著者
石田 実
著者別名
Minoru ISHIDA
雑誌名
経営論集
巻
93
ページ
81-92
発行年
2019-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00010538/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja映画シリーズ作品のクチコミ評価
―シリーズ作品の生存バイアス―
Word-of-Mouth Reviews of Motion Picture Series:
Review Survival Bias
石 田 実 1. はじめに 2. 先行研究 (1) 評価の生存バイアス (2) エンターテイメント作品のシリーズ化 (3) 作品の普及パターンと顧客の同質化 3. 方法 (1) 仮説 (2) データ 4. 分析結果 (1) シリーズ作品の評価の推移 (2) シリーズ作品のレビュー数の推移 5. おわりに (1) まとめ (2) 今後の課題 1. はじめに 毎日の生活の中で、私たちはネットを介してクチコミを読んだり発信したりす るようになった。ネットには多くのクチコミ・サイトがあり、さまざまな商品や サービスのクチコミを見ることができる。また、行動履歴や購入履歴に基づいて 新しい商品やサービスを推奨してくれるアプリもある。これらのサービスを使う ことが私たちの日常となっている。例えば、ネット・ショップで商品を検索する と、メーカや商品の情報に加えて、消費者の批評や星いくつといった情報を見る ことができる。多数のクチコミがあることは、購入者や利用者が多く注目されて いる商品であることを示唆している。また、好評価が多いことは品質の良さを示 唆していると受け止められる。このように、消費者が自身の知識や情報に基づい て製品評価をすることなく、他者の評価を受け入れて購買を決定する機会が増え ている。 クチコミに頼ることが多くなった消費者は、より賢くクチコミを利用したいと 思うだろう。同様に企業も、クチコミの重要性を理解し、クチコミを収集してマ ーケティングのプロモーションに活かそうとする。本研究では、エンターテイメ ント作品の映画を対象として、クチコミ評価のバイアスについての実証研究を行 う。エンターテイメント作品は、視聴や体験を通して評価できる経験財である。
映画作品の属性、例えば監督や出演者の一覧や上映時間などの属性は評価の参考 にはなるが、作品の面白さとは直接関係しない。高名な1 人の批評家が面白いと 言っても、その批評家とは好みが異なるかもしれない。このため、作品を経験し た様々な視聴者によるクチコミを参考にしたいと考える人が多くなる。クチコミ のレビュー・サイトを見ると、およそ平均評価点とレビュー数が表示され、個々 のレビューの文章が読める。製品カテゴリーで購入候補として競合する製品間の 評価ランキングを示すサイトもある。エンターテイメント作品の場合、製品属性 に基づくカテゴリーは無いが、代わりにサスペンスやラブコメといった作品ジャ ンルがある。また、ハリー・ポッターやスター・ウォーズといった作品シリーズ がある。スター・ウォーズのファンであれば、新作が待ち遠しいと感じ、前作と の相対評価で新作を論じるであろう。このため、シリーズ作品では評価の基準点 にバイアスが生じるかもしれない。本研究の目的は、映画のシリーズ作品の評価 の推移の特徴を明らかにすることである。 2. 先行研究 先行研究として、エンターテイメント作品のシリーズとファンという固定客の 形成、そして評価の生存バイアスについて整理する。 (1) 評価の生存バイアス 製品のライフサイクルや固定客の離脱を分析する手法として、生存時間分析が ある。この分析に用いるデータは時系列データであるが、途中で観測を打ち切る とバイアスが生じることが知られている。観測が打ち切られる要因の多くは対象 が無くなることであり、モノであれば故障や破壊、生物であれば健康状態の悪化 による死亡が観測打ち切りの要因となる。商品であれば、良い商品のみ市場に残 す判断をするプレイヤーがいるために市場から商品が無くなり観測できなくなる 場合がある。打ち切りとは反対に、生物が誕生した直後や市場に浸透する見込み が低い革新的な製品を観測しないというバイアスもある。例えば、携帯電話など の革新的製品の普及初期段階は採択者が少ないため、信頼性の高い結果を得るた めには多数の標本数が必要となり調査コストが高くなる課題がある。確率p で採 択される採択率の推定値の分散がp(1-p)/n で求まるとすると、普及率 1%の場合 と普及率50%の場合で分散を同じにするために 25 倍の標本数が必要であると容 易に計算でき、観測を控える要因となる。 