》査読付論文
《
仏系多国籍企業の産業クラスター活用プロセス
―ルイ・ヴィトンを事例にして―
Le processus d’utilisation du pôle industriel par les
multinationales françaises
- un cas de Louis Vuitton Malletier
早稲田大学 野口麗奈
Reina NOGUCHI, Université Waseda
目 次 1 はじめに 2 先行研究 3 研究手法 4 結 果 5 考 察 6 結 語 【概要】 本稿の目的は、多国籍企業の産業クラスター活用プロセスを、新規事業参入の観点から考察すること である。これまで、産業クラスターの多国籍企業の参入は多くの研究がされてきたが、新規事業におけ る産業クラスター参入についての研究は深化がみられない。そこで、本稿では、ルイ・ヴィトンが2002 年に時計事業に参入後、ジュネーヴ・シールを取得するまでの、同社のスイス高級時計クラスターの活 用を、企業の国際化の観点から検証した。結果、同社は時計事業参入後、OEM、自社工場設立、地域企 業買収、そして工場の拡充と移設という4 つのフェーズを経験し、「継続のための製造の礎」、「安定 供給のための製造の礎」、「プレミアム化のための礎」、さらに「権威化のための礎」とクラスターの 活用手法を変え、業界での地位を確立していった。また、同社はクラスター内で規範的な行動をとりな がら、時計ブランドとしての地位を向上させただけでなく、高級時計メイカーとしての技術力を示す複 雑機構の時計の開発、認証などを経て、クラスター内ならびに業界での地位を向上させていったことが 判明した。 キーワード: 産業クラスター、スイス高級時計、ルイ・ヴィトン、LVMH、フランス
1 は じ め に
本稿の目的は、多国籍企業(以下、MNCs)が、新規事業への参入から業界内で権威のある 地位を確立するまでの産業クラスターの活用プロセス、特徴について検討することである。産業クラスターとは、Porter(1998)が提唱した概念である。Porter(1998)は、産業クラ スターについて、特定の分野において、相互関連のある企業・機関が地理的に集中している 状態であり、関連する複数の産業や競争上大きな意味を持つ他の団体をも包摂するものと定 義している。 これまで、産業クラスターとMNCs の関連性の視点からも、産業クラスター研究が実施さ れてきた。議論の方向性は、MNCs における本国とクラスターに存在する海外子会社間の関 係性の考察(Birkinshaw&Hood, 2000)、MNCs の海外への直接投資における、クラスター 内外のパフォーマンス比較(Kemeny & Osman, 2018)、現地企業と MNCs のネットワー ク(Smith,2003; Rutherford & Holmes,2008)などである。 これらの研究は、MNCs の既 存事業における産業クラスターとの関わりに注目しており、多国籍企業の海外市場参入から 現地での企業行動の特徴、業界における MNCs の業界における地位などの観点からは検討 していない。また、新規事業で産業クラスターに参入した企業が、どのように、クラスター で活動し、業界内の地位を構築して行くのかといったプロセスの研究の深化が見られない。 つまり、既存研究では、多国籍企業が新規事業参入時から業界内で地位を確立していくまで の産業クラスターの活用プロセスや、該当企業行動の特徴などは明らかになっていない。 そこで、本稿では、MNCs が、新規事業に参入し、業界内で権威のある地位を確立するま で、どのように産業クラスターを活用しているのかを研究の問いに設定する。また、研究の 問いについて、本稿では高級時計産業クラスター(以下、スイス時計クラスターは同義)に おける、フランスに本社を置く多国籍企業であり、高級メゾンとしても知られる、ルイ・ヴ ィトンを事例に取り上げて検討する。 本稿の構成は以下である。まず、次節では先行研究について記述する。次に、研究手法節 で、事例の検討を行った上で、分析手法を説明する。結果節では、前節の分析手法に即して 導かれた結果を示す。考察節で、本研究の問いであるMNCs の産業クラスター活用プロセス を提示する。最後に、研究全体を振り返り、本稿の結果を基にした今後の研究可能性と限界 について言及し、結語とする。
2 先 行 研 究
2-1 産業クラスターの定義と分類
本節では、Porter 以外の経営学分野の産業クラスターの定義から産業クラスターの特徴を 説明した上で、産業クラスターに関わる研究潮流について触れる。なお、本稿では、産業ク ラスターと同義として、クラスター、集積という言葉を使用する。 Cruz et al. (2010)は、クラスターの定義を整理し、大きく「地理的近接性」と「知識と ネットワーク」の2点の特徴を示した。Autio et al.(2018)は、Cruz et al.(2010)を用い ながら、クラスターについて、特定の産業またはテクノロジーにおいて、地域がイノベーシ ョン創出の仕組みを有しており、関連事業と支援機関を包摂している点は、クラスターに関 する概念において共通しているとの見解を示した。 以上から、クラスターの定義に共通するのは、地理的な近接性、同一産業が集積している こと、そしてクラスター内の連携である。その結果、ネットワーク内のスピルオーバー効果 を経てもたらされる、イノベーションなどが期待できる。以上のような、既存研究の定義を基に、改めて産業クラスターの定義とその特徴について、 図表1 に記した。すると、産業クラスターが有する特徴として「同一産業にあること」「地 理的な近接性」、「時間とともに進化している(動的)」、「企業間の連携」が抽出された。 また、クラスターがもたらす効果としては「競合と協力状態」、「イノベーション等の利益 の創出」、「スピルオーバー効果」が挙げられる。 図表1 産業クラスターの定義一覧 提唱者 定義 特徴 Krugman (1991)
“Industry clusters – groups of geographically proximate firms in the same industry”
• 同様の産業に属する企業体が地理 的に近接した状態
Porter(1998) “Clusters are geographic concentrations of interconnected companies,
specialized suppliers, service providers, firms in related industries, and associated institutions (e.g., universities, standards agencies, trade associations) in a particular field that compete but also cooperate.”
