1.はじめに
東日本大震災の教訓をふまえ、学校における防災教育では自然災害に対するいかなる場合に おいても最善を尽くそうとする主体的に行動する態度を身に付けさせることが重要視されてい る(文部科学省、2013)。また、中学校理科単元「自然の恵みと災害」のねらいには、自然と 人間のかかわり方について適切に判断する能力や態度を身に付けさせることが盛り込まれてい る(文部科学省、2008)。このように本単元のねらいに、防災教育のねらい同様、自然災害に 対する実行性を求める内容が掲げられていることは、本単元が防災教育という観点からも重要 視されていることを示す。 東日本大震災以後の学校防災教育の実施状況調査(金井・片田、2015)によると、南海トラ フ巨大地震津波による浸水被害が想定された地域の学校では、それ以外の地域の学校と比較し て防災に対するさまざまな取組が実施されている。また、その差は1時間完結の授業に比べ、 複数時間を使った授業に顕著である。上記のような被害が想定された地域では、その状況から 自ずと防災意識が高まり、その結果多くの時間を当てて活発に防災教育が実施されていると考 えられる。しかし、特に地震・津波災害のような低頻度大規模自然災害に対しては、いつ発生 するかわからないことを前提にして備えることが重要であり(文部科学省、2012)、近い将来 に甚大な自然災害が予測されていない地域で防災教育を怠ってよいわけでは決してない。 このような観点からすれば、防災教育を進めるうえでの問題点の一つに、防災意識が低く活防災意識を向上させる学習要素
―中学校理科単元「自然の恵みと災害」の実践から―
吉 川 武 憲*
Learning Contents to Make Students Foster the
Motivation of Disaster Prevention in the Lower
Secondary Class Unit“Blessings and Disaster of Nature”
(YOSHIKAWA Takenori)
*近畿大学教職教育部准教授 〔キーワード〕中学校理科、自然の恵みと災害、地震・津波災 害、防災意識
発に防災教育が実施されていない地域における推進のあり方があるといえよう。このような地 域においては、授業時間確保の問題からしても、教科として位置づけられている理科等の活用 は重要な視点となろう。 しかし、防災教育と直接的にかかわる中学校理科の本単元のこれまでの研究の多くは、学習 に利用できる題材を提供するものや(例えば、鈴木、2008;高橋、2010など)、実践事例の紹 介(例えば、木村・林、2009;中村、2010;下田、2015など)が主であり、効果的な学習方法 や学習内容についての議論は深まっていない。特に、自然災害に対する意識が低い地域に対す る効果的な学習方法等に焦点をあてた研究はこれまでない。 本研究では、まず、対象となる中学生の地震・津波災害に対する現在の意識を調査した。そ の結果に基づき、主体的に防災行動を実施していない生徒が多数いる状況であると認識したう えで、地震・津波災害に備える意欲を向上させることをねらいとした1時間の授業を、単元 「自然の恵みと災害」中で実施した。ここではその結果に基づき、防災行動の主体性が乏しい 中学生に対し、理科授業を通してできる防災意識の向上策について検討する。
2.事前調査の概要について
対象生徒及び対象地域 対象生徒は、2014年度に香川県高松市立勝賀中学校3年生に在籍していた生徒67人(2クラ ス)である。本中学校は香川県高松市の西部に位置し、校区には瀬戸内海沿岸地域及び2級河 川の本津川を含み、水田等に利用する目的のため池が点在する。次期南海地震において最大規 模の地震が発生すれば、校区内に震度6強が想定されている地域を含む(高松市、2014a)と ともに、瀬戸内海沿岸や本津川下流域を中心に津波による浸水深が最大で2∼3m 程度と想定 されている地域を含む(高松市、2014b)。校区内にある貯水量10万トン以上のため池について は、堤が決壊した場合に備えて浸水想定区域等を示した「ため池ハザードマップ(高松市、 2014c)」が作成されている。 本中学校がある香川県高松市では、大半の人が恐怖を覚える程度を示す震度5弱以上の地震 は1946年の昭和南海地震以降発生していない(香川県、2016)。