観測の打ち切りが生存の有無にしか依存しない独立打ち切りの場合は、適切な 方法によりバイアスを生まない分析ができる(Kalbflesch & Prentice, 1980)。正 常または健康な状態の対象ほど観測され易い場合には、分析結果にバイアスが生 じる懸念がある。生存時間分析で観測の打ち切りによって生じるバイアスを生存 バイアス(survival bias)という。佐々木・明坂・黒川・大竹(2015)はノーベ ル賞やアカデミー賞を受賞することによって経済的恩恵や環境の変化が寿命に影 響することを論じ、賞を受賞することによって寿命が長くなるという研究に対し、 健康な人ほど生き残りやすいために賞を受賞する機会が多いという生存バイアス
からの批判について論じている。市場における商品やサービスの生き残りとブラ ンド力の関係においても同様に、生存バイアスを議論できるであろう。中野(2008) は資産運用商品の生存バイアスについて論じ、ヘッジファンドという商品カテゴ リーで市場に生き残った商品を分析対象とすると、商品カテゴリーの平均的な品 質を過剰に良く評価するバイアスがあると論じている。 (2) エンターテイメント作品のシリーズ化 映画や音楽などのエンターテイメント作品はシリーズ化されることがある。書 籍であれば叢書というシリーズがあり、同じ著者による同じ物語のシリーズ化が ある。コミックやライトノベルの場合は1 巻で終わることの方が稀であろう。作 家が予定通り物語を終わらせることもあれば、出版社によって作家の意図に反し て打ち切ることもあろう。Vogel(2011)はエンターテイメント作品がシリーズ化 する要因として、「マーケティングの尻尾が製作という犬を揺り動かす」と述べて いる。エンターテイメント作品はおよそ経験財であるため、予め認知されている シリーズ作品のアドバンテージが大きい。特定のアーティストやプロダクション が優れていてかつ自分の好みに合うことを知っている視聴者は、シリーズの新作 を視聴する知覚リスクが小さいと判断するであろう。寅さんシリーズやジェーム ズ・ポンド、ハリー・ポッターのようなシリーズものであれば、新規に認知させ るマーケティング費用が少なくて済み、興行収入の見込みも手堅くなる。前作を しのぐ成功をしなくても、続編は平均的に第 1 作の総興行成繍の 65%をあげる 手堅さがシリーズ作品の魅力となる(Vogel, 2011)。また、作品のシリーズ化によ ってキャラクター等のライセンス収入の増加も見込める。 (3) 作品の普及パターンと顧客の同質化 Bass の普及理論は耐久財だけでなく映画の観客動員数の推移などの短期間の 推移の分析にも有効であると知られている(Krider & Weinberg, 1998; Sawhney & Eliashberg, 1996; Lehmann & Weinberg, 2000; 荒木, 2009)。一方で、音楽ア ルバムの販売数の推移において、アーティストの知名度が増すほど普及理論があ てはまらないという議論がある(Yamada, Furukawa, & Kato, 2001; 石田, 2012)。 その要因として、Yamada et al.(2001)は知名度の低いアーティストの新作アル バムを購入するファンの知覚リスクが小さいことを議論している。革新者と追随 者という消費者セグメントでモデル化する普及理論では、潜在採択者の知覚リス クが低く新作の評価についてゆらぎが無ければ、購入を様子見する理由が乏しく なる。また、予約購入するファンが増えて図表1に示す普及パターンを示す傾向 がある。 石田(2012)は大手セル・レンタルチェーン店の音楽 CD 販売データの分析か ら、アーティストの市場での認知が作品のライフサイクルの短命化をもたらすと いうYamada et al.(2001)と同じ結果を示した。良く認知されたアーティスト の作品を購入する消費者の購買態度が固定化することが、新作の購買までの時間 を短くする。共通して購入する音楽アルバムの多少で消費者の類似度を測ると、