• 地理的集積 • 集積内には様々な役割を担ったプ レイヤーが存在 • クラスター内の企業、サプライヤ ー、大学等の連携が存在 • 競合であり協力の状態を維持 Rugman &Verbeke (2003)
“a set of interconnected organizations characterized by a coevolution (and related spill-over effects) of their economic trajectories, whether intended or emerging. ” • 互いに連携した企業体が存在する 状態 • 時間的経過と共に、企業が互いに 進化 • 知識の波及効果が存在 Autio et al. (2018)
“Virtually all definitions of an industrial district, cluster, innovative milieu, or regional system of innovation define them as concentrations of related businesses and supporting institutions and structures that are specific to a given industry, a set of related industries, or a given technology.”
• 産業集積には、様々な呼び名と見 解(industrial district, cluster, innovative millieu, regional system of innovation) が存在す るが、特定の産業において関連す る企業と支援機関、構造が存在が 共通点 以上のような特徴を有する産業クラスターについて、Porter(1998)は、産業クラスター の動的フレームワークとして、4 つの要件を包摂したダイヤモンドモデルを提示している。 確かに前述した特徴を有している産業クラスターであっても、実際の内部の特徴はもう少し 細かく細分化されるべき(Markusen,1996 ;Rugman&Verbeke,2003)とし、以降、産業ク ラスター自体の分類研究についての深化が見られる。 産業クラスター自体の類型を試みた研究では、Markusen(1996)も網羅的かつ示唆に富ん でいる。 Rugman&Verbeke(2003)は、Markusen(1996)の視点を踏襲しながら、Trans-border の視点(国際化の視点)を有した上で、Porter(1998)の考察に拡張を試みており、 検討の際の網羅性が高い。具体的には、Rugman&Verbeke(2003)は、そもそも、産業クラ
スターと呼ばれる地域には、4種類が存在しており、Porter はその中の 1 つについて見解を 示しているに過ぎないと指摘した。Porter の提唱したクラスターは、クラスター内の各社が 有機的に作用し、それぞれが競争と協調にある。そして、そのようなクラスターは、自国内 のリソースや連携を中心に活動を完結する傾向があるとした。本研究で取り上げるスイス高 級時計クラスターは、現状、特定の地域に多くの高級時計ブランドの製造拠点が存在する。 その多くのブランドの一部は、中核企業傘下にあると言えるが、どこも独立的に運営され、 地域内で一貫した製造を行なっていることから、Porter 的なクラスターに位置付けられる。 Porter の提示した産業クラスターのダイヤモンドモデルでは、産業クラスター地域を、要 素要件、需要要件、企業等の戦略、該当周辺産業や学術機関の4 点の連携と捉えている。産 業クラスターでは、地理的に近接した企業が互いに切磋琢磨し、このような連携と競合とし ての競争に晒されることで、イノベーションが推進され、結果的に産業が国の競争優位性を 持って持続されるとした。さらに、産業自体の成長と産業クラスターの関係性を、雇用の観 点から研究した結果によると、従業員を産業クラスター内から雇用すると、産業自体の成長 が高まる点が検証されている(Delgado, Porter, & Stern, 2014)。
以上のように、俯瞰的にクラスターの存在を検討した結果、本稿が取り扱うスイス高級時 計クラスターは、Porter の定める産業クラスターとして取り扱い、以降は、Porter のクラス ター定義を前提として議論を進めていく。
2-2 多国籍企業の海外市場参入
本節では、多国籍企業が海外の産業クラスターに進出する行動を、一般的な企業の海外直 接投資(以降:FDI)の観点から検討する。Buckley (2007)によれば、FDI には2つの視 点があると言われている。まず、1点目は、内部化である。企業は、自社に欠けている、ま たは不完全なものは、自社の利益がコストを超過する限り、外部から取り込む。2点目は、 企業は自社の運営費用をできるだけ低減できる立地を選択するということである。 Dunning(1977, 1993)は、企業の海外生産をはじめとした FDI を説明するフレームワー クとしてOLI パラダイム(Ownership(所有的特殊要素)、Location(立地的特殊要素)、 Internalization(内部化インセンティブ))を提唱した。OLI パラダイムでは、3つの FDI に対する動機付けを挙げている。1 点目は、海外市場探索のためである。2点目は、効率探 求のため、そして3点目は、戦略的資産探求のためである。