記録に残っている範囲では、 それ以前の震度5弱以上を記録する地震は、震度6程度と考えられている1854年の安政南海地 震や1707年の宝永南海地震(長尾ら、2006)までさかのぼることになる。また、山本(2004) による調査結果からは、香川県住民の自然災害に対する意識が極端に低いことが読み取れる。調査時期及び調査内容 本調査は単元「自然の恵みと災害」実施直前の2015年2月に実施した。調査項目は吉川・村 田(2015)で使用した質問紙調査「地震・津波に関する災害についてのアンケート」から5問 を選択した。その内容は「自分が住む地域に発生する地震・津波の程度に対する認識」と「防 災行動の現状」の2点に大別できる。 「自分が住む地域に発生する地震・津波の程度に対する認識」についての質問では、自分が 住む地域にどの程度の危険性を伴う地震や津波が発生すると認識しているかを選択肢で回答さ せた。選択肢には「命の危険がある程度」や「ケガなどをする程度」等を設け、生徒が危険の 程度を自分のこととして回答できるようにした。なお、この質問では地震や津波が発生する時 期については言及していない。 「防災行動の現状」についての質問では、学校以外の場所で地震や津波に遭遇したときの避 難場所や避難経路を家族と決めているか、自宅が津波の浸水範囲に含まれているかどうか知っ ているか、学校で行われている地震や津波を想定した避難訓練にどの程度真剣に取り組んでい るかを選択肢で回答させた。選択肢には「だいたい決めている」や「だいたい知っている」を 設け、避難場所や浸水範囲の認識が明確ではないが、肯定的な態度を示す生徒の把握に利用し た。
3.事前調査の結果と分析について
自分が住む地域に発生する地震・津波の程度に対する認識(図1問1、問2) 自分が住む地域にどの程度の危険性を伴う地震が発生すると考えているかについて質問した 結果、「命の危険がある」と回答した生徒は72%(48人)で、「ケガをする程度」が25%(17 人)、それ以外の回答はほとんどなかった。また、津波については「命の危険がある」と回答 した生徒は37%(25人)で、「ケガをする程度」が31%(21人)、「それほど危険はない」が25% (17人)、それ以外はほとんどなかった。 防災行動の現状(図1問3∼問5) 学校以外の場所で地震や津波に遭遇したときの避難場所や避難経路などについて家族と決め ているかどうか質問した結果、「決めている」が22%(15人)、「だいたい決めている」が54% (36人)であった。一方、「決めていない」が21%(14人)いた。高松市が公表している津波の予想浸水範囲(高松市、2014b)に自宅が入っているかどうか 知っているかについて質問した結果では、「知っている」が24%(16人)、「だいたい知ってい る」が18%(12人)であった。一方、「知らない」と回答した生徒は46%(31人)であった。 学校で行われている地震や津波を想定した避難訓練の時に真剣に取り組んでいるかについて 質問した結果、「とても真剣に取り組んでいる」が10%(7人)、「真剣に取り組んでいる」が 58%(39人)であった。「あまり真剣に取り組んでいない」と「真剣に取り組んでいない」は 合わせて28%(19人)であった。 図1 自分が住む地域に発生する地震・津波の程度に対する認識と防災行動の現状に関する事前調査結果
地震・津波の程度に対する認識と防災行動の関連(図2) 図2は、事前調査の結果に基づき、自分が住む地域に発生する地震・津波の程度の認識と自 己の防災行動に関する態度の関係についてクロス集計した結果である。なお、図2における地 震・津波の程度の認識については少数の項目の結果は表示していない。 「自分が住む地域に発生する地震の程度の認識と避難場所等の決定状況の関係」(図2)を みると、自分が住む地域に命の危険がある地震が発生すると認識している生徒で避難場所等を 決めている生徒は21%(10人)おり、だいたい決めている生徒を含めれば75%(36人)であっ た。またこの割合は、自分の地域にケガをする程度の地震が発生すると認識している生徒と比 較してもほぼ同様であった。同様に、図2からをみても、生徒が実際に起こしている防災 行動に関連する態度と地震や津波の程度の認識との関連性はほとんど認められない。 事前調査結果の分析 今回の調査で得られた結果は、基本的な傾向として吉川・村田(2015)の調査結果と類似し ている。