知名度が高いほどアーティストのファンの相互の類似度が高くなる傾向がある。 消費者間の評価の類似が新たな評価予想に有用なことは、推奨システムの協調フ ィルタリングとして広く活用されている(Goldberg, Nichols, Oki, & Terry, 1992)。 またクチコミの影響力として、ライフステージやスタイルなどの類似がクチコミ の影響力に関係することが示されている(渋谷, 2013)。 図表1 作品の認知度と普及パターン (出所)出所:石田(2012)、図 5-15 3. 方法 (1) 仮説 映画のシリーズ作品の評価の傾向が、同じアーティストの音楽アルバムの評価 の傾向と同様であると考えて次の仮説を設ける。 仮説1:シリーズ作品の評価は、前作の評価より高くなる傾向がある。 仮説2:シリーズ作品の評価数は、前作の評価数より減る傾向がある。 仮説1について、中野(2008)の議論の通り打ち切りのバイアスは評価を高く すると予想される。また、Yamada et al.(2001)と石田(2012)の音楽市場にお ける採択時期の短期化の知見からも同じ予想ができる。知名度の高い作品の採択 時期が短期化することは、採択者の選好が同質的であり好評価する固定客が増え ると考えられる。一方で、シリーズ化作品はVogel(2011)が示すように第 1 作 の総興行成繍の65%を手堅く得るという目論見から、シリーズ化を続ける魅力が 無くなるまで作品を作るとすれば次第に評価を下げてシリーズが終わることにな る。 仮説 2 については、シリーズ作品として認知されるほど固定客比率が高まり、 情報発信としてのクチコミのニーズが少なくなると予想する。 (2) データ エンターテイメント分野において市場規模が大きく、実務的関心が高い映画の クチコミを実証研究対象とする。また、先行研究で見た通り映画は普及の実証研 認知度が低い作品 t.A.T.u. 認知度が高い作品 浜崎あゆみ
究対象としてもポピュラーであり、濱岡・里村(2009)と石田(2018)は映画レ ビューのクチコミについての研究である。実務的な関心として、家庭でのオンデ マンド視聴が浸透して視聴履歴や評価データが利用されている分野でもある。デ ータは、クチコミ・サイトの映画.com(2018)に書き込まれた評価を Web クロ ーリングの手法により収集した。評価得点は☆1個から5 個の 5 段階評価となっ ており、2006 年 7 月 22 日から 42018 年 2 月 4 日までに間に投稿されたレビュ ーデータは246,506 件、映画作品は 53,605 作品であった。 図表2 シリーズ作品の事例(ドラえもん) No. タイトル 製作年 最初の投稿日 レビュー 評価平均 レビュー 数 1 映画ドラえもん 新・のび太と鉄人 兵団 はばたけ天使たち 2011 2011 年 03 月 05 日 4.1 10 2 映画ドラえもん 新・のび太の大魔境 ペコと 5 人の探検隊 2014 2014 年 01 月 31 日 3.6 19 3 STAND BY ME ドラえもん 2014 2014 年 07 月 31 日 3.6 196 4 映画ドラえもん のび太の宇宙英雄記(スペースヒーローズ) 2015 2015 年 03 月 07 日 3.0 40 5 映画ドラえもん 新・のび太の日本 誕生 2016 2016 年 03 月 05 日 3.9 53 6 映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険 2017 2017 年 03 月 04 日 3.6 53 (出所)筆者作成 データの前処理として、レビュー数が 10 件に満たない作品を評価対象外とし た。また、映画のキャストと役名の一致によりシリーズ作品の判別を行った。例 えば、キャストがダニエル・ラドクリフで役名がハリー・ポッターである作品は、 ハリー・ポッターのシリーズである捉える。アニメの場合のキャストは声優とす る。ただし、役名には固有名詞だけでなく、刑事や犯人や医者や学生といった頻 出する一般名詞がある。これらの役名による一致を避けるため、全映画の役名の 頻度を集計して、頻度上位100 個の役名の一致をシリーズの判別条件から除いた。 100 番目に頻出する役名は 90 作品で同名の役名があり、一般名詞だけでなくフ ァミリーネームかファーストネームだけの役名なども除外対象となった。一つの 役名の偶然の一致による判断を避けるため、2 つ以上の役名とキャストの一致に よって同じシリーズの判定条件とした。3 作品以上のシリーズで、作品 A と作品 B が同じシリーズと判定され、かつ作品 B と作品 C が同じシリーズと判定され た場合は、作品A と作品 C が同じシリーズと判定されるか否かに関わらず作品 A~C を一つのシリーズ作品と扱う。これらの処理により、161 シリーズの 470 作品を抽出した。シリーズの一覧を分析者が目視で確認し、明らかな誤判定は見 つからなかった。シリーズ作品数が最も多かったのは、アニメの「名探偵コナン」 シリーズと特撮の「仮面ライダー」シリーズの15 作品であった。参考として図表 2 にドラえもんシリーズの例を示す。シリーズ作品の順序は、最初のクチコミ投
