地域産業・クラスターと革新的中小企業群
―小さな大企業の経営の特性―
土屋 勉男要旨
地域産業・クラスターは、日本国内の多くの地域に立地しており、地域の経済や雇用の発展 に貢献してきた。最近それらの地域産業・クラスターは、円高、グローバル化などの環境変動 の脅威を受けて企業や労働者の数が減少しており、また構造変動が進行している。 しかしながらそれらの産業・クラスターには、革新的中小企業が誕生し成長しており、それ らの企業が、地域産業・クラスターの構造変動を先導していることにも注目すべきであろう。 さらにそれらの革新的中小企業は、新技術、新事業を開発し、「持続可能な経営」を実現してい るのである。 本研究では、我々は13の企業を選定しケーススタディを実行した。そしてそれらの企業にお ける事業領域、経営能力、経営戦略、戦略的提携などを実証的に分析し、革新的中小企業の経 営特性や戦略などを明らかにするとともに、それらの企業が成長するための産業政策を提案し ている。Ⅰ 本研究の目的
日本の地域産業は、日本国内の各地域に集積し立地しているが、日本経済や地域経済の成長 発展を支えてきた。しかしそれらの産業集積は、趨勢として縮小、衰退傾向が顕著であり、最 近では米欧日など先進国の不況や円高、ドル安の急進などの影響を受けて、厳しい環境を迎え ている。 一方で地域産業の集積構造にもいくつかの新たな変動が起きている。ものづくり企業に着目 すれば、地域産業が構造転換を推進するプロセスでそれらの動きを先導するとともに、新製品 や新事業の開発に成功し「持続可能な経営」を構築した「革新的中小企業群」が誕生し、成長発 展していることにも注目したい。 本研究は、日本の各地に集積し地域経済の変革や革新をリードする「革新的中小企業」に注 目して、事例研究により企業が成長してきた要因、それらの企業が開発した差別化経営の特質、 持続可能な経営の仕組み等を分析している(1)。またそれらのものづくり企業は、顧客との取引 関係や地域産業・クラスター及び産学官連携などの社外資源を活用して新製品、新事業の開発 を進め「持続可能な経営」を構築している。本論では、それらの事業開発、経営革新の動向を 分析するとともに政策課題をまとめている。Ⅱ 革新的中小企業の経営特性
1.革新的中小企業の位置づけ (1)事例研究の位置づけと各社の特徴 「革新的中小企業」は、100 ~ 300人規模の「地域中核企業(小さな大企業)」と、10 ~ 50人 規模の「地域革新型」中小企業の2つのタイプが含まれる。前者は、地域産業・クラスターの中 核となる企業であるが、大企業に勝るとも劣らない強み(能力)をもっていることから「小さ な大企業」(2)と呼んでいる。 一方で後者の「地域革新型企業」は、中小企業のマジョリティを占める従業員数が10 ~ 50 人クラスの中小規模の企業群である。それらの企業は、中小零細の生業型の経営が中心である が、それを超えて地域中核企業に成長する可能性のある潜在的な予備軍でもある。それらの2 つの類型を合わせて「革新的中小企業群」と呼んでいる。 (2)地域産業・クラスターと対象企業の位置づけ 事例研究で紹介する企業は合計13社であるが、さらにそれらの企業は、「地域」軸と「顧客/ 取引」の2つの軸から整理することができる(図表1)(3)。 まず「地域」軸からみると、大都市圏と地方圏のどちらに属しているか。次に顧客、取引構 造の面からからみれば、受託賃加工タイプ、下請け型の企業と自社製品を持つ企業に分けられ る。自社製品の中には、最終製品だけでなく自社のブランドがついたユニット部品や加工部品 の例もある。また顧客と共同で機器やシステムを開発する企業もある。いずれにしても自社の 製品や自社のブランド(部品)を開発している企業は、受託賃加工メーカーに比べて、取引先 図表1 地域産業・クラスターと企業の位置づけ(親会社など)に対する受け身の経営から一歩抜け出している。つまり経営の自立性を確保し、 持続可能な成長や発展を追求している企業でもある。各社の特徴は、図表2にまとめて紹介し ている(図表2)。 なおセーレンは、東京証券取引所1部上場の大企業であるが、福井の繊維産業・クラスター 図表 2 事例研究の対象(その1) 図表 2 事例研究の対象(その 2)
