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〈研究ノート〉後進国の多ウクラード構造と国家資本主義 : A・レスコフスキー規定の検討

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〈研究ノート〉

後進国の多ウクラ■一・nyド構造と国家資本主義

一A・レフコフスキー規定の検討一

く問 題 設 定〉  マルクス・レーニン主義にもとつく科学的社会主義の中で現代後進国(プロレタリア独 裁の権力を有する国を除く)の社会経済構造を理論的にどのようなものとして把握するか という学問的課題に関して,戦後50年代なかばから現在にかけて最も体系的に各地域の実 態研究も含めて総合的な研究を続け,70年代に多くの創造的成果をあげたのは,疑もなく ソビエト科学アカデミーの東洋学研究所に関係する研究者達であった。その中で広く非西 欧世界の社会経済構成に関する総括的研究の中心になっているのがレフコフスキー教授で ある。彼は研究の成果を60年代初にインド資本主義分析の形で発表し,以来インド社会経 済の研究を中心に多様な比較研究を通じて70年代には主として非西欧後進国の社会経済構 造について総括的理論化に努力して注目すべき成果を発表している。  彼の見解の方法論的特色は,言うまでもなくマルクス・レーニン主義の原則に立脚しな がら訓詰の学や教条に陥らず,研究者として至極当然ながらxX一?ルクスはマルクス,自分 は自分xxという科学的立場(実事求是)を堅持し,且つ西欧研究者の成果も含めて特に研 究所の各スタッフによる詳細な研究成果を理論的に総括した豊かな非常に幅の広い協同研 究の結論部分としての普遍的性格をもっている点である。更に当然,かかる総合研究に不 可欠な境界領域的な接近方法をとり,従って短絡的結論を急がず,総じて極めて問題提起 的な性格を帯びる点を指摘すれば充分であろう。昨年12月中旬に訪日されたので幸なこと に本年1月中旬,東京に於いて専門を同じくする我国の研究者と共に数次に互ってこの問 題を中心に意見を交換する機会を持ちえたので,自分なりに教授が夙に提起した理論的諸        D 問題を表題の如く二種の相互に関連するテーマにしぼって,その視角を従来自分の考えて きた視角から批判的に整理してみたい。

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〈後進国の多ウクラード構造〉  現代後進国(第三世界)の社会経済的本質の特徴は,単に過渡的形態が優勢であるとい う形式的規定によっても,時間的経過を通じて全体として何か正常な(西欧的)現象に相 似していくという主観的規定によっても明らかにされ得ないのであって,この点が明確化 されない限り後進国の社会的発展の特殊性も研究できない。その特徴は異ったウクラード        タイプの並存,即ち原理的に異った経済の社:会型或は生産関係形式の並存にもとめられなければ ならない。このことが社会的発展の中で自ら矛盾する傾向の衝突の基礎となる。歴史的遺 制ではなく,同時に存在する,相互に異り矛盾する,それ自体複雑で変化する巨大な生産 関係であって,絶対的勝利者も完全な敗退者もいない,相対的に発展的なウクラードと衰 退的なそれとのもつれあった混合が多ウクラードである。それは全社二三は生産関係の過 渡的構成の奥深い過程に最も良く現象している。しからば生産様式と社会構成体という範 疇の相互関係は如何。ウクラードは生産様式の具体的,歴史的存在であり,生産様式が強大 化し支配的となってそれを代表する階級が政治権力を占有した時にはじめて社会構成体が 形成される。又遇渡期は社会構成体の交替の時期であり,一つのよりく現代的〉なウクラー ドの経済的・政治的支配の樹立で完成される。多ウクラードを遺制による一定の構成体の く汚染〉と解釈することは基本的な混乱でしかない。故に多ウクラードの社会的本質は, それが例えば同質の資本主義旧基礎を持たない,即ち異質の経済的基礎の存在ということ であり,最近二百年間の社会的発展の対外的,国内的な政治・経済的要素の変化しつつあ る複雑な相互作用の結果であるような特殊な構造である。全体として多ウクラードは何か 別の社会構成体ではないが,この観念は具体的な社会構成体の形成と勝利の現実的な途の 分析を可能とする。過渡的な社会構成の分析は一定の構成体形成の下での異った段階で多 ウクラードの特殊性を明らかにしなければならないが,一般的な過渡的問題ではなく,       タイプー定時代の具体的条件下の過渡を,即ち若干の異った多ウクラードの二一その内部では異 った形態が存在する一を対象とする必要がある。現代後進国国家の発展の特殊性によって 夫は惹起されるが,それは主要な生産関係の強い分散にみられる。これは資本主義的植民 地化の矛盾的影響が前資本主義ウクラード(土着生産)の分解を導いたことから歴史的に は説明される。外国独占ウクラードは周知だが,その他に土着の私的資本主義ウクラード があり,小資本主義的企業ウクラードと発展した資本主義企業ウクラードに分けられる。 多ウクラードはこれら異った比例と形態の異った特殊なウクラードの結合に基いている

