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損害賠償の抑止・制裁的機能をめぐって

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(1)

損害賠償の抑止・制裁的機能をめぐって

著者

亀井 尚也

雑誌名

法と政治

65

4

ページ

107(1143)-163(1199)

発行年

2015-02-28

URL

http://hdl.handle.net/10236/12976

(2)

論 説

損害賠償の抑止・制裁的機能を

めぐって

目次 一 はじめに─本稿の問題意識 1 ある投資信託被害事件 2 震災後の火災保険をめぐる事件 3 問題の所在 二 問題となる場面 1 財産的損害は認められるが賠償額が少額にとどまる場面 (第1類型) 2 精神的損害が認められるが賠償額が少額にとどまる場面 (第2類型) 3 財産的損害が認められるかどうか自体が微妙な場面 (第3類型) 4 精神的損害が認められるかどうか自体が微妙な場面 (第4類型) 5 小括 三 損害賠償の制裁的機能に関する学説の展開 1 伝統的な通説 2 制裁的慰謝料論 四 懲罰的損害賠償・制裁的慰謝料に関する判例 1 クロロキン薬害訴訟 2 平成9年の最高裁判決 3 最高裁判決後の裁判例 4 例外的な裁判例 五 最近の学説の動き 1 基本書レベルの一般論と被害救済の模索 2 「損害」 概念の柔軟化と加害者利得の吐き出し責任論 3 不法行為法の抑止機能の強調 六 法改正は何らかの方向性を示唆していないか?

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一 はじめに─本稿の問題意識 本稿は,不法行為に基づく損害賠償制度について,損害填補が制度の本 質であって抑止や制裁的要素は本質ではなく機能に過ぎない,とする伝統 的理解に対して,学説・判例等の到達点を振り返るとともに,判例が本当 に抑止や制裁的要素を単なる機能に過ぎないと考えているのかどうかを, 主として損害論に焦点をあてて掘り下げ,損害を要件としない賠償責任あ るいは懲罰的損害賠償が損害賠償の本質からはずれたものではないことを, 明らかにしようとするものである。 1 ある投資信託被害事件 筆者は,弁護士として,消費者被害に基づく損害賠償訴訟に消費者側の 立場で関与してきた。その中で,特に問題意識を強く喚起されたのが,次 のケースであった。 一つは,株式投資信託を購入した顧客の元本割れの損失につき,購入を 勧めた証券会社の従業員の説明義務違反を理由に損害賠償請求を行った事 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て 1 特許法等の改正 (1998年) 2 民事訴訟法248条 (1993年) 七 判例は本当に損害のない場合に賠償を認めていないのか? 1 最判(1小)平成16年11月18日民集58巻8号2225頁 2 貸金業者の取引履歴開示義務に関する判例 3 自力救済についての裁判例 4 接見交通権に関する国賠の裁判例 5 弁護士の義務懈怠に基づく損害賠償 6 名目的慰謝料を認めた早稲田大学講演会名簿提出事件 7 在外国民の投票権をめぐる違憲判断と国家賠償の認容 8 小括 八 まとめ

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案である。実損額は約90万円という少額訴訟に属する事案であったが, 第一審は元本割れリスクについての説明義務違反を認めず原告が敗訴した ものの,控訴審において説明義務違反が認められた。ただし,原告側の過 失相殺7割として,元本は23万円が認容されたにすぎなかった。 (1) 証券会 社はそれでも上告したが,上告棄却で終わったという事案である。なお, 株式投資信託の勧誘行為について説明義務違反が正面から認められたのは, おそらくこの高裁判決がわが国で初めてであった。 この事件は,原告が正義感の強い人であり,かつ原告代理人が大変な労 力をかけたうえで,ようやく20数万円という賠償額を勝ち取ることがで きたのであるが,裁判官は原告にも不注意があったとして過失相殺を当然 のごとく行った。現在でもこの点は裁判所の当然の実務の在り方になって いる。しかし,それは本当に当然のことなのだろうか。消費者被害(それ が「被害」と言えるかどうかの各論は置くとして)に属すると思われる事 案の中で消費者が訴訟を提起するのはごく一部にすぎない。 (2) しかし,その 一部の訴訟で損害賠償が認められると,同種被害の防止につながる。訴訟 にはそのような大きな機能があるにもかかわらず,消費者を被害者とする 取引的不法行為による損害賠償請求訴訟において,消費者も悪いとして過 失相殺を行うことは,一見正しいようではあるが,実は訴訟提起の意欲に 蓋をする機能しかないのではないか?というのが,筆者の率直な実感であっ た。 論 説 (1) 大阪高判平成9年5月30日判時第1619号78頁 (2) 2013年に立法された集団的消費者被害救済訴訟制度は,少額被害をで きるだけ泣き寝入りさせないようにするための制度であるが,損害賠償一 般を対象とした制度ではないし,訴訟提起にインセンティブを与えるとい う面でも,不十分感は否めない。

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2 震災後の火災保険をめぐる事件 今一つは,阪神・淡路大震災の当日発生した原因不明の火災が周辺一帯 に延焼した件につき,延焼によって焼失した建物の所有者らが火災保険金 等の支払いを求めて損害保険会社に集団提訴した事案である。火災保険約 款には地震を原因とする火災損害を免責するいわゆる地震免責条項が付さ れており,かような約款自体の有効性や本件延焼被害への約款の適用の有 無も争点となったが,第一審・控訴審ともに地震免責を認めた。しかし, 地震免責に備えて,地震火災による損害を填補するための地震保険契約を 火災保険に付帯して締結するかどうかにつき,保険会社が情報提供や説明 をしなかったために,原告らが地震保険契約を付帯していなかったことに ついて,控訴審判決は,保険会社に情報提供義務違反があったとし,原告 らが情報提供を受けていれば地震保険に加入した可能性を否定できないと して,自己決定の機会を奪われたことによる慰謝料請求を一部認容した。 (3) これに対して,損害保険会社が上告受理申立をしたのを受けて,最高裁は, 次のとおり述べて原判決を破棄し,慰謝料請求を棄却した。 (4) 「地震保険に加入するか否かについての意思決定は,生命,身体等の人格 的利益に関するものではなく,財産的利益に関するものであることにかん がみると,この意思決定に関し,仮に保険会社側からの情報の提供や説明 に何らかの不十分,不適切な点があったとしても,特段の事情が存しない 限り,これをもって慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価する ことはできないものというべきである。」 かような,財産的利益に関する意思決定に関しては特段の事情のない限 り慰謝料請求権の発生を是認し得る違法行為と評価できない,との判示に ついては,理論的にも,以下のような問題がある。 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て (3) 大阪高判平成13年10月31日判時1782号124頁 (4) 最判(3小)平成15年12月9日民集57巻11号1887頁

