教科書教材を読みなおす(Ⅹ)小川洋子「バックストローク」論 : 依存する家族像

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一、はじめに   本論では、小川洋子(一九六二年三月~)の「バックス ト ロ ー ク 」 を 取 り 上 げ る 。 本 作 品 は 、「 海 燕 」 一 九 九 六 年 一 一 月 に 発 表 さ れ 、 の ち 『 ま ぶ た 』( 二 〇 〇 一 年 三 月 、 新 潮社)に所収された。その後高等学校国語科教科書「現代 文 B 」「 精 選   現 代 文 B 」( 教 育 出 版 )、 「 探 究 現 代 文 B 」 「新探求現代文B」 「現代文B」 (桐原書店)に採録され、 文学教材としても認知されている。先行研究、教材研究が 多い作品ではないが、現代文学を代表する作家の作品の読 解を通じて、その人間観や世界像を理解することは、人間 の言語活動と密接に関わる言語文化への興味関心を育む上 で、有益な活動と考える。   その意味でも「バックストローク」を論じる前に、まず、 小川洋子の文学観がどのようなものか、その特徴について 概観しておきたい。幸い小川は自分の方法論や文学観につ いて言及することが多い。   『 博 士 の 愛 し た 数 式 』 の 場 合 も 、 や は り 橋 を 架 け る 作 業が行われています。 博士がいて、 ルートがいて、 私 (家 政婦さん)がいる。この三人が非常に安定した強固な関 係を築けるのはなぜかというと、博士の記憶が八十分し かないからです。彼は、一瞬を繰り返しているだけなの です。継続した時間の中でお互いの人格をぶつけあった り、情念を戦わせたりしていない。八十分しか記憶がも たないということで、そういうことのできない状況に陥 っている。これとまったく正反対に数は永遠です。比喩 的な永遠ではなく、絶対的な永遠です。一方、博士たち が暮らしている、過ごしている時間は一瞬です。この間 に橋を架けることが必要になってきたわけです。 永遠と 一瞬。あるいは、数と言葉。正反対のように見える概念 を、一つの王国の中に共存させたいと思って書いたのが

      

―依存する家族像―

 

   

   

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ナスの場所でありましたが、周囲の大人たちや本人の才 能によって、そこを強い守りとすることができました。 その強固な殻の中で、 自分とは何かを問いかけ、それを 表現し、自己を高めていった のです。 一旦閉じこもるこ と によって、外の世界と適度な距離を取り、 自分と一対 一で向き合うことによって、孤独を手に入れる。その孤 独が人を成長させるのだと思います ⑵ 。   小川は、世界と距離を取った孤独の重要性に着目してい る。孤独が、自分と一対一で向き合い、自己理解を進め、 成長を促すと考えているからである。この考えを具体化し たのが「六角形の小部屋」 (『薬指の標本』平成六年一〇月、 新 潮 社 ) で 、「 語 り 小 部 屋 」 と い う 装 置 を 通 し て 、 登 場 人 物たちが自己理解を深めていく姿が描かれる。小川にとっ ては、孤独こそが自己と向き合い、自身について問いかけ、 成長するための必要条件なのである。そして物語について は、以下のように述べる。   物語とはまさに、普通の意味では存在し得ないもの、 人と人、人と物、場所と場所、時間と時間等などの間に 隠れて、普段はあいまいに見過ごされているものを表出 さ せ る 器 で は な い で し ょ う か 。( 中 略 ) あ い ま い で あ る ことを許し、むしろ尊び、そこにこそ真実を見出そうと 『博士の愛した数式』です 。結局、八十分を繰り返し生 きている三人は、ハムスターが小さなカゴの中でくるく る廻っているように、八十分を繰り返すことで、ある種 の永遠を感じているのです。八十分は一瞬だけれども実 は永遠であるというふうに、 本来矛盾するものが矛盾し ないで共存できた 。だからこの三人は至福の時を過ごす こ と が で き た の で は な い か な と 思 い ま す ⑴ 。( 傍 線 引 用 者、以下同)   傍線部のように小川は、 永遠/一瞬、 数/言葉という 〈正 反 対 の よ う に 見 え る 概 念 〉 に つ い て 、〈 本 来 矛 盾 す る も の が矛盾しないで共存〉させるという、独自の創作法を述べ ている。正反対で矛盾する概念を共存させるための、架橋 の作業として登場人物たちは配置され、その結果として作 品が紡がれるのである。   次に、小川自身が度々言及しているように、小川の創作 活動に強い影響を与えているのが、ホロコーストと「アン ネの日記」である。人間に極限の体験を強いたそれらの政 治的行為とその記録から、小川が何を見出しているのかが 分かるのが、以下の引用である。   テレジンの子どもたちにとっての収容所、そしてアン ネにとっての隠れ家は、悪意によってもたらされたマイ