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し,更に異った要素の複雑な相互作用の結果なのである。  多くの後進国にとって過去の多ウクラードの性格は封建的二植民地的と規定できる。多 ウクラードの現在の変化は封建的=植民地的構造の維持か克服かという矛盾する原則的斗 争から生じている。多ウクラードを再生産過程としてみれば,一つのウクラードが自己の 基礎と領域のみに基いて再生産過程を逐無しえず,各ウクラードが再生産の循環の中で他 ウクラードとの相互作用と提携を不可欠とする構造である。過渡的社会でも一般的問題と してどのウクラートが発展に妨害となるかという点が指摘されるが答は簡単ではない。封 建的=地主・高利貸的搾取の廃絶は若干のウクラードの消滅をもたらすというよりは既に 存在していた主として自然的=家父長命,小商品的,更に小資本主義的ウクラードの構造 変化をもたらす。反帝・反封建任務の解決は理論的には既存ウクラードの廃絶ではなく, 常にそれらの機能条件の修正,特にそれらの相互作用の条件変更と結びつく。  多ウクラードは又当然多階級社会の基礎である。ウクラードと階級は密接に関係する が,特に小商品ウクラードと階級(小ブル;農民)の特殊性は,対立する封建的階級の廃 絶が,自然二家父素的ウクラードと小商品ウクラードの崩壊をもたらさずにその発展条件 の変化をもたらす点にある。後進国ではこの両ウクラードが密接にからみ合い境界区分が 欠けていることが大きな特質である。〈純粋な〉小商品ウクラードは全くないし,現在の 不純なウクラードが現段階の後進国小ブル階級の最も重要な基礎であり,小ブルの多様性 の根拠となっている。  資本主義ウクラードの多様性と階級の関係は比較的理解しやすい姫島として現われてい る。しかし資本主義ウクラードの細分性も含めて後進国の多ウクラードに表編される社会 的範疇は理論的にも実際的にも,同一の機械的接近=利用を排除するような,異常な社会 的重荷を変え運ぶ霊験あらたかな力を所有している。又その階級斗争も特殊性をもつ。即 ちウクラードとそれによって生れた階級が相互にしきりをつけられないで最も複雑に相互 作用するということである。例えば多ウクラードの下では農民の異った層は,それに相応 する地主集団と斗面しないし,資本家と労働者も又隔離している。この異常性の論拠とし て各ウクラードが背負っている大量のルンペン層が停滞と継承により,階級斗出において 相対的に独自的役割を果さない,言葉の厳密な意味で階級でないような人口の大きな層と して現成することがあげられる。  多ウクラード社会の発展は,階級斗争の適応的形式を通じて実現されるウクラード内 の,又ウクラード問の相互作用の結果であるが,あるウクラードの課題の解決は原則とし

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て全民族的課題に転化し,一定時期には多ウクラード社会全体にとり主要なものとなる。 このように過渡的社会の階級斗争の重要な形成は,第一にウクラードの内外に結合する重 層性,第二に全階級とその最重要な階層を.その階層の連合と対立によって客観的に区分 することである。  後進国の資本主義ウクラードについては,それらが未だ社会構成体の段階に到達してい ず,単一のウクラードとして現成せず内部的に分裂していることがその重要な特殊性であ る。歴史的には外国資本主義は殆んど単一の資本主義生産関係の形態であったが,経済的 にはく発生的〉なものに止り,社会的には反動的=保守的本質をもち,植民地の資本主義 転化に最大の障害になったのである。多ウクラード下の資本主義ウクラードは生産関係と しては同じだが,単一の資本主義形成の途(タイプ)と傾向の異質性をもっている。その 出自が異るのみならず相対的に独自の相互に孤立した自己の特殊な利害の範域をもつ。単 一でない個々の資本主義のかたまりはその発展の歪曲を示す。多ウクラード社会では次の ように図式化できよう。独占段階は外国企業の優先的ウクラードを反映し,工業資本主義 の段階は発展せる土着資本主義企業ウクラードを,マニユ段階は小資本主義生産ウクラー ドを反映する。資本主義ウクラードは発展傾向をもつ場合,一つのウクラードに強化・上 向しようとするが,これは斗争一当ウクラードを斗争に参加させようとする一を通じて実 現される。現代までにこれらの私的資本主義ウクラードは様々の相互に矛盾対立するウク ラード連合につきあたり,異ったブロックを形成している。民族ブル上層とその低い階層 との政治的利害の不一一・致は若干の資:本主義ウクラードの並存を生み,障害の異った側面に 対する異ったブルアジー集団の異った対応を生んでいる。故に複数の資本主義的ウクラー ドの存在を認めねば,例えば独立心争時期の土着ブルが帝国主義の側に移行したという主 張はその後の土着ブルの下層とその同盟者であった小ブル及び勤労者がブル上層と他の富 裕階級に反対した役割を極めて過小に評価する誤にみちびく。  このように後進国資本主義ウクラードの異質性は,資本主義ウクラードの並存,その多 様な量的区分に表微される資本主義の細分構成に在る。民族ブル階級(主として工業経営 より成る)と所謂商業=高利貸ブルジョアジーとは出自を同じくしても区分される。民族 ブルは量的には大中小に区分されうるが,結局は異った資本主義ウクラードに関係する。 土着の発展した私的資本主義ウクラードは大ブルに関係するが,後進国の大部分では!9世 紀末一20世紀初に同時的に形成され,その後,私的な小資本主義ウクラードが形成され, 併存すると共に帝国主義と封建主義への対応の二面性(同盟と斗争)が現実にかれら(大・