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 財産的利益が問題になる取引と人格的利益が問題になる取引とは,事 業者が問題のある行為をしても違法性についての法的評価が異なるのか どうか?社会の取引の大半は前者であるが,憲法で保障されている幸福 追求権の実現において両者に根本的な違いはあるのか?  違法性の程度によって慰謝料請求が認められたり認められなかったり するのか?慰謝料は精神的損害を対象とするはずであるが,違法性の程 度によって精神的損害の有無が左右されるのか?精神的損害の有無は違 法性の評価とは別に損害論として有無が判断されないとおかしくないか? そもそも精神的損害の内実とは何か? このように,最高裁は,理論的にも曖昧な命題を示したと言わざるを得 ないが,私が何よりも強く感じたのは,控訴審判決が慰謝料請求を認める ことにより,保険会社には然るべき情報提供が求められるという行為規範 が設定されたはずであるのに,このような規範を設定する不法行為訴訟の 重要な機能に,最高裁は水を指しただけではないのか,ということであっ た。と同時に,現行法では,そもそも損害が発生しなければ不法行為は成 立しないとされるが,いったい「損害」とは何なのか?そのような要件は 不法行為制度に必然なのか?といった理論的問題関心を惹起されることと もなった。 3 問題の所在 そもそも,多くの損害賠償請求訴訟は,損害賠償の形をとりつつ問題を 社会に提起する目的でなされており,損害の填補目的は二次的であること も多い。当事者からしばしば耳にするのは,「真実を明らかにしたい」「原 因を明らかにし,二度とこのような事件が起こらないようにして欲しい」 「あるべき行為規範を設定し,世直しをしたい」「問題を社会に訴えたい」 というような言葉である。このように,言わば損害賠償請求訴訟の形を借 論 説

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りた問題提起型訴訟は,不法行為訴訟としては本筋からはずれたものなの だろうか。 そのようなことは司法の場で行うことではなく,政策論として 行うべきことである,という議論は説得的なのであろうか。 現実には,損害賠償請求訴訟の判決が行為規範を創設し,社会の成熟・ 改善・発展に寄与する機能は非常に大きい。公害事件や薬害事件のような 大規模な事件だけでなく,冒頭に述べたような投資被害事案や消費者契約 における情報提供義務をめぐる事案,さらに医療過誤,欠陥住宅,製造物 責任,過労死,学校事故,マスメディアによる名誉棄損・プライバシー侵 害や,事業者間における不正競争や知的財産権侵害,行政による人権侵害 に基づく国賠訴訟等々,枚挙に暇がないほどの類型が挙げられ,判例雑誌 に取り上げられる民事事件の半数以上はこのような損害賠償事案である。 判例雑誌に取り上げられるのは,そこで新たな規範が創設・定立され,確 認されるからにほかならない。この機能は,生じている損害の大小にかか わりないし,そもそも厳密に言えば損害が生じていないのではないかと思 われる事案においても存在する。このような本質的とも言える機能を前に して,不法行為の本質・目的は損害の填補であって,違法行為の抑止は目 的ではないというような伝統的な理解や,損害を不可欠の要件とする条文 やその解釈は不動のものと片づけてよいのか?というのが,筆者の根本的 な問題意識である。 このテーマを取り上げる際に,古典とも言える名著は,田中英夫・竹内 昭夫両教授による「法の実現における私人の役割」である。 (5) 同書は,タイ トルのとおり,法の実現において私人が果たす役割にいかにしてインセン ティブを与えるかの視点で司法制度全般を論じており,その中で,英米法 の懲罰的損害賠償や2倍・3倍賠償制度等の制裁的・抑止的機能を強調し, 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て (5) 田中英夫・竹内昭夫「法の実現における私人の役割」(東京大学出版 会・1987年;初出は法学協会雑誌・1971∼1972年)

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民事と刑事・行政との峻別に対するアンチテーゼを格調高く論じている。 懲罰的損害賠償が被害者に損害の填補を超える利益を与えるのは不合理で あるとの批判に対しては,私人が法のエンフォースメントのために積極的 に役割を果たしたことに対して与えられる利益である,と断じている。 (6) こ の論文が出てからすでに40年以上経過しているが,両教授の説くような 英米法のプラグマティックな考え方は,大陸法系に属する我が国の民事法 にはあてはまらないという思想が根強いためか,解釈論としても立法論と しても支配的になり得ていない。 しかし, その中でも,後述するように,損害賠償の抑止的機能や制裁的 機能を強調する学説も有力に唱えられてきているし,判例も実際には損害 賠償訴訟を損害の填補だけに狭く限定する解釈・適用にとどまっているわ けではない。 本稿は,この点を跡づけたうえで今後の展望を示そうとするものである。 二 問題となる場面 ここで,本論に入る前に,損害賠償の抑止的機能や制裁的機能が問題と なる場面を類型的に提示しておきたい。類型を分けるのは,不法行為に基 づく損害賠償が認められるためには「損害」が要件となっていることと, 「損害」が財産的損害と精神的損害に分けられていることに基づいている が,現行法の解釈の枠内で解決できる問題か,それともその枠を出る問題 か,という視点も交えている。 1 財産的損害は認められるが賠償額が少額にとどまる場面(第1類型) 冒頭に挙げた投資信託の勧誘被害の事案はこれに属する。消費者被害の 論 説 (6) 田中・竹内 前掲註(5)156∼166頁

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多くの事案がこれに該当すると思われる。裁判所が被害者側の過失相殺に よって賠償額を減額するという問題も存在する。 裁判所が設定する行為規範を守らせ,違法行為を抑止するという観点や, このような行為規範の創設・確認を勝ち取るための問題提起をしようとす る提訴者にインセンティブを与えることを重視するならば,実損額以上の 損害賠償を認める懲罰的損害賠償を導入する意義があると思われるが,現 行法の解釈としては限界があろう。後述するように,「損害」概念を柔軟 化し,加害者の利益を吐き出させる損害論を解釈論として取り入れること は可能かもしれないが,現行法下では限界があるのではないか,というの が筆者の率直な思いである。 被害者側の過失相殺を行うことについては,損害の公平な分担という思 想を背景としており,交通事故のような加害者・被害者の互換性がある類 型においては妥当するが,加害者と被害者の互換性がない消費者被害や労 災,学校事故といった案件において,加害者と被害者を同列に扱うことは, 加害者への行為規範の設定効果を弱めると同時に被害者の提訴意欲を削ぐ ことにつながるので,過失相殺を安易に認めない解釈論が期待されるとこ ろである。 (7) いずれにせよ,この類型は,解釈論の改善や立法論が必要と思われるも のの,損害自体が認められないものではないので,それほど深刻な問題は 生じない。 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て (7) ただし,後述する森田・小塚両氏の論稿は,不法行為法の目的を違法 行為の抑止に置くという基本的立場に立ちながらも,そこでの「抑止」は 「最適の抑止」であるとして,加害者側のみならず被害者側の過失も抑止 の視点から同様に考慮することを肯定しており,この点では筆者の考え方 とは異なっている。

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2 精神的損害が認められるが賠償額が少額にとどまる場面(第2類型) 名誉毀損その他人格的利益の侵害事例における慰謝料額が低額に過ぎ, 違法行為の抑止につながらない,との批判は以前より強くなされているが, 裁判実務においてもこの点の改善を図る研究がなされ, (8) 現実にも慰謝料額 の増額につながっている。財産的損害と異なり精神的損害は無形の損害で あるため,その金銭的評価には裁判所の裁量が大きく認められることから, 損害賠償の目的は損害の填補であるという伝統的な考え方を維持しつつ, 違法行為の抑止や制裁の視点をそれほど矛盾なく取り入れていくことも可 能である。慰謝料に制裁的機能が存すること自体は一般論としても是認さ れており,実質的には懲罰的な損害賠償を認めるような損害額の認定をし たとしても,現行法の枠をはずれるという理論的な批判を免れることも可 能である。 したがって,この類型については,現状のままでも枠組み自体には大き な問題はない。ただし,重要な規範を定立していると思われるような領域 でも,慰謝料額が3万円とか5万円というような低額にとどまっている裁 判例は現在でも多く,コストを度外視して情熱だけで提訴することを強い ている結果となっている感は否めない。ここでも,加害者への制裁によっ て違法行為に対する抑止力を高める視点と,提訴者へのインセンティブを 与えることを重視するという視点から,加害者と被害者の互換性のある私 人間の事案のような場合を除き,多くの領域で慰謝料額の増額を飛躍的に 図っていくことが求められているのは確かである。 論 説 (8) 例えば,司法研修所「損害賠償請求訴訟における損害額の算定」判タ 1070号(2001年)4頁,東京地方裁判所損害賠償訴訟研究会「マスメディ アによる名誉棄損訴訟の研究と提言」ジュリスト1209号(2001年)63頁な ど。