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所 が あ っ た 。〉 と 、 ナ チ ス ド イ ツ 時 代 に 強 制 収 容 所 に 作 ら れたプール遺構に言及する。   青 年 が 指 差 し た ト ン ネ ル の 入 り 口 の 脇 に 、プ ー ル が あ っ た 。   それはあまりにも不意に現われ、わたしを戸惑わせた。   水は入っていなかった。 25× 15メートルのごく標準的 な大きさだったが、プールサイドにはたっぷりと余裕が あった。ステップの手すりは錆つき、コンクリートはひ び割れ、すき間から雑草が伸びていた。もう長い間、人 の泳いでいないプールだと分かった。   「 収 容 所 の 看 守 と そ の 家 族 が 、 こ こ で 休 日 を 楽 し み ま した。囚人たちが作りました」   青年は言った。   今まで目にしたなかで最も痛ましく、昔わたしの家に あったのと、最もよく似たプールだった。   ここでナチスドイツの強制収容所という歴史的アイコン が登場することに、読者は唐突の感を免れない。小川文学 に親しんだ読者には、 小川の 「アンネの日記」 に対する並々 な ら ぬ 関 心 の 強 さ は よ く 知 ら れ て い る 所 で あ る 。「 バ ッ ク ストローク」を発表する二年前の一九九四年六月三〇日か ら七月九日にかけて、小川はアンネ・フランクゆかりの地 で あ る オ ラ ン ダ と ポ ー ラ ン ド を 編 集 者 と と も に 旅 行 し 、 する。それが物語です ⑶ 。   小 川 に と っ て 〈 普 通 の 意 味 で は 存 在 し 得 な い も の 〉〈 普 段はあいまいに見過ごされているもの〉を表出させる器と して、 物語はある。 この説明に従い、 「バックストローク」 の世界で見出される「真実」とはどのようなものか、以下 に明らかにしたい。 二、監禁と共依存   「 バ ッ ク ス ト ロ ー ク 」 は 、 中 学 生 ま で 優 れ た 水 泳 選 手 で あった弟を持つ「わたし」を語り手として、家族の崩壊を 物 語 る 短 編 小 説 で あ る が 、 物 語 の 冒 頭 は 、〈 今 ま で 自 分 は 何個のプールと出会ってきたのだろうか、と考えることが あ る 。( 中 略 ) プ ー ル が あ る だ け で 、 そ れ は わ た し に と っ て 特 別 な 風 景 に な る 。〉 と い う プ ー ル を 対 象 と し た 述 懐 か ら始まる。 〈わたしは泳ぐのが嫌いだった。 〉という語り手 の「わたし」が、なぜプールを〈特別な風景〉として見る のか、読者に疑念を抱かせる導入部である。後で明らかに な る よ う に 、「 わ た し 」 と そ の 家 族 の 人 生 に と っ て 、 プ ー ルは重要な要素であった。   そ の 後 「 わ た し 」 の 語 り は 、〈 一 年 半 ほ ど 前 、 雑 誌 に 連 載する長編小説の取材で、東欧の小さな町を訪れた時のこ とだった。町のはずれに、ナチス・ドイツ時代の強制収容

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められており、その中にも、同様の記述がある。ただ「盗 作 」 の 弟 は 、〈 特 別 な 泣 き 方 を し 〉 て 人 の 死 を 予 言 す る 存 在としても描かれていた。そして左腕を挙げて下ろさない まま、ある日ホットケーキを焼いて姉に食べさせた後、精 神科へ入院し、一〇年以上入院していることが物語られる。 「盗作」の弟が最終的に精神科へ入院することになったよ う に 、「 バ ッ ク ス ト ロ ー ク 」 の 弟 も 精 神 科 と 明 記 は さ れ な いものの、同じように病院へ入院したことが最後に紹介さ れ る 。そ れ と い う の も 、弟 は 以 下 の よ う な 行 動 を 取 る か ら だ 。   泳いでいない時、彼はたいてい部屋の隅の方にいた。 特に、飾り戸棚の陰や、食器乾燥機と冷蔵庫のすき間や、 踊り場の突き当たりにある納戸の中が彼のお気に入りの 場所だった。そこに窮屈そうに身体を丸めていた。身体 を小さくしていればいるほど、いい事があると思い込ん でいるかのようだった。   この幼い弟はプールに通う一方で、部屋の隅が自分の居 場所だと考えており、 「隅」 (閉所)へのこだわりは、一五 歳の誕生日を迎えてからの「引きこもり」行動へと接続し ていく。   小川洋子の作品に五つの〈アンネ・コード〉を指摘した 中村三春は、 〈監禁は、 《アンネ・コード》の第三の要素〉 『アンネ・フランクの記憶』 (一九九五年八月、 角川書店) をまとめている。   引用部の最後で、冒頭では言及されなかった「わたし」 の家にあったプールの存在が語られる。それは、囚人の作 ったプールと〈最もよく似たプール〉と類比されることで、 その収容所のプールの「痛ましさ」も「わたし」家のプー ルに上書きされることになる。しかもそのプールサイドか ら は 、 処 刑 広 場 へ の 入 り 口 が 見 下 ろ せ た の で あ る 。〈 そ れ はただのコンクリートの穴だった。巨大な石の棺だった。 中は途方もなく深い空洞に満たされていた。 〉という記述や、 〈 プ ー ル は そ こ に じ っ と 横 た わ っ て い た 。〉 と い う 擬 人 法 を用いた記述があり、 プールは収容所の犠牲者たちの 「死」 を象徴するものとして表わされている。では、なぜそのよ う な 強 制 収 容 所 跡 の プ ー ル が 、「 わ た し 」 の 家 に あ っ た プ ールとリンクするのであろうか。   〈弟は水泳の選手だった。 背泳ぎが専門だった。 三つの時、 近所のスイミングスクールへ通うようになって以来、毎日 泳 い で い た 。 本 当 に 毎 日 だ っ た 。( 後 略 )〉 と 、「 わ た し 」 は弟のプロフィールを紹介する。三歳から水泳を習いに通 う こ と は あ っ て も 、「 毎 日 」 は 多 す ぎ る 回 数 で あ る と い う 気 付 き が 、「 わ た し 」 の 弟 の 生 育 環 境 の 歪 さ へ の 気 付 き へ と導かれる。 『偶然の祝福』 (二〇〇〇年一二月、 角川書店) に は 、「 バ ッ ク ス ト ロ ー ク 」 の 原 案 と さ れ る 「 盗 作 」 が 収