とのかかわりが深く、繊維部門に注目すると革新的中小企業としての特性を持つことから、事 例研究の対象に加えた。 (3)革新的中小企業の特徴 革新的中小企業は、製品技術や事業の開発において、過去からの飛躍(ブレークスルー)が 行われる場合が多い。それはシュンペーター流の新結合(イノベーション)が実践されたこと を示している(4)。また事例研究によれば、新しい製品技術やサービスの開発にとどまらず、差 別化したビジネス・モデルが開発されている事例がみられる。革新的中小企業では、新製品や 新事業を開発し、それを持続可能な収益を生み出す仕組み(ビジネス・モデル)に育て上げた ことを示す(5)。 また革新的中小企業は、新製品や新事業の開発に当たり、産業集積、産業クラスターなど社 外の資源を効率よく取り込んで活動している。産業クラスターは、「互いに関連した企業や特 化した供給業者、サービス業者、さらには関連産業の企業や関連分野の諸施設(大学や基準認 定機関、業界団体等)が地理的に集積している」(6)ことを指し、関連産業の集積が革新的中小 企業のイノベーション活動に、プラスの効果を持つことが以下の分析で明らかにされる。 一般に革新的中小企業は、企業間の取引関係や顧客との信頼関係などをもとに技術基盤を構 築している。またイノベーションの契機となる戦略構想を作る際に、それらのステークホルダ ー(利害関係者)の関係や信頼の連鎖(ネットワーク)の中から、新たな戦略構想が生まれ、イ ノベーションに結び付く傾向がある(7)。 2.革新的中小企業の成長構造と成長要因 (1)革新的中小企業の存立基盤 事例研究によれば、「革新的中小企業」には共通したいくつかの特徴がみられる。その特徴と しては、中小企業経営の強さの基本が、①.ものづくり組織能力の強さ、②.差別化した事業 領域の設定などの共通した要素から成り立っていることである。 ①.ものづくり組織能力の強さ 「ものづくり組織能力」は、現場で展開される組織的な統合能力、改善能力、進化能力などか ら成り立ち(8)、日本のものづくり企業が共通に持つ強みの一つである。ものづくり組織能力の 中身は多様である。中小企業の場合には、顧客の高度で難しいニーズに迅速に対応する企業が みられる。あそこに頼めば「なんでも解決してくれる」というように、顧客の漠然としたニー ズ(開発・生産を含む)を具体化し、製造加工する生産技術・ノウハウを持つ企業は多い。下 請けの受託賃加工メーカーでありながら、顧客を呼び込む提案能力や受注の仕組みを開発した 企業もある。 たとえば事例研究の企業の中には、航空機、宇宙機器、人工衛星の部品などナノ・レベルの 超精密加工に強みを持つ企業がある。その企業の場合は、経験の豊富なベテランの技術者・技
能者が中心である。また高度な加工ができる最新鋭の設備機械を導入しており、自社で開発し た独自の専用機械と加工ラインを持ち、トータルのシステムを効果的に動かす治工具類の開発 にも力を入れている。中には即日納入の仕組みでプル型の受注システムを開発した企業もみら れる。 ②.差別化した事業領域の構築 「革新的中小企業」の事業領域を点検してみると共通した特徴がある。まず受託加工タイプ の企業は、「多品種少量」生産をその主たる事業領域としている企業が多い。量から質(少量) への転換は、国内外の競争圧力から逃れ、安定した市場を生み出すための第1歩である。少量 生産をさらに一歩進めて、1品生産、「多品種微量」生産を売りにしている企業も見られる。「多 品種微少量」生産は、それ自体が参入しにくいと共に、多品種微少量と①の超精密加工、短納 期生産などがミックスされると、高い参入障壁を構築することができる。 次に自社製品メーカーに関して言えば、革新的中小企業の存立基盤は、量がまとまらないこ と、他社に差別化された独自の市場(顧客)を創造していることが重要である。つまり量的に みて大企業が参入したがらない中少量のロットであることが必要であり、他社に先行して開発 した「オンリー 1」の製品であれば、参入障壁の高い持続可能な経営が可能となる。 それらの企業は、M.ポーターの競争戦略では「集中戦略」にあたり、「コスト集中」より製 品技術で差別化した「差別化集中」(9)の戦略を追及していることになる。 (2)革新的中小企業の成長構造―経営者の関心事項の「受注能力」への着目 「革新的中小企業」は、すぐれたものづくり組織能力を持ち、また他社に差別化した事業領域 を見つけ、コンペティターの浸透を受けにくい技術ノウハウ上の強みを持つ企業である。事例 研究では、規模が比較的大きな「小さな大企業(地域中核企業)」は、もう一つの「プラスα」の 強みを開発している。それは、他社を圧倒するものづくり組織能力を基盤にして、「受注能力」 面で「プラスα」の強みを開発し、持続可能な経営を実現していることである。 