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中・小の民族ブル)の経済的状況を規定した。大ブルについて言えば,西欧的なその標識 である貨幣集積と物質的=社会的性格の同時性は在りえず,相対的に大きいにすぎない。 彼等は富裕階級との結合に利害を見出す結晶化した構造を有する。  多ウクラード社会研究の方法論原則の主要な一つはウクラード内部で生じた過程とその 外部にはみ出すような過程を厳密に区別することである。この例は発展した資本主義ウク ラードの原則的=質的変化の分析に適用される。若干の後進国で独占的結合が拡大すると いう問題,即ち,植民地,従属国において土着的独占資本の発生=民族的独占が発生する という視点はその可能性をドグマによって否定されていた。しかし統計によれば後進国の 現代化された資本主義企業における生産と資本の集中指標は極めて高く,一部の西欧と帝 政Pシアの夫を追いこしている。勿論これは大資本と独占を一応同一視した際に言いうる のであって多ウクラード下では現代的な資本主義企業部分は相対的には大きくない。この ような民族的独占は第2部門より構成され,第ユ部門は外国独占との提携によってそれえ の従属を除去し,第1部門を創設しようとするものであった。多ウクラード下の資本の原 始的蓄積と小ブルジョアジーの特殊性について言えば,一定段階でそれは資本主義関係の 成熟をもたらすのみならず,特に重要なことは小商品ウクラードの成熟を導く点である。 一般的に資本主義的原始蓄積は破壊と吸収という両極方向への分解であるが後進国ではこ の機能は,変形を蒙り主導的なものではなくなる。つまり多ウクラード下では資本主義生 産関係の形成のみならず(というより,むしろ)小商品ウクラードの成長によって特徴づ けられるし,逆にこのような原始蓄積の形成は複数の資本主義ウクラーードの成熟に反映さ れる。それは具体的過程としては上部構造又は政策の作用に依存するから情況は複雑にな る。地主を含めて大ウクラードの代表者が,更に小商品生産と小資本主義生産ウクラード のそれが政治的決定に参加する。重要なものは小ブルと民族ブルの下層である。小商品生 産と小資本主義ウクラード成長の特殊性は同時に小ブルの形成と構成における変容である が,それは変形の多様性に反映している。外国資本主義に奉仕する原始的蓄積は民族資本 主義形成の基盤を狭くすると共にそれを反動的=保守的な発展として条件づける。小商品 ウクラードは植民地主義の重圧により非常な時期には発展できなかった。初期段階では自 然的=家父長的ウクラードと小商品ウクラードはやはり密接にからみ合い区別できない。  次の段階における小商品生産の発展と形成は資本主業企業の低級形態の現成に伴ってお こる。小資本主義ウクラードは単純商品生産の中で困難を件って緩慢に成熟する。それは 小商品ウクラードとやはりからみ合っていてはっきりと区分しえない。量的には小商品ウ

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クラードは1人一・5人の勤労者から成る自己と家族労働収入が主な収入であるような経営 規模として画かれる。工場では5人一10人の雇用規模である。小資本主義ウクラードは 剰余価値が収入の基本部分になるような,10点ていどの雇用規模のものであるが,規模決 定に技術的基礎と労働組織が重要となる。個別ウクラードの性格を量的に規定する統計は ないが,就中農業ウクラードの決定に際して困難が大きい。その最大の根拠は異った生産 関係の形式の徹底した分散性にある。小商品ウクラード(農業)の基本部分は,!−2 ha,2−5 ha,部分的には5−10haの耕地を占有するグルーープである。もし農民が単一の 階級ならば,単一のウクラードに基礎をもつ筈であるが,実際には複数のウクラードが後 進国の大多数の場合存在するから,農民の異った階層が異ったウクラードに関係している こと,つまり農民はその社会・経済的土台からみて多ウクラード的であり,1階級ではな く,複数の階級を代表することが明らかになる。後進国農村では主要な三種のウクラード が存在する。第1の自然=家父長的ウクラードは最も古い生産関係の形式であり,多く封 建的搾取形態と結合している。小商品ウクラードは異った時期に発生し多くの社会的過程 (共同体,種族,大家族等の解体)の結果として形成される。小資本主義ウクラードは異 った資本主義品形態(農民的と地主的)の結果としてrl]広く優越的にその発展を代表する ときに形成される。それは資本による労働隷属の完遂されない経済的類型である。これは 前二者と違って二種の農民階級を生む。即ち小農業企業=富農と農業労働者である。この 三種のウクラードは農民を四つの異った階級的集団に類別する。移行=過渡【生が農民を支 配し,階級構成においても過渡的な階級的社会層が相応するような過渡的且つ混合形態の 多様性が明らかになる。自己のウクラードから分離した農民は他のウクラードに久しくは 扶植されえないから深刻な農村人口過剰が生じる。この三種のウクラーードは他のヨリ発展 したウクラードの強い影響下に入るし,更に異った種類の外的要素の影響を受けその歪曲 を深め,発展方向を規定される。又逆に外の圧力の結果として歪曲を正常化する必要も発 生する。つまり農民は異った効果によって多ウクラード社会の複数的な階級の存在を隠蔽 されている外皮なのである。  多ウクラード社会の発展は小商品ウクラードと小資本主義ウクラードの異った運動法則 を生み出す。世界市場と国内の社会経済的影響の下で前資本主義生産関係の〈粉砕化〉過 程が進むが,この状況はウクラード間の衝突をおこし,過渡的経営の巨大な層が貨幣収入 を収奪する為に前資本主義的な搾取形態を拡大普及する好都合な条件を創出するという結 果になる。蜘こ植民地的搾取は前二種ウクラードの崩壊と同時にその発展の為の若千の条

