関係ではないことに注意。ちなみに「 」も印刷標準字体になり、「并」は同じく簡易慣用体とされる。「屛」「 」はJIS X 0213:2004で新たに追加された10字のうちのふたつ。「 」も追加された。なお、屛風と近い用語の「 」も表外漢字字体表に含まれたため、 JIS X 0213:2004で「襖」の旁の「米」に「ノ」が追加された。 ■ 「 」は常用漢字ではないが、「 」が印刷標準字体になったため、JIS X 0213:2004で「 」が追加された。旁の上が「`」の「註」は俗字とさ れた。もともとは同音漢字による書き換えで「 」が「注」に書き変えられたものだが、最近は「 」の字体が多く用いられるように回帰している。4.5 結語 最近よく言われるようになったことに「漢字は書けないが読むことはできる」という話題がある。いつの間にか、漢字は書けないけれど選んで 読めればよいという意識が社会に広まっているようだ。そんな意識の下には、漢字を無理にやさしくしたり字数を制限するよりも、正しく選択で きるスタンダードを確立したいという願望が隠されているように思える。そのような意識の変化に応じて、漢字字体に制度的変更が加えられて きたのは、以上に見たとおりである。しかしながら、「常用漢字表」など一つの枠組みをスタンダードとして定めても、なにがしかの例外が必ず 残り、ときにはそれがJIS漢字において異なった矛盾をあぶり出し、それをまた次の漢字表改訂で解決した際、さらに新たな例外が起こるという 悪循環は延々と続いている。漢字とはそのような自縄自縛的側面を有する異体字の大海原なのであり、人間が自然を制御できないように、漢 字をコントロールすることはおおよそ不可能であろう。そして漢字の大海で れないためには、各人が漢字に対してどのような「裡なるスタン ダード」を持っているか、その自覚こそが、今後ますます重要になっていくのではないだろうか。 (たかはた・あつし 株式会社エディタス代表) 作成:2014年3月31日 1)高島『漢字と日本人』の「第四章 国語改革四十年」に漢字全廃運動の歴史が簡略に述べられている。また、倉島長正『国語100年』の「第一 部 〝国語審議会〟の歩んできた道」ではさらに詳しい国語政策の歴史が述べられている。 2)1716年に完成された時点での収録字数は49,030字。1827年に大幅な訂正がなされ、現在はこの訂正版が用いられている。日本で一般に入手で きる版として、渡部温による『標 訂正康煕字典』が講談社から刊行されていたが、現在はながらく品切れ状態が続いている。 3)阿 『漢字を楽しむ』、pp.124-129。 4)高島『漢字と日本人』、p.219。 5)安岡『新しい常用漢字と人名用漢字』、pp.101-102。 6)文部省『国語科学習指導法(表記編)』、pp.250-257。 7)前掲書、p.253。この発言の直前には以下のような部分がある。「活字体を例にとれば、活字そのものの特性に依存する独自的の約束がありま して、これをもって筆写体を律するわけにはいきません。筆写体には、また筆写体の特異性に基く自由があります。このゆえに厳密に字体を論じま すと、どの文字にも定まった型というのがなく、統一のないのがむしろその偽らざる姿であるともいわれそうであります」。字体問題を前にしてのこの 無力感の表明は正直な感想であろう。 8)JISの規格で定められた漢字表はあくまで「符号化漢字」の配分の指標であり、ある特定の書体が収納されているわけではない。実際には各フォ ント制作会社がJIS規格に基づいた社内規格を決めて、各書体のフォントを製品化している。例えばアドビシステムズ社は、JIS X 0213:2004に対 応してAdobe-Japan 1-6という社内規格を定めている。このように、JIS規格に準拠した商品を作るには時間を要するため、JIS規格の制定時点とそ れが一般に普及される時点との間には、当然のようにタイムラグがある。 9)安岡『文字符号の歴史─欧米と日本編─』、p.159。 10)『漢字問題と文字コード』所収の永瀬唯「漢字消費者に贈る弁」に詳しい経緯が述べられている。また批判されたユニコード関係者側からの回 顧談は、小林『ユニコード戦記』、pp.90-104に詳しい。 11)『漢字問題と文字コード』所収の直井靖「表外漢字字体表試案の読み方試論」のp184に、「表外漢字字体表」の適用範囲には新聞は含まれてい るが書籍は含まれておらず、反対に「字体表」が文字調査のサンプルとして用いたのは、ほとんどが書籍で新聞は含まれていないという指摘がある。 12)『特集〈どのように「表外漢字字体表は答申されたか」〉』所収の輿水優「表外漢字字体表の意義」、p.7、及び比留間直和「新聞と表外漢字字 体」、pp.72-75。 13)文字研究会『新常用漢字の文字論」所収の安岡孝一「(新)常用漢字と人名用漢字と文字コード」pp.99-100。 14)前掲書、pp.104-107
参考文献