例えば、提案型やジョブショップ(試作一括請負)型などの顧客を安定的に呼び込むビジネ ス・モデルを開発している、多品種微量品で即日納入を武器にプル型受注の仕組みを作ってい る、などの企業がある。また「自社製品」の開発は代表的事例であり、自らの努力で市場を創 造し、安定的に顧客を獲得する方法でもある。 顧客からの安定した受注を獲得する方法は様々であるが、「小さな大企業」はものづくり組 織能力の強みを基盤にして、下請けの受託賃加工、待ちの営業を脱皮することに挑戦し、受注 面で「プラスα」の強みを開発し持続可能な経営を実現した企業群といえよう。 3.革新的中小企業群の発展プロセスと「小さな大企業」の企業像 (1)革新的中小企業の3つの成長段階 事例研究をもとに企業の成長段階を整理してみると、「基盤形成期」(地域革新型企業の時
期)、「経営革新期」(自立的成長の追求の時期)、「持続成長期」(地域中核企業/小さな大企業の 時期)3つの段階に分けられる。 ①.基盤形成期(地域革新型企業の時期): 基盤形成期は、従業員数が10人以上50人未満の段階である。企業の強さは、生活と経営が 一体化した「生業資本」型の経営の強さである(10)。また中小のものづくり優良企業には、多品 種少量生産、差別化した事業領域(差別化集中)などの面で共通した特徴を持っているが、そ れらは成長しても経営の強さのベースを支えている。 一方でこの段階の企業は、さらに上位を目指して様々な挑戦をする場合も見られる。とりわ け自社製品の開発は典型的な事例である。また新しい顧客の開拓を目指して提案型やプル型の 受注の仕組みの開発に挑戦している事例も多い。今回の事例研究ではツバタ、三条特殊金属、 秀峰がこの類型に該当する。 ②.経営革新期(自立的な成長の追求の時期): 小さな大企業に向けての発展プロセスの中で、最も重要な時期はこの「経営革新期」であろ う。今回の対象企業は、すぐれたものづくり組織能力を持ち、顧客側からその噂を聞きつけて 仕事を注文してくるケースも多い。それでも受託賃加工の企業は、受注が不安定である。その 変動を安定させるためには、自らの意思で仕事を獲得し、また新たな仕事を創造し「自立的な 成長」を実現することが必要となる。スタック電子、エリオニクスなどは、100人を下回るがそ の局面を乗り越えてきている企業である。 ③.持続成長期(地域中核企業/小さな大企業の時期): 持続成長期は、「小さな大企業」として持続可能な経営を実現した段階である。その経営に は、経営戦略(経営判断)と企業統治の両面で、中小企業でありながら上場が可能な経営能力 を身につけている点に特徴がある。 「持続成長期」は、100人を超える多くの従業員を雇用しても持続的に成長できる経営能力の 開発に成功した企業である。そのポイントは、安定受注を支える新製品の開発や新ビジネス・ モデルの開発などの経営革新に成功したことであろう。その経営革新が人材の増加と受注の不 安定の状況を脱皮して、長期の持続可能な経営に成功した要因でもある(東成エレクトロビー ム、南武、鍋屋バイテック、多摩川精機、夏目光学、セーレン、松浦機械製作所、和田ステン レス工業など)。
図表3 企業の成長モデル (2)各社の成長構造と「プラスα」の強み 「小さな大企業」は、100人を超える従業員を抱え持続可能な成長を実現している企業である が、その成長を続けるためには、他者に差別化した「プラスα」の強みが必要である。「プラス α」の強みは、規模の拡大に見合って安定的に仕事を作り上げる力、つまり受注能力であるが、 その強みをもとにどのような成長戦略を構築するかが重要である。事例研究では持続可能な成 長に向けての戦略をもとに、4つの戦略類型を抽出した。 4つの戦略類型とは、①「製品開発型」(南部、多摩川精機、エリオニクス、スタック電子、和 田ステンレス工業、松浦機械製作所)、②安定した受注を呼び込む「サプライ・チェイン型」(セ ーレン、鍋屋バイテック会社など)、③提案・共同受注・開発補完などの「新ビジネス・モデル 開発型」(東成エレクトロビーム、三条特殊鋳工所、ツバタなど)である。またものづくり組織 能力の圧倒的な強みを基盤に、④超微細加工、納期、生産技術開発などの強みを加えた「もの づくり組織能力型」(夏目光学、秀峰など)も抽出された(11)。
Ⅲ.革新的中小企業の経営能力と強み