以上の点は、企業が海外に向か う理由は、自社内部のリソース、コスト面と密接に関連しており、自社の限られた資本の配 分(戦略的選択)から得られる利益の最大化(効率または拡大)の側面からFDI を行なって いる点が共通している。 産業クラスターのコンテクストで本理論を改めて検討すると、MNCs にとって、集積は、 自社の限定的な資本投資から得られるリターンが大きい可能性が高い地域とも言える。なぜ なら、クラスターには、自社に必要な多数の人材、技術、ナレッジ、さらに、サプライヤー、 切磋琢磨できる競合の存在から、イノベーションが生まれる源泉が存在する。したがって、 MNCs の産業クラスターへの参入は、FDI の側面から検討しても妥当かつ戦略的な結論であ ると言える。 Johanson&Vahlne(1977)は、MNCs 海外市場への参入を段階的に示し、MNCs のプロセスモデル(Uppsala Model またはステージモデルとも呼ばれる)を提示している。ステー ジモデルは、企業の市場に対するコミットメントと関係する点を明らかにし、企業が市場に 参入する場合、その心理的距離と地理的距離についても検討する必要があることを示唆して いる。 Deilos&Henisz(2003)は、ステージモデルについて、企業の海外参入の経験値は、その 企業の市場参入タイプからも、特定ができることを示している。海外進出の形態(エントリ ー・モード)において、Ball et al. (2002)は、輸出(間接・直接)、海外生産(完全所有 子会社、合弁、ライセンシング、フランチャイジング、コントラクト生産)とまとめている。 このように、MNCs の海外進出には段階があり、その段階は企業の該当市場へのコミット メントと関連している。さらに、市場へのコミットメントは、企業の市場への参入モードと 関係している。つまり、本稿においては、対象MNCs が、新規事業の生産地として産業クラ スターを選択し、どのように生産地にコミットして行ったかは、その参入状況から同定する ことができる。
2-3 多国籍企業の産業クラスターへの参入
企業レベルの現象として着目されたのは、MNCs の産業クラスターにおける参入決定の調 査(Kemeny & Osman, 2018; Stallkamp, Pinkham, Schotter, & Buchel, 2018; Suder et al., 2015) であった。 MNCs が産業クラスターへの参入時の地域を決定する要因は、そのクラスターが有する生 産能力だと同定された(Suder et al., 2015)。さらに、中国に本社を置く MNCs を扱った研 究では、海外子会社参入は、クラスターの中でも企業活動が最も活発な地域(中心地域)と 周辺地域のどちらに海外オフィスを設置するかの決断により異なる結果となり(Kemeny & Osman, 2018) 、中心地域に参入した海外子会社は、周辺地域に設置された子会社よりも、 ビジネス的な拡大が期待できるとした(Kemeny & Osman, 2018; Stallkamp et al., 2018)。 これらの研究は、クラスター地域内であっても、さらに戦略的な立地選定が要されることを 示唆している。企業の産業クラスター内の具体的な立地選択、決定に焦点を絞った研究結果 から、立地選定は同業他社からの情報に基づいていることも判明している(Marco-Lajara, del Carmen Zaragoza-Saez, Claver-Cortes, Ubeda-Garcia, & Garcia-Lillo, 2017)。3 研 究 手 法
3-1 事 例 選 択
本稿の研究の問いと目的は、多国籍企業(以下、MNCs)が、新規事業に参入から業界内で 権威的な地位を確立するまで、どのように産業クラスターを活用しているか、その活用プロ セスを明らかにすることである。そこで、まず、筆者は、フランスの高級消消費財MNCs が、 フランスで時計を製造するのではなく、地続きとはいえ、スイスの高級時計産業クラスター に参入し、自社に時計製品を展開してきた点に着目した。フランスに本社を有する高級消費 財ブランドのMNCs であるエルメス、シャネル、ルイ・ヴィトンの時計製造について、全工 程を自社で内製する複雑機構を有した機械式時計製造ブランド(通称:マニュファクチュール)が有しているケイパビリティを洗い出し、概観した(図表2)。 その結果、シャネル、エルメスに関しては、その製品展開、認証、小売店店舗展開を加味 し、複雑な機構を有する機械式時計製造ブランドとしての地位を業界で確固としている途上 であると言える。たとえば、シャネルは自社一貫工程を2016 年から実施しているが、複雑 な機構を有する機械式時計の中でも、「ミニッツリピーター」は発表されていない。エルメ スは、自社工房を有し、さらに、サプライヤーの株を一部取得してはいるものの、自社一貫 工程と言える状況にはない。 確かに、世界的に知られたフランスのファッションブランドが、どこまで、複雑な機構を 有する機械式時計製造に注力するのかは、その戦略によるところも大きいだろう。ただし、 製品ラインアップとして機械式かつ複雑機構の一部を有している時点で、本稿では、同社が、 仏系の多国籍に展開するファッションブランドが、複雑な機構を有する機械式時計製造ブラ ンドとしても訴求していく意思を示唆していると想定する。 本稿の目的に鑑みると、ルイ・ヴィトン1) の事例は、スイス高級時計産業クラスターを高 級消費財MNCs が徹底的に活用し、複雑な機構を有する機械式時計製造ブランドとなった、 唯一無二の事例と言える。 図表2 仏系多国籍ファッション企業のスイスでの時計製造参入 シャネル エルメス ルイ・ヴィトン 自社一貫工程 有 ― 有