山田忠雄『当用漢字の新字体』(日本大学文学部国語研究室単刊)、1958年、新生社 文部省『国語科学習指導法(表記編)』、1959年、東洋館出版社 江守賢治『解説字体辞典』、1986年、1998年(普及版)、三省堂 平凡社編『電脳文化と漢字のゆくえ』、1998年、平凡社 小池和夫・府川充男・直井靖・永瀬唯『漢字問題と文字コード』、1999年、太田出版 高島俊男『漢字と日本人』、2001年、文春新書198、文藝春秋 倉島長正『国語100年』、2002年、小学館『Science of Humanity; Bensei, Vol. 31 特集〈どのように「表外漢字字体表は答申されたか」〉』、2001年、勉誠出版 笹原宏之+横山詔一+エリク・ロング『現代日本の異体字』(国立国語研究所プロジェクト選書2)、2003年、三省堂 土屋道雄『國語問題論爭史』、2005年、玉川大学出版部
安岡孝一・安岡素子『文字符号の歴史─欧米と日本編─』、2006年、共立出版 阿 哲次『漢字を楽しむ』、2008年、新潮選書、新潮社
文字研究会『新常用漢字の文字論」、2009年、勉誠出版 阿 哲次『戦後日本漢字史』、2010年、講談社現代新書1928、講談社 小林龍生『ユニコード戦記』、2011年、東京電機大学出版局 安岡孝一『新しい常用漢字と人名用漢字─漢字制限の歴史』、2011年、三省堂 『標 訂正康煕字典』(復刻版、訂正者渡部温)、1977年、講談社 文化庁文化部国語課『漢字字体関係参考資料 明朝体活字字形一覧─1820年∼1946年─』、1999年、大蔵省印刷局 ユニコード漢字情報辞典編集委員会『ユニコード漢字情報辞典』、2000年、三省堂 文化庁国語課『常用漢字表』、2011年、ぎょうせい 日本エディタースクール編『標準 校正必携 第三版』、1973年、日本エディタースクール出版部 日本エディタースクール編『標準 校正必携 第七版』、1995年、日本エディタースクール出版部 野村安惠『新しい校正者の基礎知識』、2009年、日本エディタースクール出版部 ■ 1946年 内閣告示 当用漢字表 1850字制定 ■1956年 国語審議会報告 同音の漢字による 書き換え ■ 1981年 内閣告示 常用漢字表 1945字制定 ■2000年 国語審議会答申 表外漢字字体表 字体選択の拠り所とし て1022字制定。 印刷標準字体 ■1983年改正(第2次) JIS X 0208:1983 新JIS漢字と呼ばれ、拡 張新字体を導入し混乱 を生じた ■2000年 日本規格協会 JIS X 0213:2000 第3水 準1249字。 第4 水準2436字。通称「JIS 2000」。 11,233 字。 JIS X 0208:1983 で 字体が大きく変更された 29文字を修正 ■2004年(第2次) JIS X 0213:2004 通称「JIS2004」。 168字を拡張新字体か ら、康熙字典体へ変更 ■1978年 日本規格協会 JIS X 0208:1978 第1水準2965字 第2水準3384字 旧JIS漢字と呼ばれる (旧JIS C 6226) 1978 日本語ワープロ発売 ■1995年 日本規格協会 JIS X 0221:1995 Unicode対応。0208 含 む 全34,168字 で、 漢 字20,902字(CJK 統合漢字)を含む 1995 ウィンドウズ95発売
漢
字
の
制
限
⇨
漢
字
の
使
用
の
目
安
表記・アナログ系
符号・デジタル系
一般用漢字 新聞用漢字 ■1956年 朝日新聞 拡張新字体 当用漢字表外の漢字にも 当用漢字の簡略化法を適 用する「拡張新字体」 新聞社の拡張新字体は 新JIS漢 字と直 接 の 関 係はないが、一致する字 体が多数あった。 ■2007年 朝日新聞 拡張新字体の緩和 約900字の表外漢字の字 体を「表外漢字字体表」に 準拠するよう変更 日本新聞協会の要望 3部首許容 しんにゅう/しめすへん/ しょくへん)については、 印刷文字として「⻌、礻、 飠」の字形を許容する ■ 2010年 内閣告示 改訂常用漢字表 2136字制定 1950 1970 1980 1990 2000 2010 ■1990年改正(第3次) JIS X 0208:1990 人名用漢字別表に対応 ■1997年改正(第4次) JIS X 0208:1997 異体字が重複しないよ うに包摂基準を定める ■2012年改正(第5次) JIS X 0208:2012 2010年の常用漢字改 訂にあわせる JIS基本漢字 7ビット及び8ビットの情報 交換用符号化漢字集合 JIS拡張漢字 7ビット及び8ビットの情報交換用 符号化拡張漢字集合 UCS 国際符号化文字集合 (UnicodeとISOの共同策定) ■2001年(第2次) JIS X 0221-1:2001 全49,194字を収録。 漢字27,484字(CJK 統合漢字拡張Aを追加) ■2007年(第3次) JIS X 0221-1:2007 全96,447字となり、漢 字 70,195 字(CJK 統 合漢字拡張Bを追加) ■2012年(第3次) JIS X 0213:2012 2010年の常用漢字改 訂にあわせる 1998 日本文藝家協会主催「漢 字を救え! 文字コード問 題を考えるシンポジウム」JIS X 0208 JIS X 0213 JIS X 0221 ■ 1949年 内閣告示
当用漢字字体表