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件を創り出す。それは勤労者の新しい層の貧窮化と同時に資本主義生産の樹立に導かな い。小商品と小資本主義ウクラードに形成される競争力の重要要素の一つとして労働力価 値の低さが指摘される。  土着的に発展した私的資本主義ウクラードと低いウクラードとの関係は外国企業との関 係と異る。それは外国資本からの独得の〈無性芽繁殖〉(その技術専門家,組織等の利 用)と云うべきもので国内経済の発展の結果であっても民族資本主義の低い形態の自然的 転化の結果ではない。発展した土着的私的資本主義ウクラードの客観的機能は低い形態の 発展に適応してそれを抑圧することであり,古い体制を新しい体制創出より,はるかに多 く侵食することであった。その結果は彪大は脱階級的失業の創出であった。結局,この事 実は,多ウクラード下の階級脱化とその形式としての貧民層とルンペン・プロという特殊 な階層の問題に収敏する。これはかって植民地化(周辺化)された多ウクラード社会(過 渡社会)発展の有機的要素であって,若干の生産関係の相互作用により惹起される。多ウ クラード社会では殆んどすべてのウクラードが貧民層を特徴とし,その存在は新旧ウクラ ードの将来の発展,存在の為の重要条件の1つ或は〈媒体〉となっている。 〈国家資本主義ウクラード〉  すべての後進国にとり国家セクターを生み出す一般的理由は存在するか。理由は存在す る。独立後の後進国多ウクラード国家の新しい基本的矛盾は,植民地時期の帝国主義と民 族的独立の矛盾に代って経済的後進性と全面的発展の必要との間の矛盾である。経済的自 立性の達成は民族共通の課題となるが,その実現の手段となったものが国家セクターにほ かならない。しかしこの民族共通性の階級的区分を示さなければ重大な誤ちをおかすこと になる。即ち民族共通の理由は多ウクラード下では実際の階級的表現を通じてしか現成し えない。その民族共通的な局面は農業==原料的構造を,科学技術革命を通じ発展の資金源 を見出し国民的な労働生産性水準を上昇せしめて失業を除去することによって,自立的経 済に転換させるという生産力上昇と後進性克服の必然性の問題であり,従って全階級にこ の課題解決が有利なことである。何によってどのように体制を変えるか。全領域に早る経 済的活動の新しい形式の創出が変化の前提となる。しかし変化の過程は単に新しい部門の 量的成長ではなく,既存の質的近代化でなければならず,少くとも既存工業の再編成と成 長が変化の前提となるが,第1部門は本来欠落しているから,この変化は容易ではない。 故に国家の経済的役割の強化拡大は国民経済の植民地的構成の転化,工業転換と社会的進