事例研究をもとに革新的中小企業の強みを、経営資源・経営能力要因、経営哲学・企業統治 能力要因、地域産業・クラスター及びネットワーク要因の3つの軸から整理してみよう。第3 の要因は、産業集積の持つ外部経済の効果であり、「革新的中小企業」は社内資源の蓄積や能力 の向上にとどまらず、社外資源を巧みに組織・結合して経営革新活動を展開している企業像 (図表4)が抽出される。図表 4 革新的中小企業の経営特性と強み 1.経営資源、経営能力要因 (1)経営者の顔が見える経営―企業家能力の発揮 一般に日本のものづくり優良大企業の場合は、経営者が率先してトップ・ダウン型で企業家 能力を発揮して会社の意思決定(経営判断)をリードしている会社は少ない。ものづくり優良 企業の多くは、現場重視の部門活動を基本に、各部門が独立して部分最適を追求する非効率を 是正し、各部門に横串を入れる「全体最適」の経営が実践されている(12)。 一方「革新的中小企業」は経営者がすべてであり、経営者次第で企業の命運が左右される傾 向があり、経営者の役割は絶大である。 事例研究では、経営者の企業家能力は、新製品の開発、新しいビジネス・モデルの開発など の経営革新のプロセスで発揮される。企業の成長発展に向けて事業の構想を描き、「プラスα」 の強みを開発し、持続的な成長を実現するために経営者が直接リードする場合もある。また直 接関与しなくても、技術者を鼓舞し、技術者と一緒になって事業の開発を推進する例も多い。 いずれにしてもイノベーションにおいては、先導役となる経営者の強い意志と努力が成功の条 件に一つであることは間違いなかろう(13)。 (2)俊敏な経営転換、革新能力―危機をチャンスに変える経営 経営者による企業家能力は、経営の危機に直面し、それを突破する局面で発揮される場合も 多い。今回の事例研究では、革新的中小企業は過去何回となく経営の危機に直面しているが、 そのつど経営の革新(イノベーション)を起こし、修敏な意思決定で危機を乗り越えてきた。
それらの企業の経営者は、シュンペーター流のイノベーション(資源の新結合)の推進者でも ある。経営の危機に直面して、単にコスト削減やリストラをやるだけでなく、新たな事業の開 発に向けて新設備の導入やバリューチェインの変更、あるいはM&Aの実行など思い切った先 行投資を実行している。それらのリスクを賭した決断が、新たな持続可能な経営を生み出して いるのである。 たとえばセーレンは、1987年に川田達男氏が社長に就任するが、就任直後売上高に近い、大 規模な投資を染色管理システムの開発に投じる。またその後は経営破綻したカネボウの繊維部 門を買収して、染色管理システムの強みを活用した世界初の「垂直統合モデル」を構築してい る。また夏目光学は、過去20年おきに訪れる経営危機の際に構造転換と経営革新を繰り返して きた。宮下忠久社長は同社の第2の危機の際にバトンを任されるが、専用機中心の旧式の設備 を一新し、最新鋭のNC研磨装置の導入を決断する。環境脅威をばねに、経営の危機をチャン スに変える果敢な意思決定が実行されたことを示す(14)。 (3)製品開発力の強さ―差別化した事業領域の開発 「小さな大企業」は、設立当初受託賃加工メーカーとしてスタートする場合も多いが、自社製 品の開発により下請けを脱皮し、持続可能な成長を実現する。今回事例研究では「製品開発型」 がこのタイプであるが、その際に事業領域の選定が重要である(15)。 事例研究では、他社が参入しにくい適度な規模を狙う、他社の一歩・二歩先を行く技術開発 を目指す、顧客の求める価値・機能の再定義(新創造)により差別化した事業の仕組みを開発 するなど、差別化の方法は異なるが独自の「持続可能な経営」に成功した企業が出ている(和 田ステンレス工業、エリオニクス、南武など)。 (4)技術開発力の強さ―経営資源の不足は集中と連携で補強 受託賃加工を主たる事業にしている企業は、概して自社製品の開発に熱心である。革新的中 小企業の製品開発や技術開発をみると、他社と差別化した領域に集中する傾向をもつ。エリオ ニクスの本目精吾社長は、特定分野に集中すれば大企業に対する資源力の不足は、カバーでき るという。 一般に中小企業にとって経営資源の不足は、深刻な問題である。中小企業が単独で新製品や 新しいビジネス・モデルの開発に挑戦するには限界もあろう。一方で経営資源の不足は、外部 資源の活用で突破する傾向がある。行政側(中小企業庁)も、異分野の中小企業がお互いの強 みを持ち寄る連携戦略(「新連携」)を支援している。 事例研究では、地域革新型のツバタ、秀峰などの企業は、新連携のスキームを活用して新製 品や新技術の開発あるいは新事業の開拓にチャレンジしている。 また地域中核企業(小さな大企業)でも、東成エレクトロビームは多摩地域のものづくり企 業を組織して受注の促進を狙ったネットワークを組織している。また全国の異業種の強者連合 を組織して新製品の開発に挑戦し、実績を上げている。外部資源を活用した連携戦略は、中小