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た こ と か ら は 、 水 泳 を 通 し て 社 会 で 評 価 さ れ る 自 分 の 地 位 と、自 分 の 世 界 と の 落 差 に 依 然 強 い ス ト レ ス を 覚 え て い る こ と が 推 測 され る 。 そ れが 彼 を 部 屋 の 隅 へ 自 己 監 禁 す る 行 為 を 採 ら せ る の で ある 。 年 齢に し て は 高 い 社 会 的 地 位 と 強 い ス トレ ス を 接 続 し て い る のが 、 水 泳 で あ るこ とは い う ま で も な い が 、現 時 点 で の 弟 に は そ の 相 関 が 理 解 さ れ て い な い 。   そ の 弟 は 小 学 二 、 三 年 生 の 頃 に 、「 わ た し 」 に 自 分 の 前 世の話をして聞かせる。羊飼いだった弟は、ある日洞窟に 迷い込んで、人食いコウモリに襲われて死んだことを物語 る 。 そ し て 〈「 で 、 今 度 は マ マ の お 腹 に 入 ら な く ち ゃ な ら ないから、洞窟の中を一生懸命走ったんだ。もう間に合わ な い か と 思 っ て ひ や ひ や し た よ 。( 後 略 )」 〉 と 、 死 ん で い る は ず な の に 、〈 一 生 懸 命 走 っ た 〉 と ユ ー モ ア を 交 え て 見 せ る 。 そ れ に 対 し て 「 わ た し 」 が 示 し た 反 応 に 、 注 目 し た い 。   本当にママのお腹で間違いなかったんだろうか。わた しは考えた。弟は間違えてしまったんじゃないだろうか。 その疑いはわたしを苦しめた。弟が死ぬ光景より残酷だ った。だから黙って口には出さなかった。   弟 が 物 語 っ て み せ た 前 世 の 話 に 対 し て 、「 わ た し 」 は 、 魂 の 弟 が 間 違 え て 母 親 の お 腹 へ 転 生 し た の で な い か 、〈 死 ぬ光景より残酷〉な間違いを起こしたのではないかと考え と 指 摘 し 、〈 何 ら か の 監 禁 状 態 に あ る 人 物 の 物 語 〉 と し た 。 〈さらに指摘すべきことは、小川のテクストの場合、監禁 が 自 己 監 禁 の 相 を 顕 著 に 帯 び て く る こ と で あ る 。( 中 略 ) 不可抗力の監禁と、その監禁がむしろ自らの意志によって 行われること。その両者のあわいにおいて、小川洋子的な 物 語 の 基 本 的 構 造 が 構 築 さ れ る の で あ る ⑷ 。〉 と し て 、 登 場人物の自己監禁という特徴的な行動の存在を指摘してい る。この意味で、弟が部屋の隅で窮屈そうに身を丸めてい る姿は、中村の指摘する自己監禁以外の何物でもない。以 下の引用についても、中村の指摘を踏まえて読み解くこと ができる。   弟とは二つ違いだったが、いつの頃からか彼の方が年 上 だ と 感 じ る こ と が 多 く な っ た 。( 中 略 ) 地 元 の 新 聞 に 写真が載ったり、他のスイミングスクールからコーチが スカウトにやって来たりもした。こうした状況が彼を年 齢よりも大人に見せていた。練習練習で、友だちと無邪 気に遊び回る暇もなかった。わずかでも時間があれば、 彼は隅に隠れていた。それだけが唯一の息抜きだった。   水 泳 に 秀 で て い た 弟 は 、 心 身 の 成 長 よ り も 社 会 的 成 長 の 方 が 上 回 っ て い た こ と が 確 認 で き る 。 一 方 、〈 わ ず か で も 時 間 が あ れ ば 、彼 は 隅 に 隠 れ 〉 て 〈 唯 一 の 息 抜 き 〉 を し て い

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  弟がいいタイムを出すこと、それが母の至上の喜びだ った。そのためならどんな犠牲でも払ったし、わたしや 父に対しても同じ犠牲を要求した。 (後略)   父 親 は 、〈 日 頃 は 骨 董 品 ば か り 撫 で 回 し 、 家 族 に は 無 関 心〉 な、 いかがわしい画商であり、 母親は、 夫や 「わたし」 ではなく、弟だけを偏愛する人物として紹介されている。 そ れ も 、〈 彼 女 だ け が 信 じ る 愛 し 方 〉 と あ る よ う に 、 優 れ たスイマーとしての息子を愛しており、部屋の隅が好きな 息子ではない。ここで母親が〈どんな犠牲でも払った〉の は、弟のためでもあるが、同時に、優れた息子を持つ母親 である自分の為でもあることは見やすいだろう。このよう に両親については、家族よりも骨董品を愛する父親と、息 子のために献身しながら、同時に息子を支配する母親の姿 が描き出されている。特に「わたし」によって詳述される のは、弟に対する母親の言動である。   レースが終わると、選手のロッカールームまで母は出 向いて行き、人目もはばからず弟を抱き締めた。   「よくがんばったわ。ママはうれしいわ」   何着になっても、母は弟を誉めた。誉めて誉めて自信 をつけさせる方が、いい記録につながると信じていたか らだ。彼女がよく読んでいた『スポーツ精神コントロー て、苦痛を覚えるのである。ここに、母親に対する「わた し」の距離感を読みとることが可能である。   そのような「わたし」の述懐に続けて、弟が今度死んだ ら 〈「 骨 に し て 、 お 姉 ち ゃ ん の お 腹 に 入 れ て お い て よ 。 そ れがいい」 〉と述べることは、 「わたし」が母親へ距離感を 示した後だけに、弟からの「わたし」に対する信頼を示し て示唆的である。弟の魂が「わたし」のお腹に入ると、転 生 (「 わ た し 」 の 子 供 ) に な っ て し ま う が 、 骨 に し て 入 れ ておいて欲しいというのは、 「わたし」 への一体化 (帰属) 願望と理解出来る。 弟の前世語りに出てくる洞窟や 「お腹」 といった狭い場所が、部屋の隅の換喩であることは見易い。 確認したいのは、弟が、母よりも姉の「お腹」を希望した ということである。   それでは、弟と母親との関係は、一体どのようなもので あ っ た の だ ろ う か 。 以 下 で は 、「 わ た し 」 と 弟 の 父 親 と 母 親に関する情報が提示されている。   結局父がどうやって生計を立てていたのか、いまだに よく分からない。祖父の絵を売り、遺産を切り売りして 食 べ て い た の だ と 思 う 。( 中 略 ) 父 の 仕 事 部 屋 に は し ょ っちゅう得体の知れない客が出入りしていた。   母はただ弟を愛することのみに生きた。もっとも彼女 だけが信じる愛し方で、という意味だけれど。