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3 財産的損害が認められるかどうか自体が微妙な場面(第3類型) 違法行為から直接の財産的被害が生じたのかどうか不明である事案がこ れに属する。「損害」の存否自体の問題と,違法行為と生じた損害との間 の因果関係の存否の問題がからんでいる。 (9) この類型にあてはまる典型例と思われる著名な鶴岡灯油訴訟では,石油 元売会社による独占禁止法違反の元売り価格協定によって灯油の小売価格 が上昇したとして,消費者が小売価格の上昇分の損害賠償を石油元売各社 に対して求めた。 この事案で,控訴審は「特段の事情のない限り……価格 協定直前の小売価格をもって想定購入価格と解するのが相当である」とし て損害賠償を認めたの (10) に対し,最高裁は,価格協定直前の小売価格をもっ て想定購入価格と推認できるのは,価格協定の実施当時から消費者が商品 を購入するまでの間にその商品の小売価格形成の前提となる経済条件,市 場構造その他の経済的要因等がないときに限られるとし,この点について 消費者の立証ができていないとして,賠償を否定した。 (11) 経済法違反行為を理由に損害賠償請求を行う場合は,違法行為によって 「損害」が生じたのか否かが問題となることが多く,損害賠償責任を追及 していくうえでの大きな壁となっている。独禁法違反行為に対しては公正 取引委員会による排除命令や課徴金制度が存在し,これまでも改正や運用 改善が図られてきたのではあるが,行政によってメスが入るのは違法行為 のごく一部であるうえ,制裁が不十分なために違反行為が後を絶たない中 で,市民が損害賠償請求を行うことの意義にはなお大きいものがあるが, 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て (9) 平井宜雄教授は,損害=事実説に立って,「損害」の存在,「保護範囲」, 「損害の金銭的評価」の三者を区別して論じることを説かれた (平井宜雄 『損害賠償法の理論』東京大学出版会・1971年) が,ここでの問題は,こ の三者すべてにかかわる。 (10) 仙台高判秋田支部昭和60年3月26日判時1147号19頁 (11) 最判(2小)平成元年12月8日民集43巻11号1259頁

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そこでの最大の問題は「損害」論である。 損害額の証明に関しては,現在は民事訴訟法248条によって証明度の軽 減が規定されているのであるが,後に検討するように,伝統的な実務は 「損害=事実説」ではなく「損害=差額説」に立っており,この「差額」 自体の立証責任が最終的に被害者側にあること自体は変わっていない。ま た,「損害=事実説」に立ったとしても,損害を構成する事実の存在自体 の立証責任は否定されない。したがって,現行民事訴訟法248条が存在し ていたならば鶴岡灯油訴訟の事案で消費者の損害が認定されたかどうかは, 後述するように依然として微妙である。 ここでは,提訴にインセンティブを与えるためにも,当該違法行為との 間に一定の利害関係を有する者が公益的な立場で損害賠償請求を行ったよ うな場合は,厳密な意味での「損害」がなくても賠償を認めるような制度 がやはり必要と思われる。このような「損害を要件としない不法行為」な いしまさに懲罰的な損害賠償を認めるのに,解釈論では限界があるのであ れば,立法化を検討すべきということになるであろう。その場合に,損害 賠償の本質論や機能論が理論的問題として横たわっているというのが,こ こでの大きな問題である。 4 精神的損害が認められるかどうか自体が微妙な場面(第4類型) 前掲した地震保険の情報提供に関する事案がこれに属する。この事案は, 契約の付随的義務としての情報提供が問題となっており,取引的不法行為 による自己決定権侵害の問題としても議論されている。自己決定権の概念 自体も現在の重要なテーマであるが,ここでは財産的損害に必ずしも解消 しえない無形の精神的損害というべきものが生じた場合に,これをどう評 価するのかが問題となる。医療契約におけるインフォームド・コンセント については,自己決定権侵害による精神的損害が判例上も認められてい 論 説

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るが (12) ,広く取引行為に伴う自己決定権侵害自体が精神的損害に結びつくと いうようにはまだ一般的には考えられていない。 のみならず,取引的不法行為という場面に限らず,さらに広く,違法行 為により生命,身体等の人格的利益が明らかに侵害されたとは言えなくと も,他方当事者に何らかの不利益や不安・苦痛等を与え,それが財産的利 益の侵害とも言い難いような場面はかなり見られる。後述するような憲法 裁判における名目的な損害賠償の事案や弁護士の業務に対する妨害事案, 弁護士の職務怠慢事案などが,これにあたる。いわゆる政策形成訴訟と言 われる訴訟の多くは,慰謝料請求の形を取っており,この類型に該当する。 このような事案の場合に,裁判所は,精神的損害が認められないので請 求を棄却するというように,一刀両断の扱いをしているわけでは必ずしも ない。後述するように,精神的損害という命題についてかなりフィクショ ン的な認定をすることによって,実質的には違法行為に対する制裁的な慰 謝料を認めているケースは相当数存在する。しかし,それにしても,不法 行為の目的は損害の填補であって違法行為の抑止や制裁ではないという伝 統的な理解と,それゆえに損害が明確に概念できなければ不法行為責任は 認められないという考え方に基づき,一定の規範は想定しながらも結局は 損害賠償を否定するという裁判例も,多数存在するのが現状である。前述 した,地震保険の事案で控訴審と最高裁で判断が分かれたのは,まさにこ の点である。また,懲罰的な慰謝料という命題を正面から掲げた場合には, これを認めないのが現在の裁判所の支配的な考え方である。 したがって,ここでも,当該違法行為によって何らかの不利益を受けた 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て (12) 例えば乳がんの手術にあたり乳房温存療法の説明義務を認めた最判 (3小) 平成13年11月27日民集55巻6号1154頁,輸血拒否の意思を明確に していたエホバの証人の信者に対する医師の説明義務違反に基づく慰謝料 を認めた最判(3小)平成12年2月29日民集54巻2号582頁

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者が公益的な立場で損害賠償請求を行ったような場合は,厳密な意味での 「精神的損害」がなくても賠償を認めることによって,「損害論」を払拭 できるような制度が,やはり必要であり,かつ解釈論で限界があるのであ れば,立法化を検討すべきである。その場合に,損害賠償の本質論や機能 論が理論的問題として横たわっていることも,前述したとおりである。 5 小括 以上によれば,「損害論」をめぐって理論的にも実質的にも大きな問題 を抱えているのは第3類型と第4類型であり,そこで問題を打開する展望 が見いだされれば,第1類型や第2類型にも波及する,という関係になる であろう。 1 伝統的な通説 我が国の伝統的な通説は,不法行為制度の目的は損害の填補であり,近 代における民刑事法の分離のもとでは,制裁や抑止は刑事責任の役割であ る,としてきた。 (14) このような理解を前提とすると,精神的損害に対する慰謝料請 (15) 求には, 論 説 三 損害賠償の制裁的機能に関する学説の展開 (13) (13) 以下の学説の整理については,後掲の廣峰正子「民事責任における抑 止と制裁―フランスにおける民事罰概念の生成と展開をてがかりに―」に 負うところも大きい。 (14) 我妻栄『事務管理・不当利得・不法行為』(日本評論社・新法学全集・ 1937年)94頁,加藤一郎『不法行為[増補版]』(有斐閣・法律学全集・ 1974年) 3頁など。 (15) なお,「慰謝料」については,かつては「慰藉料」の字が用いられる ことが多く,以下で文献を引用する場合に「慰藉料」と表記したものは可 能な限りそのまま引用しているが,筆者が論評をする等の文脈によっては 「慰謝料」と言い換えていることを,お断りしておきたい。