自社工房 名称不明 La Montre Hermès La Fabrique du Temp Louis Vuitton 製造地域 スイス スイス・ピエンヌ スイス・ジュネーブ 時計事業参入 1987 年 1978 年 2002 年 機械式時計開発 (複雑機構) ミステリューズ 有(年不明) ― 有(2010 年) フライングトゥール ビヨン 有(2020 年) 有(2013 年) 有(2016 年) ミニッツリピーター ― 有(2019 年) 有(2012 年) 自社ムーブメント 有(2016 年〜) 有(2017 年〜) 有(2010 年) 業界における認証 The Contrôle Officiel
Suisse des Chronomètre (C.O.S.C) *クロノメーターの認証 ― ジュネーブ・シール(2016 年) *クロノメーターを含む、 総合的な工業品質の認証 買収活動 Chetlain (1993 年) • Joseph Erard (2011 年) *株を 32.5%取得 • Vaucher(2006 年) *株を 25%取得 • La Fabirique du Temp(2011 年) • ArteCad (2011 年) • Léman Cadrans (2012 年) Baselworld 等 2000~現在 *出展開始年度不明 ジ ュ ネ ー ブ ワ ー ル ド (2018 年~現在) 2012 年~2016 年 出典:参考データをもとに、筆者作成2)
Yin(2009)は単独事例を採用する根拠について、既存理論の検証、稀有または独自の環境 下における現象、代表的または典型的な事例、暴露目的の事例、そして、時系列的な要素を 有する事例の5つを示している。ルイ・ヴィトンの事例は、異業種から、スイス高級機械式 時計産業クラスターに参入し、徹底的にクラスターを活用して、時計産業における権威的な 地位(ジュネーブ・シール取得)に駆け上がったことを示している。同社における時計事業 への新規参入と高級時計クラスターの関わりは、稀有さからも、単独事例が妥当であると判 断し、以降の分析を実施する。
3-2 デ ー タ
本研究で活用したのは、ルイ・ヴィトンの時計事業について抽出された新聞記事、雑誌記 事、同社ホームページ、報告書といった二次文献データである。特に、本稿では、日経テレ コン21、ProQuestNews Paper を活用し、各紙の新聞記事を「LVMH」、「Louis Vuitton」、 「Watch」、「ルイ・ヴィトン」並びに「時計」をキーワードに、主題検索を実施した。日 本の新聞記事は、日経新聞を基本とし、海外の記事は、New York Times と Wall Street Journal を礎に検索を実施した。 本稿が対象とする期間は、ルイ・ヴィトンがメゾンとして時計事業を開始した 2002 年か ら、高級時計業界で最高権威とされるPoinçon de Genève(日本語表記:ジュネーヴ・シー ル)を取得した2016 年3) までを設定した。3-3 分 析 手 法
本研究は収集したデータについて、2段階の分析を実施する。初回の分析では、収集され た文献から、ルイ・ヴィトンと時計事業、さらに時計クラスターの年表を作成する。具体的 には、同社がいつ、どのような取り組みを実施したのかを年表形式で明確にする。2段階目 の分析として、文献データを質的コーディング後、カテゴリーを作成した後、そのプロセス と概念構築を通じて、ルイ・ヴィトンのスイス高級時計産業クラスターの活用プロセスを分 析する。 先行研究では、産業クラスターの特徴と多国籍企業の国際化モデルの見解から、分析の進 め方を次のように設定する。まず、先行研究で参照したステージモデルは、MNCs の市場参 入モードを、市場へのコミットメントレベルによって説明するために用いる。すなわち、本 事例であるルイ・ヴィトンのスイス時計産業クラスターにおけるコミットメントを、該当地 域における同社の時系列による企業活動内容を分析した上で、説明を試みる。 さらに、先行研究では、Porter(1998)が説明したように、ダイヤモンドモデルに所在す る企業は、地域の健全な競合と協調のシステムから恩恵を受け、イノベーションが推進され る点を挙げた。本稿では、イノベーションを同社が初めて自社の時計を市場に投入してから、 ジュネーヴ・シールを獲得するまでの、主要な複雑機構を有する機械時計製品のリリースと 設定し、検証した。なぜなら、高級時計産業において、複雑な機構を有する機械時計は最も 技術を要される高額商品であり、企業の技術的シンボルと言えるからである。4 結 果
4-1 年 表 分 析
ルイ・ヴィトンのスイス高級時計クラスターにおける時計事業に関する活動年表を図表 3 に記す。本節では、年表から、同社のエントリー・モードと製品イノベーションを時系列の 視点で分析する。4-1-1 新規事業である時計製造へのエントリー・モード