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歩を実現することである。ここから出てくる国家経済政策の主要方向は,工業部門に大き な対象を創出する方法によって後進的不均衡を廃絶することであり,国家は必然的に経済 過程に介入せざるをえない。国家セクターという用語は有益だが,厳密にはあいまいさが 残る。それは全く国家的所有の生産力,又はその物質的,技術的境界の標識として用いら れたが,生産関係の本質を示すものではなかった。この国家セクターの社会的含意は国家 独占資本主義,国家資本主義及び社会主義でありうる。多ウクラード社会分析の場合かく されたウクラードを又このウクラードの特殊性を見なければならない。多ウクラード社会 の過渡性,その発展の異った段階,著るしい程度差をもつこの運動の異ったバリアントの 三二は国家資本主義ウクラードの構成の特殊性に集中する。  次に,何が国有化の対象なのか,誰がそれを実行するのか(誰の利害の為に)という問 題が提起される。国有化とは国家的所有に工業,銀行,商業その他の企業管理を移すこと       タイプであり,私有が国有に交替した結果現れた経営の国家資本主義の型である。後進国での国 有化は自然的な(西欧的)なものでなく,準備されたものである。国有化のために,即ち 国民の一定の層の利益の利用のために第一に大企業,大会社の形式がとられたが,それは 社会的分業の最:良の形式を反映する。中小企業は大きな資本主義会社の範疇に入りえない し,手工業と小資本主義企業の移行は発展に有効ではありえない。又,国有セクターの最 適規模の問題もあるし,経済活動の国有化が全て常に必要だというわけでもない。故に国 有化と国家資本主義の拡大とは量的には必ずしも一致しないし,質的には別の過程を反映 しうる。合理的国有化は蓄積可能性を創出するが,これは一人でに実現されるものではな く,国家セクターの効率的管理の為の:斗争が不可避となる。この課題は二つの局面をも つ。1は国家企業の管理も含めてどの階級の利益を国家が代表するかという階級的局面と 2に管理組織の最良の方法の形成と必要な行政テクノクラートの創出という行政管理的局 面である。管制高地の掌握が新建の生産力によって拡大する実例はインドに見出される。 又国営セクター建設と他ウクラード援助の資金は巨額を必要とする。1960年一69年目37の 後進国において国内総生産に占める国税収入比率は約15%に達した。国営セクターの生産 効率と収益性の上昇も重要な闇題であるし,加えて外国からの収入も国家に集中せねばな らない。  総じて多ウクラード国家においては具体的発展段階における経済の中で国営セクターの 役割は同じではない。例えば70年代のはじめ総国民生産に占める国家セクターの割合はバ ングラディシュ15%,インド17%,イラン35%.シンガポール21%,タイ17%,ブイリピ

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ン18%であった。これらの数字はこれらの発展の不均等性を反映している。  今日の後進国でこのセクターの統制的役割を引上げようとする一般的傾向がみられた。 50年代初にはその割合は25−35%,60年代末には45−55%に達した。この他,技術的,経 済的な計画目標の相違から来る計画の発展自体の不均等性も指摘される。  国家セクターの階級的内容については,若干の大きな階級と大多数の過渡的な人ログル ープの並存という条件下で国家セクターは必然的,客観的に各ウクラード間の相互関係の 重要な調整者となるが,勿論ある段階で国家権力を掌握している階級とそのウクラードの 利益の為にその機能を実行するのである。国家セクターの社会的任務は他ウクラードの必 要に奉仕することであるが,各社会層の抱いている民族共通の利害の内容,それを達成す る方法についての観念は多かれ少かれ,相互に鋭く相違する。この政治的契機が国営セク ターの経済的再編成と発展の実際の鍵となる。異った階級的階層は国営セクターの上述の 介入に対し異った発展水準,方法,管理を許容するから,結果として,国営セクターの発 展水準は主観的な階級的要因によって客観的必要及び経済的上昇の可能性と一致・適応し えなくなる。故に総じて言えば多ウクラード下の政策(上部構造)と経済の相互作用は, 企く新しい極めて重要な祉会的現象としての園家資本主義を生み出すのである。この政策 的に生み出された国家資本主義は形態と方法,権力に民族ブルを首とする有産階級連合を 含んでいるという内容からみて帝限されたブルジョア的性格をもっている。生産力と生産 関係の矛盾より生れたこのウクラードは排他的に経済的要素によって条件づけられること を意味しない。反対に,経済的要素が独自的に影響する種々のイデオロギー的,政治的要 素を生み出すのである。故にそれは国家の政治的安定の為の要素にもなる。       タイプ  国家資本主義ウクラードには質的に異なる三種の類型がある。その社会的意義と階級的 性格は異っている。国家資本主義の発展過程の独自性は自身にとり外的要素を含むこと 一例えばそれは収益性の問題に現れる一である。有産階級の弁護論者は国家セクターの社 会的任務を他のウクラードの必要への奉仕の必然性だけに限定する。従ってこの場合前述 のように各層の国家セクターへの評価は相互に全く違ってくる。  又,国家の経済への介入を云う場合,どのような階級国家を意味するかという点につい ては多ウクラード社会では,例えば,ブルジョア国家という単一国家ではなく,その社会 生活はウクラードの連合によって,又それに相応する階級連合の斗争によって決定される から,国家権力も当然,階級連合の手中にあり,これが国家セクターの性格に影響する。  国家資本主義の成立と成長は資本主義の枠の拡大の指標であるが,他方,反帝的任務を