その特徴は、地震・津波の程度に対する認識や防災行動については、例えば、大部分 の生徒が危険を伴う地震が発生すると予見している(図1問1)など、ある程度良好な結果 を示していると推測できる部分もあるが、自分が住む地域に発生する地震や津波に対する危険 性の認識が高い生徒でも、必ずしも防災行動が積極的でない傾向を示している(図2)。これ には、自分が住む地域に発生する地震・津波の程度に対する認識を問う質問において発生時期 を限定していないことから、いつか危険を及ぼすような地震や津波が発生するだろうが、自分 の生きている間に起こらないだろうと考えている者の影響もあると思われる。しかしこのよう な思考は、いつ起こるかわからないが備えを怠ってはならない低頻度大規模自然災害(文部科 学省、2012)に対する甘い認識であったり、知識としての危険性は有しているが現実感として は事態を楽観的に捉えている可能性があったりすることを示すもので、いずれも地震・津波そ のものに対する危険性の認識の不十分さからくるものと考えられる。 さらに同様な傾向が高松市内の他の2校でも認められる(吉川・村田、2015)ことから、こ れらは当該中学校の問題というより地域的な問題だと推測できる。山本(2004)の調査結果か ら、香川県が自然災害に対する意識が極端に低い地域であることからも、この推測の妥当性は 高い。 これらを総合すると、対象生徒の中には防災行動を積極的に実施している者もいるが、その
者も含めて多くの生徒は、地震や津波による危険性の有無の認識に関係なく防災行動を実施し ていると推測できる。すなわち、多くの生徒の防災行動の動機づけが、地震・津波の危険性か ら自己の命を守るという主体的な目的で生じたものではないといえよう。地震や津波に対する 備えがこのような状況では、実際に発生したときに自分の命が守れる行動ができるか疑わしい。
4.授業について
授業のねらいと手立て 事前調査の分析結果からすれば、対象生徒の多くは自己の命を守るために主体的に防災行動 を実施しているとはいえない状況にある。そこで本地域が長期間地震・津波災害に襲われてい ない地域であることを考慮に入れ、本単元に求められている自然災害にかかわる具体的な実行 性を身に付けることに関連する学習として、防災に対する備えを実行に移す過程の第一段階と なる体験・危機感・恐怖心などの揺さぶり(桝田ら、1988)を取り入れることとした。これに より、いつか自分の身にもこの自然災害が起こり得るという認識をもたせようと考えた。必要 以上に危機感をあおる学習は避けるべきであるが、本地域のような状況からすれば、生徒に適 切な危機感をもたせる必要があるとの判断である。 その手立てとして、自分が住む地域で過去に地震・津波災害が発生した事実を具体的に認識 させる学習と自分が住む地域の将来の危険性を具体的に認識させる学習の両方を組み込んだ授 業を実施することにした。この結果として、これまでの防災行動に対する自己の取組の改善意 欲の向上に結び付けたいと考えた。 対象生徒に過去の地震・津波による被災状況を具体的に示す資料として、大半の人が恐怖を 覚える震度5以上の過去の地震を想定した。最も近いものは1946年の昭和南海地震であるが、 本地震発生が終戦直後であることから当時の具体的な資料が十分には残されていない。そこで 今回は、古文書や古絵図として当時の状況が残されており、高松で震度6程度と推測されてい る1854年の安政南海地震と1707年の宝永南海地震(長尾ら、2006)当時の資料を用いることに した。 また、地震・津波による将来の危険性を具体的に認識させるために、地域の3種のハザード マップを用いることとした。ハザードマップは自分の自宅の位置が確認できるように、できる だけ詳細なものを利用した。これにより、この情報を自分のこととして捉えさせたいと考えた。 このような自分が住む地域で実際に発生した過去の地震・津波による被災状況の学習や地域のハザードマップを利用した学習は、本単元の学習法として学習指導要領(文部科学省、2008) に例示されている。 実施した授業内容 今回実施した授業内容を表1に示す。また、授業の際に利用したスライド資料の一部を図3 に示す。今回の授業は1時間構成で、以下に示す7つの学習内容(表1中の①∼⑦)を含む。 