ルイ・ヴィトンのスイス時計クラスター地域への参入の布石は、2002 年、2008 年、2011 年、ならびに2014 年であった。まず、2002 年にルイ・ヴィトンの時計が市場に初めて投入 された。市場に対して、製品が「スイス製」であるとの記載のみがされている2)、かつ、2008 年に自社工場を開設4) したことから、2002 年当時、同社がスイスで OEM による生産を開 始したと想定するのが妥当と判断した。 前述のように2008 年に、ルイ・ヴィトンは初の自社時計生産工場を開設した。このことか ら、同社の自社生産工場が稼働したことで、自社によるスイス産業クラスターへの直接投資 による参入へと移行していった。さらに、2011 年、2012 年に、同社は合計3社の現地企業 を買収した4)。企業の海外市場参入モードの既存研究では、買収による参入とは、買収によ って多くの内部リソースを保有し、よりスムーズに市場に参入するために活用する手法とし て知られる。しかし、同社は既に、自社工場を有し、生産体制と現地のリソースを確保して いたにもかかわらず、デザイン会社と文字盤会社2社を買収4)したのである。 2014 年、同社は生産キャパシティを広げることを理由に、製造工場をスイスのラ・ショー ド・フォンからジュネーヴへと移設した。製造機能の拡張を実施した点からも、同社が、さ らに事業と市場へのコミットメントを高めていたといえる。4-1-2 製品イノベーション
2002 年に「Tambour (日本語表記:タンブール)」と名付けられ、メゾン初のコレクシ ョンが発売された。そのうち、機械式時計はクロノグラフを含めた2モデルであった2)。 以 降、同社はコンスタントに新製品を発表したが、本稿では、技術的イノベーションの観点か ら、高級機械式時計において、最も難易度の高い複雑機構を有する機械時計に焦点を当てた。 複雑な機構を有する機械時計製品を作成するには、自社独自のムーブメント開発が必須で あり、「トゥールビヨン」「ミニッツリピーター」といった複雑機構を有する時計の製造能 力を示すことが、メゾンの品質と技術の高さにおける業界での判断基準として定着してい る。 2010 年に、ルイ・ヴィトンは、自社初のムーブメント開発に成功し、2012 年には、前掲の 1 つである、ミニッツリピーターを披露した。以降、自社独自の機構を搭載した時計を発表 してきたが、その金字塔は、2016 年に、同社がスイス機械式時計の最高峰の認証の 1 つ、ジ ュネーヴ・シールを「フライングトゥールビヨン」で取得5) したことであった。 このように、同社はスイスに拠点を置き、約15 年の年月を経て、OEM 生産から、自社工 場生産へと買収を経ながら切り替え、移設・拡張を行い、さらに生産体制を強化していった。 同社が時計事業参入にける、市場と同地域での生産に対するコミットメントの変遷が理解で きると同時に、既に成功しているフランスのブランドであっても、産業クラスターに生産拠 点を置く必要性を示唆した企業活動が見て取れた。図表3 ルイ・ヴィトンの時計産業参入と産業クラスターにおける活動6) 出典:各種資料をもとに筆者作成
4-2 質的コード化
4-2-1 産業クラスターにおける規範的行動
産業クラスターにおける規範的行動とは、すなわち、参入産業において地位を確立するた めに規範となる行動を示すということである。2010 年から同社の時計部門責任者を務める Hamdi Chatti 氏は、2012 年の New York Times でのインタビュー4)で、“Our long-term strategy is to establish ourselves as a high-end watchmaker(我々の長期的戦略は、自社 を最高級の時計製造者にすること(筆者訳))”と表明している。この前提から、同社が最 高級時計製造クラスター内に置いて規範的な行動が「立地の選択」、「行事への参加」とい った点から判明した。 まず、立地の選択は、大きく、生産立地と販売立地に分けて検討する。生産立地として、ル イ・ヴィトンが自社工場での時計製造の地として選んだのは、スイスのジュラ地域にあるラ・ ショード・フォンであった。ラ・ショード・フォンは、高級時計製造の誕生の地であり、現 代においても、スイスの高級時計製造クラスターの中心地である。2011 年、2012 年の企業 買収の事実からも、自社に必要な要素要件を、産業クラスター内で探索しての選択だったこ とが想定できる。以下のChatti 氏のコメントも、買収による、安定的な製品供給と、自社の 独立性に焦点が当たっている。“These acquisitions are about ensuring our independence. There are always shortages in Switzerland, and we need to make sure the supply we need is always
there. (これらの買収は、我々の独立性と供給の確保に他ならない(筆者訳))”5) 無論、同社が安定的な供給や独立性を担保する必要性については相違ないが、長期的に最 スイス高級時計クラスターにおける活動 2002 年 2008 年 2011 年 2010 年 2012 年 2014 年 2016 年 ・自社時計製造 アトリエ開設 ・ 同社 初の 時計 ライ ン 「タンブール」発表 ・機械式時計2種発表 買収
・La Fabirique du Temp ・ArteCad ・ミニッツリピーター発表 ・自社時計製造アトリエ拡大・移転 (ラ・ファブリク・デュタン ルイ・ヴィトン) ・ミステリューズ ・自社初ムーブメント 買収 ・Léman Cadrans ・フライングトゥール ビヨン発表 ・ジュネーヴ・シール 取得 時計販売における活動 バーゼルワールド参加(〜2016 年まで) ヴァンドーム広場に時計・宝飾店舗を開店 スイス ラ・ショード・フォン ジュネーブ