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結果として制裁的な機能があることは否定できないとしても,それはあく までも結果であって目的ではないということになる。「私的制裁の面をあ まり強調するのは,やはり,損害の填補による当事者間の公平の回復とい う民事責任の本質と衝突することになる。たしかに,加害者の過失の場合 よりも,故意の場合の方が,慰藉料が多くなるべきであるが,それは被害 者の痛憤の情が大きいと考えられるからであって,被害者の感情を考慮す る結果として慰藉料が私的制裁の機能をもつことはあるとしても,それを 一種の擬制だとして,正面から私的制裁の理論をもち出すべきではない」 とされているゆ (16) えんである。懲罰的損害賠償のように,現実に生じた損害 を超える賠償を認めることは,被害者が利得することになるので,当然否 定されることとなる。 なお,慰謝料には,財産的損害の額を算定するのが困難な場合に非財産 的損害の賠償額によって調整するといういわゆる補完的機能が現実には認 められるが,伝統的理解によれば,それはあくまで損害の算定・評価の問 題にすぎず,制裁や抑止のための金員とは見ないこととなる。 2 制裁的慰謝料論 このような伝統的理解に対して,主として財産的損害以外の無形損害に 対する慰謝料に焦点を当てて,ドイツ法・フランス法・英米法等に関する 比較法的検討を加えたうえで,その本質は私的制裁であり,裁判所は制裁 であることを基本に慰謝料額を決定すべきであると論じたのは,戒能通孝 博士や (17) 三島宗彦教授で (18) あった。 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て (16) 加藤一郎・前掲註(14)228頁 (17) 戒能通孝「不法行為における無形損害の賠償請求権(一)(二・完)」 法学教会雑誌50巻2号18頁・3号116頁(1932年) (18) 三島宗彦「無形損害の賠償をめぐって」私 法 30巻(1968 年)145 頁,

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かような中で,田中・竹内両教授の前掲論文「法の実現における私人の 役割」が出され,学会に大きな影響を与えた。この時期からこの問題を論 じた論考も多く出されたが,以下はその代表的なものである。なお,田中・ 竹内両教授や小島教授,樋口教授らは,損害賠償法の解釈論の側面よりも, 民事訴訟の公的契機を強調しているところに特徴がある。 (1)小島武司「私的制裁としての損害賠償─民事訴訟の機能向上のため に」 (19) 田中・竹内両教授の前掲書と同様の考え方に立ち,私人による訴訟追行 が行政活動や刑罰による権利侵害の抑制の機能の限界を補い,公的な機関 の活動を推進するためにも重要な役割を果たすことを強調し,不法行為法 の制裁的機能の強化を論じている。不法行為制度は被害者の損害を填補す るという「回復機能」と加害者に訓戒を与えるという「制裁機能」を同時 に果たすものと予定されており,判例が慰謝料の算定にあたって加害者の 資力の大小を重要な要素の一つとみていることなどは制裁的な要素を認め たものと解されるが,表面上は私的制裁としての契機を否定しながらも, 裏口からこのような考慮の潜入を黙認することが正しい理論のあり方であ るかは大いに疑問である,とする。そして,被害者が制裁的賠償を求めて 訴えを提起した場合には,被害者は侵害された自己の権利の賠償を求める 私益の追求者であるとともに,同種の不法行為が繰り返されないための特 別予防と一般予防の効果を発揮する制裁的賠償を求めて公共的な利益を追 求しているのであるから,制裁としての損害賠償を被害者が取得すること には十分な根拠があるとしている。 (2)花谷薫「慰謝料の制裁的機能に対する再評価をめぐって─公害裁判 論 説 「損害賠償と抑制的機能」立命館法学105・106合併号(1972年)666頁, 108・109合併号(1973年)112頁 (19) 法学セミナー1972年2月号17頁

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を契機として─ (20) 」 フランス法の精神損害の賠償に関する制裁説を検討し,慰謝料の本質論 をめぐって制裁説から再評価を試みた論考である。すなわち,フランス法 において,精神損害に対して賠償を認めるのは「涙で貨幣を鋳造する」も のであるとの批判があり,かつ精神損害を金銭で評価し算定するのは困難 であるとして,賠償を否定する説もかつて存在した中で,精神損害に対す る賠償が認められたのは,損害の填補ではなく民事罰にほかならないとす る制裁説が有力に唱えられたことを紹介する。そのうえで,我が国で,不 法行為制度は社会に生ずる損害の負担を公平に分配する制度であるとする 理論が一定の役割を果たしたとしつつも,損害の公平な分担をいうあまり 不法行為制度が民事責任を追求する制度であることを忘れ,行為に対する 非難性が欠落していかざるをえないことや,「公平」の観念がその機能を 最もよく発揮するのは,立場の相互互換性のある当事者間においてであっ て,公害企業対地域住民・労働者間にはあてはまらないこと等を指摘し, 慰謝料を通じた民事制裁の実効性を強調している。 (3)吉村良一「戦後西ドイツにおける慰謝料本質論の展開(一)(二・ 完) ―満足 (Genugtuung) 機能論を中心として― (21) 」 我が国の通説が言うような,制裁説が民事責任の本質に反するという議 論をすることや,民刑事両責任の分化をドグマとして主張することは問題 ではないか,との問題意識に立って,西ドイツの判例・学説における慰謝 料本質論の発展について詳細に分析した論考である。西ドイツ連邦通常裁 判所 (BGH) は1955年の大法廷決定において,慰謝料は被害者に対する補 償を与えるとともに満足機能を有する,なぜなら慰謝料は現実の回復を与 えることはできず,精神的損害は金銭で表現し得ないからである,とした 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て (20) 法と政治24巻3号(1973年)19頁 (21) 民商法雑誌76巻4号68頁・5号40頁 (1977年)