授業形態としては、指導者の話を聞くことが中心の聴講型、指導者の質問に対して思考する思 考型、課題に対して資料等を自由に調べる活動型の3つを設けた。 ① 日本の活断層分布(表1①)[聴講型] 日本において地震で揺れない地域があるかどうか予想させたうえで、過去20年間の日本にお けるM3.0以上の震源分布をみせ、いたるところに震源が分布していることを説明した。そして そのような内陸型地震の震源となり得る活断層が日本中に分布していることを、特に中四国の 活断層分布を詳しくみせて説明した。この学習のねらいは、日本中どこにいても地震に遭遇す 表1 本時の学習内容と教師の支援活動 教師の支援活動 学習内容 ○日本において地震で揺れない場所があるかどうか予想させたうえ で、過去20年間の日本の震源分布をM6以上、M5級、M4級、M 3級の順に見せ、震源が日本中のあらゆるところに分布しているこ とを認識させる。 1.日本中に震源が分布すること を知る。【聴講型】 ○フィリピン海プレートがユーラシアプレートに潜り込むことによ り、海溝型地震、内陸型地震、プレート内地震が発生することを図 示して説明する。 2.西日本の震源とプレート運動 の関係を理解する。【聴講型】 ○日本中に活断層が分布していることから、内陸型地震がどの地域 にも発生する可能性があることを認識させる。特に中四国地方の活 断層を詳しく見せることで、自分たちの住む地域の近くにも活断層 が存在することを認識させる。 3.日本の活断層分布を知る①。 【聴講型】 ○香川県の過去の地震による被害状況を予想させたうえで、宝永と 安政南海地震を例に、古文書「翁嫗夜話」や古絵図「讃岐国那珂郡 満濃池近郷御料私領絵画」を使いながら被害状況について説明する。 4.香川県の過去の地震被害の状 況を知る②。【聴講型】 ○これまでの南海地震の周期性をプレート運動と関連づけることで、 その周期性の意味を科学的にとらえることができることを説明する。 ○これまでの南海地震の発生周期をもとに、次期南海地震発生時期 予想を立てさせ、発生時期が迫っていることを実感させる。 5.南海地震の周期性を理解し、 次期南海地震の発生時期を予想 する③。【思考型】 ○次期南海地震での自分が住む地域の震度を予想④ させたうえで、 高松市が作成しているハザードマップを利用し、次期南海地震で想 定される自分が住む地域の震度⑤、津波浸水範囲⑥、ため池危険地 域⑦ を確認させる。 6.次期南海地震による被害想定 について知る。【思考型・活動 型】 ①∼⑦は表2の学習内容と一致する。
る可能性があることを認識させることである。この学習は、自分が住む地域の将来の危険性を 認識させる学習に位置づけられるが、自分との関連づけや、被害の具体性には欠ける。 ② 香川県の過去の地震被害(表1②)[聴講型] 香川県の過去の地震被害にどのような危険性を伴うものがあったか予想させたうえで、過去 の地震被害の状況を古文書や古絵図等を使って具体的に認識させた。古文書として利用したの は、吉川・村田(2014)に紹介されている1707年(宝永4年)10月28日に発生した南海地震に よる香川県内の地震被害について記述した古文書「 翁嫗 夜 話 」(図3)である。本授業で利おうう や わ 用する以下の内容は、山本(2003)や菅原・長谷川(2003)の研究等と照合した結果、概ね事 実に基づいていることがわかっている(吉川・村田、2014)。 生徒に聞かせた内容は、「未の刻(午後二時頃)に地面が大いに震え、雷のような音がとど ろいた。地面は裂け、水が湧き、水に浸かった場所の稲は実がはじけた。河や海付近の地盤が 軟らかい地では特に激しく、そのため木田(木太)の冷川(詰田川)東側の大路が裂けること 図3 授業に使ったスライド資料の一部 敢古文書「翁嫗夜話」 (瀬戸内海歴史民俗資料館蔵) おうう や わ 柑五剣山(撮影、吉川武憲) 桓五剣山の山頂から落下した岩体 (撮影、吉川武憲) 棺古絵図「讃岐国那珂郡満濃池近郷御 料私領絵画」(香川県立ミュージア ム保管)の一部