高級の時計製造者として事業を推進するためにも、人材を含め、垂直統合による自社の組立 工程が必要であった。ラ・ショード・フォンに最初に拠点を有したことの意義は、需要に対 応するにとどまらない。「産業の発祥の地」、つまり時計の原点に拠点を持つことは、新規 参入ブランドの、時計産業への決意を立地で暗に明示してきたと言える。 その一方、2014 年の工場移転は、ジュネーヴ・シールを見据えての戦略的選択であった。 ラ・ショード・フォンに所在していては、ジュネーヴ・シールは取得できないことを念頭に おくと、この選択は、新規参入ブランドの最高峰の認証へのシグナルであり、本格的な決意 を示したといえよう。工場移転が示したのは、高級時計ブランドとして、その技術的証明と ステータスを確立するために権威のある認証を得る、という業界における規範的な行動とも 言える。Chatti 氏は、ジュネーヴに工場を移設する必要性を以下のように強調している。
“Geographically, Geneva is the place to be for Haute Horlogerie, and we must be there to obtain the Poinçon de Genève, (地理的に考えても、ジュネーヴは高級時計製 造の地であり、我々(ルイ・ヴィトン)はジュネーヴ・シールを取得のためにも、同地に いなくてはならない(筆者訳))” 5) 同社の立地選択は、製造だけに留まらない。産業クラスターで製造し、販売する高級時計 ブランドは、その販売のシンボルとして、パリのヴァンドーム広場にブティックを有してい る。ルイ・ヴィトンも、同様にヴァンドーム広場に2012 年に専門店舗をオープンさせた。 以下の Chatti 氏のコメントは、同社が時計業界におけるプロトコルに忠実であろうとする 現れと言える。
“If you want to be important in watches and high jewelry, the Place Vendôme is the place to be, (時計や宝飾業界で重要な存在になるなら、ヴァンドーム広場こそが目指す 場所である(筆者訳))”6) 次に、「行事への参加」から規範的行動を検討する。行事とは、世界的な高級時計の展示会 であるBaselworld(日本語表記:バーゼルワールド)を示す。高級時計メイカーが一堂に会 する、世界的な祭典であるバーゼルワールドに、ルイ・ヴィトンも2011 年から参加してい る。Chatti 氏は、参加に関して以下のように明言している。
“Our participation in Baselworld is intended to increase media awareness of our models, (バーゼルワールドへの参加は、意図的に我々のモデルに対するメディアの関心 を増すために他ならない(筆者訳))”5) 発言から、販売網を自社内で完結できる同社が、バーゼルワールドに参加する意義づけが 伺える。高級時計メイカーが多数参加するイベントに、自社も参加することで、対外的に同 社も世界的な高級時計メイカーの一員であることを示す機会であり、強く、自社の時計事業 を業界に示すことに成功している。同社は、2016 年のジュネーヴ・シール取得までの計 5 年 間、バーゼルワールドに出展してきたが、以降はバーゼルワールド に参加していない。この
背景を前出のChatti 氏は以下のように説明した。
“How rapidly the luxury world is changing…The minute a watch goes on display we get clients in stores asking to see it, which we aren't able to deliver. …The format of showing collections once a year no longer works for them, which means it no longer works for us. (年に 1 回の(バーゼルワールド出展による)コレクション(発表)は、 顧客のニーズに対応できていない。これまでのコレクションのサイクルでは我々の顧客 のニーズに対応しきれないということ(筆者訳))” 6) このように、ジュネーヴ・シール取得すると、同社はクラスターにおける規範的な行動を 減らし、店舗に来る、自社の顧客のニーズに注力していく姿勢を表している。 産業クラスターへの参入は、自社が一定の地位を確立するまで、事業者として、その業界 の慣行、ある種の作法に迎合する必要があると言える。また、その規範的行動は、製造のみ ならず、対最終顧客に向けても知らせる必要があり、シンボリックな販売地の選択であり、 クラスター地域で開催される世界的な見本市へのマーケティング的な出展として活用して いたのである。
4-2-2 自社技術の確保
自社技術の確保とは、自社における高度な技術を結集した製品イノベーションである。老 舗ブランドであるルイ・ヴィトンであっても、当初は新規事業をOEM による時計製造から 開始した。以下に記したChatti 氏のコメントに、同社が内製化に注力し、自社工場所有の必 要性が明示されている。“Since Louis Vuitton launched its watchmaking activity in 2002, our aim has been to ensure that all our watches are assembled, controlled and developed in-house(2002