稿があった順序とした。 4. 分析結果 (1) シリーズ作品の評価の推移 「仮説 1:シリーズ作品の評価は、前作の評価より高くなる傾向がある」を検 証するため、各シリーズにおいて前作の評価平均と次作の評価平均の差のt 検定 を行う。図表3 にドラえもんのシリーズの検定結果を示す。本研究データにおけ るシリーズ最初の『映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 はばたけ天使たち』 の評価平均4.1 は、シリーズ 2 作目の『映画ドラえもん 新・のび太の大魔境 ペ コと5 人の探検隊』の評価平均 3.6 と比較し、評価は 1 作目が高く t 値は 1.47 で あるが p 値は 16.3%となり十分に有意な差があるとは言えない結果を示してい る。シリーズ2 作目はシリーズ 3 作目と比較し、最後のシリーズ 6 作目は比較対 象がないため表の記載はn.a.(not available)としている。 図表3 シリーズ前作との評価比較の事例(ドラえもん) No. タイトル レビュー 評価平均 前作との平均値の差の検定 t 値 P 値 1 映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 はばたけ天使たち 4.1 1.47 16.3% 2 映画ドラえもん 新・のび太の大魔境ペコと 5 人の探検隊 3.6 0.11 91.3% 3 STAND BY ME ドラえもん 3.6 3.50 0.1% 4 映画ドラえもん のび太の宇宙英雄記(スペースヒーローズ) 3.0 -4.56 0.0% 5 映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生 3.9 1.61 11.0% 6 映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険 3.6 n.a. n.a. (出所)筆者作成 470 作品を 161 シリーズについて図表 3 の通り 309 回の平均値の差の検定を 行い、そのt 値の結果の度数分布を図表 4 に示す。分布の形状として 0 を中心に 左右対称なベル型の分布となり、平均値は0.76 であった。「平均がゼロ」を帰無 仮説としてt 検定を行ったところ、p 値は 45%となり帰無仮説を棄却できなかっ た。以上の結果から、「仮説1:シリーズ作品の評価は、前作の評価より高くなる 傾向がある」は支持されない。
図表4 シリーズ前作との評価平均の差の検定の t 値の分布 (出所)筆者作成 図表5 は、作品のシリーズの順番を横軸、図表 3 で示した平均値の差の検定の t値をタテ軸座標とした散布図である。ただし1 作品目と 2 作品目を比較した場 合の横軸の座標値は2 としている。この散布図の相関係数は-0.02 となり、シリ ーズの作品数が増えることにより、評価が高くなる、または低くなる傾向も確認 されなかった。 図表5 シリーズ前作との評価平均の差の検定の t 値の推移 (出所)筆者作成 (2) シリーズ作品のレビュー数の推移 仮説 2「シリーズ作品の評価数は、前作の評価数より減る傾向がある」を検証 する際、レビュー数は時系列的で増加傾向にあるため、単純に比較するとシリー ズ後半の作品ほどレビュー数が増えるバイアスがかかる。そこで、2018 年 1 月 作品数 t値 -10 -5 0 5 10 0 204 06 0 80 t 値 シリーズ n 作品目 2 4 6 8 10 12 14 -10 -5 0 5 10 相関係数 -0.02
より前の作品評価に対し、2018 年 1 月と同数の月間評価数があった場合で加重 調整した値を求めて比較する。加重の値は作品で固定せず、個々のレビューの投 稿の時期に応じた加重の値を用いる。図表6 の通りシリーズの後半になるほど単 純集計に対して加重集計の方が多く見積もられる。 図表6 シリーズ前作とのレビュー数の推移 No. タイトル レビュー数 単純集計 加重集計 加重集計 増減 1 映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 はばたけ天使たち 10 88.7 NA 2 映画ドラえもん 新・のび太の大魔境 ペコと5 人の探検隊 19 40.9 -47.7 3 STAND BY ME ドラえもん 196 385.3 344.4 4 映画ドラえもん のび太の宇宙英雄記(スペースヒーローズ) 40 50.3 -335.0 5 映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生 53 64.3 14.0 6 映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険 53 48.9 -15.4 (出所)筆者作成 図表7 シリーズ前作との加重レビュー数の増減の分布 (出所)筆者作成 図表 6 の通りレビュー・サイト全体の書き込み件数の増加傾向を考慮した後、 前作と次作の加重した評価数の増減を求め、全てのシリーズで同様に求めた309 個の値の分布を図表7 に示した。