六尺(180cm)余り、山の下は地盤が固く厚く、粘質の土が裂けても被害は少なかった」「五剣 山の一峰が崩落した。火光は雷のごとく、数回にわたり響き、驚かせた。墓石はすべて倒れ、 井戸や肥溜はみな吹き出てしまった。小さな家は倒れ、垣根や壁は崩れてしまい、どんな堅固 に造られた家であっても、傾かない家はなかった」「北浜の魚店の瓦葺の家屋はことごとく全 壊し、圧死者が出た。その際、役人に被害状況を調べさせ、被害に応じて金や米を支給した。 その日は昼夜に、小さな地震がしばしば起こり、潮位は通常より六尺(180cm)高くなり、堤 防の多くが破壊し、すべて流された」「下流に住む人が言うには、いつかまた地震がきて津波 が押し寄せ、人々を飲み込むかもしれない。多くの人々は安眠できず仮設の草葺小屋を設置し、 生活をしていた。津波に備え米袋を用意し、いざという時には山の上に逃げようとした。翌年 の夏、大雨や 雹 が降った。これ以後地震は止み、それをもって人々は、いささか平静を取り戻ひょう した」である。 この「翁嫗夜話」に記述されている高松市にある五剣山(図3)の崩壊については、この 地震によって落下したと考えられている岩体の写真(図3)をみせた。また、この古文書の 内容を身近に感じさせるため、地名が出てきた際には現在の位置を確認させた。 安政元年(1854年)には安政南海地震の影響で満濃池が決壊し、下流の地域を大量の水が 襲っている(満濃池土地改良区、2001)。当時の古文書「満濃堤由来記」に記述されている「池 の堤が完全に破壊し、洪水が起こった。田には魚や亀が流れ込み、茂みに船が漂った。人畜の 死傷はいちいち言うまでもない。これを安政寅の洪水と言う」を生徒に紹介するとともに、決 壊後の水がほとんどない満濃池の様子を示す古絵図「讃岐国那珂郡満濃池近郷御料私領絵画」 (図3)をみせ、巨大なため池がかつて決壊した事実を示した。 これにより、香川県においても過去の地震による大災害が発生したこと、また、津波災害だ けでなく、山体崩壊やため池の決壊が発生する可能性があることを認識させることをねらった。 この学習は、自分が住む地域で過去に地震・津波災害が発生した事実を具体的に認識させる学 習に位置づけられる。 ③ 次期南海地震の発生時期と震度の予想(表1③④)[思考型] 津波を伴う南海地震がユーラシアプレートにフィリピン海プレートが潜り込む場所で発生す ること、フィリピン海プレートが一定の速さで運動していると想定すれば、ユーラシアプレー トの歪の限界がほぼ一定の間隔でくることを説明した。そのうえで、これまでの南海地震の発 生時期(寒川、2011)を知らせ、最近の南海地震においては最短で約90年、最長で約150年の
間隔で発生していることから、次の南海地震の発生時期を予想させた。また、震度予想では、 古文書の記述などを基に、次期南海地震で想定される自分が住む地域における最大震度を予想 させた。ただし、予想させた年代や震度については深入りしなかった。この学習は、自分が住 む地域の将来の危険性を具体的に認識させる学習に位置づけられる。 ④ 次期南海地震の想定震度分布、想定津波浸水範囲、ため池危険地域の確認(表1⑤⑥⑦) [思考型・活動型] 高松市が作成しているハザードマップ(高松市、2014a、2014b、2014c)を利用して、次期 南海地震で想定される震度分布、津波浸水範囲、ため池崩壊の危険地域を自宅の場所と比較さ せながら確認させた。この学習は、自分が住む地域の将来の危険性を具体的に認識させる学習 に位置づけられる。
5.授業の結果について
振り返りシートについて 授業は、事前調査を実施した2クラス(66人)を対象に2015年2月末に実施した。クラスご とに「4実施した授業内容」に示した授業を実施した後、全員に振り返りシートを記入させ た。 振り返りシートに記入させた内容は、今回の授業が今後の生活に役立ったと思うか、今 後の生活に役立ったと思う学習内容は何か、自由記述による授業の感想の3点である。で は、「4実施した授業内容」で示した7つの学習内容が今後の生活に役立ったと思うかどう か学習内容ごとに選択させた。 この、では、今後の生活に役立ったと思うかどうかを回答基準にしたが、今後の生活に 役立ったと思うと回答した生徒は、今後生きるために必要なものをその学習から得たと感じた 生徒といえる。本研究では、今後の生活に役立ったと思う学習で得たものが感想に表現される と考え、感想の内容を分析して地震・津波に備える意欲を向上させることができたかどうか判 断するとともに、その効果をもたらした学習内容を推測した。 振り返りシートに生徒が記述した内容 図4は振り返りシートに記述された、に対する回答をまとめたものである。