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うえで,慰謝料の算定において,損害の大きさと並んで加害者の経済状態 を含む全ての事情を考慮しうると判断した。これ以後,慰謝料の満足機能 論は判例において定着し,特に一般人格権侵害の場合の慰謝料においては, 満足機能が前面に出るとされ,「重大な侵害」という付加的要件が導き出 され,慰謝料の一般予防的機能が言われること等から,身体侵害の場合の 慰謝料額より大きいことが当然視されている,とする。そして,多くの学 説が,慰謝料の満足機能を否定せず,その内容を法感情の慰撫という点に 求め,一定の刑罰性や通常の損害賠償の機能とは異なる側面を持つことに 広範な一致が存在すること,それゆえ制裁や威嚇や予防といった機能に親 近性を示すものになったことを指摘している。 (4)後藤孝典弁護士の制裁的慰藉料論 (22) 後述するクロロキン薬害訴訟の原告弁護団の理論的支柱であった後藤孝 典弁護士は,制裁的慰藉料論を強く唱えて世に問うた。同氏は,従来の不 法行為論が不法行為成立論と損害賠償論とを分断してしまい,不法行為を 成立させた故意過失あるいは無過失に該当する具体的事実如何にかかわり なく,損害賠償額は発生した結果だけによって算定させるべきであるとし ていることを批判し,一方で不法行為の成立要件を緩和しつつ,損害賠償 論においては行為抑止の意義を込めて積極的に故意過失を評価する制裁的 慰藉料論を提唱した。 すなわち,そもそも慰藉料とは,精神的損害という論証不可能なものを 賠償しているのではなく,加害行為の性質・態様や違反した法規範の性質 および違反の程度を含めた事実と規範に基づき,加害行為抑制金であると 把握するのが普遍的であるとする。 かような制裁的慰藉料論に対しては,非財産的損害の賠償を広く是認す 論 説 (22) 後藤孝典「制裁的慰藉料論」法律時報52巻9号(1980年)23頁,「現 代損害賠償論」(日本評論社・1982年)187頁以下

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る日本の民法の法文上には障害がないと考えられるにもかかわらず,抵抗 が強い。同氏はこの点に対し,日本の損害賠償額は,被害者の経済的損失 一つをとっても回復の保障には到底至っておらず,加害者の不法行為によ る利得を放置することが最大の問題点である,と批判し,現在の不法行為 法においては定額化がはかられることによって事前に費用便益計算が可能 となっており,加害者にこのような計算を可能とさせることは著しく不正 義であり,これを許さないためにも,損害賠償額は発生した結果のみによ り定まるという結果主義的定額化論がきびしく排斥されなければならず, 故意が成立する場合における賠償の高額化が承認されなければならない, とする。 そのうえで,行為抑制論に立つとき,慰藉料は主要な損害賠償の手段と して位置づけるべきであるとし,財産的損害は発生していないか発生して いても捕捉しがたい性質の財産的損害であったり主要な損害ではない類型 が頻発している現在においては,「損害」概念を財産的損失を中心として 定義するのではなく,被害者に発生した社会的・経済的不利益自体を全体 として「損害」として観念し,「損害」を正義概念を中心として構成すべ きである,としている。 (23) (5)樋口範雄「制裁的慰謝料論について−民刑峻別の『理想』と現実」 (24) これも,田中・竹内両教授の前掲書と同様の考え方に立ち,不法行為の 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て (23) 加えて,同氏は,いわゆる西原理論(人間の生命・身体の損傷に対し て被害者の収入の多寡によって賠償額に差を付けるのは不合理であるとし て損害の定額化を提唱した)に対しても,加害行為の非難可能性による差 異を捨象し,また賠償額の低額を招くとして批判している。なお,西原理 論については,西原道雄「人身事故における損害賠償額の法理」ジュリス ト339号 (1966年) 25頁,「損害賠償額の法理」ジュリスト381号 (1967年) 148頁など。 (24) ジュリスト911号(1988年)19頁

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賠償額を被害者の損害額に限った場合に,加害者がそれによって賠償額以 上の利得をあげている場合には,不法行為を継続した方がよいという判断 に立ちかねないが,懲罰的損害賠償は,利得を吐き出させられることが予 想されるならばこれを抑止できるという機能を営むものであることを指摘 する。そして,制裁や不法行為の抑制は刑事手続でするべきではないか, との論に対し,刑罰による制裁自体が十分に行われている現状にはないし, また刑罰だけでは不法行為を行った企業の利潤を全部吐き出させることは できず,このような事態を法が黙認するのはおかしいとする。また,民刑 峻別論自体に対しても,わが国の判例・学説は不法行為責任に正面から制 裁的要素を認めることには消極的だがいわば裏口から制裁的要素を加味す ることは黙認しているという現実があるし,また刑事裁判でも加害者が被 害者に賠償したか否かを重要な情状酌量の要素として勘案するのであり, 民刑峻別という「理想」は内容において空虚ではないか,と指摘している。 四 懲罰的損害賠償・制裁的慰謝料に関する判例 このような学説の展開にもかかわらず,以下のとおり,我が国の裁判所 は一貫して懲罰的損害賠償や制裁的慰謝料を,損害賠償制度の目的に反す るとして認めていない。 1 クロロキン薬害訴訟 クロロキン製剤の服用による網膜症の薬害被害について,原告らが製薬 企業の故意責任による制裁的な慰謝料を求めたのに対して,裁判所は,故 意責任自体を認めず,かつ慰謝料の制裁的な高額化も否定した。例えば, 東京地裁は以下のとおり判示した。 (25) 「不法行為による精神的損害に対する慰藉料の額を定めるにあたっては, 論 説 (25) 東京地判昭和62年5月18日判時1231号5頁

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加害行為の主観的態様,すなわち,それが故意,過失のいずれによるか, また過失の程度等も,一切の事情の一つとして斟酌すべきであり,それは, 加害行為が故意,重過失,軽過失のいずれによるかが,被害感情すなわち 精神的損害の程度に差異をもたらすため,慰藉料額に反映されることにほ かならない。そして,その限度で,加害者が一種の制裁を受ける結果が生 ずるのである。 しかし,被告製薬会社の故意責任は認められないのであるから,原告ら の主張は,既にこの点において前提を欠くばかりでなく,右の限度を超え て,加害行為が故意によるものであることを理由に,制裁の目的をもつて 責任を加重することは,損害の公平な分担を目的とする損害賠償制度の理 念に反するとともに,私法と刑事法を峻別し,刑罰権を国家に独占させる こととしたわが国の法制に合致しないものである。」 控訴審の東京高裁も同様の判示をした。 (26) 2 平成9年の最高裁判決 これらの裁判例に対する批判論も根強く存在する状況の中で,周知のと おり最高裁は,懲罰的損害賠償を命じた外国裁判所の判決の執行判決を求 めた事案について,以下のとおり判示して,我が国では懲罰的損害賠償は 認められないとして,執行判決をすることができないと判断した。 (27) 「我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害 を金銭的に評価し,加害者にこれを賠償させることにより,被害者が被っ た不利益を補てんして,不法行為がなかったときの状態に回復させること を目的とするものであり……加害者に対する制裁や,将来における同様の 行為の抑止,すなわち一般予防を目的とするものではない。もっとも,加 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て (26) 東京高判昭和63年3月11日判時1271号3頁 (27) 最判(2小)平成9年7月11日民集51巻6号2573頁

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害者に対して損害賠償義務を課することによって,結果的に加害者に対す る制裁ないし一般予防の効果を生ずることがあるとしても,それは被害者 が被った不利益を回復するために加害者に対し損害賠償義務を負わせたこ との反射的,副次的な効果にすぎず,加害者に対する制裁及び一般予防を 本来的な目的とする懲罰的損害賠償の制度とは本質的に異なるというべき である。我が国においては,加害者に対して制裁を科し,将来の同様の行 為を抑止することは,刑事上又は行政上の制裁にゆだねられているのであ る。そうしてみると,不法行為の当事者間において,被害者が加害者から, 実際に生じた損害の賠償に加えて,制裁及び一般予防を目的とする賠償金 の支払を受け得るとすることは,右に見た我が国における不法行為に基づ く損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであると認め られる。したがって,本件外国判決のうち,補償的損害賠償及び訴訟費用 に加えて,見せしめと制裁のために被上告会社に対し懲罰的損害賠償とし ての金員の支払を命じた部分は,我が国の公の秩序に反するから,その効 力を有しないものとしなければならない。」 このように最高裁は損害賠償制度の目的について伝統的な考え方を踏襲・ 確認する立場を明示したのであるが,懲罰的損害賠償は我が国の公の秩序 に反するとまで言い切っている。外国の確定判決の効力を我が国で否定す るためにこのような言い方をしたものと思われるが,懲罰的な損害賠償を 解釈論として採り得ないのみならず,立法でかような制度を採用すること 自体も公の秩序ないし根本規範に反し許されないとの議論になりかねない 点は,問題である。 3 最高裁判決後の裁判例 最高裁がこの問題で決着をつけた感がある中で,なおも懲罰的損害賠償 を求める動きは事案によって見られるが,裁判所は最高裁判例を踏襲して, 論 説