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民族共通のものとして持ち,全ての土着ウクラードに利益をもたらす。国家資本主義ウク ラードはこの意味で資本主義ウクラードを含む一連の塁加作用の結果であると言えよう。 つまり非常に奇妙な通常でない資本主義であり,資本主義生産関係の枠組を出ないとして も,形式上ますます〈所謂〉周知の資本主義ではない。ブルジョアジーの階級連合が国家 権力を把握している場合,国家セクターは社会的に全く同質ではありえないが,国家権力 が小ブルと労働者の連合権力であれば,国家資本主義は外国資本主義ウクラードと大ブル ジョア・ウクラードを国有化して拡大しうるであろう。  国家権力が非プロレタリア的,半プロレタリア的勤労者層を代表する組織に移行した場 合,原則的に事態は変化する。量的に国家セクターは私的資本主義的所有の多くの形式を 克服することによって増大し,後者の領域を狭め国家資本主義の枠組を拡大する。それは 質的に変化する。それは反ブルジョア的性格のウクラードとなる。  又,権力が小ブルに主導される階級連合にある一即ち小商品ウクラードに基いている場 合,小ブルの二面性(勤労老と所有者)は国家セクターの新しい過渡的構成を規定するで あろう。このような国家資本主義は私的資本主義発展の本来の事業をやるのみならず,そ の内部で社:会的な再編成(資本主義謡本質への)がおこるであろう。このように国家資本 主義ウクラードの相対的独自的発展の異った許容が,他のウクラードの乱すなわち各階級 から生じることに多ウクラード社会の特質が集約されているといえよう。  (官僚資本主義化の問題については以前紹介したので省略する) 〈主な問題点の検討〉  (1)方法論上の貢献。従来我国学界を中心として所謂第三世界に属する後進国分析の方 法論上の特色は,その体制を先進的資本主義の側から,つまり帝国主義発展の一局面とい う形で理解するという点にあった。換言すれば,所謂帝国主義論の量的拡大=外延的な領 域として,帝国主義諸国或は金融・独占資本の資本蓄積構造の補完的部分として所謂新植 民地主義体制という理念に総体として包摂される領域として理論的には把握されてきたと いえよう。従ってこのような方法の別の特徴は,世界資本主義=帝国主義体制をあくまで 唯一の実質的主体にまで恣意的に拡大する結果,世界体制としてのかかる帝国主義論の方 法的領域より厳密な意味での国際的経済関係=国際分業論が欠落してしまった点にある。 この蔦とは後進国体制にとっては経済学的には殆んどその経済的主体性=資本蓄積の相対 的に独自な可能性を否定されたにひとしい。体制間矛盾或は政治的・イデオロギー的諸契

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機を悠意的に拡大利用することによって後進国分析(とくにその社会経済構造)は政治的 変革の蓋然性の図式にすりかえられていたとも言えよう。又他方でこのような方法論への 反動として1960年代半ば以後一部(ソビエトと日本学界)研究者に,現代後進国体制を極 めて進歩的な一種の感民族社会主義“という方向で政治的な発展段階と照応的に類型化す る傾向も出現した。これはソビエトでは有名なソボレフ的民族民主国家=非資本主義的発 展論という図式で現れた。第1の帝国主義論的方法論が決してレーニン的な科学的分析に 基くものではなく,スターリン的図式化にその原型をもつとすれば.第2の類型化志向も 社会主義世界体制という付制間矛盾の一方の側面を主体的に強調することにより,後進国 体制の基本構造を規定しようとする(又,それを可能と考える)方法論的には全く同じ線 上に位置づけられる視角であるといえる。その共通項は,つまり,双方とも,その方向に違 いはあれ,体制間矛盾を媒体なしに後進国経済構造の本質規定のために直接利用している 点であり,これは換言すれば資本主義体制と社会主義体制の本質規定から後進国経済構造 のメカニズムを規定しようとすることに他ならない。杉本昭七氏の指摘するように現代の 独占資本の世界的構造という極めて中核的な経済体制ですら体制間矛盾そのものによって は直接的に規定できないのである。  レフコフスキーの方法論的貢献は,後進国の経済社会構造を18世紀末以来,略々二百年 間の範域をもつ一つの発展段階として把えたこと,換言すれば,後進国の側から,それを 西欧と異る一の発展構造=広義の資本蓄積構造を有する経済的領域として帝国主義とも, 社会主義とも区分して把握したことである。  従って彼の経済学的方法は,総括的に言えば世界経済(資本主義体制と社会主義体制) の発展段階の中で後進国(非西欧社会)の発展段階を前者に基本的には規定されつつも, 本質的には相対的独自性(資本蓄積構造)を有する並行的発展の領域として明確に区分し た段階論的方法なのである。つまり彼の場合,ウクラードという範躊を具体的条件下の生       メデイウム産様式として,或は生産様式の具体的現成として,後進国の経済構造規定のための媒質と して利用することによって,その特質を各ウクラード聞の多様な相互関係という形式をと る多ウクラード的社会経済構成として総体的に把握することが可能になったのである。ウ クラードという彼の範疇は従って各後進国の具体的条件を内包し,それに契機づけられた 生産様式として量的な側面と質的な側面の双方から後進国の一定階級の物質的基盤の定 性・定量的把握を可能にする方法論上の媒質である。そこで把えられた後進国のウクラー ドは故に抽象的な原理的範躊でもなく具体的な現状分析の範躊でもなく,史的唯物論にお