「今回の 授業は今後の生活に役立ったと思うか」という質問に対しては、「たいへん役立ったと思う」が79%(52人)、「役立ったと思う」が15%(10人)、「ふつう」が6%(4人)であった。否定 的な回答はなかった。 「どの学習内容が今後の生活に役立ったと思うか」の質問に対し、今後の生活に役立った と思った生徒が最も多かった学習内容は、「次期南海地震の想定震度分布確認」で、対象生徒 の71%(47人)であった。また、「香川県の過去の地震被害の認識」「次期南海地震の発生時期 予想」「次期南海地震の震度予想」「次期南海地震の想定震度分布確認」「次期南海地震の想定 津波浸水範囲確認」は、対象生徒の約60%が今後の生活に役立ったと思ったと回答した。一方、 残り2つの授業内容が今後の生活に役立ったと思った生徒は全体の約40%であった。この質問 に対し、役立ったと思う学習内容がなかった生徒は全体の8%(5人)であった。 振り返りシートに記述された感想については、筆者がその内容に基づいて4つに区分した (図5)。最も多かった内容が「次の南海地震の震度が知れてよかった。地震に備えて色々準備 図4 振り返りシートに記述された内容
をしたい」や「あまり知らなかった「南海トラフ」のことが知れてよかった。香川はそんなに 被害がないと思っていたけど、油断はできないと思った」など「自己の取組の改善の必要性」 について記述した生徒で、対象生徒の45%(30人)であった。次に多かった内容は「今回の授 業で自分たちがとても危険な状況だということがわかりました」や「今日の授業で地震や津波 の怖さがあらためてわかった。香川県にも大きな地震がくることがわかった」など、防災に関 する自己の取組姿勢などには触れていないが、自分が住む地域の危険性が認識できたと考えら れる「地元の自然災害の理解」について記述した生徒であり、44%(29人)であった。また、 「どのような防災があるかを教えてほしい。家でできるもの。家具を倒さないように。持ち出 すといいもの」と「防災教育の要望」を記述した生徒が2%(1人)いた。「その他」は感想 を記述していない生徒等9%(6人)である。 表2は、「自己の取組の改善の必要性」について記述した生徒と「地元の自然災害の理解」 について記述をした生徒ごとに、今後の生活に役立ったと思った学習内容をまとめたものであ る。「自己の取組の改善の必要性」について記述した生徒の70%以上は、「香川県の過去の地震 被害の認識」「次期南海地震の発生時期予想」「次期南海地震の震度予想」「次期南海地震の想 定震度分布確認」「次期南海地震の想定津波浸水範囲確認」の5つを選択した。一方、「地元の 自然災害の理解」について記述した生徒は、「次期南海地震の震度予想」や「次期南海地震の 図5 振り返りシートに自由記述された感想の内訳
想定震度分布確認」が今後の生活に役立ったと思った割合がほぼ70%を占めるが、「次期南海 地震の発生時期予想」「次期南海地震の想定津波浸水範囲確認」がほぼ60%、「香川県の過去の 地震被害の認識」は50%ほどであった。「自己の取組の改善の必要性」について記述した生徒 と「地元の自然災害の理解」について記述した生徒の差に着目してみると(表2)、「次 期南海地震の震度予想」と「次期南海地震の想定震度分布確認」は4.3ポイントであるが、「次 期南海地震の発生時期予想」「次期南海地震の想定震度分布確認」は14.7ポイント、「香川県の 過去の地震被害の認識」は31.7ポイントであった。 さらに、「自己の取組の改善の必要性」について記述した生徒と「地元の自然災害の理解」 について記述した生徒それぞれの個人の回答傾向を分析したが、明確な傾向は認められなかっ た。
6.考 察