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これをいずれもしりぞけている。 (28) 特に,大型トラックから脱落した車輪に直撃されて歩行中の女性が死亡 した事故について, 事故車両の製造会社と国を訴えて話題になった事案に おいて,横浜地裁は,「被告会社は,わが国有数の自動車会社で,社会的 責任が大きいにもかかわらず,自動車の重要な保安部品に欠陥があること を知りながら,企業イメージの低下やリコールによる多大な損失を恐れ, 被告国に報告すべき欠陥の情報を敢えて秘匿したり虚偽の報告をしたりし たばかりでなく,被告国のリコール業務是正の警告を受けながら,表向き はその改善を装いつつ,実際上欠陥を放置し続けていたのであるから,加 害態様は非常に悪質で,結果も重大であるといわなければならない。」と して,製造会社に対して相当額の慰謝料を認めつつも,制裁的慰謝料の請 求に対しては,「民事訴訟における損害賠償の目的は発生した損害の補償 であり,事実上慰謝料の効果として制裁的機能や抑制的機能が認められる ことが否定されるわけではないにしても,処罰を目的とする制裁的慰謝料 を認めることはわが国のそもそもの法制と調和しないし,現在において制 裁的慰謝料の概念が成熟した裁判規範として受容されているとも認めがた い。」として,これをやはり否定した。 4 例外的な裁判例 なお,上記の最高裁判例が出る以前の裁判例であるが,マンション建築 業者が建築禁止の仮処分の審理中に近隣住民との間で騒音等の防止のため に工事作業の時間を制限する旨の和解をしたものの,その後建築業者の担 当者が工事遅延による損害金を免れた方が得策であると判断し,和解で禁 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て (28) 長野地判松本支部平成14年12月4日判タ1147号245頁(集団リンチ殺 害事件),横浜地判平成18年4月18日判時1937号123頁(トラックの脱輪死 亡事故)

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止された日曜日にあえて近隣住民の反対を無視して工事を実施した事案に ついて,京都地裁が以下のとおり判示して契約違反の懲罰的ないし制裁的 慰謝料を認めたものがあり,これが我が国で懲罰的・制裁的慰謝料を正面 から認めた唯一の裁判例である。 (29) 「故意による債務不履行の場合には,懲罰的ないし制裁的性質を有する慰 謝料の支払義務を科することかできるものと考える。わが民法においても, 米法上いわれているのと同様に,当事者は予見可能な損害さえ賠償すれば 契約を破り,経済的合理的計算により他の契約と乗り換えることもでき, いわば,契約を破る自由なるものが認められてよい場合があるが,これは 損害賠償の負担を前提としていえることであり,しかも,通常の商品売買 などの取引的契約の違反についていい得るものであるから,前認定のよう に原告らが苦心と努力の結果,建築工事に伴う騒音等による精神的苦痛を 防止する目的で成立した本件和解条項に違反する行為を故意に敢えて行なっ た本件では,それ自体違法な行為であるから予見される具体的な騒音等に よる財産的損害,精神的損害が立証されない場合でも,なお,債務不履行 ないし契約違反自体による精神的苦痛に対し,その遅反の懲罰的ないし制 裁的な慰謝料の賠償を命ずるのが相当である。」 ただし,このような不作為債務の不履行については,現行法上も,債務 名義が存在する場合には間接強制が認められており,間接強制においては 債務者から債権者に一定の金員を支払うことを裁判所が命令し,その場合 にはその金員は制裁金ないし抑止金として債権者が受け取ることを認めて いるのであるから,この裁判例はその延長線上に位置づける特殊事案とい うこともできるかも知れない。 論 説 (29) 京都地判平成元年2月27日判時1322号125頁

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五 最近の学説の動き 1 基本書レベルの一般論と被害救済の模索 このように,実務が制裁的慰謝料を正面から認めようとしない,という 流れの中で,不法行為法の基本書レベルにおいても,不法行為制度が損害 の填補を目的とすることに加えて,制裁的機能や抑止的機能を有している という側面は強調されてきているものの,これらの機能を本質的目的にま で高めて損害を要件としない不法行為責任や損害を超えた不法行為責任を 正面から解釈論として認める,といった記述は一般論としてなされていな い。 例えば,平井宜雄『債権各論Ⅱ不法行為』(弘文堂・1992年)4∼6頁 は,不法行為法の機能として損害填補的機能,予防的機能,制裁的機能を 挙げたうえで,損害填補的機能を重視することはもちろんとして予防的機 能,制裁的機能をもあわせ重視するという立場をとる,との一般的な記述 にとどめている。 四宮和夫『不法行為』(青林書院・現代法津学全集10−・1987年) 262∼269頁は,不法行為制度が加害者に損害賠償責任を課することによ り将来における加害行為の抑制として作用するという予防機能を,調整目 的に対して副次的であるとしても不法行為の目的にまで高めるべきである とし,損害を填補すべき責任が現実に制裁として機能することや,政策的 見地から損害賠償に制裁の機能を期待することまでも否定することはでき ない,と積極的な評価を与えている。ただし,現行法上は「損害」なきと ころに賠償責任を認めることはできないであろう,と限界を指摘したうえ で,いわゆる「名目的損害賠償」に関しては,「損害」概念の建て方次第 では従来認められなかったような場合にも損害賠償を認めうる,との指摘 にとどめている。 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て

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同様に,窪田充見『不法行為法[初版]』(有斐閣・2007年)18∼24頁は, 民事責任も刑事責任とともに制裁法のひとつとして同じ目的に向けた機能 を分担し得るという認識が出発点となるとするが,不法行為法では損害が 発生していることが前提となるので制約はあり,ただちに懲罰的損害賠償 の承認に向かうわけではないとする。ただし,窪田教授は,後述するよう に,加害者の利得の吐き出しを積極的に認める解釈論を打ち出している。 吉村良一『不法行為法 [第4版]』(有斐閣・2010年) 16∼19頁も,不法 行為法の目的は損害の填補による原状の回復であることから出発しながら も,加害者が利益を得ている利得型不法行為においては,事実上の機能と してだけでなく少なくとも第二次的ないし例外的機能として不法行為の抑 止ないし制裁的機能を認めるべきではないかとしている。 他方,内田貴『民法Ⅱ [第2版] 債権各論』(東京大学出版会・2007年) 303∼307頁は,今日の不法行為制度の主たる目的ないし機能は報復や制 裁ではなく,被害者の救済(損害の填補)と将来の不法行為の抑止に重要 な現代的機能があるとしている。 潮見佳男『法律学の森 不法行為法Ⅰ [第2版]』(信山社出版・2009 年)25頁,47∼55頁は,不法行為制度には損失の公平な分配・補償,事 故の抑止という意義と並んで個人の権利・自由の保障という意義が存在す るとするが,制裁的機能を過度に強調することには批判的であり, 「利益 の吐き出し」 を考えるのであれば, 損害賠償制度とは別個の制度として構 想すべきであるとする。 このように,論者により強調点が微妙に異なるという状況の中で,学説 においても,制裁的機能や抑止的機能を正面から論じるのでなく,現行の 枠組みの中で被害救済の拡がりを模索しようとするのが一つの方向である。 例えば,私法・公法峻別論に対しては,山本敬三教授が,不法行為法の みならず契約法も含めて,基本権保護義務から公法・私法を統一的にとら 論 説