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想型に育て上げようとする欲望の投影なのである。愛情と いう相手本位の感情が、ここでは自己犠牲による献身の形 を借りた他者への支配という自己中心的態度となっている。 そしてこの関係性は、愛情と支配という相矛盾するものを 共存させている点で、小川が好む構成であると言えよう。   二人は不格好なダンスを踊っているように見えた。弟 は母に身体を任せ、されるがままになっていた。照れ臭 そうにも、迷惑そうにもしなかった。ただ、どこか遠く を見つめていた。背泳ぎなんかよりもっと深刻な問題に ついて、思索を巡らせているかのような瞳だった。   (中略)   少なくとも弟のおかげで、あの時代、わたしたち家族 はどうにか絆を保っていた。弟の背泳ぎ、それがすべて の源であり、唯一の救いだった。   さらにこの引用部からは、問題が母親と弟の共依存だけ で は な い こ と が 読 み 取 れ る 。「 わ た し 」 が 、 弟 を 中 心 に 描 き出す家族の姿は、 〈弟の背泳ぎ〉 、すなわちバックストロ ークを〈すべての源であり、唯一の救い〉である「絆」と して、かろうじて繋がっているだけの不安定な家族像であ る。実はこの家族は、母親と弟との共依存関係だけでなく、 父親や「わたし」も、弟に依存していたのであった。いわ ル法』という本に、そう書いてあった。   このエピソードは、弟が中学へ入学する前に家の庭にプ ー ル が 作 ら れ る エ ピ ソ ー ド の 前 の 時 点 だ が 、「 わ た し 」 が 母親とその行動をどのように評価しているかを物語ってい る 。「 わ た し 」 の 目 に は 、 母 親 が 弟 を 誉 め る の は 、 母 と し て の 愛 情 か ら で は な く 、〈 い い 記 録 〉 の た め に 、 弟 を コ ン トロールするためだと理解されている。また、愛読書の名 称にも留意したい。このような「わたし」の母親と弟の関 係性は、共依存と理解することができる。 共依存症者が、依存症者に深く関わり、自らの人生を犠 牲にしてまで対象者の行動を支配、制御しようとする観 念 に 強 く 捕 ら わ れ 行 動 し て い る 状 態 ( enabling ) が 共 依 存の状態である。この行動は、自己犠牲による他愛的な 態度であり、一見献身的に見えるが他方、自己中心的態 度と考えることもできる ⑸ 。   弟は、よく知られているギャンブル依存症やアルコール 依 存 症 で は な い が 、「 隅 」 に 依 存 し て い る こ と は 明 ら か だ 。 その弟のために、すさまじい応援をしたり、誉めたり、庭 を潰してプールを作ったりする母親の献身は、一見息子へ の強い愛情として理解できるが、息子を支配し、自分の理

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入ってこなかった 。こんな小さなプールが役に立つとは 思えなかったが、 言い付けどおり 弟は真冬以外は毎日そ こに入った。 (後略)   母 親 が 庭 を 潰 し て 出 現 さ せ た プ ー ル が 、〈 家 全 体 を 圧 倒 するほどの存在感を放った〉ことに留意したい。繰り返し になるが、プールも、母親が息子のために作った愛情のな せるわざであるが、それは同時に母親の息子に対する支配 の象徴である。それが今や、家全体を圧倒し、家中の視界 を妨げていることは、母親の息子への欲望が極限域に達し たことを意味している。そして母の〈言い付けどおり〉に 弟がプールに入り続けることは、依然母親の支配下にある こ と を 示 し て い る 。〈 家 全 体 を 圧 倒 す る ほ ど の 存 在 感 を 放 った〉プールによって、弟を逃げ場もなく、精神的な危機 に追い込まれることになっているのである。プールは、家 族に続く新たな檻となり、弟はその中でも「監禁」される のであった。   しかし 「わたし」 はそのようなプールを 〈異様なプール〉 と評しながら、その一方で肯定的に評価していたのである。   異様なプールではあったけれど、たたずまいはびくっ とするほど綺麗だった。底のブルーと澄んだ水の色が溶 け合い、それが太陽の光や、夜の闇の中に浮かび上がっ ば家族という檻に、弟は「監禁」されていたのである。そ してこの時「わたし」は、母親の狂喜ぶりとは対照的な、 家族の中心にあって〈どこか遠くを見つめ〉 、〈背泳ぎなん かよりもっと深刻な問題について、思索を巡らせているか のような瞳〉でいる弟の姿を捉えている。思春期を迎えて 内省を始めている弟が、自分の置かれている状況を理解し、 対策を講ずるに至るまでの間が遠いものではないことがう かがえる。   しかし、そのような弟の思いを知らずに、母親は弟の中 学入学前に次の行動に出る。   「庭にプールを作るわ」   弟の中学入学が近づいたある日、母は宣言した。   (中略)   さっそく工事がスタートした。レンガのアプローチは はがされ、芝生は掘り起こされ、サンデッキはつぶされ た。やがて 18×7メートルのプールが出現した。 それは 庭のほとんどすべてを占領した。家全体を圧倒するほど の存在感を放った 。門から玄関まで、生け垣とプールの 縁の間を、足を踏み外さないよう用心して歩かなければ いけなかった。訪ねてくる人は誰もが、門のところで一 歩たじろいだ。   家中どの部屋からもプールが見えた。それしか視界に