単元「自然の恵みと災害」の学習の中で、自分が住む地域で過去に地震・津波災害が発生し た事実を具体的に認識させる学習と、自分が住む地域の将来の危険性を具体的に認識させる学 習を組み込んだ1時間の授業を実施した。その結果、「自己の取組の改善の必要性」について 記述した生徒は対象生徒の45%(66人中30人)であった。これらの生徒は具体的に地震・津波 災害に備える自己の取組の改善の必要性に関する記述をしていることから、一時的である可能 性はあるが、自己の取組の改善意欲を明確に向上させた生徒だといえる。 一方、「地元の自然災害の理解」について記述した生徒は44%(66人中29人)で、自分が住 表2 「自己の取組の改善の必要性」について記述した生徒と「地元の自然災害の理解」について 記述した生徒ごとにまとめた、今後の生活に役立ったと思った学習内容 学習内容⑦ 学習内容⑥ 学習内容⑤ 学習内容④ 学習内容③ 学習内容② 学習内容① 次期南海地 震のため池 危険地域確 認 次期南海地 震の想定津 波浸水範囲 確認 次期南海地 震の想定震 度分布確認 次期南海地 震の震度予 想 次期南海地 震の発生時 期予想 香川県の過 去の地震被 害の認識 日本の活断 層分布の認 識 53.3% 73.3% 76.7% 73.3% 73.3% 80.0% 56.7% 自己の取組の改善の 必要性 N=30人 34.5% 58.6% 72.4% 69.0% 58.6% 48.3% 24.1% 地元の自然災害の理 解 N=29人 18.8 14.7 4.3 4.3 14.7 31.7 32.6 表中の数字はそれぞれの記述をした生徒の中の割合(%)を示す。む地域の危険性には気づくことができたが、防災に関する自己の取組姿勢についての記述はで きなかった。この生徒は地元の自然災害の理解に留まった生徒であり、「自己の取組の改善の 必要性」について記述した生徒と比べて地震・津波災害に備える意欲は行動変容に結びつく程 ではなかったと推測できる。 次に、本授業で実践した7つの学習内容の効果を検討する。本授業で「自己の取組の改善の 必要性」について記述した生徒の70%以上が、「香川県の過去の地震被害の認識」「次期南海地 震の発生時期予想」「次期南海地震の震度予想」「次期南海地震の想定震度分布確認」「次期南 海地震の想定津波浸水範囲確認」の5つの学習内容が今後の生活に役立ったと回答した(表 2)。これら5つの学習内容によって、今後生きるために必要なものを得られたと認識できた 結果が、この意欲の向上につながったと考えられる。 これに対し学習内容「日本の活断層分布の認識」と「次期南海地震のため池危険地域確認」 は、上記の5つと比較して約20%低い割合を示す。「日本の活断層分布の確認」では、日本に おいて地震が発生しない地域はないことを認識させるねらいであったが、直接自分が住む地域 と関連づけた学習は実施していない。また、「次期南海地震のため池危険地域確認」の割合が 低いのは、個々のため池危険地域が狭い範囲に限られるため、影響を受ける生徒の数が少な かったからだと推測できる。これらは、対象生徒にとって自分が住む地域と直接的に関連づけ られる学習内容かどうかで、自分にとって役立つ学習内容かどうかを判断した可能性を示唆す る。中学生の発達段階を考慮すれば、直接的に自分が住む地域と結びつけた学習が有効である ことを示す例だといえよう。 また、「自己の取組の改善の必要性」について記述した生徒と「地元の自然災害の理解」に ついて記述した生徒では、上記の5つの学習内容に対する印象に特徴的な差が認められる(表 2)。この差の最も大きな学習内容が「香川県の過去の地震被害の認識」であることは、 本学習が地震・津波に備える自己の取組の改善の必要性に気づかせる上で重要な役割を果たし た可能性を示唆している。一方、「地元の自然災害の理解」について記述した生徒が今後の生 活に役立ったと思った「次期南海地震の震度予想」と「次期南海地震の想定震度分布確認」の 割合は、「自己の取組の改善の必要性」について記述した生徒とほとんど差はない(表2 )。この結果は、「次期南海地震の震度予想」と「次期南海地震の想定震度分布確認」の学習 だけでは、自己の取組の改善の必要性に気づくまでの効果はあげにくかったことを示している。 以上を総合すると、今回の授業実践において推測できることは、防災意識の低い生徒の地震・