左右とも裾が長い分布となり、分布の中心はマ 作品数 加重した 評価数の増減 平均 -75.8 平均=0 を帰無仮説とする t 検定 t 値-4.7 p 値 0.1%未満 -2000 -1000 0 500 1500 05 0 10 0 15 0
イナスに寄っている。「平均がゼロ」を帰無仮説として両側t 検定を行った結果、 t 値が-4.7、p 値は 0.1%未満となり帰無仮説を有意水準 0.1%で棄却できた。以上 より、仮説 2「シリーズ作品の評価数は、前作の評価数より減る傾向がある」は 支持される。 図表8 シリーズ前作との加重レビュー数の増減(対数値)の分布 (出所)筆者作成 図表7 の分布の裾の長さにより、外れ値が平均値の差の検定結果に影響してい る懸念がある。そこで、増減の値を対数変換してから増加または減少傾向をみる 分析を行う。具体的には、増減値がプラスであればlog10(増減値+1)、増減値がマ イナスであれば-log10(-増減値+1)として符号の反転が起きない対数変換を行 って図表8 の通りの変換された分布を得た。分布の形状は双峰性となり中心がマ イナスに寄る傾向がより明確となった。「平均がゼロ」を帰無仮説として両側t 検 定を行った結果、t 値が-5.8、p 値は 0.1%未満となり帰無仮説を有意水準 0.1%で 棄却できた。以上より、仮説 2「シリーズ作品の評価数は、前作の評価数より減 る傾向がある」は対数変換を行った場合でも支持される。 5. おわりに (1) まとめ 映画のシリーズ作品の評価の傾向を明らかにするため、映画のレビュー・サイ トのデータを用いて、前作と比較したシリーズ作品の評価の推移について実証分 析を行った。評価の高低と評価数について2 つの仮説、仮説 1「シリーズ作品の 評価は、前作の評価より高くなる傾向がある」、仮説2「シリーズ作品の評価数は、 前作の評価数より減る傾向がある」を検証したところ、仮説1は支持されなかっ た。仮説2 はレビュー・サイト全体の投稿数の増加傾向を考慮することで支持さ れた。 作品数 -4 -2 0 2 4 0 10 203 04 05 0 60 平均 -0.58 平均=0 を帰無仮説とする t 検定 t 値-5.8 p 値 0.1%未満 加重した 評価数の増減の 対数値
仮説1 が支持されなかったことは、映画のシリーズ作品において、生存バイア スを確認できなかったことを示している。考察として、生存バイアスを肯定的に 検証するためには十分に配慮した調査設計が必要であったと考える。また、映画 のシリーズ作品には生存バイアスが無いという可能性もある。映画作品のシリー ズは、週刊誌や月刊誌に連載される作品のように生存しているか否か明確ではな い。また、シリーズを継続するか否かを決定する要因も明確と言えない。映画の 製作や配給には大きくの企業や人が関わっており、映画作品のシリーズ化や打ち 切りの決定は視聴者の評価だけで説明できないかもしれない。評価の増減の傾向 が無いのは、シリーズによって評価の上昇傾向と下落傾向が分かれるケースと、 すべてのシリーズ作品において評価の増減に傾向が無いケースがあると考えられ る。筆者は作品シリーズを評価の上昇傾向と下落傾向に分類する手がかりを見つ けることが出来なかった。 仮説2 について、エンターテイメントの市場に限らず、長寿の製品は繰り返し 購買する消費者が増えて、新規顧客の獲得が難しくなるために、シリーズ作品の 評価数が減少傾向にあることは自然な結果と考える。作品のシリーズが長く続け ば、それだけ十分に広く認知されることになり、クチコミを発信するモチベーシ ョンが下がると予想する。2018 年の 6 月から劇場公開された映画作品「カメラ を止めるな!」はクチコミでヒットした作品とされる。この映画が上映された当 初に注目する人が少なかったため、初期の視聴者の評価レビューは一様に高く、 映画の魅力を伝える内容が多い。夏期には上映館が全国に広がり、マスメディア でも取り上げられるようになると、レビュー・サイトの平均評価が下がり、初期 のクチコミで見られた推奨や賛辞の内容が減っていった。