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点で、 「わたし」の語りは共犯的であるといえよう。   三、左腕と隅   しかし、プールを介した母と「わたし」の共犯的な関係 は、弟が一五歳の誕生日を迎えた日を境に終わりを迎える ことになる。     事の 始 ま り は 、弟 の 十 五 歳 の誕 生 日 だ っ た 。 一 年 間 で 身 長 が 十 六 セ ン チ も 伸 び 、 筋 肉 が つ い て 泳 ぎ も 力 強 く な っ た 。 身 長 が 大 き く な っ た 分 、 隅 に 引 き こ も る の は ま す ま す 窮 屈 に な っ て き た が 、 そ の 癖 は 治 ら な か っ た 。 オ リ ン ピ ッ ク の 強 化 選 手 に 選 ば れ 、 一 週 間 後 に は ジ ュ ニ ア の 世 界 選 手 権 に出場するためアメリカへ発つ予定になっていた。   一五才の誕生日を迎えたその日は〈なぜかいろいろな物 が壊れた一日〉であり、電話、テレビ、クリームシチュー を 入 れ た 鍋 の 把 手 二 つ が 壊 れ た 。 そ し て 翌 日 、〈 次 の 朝 目 覚めた時から、弟は左腕を挙げたきり、下へ降ろさなくな ってしまったのだ〉 。   なぜなのか。なぜ手を降ろさないのか。その問いが繰 り返された。しかし弟は決して理由を言おうとはしなか った。理由だけでなく、ほとんど喋らなくなった。学校 て揺らめいた。枯葉でも虫の死骸でも、水面に落ちたと たん、特別選ばれたもののようにきらめいて見えた。   弟が泳いでいるとますますその美しさも際立った。彼 の身体から広がってゆく波、足先から沸き上がるしぶき、 息を吸い込む気配、それらすべてがプールをいとおしく 彩った。   〈 異 様 な プ ー ル 〉 で あ り な が ら 、 枯 葉 ・ 虫 の 死 骸 で も 水 面におちると〈特別選ばれたもののようにきらめいて見え た 〉 と は 、〈 太 陽 の 光 〉 と 〈 夜 の 闇 〉 の 組 み 合 わ せ と 同 様 、 マイナスとプラスを共存させる小川一流の表現となってい る。さらにそこを弟が泳ぐことで美しさが際立つ場所とな る。こうして庭のプールは、母親の支配欲を最大限に象徴 し つ つ 、「 わ た し 」 の 語 り を 通 じ て 、 美 し く 愛 お し む べ き 場所としても表現されるのである。マイナスとプラスを接 合させる細部の表現と、プールに関する内容上のマイナス とプラスの要素が呼応し合った場面が構成されている。   しかし、留意しなければならないのは、母のプール作り を批判的に述べていた「わたし」自身も、プールで泳ぐ弟 を称揚することで、結果的には母親と同様に弟を檻へと追 い込む役割を果たしてしまっていることである。弟に依存 することで家族関係が辛うじて保たれていることを自覚し ながら、プールが弟の檻であるという本質を隠蔽している

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家族は気づこうとしない。   弟が左腕を〈下へ降ろさなくなってしまった〉のは、オ リンピックの強化選手に選ばれるまでになったにも関わら ず 、 弟 の 〈 隅 に 引 き こ も る 〉〈 癖 は 治 ら な い 〉 と 語 ら れ て おり( 「わたし」は癖と理解している) 、弟は顕著な社会的 成長/成功を遂げる一方、心の成長は子供時代のままであ ることが分かる。両者の不整合は弟の中で限界を迎えつつ あり、弟はその内圧の限界に対処する必要があったのであ る 。 そ れ こ そ が 、〈 左 腕 を 挙 げ た き り 、 下 へ 降 ろ さ な 〉 い ことだった。腕を上げたままだと、心臓より上の腕には血 流が届きにくくなり、やがてそれは不自然な姿勢に従い血 行不良を起こすことになる。母親とその愛情/支配に対し て、言葉で泳がないということが言えない弟は、泳がない 意志を左腕を挙げたままの姿勢で示すことで泳ぐことを拒 否し、そのことで母親からの支配も拒絶しようとしたので あった。   母はヒステリーを起こし、絶望し、鬱状態に陥った。 「あごを引いて。あごを引いて」と、一日中独り言をつ ぶやいた。どんどん占いの世界にのめり込んでゆき、呪 いを恐れ、方角が悪いからと言っては応接室の半分をつ ぶして浴室にしたり、家中の壁紙を毎月のラッキーカラ ーに合わせて張り替えたりした。父は底無しのアルコー にも行かず、プールには入らず、もちろんアメリカ行き も中止になった。 もっと隅へ、もっと隅へと引きこもる ようになった 。   彼は家中のどんな隅も見逃さなかった。洗濯籠の中、 火の消えた暖炉の奥、ソファーの下、束ねたカーテンの 裏……。思いもつかない場所を見付けだしては、そこへ 身体を押し込め、長い時間うずくまっていた。そうして いる間も、腕はそのままだった。片手を挙げている分、 より狭い場所に隠れることができるのだった。   あらゆる試みがなされた。何人もの精神科医、カウン セラー、心理学の博士、宗教家が弟と面会した。母は例 の占い師のところへ、毎日足を運んだ。入院もした。転 地療養もした。でも駄目だった。   ひとときたりとも、弟は腕を降ろさなかった 。ほんの 少し肘をゆるめるとか、掌の向きを変えるとかいうこと もなかった。 (後略)   左手を降ろさない理由を述べず、 喋ることもせず、 学校・ プ ー ル へ も 行 か な く な り 、〈 も っ と 隅 へ 、 も っ と 隅 へ と 引 きこもるようになった〉弟に対して、家族の困惑や様々な 対応ぶりが記述されるが、弟がこのようになるに到った原 因 に 、〈 弟 の 背 泳 ぎ 〉 を 家 族 を つ な ぐ 〈 す べ て の 源 で あ り 、 唯一の救い〉と見なし、依存している「わたし」を含めた