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ける生産力と生産関係という範疇が基本的には原理自体を導出する為の段階的枠組という 意味で用いられているのと暗々同等な概念であると考えられよう。このような媒質を使用 することにより,過渡的社会経済構造のいわば段階論的な独立した構造自体とその特質を 多ウクラード構造として,しかも単に経済決定論的な意味からではなく,境界領域的に国 家権力=政策という要素の多様な選択肢を階級斗争の多様性と結びつけて,即ちウクラー ドという媒質の基底に社会構成体という経済領域=土台を包摂できる総体的範疇を設けて 重層的に把握するのがその方法論上の特質である.従ってウクラードを中心に政策と構成 体という概念が彼の媒体の補完的範疇となっている。指摘すべき他の点は彼の方法がどち らかといえば先づ後進国経済の質的な構造(骨格)の分析を中心としたものであるから, 量的な資本蓄積メカニズム就中,世界市場との関連におけるその構造の解明によって,補 完されなければならないことである。この点でも後進国経済における恒常的な低賃金構造 の独自的存在の証明は,所謂国際価値論における発展の足掛りを提供している。  (2)階級区分の問題。従来,曖昧の儘放置されていた後進国の階級区分(概念)をウク ラード区分と関連させて整理したので,極めて明確になったと言える。つまり,階級は基 本的にはそのウクラードに属するものであり,これから分離した部分を脱階級という独立 した範疇とした点は経済的低賃金構造を説明する上で重要である。ウクラードの相互交錯        アモルフ による階級の無定型化もこの方法により説明できよう。ただ,実質に拘る問題として,民 族ブルと封建的・買弁ブルという区分の標識は論争点をのこすように思える。何故ならそ の標識はブルジョアジーが封建的地主階層と連結しているか,否かに求められているが, この地主という範疇が,非西欧後進国においては極めて質量ともに多様であり,一義的に 規定できないと思うからである。例えば旧中国の場合,日本の地主層と比べて日本の富農 に相応する所謂中小地主層が相対的に多かったし,事実,小地主は一面富農でもあったと いう例が典型的なものとして指摘されよう。一方で彼は民族ブルの中に大ブルジ。アジー を類別しているが,後進国の場合厳密なマニユ段階を欠いている限りかかる層は必然的に 商業ブル的性格と出自を持ったものでしかない。その上,この層のウクラードは基本的に 資本主義ウクラードであり,工業,商業,金融業等の部門類別は,ウクラードの中の投資 選択二競争上の運動であって総じて変換可能(例えば商業資本→工業資本)なものであ る。故に所謂産業ブルを民族ブルの枠に入れるのには聞題がのこる。私見では,後進国の 大ブル層はその出自と経済条件からみて一定の商業=高利貸・地主的母斑を属性として帯 びているのであって,この点は資本主義ウクラード(土着)の拡大と矛盾するものではな

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いのである。又,農村の資本主義ウクラードに基く四種の階級を区分した中で地主的な小 資本主義ウクラード形成が指摘せられている点は貴重な貢献であるが,これは封建的勢力 (地主中心)とは質的に異ることは理解できるとしても,後進国ではこの発展の途がNX封 建・半封建的xxな外皮をまとって「封建勢力」から換骨脱胎的に現成するのであって,そ れ以外に所謂産業的中産者層があるわけではない。経済的機能は,加えていえば,一つの 総体的運動の形をとる,換言すれば各ウクラードの階級的弓自性も国民経済の再生産構造 の自律的機能の総過程の中に部分機能として包摂されるのであるから,例えばブルジョア ジーが国家資本主義に代表される主要ウクラードと国家権力を掌握した場合には,民族ブ ルと「封建的」ブルの区分は極めて形式的な意味しかもちえないのではなかろうか。又, その場合には,小ブルと小商品ウクラードが完全に国家の経済体制に包摂される傾向が生 じるのも不可避と考える。  (3)国家資本主義ウクラードの問題。彼は政策・ウクラード・構成体という重層構造で 国家資本主義の生産関係三二を理解する。故に後進国経済は未だ構成体としての国家資本 主義は成立していないのであり,国家セクターの技術的・物質的基盤を管制高地とする国 家資本主義ウクラードが多ウクラード国家の主要,指導的ウクラードとして成立している わけである。しかし,国家資本主義社会構成体とは如何なるものか.それは正に西欧の如 き一元化された国家論を排除した方法領域にこそ成立しえた範疇ではなかったのか。この ように考えれば,後進国経済が国家資本主義ウクラードを主導的ウクラードとして再生産 過程を部分的に計画化・組織し,一つの新しい資本蓄積の構造をともかくその輪廓におい て戦後約3Q年問,持ちえていることは,そのまま,彼の云う段階論的な過渡的社会=多ウク ラード的構成体といえるのではないか。彼は正統的に多ウクラード=社会構成体の視点を 否定しているが,それは構成体としては,明らかに資本主i義,しかし「新しい資本主義」 構成体を総体として示唆していると考えるのは誤であろうか。それには積極的に2つの理 由があげられる。 は,後進国で歴史的に不可避である母斑としての特殊な大ブルジョア ジー(及びその傘下にある中・小ブル)一それは彼の云う民族ブルと封建的ブルの総体一 が国家権力,すなわち国家資本主義ウクラードを中心として私的資本主義ウクラードを拡 大育成しつつ,両者を代替する発展の途ではなく,両ウクラードをある意味で並行させつ つ混合的な資本主義体制=孫文の言葉をかりればく国家社会主義〉体制を社会構成体とし て拡大・発展させる方向性を持つという点である。そのような発展は資本蓄積=拡大再生 産の構造として可能であるか。簡単に図式化して言えば.外国資本(とくに国家的援助と