このように、クチコミ 発信者には認知度が低い製品の良さを広めたいというモチベーションがあり、市 場での認知が進むにつれて、そのようなクチコミが少なくなると解釈できる。 学術的貢献として、映画のシリーズ作品の効果的な同定手法を提案し、シリー ズ作品の評価の推移の検証手法を示した。映画と比べてシリーズの連続性が明確 なカテゴリーで適用すれば、より精緻に生存バイアスの検証を行えると期待する。 実務的貢献として、映画のシリーズ作品の評価数が減少傾向にあることを確認 できた。映画作品も音楽作品などと同じく、シリーズ化されることで顧客は固定 化して興行のリスクは減るが、活性化という観点では課題があると確認できた。 音楽業界においては、アイドルのユニットを組み替えたり、メンバーを入れ替え たり、コラボしたりすることでファンが固定化して新規顧客が増えづらくなる課 題に対応している。昨今はアニメ映画でもコラボが見られるが、このような取り 組みの必要性を示唆する結果であった。 (2) 今後の課題 本研究の限界として、生存バイアスの検証方法の手順を精緻化する課題がある。 また、エンターテイメント市場において、映画と音楽や書籍など他のカテゴリー と比較し、シリーズ作品の評価や評価者の同質化の傾向の差異を示す課題がある。 まず生存バイアスの検証方法について、本研究の仮説1が肯定的に支持された
としても、それは生存バイアスが有ることを直接的に示したことにならず、間接 的に生存バイアスを示唆する結果でしかない。一般に、市場において商品の魅力 が無くなると市場から撤退を迫られる。もし、シリーズ作品の後の作品になるほ ど評価が高くなる結果が得られるなら、一般常識と異なるという点で何らかのバ イアスがある可能性が考察される。しかし、それが生存バイアスであることに直 接結びつかない。生存バイアスを示すには、シリーズが終わった作品とシリーズ が継続している作品のグループに分けて、ハザード・モデルなどの生存時間分析 を行い、結果の差異を評価する必要がある。本研究においては、シリーズ作品が 終了しているか否かの分類のデータを得られなかったため、簡易な検証を行った。 打ち切られたエンターテイメント作品の分類は容易でないと思われるが、作品シ リーズが生存しなくなる説明変数を明示して、生存バイアスの分析を行うことが 今後の課題である。 映画作品のシリーズは、連載漫画のシリーズが打ち切られるように終わりが明 確ではない。また、シリーズとしての統一感が薄い。例えばハリー・ポッターの シリーズのように原作があれば、原作のシリーズに照らして明確な順序がある。 一方で、映画の脚本が異なる人であったり、アニメの「名探偵コナン」のシリー ズのように各話に事件や物語があって視聴する時系列を問わなかったり、テレビ ドラマのシリーズのスピンオフとして映画作品があるような場合は、シリーズと しての連続性や統一感が薄くなる。映画や漫画や音楽など、シリーズの統一感や 視聴者の類似性、固定ファンの程度の異なる作品と比較をすることが今後の研究 課題である。 本研究では、クチコミの発信者の異質性や類似について考慮しなかった。視聴 者によって好きな映画のジャンルがあったり、継続して視聴するシリーズがあっ たりするだろう。また、辛口の評価をする視聴者もいれば、良いと思った作品だ けクチコミを投稿して評価点を与えるバイアスもあるだろう。クチコミ発信者の 異質性を考慮した分析を行うことで、作品シリーズの固定顧客の形成や離脱の分 析の精緻化も期待できる。クチコミと視聴履歴データを併せることができれば、 視聴者がどのような要因でクチコミを発信するかについて検討し易くなる。レビ ュー・サイトのデータとオンデマンドの視聴履歴データを合わせるなどして、多 角的に視聴者を観察することも今後の課題である。 【参考文献】 荒木長照(2009).「劇場映画普及のミクロ的基礎とマクロ普及関数-moviegoer の観賞意思決定 モデル-」日本マーケティング・サイエンス学会 第86 回研究大会. 石田実(2012).『交互作用統計量に基づく消費者選好構造の研究』,博士論文(筑波大学). 石田実(2018).「映画クチコミの共感と敵意―リメイク作品評価の集団極性化―」,『経営論集』, (92), 69-85. 映画.com (2018)「株式会社エイガ・ドット・コム」https://eiga.com.(2018 年 2 月閲覧). 佐々木周作・明坂弥香・黒川博文・大竹文雄 (2015).「芥川賞・直木賞受賞が余命に与える影響: プログレス・レポート」『行動経済学』8, 100-105.
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