津波災害に備える意欲を向上させる効果を高めたのは、上記の5つの学習、言い換えれば、自 分が住む地域で過去に地震・津波災害が発生した事実を具体的に認識させる学習と自分が住む 地域の将来の危険性を具体的に認識させる学習の両方であるといえよう。このうちの一つであ る自分が住む地域の過去の地震・津波災害が発生した事実の認識が、防災行動に関わる意識を 向上させるのに重要であることは、吉川(2016)でも示されている。 最後に、今後の課題について述べる。今回の授業で重要な学習内容だったと推測できる、香 川県で発生した過去の地震・津波災害事例をより具体的に示すためには、150年以上さかのぼ らなければならない状況であった。そのため今回は古文書や古絵図を利用した。地元の自然災 害の理解に留まった生徒に対し、この「香川県の過去の地震被害の認識」の学習が今後の生活 に役立ったと認識されにくく、これが地震・津波災害に備える意欲が向上した生徒が半数程度 に留まった原因の一つであると考えられる。防災意識が低い地域は、特に前回の甚大な地震・ 津波災害が発生してから年数が経過しており、具体的に捉えさせられる過去の事実が古文書等 にしか残されていない場合が多い。より具体的でわかりやすい資料をいかに発掘していくかが 今後の検討課題であるといえよう。また、今回学習に用いた事例は南海トラフで発生する海溝 型地震であったが、いつ発生するかわからない前提で学習を進める必要性(文部科学省、2012) から考慮すれば、本実践に過去の活断層型地震の事例等も加えるべきだったといえよう。この ような視点でも適切な資料の発掘が必要となろう。 一方、防災意識は防災教育実施後に低下していく(黒崎ら、2010)ことからすると、今回の 実践による防災意識の高まりは一時的なものである可能性は高い。しかし、一時的であろうと もその機会をうまく生かすことができる可能性はある。松田・岡田(2006)によれば、体感し た災害やごく近隣で発生した災害は多くの対策行動を誘発する好機となる。今回の授業が、一 時的でも地震・津波災害に対する自己の取組の改善の必要性を生み出せているならば、このよ うな機会を逃さずにタイミングよく防災に関わる実践的な指導を実施すれば、家庭における家 具の配置の工夫や固定などの実施に結びつけることは可能だろう。阪神淡路大震災の死傷者の 多くが家屋や家具による圧死だったこと(生田ら、2002)を考えると、それだけでも価値は大 きい。
7.おわりに
しばしば理科の授業で防災教育を実施すべきなのかが議論される。その議論は、理科で学習すべき範疇に防災教育が含まれていないという前提に立つものであろう。しかし、今回実施し た授業は中学校学習指導要領(文部科学省、2008)に示された内容だけである。このことは、 本研究は理科の授業で防災意識を向上させる可能性を示唆したものだといえよう。また、実践 的な防災教育を実施していくうえで、防災意識が低い状況では主体的な学習には成り得ない。 この防災意識は地域によって大きな差があると推測できることから、特にこのような意識の低 い地域でこそ、必ず実施される教科である理科授業の工夫が必要だといえよう。 平成29年3月に新たな中学校学習指導要領(文部科学省、2017)が公示された。これによる と、単元「大地の成り立ちと変化」の最後に「自然の恵みと火山災害・地震災害」の学習が加 わった。これにより、地震や火山に対する科学的な認識と並列的に防災についても学習できる 機会が増やされたと考えれば、より効果的な単元配置だといえよう。しかも、2 分野の最終単 元「自然と人間」に「地域の自然災害」が分割して残された形になっており、防災教育に関す る内容の比重が増したといえるであろう。この流れを生かし、理科でしっかりと防災に関する 意欲を高め、その後の実践的な防災教育へとつないでいけるよう工夫し続けることが求められ る。 なお、本論文は筆者が香川県高松市立勝賀中学校に在籍した当時の実践をまとめたものであ る。 謝 辞 本研究実践は、当時の香川県高松市立勝賀中学校の3年生のみなさん及び関係の先生方の協 力がなければなし得ることはできなかった。さらに、香川県立ミュージアム及び瀬戸内海歴史 民俗資料館には貴重な資料を快く提供いただいた。この場を借りて、心から感謝申し上げる。 引用文献 生田英輔・宮野道雄・糸井川栄一・田中 裕・西村明儒・熊谷良雄(2002):阪神・淡路大震 災における重傷者発生世帯への調査に基づく死傷発生メカニズムの検討.地域安全学会論 文集,第4号,281288. 香川県(2016):過去における主な地震一覧.http://www.pref.kagawa.lg.jp/bosai/kakosaigai/ zisin..pdf(平成29年11月30日閲覧) 金井昌信・片田敏孝(2015):東日本大震災以後の学校防災教育の実施状況とその実施効果に
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