企業の製品開発、技術開発にも有効な手段である。 (5)多様なものづくり組織能力―強みそのものが差別化の源泉 受託賃加工の企業は、ものづくり能力が生命線である。また自社ブランド・自社製品を持つ 企業でも、「ものづくり能力」を組織的に磨き上げていくことが必要である。各社の持つ「もの づくり組織能力」の中身は多様である。一方で事例研究の各社を分析してみると、次の3つの 共通した特徴もみられる。 ①.超精密加工技術の強さ:地域中核企業(東成エレクトロビーム、南武、多摩川精機)、地域 革新型企業(ツバタ、秀峰) ②.設備・治工具等の開発:地域中核企業(夏目光学、鍋屋バイテック、多摩川精機、東成エ レクトロビーム) ③.多品種少量かつ短納期等の複合的強み:地域中核企業(セーレン、鍋屋バイテック会社)、 地域革新型企業(三条特殊鋳工所) 上記の各企業は、「ものづくり組織能力」に共通した強みをもつが、組織能力の構築の方向は 多様かつ個性的であり、それが優良経営の支えとなっている。 2.経営哲学、企業統治能力要因―大企業との差異性に注目 (1)成長しない経営―長期目標の追求 「革新的中小企業」が目指すべき企業像、経営哲学には、共通した特徴がみられる。「成長し ない経営」がそれであり、経営者の言葉として「規模を追求しない経営」、「成長より持続の重 視」、「量より質を重視する経営」などが出ている。それらの企業では、規模の拡大を経営目標 にするところが意外に少ない点に特徴がある。 大企業の場合には、経営者の在任期間は通常2年、4年、長くても6年であり、その間中長期 の経営計画を策定し、ローリングしていく。また一定の在任期間の中で将来の企業像を描き、 売上高、利益の目標や成長率、利益率などを目標に成長経営を追求する(16)。さらにユニクロ や日本電産のような中堅企業の経営者は、大きな夢や目標を提示し、社員を鼓舞して高い成長 を追求する企業もある。 一方で小さな大企業の経営者は、成長することは簡単だが、持続させることの方がむずかし いと考える。それらの企業では、過去の成長経営の失敗を踏まえ、長期志向の経営、長期の持 続可能な開発を重視する傾向を持つ(17)。経営者は、経営の全体を見渡せる「ほど良い規模」 (100 ~ 300人程度)の範囲内を重視し、社員の能力向上やチームの能力構築活動を優先する傾 向を持つ。 (2)地域社会と共に生きる―多様なステーク・ホルダーを重視 日本のものづくり大企業は、近年の会社法のもとで、短期利益の追求を重視している。その 結果一部の上場企業の中には、長期雇用をあきらめ正規雇用の削減にも踏み込む企業すら現れ
ている。一方で革新的中小企業では、過去何回となく危機に直面した企業も多いが、意外に従 業員の削減に踏み切った事例がみられない。経営者と社員は、運命共同体として結ばれており、 長期雇用の経営は徹底されている。 この傾向は、多くのステーク・ホルダーにも共通する。顧客は全国や世界に広がっているが、 従業員、協力企業、金融機関、役所など多くのステーク・ホルダーは、地域を中心に有機的に 結びついており、「長期の信頼関係」を基軸にした経営が行われる。夏目光学は,過去倒産の危 機に遭遇した際,地元の飯田精密機械工業会のメンバーが「夏目の技術を絶やすな」と連帯保 証人となり支えてくれた(18)。ステーク・ホルダーを大切にする経営は、長期の持続可能な経 営の理念に組み込まれ、その中から従業員や地域社会を大事にし「産業の空洞化」を避ける経 営が生まれる。 (3)後継者を意識した経営―未上場でも会社統治を整備 中小企業の場合には、金融機関等から借り入れを行う場合、経営者は「個人保証」を求めら れる場合が一般的である。もし会社の経営が破綻し、借金が返済できなくなると個人保証があ ると経営者や家族が債務の返済を保証する義務があり、経営者一族の生活破綻にもつながりや すい難しい問題である(19)。 「小さな大企業」の中には、この点を先取りした経営を心掛けている企業がある。例えばエリ オニクス、スタック電子などの東京多摩地域の企業は、大企業をスピンオフした経営者も多く、 サラリーマン経営の志向がみられる。現時点では資金繰りも潤沢であり、株式を公開する予定 がない。それにもかかわらず、専門機関に頼み「デューデリジェンス」を実施し、会社の価値、 純資産等が株価に正確に反映されているかどうかを評価する。次の後継者へのスムーズな移行 のために必要なプロセスであり、社員間での継承を目指した動きであり注目される。 