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  そ ん な 弟 に 、 二 三 歳 の 誕 生 日 を 迎 え た わ た し は 、〈 左 腕 がどうあろうが、わたしはただ弟の背泳ぎが見たいだけだ っ た 。 そ れ 以 上 の 願 い は 何 も な か っ た 。〉 と 、 弟 に も う 一 度だけ泳ぐことを依頼する。   ( 前 略 ) プ ー ル に 近 づ く と 冷 気 を 含 ん だ 空 気 が 足 元 を 漂った。水はきれいだった。ゴミ一つ浮いていなかった。 四つのライトが青白く水面を照らしていた。   いつものとおり、父は仕事部屋で酔いつぶれ、母は占 い師のところへ出掛けていた。家中の電気が消え、 プー ルだけが闇の中で呼吸していた 。   「 無 理 し な く て い い の よ 。た だ 浮 か ん で る だ け で い い の 」   心配になってわたしが声を掛けると、彼は背中を向け たまま「うん」と言った。身体は予想していたほど衰え ていなかった。胸板は厚かったし、腹筋も引き締まって いた。選手だった頃とほとんど変わっていなかった。   しかしだからこそ、余計に左腕が目立った。もう身体 の一部とは思えなかった。かつてそれが力強く水をかい ていた記憶など、どこにも残っていなかった。 彼の苦し みがすべてそこに凝縮され、化石となって宙に突き刺さ っているようだった 。 ルの世界へ沈んでいった。   それでもプールの水だけは抜かれなかった。入る人な どいないのに、プールの水はいつもあふれるほどに満ち ていた。それが涸れてしまう時、わたしたちは最後の救 いを失うことになるとみんな知っていた。   〈 弟 の 背 泳 ぎ 〉 を 〈 す べ て の 源 で あ り 、 唯 一 の 救 い 〉 と 見なして繋がっている「わたし」の家族が、弟が泳がなく なったことで、家族の「絆」が失われ、崩壊していく様子 が、ここには描かれている。しかし、それでも弟が再び泳 ぐ可能性を捨てきれない家族は、その回復を期待しながら、 依存する対象を弟からプールへ変更せざるを得なかったの で あ る 。 か く し て プ ー ル は 、 弟 の 檻 か ら 、〈 弟 の 背 泳 ぎ 〉 と い う 「 絆 」 を 失 っ た 家 族 の た め の 、〈 最 後 の 救 い 〉 の 場 所へと変位した。その一方で、弟の左腕は血行不良により、 着実に損なわれつつあった。以下は、五年後、弟が二〇歳 の時の様子である。   次第に左腕は血行が悪くなって黒ずんできた。特に指 先は枯れた小枝のようだった。肩の関節は強ばり、皮膚 は潤いをなくし、筋肉は萎縮していた。何かの拍子にそ こへ触れると、はっとするほど冷たかった。身体の中で 左腕だけが、勝手に死に近づいてゆこうとしていた。

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  傍 線 部 に 、「 わ た し 」 の 弟 に 対 す る 愛 情 が 記 さ れ て い る ことは明らかだろう。しかし、それでも弟の苦悩を受けと め き れ て い な か っ た こ と は 、「 わ た し 」 の 指 先 が 〈 も う 少 しで届きそうなのに〉 、〈ほんのわずか向こう〉の左腕にど うしても届かない隔絶として表現されている。そしてそれ は 、「 わ た し 」 か ら 弟 へ の 、 埋 め る こ と が で き な い 距 離 の 存 在 を 象 徴 し て い る 。 そ れ と い う の も 、「 わ た し 」 も 弟 に 依存して彼を苦しめていた一人だったからである。こうし て弟は左腕を失い、家族にとって〈最後の救い〉であった プールの水は抜かれてしまう。   水を抜いたプールは、止めようもなくどんどん衰えて いった。コンクリートはすぐにひび割れ、排水溝は錆つ き、ゴミの吹き溜まりとなった。それはわたしたち家族 の記憶の残骸として、長くそこにとどまった 。   父が肝硬変で死んだ時、棺は庭を通ることができず、 プールの底を斜めに横切って霊枢車に乗せられた。 母は 背泳ぎに関する品、水着、練習日誌、記録のグラフ、写 真、賞状などを、すべてプールで焼いた 。そのため、底 には煤の跡が残った。   弟からは一ヵ月に一度くらい手紙が来る。病院の中庭 には、貝殻の形をしたプールがあって、自由に入ること ができます。清潔で気持のいいプールです。掃除は全部   そもそも記録に拘った母親とは違い、 〈〈わたしは弟の泳 ぐ姿を見るのが好きだったし、彼は実に美しい泳ぎ方をし た か ら だ 。〉 〈 と に か く 全 体 の 調 和 が す ば ら し か っ た 。〉 と 、 弟の美しい泳ぎ方とその姿に「調和」を見いだしていた。 もう一度弟の背泳ぎを見たいと考えたのは、既に失われた 家族の絆のためではなく、自分の「満足」を求めたためで あった。しかし「わたし」は、プールで弟の姿と左腕を見 たことで、改めて〈彼の苦しみがすべてそこに凝縮され、 化 石 と な っ て 宙 に 突 き 刺 さ っ て い る よ う だ っ た 。〉 と 、 母 親の支配の下で泳ぎ続けた弟の苦悩を再認識するのである。 その左腕の有様は「わたし」も、家族の「絆」を保持する ために、弟に依存していた結果であった。   その「わたし」が見ている前で、弟の左腕がついに肩か ら 外 れ て し ま う 。 泳 ぎ 続 け る 弟 の 傍 ら で 、「 わ た し 」 は 左 腕に手を伸ばす。   わたしはそれを拾い上げようとした。濡れるのも構わ ずプールの縁にひざまずき、水面に手をのばした。水は 冷たかった。 拾い上げて胸に抱き寄せ、頬ずりし、温め てやりたかった 。自分にできるのはただそれだけだと思 った。   もう少しで届きそうなのに、どんなに身体をのばして も、左腕は指先のほんのわずか向こうにあった。