年に時計製造を開始以来、我々が目指してきたのは、内製化である(筆者訳))” 6) 自社技術を研鑽したい理由は、2008 年以降、高級時計業界でも最高難易度の複雑機構を有 する時計を製品化している点を見ても、ジュネーヴ・シール取得の経緯からも明確である。 すなわち、高級時計メイカーとしての地位を確固たるものとするためである。 これらの行為は、同社に時計による潜在顧客を誘致する可能性を秘めているばかりではな く、さらなる自社技術の最高峰を極めるためにも、業界内での存在感を高めることで、より 優秀な人材と技術の確保は急務であることが分かる。ジュネーヴ移転を前に、Chatti 氏は新 たな地への期待を下記のように語った。
“There is no question that having all 100 employees with their range of skills and crafts under a single roof has triggered some incredibly exciting and innovative synergies (100 名の素晴らしい職人たちが 1 つ屋根の下にいる環境が、革新的なシナジ
ーを創出するに違いない(筆者訳))” 6)
また、工場を移転した点は、買収などで得た技術を礎に、新天地で新たな人材を確保し、自 社技術による製品ならびに、業界内での差別化が成功することで、同社の業界での地位が確 固たるものとなり、更なる既存事業とのシナジー創出への期待へと繋がっている。
5 考 察
本研究の目的は、MNCs が、新規事業への参入から業界内で一定の地位を確立するまでの 産業クラスターの活用プロセス、特徴について検討することであった。既存研究で明らかと なっている多国籍企業の国際化理論、産業クラスターの特徴、結果から導かれた内容をもと に、図表4に多国籍企業の産業クラスターにおける活用プロセスを示した。 ルイ・ヴィトンは時計事業への参入から最も権威ある認証を得るまでには、国際化の観点 から4 つのフェーズを経ている。特に、2008 年に自社工場を設立した後に、同社がクラスタ ー内の企業を買収した点に注目したい。この行動は、以降、同社が関係者の新聞インタビュ ー内容や、時計製造メイカーとして技術力を示す複雑な機構を有する機械時計のリリースな どを基に、同社が「高級時計事業」から「最高級品質の時計事業」へと新たに参入セグメン トを追加するための買収であった。 図表4 ルイ・ヴィトンの時計産業クラスターの活用プロセス 概念定義 年 代 時計事業 フェーズ クラスター 活用 参入モード 産業クラスターにおけ る規範的行動 自社技術の研鑽 2002~ 2008 年 ・新規参入 ・ 継 続 の た めの製造の 礎 ・OEM ・新規事業者として、OEM から現地に参入し、製品 を製造する ・新規事業者として、市場 に製品を継続して投入 する 2008 年 ・事業継続 ・ 生 産 内 製 化 ・ 安 定 供 給 のための製 造の礎 ・ 自 社 所 有 の時計製造 工場設立 ・産業発祥の地であり、現 在も生産の中核を担う 地域への工場設立 ・新規事業者として、市場 に製品を継続して投入 する 2011~ 2012 年 ・生産拡充 ・ 事 業 の ハ イ エ ン ド 化 ・ プ レ ミ ア ム化のため の礎 ・買収 ・ 業 界 随 一 の 展 示 会 (Baselworld ) に 出 展 し、自社の技術力を業界 関係者に示す ・高級時計の販売聖地へ 出店し、高級時計ブラン ドとしての地位を示す ・デザイン、文字盤企業を 買収し、自社製品を洗練 させると同時に、実績の ある優秀な職人を確保 する ・複雑な機構を有する高 級時計製品の本格的な 開発に乗り出す 2014~ 2016 年 ・事業継続 ・生産拡充 ・ 業 界 地 位 確立 ・ 権 威 化 の ための礎 ・ 自 社 所 有 の時計製造 工場移転・ 拡張 ・産業における最高峰の 認証の聖地に工場を構 える ・業界最高峰の認証の取 得を行い、業界での地位 を確立する ・認証取得のための技術 開発 ・技術者を一堂に介する アトリエを創設し、製品 イノベーションを促進 する 出典:筆者作成まず、スイス時計産業クラスターが有する技術を活用し、ルイ・ヴィトンにとっては新規 事業である時計製造にOEM で参入し、継続して製品製造に向けた礎を構築するフェーズで ある。このフェーズでは、同社の時計クラスターの活用は「(事業)継続のための製造の礎」 であり、同社が継続して製品を市場に投入することに軸足がおかれている。 次に、同社が自社工場をラ・ショード・フォンに設立すると、同社の事業フェーズは、生産 体制の内製化、また事業自体の継続へのコミットメントを高めていることが分かる。その狙 いは、安定した製品の供給と、いよいよ時計業界への正式な参入として、時計業界の発祥の 地への工場設立により、クラスターへのコミットメント、言い換えれば、同社の時計製造事 業へコミットメントを示している。しかし、依然として同社の産業クラスター活用は、「安 定供給のための製造の礎」と言える。なぜなら、自社ムーブメントなどの開発は特筆に当た るが、高級時計メーカーとしては当然の開発であり、事業継続のために必要最低限の開発と 位置づけることができるからである。 さらに、同社は、デザイン企業と時計文字盤企業を立て続けに買収し、自社の垂直統合を 推進する。これらの買収は、同社の事業に対するケイパビリティを広げることは当然である が、以降の同社の複雑機構を有した機械式時計の製品開発と製品の市場投入からは、時計業 界内で、同社がプレミアムなポジションへ向かう姿勢を顕著に示している。