3.地域産業・クラスター及びネットワーク要因 (1)地域産業・クラスターから育つ革新的中小企業群―高い相関関係 地域産業・クラスターと革新的中小企業群との間の製品、ビジネス・モデルには、密接な相 関関係がみられる。例えば長野県飯田地域は諏訪地域のセイコーエプソン、伊那地域のオリン パスの工場や研究所が立地しており、それらの取引を背景にメカトロ、精密機械系の会社が多 い(夏目光学、多摩川精機)。東京の多摩地域は、NTT、東芝、富士通、富士電機など大企業の 研究部門や大学、公設研究機関等が多数立地しており、研究所の研究開発補完型のビジネスを 展開する企業が誕生している(エリオニクス、スタック電子など)。 さらに新潟県燕三条は、洋食器の産地として有名であるが、経営危機や事業構造の転換過程 で金属素材加工系の革新的中小企業が多数輩出されている(和田ステンレス工業、三条特殊鋳 工所など)。 革新的中小企業は、それらの地域集積、産業クラスターの中から生まれ育ち、発展した企業 であるが、地域の歴史や集積のメリット等を経営の中に体化して発展してきた企業でもある。
(2)地域産業、産業クラスターの活用―多様な外部資源の組織・結合 日本の地域産業は、石油危機や円高の進展、労働環境の悪化など数々の環境脅威の中で、地 域全体として縮小、衰退化の方向に向かうとともに、地域産業の構造転換が進んできた。多く の地域で産業が全体としては衰退傾向を強める中で、一部の優良企業が生き残り独自の発展を 遂げる「二極分化」の傾向が出ている。 地域産業は、環境変動に適応し構造転換してきたが、集積のメリットは健在である。取引先 の顧客、多様な外注先、資材の調達先、金融機関、大学や研究所などの関連産業の集積は中小 企業の経営革新活動を促進させる効果をもつ(図表5)。 地域産業の集積や産業クラスターを活用した事例としては、次の事例が参考になる。 ①.多数の外注先企業の組織:多摩川精機(飯田)、松浦機械製作所(福井)、三条特殊鋳工所 (燕三条) ②.共同受注事業のネットワーク化:東成エレクトロビーム(多摩)、エバタ(東京墨田) ③.共同研究、共同開発グループの組織(新連携を含む):東成エレクトロビーム(多摩)、エ リオニクス(多摩)、秀峰(福井) などの事例がある。中小の革新的企業は、地域産業の集積や産業クラスターの持つ諸機能を 取り込み、新製品の開発や新ビジネス・モデルの開発に挑戦している事例がみられる。 図表 5 革新的中小企業群のソーシャル・キャピタル活用の事例 -新製品、ビジネス・モデル等の開発を中心に-
(3)新たな連携関係の形成―ネットワークの多様化・広域化・複雑化 地域産業の集積や産業クラスターなどのハードウエアを活用するメリットも大きい。一方で 開発や生産における企業間の取引関係、政府、大学との産学間連携関係における人間同士のつ ながり、信頼関係をベースとしたネットワーク化の動きも注目される。それらの関係が会社の 経営に与える影響は、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の存在とその活用という意味 を持ち、外部資源を有効に活用した事業開発の事例でもある(前掲図表5)(20)。 ところで革新的中小企業の経営者は、新製品、新事業の開発の構想を策定する際に、ステー ク・ホルダー間の関係や活動の連鎖(ネットワーク)を活用する傾向を持つ。それらのネット ワークは広域化、グローバル化、オープン化の傾向が出ている。中小企業の経営者は、少ない 社内の経営資源を補うために社内・社外の資源を有効に組織・結合する必要がある。また事業 の戦略構想を策定するには、企業内外の多様なネットワークを使って戦略情報を収集し、差別 化した構想を作り上げるが、経営者はそれらのネットワークの結節役を担い、イノベーション 活動を事実上先導しているのである。
Ⅳ.日本経済、地域経済の課題
1.目指すべき基本方向 地域産業の振興に向けての基本方針としては、第1に「革新的中小企業」が今後の日本経済、 地域経済の振興に取って重要であるとの認識からスタートすべきであろう。従来の産業政策は 大企業に目が向けられてきた。ものづくり大企業こそが国内経済、地域経済の支え手であり、 それらの企業を「中核企業」として地域に誘致し、取引連関を形成することが産業政策の目標 であると考えられてきた。しかし多くの大企業は、成長ベクトルが国内経済、地域経済の発展 方向と一致するわけでない。むしろ今後の為替の動向いかんでは、2つのベクトルは乖離して いく可能性の方が強い。