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え,裁判所による法形成の責務を強調する論を展開するが,その意図は新 しい権利の保護を積極的に図ることと国家の介入の限界を調整する原理の 裏づけにあると言うことができる。 (30) また,加藤雅信教授は,現行の被害者 の損害填補システムの中で,不法行為制度には,被害救済の実効性不足 (保障の手薄な分野の存在等),社会的な負の対応(賠償責任者の防衛姿 勢等),裁判の後退現象(負の対応を意識した消極性)等の問題点がある ことから,これを克服するために,社会保険制度と損害賠償制度を合体し た総合的救済システムを提唱した。 (31) しかし,このような「脱不法行為化」 は加害者の責任を曖昧にする等の批判を (32) 受けて,後に,現行の不法行為訴 訟による個別的救済も並行して認める姿勢に転換した。 (33) また,斉藤修教授は,慰謝料を制裁として捉えることは理論上も無理が あるし,仮にこれを制裁として捉えたとしても,被害者の精神的苦痛に対 してどの程度の慰謝料を認めるのが妥当かという問題と同じく,どの程度 の制裁が妥当か,どの程度の慰謝料額が加害行為の予防に適切であるかを 判断することは極めて難しい問題として残るとし,重要なことは,精神的 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て (30) 山本敬三「取引関係における公法的規制と私法の役割(1)(2・完) ―取締法規論の再検討」ジュリスト1087号123頁・1108号98頁(1996年) (31) 加藤雅信「現行の不法行為被害者救済システムとその問題―不法行為 法の将来構想のために―」ジュリスト691号(1989年)52頁,「不法行為法 の将来構想─損害賠償から社会保障的救済へ―」(三省堂『損害賠償から 社会保障へ』1頁・1989年) (32) 例えば,柳瀬孝雄「不法行為責任の道徳的基礎」(有斐閣『現代の不 法行為法』15頁・1994年)は,不法行為法によらず別のシステムによって 効率的に被害の救済を図ろうとする 「脱不法行為化」の動きに対し,不 法行為責任を支える道徳的基礎づけを確認し,個人的正義・全体的正義・ 共同体的正義を強調した。 (33) 加藤雅信「損害賠償制度の将来構想」(日本評論社『新・現代損害賠 償法講座第1巻』289頁・1997年)

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苦痛を慰謝するに足りる慰謝料額の適正化を実現することであるとする。 (34) 2 「損害」概念の柔軟化と加害者利得の吐き出し責任論 かように,不法行為法の方向性自体を模索する動きの中で,不法行為法 の抑止的機能を拡大する方向で展開されているのが,以下に述べるような, 「損害」概念の柔軟化と加害者の利得の吐き出し論である。 (1)若林三奈「法的概念としての『損害』の意義(1)∼(3) (35) 」 不法行為による「損害」とは加害原因がなかった場合の利益状態と加害 がなされた現在の利益状態との差であるとする伝統的な差額説に対して, 実損が生じていなくとも何らかの法的な不利益が存在する場合には何らか の損害として捉え賠償する余地を残そうと試みる人間尊重の新しい損害論 の登場を踏まえ,どの不利益を法的に賠償対象として「損害」と認定する のかという要件論としての損害論に焦点を当て,不利益を「損害」と根拠 づける様々な規範を明らかにする視点から,ドイツにおける損害差額説の 批判と規範的損害論の分析を通じて,損害概念を実損害の填補に限らない 機能的概念として捉える考え方を提示した論考である。 同論考は,ドイツにおける多くの判例が,実損主義による補償原則を修 正し,現実の財産的損失と異なる不利益を賠償対象に取り込むために新た な損害概念や算定方法を構築することの正当性を説く背後には,加害責任 に重点を置き,加害者の不当な利得の禁止や加害行為の予防・制裁の機能 を不法行為法に包摂するなどの理念論があることを指摘する。とりわけ, 「具体的な財産的損失が被害者に生じていないが,被害者に生じた一定の 論 説 (34) 斉藤修「制裁的慰謝料論について」神戸商大論集41巻4・5号(1990 年)121頁,「慰謝料に関する諸問題」(日本評論社『新・現代損害賠償法 講座第6巻』199頁・1998年) (35) 立命館法学248号108頁・251号105頁・252号62頁(1996∼1997号)

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不利益な状態を損害と評価すべきであるとの判断がなされる場合」 にお いて,「さらなる損害を認定した場合,被害者側にいわゆる『不当な利得』 が生じることになるが,これは賠償を認めないことによって生じる『加害 者の不当な免責』という状態を放置しておくことの方が,より許されるべ きではないという (ある種比較衡量的な) 法的価値判断によって正当化さ れる。」との指摘は (36) ,注目される点である。 (2)窪田充見教授 同教授は,損害賠償の制裁的機能について,損害論に焦点をあてた論考 を発表している。 まず「人格的侵害と損害賠償」 (37) においては,人格的利益の侵害事例を出 発点として,不正な利益の吐き出しとしての損害賠償が解釈論レベルで可 能であることを論じる。すなわち,従来の損害賠償における損害の金銭的 評価自体が,平均賃金をベースとした算定などをとっても,複数のアプロー チの中で一定の選択をしているとしたうえで,比較法的にも,我が国の損 害=差額説の母胎といえるドイツ法においても,被害者の人格権の侵害が 出版物の売上増加や利益の獲得を目的として故意になされた場合に,金銭 賠償額の決定に際して利益の獲得を算定要素として考慮することが命ぜら れる,という判例があることや,オランダ新民法典においても懲罰的損害 賠償は正面から認められているわけではないが,他人に対して不法行為又 は契約違反によって責任を負う者が,この行為又は違反によって利益を取 得した場合は,裁判官がこの利益の全額または一部の損害を評価すること ができるとして,不正な利益の吐き出しとしての損害賠償を認める可能性 を肯定していることを指摘する。そのうえで,我が国でも,懲罰的損害賠 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て (36) 前掲註(35)・立命館法学252号112頁 (37) 窪田充見「人格的侵害と損害賠償」民商法雑誌116巻4・5号(1997年) 554頁