すなわち、同社 は、クラスター内企業の買収を活用し、同社が産業クラスターを「(事業)プレミアム化の ための礎」を盤石にし、既存事業の供給リソースのみならず、さらに自社の時計事業の高級 化に向けた資源を買収によって獲得・拡大している。さらに、同社がバーゼルワールドに出 展したのも、メディアでの同社の時計事業の扱いを意図してのことである。当然、バーゼル ワールドは高級時計の世界的な展示会であり、スイスの高級時計クラスター地域で開催され る注目の高いイベントである。一方、ルイ・ヴィトンは自社製品を自社店舗で販売している ため、展示会に出展し、世界のバイヤー達と商談の場を持つ必要はない。しかしながら、業 界で権威のある展示会に参加し続け、業界での自社の地位を高め、発信していくために展示 会を効果的に活用してきたのだ。 ルイ・ヴィトンは、更に時計事業の業界地位を確立するために「権威化のための礎」を産 業クラスターによって得たと言える。同社はジュネーヴに製造拠点を移し、ジュネーヴ・シ ールを取得したことで、世界最高峰の時計の認証の1 つを得たブランドとして、名実ともに、 業界からも時計メイカーとして認められる存在となった。ジュネーヴ・シールは、該当する 製品に対して、非常に厳格な認証基準を要し、認証製品を有することが、企業の技術力、時 計ブランドとしての権威そのものと言ってよい。 以上のように、ルイ・ヴィトンは、新規事業のために産業クラスターに参入し、以降、クラ スター内の慣例を踏襲しながら、自社の事業を拡大するだけでなく、プレミアム化、更に権 威付けを行うための手段としてスイス高級時計クラスターを活用してきた。このように同社 がクラスター内で企業活動を行ったことで、同社の産業クラスター内での存在感は高まり、 より良い人材や技術的革新を推進することが可能となり、内製化、買収、移転を行うことで、 Porter の提唱したクラスターのダイヤモンドを最大化することに尽力してきたことが判明 した。
6 結 語
本稿では、高級消費財企業であるLVMH の中でも、最も売上高の高いルイ・ヴィトンを仏 系多国籍企業の事例とし、ルイ・ヴィトンの時計事業への新規参入の事例を通し、スイスの 高級時計産業クラスターの活用プロセスを考察した。本稿では、新規事業展開のために、産 業クラスターに参入したMNCs が、どのようにクラスターを活用していったのかを、事例を 用い、プロセスで提示した。 本稿における貢献は、産業クラスターの活用プロセスを明示したことである。これらの活 用プロセスは、実務的なMNCs の実態を示す点からも有益だと言える。また、新規事業への 参入時に既存の確立されたクラスターを、MNCs がいかに活用しているかを時系列で示し、 今後の定性的なクラスター研究の方向性を示唆することができた。 本ケースは、特筆に値する産業クラスター事例の活用例でもあった。さらに、今回取り上 げたのは、高級消費財のMNCs であり、汎用性については、今後の研究による深化が必要と 言える。 最後に、今後の研究可能性として、2 つの方向性について記す。まず 1 点目は、MNCs の 国際化の観点から、ステージモデル(Johanson&Vahlne,1977)を深化することである。本 稿では、エントリー・モードを基に、コミットメントに注目して議論を展開した。ステージ・ モデルは、しばしば組織学習の観点から論じられる。今後の研究の視点として、たとえば、 産業クラスター内の企業が、MNCs の参入をいかに活用しているのか、といった組織学習論 の観点を用いた研究の深化も可能である。2 点目は、本稿を通じて、高級時計クラスターに は「高級時計」と更にその中でもプレミアムであり権威のある「複雑機構を有した機械式時 計」が存在し、同一クラスター内であっても、更にハイエンドのセグメントに対する企業の 慣習やクラスター内においての規範的な行動が散見された。このことから、今後、クラスタ ー内の企業行動を、制度論を援用しながら検証するアプローチも可能だと考える。 謝辞 本研究にあたり、温かく、適切なアドバイスを早稲田大学商学研究科の教授陣から頂きました。さら に、有意義なコメントを下さった査読者の方、ならびに、事務局、編集をご担当されている各先生にも 様々なお気遣いを賜りました。この場をお借りして、心から感謝申し上げます。 (注) 1)ルイ・ヴィトン(LV)は LVMH グループで最大売上規模を誇る高級消費財ブランドである。1854 年にパリで高級旅行鞄を販売する会社として、初代ルイ・ヴィトンがブティックをオープンし、フ ランス王侯貴族たちをクライアントに、移り変わる旅のスタイルに合わせ、旅行鞄を提案してきた。 LVMH の傘下になった後も、コングロマリット経営のもとで、自社のブランド母体を維持し、現在 では、旅行鞄、皮革製品、プレタポルテ、シューズ、アクセサリー、サングラス、時計などの商品 展開を有している。同社は、自社内一貫生産工程を行い、全世界に自社直営店舗を運営する、フラ ンスを代表する高級メゾンである。 2)以下を参考に作成Chuang, P. M. (2019, January 18). Fly Me To The Moon. The Business Times ; Singapore. https://search.proquest.com/docview/2168136295?accountid=14891
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