その点で革新的中小企業は、成長ベクトルの方向は一致しやすく、地 域社会と共に発展し地域経済の振興に貢献する可能性が強い。 第2に、政策の視点を地域産業全体に向けるのでなくそこに立地する企業に向けることが大 切であろう。従来地域産業の「振興政策」は、地域産業「全体」の振興に注目し過ぎてきた。政 策の視点を革新的中小企業に着目することが必要であろう。それらの企業は優良企業であり、 一般に政策の対象とはなりにくい。黙っていても自力で持続可能な成長を実現できる企業群で ある。したがって地域産業政策の視点は、それらの企業が次々に輩出される条件は何か、それ らの条件をいかに整備するかに着目することが大事であろう。 2.地域中核企業、地域革新型企業が輩出される条件 (1)革新経営におけるネットワーク活動のインフラ整備 革新的中小企業が輩出される条件は、それらの企業群の「経営者」の役割や、経営者が推進 する経営革新の創出プロセスに着目することが大事であろう(前掲図表4を参照)。革新的中小企業の経営者は、経営革新のプロセスで企業内部の資源だけでなく、多様な社外 資源を組織・結合する傾向をもち、地域産業・クラスターの諸機能を有効に取り込んでイノベ ーション活動を展開している。経営者は顧客や取引先、地域産業・クラスターなど社内外の多 くのステーク・ホルダーの関係を重視しており、それらの中からイノベ-ションの構想や事業 開発の戦略が生まれており、地域産業・クラスターとの相関性も高い。 最近の円高やグローバル化の急進展の中で地域産業の空洞化が懸念されており、地域産業・ クラスターや集積機能などインフラの衰退は懸案課題である。地域産業・クラスターのインフ ラの整備は、革新的中小企業の存立基盤に一つとして重視すべきであろう。 (2)知識創出活動の支援 中小企業は、経営資源の蓄積が小さく、また特定の資源面での制約も大きいため個別企業の 枠を超えて、オープンなネットワークを組んで活動している事例が多い。つまり地域内、地域 外の企業が、多様な企業間関係を結び新事業開発や経営革新に挑戦している事例が、数多く抽 出された(前掲図表5)。 最近では経済産業省や文部科学省などの官公庁が、それらの連携を支援する政策を打ち出し てきており、それらの政策支援も有効に働いている。 とくに革新的企業の経営者は、新製品開発や新しいビジネス・モデルの開発のような関心事 項のために、多くの社外の資源を導入しイノベーション活動を展開する傾向がある。それらの 「経営者」間を結ぶ多様なネットワーク化の動きを加速させる政策は、革新性の高い企業群を 輩出することにもつながる。 (3)地域産業政策のまとめと課題 以上の事例研究から浮かび上がってきた地域産業政策の課題をまとめてみると、以下の諸点 にまとめることができる。 ①.日本経済、地域経済の「担い手」として地域中核企業(小さな大企業)、地域革新型企業な どの「革新的中小企業群」に注目する。 ②.それらの企業群は、経営資源・経営能力、経営哲学・企業統治、地域クラスター・ネット ワークなどの面で経営上の特徴や強みを持つ。たとえば成長しない経営、差別化した事業領域、 持続可能な経営などは、それらの企業群に共通した特徴として抽出されたものである。 ④.それらの企業群のうち規模の大きな「小さな大企業」は、プラスαの強みを開発し「持続可 能な経営」の仕組みを構築しており、地域経済の「中核」となる企業である。 ⑤.革新的中小企業は、グローバル経営を目指す大企業と異なり「成長ベクトル(方向)」が日 本経済、地域経済の成長方向と重なり、地域に根を下ろした経営が展開されやすい。 ⑥.またそれらの企業は、社外資源を活用した経営革新・事業開発を進めており、戦略的提携、 産学官連携などのオープン・ネットワーク化を活用した経営を展開する傾向を持つ。 ⑦.経営者が、地域産業の集積、産業クラスターの機能や社会関係資本をネットワーク化する
動きに注目し、経営者の「イノベーション」活動を活性化させることが効果的である。 ⑧.経営者間には知識創造活動の連鎖や多数の経営者間での相互啓発などのシナジー効果が 働くが、それらの知識創造活動の連鎖を広げていくことも必要である。 ⑨.なお特定地域や産業の不況、連鎖倒産、取引金融機関の破綻、失業者対策のような緊急 課題には、別途セーフティネットを整備する対策をとる必要もある(21)。 以上の点を考慮すると地域産業の振興政策の目標としては、企業のイノベーション活動を活 性化させることであり、地域産業・クラスターや社会関係資本などのインフラ(産業基盤)を 整備強化することにより、企業を取り巻くステーク・ホルダー間のオープンなネットワークや 取引関係の連鎖を拡大・活性化させるような対策が有効と思われる(図表6)(22)。 図表 6 革新的中小企業の振興に向けての対策