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国際分業=例えば保税地域の合弁事業等)ウクラードと国内の小商品ウクラードの一定の 安定性に依拠する限り理論的に可能であると考えられる。特定の帝国主義と密接に提携 し,社会主義国との経済関係も利用しつつ,国内の小商品ウクラードを一応上からの土地 改革によって農民的小門本主義化の方向に再編成するか,土地改革不可能の場合には, 短期的に農村の「封建的」階層=大地主に主導された中・小地主層と富農を商品流通を 媒介として実質的に小資本主義ウクラードに変質せしめ且つ中農・小農層を各種の改良的 方法によって小商品生産者として相対的に安定せしめる上からの政策(国家介入)によっ て広義の資本の本源的蓄積を国家資本主義ウクラードが実施し,その成果を部分的に私的 資本主義ウクラード強化に投入するという循環が大まかには画かれうるであろう。この基 本的な蓄積構造の性格は,小ブルが主導する〈進歩的〉な連合権力が国家資本主義を支配 した場合にも殆んど不変であると考えられる。従って非資本主義的発展という方向性も必 然かかる枠によって規定されざるをえないのであって,そのような段階が構成体としての 資本主義の外側に出る可能性は小さいと考えざるをえない。  第二の論拠は従来から主張してぎた点に関することであるが,国家資本主義ウクラード の変質=官僚資本主義化志向という点である。彼によれば,行政テクノクラート・エリー ト層が肥大し私的資本の領域が拡大するという点及び国家資本主義ウクラードが専ら自己 の蓄財・利益の為の道具化するという点にその変質の局面が求められているが(紹介は省 略),この論理は国家資本主義ウクラードを私的資本主義ウクラードの肥大の為に私的に 利用することを意味するから,例の陳伯達的=四大家族的家産国家論になってしまい,逆 に国家資本主義ウクラード拡大・強化の側面は消えてしまう。即ち仮に前の論理を認める として,私的蓄財,収奪の為には本来の国家資本主義ウクラードを拡大せねばならぬ筈で あり,それは否定的な面(変質)と同時に必然的に国民経済に一定の経済的影響を与えね       2) ばならない。中国の例をとれば化私為公という〈大設計〉の過程が存在する筈である。私 見では,それは国家資本主義ウクラード自体がその管理層の肥大と共に半植民地的な大ブ ルの国家介入〈政策〉によって化私為公という極めて専制的な性格を帯びる傾向なのであ る。反面,国家資本主義ウクラードによる原始的蓄積の過程と機能はブルジョアジー主導 の場合.決して牧歌的なものではなく,むしろその本来の血と涙にいうどられた性格が集 中的に現成したとも考えられるのであって,官僚資本主義への傾斜をこの意味では果して 変質と考えるべきか疑問である。むしろそれは後進国多ウクラード社会の本源的蓄積過程 を含む資本主義的蓄積構造の発展に内在する必然的な一つの変容であって,それは後進国

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      3) の前述の意味での社会構成体の非西欧的特質を表徴するものであると考えたい。 1)本ノートで紹介したレフコフスキーの最近の見解は,A. H. JleBKOBCKHit, COIIHaJlbHaA CTP−  yKTypa pa3BvaBaEolllHxcfl crPaH (Hpo6neMbl MHoroyKnaaHoro, liepexoAHoro 06meCTBa) MocKBa.1978. M3AaTenbcTBo<Msicnb>.の中の主として第1章∼第5章の内容の骨子を極め  て大まかに紹介したものである。 2)最近,中国の著名な経済学者である呉承明教授(中国社会科学院経済研究所)は,東大社研シ  ソポジェウムの席で,1930年代の中国の経済体制評価の問題について,国民党政権の戦前10ケ年  に約10%の年経済成長があり,国民党官僚資本主義の当時の体制は,国家資本主義であり,生産  力の上昇よりも,むしろ生産関係を構築していた段階であるという注目すべき見解を発表された  ことを参考として附記したい。 3) レフコフスキーの視点に添い,主として三つの要素をもつ体制としてアジアの「植民地(半植  民地)的国家資本主義」を規定するH・シモーニアの視角は,国家資本主義の概念を発展せしめ  た貢献である。その要素の①は再生産過程の必要条件を保証する外部経済管理の創設。②は工業  企業の植民地的管理の創設。特微として経済的必要と非経済的な要素の総体的癒着。③は私企業  経営に対する植民地国家権力の規制と組織化の機能。国家は全体としての再生産過程の代理者と  して現れ,必要資本を動員することである。H. A. CHMoHHH, cTpaHhl BocToKa:nYTH pa3BHTn”.  HHcTHTyT BocToKoBeneHH” AH CCCP, MocKBa, 1975 cTp. 210−215.

参照

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