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償を正面から認めることができないとしても,不正な利益の吐き出しにつ いては損害填補機能と抵触することなしに解釈論上も認める余地が十分に 存在するし,そうした形で実現される制裁的機能は慰謝料に限定されるよ うなものでもないと論じる。 (38) 次いで,「不法行為法と制裁」 (39) は,不法行為法の制裁的機能について本 格的に論じた論考であり,不法行為法の制裁的性格を否定する伝統的見解 について,3つの準則を抽出したうえでそれぞれ検討を加えている。第1 の準則である責任原因(有責性の種類や程度)と責任効果 (責任範囲・賠 償額) の関連性の切断は,完全賠償原理を採用する大陸法の法システムに 由来するものであるが,大陸法においても,慰謝料に関しては制裁的な側 面を見出すことができること,我が国においても,慰謝料額の算定にあたっ て斟酌する事情の中に加害者の故意・過失の別やその程度も含まれている こと自体が,すでに損害填補に解消されない性格を有していることを指摘 する。第2の準則である損害を伴わない懲罰的な損害賠償の否定について は,被害者の過剰な利得という問題を生じる点で損害填補という側面と抵 触が生じ,解釈論レベルでの克服が困難であることを指摘しつつも,損害 =事実説に立ったうえで, 損害の金銭的評価は複数のアプローチが可能な 中での規範的な価値判断に基づく「態度決定」であり,損害を利得の観点 論 説 (38) なお,同教授は同論考の中で,不法行為法には,伝統的な不法行為法 が想定してきた差額説的に把握される財産的損害を中心とした過失不法行 為以外に,無過失責任もあるし,形のない人格的利益の侵害事案で慰謝料 の枠組みの中で処理されてきた事案など,多様性を示している状況を前に して,むしろ不法行為法の「大統一理論」ではなく,異なる侵害タイプ, 行為態様,被侵害利益のタイプに応じて有効に機能し得るルールのセット の提示が必要ではないか,とも提起している。 (39) 窪田充見「不法行為法と制裁」(石田喜久夫先生古希記念『民法学の 課題と展望』667頁・2000年)

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から評価するというスタンスをとることも,不法行為による利得を許さな いという規範的判断に基づく解釈論として可能であるとする。 (40) そして,こ のアプローチによって,損害という要件自体を取り去ることへの心理的抵 抗を克服できることを強調する。第3の準則(民刑事責任追及手続きの分 離)については,比較法的にも民事訴訟と刑事訴訟の判断の調和や刑事手 続内での附帯私訴等により,両者の機能の峻別もそれほどカテゴリカルで ないことを指摘する。 (3)後藤巻則「損害賠償と制裁」 (41) 利益吐き出し型損害賠償が問題になるのは,無体財産権などの他人の権 利の不正利用や他人の名誉・プライバシーなどの人格権の侵害によって, 被害者の損害が加害者の得た利益に遠く及ばないような場合だけでなく, 消費者被害の中で,損害が生じていることを証明できなかったり, 前述し た鶴岡灯油訴訟のように加害者の行為と損害の因果関係が証明できないた めに不法行為成立の立証ができない場合にも, 問題となり得ることを指摘 したうえで,利益吐き出し型損害賠償の可能性について,フランス法の議 論を紹介しながら検討している。フランスにおいても懲罰的損害賠償や受 益フォート(命ぜられる損害賠償を上回る利益を加害行為から得ることに なる結果,犯すことに利益があるようなフォートを意味し,そのような場 合にはフォートの立証の緩和や損害および因果関係の立証の緩和が認めら れたり,損害の填補を超えた損害の賠償を命ずる傾向があるとされる)の 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て (40) なお,同教授は,浦川道太郎ほかの座談会「不法行為法の新時代を語 る」(法律時報78巻8号4頁・2006年)の中でも,不法行為法上の義務を 行為規範として機能させる視点を強調し,加害者の利益に注目した損害の 金銭的評価の手法を支えるのは,不法行為を営利活動とすることを許さな いという価値判断であり,その部分では制裁あるいは一般予防ということ を論じざるを得ない,と発言している。 (41) 法律時報78巻8号(2006年)54頁

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有用性は認められつつも,被害者に利得を生じさせる点には否定的であり, 損害賠償と別個の位置づけを与える立場が有力であるとされている。具体 的には,被害者への損害賠償としてではなく,民事罰として一般的ないし 特別な補償基金への支払いを命ずるといった方法が考えられるとしており, このような制裁を前提とすれば,むしろ不法行為責任の追及自体が困難な 場合を含めて制裁がどのような場合に正当化されるのかが重要な課題であ る,と指摘する。 (4)山下純司「不法行為における利益吐き出し責任」 (42) 不法行為法の目的を権利侵害の回復としてとらえることを前提に,侵害 された権利の価額を加害者の利得の参照により算定することが可能かどう かを検討している。結論的には,内容の確立した権利が侵害される場合の 損害賠償額については,失われた権利が実現するはずだった価値から算定 されるべきであるとし,それが加害者の利得によって適切に算定されるな らば利得参照型損害賠償が認められてよいとするのにとどまる。これに対 し,権利侵害を伴わない,あるいは侵害された権利の価値の算定が困難な 場合の損害賠償額については,違法行為の抑止の観点から定めることには 合理性があるとし,その場合の賠償額の判断枠組として,加害者に生じた 利得を加害者の違法性の程度と被害者の損失・過失とを総合考慮して公平 に分配する方法を提示する。この後者の場合の枠組み提示は,第2章で 「問題となる場面」の第3類型や第4類型として挙げたところの,被害者 に損害が生じたのかどうかが微妙な事案であっても,加害者の利得を吐き 出させて一定の損害賠償を認めることの理論的裏付けを提供するものであ る。ただし,利得の公平な分担を強調するバランス論の立場に立っている ため,賠償額の低額化につながる面を持っている点では,筆者の立場とは 論 説 (42) NBL 937号(2010年)26頁(日本私法学会シンポジウム『新しい法益 と不法行為法の課題』への報告論文)

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異なっている。 (5)小括 利益吐き出し責任を認める解釈は,「損害」の存否や金銭的評価の認定 に加害者の利得を反映させる解釈であり,第2章で「問題となる場面」と して挙げた4類型のいずれにも生かせる余地がある。ただし,1つには, 慰謝料の制裁的機能が比較的広くコンセンサスを得られている現状におい て,精神的損害の評価が問題となる第2類型と第4類型では,このような 解釈を受け入れる余地は十分あると思われるが,金銭的損害の存否・評価 が問題となる第1類型や第3類型でこのような解釈をとることは,現行法 の解釈の域を出たフィクションにほかならない,との批判を乗り越えるこ とができるか,という問題があるように思われる。 今一つには,この解釈は,加害者に当該加害行為によって直接的な利益 が概念できるケース(典型的にはマスメディアによる名誉棄損事件や不正 競争事案)にはあてはまるが,直接的利益は概念できないものの加害行為 の社会的影響にかんがみ抑止的機能を大きく果たす必要が認められるケー スにはあてはまらない,という限界がある。 (43) 第3類型や特に第4類型のか なりのケースがこれに該当する。結局のところ,「損害」を不可欠の要件 損 害 賠 償 の 抑 止 ・ 制 裁 的 機 能 を め ぐ っ て (43) 瀬川信久「不法行為法の機能・目的をめぐる近時の議論について」 (淡路剛久先生古希祝賀『社会の発展と権利の創造』2012年・349頁)は, 抑止機能を説く近時の学説は,市場を介して他人の人格的利益や知的財産 権を侵害する収益活動を念頭に置き,刑事罰や課徴金等の行政処分が未整 備あるいは執行困難な場合について,利得吐き出し請求などを不法行為法 の解釈論として提案するものであり,実質をみると,不法行為全般に及ぶ 提言ではなく,不法行為法の新しい問題領域(人格秩序の一部と競争秩序) に限られた主張と解するべきである,としたうえで,他者の法益の侵害そ のものによって反復継続的に収益を得る侵害である場合には,「損害」概 念を拡大することによって利得吐き出し請求を肯定することに賛同してい る。

参照

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