注
(1) 本稿は、明治大学における文部科学省助成事業「地域企業の人材育成と経営改善のための特定拠 点連携型地場産業振興」(2007 ~ 09年度)の一環として実施した実態調査にもとづき、筆者の担当分 野の分析結果をまとめ、執筆したものである。 (2) 小さな大企業は、伊藤正昭・土屋勉男(2009)P. 182を参照のこと。 (3) 伊藤正昭・土屋勉男(2009)P. 186。 (4) シュンペーターは新結合の例として、①新しい財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産、②新しい生産方法の導入、③新しい販路の開拓、④原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得、⑤新しい組織 の実現、の5つを上げている(シュンペーター(1997)P. 182)。 (5) 中小の革新的企業のビジネス・システム(ビジネス・モデル)は、土屋勉男・井上隆一郎・竹村正 明(2012)でより詳細な分析を行っている。 (6) マイケル・E・ポーター、竹内弘高(2000)P. 169。 (7) その後革新的中小企業のイノベーションは、リード・ユーザー理論やオープン・イノベーション 理論などを用いて、詳細な分析を行っている(土屋勉男・原頼利・竹村正明(2011))。 (8) 藤本隆宏(2004)P. 78。 (9) M. E. ポーター(土岐坤他)(1985)P. 16。 (10)生業資本型の強さは、鵜飼信一 “地域社会の小規模企業がものづくりを支える生業資本主義の世 界”、『一ツ橋ビジネスレビュー』2007年6月18日、P. 62を参照。 (11) 伊藤正昭・土屋勉男(2009)P. 200。 (12) 土屋勉男(2006)P. 162。 (13) 先代が築き上げたイノベーション能力は、2代目、3代目の時代でも経営理念や社是を通じて伝達 される。また研究開発型の経営風土は、経営者や社員の志向に、DNAのごとく反映される場合もあ る。 (14) 革新的中小企業は、環境脅威と経営革新が「10年~ 20年」おきのように大企業に比べて総じて短 いサイクルで起きる。一方でそれらの経験を繰り返すことが、経営者の企業家能力を磨き上げる効 果を持つ。 (15) 事業領域の選定では、技術、顧客、機能などの面から他社に差別化した領域を定義することが重要 である(牧野昇監修(1993)『勝ちパターンの経営』日本実業出版社、P. 56)。 (16) 1部上場の大企業は、新会社法のもとで、社長(代表取締役)、執行役の任期は、1年のケースが多 い。それだけ利益や売上高(の規模)重視の短期経営が増えている(土屋勉男(2006)P. 30)。 (17) たとえば鍋谷バイテック会社は成長しない経営を標榜し、南部は成長より組織能力の持続的向上 を重視する経営を追及している(伊藤正昭・土屋勉男(2009)P. 187)。 (18) 伊藤正昭・土屋勉男(2009)P. 120。 (19) 「個人保証」制度の見直しの問題である。特に担保・保証(とくに根保証)に過度の依存しないよう 融資の適正化に向けて法制度の見直しが行われている(平成 16 年 7 月 1 日、経済産業政策局によ る)。 (20) ソーシャル・キャピタルから得られるメリットとしては、取引先企業、顧客との信頼関係から得 られる事業開発にかかわる情報がある。同業種、異業種の経営者から得られる情報も有効である。一 方で非日常的な情報は「弱い紐帯」からの情報として、差別化した事業開発のヒントになることは知 られている(伊藤正昭・土屋勉男(2009)P. 75)。 (21) 中小企業庁では中小企業信用保険法などを活用して、経営の安定に支障を生じている企業の緊急 対策を用意している(セーフティネット保証制度、中小企業信用保険法2条4項)。 (22) 本研究は次のステップで、「革新的中小企業のイノベーション」を分析している。そこでは、①革 新的中小企業は外部資源を組織した「オープン・イノベーション」の仕組みが活用されている、②イ ノベーションの契機として先端的な「リード・ユーザー」との取引・共同開発が活用されている、な どが明らかになっている(土屋勉男・原頼利・竹村正明(2011))。
参考文献
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