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の時であり、二三歳の誕生日の時に、弟がプールで泳いで 左腕が外れたのである。現在「バックストローク」を物語 る小説家の「わたし」は、少なくとも、三三歳以上の年齢 になっている。一方弟は、一ヶ月に一回寄越す手紙で、病 院のプールで泳いでいると毎回書いている。母親に泳がさ れるのではなく、病院では左腕を無くしても自分の意思で 泳いでいるのである。家族と離れることで、弟は自分の人 生を取り戻した、左腕と一〇年に及ぶ入院生活という代償 を払うことで、それも病院の中で。母親の消息については 触れられていない。   作品の最後は、強制収容所跡見学の時点に戻る。 「 ホ テ ル へ 戻 っ て 、 ゆ っ く り 休 み ま し ょ う か 。 駐 車 場 か ら車を回してきますよ」 「 い い え 、 い い の よ 。 ど う も あ り が と う 。 処 刑 場 へ 行 き ましょう」 わたしは立ち上がった。青年が肩を抱いてくれた。   言うまでもなく「わたし」とガイドの青年が向かうのは、 処刑場「跡」である。しかし、 「わたし」が〈 「処刑場へ行 き ま し ょ う 」〉 と い う こ と で 、 読 者 に は 「 わ た し 」 が 弟 の 手を想起させた青年に導かれ処刑場へ向かう意味も読みと ることになる。そのことにより、部屋の「隅」へ引き込む 僕たち患者が交替で受け持ちます。ただちょっと狭いの で、4ストロークで端から端まで行ってしまいます。物 足りませんが仕方ありません。ここでもやはり、僕は背 泳ぎ専門です。みんな上手だと誉めてくれるので、得意 に な っ て 泳 い で い ま す 。― ― 毎 回 、 ど の 手 紙 に も プ ー ル のことが書いてある 。彼が入院して、はや十年になる。   プ ー ル が 〈 家 族 の 記 憶 の 残 骸 〉 で あ る と い う の は 、〈 弟 の背泳ぎ〉が家族の絆であり、プールはその弟のための場 所/檻であり、弟が泳がなくなっても〈最後の救い〉とし て、家族にとって重要な場所であったのが、家族が崩壊し た今、プールはかつてあった「家族の記憶」の残骸に他な らなくなったということである。母親が夫の死と共に息子 の背泳ぎの記録をプールで燃やすのは、 彼女の中の 「息子」 を葬ったことを意味している。   作 品 冒 頭 部 で 、「 わ た し 」 が 強 制 収 容 所 跡 の プ ー ル を 、 〈わたしの家にあったのと、 最もよく似たプールだった。 〉 と述懐した理由はここに明らかであろう。強制収容所跡の プールと「わたし」の家のプールは、支配の残骸として存 在している点で似ていたというのである。   誕生日の出来事の後、小説の時間は一〇年が経過する。 大 学 を 卒 業 し 、〈 印 鑑 を 作 る 会 社 に 就 職 し た 。 会 社 が 休 み の日には趣味で小説を書いた。 〉のが、 「わたし」が二二歳

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  「バックストローク」 の語り手である小説家の 「わたし」 が、対象としたのはかつての家族である。自分本位に生き る両親と、特に母親から愛情/支配を受け、そこから脱す る 弟 の 姿 を 描 く こ と で 、「 家 族 」 で あ り 続 け る こ と の 幸 福 と困難、愉楽と苦悩が描かれている。そして語り手の「わ たし」自身も、その家族の一員として弟に依存し弟を苦し めていたことを、小説家になった今は理解し、弟を社会の 「隅」へ追いやった自身を断罪している。   最後に、本論と国語教育との関連について述べて、本稿 を 締 め く く り た い 。「 バ ッ ク ス ト ロ ー ク 」 は 、 最 初 に 紹 介 し た よ う に 「 現 代 文 B 」( 四 単 位 ) の 教 材 と し て 採 録 さ れ ている。 「高等学校学習指導要領」 (平成二一年三月)によ れば「現代文B」は、目標として〈近代以降の様々な文章 を的確に理解し、適切に表現する能力を高めるとともに、 ものの見方、感じ方、考え方を深め、進んで読書すること によって、国語の向上を図り人生を豊かにする態度を育て る。 〉ことを掲げている。 「バックストローク」は、教授内 容として〈2   内容   ⑴   イ   文章を読んで、書き手の意 図や、人物、情景、心情の描写などを的確にとらえ、表現 を 味 わ う こ と 。/ ウ   文 章 を 読 ん で 批 評 す る こ と を 通 し て 、 人間、社会、自然などについて自分の考えを深めたり発展 さ せ た り す る こ と 。〉 が 期 待 さ れ 、〈 ( 2 ) ア   文 学 的 な 文 章を読んで、人物の生き方やその表現の仕方などについて 弟を間近で見ていながら、両親共々弟に依存していたため に弟の苦しみを理解しきれなかったこと、結果、弟は病院 に一〇年も入ることになり、弟を社会の「隅」へと追いや った自分を含む家族の罪業を意識していることが立ち上が ってくるのである。 その意味で、 「バックストローク」 とは、 弟を社会の 「隅」 へ追いやった家族の一員である 「わたし」 自身を一〇年後の「わたし」が再確認し、断罪する物語で あったといえよう ⑹ 。 四、おわりに   小川洋子は、 〈(前略)テーマなどというものは最初から 存在していないということです。主題が何か、について私 は一切考えていないのです。 〉とし、 〈言葉で一行で表現で きてしまうならば、別に小説にする必要はない。ここが小 説の背負っている難しい矛盾ですが、言葉にできないもの を書いているのが小説ではないかと思うのです。 〉〈テーマ は後から読んだ人が勝手にそれぞれ感じたり、文芸評論家 の方が論じてくださるものであって、自ら書いた本人がプ ラ カ ー ド に 書 い て 掲 げ 持 つ も の で は な い と 考 え て お り ま す ⑺ 。〉 と述べている。 作家である自分はテーマについて 〈一 切考えていない〉が、読者や評論家が勝手にそれぞれ感じ たり、論じたりするものとしている。つまり小川文学のテ ーマは、作者から読者側に委ねられているのである。

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⑵   注⑴に同じ、一一五頁。 ⑶   注⑴に同じ、一一八頁。 ⑷   中 村 三 春 「 小 川 洋 子 と 『 ア ン ネ の 日 記 』― ―「 薬 指 の 標 本 」 『ホテル・アイリス』 『猫を抱いて象と泳ぐ』 など――」 (「北 海道大学文学研究科紀要」 一四九号、 二〇一六年七月一一日) ⑸   柿 澤   曉 「 共 依 存 症 問 題 に つ い て の 考 察 」( 「 人 間 学 研 究 論 集」九号、二〇二〇年三月) ⑹   高 木 佐 和 子 は 、〈 「 わ た し 」 が プ ー ル を み て 思 い 出 す 記 憶 は 家 族 が 崩 壊 し て し ま っ た 事 が 中 心 で 、 弟 の 心 の 傷 を い や し た か っ た と い う 気 持 ち は 乏 し い 。〉 ( 西 田 谷 洋 編 『 女 性 の 語 り / 語 ら れ る 女 性   日 本 近 現 代 文 学 と 小 川 洋 子 』 一 粒 書 房 、 二 〇 一 五 年 一 二 月 一 七 日 ) と 説 き 、 本 論 と は 異 な る 解 釈 を 示 し て いる。 ⑺   注⑴に同じ、六四 ~ 六六頁。 ⑻   小林一之 「小川洋子 『バックストローク』 を読む (後編) 」 「 教 育 出 版 高 校 メ ル マ ガ 」 二 〇 一 〇 年 六 月 、 教 育 出 版 https://www.kyoikushuppan.co.jp/textbook/kou/kokugo/ document/ducu2/3377.html   2020.12.25 確認) ⑼   太 田 幸 夫 「 対 話 的 ・ 主 体 的 な 学 び を 目 指 し た 授 業 の 一 考 察 」( 「 国 語 論 集 」 一 四 号 、 北 海 道 教 育 大 学 釧 路 校 国 語 科 教 育 研究室、二〇一七年三月) (本学研究科・学部教員) 話し合うこと。 〉のような言語活動が期待されている。   弟の年代に近い高校生の立場からは、自分に依存する不 安定な家族を支え続けた弟の孤独と、その家族からの解放 の物語として読むことができるだろう。弟と家族の関係に 関する読解は、生徒自身と家族との関係に転位させること で、個人や家族への省察を深める言語活動を構成する。授 業時の指導としては、小説を読んで、生徒一人一人がどの ような「物語」を再生産するかがポイントとなる。実際教 育 実 践 の 場 で は 、〈 高 校 生 は 、 自 ら の 置 か れ て い る 位 置 に 近い「弟」に焦点を絞り、自分をある程度まで弟に同一化 するようにして、 『バックストローク』 を読んでいる。 〉〈高 校 生 に と っ て 、『 バ ッ ク ス ト ロ ー ク 』 の よ う な 現 代 的 な 家 族の軋みを背景とする教材の場合、作品への親近感が高ま る ⑻ 。〉 と い う 読 解 中 心 の 授 業 や 、〈 「 書 店 員 に な っ た つ も り で 、 こ の 作 品 の 魅 力 を 探 し 、 紹 介 し て く だ さ い 」〉 と い う課題の下で紹介文を三時間で書き、一時間で発表して聞 き手が採点するという、生徒の理解度に合わせた対話型の 授 業 が 行 わ れ て い る ⑼ 。 本 論 の 二 章 ・ 三 章 は 、 読 解 指 導 の 際に、教師側が示す読解例の一つとして参照できるだろう。 ⑴   小 川 洋 子 「 物 語 が 生 ま れ る 現 場 」( 『 物 語 の 役 割 』 筑 摩 書 房 、 二〇〇七年二月一〇日、七八、七九頁)

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参照

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